2009年03月30日

サクラ色







束の間の、

一瞬の気分転換に

田園都市で桜を愛でた。




拙宅近隣の公園。



サクラ色景を。







saku7.jpg




こんな季節だから、

都市における
人とモノの流れは加速する。


何処も混み合う。



そんな時期に合わせて
阿呆極まりない永田町の施策
である

"中途半端"&"究極のアンフェア"

高速道路割引

が始まった。





ダモシはもともと

この施策には大反対であり、

当欄にも
それは記載している。




"そもそも論"が

もっとも分かりやすいわけだが、


この補填は
ある意味で万人が負担するのに

この恩恵は
一定の人しか受けられない

アンフェア。




負担は全員、

恩恵は
霞ヶ関の天下りへのマネー流入目的たる
ETC(の利用者)と

自動車を持つドライバーだけ

というアンフェアは


そもそも


おかしい。




ダモシはETC利用者ではないから

その恩恵はない。


そもそも
自動車を運転しない人には
恩恵は皆無である。




また、

ダモシのような人にとっては

先般記載したように


このせいで

高速道路が大渋滞したり
SA&PAが大混雑したり

といった迷惑を被る。




明らかに、おかしい。


この施策は、


その目的を
<景気浮揚>としているにも
関わらず、


本末転倒である。





一部の恩恵を受ける利用者と

そのおかげで
潤う一定の施設のみが

景気浮揚されるだけである。




前にも記載したが、

そのせいで
一般国道から交通量が減れば

一般国道沿いにある
ラーメン店の売上は減る。




高速道路SA&PAの飲食店や
一部観光地とそのエリアの飲食店が
潤う一方で、

一般国道沿いの飲食店の
売上は減少する。


余波は

フェリーなどの売上にも
つながるであろう。





なにごとも同じで

勝つ者がいれば負ける者がいる。



景気浮揚されるものがあれば

逆に
落ち込んでしまうものもいるわけで、



そこのところを勘案せずに


単に


<高速道路料金値下げ>

とひと括りにした
短絡的な施策と、



それが正解だと思い


一般ゼネラルな生活ベースの
感覚を体得せずに


<みな、喜んでいる>

と言ってしまう


記号=アソウの

あいも変わらぬ鈍感性には

もはや失笑すら漏れない。






ある意味で

リーダーや仕切る者は

バカの方が得なのか?


とさえ

ニッポンにいると感じてしまう春。







せめて桜くらい、


バカでないことを願う、と。






この時節、

昨日とて

たかだか
ひとつの
田園都市エリアと
横浜港北エリアだけでも


自動車は大混雑で、


たかだか

ヤマダ電機の駐車場に入るための
車列だけでさえ


200mにも及ぶ惨状。





まったくもって


逆にこれ、


出かける気持ちを削いでいる

気がするのであるが



いかがか。







人それぞれの趣向であろうが、


たとえば花見
ひとつをとっても、


<桜を愛でる>

という本来目的&そもそも論

にそぐわない



花見の名を借りた
ただの飲み会


は大嫌いであり、




それこそ
満足のいくスペースなんぞ
得られない大混雑の中で

なにが花見じゃい

といった感覚である。





移動シーズンの春ゆえ


家具や電化製品やらで

ヤマダ電機だ何やらすら

まともに入店できない大混雑状況は
困ったものである。






本来、


花見あるいは
桜を愛でる


という行為は、




静謐なる時間


のはずで、



そういった心構えと

環境整備の中であったからこそ、


源氏物語なども
生まれ得たわけである、と。







せめてそういう気分で


束の間の

一瞬、



静かな気持ちで桜を愛でたわけである。







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園内。


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春休みの子供たちが戯れる。



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posted by damoshi at 17:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

判定負け







いやはや、これまた疲れた。


朝からほぼ
一日がかりの空手大会。


今宵は、関東大会。

七月には
横浜アリーナでの全国大会で
リベンジへ。





リベンジ。



さふ。

残念ながらジュニアは
一回戦で判定負けに破れた。






勝ち負けに関しては、どうこうない。



クールにそれを分析してみる。

まずは試合のルールである。



格闘技には常に
ルール問題の壁がある。


同一競技においても
ルールによっては
異種格闘技戦の様相を呈するのが、


格闘技の奥深さであると同時に

制度化されていない
ディスアドバンテージでもある。





■全身への打撃あり

■腹部への打撃のみ




前者が
道場でいつも行っていることであり、


後者が
今宵の大会ルール。



大会ルールは、

腹部への一本が
二度決まった時点で勝負あり


(時間内に決まらぬ場合は、判定)


となっていた。






常日頃、

パンチとキックで
全身への打撃でスパーリング(組み手)
している中で、



突然


<腹部への一本のみ>

となれば、


その対応が難しくなる。





要するに

ふだんプロレスをしている
レスラーが

突然

K1のルールで
闘うようなものである。




そこでは

そのルールで
より場数を踏んでいる者が勝つのは

当たり前

となる。




ジュニアの場合も同様。


その大会ルールに沿った闘い方の
経験値がある者と

それがまるっきりないジュニアでは


前者に大きなアドバンテージが付加
されることは言うまでもない。




平たくいえば

いくら回し蹴りを決めようが
パンチを顔面に決めようが


相手が

ピンポイントで一発キックかパンチを
腹部に決めれば



勝負あり


となってしまう。






昨晩の特訓で伝えたことは

ジュニアは
きっちりと闘いで実践していた。



ワイフによれば
ふだんの道場でのそれよりも
明らかに良かった、とも。



だが彼は

リアルな部分で

ルールを理解していなかった/できなかった。


そのルールに即座に対応するには

未だ五歳では困難だった。





圧倒しながらも判定負け。


本人はもとより、

ダモシもワイフも
負けた気がしない

不完全燃焼に終わったわけである。



昨晩記載した通り、

完全燃焼や完全納得というものは

得てして
闘いというコンペティションにおいては

実現することは難しい

という典型的な例である。






だが、

これも昨晩記載の通り

ジュニアは真摯に闘った。

現状出来得る

且つ

ルールの手かせ足かせの中で

ベターなトライはした



ということで、

大いに褒め

そして
侍戦隊シンケンジャーの

人形を


買ってあげた次第である。






次回は七月に全国大会がある、と。



ワイフに聞いた。


<次もこういうルールなのか?>と。


そうだ、という。



ならば戦略はいずれを採るか、である。



A:
勝つことを至上課題とし、
ただただ腹部への的確な
ピンポイント(点数稼ぎ)のパンチかキックを
目指す



B:
総合的なコンペティションという
精神的な部分を勘案し、
ふだん通りの空手を目指す





このA or Bである。




今宵、他のコドモを見ていても

そのA or Bに分かれていたことに気づく。



要するにそれは

生き方の問題でもあり
イデオロギー、イズムの問題である。



ひいては、その年齢の時点でのコドモの場合、

親の問題

ということになる。





タイプ的に

<型にハマったこと>が

スーパー大嫌いなダモシであるからして、


Aを選択する可能性は少ない
とは考えられるが、


場合によってはBの戦略を採る可能性もある。





あとは本人のマインドである。


今宵のように
力負けという世界ではない中では

本人はキョトンとしているわけである。



<え? 負けたの? WHY?>と。




それは実は、

ダモシも同様で、

ダモシは
モンスター・ペアレンツではないので

コンプレインはしないが、 


試合中、

精神的な乱入は
とっくにしていたわけである。




<おかしいだろ、その判定>と。







ほとほとスポーツは難しい。

格闘技は難しい。








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おにいちゃん、おねえちゃんたち
小学生に囲まれて、

ジュニアも不安げな表情。






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ダモシを見つけてカメラを見つめるジュニア。






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一生懸命

"型"の昇級試験に臨む。







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試合前、

大会ルールを聞き
急遽
試合場に降り、

対策を授けるダモシ。



<相手がパンチかキックを出してきた瞬間に、
 右ストレートを腹に入れろ!>

とゲキを飛ばして急造実戦練習をする。



相手のパンチかキックの
その出鼻に合わせろ、と。



要するに

カウンターである。





kara5.jpg



三分程度、急ぎで反復練習が行われた。








kara3.jpg


相手の右ローに合わせて
己の右ローも入れようとするジュニアだが、

タイミングがやや遅い。


(手前がジュニア)。






kara2.jpg


得意のパンチでラッシュするが
腹部に届かない。

この齢の一歳二歳差は大きい。









負けは負け。


ダモシも悔しい。


その悔しさを本人がより認識し、

次回のリベンジへと
向かってほしいところでもある。








kara10.jpg



会場となった、

二子玉川から
多摩川を一つ越えたところにある
スポーツ・センター。



オトナやシニアまで

それぞれのカテゴリーで
試合は行われていたが、


その迫力や

コドモでさえ、たいへんなものがある。





"空手"で、空手ルールで闘ったら

高校生にでさえ
ダモシには勝ち目もないだろう。




全盛期のマイク・タイソンが

相撲ルールで
大学体育会相撲部と

相撲をとっても勝ち目がないのと同じである。





それが

格闘技におけるルールの難しさ、である。















posted by damoshi at 20:06| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

応接に暇あらず






まさに、

応接に暇あらず


という現状である。




速筆ゆえ
too much
あるいは
O.D
レベルの多忙さであれば、


当欄に記載することも
読書することも

すべて

ぱっぱっぱっと

いわば
応接するわけだが、


寄稿がこうして滞っていたり

新聞すら
読むことができないといった状況は

異様でもある。







そんなだから、


ひとつには

プライベート案件では
最重要項目の一つでもある


<結婚記念日>を


忘れていた

という失態も演じるわけである。







金曜日のことだ。


3/27。
17回目の結婚記念日。

知り合ってからは
20年目の今年である。





朝、

オフィシャル案件の出先である
品川のビル内で

ワイフから携帯にメールが入った。





<今日、何の日か覚えている?>


という内容である。




一瞬ギクッとしたが、

瞬時に思い出した。



<あっ…>と。



すぐに返信した。


<もちろん、覚えているさ>

と。






何が何でも

今宵は早めに自宅に戻り、

且つ
クールな顔で対応しなければならない

と判断。





閉店間際、ぎりぎり五分前の

二子玉川にある
玉川高島屋に駆け込んだ。



ここには
ワイフの好きなシャネルが
店を構えているからである。



そして

駆け込んだダモシは
店員から
あるモノを見せてもらい、

わずか30秒で



<よし。では、これを>


と購入。


ラッピングを施してもらい、
家路についた。




既にジュニアは眠っていた。


ディナーを食しながら
ワイフが笑って述べる。




<(ダモシの)お母さんから、 
 結婚記念日おめでとう
 というメールが来て、
 思い出した>





己は忘れていたことを

告白して
きゃっきゃっと笑う。






(<なんだ、忘れてたのか。
  俺だけではなかったのだな>)



安心すると同時に
寂しさも感じながらもダモシは


さすがにダークサイドで、


己はさも覚えていたぜ

とばかりに、




クールに

ラッピングを差し出した。




<ほら>と。



前から考えていたんだぜ、と。

俺は覚えていたぜ、と。




ワイフはおそらく

ダモシも
忘れていたことに気づいていた
であろうが、

それは問わずに、


素直に驚き、喜んだ。





良い意味での

夫婦の

ポジティヴな嘘。





いらんことは、正直に言わんでもいい。

いらんことは、言わんでいい。




大小問わず

夫婦間には

そういう暗黙の了解が必要な部分は

多々ある、と。




少なくとも

何億円もかけて
且つ
大勢の者から祝福されて
結婚しておきながら

安易に離婚するような

"芸能人"とは


結婚や夫婦という
カテゴリーにおいては


ダモシとワイフの方が
明らかに深く、

何たるかを語る資格はあろう。


まだまだ短いが、

少なくとも17年も
夫婦をやっているわけだから、


そりゃあ

少しは<夫婦>について語る資格は

あろうよ


と。






芸能人なんぞの
離婚等々を耳目にするたびに思うが、


一般人でも
そういう傾向は
昔よりは増えたはずだが、


どこかで

離婚をカッコいいもの

あるいは

エクスキューズとしている

傾向があるような気がする。




ダモシは
コンサーバティヴなタイプということもあり、

そういう趨勢には

たいへん違和感を覚える。





<そもそも論>だが、


そもそも
大勢の人たちから祝福されて
結婚したのが夫婦である。


お祝いしてくれた人は
お金と時間をスペンドしているわけである。



にも関わらず離婚。


離婚には離婚の理由や事情はあろう。

それ自体は否定しない。
人それぞれだからだ。


ただ、

安易に簡単に離婚してはいまいか?

と。




そして同時に強烈に感じることだが、


<キミたち、お詫びしなさいよ>と。



誰にか?

むろん
結婚の際に
お祝いしてくれた人たちに

である。




祝ってくれた心に対して、

詫びよ、と。



ご祝儀のお金を、

返却せえよ、と。




率直にニュートラルにそう感じるわけである。


本人らは
離婚をもビジネスあるいは
人間的な経験値として

様々なエクスキューズを並べて

ポジティヴな様相に
仕立て上げようとするが、


それは

ハナからおかしいことであり、

本来的には
間違っていることである



というマインドを、


ニッポン人はもう一度精査すべきではないか?

と。



アナタたちは

欧米人ではないのよ?

と。


何を都合良いことだけ
欧米的にまねしてるの?


と思うわけである。



カッコいいことではありませんよ?

と。





普通に思うのはそういうことであり、

芸能人なんぞ
それをビジネスにどうせするのであろうが、

そうだとしても

まずはその会見や書面においては


第一義的に

<お詫び>は入れるべきである、と。



お祝いしてくれた方々にまずは
お詫びを申し上げたいです


と。



それをまずは道義的に果たしてから、

離婚の言い訳:エクスキューズを

勝手になさってくださいよ

と。








まあ、いい。







応接に暇あらず

は、

四月はさらに加速する。



現時点での予定では

旅芸人状態のニッポン行脚は、



大阪
金沢
甲斐国
東京
広島
松山
甲斐国
"北の某国"
名古屋
長野
東京
"琉球王国"
福岡
熊本

そして

田園都市



となっている。




因縁の"北の某"や名古屋も含まれていれば、

NYから出張で行って以来の広島、

さらには
ダモシにとって
数少ない国内未踏の
博多と四国・松山へ遂に上陸の図もあれば、


ウルトラの父の地である熊本、

初上陸となる琉球王国まで

多岐に渡る。




東北以外は行脚というわけである。





むろん、

行脚は
オフィシャル案件といえども
一つの旅となるわけで、


何かしらタイトルを設定して
<おくのほそ道>や<のざらし紀行>
ではないが、



適宜、紀行文をまとめる所存でもある。







niko2.jpg




niko1.jpg




夜の二子玉景。










*****











ウィークエンドの今宵も
オフィシャル案件。



"霞ヶ関"軍団とのミーティングであるが、


これがまあ、

四時間である。


ほとほと疲弊である。


240分一本勝負。

いくらなんでも、もたんよ、と。




そもそも
ミーティング嫌いなダモシである。



なにごとも
ぱっぱっぱっといかんかい、と。




人の数が増えると
ある意味でロクなことがない。



必ず
<ワイワイ>なってしまうからで、


ワイワイやりはじめると

収拾がつかなくなるという典型である。





ある意味で

デシジョン・メイキングや

迅速なる職務遂行は、

少数精鋭や
リーダー明確化はマストで、


それは分かっているから

ダモシがリーダーの際は
ぱっぱっぱっと迅速に進めるのだが、

オールスター的に

あるいは
ニッポン代表的に


タレントや四番打者クラスが
大勢揃ってしまうと

それこそ


ワイワイ

はじまってしまうから厄介なのである。





現状、
オフィシャル案件のひとつは、


ダモシを含めて
四番打者の集まりという世界観で


ニッポン代表や巨人
あるいは
ヤンキースとなってしまっていて、


チームとしては

うまく機能していないぞ?



打順の中にいるダモシ自身感じているところである。






主砲や大砲、四番打者で揃えたチームは、

ロクなことにならない。



それは野球や組織における
ダモシの持論だが、


現在

それを身を以て体感している。



己自身もまた主砲型であり四番打者型であるから


厄介なのではあるが…。





それこそ

(<俺が仕切れば、
  もっとうまくいくのだがなぁ…>)


と歯がゆいところであるが、


この
ある
ひとつの
チームを鑑みると、


そう感じているのが

ダモシだけではなくて

全員がそう感じているであろう点がまた

巨人でありヤンキースであり
代表チームの




難しさ


ともいえよう。





そういう意味でも

WBCのニッポン代表は

奇跡的ともいえるわけであり、


野球の采配云々は別として

おそらく
人種的に


原監督は

四番打者の集まりや
主砲の集まり
タレント性豊かな人の集まり



うまく転がすのが


上手であると

ひとつには言えよう。











*****








応接に暇あらず

というそんな中で、




今宵は

8PMには
何とか帰宅した。


急いでディナーを食した。




そして疲弊しているが、

ジュニアとの約束は守らねばならぬ。




<よし、やるか>と


空手のスパーリングと教授を行うダモシ。






明日、
ジュニアが初めて出場する大会である。



むろん
ダモシも参戦するが、



その前の昨日の
ルーティンの道場通いにおける
組み手(実戦)で

ジュニアは負けて泣いた、と聞いた。



ビデオ画像も見たが、

ジュニアは
年長の子供にいいようにやられていた。





<これは、いかん!>


と、


大会を明日(もう今日だが)に控えて

ダモシは
ジュニアに特訓を施したのである。





大振りのパンチを矯正し、
最短距離でのパンチと
ワンツーの組み立てを反復練習。

パンチの際の
体重移動、

相手のパンチとキックのディフェンスと

そのディフェンスから間髪入れずに
左右の連打をするオフェンス、


さらには
フェイントをした上での
パンチ連打に加えて、


大会用ということで

より実戦向きな練習として、

通常フェイントや
間合いの取り方、

そして

<蝶のように舞い蜂のように刺す>

のうちの

前段の

"蝶のように舞う"動き


などなどまでを教授し、

その反復練習を行ったわけである。





むろん
ダモシも、

軽くではあるが

動きはよりリアルなスピードで

左右パンチのワンツーを
ジュニアに放ち、

そのディフェンスを反復させた。







力と経験はダモシに分があるが、

体力では
明らかにジュニアに分がある。




ダモシの息が切れた段階でフィニッシュ。





<よし、終わりだ>と。





前夜の練習で
付け焼き刃の感は当然否めない上に、


明日の相手は

彼がその一番歳下ということで

年上が出てくるからして、


苦しい闘い
(トーナメントの一回戦敗退)

になることが考えられるが、




それでも

どこまで
コンペティティヴ・スピリットを持ち
且つ
フェアな精神で


闘うことができるか。





そこが最重要ポイントであろう。




くれぐれも

ダモシ自身、クールに。


決して亀田父にならぬよう

自制が求められよう。







<優勝したら、おもちゃ>


がキーワードである。





むろん、


優勝しなくても
一回戦で負けても


おもちゃを買ってあげるつもりだが、



すべては

本人が

真摯に頑張ることができるかどうか

にかかっている、と。






待ち負けなんぞ、どうでも良い。





コンペティションは常に


・納得できない
・不完全燃焼に終わる
・己のすべてを出せなかった


ということに終わる可能性は高いのである。




ダモシ自身、

スポーツにおけるそれを経験しているから

分かる。



一生懸命やって全力を尽くそうとして
臨んでいたとしても、

その舞台では

必ずしもそうできないケースが多いのである。





だから


己が納得すれば良いとか
完全燃焼したから良いとか

そういうことは問わない。





それよりもまずは、



その場に、その相手に、

真摯に臨んだか否か。




そこだけである。


まずは。





勝ち負けではなく、

負けること以上に、

不完全燃焼や不納得は
マインドに重くのしかかるものである。




だから勝ち負けではなく、


まずは真摯に。

やるなら気合いを入れてやれ、と。





それさえできれば

一回戦負けでも

ほめてやりたい、と。



そして

おもちゃを買って上げたい、と。





そういう親心であるが、


しかし目の前では言うことは一つ。






<やる前に、負けること考えるバカ、いるかよ>




である。











明日は早起きして、

会場入りである。




ダモシも

3AM過ぎには眠りたい。






応接に暇あらず


どころか、


睡眠に暇あらず


といった世界でもある。
























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2009年03月25日

カーラジオと喫茶店







今宵

ダモシは甲斐国遠征。


田園都市

品川

甲斐国

新宿

品川

を経て、田園都市に戻ってきた。





先月来、度々訪れている甲斐国。

一度も
天気が悪かったことがない。


不思議なほどに
甲斐国へ出向く日は晴れている。


すべて、である。







0324b.jpg





霞ヶ関から首都高に乗る。


一路、新宿方面へ。

新宿を過ぎれば
初台、幡ヶ谷、高井戸などの
甲州街道の上を走り、

調布から

中央フリーウェイに連結する。







セコンドは二人。






0324a.jpg



東京エンパイアが視界に入る頃、


ダモシは思い出した。

WBCを。




<ラジオやっていないのか>と

徐にチューナーを合わせる。




と、

AMラジオ特有のノイズに交錯する
アナウンサーの上気した声と
野球場のものと思しき歓声。


春の選抜ではないことは

明らかだ。






相模湖を超える。

1-0。
ニッポン、先制。




そして車は、大月Jct.へ。





0324d.jpg




このジャンクションを過ぎて
複数あるトンネル。





最も長いトンネルに差し掛かる。




0324e.jpg



5km弱の長いトンネルを超えると、

正面遠くに
南アルプスの山々の
頂の白が、

宙に浮かぶ雲のように
空高く並ぶ光景に出くわす。


空高く、宙に浮かんでいるかのような
その白はしかし、


山である。





0324f.jpg




このシーンを目にするとき、

先月来、


甲斐国が近づいたことを
実感するようになった。





<ああ、甲斐だな>と、


甲斐国への進軍に覚悟を決める瞬間である。








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車は甲斐国首都・甲府へと進む。





0324h.jpg



甲府の、春の装い。












*****









<七年に一度の勝縁>たる甲斐善光寺に

参拝し、

その本尊の真下を通り
伝説のモノに手を触れた。




そして勝縁の初動を、結んだ。







0324i.jpg





桜咲く善光寺を後にする

その帰路。


すぐに
カーラジオをつけると、




WBC日韓戦は
延長10回表、ニッポンの攻撃。



アナウンサーは

打席にイチローが向かうことを告げている。


二死一、三塁。

3-3、同点。




車中の誰もが
カーラジオに耳を研ぎ澄ませ、
言葉を発しない。



一球ごとのアナウンサーの

<ファール!>の声に

息を吐く。






そしてイチロー、快打。


ニッポン、勝ち越し。




ローカルゆえの
ラジオのノイズが
アナウンサーの絶叫をかき消すが、



車内もまた歓声に包まれた。






そして、優勝。




カーラジオのスイッチを切り、


帰路、

ダモシが途中から
ハンドルを握った。










少年時代、

父親の駆る車の助手席で

カーラジオから流れる
巨人戦に耳を研ぎ澄ませた
昭和の時代が、



今宵


甦った。







ラジオ。


音だけ。


ゆえに、
高まるイマジネーション。






現代にあって、

取り残された存在かもしれない
ラジオが息を吹き返した瞬間は、



ダモシにとっては

近1ディケード(99年-09年)で

過去一度だけ。






あの、

03年夏のニューヨーク時代の
ブラックアウト時のみ。




今宵がそれに加わった。





カーラジオと野球。


これはまた
昭和の時代と
ダモシ少年時代を


甦らせた。











新宿。



ミーティングまでの40分の
空き時間で、


遅めのランチを摂るべく


古の喫茶店へ。





店に入り席につくなり

初老のマスターが言う。





<ニッポン、勝ったよ>。




知らぬ顔をして


<えっ、勝ったの!?>と呼応するダモシ。





<ああ、勝ったよ>と。





この日、
喫茶店ではテレビを客席に向けて

客と共に観戦していたという。









まるで昭和の時代の



<巨人、勝ったよ>である。










<勝ったよ>


という言葉で呼応できる世界観。



見知らぬ者同士が

すぐに共有できる世界観。




その場が、

スターバックスなどの

回転率最重要合理性絶対主義な
ファスト・カフェ


ではなく


いわゆる昭和の喫茶店


であったことが尚、良い。






そこで自然に共有することができる

限りなく
一般ゼネラル・インタレストな話題。






きっと


V9巨人や


ボクシングでいえば
ファイティング原田はもとより

輪島功一、

最後は具志堅でギリギリか

という


男たちの

暗黙の通奏底音。







未だローカルでは

そのセグメントされた
ローカルチームに関してのみ


成立し得ている




<○○、勝ったよ>の共有。






今や
一般ゼネラル・インタレストでは


それも奇跡的とすらいえる素材が、




WBC日韓戦だった、と。










<カーラジオで聴く野球>

という

現代では失われている

ド集中
テーマ集約
フォーカス一点集中


という良さ。




そして


<○○、勝ったよ>

という


あまりにも多岐に渡り過ぎた価値観と
選択肢ゆえに


ときにブレブレになってしまう
この国のカルチュラル的インタレストをも



集約させ

共有せしめた世界観。






まさにその二つは、


古き良き昭和の香りである、と。





ダモシは

WBCで
ニッポンが勝ったことよりも


それが気分良い出来事だったのである。








アジア・ラウンドでの
現場観戦時にも記載した

甦った昭和の熱気。





WBCは締めでも、


昭和を、

そして
ニッポンの良い部分を甦らせてくれた。






米並びにMLBに感謝である。




そしてむろん、


ニッポン代表に感謝すると同時に


おめでとう



である。










0324j.jpg



新宿春景色。
























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2009年03月23日

ニースの巻き煙草








世は卒業シーズン。

そして、春休み。




ある意味で

朝やデイ・タイムの
電車内から

学生の姿が消えることは


首都圏においては

それだけで
大きなメリットを生むから
歓迎すべき

時節が



春といえる。







幼稚園児のジュニアも
春休みまっただ中で、


体力を持て余している。



ワイフにも

ウィークデイは
ジュニアを連れ出して


遠足&お散歩の勧めを


説いたところである。





さもなくば、

幼稚園児レベルでは

好奇心や体力を
持て余してしまう上、


せっかくの春休み、

自宅で遊ぶだけでは
もったいない、と。











*****










その卒業シーズンの今、



三島にいた
ワイフ方の姪が
大学を卒業して


ホームに戻り就職


と相成り、





三島と那須の

間でもある

ダモシ拙宅に
立ち寄り

宿泊したのが


先週のこと。






彼女は

卒業旅行で欧州をめぐってきた
その足で


ダモシ拙宅を訪れたわけである。







姪は数多いが、


とりわけこの姪は

懐いている。






思えば

現在のジュニアより
すこし小さい頃合い
(幼稚園に入ったか入らないかの頃)に、



東京にいた
ワイフのもとに遊びに来て、


当時
ワイフの婚約者だった
ダモシが

その姉妹含めて

湘南鎌倉に
東京ディズニーランドや
東京タワー、都庁などへ
連れていった



91年以来、



ことあるごとに


ダモシ拙宅へ来訪してきた
ヒストリーがある。





東京。


渡米した
ダモシとワイフを追って


己が妹を伴い


初の海外旅行で

ニューヨークまでやってきたのは

2004年。




そして

北の某にもやってきて、



昨年含めて先週も

本妻復帰した
ダモシとワイフを追って

田園都市までやってきた姪。






彼女にとっての
事実上は<叔母>
本質的には<お姉ちゃん>
たる

ワイフの、


その婚約者であるダモシに

即刻

懐いて



湘南の砂浜で

ダモシの手を握って
離さずに


最後の都庁舎観光の段階では

抱っこまでせがんだ姪。






いわば

その

幼児の頃から

小学生時代
中高校生時代
大学生時代


の成長過程を


適宜


ダモシは
目の当たりにしてきた


わけである。






ニューヨークでも

自由の女神その他、

アテンドした。





ニューヨークからの帰路。


ケネディ空港へ
見送りに行った際に、



チェックアウト時に
姪と
その妹の
ヤングガール二人組の
座席が

消滅している

(米系お得意の
 ダブルブッキングされている)


ことが発覚したのだが、



たまたま
予定が空いて
見送りに出向くことができたダモシが、


その場でブチ切れて対処し、


グッドラックなことに


最後は
ファーストクラスに
二人揃って

座ることができた事件


等、


想い出は尽きない。







その姪は、

那須ローカルでは
あり得ない


生き方の方向性のダイナミズムに


インスパイアされたクチで、




自身のライフにおいても




<あのときのニューヨークが

 強烈すぎて、

 ハマってしまった>



と言うように、





やはり

不惑後半になっての
初の海外旅行で

ダモシとワイフ率いる中で

ニューヨークを体験して

ドツボにハマった
"どてらい奴"同様に、




以来、

姪は、



時にひとりで

時に友人と



海の外へ

出かけるようになっていった。







たとえばダモシと

たとえばニューヨークと



<邂逅>して


インスパイアされる人と

まったくされない人
(もしくは意図的に避ける人)





二種類に大別されることは、


これまでの傾向から

完璧に分類される。





おこがましくもないが、


ダモシ自身は

少年期から一貫して

インスパイア<され>たり
影響<され>たりするより


<する方>が圧倒的に多い。





巻き込まれるより

巻き込む方が
明らかに多いし、


振り回されるよりも

振り回すことの方が
圧倒的に多い。




それは種類の問題で、

ヨシアシではなかろう。





良い影響なら

良いインスパイアなら



"普通ではない"方向性とLIVEから


<される>ことは

好ましいことである。




それを本人が咀嚼して

どう生かすかの問題だけである。






歳下やヤングボーイ&レディが

より
<される>傾向は強い。




姪を例にとってみれば、



"そこらへんの叔父"とは

明らかに
ポスチャーも方向性もLIVEも

異なるダモシに



近寄ってくるのは


必然ともいえるわけである。





ダモシとて

"そこらへんの叔父"あるいは

"その他大勢の親戚"に

己のポジションは
絶対に配置しないから、


そうなるのは
当たり前でもある。







ダモシの手を握って
つないだまま離さずに
浜辺を歩いていたり、


ケネディ空港で
泣きべそをかいていた


姪の姿はもう、ない。





もう、それはそれは


逞しい。




それは
メソメソ甘えん坊だったワイフが


ニューヨークで

逞しくなったのに似ている。






ダモシと拙宅で酒を飲み、

欧州絵画の話をしても
ついてくることができる
レベルに


姪はなっているし、


ダモシの知らない/行ったことのない
世界的な建築物へも
行っているし、知っている。






卒業し、今は実家に戻っている。


再来週には

ルーキーとして
企業人になる、と。




がんばっていただきたい。


どうせなら
海外勤務を目指せば良いし、


好機と夢あらば、

会社なんぞに
縛られるなよ、と助言したい。




海の外へ出ろ、と。


自分のやりたいことを目指せ、と。




ダモシでさえ
そうなのだから、


未だ二十代であれば

なおさら
いくらでもできよう。







卒業祝いに、

ジュニア見立ての

サクラ色の洋服をプレゼントした。





姪からは

イキな欧州土産。






makitabaco.jpg





イタリアの

<映画イラストカレンダー>に、


パリの
ピーク・ア・ブック。



そしてイタリアの巻き煙草。



この巻き煙草が良い。





キューバの葉巻と共に、


特別な時に
これを巻いて吸いたい。



それまで大事にキープである。






その姪
(と姉、妹の三姉妹)にとっては、


あくまでも
イメージとしての

<カッコいいダモシさん>





厳然と存在している。






それは

可能な限り

崩したくはないところである。



偽るわけではないが、

それを死守する演出は

男である限り
必要であらふ。






返す返すも


今宵、






torishirabe.jpg




ここで、



他の受刑者と共に、




スピード違反の反則金6万円を


<搾取>

されて、





未だ"ガキ"のように
大いに悪態をつき、

ふて腐れて、




帰路も

その怒りに任せて

爆走した





ダモシの


一方の本質は、




見せられないわけである。
























posted by damoshi at 23:08| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<熱海>を考察する-2







マイアミはもとより、
オーランド、タンパ、
フォート・ローダーデール…。


フロリダが好きだった。

在米中、
9月のレギュラー的な
オフィシャル案件での
例年のマイアミ行き以下、

プライベートも含めて
毎年フロリダへ保養に出かけていた。


オーランドは三回
マイアミは都合、五回。

タンパは取材で、
最後は
フォート・ローダーデールへ
後輩と。



一方で
ニューヨーク近隣のビーチ
(ブライトン、コニー・アイランド等々)
はもとより、

リゾートとしては
アトランティック・シティ。



要するに、
平たくいえば
ダモシのイースト・コースト好きは、

米でも
ニッポンでも
同じである、と。



ニッポンでいえばそれは、
本妻・東京を軸とする
・鎌倉/湘南/江ノ島
・伊豆
そして
・箱根

になる、と。





その中で
米のフロリダに近い存在といえば、


やはり東伊豆となる。



公私とも
東伊豆は98年までの本妻時代に
数多く出かけている。


広義での東伊豆イコール、

上から
・真鶴
・湯河原
・熱海
・伊東/宇佐美/川奈
・伊豆高原

伊豆の中心に位置する分水嶺
<天城越え>の天城山より
東側で下方に位置する
・熱川
・稲取/河津/今井浜
そして
・下田/白浜

南端の
・石廊崎

である。



とりわけこの
東伊豆ラインのビーチサイドは

フロリダ的である。




東伊豆の玄関口は、熱海。



その
サニーサイド、

象徴的シーン。




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19年前の1990年、

ワイフと
交際開始後はじめての
宿泊伊豆高原旅行の帰路に
立ち寄って

遊んだビーチが
ここである。




まさに世界観はフロリダ。


スケールとレベルは
100分の一だが、

マイアミの

マイアミ・ビーチ
あるいは
サウス・ビーチ

を思い起こさせる
ビーチ対面のシティ・ポスチャー。



当時、
こういったポスチャーは
未だなかったような気がする

(もっとドン臭かった)。




今や熱海でも、

その
嘘くさい世界観の領域や、
オールド・ファッションドな
温泉街とはまったく一線を画して

別次元の
レジャー世界を享受する熱海の
サニーサイドである。




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既に春。

そして、既に夏。


サニーサイドな陽光と天候が
入り混じるスペース。




まさにここは、

嘘くさい領域と
ベタな範疇に侵されない、

逃げ切れる

スノッビーでも耐え得る色彩を奏でる
数々のマテリアルが転がっている。



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ここは葉山か逗子か
と一瞬、見紛う。


少なくとも
沼津や清水とは異なることは
一目瞭然で、

三浦半島か伊豆か、いずれか、と。



この
シャビーさ皆無な世界観は、

季節感伴い

クリーン&サニーな色合いで
消費者便益を満たす。






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"一応"ボードウォーク。

まあ、
欧米的な
本来のボードウォークとは異なり、

限りなく
人工的なモードだが、
それもこれも
復権を試みる熱海としても
ニッポン的にも
このレベルがちょうど良いのか。



歩く人、佇む人。

それはまさに老若男女。


ヤングの恋人同士。

かつての恋人であり
ハニームーン以来の
思い出の地再訪かと想起させる
シニアのアベック。



時代を超えて

恋仲の男女がふたり
喧噪とはかけ離れた
オープンスペースを

心静かに歩くことができる場所。



それがビーチの
ボードウォークである。


いわゆる"ガキ"がいない
ビーチのボードウォークは、

米では当たり前だが、

ニッポンでは
数えるほどしかないのではないか。



ボードウォークではないが
たとえば
茅ヶ崎や湘南のビーチでは

ややもすると
ヤングボーイが
改造車で大音量を響かせて走りながらも、

裸になれば
ガリガリ貧相

といった
シャビーな世界観が
どうしても生まれてしまい、

辟易とする。


逗子・葉山や鎌倉・由比が浜
へ行けば

それは解消されるが、

ボードウォーク的世界観とは異なる。



その意味で
シニアもファミリーも含めて

潮風に吹かれながら
緩やかに歩く空間としては、

この熱海は
ある意味で成功しているともいえよう。




ただし

ダモシが
コンサルティングをするならば

このビーチとボードウォークも
より改造する。


やはりサイズが小さいのである。

エリア全体の面積が
広い割には

あまりにも
市街地密集度が高く、

ビーチ側の
サニーサイドとの分水嶺が曖昧で、

全体に余裕が感じられない。



ここのあたりが
欧米のビーチ・リゾートとの
大きな差となってしまうのである。


要するに

せせこましい

のである。




むろん
既存の土地は容易ではないが、

どうせやるならば

本質的な
エリア全体の構造改革をしなければ

リアルな復権は果たせない気がする
わけである。




色的には分けられてはいても、

精神的には
彼らは分けることが
できずにいる。

温泉街とビーチ。

あるいは
ダークサイドをも包含した
温泉&市街地エリアと
サニーサイドは、


きっちりと分けるべきであり、

且つ

その
隣り合わせ度は広ければ広いほど

良い。





サニーサイド側は
特に
もっと徹底的に
フロリダ型にすべきである。


それだけの素材はある。

実に
もったいない気がする。





街づくりは

単に
ビーチ周りを
夜間ブルーライトで
ライトアップすれば良い


というものではない。






atami12.jpg



春の陽気に誘われて
砂浜で戯れる人々。



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とりわけ
子供たちは
季節を待たずのかようなレジャーは、

喜ぶ。









*****








最後に、

人絡みの、雑感。




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上から
外国人観光客
ヤング・アベック
卒業旅行風女子軍団
ビーチ・バレーボーラー。






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象徴的なシーン。

砂浜の上を歩く
シニア夫婦。

すこし離れた後方を歩く
ヤング・アベック。




男と女の、

且つ
ここに関しては
不倫絡みではなく、


あくまでも<夫婦>の、


50年ストーリー。


それが熱海、か。









:::::




atami1.jpg



熱海の
サニーサイドを、

俯瞰して見る。




見下ろしている場所は、

<嘘くささの象徴>&
<堂々たる、いかがわしさ>の

熱海城。


城の眼下、
絶壁側には
<ダークサイドの横綱>秘宝館。



写真の
サニーサイドの山側の市街地が、

温泉エリア。












posted by damoshi at 00:41| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

<熱海>を考察する-1









<熱海>である。




・ワイフと交際後、初の宿泊旅行となった
 バイクでの伊豆遠征(城ヶ崎/伊豆高原ほか)
 での帰路、立ち寄りビーチで遊んだ=90年

・大学の卒業記念旅行の一つでの
 デスティネーション=90年

・広告代理店時代の社員旅行=91年 



これが
最近年での熱海との関わりである。


宿泊滞在での旅における
デスティネーションとしては、

17-18年ぶりとなった熱海。




熱海は、

旅と文化、都市構造その他
多くの考察要素を持つ
特異な地である。



今回の
<旅>カテゴリーで取り上げる熱海
に関しては、

その考察が大いに必要である、と。


単なる紀行文では
済ませられない地、


それが熱海でもある。









*****







まずは分かりやすく
熱海の梗概と立ち位置を
パワーポイントで
ちょろっと三分でまとめてみた。



ppatami.jpg



実物はA4だが、
当欄の画像スペース的には
これがいっぱい。

ぎりぎり、見えるであろう。


このパワーポイント資料をもとに
まずは
アウトラインをご理解頂くために
ご説明したい。

これらの
熱海アウトラインをまずは
切り取った上で、


個々の写真や文章へと
つなげていくことで、

理解を得よう。





一般ゼネラルな認識では、
ニッポン人なら誰もが
通奏底音として存在していた
熱海のヴァリュー。


それは
昭和でいえば
30年代がピークか。


いわゆる
<ハニームーンの整地>である。


ハニームーンで行く先は、

現在の40代後半世代から
海外に矛先が向けられ、

現アラフォー上部世代
(ダモシ世代)で
それはピークを迎える。


ダモシのハニームーン先は
豪州ケアンズとシドニー
という同世代のティピカル世界観。


それに匹敵する世界観
もしくは
ドメスティックゆえに
海外よりも一般ゼネラル性が高かった
であろうと想像し得るのが

熱海である。



ハニームーンへ。
おめかししてお出かけして初夜。

温泉街にビーチ。
首都圏からの好アクセス。


いうことなしの世界観が
そこに広がっていたであろう。



当時のリゾートは、

バリ島でもプーケットでも
ケアンズでもハワイでもなく

熱海だった。



熱海の、
ある意味でそれが全盛期か。



一方で、

P/Lすなわち
プロフィット&ロスでいえば
金銭的(売上的)全盛期は、

70年代以降の

団体旅行のメッカとしての
熱海時代であろう。




まさに
世は高度経済成長、そして後年のバブル。


団体の慰安旅行に
会社の社員旅行という

シャビーこの上ない世界観。



その世界観に必須のマテリアル
となればこれはもう、


■コンパニオン
■ローカル場末の二次会用
 スナック&パブ
■ストリップショー

そして
■ソープランド(旧トルコ)

プラスαで
時代の変遷とともに

■ノーパン喫茶
などの下ネタ系

から

定番の
スーパー場末的な
■カラオケ・スナック



この世の果てのドン臭さ
の象徴である

■射的場

■見せ物小屋
■秘宝館


が加わることで、

パーフェクトな


<シャビー&ドン臭い>ワールド

が完成したのであった。




そうなれば当然、
ハニームーン客は来訪を遠慮し、

当然、
ファミリー客は
寄りつかなくなり、

当然、
純粋に温泉と歴史を
楽しみにやってくる
シニア層も避けるようになる。




エリアは荒廃感と退廃感、
シャビーさにドン臭さ、
枯れた感&寂れた感に支配され、


<人>は姿を消していき、

風評としてのクチコミも
悪の連鎖を止めることなく
広がってゆく。





熱海、沈没。


もはや
財政再建団体か、と。






ダモシ自身も
会社の社員旅行での熱海行を
経験したクチだが、


ダモシ世代で
それはギリギリだろうと察する。



熱海が沈没したのは
バブル崩壊に時系列を共にしている。

ダモシが社員旅行で
熱海を訪れたのは90年代初頭だから
既にバブルも崩壊しているが、

その時点では
バブル崩壊の実感は誰も持ち得ておらず、

実際、
銀座ではタクシーが拾えなかった。

ヤングボーイだったダモシは
新卒ルーキーあるいは二年目三年目であり

接待を途中で離席して
拾えないタクシーを探すべく
銀座の街中を歩いたものである。


その直後に
世間にも実際に
バブル崩壊の実感が広がったわけで、


ゆえに
ダモシが熱海に社員旅行で
訪れた時点では
ギリギリまだ


<社員旅行=熱海>

という図式が残っていた

最後の段階であった
といえるのである。




とにかくヒドかった。


何がヒドかったのか。



以下である。



・宿
・部屋
・旅館職員の態度と仕事ぶり
・料理


である。



とどのつまり、
品格のない
団体旅行客と宴会客ばかりを
相手にしてきてしまったことで

熱海の旅館やホテルの
従業員の品格も
必然的に落ちていたのである。


(以前が高かったかは分からぬが)。



要するに

超一流ホテルで
ホテルマンとして、

あるいは
一流旅館で
仲居として、


きちんと鍛えられてこなかった
面々が

日々の多忙な業務に追われ

粗暴な団体客の振る舞いに
つき合っている
(ただただ配膳を繰り返す
 ただただ部屋の掃除を繰り返す)

うちに、

本末転倒に陥ってしまった
のである。


それは

名温泉地でありながらも
宿の温泉(風呂)の質も
著しく低かったことも同義である。




ただただ

量をこなすだけ

という世界観。




宴会。

ダモシはもう
これが大嫌いで仕方がないのだが、

例のコンパニオンとやら、である。



なぜ
ああいう存在が必要なのか

さっぱり理解できなかったし

今も理解できない。


といふよりも、
ダモシには必要ない。



ハッキリ言うが、

ローカルの
温泉地のホテルや旅館の
団体旅行客が騒ぐ宴会に来る

コンパニオンは

99.9%

ブ○である。



<なんだ、あれは>と。


なにしに来とるんじゃ、と。


厚化粧に、
いかにも田舎臭いスーツ、ミニスカート。

そこから露になる
おおむね色は肌色かベージュの
ストッキングに包まれた
野太い脚。

しゃがれた声。
あるいは
明らかにブリッコな甘ったれた声。

で、たいてい
声が大きい。


声が大きい男も女も
ほとんど嫌いなダモシには
とくにそれだけで
カンに触るのである。



で、ビールを注ぐ彼女ら。



<キミらはいったい、何よ>

とダモシは言ってしまう。


<自分でつぐから、いいよ>と。




たいてい
アホな社員は、

酔っぱらった勢いで
コンパニオンを伴い

宴会場から出て
夜の
シャビーな現地の場末へ消えるのだが、


ほとほと
蓼食う虫も好き好きとは
このことで、

馬子にも衣装
にもならぬコンパニオンを
伴って消えるなんぞ、


ほとほと
ハッキリ言うが

<異性なら誰でも良いのか?>

と。



そんな
みすぼらしくも
貧乏臭い所作が、


ダモシはもう
イヤでイヤで仕方がなかったわけである。



そして、

そんな熱海を毛嫌いしてもいた、と。





そんな世界観は
良識あるジャパニーズ国民からは

次第に避けられ、


ホテルや旅館はクローズの憂き目に遭う。



熱海エリア住民の
ほとんどが
地場のホテルや旅館の従業員や
その関係者という有り様の中で、


重要な働き口である
それらが潰れれば、

コンパニオンを含めて

その地を離れざるを得ない。




熱海、沈没。

住民まで激減。






熱海の救いは、
サマーシーズンのビーチのみ。


そんな認識が
出来上がっていたのが

ダモシが渡米する時点での
熱海であった。








*****








熱海の
ディスアドバンテージは

もう一つ

あった。



アクセスである。



熱海の
アクセスの良さは、

箱根並みだが、


<車利用>
という面においては

熱海
(のみならず東伊豆)は、

非常に悪い。





<最悪の国道135号線>。



これは

ダモシが
ワイフと交際してから
初めての宿泊旅行でバイクで
伊豆高原(東伊豆メイン)へ
出かけた際にも、

大学の
卒業記念旅行の一環として
車で出向いた際にも


既に認識していて



<これはヒドい。できれば避けたいな>


という理解が
根底に横たわっていたものである。





0atarioute.jpg




東京、横浜という首都圏からの
アクセスである。



ダモシが
常々絶賛している
別格リゾート<箱根>がなぜ
優れているかは多々あるが、

そのひとつが
アクセスである。



箱根のアクセスの良さは
西武、小田急という
巨大電鉄が絡んでいることもあるが、

電車、列車、バス等はもとより

車でのアクセスにも
大きなアドバンテージを持っている
点である。



つまり

一つの道路/一つの方向

だけからしか
行くことができない

という難点をすべて解消しているのである。


東西南北あらゆる
角度から
箱根には入っていくことができる。


且つ
それぞれの中でも
さらにディテールにおいて

多くのルートを持っている。




だから、

端的にいえば

ムダな渋滞での
時間的ロスを回避することが

できるのである。




箱根を旅してからの帰路も
同様。

東西南北へ分散するような
道路設計になっているから

渋滞しない。



北へ静岡の御殿場からも、

東へ小田原からも、

首都圏へ戻ることができる。


西へ戻る人は
沼津その他へ出れば良い。







ところが熱海。


単純にいえば
厚木

小田原
を高速道路を進んできて、

まずその出口で大渋滞。
(一車線しかない
 その先にある海沿いの真鶴道路へ
 出るために多方向から
 合流してくるという構造的欠陥ゆえ)。

さらに
真鶴道路(海沿いの短区間有料道路)

国道135号線(山側クネクネ道路)
いずれも大混雑。

しかも
真鶴道路は異様に短区間
だけの有料道路ゆえに、

すぐに国道135号線と合流。

またその合流地点で
車はとろとろとろとろおたんこなす
スロードライビングに陥る。


そこからは
片側一車線の
その国道135号線を

延々と

海沿いを

とろとろ走る牛歩戦術を
余儀なくされる。




湯河原を過ぎて熱海へ。

さらに
川奈、伊東、熱川等々へ

延々と
一車線を走らざるを得ない。





熱海は、

小田原以降が
ほとほとネックになる。



渋滞しなければ
距離的には
一時間程度で
十分に到着できるはずの熱海が、


道路の構造的欠陥ゆえに

一時間半〜二時間以上

という
時間的スペンドを
余儀なくされるのである。




そして
なかなか信号がない。

右左折できない。


だから
一度間違うと
(行き過ぎると)

すぐにUターンしたいのに

それは不可能になる。


延々と
スロードライビングにつきあう
ハメになる。





国道135号線の鬼門。


これが熱海にはある。


よって、

"普通は"
熱海へ車で行くなら深夜か平日。

土日は絶対に避ける。

サマーシーズンなんぞ
もってのほか


という図式は成り立っているのである。





ニッポンが
マイカー&レジャー時代に
なればなるほどに、


歩調を合わせるように

距離的なアクセス面では
秀逸だが、

それと反比例して

<車での来訪に不向き>な

熱海は、



衰退していった。





市中もまた、ひどい。

ほとほと
熱海の市街地は、

車での移動に不向きである。



そんな点も

熱海が
時代に取り残されてしまった
要因として
横たわっていた。








*****







0atami1.jpg




上記の流れを経て、


ダモシ在米中に
熱海は
復権へ向けて動き出していた。



それがパワーポイント資料で
最下部に記載した部分である。



元来
山側には別荘があったが、

海側の
ビーチサイドを
リゾート・マンションが埋め尽くす
ようになった。



熱海自身が、

<これじゃあ、いかん>



少しは策を講じたのであろう。



首都圏から
"電車であれば"好アクセスなエリアだが、

比較的廉価で
別荘としてのそれを
手にすることができる。


ビーチサイドを変えよう、と。


且つ
温泉街にも
"文豪つながり"での
カルチュラル&ヒストリカルな
打ち出しを加えることで

お金と時間があり
ノスタルジック戦略に合致する
シニア層も

ふたたび取り戻せるであろう、と。




現在の熱海を見てみて
ダモシが感じ得たその部分を
端的に表現するとすれば、



ダークサイド(温泉街)では
<夢よ、ふたたび>。

サニーサイド(ビーチ)では
<フロリダ化>

という

二極分化

となる。





実際に歩いてみて
出てきた言葉は、


<あぁ、なるほど。
 熱海といっても別物だな。
 ビーチと市街地(温泉街)は>


であった。



別のエリア、といえる。


熱海を
ひと括りにしていた時代は終わり、


再生へのKSF
(キー・サクセス・ファクター)

は、

二極分化である、と。





そして

その世界観の再生過程にある今、

顧客ターゲット
(実際に現地に多い客層)は、


前者においては
・シニアのアベック
及び

昔ハニームーンで熱海に来た
祖父&祖母を伴った
・三世代ファミリー。



後者においては

・ヤング
 純然たるアベックと
 一方である
 卒業旅行軍団




・ファミリー


である、と。






さらに。


ここが
熱海の熱海自身の
忌わしき
崩壊をもたらした

エロ系&見せ物系=社員旅行向けマテリアル

たる



<嘘くささ>満載の

世界観の残存。



これが未だにある、と。



・秘宝館
・場末のスナック等


そして
現代ではもう
目にすることすら希有な

・ソープランド




これはもう
最強の嘘くささである

・熱海城。





これら
時代に取り残された&
毛嫌いされた
シャビー&貧乏くささ満載の存在が


しぶとく

残存し

いまここに在る
サニーサイドな領域の面々に

ちょっかいを出す構図。





熱海の

嘘くさく
いかがわしさ満載の

世界観は、


ある意味で
"北の某"全般に見られた

救いようのないシャビー
(寂れた感&枯れた感と、
 それをもはや超越した
 死んでしまった感)

とはまた

異なる味を
漂わせているのである。



煙たがられながらも

しぶとく残存し

<悪いか?>
とばかりに

自信満々で鎮座する
見せ物小屋や
熱海城、

場末のスナックに

錆びて腐った看板たちの

強烈なる自己主張。








真っ当な

観光的な所作での方法論たる
二極分化

と、


それだけでは
終わらせまいとする


自信満々に残存する

<シモ系の自己主張>




徹底的にバランスを欠いた構図。







これが

善くも悪くも


現在の熱海


といえよう。








"普通に"考えれば、


ファミリー層を
多く誘客しておきながら

そりゃあ
ないだろうよ、

少しは考えろよ

と言いたくはなる。







サニーサイドな
フロリダ的世界観への転嫁

を図る

同一エリアに、


"普通に"
目の前に

<ソープランド>

と巨大看板で自己主張する
ソープランドの
"お城"のような建物。


山の別角度を望めば、

山間に

<怪しいです>と
最初から自己主張する秘宝館。


さらには
その頭上に誇らしげに屹立する


最強の
いかがわしさ&嘘くささ

たる

熱海城。






<なんじゃ、こりゃ>と。






熱海よ。

お前はいったい、

何がしたいのだ!?








忌憚なく

熱海市および観光協会並びに
ホテルへ


問いかけたるなる。








それが、



忌憚なく捉えたところでの



現在の熱海


とも、



ひとつには


いえよう。











これらを踏まえた上で、


サニーサイドと

その一方にある"ベタ"な部分を

個々に取り上げていきたい。











:::::






nyuutodata.jpg




ややネガティヴな記載
となったが、

熱海の名誉のために
付け加えるとすれば
このデータか。

ニッポンの温泉の
入湯者数、
一昨年の数値。



箱根
(強羅、箱根湯本、元箱根、仙石原その他)
は別格として、

熱海も
上位にいることが分かるであろう。

その数は
伊香保や草津、由布院を凌ぐ。


二位の日光は主に鬼怒川。
四位の伊豆はいわずもがな。
五位の静岡は
近年上昇の浜松である。














posted by damoshi at 18:20| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

ブルーライト・シナガワ〜女、ひとり







心身ともに
オフィシャル案件で完全に
ここのところtoo muchを超えて
O.D状態である。


よふやく
完全に、一分たりとも
オフィシャル案件抜きの
一日を今宵は過ごした。

明日からはまた
プライベートでの
完全休養として一泊で旅に出る。

この連休は完全保養。
月曜は例のスピード違反の件の
今度は簡易裁判があり、
火曜日はオフィシャル案件で
またもや甲斐へ。


四月は
甲斐国内各地行脚のみならず、

四国もしくは九州
あるいは北陸等、
ニッポン各地のいずれかへ
足を向けることになろうと
想定され、


GWまでは
オフィシャル/プライベート双方の

相変わらず旅の激化が

見込まれているところである。








また、
明日以降
旅先から
紀行文をお届けする所存である。






0birthday.jpg


今週はいずれにせよ
バースデイ・ウィークだったが、
その日はウィークエンドだったことで
"一応"
リラックスしたひとときを過ごしたまま、

O.D状態へ流れていき

<ほとんど毎日寝ていない>
状態のまま

よふやく昨晩に至るも、

昨晩は
ダモシ的限りなくゼロに近い
奇跡的な
オフィシャル案件での

一般ゼネラルな<飲み会>
に参戦して

まずは今週のO.D状態は終わった
ところである。






その<飲み会>。


場所は品川。
ところは、某水族館。



<品川+水族館>
という記号があれば、

どこかはすぐ分かるであろう。


アベックご用達、
大都会のティピカルな
デートスポットである。



要するに
大都会の
デート・スポットとしての、

そういった
いわゆる"目的買い"な水族館は、

俗にいう
ファミリー向け&レジャー系の
水族館とは一線を画する。


ましてやそこは
隣にまさにプリンス・ホテルがあるわけで、


不倫

もしくは
秘められた仲

の男女が
ひととき
(中継ぎ的時間つぶし
 &
 ホテル室内へ行く前の
 ブルペンでの投球練習)

目的で

利用するに適した空間である。




そういった
世界観の水族館の中に、

レストランがあるわけだ。



間違ってはいけない。

水族館と軒を連ねる施設内にある
レストランではない。
フードコートではない。

水族館本体の中にあるのだ。
レストラン&バーが。

レストランが水族館

といっても良い。




水族館レストランだから、
その中が水族館なのである。


こういう言い方で
より分かるか、と。



で、照明はむろん、

水族館である。


こういう言い方しかできない
というか

これが最も分かりやすい言い方になる。


要するに
水族館の中だから暗いわけであり、

且つ
水槽は何色?となれば、
水槽はライトアップされていて
青みがかっている、と。


そういうアトモスフィアの
世界観のレストラン&バーである、と。





ここまでのことを
端的に一枚の写真で表せば
こうなる。



0marin.jpg



いわば、
こういう空間である

ということである。





かような
シチュエーションがある

という前提で話を進めたい。










*****








シャーク、ヒラメ
その他が泳ぐ水槽。

それが発する
"ブルーライト横浜"的な世界観。


その中にいる
客の

大半は、アベックである。



これが、いかにもで
愉快なわけだが、


センターのメイン水槽の周りを囲む
テーブル・カウンターは、

その周囲を取り巻く
グループ席
(それぞれの後ろも水槽)から見て

ど真ん中にあたるのだが、


グループ席の連中には

ちょうど
背中を向けた状態で
着席している。

(ど真ん中の/彼らにとって目の前の)
巨大水槽に向かって着席している。



俯瞰して
全体を見ることができるのは、

四方の外堀を埋めるように
座っている
グループ席の客。


そして
アベックたちは
その多大勢のグループ席の
<観客>たちに

見られながらも

背を向けて

アベック二人だけの
世界に浸っている。



見れば、あら不思議。

男はたいてい
ミドル・エイジ以上。

女はたいていヤング・レディ
(ヤング・ガールより上の世代)。



もうこれは
普通に見て
職場の上下関係から不倫へ発展した
ケースか、

形式はどうあれ
秘められた関係

と見るのが妥当で、


この後は
プリンス・ホテルか
高輪グランドかいずれかの

ルームへ直行

というノリである。


カウンターに
肩ひじついてカッコつけているが、

頭はハゲて
背中には
サラリーマン的哀愁感
+
"エロ"へのマインド満載

といった風情の男に、


女は
これまた
イイ女を演じようとするも、

お互い
このブルーライトの中でこそで、

ルームへ入れば興ざめ

を想起させるようなポスチャーで、



ある意味で

失笑がもれる世界観を
滲み出しているのである。




悪戯なグループは
そこにはいないが、

あいにく
ダモシのグループの中の
女性陣には
悪戯女がいて、


まあこりゃ、アベックかわいそうに、と
思うわけだが、
こちらは笑い、
もっとやれ、と。



アベックの
背後に回ったレディは
携帯電話のカメラを
左手で掲げて

メインの水槽をカシャカシャ撮りまくる。


あろうことか
アベックの
男と女の頭部の間にまで

背後から左手を忍ばせて

携帯電話カメラをカシャ。




アベックはもう
ムード台無し状態と相成った
次第である。


まあ、
ある意味で
さっさとルームへ行けよ、と。


俺なら鎌倉あるいは熱海、
箱根か那須行くぜよ、と。

俺なら
ホテルのバーで飲むぜよ、と。




そんな感慨を持つがあまり、

意図的あるいは無意識問わず
さういうアベックは
妨害されるのであった。








*****






そんなことよりも、

ダモシが
気になったのが、

この水族館館内に

<女性ひとり>が多かったことである。


妖しい光を発するクラゲや

巨大エンターテイメント・プールで
ショータイムでもないのに
泳いでいる(練習している)イルか
などを



一人で眺めている女性たち。





・連休前の夜
 という状況設定

・仕事帰りの時間帯
 という時間軸

・品川の水族館という
 デートスポットという
 空間設定


において、


<女性ひとり>
という構図は

実に不可思議に思えたのである。




むろん不思議はない。


連休前の平日。
仕事も終わった。
明日から連休だ。
季節ももう春だ。
お天気も良い。

さて、どうする?

アパートメントに戻っても
誰が待っているわけでもない。
彼氏もいないからデートもない。
明日からの連休の予定もない。

だからといって
このまま
まっすぐアパートメントに帰っても
寂しいだけだ。


会社帰りに近隣だから
水族館にでも寄ってみようか。



そう考えて
ひとりでやってくるのは
理解できる。




だが不思議なのは、

ここが
根本的に
夜のデート・スポットだ
ということである。



上記条件から
ひとりで足を向けるにしても
もっと他にあるだろう。


観たかった映画を観るために
映画館へ行く。

洋服を買いに
表参道や銀座まで足を伸ばす。

六本木の美術館へ行ってみる。

大きな書店へ行ってみる。


どこへも寄らずに

DVDをレンタルして
早く入浴も済ませて
自宅で映画を観る。



等々、いくらでもあるだろう。



わざわざ
よけいに寂しくなる
(他人の幸福を目にすることになる)

ムード満点の水族館
(デート・スポット)に来る
絶対的な理由はないと感じる。



デート・スポットへ行き、
他人の幸福を見て
己を鞭打つM的な自虐行為を
意図的にする

という目的があるのならば

それは
理由になるだろう。




"普通の"デート・スポットは
オープンなスペースであり
パブリックな空間であるから、

いわゆる
街往くアベックを見ても

<ふん!>と感じる度合いは少ない。



だが、

明らかに
デート・スポットである
水族館
というカテゴリーにおいて、

特に
その空間内は
ある意味での密室性を伴っていて、

クローズなスペースであるからこそ、


よけいに

<ひとり>がクローズアップされる上、

目に入るアベックが
クローズなスペースゆえに
よりクローズな関係性を発露させている
というシチュエーションが、


<ひとり>にとっては


うってつけの自虐行為になり得る

わけである。







だから思った。


ここに
このようなシチュエーションや設定においてなお

"来ている"

<女性ひとり>の女性は



いずれも

過剰なる自己愛と
セルフィッシュ性

および

本質的なM性を

持っているのではないか



と。






まあ、
そうはいっても

ただ単に

リアルに
水族館が好きで

純粋に
男と一緒よりも
ひとりの方が気ままに堪能できるから

というだけかもしれぬが。




実際
男でもそうだが、

ある意味で
美術館に代表されるように


これはもう一人の方が絶対に良い

といえる場所はある。



いくら好きな相手とであっても

主題が

・魚鑑賞

あるいは

・美術鑑賞

・映画鑑賞

という場合は、

ひとりの方が
よりリアルにその世界観に
集中して堪能することはできるわけだからだ。



ダモシも
美術館はもとより

<ひとり>



訪れるケースは多々ある。


それは
オトナの遠足&お散歩
も同様。



ひとりで気ままに歩き、
写真を撮り、
物思いに耽り、
切り取り、
考えごとをする。

あるいは
勝負ごとの戦略を推敲する。



これらは


ひとりが

絶対に良い。






デート・スポットたる
水族館に
連休前の仕事帰りにいた


<女性ひとり>の女性たちも


同様で、


彼女たちにとっては

ダモシの
美術館や
オトナの遠足&お散歩が、

水族館

であるだけで、


たまたま
そこが
デート・スポットだった


というだけのことやもしれぬ。





そのあたりは正解はなかろうが、

いずれをも
想像することは

これもこれで
人物観察や切り方、見いだし方、
戦略推敲などなどにとっては


プラスになる

という話である。





要するに
イマジネーション、という意味で。


一つのイマジネーションが生まれれば、

その背景要因と裏付けを探る
作業へ移行する。

そして
それをする過程で、

また別の仮説
(イマジネーション)が生まれ、


一つのイマジネーションは
幾重にも広がり

イマジネーションの枝葉が最後、

夥しい数と方向へ
広がっていく。

その枝葉に連なるは、

人間。

キャラクター。




これがまた、愉悦なのである。








0marin2.jpg


連休前の平日の夜。

誰も客のいない
ショース・ペースのプールで
ひとり泳ぐイルカ。


客ではない
(ショーの客ではない)
<客>
(水族館、レストランの客)のうち、


複数の
<女性ひとり>が、


イルカを見下ろしていた。



女性たちは
一人で泳ぐイルカを
一人で見て



何を想っていたのか。


そしてこの連休、
どのように過ごすのであらふか。





知ったこっちゃないが、


知ったこっちゃない

と言ってしまっては、



それこそ
イマジネーションは何も広がらない。


















posted by damoshi at 02:19| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

ディスカバー・ジャパン:七年に一度の勝縁








甲斐国の
観光コンテンツの別格東西両横綱。

まず身延山久遠寺は前回掲載した。

今回はもう一方の雄、

善光寺。




zenkoji1.jpg







*****






ニッポン全国はもとより、
外国でも
台湾や北の某を含め

トータルで数十か所に存在する

善光寺。




その中で
<リアル善光寺>は

たったの二つ。



その一つは、

国宝と重文を包含する
天台宗と浄土宗双方の
別格本山たる

644年創建の<信濃善光寺>。

長野市(長野)である。

長野は
善光寺あっての都市である
(善光寺の門前町)。


そのご本尊は
ニッポン最古の仏像といわれる
一光三阿弥陀如来。





武田信玄と上杉謙信が
信濃国の覇権を争う決戦、
川中島の戦い。

その戦火は、善光寺の近くに。

武田信玄は信濃善光寺の消失を案じ、
ご本尊、什宝を
己がホームへそれを移して守った。


信玄のホームはむろん、甲斐国。


武田神社、信玄公墓所、
信玄公夫人墓所などに
ほど近い甲府中心部にある、


<甲斐善光寺>こそが、

それである。





zenkoji2.jpg




甲斐善光寺、金堂
(国重要文化財)。


1754年創建、1796年再建の金堂は、
高さ27メートル/奥行き49メートルという
ニッポン有数の木造建築。




この地で戦火を逃れたご本尊は、
武田氏滅亡の後
織田家、徳川家、豊臣家と転々。


武田信玄がここに守ってから40年後、

ふたたび
信濃善光寺へと戻っていった。






さて、この金堂。


いわゆる
寺院における
本尊を奉るメイン部分たる本堂。



寺院の本堂もしくは金堂において、

この
甲斐善光寺の金堂は
たしかに巨大さで際立っている。


写真でもこれは伝わる限界はある上に
実際に
全国のそれを数値的に比較するデータがないから、
なんともいえぬが、


あくまでも
ダモシ自身が
昨年来出かけている寺院の
本堂(金堂)群との

心象イメージで相対的に鑑みてみると、


最初に目にした瞬間に感じた

<あ、これはデカいぞ?>

が、

善光寺金堂は秀でていた
のは間違いない。



それだけ大きい
(特に高さがある)のは間違いない。



主だったところでも、

国宝レベルでは松島の
瑞巌寺(松島)の本堂、

禅宗のわが国四大道場の一つにして
ダモシ必見推奨の
雲巌寺(黒羽)の本殿

などと比べれば
その高さと大きさは一目瞭然の差異で
善光寺に軍配が上がる。


それは
東日本最大の木造建築物である
世界遺産日光の輪王寺
(日光山の総本堂)にも
匹敵する大きさともいえる。




しかも
甲斐善光寺は
ある意味で
ローカルといえども都市部
(甲府中心部)に位置していることで、

交通量の多い市街地を
走っている流れで

分水嶺の不明確な状態のままに

突如
姿を現すことがもたらす
影響力が

さらに付加されることで、


よりその大きさ(高さ)を
感じ得るのであると
考えられる。



その山門も同様。




zenkoji3.jpg


(金堂側から見た山門)。




金堂、山門
いずれも国指定重要文化財。




最初に
この山門を
表側から目にする瞬間が
なんともいえない。


市街地の中に
唐突に現れる
想像以上の儀容と大きさに
まずは驚き、


その驚きは

山門でこれなのだから
本堂はすごいのではないか?

という期待に変わる。



その期待は
足を自然と急かすことになる。


心の急ぎは
無意識のうちに
足を速めさせ、

ワクワクしながら境内そして
本堂へと進ませる。



そして

あの本堂(金堂)を
目にする瞬間、



<あぁ、これは何とも予想外>


<いやはや、ナメていた…>


という

予期せぬ感動に包まれ賜う。










*****








さて、甲斐善光寺。


先般掲載した
身延山久遠寺が
その五重塔にして


<130年ぶり>となる
大きなエポックを迎えるこの春。



一方のこの善光寺。

これもまた
この春、

強力な誘客マテリアルを擁している。



<七年に一度の、ご開帳>が
それである。






ご開帳。

要するに
ふだんはお目にかかることのできない
ご本尊が姿を現し、

参拝者が唯一、
それを拝むことができる
という

スペシャルなイベントである。


前述の通り
ご本尊は一光三尊阿弥陀如来。


その本尊の御身代わりとして
鎌倉時代に造られたものが
前立本尊。

中央に阿弥陀如来
右手に勢至菩薩、左手に観音菩薩という
一光三尊阿弥陀如来の姿を
映し出しているものである。



この甲斐善光寺のみならず
信濃善光寺
飯田善光寺
祖父江善光寺
関善光寺
岐阜善光寺を含む

トータル6善光寺で
同時に
<七年に一度のご開帳>
が行われるわけである。




なにしろ
WBCやW杯、オリンピックよりも長い
中6年という
ローテーション。


七年に一度という
長期に渡る時間的スペースが、

そのヴァリューを高め、


膨大な数の人が押し寄せるのは
4月5日から。




境内には桜が咲き誇り、
季節は春。



ダモシもまた
オフィシャル案件にて絡むため、

ご開帳に参詣し、


ご本尊の手にある金色の糸が
結ばれている日向柱に触れることで
結縁されるという




<勝縁>

(=しかもそれは"七年に一度の勝縁")




あやかりたいと計画しているところである。





<七年に一度の勝縁>。


これは、
甲斐善光寺の
秀逸なるヘッドコピーである。










*****







ちなみに
甲斐善光寺。


その他、
コンテンツはあまた、ある。


源頼朝の肖像(木造スタチュ)。


これは、
昭和世代や
アラフォー世代、
あるいは現在の二十代が

学校の歴史の授業(教科書)で
学んできた
頼朝のティピカルな姿と顔は
偽物で、

実は
これこそが
本物の頼朝であるという
ヒストリカルな学術のもとで

現代の学校の教科書に
じょじょに使用されるようになった
頼朝こそ、


まさに
ここ善光寺にある文化財である。



頼朝といえばそもそも
信濃善光寺を再建した大檀那。

1195年には
自らも参詣したといわれている。



ここにある
その
木造源頼朝坐像は、
その胎内背面に
1319年という墨書銘があることからも

<ニッポン最古>の
源頼朝のスタチュ
とされている。





まさに現存する、

リアル源頼朝


善光寺にある、と。

(宝物館にて公開)。





その他、

松尾芭蕉
(信濃、甲斐を旅した芭蕉の作品
 "野ざらし紀行")

絡みの
コンテンツもある、と。




zenkoji4.jpg









まさに
雲巌寺(黒羽)
瑞巌寺その他(松島)
はもとより、

甲斐国でいえば、


身延山久遠寺

と並ぶ


<ディスカバー・ジャパン>が、


甲斐善光寺


といえよう。









:::::




zenkoji5.jpg



<甲斐善光寺>


JR甲府駅から
車で約10分。

JR身延線・善光寺駅から
徒歩で約7分。

中央フリーウェイ
甲府南ICから約25分。

拝観料500円。
8:30AM-4:30PM。













posted by damoshi at 21:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月15日

ディスカバー・ジャパン:身延山久遠寺







静岡と分け合う富士山は除き、

首都・甲府周囲の
武田神社、甲府城その他
甲斐国が誇るコンテンツの中軸は
既に掲載している。

むろん、その他ある。


そして
甲斐国の
別次元でのコンテンツ巨砲。

その二つを掲載したい。



まずは、巨砲も巨砲。

"日蓮宗の総本山"
という肩書きだけでも
インタレストを煽る存在。


リアルにこれは山中の
異次元オーラを発する存在であり、

その中にも
数々のコンテンツを擁している、

甲斐国の南巨摩郡に位置する

身延山久遠寺。



まさに、
栃木は黒羽の雲巌寺に並ぶ
ディスカバー・ジャパン。



0mino5.jpg









*****







昨晩記載した通り、

"中部"をタテに縦断する
高速道路がない。


現在、
中部横断自動車道
という名で整備が進められている。

それができれば
静岡の清水と
甲斐国をぶち抜いて
長野までのタテ・ラインが結ばれる。


甲府市内から、

左に富士を望みながら
静岡と甲斐国の
ちょうど中間地点に位置する
甲斐国南巨摩郡。

身延山はそこにある。


地図上で見れば
甲府市と静岡市の中間で
左に富士と富士五湖という
構図である。


よって、
東京から行くならば
東名高速経由で静岡からの
ルートを採る方が早いという世界である。


だがしかし
甲府駅周辺から
そこへ向かわざるを得ない
ダモシのような
シチュエーションは、

二時間かかる

という<遠すぎるな…>感を
与え賜うから要注意である。




甲府から行く場合、

前述した
中部横断自動車道の
一部開通区間である

甲斐国内/白根ICから
それに乗り、

南アルプス市を経由して

増穂ICまでの
わずか9km分だけ
高速道路で走るわけだが、


それでも400円徴収されるわけで、

忸怩たる感覚を得る。



<たったこれだけで、400円?>

と。



それこそ
アソウ将軍の奇策たる
景気対策での
ETC搭載車に限る高速料金値下げにすら

これでは
どう割引するの?

という世界観に陥るレベルか、と。




二時間かかってしまう
最大要因は、

ローカルであることと

ローカルでありながらも
高速道路整備が
進められていないことが
挙げられる。


要するに

ローカルゆえに
通行量の多い
下の一車線の一般道路を
延々と走らなければならない

ことが、

甲府から身延山間に
二時間も
時間的スペンドを要さざるを得ない

最大の難点になっている、と。






しかし、

そんな
コンプレインを超越して、

この身延山久遠寺は

旅人のマインドを満たすどころか

まさに
<ビバ、ジャパン>
<ディスカバー・ジャパン>

という歓びと愉悦をもたらすのである。








*****







ようやくたどり着いた
その小さな市街地。

そこからさらに山道を
上がっていく。


古き良き
そこは
急な登り坂の、

風情溢れる古都的な
門前町が広がる。


門前町を流して
上へ上へと道を進むにつれて
気分は高揚してくる。


門前町のムードが、
この先に
何か凄いものが存在していることを
予感させるのである。



これでもか、これでもか



往く者に
期待感を抱かせながらも
さらに時間的/距離的スペンドを
与えてくる。


ファイナリー。

まさに、ファイナリー。


ようやく
その総門にたどり着いて

まず驚かされる。




<おぉ…>と。



しかも
その巨大な総門と
それを囲む両脇の巨木の並木道は、


実は未だ、門前町。


そこからまた

じらすかのように

さらに本体へたどり着くためには
山を上がっていかなければならない。



<まだか>と。




門前町から10数分。

たどり着いた
一つの山の上、

連峰の中腹。

標高は1,000m強。

そこが身延山久遠寺。



0mino1.jpg


仏堂。




境内は右広がり。


メインのゲートである三門をくぐり
階段を上がってきて
入る境内の位置から右へ広がっている。

つまり
逆L字型ポスチャーというわけである。


ここでは境内の右端から
取り上げていく。




仏堂側から境内全体を見ることで
全体ポスチャーを
俯瞰できると同時に、

この久遠寺の最大コンテンツの
一つである

膨大数の枝垂れ桜をも
俯瞰し得る。




0minox1.jpg



間もなく枝垂れ桜は満開となるか。

読みは三月下旬。
その頃、また山中謀議があれば
好都合か。



0mino2.jpg

逆に
境内右端を見る。







*****





0mino3.jpg



日蓮聖人を祀る祖師堂。

日蓮聖人の神霊が棲んでいる
といわれている。



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0mino15.jpg






その祖師堂から
山側(谷側)を見てみると、

この山中の世界観が色濃くなる。


0mino17.jpg

0mino19.jpg



この谷底には
宿坊が並ぶ他、

日蓮聖人起居跡にして
久遠寺発祥の地が潜んでいる。

1274年に入山した
日蓮聖人の庵跡もある。



0mino13.jpg




翻って、
山の頂を望めば
奥の院がぽつんと立っていて、

そこまでは
ロープウェイが走っている。

奥の院からは
久遠寺全景を拝むことができるらしい。



写真のこの位置からの眺めの白眉たる

標高、温度相まった
夕霧立ちこめる世界観は、

必見。




0mino7.jpg











*****







谷側(境内の左端)
に位置するのが、本堂。



0mino9.jpg



0mino6.jpg



本堂内は豪華絢爛、別世界。

むろん存在は、
ティピカルな加山画伯による天井画。




そしてこの本堂の正面にある
存在がまた
身延山久遠寺の
メインイベントになる。


久遠寺の

右手の横綱は
枝垂れ桜。

そして左手の横綱が
本堂の正面を歩いていくと

突如として現れる

ギョッとする存在の

<菩提梯>。



菩提梯は、

この右端からのルートを
採用して本堂にたどり着くことでこそ
得られる


<ギョッ>である。



これはまさに

見ず知らずの

一見さんの

未だ見ぬ強豪の、

最たる驚嘆の事例。




できれば
何も知らぬ状態でここに立つと好ましい。




本堂から
左(谷側)と右側(境内広場)を
俯瞰して、

正面を見ると

何やら

<あの先はどうなっているのか?>

と疑問を覚える空間が広がっている。


山側ではないから
谷底ではないだろう。

でも、
市街地でもなければ
門前町は右端だ。


あの先はいったい、

何があるのだろうか?


と、

五重塔を通り過ぎて
ゆっくりと歩を進める。


その先で
立ち止まる関係者四人。



<ん?なにをしているのかな?>

<彼らは、立ち止まって、
 何を見ているのかな?>


と歩を進める。


ゆっくり、と。

歩を進めるにつれて、
彼らの目線は
相当な角度で下へ向かっていることが分かる。

腰も若干、引けている。



そのポスチャーに合わせて、
危機管理がごとく
さらに歩速を緩めて進む。


そして、
彼らの隣、やや背後に
並ぶようにして立ち、


<何ですか? いったい>

と問いながら、

目線をゆっくりと下へ移す。




その瞬間ダモシは叫んだ。



<うわぁっ。何ですか、これは…>


<何だこれは。直角ではないか…>




微笑む関係者。

その顔には

<ね。すごいでしょ>と書いてある。


<どうじゃ>と。





0mino12.jpg




当然、
写真で伝わる限界はあろう。



0mino11.jpg



ひんやりとした空気感の中で、

知らずに突然
これを目にすることの驚きは

大きな愉悦である。



高さ104m、287段の菩提梯。

「南無妙法蓮華経」と
41回唱えることで
菩提(悟り)に至る梯(きざはし)
とされる。



普通に思うのだが、

これは
下から登ってくる途中、

一歩間違うと

落下するのではないか。



それほどの角度である。

実際には90度というのは
あり得ないが、

上から見ると
それはもう直角にも見紛うほどである。





そして、この菩提梯の下に

三門がある。



だから
三門から入ってくれば
まずはこの菩提梯を
上がることになるわけだ。



険しいこれを望みながら
上がってきて
悠然たる世界観に浸るか

枝垂れ桜群に囲まれながら
悠然とした気持ちの後に
これを見下ろすか。




これはまた

久遠寺の
楽しみ方ツー・ウェイであろう。




今回、
ダモシは三門を見ていないが、


その三門もまた
横綱級で、

京都の
知恩院、南禅寺と共に並ぶ

<ニッポン三大門>といわれている。









*****






そしてまだいる横綱。


ただの五重塔ではない五重塔。


それが
久遠寺の五重塔。




<武田信玄祭>はともかく、

甲斐国この春の
二大ヒストリカル・イベントが、


甲斐善光寺の
<7年に一度のご開張>であり、

身延山久遠寺の
<130年ぶりに甦った
 五重塔の落慶式>である。



前者は7年に一度、

後者は130年ぶり。




ここは後者。

130年ぶりに甦った
身延山の五重塔。


久遠寺、積年の悲願にかけた
金銭的スペンドは
約20億円といわれている。





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1875年の
全山を飲み込んだ大火によって
消失して以来、

ついに甦った。


130万人が参拝する久遠寺に
新たな強力コンテンツが
加わったことで、

参拝者数はさらに今後増えるであろう。


特に
枝垂れ桜と久遠寺の三月下旬と、
130年ぶりの五重塔の五月。


ここがまず全国から膨大数の
参拝客が押し寄せるであろう。







まさに

ディスカバー・ジャパン。



ここは必見、である。







:::::




<身延山久遠寺>

静岡・新富士・甲府
それぞれから
JR身延線特急で
約1時間〜1時間24分。

東京、新宿からは
列車でトータル2時間半〜3時間。


車の場合、
名古屋からは
東名高速&中央フリーウェイの
小牧ICから、
清水IC経由で約3時間半。

東京(新宿)からは
東名高速・富士IC経由で
約3時間。

甲府市内からは約2時間。





0mino14.jpg


(1624年鋳造の大梵鐘)。











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2009年03月14日

シンのサーベル。ムダな道路掘り起こし







ニューヨーク最後の一年、


拙宅に
テレビ・ジャパンという
日本語放送のプログラムを入れた。



そこでNHKのプログラムを中心に
ニッポンのテレビ番組を
視聴する機会に恵まれた。



異国にいたことが
おそらく大きく起因していると
想定されるが、


<NHKのど自慢>



<朝の連続テレビ小説>

などが

妙に琴線に響いてきたものである。





以来、


本妻復帰後も

可能な限り

<NHKのど自慢>は
視聴している
好きなプログラムの一つと

なっている。






今宵は
チャンピオン大会。


なんとか
その放送開始時刻に
帰宅が間に合い、


視聴した。




皆、それぞれの

艱難辛苦の人生を生きている
ことが分かる。




ここでさらにチャンピオンになるのは、

歌の巧拙だけではない
"何か"や、


一般ゼネラルに見て

"この人ならば"

という、

好き嫌いの出ない人間性が
求められるのはいうまでもない。



歌は単に、

その巧拙を競うものではないからだ。






優勝したのは

盲目の女子高校生。


歌うのは
絢香の<三日月>。



明らかなる身体的ハンデと、

それを背負ってもなお
ポジティヴに生きる姿勢に、


その歌がマッチした。




納得のチャンピオンであろう。


優勝決定後、
再度歌うその女性。


ステージの
歌うその女性の背後には

涙ぐむ母親と祖母。




思わずダモシの目頭も

熱くなる。








翻ってニュースでは、

ソマリアに派遣される
海上自衛隊の護衛艦の


出航の様子が流れる。




港で
片寄せあって

別離をする

男(隊員)と

妻に子供。







<仕事だから>


と言いつつも、


幼い、

カワイイ盛りの子供を置いて

遠くへ出るのは、つらい。










これらは

己自身が

幼い子供を抱えている

現在のダモシのマインドがあるから、


その琴線に触れるものなのであろう。






単に齢を重ねたからだけではない。


98年以前の本妻時代、

三十路の青春だった
ニューヨーク時代には、


それらの類いが

己の琴線に触れるケースは

なかった。







明らかに

03年にジュニアが生まれてから

のことであり、



厳密にいえば

ジュニアが二歳を過ぎた頃

あたりからの趨勢といえる。





子を想う親の気持ちを

己自身が
リアルに理解できるようになると、


冒頭の
のど自慢のように

(特にハンデを抱える)己が子が

ステージで

ポジティヴに元気に歌う様を

眼前にしたら、


どれほど感無量か、と。





そして、

よく
あのように真っすぐな子に
育てることができるな





感心したりもする。






ソマリア沖へ発つ夫へ



<がんばってきてください>

と気丈に語りかける妻の姿も

しかり。






単純に

<ファミリーは良い>ものだ


と感じ入るわけである。





映画<アンタッチャブル>でも

ケビン・コスナーが
若い警官に


<結婚はいいものだ>と語るが、



ダモシもまた


<結婚はいいものだ>


<子供はいいものだ>






日々感じているところである。






むろん、

<猫もいいものだ>

と。









まあ、平易にいえば、


ワイフもジュニアも猫たちも




<励み>


である、









明日

バースデイを迎える



今宵は

再確認といったところである。













*****












オトナな


NHKのど自慢出場者や

護衛艦のファミリーと異なり、



未だコドモなダモシは、




<早く帰りたい>


<早く着きたい>



とダモフィーロに乗るたびに

描きながら

走っている。






だが、ときに


いまは、三月。




ニッポンの悪癖たる


<予算を使い切る時節>の今、



甲斐国へ行く高速道路も

一般道路も、


また

ローカルの山中の
一般道路でさえも、




工事工事工事工事の


世の中大迷惑状態が


演出されている。






今宵も


往路で中原街道

復路で山手通り





それぞれ工事のための

渋滞に引っかかってしまい、



ダモシは車内で一人雄叫びをあげる始末。







<混むと分かっていて、また、

 やるんかい!>




と。







スムーズに道路が流れていた

昨日と今宵の

東京首都圏と甲斐国。




しかし

そのスムーズな流れが

突然遮断されて

大渋滞に陥る。





数十分の

不可思議な渋滞。




<なぜ、急に渋滞になるのか!>




怒りながら

車を惰性で流していると、




出た、


<工事中>のサインと

誘導係員に

ムダに道路を掘り起こしている
車両の数々。






ピーク・タイムの首都圏の、


ここで遮断したら
大渋滞になるぞ?


ということが

明らかに分かる局面で、



なぜ工事をするのか、と。






極論をいえば、




<夜中やれ! 夜中!>


と言いたくなるわけである。






工事区間を抜ければ

これまた
スイスイと流れる。




工事区間直前以外は


すべて
スムーズに流れているわけで、



その

円滑な

ビジネス・ユーズでの
ドライバーたちの


心地よいマインドと

ドライビングを




平然と邪魔するのが、



<三月のムダな道路掘り起こし>



である、と。







<ワザと、か?>


と言いたくなる。



それほどに
イヤミな場所を選んで

工事が行われている不可思議。




誰が指示しているのか、と。








今宵の復路。




タテ系の山手通りを

快走。




R-246と交差した地点で左へ折れて
R-246へ入ればもう世田谷、田園都市エリア。






が、



間もなくR-246との交差点

という位置に差し掛かり、




突然


車の流れが止まった。





山手通りから左の側道へ出て、

二車線あるそれの
左レーンを採れば世田谷&田園都市ライン、
右レーンを採れば渋谷方面

という世界観で、




まったく動かなくなる。






<何をしとるのかぁ…>




<交差点の信号待ちにしては
 動かな過ぎるぞ?>



とダモシは一人で呟く。





しばらく

ゆっくり走ると、


左に見えてきた



<工事中>の文字。



そして
よりによって

二車線のうち
ダモシが採りたい
左車線が


工事でふさがっている。





そのせいで、


左に行きたい車も皆

右レーンに入ってくるから
まったく動かなくなっている。






一分、


否、


山手通りから側道へ出てから
R-246で左折するまでの


停止しなくても良い

パートで、


延々と動かなくなり

停止させられる始末に、






<だから…>




<ここでそれをやったら、

 大渋滞になるのは
 分かりきっているだろうに…>




<普通に混むこの時間帯に

 なぜ、やるのか、と…>







穏やかに一人ごとを車中で
述べていたダモシであったが、



工事現場通過際に


罪もない現場作業員に

窓を開けて





<すこしは頭を使わんかい!>



とドヤしつけてしまう



コドモぶり


を見せてしまったわけである。








ほとほと、

すこしは頭を使うと同時に、


一般ゼネラルの生産活動の
迷惑を

考慮して

工事してはいかがか、というのは


忌憚のない意見である。





現場は請け負って
指示に基づいてやっているだけ
だろうから

罪はないが、


それでも
少しは迷惑をかけて申し訳ない
という気構えくらい

持っていただきたい。





同時に、"御上"である。


指示を出す御上こそ、

一般生活レベルのマインドが皆無

と断罪せざるを得ないであろう。





迷惑を考えたら

三月という時期の
デイ・タイムの
混雑するエリアで


わざわざピーク・タイムに


道路を掘り起こすという

発想は出てこないはずである。







要するに


社会活動や一般ゼネラルな観点とマインド、
アトモスフィアを


まったく考えていない


ということである。





それは高速道路の値下げや

東京五輪誘致も同様。






プロフィット&ロス

という収支における


収(プロフィット)しか見ていない。




単に高速道路利用者が増え
観光地等の促進(そこでお金を落とす人が増える)
などなどの

プロフィットばかりに

目を向けていて、


たとえば


1,000円均一になれば

高速道路が大渋滞し
ふだん運転しない人が
またぞろ増えるから
事故も増えることや、

そこから派生する

病院だなんだ

"出ていく"分でのロスと、


逆にいうところの
一般道路がすいた場合の
国道や幹線道路沿いの

たとえば
ラーメン店その他の店の客と
売り上げが減少するという

ロス


などなどを考えていない。





五輪にしても

そこで得られるプロフィットばかり
強調し、

事業計画の中に

目に見えないロスが
多く発生することを

ないがしろにしている。








ダモシがCEOなら、


高速道路値下げも

東京五輪も


NOを出すであろう。








<予算消化>&<ムダな道路掘り起こし>

がもたらす渋滞と、

そのせいで失われる
各ドライバーの

貴重な時間(生産タイム)の


プロフィット&ロスを

真剣に考えた上での工事なのか?






厳しく問いたいわけである。






10年ぶりに目にする


相変わらずの

<三月のムダな道路工事>

の姿を目にするにつれ、



その光景自体が



アホ



に見えて仕方がないのである。







おかげでダモシは

首都高&東名

それぞれ短距離にも関わらず

"上"を用いて
ぶっ飛ばして帰路についた。




そこでロスしたのは、


時間のみならず

首都高700円
東名550円


の1,250円。




どうしてくれるのか、と。






ほとほと、腹立たしいわけである。






それこそ

お金をもっと有効に使ってはいかがか、と。



掘り起こし

修繕する

必要のない道路に


多くの生産者(ドライバー)
の時間をお金を

渋滞のせいでロスさせるなら、





病院へ行くにも

役所へ行くにも

エンターテイメントに
出かけるにも



手段が限られるエリアの

道路を整備したり、




それこそ

枚挙に暇がないほど
各地に存在するであろう



<ここに道があったら、
 どんなに良いだろう>


という





"あったら、いいな"


という消費者便益を満たす

道路づくりを

なぜ


しないのか、と。







要するに

ローカルに不必要な
立派な道路がいっぱいある。



だが、

一方で

本当に必要な
ライフラインとしての道路


あるいは


ビジネス&観光など
生産活動につながるための

時間的合理化と距離的合理化を
実現するための


道路






ないローカルは

山ほど、ある。







昨年来、

それこそ

異国でいえば
"北の某"を含め


ニッポンでも

東北縦断はもとより

関東圏

甲斐国

その他を走っている中で、



それは忌憚なく感じるのである。






<ヒドいな、これは>と。




<なぜ、こことここの間に、

 道路がないのだ!>と。




<ここと、あそこの間に、

 道路一本あれば、

 潤うはずなのになぁ>


と。








キレイごとで


<地方を元気に>というのなら、



ダモシならば

そういう部分から

リアルな合理化を計るべきである



と考えるわけである。







<物事(ヒト、モノ)の流れを

 遮断しない>。




これはダモシの理念でもある。



合理化=流れを遮断しない


という意味もあるのだ。







東京でさえ

ムダな行為によって

あらゆる流れが遮断されて
しまっている。



ローカルは言わずもがな。




あらゆるモノが

迅速且つ効率的に


<流れる>ことこそ、


潤いにつながってくるのである。






常々言っている

ローカルで独特の

トロトロトロトロおたんこなす
スロー・ドライヴィング


がなぜ


いけないのか

もそこに帰結する。






物事は迅速に。

且つ的確に、合理的に、

遮断することなく。





ここから入らないと、

リアルな意味での
ローカル活性化は不可能である





と、




改めて


このような






jet1.jpg






アホに見える


ムダな道路掘り起こしによる


<物事の流れの遮断>



に遭遇し、



大いに怒った今宵である。






その怒りは


まさに
タイガー・ジェット・シンのように

サーベルを振りかざしたくなるほど。







二十代女子三名に

ホワイトデイのプレゼントを

昨日贈呈したダモシが
スペンドしたマネーよりも、




ダモシが

己自身への
バースデイ・プレゼントとして


今宵購入した品は




比較にならぬほど廉価で、



不惑の齢にある男が

これしか
マネースペンドできんのか?





己自身を嘆かわしく思う



それは代物。







jet2.jpg





コンビニで見つけた食玩。

T.J.シンとドリー(ファンクJr.)。


プロレス名勝負人形シリーズに

思わず


触手が伸びてしまった




コドモ・ダモシ、




誕生日前夜であった。





















posted by damoshi at 22:31| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月13日

寝太郎フリーウェイ:タフ・ネゴシエーターの失態








今週もまた貧乏暇なしで、


とりわけ
睡眠時間が少ない。


明日もオフィシャル案件で
ウィークエンドがつぶれてしまう。





睡眠不足と疲労は、


危険である。





当然、

あらゆることに対する鮮度や精度、
対応力が落ちてくる。




そして

脳と精神と肉体が

自然に

睡眠へと導くことで

それは解消されるのだが、


しかしそれは

えてして
眠ってはいけない空間と時間において

襲いかかってくる。




学生でいえば授業中。

社会人でいえば
ミーティング中。


そして
ドライバーでいえば運転中。




そしてまた、

そういうときに限って
その睡魔という名の悪魔は、

<心地よさ>

という甘い蜜をもたらしながら


襲いかかってくるものである。










*****









中央フリーウェイ。




東京在住であれば

首都高

東名

などと共に
走行する機会の多い高速道路であろう。





そして、甲斐国。


二月に長期滞在したわけだが、

今週も
火曜日と今宵、

二度また信玄に逢いに行った。





甲斐国へのルートが

中央フリーウェイ

という
ダモシにとっては苦手な
高速道路となる。





現在の居住地は、

R-246と東名高速の世界である。



よって

伊豆、箱根、静岡ウェイトになる。




地図上パラレルにある
中央フリーウェイだが、


東名が

R-246ラインであるのに対して、


山手通り
環七
環八

などのタテ系幹線道路によって

結ばれている

甲州街道ラインにある。





そして

甲州街道&中央フリーウェイの世界観

である

甲斐国と、


R-246&東名の世界観である

伊豆や箱根、静岡が、



タテで結ばれていない難点がある。






だから

ダモシが甲斐国へ行く際は、


都内のどこかで
タテに(地図で見れば"上"に)
縦断して

甲州街道&中央フリーウェイ

へまずは
行かなければならない


という面倒が生じる。







<御殿場や沼津あたりから上に
 縦断する高速道路があれば、
 甲斐国まで一発なのに…>



と毎度、思う。




とにかく

甲州街道&中央フリーウェイの
世界観は、


都内のビジネス中心部や
R-246系(世田谷/目黒等と田園都市エリア)
からは

不便なのである。










*****









火曜日のこと。


前夜から続く
デスクワークは

4AMに終わった。



その後すこし眠る。


6AM台には起きる。


8AM前には自宅からダモフィーロで
甲斐国へ
出発するからである。







<今日は危険だぞ>


と察したダモシ。





要するに、

明らかなる身体疲労と
それを深める睡眠不足が

実感されたからである。





毎度、
ドライヴィング中の居眠りは
あるが、


それでも致命的なレベルにまでは

至らない

ことも一方で理解している。





だが

火曜日の朝は

前もって危険を察知した。







そして

察知していたにも関わらず、


車内の暖かさと
走行中の心地よい揺れが
甘い蜜となって


睡魔が襲いかかってきた。





デスティネーションの甲府南ICまで

あと約40分の
大月ジャンクションを過ぎた頃、




完全に落ちた。





そして前回も記載したが、

この
中央フリーウェイの

長い長いトンネル走行中も


落ちた。







しかし

ある意味で

完全に目をつぶって落ちたことで

(一瞬だろう)、


その反面での

<ハッ!>となる驚きがもたらした
心臓のドキドキが

逆に目を覚まさせて



その後は

しゃきっとしたわけである。






だが、問題は復路であった。





オフィシャル案件ゆえ、

他者を同乗させた上での
甲府各所と
甲府市内から二時間走った
山中にある驚愕の名刹、

さらにはまた二時間かけて
甲府市内へ


という強行軍


を経た後の



単独での復路がデンジャラスであった

と振り返る。








端的にいって、



甲府南ICから

復路で選択した
高速出口である国立府中IC


までの


約60数分間、





ほとんど眠っていたのである。





ほとんど眠っている中で

ポイントポイントで
数秒間だけ

目を開けて

意識混濁の中であっても

一応

<ダメだ、ダメだ>と
自身に警告を発しながらも

運転するダモシ。





その気付いた
ポイントごとの数秒間の繰り返しの間、



ダモシの車は

二車線を右往左往したり、

前を行く車がいないにも関わらず
急ブレーキを踏んだり、

逆に
前の車に激突する寸前で
ブレーキを踏んだり、


追い越し車線を走っているも
眠っているから
速度が異様に遅い中で

ハッとなって気付いて
バックミラーを見ると
後続車がパッシングしており


さらにそれに気付いて
意識混濁の中で
急に速度を高めて暴走して

その後続車がついてこられない
というシチュエーションの演出、




さらには


トンネルや空が

ハッとなるたびに

何か得体の知れぬ
巨大な宇宙船のように思えて

それが
己が車に覆い被さってくるという
錯覚を覚えて

急ハンドルを切ったり




などなど、





目が覚めた

ポイントごとの
わずか
数秒間単位で


そういう世界に陥っていたのである。








そのたびに


<ダメだ、ダメだ>


<目を覚ますのだ!>

と言い聞かせるが、




睡魔によって支配された

ダモシは

それこそ身動きがとれず、



またすぐに意識混濁となり


"落ちる"


を繰り返したのであった。












*****











帰宅後、

ワイフに報告。





ワイフに
リアルに怒られた。




<死ぬぞ>と。



それを
続けていたら

いつか死ぬぞ、と。







車でオフィシャル案件の長旅に出る場合は、


その前夜は
必ず早く眠ること


もしくは


車で行くことは自重しなさい






説教を受けたわけである。











*****










そして今宵。




某オフィスまで
ダモフィーロで出向き、


そこで

車を交換した。




そのオフィスの
オフィシャルな車で出かけよう、と。



今宵は単独ではなく、仲間は二人。





ダモシは助手席に。






往路。


完全なる睡魔がふたたび

襲いかかってきた。




気付けば首はうなだれ、

口からは
涎がだらりと流れていた。



目覚めて

それを手で拭い、





<寝ていないよ>を装い


会話を振る。







甲斐国某所でのミーティング。



関係ないポイントの際は
ノートPCで同時に作業をするダモシ。



だが、


時にランチ後。




睡魔が襲いかかりやすい

いわゆる
アイドルタイム(2-3PM)。






まず隣に座っている仲間の一人の


首の


その神経が弛緩し、

数秒後にうなだれた。






(<寝たな? フフフ>)。




だが

ダモシにも睡魔は容赦なく襲いかかってきた。





ダモシ、爆睡。



首はほぼ直角90度。



寝ていたはずの
左となりの彼が

ダモシをつつき、起こす。





ダモシは

すぐさま
キーボードを叩いて


(<寝てないよ?>)

と装うが、




打たれた文字が映る
ノートPCの画面には

文章や言葉とはいえぬ文字が並んでいる。




居眠り&手書きの際の

"みみず文字"に匹敵する


居眠り&PCの際の

"文字化け"

が広がっている。






しかも意識混濁のダモシは


なぜか
ノートPCをシャットダウン。



にも関わらず、


その数秒後には

スイッチの入っていない
ノートPCの
キーボードを叩いている。





明らかなる


(<俺は寝ていないよ?>)




無駄なアピールである。







何分、何十分経過したであろうか?




今度は

より強いプッシュで

隣の者から起こされた。





横目で見ると

その隣の者は

静寂の
真剣なミーティングの場では

絶対にしてはいけない

<爆笑>

を、


必死に堪えているから


身体全体が震えている。


デスクも振動を発している。






(<何をそんなに一人で笑っているのか?>)





事態を飲み込めないダモシは
訝しがった。





あまりに強烈な睡魔に襲われた
ダモシは、


思わず席を立ち

会場を後にする。



そして甲府駅まで散歩して

喫煙し

小腹がすいたので
コンビニでおにぎりを買って
頬張って


ミーティングが行われている
施設へ戻った。





と、

仲間のもう一人がいる。




<あ、ダモシさん>と。




<あぁ、休憩ですか?>

とダモシ。






彼は口を開く。



<ダモシさん、お疲れのようで…>。



ダモシは素直に

<最近はちょっと寝不足ですし、
 疲れがたまっていますね。
 居眠りしてしまいました。
 ○○さんに起こされちゃいましたね>


と言った。



すると彼は笑って言った。



<いえいえ。

 音が出ていましたので…>。








音。

すなわち、それはイビキである。





しかも、豪快だった、と。







場はオフィシャルのミーティングである。


しかも
相手は、


ある意味で<国>である。


組織力でいえば
わが国最大といってもよい。


<霞ヶ関>といおうか。


これ以上は言えない。





今宵出てきている相手は100人。



ダモシ側も、

それ以上は言えないが

ニッポン最大級に入る組織


その本体、である。






ダモシは

その
ある意味で
"タフ・ネゴシエーター"


という

ロールである。






さういったロール(役柄)と

シチュエーション、


重要な
オフィシャル・ミーティングという
時間と空間で、


ある意味で
それこそ個性なんぞという
レベルでは計りきれない個性の

ダモシが、




"タフ・ネゴシエーター"

にも関わらず、




イビキをかいて


意識混濁になり

首はほぼ直角に折れ曲がり
居眠りしているという



絵。






それは


事後、


彼ら曰く




<心臓に毛が生えているとは
 こういうことをいうのか…>



<さすが、大物感が…>



と、



ホメ言葉とも揶揄とも

どちらともとれる
ワードで



"賛辞"を贈る始末と

相成った次第である。










しかも火曜日は、

その相手側の一人を
同乗させて


山奥の密室謀議へ

同行する際にも、




<私は常にナビなしで、

 それでも頭がナビだから、

 ノープロブレムですからね?>



と豪語しておきながら、



さすがに

初めて走る地であると共に

山中謀議の場所であるがゆえに





迷いに迷い


おおいに迷い


困惑し、



結局

一時間遅れの到着

という

離れ業も演じてしまったわけである。











"タフ・ネゴシエーター"ダモシに


襲いかかった睡魔。





あろうことか、

イビキをかいて

ほとんど失神
のような居眠りを演じ、



山中を迷いに迷う等、



あるまじき失態。






"霞ヶ関"は言った。






<次回は、
 ダモシさんの車に
 ナビがついていることを
 祈る次第です>




と。









だが、言いたい。




迷っても、


方角と方向は

結局は合っていた、と。





ダモシ天性の

方向感覚にズレはなかった、と。












*****











明日も

危険である。



オフィシャルのその
ミーティングは


場所を都内に移して行われるが、




時間がまさに

もっとも睡魔が
襲いかかってくる


アイドルタイム

(2PM〜)



開始だからである。











そして、


甲斐国の旅は

四月までは頻発する。





ただ、もう、




ほうとう



は飽きた。








:::::






0mino8.jpg



怪しさ漂う山中。




















posted by damoshi at 22:50| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月08日

父と息子〜野球盤のノスタルジー








ニッポン野球のHall Of Fame、

<野球体育博物館>。



「オトナの遠足/お散歩」カテゴリーにて
取り上げるが、



今宵はその予告編として

まず閑話休題。







0dendo1.jpg





男なら

老若問わず
一般ゼネラルに


ノスタルジーを享受する


野球盤。





同博物館に展示されているものである。




これを目にするとき、

父親から
買ってもらった少年の日を

思い出し、


熱くなる目頭を

抑えることに難儀する。








先月だったか。



ジュニアが

<これが欲しい>



野球盤を指差した。





うれしい気分になった。




しかし
ダモシは、


<まだ早い>


<お兄ちゃんになってから
 買ってやる>

と告げ、




既に欲しがっている

グローブも、



小学校に入って

野球をやるようになったら

買ってやる

と告げた。





早く

ジュニアのユニフォーム姿が見たい。




早く

リアルな意味での
キャッチボールがしたい。



ダモシの今の願いは、

己自身が
再びプレイすること

(己自身が再び
 チームを旗揚げすること)




一つであるが、



それ以上に


ジュニアが野球をする日

が来ることであり、




ダモシ自身が

少年野球の監督をやることである。





己と仲間による
草野球チームでの

監督とは


また別の、




ダモシの野球観が反映される


少年野球チーム。




そこでの監督と、


ジュニアのプレイ。





これを想像するだけで

楽しいし、



そこまでは最低でも

死なんとこう


と。





不惑になればもう


いつ死んでも

おかしくはないのが


現代の現実である。








昨晩も


WBC日韓戦をテレビで観ながら、


応援するジュニアに
ワイフが

<どっちを応援してるの?>

と問うと、



ニッポンでも韓国でもなく


<ダディを応援してる>

<いつ、出てくるのか?>


と言ったという

ジュニアが、



まあ、もう

ほとほと

かわいくてしょうがないわけだが、




空手同様に、


否、

空手以上に



彼が野球をする日を


リアルに夢見ている

ところである。






男はいい。




時代の超えた

野球盤の連鎖も、




そんな

たった一つの

野球盤という素材だけでも



連綿と息づく

父と息子の
イズム継承がある、と。







そんなことも


この

野球体育博物館では


感じることができるわけである。







そんなジュニアは

空手の大会に初出場することになった。



先般、

空手の件については記載したが、



大会はあと二週間後。





むろん

ダモシも会場に乗り込むが、




亀田父にならぬよう


要注意である。



















posted by damoshi at 23:32| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特集<WBC>日韓戦:ダモシは何を感じたか-後編








WBC日韓戦特集、後編。




ゲームと
関連写真によって
テーマごとに追いかけていきたい。

切り口は
野球そのものであったり
野球以外と絡んだりしていく。




東京ドーム。
野球体育博物館前。

待ち合わせはそこに
6PM。

試合開始は7PM。



ダモシは
米のクーパースタウンにある
ベースボールの殿堂も
ニュージャージーにある
ベースボール発祥の地も
行ったことがある

(ブルックリン・ドジャース、
 哀愁のエベッツ・フィールド跡地等も)。


だが、
ニッポンの野球の

いわゆる殿堂
〜Hall Of Fame〜
へ足を向けたことはなかった。


館内でじっくりと
ニッポン野球のそれを鑑賞。

施設内に期間中併設されている
WBCコーナーで
第一回大会の優勝トロフィーその他を
見て、

気分を高める。



居住の田園都市エリアから
東京ドームは
ある意味で
田園都市線一本で
(古書街の神保町まで一本で、
 そこで都営に乗り換え
 一つ目がドームがある水道橋)、

所要時間は40分程度。


日本武道館(九段下)
東京ドーム(神保町乗り換えで一つ)

といった二大ファシリティへの
アクセスは
直通で至便である。



東京ドームにある
ニッポン野球殿堂を鑑賞してから
6PMに後輩氏と落ち合い、

いざドーム内へ。

座席はバックネット裏。
純粋な列でいえば8列目。

絶好の場所であることは
いうまでもない。

座席種類柄、
周囲に
中途半端なコドモ(ヤング層)はいない。

オトナで
野球を知っている人で構成されている。


元西武・石毛
元巨人・角などの球界関係者や
とんねるず(石橋)らタレント、
メジャーのスカウト軍団らが
一角を占めている。




試合開始までの間は一時間。

まずは
日韓双方の軽めの練習を見て、
時を待つ。


7PM前、セレモニー。




ダモシたちが入場した6PMの時点では
試合開始まで一時間ある。


だが、
ドーム内はその時点で
ほぼ超満員になっている。




まずはこれが
一つの<昭和>のポイントである。


その昔、
昭和のスポーツ興行には

テレビの都合

に毒されていない、


また、

テレビのハシャギぶりに
影響を受けない


<LIVEの強みと熱気>

があった。



その期待感の現れが
試合や興行が始まる
一時間も前の段階で既に満員になっている

ことであった。



まさに
全盛期の新日本プロレスや
後楽園球場時代の巨人軍のゲームが
そうだった。


開始前から既に
出来上がっている状態。


要するに
野球からコンサートまで
何でもそうだが、


途中から
ぞろぞろと入ってくる観客や

途中から
じわじわ入りはじめて
最終的には満員

というポスチャーは

不埒この上なく、

まさにそれこそ
集中力の拡散を招く最たる悪癖の
一つであった。



且つ
それを許す環境。

つまり
試合前から気合いを入れて
整える必要がないゲームや
エンターテイメントが増えてきていた、と。


いわゆる緊張感なき、

神経の弛緩状態が

ニッポンの
スポーツ&エンターテイメントの現場に
広がっていたのである。




この、

<途中から遅れて入ってくる>

という観客の作法は、

提示されているそのものに対する
リスペクトと緊張感のなさを
表す最低のものである。


それはオペラやバレエを見れば
明らかだが、

途中入場や意識の拡散、集中力の欠乏は

あり得ない。



それこそ
芸術の殿堂である
ニューヨークのリンカーン・センターでの
オペラで、

あろうことか

何度もハナをすすったり
座席内でもぞもぞしたりするだけで

裏拳

が飛ぶぞ、という世界である。




<ここに、何をしに来ているのか>


という

根本的な姿勢である。



そこの部分での
一糸乱れぬ意識が、

4万5千人強の
有料入場者たちは

昨晩は備わっていた。



ニッポン代表の

北京のだらだらした
覚悟なき意識とは異なる


今回のやる気。


それを見て取った
観客たちも

合わせて
呼応したところでの

試合開始一時間前からの超満員


という
ポスチャー構築だったわけである。







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0wbcx3.jpg




試合開始前のセレモニー。
選手紹介での選手たち。

タレントが揃っていることもあり、
この時点で
大声援が飛ぶ。



試合前のセレモニーから
"出来上がってしまう"構図は、

まさに
メジャーやNBA、NHL、NFL
などに等しい。






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国歌斉唱。

こうして見ると、
中島、青木などは
ダモシのニッポン不在の間に
出てきた選手であり、

逆にイチローは
どちらかといえば
メジャーリーガーのイチローから
入っている。

当初、
かなり手厳しく揶揄していたが、

前回のWBC開催時に
<米のズル>を受けて
ニッポン代表として闘った
イチローと

米との最終決戦に
臨んでいたダモシの
タイミングがぴったり合ったことで、


対米という観点で
時代が見事に重なったこともあり

ダモシも
イチローを認めるに至った。




ダモシより後から
米に来た
"メジャーリーガー"イチローに、

ニューヨーカーであり
ヤンキース派として
手厳しく揶揄すると同時に、

ヤンキー・スタジアムに
大挙として
押し掛けてきて

午後の紅茶をこぼすその他
ハレンチなポスチャーを
露呈した
ニッポン人観光客たち同様、

米のダモシ
ニューヨーカーのダモシ

として

米流儀に沿わない
彼らのボンクラ性を

徹底的に批判した日が懐かしい。




あの日、
ダモシは
ヤンキー・スタジアム観客席で

イチローと佐々木の
シアトルへ
大ブーイングを送っていた。




こうして考えると、
イチローはまた別格での
同時代性を持っている。


イチローが
神戸で台頭を現した頃、

東京では地下鉄サリン事件が起こるなど
物事がネガティヴに動いていたが、

ダモシもダモシで
あの頃はもう
<米へ出るのだ!>
<ニューヨークへ渡るのだ!>
という野望フォーカス一本だった時代であり、


クロスしていないのである。




純粋に
世代的にもそうだが、

そう考えると、

甲子園(高校野球)時代から見ていた
原こそが

現在のアラフォー
(おれたちの時代)
にとっては、


フィットする同時代性ともいえる。




ポップフライを打ち上げて
<あ〜ぁ>というため息。

一方で、

日本シリーズや
ここぞという場面での
劇的な一発。



原は、
巨人の四番という重責の中で
闘い、

現在のアラフォーに

その酸いも甘いも見せてくれた
存在といえるのである。



行動学的には

三浦カズ
ノモ
イチロー
武豊

らと

ダモシ世代は合致する。


つまり

旧世代とは異なり
臆せず世界へ出ていき

そこで
文字通り
バリバリやったという点で、である。


時代性の合致でいえば
原はたしかだが、

世代的には

ダモシ世代と合致するのは

武豊
三浦カズ
ノモ
イチロー

といった

文字通り
<世界で通用するか否か>
がメインフォーカスだった
旧世代と異なり、


<世界で普通に外国人と渡り合う>

が基盤になっている
世代

となる。



それはあの頃、
$1=70円代まで進んだ中で

海外へ
出ることが普通になってきた
時代が生んだ

産物の一つでもある。





それらの世代プラス
その時期に外へ出て闘った者が今、

ニッポンに戻って

他のニッポン人とは異なる
部分での

良い影響力を発揮することは

必然ともいえよう。



要はそれを
素直に聞き入れる環境や器、

興味と向上心



受け手が持っているか否か、

インスパイアされたいと
思っているか否か

によって

結果も変わってくる
ということである。










*****









その意味で、

<外国で暮らす>
<外国で生きる>

ことがベースにある状況下で、


当時のダモシも
そうだったが

"出張"でニッポンに来て
その短期間で
どうアジャストするかも

重要になってくると同時に、

成果としての結果も
異なってくる。




ここで言うのは、

岩村と福留である。





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(打席に立つ福留)



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(ネクストに控える岩村)





城島は幸い、
ダモシが先般記載した
<城島が生きるような構成になっていない>
と記した翌日の
昨晩のラインナップが
変更されたことで、

己の持ち味を生かすことができた。

あれで、良い。




だが、
未だに福留と岩村が
生かされていない。

と同時に
福留と岩村側にも
アジャストできていない点がある。



しかし、

それは心配無用。



必ず彼らは

米ラウンドになれば
本来の持ち味を発揮する。




ニッポンで良くても
世界へ出ればダサダサになる人は
膨大にいる。

それがまた
ニッポン人の民族性でもある。


その逆もあり、

世界で暮らし生きていることが
ベースになっている中での

短期出張においての
ニッポンでの闘いは、


ややもすると

<観光ベース>に
気分的に陥る場合がある。


ダモシの経験上そうだが、

ある意味で
ゲスト的な

一方で
ちょっとした里帰り的な


己が
大勝負しなくても良いだろう
的な感覚が発生するケースがあるのだ。



それはなぜ
そうなるかといえば

ふだん
日常が世界にある中で
常在戦場で闘っている。

そこからニッポンに来ると

とにもかくにも
その生温さに失笑したり
緊張感を欠乏させてしまうことになる。


そうなると

己の本分=本気を出すのはその国で

となるから、

母国ニッポンでの
短期出張では
手を抜くというわけではないが

本気になれない

ケースがあるからである。




けっして
福留や岩村が
本気になっていないというわけではなく、


彼らが
本気でやるような
シチュエーションには
なっていない

(ラインナップ的にも)

のである。






彼らのような存在は、

米ラウンドでの
のるかそるか
びりびりした
ぎりぎりの局面で

必ず生きてくる。




その部分を包含したところで

未だ
大きな活躍のない
福留、岩村に関しては
見守るべきであろう。





それだけ
外国で暮らすことと生きることは
難しいのである。


ここでいう
難しさの意味とは、

現地での難しさだけではなく、

現地のそれを経た
あるいは
まさに今現地にアジャストしている状態で、

母国ニッポンに
戻ってくるとの難しさである。



イヤというほど、

ダモシも
それを理解したし、山あり谷ありを
経ている。




言葉の問題なんぞ、

それこそ
難しさの中でのレベルとしては

低い方である。











*****








野球という部分では
昨晩の<序>でも記載した。



ダモシの観念は、


結局は
最後はパワー・オフェンスになる、と。


そして
そこで勝てなければ
スモールすらできませんよ、と。



そういう意味では
今回の代表メンバーで、

イチローを除いて

もっとも
頭がスマートで

且つ

大砲もでき

スモールとつなぎも包含している

ベースボール・プレイヤー
としての能力が高いのは

中島(西武)であることは
いうまでもない。





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(ショートを守る中島)




その卓越したセンスは、

昨年の
日本シリーズ第七戦で
現場で俯瞰して見ることで

納得したが、


昨晩の日韓戦における
中島の
すべてのプレイがなければ、

あのような
展開にはなっていない。


昨晩は
イチローと中島の存在がなければ、

展開は
まったく別のものとなっていたと
いえよう。





<今、この状況で、何をすべきか>



己の
スキル・ウェイト以上に
重視して

頭を使って
バッティングを使い分ける中島は


白眉である。





イチロー、中島。
この二人があってこその
四番村田の
<一発しか頭にないバッティング>が

たまたま

ハマっただけのことである。





ダモシが監督として考える場合、

中島と村田
どちらが必要か


となれば


議論の余地も
考察の時間もない。





圧倒的に、中島だ。




西武は
中島を擁するだけではなく、

片岡もいる。

そして
大砲のおかわり君もいて、

先発の二本柱もいる。



強いわけである。









*****










そして、村田。




<四番イナバ>を
外したことが分かった試合前。


残る懸念は

<四番村田にするのかよぉ…>

だった。






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(ヒーロー・インタビューでの村田。
 だがニュートラルに見て
 昨晩のヒーローは村田ではなく、
 イチローと中島であり、
 内川である。

 特に内川の初回のタイムリーは
 大きな分水嶺である)




根本的に
村田の野球は、

頭を使っていない。

一発しか頭にない。


それが
つなぎやスモール、
あるいはパワーオフェンスにおいて
手かせ足かせとなり

たいへん危険である。



案の定、初回の猛攻で

村田は
あの局面においてさえ

一発しか頭になく
三振。



中国戦でも同様だが、

あの本塁打は
あくまでも追加点の一つであり

分水嶺で飛び出したものではない。



たしかに
昨晩のそれは
試合を決める
(相手にその試合をスルーさせる)
意味合いは持っていたが、


のるかそるかの局面で

出たそれではない。




<ここで、頭を使えよ?>

という
大事な場面では
ことごとく失態を演じていることを
見逃してはならない。

且つ
村田レベルのパワーであれば
北米、南米になれば
厳しくなるのは見えている。


だから

中軸は
福留、小笠原、阿部なのであり

岩村も
米ラウンドでこそ、なのである。





村田を過信すると大けがする。


それだけは
肝に銘じておくべきである。



パワー・オフェンスと
一発しか頭にない打撃は、

これもまた

まったくの別物であることを
断っておきたい。


今の村田では後者であり、

大事な局面では
安心もできぬし、期待もできない。




実際、
東京ドームでは
村田の頭を使っていない
空振りやスイングに失笑が漏れている。


失笑が漏れる四番。


これは本来、あり得ない。


米ラウンドでは

今度は
<四番村田>は
再考すべきである




原監督にsuggestionしたい。






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(一発を放ち三塁を回る村田。
 努力は分かる。
 だが、野球はチーム・スポーツである。
 それを村田には肝に銘じてほしい)



とにかく

村田の
あのバッティングは、総合的に見て

×である。



ダモシなら代表から外す。

それだけ
SINK or SWIMになった局面では

致命的な
ダブルプレイのゴロを打ちかねず


大いに危険である。










*****






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"ダイスキー"松坂。


これもまた
ダモシに縁のない人である。


<空白の1ディケード>
というものは

考察する上で
面白いもので、


そのダモシがニッポン不在の
1ディケートの間に

うまく絡んだケース
(イチローや松井秀喜のように)
もあれば、

まったくズレている存在がある。



・小泉構造改革
・ディープインパクト




今宵
笑顔の記念ラストランで
妙に短いランパンで
臀部を露に走った

過剰なる
臀部のエクスポージャー
・高橋"Q"尚子


そして

・ダイスキー松坂

は、


<四大ズレ>

である。



ダモシ側に
まったくもって生の温度感を
抱くことのない存在。


それが

小泉純一郎
ディープインパクト
高橋尚子
松坂大輔


である、と。



彼らが
ニッポンでの全盛期に
ダモシが
ニッポンにいなかった。


ダモシが
ニッポンに戻ったら
彼らは
引退するか
逆に米に行くかで


まったく交錯していない。




そんな存在である。


だから何のシンパシィもないのである。




短期の
ニッポン出張時に
たまたま行われていた
日本シリーズの

その中継で
松坂を観た程度であり、


前回のWBCで
ブラウン管の中の
松坂を観た程度である。




だから

昨晩が
奇妙なことに
初めての生・松坂となったわけだ。



それにしても
ボールがよろしくない。


松坂もまた
もはや米にアジャストしている中で、

米ラウンドでこそ
本領が発揮される存在になっている


と考えられよう。



腐ってもエース。
そしてメジャー。

米ラウンドの
SINK or SWIMにおいては

やはり松坂を信頼したい。






そもそも
ダルビッシュに関しては、

特に相手がメジャー級の
北米、南米相手では
かなり厳しいだろう

という見方をしているダモシ。



投手陣において
ダモシが評価するのが

田中ともう一人、

渡辺俊介である。



もはや岩田なんぞはもうどうしようもなく、
代表から下ろせと言いたいほど
ひどかった。


10点以上もリードしている
ホームでのゲームで、

あの

あたふたしたポスチャーは

ドームに怒号が飛んでいた。



<シャンとせんかい!コラ!>

<なにを舞い上がっとんじゃ、ボケ!>

<もうお前、代表外れんかい!>


と。



ダモシも怒声を浴びせた一人である。


昨シーズン一年だけ
活躍しただけの投手はもう

代表から外すか
登板させない方が良い。


その筆頭が
岩田と小松だ。

この二人は
いくらなんでも
米ラウンドでは登板させない方が良い。


ニューヨークの洗礼を浴びた
ケイ・イガワになる可能性が

もっとも高いのが

岩田と小松だ。




逆に田中はどんどん起用すべし。


その、
どんどん起用すべしの筆頭が

渡辺である。





渡辺の国際ゲームでのキャリアと
冷静沈着なマウンドでのポスチャー。


そして
短期決戦向き/短期イニング向き
の幻惑ピッチングは

大いなる武器である。




これを見よ。



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マウンドの土と
指の関節皮膚は
くっついているほどの
落差から投げ込まれる幻惑ボール。

ナックルなんぞの比ではなかろう。


渡辺は
米ラウンドの分水嶺でも起用できる。

そして

局面局面で
ワンポイントでも
1イニングでも
相手の流れを止められる投手である。



渡辺の投入タイミングを

どうか
見誤らないでほしい。










*****






閑話休題で、

イチロー関連の
写真集を掲載したい。





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絵になるポスチャー。

もはや
これは様式美である。





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進化したフォルム。

神戸時代とは
まったく異なり
完全な
メジャー・スタイルのフォルム
になっている。





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遅きに失した
韓国陣営の厳しい攻め。


本来は
これを最初からやるべきでもある。


当然、
ドーム内は怒号に包まれた。






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日韓戦では
単打、バントヒット
そして盗塁と

イチローらしさ全開だった。


ヤンキー・スタジアムで観た
"敵としての"
イヤらしいイチローの姿が、

昨晩は甦っていた。






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イチローは
頭がスマートで
場のシチュエーションに応じて

己の出し方を変えている。


今回のメンバーでは
前回のような
己の出し方は避けよう
と心掛けている気がする。

そのあたりが実に巧みである。

とりわけ
ダルビッシュ系は
どんなタイプの上司でも
扱いにくい筆頭であろう。

代表チームを考える時、
ダルビッシュ&涌井系は
ある意味で
輪を乱しかねない危険な存在であり、

そのあたりは
田中も頭が良いから
ダル&涌井系とだけべったりするのは
うまく避けるだろう。


年長者ならば
本来、

イナバが

<四番イナバ>ではなく

そういう部分の調整役=バランサー
に徹するべきなのだが、

イナバの場合は
結局は

<よゐこ>
<良い人>レベルのため

それも不能。



そう考えると今回の中では
ダイスキー松坂の
存在意義は大きいと感じるところである。


ダルビッシュは
未だ
投手陣のリーダーたる資質はない。

ダルビッシュなら

岩隈にエッジがある。



岩隈の出番には、要注目である。







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定位置ライトのイチローへ
視線を送る
ライトスタンドの観客。


大相撲両国場所での
朝青龍ではないが、

視線を集めるオーラが

イチローにはある。


写真を見ても分かるように
誰の視線も
イチローに注がれている。




前回同様、
今回も
イチローがいるかいないかは

そういう意味でも

大きな差になる。










*****






0wbcx4.jpg


韓国応援団。

韓国の人にとっては
気の毒な内容になった
昨晩のゲーム。


しかし
まだ終わったわけではない。

決勝は
順位付けとはいっても
勝ちにくるであろう。

米ラウンドでも日韓激突の目はあり、

最大で
あと二試合ある。




0wbcx16.jpg


意気消沈の韓国ベンチ。

次は
また
異なる闘争心で臨んでくるであろう。








そして、原監督。

今やもう
自信満々か、ほれ見ろ、か
いずれか。



0wbcx1.jpg



<全然聞こえないよぉっ!>

という
客席からのヤジに呼応する
空気読みも卓越。

それを察せないテレビ局アナに
原監督が自ら
<聞こえていないのでは?>と
suggestionすると、

大歓声。


もはや
原監督は
やることなすこと大正解

といった様相になっている。






ダモシとしては、

<四番イナバ>を外したことは
忌憚なく評価したい。


返す返すも
決勝でまた
<四番イナバ>に戻さぬよう

警戒は必要か。

若大将のピュアさがあるから

逆にイノセントに
ああいった
<四番イナバ>などを仕掛けてくるから

油断はできない。



村田に関しても、
原監督は一応
懸念を持っていておいていただきたい。









最後に

リアル超満員の東京ドームの観客席から。




0wbcx30.jpg


0wbcx31.jpg


0wbcx32.jpg



米でもはや
98年の頃から既に
目にする機会も
ほとんどなくなっていた
ウェーブを

未だにやっているのか?



失笑したが、


90年代後半は
なかば形骸化していて

なんでもかんでもやらなければ的な
ウェーブではなく、


初期の頃のそれが甦り、


忌憚なく盛り上がっている
ことを示すべくものとしての

あるいは

LIVEのすばらしさに対する
興奮の表明としての

それになっていた点は

認めるべきか。




ウェーブひとつとっても
形式的にやるのではなく、

自然発生的に行うものであれば

ヨシ

とできるのである。




ウェーブ初期の頃を思い出した。


<あぁ、今夜のウェーブは
 リアルなウェーブだな>


と。






0wbcx50.jpg



最後にもう一枚、

立錐の余地のなさ

を。









:::::





明日の
アジア・ラウンド決勝と

他のプールの
進出国を見極めて


WBCはまた

米ラウンド展望を、

ニッポンに厳しい視点で
掲載する所存である。






0wbcx52.jpg



WBC
アジア・ラウンドの公式プログラム
(1,500円)。

















posted by damoshi at 18:38| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特集<WBC>日韓戦:ダモシは何を感じたか-前編








WBCアジア・ラウンドの
最初の大一番、日韓戦。


結果は周知の通りだが、
ダモシ自身はLIVEにいたこともあり
未だ実況放送やニュース、報道番組などでの
<映像>は観ていない。

映像で観ることで得る感覚は
いかようなものなのか。

それはワイフの言のみが
まずは感覚として得られるが、

ダモシも映像で観ていた日中戦や
エキシビションの段階からでも
得られていた感覚としての、

<リアルな盛り上がり>
<地鳴りのような声援>は、

昨晩の韓国戦では
より一層感じられたようである。


そのあたりの一致は
むろん現場でのそれの方が
より強いであろう。


アントニオ猪木引退試合や
新日本vs.UWFインターの
全面対抗戦という
二つの
東京ドームのリアル超満員、

10.19川崎球場の
外のビルの屋上までフルハウス
という異様な状況だった
昭和最後のパリーグ、
伝説のロッテvs.近鉄ダブルヘッダー、

日本競馬人気頂点の日たる
観客動員世界記録となった
90年の中野コール日本ダービー、

王貞治800号本塁打達成の
後楽園球場、

75年の
これも
立錐の余地のない
真駒内アイスアリーナでの
アイスホッケー世界選手権での
日本vs.西ドイツ、

その他、

ダモシが若年時代から
98年までの
ニッポン在住時代
(3年間の北の某国在住含む)

における

それら

<昭和の古き良き熱気>

<集中力が拡散せずに、
 誰もが真剣に目の前のLIVEに
 怒声や歓声伴って
 参戦していた>

という


スポーツへの接し方



熱気。




それらを、

昨晩の
東京ドームでは
パーフェクトに得られたと同時に、

甦ったな


と感じたわけである。




それほど
昨晩の日韓戦においては

選手のパフォーマンス
ゲーム自体
環境と状況

選手と観客など
そこにいるすべての人々の
意識の集約(集中力)




整っていた、と。






米生活を終えて

1ディケード(10年)を経て

ニッポン
そして<本妻>に
復帰した昨夏以降、


野球でいえば

・清原引退試合(大阪ドーム)

へ出向き、

そこで
ある意味で激しく批判した。

その全体ポスチャーを。




1990年代以降と平成以降を
一つの分水嶺とする

(総合格闘技の例を顕著)


・だらだらした
・そこにいる観客の意識が拡散した
・セレブ的な一見的な、ただのゲストが横行した
・クールでカッコつけた


世界観を

ダモシは大否定している。



斜に構えて見る/関わるならば

現場に来るなよ、と。



度々記載するように、

昭和のニッポンは
あらゆる面で


真剣だった。

己自身にも、
趣味にも。


斜に構えることなく
接していたのである。



君が代斉唱も、

国技館での相撲しかり、

野太い合唱だった。


プロレスもボクシングも競馬も
野球も、

味方がしょっぱい作法をすれば

ヤジが飛んだ。

真剣に応援するからこその
怒声である。




ある意味で、

欧米に
よりそのスタイルが
近かったのは、


昭和なのである。



平成そしてバブル、
バブル崩壊、
小泉構造改革。


それらによって

ニッポンは
ボロボロになった。



特権階級やセレブチックな
世界観をヨシとしたツケは

様々な方面に出ていたが、


欧米はもとより

そういった
格差やセレブチックなんぞというものは

あらかじめ

包含したところで存在し、

その上で、


では、どうなのか


という根本的な部分がある。



それは
今回のWBCにおける
<四番イナバ>を持ち出して
散々言っていたことだが、


"つなぎ"

"スモールボール"云々も、

すべて包含したところに
あるはずのもので、

そもそも

そういったものは
あらかじめ超越したところで

では、なにを?

ということが大事になる
のと同じなのである。





生前のジャイアント馬場が、

シュートや
総合格闘技的な趨勢に対して、


<プロレスは(それを)超えたもの
 (包含した上で存在しているもの)>

と語ったが、

要するにそういうことなのである。



人の社会生活においても

セレブチックや格差は
そもそも
包含したものとして
その上で成り立っている、と。


野球も

スモールボールや
つなぎ
なんぞは

そもそも包含した上で
野球があるのだよ

ということである。




だから

本来
根底には普通に存在しているはずの
格差やセレブチック
つなぎやスモールボール

というものを

前面に出すと


そりゃ違うだろうよ

となり、

違和感が発生し

やがて
それは歪みとなって

全体を蝕んでいくのである。



どんなカテゴリーでもそうだが、

特権的に
そのLIVEの場にいる輩

・セレブチックの面々

・本当は好きでもないくせに
 ギャラをもらってゲストで来て
 カッコつけて最も良い席に鎮座する面々

・一見者
・物見遊山客

などなどが


アグリーで、

それらが
場のアトモスフィアから
緊張感を削ぐ側面もあるのだ。



そういう意味では、

昨晩のWBCでも
バックネット裏席の
リアルに真後ろの最前列近辺は

メジャーのスカウトやタレント、
球界関係者などが
多く見かけられたが、

本来は
そういった席も一般に開放すべきで、

彼らは
ある意味で記者席や貴賓席等
そういうポジションで
影から見ろよ

と言いたくなるという
苦言も残るが、



それでも

全体的に見れば

よりベターという意味では
昨晩の日韓戦は

観客の
選手の

そのフォーカスが


<韓国に絶対に勝つのだ>

という一点に集約され
集中力が研ぎ澄まされていたことで


現状で考え得る
ベストに近いアトモスフィアに
彩られた


といえる。




9.11後の
ニューヨークにおける
ゼネラル・インタレストな
イベント再開の

一発目として行われた
シェイ・スタジアムでの

ニューヨーク・メッツvs.
アトランタ・ブレーブス




03年
ア・リーグ/チャンピオンシップ
第七戦
ヤンキー・スタジアムでの
ニューヨーク・ヤンキース
vs.
ボストン・レッドソックス


のように、


関わる者のフォーカスが

クリアに
一点集中されていて、

現場の人々も観客も皆、
一糸乱れず
その達成を目指して

そこにいた


という世界観。






その意味では、

以前も記載したように



スポーツやエンターテイメントには

<予定調和の感動>

<予期せぬ感動>
の二種類があり、


最も最高の例は、


<予定調和の感動>
という

あらかじめ
興奮や感動が予定されている
シチュエーションがあって、

その状況下にあってもなお、


<予定調和の感動>に終わらず、


それ以上の何か

すなわち
<予期せぬ感動>が

発生するケース


である、と。






つまり、


五段階でいえば、


シチュエーション=
<予定調和の感動>
結果=
<予定調和の感動>

が3だとすれば、


シチュエーション=
<特に何も想定されていない>
結果=
<予期せぬ感動>



"ええっ?!"と驚愕を生む点で
4になり、


満点の5が

シチュエーション=
<予定調和の感動>
結果=
<予期せぬ感動>


というケースである、ということだ。








*10.19川崎球場
*中野コールの日本ダービー

*01年メッツvs.アトランタ
*03年ヤンキースvs.ボストン


などは

その五段階評価の5に値する

エンターテイメントだったわけである。








前回のWBC。


これは
当初は、


当初を
「シチュエーション」とすると

それはある意味で
誰もが<キョトン>としていた。



WBC?

So What?

と。


で、最初はガラガラ。


ところが
あの
歴史的な
<米のズル>に端を発して

一気にニッポン人の意識が高揚した。


今となっては
あの米のズルは、

虚実皮膜の大国であり
世界最高のエンターテイメント大国
である

米の

謀略

(WBCを盛り上げるための)

だったともいえるが、


あれで確かに
WBCは盛り上がり、興奮をもたらした。

且つ
イチローの
コンペティティヴ・スピリッツ。


対韓国。

そして
ドラマティックな決勝進出と優勝。

そこにいた、世界の王。




結果として
前回のWBCは


まったくもって

<予期せぬ感動>に包まれたわけである。






前回の様相を経ての、

今回の
シチュエーション=<予定調和の感動>であり、

それゆえの

宮崎での練習や
その他各地での
エキシビションにおける熱気に
つながっていて、



同時に
北京の、
結果的に意識下にある
韓国に対するリベンジ心。



それらが折り重なって、


最高の
シチュエーションで

昨晩の

WBC日韓戦を迎えたわけである。







そして、

そこでなおかつ得られた
<予期せぬ感動>は

やはり
イチローが軸となっている。


イチローに対する
ニッポンに対する


我々の関わり方と
意識と行動の見事なまでの
エクスポージャー。



そこに予期せぬ感動、
すなわち
"想像以上の何か"があったわけである。




それは


のっけからやってきた。




イチロー、最初の打席。


それまでの
ノーヒット状態から

いきなり
右へヒット。



その時点で、

勝利したかのような
総立ちの
スタンディング・オベーションと
怒声、歓声。





ゲーム開始すぐ、


<予期せぬ感動>は発生し、


その流れのまま


<今夜は徹底的に韓国を潰すのだ>

<コールドだ>

に集約され、


ほとんど休憩に
席を立つという観客がいない中で

且つ



最高の野球観戦流儀である

一球一打を

誰もが見逃さず
集中力を持って

その一球一打に
ため息、歓声、怒声、叱咤が
発生するという

理想型(昭和のボールパーク風情)が

ニッポンに甦り、



且つ
米の
根源的な
野球本来スタイルを、


取り戻すに至ったわけである。





それは、
昨年の日本シリーズ第七戦での

特に
所沢(西武)ライオンズの
ファンの姿勢からも

薄々見て取れていたが

(当時記載した)、




ダモシが少年時代に観ていた
ボールパークにいたオトナたち




近い


理想型が

ニッポンに甦っているな

という
予期せぬ感動にもつながるわけであり、



ひいては
大相撲両国場所の特集でも
記載したが、

大相撲にも
それは言えることである、と。







<LIVEを我等に>。



これも
当欄にたびたび
記載しているキーワードだが、



それは

すべての
エンターテイメントに通じる。


旅も同様である。


そこで提示されるものと

そこに関わる己、

そして他者。


他者が介在する中では、

そこにいる
我々のフォーカスがブレたり
拡散すると、

飲み会同様で、



ただのイベントに終わってしまう。



一緒になって

形式的且つ
セグメントされた中での
偽の<盛り上がってます>ではなく、


ゼネラル・インタレストの中で

より
誰もが一点集中で

その一つのフォーカスに集約、集中した中で


喜びを得られるか。




ここが大事なのである。




それは
ビジネスにおける会議も同様。

もっと合理的にハッピーに。


議題がブレず、
きちんと
その会議では何を議論するのか?
この会議では何を決めるのか?

と時間を区切り
ぱっぱっぱっと行う。

議論の拡散は防止する。


エンターテイメントにおいても
主役は誰なのかを明確にし

この試合はどんな試合なのか、

何を望むのか、

何がよりベターな結果なのか、





関わるすべてが

可能な限り

すべてのゴールを共にする。




それこそが一体感であり、

それでこそ

予期せぬ感動と

win-win partnershipが
結ばれるわけであり、


双方および関わる誰もがハッピーに
なれる

win-win situation


に至るわけである。





<大人数参加の飲み会>。

<複数が参加の会議>。

これら全て同じである。




意識の拡散は絶対に
プロテクトしなければならない。



テーマや方向性も
絶対にブレてはいけない。



それが基本であり、



昨晩の
WBC日韓戦は、

そういう意味でも



野球を超えたところでの

多くの示唆を与え賜うたと


ダモシ的にはいえるわけである。










その大前提を踏まえて、


続編にて


LIVE写真を交えて
昨晩の日韓戦を


野球という切り口のみならず
様々な角度から
取り上げてみたい。








:::::






0wbcx42.jpg



1ディケードを経て"外国"から戻り、

あくまで
意図的に
外国人目線で
東京やニッポンを見ている
ダモシからすれば、

ニッポンの良さが
昨晩は出ていたと認められる。

大阪、そして
清原引退試合では
それはなかった。
あの日は既載したように
大阪とニッポンの悪い部分が
露呈されていた。



しかしそれは単に、

WBCが国際大会だから
という考えで
済ませてはいけない。


根本的な
見せ方、構造、構成、関わらせ方


提示する側が
頭を使えば
大阪もああいうふうにはならないわけである。



なぜ
WBCアジア・ラウンドが
東京開催なのか。


その必然性を考えるべきである。


読売がどうこう以前に、

まず
東京でなければ
ゼネラル・インタレストな案件は

無理

ということを
考え、

今後の議論とすべきである。




米は
ニューヨークはもとより
ボストンでも
シカゴでも

そして
ワシントンDCでもそれは可能になる。



その違いも、
ニッポンが今後考えていくべき
課題であると感じている。

構造改革は
本来、そういうところから
議論すべきことなのであり、


ダモシが
ニッポン不在の間に進められた
小泉構造改革を、

今こそ、

そして
今後迅速に

改革していかなければ

ならない。


やり通すなら別だが、


小泉が
現在のように
"やり逃げ"するならば、

逃げた後は

それ(やり逃げした構造改革の中の、暴策)を

一つ一つ
逆に潰していかなければならない。






0wbcx41.jpg



立ち見含めたリアル超満員。

必ず存在する
<ポッカリと空いたスペース>
としての空間が
一つもなかった。

冬服ということもあり

国技館等々と相まって
より
そのフルハウスな風情は
色濃くなり、

観客席の
こういったポスチャーが

選手にも好影響を及ぼす。







0wbcx55.jpg



東京ドームだけで考えれば、
前記の
アントニオ猪木引退試合や
新日本vs.Uインター全面対抗戦など
立錐の余地はない世界観は
過去体験したが、

コンサートでは
ローリング・ストーンズ初来日公演が
最もそれが強かったか。

ただし、
コンサートの場合
いささか整然とした
世界観があり、

闘いという意味での
立錐の余地のなさと緊張感は欠ける。



東京ドームとダモシの
現場での関わりでいえば、

昨晩のそれは、


久しくなかった
正真正銘の札止めだった。











(続く)


















posted by damoshi at 14:16| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<WBC>-8:日韓戦・現場レポート/序








今宵、

心地よい疲れである。



まるで
ニューヨーク・ヤンキース以下、

メジャーを観ていた頃のような。







ダモシが、

くどくど
しつこいくらいに説いていた


<四番イナバを外せ>


が、


今宵実現された韓国戦。






"ほれ、見ろ"と言いたくなるほど

ニッポンのオフェンスが機能して
よもやのコールド勝ち。




まだ米ラウンドへ向けての

ラインナップへの不満と懸念はあるが、

アジアラウンドの山場であった
今宵の韓国戦で


まずは指令通り


<四番イナバ>が消えたことでの大勝に


胸を撫で下ろしたところであり、






"ほれ、見ろ"は今宵の
オフェンスの内容を見ても明らかなように


結局は

パワー・オフェンスが重要

という

ダモシの論理にかなった展開になっている、と。






返す返すも

"スモールボール"や"つなぎ"は

声高に前面に出すものではなく、




<やるぜ?>と明らかに分かる

局面での

今宵のイチローの
セーフティバントも同様に


(あれも
 メジャーを見ていればすぐに
 それをやるであろうことは分かる)



あれは

スモールやつなぎではなく


オフェンスなのである、と。










そして東京ドーム。




年初の大相撲両国場所もそうだったが、



いま

ニッポンの中には
明らかに


昭和時代の古き良き熱気




スポーツの場に甦りつつある。






今宵の東京ドームは、

これはもう
ダモシも認める


忌憚なくリアルな超満員札止め。



そこに
ダフ屋やネット小僧らの

チケット買い占めと
それが裁けなかったことで
発生する


不思議な満員

(ぽっかり空席部分があるのに、
 ソールドアウトという
 偽の満員状態)

ではなく、




立錐の余地もないといった世界観。




加えて
誰もが

例のセレブ・ゲスト的な

不遜な佇まいや、


カッコつけ

クールぶり

一見さん

皆無な状況下で、





<今夜は絶対に許さんぞ!>


という覚悟をもって



"参戦"していた。






観戦ではなく参戦していたから

バックネット裏や
最前列付近の観客たちも

総立ちになるほどの


熱気が生まれたわけである。






これはもう


ダモシが
米で見たメジャーや


ニッポンの
良き昭和時代の

あの10.19川崎球場、


あるいは

中野コールの日本ダービー


などに類似する熱気。








WBC(日韓戦)

>>

日本シリーズ(巨人vs.西武第七戦)

>>>

清原引退試合




という

入場者数の立錐の余地のなさと

熱気度の

レベル差があった、と。







ディテールは明日、


特集で記載するが、





いずれにせよ

まずは




<四番イナバ>を消し去った

ラインナップを組んで

思いきり機能したニッポンの


対韓国戦での大勝を

祝うところである。








続きとディテール、写真群は明日、掲載。








今宵はまず写真は二枚だけ。








wbc01.jpg





今宵の東京ドームは、

メジャーの
ボールパークのノリがあった。



ニッポンも

そういう意味では
すこしは成熟してきたのか。



否、


昭和のスタジアムは

こうだった。










そして、


もはや
この時代にあって

奇跡的ともいえる

ニッポンの
スーパースターは


イチロー。







ダモシ自身、

ニューヨークの
ヤンキー・スタジアムで観て以来の




生イチローという


不思議。








wbc02.jpg





この瞬間、

フラッシュの祝福が

ドームを支配する。






イチローの

このポーズと


満場の中からのフラッシュの放射の

交錯は、



今回のWBCアジア・ラウンドの

シンボルの一つになろう。






それはテレビでもより分かるであろう。

















posted by damoshi at 01:54| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

現場

image/2009-03-07T18:28:091



既に

リアル超満員。










posted by damoshi at 18:32| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月06日

<WBC>-7:明日は日韓戦







周知の通り、

予想以上の破壊力で
韓国が台湾を破ったことで、


ダモシ観戦の明晩は

日韓戦

という理想的な展開となった。




明日雌雄を決する。
そこで勝った方が米国ラウンド進出。


日韓戦はこれにて

アジア・ラウンド決勝でも
実現することになるが、


そちらの方は既に順位付けに過ぎず、



今回の
WBCアジア・ラウンドにおける

最高のゲームが、


ダモシ観戦選択をした
明晩になったことは言うまでもない。




素直に喜んでいるところであり、

明日の決戦に
ダモシも後輩たちも
今から腕を撫しているところである。








*****






韓国打線の破壊力と

その
スイングの鋭さは

台湾戦で大いに発揮されたであろう。




それを"ダイスキー"松坂

相手にも
見せられるかがポイントになるだろう。



それは
ニッポンも同じで、

機能不全に陥っている
ラインナップ通りに
原監督が明日も組んでくるならば、


北京五輪で
まったく打てなかった
韓国のヤングボーイ・サウスポーたる
金をいかに攻略するか。




そして


いつもの日韓戦のごとく

前半から中盤は
0-0や1-1などで進むと仮定すると、



中継ぎ、抑えの力量と

打線の総合的且つ最終局面的な
破壊力がモノを言ってくる。




そもそも

かねてから

藤川の
国際舞台における不安は

口にしているダモシであるが、


中国戦を見る限りにおいても

中国には通用しても
藤川では

まず根本的に
あのボールなら
南米や北米には簡単に攻略される

と感じている。


それは

韓国でもあり得る。




馬原、藤川が不安となれば、

五輪同様に
中盤から終盤の大事なイニングで


田中

を起用する手を用いたい。



田中がもっともイキが良い。


国際舞台でも
田中が一番安心感がある。





米ラウンド以降においては


先発でいえば
ダルビッシュ、


<抑え>では藤川が、


それぞれ
"あの投球では通用しないだろう"
という

そもそもからの懸念から

大きな難題になり得ると読んでいる
ダモシは、


いずれ

斉藤隆(ボストン)不在が

痛手になってくると想定している。






そういうことも加味されるのだが、



最終的には

オフェンスの破壊力勝負で

いかに対応できるのか






大きなポイントになってくるであろう、と。





第一回WBCの分水嶺となった

<福留のホームラン>

のような。








そういう意味では


明日の日韓戦は
大一番であると同時に


今後の
米ラウンドへ向けた試金石としても


負けられないゲームとなろう。







城島、中島あたりは

明日の投手(金)相手では
まずは最初のポイントになる気がする。





返す返すも

<四番イナバ>を外した

中軸を組むべし





もう一度

言っておきたい。










むろん

明日は、

現場からのLIVE掲載はもとより、




帰宅後の特集でも




WBC-日韓戦を

大きくフィーチャーする予定である。



















posted by damoshi at 23:22| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<WBC>-6:機能不全。なぜ<四番イナバ>にこだわるのか







ブラウン管を通してでも
スタジアムの熱気が伝わってくるほど

ゼネラルインタレスト度の高い

WBC:ワールド・ベースボール・クラシック




今夜開幕した。






相変わらず
貧乏暇なしのダモシではあるが、


今宵は
フルに
リアルタイムで
日中戦をテレビ観戦した。




唖然としたのは
ゲーム前に
スターティング・ラインナップを
知ったときだ。




未だに

<四番イナバ>

そして

<五番村田>に

原監督がこだわっていることを

知ったことに唖然とした。






いわずもがな、

大勝したとしても

今宵のような
箕島vs.都国立のような
4-0的ゲームであったとしても


相手が相手だけに

参考にはならないが、




エキシビションから一貫して

指摘している

懸念点がますます強まったことに

より危機感を抱く。





もはやそれは機能不全である。




一貫して

<四番イナバ>はやめるべし

と言っている。



そして
ジャイアン野球の村田も
危険である、と。




村田唯一の美徳である
ホームランが

今宵は
たまたま飛び出したから
良いようなもので、


且つ


<つなぎ>だ云々を
ヘッドコピーとした野球をする
としつつも


(だからこその
 <四番イナバ>なのであろう?>

結局は


<一発で勝っている>という


危機的な二律背反。




それはもう

セザンヌとカエル

という美しい二律背反とは

真逆にある
アグリーな二律背反である。






まったく

"つながらない"ラインナップを

組んでいるから、


"つながらない"わけで、


村田にしても
あの一発は単なる一発であり

彼の本領は
その二打席後の
例のごとく
シチュエーションを理解せずに
安易にバットを振り回す作法


に現実が露呈されているわけである。







ほとほと

なぜ中軸を

小笠原、福留を中心とした
重量級にしないのか、と。




不思議で不思議でしょうがないのである。






なぜ


ここまで

一度言ってしまった

一度打ち出してしまった


<つなぎ>にこだわるのか。




なぜ転換を図らないのか。




そもそも
なぜ
<つなぎの野球>などという


幼児の世界観を
今さら
エクスポージャーの筆頭にするのか。





そこまで原監督は頑固だったのか、と。





そもそも

福留
城島
岩村

という存在の組み合わせを

下位に

その順番で配置するのは、



普通に見ても機能しないのは
明らかであり、



打撃に関しては

今宵の城島などは
まるっきり城島の良さが
一つも生かされない

ラインナップになっている。






<イナバは良い人>。



これだけを

特化して
披露することが目的


とも思えるような




今回のニッポン代表の
ラインナップ。




しかもそれを変えないで

本番でも
継続させているという驚愕。






原監督の頑固さには恐れ入る。




むろん
ネガティヴな意味で、である。






このオーダーで本気で
最後まで行く気であろうか?



それならばもう


1-0や2-0、3-0で勝っていく以外に

道はないだろう。







北米と南米、

そして韓国相手に、




それができますかな?





ダモシの野球観は、



1-0で勝つという世界観は皆無。


4-3で勝つこともでき

且つ

10-8で勝つこともできる



パワーを持つチーム


ということである。





そういうチームこそ、



結果として


ちゃんと
<つなぎ>も
<スモールボール>の要素も

双方満たしていて、



場合に応じては


1-0で勝つこともできる

引き出しを持つものである




という考えである。









たしかに
イチローが打てないから
盛り上がらずに

つながっていかない

という側面も一理ある。




だが、

それよりも

現況は

このラインナップの構造的な問題

と見る。







結局最後、一発頼みになった際、


そこにいるのが村田

ということも問題がある。








イチローが一番の場合の
ラインナップ案は先日

以下のように記載した。





イチロー(右)
川崎(遊)
中島(DH)
小笠原(一)
阿部(捕)
福留(中)
岩村(三)
片岡(二)
青木(左)



村田と城島、イナバを下げている。




では、


百歩譲って
村田と城島を使いたい

という原監督の頑固さに折れて


それを組み入れたラインナップを

考えてみる。






イチロー(右)
川崎(遊)
中島(DH)
小笠原(一)
福留(中)
村田(三)
城島(捕)
岩村(二)
青木(左)



どうしても
村田を使うと
それでも違和感が生まれてしまうが、

イナバがいなくなることで
やや解消される。



裏打順が重要。


岩村を
タンパ同様、一番に。

二番は青木で

これでいけば三番が
イチローになる。


当初
イチローの後の四番を
<つなぎ>として
イナバにしていたわけだから、


ここに川崎が来ても
なんらおかしくはない。

むしろ
<つなぎ>でいえば
川崎の方が上だ。


そして裏打順の中軸で

表同様に

中島
小笠原
福留
城島


という怖い打者が並ぶ

という構図である。





村田を外して良いなら、
小笠原と福留の間の
五番に
バッティングは評価できる城島を
入れることができ、

それにより左右交互の中軸形成も


可能になる。







小笠原や福留、城島に


<つなぎ>をさせるような

構造は、



好ましいとはいえない。






現状しかし、


そうなっている。




今宵の城島は気の毒だった。


城島の
(バッティングでの)持ち味が

完全に失われている。




バントミスも城島の非ではない。






それもこれも


<四番イナバ>に

こだわっているからである。





これが定位置になってしまうと


首を絞めることになる危険性が高いと
想像していたが、



案の定そうなっている。









ほとほと7日夜のゲーム
(韓国戦を望む)


は、


ラインナップを変えていただきたいが、





頑固な原監督だから

それも難しい、か?










wbcdome.jpg




後輩氏から届いた

今宵の東京ドーム。



7日のダモシ観戦時も
このシートあたりだという。



当日は現場レポートを当然、

掲載する所存である。









まずは明日、



韓国が台湾に足をすくわれないこと。





これが7日観戦時への

大前提である。







台湾戦になる方が
ニッポンにとっては楽だろう。



だが、




楽して米ラウンド進出を決めてはいけない。


あとが苦しくなる。






7日は韓国と闘った上での

米ラウンド進出決定を果たすべきである。















posted by damoshi at 00:26| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

六角の、メビウスの輪








居眠りを最小限に我慢して、
可能な限り
講習を真摯に受けたダモシ。


また、
センターのそれは
違反者を飽きさせなかった。


同時に
素直に反省し

過信から
起こり得る事故や犯罪に
改めて危機感を覚え、

己が
ドライヴィングを
ちょっぴり抑制すると同時に

今後は
またいつも通り
<スピード違反狩り>に
引っかからぬよう
危機管理も徹底しよう



考えさせるには

値する

六時間でもあった。



飲んだら乗らないのは
当たり前として、

ややもすると
己がドライヴィング・テクニックや
反射神経



<捕まらないよう
 常に危機管理/意識徹底>を
しているという常在戦場意識

への過信の戒めでもある。







*****




講習の終盤。

大勢の違反者が四班に分かれて
移動。



まさにその様相は、

捕まったことへの苛立ちと
捕まえたサイドの姑息な手法への腹立たしさ、

さらには
貴重な時間を
丸一日つぶしてしまうことへの
焦燥

などなどが入り交じり、

一方で
やったことの
一般的なネガティヴ要素も相まって、


暗い。

そして
まるで犯罪者の護送のようでもある。



しかも
そういう
シチュエーションで
皆が不貞腐れているからか、

一様に

ヤンキーに見える。



それこそ同胞は、
老若男女を問わないが

ヤングボーイ&レディはもとより

良いオトナのシニアまでもが

ただのヤンキー
と化していて、

同じ空間で肩がぶつかろうものなら
即乱闘
といった風情ありありの中で、

唯一の都会派
唯一のジェントルマン

たる

ダモシはダモシで、

お前らとは同一線上には
しないでほしい

とばかりに、

これまた
"そういう態度"をとるから、


それはそれでまた
肘でも触れようものなら
即乱闘

といった

様相に転嫁するのであった。




飽きさせない講習は
最終ラウンドで
ドライヴィング・シミュレーションに
移行した。




ところがこれが、

<あり得ないでしょ>

という世界で、
笑いをもたらした。

意図的か。




4本行うシミュレーション。

実際の
ドライヴィングと異なるのは

外ではなく
画面だということ。

運転席と
その機能は本物と同じ。



さて、シミュレーション。



講習中ずっと
ダモシの隣にいた
シニア男性。


この中で
唯一の紳士ダモシには
話しかけてきた。


むろん
ダモシも年長者への
リスペクトは忘れずに対応していた。




<もう歳だから、
 シミュレーションでどうなるか…>

というシニア。


神奈川の座間からやってきたという。



要するに
反応力や反射神経などを
測るシミュレーションである。



スピード違反した同胞へ、
戒めの訓練。





一本目でダモシは苦笑した。


否、

思わず一人で爆笑し


<あり得ないでしょ>とつぶやいた。




こうだ。


普通に40kmで
明るい日中の広い道を走っている。

横断歩道でも
交差点でもない。

普通の道で視界は広い。


しかも
70kmでふだんは走っている

制限速度40km道路を

ここでは
40kmで走っている。




と、

0.5秒前まで
その姿形も見せなかった

<お父さんと女児>



突然
スクリーン上の道路に飛び出してきた。



結果表で見て明らかだが、

ダモシは
0.8秒でそれに反応。


つまり
その存在を認知してから
ブレーキを踏むまでの
反応時間は、

麦群の反射神経、0.8秒。


しかも
40km制限の道路で
その瞬間にダモシが出していた速度は
ほぼドンピシャの39.8km。


ダモシが
存在をすぐに認識して
ブレーキを踏んだ時点での、

その女児との距離は
12.3mもあった。



しかしこれは
かようなダモシの
反射神経をもってしてこそ
回避できたことであり、

制限速度以内で走っていながらも、

少しでも反射神経が劣れば
女児と激突するほどのレベルである。


実際、
同胞の33%のみしか
この事故を回避し得なかった。



ざわめく同胞。

その心中はこうだろう。



<こんな飛び出し、あり得ないから>。


<しかも、普通に、
 いま、いなかったのに、
 突然目の前にいるなんて、あり得ませんから>。





二本目はもっとすごかった。



交差点。

右折しなければならない。
青信号。

だが、対向車線の車も
右折しようとしている。

その車の横にも後ろにも影にも
その他の車やバイク等は
いない。

対向車線の車が
右折しようと減速しながら
曲がろうとするにしたがい、

ダモシも己が右折を
慎重に減速して行う。



と、


突然

怒濤の勢いで
バイクがダモシの車に
突っ込んできた。


激突事故。



結果分析表のコメントは、


<対向車の死角を
 意識していましたか?>。



怒るダモシ。


<当たり前でしょうよ>と。


意識していたからこそ、
見ていたし
減速しながら
ゆっくりと右折態勢に
入っただけのことである。


それは
そのときのスピード8.6kmが
なによりも証明している。


にもかかわらずの激突。


これは
いくらなんでも
バイクが自爆したとしか
考えられない。


そもそもさっきまでいなかった。

ずっと向こう後ろまで
いなかった。

右折しようとして
ゆっくりと曲がる態勢に
入った途端に現れたのである。



これは、アンフェアではないか?




頭にきたダモシ。


三本目は考えた。



どう足掻いても
普通に走っていても
あっちから
ぶつかってくるなら

亀のように

トロトロ走ってやろう、と。


へたすれば
空から何かが落ちてくるかもしれないぞ?

と。




三本目。

商店街。
明らかに
相手側から不意に
何かを仕掛けるにはふさわしい場。



怒りのダモシは

5kmで走った。


5kmなら
ぶつかっても
どうこうないでしょうよ、と。


それに、
いつでも止まれるよ?

と。





すると四本目に
画面はダモシに命令した。


<もっとスピードを出してください>

と。


なにごとか。


俺はスピード違反者である、と。

しかも
法定速度で走っていても
このシミュレーションでは
相手からぶつかってくるのだから、

安全運転するなら5kmだろうが、と。


無視していると、

コンピュータが勝手に
スピードを上げた。

50km。



<おいおい…>。



近付く交差点。

今度はダモシは直進だ。

右折しようとしている
対向車がいる。
だがそれは止まっている。



ダモシは察した。



<今はまったく姿がないが、
 絶対にバイクが突如出てきて
 激突してくるぜ>


と。



急いでブレーキを踏み

10km程度に
スピードを落とすダモシ。


そして

じっくりじっくりと
その交差点を通過しようとする。



と、


来た。



これはもうあり得ない。

突如
またしてもバイクが登場。





<ほれ、来た!>



ダモシの速度であれば
回避し得る。


ややハンドルを
本能で切ってしまう。


と、

これまたあり得ないバイクの行動。

右折せずに

ダモシが
ハンドルを切った向きに合わせて
突っ込んでくる。


その間、わずか0コンマ何秒である。


ダモシ、応戦。


今度は急ブレーキを踏み
停車しようとしながらも
ギアをバックへ入れた。

いざとなればバックするぜ


と。





すると
あきらめたのか

バイクはようやく止まった。



そしてゲームオーバー。



判定は

<交差点進入時の速度は
 10.6kmでした>

<ハンドルで回避しようとせず、
 まず速度を落とすことが大切です>

と。



<十分落としていたし、回避した。
 それでもバイクが向かってきたのでは?>





また
ひとりごとを述べて

苦笑したダモシ。










*****









教室へ戻り、
いよいよ最後の試験である。


40問中34問以上クリアすれば良い。


隣のシニアに問うダモシ。


<シミュレーション、いかがでしたか?>



すると、
週に一回しか運転しないというシニア。



<B判定でした>と。



<ぶつかりましたか?>と問うダモシ。


<いえ。一度もぶつかりませんでした>
とシニア。




<え…。(シニアより反応鈍いのか、俺は)>

とショックを受けるダモシの判定は、C。



一週間に一回しか
運転していない、

しかもご高齢の男性に負けたダモシ。


負け惜しみに、ひとりで思った。



(否。そもそも、この人。
 一週間に一回しか運転しないのに
 スピード違反で捕まったわけで)

と。






試験。

できたら席を立って良いという
あの
大学内の試験と同じスタイルである。


こうなればもう
ダモシが目指すことは、

まずは一つ。



真っ先に終えて
答案用紙を提出して教室から出る
ことである。



大学時代の
大学での試験はほとんどそうだった。


だが、鈍ったかダモシ。
あるいは、慎重になったのか。

規定20分のうち、
5分も要してしまった。


ヤングボーイの速攻技に破れた。

一位はヤングボーイ。約4分。



ダモシは悔しい
150余人中10番目でのフィニッシュ。




全員が終わるまで
廊下で待つ同胞。

最後の一人が答案用紙を提出した段階で、


<みなさん、中へ入ってください>

の号令にしたがい、

ぞろぞろと席に戻る同胞。




そして結果発表。

その直前、
神妙な顔をした係員が

数人の同胞のもとへ歩み寄り



<荷物をまとめてここから出てください>

と指示。



それを見た隣のシニアは笑って言う。


<あぁ、彼らは落ちたのだな>

と。





そして
その場に残った同胞は全員、


<ここにいる皆さんは合格です。
 免停が29日間短縮されます>

の宣告に

ほっと

胸を撫で下ろしたのであった。








*****







こうして

ダモシの免停30日は、

事実上
今朝出頭した8AMから
あと一時間後の0AMまでの

16時間だけとなり、



免れたのであった。






ワイフも運転はできる。
那須では普通に運転している。


だが、
ボディの大きな
ダモフィーロの運転は未経験。

車の大きさが異なる
(車が大きい)場合、

女性にとっては、しんどい。

慣れるまでは。




<ダモシ、免停30日>

を受けて、

ワイフは
昨日もダモフィーロの練習をしていた。





万が一

今宵(昨日にとっての明日)
ダモシが出頭時にブチ切れたり
講習受講拒否したり
試験に落ちたりしたら


己が運転しなければならないからである。



めでたく
あと一時間もしないうちに
ダモシの免停は解除されるから

基本的に
その必要はなくなった。






まあまあ、しかし、

一方で
妙に疲れた。



そもそも
学生時代からして

<授業>は
普通レベルでの"苦手"を超越したレベルで
苦手だったダモシであり、

中高時代は普通に抜け出し
大学時代は執筆活動と読書タイム
だった

<授業>を、


オトナになって
こうして真面目に六時間も受けるとは。






それもこれも、


13,800円という
金銭的スペンドと

ほぼデイタイム
丸一日という
時間的スペンドを


ただでは済ませられない

という費用対効果

を考えたからに他ならない。



お金と時間をかけるのだから、

絶対に
免停を免れてやるぞ

というマインドである。




そして
それはダモシのみならず、

あの場にいた同胞全員が

<こんちくしょうめ>と

抱いていた
根本的なイデオロギーだったことであろう。





落ちた人たち…。

それこそ免停は免れられないわ
お金も時間も
スペンドしたわ




ほとほと
バッド・デイだったことであろう。






反則金と講習代と
今宵の交通費全額合わせれば


富士屋ホテルに泊まれたろうに

と考えると、


また腹が立ってきて
どうにもならないため、


そこはもう割り切るしかないか、と。





だが、

あの
ドライヴィング・シミュレーション。


あれは割り切れない。


いくらなんでも

<人間なら>

ああいう飛び出し方と登場の仕方は
あり得ない。




出てくる寸前まで
透明人間なのだ





考えるほか、割り切る策はない。






それほど笑いが出る
シミュレーションであった。



お笑いのシミュレーション。

スピード違反者講習を受ける機会を
設ければ体験できますが、


いかがですか?











:::::






rokkakux.jpg


運転免許停止処分書。

裏面に
きっちりと
<29日短縮>の文字は押印された。




rokkaku1.jpg


懐かしの白楽。
メイン部は六角橋。


今宵を除けば、
人生でここに来たのは
一度きり。

既載の通り、
1985年の大学受験である。

商店街両側に
その大学のフラッグが並ぶ。



神奈川大学。通称ジンダイ。


この大学は
給費生試験というものがあった。

通常の入試より早かった。


ダモシは
オープン戦のつもりで
これを受けて合格していた。



もし
本番(二月)で
他の大学や本命に
すべて落ちていれば、

神奈川大学の学生になっていたであろう。

とりたてて
この大学が嫌いなわけでもなかったし、

なにしろ
給費生での合格だから
お金がかからないメリットもあった。



だが、
もしそうなっていれば、
今のワイフと出逢う確率は
当然下がっていたし、
出逢わなかったかもしれない。


そんなことを思いながら
この道を24年ぶりに歩いた。





rokkaku2.jpg



東横線沿線らしく
賑やかな街である。

カフエーやバァ、定食屋、レストラン。
いっぱいある。


神奈川大学の学生になっていたら
この白楽はもとより
・横浜
・菊名
・大倉山
などの東横沿線を筆頭に

横浜市や目黒区、川崎市という
渋谷基軸での居住地選定を
していたことであろう。


通った大学が
小田急線だったからこそ

小田急や京王線の
世田谷区、渋谷区、中野区
居住を選択したのであり、

それゆえに
同じく
小田急、京王、
世田谷区、渋谷区、中野区絡みで
生活していたワイフと


出逢った

のは、


その要因の一つとしては
間違いないところであろう。



これもまた、デスティニー。







rokkaku3.jpg



白楽エリアのメイン部分は、
六角橋交差点。


日本武尊が東征の際に、
この地の
久応という人の庵に泊まった、と。

その折、
日本武尊は久応に
六角の箸を贈った。

久応はその箸を崇めて
日夜、礼拝した、と。

それにより
この地は<六角箸村>と呼ばれ、

やがてそれが
<六角橋村>へと改称された

という。




この六角橋村の
センターステージが

写真の六角橋交差点。



そして今宵、

<あっ>



また人生予告編を納得
させらる

あることを知った。




現在の自宅から遠いこの地。

だが、

この交差点の道路を
写真で見る右方向へ進んでいくと

やがて
それはR-246と交差し、
現在のダモシ居住地の道路になる、と。


この道路は、
いつもドライヴィングしている
道路(と同じ道路の続き)であった、と。




そして、


捕まったのも

この道路だった、と。









24年前の
神奈川大学受験時に通ったこの道路。


あのとき、

これを予告していたとすれば、


やはり人生はすべて予告編であり


これまた
メビウスの輪である。
















posted by damoshi at 23:29| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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