2009年04月30日

鎌プリ

image/2009-04-30T16:14:581



暑い。

だが、
湿気がない。


最高の
鎌倉、湘南日和。


鎌プリに
チェックイン。




晴れ
posted by damoshi at 16:18| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

江の島

image/2009-04-30T10:28:001 江の島とは、 当たり前だが ひとつの島である。 陽光注ぐ 江の島に上陸した。 晴れ
posted by damoshi at 10:33| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月28日

霞ヶ関






霞ヶ関といっても、

埼玉のそれではなく

東京である。



今宵も未だに霞ヶ関にいる。


2PMから、

途中
六本木ヒルズでのミーティングを挟み

また霞ヶ関に戻ってきて

トータル7時間。





明日はジュニアと買い物に出かけた後、

拙宅オフィスで
オフィシャル案件を済ませたら休養。



明後日からの鎌倉・江ノ島・大磯の旅へ

備えるという算段である。





何とか、

間もなく霞ヶ関を後にしたいところである。





携帯カメラゆえ

画質は悪いが

東京タワーと六本木を
霞ヶ関から望む絵を。


ダモシが今、見ている光景。






kasumi111.jpg












posted by damoshi at 21:15| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅の終わりに〜夜のエアポート







ダモフィーロはまたも
おとなしく待っていてくれた。


空港に着いて
その駐車場へ歩みを進め、

向こうに
その姿を認めるとき、

ダモフィーロを愛おしく想う。



それは
旅の後の帰宅後、

眠っているジュニアの寝顔を見るときに
感じる

愛おしさにも似ている。







ダモシ的には

夜のエアポートといえば、

ニューヨークから例年真冬に
英国はヒースローに向かうときの

真夜中のそれを想起させる。



ヒースローに朝到着する

ニューヨーク〜ロンドン便。


<殺す気か?>
と思えるほどの

あの

真冬のニューヨークの
真夜中のジョン・F・ケネディ空港を


思い出させるのである。




熊本からの帰路。

羽田に到着は10PM。


エアポート内の店舗はクローズし
人も閑散とした羽田。


コツコツと
己が歩く足音のみが響き渡る。


駐車場はもっと、そうである。





だが

今宵は

夜のエアポートが
一つの旅の終わり〜ゴール〜

となった。






haneyoru.jpg





何となく

こんな時間のエアポートの駐車場に

一人いる己に

悦に入った。




多数決や人ごみを強烈に嫌うがゆえの、

ご満悦である。




誰もいなくて良い。

ひとりでいいから、と。




人ごみの中の存在証明はあるが、


閑散とした、

且つ

そこがローカルであるという前提での
当たり前の閑散ではなく、


大都会の中の閑散と
夜という時間軸が交錯する空間にあっての


ひとり


というものは、



さらなる存在証明を実感するわけであり、


己は何者か

ということの再確認をすることもできるわけである。








*****








マンデー・ナイト、東京。

首都高も空いている。

湾岸、そして横浜へ。



夜、交通量が少ない世界観。


ベイブリッジを渡ると
横浜ランドマークタワーと観覧車、
みなとみらい21地区の

黒船150周年の
スカイスクレイパーとその夜景が


目映い。



それを目にしながら走っている

その気分もまた上々である。




第三京浜を経由して

田園都市へ戻り、帰宅。




昨晩の深夜。

突然、嘔吐とヘディクで
救急病院へタクシーで出かけたという
ジュニアを案じていたが、


その寝顔を見てひと安心。





眠る前、

ネコのぬいぐるみを抱きながら
ジュニアは言ったという。



<あしたの朝はダディに逢えるの?>


と。



いつものことだが、

カワイくてしょうがないという世界である。





カメラも修理にでることであるし、

明後日からの
<鎌倉・江ノ島・大磯の旅>

では

共に過ごす時間をより多く

得られるであろう。








*****







熊本遠征においては

不思議な偶然があった。



肥後・薩摩連合軍 200人

霞ヶ関軍 5人

ダモシ一匹 1人


という

いつものごとく

ダモシ一騎当千の中、



霞ヶ関の一人と



・同じホテルだった

・部屋が隣だった


そして

・帰りの熊本空港で
 夜食を摂るために一人で入った
 熊本ラーメン店に
 後から氏が他の関係者と入ってきた


という偶然の後、

極めつけは


・ダモシが機内に乗り込むと、
 氏が隣に座っていた


という

何ともまあ


ここまで一緒になるか?

といった様相に相成った。





A:選択肢が少ないのか

B:相当な縁があるのか
 (行動形態と選択基準が同じなのか)





いずれかであろう。


通常考えられるのはBであろう。




だが、

そうともいえないのが
熊本たる所以である。




一昨日、

熊本市内各所。



ダモシが
己の感覚で順序を選び
歩みを進めていた各所。


行く先々で



・観光客と思しき、
 しかも歴女(レキジョ)と思しき、
 20代のヤングレディ軍団



逢った。




<あ。また…>と。



最初に出逢った地で

写真撮影を依頼されて
一騎当千ダモシは、

その三人連れのレディを撮影してあげたのだが、



その後の行く先々(それぞれ距離はある)で

必ず逢うのである。




<あ。どうも>と。



<あぁ…。やぁ、どうも>と。



そのうち、


<あぁ…>と。





彼女たちだけではない。


繁華街を歩いていて
やたらに目立った
ミニスカート・レディがいた。


地元民で間違いない風情である。




(<風もあるし、これは見えるでしょ>)



密やかなるインタレストを
抱いていたからして

目は当然向いていたのだが、


タイミング良く

一陣の風が吹いた。


次の瞬間

スーパー・ミニスカートはめくれ、

中が露になった。



しかし、中は

ダーク・スカイさながらの

ダーク・グレイのスパッツだったという
悲劇。



一騎当千スケベ・ダモシは


(<なんだ…。スパッツか…>)

と思ったのは言うまでもないが、


それがあったから
意識下にそのレディの存在は

残っていたのであろう。



その数時間後、

別の場所を歩いていると

またそのレディに遭遇した。



中身はもう知っているから
目は向けなかったが、



(<あ。あのミニスカートの…>



すぐに識別できたわけである。








夜も更けた頃合い。


小腹の空いたダモシは
ホテルから歩いて二分の
コンビニへ出かけた。


コンビニからホテルへ戻る

既に閑散としかけた
中心部のアーケードの中、


向こうから歩いてくるのは

またその
ミニスカートのレディ。





(<まだ歩いているのか?何をしているのか…>)


(<しかも、よく逢うよな、何度も何度も>)




不思議に思えた。





そして考えた。


熊本。
その中心部。




これはもう、


狭いこともあるが、


ここを歩く人々の行動形態が

ほぼ同じにならざるを得ない構造になっている

のではないか


と。





さもなくば、

地元民の遊び場でも
観光客の歩き場でも

何度も同じ人々と逢う

ということはあり得ない。




ニューヨークならば、まずあり得ない。


東京でも、そうであろう。




これはある意味で、

善し悪しは別とした

熊本市中心部の特性の一つではないか、と。





そう考えれば、


ビジネス・トリップで

宿泊するホテルを選ぶに際しても

立地と格で考えれば


そもそもが


・日航



ダモシが宿泊した

・キャッスル

あたりになるのが妥当で、

それゆえに
遭遇率は高くなる、と。





東京という基軸と結びつけた場合、

飛行機の時間も限られてくるから

そこでまた遭遇率も高くなる。



食事をする店もまた、

何でも良いのではなく
良いものを選択しようと思えば

だいたい

選択肢は限られてくる、と。




それこそ
ニューヨークのような

選択肢が多すぎる都市ならば

あり得ないことが

起こりえるのが熊本である

とも考えられよう。





それらに輪をかけて、


仮にその人も
ダモシにように


<非常口の横の座席>が好き

であれば、



機内でも遭遇することになるわけだ。





話を聞いた。

あえて、振ってみた。




<ワタシはいつも非常口の横を選ぶのですよ>

と。



すると、氏は言った。



<ええ、ワタシも、です>


と。






条件をつければ

選択肢が限られてくる環境。


そして

趣向の共通化。




これが重なっての、

不思議な偶然もしくは必然の

遭遇

と考えられよう。










*****









とまれ、


<ディスカバー・ジャパン>の旅は

今宵で終了した。




カメラ破損以外、

事故なく無事に終えられたことが

ひと安心である。




カメラは

すべての切り取りを終えた後に
破損するという律儀さも見せた。



無事の復旧を願う。








<ディスカバー・ジャパン>シリーズは

既載の通り、


まだまだ膨大に未掲載がある。



最新の熊本だけでも
数多くのコンテンツがある。





GWの合間に

少しづつまとめて掲載していきたい。





そして
<ディスカバー・ジャパン>シリーズは
いつものカメラでの画像掲載となるが、


そのシリーズ以外の寄稿

(「鎌倉・江ノ島・大磯の旅」含む)は、


しばしの間、


写真に関しては

"普通のデジカメ"画像になることを
ご容赦頂きたいところである。








もう眠らねば。





Good Night, and Good Luck.













posted by damoshi at 03:16| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

帰京

image/2009-04-27T21:45:101 羽田だ。 曇り
posted by damoshi at 21:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グッバイ、エモーショナル熊本







我が輩はいま、熊本空港である。



11AMから6PMまで
熊本城を臨むファシリティで
オフィシャル案件を済ませ、


タクシーでエアポートへ来た。



急ぎ食事を済ませて

メール等で
オフィシャル案件の処理をして

いま

ちょっと一服である。





image/2009-04-27T12:46:241




今宵の昼は関係者との会食ランチだったが、


それは
ダモシが度々記載する<円卓の論理>たる

チャイニーズ料理店。



ダモシが今回滞在したホテルの地下にある

その
チャイニーズ・レストランは
地元では知られる存在とのことで

熊本ピープルに案内された。




ホテルも熊本随一であり

目の前は熊本城。

オフィシャル案件も熊本城。



今回は

熊本といえども

約束の地である通潤橋は行けずとも


熊本城にどっぷり浸かった旅
と相成った次第である。






明日の霞ヶ関攻防戦を終えれば

基本的にダモシもGWに入る。



明後日からは鎌倉、大磯の旅で
連泊休暇となる。




もうひと踏ん張りの

<ディスカバー・ジャパン>。




過酷な連戦に

ダモシはまだ大丈夫だが、

遂に
カメラが壊れた。

ニコンのカメラが破綻した。



明日、修理に出る。








ディスカバー・ジャパンの最中は
各地の食を堪能したが、


とどのつまりの

そもそも論になるが、


結局は
最も多く食したのは

やはり

ニューヨーク時代同様に

チャイニーズ料理だった。




そもそもダモシは
チャイニーズ料理が最も好きなのであろう


ことを今回も示した。



寿司よりチャイニーズ。

ステーキよりチャイニーズ。




天敵だが、

料理と

その円卓の論理含めたところでの
チャイニーズ料理は


大好物ということが

改めて分かった、と。








熊本城。


ウルトラの父を

数カ所に

散骨した。




ようやく彼のホームへ還してあげることができた。



率直にうれしいが、いかがか。

本人が喜んでいてくれればなお、良い。





空港。

ものすごい夕陽が

阿蘇の西に沈んでいった。




時間的タイミングも良い。




グッバイ、熊本



である。





そろそろ搭乗だ。




羽田へ着いてからはダモフィーロで帰宅である。







See you soon.










posted by damoshi at 19:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ディスカバー・ジャパン-11 <奇妙なこだわり?>







1988年以来、21年ぶりの熊本。



日本三名城・熊本城のスケール感と

・カルチュラル
・ヒストリカル
・エデュケーショナル

三要素と

・エンターテイメント性を満たす

卓越した世界観は

時を経ても変わらず、



しかも今や

本丸御殿まで復旧完成しているという

強力コンテンツ。




武者返しの石垣を登った幼児期以来、

大学時代の1988年まで
複数回訪れた熊本城は


さらに凄みを増している、と。




これはディープに取り上げなければならない。


追ってGWに掲載する所存である。






まずは予告的に写真を一枚。


熊本城の一部を背景に

加藤清正公。





kj6.jpg








<ディスカバー・ジャパン>

においては、

たまたま城のある地を訪れている。



・甲府城(甲斐国甲府市)

・金沢城(加賀国金沢市)

・松山城(伊予国松山市)



そして肥後は、熊本城。




贔屓目抜きにストレートに、


熊本城>>>松山城>金沢城>甲府城

というランク付けになる。









そして、市内中心部。

その賑わいのポスチャー。


ディスカバー・ジャパンでは
大阪も訪れているが、


東京、横浜に並ぶ大都市である大阪は

別として、


前三者と熊本市内を比べてみる。



これも圧倒的に熊本市内の活気が

上回っている。




熊本>>>金沢>>>甲府>松山


といった具合である。





ここに
当初予定されていた博多が加わっていれば
どうなっていたか。



博多がダントツとなっていたと

想定されるが、


熊本も
驚くほどに動態があった。

夜遅い時間まで活気があった。




7PMで引けてしまう

甲府、松山。


10PMに引ける動態へ向かう熊本。



三時間の誤差はそのまま

都市部の活気の差となる。




(時期的に夜遅くまで開園している
 兼六園を擁する金沢は別扱い)。









*****








ところで、熊本。


街中を歩いていて

奇妙なサインを度々見かけた。





熊本の県民性なのか分からぬが、

まずは写真を三枚ご覧頂きたい。







kimyo1.jpg


挨拶、日本一。





kimyo2.jpg


カギかけ、日本一。





kimyo3.jpg


巨大書店。







思わず笑いが漏れるサインである。


最初のものは某中学校。

二番目はポリス。

三番目はダイエー。






<挨拶、日本一>のサインの近くには

ご丁寧に

<おはようございます>のサインもある。




日本一と謳うのならば、

この中学校は
相当、挨拶がきちんとできるのであろうか。


試してみたくなり、


<ようっ!>と声をかけたが

逃げられた。




残念だ。






二番目の、<カギかけ、日本一>。


一体これは何なのだ、と。



何のカギなのか。

家のカギか車のカギか、あるいは。







この両者、

何をもってして<日本一>と豪語するのか。




全国中学校挨拶選手権や

全国カギかけ選手権が開催されているのか?

と。



それに優勝したから

日本一と謳っているとしか
考えられぬが


いかがか。



どうせなら、世界一を目指してはいかがか、と。





奇妙なサインであった。




その足で歩いていると

また奇妙なサインに出逢った。


ダイエーの建物に下がる垂れ幕は、

<巨大書店>と謳っている。



注釈を見れば

"フロアすべてが書店"という
サブコピーが付いていた。



ダイエーの

一つのフロアすべてが書店。



そもそもこのダイエー。

とても大きいファシリティには見えない。

フロアの広さは想像に容易いレベルである。



それとも中は

どこか別のファシリティと
つながっていて、

ものすごく広い面積を持っているのか?




そう思い、足を向けてみた。




書店。

狭かった。



とてもとても<巨大>と謳うには

こちらが恥ずかしくなるほどの狭さ。



いったい、どこが巨大なのか、と。


比べるのも申し訳ないが、

新宿南口の紀伊国屋書店の
1/50程度しか




ない。





にも関わらず<巨大>と宣言する書店。






<なにをもってして、巨大なのか…>





ダモシは一人悩んでしまったわけだが、

同時に考えたことは、

前の二者も
誇大広告なのではないか?

という危惧である。






<巨大書店>が、

まったく巨大ではなく

それどころか"狭い"という悲劇に遭遇すれば当然、





<挨拶、日本一>も

実は

全然挨拶なんぞ出来なくて

皆が皆

逃げてゆくのではないか?


と思い、




<カギかけ、日本一>も

単なる目標に過ぎず、


実際には
県民はカギをかけ忘れる習性があるのではないか?


と思ってしまったわけである。





つまり、


それに関して

著しくレベルが低いから、


逆に

<日本一>と謳うことで

(実際には"目標")、



皆がそれに近づこうという


単なる一つのテーマなのではないか、と。







そんな穿った見方をしてしまう

様相であった。






あるいはそれは、


県民のこだわりなのであろうか。




<日本一>や<巨大>という

突出した何者かたらん

という

熊本のこだわり。






通常、

日本一の玩具店

日本一のビデオ店

等々と用いるであろう。





熊本の奇妙さは、


日本一の対象が


<挨拶>だったり

<カギかけ>だったりしている点である。















posted by damoshi at 01:06| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月26日

熊本城

image/2009-04-26T13:24:231


エモーショナル熊本城に

やってきた。


加藤清正公に

挨拶した。



ダモシは

歴女ではない。





曇り
posted by damoshi at 13:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朝からシウマイ







5:30AM過ぎに起きて
ワイフ特製野菜ジュースを飲み、

一路、

第三京浜&首都高を走ること
約40分。



羽田エアポートに到着した。



もう
朝っぱらから羽田空港は

大勢の

旅行不慣れな人々
=
連休などに気負って旅行する人々

が。




不慣れな彼らのせいで、

単なるセキュリティ・チェックも
いちいち流れが遮断されてしまう。



だからイヤなのだ。



高速道路割引も

ダモシはそもそも大反対していることは
以前も記載したが、


これも、そもそもだが、

こういった大型連休はある意味で

迷惑である、と。





高速道路割引も

大型連休も


とどのつまり大混雑や大渋滞を
招くだけで、


人間に

心理的/精神的ゆとり

としての

休暇を与えることにはならない。




ニッポンは、ほとほと

おかしい。





しかも

よりによってANAもANAで、

わざわざ混むと分かっている時期に
無理矢理行う道路工事&予算消化のための掘り起こし

に等しく、



わざわざ

この
混雑すると分かっているこういう日に


研修生に

チェックインを任せたりする。



そんなことだから

ダモシに怒られるのである。




<いつも通り、迅速に、ぱっぱっぱっとやってくれ>

と。



こちとら忙しいわけである。





とにもかくにも

流れ遮断や

ペースのスロー化は

ダモシにとっては
認めることができない

許されざる事態なのである、Time Is Money.






しかも熊本行。


なんとまあ、

例の
"北の某"で見られて散々揶揄した


<タラップ上り下り>の

可能性が出てきた。





なぜなら羽田の中の

熊本行き出発ロビーが

<バス>で運搬の位置にあるからだ。




もうしばらくすれば、

バスで

タラップの下まで運ばれるのであろう。




そして

ダモシの忌み嫌う


<タラップ>を登らされるのであろう。







まったくもって

現在のところ

ダモシの心理的消費者便益を


・羽田空港



・ANA



満たしていないといった状況である。





機内の座席はいつものように

非常口のところであるからして、

CAが
お○さんでなく
愛想が良く

上空も条件が良ければ


と願うところである。






まずは口直しに


朝からシウマイ弁当を食したダモシであった。







siumb.jpg














posted by damoshi at 07:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

甲斐国のざらし紀行、完了〜五分を上とし、七分を中とし、十分を下とす







ぶっちゃけ、

と断りを入れるまでもないが

今宵のサタデーもオフィシャル案件で
よふやく今しがたデスクを終えた。



今週は、二度の甲斐詣。

それ以外の日は
vs.霞ヶ関
ということで、

相変わらずの疲弊である。





霞ヶ関。

大阪の知事に対する好き嫌いは
何も持ち得ていないが、

あの知事の気持ちは理解できる。



霞ヶ関は
それほどまでに伏魔殿であり、
クセ者である。


対峙してみて、より実感する。



地方。

東国原・宮崎県知事も
橋下・大阪府知事も

いずれも

地方にいて
霞ヶ関と対峙している。



ある意味で
ダモシの"北の某"の世界である。


"北の某"と

ニッポンの
宮崎や大阪は異なるであろうが、


いずれもローカルという点を
共通項とするならば、


<ローカルは、だからダメなのだ>

という限界と、


<何でも霞ヶ関が決めるのは間違いだ>

という正論、


双方

理解できるのが今のダモシである。




ダモシと
東国原、橋下両氏との明らかなる差異は、


ダモシは

ローカルにいて
対霞ヶ関を行うことの限界と、

ローカルにいてそれをやる過程での
そのローカル地元の
これまた無頓着&のんびり&イノセント性から

バカバカしくなってくることでの限界

を感じたことで、一刀両断。



対中央、対霞ヶ関を行う場合、

己もまた
そのセンターステージ

つまり

東京にいなければ

ラチがあかないぞ

と痛切に感じたことであり、


今まさに
昨夏から東京にいるというわけである。





中央の人間として

甲斐国その他を行脚して
コミュニケーションしていく中で、

現場
すなわちローカルの正論を
胸に受け止める。

その通りだ、と。

まさに理想論だ、と。

分かっている、と。



それをもってして

対中央、対霞ヶ関という観点で

<現場(ローカル)の声>を代弁して
対峙するわけだが、



ほとほと

中央とローカルのギャップ、温度差には

呆れるばかりなのである。



これでは

一つの国として破綻しているな、と。


ダメだな、これは、と。



それほどまでに

ドラマティカリーな認識の違いや温度差がある。


これが実情だ。




ぶっちゃけ、



また断る必要もないほどに

常に忌憚なくモノを書いている/言っている
ダモシであるが、


ここでまた忌憚なく言えば、



中央&霞ヶ関は
現場を知らぬボンクラである、と。


しかしその一方で
ローカルはローカルで
"北の某"よろしく

常に中央のせいにばかりしていて

文句ばかりで

・自分たちで何かをしようとしない
・その努力の度合いが薄い
・手法が稚拙
・村的に自分たちだけでかたまっているだけ

という限界を持つ

例の

<イノセント性>に陥っている

これまたアンポンタンである、と。





いずれも

川中島ではないが

一度とことん
男なら戦った方が良い、と。





趨勢を肌で感じている中で、

ダモシが得ている感覚は


いずれにせよ
ダモシ論であるが、


<ローカルにいてローカル発信で改革>

ではなく、

最も難儀な手法である

<中央にいながらにして、
 ローカルに目を向けてローカル重視で
 物事を動かしていく>

というイデオロギーである。





<地方(ローカル)重視>。



これは
そもそものダモシ論である。


過疎含め、ローカルをないがしろにしてはいけない。




だから、

己は山奥だの過疎だの限界過疎だのに

足を運ぶわけである。





中央にいて中央しか見ていない
霞ヶ関と


中央にいて
地方重視てローカルを見る
という差異は


これまたドラマティカリーであり、


ニッポンの難しさともいえよう。




むろん
手厳しく言えば

ローカルはローカルで

もっと自分たちで努力が必要である、と。



忌憚なく、

その手法は稚拙すぎる。世間知らずすぎる。

それがローカルであることは言うまでもなく、
だからバカにされるのである。





ローカルにはローカルの、良いものは多々ある。


だが、
その良いものを
良いとしか思わずに

何らインプルーヴせずにきた。


そして

外を知らずに
外を学ばずに

そこにあるものだけがすべて

という思考回路で

時代を経てきた。


遅れるのは当たり前であり、

その点を中央の責任にするのは
大きな間違いである。






そして

それは甲斐に限らず、

厳しいようだが


金沢も松山も同様である。

県庁所在地のローカル都市で
都市人口40-50万人規模の
<金沢や松山でさえ…>

というネガティヴな感覚は


ダモシは普通に抱いてしまったわけである。



それは別国だが、

都市人口100万人規模の
"北の某"首都のサツホロなどは


もっと劣悪に

<何だこの酷さは…>と感じるほどであったわけで、



つくづく

物事が迅速に動いているのは
東京と神奈川(横浜)オンリーだな、と感じるわけである。



要するにロジスティクスである。



精神的なロジ
心理的なロジを含めたところでの

人間の動態としてのロジ
マーケットのロジから

とどのつまりの物流のロジまで。



これらが

ニューヨークのような
世界的ペースで動いているのは


ニッポンでは

東京と横浜だけ

という世界である。




文句を言うなら努力しろ。

努力しないなら
永遠にそのままでいて、
文句を言うな。



これが

ダモシのローカルに対する

忌憚のない感覚である。




まずは何事も努力である。


努力なくして成功なし。



例の格言、


<努力した者すべてが成功するとは限らない。

 だが、
 成功した者は皆、努力した>


である。




この部分に対する意識レベルの低さが

ローカルにおける致命的な欠陥である。



それは現実であるからして
厳しく言っておきたい。







momo3.jpg



景色と空気だけは良い、ローカルの過疎。


昨日行脚したエリアから一枚。


要するにこういう世界観である。

コンビニも病院も、ない。
それでも人は住んでいる。
それでも人は生きている。


それなのに

必ずあるのは郵便局。














*****










木曜は夜遅くまで
霞ヶ関に缶詰となり、


帰宅後にまたデスク処理して明け方眠り、

少しだけ眠り向かったのは、


甲斐国。






金曜日の昨日が、

基本的なところでの

甲斐国行脚の大トリと相成ったわけである。





二月初旬から数えて三ヶ月弱。


何度も足を運んだ甲斐国。


結局、その首都・甲府においては
好天が一度とて崩れなかった。


これは

よほど

ダモシx甲府の関係性が

良好なものといえる象徴的なシーンであろう。




今週も
甲府を行脚した水曜日は

絶好のサニースカイで真夏日。


だが

甲府以外の
富士五湖エリアと都留、大月、上野原を
行脚した昨日はダークスカイに冬のような気温。






<甲府はいつも晴れ>。



これが今やもう

定説となった。




それもひとえに

二月初旬の
甲斐国行脚初日に


武田信玄公スタチュに真っ先に挨拶し、

武田神社に詣でたことへの

ご利益であろう。






信玄公の、



<他の地方へ往かず、

 まだ終わってないぞ甲斐国は。

 まだまだ来い、ここへ>


という指令を察して、



"北の某"などをスキップしたダモシ。



それを迎えたのは

今週の甲府の真夏日のサニースカイ。







ダモシは

甲斐国行脚終盤、

甲府フィニッシュの際に

信玄公から言葉をかけられた。






<戦は、
 五分を上とし
 七分を中とし
 十分を下とす>


と。




さよう。








甲斐国行脚最終日(昨日)を前にした

甲府最終日の水曜日。




最初の最初からずっと目をつけていた

甲斐国土産に

遂に手を伸ばした。




その名も<信玄桃>。



ワイフに言った。



<これは、二月行ったときから
 ずっと目をつけていたものだ>


と。







momo.jpg





momo2.jpg






お分かりの通り、

これは果物の桃ではない。


桃のおまんじゅうである。


しかしいずれも美味。


甲斐国は

ほうとうに始まり
ほうとうに終わると思っていたが、


途中、


ほうとうという文字と響きだけで
吐き気をもよおすまでに飽きたため

もう

しばらくそれは食していない。




ほうとうに始まり、

・富士ちゃん(ぬいぐるみ)以下、

エリアの特性菓子土産を挟み、



最後は


<信玄桃>でフィニッシュである。











*****










甲斐国。


その行脚したエリアを塗ってみた。





ynashi.jpg




桃色を薄く敷いたエリアが

すべて行脚したところである。



むろん

それぞれのエリアを
一度だけ行っただけではなく、


何度も行き、何度も走り、

ルートも異なる動き方をして、と


まさにもう
地元民にも負けないぞ



その道路や山奥の位置関係等

自信を持っているほど

詳しくなった。






このエリアだけでも

メジャー級が多々あることに驚く。




それこそ

度々登場する

・甲斐善光寺

はもとより、


・武田神社
・甲府城

・本栖湖
・西湖
・精進湖
・山中湖
・河口湖

・浅間神社

・忍野八海

・猿橋


そして

・霊峰富士。




まだまだ、ある。

・リニア新幹線実験基地


などなど。






<ディスカバー・ジャパン>同様に、

甲斐国の
<のざらし紀行>分も

まだまだ未掲載が山ほどある。




それだけ

甲斐国は甲斐国で

コンテンツ的には素晴しい

と認めることができるわけである。




だが、前述の通り、

ダモシではなくとも

過去の偉人が言う通り



<山梨は富士山があるから、ダメなのだ>


という

とどのつまりの

<ローカル=努力と工夫ができない地>論は

誰も否定できない。





Do The Right Thing.

正しいことをしよう、と。


その素晴らしさを正しく伝え、

正しく認識して頂こうという努力。


その良さを
さらに良いものとするように
努力しよう、という覚悟と想い。



且つ

それが仮にあったとしても

遂行できない

(手法を知らない=世間知らず)

哀しさ。




それが

甲斐国のみならずの

ローカルの限界であり致命的な欠陥である

ということである。





ほとほと、


"北の某"がそうだったように、


悔しかったら創意工夫しろと、という世界である。


さもなくば、

そのままで良いと思うならば

中央にコンプレインするのはやめなさい

ということである。






コンプレイン=己も努力する


という方程式を

強く理解しなければならない。





こういうことは好き嫌いではない。


好き嫌いや理想論で

論じていくことほどムダなことはない。



すべてにおいてクールに

リアルに忌憚なく。




やるべきことをやっていく上では

それが重要なのである。


ムダの排除と合理化。

やるべきことのプライオリティを

分析の上で
適切に抽出して、

それを遂行するためのストラテジーを立てる。

それを
立てたならば、

その根底にあるフィロソフィーと重ね合わせ、

いかにしてタクティクスへと結びつけ

粛々とそれを遂行するのみ
とするか否か


である。





タイム・イズ・マネー。


なんびとも、明日死ぬかも分からないのである。







damofiro2.jpg




damofiro1.jpg




甲斐国内各所に出没のダモフィーロ。










*****









いよいよ、という気持ちが

偽らざる心境である。




熊本。


明日、早朝拙宅を出て
ダモフィーロで羽田へ。


朝一番の飛行機で熊本へ上陸する。






<ディスカバー・ジャパン>ファイナルは、

熊本。




ウルトラの父のホーム。



97年の逝去以来、

ニューヨーク
ボストン
ミシシッピ川

などへ散骨したが、


最も重要な熊本へのそれは

していない。


しかも
ダモシ自身も
逝去以来、一度も足を踏み入れていない。

ウルトラの父も
ベッドに伏す前から

しばらく足を踏み入れていなかった。





1988、夏。


ウルトラの父と二人で
最後に熊本の地を訪れた時。



以来、

21年ぶりの熊本である。




むろん、ウルトラの父を連れていく。


そして
二人で何度も行った熊本城に

散骨する。



本丸の本丸である<通潤橋>は

今回は足を伸ばせない。


ここはまた
完全プライベートで

ダモシが死ぬまでには訪れたい。

訪れなければならない。


ウルトラの父を生まれた地へ返すためにも。




まずはホームの熊本である。


ホテルも同地で最優秀と誉れ高い宿をとった。

まさにそれは熊本城。



どっぷりと

400年浪漫・熊本城と対面し感じ、

ウルトラの父を戻したい。






今回の
<ディスカバー・ジャパン>という旅路で


最もセンチメンタルにして

最も緊張し

最も込み上げるものがある

地が、


大トリになっていたということもまた、

デスティニーであろう。






東京は現在、大雨。


<ディスカバー・ジャパン>旅路は

甲斐国内の富士五湖や都留を除き、

各地はすべて晴れだった。




明日は、晴れるであろう。


否、晴れるべきである。









21年ぶりの熊本。

パッキングはこれからだが、

資料等の準備は万端。




既にホテル側が郵送してくれた。







kumamoto1.jpg






これからパッキングである。































posted by damoshi at 22:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月23日

スカイ







相変わらず、オープン24hである。



一昨日3AM
昨日4AM

がベッドイン・タイム。

そして
朝も早く起きている。


今宵はもう限界で
身体が眠りを求めている。



今週の旅路の予定が変わった。


・名古屋
・長野
・琉球王国


はスキップとなり、


武田信玄公の

<未だ終わってないぞ。来い>

という言に、

今宵と金曜日は
甲斐路と相成った次第である。





よって
ディスカバー・ジャパンは、

日〜月の

熊本にてフィニッシュとなる。





意識的/流れ的両面での
土地スキップだが、

考えてみると

スキップした地は

意図的に避けたか
縁のない地となっていることは

不思議である。




行く必然性があった
or
痛切に行きたいと感じていた



・大阪
・金沢
・四国初上陸の松山

そして大トリの
・熊本


は、すべて行っている/行く。



因縁の
・北の某国
・名古屋

は回避が必然であり
且つ意図的でもある。


・広島
・長野
・琉球王国


これは縁がないのであろう。


広島は
ニューヨークからの出張で行った
という希有な事例が強烈すぎる。

今、行く必然がなかった、と。


長野もまったく縁がない地である。

いよいよ行くのかと思っていたが、
案の定、案がなかった。




そして琉球王国。


これは98年以前も、

今年も

プライベートでの旅で行く計画を
何度か立てながらも

結局一度も実現していない地である。



それは
ニューヨーク時代のパリに等しい。


パリもまた
ダモシ&ワイフの間で

92年以来、

何度も何度も行く寸前まで
話が進んでいながら


いずれも

なぜか行かなかった。





こういう地はあるのだ。


縁がない地はあるのだ。


実際に。




ダモシの場合、

海外でいえば

・パリ(フランス)
・ナハ(琉球王国)


がまずは挙げられる二箇所となるのだろう。




とりわけ

なぜか
何度も行く計画を立てられている
琉球王国に関しては、

ダモシ自身は

興味がない


のである。



とどのつまり興味がないのだ。

琉球王国に。

そして
まずもってイズムが合わないのは
容易に想像がつくから

意図的に避けているということも
いえよう。




パリも同様か。

パリの場合は、
当然ながら
琉球王国よりも圧倒的に興味はあるが、


これまでも

行く寸前で

結局は北米勢の各地

〜とりわけフロリダに〜

負けている。




どちらか二者択一になれば、

琉球王国よりも
圧倒的に山口県、

パリよりも
圧倒的にマイアミ、


となるわけである。




そして

琉球もパリも

いつもチョイスされなかったという
ヒストリーがあるわけだ。




だから

今回、

長野はもとより

琉球もスキップとなったのは

必然でもある、と。






熊本との大トリでの一発勝負。



これが
ある意味で
ディスカバー・ジャパンの


フィニッシュに相応しい構図であろう。



なにしろ

ウルトラの父のホームであり、

逝去以来
ニューオーリンズ筆頭に


各所へ同行し
散骨していながらも


未踏の地であり

最大マストの地である

熊本なわけだからだ。








さて、甲斐。

のざらし紀行。




先般、

ダモシx甲斐国の関係性の方程式が

崩壊したことは記載した。




つまり
サニースカイ&好天の連続記録が途絶えた、と。



ただし

それには注釈がある。



あくまでも雨に見舞われたのは

・上野原
・猿橋
・大月
・都留


である、と。




あの、

善光寺を基軸とする

甲斐国のざらし紀行の本丸である


<甲府>に関しては

驚くほどに



<甲府はいつもサニースカイ>

という様相を呈している。




久しぶりに甲府に"帰った"ダモシを

甲府は
見事なまでのサニースカイで

迎えてくれた。





<ダモシx甲斐国首都・甲府>

の関係性においては、


未だ好天の連鎖となっている、と。





今宵も見事なまでのサニースカイ。

七年に一度の勝縁。

そして
最初の邂逅で
武田信玄にリスペクトを示したことの
恩恵か。






今宵の甲府、サニースカイ様相を掲載し、


閑話休題のみの掲載で
今宵はもう就寝とさせて頂きたい。








sny3.jpg





sny2.jpg




sny1.jpg





sny4.jpg





sny5.jpg







甲府の青空は

まさにサニースカイ。

そして、高い。




甲府の空は、スカイハイである。





















posted by damoshi at 01:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月19日

ディスカバー・ジャパン-10 <静かな村に、世界最速マグナム>







甲斐国都留市。


人知れぬマイナーな山間の地に
ものものしい施設がある。

そういう地だからこそ、
存在し得るものである。





東京(首都圏)-名古屋(中京圏)の
2025年開通を経て、


東京-大阪という
東西首都圏をストレートに一時間で結ぶ
ことになる


中央新幹線。




東京を起点とするそれは

難所である南アルプスを貫いて


・甲府エリア

・名古屋エリア

・奈良エリア

を経由して

大阪へ

短時間で結ぶ

夢の超特急である。





昭和の時代の或る時期における

<夢の超特急>の代名詞はむろん、

東京-大阪間の新幹線ひかり号だった。



もはや現代にあっては、

世界の夢の音速旅客機コンコルドの破綻
に代表されるように



乗り物への<夢>は尽くされた感があった。





だが、

南アルプス横断という夢と

世界最高速度の列車(新幹線)というそれ、


且つ

東京-大阪をわずか一時間で結ぶというそれらへと

生き残っている。











*****








現在、

東名高速道路は

第二東名が建設中である。



慢性渋滞の東名高速は、

もう一つの東名高速ができることで

普通に考えれば
渋滞解消と
スムーズな進行が実現され、


人々のストレスは軽減されるであろう。


それに伴いそれぞれのデスティネーションへの
所要時間も激変する可能性がある。




新幹線。

東京と名古屋、大阪を結ぶその路線の基軸は

東海道。



首都圏から
同じ西へ行くにも

甲斐国は常に

山の存在によって避けられてきた。




首都・甲府を筆頭に
甲斐国の
ここがディスアドバンテージになっている。



つまり

・エアポート
・新幹線駅

いずれもが

存在していないという
アクセスの悪さ

である。




<ここに新幹線停車駅か 
 エアポートがあれば、
 どんなに楽だろうか>




甲斐国からニッポン各地への移動を目論んでいた
遠征中のダモシは

嘆いたものである。



例えば名古屋-松山ならば、

名古屋に泊まった翌日に移動で
松山へ行くことができる。


だが、

甲斐国から仙台や松山となれば

いったん
東京に戻ってから
羽田や東京、新横浜へ出て

そこから移動しなければならない。





甲斐は、かくも便が悪いわけである。



それがまだ大月や都留であれば良い。

八王子という
"一応、東京"に近いからである。



ところが

その首都・甲府ともなれば
甲斐の奥に入っていくために

至って便は悪くなる。


進めば長野、戻れば東京。

その
いずれもが
中途半端に距離が長いという点が

ロケーションとしての

ディスアドバンテージとなっている。


とはいっても
上野原、猿橋、大月、田野倉、禾生、都留が
良いかといえば

逆でもある。


それらのエリアは要するに

ヨコはR-20(甲州街道で東京方面)
タテはR-139(富士五湖方面)

という幹線道路沿いではあるがしかし、

それぞれから
横へ一歩進めばもう山間部となってしまい、


ローカルの地域部及び過疎部が

広がっているわけである。



山間を一歩間違って進路をとってしまうと、

ダモシが
そうなってしまったように

北東方面へ誤ると
"一応、東京"の桧原村という

またもや僻地へ至ってしまう。




それならば、

西は避けるべきだが

誤るならば
せめて東南へ進路をとれば

やがて

富士五湖と富士山へ辿り着き
明るい東名高速ラインの
御殿場へ出る方がベターである、と。





都留はいわば、そんな地である。





都留と初邂逅したのは、

今年の二月。




<いわゆるこれが、
 ニッポンのローカルだな>と。


コンビニエンス・ストアは、
ある地点を最後に姿を消す。


むろん山間には、存在しない。


家もぽつりぽつりと出てくるのみ。

病院も見当たらない。
いったい、最寄の病院やスーパーマーケットは
どこにあるのか


という世界観。





tsurutsuru.jpg







こんな中を延々と走るわけだが、


かような過疎部で
いきなり得体の知れないファシリティに
遭遇する。



油断しているわけである。


車も人も、家もない。

<フリー>な意識で
密室という自動車内にて

己のじぶん時間を走っているから

<他者>の存在に対する油断がある。





言葉は悪いが、

<こんなところ、動物くらいだろう。
 突如、現れるとすれば>


といった油断である。






totsujyo.jpg





トンネルを越えると、

突如現れた得体の知れぬ巨大な

"何か"。




<ん?>と。


<中央フリーウェイはここではないだろう>

<何だ?これは>と。





何もないローカルに現れる

"国家的なモノ"と思われる何か。



エリア51的世界観。


秘密基地ポスチャー。







それが通っている方向へ誘われる。


アダプトされた感覚で
無意識のうちに
その方向へひたすら車は走らされる。






と、


辿り着く先は




rin1.jpg



やはり

山奥の

人知れずの

秘密実験基地。





その正体は、


rin3.jpg





中央新幹線
<リニア実験線>の見学センター。









*****








ダモシが渡米する前年に

実験走行を開始した
現代に残る夢の超特急・中央新幹線。


ニッポン不在時に

すれ違い走行実験成功や
当時の世界最高時速記録樹立を経て


2000年3月に

<実用化へ向けた技術上のメドは立った>

と公式発表。




2003年には
またもや世界記録となる

581km/h走行を実現。



翌年には
相対1,026km/hでの
すれ違い走行に成功し、


05年、

<実用化への基盤技術が確立>された。





その中央新幹線で使用される

JR東海の英知結集である
<リニア・マグナブ>が連日走っている姿を


目の前で見ることができるミュージアム。





それがこの山間の秘密基地


<リニア実験線見学センター>である。






rin2.jpg



rin4.jpg










*****








米時代。

メジャーリーグのオールスター戦。


そして
旧ヤンキー・スタジアムでのプレイオフ。




それぞれ
そのゲーム前の国歌斉唱。


ハイライトに差し掛かると同時に

飛来する
米空軍の戦闘機。



その異次元のスピードと轟音に

ダモシは
思わず身を屈めて恐れおののいた。


心臓は高鳴り

リアルに恐怖を感じたものである。





古くは

ちびっこだった大阪在住時代、

東海道新幹線ひかり号の
走る姿を

近所で見て畏怖を覚えた。




そういう恐怖と畏怖はもう、ない。

なくなる。

齢を重ねただけではなく、

それは時代のせいでもある。



技術も行き着くところまで来ている。


飛行機や鉄道、船には限界がある。




だが、

残されている限界突破は

中央新幹線が

その一つとして

厳然とここにある。





そして、

ちびっこ時代と米時代に

それぞれ
新幹線ひかり号
米空軍戦闘機

に感じた恐怖と畏怖と同じ種類の



心臓の高鳴りと驚愕、


そして

思わず身を屈めるポスチャーに至らしめた

存在が、


このリニア実験線であった。





恐ろしい。


これは恐怖である。



まず始め、

予期していない時に

それは突然走って来て
一瞬にして去った。



その0コンマ数秒の間の

轟音と爆音、

そして
ものものしい大地の揺れと風。






<ん? あっ!>

と感じると同時に

襲いかかってきたリニア。



そして
その存在を確認して

目で追うが、

それはもう姿を消している。





<なんじゃ、こりゃ>と。






次は事前に用意しておいて、

それが
"飛んでくる"のを待つ。


自慢のカメラの連写を浴びせて撮ろう、と。




そして姿を捉えた中央新幹線。





rin5.jpg




rin6.jpg





rin7.jpg




rin8.jpg






有人走行時速581km/hで走り去る
"マグナム"を

ほんの一瞬だけ
視界で捉えることができた。






その驚きと同時に抱いた懸念。



それは
こんなに速い電車に
人が客として乗ることができるのか

ということである。




且つ、


車両に搭載された
超電導磁石と

地上側にあるコイルとの間の


<磁力>


によって10cm浮遊した状態を
生み出すことで

驚くべきスピードを出しているわけだが、


その
磁力自体の

人間の思惑が行き届かない部分
(科学を超越した世界)で

紙一重の狂いによって

爆裂スピードそのままに
宙に飛んでしまわないのだろうか

という懸念。





senro.jpg


磁力を発する線路。




いわゆるマグネタイズド。

すなわち
ニューヨーク時代に
インタビューした外国人アーティストの
発した

ニューヨークを表す言葉だが、



ニューヨーク同様に

このような
マグネタイズド(磁力で引き合う関係性)は、


ちょっとした弾みで

紙一重の歪みが

膨大な事故やトラブルを生むことがある。




それに対する懸念である。



科学自体は、
経験則に沿って実験などでもロジック立てて
成立するジャンルだが、


とはいっても


医学同様に

人間の経験則と実験では
計り知ることのできない


ロジックや概念を超えたところでの


"何か"があるような気がしてならないのである。




大自然の驚異同様に
驕ってはいけないと感じるわけだが、


ダモシごときの
そんな心配なんぞ分かり切っているよ

とばかりに、



JR東海は慎重さと時間をスペンドして

多くの実験を重ねきているわけである。


昨年時点で
累計での実験走行距離は

何と60万kmを超えた。








甲斐国・都留市にある
この実験センター(見学センター)では、


5〜10分間隔で走る
リニア実験線を見ることができる。


交互に

東京側
山梨側

それぞれから

走ってきて、



一瞬だけ

人間の視界に捉えさせる。






rin10.jpg





これを見ても分かるように

<現在地>と記された山間の空白でのみ
我々に目撃されるリニア実験線。



それ以外は、山の中を走っているわけである。






甲斐国内の実験線総延長は18.4km。

トンネルが16kmで

姿を現す明かり区間は
わずか2.4km。




2.4kmの距離を

時速581km/hで走り抜けるのである。




それはそれは強烈この上ないわけである。






rin11.jpg



rin9.jpg




資料展示室には車両のモデルもある。

このフォルムこそ
世界最高時速を生む
一つの象徴であろう。






rin12.jpg




rinmuseum.jpg







夢の中央リニア新幹線。



東京〜名古屋間に入る駅はどこになるのか。

甲斐か長野か。


いずれにせよ南アルプスを貫いての
ストレートな行程が
現実的といわれている中で、


甲斐は甲斐で
その国内だけでも停車駅を争うことになる。




実験を重ねている都留か。

はたまた首都・甲府か。

あるいは身延か。




甲府は実は
それが走ったとしても
そこからのエクスカージョンが悪い。


都留の場合、

そこから富士山/富士五湖へ向かう
R-139、中央フリーウェイと平行して
活用することができよう。


つまり東南(静岡方面)へ連動することができる
わけである。



それは身延も同様で、

JR身延線と
タテに延々と続くR-52並びに

現在進行形の
中部横断自動車道との連動で


南は静岡
北は長野

とリンクすることができる。




甲府は分が悪いであろう。


都留が仮に
中央リニア新幹線の


東京の次の停車駅となり

その後は名古屋

となれば、




一気に一般ゼネラル・インタレストを享受
することになると同時に、


メジャーになる好機がやってくる。



そうなると、

それはそれで
<都留に詳しくなった>ダモシとしても


何となく嬉しいところである。






東京-名古屋が30分程度、

東京-大阪が60分程度となれば、


これはもう

出張とか旅という世界観から

オトナの遠足&お散歩へと

その関係性は変化するであろう。



それこそ、その時間的スペンドは

<通勤圏>になってくるわけである。









:::::




<リニア実験線見学センター>


山梨県都留市。

中央フリーウェイ都留ICで下りてから
R-139を大月方面(東京方面)へ上がること

約20分。


禾生駅を過ぎたあたりで
左折してからは
案内に従い車を走らせること約5分。



入場:無料

リニア走行は5-10分おき。

屋外からも
室内上階の展望室からも
その驚異の走行を目撃することができる。





平たくいえば


これは本当にすごいですから、


ぜひ一度お試しあれ。






mura.jpg



静かな村に、リニアが走る。








posted by damoshi at 17:17| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

皐月でブレイク、アントニオ





周囲でダモシを見ている面々や、

間近にいるワイフ&ジュニアは

あまり
ダモシが疲れているとは
思ってくれていないようである。



タフだ、という前提があるからであろう。



だが、疲れている。

でも、このウィークエンドも
小さい子供がいる家庭の父親なら
共通であろうが、

疲れていようが

早起きは三文の得的として

自発的/強制的ともに

早起きする/早起きさせられる。




<眠い。もっと眠っていたい>

と感じるムキもあろうが、

ダモシの場合は

タイム・イズ・マネー思想が
根づいていることで


一秒たりとも

といった世界で
ムダの排除を心がけているからして、


ポジティヴに早起きするわけである。





どんなに疲れていても


・子供と遊び

・週末の食料品買い出しに
 車でファミリーで出かけ

・歓談し

・時に共にテレビを観


といったロールは担っていく、と。



それらが<合間>なのか

ダモシのじぶん時間が<合間>なのか

判別はつかぬが、


いずれにせよ

土日はさらに

やることが膨大に増える。




だから

AM早く起きても

眠るのは
また次の日のAMになる。




上記のファミリー・マター以外にも

己が旗揚げ団体のメンバーとの
メールでのやりとりや

現在関わっている案件のジョブ、

己がライフワークのジョブ、

旅路の行程分析や
ホテル予約、


読書、

食事にバスタイム、

部屋の清掃、


その他、

一秒たりとも

"何もせずにボーッとする"時間は

ない。





それこそ目を閉じて横になる10秒前まで


<時間が惜しい>と

様々なことを行っているという

趨勢や癖は、


元来である。





<ヒマだなぁ…>

ということは、

あり得ないのである。






人生も仕事も恋愛も何もかも、


すべてのやるべきことややることは


己が見つけるべきことである。




何をすれば良いか、

何をすべきか、

ではなく、



やれ、と。


とにかく

目の前にあることと

未来や夢のことを

常にやれ、と。



やることは山ほどあるぞ、と。



そういう思想である。




そんなだから

ジュニアも確実に遺伝子を受け継いでいて、

ベイビー時代からそもそも
夜遅くまで起きていた彼は、

幼稚園に行ったり
空手に通うことで

疲れもあろうに、



<時間が惜しい>


<一分一秒でも長く起きていて、
 自分のやりたいことをやっていたい>





夜遅くまで起きている。



そもそも

23時、24時まで起きている
幼稚園児なんぞ、いないであろう。


しかも

朝とてそれで6AM台に起きるのだから、


笑ってしまう。




<もっといっぱい寝ろよ?>

と言うものの、


親であるダモシ自身がこうなのだから

説得力もない。






常に何かを模索し、

同時に
目の前にある
出来得るすべてのことをやろうとする

ジュニアの
"そもそも論"的イデオロギーは、


確実にダモシ譲りである、と。



だから、そのトライはダモシは否定できないのである。


極論だが、


ムダだと思えば
授業中に寝たって構わん、と。


その分、

己にとって有益なことは
どんどん
じぶん時間で、

<定められている時間>という軸を

超越したところで

やれば良い、と。







今朝も3AMに眠り、7AMに起きた。


OFFくらい寝ていれば、

という観念はないのである。



OFFもONだからだ。




それでも疲れているのは当然だ。



優しい

ダモシの"ダチ"は言う。





<もの凄いですね>と。


ダモシの最近のスケジュールを見て、


<昔の特任三郎を思い出しました。

 「24時間戦えますか」を超えていますね(笑)>


と。



そして彼は言う。



<疲れていて、普通ですよ>と。



うれしくもある優しい言葉である。




ワイフは逆に

ドライビング中のダモシの居眠りを
強烈に懸念し、

優しい言葉を投げかける代わりに、



勝手にドクターに予約をとった、という。




どうやら

ダモシのドライビング中の居眠りは
深刻なようで、


無呼吸症候群の可能性がある、と。



実際、

睡眠中のダモシは

ワイフによれば

イビキをかいたと思ったら
それが突然停止し、
呼吸をしていない状態になることが


頻発しているという。



それをドクターに相談したらしい。

無呼吸の専門医に。



ドクターは電話問診で

<その可能性が高い>と示唆。



<来なさい>ということになったようで、

横浜の中心部みなとみらい21にある
その専門医への予約を

ワイフは得たようである。





ダモシは抗う。



<そもそも運転中に居眠りするのは、
 睡眠不足と疲れがたまっているからだよ>


と。


それ以上でもそれ以下でもない、と。



だが
ワイフは譲らない。


車で遠征する前夜は早く寝ろ

と指示したにも関わらず

寝ないではないか、と。



且つ

イビキとその停止は深刻である、と。



ワイフはダモシを詰問する。



<運転中、無意識のうちに寝ているらしい。
 自分で気づいている居眠りと
 そうではないそれがある。
 そういう兆候はないか?>


と。




痛いところを突かれた。



先週、ダモフィーロでの山奥走行では、

実際に
<マズいぞ>と感じながら
居眠りしているケースは
いつものようにあったが、


そうではないケースが確かにあった。



己自身では起きているはずなのに、

気づけば眠っていたようで、


カーブを大きくはみ出して
対向車線の車が危うくよけたおかげで
事なきを得た。



その他、

さような瞬間が多々あったのである。




中央フリーウェイ

東名高速

R-20

R-139

そして県道に山奥のクネクネ道。




それらすべての道路で

対向車の多少に関わらず、


ダモシは車内で
確実に眠っていたのである。



ある山奥。

延々と登っていくクネクネ道。



途中までは

カーブを意識して走っていた。




<いつまでこれが続くのだ…>と。




だが、

次の瞬間

気づけば

山を既に下りていて、

下りきった交差点を
無意識に左へ折れると

目の前が目的地だった

というケースがあった。



そして

<えっ?>と思い
車内の時計を見れば、

意識があった時間から既に30分以上が
経過していた。





30分以上、

ダモシは無意識状態で
ハンドルを握り、

山を登り

下っていたのである。





確かにこういう傾向が最近増えているからして、

ワイフの詰問に反証できず

情けないダモシである。





タイム・イズ・マネー思想の弊害か。



これを続けていれば

いつか死ぬであろう。



現在の危機一髪ケースは、

その警告であろう。



だから

この段階で対処しなければ

大怪我する(死ぬ)ことは

想定できよう。







<受けてみて、そうではないと分かれば
 それはそれでいいじゃないか>


というワイフ。




ダモシは未だ強がっている。



<まあ諸々あるが、
 とどのつまりは睡眠不足と疲労だよ。
 普通、寝不足なら居眠りするでしょう。
 単に寝ていないだけだよ>


と。





GW中にどのドクターへ出かけるが、

一人では行くことはできないため
ワイフとジュニアに同行アテンドを

依頼したところである。









*****









やること満載の今宵もサンデーは、


朝から
ブレイクの一つとして


新横浜へ馬券を購入するために
ダモフィーロで出かけた。


15分で到着する新横浜。






satsuki3.jpg




車中から。

近づく新横浜駅周辺。

朝から皆々様、車でお出かけ。
常にここは交通量が多い。


横浜市内はとにかく日本一の交通量である。






satsuki1.jpg




新横浜ウィンズと
その周辺(日産スタジアム/横浜アリーナ)は

昨秋、掲載した。



新横浜ウィンズの裏には
新横浜ラーメン・ミュージアムがある。


ラーメン好きにはたまらない空間。



ラーメン好きのダモシはちなみに、

遠征中も

・金沢
・甲府
・上野原



それぞれ地元のラーメン店のそれを食した。






satsuki2.jpg



いよいよクラシック・シーズン。

今宵、第一弾は皐月賞である。


出走馬の中に
ジュニアと同じ名前の馬がいる。


正しくは
ジュニアのミドルネームと同じ名前である。



<アントニオ>。



その馬にベットした。

当たればたまたま
当たらなくて当たり前

的な出走馬であるが、


それで良い。



トライフェクタなら、

圧倒的一番人気の
ロジユニヴァースと絡めても

そこそこの配当になろう。







競馬は

来週からは

<ダモシx競馬>の本丸にして本妻である

府中の杜の東京競馬場開催が始まる。




ワイフと共に
東京競馬場へは頻繁に出かけたものである。


最後に共に出かけたのは
やはり1998年。



今年の東京競馬場開催は

この五月のベスト・シーズンに

ジュニアも伴い出かける予定である。




11年ぶりのワイフとの東京競馬場となり、



ジュニアにとっては

・ニューヨーク(米)
・ニュージャージー(米)
・サツホロ(北の某国)
・オビヒロばんえい競馬(北の某国)


を経て迎える


ニッポン国内初の競馬場となる。



東京競馬場はぜひ、

快晴サニースカイ&暑い日

に限る。




1990年5月の
あの日本競馬頂点の日
("中野コール"日本ダービー)のような。



東京競馬場のアトモスフィアといえば、

ダモシにとっては
あの"中野コール"日本ダービーの


<30度近い猛暑と雲一つないサニースカイ>

がトラウマなのであり、



且つ

ファミリーで出かけるならば

それ以上の理想型はない、と。




そういう日を狙って出かけたいと

算段しているところである。















posted by damoshi at 11:43| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月18日

ディスカバー・ジャパン-9 <四国の切り札〜四国霊場八十八箇所・第五十一番>







野球は素晴しい。
敗者を祝福してくれる。


米の言葉である。



勝者には何もやるな。

アーネスト・ヘミングウェイの言葉である。




時に
敗者は復活すべく
社会には敗者復活戦が用意されていたり、

あるいは
ニッポンのように
それが用意されていない国民性の国にも

敗者を祝福し
復活への足がかりを探す旅を許す

場がある。



環境はなくとも、場はある。




人生は、良いことばかりではない。

楽ばかりではない。
楽あれば、苦もあり。



旅はまた、苦の連続である。



苦しみの連続の中で
旅先で出逢う光景や風景、景色、人、言葉
などによって

楽を得る。




勝ってばかりいるならば、
旅は必要ない。

それこそ
そのレベルでの旅は、

贅沢な

海外の

しかも
リアルなアトモスフィアの
海外ではなく


近場の海外のリゾートで
お茶を濁していれば良い。




勝つこともあれば負けることもある。


負ければ悔しいし、哀しいし、苦しい。


そして
勝ち負けを越えたところでの苦難は

なんびとの身にも
否応無しにのしかかってくる。




そこで


死への道行きとなるか

敗者復活への
何かを見いだすか。


その違いは大きなものとなる。






ニッポン最初の遍路人(お遍路さん)
となった弘法大師(空海)は当初、


進退が窮まって僻地へ流浪する


という目的で


それを巡った。



その遍路の中で空海が
何も見いだすことができずに

死への道行きとなっていたならば、


現代に

<四国霊場八十八箇所>は

存在していないであろう。





その八十八箇所は、

四国霊場ならぬ死国霊場と
なっていたであろう。





現代において、

人それぞれの何かを求めての旅路。

至極、精神的なジャーニーとしての
四国霊場八十八箇所、遍路。



途中、

何かを見いだした者は

日常の中へと戻っていく。




病に冒された者
恋に破れた者
人生に疲れた者
モチベーションが消滅した者

己自身の存在証明が欲しい者

なにか分からぬが
とにかく救いが欲しい者

癒しを求める者



その他、諸々。





それぞれの目的は異なれど、


精神的な何か




見いだす/探す

旅として


四国霊場八十八箇所遍路は

存在しているのであろう。







大きなエリアとしての四国。

そして
ディテールとしての松山。



<四国>の、

何にも代え難い、絶対的な切り札。


<松山>の、

あまたある
ヒストリカル&カルチュラルな地の中でも
四番打者、東西横綱の一角。





海の向こうでは
イチローが、

日本人プロ野球選手として
通算最多安打記録を達成した。

背番号51は、エリア51。





ここは
四国霊場八十八箇所のエリア51、

第五十一番。


<ディスカバー・ジャパン-9>は、

四国八十八ヶ所・第五十一番


<石手寺>。









ダモシ自身、

ここを訪れてみて初めて

四国八十八箇所遍路に
年間数十万人もの人々が
チャレンジするのか



一端を

すこし感じられ、理解することができた。





忌憚なく、


<あぁ、そういうことか。なるほどな…>

<あぁ、こりゃ、すごいわな…>

と感じ、



なぜ
多くの人々が遍路するのかの

一端を

好意的に理解することができた
わけである。






henro1.jpg










*****









ニューヨーク在住時代の
ある日のこと。




たまたま
流れていた日本のテレビ・ドラマを
見始めると、

見入ってしまった。



NHKのそのドラマのタイトルは
<ウォーカーズ〜迷子の大人たち>。




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種々雑多な問題を抱える
二十代から六十代まで
様々な年代の男女が

お遍路を通して知り合い
共に旅をし

八十八箇所を遍路する中で

何かを見いだしていく


というストーリー。




ドラマとしては純粋に
楽しむことができた上に


出演者の演技も良かったが、


劇中の
それぞれのキャラクターの
抱えている悩みに対する
煮え切らなさには

共感を持つことは

当時

できなかった。




なにしろ当時のダモシは、

ニューヨークにいた。



タフなニューヨークでは、

その生活自体、日常自体が
非日常であり
夢の世界であり

同時に

最強最悪のシビアさとタフさが
必然的に
のしかかってくる世界。




日常的な問題や悩みなんぞ、

それどころではないよ。


こちとら
生きるという根本的な問題だぜ

といった世界観。



今も根本的には
そういったイデオロギーは変化ないが、


それでも

ニッポンという平和ボケの中に
住んでいるのと

苛烈なる世界の大都市に住んでいるのでは、



ローカルの過疎地と

東京



差なんてものではないほどの、


比較対象外のレベル差がある。





そんな中では、

ヤングであれば
ニッポンの煮え切らなさや
刺激のなさ、インスパイアの低レベルに
辟易として

海を外をすぐに目指すか

絶望するか

であるが、



今のダモシは当然、異なる。



逆説的な

<ディスカバー・ジャパン>
という旅をすることで、



ニッポン最強

ニッポン再発見


を推進することで得られる

当時は感じ得なかった
良さと悪さをも俯瞰したところでの

ディスカバー

が生まれるわけで、




その中に己のマインドを配置することで、

ニッポン
という日常の食い足りなさは

逆に喝破できるのである。




むろん、

己自身に対する期待感や夢は

以前と変わらずに存在している上、


己に対しては
以前にも増して興味津々だが、


社会
そして国

というレベルでのインスパイアは

申し訳ないが
ニッポンにはない。



刺激満載の欧米を知った上で、

その
両極にある
<刺激や夢のないニッポン>
の中で


どう生きるのか

というのは、


ダモシのような人間にとっては
死活問題なのである。




たとえば

山梨の山奥で生まれ育ち
そこで代々働いている者であれば、

それで満たされる。


仮に東京や横浜を知ってしまった後で

その山奥へ
帰郷して暮らす場合、


必ず歪みは襲いかかってくる。




<つまらんな…>と。


<ちっちぇなぁ…>と。






ニューヨークや米と
ニッポンや東京の格差は、


レベルは異なれど

山梨の山奥と東京・横浜、

"北の某"と仙台

のような

劇的な格差となって存在しているわけである。






<都市論/文化人類学的考察>

として

ここまでの
ディスカバー・ジャパンの中で巡った
各地を

別枠で取り上げるが、


何処も共通している点は、

(大阪を除き)


<悲劇的なまでの、活気のなさ>




一つまず、ある。




たとえば散々揶揄した"北の某"なんぞは

もう語るだけムダなほど
劣悪だったが、


そこまで酷くはないが、


ニッポン国内だけで見ても


東京や横浜と

地方都市及び
地方都市の地域部、過疎部は


ほとほと悲劇的且つコミカルなほどの


*ユニバーサル・サービス度の差異
*マーケット・ヴァリューの差異
*人間動態の差異

*活気の差異



存在している。


それぞれの県庁所在地たる

甲府
金沢
松山

ですら、

悲劇的という有様。



これは語らずにはいられない、と。


ニッポンの大問題たる

<格差>。



これは、改めて深刻である。



だが、

もっと深刻なのは

実は、

そう感じるのが
都会人だけであり、


地元民は

感じていないという点にある。




それは住めば都なんぞという
甘ったれた考えでは
済まされる問題ではなく、



*諦め

*夢の欠乏

*学習意欲の欠陥

*何かをやろうという
 チャレンジング・スピリットの摩耗

などなどが

根底に横たわっているという点にある。



そして
ある意味で"北の某国"民族同様の、



<知らぬが仏>的ノンポリ・イズムの存在。




世界はもとより、

東京すら知らないことで、


オラが村が唯一絶対神という
絶望的な、

もはや信仰とも言って良いほどの

意固地なマインド。



そこにあるモノがすべて

という誤った常識。





これはもう、

大都会と地方の格差云々する以前の

根本的な問題が
確実に根底には存在している、と。






平気で

<景気悪いし>

<ダメですよ>

<たいして見どころないですし>

<ご覧の通り、こんなところですから>

と言って、笑っているような

彼らの作法は、



己自身が己自身を揶揄していることに

<恥ずかしくないのか?>

と言いたくなる。



キミたちは

誇りというものは、ないのか?

と。






まあ、長くなるため

主題と異なるこの話題は避けたいが、


いずれにせよ
そういった地方いわゆるローカルを、


都市診断学的に考察すると


厳しい揶揄が飛び出しかねないのだが、



目を<観光>的考察に転じれば、

それぞれの地には

あっと驚く
ディスカバー・ジャパンが


これもまた厳然と存在していると同時に、



それに邂逅するたびに思うのだ。





<私はまだまだ未熟だな>と。





己はまだまだ未知の未体験のゾーンが
たくさんあるぞ、

知らなかったな、

己は未熟だな。





そう感じられる瞬間こそが、




対世界

対<愛人>ニューヨーク


という

ダモシの中に常に横たわる

"移動祝祭日"へ
対抗し得る




己が移動祝祭日プラスαとしての


<今>をこそ移動祝祭日たらん

とするフィロソフィー実現と、



ややもすると
<愛人>にジェラシーを覚えさせる


逆説的手法である、と。






見いだせ、と。


見いだして、感じ尽くして


ニッポンを
<ディスカバー・ジャパンする>



という



これは、

単なる旅学、旅路ということのみならずの、

not only, but alsoでの

ダモシの、
"オレ流"の恋愛学でもある




と。







ダモシは当時、

何か救いを求めて遍路をする
という行為に

シンパシィを抱かなかった。



これも逆説的手法=掟破りの逆サソリ手法だが、



ウルトラの父逝去と
その後一年間のショックでの不毛。


そこからの脱却と

己の再生を期したのは、

救いを求める旅ではなく

一気にニューヨークという
よりタフな世界へのチャレンジだった。




負の、そういった局面での打開策としての

逆サソリ技。


あえて
そういう時にこそ、仕掛ける。




ニッポンが
世の不況に喘いでいるご時世にあっては


これもまた逆説的手法で


米から<本妻>に戻り、

己の組織を旗揚げするという
掟破りの逆サソリ技。





マイナスのあちらの究極の幅から
プラスのこちらの究極の幅へ
持ち込むためには、



そういった


逆説的な手法



時に必要である。




それをするか、否か。


そして

それをしてしまうか、

その前に救いを求めるか。




よって、


人間のタイプ的に

ダモシは

あのような遍路は似合わない。

選択しないであろう

という意味で

シンパシィを感じ得ないわけである。





それは今も変わらない。




だが、

実際に
己がその一つに足を踏み入れてみて
はじめて、


彼らの行為に理解を示すことができた。




ダモシは一人で


<う〜ん…>と唸り、


声に出してひとりごちたのである。


<なるほどぉ…。分かったぞ、分かったよ>と。





そして想った。



場合によっては今後、

己自身もやりかねないな、と。


やっても良い、と。





分かったのである。




単にそれは

救いを求めるだけでも
何かを見いだすためだけでもない、と。


精神的なものであるという前提で、


人それぞれ


その行為には

様々なモチベーションとテーマが
横たわっている、と。



言ってしまえば、

その遍路自体が<旅>でも良いのである。



旅が

必然的に
何かを見いだして
何かに気づく

ものであるのだから、


遍路もまた同様である、と。



むろん原点は宗教的なものだが、


それに縛られる必要はない、と。



遍路という旅で
四国の八十八箇所を周る中で


結果

何かを見いだしたり
何かを感じたりするものである。



だから、それで良いのだ、と。




且つ


その場は

〜たった一箇所だけだが〜


旅で巡るには相応しい

驚愕に値する
アトモスフィアを擁する空間

であったことで、



より、

その理解を得た

というわけである。











*****








四国八十八ヶ所・第五十一番


<石手寺>を

ご紹介していきたい。






単純に、すばらしかった。

強烈なるアトモスフィアが
全体に漂っていた。


足を踏み入れれば
誰もが流して済ませられない存在。







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<渡らずの橋>がある正面側。

大師像が屹立する。





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四国霊場の中で
もっとも由緒ある代表的な寺である
石手寺のオリジンは、


聖武天皇時代の神亀五年。



以来、1200年有余年のヒストリーを刻む。







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国宝<仁王門>。

670年前、創建。
仁王像が並ぶ左右の
門内側には巨大草鞋がある。




この国宝以下、

境内は
国重要文化財が怒濤の列をなす。







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弘法大師修行の場、大師堂。



写真を撮っている位置には、

国重要文化財の
高さ25mの三重の塔もある。




三重の塔が見える俯瞰図は
こちら。



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1333年建造という
ヒストリカルな鐘楼と梵鐘は、

国重要文化財。


四方についている腰袴は
ニッポン国内では希有だという。









そして本堂
(国重要文化財)。

単層入母屋造り、
鎌倉期の建造物。



お遍路さんが唱える。




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*****









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不気味な存在感を放つ曼荼羅。

ここから
マントラ洞窟、
八十八箇所洞窟へと入る。







その他、雑感を。





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参道とは別の進路から入る図。




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:::::



四国八十八箇所・第五十一番

<石手寺>。


伊予鉄路面電車・道後温泉駅下車、
徒歩約30分。

県道から
脇に入って進路をとる。




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:::::




アディショナルで掲載は、


同じく
道後温泉エリアにある


<ニッポン三大八幡造り社殿>



伊佐爾波神社。




ニッポン国内に三つしか
現存していない

たいへん希有で貴重な
八幡造りの社殿を持っている
国重要文化財は、

1667年の完成。






これがまた、強烈。




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posted by damoshi at 23:57| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ディスカバー・ジャパン-8 <世界一の大衆浴場>







“普通”に
ファースト・インプレッションにおいては、

<温泉>というワードがあり
そこに<施設(建物>が交錯した場合、

それは何かといえば
<温泉宿(旅館、ホテル>か
<日帰り温泉>を
想起するであろう。


しかし
それは<銭湯>である。

しかもそれは
ニッポン最古の温泉地にある
主砲のファシリティ。

且つそれは
四国唯一の<ミシュラン・三ツ星>。

その地は、
ニッポン人なら
知らぬ人はいないであろう、道後温泉。


ここは、ニッポン最古の温泉地。

そのファシリティは、道後温泉本館。









*****








なにはさておいても
ストレートな名前である。

なにしろ
そのエリアをそのまま表す
「道後温泉」と、

ファシリティとして
ここがメイン(主砲・本家本元)ですよ
という誇りを表す
「本館」

の組み合わせでの、


<道後温泉本館>。


あまりに分かりやすすぎる

しかし
この分かりやすさが逆に
ダモシを
<ん?>と悩ませた。



<道後温泉本館とは、どういう意味か>

と。


そもそも、
本館とはどういうことか、と。

温泉地にある旅館の本館。
こう考えるのが
まずは妥当であろう。

だが、
そういう風情はない。

それこそ
いまや数少なくなった銭湯の
そのリアルな様相を呈しているのである。

つまり
<銭湯に通う人、ひと風呂浴びて帰路につく人>


この本館のエントランスを出入りしているのである。


だから
<これは旅館ではないな>と
すぐに理解することはできる。



<もしかして、
 この道後温泉というエリア自体が、
 この道後温泉本館を指しているのか?>

と想像する。


ここは
そういう意味では、

<道後温泉>という
温泉地エリア総称
(湯布院や秋保、草津などなど)
ではなく、

あくまでも
この”銭湯”を指しての
<道後温泉>なのであろう、と。

だから
エリア云々ではなく、

この建物こそが
<道後温泉>なのである、と。


そういう理解をした。

“本館”という名をつけることで、
それをより理解させようという算段
なのではないか、と。



<あくまでも、
 ウチ(道後温泉本館)こそが
 道後温泉のことなのですよ>

というアピール。


<道後温泉というのは、
 エリアとしての温泉地の
 ことではありませんよ>

という断り。


それをこの
<道後温泉本館>は
そういうネーミングを採ることで

暗に示した。




そう読み取ったのである。



仮にそれが
熱海のB級&嘘モノ最強の
熱海城のような
薄っぺらい存在なら
失笑を招くが、


この道後温泉本館は
実に重厚感たっぷりで、

ヒストリカル&カルチュラル
両面をも十二分に満たしている。


このへヴィ級王者的なポスチャ―に加えての
“わざわざ付けた本館というネーミング”。


それは
有無を言わせず
ダモシに迫り、

ダモシをして

<はい分かりました。
 あなたはリアルな”本館”です>

と認めるしかない

という状況に陥ったのであった。










*****








<道後温泉本館>のポスチャーを数枚
ご紹介したい。


その後、
いわゆるエリアとしての道後温泉を
俯瞰して掲載していきたい。



まずは道後温泉本館。


その建物自体が既に異形であり、

重要文化財らしさを
大いに匂わせている。






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道後温泉本館の
メイン・エントランス。


箱根の富士屋ホテルを想起させる。






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<道後温泉>の看板。


いわゆる

まさに"看板を掲げている"といって良い。

道後温泉という
エリアをも背負った誇り。


道後温泉とは<道後温泉本館>である、と。






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道後温泉本館の創建は、

明治27年。




道後温泉自体は、
白鷺が発見したと言い伝えられている。


脚を痛めた一羽の白鷺がこの地にやってきた。


そして
谷あいの岩間から湧き出ている
温泉を発見し、

連日その温泉に脚を浸しているうちに、
ペインと傷が癒えて

そののちこれまで通り勇ましく

飛び立っていった、と。


脚を痛めた白鷺が休憩していた石も

このエリアには残っている。






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白鷺が休んだ石。



その白鷺は道後温泉のシンボルとなったが、

ここ
道後温泉本館の屋上にも

伝説の白鷺は飾られている。



白鷺が最上部に屹立する
明治時代の和風建築の最高峰といわれる
建造物にして

夏目漱石も度々湯に浸かり、

現代においては
平成の世に国の重要文化財指定を受け、


且つ
ミシュラン・三ツ星に選定された
四国唯一の存在。



それが、道後温泉本館である。





なにしろ、特筆すべきことは、


道後温泉本館は銭湯、
いわゆる大衆浴場であるという点である。




ニッポン国の
指定重要文化財で、


<大衆浴場>から選定された存在は、


ここが史上初である。







dogo4.jpg




白鷺のスタチュは最上部のみならず、

道後温泉本館の周りに多々ある。







dogo1.jpg



dogo5.jpg







湯は目玉である。


だが、
ここには別の目玉がある。


それは、又新殿。

残念ながら写真は撮影していないが、
ここは本館東側に位置する




<ニッポン唯一の皇族専用浴室>である。



すごい。

ニッポンに一つしか存在していない
皇族専用のバスルーム。


明治32年完成の桃山時代の書院造り様式は、

昭和天皇のみが用いられたという
<玉座の間>も擁している。









ニッポン初の<大衆浴場>からの
国重要文化財指定



四国唯一の、ミシュラン・三ツ星選定



ニッポン唯一の皇族専用浴室




という

数々のヘヴィな冠を頂く
道後温泉本館。



その冠に相応しい異形ポスチャー

であると認められよう。




間違いなく道後温泉エリアは、


この
道後温泉本館あってこそ、である。



まさに、

これこそが、絶対主砲。





それは

四国、そして松山という括りで俯瞰しても

最高格の横綱級といえよう。













*****









エリアを俯瞰してみる。



それ単体でフィーチャーし得る
横綱級が揃いも揃っている点でも


一流観光地と認められる。


次の寄稿で触れる
ダモシ驚愕の存在は除き、

ここで

エリアを俯瞰してご紹介したい。








dogo30.jpg



道後温泉駅。


松山市内中心部から
伊予鉄の路面電車でわずか10分。



そもそも
<温泉エリア>が<都市中心部>から
電車でわずか10分の位置にある自体、

珍しい。



松山が、それだけ狭いともいえよう。







dogo31.jpg



メインの商店街エントランス。







松山、
そして道後温泉といえば


夏目漱石は欠かすことのできない
アイコンである。


<坊ちゃん>である。




先ほど掲載の駅舎は
画像からもクラシカルな様相が
漂っているであろう。


後に
あえて<坊ちゃん>時代=明治時代
の駅舎に再現したという。



その駅舎の前には
<坊ちゃんからくり時計>があり、


"坊ちゃん"の中で、



<マッチ箱のような汽車>と書かれた
明治時代当時のままの路面電車がある。





dogo32.jpg



dogo48.jpg



dogo34.jpg






道後温泉駅周辺は

明治時代へのタイムスリップの場である。





ちなみにこの<坊ちゃん列車>。


実際に
路面電車として松山市内を走っている。



通常の路面電車運行の合間に

一日数本運行されているわけだ。






dogo35.jpg




これが実際に走っている
<坊ちゃん列車>。







<本数が少ないのに、
 話しているそばから出逢えるなんて
 お客さんは幸運ですね>


とタクシー・ドライバーは言った。











*****









道後温泉エリアにはこの他、


今年の年末のNHKスペシャル連続ドラマで
放送される
<坂の上の雲>(原作:司馬遼太郎)

絡みのヒストリカルな存在が多々ある。


正岡子規の本丸ともいえる
<正岡子規ミュージアム>から

秋山兄弟の墓所まで。



さらには

この後取り上げる
驚愕の四国最強コンテンツの一角以下、


数多くの寺院や中世武家屋敷群等。







ぜひ一度は旅したい地である。






なにせ

ここには
世界一の大衆浴場もしくは銭湯
といって良いであろう




<道後温泉本館>があるのだから。










:::::





道後温泉/<道後温泉本館>。


松山市内中心部
(三越/全日空ホテル界隈)から

伊予鉄路面電車で約10分。

運賃は150円。


道後温泉駅下車、徒歩約三分。






dogo47.jpg


朝の三越前。



dogo46.jpg

夜の三越前。







そして、道後温泉絡みの土産。


dogo44.jpg



dogo45.jpg


坊ちゃん列車のメモ帳や

松山ゆかりのアイコンである
"マドンナ"の
道後温泉みかん石鹸。


道後温泉のゆたまご(ケーキ)等。












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2009年04月17日

閑話休題〜今週の行程概観







我が輩はもう、ヘトヘトである。



正直な言葉としては
さういった単純な表現になる。


よふやく長い
<ディスカバー・ジャパン>
ステージ.2が今宵終わった。


土日と完全リラックスして

来週水曜から再来週頭までの
<ディスカバー・ジャパン>
最終コーナーへと向かいたい。






今週の
<ディスカバー・ジャパン>の行程を
簡単に振り返ってみたい。


これはもう、身体もたんよ、と。

さすがのタフガイも
ヘトヘトになるよ、と。




■(月)のざらし紀行〜甲斐国行脚
    by ダモフィーロ

東名御殿場をエントランスに、
・本栖湖
・精進湖
・上久一式村
・青木ヶ原樹海
・西湖
・河口湖

富士吉田市内各所を経て

・富士浅間神社
・再度、富士吉田市内
・富士急ハイランド近辺

そして
R-139沿いに投宿。


温泉湯に三度浸かり、疲れを癒す。
・富士浅間神社

宿にてオフィシャル案件のジョブ遂行。



■(火)のざらし紀行〜甲斐国行脚
    by ダモフィーロ

・富士吉田市内を経て一路R-139を北上
・新倉〜明見〜下吉田

ノースへ上がり

・田野倉〜都留市内〜大月市内。

ここからR-139を南下して
途中まで戻ってから

都留市内を基点に
山へ入る。

誰もいない
何もない

クネクネ&急勾配&カーブ連発&細道

の甲斐国内の山間を登り切って
下り切ったところが、

・道志村。



そして
その道志村から
山を戻らず、

一本の県道を南へ延々と下っていくと、

・山中湖

へと辿り着く。


・忍野八海

を主砲とする忍野エリアを含め
山中湖周辺を往く。



そして
山中湖〜東富士五湖道路を経て
御殿場ICから東名に乗って
帰路につく。




この火曜日の、のざらし紀行。

二月以来続いていた
<ダモシx甲斐国=好天>という
方程式が

遂に崩れて、雨。



雨に濡れ、疲れも重なり
風邪の気配が漂う。





翌朝。


■(水)
ディスカバー・ジャパン〜四国初上陸。



早朝、自宅からダモフィーロで
第三京浜を爆走して
羽田エアポートへ約40分。


羽田エアポート駐車場に
ダモフィーロを置き、

因縁のANAに乗る。


AM。
空の上。

富士の真上に到達した時点で

ダモシが指定した

<非常口席/乗降口席>

(一番目に降りられる)
(何かあれば救助を手伝う任務を負う)
(ファーストクラス以上に、
 脚を投げ出すことができる
 前方の快適な広さがある)
(CAと常に向き合い、
 最も多くの時間を接することになる)

の持つ様々なアドバンテージを得る。




既にダモシに慣れていたCAが

指差して

真下の富士を案内した
(前回記載)。



富士の頂上を真上から見る初体験。



ほどなくフライトは四国エリアへ。

眼下は、しまなみ海道。

ニッポン版<海流の中の島々>
(フロリダ)の美景に目を奪われる。




松山空港から市内のANAホテルへ。

チェックインして荷物を預けてから、
JR松山駅エリアでの
オフィシャル案件へ臨む。

五時間のそれを終えて
関係者と三十分程度の軽く"一杯"。




7PM過ぎには投宿。


投宿後、一人で松山の街をぶらつく。



夜、宿のPCを借りてジョブ遂行。



3AM、就寝。




■(木)
ディスカバー・ジャパン〜四国初上陸
   
6:30AM、起床。


7:40AMには宿を出て
オフィシャル案件にて松山市各所を回る。


1PM、宿の前の
地元の喫茶店で、
喫茶店ならではの定番ランチ
(スパゲッティ・ナポリタン)を食す。


急いで食して1:30PMの空港行リムジンバスに乗る。

客はダモシ一人。


フライトまでの二時間、
ロビーでジョブ遂行。

空路、帰京。機内で爆睡。
合間を縫ってCAと談笑
(往路と同じ座席指定=非常口席のため)。



ダモフィーロと羽田で再会し、

夜の首都高&第三京浜を爆走して
約45分で帰宅。



ディナー&バスタイムを挟み

オフィシャル案件にて
デスクに向かう。



精神的なそれはないが、
肉体的な疲労はピークである。




4AM、就寝。




■(金)のざらし紀行〜甲斐国行脚
    by ダモフィーロ


6:30AM、起床。


眠すぎる。

身体も足裏を中心に
完全なる疲労感が朝から押し寄せる。



だが、甲斐路を往くダモシ&ダモフィーロ。


環八〜甲州街道を経て
調布から中央フリーウェイに乗る。

今宵は一路、
まずは甲斐国の上野原へ。



上野原エリア中心部行脚の後、

またもや
いわゆる過疎地探訪へ山の中を登っていく。



火曜日で途切れた
<ダモシx甲斐国=好天>の方程式は


今宵も崩壊で、雨。そして濃霧。



山中迷ったダモシは五里霧中。


迷ったあげく
甲斐国から出てしまい
東京都(桧原村)へと入り込んでしまう。


山道を、濃霧の中を戻るダモシ。




山間に点在する過疎地各所を訪問。



都会からやってきたと一目で分かる

決して堅気ではないであろう
怪しげな風貌


のダモシを、


臆面もなく警戒の顔色をあらわに
凝視する地元民の方々。




<なに見とんじゃ!>と言いたくもなったが、

そこは
ジェントルマンのダモシである上に

プライベートではなく
オフィシャル案件であることも鑑み、


無視を決め込んだ。




過疎地各所を周回し、R-20(甲州街道)へ戻る。



甲斐国はまず
東京側からはヨコはR-20がメインとなる。

それはすなわち甲州街道。

東京-甲州(甲斐国)を結ぶ大道路である。





・上野原
・猿橋

エリアをR-20沿いを回る。

そこはまだ、良い。

なにせR-20であるからだ。


だが、
そこからタテに山を登っていくと

これがまたよろしくない。





人のいない過疎の山間部の

クネクネ&急勾配&細道
という悪条件に

・濃霧&雨

という気象の悪条件が重なるから、


これが精神的にも肉体的にも
疲労感を増す要因となる。



デスティネーションが見つかりにくい。


これが
山間部の過疎地の特徴でもある。


そのたびに
山を登るか下りるか右往左往する。




ミッションを終えて
往路と同じく
中央フリーウェイの上野原ICから
逆に乗れば、


東京(八王子〜国立・府中〜調布)
は近い。



だがダモシはここで

己の疲弊に鞭打って

このようなルートを採った。




R-20を甲斐国深部から東京方面へ
戻ってきて

上野原ICで中央フリーウェイに乗らずに

さらにそのR-20を東京方面へ進む。


R-20とはいっても
このあたりは山間部になる。


神奈川県に入る。
相模湖。

ここには相模湖ICがある。

ここで中央フリーウェイに乗る手はあった。




だがそれを無視。

道路方向サインに<厚木>の文字を
見つけたダモシは即座に、




<よし、厚木まで行こう。
 厚木から東名に乗って帰ろう>


と目論んだ。




<厚木・平塚方面→>のサインに従う。


山間部を延々と走る。

バス、軽自動車が前方にいれば
それだけでペースは落ちてしまう。


これもまた疲弊につながる。




厚木に到着。

R-246利用して
最後まで"下"(非高速道路)で帰ろうか
とも


ちらっと感じたがしかし、


R-246の渋滞を目にして回避。


厚木ICから東名高速に乗って
帰路についた。









とまあ、大枠ではこのような構成である。


むろん、
記載していないディテールでの土地はある。









そして、もはや、我が輩は眠いのである。





未だ金沢もフィーチャーし終えていない。

だがこの
<ディスカバー・ジャパン>は、

ネタが膨大にある。




先般も記載したが、

それはすべてフィーチャーして
掲載する。





だがしかし今宵はもう無理である。


疲れ果てている。


今宵は素直に睡眠を摂る。

真剣に眠る。






来週は、

ダモシにとって
因縁の<二大悪党>である

別国の"北の某"と、
東海地方の雄・名古屋が
首を揃えてダモシ迎撃態勢を採っていたが、



ダモシは先般記載の通り

対"北の某"はスキップ(回避)を決定している。


リアルに
忌憚なく


もう二度と邂逅したくない、と。




よって、


・名古屋
・長野
・初上陸=琉球王国
・初上陸=博多
・大トリ=熊本


が待ち構えている構図である。





そして

熊本をもって
<ディスカバー・ジャパン>を
終了した翌々日からは


プライベートでの癒しの旅として

鎌倉・湘南

が既に計画されている。




その旅のメイン目的の一つが、

あの
"失楽園"宿であり
ダモシがずっと泊まりたかった
鎌倉プリンス・ホテルに投宿することであり、

既に予約は済ませた今宵である。










いずれにせよ、

写真と共にお届けする
<ディスカバー・ジャパン>は


明日数編掲載できよう。





今週も

<おぉぉ…>

<なんじゃ、こりゃ>

<なるほど、そういうことだったのか>

<ああ、こりゃ、すごいわ>

が満載の旅であった。





皆様がご存知のところも

そうではないところや
未だ行っていないところ、

未だ知らなかった

というものまで



数多くフィーチャーできよう。




その、エリアとしての範疇は、



・金沢

・松山

・甲斐国各地



であり、

メジャー&マイナー問わず

<へえ>をお届けできると確信している。







とにもかくにも今宵はもう、



Have a good night and good luck


である。



















posted by damoshi at 23:21| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

extra






今宵、

我輩は坊ちゃんである。

松山に在る。




ディスカバー・ジャパンは
week-2に入り、
疲弊もピークを迎えている。



月、火:甲斐

そして今朝から
初上陸の四国ということで

松山に居る。



当初は
火曜日に広島入りを予定していたが

<対広島>は回避した。



実は、
来週の
ディスカバー・ジャパンの最終コーナー
の序盤である

因縁の"北の某"も
危険を察知して回避することにした。



サツホロとはもう縁切りしたい

という
ダモシの本質が

北の某行きをスキップさせた。





これにより
甲斐国の残りの旅路の他は、


今宵の松山を経て


・名古屋
・長野
・琉球王国

を重ねて、

ファイナルとなる九州シリーズの

・福岡
・熊本

でフィニッシュとなる。




ウルトラの父のホームである
<熊本>が大トリ。


それは再来週のマンデーである。









松山のホテルの中では
よりベターな
松山全日空ホテルにいる。



松山全日空は
繁華街に位置し、

隣は三越という
ロケーションであるが、


松山は、かなり悲しい。



タクシードライバーによれば
その人口は50万人。

金沢の40万人を上回る上、

愛媛県の県庁所在地であるにも関わらず、


駅としてのメインである
JR松山駅周辺は
コンビ二すら存在していないという
悲劇的な様相を呈している。



ほとほと、

ニッポンの
ローカルの元気のなさは

ここのところ

目のあたりにしている。





リアルに

それは首都圏(といっても、
オンリーで東京と横浜)と

ローカルの

格差は劇的である、と。








*****






ここのところ

ダモシの
頭のシャープさに切れがなくなってきている。



物忘れが激しいのである。


忘れ物が多いのである。




昨日、
甲斐の富士五湖エリアのホテルに

ノートPCのバッテリーを
置き忘れたままチェックアウトし、

そのままオフィシャル案件を終えて
帰宅してしまった。



先週も、

別のデスティネーションへ行った際に

ホテル内で着用する
私服のパンツを自宅に忘れてきた。


ヘアのジェル

なども忘れた。




そして今宵。


明日の松山二日目で
オフィシャル案件で使用する
マップを忘れたばかりか、

カメラで撮影した画像をPCに取り込む
ためのコードも忘れてきてしまった。




かように

ここのところ

必ず何かひとつは
大事なものを忘れてしまうのである。



ある意味でこれは衰えである。


シャープさ。

己の頭が手帳。

手帳やスケジュール帳は
これまでも持ったことがない。

ナビも不要。




だが、

ここのところ

道路は間違えるわ、

忘れ物は多いわで

シャープさが欠乏してきている。



運転中の居眠りも
さらに症状が悪化してきており、

書ききれぬほど
逸話に枚挙暇なし、である。



疲れている、とは

ひとつには言えるであろうが、

それだけではないだろう。



明らかに頭のキレが落ちている。


そう実感する中で、
研ぎ澄まされた感覚を
取り戻さなければ


と肝に銘じている昨今でもある。








ということで

今宵は写真なし、である。


松山も
諸々絵は撮影した。


だが
コードを忘れた以上、

どうにもならぬ。




しかもPCのバッテリーも
富士五湖に忘れてきたせいで、

PCを

ここ松山で
滞在先のホテルに借りる始末。




今はその借りたPCで書いている。




よって

<ディスカバー・ジャパン>ではなく、

今宵の寄稿は

<extra>として掲載する所存である。






金沢、甲斐各地、松山。


現時点でも寄稿はたまっている。


今週末こそ
金沢、甲斐各地、松山を
ディープに取り上げたい。




松山から明日、田園都市に戻る。

そして
明後日はまた甲斐路。







今宵、

四国へ飛ぶANAの機内で
CAがダモシに声をかけてきた。



<下をごらんください>と。



<ん?>とダモシが顔を上げると

CAは言う。

<富士山の真上ですよ>と。



ダモシは窓から真下を見た。


眼下には

昨日の甲斐路で
真下から畏怖視した富士が

在った。




完璧な真上から見る富士。





これはこれは
写真がないのが残念だが、



強烈無比



であった。













posted by damoshi at 23:50| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月12日

ディスカバー・ジャパン-7






カテゴリー<橋>に入れるべき
存在でもあろう。


そのカテゴリーにおいては

ニューヨークの
ブルックリン・ブリッジや

シドニーの
ハーバー・ブリッジに御すべく

ニッポンの特徴あるカルチュラルな橋。




単に
近代的で大きくて

という世界観では、

欧米に御す意味合いでは希薄である。



ニッポンにはニッポンの良さがあり、

特性がある。


特性を消し去り
より近代化と欧米化を図る
という建築イデオロギーには、

魅力は感じない。




ニッポンには世界にはない

城など、

独自の特性ある建築がある。



橋も同様。




ニッポンならではの橋を見ることでこそ、

ディスカバー・ジャパン。




その根源的な基軸となるのは

やはり

<ニッポン三奇橋>。



我が国が誇る三大奇橋は、


■錦帯橋(きんたいきょう:岩国)

■桟(かけはし:木曽)





今宵ご紹介する

甲斐の<猿橋>である。







saruhashi1.jpg





険しい岸壁。
眼下は恐怖。
谷が深い。


どうしても橋を通したい。


距離は短いのだが、

まさにその谷は
勝者の渓谷ならぬ
悪魔の渓谷。

橋の脚を架けることが出来ない。


だが、
どうしても橋を架けたい。




橋を架けるという浪漫。

男は橋を架け、女は橋の上で歌を詠む。



満月の夜、

女が詠み、舞うと、

男は
岩壁に刎ね木を差し込んだ。



ニッポンに現存する唯一の、刎橋。


それが猿橋である。







saruhashi2.jpg




刎ね木の各所上部には、
瓦のようにも見える
木の屋根。

雨風によるウッドの腐食から
刎ね木をプロテクトすべく付けられた。


合理性を重んじて付けられた屋根だが、

江戸時代など
ニッポンの古き良き時代は

それだけでカルチュラル性豊かな
アトモスフィアを演出し得た

象徴的なポスチャーである。




今の時代にあって、

この刎ね木手法と
木の屋根が交錯する
橋のポスチャーは



異形という他ない。




だが、

それが
失われたニッポン文化を堅持する

奇跡の橋

としての


奇橋に昇華しているわけである。





奇橋は、

奇妙な橋ではなく

奇跡の橋である。









では、

その谷の深さを見てみたい。


なぜ

橋の脚を架けることができなかったのかが

少し分かる。





橋の長さがたったの31mにも関わらず、

眼下の谷の深さが31mという奇妙。




橋の長さと谷の深さが同一という奇跡。





眼下は桂川。






saruhashi4.jpg




saruhashi3.jpg





思わず脚はすくむ。


クライマーズ・ハイに至りかねない世界観で、

ひんやりとした空気が
口の周りを乾燥させる。







saruhashi6.jpg



岩の上から猿橋を俯瞰する。


橋自体は、小さいことが分かる。




岩壁の間を縫って
渓谷の下へ降りていくことができる。





saruhashi8.jpg





桂川の水の緑が、心を痺れさせる。


閉ざされた空間に冷たい空気があたる。

川があり
滝もあり

橋の不気味な異形もあるにも関わらず、

しかし
なぜか

音が聞こえない。




サイレント映画の世界観が

一帯に漂っている。







saruhashi9.jpg



それでも橋と渓谷から

目を
別の方向へ向ければ、


開放感のある明るい日常へ
舞い戻ることができる。










*****









いずれ、といわず


視野範疇として
既に旅路リストにあるエリアが、


ダモシの興味津々な山口県。



そこには三奇橋の代表格でもある

錦帯橋がある。




山口に関しては
錦帯橋のみならず多くの

インタレスト・コンテンツがあるが、



<橋>というカテゴリーの中で

ニッポンでは欠かすことのできない
錦帯橋を見る前に、



まずは猿橋も見たい
と考えていただけに、


ようやく訪れることができた、と。




98年以前の本妻時代にも

距離的には
行こうと思えば行ける距離にある
猿橋だが、



<猿橋>単独で訪れることは


いささか無理があった。



現在も、ある。





猿橋自体は観光資源だが、

エリア自体は
観光地として宿泊やそぞろ歩きで
満たされるかといえば、


必ずしもそうではないからだ。




最寄は大月になるが、

大月とてそれは同様。


隣の都留もまた、しかり。



またそれは、
大月JCTで富士方面へ折れるこれらとは別に

そのまま甲斐を直進しても

同様で、


勝沼にしてもワインはあるが

それ単体で
<旅>となると厳しい部分はある。







saruhashi7.jpg





そこが甲斐の難点ともいえる。



とどのつまり

<富士山があるから、山梨はダメなのだ>

に帰結してしまうわけだが、



せっかくの観光資源である

<猿橋>も、

もっと生かす手段は多々ある。



そこを一度歩くだけで、それは見いだすことができる。


だが、地元はやはり地元で、

その努力もしなければ
見いだすこともまず出来ない。



毎日のように富士を見ていれば

その儀容に慣れてしまい
何も感じなくなってしまうのと同じである。




だが、

口酸っぱく言っているが

ニューヨークその他は

毎日目にしていても
夥しいインスパイアがあるわけで、


その違いはどこにあるのか

その違いは何なのか


を、



ニッポンは真剣に考えなければならない

のである。






すばらしいものや良いもの。

それらは多々あるニッポン。


だが、

その良さやすばらしさを

正しく伝えようとしない/できない。



いくら霞ヶ関が
観光庁を創設したとて、


そこに集う面々が

いわゆる"識者"だけであれば、

その限界も頷くことができるわけである。




本来、

国を挙げてニッポンを
ディスカバー・ジャパンとして

世界へのエクスポージャーを図っていく
のであれば、



旅人や旅作家、旅の写真家、旅行会社添乗員

などなどの面々と

そこから出るsuggestionを

多く配するべきでなのである。




地元民や地域住民しか知らないことはある。


だが、

その一方で

厳然と存在しているのが、

地元民や地域住民は疲弊していて
感覚と感性が既に麻痺していて

良さに気づいていない/気づかない

というディスアドバンテージである。









まあ、いい。





ダモシはダモシで

"オレ流"に

世界はもとより

ニッポン各地を紹介していくだけである。




その良さも、至らなさも含めて。










:::::







saruhashi10.jpg




<猿橋>

ニッポン三奇橋にして、
国指定名勝。


中央フリーウェイ
大月JCT出口で下りてから
甲州街道(R-20)へ。

甲州街道を東京方面へ走ること
約10分。


列車利用の場合は、JR大月駅利用。
駅からはタクシー利用がベターか。

大月駅からは車で約20分程度。


橋の観覧料は無料。

一帯は散策路になっている。
渓谷の下まで降りていくことができる。







saruhashi5.jpg







saruhashi11.jpg















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2009年04月11日

大都会の街中の芝桜と動物、至近望のランドマーク






今宵まずは

久しぶりに
<ディスカバー・ジャパン>シリーズ以外で

掲載する所存である。







サタデー・モーニング、8AM。


目覚めて
リビングに出ると、

それより先に起きていて
土曜のヒーロー系番組
<レスキュー・ファイアー>を

視聴していたジュニアが言った。



<今日はどこに連れてってくれるの>

と。




むろん疲れてはいるが、

ジュニアに
そう言われては

応じずにはいられない

ということで、



<よし、じゃあお出かけしようか>

と相成った。








ウィークエンドの

リアルなリラックス・タイムにおける
ファミリーでの

レクリエーション。



子供にとってはもとより、

ダモシにとっても
それは重要であり、

必要なことである。



ファミリーが一番であることは

言うまでもないわけである。






デスティネーションの

位置関係が分かる写真から。





noge13.jpg



noge3.jpg




ニッポン最高峰ビルヂングは
横浜ランドマーク・タワー。


エリアは横浜中心部、みなとみらい21。


黒船&開港150周年イヤーの横浜は、

既に
多くのメモリアル・イベントが始まっている。




拙宅から25分程度。





この位置にはまた、芝桜がある。


既に
ダモシの中で終わった桜だが、


大阪

金沢

甲斐


を経て、


ここ横浜で芝のそれを堪能。





noge12.jpg




noge10.jpg




noge11.jpg






今宵、

東京&横浜の首都圏は

まるで猛暑。



Tシャツでなければ、苦しい。


夏といっても良い気象条件の中で

色目映い芝桜もまた良し。






しかも見上げれば、蜜柑。




noge9.jpg




ここは愛媛か、と。







noge21.jpg


女性は日傘。

こうなるともう、夏である。







noge22.jpg



それでも眼下は春の名残。










*****










そんなエリアである。



大都会・横浜の中心部。

そんな位置にある動物園。



大都会の街中にあるという
珍しいロケーション。


にも関わらずの動物種の数。


そして


"無料"で有名なそれが、

<野毛山動物園>である。








<水族館は、GWに行こう>

ということで、

江ノ島水族館行きは
ゴールデンウィークにキープしている。



桜を愛でるべくの公園行きも
先般の新宿御苑という最高の地へ

既にファミリー・マターで
出かけている。





朝、急に出かけることが決まったという

シチュエーションで、

多くのお金と時間のスペンドを回避し得る場所。


野毛山動物園となる。





・よこはまズーラシア
・多摩動物公園
・上野動物園


という首都圏三大動物園は

既に昨夏以降で
出向いている。



意外性と

別の意味での特性がある動物園

としても、


ロケーション的な意味合いからも

(近い)、


金銭的スペンドの回避
という意味合いからも

(無料)、



野毛山動物園が選ばれるのは

必然ともいえた。








noge1.jpg






横浜市が運営する野毛山動物園。


オープンは、1951年。

巨大動物園のズーラシアが
新しく出来たことで、

そこへ
多くの動物たちが引っ越したという。


それでも
この立地(大都市の街中)を考えると

奇跡的ともいえる動物の種類と数を
誇っている。



また、

園内の広さは、

広すぎず
狭すぎず

という世界観で、

起伏もなく
老若男女誰もが
ユニバーサル&アクセシブルなレベルで

バランスが採られている点は
秀逸といえる。




過度な演出は皆無。


動物園本体のハイレベルな魅力はないが、

ロケーション
(横浜みなとみらいエリア)



周囲の景観

でのポイントが高く、


散策やデートとしても
その消費者便益を満たして余りあると

認めることができる。




むろん、ファミリーには最適。




この日の客層は、


・ファミリー 85%
・アベック 10%
・女性同士 5%


で、

ファミリー率が高い。



完全に

ファミリー向けであると同時に、



アベックにとっては

よこはまズーラシアや
多摩動物公園よりも

上野動物園的整合性がある。



なぜならば

エリアのアドバンテージがあるからだ。



なにしろ

横浜ランドマーク以下、
みなとみらいエリアを一望できる
野毛山の高台にあるという立地。


散策して少し歩けば

みなとみらい21エリアに
ランドマークであることと

大都会の賑わいがあるという点で、



サブ的なユーズに適している。





朝から昼過ぎまで
野毛山動物園を散策する。

その後は

横浜ランドマーク・タワー以下
みなとみらい21エリアで遊ぶ。


そんな構図を

すべて徒歩で実現し得るロケーションの
アドバンテージは、


アベック向きといえるのである。





ポイントは高い。






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*****








猛暑のウィークエンド、横浜。

野毛山動物園。

その動物たちの中から数枚。






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どこの動物園でも人気者は、レッサーパンダ。






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ランドマーク・タワーを眺めるライオン。






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動物園の優等生キリン。

今宵、あまりの暑さに
さすがのキリンも様相を崩している。






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祈りを捧げるサル。






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コンドル。

世界において二番目に
コンドルの繁殖に成功したのが

この野毛山動物園だという。






noge23.jpg



ダモシと目が合うと
急に驚いた顔をしたサル。


その直後、

このサルが奇声を発して
叫び声をあげると

他の十数頭が呼応して

一斉に大音量サウンドで叫び声の合唱をした。



おそらく敵への威嚇か
警戒を示す叫び声の合唱だった

と想定されるが、



その合唱に

この近くにいた客の誰もが

ダモシを見て



<何かしたでしょ>

という顔で

無言の攻撃をしてきたことには

困った。




ダモシは目を反らし

素知らぬ顔をして
その場を去った。





それにしても

なぜサルたちは、

ダモシに対して驚き、奇声を発したのか。




ダモシはただ、目を見つめ、

その後、カメラのシャッターを押したわけである。

フラッシュなんぞ使用していない。












*****









相変わらず動物園は楽しい。


子供と共に歩く動物園はなお、楽しい。

女性とデートで歩く動物園も、
むろん楽しい。





今宵は今週分の旅のビジネス・レポートを
仕上げなければならないため

デスクワークである。



夜またリラックス・タイムにでも

<ディスカバー・ジャパン>シリーズを

取りまとめたいところである。









:::::





<野毛山動物園>


ランドマーク・タワー等の
横浜メイン中心部である
みなとみらい21エリア
(駅でいうところの桜木町)から

徒歩約15分。


世田谷や田園都市から
車利用の場合、

第三京浜利用で

約20-30分。




noge8.jpg




入園は無料。

駐車場は
動物園下の横浜中央図書館隣
(¥400/per-hour)。







noge25.jpg




動物園恒例の
ジュニアのお土産
(動物のぬいぐるみ)、


今宵は、マウス。



園内の一角に、

ふれあい広場があり、

そこで
ヒヨコからマウスなどまで

触れられるだけではなく

己が気に入ったものを
そのスペース内であれば
自由に持ち運びができる。


そこで触れ合ったマウスを気に入ったようで、


動物園の帰りに必ず立ち寄る
グッズショップで


<何がいいんだ?>と聞けば、

真っ先に
<ねずみさんがいい>と言って


ジュニアはこれを手にとった。






















posted by damoshi at 17:32| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月10日

ディスカバー・ジャパン-6








甲斐国行脚。

今宵は
甲府から猿橋へ
中央フリーウェイと
R-20甲州街道にて

まずは走る。



中央フリーウェイの大月で降りて
甲州街道を東京方面へ行くと

<日本三奇橋>の

猿橋を擁するエリアに辿り着く。



その甲州街道を

今度は逆にまた
東京方面ではなく
甲州方面へ戻っていく。



いわゆる
中央リニア路線である。


JR中央線の大月駅を経て

一路、R-138へ。



R-138をひたすら南下する。


禾生
都留。



甲斐国行脚の旅で、

何度も登場する都留である。



都留は昨日もその山間を走った。



都留あたりから富士の気配がしてくる。


R-138をさらに走り続ければ
富士のお膝元ともいえる
富士吉田市に入っていく。






甲斐から見る富士。


甲府と都留は
以前も当欄で取り上げた。

山中湖からのそれも掲載した。



それらよりも、


あっと驚く甲斐からの富士。





その一つが、

R-138走行中に
富士吉田市内の道路

真正面に聳える形相である。




ハンドルを握っていても

思わず
その姿に見惚れてしまう。




<おぉぉ…、富士…>と。






goko1.jpg




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ドライブ中に、

目前に突如現れる富士の
この形相は

罪である。




こういった富士の形相はまた、

ある意味で
景勝としての富士よりも


よりリアリティを伴って
眼前に迫ってくる。



別次元の、富士見景である。






商店街も富士が真正面で睨みをきかせている。




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なにをもって
そう表現するのかは分からぬが
いわゆる
"偉い人"曰く、




<山梨は富士があるからダメなのだ>。




富士という
あまりにも強烈な存在がいることで、

努力しなくなる

というわけである。





首都圏や大都市はもとより、


村や過疎地であればあるほど

且つ

一般ゼネラルな"コンテンツ"としては

何もなければないほどに


努力する、と。




だが山梨は
富士を擁していることで

努力していない、と。




あまりにも富士の存在感が強すぎる。

がゆえの、




<富士山、一本かぶり>


になっている。




それも致し方ない。

普通に商店街からの真正面に富士が
鎮座しているからである。










*****








デスティネーションは、山中湖。



この冬以来の再訪。


前回とは異なる
山中湖の景色と
そこからの富士見景を。







goko7.jpg





goko5.jpg





goko4.jpg











*****









コンテンツが実に豊富である。


今宵の旅で邂逅したもの

金沢でのもの


などは、


このウィークエンドにたっぷりとお届けしたい。








とにもかくにも今宵、疲れた。


リアルに疲れている。

だからもう眠りたい。










:::::





<今宵の食卓>


Breakfast:

甲府のホテルのレストランにて、
輪朝食を。


Lunch:

都留市内の和食レストランにて
昼御膳。



Dinner1:

移動中、東名高速のSAにて
おにぎりとアメリカンドッグを。


Dinner2:

自宅にて
スパゲティ・ミートソースを。
久しぶりの洋食。







食後は富士五湖土産。





goko8.jpg




富士のキャラクターは、


<フジちゃん>。



ベタだが、かわいい。


だから
その
ぬいぐるみも土産に購入した。









今宵の総移動距離は200kmオーバー。

移動するエリアごとで
オフィシャル案件にて逢って
会談をした人の累計は、16人。




忌憚なく、肉体が疲れた。


今宵は、本気で眠る所存である。
















posted by damoshi at 22:14| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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