2009年06月28日

付:ダモシ最近影






久しぶりのダモシ最近影は

旅の中から。




まずは阿蘇で鞍上ダモシ。

ワイフ曰く
<馬がかわいそうになった…>
とは、

どういう意味か。


馬に遜色ない大きさだった、と。


ひどい言い草である。





damouma2.jpg



damouma1.jpg



damouma3.jpg







もう一枚。


こちらは
関門海峡を眺めるダモシ。

後ろから。






damouma5.jpg















posted by damoshi at 22:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

九州、晴れ/東京、大雨






今回の旅も終わった。


今宵の福岡は博多。


fukuokaair.jpg





到着した午後の東京。


hanedaair.jpg





わずか90分の空の旅だが、

ここまで天気は違うわけである。




今回の旅を天候から総括すると、

またもや
晴れ男/晴れ女の集合体である
ダモシ軍団ならではの


梅雨時期に関わらずの

旅の空は晴れ、もしくは曇りときどき晴れに
終始した。





鹿児島
霧島
阿蘇
熊本
下関
北九州
博多


という行程だが、

雨は一滴も降らず

そのかわり
桜島が見事な噴火を披露して
機先を制し、


世界王者・阿蘇は
その火口のダイナミズムをもってして

"世界レベルだ"と認めさせ、


巌流島は騙しを暴露し、

下関とふぐは
ダモシを大ご満悦としたことで

山口県オンリーでの旅を計画させるに至り、


最後、

博多は微妙な空気感を与え賜うた


という包括的な中で、


空は梅雨を忘れさせるに値する

旅日和を演出してくれた。




戻ってきた途端、

迎えた本妻・東京は
梅雨ど真ん中の大雨。



このギャップがまた、

ひとつの旅の

終わりを認めさせるに値するわけである。








*****







簡単に振り返れば、



阿蘇
下関
霧島
熊本
鹿児島

そして博多


という

ダモシ評価の順列となる。



九州最大の都市・博多に関しては
単体で考察を掲載するが、


博多はダモシには向いていない

と察知した。


好きではない、といった方が正しいか。


つまり

ここでもまたどうしても
出てきてしまうのだが、


<中途半端な大都市>感を得てしまうことで


"あぁ、しょせん地方の大都市だな…"

となってしまうわけである。





多くの人が高評価する博多だが、

最初は
その理由が分からなかった。

ダモシ自身も中州や天神含めて
歩き、

拉麺も食するなどしたが、


どうもピンと来ないのである。



そして気づいた。

なぜ
多くの"男"が
博多を高評価するのか、を。


そして

それにはある趣向があり、

ダモシの旅における趣向とそれは
相容れないものであるから、


多くの"男"は博多を好み、

ダモシは好まない

ということになるのだ、と。






ダモシ的には
圧倒的に下関の方がインタレストと高評価になり、


ひいてはそれは

そもそも以前から興味津々の
長州国へフォーカスを絞った旅をしたい


という


さらなる欲求に拍車をかけた。






九州でいえば、


ダモシの中では

県ベースで見れば

やはり熊本は別格だ。



これまで行った中では
次いで長崎。


そして鹿児島。

福岡はその後のランクになる。



仮に大分(由布院や別府含め)や宮崎、佐賀へ
往けば、

それらも

ダモシの中では
福岡を上回るやもしれぬ


と思えてしまうほど、



福岡:ここでは<博多>は、


何とも中途半端感を覚えてしまった次第である。






fukueki.jpg



博多駅構内。

活気がある。

それは九州全体にいえることである。




しかし、

それにしても博多駅は

なんとも古くさい。






<考察-博多>は

次の寄稿で掲載したいところである。











posted by damoshi at 20:39| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<アントニオxマサ/ムサシxコジロウ>の幻影





九州最南端の薩摩から入った
今回の旅。


北上して阿蘇/肥後を経て

今宵は一路、最北部の福岡へ。

途中、九州道は佐賀の鳥栖を介在することで
今回は宮崎、大分、長崎以外に
上陸したことになる。



そして福岡から東へ、

関門海峡を渡って
長州へと入ったダモシ軍。



ネタ豊富な国であり
大きなインタレストを持っていた長州国へ
初上陸と相成った次第である。



長州路に関してはまた別途、

<ディスカバー・ジャパン>シリーズで
寄稿するが、


今宵は長州で見たある存在と、


そこから甦った大学時代と今の
心象風景を取り上げたいところである。




これだ。





ganryu1.jpg




ご存知の通り、巌流島である。









*****







誰もが知っている

宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地、
巌流島。


巌流島の戦い
に関する諸説もあまたあろう。


諸説はともかく、

武蔵と小次郎が決闘した場所、
それが巌流島。




その決闘から400年余後、

再びこの地で決闘があった。


ダモシが大学三年生か
二度目の二年生の頃、

1980年代後半のことである。



アントニオ猪木vs.マサ斉藤。


因縁ストーリーと抗争が続いていた
猪木と斉藤。

猪木は新日本プロレスの大将。

一方のマサ斉藤は、

新日本の正規軍と対立軸にあった
長州力率いるジャパン・プロレスの
相談役的存在。



因縁の抗争の決着戦の場として
猪木が指定したのが巌流島だった。


無観客試合の時間無制限一本勝負。


リングはあり
その上で通常のプロレスは行われるが、

ノールールすなわち
お互いのプライドがルール
という中で、


巌流島の島全体が戦場として
有効とされた奇異なプロレス・ルール。



テレビ中継は録画放送で行われた。

ダモシもそれを
固唾をのんで見守った。



試合前、

小舟で巌流島へ上陸する猪木。


島に設営されたテントに籠り、
先にリングインした
マサ斉藤を、

宮本武蔵ばりにジラして
なかなか登場しない。



明るいデイタイムにゴングが鳴ったが、

試合は長期化。

真っ暗闇の島の中で闘いは続き、

四方を囲んだ松明の炎が
妖しい世界観を演出する中で

心理戦と肉弾戦が鏤められた

文学的なプロレスとなり、

結果、
二時間を超える激闘の末、

猪木が勝利した。






その当時、

テレビ放送で見ていた印象では

ヒストリカルな
武蔵と小次郎の決闘という
事前刷り込みされた要素があった上で
さらに、

・猪木が小舟に乗って
 島に上陸してくる際の景色



・試合内容と試合中の島の景色

・真っ暗闇の中の松明の炎

などが加わり、


<巌流島>という島が

陸地から
かなり遠い位置にある

行くことさえ難儀する孤島

のように感じられたのである。




行ったこともないし
よく分からないが
何か凄い島

というイメージがあったのである。



それこそ無人島として、

そこに上陸する限りは
食糧から何から
滞在日数分のそれは
用意していかなければならないような

島であるはずだ、と。




要するに

・遠距離感



・得体の知れない孤島感


を存分に与え賜うたのである。






それが山口県の下関に、

そして
関門海峡に

在る

ということは知っていたが、


行ったこともないし

当時はまだ
インターネットも普及していないから

簡単に画像や何やらが見られるわけでもない。




いわば

巌流島は

未知の強豪的な世界観を
持っていたのである。




また、

そういう世界観を演出し

観る者に
言い知れぬドキドキ感を与えていたのも

当時の猪木だったのである。









*****







関門海峡を渡り、

長州国に入ってすぐの
下関市。

港へ行く。

そこに近代的な、

"ニッポン国内のタワー"としては
かなり高い部類に入る

下関タワー。



その展望室から巌流島を一望
することができる。


ひとしきり展望した後、

展望フロアに近い
最上部エリアにあるカフェで
ドリンクをしながら

巌流島を再び眺め見た。



自然に笑いが込み上げてきたダモシは、

一人で
密かに笑っていた。


それに気づいたワイフが問う。



<どうしたの>と。




ダモシは語る。



<昔、猪木が巌流島でマサ斉藤というレスラーと
 闘ったのだよ>


驚くワイフ。

ダモシは続ける。


上述したような背景を語る。


そして、己が笑みの理由を説明した。




<あの時に感じた遠距離感。
 そして武蔵と小次郎、猪木とマサ、
 それぞれの決闘的イメージは、

 その島自体がとてつもなく
 人や陸地とはかけ離れた地にあるはずだった。

 ところが、見てくれもう一度、
 あの島を…>


と指差した途端、吹き出した。




そしてさらに続けたダモシ。



<あの時、猪木が上陸してきた映像では、

 本当に
 この島が海の彼方向こうにあるように
 見えたのだよ。

 少なくとも海以外、
 何も見えていなかった。

 なのに実際は…>



と言った瞬間、また吹き出した。







ganryu2.jpg




ganryu4.jpg




右が下関市(山口県)、
左が北九州市(福岡県)。


海に浮かぶ島が、巌流島。



まさにそれは
遠距離感などというものではなく、



<すぐそこに在る、島>


という世界観である。


特に右側の下関側からの近距離感
といったら、

笑いが込み上げるほどである。





<これでは、泳げる距離では?>





思わず呟いてしまうのも無理はない。




遥か遠く
得体の知れない孤島


という巌流島の距離的イメージと、


決闘の舞台という
重々しいイメージは、


いずれも幻影だったのか、と。






ganryu3.jpg




しかもアップにしてみると、

北九州の市街地すら
視界に入ってしまう。



下関からは
泳いで行けるのでは?

と思わせ、


北九州からは
フェリーでちょっと乗れば着くでしょうよ

と思わせる


親近感。





これでは
マンハッタンからスタッテン・アイランドの
距離にも遠く及ばず、


決闘の舞台という

隔絶された

退路を断つという

逃げ道のなさは皆無である。




ボクシングのリングに、

グローブをはめて上がった途端に感じた恐怖。


それは

ふだん使っている手を
塞がれた際に得た
逃げ道のなさ&退路を断つ感ゆえ、である。



決闘という舞台装置としては、

前述の通り

・遠距離感
・遥か遠くにある得体の知れぬ孤島

という心象はもとより、

・逃げ道のなさ
・退路を断つ

という
精神的な圧迫感も付与されるべきである。




且つ

武蔵と小次郎の決闘という
ヒストリカルな背景においても

猪木とマサの試合においても


少なくともそれは感じさせてくれたのである。




だが実際に目にするそれは、どうだ。




<やられたな…>と笑うしかないほどの

・親近感
・近距離感



・泳いで行けるのでは?
・フェリーにちょっと乗れば

という精神的なライト感すなわち



<逃げ道はいくらでもある>


というポスチャーを描き出している。




そこが

笑いを起こさせる最大の原因

といえるわけである。





いくら山本譲二が

演歌<関門海峡>において
"唸るスクリュー 関門海峡"と唄い、


たしかに
関門海峡の波は激しいが、



いくらなんでもこの距離ならば

泳ごうと思えば
泳いで行けるのでは?

と感じさせてしまう
親近感は

笑いをもたらして余りあるわけである。





ワイフは巌流島をかばった。




<分かるでしょ>と。




<ここから見れば小さく、近く見えるけど、
 実際は相当、大きいし、距離あるよ>


と。




たしかに。


展望室から眼下にした
フェリーも
関門橋も
その他も

小さく見えたのだが、


関門海峡にほど近い陸地から見たとき

それらは
かなり巨大だった。





しかも、



ganryu11.jpg



関門海峡は相当な強風と波、

山本譲二曰くの
"唸るスクリュー"は誇張ではないほど、


<入りたくないな…>

<とても泳げないな…>

<落ちたらイヤだな…>


と感じさせるものであった。





逆にその意味では、

<よくぞ猪木はあの時、
 小舟で上陸したな。

 しかも確か船の上で
 立っていたはずだが…>




猪木の偉大さを改めて思い知ることにはなった。






しかし。


しかし

たしかに巌流島は

これまでダモシが抱いていた
イメージを

笑いをもたらすほどに
覆してくれたわけである。




ライオンキング
あるいは
サバンナ的様相の釧路湿原で、

その遥か向こうに

市街地の建物が
見えてしまった瞬間に得た心象は

<失望>であり、



巌流島のこれは逆に


<うまく騙してくれたな>

という

どこか笑いを誘うものである点では

ポジティヴなものである。





ワイフもダモシも互いに言い合ったのは、


<当時のテレビ朝日のカメラワークが
 たいへん上手だったのだろう>


ということだ。




見せる要素とはある意味で、

こういうことである。




騙したり
嘘をつくわけではない。



いかに

そこに神秘性や重々しさを出すために

遠距離感や隔絶された孤島感を
演出するか


というポイントである。




そういう意味では

ダモシは当時、
完全に騙されたわけである。






巌流島。


それは

気分良く騙された島

と認定できよう。









:::::







付録。



ganryu5.jpg



熊本市内から一気に下関へ。

いよいよ関門海峡を渡る図。






ganryu6.jpg



そして

間もなく長州へ。


インターチェンジを下りてから
十数分で
下関中心部に到着する。















posted by damoshi at 01:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

まさに火の国






昨晩は

ネットがつながらない
薩摩の山奥に投宿。


薩摩では

ランチでの黒豚ロースカツ膳以下、

・さつま揚げ
・黒毛和牛の焼き肉
・桜島大根

その他、朝も含めて薩摩の粋を食した。



今宵は、肥後すなわち
火の国・熊本への移動。


昨日の生涯初走行を経て
慣れた
九州自動車道を、

九州最南端の薩摩から
九州のセンター・ステージである
肥後へ北上。




梅雨の真ん中に関わらず、

やはり晴れ男ジュニアの所以で

薩摩、肥後いずれも雨天なしで
特に今宵は晴天猛暑となり

火の国を体感したところである。





さて、肥後。


<旅>カテゴリーでの

<ディスカバー・ジャパン>シリーズ
及び
<旅:9-States>シリーズでの
ディープな寄稿は帰京後となるにせよ、



ダイジェスト的に今宵も取り上げたい。



今宵のそれはまさに

これぞ<ディスカバー・ジャパン>。



言うことなしの、百聞は一見に如かず。



語りを控えて、絵で見て頂きたい。






aso4.jpg





aso2.jpg




aso1.jpg




aso3.jpg




aso5.jpg







世界最大の火口。


その名も、火の国を象徴する阿蘇山。



言うことなしの、

世界に御すスケール感。


"北の某"のニセの大自然とは
雲泥の差の


リアルな、これぞ大自然の驚異。




阿蘇山は別途、

<ディスカバー・ジャパン>で
取り上げる所存である。







*****






最後に付録として、

四月以来となる日本三名城<熊本城>。


今回はサニースカイをバックにした
熊本城の天守を。





sanmeijyo1.jpg




















posted by damoshi at 23:12| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

余儀なく薩摩に、桜島怒る



異常な忙しさの中、

昨日と今宵合わせて
睡眠5時間を経て、

薩摩に着いた。

西郷と薩摩嫌いから、
この薩摩行を
余儀なく薩摩と
表現していた
ダモシに対して、

桜島が怒り

噴火。


ごっつい噴煙は

ダモシを
感嘆させた。


そして
島津の、

当時の
近代性と先見性の
高さにも

素直に驚かされた。


薩摩は、

西郷ではなく

島津であり

最強は
桜島である。



我輩はいま、

坂本龍馬が
日本最初の
ハニームーンで
訪れた温泉にいる。





晴れ
posted by damoshi at 21:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

小娘どもの、やっかみ






ジュニアも寝静まった夜中、

自室デスクで仕事をしている
その背後から

ワイフが声をかけてきた。



<今、忙しい?>

と。

ちょっといいか、と。



<何だい>と問うと、
ワイフが切り出した。





ジュニアの空手道場の
特殊部隊の師範から電話があった、と。

武骨で豪放磊落な格闘家の師範である。
笑い飛ばしながら
言ってきたという。


ジュニアが通っている幼稚園の
母軍団三人が
なぜか道場を訪れてきた、と。

そして本部長いわゆる
その流派の会長に

以下のコンプレインをした、と。



ジュニアが

<幼稚園で空手の技を使い、
 暴力をふるっている>

と。



師範は、

<こういうクレームは
 よくあることなので、気にしないで>

とは言ってくれたようだが、


そりゃあワイフにとっては
心中穏やかではない。





まず環境設定をまとめたい。


・ジュニアが通っている空手道場は、
 東急沿線を主体に各地に膨大にある
(本部は東急沿線某地)。


・ジュニアが通っている幼稚園も
 東急沿線である。


・その空手道場には、
 同じ幼稚園からは他に一人だけ
 通っている子がいる。


・だが、その子とその親のことは
 ワイフもジュニアも知っている。
 その親子には他意はないと判断できる。


・母親三人組が道場にコンプレインに
 やってきたのは一昨日(火曜日)。


・月曜日。ジュニアは日曜日の大会での
 銅メダルを幼稚園の先生に報告したいと
 いって、朝出かけた。


・周囲への配慮やよからぬ誤解を生まぬよう
 ワイフは、個別に先生を呼び
 密やかにジュニアに先生へ結果報告をさせた。
 だから誰も聞いていないはずだ。


・先生は泣いて喜んだという。
 そして先生は他の先生たちにも
 それを声高に報告したという。




これが主な環境設定である。


ダモシは言った。



<月曜のその報告。
 それがどこかから漏れて、
 ジュニアとダモシ家に悪意を持っている
 母親たちがやっかんだのではないか?>


と。


ワイフもそう感じていたという。



通っている道場がどこなのかや
空手をやっているということは、

最低一人でも
同じ幼稚園から同じ道場に
通っている人がいれば、

秘密にしない限り

普通に知れることである。



だから事前に道場は知れていたか、

もしくは
そのコンプレイン母親軍団が
誰かに問うて聞き出したか

ということが考えられる。





<姑息な輩だな>と

ダモシは怒る以前に、笑った。




ニューヨークで
雑誌をやっていた頃、

ダモシもいわれなき中傷や
悪意ある挑発を受けたことがあるから、

そういうものはスルーするのが一番

であることは分かっている。




<無視しろ>とダモシ。



しかし一方で、無視もできない。




ワイフは先生に相談したという。



ダモシとワイフの教育では
ジュニアは
絶対に自分自身から手を出すこともしなければ
空手の技を
空手をしていない子供に繰り出すことはない
と信じている。


しかし、
実際にそれがあったのであれば
当然問題で、

そうならば
誰よりもダモシがジュニアに鉄拳制裁を
加えるであろう。




まず、問え、と。


ワイフは先生に事情を話し、

ジュニアが
そういうことをしていないかいるかを
聞いた。



<そんなことはあり得ない>

<見たこともないし、
 そんなことをする子ではない>


と言う先生。



今宵、先生は

幼稚園のすべての先生を集めて
事情を話して問いかけたという。



全員の先生が

<そんなことはあり得ないし、
 見たこともない>

<そんなことをする子ではない>

で一致したという。



当たり前だ。





さて、

そうなると問題になるのは

その
コンプレイン母親三人組である。




ダモシはむろん、
そんな"小娘"どものコンプレインなんぞ
相手にせぬが、


Just In Caseで



<俺が怒りだす前に終わるといいがね>


とワイフに言った。




ダモシが怒りだしたら

まず
幼稚園へ参上し、


<全員、母親出て来い>となるだろう。


そして
<誰だ>と問うだろう。

その上で、

<何をもってして、
 そういうコンプレインをしたのか>

を問うだろう。





通常、

常識的に考えれば

そういうことが
実際にあったのであれば、


母親としては

まず

先生に相談しないか?


という疑問がある。




それをわざわざ空手道場の本部まで
のこのこ土足で押し掛けて
アグリー&シャビーな

<やっかみ>的コンプレインをするなんぞ

女々しいにもほどがあるぞ、と。




怒らせるなよ、と。



なにを、
"仕掛けて"きとんじゃ、と。


仕掛けるなら仕掛けるで

こちらはいつなんどき
誰の挑戦も受けるぞ?


となってしまうわけである。


ブロンクスに行くか?


と。






道場側も師範も

幼稚園側もいずれも皆、

ジュニアが傷つかぬよう
穏便に処理しよう


ということで一致している。




何もしていないジュニアが

ただ純粋に
空手を頑張っている中で、

そういう無関係な第三者しかもオトナの
やっかみによって

モチベーションが下がるようなことが

あっては断じてならない。




ダモシは傍観するが、

いつなんどきでも

それを守るためには出陣も辞さぬぞ

といったところである。





ワイフは明日
空手道場へ行くという。

一応、

そういうコンプレインがあったわけだから、


師範や本部に詫びを入れる。

それもまた礼儀である。





ダモシは

<そのバカ母親の名前を聞ければ聞いてきてくれ>

と言ったが、


おそらく
そういう姑息な輩は
己が名前も名乗らずに

誹謗中傷をするのが常であるからして

道場側も名前まで把握していないだろうが、




ほとほと

出る杭は打たれる

とはよく言ったものだ

というところであろうか。




前述した通り、

ダモシもそういう局面は多々あった。



そして

得てして
そういう輩は

名を名乗ることも

直接面前で文句を言ってくることも
できない


チキン


である

と相場は決まっている。



だから相手にしないのが常套だが、

性格的にダモシは
ふりかかる火の粉は払うタチである。


そして


仕掛けられたら三倍返し


を常としてきた。






今回の件は

一回だけは許そうか、と。

そして傍観しようか、と。



二度目は許さんぞ、と。




しかも

事実と異なるものを作り上げた上での
コンプレインは、


<貶めよう>という意図が前提であり


タチが悪い。




それはダメよ、と

その小娘たちには

教えて差し上げなければならないわけである。





・米国人である
・ニューヨーク生まれである
・空手で心身を鍛えている


ことを、やっかむなら、


それら
手に入れられないものではなく、


自分たちは自分たちで


・父親は一流企業
・車はベンツ
・子供はいずれ私立一流小学校合格


等を、どうか自慢して頂ければと思う。




そのあかつきには

ダモシらは

そんなものには
何のヴァリューも感じていないからして



<So What?>


と言って差し上げるから。








とにもかくにも

人間、業の深いものであるからして、

モメごとの深層には

常に



<やっかみ>や<ジェラシー>が

一つには

存在するものであるということだ。






ダモシなんぞ、

他人にジェラシーを感じたこともなければ

やっかんだこともない。



己が一番と思っているからである。



そして、人は人である

と思っているからである。







ダモシにとっては、


豪邸よりも今の借家アパートメント

ベンツよりもダモフィーロ

勉学優秀なコドモより己がジュニア

一流企業より己が関わっている仕事


にこそ、ヴァリューを見いだしているし、


他の男の誰よりも
己がかっこいいと思い込んでいるから、


それで良いのである。







小娘どもの動向は

逐一探りを入れることだ。


そして、

これ以上また
キャンキャン騒いだあかつきには、




ダモシも

ちょっと出ていって、



小娘どもの耳に


息を吹きかけてやらねば


と思案しているところである。















posted by damoshi at 23:16| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

ジュニア<第三戦&他流試合デビュー戦>総括






8PM過ぎに帰宅した。


拙宅から藤沢までは
R-246とR-467を用いて
普通に流れれば40-60分の距離である。


しかし復路は日曜の夜にも関わらず渋滞。
70分を要した。



しかも途中で
ジュニアへのご褒美で玩具を買うために
ヤマダ電機へ寄ったことで
さらに帰宅が遅くなったわけである。



速報の通り、

初の他流試合となった今宵、

大会デビュー三戦目にして
組み手初勝利を飾ったばかりか、

勢いに乗っての銅メダル獲得。


型でのバトルでも同じく銅メダル。



大健闘どころか、今宵は組み手に関しては
優勝も可能だったほどの勢いと
本領発揮で、


ダモシ軍は大満足と相成った次第である。






まずは、型。

要するに
演目を定めて気合いと型で見せる演武である。


昨日に続き好調なジュニア。


だが、
今宵の他流試合は相手となる子供によって
演目が異なる。


平たくいえば
フィギュア・スケートの世界である。


そこでの一対一では、

演武の確かさや気合い乗りはもとより、

相対評価となるからして

とどのつまりは
<演目による差異>が生まれる。




一つ、分かった。


キレイなおとなしい的確な演目を
無難にこなすよりも、

派手な大仰なアクションを伴う
魅せる要素をふんだんにちりばめた
演武こそが良い


と。



決勝進出を賭けた準決勝で
敗れたわけだが、

テクニカルな部分では大差なかった。


だが、
親のダモシが見ても
ニュートラルに見て

相手のそれが全体的に良かった。



ジュニアはキレイでおとなしい。

相手は派手で元気がある。

テクニカルな部分が互角なら、
勝敗は相手に向く。


必然的な敗北。




ダモシは直後に指令を出した。




<次回の大会は演目を変えろ!>


<派手な元気溌剌且つアーティスティックな
 それをもってこい!>


と。



ワイフは既にそれは視野に入れていたようだ。

来月の横浜アリーナでの
同団体内の全国大会では

異なる演目で臨む、と。





型を見ている段階で、一つ気づく。



ある意味で
陸上競技の五輪予選における米国内予選が

いつも通っている団体内の大会に等しく、


それはレベルが高いということである。



つまり他団体含めた対抗戦になると

ある一定レベルに到達するまでの
予選ラウンドからベスト8くらいまでは


全盛期の新日本プロレスと、
その相手にならなかったUWFインターナショナル
くらいの差がある、と。



つまり今宵の一回戦等の相手は、

ジュニアの相手ではなかった
ということである。



ふだん年上ばかりと組み手をしたり

その中に混じって型の練習をしている

ジュニアにとって、


同団体内はいざ知らず

他団体との闘いになれば
相当楽になるということである。



紙一重のベスト3。


その紙一重は当然、薄くなく、厚いが、

一方で
さらに腕を磨いた上で

そこに
モメンタムとアトモスフィアが
折り重なれば

逆転可能な射程圏に入った、と。







0614c.jpg




ウィー・アー・ニューヨーカー。

それはダモシ軍のプライドであり、
ニューヨークは
ジュニアの<本妻>である。


品の良さと都会派。

それは演武にも出る。

キレイでおとなしく流麗なジュニアの演武。



だが、
そこからさらに一歩
踏み出すことは必要になる。


気合いと大仰な魅せる要素が

もっと必要である。






0614d.jpg



クールなジュニアだが、
実は相当うれしかったのであろう。


準決勝進出を決めた直後、

ひとりで
ひそかにガッツポーズをとっていた。

ダモシのカメラはそれを見逃さない。


こういうジュニアがかわいくてしょうがなく、

ファインダー越しに
込み上げるわけである。


ほとほと、何度目頭が熱くなったか。


ダメな、バカ親である。






0614G.jpg




生まれて初めて表彰台に立つジュニア。

これを目にするだけでもう
ダモシの涙腺はダサダサである。

カメラを持ちながら
指でそっとバレないように涙を拭うのだ。









*****







ジュニアは一人っ子である。


身内に競争相手がいない一人っ子。

コンペティティヴなマインドが
ややもすると育たない。


兄がいれば争いになる。
下がいればまた争いになる。


だが、一人っ子ゆえに

いつなんどきでも
愛情を独り占めにして

アテンションも全面的に得られることが
当たり前になる。




その、

一人っ子ゆえの
ディスアドバンテージを補うのが

学校であり社会である。



学校や道場という社会生活の中で、

一人っ子は
一人っ子という領域以外の事柄を学ぶ。



そういう意味では、

彼にとっての空手は
たいへん大きな役割を持っている。



要するに<対年上>という世界観で

彼は
大きな恩恵と教示を得ているわけである。





その、

ふだんから年上に
やられながら組み手の練習をしていることでの
成果は、


他団体とのアウェイでの闘いに

確実に出た。




楽なのだ。



ふだんタフな闘いをしていることで、

実際の試合で
他流が相手とはいえ

本人も気づくのだ。



<あれ? いつもより楽だぞ?>


と。




それは試合に如実に現れる。



敗れた準決勝含め、

すべての試合で
ジュニアが80%試合をコントロールしていた。


贔屓目抜きで、である。



負けた準決勝も
手数は9対1でジュニア。

押しも完全にジュニア。



だが、相手は
それこそ例のごとく
ローキック禁止でそれ以外OKルールに
慣れている。


ジュニアは初。



ハイキックにソバットも繰り出すジュニアだが、

相手は
五発だけ出したパンチが
ジュニアの中段に当たり

それがポイントになって

ジュニアの時間切れ、ポイントでの敗北となった。




だから、

その敗北には明らかな要因があるから、

今後それを解消すれば良いのである。


ガードを固めろ、と。

今のまま
オフェンシヴにいきつつも

相手の
苦し紛れのパンチを的確にヒットさせぬような
ガードも学ぼう、と。




それ以外の試合は
相手に1ポイントも与えない完勝。


しかも
いずれの試合も

相手がイヤがって

背中を見せて逃げ回るか
ラインの外に逃げるか

という圧倒的なプッシュでの完勝。



さらにはハイキックが決まっての

ポイントKO。




見事なまでの練習の成果である。


これでローキックありであれば

さらに
彼の本領は発揮されることが

容易に想像できる。





ダモシもまた声を張り上げた。



これがまた
今宵初めて気づいたのだが、

親になって初めて分かったことである。

子が格闘技(スポーツ)をやっていて
その応援をする親になってみて
分かることであるが、


そもそもダモシは
亀田父を擁護してきたことは
周知の通りだが、


亀田父のようになるのは

いずれの親も当然であるということである。


あるいはアニマル浜口。



己が子がかわいいのは当たり前で、

己が子が努力していることも
知っていて、

それを実らせてあげたいと願うのもまた
親なら当然のことである。


要は、その出し方の差異だけで、

根本的には
亀田父もアニマル浜口もダモシも

他の親も

同じなのである、と。





他流試合で

他の子供は
同じ団体から大量に出てきている。

だがジュニアだけが
ジュニアが属する団体の中の
特殊部隊がそもそも幼児はジュニアだけ
という中で、

一騎当千で出ている。



いわば

A会からは10数人エントリーしているのに

ジュニアが属する
G会からはジュニアだけ

という世界だ。



開始前の集合時、

ダモシが援軍した。


他団体の子供と親に見せつけるように

目の前で
スパーリング。


アントニオ猪木と化身したダモシは、

己が顔面を指差し
ジュニアに

<来い来い来い!>とやり、

パンチを出させる。

それをボクシングの要領でかわし
即座にワンツー。



<俺がストレート出すから、
 同じようにスウェイしてみろ>


<交わした直後にワンツーを出せ。
 ワンツーの後、即座にハイキック出せ!
 その後は、ライダーキックだ!>


と、見せしめる。




そしてゴング。


セコンドのダモシのキラーぶりに増長した
同団体の他の子供たちと父母も
ジュニアの応援に加勢する。

他団体大量軍団は気圧されて
か細い声でかけ声を出すのみ。




<ほら、出ろ!前に出ろ!
 どんどん出ろ!下がるな!
 相手に攻めさせるな!>


<ワンツー!ハイ!ミドル!パンチ!
 蹴れオラ!>


<ミドル、がら空きだぞっ!パンチいけ!>


<息を整えさせるな!一気呵成に行けっ!>


<足だ、足!手だけじゃダメっ!足っ!蹴りを出せっ!>


<ハイだハイ!ハイキック入れろ!上段入れろっ!>



相手が苦し紛れに反則技のアッパーで
フェイスガードを掴むと

今にも乱入しそうな勢いのダモシが叫ぶ。



<へいへいへい!こらっ!>。


<やらんかいっ!おらっ!>。




もはやヤクザか、と。




相手が背中を見せると

<逃げてるぞっ!遠慮すんな!攻めろ、怒濤で攻めろ!>

とダメ押し。




一本入るごとに

<へいっ!>

<おいやっ!>

と、もはや飯場のノリである。





後に

他団体の親が
ワイフに聞きにきたという。


<(ご主人)空手じゃないでしょうが、
 何か格闘技やっていたのですよね…。
 身体、ものすごいし…>



と。




ワイフは


<主人は機敏な動きはできませんので
 空手はとてもじゃありませんが…。
 どちらかというとプロレスとか総合とか
 そっちの方ですから…>



といって笑って応えたという。






ジュニアに事前に言っていた。



<今日はオレも本気で応援するぞ?
 俺が声出すぞ?
 俺が怒るとどうなるか分かるな?>


と。



ワイフは事前に
ダモシに忠告していた。



<"ばっちこい!"とか、
 "バッター、ビビってるよ!"とか言うのだけは
 やめてね>


と。




野球じゃないよ、と。


だが、
格闘技を共に何度も観戦した経験上、


また
愛しのヤンキースを応援するために
何度も一緒にヤンキー・スタジアムへ
行った経験上、


ワイフは分かっている。



本気で応援しだすと、

ダモシは、

関西弁なんぞ比ではない口調になる、と。






そしてダモシは分かった。


アントニオ猪木
ニューヨーク・ヤンキース


という

過去の二大<本気で応援モード>
をも軽く超えるのが、


己が子の応援なのであるな、


と。





それほどまでに真剣に
ド集中で

声を枯らして

相手の一挙手一投足

ジュニアの一挙手一投足を凝視して

どこをどう攻めるかを
声を出してアドヴァイス&応援した、と。




これが仮にリングで、

真下のセコンドになった場合、


そりゃあ
亀田父のようになるのも
頷くことができますよ

と。



アレを単純批判するのは、

そういう経験がないからですよ

と。




要はその、出し方の差異だけで、

己が子が
格闘技の舞台に立って
相手と対峙している状況では、

真剣に声を飛ばして応援するぜ


と。




それは普通だよ、と。






そういうケースでの声がけには

二種類ある。




・テクニカルな部分



・精神的な部分


である。





<勝ってるぞ!>

<勝てるぞ!>

<押してるぞ!>


と言ってやる。勇気づけてやる。

これは大事である。



且つ

第三者としての冷静な局面判断での
オフェンス的&ディフェンス的双方の
的確なアドヴァイスもまた

重要である。




そしてこれが

実は

いくら舞い上がっている本人でも
耳にしっかり入っていくものである。



ジュニアには

ダモシの声が届いていた、という。


途中、一度、
ジュニアはダモシの方を見た。


そして、頷いた。



分かっているのである。


背中から
父親の声が飛び、


<勝てるぞ!>

<気合いで負けるなよ!>

<ハイだ、ハイ!>

<はい、ワンツーの後、キック!>


と声が飛べば

勇気づけられるのである。







組み手での初勝利後、

目に涙をためながら

<よぉしっ!>と快哉をあげて、

さらに

振り向くジュニアに対しては
また指差しでの賞賛。



まさに感無量である。




そしてジュニアのモメンタムは

高まり、


一気に銅メダル。




思い切り頭を撫でてあげた。



他の子供たちも祝福してくれた。



そういう団体でのそれも学んだジュニアは、

自ら

<お兄ちゃんの試合を応援する>

<お姉ちゃんにおめでとうと言ってくる>

と、

他者への、仲間への
配慮も覚えた。




たいへん、すばらしいことであると同時に、


彼にとっては
大収穫のウィークエンドと相成り、


ダモシもワイフも大ご満悦

と相成った次第である。







誇らしい。



そして、想った。



ピアノで世界を制した盲目の青年。

彼の親は
どんなにも嬉しいことだろうか、と。


何か名誉を得るだけではない。


それぞれの子供が
それぞれの努力していることで
その成果が少しでも結果に反映された

その瞬間の

本人の喜びようを目にするときの

いずれの親も得るであろう

誇らしい気持ち。



それこそが、

メダルの色は違えど

ヴァリューは
それぞれにとっては大きい

ということである。






何よりも

負けることは日々覚えているジュニア。


勝つことも、今日、覚えた。


これがまた大きな一歩であろう。


そして
三位という中で、

まだ上がある、と。

その上を目指すには
何が必要なのかをも

本人が感じることが

より良いわけであり、


そのヘルプをするのが親である、と。







さらに想った。



そして復路の車中、

思わずワイフに言った。






<俺は、親父にそういう
 誇らしい気持ちにさせたことが
 なかったかもしれないな…>

と。




ワイフは言う。



<そんなことは、あるわけがない。
 お父さんは誇りだったでしょ。
 病院の中でも自慢していたくらいだし>


と。






己が父親に、

銅メダルさえも
見せられなかったダモシですら、


ウルトラの父は

当時、

病床で
他の患者に

ダモシの写真を見せて
自慢していたという。




親にとっては、

メダルの色無関係に、

己が子は自慢であり誇りなのであろう。




なにせ、己が直系遺伝子だからである。






このウィークエンド。


大きなまた勉強をさせてもらった。


ダモシとワイフという
オトナこそが

最も大きな勉強をしているようである。



それはジュニアを通してのみならず、


他の子供たちの

<自浄作用>のレベルの高さや

礼儀正しさ

闘う精神

その他を通して



である。









0614e.jpg




0614f.jpg





<手かせ足かせがないぞ?
 フリーでいい。自由に楽しんでやれよ。
 なんならライダー・キックやってもいいんだぞ>


とダモシは事前に言った。



ジュニアにとっても

今宵のルールはのびのび
積極果敢にできるものだったようだ。



事後、問うと、


お腹だけが攻撃ポイントのルールより

今日のルールの方が


<好き>だということだ。





だが、今後も
あらゆるルールに出場させることにした。



ダモシとワイフの出した結論は、



<いろいろなことにチャレンジさせる>

ことと

<勝つだけが本分ではない>

ということと、


<場数を踏む/慣れることこそ、重要>

というストラテジーゆえである。




そして何よりも、

ジュニア自身の


<対応力の幅広さ>を養成しよう

ということである。




ガンコよりも対応力、適応力。




それこそ
ニッポンだけでしか生きられない
人間には育てたくないからである。



やがて彼の<本妻>
ニューヨークに、


彼自身が渡った時に

対応できるよう、



そして
南極であろうがアフリカであろうが


"生きていく"ことができるような

逞しさと

幅広さ

を育成しよう


と。




なにしろ

ダモシとワイフ自身が
手かせ足かせを嫌い、

それとは別次元で生きてきたのだから



ジュニアに対しても


<これ一つ>という幅の狭さよりも


より多くの可能性へのチャレンジを
手かせ足かせするのはやめよう


という判断である。





対応力が未だ乏しくても

そこは

場数を踏むことで

慣れてくることで

アジャストできるようになるであろう

という、



ダモシとワイフ自身の経験値を

最後は判断材料にしたわけである。





そしてバカ親であっても、

小泉のように
己が地盤を継承させるようなバカ親とは

ワケが違うぞ、と言いたい。








0614H.jpg



同団体の特殊部隊。


この特殊部隊は、
所属団体の中でも選ばれし者たちで、

彼らこそが他流試合に出られる。


要するに
他流試合に出てブザマなことにはならない
メンバーということである。



これまで団体戦は六連覇中。


だが、今宵の団体戦(ジュニアは未出場)は
惜しくも三位(銅メダル)に終わり、

連覇は途絶えた。



団体戦は小学校一年生以上から。

来年、
ジュニアが代表として出るか否か。



個人戦ではしかし、
この他流試合で全員が
全階級で金、銀、銅いずれかを獲得した。


試合後の記念撮影。

特殊部隊の一員として
初の大会に臨んだジュニアも

特殊部隊の面目を保つ銅メダルで

記念撮影の仲間入り(最前列左端)。




ダモシもワイフも、

喜びはもとより、

ホッとしたのは言うまでもない。







0614a.jpg



試合開始前、練習場で
お兄ちゃんたちとトレーニングする
ジュニア。


ひと際、小さい。


(手前の大きい子の隣の小さい子が
 ジュニア)。






0614b.jpg



中学生のお兄ちゃんが、

ジュニアに型を教えてくれる。


すばらしい子供たちである。

オトナがあれこれ言わずとも
自浄作用が働くし
自主的に誰かが仕切って
練習したり

歳下の面倒を見る。


なかなか、できないことである。








0614I.jpg




ほとほと、目頭が熱くなりまくりのダモシ。


今宵は
ファインダーが何度も滲んだ。



何が嬉しいかといえば、

<本人の喜んでいる顔を見ること>が

である。




努力したことが報われない悔しさと

それが
報われるときの喜び。



この、表裏一体の業が

人を育てるものである。



それはオトナとて同じだ。








0614j.jpg



バカ親ダモシの<自慢>。


あえて、自慢だ。


型の銅盾(右)

組み手での銅メダル(左)。


その他、賞状。



これらを陳列するものを買わねば

と思うところである。



メダルと盾は早速、

ウルトラの父やグランマ、
ワイフのグランパその他の

遺骨などが並ぶ殿堂に添えて

報告した。








最後に今宵の会場。



kanaken.jpg




藤沢にある
神奈川県スポーツ・センター。









ジュニアの四戦目は、来月。

団体内の
全国大会である。


ただでさえレベルが高い同団体。


その全国大会ということで
大苦戦は予想されるが、


今宵の勝利に驕らず、

さらに
一歩でも同団体内の全国大会で

一勝でいいから
できるよう、


努力してもらいたい。






今宵は、ジュニアに


忌憚なく


グレイト・ジョブ!


と認めたい。







ダモシはもう、ヘトヘトである。




他のお父さんたちも異口同音に



<明日は仕事…>と憂鬱そうに語ったが、


その目は
己が子のパフォーマンスにご満悦で

うれしそうであった。







子供は、良いものだ。



結婚は良いものだ、と常に思っているが、



ほとほと、

子供は、良いものだ。






今宵もジュニアの寝顔を見ながら


眠りにつきたい。





<本当に今日はよく頑張った>


と声をかけて、


ちゅっ


をしながら。



















posted by damoshi at 23:14| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

速報





他流リングに乗り込んでの試合。
これが完全なアウェー戦。


ジュニア属する団体の中でも、
この他流リングに乗り込むのは、
いわば特殊部隊。

皆、小学生以上で幼児はジュニアひとり。

しかも試合に出て来る他団体は幼児多数。


つまり、
幼児部門に他団体の中の同じ団体から
10人単位で仲間が出てきているのに、
ジュニアは一騎当千。

このアウェー状態が、燃えさせた。


アニマル浜口と化したダモシ以下、
同団体の父母、小学生たちが
団体のプライドをかけて
最年少ジュニアを応援。

限りなくフリーなルールが
やはり向いているジュニアは
ハイキック連発。

セコンドもダモシの怒声が相手を圧倒。


ジュニアは結果、
初勝利どころか銅メダルの快挙。

型での一対一でも銅メダル。



アウェーでの
フリーバトルが向いている
という

ひとつの結果がでたといえよう。




ジュニアは終わったが、
お兄ちゃんたちの団体戦がある。


ダモシとしても、

もはや懐いてきている彼らの応援をして、
同団体特殊部隊の他団体制圧を
後押ししなければならない。








posted by damoshi at 15:39| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

バカ親、一喜一憂





今宵は
ジュニアの空手の関東大会
ということで、

等々力アリーナへ出向いた。



関東大会だが、

空手には
もとより各流派があるからして

他流試合でない場合は、

その流派の大会となる。




・型



・組み手


二つの種目に参戦するわけである。


デビュー戦だった前回は、
いずれも初戦敗退の憂き目を浴びた。


今回は、いかに。



型は、ダモシも驚くベスト4進出。

三位決定戦すなわち
銅メダル決定戦で敗れて第四位に終わったが、

それでも賞状を授与され、

ジュニアもダモシもご満悦
と相成った次第である。





KARAX1.JPG




幼児と小学生綯い交ぜの中での
同じクラス(段/帯)大勢がアリーナ内に
一堂に介して

まずは予選ラウンド。


100余人の中から
集団の中での型披露を採点されて
人数が絞られていく。


前回はこの段階で、敗れ去った。


そのリベンジ。


だから
ファースト・カット生き残れば良い

と思っていた。



ところが、

ベスト8まで残っていくジュニア。



ただ、

今宵は最初から明らかに
ジュニアの気合いノリが良く、

型もビシッと決まってはいた。




(<ん?今日は全然、良いぞ?>)

と内心感じていた。


しかしながら大勢の中での埋没感を
鑑みると、

その中で最も小さいジュニアに

師範たちの目が行き届かないのではないか?

フェアな判断が出来るのか?

という穿った見方を持っていたからして

生で見ていても
ファインダー越しに見ていても
他の人と相対評価しても


<明らかに良い>とは感じていたものの、

正当な評価がくだされるか否かという点で
ダモシは疑問視していたのである。



ところが、

師範たちは
正当な評価を下した。


小学生らに交じり、

ジュニアがベスト8まで勝ち残ったのである。




ダモシはもうその時点で
込み上げるものを堪えることで精一杯である。



努力した者がすべて報われるわけではない。
だが、
成功した者は皆、努力した。

という格言に則ると同時に、

ダモシ自身も
もはや勝ち負けでいえば
酸いも甘いも噛み分けてきた齢である。

百も承知、という世界観の中でしかし、

前回は
努力しても報われなかったジュニアだが、

今回はこうして
ベスト8まで残ったという結果で
きちんと報われたということで、


自身として嬉しいだのということではなく、

ジュニア本人の努力を思えばこそ
込み上げるものがあったわけである。




karax9.jpg



しばしの休憩。



八強からのさらなる上への闘いは、

一対一の直接対決評価となる。



ベスト8すなわちそれは準々決勝。

だから
これに勝てばベスト4進出となり、

五輪でいうところのメダル圏内に入ってくる。





<何が何でも準々決勝を勝て!>


ダモシの激が飛んだ。



そしてダモシもアリーナへ下り、

セコンドとしてついた。





<アリーナ内に入られてご覧頂く親御様は、
 正座もしくは胡座にてお願い致します>

という館内放送を無視したダモシは、

スタンディングで
今にも乱入しそうな勢いで𠮟咤した。



<気合い入れろ、気合い!>と。




準々決勝。相手はむろん、小学生。

身体も幼稚園児のジュニアより
当然大きい。

だが、段(帯)は同じだ。

組み手でも勝てる可能性はある。
型で負けるな、と。




一対一のベスト4進出を賭けた準々決勝。




karax10.jpg




もはや途中からダモシはガッツポーズで
アピール。


<勝ちだな>

<誰が見ても勝ちだろ>

<明らかにこっちの方がいいぞ>

<ああ、こりゃ勝ちだ、勝ち>


と声を出し、

ますますバカ親と化身するダモシ。



ムーヴィーを回すワイフにも語りかける。


<こりゃ、勝ったでしょ>と。




ゴング。


審判員の旗が一斉に上がり、

満場一致で、白(ジュニア)の勝利を告げた。




瞬間、ダモシは左手を突き上げガッツポーズ。


それを見たジュニアに
指差し&親指立てで健闘を讃える。




kara11.jpg





準決勝。

均衡な勝負はしたが、
ダモシが見ても負け。

無念の敗北。



だが、準決勝で敗れた者同士が
敗者復活戦つまり三位決定戦(銅メダル決定戦)
という五輪方式。


しかし、もはやジュニアの集中力は途切れていた。

準決勝〜三位決定戦と
間断ない進行に、

相手よりもジュニアの集中力が途切れたようだ。


実力負け。


結果は四位と相成った次第である。





しかし、これはダモシも驚く

予想外の大健闘である。




バカ親ダモシ、

ここでまず一喜。









*****








ランチ休憩を挟み、

組み手のトーナメントへ。



前回は
小学生も交えてのもので
初戦敗退したが、


今回は同じ幼児限定のものである。


勝算は大いにありと思われた。


だが、落とし穴がある。


幼児限定という仕切りは良いとしても、

レベル(段/帯)混在のため、

ジュニアよりも
キャリアもレベルも高い相手も混じってくる。



しかし、

強い馬は
どんな相手でもどんな馬場状態でも
強い勝ち方をして
勝ち切る。



勝負ごとには

必ず
あらゆるエクスキューズが介在するが、

それを包含したところでの
結果論、強弱である。




前回以上に、

相手を押し、手数も上回ったが
ルール上、負けた。



初戦敗退。


これにはダモシもワイフも怒った。





まず、立てられるエクスキューズをあえて書いてみる。



・前回同様に、腹部のみが攻撃可能箇所である
 というルール設定



さて、これが
そのままエクスキューズになるのか?

を検証してみる。



このルールは、全員共通のものであるからして、

エクスキューズにはならない。



つまり、

<皆、同じルールで同じ条件で闘っている>

という前提があるからだ。



これがエクスキューズ、あるいは敗因として
成立し得るためのロジックが何かあるのか?

となれば、


ある。



エクスキューズというより、敗因である。



腹部だけが攻撃可能箇所で
腹部に一本決めれば勝利である
というルールは、

ジュニア自身もデビュー戦で経験している。



だから、

それを理解していなかった
という論は成り立たない。




だが、ここが格闘技の難しさである。


毎度記載するように

例えば
ダモシが
ダモシよりも身体が小さく細い相手と
相撲をとる。

ダモシが惨敗する。


なぜか。

相手は毎日、相撲をしているから
相撲という競技での闘い方と身体の使い方、
相撲のルールなどを
知っている。


それをしていない、知らないダモシが

いきなり相撲という

ダモシにとっての異種格闘技戦のリングに
上がった場合、

相手になるわけがない。




全盛期のマイク・タイソンが
いきなり土俵で
全盛期の小錦と
相撲ルールで相撲で勝負したら
99.99%勝てない。


何度も記載しているように

当時反響を得たグレイシーは、

グレイシーの得意とするルールでの
闘いしかしなかった点が

連勝を重ねた最たる要因の一つでもあるのだ。




全盛期のアントニオ猪木と
ヒクソン・グレイシーが、

アントニオ猪木の提唱していた
異種格闘技路線で
プロレスのリングで勝負していたら

99.99%、猪木が勝ったであろう。


その逆は、グレイシーが勝つ可能性が
限りなく100%に近い。



要するにこういうことなのである。


これが格闘技の難しさである、と。



空手はしかも多くの流派がある。


ジュニアが通っているところも
ある一つの流派である。


その一つの流派の中でも

ジュニアは

<他流試合に出られる特別枠>たる
支流にも属している。



その、
他流試合OKという限られたメンバーがいる
支流に属するジュニアは、


ルーティンの道場通いにおいては、

他流試合に備えたスパーリングや組み手を
行っている。



要するに

前回同様、この大会におけるこの流派のルール

腹部のみが攻撃可能箇所で
そこへの的確な打撃がポイントになる


の練習をしていないのである。




前回はそのルールを直前に知ったことで
会場でダモシが付け焼き刃で練習を施し、

今回は
そのルールは知っていたから
一週前にダモシが
練習を施した。




だが、

ふだんからやっていない。



今宵の組み手トーナメントに出場した
同じ幼児グループの中で、


他流試合OKに属しているのは

ジュニアただ一人。



その他の子供は、

ふだんから
その流派のルールである<ボディ(腹部)>
対策の練習をしている。




この差は、

まさに

異種格闘技戦といえるわけである。




このルールにおけるジュニアの闘いぶりは

まったく、なっていない。



前へ出て手数も多いのだが、

腹部への的確な打撃がほとんど出せない。



他の子供を見ていても分かるが、
ジュニアの相手となった子供も、

いずれも

手数は少ないが

相手の動きを見て

的確にポイントになる
<腹部への打撃>に意識を集中して
闘っているのである。



この差は、実に大きい。




どうもジュニアが窮屈そうに闘っているように

見えるのである。





<勝てるわけないだろ!>と怒るダモシ。


ワイフは
<勝てるわけないという部分を超えて、
 対応するだろうと思ってやらせている>

と言う。



<俺もそうだったけれど、
 異種格闘技戦状態になったら
 いくらなんでも難しいぜ>と言うダモシ。




このルールでの試合に今後も出すか否か。


これは判断のしどころである。



来月には
舞台を横浜アリーナに移しての
全国大会があるが、


既に出走エントリーしているが、


それも再考しなければならない。



その全国大会での
このルールでの勝利を目指すなら


<このルール対策で徹底して練習するべきだ>

と主張するダモシ。


もう少し柔らかい考えをするワイフ。



考察が必要であろう。







<明日で、向き不向きが一つ、分かるだろう>

とダモシ。




なぜならば、明日の大会は

他流試合である。



あらゆる流派の空手キッズが集結しての

ある意味で
リアルな関東大会である。



だが、
そこでのルールは100%認めるには至らない。



ダモシが望むのは、

全身攻撃OKである。

リアルファイト・ルール。



そうすることで、
ジュニア得意の回し蹴りやハイキックも
生かせる、と。


手かせ足かせのルールと
猪木アリ状態の中では、


ジュニアは戸惑い、真価を発揮できない

というのが

ダモシの考えである。




ところが明日の他流試合も

・ローキック禁止

と定められている。




<なぜだ>と。


・上段(ハイキック) 三点
・中段(ミドル) 二点
・突き(パンチ) 一点


など、ポイント制になっている。


そして、下段(ローキック)が禁止。



いつも拙宅での
スパーリングでは、

ジュニアのローキックの強さを

イヤというほど知っているダモシからすれば、

それを使えないということがまた
手かせ足かせをハメることにならないか?


と懸念しているわけである。





今日は、お腹だけ。
明日は、顔もいいけど、ローはダメ。



これではコンフューズするだろう。


しかも、まだ幼稚園児である。






これらのようなことが、

エクスキューズではなく、

手かせ足かせという
敗因の一つを招きかねない

と感じるわけである。





前回も今宵も、

判定で負けているのだが

負けている気がしないのは、

いずれも押しているからだ。



気合いで負けたり、メソメソしたり、
チキンになって手を出せないで
KOで負けたり

であれば、

ハッキリとする。



だが、

どうも負け方がすっきりしないのである。



それが実に腹立たしい。


努力の成果も
へったくれもないだろうよ、と。


<キョトン>としてしまうのである。






と、

一喜の後に、一憂がやってきて、

空気も悪くなったが、



明日は明日で藤沢まで出向いての

ダモシも熱くなりそうな
<他流試合>である。




未だ

二大会での組み手戦では、

ダモシは声を荒げていない。



他の親は他の親でこれもまたバカ親だから、

かなり
エキサイティングになっている。




明日は他流試合であり、

ローキックは禁止でも
顔面アリ
ということで、


エキサイティングがバトルが展開されることが
想定されるゆえ、


ダモシもセコンドとして乱入して


いよいよ声を荒げてドスを利かせるか

といったところである。






kara12.jpg









いずれにせよ


闘いという名の勝負ごとには、


常に

<運>というものは介在する。



その運は、トーナメントの場合は

クジ運(組み合わせ運)も含まれる。




そして上述したように、

エクスキューズとは別の

敗因につながる要素の存在も無視できない。





だが、


究極的な厳しい見方をすれば、


勝負は

どんな状況や環境、相手にも対応して

勝ち切ることこそ

本当の強者である



という論理である。





それこそ競馬が分かりやすい。


・馬場状態
・ローテーション
・騎手

その他、あらゆる要素を勘案して

予想されるわけだが、


要素によって左右されるような馬は

本当の強者ではない。



いずれも過去の名馬は、


強い者はどんな状況下でも勝ち切る

という姿を見せてきた。





極論的な言葉でいえば、


<勝った者が強いのだ>ということである。




だからこそ、

敗北は敗北として素直に受け入れ、

次なる闘いへ
フォーカスを移行しなければならない、と。






流派内での大会は今宵で二度目。

組み手は、二戦二敗。
いずれも初戦敗退。

型は、
・予選(初戦)敗退
を経て

今宵は大健闘の
・第四位

というジュニアの戦績。



明日の他流試合デビューで、

・型
・組み手


どんな内容を見せるか。



楽しみである。








karax8.jpg



最下部クラスのジュニアがいる幼児から、

オトナやシニアまで

大勢の空手マンが集まった等々力アリーナ。




空手ルール&この大会ルールで

闘った場合、

ダモシも
小学生高学年相手でも苦しいだろう。


それだけ"やっている人"と"やっていない人"の

差はある

ということである。






karax7.jpg




karax6.jpg




等々力アリーナ。

等々力緑地内にある。

同緑地は

テニスコートや
大学及び高校野球が行われる野球場、
サッカーのフロンターレ川崎のホームである競技場
などのスポーツ施設から

川崎市の市民ミュージアム、公園、
日本庭園などまでが並ぶ

コンプレックスになっている。






karax5.jpg









最後に、今宵のあじさい。


今宵は、等々力緑地より。





karax3.jpg




karax2.jpg





















posted by damoshi at 18:28| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

女心と梅雨の空






今週は久しぶりに
オフィシャルでの酒席があり
未明の帰宅になった。


神楽坂の料亭

某ホテルのシガー・バー

送迎車で帰宅

という

バブル時代のようなコースで
ダモシもご満悦となったわけだが、

大半が不惑後半で
ダモシもアラフォーということで、

いずれもやはり
バブルを経験している面々ゆえに


"あの頃"の相場観が消えずに生きている

ということが

そのようなコースになる要因の一つでもあろう。



ちょうどニッポンが
バブルもすっかり弾けて
ダサダサ極まりなくなる頃合いに

タイミング良くニューヨークへ渡り、

"普通に"
マンハッタんのホテルのバーや
マイアミビーチで飲むポスチャーに
親しんでいただけに、


自身の実質はどうあれ

"不景気感"というシャビーさは
極度に嫌う性質があるのもまた、


高度経済成長を経て
既に幼児期や少年期には
モノが溢れていて、

大学時代から社会人時代初期にかけては
バブルという、


モノがない時代
就職難時代
不景気時代

を経験していない世代=アラフォー

特有の善し悪しは両面ある、と。




その、善し悪し両面の中で、

いずれにも属する
アラフォーの特性の一つは、


<冒険>が出来ることである。


海外へも"普通に"出られる頃合いと
青春時代が合致したことも大きい。

またそれは
同時に
ニッポンがさらにダメになった時代と
歩調を合わせているから、


それこそ冒険しなければダメだな

と割り切った世代でもある。



それに引き換え

現在の三十代前半から下は

実におとなしい。


そして、実に真面目である。

堅実ともいえよう。


すべて良い意味で、である。



だが、
そこにディスアドバンテージがあるとすれば


やはりアラフォー・ダモシからいわせれば

冒険心に欠けている

という部分と、


表裏一体にある

やんちゃさが足りない=おとなしい

と同時に、


男としての狩猟能力に欠ける

点が目立つわけである。



女性を引っ張るというパワーと
マグネタイズドな磁力がない。



男という観点で見れば、

対女性

の部分で、


現在の三十代中盤と前半より下の世代は

ごり押ししてでもとか
なにがなんでも

といった部分も含めての

パワーと磁力が乏しい。




まだまだダモシ世代=アラフォーには

今もそうだし

今より若い二十代、三十代の頃は

現在の彼らとは
比較にならぬほど


虚実皮膜綯い交ぜの上での牽引力があった。

対女性という意味で。




時に嘘をついてでも女性を引っ張り、

己が胸に抱く。

危険や冒険は分かり切っていて

俺についてこい

とやる。



女もまたそれを
嘘だと分かっていても
確証がないとは分かっていても


その嘘をつき通すパワーと

言った手前
何が何でも実現さしたろう
という男の野心に


ついていってしまう。



そういう構図に、男と女の

惚れた腫れた的部分も含めた上での

機微がまた生まれ得たわけである。




<嘘でもいいから、大丈夫だ!と言って欲しい>。



ダモシも
この言葉を一度、今のワイフに言われたことがある。



まさに
その言葉が象徴しているわけだ。



嘘でもいいから

パワーを見せろ、と。

男なら狩猟せんかい! と。



手前味噌でも何でもなく、

そうやって
ダモシも引っ張ってきたし、

ダモシ世代の男共通にして
その要素は持ち得ていた。


今後も持ち続けていたいものである。



功罪両面あれど、

バブルを経験しているということは
ある意味で
そういうことである。


会社の経費を使いまくって
昼から銀座の寿司屋で三人前を食らう。

クライアントと打ち合わせで食べましたよ、と。
だから領収書ね、と。



浮気を問われても絶対に認めない。
徹底的に認めない。


嘘でもいい、確証は何もない。
だが、己がやることは必ず成功すると言い切る。

己の選択は、己自身が信じているのだ、と言い切る。



そういった豪放磊落さは、

男なら必要である

ということを言いたいのである。





バブル時代からワープしてきたような

夜を

たまに過ごせば、


そういった逞しさを
改めて己自身に言い聞かせる薬にもなる。





男はダメだ。

そう観念した女が

社会というターフを駆け抜け
男どもを差し切って

ゴール板を先頭で駆け抜ける背景には、


こういう時代観もあると考える。





ウオッカである。




ウオッカのような女も社会には今、

多々いよう。


それはそれで良い。

米含め、それは当たり前のことである。




だが、

そこで男がやられっぱなしなのは

いただけない。



いくらウオッカであっても

甘えたい気持ちはあるのだ。



要は、甘えられるターフがそこにあるか。


雨でどろんこになれば
ウオッカとて

<アタシ、走れないわ…>と弱音を吐こう。


右回り&関西

では

<アタシ、根っからの山の手娘だから
 関西では走れないの…>



突然、弱虫に化身するやもしれぬ。






ダモシが絶対に避けるべきと進言している

ムダ・レース<宝塚記念>に

ウオッカが出るという。



ウオッカというよりも

女(ウオッカ)に騙された男(陣営)が

調子に乗って
宝塚記念に出走させてしまう。




これが、いただけないのである。



一昨年も

ダービーを勝利した後、

ダモシは提言した。



<宝塚記念に出れば負ける。
 ムダな消耗をさせずに凱旋門に絞れ>


と。



だが、調子に乗った陣営は

宝塚記念に出走させて惨敗させた。


以降、ウオッカはひねくれて
一向に走らなくなった。



そして今年。


驚異の強さで東京で勝ち続けるウオッカに対して、

年内引退を決めていたはずの
陣営が

調子に乗って


<年内引退を再考>だの
<海外も視野>だの

挙げ句の果ては


世紀の愚策<高速道路1,000円>に匹敵する愚策
である

日本一ムダなGIレース<宝塚記念>

に出走させると言いだした。





ウオッカはこれでヘソを曲げるであろう。

最悪は故障という憂き目も

ダモシは懸念する。




なぜ、

宝塚記念に出すのか

まったくもって理解は出来ない。



いいじゃないか、年内引退で。


春はもう休ませて、

秋は東京の
毎日王冠→天皇賞・秋

でいいじゃないか、と。




その後は

ジャパンカップか有馬記念いずれか一本。



年内この

あと3レースで十分なのである。




なぜここで宝塚記念を欲しがるのか。

ウオッカを潰す気か、と。





ウオッカの女心と、

宝塚の梅雨空を、

"ちゃんと"読まないと

とんでもないことになる。




陣営には今から苦言を呈しておきたい。



やめてくれ、と。

宝塚は出さないでくれ、と。




出たらウオッカは買わない。


ダモシが
ウオッカを買わないときは、

ウオッカは走らない(負ける)

という法則は生きている。




宝塚は、ディープスカイに勝たせておけば

良いではないか。


ニュートラルに見ても

そう思える。





ふだんは

とても可憐な女には見えないウオッカ。




だが、梅雨空の下では

可憐なあじさいに化身するぞ、と。


そして
宝塚は走らないぞ、と。



そう陣営には提言しておきたい。




男なら、

引く(欲をかき消して女性を休ませる)

度量とクールさも必要なのである。


アラフォーがそう出来るように。






ウオッカをこの春シーズンはもう、

あじさいに化身させて

休ませてあげるべきではなかろうか。









:::::






今週のあじさい。

田園都市某所より。





09ajisai11.jpg




09ajisai10.jpg




09ajisai12.jpg




09ajisai13.jpg




09ajisai14.jpg




09ajisai15.jpg













posted by damoshi at 21:26| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

紫陽花の季節







紫陽花の季節がやってきた。


同時に
それは梅雨。



梅雨という
忌々しいシーズンの中の

唯一の良心であり、救い。



それが、紫陽花である。

可憐なオトメの恋心のような花で

ダモシは
これが大好きである。


特に、雨に濡れたそれは

時にドキッとする。






今年の紫陽花シーズン。



まずは
今宵の千葉県内某所から。






09ajisai1.jpg




09ajisai2.jpg




09ajisai3.jpg




09ajisai4.jpg







この時期の紫陽花といえば、

まずは高幡不動。

<あじさいまつり>が開催中だ。


ぜひ、行きたい。




六義園や浜離宮は

まだもう少しあと、今月中旬からが見頃。




紫陽花の王道は、鎌倉。

その名も<あじさい寺>は明月院。


これもまたぜひ、行きたい。




都内では
京王井の頭線の線路沿いに咲き並ぶ

紫陽花もまた良い。





このシーズン。


適宜、各所からのそれを掲載したいところである。


















posted by damoshi at 00:26| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

付:246の夕陽






度々掲載している

<オールウェイズ、246の夕陽>。



拙宅から見る西陽の空を指すのだが、

今週から梅雨ということで
そろそろ
それもオールウェイズとは
いかなくなるだろう。

七月のリアル夏のスタートまでは

しばし
<サムタイムス、246の夕陽>となろう。





昨日と今宵の

<オールウェイズ、246の夕陽>

を掲載する所存である。



空を切り取った写真集等あるが、

空を見て
何かを感じて切り取るなんぞ

それこそオールウェイズで

当たり前のことである。


ルーティンである。






0246y2.jpg




0246y1.jpg











posted by damoshi at 21:58| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安田記念/レヴュー






さすが武豊、さすがウオッカ。


という感じか。



既に強いことは
誰もが知っているが、


ウオッカの場合、

勝つときの
エキセントリックな作法が
大いなる魅力となっている。


牝馬としてのダービー制覇となった
一昨年の日本ダービー、

ダイワスカーレット、
ディープスカイとの三強激闘での
ハナ毛の差勝利となった
昨年の天皇賞・秋、

甚大な着差で圧勝した
前走のヴィクトリア・マイル等々。



今宵の安田記念もまた
エキセントリックな走りで、

ある意味で

ウオッカのレース・キャリアの中で
最も驚嘆させられたレースともいえる
内容で


勝利した。




そして、


・牝馬としての史上初の六冠達成

・牝馬歴代最高となる獲得賞金10億円突破


という新たな記録を付加した。




強いだけなら多々いる。

過去にも多々、強い馬はいる。
名馬も同様。



しかし

強いだけではなく、

勝つときの
そのエキセントリックな作法も
伴う

エンターテインな馬といえば

限られてくる。



オグリキャップや
トウカイテイオーがその筆頭格だが、

ウオッカもまた希代の
エキセントリックな名馬ということになろう。



武豊の本心は分からぬが、

少なくとも
ダモシに関しては

今宵は
最後の直線で前が開かなかった時点で



<あぁ、出られない。もうだめだな…>


と感じ、


視線を
外から差してくるカンパニーに移した。



ところが

テレビ画面が切り替わり、

最後の直線も
残りわずかな局面になって


まさに最後の三〜四歩程度で

ウオッカが
もの凄い勢いで差してきた。



もう、驚いた。

いくら何でも、といった感じである。


ディープスカイも
鞍上の四位も驚いたのではないか。



<あ、来た…!>と。







とにかく
ダモシの
ニッポン復帰&本妻復帰後における

最初の名馬はこのウオッカである。


<ダモシxウオッカの関係性>

ダモシが「勝てない」とした時は負け
「勝つだろう」とした時は勝つ
という相性




未だ生きている、と。




それは

<ダモシx甲府=晴れの法則>

と同様である。




晴れ男ジュニアの法則で

サニースカイ&真夏日になった今宵、

馬場も良に急回復して
ウオッカを後押ししたこともあろう。



同世代/アラフォーの武豊の
相変わらずのクールな事後インタビューでは
真意は計り知れぬが、


ウオッカの
エキセントリックな強さには

今宵も改めて驚かされた。










*****










武豊が騎乗した主な馬の中で、


武自身、
ウオッカはどのくらいの
ランクになるのだろうか。


聞いてみたい。




ダモシ不在の1ディケードでの
ディープインパクトと
スペシャルウィークを除く、

・スーパークリーク
・オグリキャップ
・メジロマックイーン
・エアグルーヴ
・サイレンススズカ
(・シーキングザパール)

そして
・ウオッカ。




それぞれ

<強いわ、こりゃ…>と感じたり

その勝ち方が
エキセントリックだったケースは、



スーパークリーク
(89年/秋の天皇賞
 全盛期のオグリを寄せつけず)

オグリキャップ
(90年/安田記念
 限界説吹き飛ばすコースレコード勝ち)

メジロマックイーン
(92年/春の天皇賞
 トウカイテイオーを退ける)

エアグルーヴ
(97年/秋の天皇賞〜ジャパンカップ)

サイレンススズカ
(98年/金鯱賞〜毎日王冠)



か。



馬的にエキセントリックだったのは

秋の天皇賞で
一着しながら斜行で失格するなど
ダーティ・ヒロイズム性が高かった

メジロマックイーンとなり、

ダモシも好きな馬だったのだが、


レース自体の
エキセントリックさを勘案すれば

やはりサイレンススズカになるのか。





死去した頃(=全盛期)の
サイレンススズカと

いつが全盛期が分からぬが

ピークのウオッカが闘ったら

どうなったのか。



そういう夢はある。



とりわけ

1,600mのマイル安田記念と
2,000mの毎日王冠や秋の天皇賞という

一連の府中レースで

いずれも東京巧者の

スーパークリーク
オグリキャップ
メジロマックイーン
エアグルーヴ
サイレンススズカ



ウオッカ

が闘ったら

という夢。



サイレンススズカが逃げ、

メジロマックイーンが強引に斜行して
二番手〜三番手につけ、

エアグルーヴとスーパークリークが
その後につけて、

ウオッカが中団、

オグリが後ろから来る。



最後の直線をイメージするだけで

わくわくしてこよう。



これにもし
ディープインパクトが加われば

どうなるのか、と。


まったくもって
ダモシとしては絡みのない
ディープインパクトに対しては、

やはり何も感じ入るものがないのが
残念である。









*****







年内で引退というウオッカ。

海外ももう行かないという。



残り、どういうレースを使うのか。

返す返すも
誤ったローテーションで
潰さぬようにして頂きたい。



そのためにもまず、

春はもう休養していただきたい。


くれぐれも
ムダなレースの筆頭である

宝塚記念は回避して頂きたい。




秋は


得意の東京に集約。



毎日王冠を叩いて

<秋の天皇賞連覇>
を狙って頂きたい。



問題はその後だ。


陣営はまたジャパンカップに
出したいのであろう。


場所も東京である。


だが、どうだろう。



最後の花道はやはり

ニッポンの年末の風物詩である

<有馬記念>に
万全の態勢で臨んで欲しいのである。



そのためにも

ジャパンカップ→有馬記念

という

最も消耗度の高いローテーションだけは
避けて頂きたいと


切に願うところである。










posted by damoshi at 17:36| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

晴れ男ジュニア







ジュニアはとにかく、晴れ男である。


旅行はもとより、
運動会に授業参観等の
オフィシャル・イベントいずれも晴れる。


昨秋の運動会はまさに顕著で、
その前後が大雨だったことを鑑みると
その日だけサニースカイだったのは
晴れ男の証明である。


今宵、父親参観日も
朝から絶好の真夏日のサニースカイ。


ここまで晴れれば
ウオッカも
多少馬場が稍重でも気分良く走ることができるか?

とも思うところで、

昨晩記載の予想にプラス
三連複も少々加えた馬券を

朝一番から新横浜へ出かけて速攻で購入し、

返す刀で
父親参観へと馳せ参じたわけである。



仕事柄、

物事の<仕切り方>には
とかくうるさいダモシである。


幼稚園のそれにも
常に苦言を呈したくなるものである。


むろん
その場では言わぬが、

心中は穏やかではない。



<なぜもっと上手に仕切れないのか>

と。





まずは<10AM開始>ならば、

きちんと10AMにスタートして欲しいのである。


だらだら教室で自由に遊ばせ続け、
ようやく
10:20AMになったと思ったら

<お片づけしてください>と号令をかけるも、

集合させた後で

<トイレに行きたい人は行っておいてください>
と、

その段階でトイレ行きを促す。



この時点でもう
ダモシの心中は穏やかではない。


10AM開始なのだから

その五分前には
<トイレに行きたい人は行っておいてください>
とやるべきであろう、と。


だらだらした進行が大嫌いなのである。


10:30AMになり、ようやく
父親参観というイベントが始まる。


この時点で三十分、押しているわけだ。



<なにをしとるのか>と。



それまで廊下でただただ延々と立って
教室内の子供を見る親の気持ちにも
なって頂きたい、と。




歌。

園児が唄う。

まあ、いい。

それを見るだけのことである。


ただ、そこで父親に参加を求められる。

これはまあ普通のことなのであろう。

ダモシが嫌うだけだ。



<もしもし>と子供たちが唄えば、

それに
父親たちが
<はいはい>と答えて唄う歌だ。


先生が父親に協力を依頼する。

照れながらも
素直に呼応して

ピアノの伴奏に合わせて
<はいはい>と唄う父親たち。



むろん、ダモシは
そんなことはしない。



(<早く終わらんか、これ…>)

と心中穏やかではない。



11AMを過ぎる頃、ようやくメインへ。



この日のメインは

父親と子供が一緒になって
工作を行うことである。



これがメインだから

ダモシはこれをさっさとやりたいのである。


これをちゃんとやりたいのである。


ただ見るだけ

余儀なく歌を唄わされる

ことは避けたい本質なのである。



ようやく教室に入ることができる父親たち。


子の隣に行って
一緒に工作をする。


お題は、<写真立て>制作。



どの親子も協力して
がんばってカワイイそれを作っている。




と、


突然

先生が演説を始める。




<ええ、時間ですので、
 ここで解散とします。
 あとはご自由に出来たら帰られて結構です>


と。




ダモシは思う。




<ほれ、見ろ>と。


だから言わんこっちゃない、と。




そもそもメインはこれである。


しかしながら
メインの途中で時間切れだから、

出来た順に勝手に帰れとはなにごとか、と。



それぞれの親子が一緒になって
がんばって制作したそれを

それぞれの親子が発表して大団円でお開き

になるべきではないか?



しかも

この日のメインは
その写真立てに入れる

子から父親への直筆レターを
手渡すというセレモニーがある。



それすら時間切れで、

先生からの解説に留まった。




本来、

メインであるこれを滞りなく済ませ、


それぞれの子から
レターを父親に渡し、

それを一緒にその写真立てに入れることで

大団円、完了、終了

と相成るべきであろう。





初動のムダな動きと仕切りの悪さが

こういった
メインの、

いわゆる尻切れとんぼ状態に陥らせた


筆頭要因であると断じる。





<まったく、なっとらん!>



ダモシはそう一人、心中で叫ぶのであった。





教室でだらだら自由に遊んでいるシーンを、

外(廊下)から
ただただ眺めるだけの

どこが面白いのか、と。


そんなものは
動物園の檻の中の動物を見ているのに等しい。



こちとら人間である。

そして皆、忙しいのである。


子供にとって大事な父親参観日を

もっと内容的にも
きちんとしたものにすべきではないか


と強く想うわけである。




少なくとも、仕切りさえ
きちんとできていれば、

尻切れとんぼにならずに

メイン部分をメインたるべく
遂行することはできるのである。



イベント進行のノウハウを教えて差し上げたく

なってしまうのである。



前座とメインの線引き。

時間の使い方。

盛り上げどころの明確化。



これらを普通に考えて遂行すれば良い

だけの話である。



昨秋の運動会の仕切りが良かっただけに

残念なところであると同時に、


この教室での参観というものの難しさを感じる。


小学校以上なら
授業そのものを参観することになろう。

それはそれでシンプルなことで
イベント的な仕切りは不要である。


だが、学芸会や運動会、幼稚園の参観日となれば

そこに
見せる要素としての
エンターテイメント性への視点角度と
仕切りの巧拙によって

大きな差異が生まれる。



この部分を考慮して頂きたいところである。




且つ、

どうしても
しゃしゃり出る母親という存在。


これが邪魔でしょうがない。



返す返すも
<父親参観日>である。


シングルマザーや
父親が仕事でどうしてもという場合は致し方ない。



だが、

そうではないケース


〜父親も普通に来ているのに、
 なぜか母親も一緒に来ている〜


が多い。




<引っ込んどれ!>と言いたくなるわけだ。



主役は子供であり、父親である。


そういう日くらい、

母親は引っ込んでいれば良い。



わざわざ
主題の中での登場人物(キャスト)に
入っていない"母親"がのこのこ来ることで

その場が混雑する上、


主題がぼやけるのである。



あくまでも
<父親参観日>なのであるからして、

のっぴきならない事情以外は


母親の参戦は遠慮願いたい。



これは何度言っても改善されない。

ほとほと、困ったものである。










とまあ、

相変わらずコンプレインの多い
ダモシではあるが、


ある意味で

ニュートラルに物事を見て

普通のことを言っているだけであると

自身では思う。




自民党の鳩山大臣も

日々、普通のことを言っているだけだが、


ほとほと
普通の当たり前のことが
普通に当たり前に進まないのが


ニッポン社会の悪癖でもある。




その社会とは、

霞ヶ関を筆頭とする
永田町などだけではなく、


小さな一介の幼稚園内でさえ

同様なのだから

始末に負えないわけである。






安田記念。



普通に、

勝ってしかるべき馬に
どうか勝って頂きたい。


どう考えても
どう予想しても

勝つとは考えられない馬が


よりによって
GIで勝つなどという
とんちんかんな結果にはならないように


いつもの通り

お願いしたいところである。


















posted by damoshi at 13:20| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

安田記念/プレヴュー






ウオッカが断然人気の、安田記念。

ウオッカ自身も昨年に続く連覇を
目指している。

前走での勝ちっぷりは
本来のウオッカの姿で、

状態も良いとのことで、

ここも必勝体制か。



穴を突くとすれば
<晴れ女ウオッカ>ゆえ

雨絡みの重、稍重、不良という
馬場状態への懸念である。


過去に
国内レースで大惨敗したのが、

ダモシが

・ムダなレース
・出走回避すべし

と散々説いていた


一昨年の
・宝塚記念

・有馬記念
である。


前者は圧倒的一番人気の
ダービー馬として臨みながらも
八着惨敗。

馬場は稍重。


後者も
JC回避→有馬一本に絞れ
と説いていたにも関わらず
JC〜有馬という暴挙ローテーションに出ての
十一着惨敗。


このときの馬場も稍重。




明日の府中。

東京は
木曜から雨が降っている。

ようやく今宵、夕陽が若干見えたが、

それでも明日の馬場は
良にはなり得ないだろう。


重か、良くても稍重。



まさに
<晴れ女ウオッカ>には不向きな
シチュエーションになる。


明るいサニースカイの東京。

これこそが
ウオッカが最大限力を発揮し得る
シチュエーションで、


じめじめ&陰鬱&ダークスカイを嫌う点が
ダモシ似でもある。



そのダモシからすれば
自分がダークスカイの重馬場や稍重を
走るのは気乗りしない。


だから

明日の空がサニースカイになっても
馬場が稍重か重なら
ウオッカが走る気をなくす可能性は否定できない。



その一方で、


空がサニースカイになり、

猛暑に戻れば、

稍重であっても
ウオッカが気分良く走る可能性も

同様にある。




そのどちらをチョイスするか。


それが鍵になるだろう。




いずれにせよ

ウオッカの扱い。



これが軸になるのは間違いない。






ウオッカが二着まで(連に絡む)として
イキと捉えれば、


相手は

・アブソリュート
・カンパニー
・サイトウィナー

・ディープスカイ

の四頭か。




ウオッカが三着以下に惨敗すると
捉えた場合、どうなるか。


最近の成績と
良ではない馬場に合致する
という点から

・スーパーホーネット

が人気になっているか、いかがか。


そのスーパーホーネット。
信頼するには
穴が多い気がする。


たしかにマイルは適性だ。

この近二年のマイルでの7レース。

時期が近い順に

一着
二着
八着
二着
一着
十一着
一着

となっている。

目立つのが
八着と十一着。

得意のマイルで惨敗している二つが
いずれも

東京(府中)であり
安田記念である
という符号。

その他はすべて
一着か二着に入っている。


府中のコースと
安田記念が苦手と見られても
仕方のない結果になっている。


しかも
スーパーホーネットが
マイル距離でのこの近二年のレースで
一着か二着しているレースの
コースがすべて

<右回り>である。

惨敗した府中は
<左回り>である。



そもそもこの馬。

その他の府中実績では

日本ダービー
(十五着)という
悲劇的なパフォーマンスを
レジメに残している。


この馬が
府中のコースで勝ったのは
今から遡ること4年前の秋。

デビュー四戦目で
たったの九頭しか出走していないレース。




馬場状態への合致からも
人気になっているスーパーホーネットは、



<そもそも東京に合わない性質>として、

ダモシは外す。






やはり
デビュー後の未勝利戦での
九着惨敗以外は、

GIでもGIIでも
大崩れしないディープスカイは
捨て切ることはできないだろう。


腐ってもダービー馬である。



本来的には
ダービー馬同士の
ウオッカxディープスカイで一、二着で決まりだろう。



ウオッカが消えた場合、
ディープスカイを軸として展開するのが
妥当なラインか。




ウオッカ、ディープスカイ
いずれが軸でも

人気のスーパーホーネットを外して

筆頭はアブソリュートを推したい。



安田記念への叩きと見て良い
前走(五着)を除いて

マイルは四戦四勝。

前走も叩きで五着とはいえ
上がりは33.5を弾いている。


マイル適性と
コース適性
(府中は六戦三勝・二着一回)から

侮れない存在だ。



父はウオッカと同じタニノギムレット。



絵に描いた餅だが、

アブソリュートとウオッカで
Absolut(e) Vodka




abvodka.jpg




ダモシの好きなお酒である。





続いてやはり

・カンパニー
・サイトウィナー。




ということで、



馬連で


ウオッカxディープスカイの
一番人気の組み合わせである
<3-6>は当たり前として、


以下、
ウオッカ流しで

3-8
3-9
3-18


ディープスカイから

6-8
6-9
6-18



の七点プラス、


・アブソリュート(8)
・カンパニー(9)

それぞれの単勝で

合計九点。













posted by damoshi at 21:10| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

26.5まで、の怪






相変わらずビジー&身体疲弊が続いているが、


ウィークエンドといっても
息が抜けない。


大いに疲弊した先週末の
西武ドーム行も一例だが、


とにかく
毎週末のルーティンで
オーケーストア行きでの
食料品買い出しミッションがあるから、

それは避けられない。




その他、

一人-夫婦-ファミリー

という三構造の中では

以前も記載したが
必然的にファミリーという構造の方が


諸々やることが増えるわけである。




要するに、

<じぶんじかん>とは別の

自分のことではないことでの
案件が多々出てくるというわけである。



特にファミリーの中の子供が
幼児である場合、なおさらだ。




来週の土日は二日間丸々

ジュニアの
空手の大会で

ダモシもスペンドすることになる。



前回もそうだが、これが疲れるのである。


関係ない子供たちの試合などが
ほとんどの時間を占めているのだが、

だからといって帰るわけにもいかない。

ジュニアの出番になれば
興味深く関わるが、

はっきりいって他人のことはどうでも良く
見る意味もない。


その膨大な他人時間を"待つ"という行為は

これまた異種の疲労感を伴う。



しかも
会場(土曜は横浜アリーナで、日曜は藤沢市)まで
車で出かけて、

関係ないが

開会式だの閉会式だの
皆でやる何だのも

微笑みをもって見ていなければならない。



それで朝から晩まで丸々スペンドとなれば、

そりゃあ
肉体的なことはもとより

己が心理的消費者便益
(休日のじぶんじかんの理想的な過ごし方
 を遂行することで満足に至る)
を満たすことがないからして、


大きな疲弊となるのだ。




むろん

がんばるジュニアの姿を見られるだけで
大きな価値があり、

ファミリー団欒という世界観では

大きな意味もある。





ファミリーとしての消費者便益は満たすが、


一方で
"個人"としての
ダモシ自身のそれは満たされない部分もある、と。



それがファミリー・マターの二律背反である。




今宵も
その大会へ向けて

"じぶん"のことはさておき、

オーケーストアへのルーティン買い出しの後、

ジュニアと
スパーリングを行い、

大会へ向けた練習を施した。



何十発もキックを浴びて、

これまた疲れた

と相成る次第である。






しかも、だ。


明日の日曜もこれまた

父親参観日ということで



<よりによって毎週末…>

といった様相で、


明日もまた朝から昼まで
幼稚園マターに関わる、と。




かわいい子供のためでもあり

子供関連のマターは
不可避であるが、


常にどの親も
二律背反はあるだろう。



要するに

特に母親においては


<自分のことがまったくできない>

というジレンマ。

それにより苛立ち。




幼児を抱えながら

己自身のライフワークや夢、
仕事や趣味等々をも行うには、


大きなパワーが必要であると同時に、


一人時代や夫婦だけの時代より
お金もそれなりにないと難しい


という現代になっているのであろう。




それが子供が減少している

何十、何百もあるだろう要因の中の
一つ

になっている気もするわけである。





ただ、そこは現アラフォー世代という

バイタリティ溢れる世代。


この世代から
初産年齢も高くなってきている上、


今も幼稚園のママたちは
いずれもアラフォーだったりしていることで、

己がバイタリティ
(若い時代にバブルを経験していたり
 海を渡り始めた世代であったり等々)

をもってして、


子育てと己が遊び、趣味も

両立させ得ている、と。






子供は、

たとえば
父親がいくら一生懸命仕事をして
稼いでいることを理解したとて

毎日疲れて帰ってきて
ろくに相手もしなかったり

土日も同様であれば

心が離れるものである。



実体験でそれは分かる。


ダモシの帰りが遅い日が続くと

ジュニアは
眠い目をこすりながら

今日こそお風呂でダディと遊ぶ
といって起きて待っている。


自ら
コミュニケーションをとろうとする。



そして土日でも
肌を触れ合わせて空手のスパーリングをやれば

自分へのアテンションが向いている
ことを確認して

喜ぶものである。





pay attentionは、とても重要である、と。






だから

もともと何事も素早いダモシであっても、


競馬の予想も読書も
なにもかもがより素早く短時間で集約するように
なってきた。


のんびり読書でもするか

のんびり競馬新聞でも読むか


ということはもう、あり得ないのである。










*****








ダモシの
オフィシャルの革靴が壊れたことで、


今宵
靴店に新しい靴を物色しに行った。


ところが、
ここでまたサイズ問題が生じた。



そもそも
既載しているように、

シャツにしても

サイズがニッポンでは数少ない。



XLやXXLがないのである。



<ちゃんと、置いておいてくれよ…>

と常に嘆く。





靴である。
スーツに合わせる革靴である。
メンズである。


という前提がある。


しかし、その靴店。

スーツに合わせる革靴のメインの棚。

ある程度、
デザイン的にも欧米的な
"ちゃんとした"ものが各種並んでいる。


<まあまあ、いいじゃないか>と選ぶダモシ。



ところが、
棚に陳列されているどの靴も

その下にある在庫の箱を見ると

サイズが

24
24.5
25
25.5
26
26.5

なのである。

最大で26.5止まりなのである。


<はあ?これ、レディースか?>とダモシ。

ワイフが問い合わせる。



と、店員は平然と言う。


<26.5までが通常です>。


で、

<27より大きいのですと
 こちらの棚です>と指差すが、

そこにある靴は種類が限られていて

デザイン的にもポスチャー的にも
シャビーなものばかり。




ダモシは純粋に問うた。



<そもそも男で、24とか24.5って…>

<それが普通っておかしいでしょうよ>

と。




インターネットで出てくる情報では

日本人成人男性の
靴の平均的サイズは26〜27ということだ。


これが正しいのかは分からぬが、

感覚的なところでは
ダモシも25〜27では?

と思っている。



となれば逆に

メインの靴棚に置くべき靴のサイズ群は


25
25.5
26
26.5
27
27.5


ということにならないか?


<27以上は異常>とでも言いたげな店員のいい方と

その店の陳列方法に

大きな疑問を覚えた。



それこそこの問題は、

ダモシの服の問題

<XLとXXLを置いておいてくれよ>以上に

難しいことではないと感じるがいかがか?


27や27.5サイズのメンズの靴を置いていることは

逆に当たり前ではないか?

と思えるのである。



それを置かずに、

平然と
24だの24.5だのという
<オールモースト、レディースだろうよ、それ>的な
サイズを陳列する感性に

大きなコンプレインを抱いたわけである。



幸い、

28サイズのもので
納得できる靴があったから事なきを得たが、


これで見つからなかったら、


もっと大きな"取材"的な攻撃が
その場で店員に展開されていたであろう。



あえて言わなかったイヤミな言葉は以下だ。




<27と27.5を置かずに
 24と24.5を置くという
 その絶対的根拠は?

 それがスタンダードだとする
 明確な理由は?

 マーケティング的にちゃんと調べたのか?
 24と24.5の方が27や27.5よりも
 こういう革靴を履く人口が多いという
 データはあるのか?>。



靴が見つからなかったら

これを投げかけて店員を困らせたであろう。



答えられない質問を意図的にすることが
イヤミだからである。



店員の趣味趣向で決めてはいけない。

ゼネラルな店においては
よりゼネラルな観点で
市場的にスタンダードなサイズを置くべきである。


それがサービスだろう。



例えば大きなゼネラルな書店で、

マニアックな単行本を置いて

山崎豊子の<運命の人>や
村上春樹の<1Q89>を置かなかったらどうなる?


と。





いつもそうだが、


<XLやXXLでごめんね。
 27.5-28サイズで悪かったね>


と言いたくなるのである。



米では"普通"だったから、

よけいに
このサイズ問題は常に不便さを覚えるのである。




今やニッポンにも

普通に
XLやXXL、27.5-28サイズはいると思うのであるが

いかがであらふか?









明日は安田記念。


ウオッカが登場する。

果たしてどうか。

やはり今週も雨が影響しそうな気がする。



明日は父親参観日だから
新横浜へはそれこそ朝一番で
行かなければならないか。



安田記念に関しては、



のんびりの二律背反で
"速攻で"分析したいところである。












posted by damoshi at 14:36| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

旅<9-STATES>行程が決まった






先般の西武ドームで観戦して以来、
巨人絡みのゲームが連日延長戦になっているようだ。

4試合で46イニングス(通常36イニングス)で、
一敗三分の巨人。

今の巨人にとっては
引き分けは勝ちに等しいから、

延長になれば
分け狙いにいくきらいがあり
いかがなものかとは思う。

そもそも
先般記載した通り
見ている方は疲れる。

それが遠い西武ドームなら
なおのこと早く帰りたいと思う。

そんな状況下で
打てない点がとれないという
シャビーな様相で時間ばかりが経過するのは
やはり由々しきことであり、

ダモシ論である

<そもそも延長がなぜ12回までなのか、
 まったく理解が出来ない>

<延長するなら無制限。
 やらないなら九回で終わり>

こそが良い

と思えるわけである。

どうしてもイニングス制限を設けるなら
やはり15回だろう。


12回という設定は
ハナから
中継ぎと抑えを駆使して
コマ切れに投手を出していけば
通常は打てない
という状況を勘案した上での

<引き分け>を助長しているムキが

ハナから見え隠れして
好感が持てない。




・高速道路1,000円の大愚策

・記号アソウの居座り政権

同様、

ダモシはこの

・延長12回制

には大反対である。





まあ、いい。





旅<9-STATES>である。



そのデスティネーションと逗留地が
紆余曲折の末、決まった。



エントランスが<余儀なく薩摩>。

これは既載の通り。



その薩摩での初日の逗留地。

指宿をあきらめ、
翌日の移動を勘案して

天孫降臨伝説の地<霧島>に決定した。

霧島といえば
<日本最初のハニームーン旅行>で名高い
坂本龍馬と妻の新婚旅行の地でもある。




二日目に
黒川温泉というプランを持っていたが、

ここで<添い寝の幼児>問題が
手かせ足かせとなる。

老舗の名旅館が多いことから
添い寝の幼児の受け入れが
ままならない宿が多い。

そもそも
そういう不便さは嫌う性格ゆえ

<なら、いい!>と消去した。



だが、既載の通り、

移動距離を考えると

・由布院/湯布院温泉

・福岡

はあり得ない。

しかも

・熊本市内

は、
<ファイナリー、通潤橋>の旅に
温存するべく避けたい。



ダモシはワイフに告げた。


<ならば、阿蘇だ>と。


ワイフも
薄々、阿蘇が興味深いと感じていたようだ。



ところが阿蘇。

これが山岳リゾートゆえに
ダモシの嫌いなオーベルジュや
ロッジ、ペンション系が多く、

まともなホテルや好旅館がない。


しかも
いずれも食事が肉。


薩摩・霧島での宿で
黒豚など肉食を多々食すので、

連続でのそれは厳しい。




そして考えた。



<阿蘇>を
二日目の観光のデスティネーションとするが、


逗留先は熊本市内にしよう、と。


そして
せっかくならば熊本城、行ってしまおう、と。



ということで
熊本市内でも
前回逗留したキャッスルや
JAL等のシティホテル系のハイクラスではなく、

市内にある隠れ家的な旅館にしよう

と相成り、

決定した次第である。




そして最終日。

これは熊本市内から一気に北九州、門司へ行き
関門海峡を渡って下関へ。

ふぐを食してまた九州に戻り、

福岡は博多メイン部に逗留する。




温泉(霧島)、旅館(熊本)系
と続いてきたから、

博多はそれこそシティホテルであろう
ということで、

ハイアット・リージェンシーをチョイスした。




エアもレンタカーも手配した。

レンタカーは経費スペンド軽減を考慮し
プリウスを予約した。




初日:薩摩/霧島逗留
二日目:阿蘇〜熊本/熊本市内逗留
三日目:門司〜関門海峡〜下関〜博多/博多逗留


エアは
往路が羽田〜鹿児島、
復路が福岡〜羽田、

それぞれ往路はANA、復路がスカイマーク


という世界観で


旅<9-STATES>が決定した次第である。




これもまた

<ディスカバー・ジャパン>シリーズで

フィーチャーされよう。
















posted by damoshi at 23:23| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。