2009年12月31日

紅白放談-4




〜余興。マイケル・ジャクソン


(S)

五木さんは
森さんと比べると変わらないなあ。


(D)
森はやっぱり
森との別離や例の騒動のダメージが…。

MJのコレ、キツいなぁ。


Heal the world。
こういうのがまたイヤなんだよ、俺は。
世界は一つみたいな。
子供がいっぱい出てきたりするやつ。



(S)
キツかったっすね(笑)
あ。カエラちゃんだ。

(D)
初めて見るけど、
木村カエラ、いいね。
これはいい。紅白違和感でいい。
初めて出たときの中島美嘉とか一青窈とか
けっこう違和感あったからね。
木村カエラはGood。


(S)
カエラちゃんはいいでしょう(笑)
アリスや!


〜アリス、登場


(D)
う〜ん、アリスは技だなぁ。
みんな立ってるもんなぁ(笑)
立ってるのが
おばあちゃんみたいのばっかで(笑)
NHKホールが
アリスのコンサートになるもんなぁ。

春日とか邪魔なんだが。
よく考えると中島美嘉のバラードへの
引き立てにはぴったりだわな。


(S)
マスターズリーグ
っぽかったっすけどね。
まあ技だよなあ。


(D)
(爆)。技でしょう。
立たせたのは事実だし。

それにしても
中嶋はさらに病的になってるね。

あぁ、
俺はこの「ゆず」も苦手なんだわなぁ。



(S)
ちょっと
(ゆず)のマエフリがなあ。
まあ頑張って欲しいけど。


(D)
男のユニットは魅力感じない。
男ならピンでやれって。
お涙頂戴やってたら
俺なんかいっぱいありまっせ。

それこそアンジェラの方がいいっす。


(S)
てもこの時間帯は
応援歌ゾーンでしょ。


(D)
布施明は英断したね、今回。
紅白に異議を唱えて、
自ら今回で身を引く、と。


〜布施明、登場。


(D)
あぁ、布施のmy wayは絶品だね。


〜福山雅治、登場。

(D)
あ〜あ、
福山は持っていっちゃうよなぁ、いいところ。
来年は一人勝ちのムードあるし、
乗ってる感じだな。
オンステージだったな、こりゃ。

つらいな、その後の幸田クミが。







posted by damoshi at 22:45| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紅白放談-3




紅白テーマソング、合唱。


(S)
いらんすねぇ。

(D)
いらんねぇ。

でも絢香だけ良かった。
絢香は色っぽいねえ。歌もうまいし。
最後の方だね、絢香は。


出るぞ?
ボイル女史。


(S)
来ますなぁ、おばさん。


(D)
来るよ、来るよ、
ボイルおばさん。


〜なぜかキムタクがエスコート。
 ダモシ、怒る。


(D)
木村いらんなぁ。
イヤミだなぁ、木村。
俺は大嫌いだなぁ。

ここはボイルおばさんの
ピンで十分でしょうよ。


(S)
早く唄わせろ!

(D)
キムラ映すなよ!
キムラを映す必要はないでしょ!
カミさんも怒ってるよ?
<キムラを映す理由がないでしょ>って。
ここは天使の歌声のピンでいいんだって!

それにしてもボイルおばさんの歯。

上と下の白さが全然違うんだが(笑)

カミさんは
「間に合わなかったんだろう」と言ってる。

上が真っ白で、下は全部ヤニみたいに黄ばんでた。


(S)
演出悪すぎ。

あんなくだらんインタビューは
いらないっすよ。

しかし
歯の色を見分けるとはするどいっすねえ(笑)


(D)
ヒドい演出だったね。
ボイル女史の歌声に特化せんとさ。
何のためのゲストか、と。

キムラ調子に乗り過ぎだろ。
なんでもかんでも
自分が主役っちゅうのヤメた方がいい。

しかし、
aikoも大塚愛と一緒で
なんで毎回出てくるんか、
そしてファンがどこにいるのか、
さっぱり分からんのだが。

俺のTOKIOがもうすぐだぜ。



(S)
aikoも紅白に好かれてるなあ。
永遠のサブレギュラーって感じが
好かれてるんですかねえ(笑)

(D)
そうね。徳永とかこのあたりは堅実だね。
聴いていて落ち着くもの。
確実に2割8分、25発は打つ。
そんな感じだね。

おい、勝間映すな。カットしろ。

出るぞ?平原。


〜平原綾香、登場


(D)
う〜ん平原。
この顔はヤバいなぁ。エッチだなぁ。
ちょっとこれ以上は言えないなぁ。


(S)
しかし平原のこの服は
いかがなもんすかねぇ。


(D)
気づいたね。
服は去年くらいから
ちょっとおかしいのよ。

そこがまだ平原が
銀座に行けない理由。

TOKIOはやっぱり安定感があるよ。
TOKIOとダパンプは認めてるからね。


〜秋元順子、登場へ。


(D)
さあ出るよ?
秋元さん。

(S)
TOKIOも好かれてるよなあ(笑)
秋元〜!

(D)
秋元さん、すばらしいわ。
完全に板についてるね(笑)
がらっと
アトモスフィアが変わるもの、舞台の。


(S)
なんか凄いなあ、秋元さん。
貫禄ありありすぎ。
もう北千住だけじゃないなあ(笑)

(D)
ね。
バイオリンの子供が小学生に見えたもの。
もうね、カワイイカワイイだけではダメなのよ。
すんごいね、あの貫禄は。
ボイルおばさんは失敗だったから、
秋元さんはここまでで白眉だよ。


(S)
水森出ましたよ。
今日も笑顔っすねえ。

(D)
初心を忘れない精神ね。
これが水森嬢の長所だね。
あの顔で笑顔がなければ、
薄幸になっちゃうからね。






posted by damoshi at 21:50| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紅白放談-2



審査員席の勝間和代、登場。

その後、坂本冬美、登場。


(S)
坂本でます!


(D)
おぉ、ゴージャス!坂本。
着物じゃない坂本、銀座だ銀座!

坂本の途中でヘンなガキ女が映ったが
ありゃ何だ?邪魔臭い!

それと坂本の前に、出たろ?
勝間。

ふざけんなって勝間。
なんでああいうのが出てくるのよ。


(S)
銀座で来ましたね(笑)
応援の水樹菜々って誰ですか?

あのガキは
さっき歌ってましたぜ。
水樹菜々でっせ。

しかし貫禄だなぁ、坂本。


(D)
何だろうね。
坂本の貫禄の途中に
映すようなタマじゃないでしょ。
若けりゃいいってもんじゃないんだから。
やめたらどうかね、もう、こういうのは。

大塚愛も曲がダメ。
浜崎もそもそも曲がダメだった。


(S)
(細川)たかしは貫禄だなぁ。
もう60超えでしょう?


(D)
細川は復活したからね。いい味だよ。

レミオなんとかは虫酸が走るから
マサトの引退試合にスイッチするよ。


(S)
ちょっと坂本〜(細川)たかしが
良かったんで、
大塚愛はかわいそうでしたねえ。

レミオ、粉雪はいい曲ですよ。


(D)
粉雪にしがみついてる感が
レミオの向上心を
感じられなくてイヤなんだ。

大塚も、
年齢的にそろそろ
ああいう坂本〜細川の後でも
デキるくらいにならんと。

お。おっかさん川中、いいねぇ。
ふたり酒、これは名曲だね。

森進一の後が
いよいよボイル女史だな。
楽しみだな。
ようやく紅白も紅白らしくなってくるかな。



(S)
ふたり酒は名曲ですなぁ。

森進一はますます
人形っぽさをアップさせましたなあ。

レミオはいまさら感はありますが、
この時間帯には無難かなあ(笑)

大塚愛は確かに
神田のキャバクラじゃあね(笑)


(D)
ね。森人形(笑)しかも蝋人形ね。

大塚も(爆)もう三十路でしょ?
いつまでもああいう
キュートキュートじゃダメよ。

ボイル出るぞ?あ、休憩だ。


(S)
再開しましたね。
やっとこれから本番(笑)


(D)
そうだね。でものっけから余興。
いらんいらん。
レコード大賞形式でやればいいんです、
歌だけで。






posted by damoshi at 21:05| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紅白放談-1




(S)
始まっちゃいました

(D)
最初は浜崎だけど、
のっけからヨっちゃん登場で爆笑。

(S)
あゆは際どい衣装でしたねえ


(D)
野村義男見た?
のっけから笑わしてくれた。
それにしてもEXILEは
俺にすると周りの踊る奴ら
いらないんじゃ?と思うのだが、
あれはいるの?

(S)
さらにいっぱい出てきた(笑)


(D)

AKB48とかEXILEとか、
何十人も出てきてるけど、
ピンで出来んのかね、これ。
最初だから賑やかし?

(S)

賑やかし要員でしょう。
まあ昔からある
使い勝手のいい団体枠ってことで(笑)

ダイナマイトは
EXILEみたいなんが出てますねえ(笑)


(D)
しばらく紅白はつまらんから。
坂本冬美まではダメだから。
あと30分くらいは。
それよりダイナマイトが面白いね(笑)
これから「千葉で喧嘩一番強かったという男」
と「柔道のワル」の試合だよ(笑)


(S)
紅白はいま子供店長が歌ってました。
その後に女の子が出てきて演歌歌ってる。

子供連発っすね。


(D)

なんだかもうね。厳しいね、どっちも。
もはや歌だけで、闘いだけでは、
引きつけることができなくなっているのんだよ。


子供紅白とかやっているが、
はっきりいっていらんね、これ。
ヒドいなちょっと今年の紅白。

ダイナマイトも厳しくなってきた。
時代か?なんか紅白もダイナマイトも
両方白々しいんだよなぁ。

こりゃあ
ボイル女史と矢沢一本かぶりだぜ。



(S)
ポニョだ。
ごった煮感が強いですねえ。


(D)

子供紅白は大失敗だ。
いらんです、これ。


ウチは今、ダイナマイト(笑)
ちょうど空手の高校生の
トーナメントやっているから、
参考までに見ている。

坂本冬美までまだ11人いるからね。
その間はパッとしないよ。

ダメだな、紅白。
今年はメンバーヒドい。

矢沢とボイル一本かぶりだな、こりゃ。



(S)
いちおう紅白続けてます、
ジェロ登場。


知らないグループの応援に
日テレの羽鳥アナウンサー登場。

こんなんばっかだなあ。


(D)

ヒドいね。
いまダイナマイトでは
昔のマサトvs.キッドやってるけど
格闘技も昔の熱とレベルの高さはすごかったね。

実際、何でも昔の方がレベル高いんだよな。
ジェロ終わった?


(S)
トキオ、出ますよ。

(D)
TOKIOは後半だよ。
ボイル女史の後。

ダイナマイトはこれから新日本の柴田。



(S)
柴田見たいなあ。
変えよっかなあ。


(D)

坂本冬美までは
つまらんから大丈夫だよ。


(S)
天童よしみがなかなかいいっす。


(D)
お。坂本もうすぐだな。
紅白に戻ります。





posted by damoshi at 20:32| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<一緒に富士に行こうじゃないか>Fuji-tohai Damoshi-gun 2010 告知


2009-MVP<富士山>で掲載した
<一緒に富士に行こうじゃないか>。


プロジェクト名は正式には以下となる。


<一緒に富士に行こうじゃないか
 Fuji-tohai Damoshi-gun 2010>。


実行委員会のメールアドレス

fujitohai_damoshigun@yahoo.co.jp

にて参戦の申込を今宵から受け付ける。



概ね、例年7月中旬となりそうな
冨士開山のその直後に行く予定で
考えて頂ければと存じている。

そして登山口は、
富士吉田口(山梨側)以外となる。


これも判断材料として頂きたい。
メジャーな、メディアで散々取り上げられている
初心者ルートは採らない。


申込のメールの際に
これまでの当欄で取り上げた冨士からの
インスパイアはあったか、

あったならば、それは何だったか等、

記載して頂けると尚、喜ばしいところである。

冨士への想いでも良い。

オトナの所作で申し込んで頂きたい。


ただ、
誰でも良いというわけではない。


要するにダモシと一緒に行きたいと思うか、
行くなら己の世界観で行くか、
そもそも行くことは己の世界観には存在していないか。

ダモシ軍として共に行きたいか、行ってくれるか
という部分が重要である。


ダモシとしては
そういう意味も込めての

<一緒に行こうじゃないか>という呼びかけである。


冨士登拝は
一人ではダモシは行かないし、
一人では行きたくない。

率直に仲間と行きたい。

互いのヘルプも必要なのは明白だからだ。


一人ではできない。


そして
ダモシ軍として
仲間と共に対冨士に臨みたいのである。

共に苦しもうではないか。

共に冨士の悪魔を感じようではないか。





<一緒に富士に行こうじゃないか
 Fuji-tohai Damoshi-gun 2010>

のPRポスターとロゴを掲載する。


ロゴはジュニア描画である。




fujitohaiposter.jpg


イベント・ポスター。



fujitohailogo.jpg


イベント・ロゴ。





巻き込まれてみませんか。


申込がなくても
申し込んで来いよと思う人には
間違いなくダモシ側から声がけするであろうが。







posted by damoshi at 17:58| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大晦日恒例の紅白放談LIVEやりとり




今宵もまた
大晦日恒例の紅白歌合戦談義を
メールやりとりで
後輩氏と執り行う予定である。

今年はこの大晦日。
その後輩とは共に過ごすことはできない。

彼が結婚して初めての大晦日だから
まあ二人っきりで夫婦水入らずで
過ごす方がベターだろうということである。

今年の紅白は
目玉が乏しくつまらないと感じていたが、

昔の新日本プロレスのように

大会間際になって
駆け込み的に一気にネタが増えた。


一つは英国のスーザン・ボイル女史。

この人は
登場するだけで笑いを享受するだろう。


そして矢沢だ。

23時頃、矢沢はNHKホールに登場するという。

これは見物だ。


紅白の一方で
格闘技では石井vs.吉田はネタ的に欠かせないだろう。


そのあたりのバランスを計りながら、

後輩氏との
大晦日紅白(プラスα)放談としての
LIVEやりとりを

適宜

掲載する予定である。




posted by damoshi at 17:39| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダモシ-2009MVP-<富士山>




2009年、ダモシのMVPは<富士山>である。


そして
ダモシに言わせれば
富士は月見草ではなく、

忌憚なく、一言で富士山を表現すれば
以下の言葉になる。


<富士は悪魔である>。



むろん、様々な意味を内包している。


それは
遥拝のみならず
登拝のみならず、

その
not only, but alsoを果たしてこそ
生まれ出る感情。

登るだけなら単なる山登り。

冨士は遥拝することを
欠かしてはならない。

遥拝し、想いを馳せ、
そして登拝する。


登拝するにしても
一般ゼネラル大多数や
メディア、バラエティが取り上げるような
富士吉田口からの
登山道大渋滞初心者コースでは
不足である。

それは余興に過ぎない。

最低でも
静岡側の富士宮口からの苦闘が求められる。



09fujifinal12.jpg



初心者ルートと
いちいち渋滞して登る足を止められる
山梨側の富士吉田口から登って
ご来光を見て感動のあまり涙するなんぞという
所作は、

無礼千万ただのマスターベーションである。



09fujifinal56.jpg



富士は、"登拝"するのだという心持ちを
まずは忘れてはならない。

遊びではない。

単なる山登りではない。

単なるミーハーな山登りならば
高尾に行けば良い。

そしてまずはそこから富士を見よ。



09fujifinal55.jpg




あくまでも静岡側である。
富士宮口からまずは登拝すべし。

そして途中、宝永山を見下ろすべし。

さらには途中、
合目の数字で騙されるべし。

そこが七合目だと思ったら大間違い。
ようやく九合目だと思ったら大間違い。

陥穽を超えた悪魔の仕業は、

真夏の暴風と厳寒。
そして暗闇の中で吹き荒れる
恐怖のサウンドに

山小屋職員の地球上最悪の態度。

そこが富士山であって
疲弊し切っていなければ

ブチ切れどころでは済まない
山小屋職員の傍若無人な
反社会人、反サービス業的態度。


それらすべてを包含したところでの

<冨士は悪魔>。



そうすれば、分かるのだ。


<富士は悪魔だ>と。


何だこの変わり様は、と。



"行きはよひよひ帰りはこわひ"すら、甘い。
大甘だ。


悪魔の富士は、
"行きはこわひが帰りはもっとこわひ"である。



09finalr.jpg




恐怖と憎しみだけが増幅する冨士登拝。


だがしかし、すぐに分かる。


言い知れぬ激情が
知らぬ知らぬの間に
己がソウルに射し込んでいることを。



かくして冨士は、恋人に昇華した。

北の某のサツホロが
かつては恋人だったが、

それは<キレイキレイ>だけの恋人だった。

それは完璧なまでに嘘だった、幻想だった。


恋人であっても
キレイキレイだけの淡さではもうダメなのだ
と理解した。

強烈無比な<愛人>ニューヨーク。

そして
<本妻>東京。


いずれも愛憎渦巻く関係性がある。


<恋人>も愛憎渦巻く世界観へ突入してこそ
本物といえる。



かくして冨士は、恋人に昇華した。

しかもそれは
<愛人>と<本妻>双方を
脅かしてあまりあるパワーを持っている。



09finalq.jpg




どうすれば良いのか。

あれ以来、
<愛人>以上に
エブリデイ思慕する存在であり、

しかも
エブリデイ、振り向けばそこにいる。


どうすれば良いのか。



まず答えは一つ、出てくる。


否、下山直後から既に出ている答えだ。



行こう。

また来年、行こうじゃないか、
富士山頂へ。



09finalfuji1.jpg



そして当欄で声をかけたい。


<冨士へ来夏、一緒に行かないか?>

否、


<来夏、冨士へ一緒に行こうじゃないか>

と。



一緒に行こうという人はメールを欲しい。

ダモシはいずれにせよ
オフィシャル事案でおそらく行くだろう。
それがなくても
プライベートと絡めて行くだろう。


その双方綯い交ぜの中で
来年は複数パーティで一大軍団を形成して
行くのも面白いのではないか

と。



09finals.jpg



いいぞ? 冨士は。

共に登れば、言葉はいらないぞ?

一緒に行って
登り切り、下り切れば

その後、言葉不要で

ただただそれだけで
その相手を信用できるようになるぞ?



もう一度、言おう。


<来夏、俺と一緒に冨士に行こうじゃないか>

と。



ここに
<冨士登拝ダモシ軍>を募集する。応募を待つ。

行くのは、7月。開山直後だ。



その告知はこの後、掲載したい。





*****





2009年のMVP<富士山>。


それはグッズやモノにも波及した。


今年もっとも読んだ小説と作家は
新田次郎の山岳小説だった。

完全にハマった感じである。

新田次郎氏自身、
富士山頂にオフィシャル事案で勤務
していたこともあるゆえ、

富士山を描いた作品も多い。


富士山グッズを一挙掲載。



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*****




冨士よ、ありがとう。


そして
悪魔冨士に言っておきたい。


See you soon


と。




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posted by damoshi at 17:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダモシ-2009-総集編


今年も残すところ10時間を切った。

今宵も
やることが膨大な中、
うまく時間を御しながら当欄も可能な限り
年内にまとめられるものはまとめたい。


まずは<ダモシ-2009-総集編>。


過去に例を見ないほど
多くのニッポン国内を旅した2009年。

まずはその「旅」を振り返ってみる。

鎌倉、熱海、箱根などは
それだけで振り返るものが多いため
そういった近距離を入れると
たいへんなことになるので、
それらを可能な限り除いたところで
今年の旅をまとめて振り返りたい。

南からエリアごとにハイライトで進めたい。



■九州

オフィシャル事案で熊本。
プライベート事案で九州を縦断した。

九州自動車道も福岡都市高速道路も
佐賀県へつながる高速道路も
阿蘇山へ続く華麗なる山道も
いずれも車で走行するのは、初体験となった。

まさに不惑の初体験である。

福岡都市高速の走行ラインが高度の実感激しく
首都高に似たポスチャーながらも
走行中の面白さでは福岡にエッジがあると感じた。


鹿児島-熊本-福岡-佐賀を踏破。

鹿児島県は鹿児島と霧島。
霧島に逗留。
<余儀なく薩摩>という態度と
<アンチ西郷>という姿勢に
桜島が怒って噴煙を上げた鹿児島。


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逃げるように霧島温泉へ走り、
龍馬のハニームーンを取り上げた。


88年以来21年ぶりの熊本は
オフィシャル、プライベート
それぞれ一回ずつの二度。
熊本と阿蘇。逗留も二度。

<エモーショナル熊本>。

世界レベルの阿蘇に驚嘆。

ウルトラの父を熊本城に還した。
己が幼児時代に登ったその石垣に
今度はジュニアが登った。


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日本三名城の熊本城。
そのブラック&ホワイトの見映えは、
まさに華麗なる一族に相応しい。



意表をついたのが、佐賀。
こちらは<唐津の太陽>。

唐津では骨まで食せる鯛を。
博多で佐賀の名物ムツゴロウも食した。

むろん、呼子のイカも食した。


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09finalz.jpg



遂に上陸したのが福岡は博多。

ここも二度。

こちらもやはり
オフィシャル&プライベートで一度ずつ。
いずれも博多に逗留。

<博多ディスアポイントメント>と
<博多アポイントメント>で
そのユーザビリティについての差異を
取り上げてフィーチャーした。


ダモシの中では
博多は<ビジネス・トリップでこそ>の街。

数年後、
博多駅の大改修が終了した後のこの街を
また見てみたい。


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■中国

チャイニーズではない。
中国地方である。

九州の旅<9-states>の中で
福岡から一路、
関門海峡を超えて訪れたのが
山口県の下関。

山口は錦帯橋以下、
いずれゆっくりと
ディープに訪れたいと思っている地である。

もちろん食はフグ。

ここでは
あの巌流島の"近さ"に爆笑させられた。

アントニオ猪木vs.マサ斉藤
そして武蔵と小次郎。

その親和性と神話性が崩れかねない
陸からの近さを目の当たりにしてしまった。


09finall.jpg


下関では
未だ取り上げていない素材がある。

追って年明けてから取り上げたい。


中国地方では
オフィシャル事案で
99年のニューヨークからの広島出張以来となる
10年ぶりの広島遠征も予定していたが、
直前で回避した。

広島はプライベートで
じっくりと訪れたい地である。




■四国

こちらは初邂逅。

不惑に至り
四国へ生涯初上陸となった。

羽田から松山へ飛ぶ機内。
CAが
<窓の下をご覧ください>と
ダモシを招いた。

窓から眼下を見下ろすと
ダモシは驚嘆して叫んだ。

<うわぁっ>と。

それは富士の真上だった。

これは写真を撮りたかった。
だが、写真がない分、
そのときのインパクトは心に残っている。


松山は
松山城、道後温泉、坊ちゃんなどをフィーチャー。


09finale.jpg


国内に12しかない現存天守の松山城は
さすがといえる松山の西の横綱。


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そして
ディスカバー・ジャパンとなった
四国八十八ヶ所霊場の一つ
石手寺のアトモスフィアに接し、

お遍路さんの気持ちを少しだけ
理解するに至る。


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<坂の上の雲>で
松山はブレイクするだろうと記載したが、
既に放送は始まり
案の定ブレイク中だ。

春、当地の坂の上の雲ミュージアムへ。


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■北陸

こちらは石川県は金沢。

大阪から電車での移動。
金沢から新横浜までの帰路は
途中の米原で乗り換えるという妙味。

米原が妙に印象に残る。

金沢は主砲・兼六園。
兼六園の前に兼六園なし。

タクシー・ドライバーが述べた
<金沢は兼六園頼みですから…。
 それじゃあいけないと分かっているのですが…>
という台詞が印象に残る。


まさしくそれは、
<兼六園、一本かぶり>であった。


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兼六園は、
<桜の季節はもう終わった>と
次の季節に急ぐダモシに対して
名園の桜を見せしめた。


香林坊の食事処で
なぜか静岡おでんを食す。

静岡おでん、静岡が
ここで登場するのも人生予告編なのだろう。

松山絡みでは、
09年のその後を予告する事象が現れていたわけだ。

富士山に静岡おでん。

駅直結のホテルに逗留。




■近畿

オフィシャル事案で予定されていた
因縁の名古屋は回避。

ウルトラの父死去以来、
一度も名古屋の地に降り立っていない。

まだまだ名古屋を許すことはできない。

それは
今年オフィシャル事案で予定されていた
サツホロ遠征を回避したのと同じである。

北の某を許す日が来るかは、
名古屋以上に難しいと思われる。

大阪は昨年、太陽の塔との再会に興奮。
今年もまた出向いた。
オフィシャル事案で夜の大阪も歩く。


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夜の新大阪。




*****



東海と甲信越。

すなわち
駿河(静岡)と甲斐(山梨)。

今年もっとも多く絡んだエリアは
最後にして、先に東北へ。


■東北

これは秋になってからだから
最近のことだ。

オフィシャル事案での全国ツアーでは
仙台が予定されていたが
こちらも広島、名古屋、沖縄、北の某同様
キャンセルされた。

プライベート事案での旅で
秋になって東北は訪れた。



福島は
芭蕉の足跡で飯坂温泉に逗留し、
芭蕉が入った湯を。


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<ならぬことは、ならぬ>諦念の会津へ。

会津若松城、会津市内で野口英世と邂逅し、
最後は猪苗代を旅した。


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思いのほか美しかった鶴ヶ城。


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まさに英雄の野口英世。



山形は米沢に上杉鷹山を訪ねる。
この米沢で
今年の趨勢の一つである直江兼続を
とりあえずフォローした。


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その足で
今年初の那須行きとなり、
ファミリーで日本百名山の一つ
那須岳の登頂した。


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*****



今年の旅先と逗留先を
回数ごとで見てみたい。


<九州>
鹿児島(鹿児島)
霧島(鹿児島)逗留x1
熊本(熊本)2回/逗留x2
阿蘇(熊本)1
唐津(佐賀)
博多(福岡)2回/逗留x2

九州ではいずれも
比較的現地の中では評価の高いホテルに
逗留したが、
ロケーション的にも
レストランのチャイニーズ料理の旨さでも
熊本キャッスル・ホテルがエッジにある。

しかも目の前が熊本城。
熊本県内のホテルの中での
歴史の重みと格式でもこちらが筆頭。
ロケーションも最高となれば、
満足すること請け合いだ。



<中国>
下関(山口)

<四国>
松山(愛媛)逗留x1

松山ANAホテルに逗留。
ロケーションはたいへん良い。
松山に泊まるならココだろう。

<近畿>
大阪(大阪)逗留x1

新大阪駅前の
ベタなビジネスホテルに逗留。

<北陸>
金沢(石川)逗留x1

こちらも金沢駅内のビジネス系だが、
それでもデザイナーズ系ゆえ
ヴィアイン金沢ホテルは良かった。

<東北>
飯坂(福島)逗留x1
会津若松(福島)
猪苗代(福島)
米沢(山形)

古い温泉街。
ベタな温泉宿で食事もご満悦。



近くとはいっても
旅として除外できない<神奈川>。

こちらは
箱根(神奈川)2回/逗留x2

ホテルは
富士屋ホテルと箱根ホテル。
昨年に続いて
<本妻>復帰後一年の間に3回逗留で
プライベート事案で見れば最多。

今年逗留したすべてのホテルの中で
格では富士屋ホテルが最高となる。


09finalt.jpg

09finalxxxx100.jpg


むろん何ともいえぬ世界観で
寛ぎも上質だが、
一方で箱根ホテルは奇妙に良かった記憶が残る。

当然、通された部屋が
最高の位置を提供してくれたといえるわけだが、
なにしろ窓が大きく天井が高い。
いずれも他のホテル経験の中でも群を抜いていた。

しかもその大きな窓からは
目の前に芦ノ湖(湖畔にあるから当然だ)、
真っ正面に富士という絶景。


これは用意してくれた部屋の位置の良さも
手伝って、

ダモシの中では
箱根ホテルの評価はかなり高い。

むろん構造的に他の部屋でも良いはずだ。

箱根ホテルはお薦めである。



鎌倉は散歩の距離感ではあるが
超一流の観光地でもあるから
逗留しなければもったいない。

ということで
昨年に続いての鎌倉では
<失楽園>の鎌倉プリンスに逗留した。


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やはりどう足掻いても
箱根、鎌倉・湘南の上質さは群を抜いている。

各地へ出かけても
街の全体ポスチャー、宿のアトモスフィア、
そこからのエクスカージョン、
カルチュラル性とヒストリカル性などなど
トータルに俯瞰すれば、

且つ
男と女というカテゴリーにおいても、

箱根や鎌倉が突出しているのは
何度訪れても
そのたびに改めて感じ入るところである。




*****



そして
<東海>と<甲信越>。

イヤーエンド・ジャーニーで
当初計画していたのは
長野県の松本を基点とするラインだった。

だが
既にダモフィーロは
スタッドレス・タイヤは処分している。
チェーンもない。

雪や凍結の可能性を考えて断念したわけだ。

長野は縁がない地の一つとして
未だ残存することになった。

だが来年は、現存天守にして国宝の
松本城は行きたい。


今年最も邂逅したエリアが
東海と甲信越。

前者は駿河、後者は甲斐。

一つ一つの地を記載していたら
当欄が終わらなくなるため、
逗留や多数回訪れた地を紐解いてみる。



まずは<東海>。

駿河:静岡県だが、
中でも多く訪れたのが静岡市。
静岡県のメイン部分であり
東海道新幹線の静岡駅周りである。

静岡(静岡)3回以上/逗留x1

そして
清水(静岡)2回/逗留x1

通過を含めれば最多となるのは
御殿場。
こちらはプレミアムアウトレット含み。

由比や興津や富士、富士宮も
複数回訪れている。

一度逗留した熱海も静岡になる。


むろん富士山を含めれば相当数。
逗留で見れば
富士山の八合目の山荘も入ってくる。


静岡での逗留数は合計で
静岡x1、清水x1、富士山八合目x1、熱海x1で
4ヶ所4回ということになる。



09finalo.jpg


新しくオープンした富士山静岡空港。

最初、
この人たちは何をしているのかと思ったものだ。




今年の真打ちは、
<甲信越:甲斐>。

長野に近い北杜市(清里など)を除き、
山梨県ほぼ全域を
一年間かけて踏破するに至った。

もはや
山梨ネイティヴよりも
山梨に詳しいといっても
あながち嘘ではない。

何なら山梨検定で勝負しても良い。

それくらいの自信を持つほど
真剣に県内を走り回り
目で見て、口で県民と対話した。


山梨に悪い想い出が一つもない。

これは以前も書いたが、奇跡である。



甲府(山梨)15回/逗留x9。


文句なしの09年トップである。

何度、武田信玄公に逢ったことか。

甲府の中でも
最も多く訪れたランドマークは
言わずもがな甲斐善光寺で

合計8回。異常だ。

だがここで七年に一度の勝縁を得た。

これは強いと感じる。



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今でも既に込み上げるものがある善光寺。

生きていたら
1ディケード後、もし訪れたならば、
込み上げるものが満載となっているだろう。

まさに良き出逢いだった。


甲斐がこれだけコンテンツが豊富であるとは
43年間、一度も知ることはなかった。

無知というものは、怖いものである。


山梨の筆頭ディスカバー・ジャパンは、
身延山久遠寺。

寺社仏閣における
<なんじゃ、こりゃ>の典型。


絶対的にこれはお薦めである。

<一度は往けよ、身延山>と言いたい。



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そして
ニューヨークと
ミルウォーキーでの
二度しか体験していない

"あまりにもビックリして恐怖に身を屈めた"のが

山梨で起こるとは…。


リニア新幹線の秘密基地。
ところは、都留。


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都留は、
甲府に次いで
富士吉田と並ぶ都合7回の探訪。

こちらも
ダモシの人生において
邂逅するとは到底想像だにしなかったエリアだ。

都留。

"思いっきりマイナー"な山奥。

しかし
ダモシは"思いっきり"強い思い入れを
都留に残した。


都留は都留で
死ぬまでダモシの心の中から
存在感が消えることはないだろう。



こういった
"思いっきりマイナー"な都留のような地を
歩き、発見することが

旅の本質である。


要するに、非ランドマーク。
ランドマークとメジャーへの反体制である。

そこから何を見出すか、である。


それは旅で
沼津や清水に逗留することと同義である。


山梨で見れば、
富士五湖も何度も絡んだが
最多は河口湖。

4回は湖に訪れ、2回逗留。


今年最後の逗留先も河口湖だった。



最多の逗留先である甲府。

その定宿として
今年の宿の中で最も印象に残るのが

甲府ホテルである。



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9回の逗留。

1度だけ浮気して他のホテルに
宿泊しただけで
すべて甲府ホテルに逗留した。

他愛ない"普通の"出来合いの朝食だが、
和洋いずれかを選ぶ
朝食が妙に良かった。

すべてがオフィシャル事案での逗留だったこともまた
緊張感を伴って
ホテルにいたことが
さらに想いを残すものともなっているのだろう。


甲府ホテルの部屋から見る
朝の富士は
永遠に脳裏に焼きついて離れないだろう。




*****



09年の旅を総括すると、

オフィシャル/プレイベート双方で
過去最多という
記録的なイヤーだったと
まずは認められる。

初邂逅も多々ある一方で、

数十年ぶりという
エモーショナルな旅も多くあった。


米から<本妻>に戻っての
最初のフルイヤーだったということもあり、

これまでの欧米路線から
ニッポンへ目を向ける中での反動。

それもあったろう。

だが、そういったガイジン目線で
ニュートラルにニッポンを旅という視点で
見た場合に

これまで気づかなかった

ディスカバー・ジャパンが存在していることを
発見したわけである。


その一つ一つに、

欧米のような
世界レベルのスペクタクル性伴った
ひと目見ればすぐに理解できる
ダイナミズムでの素晴しさとは異なる

じっくり見て感じることで
そして
引き出すことで得られる感動と<なるほど>。


これこそが
ニッポンの素晴らしさであり
ディスカバー・ジャパンの妙ともいえるだろう。


来年もまたこのガイジン目線は続くだろう。


まだまだ
ケネディの<私はベルリンっ子だ>ではないが、

ダモシはニッポン人だが
<心はニューヨーカー>であるからだ。




移動祝祭日であり愛人であるニューヨークを
消し去らずとも
忘れさせてあまりあるほどの存在として

ディスカバー・ジャパンは在る、と。


そしてその中で最強なのが、

誰あろう

ニッポン1の山たる<富士山>である。



2009年、ダモシの旅。

そして
2009年、ダモシのライフ。

その両部門における堂々のMVP。


それは
問答無用、<富士山>。



2009年、ダモシMVP<富士山>は、
この後、掲載する。





*****




<オトナの散歩&遠足>カテゴリーと
プライベート事案での
09年のハイライトを。



ニッポンで
もはやお金を払って何かエンターテイメントを
観に行くことはないだろう

とタカをくくっていた帰国当初だったが、

<本妻>東京のさすがのパワーは
エンターテイメントでも発揮され、

<本妻>にアジャストしてくるにつれて
かつての<本妻>時代同様に
出かけるようになってきたのが

やはり復帰初のフルイヤーの今年だった。


それも厳選したものだけ出向いている点が
すこしオトナになった効果か。


野球でいえば

WBCでの日韓戦
日本シリーズ

いずれも興奮の好ゲームを見ることが出来たのは
グッドラックの成せる業だったろう。


WBC東京ラウンドで最も面白かった試合を観て、
日本シリーズでは北の幻想を打ち砕く
巨人の逆転さよならゲームを観た。


高校生時代のアルバイトが懐かしい
西武球場にも復帰したダモシ。

ファミリーを伴い
西武vs.巨人を観戦に出かけたのも今年だ。



大相撲。

<両国国技館で観てこそ>のそれを
初場所早々に出かけた。

朝青龍コールが起きて
朝青龍が復活優勝を遂げた場所の
14日目だ。



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(WBCでのイチロー)



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(ノスタルジック西武球場)



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(国技館にて、朝青龍)


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ケイバタイムスも復活した今年。

東京競馬場へ
ワイフを伴って行ったのは
これも98年以来11年ぶり。

ジュニアにとっては
ニュージャージー(ハーネスレース)と
北の某のサツホロ、オビヒーロ(ばんえい競馬)
に続いて出かけた、
ニッポン国内では初の競馬場が
東京競馬場となった。




歌舞伎座も忘れてはならない。

冬に一気に登場した歌舞伎座は
今年の残り一ヶ月半で
何度も邂逅するに至った。

来年この歌舞伎座は、
ダモシにとって
今年の善光寺のような存在になる
可能性を秘めている。

だからこれは正しくは
来年の象徴的存在の一つに入るかもしれない。

だが
紛れもなく
今年、ダモシは歌舞伎座初体験をした。


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*****




年初の川崎大師、高尾山を皮切りに
お散歩&遠足も多くの場所に出かけた。

梅は湯河原、
桜の季節は新宿御苑、
紅葉は日比谷公園に外苑前など。


隅田川クルーズも堪能して
隅田川に架かる橋をフィーチャーした。

主に横浜、東京がお散歩&遠足の地だ。



靖国。

終戦記念日の靖国神社に詣でるのも
生涯初となった。



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*****





プライベートな事案で見た場合、

やはり
ダモシ自身よりも
ジュニア関係が筆頭になる。


幼稚園のラストイヤー。
来春からは小学生となるジュニアは
空手を頑張った。

空手で大きな躍進を見せた一年。

ダモシもまさに亀田父と化したが、
最後は
観客席から見守る手法に切り替えるなど
学びながら進化を遂げている。


子供と共に成長する部分は成長し、
己の肉体は退化の一途か?
ともいえる中、

苦手なランニングを始めたものの

いつの間にか
しめやかに頓挫していたわけであるから
どうしようもない。




今宵はジュニアの今年の空手大会の
全成績などを
ちゃんと保存しておこうと
エクセルなどで資料を作成するミッションも
残っているわけだが、

とにもかくにも彼は頑張った。

ダモシも泣かされ、怒らされ、と
空手では毎回疲れたものである。



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このジュニアの空手においても
普通に
ニュートラルに気づき
自然に湧き出てきたフレーズと、


ダモシ自身が富士山と対峙した際に
己の口からも

また同行者の口からも
普通に湧き出たフレーズが、


まったく同じものだった。


そのフレーズが今年を象徴している。

そして
そのフレーズが
この齢になってもなお新たな、
そして日々の、

己が糧として肝に銘じるべきものとなる。



それは、

<根性>である。


シンプル・イズ・ベスト。

ベタでいい。


ベタの重要性。
それを改めて今年は思い起こさせられた。

自らが行ったアクションで、

そして
子供を通して。


改めて学んだ<根性>。

これは大きな収穫である。






*****





ジュニアの運動会でも
ダモシは奮闘した。


写真を再び。


09finalo2.jpg


負けられんとよ!

何が何でも勝つぜよ、と。

空手で子に言うのなら
お前自身も仕事においても
遊びにおいても
共に行う運動会においても

勝たんかい!

と。


そんな意地。
これもまた至ってシンプルで単純でベタだが、

<意地>。

これが発露されるのが
こういった子供の運動会である。


完全に<親>になっているダモシは、
ジュニアと共に
仮面ライダーの映画を観に行ったり
動物園に行ったり

二人だけのデートも何度も行い、

すっかりバカ親になったわけである。

今年は特に絡みが多かったが
来年以降も、
彼がダモシに歯向かう思春期になるまでは
多くの絡みが今後も生まれていくだろう。


絡まんと、いかん。

これまで通り変わらぬポリシーは

己が子に対しては
<オールウェイズ・アテンション>である。



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そして、

<何をさせるんかい>
<俺にこれをやらせるか?>

の障害物競走。

こんなことをやって
笑われるのも

ダモシの美学の中には一切
介在していないことであったし、

こういうことを否定していたわけだ。


それがどうだ、この変わりようは。

まったくブレブレではないかと
言われても致し方ないが、

かわいい存在を大事に思えばこそであり、

それは
女をかわいいと思い
大事にするべく

眠れないの

と言われたら

こっちに来いよ、抱いて眠らしてやる
と言う男の優しさと同じであると思い、

己自身を慰め、和解させているわけである。



子を持ち、接して、素晴しい時間を過ごす過程では、

<己自身との和解>も
重要なポイントになってくることを、

今年、気づいたわけである。


これもまた新たな収穫となった。





*****




ありすぎる。

多すぎる。

毎年そうだが、
今年も多い。

まだまだ書ききれないほどエポックがある。


一般大新聞が
年末になると

今年を振り返って
ハイライトを写真と共に記載するが、

それなんぞ
世界全体のことでも
見開きがせいぜいであるが、


ダモシ単独のピンでも
口幅ったいが
膨大にある。


新聞全ページあっても足りないくらいだ。



だが、このくらいにしておこう。



今年の年頭の言葉は、
松尾芭蕉に倣い

<月日は百代の過客にして
 行かふ年も又旅人也>

だった。


年賀状に己が筆をとって
その台詞を記載した。


実際に生きている中で
今年のフレーズとして生まれ得たのは、


<根性>。


そして
<意地>と<己自身との和解>。





来年の年賀状は昨晩、作り終えた。

今回も
筆での描画と執筆。


今宵、当欄でも公開するが、

その台詞は
この秋くらいから
ダモシの中で身をもって発生し
周囲への教示も伴って
発している台詞を選択した。

それは来年のテーマにもなる。






*****





最後に。


今年もっとも多く邂逅した
甲斐国と甲府の象徴たる

武田信玄と
それが祀られている武田神社から、

シンボリックな格言と幟を。




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posted by damoshi at 14:37| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富嶽百景2009-総集編




先般、富士五湖エリアから遥拝する富士から
富嶽百景2009の第一弾を掲載した。

既に大晦日に入り
残された今年の時間はない。

富嶽百景2009は総集編として
今年撮った富士景からチョイスして
エリアごとに掲載する所存である。

この中には駿河からの富士は含まない。

別途、YEJシリーズで
富嶽百景の今年のトップの一角ともいえる
駿河からの富士の中でも
最高格の、

そして伝説の東海道五十三次で
現存する唯一無二の場所で
ようやく出逢えた絶景冨士を
フィーチャーして掲載するためでもある。


この総集編では
・甲斐
・相模
そして
・武蔵

各国から、
今年ダモシが訪れて目にした冨士の中からの
ピックアップである。


甲斐国から遥拝する冨士における
ダモシの中での
09年のベストは最下部に掲載する。





*****




まずは甲斐国からの冨士で
ツートップでもある

中央フリーウェイ都留IC付近から
見える冨士を再び。



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高速道路でありながらも
思わず路肩に車を停車して
カメラのシャッターを夢中で切ってしまうか

ただただ遥拝するか

している人が大勢いる場所からの
冨士景。




次は初公開。

冨士レーダー・ドームから望む冨士。

これもまた異形だ。



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*****




今年最も逗留したホテル、
甲府ホテルの部屋から見た冨士。

何度この光景を、目覚めた朝に見たことか。



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甲斐といえば、桃も忘れてはならない。

桃の木と富士の競演は、
甲府市内住宅地から。


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*****




富士五湖から未掲載。

河口湖駅の
瀟洒な建物の向こうに見える冨士。


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河口湖から最短距離で
御殿場を目指す場合に利用する
有料道路は東冨士五湖道路。

その河口湖ICを入る直前に現れる冨士。



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それを踏破して御殿場へ。

御殿場市内をしばし走って
東名高速の御殿場ICから

一路、東京を目指す。

御殿場ICを入ってすぐ
リアルにすぐやってくる足柄SA。


多々あるSAPAの中でも
間違いなく
この足柄こそ

今年最も訪れた場所だろう。


ここからも何度も冨士を見た。



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*****




足柄は神奈川の香りだ。

そう遠くない。
そんな感覚を受けて安心する。


神奈川からの冨士といえば
横浜ランドマークタワー越しのそれが
多くのファンに人気だが、

やはり王道は箱根だろう。


今年、複数回逗留した箱根。

芦ノ湖と富士の絡みは
これまた絶品である。



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これは二月の写真だ。

このとき、
箱根ホテルの部屋から冨士を遥拝し
既に登拝への
かすかな想いを馳せている。


しかし
現実的にこの写真から五ヶ月後に
登ることになるとは

想像はしていなかった。





*****




武蔵国、そして江戸。

三軒茶屋のキャロット・タワーからも
冨士を遥拝したが、

やはり高尾の印象が強烈だ。

ミシュラン三ツ星のご対面。
この冠の後押しは大きい。

且つ
その冠を軽く超えるほどの衝撃。

高尾の頂上にたどり着くと
眼前にそびえ立つ冨士が視界に入る
その瞬間、

歓声が各所でわき上がるほどである。

思わず叫ぶ。


<あれを見ろ! 冨士だ!>

と。


高尾と富士のご対面。

これはもう、破格だ。



その中から一枚。


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*****




最後に、

甲斐国内から遥拝する冨士で

ダモシが
忌憚なくナンバー1に挙げる場所。


それが
何度も記載している通り、

大月と富士吉田を結ぶ
国道139号線:R-139を走ってきて
富士吉田市内に入る
そのエントランスで左折して
大通りに入ったその瞬間に

真正面に覆いかぶさるように
突如として現れる冨士の儀容である。


これぞまさしく
何人もの同行者が助手席で

<おぉっ!>と叫んだ光景。




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:::::




<ダモシが選ぶ遥拝冨士/
 富嶽百景2009-ベスト選>


■山梨県

・中央フリーウェイ都留IC付近から見る冨士

・R-139から富士吉田市内に入る
 エントランスで左折した直後に現れる冨士

・甲府ホテルの部屋から見る冨士

・甲府城本丸から見る冨士

・山中湖の櫻冨士



そして絶品無比だった遥拝冨士は、

残念ながら写真は残存していないが、

冨士から下山して
自宅への帰路途中、

まずは湯に浸かり
食事を摂りたいということで

同行者たちと共に出かけた
御殿場の御体内温泉の
露天風呂の湯に浸かりながら
真正面に見た冨士である。


激闘の直後の、
その相手が正面に立っている中で
こちらは湯に浸かり
その疲れとダメージを癒しているわけで、

その局面で目の前に立つ冨士を見た時、

異様に優しく見えたのである。
こぼれ落ちる涙を
露天風呂の湯で顔を洗うことで
露呈を回避した。


(<何だこの美しさは…>)

(<なぜこんなに優しい佇まいなのだ…>)

と。



それこそ
<二度とやらんぞ、ガァーッ!>
<ふざけるなよぉっ!冨士めーっ!>
<冨士は悪魔だ!>
と悪態をつき、完璧なる冨士ヘイターと化した
ダモシが、

下山直後にその相手を見て
優しさを感じてしまうという
異常な出来事。


それは己の経験値と枠を越えて

<もうこれ、あり得ないよ…。
 何なんだ、ほんとうに冨士は…>

とため息を漏らすに至るわけである。



そして冨士は、恋人に昇華した。

これが愛人になるのはマズい。

<愛人>ニューヨークを
忘れさせてあまりある活躍を

冨士はしたのである。




■神奈川県

・芦ノ湖と冨士

・足柄SAからの冨士

・田園都市拙宅至近から見る冨士
・R-246上の歩道橋から見る冨士



むろん箱根は素晴しい。
それはもう言わずもがなであるが、

今年は文句なしに、
足柄SAからの冨士がベストだろう。

来年は
横浜みなとみらいと富士の交錯を
トライしたい。


神奈川といえば
現在の自宅があるところであるが、

サツホロ時代の
大通公園のテレビ塔、

ニューヨーク時代の
エンパイア・ステート・ビルに等しく、

朝出かけるときの通過道から
必ず振り返って見るランドマーク。


それが今年の
田園都市エリアのR-246上の
歩道橋から振り返って見る冨士である。

これは当然、見える日と見えない日があり、
当然、見えない日の方が多いわけだが、

見えるか見えないかは
(夏はほぼ不可能だが)、

春と秋と冬の
朝の空気感で分かるようになった。


<今朝は見えるかもしれない>。

そう思って振り向くと
そこに冨士が在る時、

言葉にならない感動がある。


それはまさに
毎朝マンハッタンで
振り返って見た
エンパイア・ステート・ビルと同じだ。


既視感、親近感では
足柄よりも
圧倒的にこちらに軍配が上がる。


時々掲載しているアレである。
昨日、西陽の中のそれを掲載した。




■東京都

過去には見なかった/見えなかった
高尾山頂からの冨士。

初邂逅は、度肝を抜く迫力。

これもまた文句なし。

過去に見た
東京都庁からの冨士も素晴しいが、

マニアックなところでは
三軒茶屋のキャロット・タワーからのそれも
捨てがたいものがある。


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来年はぜひ、
文京シビックセンターから遥拝したい。








posted by damoshi at 01:55| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

YEJ09-1/人はただ身の程を知れ


師走だというのに、

この地は蜜柑が咲き誇り
サークル・フォルムの鮮やかなオレンジ色が
サニー・スカイのブルーに見映えして、

夏ではないのか

という錯覚を覚えさせる。


実際に暖かい。

そして
眩しすぎる陽光は、

南の眼下に広がる海原の水面を
波光煌めかせる。


駿河湾が、
日本海やオホーツク海の
荒々しさや暗さと大きく異なる
南の海原特有の美とゆとりを持つ所以は、

この地の温暖な気候にもよるだろう。



しかしその頭上。

そこは本来、
険しい自然ポスチャーと
静寂とひんやりとした中での
霊へのリスペクト・エリアたる空間。

海底隆起によって生まれ出て
その後長い年月を経て繰り返された
浸食作用によって孤立した山。


温暖な気象条件と
陽光な南の海原というゆとりが、

この空間と山を
ひんやりとした霊的空間から
涼しげなリスペクトの散歩道へと
昇華させる。




孤立山は久能山。

その空間は、東照宮。





*****





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その昔、
ニッポンの観光地百選で
第一位の栄光に輝いた地が、日本平。


今や、日本平と久能山東照宮は一帯を成す
観光地となっている。

日本平に来たならば
久能山へ渡らずにいられない。

久能山へ来るならば
日本平へ行かなければ
もったいない。


そういった一体感である。



久能山東照宮へ詣でるには、

日本平から
ロープウェイで空中散歩するか、

下界から千数百の石段を
登ることになる。


むろん両者とも
そのメリットはあろう。

どちらを選ぶかはそれぞれだ。


立石寺(山寺)ならば
迷わず石段を選ぶだろう。

それしかないからだ。

今回は、ロープウェイを選んだ。

屏風谷たる
切り立った断崖が、
その高度を乗る者に過度に伝えてくる。


温暖ゆえか、

山の木々は未だ紅葉の残り香を漂わせる。




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ここでもやはり武田信玄が登場する
久能山。そして東照宮。

まずは国重要文化財でもある
楼門を見上げる。



そもそも久能山は
あの西行も旅したように
東国を代表する山岳信仰の天台宗の寺だった。

それは久能寺と呼ばれ、
武田信玄が駿河の今川氏を攻め込むまで
長い間、信仰の地とされていた、と。

ところが信玄は、

ここを
山城を築くための絶好のロケーションと考えた。


信玄は自らこの山に登り入り視察。
マーケティングを経て
ここに築城することを部下に命じた。

久能城としてそれは完成し、
以降要害の地として成立した。


信玄は築城後、
久能寺を清水エリアに移した。

まるで善光寺を
信濃から甲斐に移したように。


信玄はよほど"移転"させるのが好きなのか。



ロープウェイの空中から見下ろす
断崖絶壁は
なるほど信玄がこの山を要害の地として
選択するに相応しい
城の難攻不落性を後押しする要素を秘めている。


日本平からロープウェイで宙を浮遊して
辿り着く久能山の中に
東照宮はある。




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境内の所々には徳川の紋。

武田氏陥落の後、
徳川家康が登場する。


<大御所>として駿河に鎮座していた家康は、
駿府城内で
75歳という当時としては大往生で他界する。


1616年4月17日、家康、永眠。

家康の遺言にしたがい
遺体はその日のうちに久能山へ運ばれて
埋葬された。


そして久能城は廃止され、
ここに東照宮の歴史が始まった。




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<神廟>。

まさしく神の廟所。
家康公が埋葬されている場所。

こちらも国重要文化財。


廟の高さは6メートル。西を向いている。

久能山東照宮の敷地最上部最奥部にして
御本殿の裏手さらに高い
木々に囲まれた静寂と澄んだ空気に溢れる場所にある。


ここに至る参道には
諸候奉納の石灯籠が並んでいる。



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主役は家康。

久能山は家康のメッカである。




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<神廟>と同じエリアの
木々の中で
ひと際大きな木がある。

<金の成る木>。


よろづ程の木
志ひふかき(慈悲深き)
志やうぢ木(正直)


この三つを常々信じれば
必ず富貴を得られよう

と家康は諸人たちにsuggestionしたという。





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総漆塗、権現造り、極彩色。
三拍子揃った大海原を示唆する
絢爛豪華な佇まい。

久能山東照宮の主砲、御社殿(国重要文化財)。


世界遺産・日光東照宮の原点。

それがこの久能山東照宮。


花鳥風月、牡丹に唐獅子。
そして徳川の家紋。

まさにそれはゴールド・フィンガー。

ディスカバー・ジャパン、
あるいはもはやこれは
エキゾチック・ジャパンは、

二億四千万の瞳。



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kuno6.jpg


kuno5.jpg





*****




石段を登り楼門へ。

楼門をくぐって
鼓楼、厳島神社、稲荷神社を経る。

唐燈籠を過ごしてまた石段。

石段を登り
神楽殿、神庫を経て唐門を入り
拝殿に到達。

その横には日枝神社。

本殿をさらに経てから
最後の石段を登る前に廟門をくぐりぬけ、

辿り着くのが神廟。


鬱蒼とした空気感がない。

ここには
開放的な温暖さが際立っている。

しかしそれでも空気は澄んでいる。


山寺特有の
ミステリアスな世界観がない。

その面影あれど、空気感は特異だ。

それはこの地の温暖な気候と
南の大海原と

家康も植樹した蜜柑の木が

県内数カ所はもとより
ここ久能山にもあるからか。


こういった様子から、

明るい県民性が駿河にあるのか。


陰鬱さとは無縁の、
孤立山の陽光なる静寂。


孤立する山と堂々と言えるほど

ここに暗さは微塵もない。



蜜柑の木があって、

そこに
蜜柑がぶら下がっていると


ニューヨークの路上における
チャイニーズやラシアンのように

ついつい
その木を揺らして
蜜柑を奪取してしまわんとしてしまう

己が怖いが、

それをもってして
アラフォーの夫婦が二人
笑い合える空間の力が

ここにはある。



<誰も見ていないよ>と。

だから蜜柑一つくらい拝借しても良かろう。

チャイニーズならば
あの頃のニューヨークのように

親子で他人の庭先にやってきて
そこにあるラズベリーの木に
娘がぶら下がり

体操選手の平行棒よろしく
木を揺らし、

ラズベリーを奪取するだろう。


だからこれくらい良かろう、と。


しかしそれでも
いくら陽光でも
ここは家康のメッカであり
神の廟所である。


家康の目が怖い。

そう思い、蜜柑の奪取は断念した。




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家康公の手形も残されている。

ここに書かれている
家康の身長は155cm、体重は60kg。

大柄なイメージがある家康だが、
驚くほど小さかったようだ。

しかしながら
身長と体重の指数のバランスを見てみると
あることに気がつく。

男性として
いくら昔といっても
155cmは小さすぎるだろう。

しかし
その背丈にして体重が
60kgという部分に着目すれば、

プラス95という数値が浮かび上がる。


ダモシの身長178cm−体重85kgでの
プラス93という数値とほぼ同じになる。


要するに
身長差で23cm/体重差で25kg。

どちらが大きく小さいかは別として
その差の数値バランスのことである。

身長も体重もその差はほぼ同じ数値レベルの
指数23〜25であるからして、

ここから察するに、

身体ポスチャーのバランスは
ダモシと家康は同じといえるわけである。


ダモシの身体ポスチャー
(身長と体重の数値から見る
 そのバランス:体格)と

家康のそれは

同じだったと考えても良いわけである。


もちろんこの手形に
ダモシの手を当ててみたら
ダモシの方がまったく大きかったわけだが、

不思議なことに
その手形のポスチャー
(特に指が短い点)も似ていたわけである。


要するに

身長体重、そして手形。

ダモシのそれを
そのままのバランスで
縮小していけば

家康のそれになる、と。



新たな発見。

否、たまたま初めて気づいた発見であった。




:::::



<久能山東照宮>



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二代将軍・秀忠奉納の太刀
という国宝から、

家康愛用の
スペイン製枕時計、
同じく家康が戦の初陣でまとった兜など

国宝と多数の国重要文化財を擁する。


日光の世界遺産・東照宮は
この久能山東照宮をロールモデルとして
つくられた。



東名高速・清水ICもしくは静岡ICから
約30分、日本平へ。

日本平からロープウェイ利用で10分。





*****




家康公の莫大な遺産を狙い
幕府転覆を企てた
由比正雪。


由比正雪のホームもまた駿河の、由比。


今年、その地にも訪れた。
その際に掲載した特集は以下だ。

http://damoshiny.seesaa.net/article/123279833.html



この由比正雪のホームである
由比は、桜海老の本丸である。

由比の桜海老は
秋の駿河遠征で地元の名店でも食し
日本平でも買って帰ってきたが、


家康公の眠る久能山東照宮を望む
日本平のレストランで
ふたたび桜海老のかき揚げを食し、

すこしだけ
由比正雪や家康公のことをイメージした。



sakuraebi.jpg




最後に家康公の遺訓。




人はただ身の程を知れ草の葉の

露も重きは落つるものかな








posted by damoshi at 22:55| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

未知との遭遇:クループ





今宵も深夜にジュニアは
レストルームに起きた。

だが、
いつもとやや様子が違う。

咳き込んでいる。

喘息症状は
日々の治療などで改善に向かっているから、
最近は夜中に咳き込むことは
稀になってきていたから、

やはり風邪が悪化したのかと思った。


レストルーム行きが二度、三度と繰り返される。

そのうち
咳き込みが激しくなったと思ったら
それが枯れてきて
発せられるサウンドが
犬の遠吠えのようになってきた。

そして、咳き込んだ勢いで
リバースを起こして嘔吐した。


<風邪で喘息が悪化したのか、
 風邪が悪化したのか、
 いずれにせよ異常だから
 病院に行こう>

と深夜2AMに夜間対応の大学病院へ
ダモフィーロを走らせた。





*****




師走にこじらせた風邪が
未だ治癒しないダモシ。

ダモシのケースも咳がもっとも酷い。

その咳も
痰が一切出ず、
胸から喉のあたりが
忙しない感じにもやもやしている。

そして
ひとたび咳き込むと
喘息のように発作性を伴って咳が続く。

呼吸困難に陥り、
しばしばリバースする。


ダモシの場合は
もともとリバース症候群という
ハンデがあることで、

リバースへの耐性があり、

嘔吐という事態は避けられるが、

ジュニアはそういかない。



そのダモシの風邪。

ビジネス関係で
日々近くにいる人々複数にも感染した。


その中の一人の女性が

<完全にダモシさんの風邪が来た>

<最強最悪のダモシ菌が入ってしまった>

と真顔で嫌悪する。

<ヒドいな、その言い方は>と
ダモシは言うが、

症状を聞くと
どうやら完全にダモシ・ケースだ。


<咳がヒドいんです>

<しかも痰がなくて、
 胸のあたりがモヤモヤしていて
 一度咳き込むと喘息のようになるのです>

<電車内とか、たいへんです…>

と。

まったく同じである。

ダモシの場合もそうだから
電車内で咳き込むことを我慢する分、
リバースしてしまうことがある。

それをさらに回避するために
"味"のあるものを
常に口の中に入れておいて
それを飲む込む唾液で
いがいがやモヤモヤを封じている。


ガムやアメだ。


そんな趨勢だから、
ダモシは
己の風邪がジュニアにまで感染したのだと
思っていた。





*****





ところが、
診察を終えて出てきた
ワイフとジュニアが言うには、


彼の病は
<クループ>というものらしい。


風邪と激しい咳ということで
夜間外来にやってきた患者を前にして
当初は理由が分からなかったドクター。

ジュニアがその診療室内で咳をした
その犬の遠吠えのような
サウンドを耳にしたドクターが
即座に述べたという。


<ああ。これはクループですね>


と。



:::
何らかの感染で
数日前から微熱や軽微なかぜ症状があり、
引き続き、嗄声、犬吠様咳嗽、吸気性喘鳴が出現。
3〜4日がピークで
症状は夜間に悪化する傾向がある
:::


という病気で、幼児に多いという。

要するに
声を出す部位周辺(喉頭)が
炎症のために腫れて
吸気性呼吸困難を起こす症候群ということだ。


なんとまあ、といったところで、

放置したり
へたをすると死に至ることもあるというから
怖い。


なにはともあれ
夜間対応病院に走って良かったと感じたところである。

4AM、無事に戻ってきた。


炎症を抑える薬一回分だけ処方された。

それを飲んで
ジュニアは眠りについたところである。


どうかこの後、咳き込んで
せっかく飲んだ一回分だけの薬を
吐き出してしまわぬよう願いたい。



祝祭日や夜間、GWや年末年始。

幼児が身体異変を起こしやすい時。

また今回も起こった、と。

翌日仕事のない
年末であることは幸いであり、

即断で夜間対応病院に連れていったこともまた
正解だったと感じているところである。




ダモシも寝やふ。


Good Night.









posted by damoshi at 04:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月29日

09年のベーゴマ、始まる&09年の旅、終わる



10対10の引き分けに終わった。

ベーゴマのことである。

ベーゴマといっても
現代のそれは
メタルファイト・ベイブレードである。



*****



イヤーエンド・ジャーニー最終日。

御殿場プレミアム・アウトレットと
南町田のグランベリー・モールでの
ダモシ、ワイフそれぞれの
お買い物で締めとなったが、

親のショッピングだけでは
面白くもなんともないジュニアはつまらない。

<じゃあ、おばあちゃんからもらった
 おこづかいで〇〇も何か買うかい?>

と告げると、

<ベイブレードがいい>と言う。


<何だ?それは>と聞くと
ジュニアとワイフはこう応えた。


空手の納会で、
小学生のお兄ちゃんたちが皆持っている
ベイブレードを持ってきて、

そのトーナメントが行われた、と。

家族にお兄ちゃんがいない
ひとりっこのジュニアは、

同じ幼稚園児でも
ややもすれば
お兄ちゃんがいる子が知っていることや
持っていることに
疎かったりする。

だが、ふだんから空手で
歳上の小学生と共に過ごしていることで
彼らがお兄ちゃん代わりとなって
ジュニアに
今の彼らの流行を教えてくれるわけだ。

その納会でジュニアも
初体験となった
ベイブレードを行った、と。

ここでも歳上の小学生を一対一で撃破し
ベスト8とまでは行かずとも
上位進出を果たした、と。


<ほぅ>とダモシ。

<で、そのモノは何なのだ?>と問うと、

<コマだ>とワイフが言う。


<コマ?ベーゴマか?俺も小さい頃にやったコマか?>

とさらに言えば、

<そうだ>と。


コマを回して
それがぶつかり合って競い合うという
よりコンペティティブ性が高くなったモノ
だという。



<何だ、コマか。コマなら安いでしょ。
 なら、それは俺が買ってあげるよ>

と威勢良く言い放ったダモシ。


ダモシの、
ネクタイとシャツをニッポンで買うならこの店
と決めているお気に入りのそこへ行くべく
グランベリー・モール内を歩いていると、

そこに玩具店も入っていた。

その店先。

ジュニアが
<あったよ、ベイブレード!>と叫ぶ。

<ほぅ。れどれど?>と
ダモシはその箱を取り上げて
価格を見る。


と、そこには3,980円の文字が。

<げっ…>と感じたダモシ。

(<たかだかコマに…?>)と訝しがる。



<ヤ、ヤマダ電機の方が安いから、
 帰り道の途中にあるヤマダで見てみよう>

と提案。


だが、ヤマダ電機では売切れていた。

さすがにかわいそうだと感じたダモシは、言った。

昨日から旅先で風邪気味のジュニアを指して

<いったん家に戻ろう。荷物を置いて、
 とにかく病院に行って診察を受けて
 薬をもらってきた方がいい。
 病院が終わったら、ビックカメラまで
 連れていってあげるから>。


ここのところ
玩具に関しては
ヤマダ電機は醜態を見せている。

いわば品薄状態なのである。

しかも補充のテンポが遅い。

玩具に関しては
ヤマダはいささか不得手と感じられるほどだ。

その点、やはり
ビックカメラとヨドバシカメラは秀逸だ。

駅乗降人員が過剰に多いエリアにしかないのが
難点ではあるが、

彼らの凄さは在庫量だ。

売切れても在庫がどんどん出てくる。

小学生低学年と幼稚園児に大人気の
仮面ライダーWの各商品、

小学生に大人気のベイブレードなど、

種類と品数の豊富さでは
他の追随を許さない。


<ビックならあるだろう>と

ジュニアが欲しがっている
仮面ライダーWの"メタルシャフト"という
武器とベイブレードを

それぞれ
前者はおばあちゃんから届いた
クリスマス資金、
後者はダモシのお小遣いを削って、

買いに行こう

ということで、

新横浜まで電車で二人出かけた。




*****




あった。


まずは仮面ライダーWの
メタルシャフト。

そのコーナーには、
仮面ライダー系のモノは軒並み売切れ。


<あぁ、ないか…>と思いながら
フロア内を徘徊していると
メタルシャフトが
平積みで三点だけ鎮座していた。


<おぉっ、あったぞ!>と言うと
ジュニアは子供らしく
それをすぐに手にとって抱きしめ

己がモノ

を主張する。



ベイブレード。

探しても見当たらない。

そもそもダモシにもジュニアにも
どのコーナーで
どのように陳列されるような商品なのか
理解が不足している。


もはやダモシは

<何も知らない、遅れているオヤジ>
になっている。


レジに行ったオヤジ・ダモシ。


<ベイブレードというのは、ありますか?>

と素直に問う。


店員が示唆する先には
小学生とおじいちゃん、お父さんたちが
群れている。


箱モノのセット商品が売っていたりする中で
トレーディング・カードのような状態で
コマ一つ一つも売られていて

皆さんはその単体コマの方を見て
ああだこうだとディスカッションしている。


ダモシはジュニアに
<ど、どれを買えば良いのだ?>と問うと、

ジュニアは
箱モノのセットを指差したと思ったら
それを即座に抱きしめて

<コレだよ。コレが欲しいんだよ>と言う。


ダモシは<待て>と言いながら、
その場で
携帯を耳に当てて
電話越しの子供に欲しい商品を尋ねている
様子の母親の台詞に耳を傾けた。

すると
その母親も箱モノセットのことについて
電話越しに問うている。

おそらく電話越しの子供は
<それは違うし関係ないから>と
言ったのだろう。

その母親は
<そうなの。これは違うものなのね>と言い
電話を切った。


そんなことお構いなしのジュニアは
<コレが欲しい>の一点張り。

ダモシは諭す。

<あのお母さんがコレは違うって言ってたぜ>。


さらにダモシは店員を呼ぶ。

<ベイブレードに詳しい店員さんは
 いらっしゃいませんか?>。

<少々お待ちください>と言われてから
三分後、

ベイブレードに詳しい店員が現れた。

ダモシは素直に問うた。



<ベイブレードを初めて買うのですが、
 まずは何と何を揃えなければならないのですか?>。


店員によれば、こうだ。


まずは

・コマx2

要するに対決するわけだから
コマ一つではバトルはできないから
二つ必要だ、と。


そして
そのコマをセットして
投じるための機械というか道具。

これもコマ一つにつき一個必要だから
・コマ回し道具x2


さらには
コマ同士がバトルを繰り広げるための
いわゆる

・リング


この三つが必要だという。


そう言われても
どれがどれかさっぱり分からない
オヤジ・ダモシは、

もはや
子供たちの流行に完全に遅れている。


<はぁ…。で、コマはどれを?
 こんなに種類あったら分からないですわ…>。


<まぁ最初はコレとコレで良いのでは?>
という店員のsuggestionに従い
20番と22番のコマを買うことにした。


<20番と22番ね。はい。で?
 コレをレジに持っていけば良いのでしょうか?>

と問うが、

レジではその番号を述べれば
レジ奥から商品が出てくるというから、

ここでもまた
おじいちゃんのお客さんにすら
笑われるほど
何も知らないダモシという実態。


結局、レジで

<20番と22番を一個ずつと、
 道具ね。道具は、ええと、21番だったかな?
 それをくださいな>

と述べるわけだが、

番号だけでは店員は
それが何の商品か分からない。


<ええと…。何のですか?>と問われてしまう。


<あぁ。ええと、ベイブルース? 否、
 ベイブリッジ。ではなくて、ベイブレードね!>

とワケの分からない所作を
繰り広げてながらも

ようやくそれをゲットした。





*****




今宵、ディナー後、
ジュニアとそれをやってみた。

バトルをしてみたわけだが、
これがまた
やってみるとエキサイティングで
ハマってしまうわけである。



<ほぅ!>と。

<なるほどぉ…>と。


タカラ社のMDの上手さに感心してしまう
ダモシ。


このメタル・ベイブレードの
コンペティティブ性と
メタルゆえの
コマやベーゴマのレベルを超越した
闘いのエンターテイメント性が
高い次元で繰り広げられるのである。


<あぁ、こりゃ面白いわな>と。

小学生が喜んで遊ぶのも無理はない、と。


その昔、ダモシが小学生の頃も
こういった男の子の遊びといえば

その根底にはコンペティティブ性が
横たわっていた。

ダモシ世代より遥か上の
それこそ原点的な
男の子の遊びのちゃんばらごっこや
プロレスごっこも

とどのつまりはコンペティティブである。

本物のコンペティションではないが、
遊びではあるが
その遊びの中に
コンペティティブ性が介在することで

燃えてくるわけである。



メタルのコマが
鋭い回転でまわりながらも
ぶつかり合うたびに
そのメタルの重量感ゆえの
激しい弾き合いが展開される。

それが展開されるスペースが
アルティメット・ファイティングではないが
オクタゴンのリングのようなモノ。


これは男の子が喜ぶ要素満載である、と。


結局、20回も対決してしまう始末で
結果は10対10。


オトナもコドモも
分け隔てなく
体力に関係なく
同じレベルでコンピートすることができるのが

こういった遊びの魅力でもあろう。


こういうモノを開発する能力は
さすがだなと感じざるを得ないわけである。



気になってネットで調べてみると
このメタル版になったのは昨年で
本格ブレイクは今年になってからのようだ。

以前も
ダモシが在米中に
ニッポンの小学生の間では
2000年に入ってから同じ種類の遊びが
ブレイクしたようであるが、

今回のこれはメタル版で、
漫画でもテレビ放送されているらしい。


漫画とテレビと遊びのコラボレーション
という基本的な手法は、

仮面ライダーや戦隊ヒーロー系などと
同じ構図であるが、


それがタカラ社によるものだという点が
MD的に興味をそそられるわけである。



どうやらコマも
様々な機能を備えた膨大な種類のそれが
出ているという。


その昔、
小学校の最後の一年で
ダモシら小学生の間で
大ブレイクしたものの一つに、

(東京限定かもしれないが)
スーパーカー消しゴムというものがあったが、

それも
バトルを繰り広げるものであって、

他の子供が持っている
スーパーカー消しゴムよりも
滑りが良くなるために
タイヤの裏に滑り効果を塗ったり

それぞれの子供たちが
己が持ち球が強くなるべく
日夜研磨したものである。


それに等しく、

強いコマ、多機能コマなどが
同じ種類の中であるのだろう。


ジュニアは未だ幼稚園児であって
ベイブレード初心者だから
スターター的に
"普通の"機能のコマで良いのだろうということで、

店員が<まぁ、このあたりのコマで>というものを
ピックアップしたわけである。




*****




いやはや。


ほとほと
流行にはついていけないというか、

遅れが生じてしまう。

それを知って
己も取り組めばすぐに理解できるのは
同じ男ということもある上に

すべては原点は同じで
その改良版やハイブリッドなわけだから

機能などが最新なだけで

根本的な遊びのイズムとしては
同じなのだが、

要するに
それを知るタイミングがやはり
やや遅れているという点が

ダモシ自身、気になって、

今宵は妙に
<これがオヤジやオッサンになるということなのか…?>

とちょっぴり気落ちしたところではある。





ダモシは長男で
やはりお兄ちゃんがいなかった。

その分、
同級生で
歳上の兄姉がいる子供よりは

ダモシはやや流行やカルチャーに対する
遅れのようなものは

局面によっては、あった。


中学二年生の冬に
ジョン・レノンが射殺されたわけだが、

放課後の路上を
同級生と二人で歩いているときに

その同級生が
神妙な顔で
<ジョン・レノンが暗殺された…
 と兄貴に聞いた>
と告げるのを、


<え…。そうなのか…>


意図的に神妙な顔をして受けたフリをした
ダモシだったが、

そのときのダモシは
ビートルズの音楽も
ろくすっぽ聴いたこともなく、

ジョン・レノンが射殺されたと言われても、

己の興味は
アントニオ猪木に向かっていたりしていたので、

空虚な感覚でいたことを覚えている。


それは趣味趣向の違いというものではなく
カルチュラルな事柄や
世界的なカルチャーのアイコンに対する
無知と遅れが、

ダモシを支配していたと言えるわけである。


(<何かオトナっぽいな、あいつ。
  俺はあまり知らないし…>)

と。


そういう次元であった。

それは遊びでも重要で、
既に歳上を基点に
下の年代まで浸透してきつつあった
遊びにも

歳上のお兄ちゃんがいない分

いささかダモシは遅れがあったのだ。

一日の遅れは、
小学生の時分にとっては大きな誤差となる。

一方で
その遅れをすぐに取り戻して
アジャストできるのもまた
子供の特権と特殊技能ではあるが。




bbrade1.jpg


bbrade2.jpg


特設リングでファイト。




それにしても
子供の玩具のMDの上手さは
舌を巻く。


むろん
すべてが成功したわけではないだろうが、

実に興味深いジャンルである。


一度で良いから
この領域に仕事でも関わってみたいところである。





*****




2009年最後の旅、
イヤーエンド・ジャーニーも
無事に終わった。


大団円で、

各地でヒットがあり
プランは当たったといえよう。


京都奈良や
それこそニューヨークやパリのように

ヒットは当たり前の"旅行先"とは
異なる世界観の

旅のデスティネーションを選んだ場合、

・タイミング
・己が接する姿勢
・ラック

が重要になってくる。


時間や気象条件、朝昼夜のバランスとタイミング。
それら一つ一つに
マイナーであったとしても
関わる己自身の姿勢や

それらとそれら以外をも包含して俯瞰する

運(ラック)。


これらが微妙なラインで絡み合い
物事は流れる。


一つのタイミングがズレると

一歩間違えば
こんなところに来るのではなかった
という後悔に陥る危険性があるのもまた

マイナーな旅先を選んだ場合の
リスクである。


メジャーかマイナーか。

例えば

ニューヨークか、三保か。
パリか、薩埵峠か。

酒を飲んで会話するなら
タイガー・ウッズかダモシか。

これを選ぶなら
大多数の人は前者を求めるだろう。

簡単だ。

分かりやすい魅力があり
刺激が行く前/逢う前から存在していて
誰もが知っている
スーパー・メジャーな
有無を言わせぬ圧倒的なパワーのある

ランドマーク/アイコン/存在であり
アイコンだからだ。



だが、旅はそうではない。


有名無名問わず、
己が姿勢次第で
相手の何を引き出すか。

そこが楽しみになるわけである。


そこで何も引き出せなかった、
何も出てこなかった
という結果になっても

それはそれで致し方ない。

いずれにせよ
そういった姿勢は
相手がランドマークであっても必要で、

ニューヨークに行っても
何も楽しむことができずに終わる人も
大勢いるだろう理由は、

その人の姿勢にもよるからである。



さらには
一般的にはマイナーであっても

そこに
驚くスーパー・メジャーが潜んでいたり

それこそ
ニッポンに限っていえば
ディスカバー・ジャパンが潜んでいる
わけである。





2009年の
ダモシの旅を
ひとくくりに総括すれば、

すべては

<ディスカバー・ジャパン>

といえるわけである。


むろんそれは
己が特異なガイジン目線で
素直にニッポンを見ていることも
大きく起因している上、

年齢的にも
そういったものを
素直に受け入れることができるように
なってきたことも
要因の一つにはなっているだろう。



これまでも当欄に
旅の系譜やコラムを記載してきたが、

この年末から年始にかけての間に

09年イヤーエンド・ジャーニーでの
膨大な素材は

可能な限り取り上げて掲載したい所存である。






:::::




yejlastfuji.jpg



旅を終えて戻ってきた
R-246田園都市。

いつもの光景の中に
西の空に

"ちゃんと"富士は姿を現してくれた。


R-246から
この富士に敬礼し、

一年間の旅の無事を感謝した。






posted by damoshi at 23:12| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目覚めて

image/2009-12-29T08:01:531 ベッドから半身起こせば、正面に富士。 晴れ
posted by damoshi at 08:04| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

YEJ-09/プレヴュー<富士に向かって投げよ>



吾輩は
イヤーエンド・ジャーニーの、逗留先に在る。

09年最後の旅。

快晴が続いている。
晴れ男ジュニアが一緒だからこうなる。

そして
快晴その他、絶好の、あらゆる条件が整わなければ
目にすることができない
いくつかのそれも今回は得られた。

ジュニアは強運の持ち主である。


ダモシをもってして、

今年何度も機会がありながら
一度もその条件が整わなかったものや、

88年と今夏の
過去二回とも
まったくその条件が整わなかったものなどが、

彼にとっては一発で整ったわけである。

条件の最も難儀するもの

我々が操作することは不可能な

<気象条件>が
満たされるように
まるでそれを引き寄せているかのようだ。


そして
それらは単に気象条件が合えば適う
というものではなく、

極論すれば数秒単位で変化するものだから、

確率的には限りなく低いものである。


今回のイヤーエンド・ジャーニー-09の
寄稿シリーズで
明日から大晦日まで随時それらは取り上げたい。




とまれ、現在までの二日間だけで
写真は1,000枚を超えた。


デスティネーション(逗留先)は
二ヶ所(2エリア/2県)だが、

エクスカージョンがまた多い。


ネタと写真があまりにも多すぎて
逗留先の宿では
到底整理はつかない。

というかもう、眠い。




今宵はまずは一枚だけ写真を
富士山絡みのものから掲載して

これをプレヴューとしたい。


タイトルは文字通り、

<富士に向かって投げよ>

である。




fujinimukatte.jpg






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2009年12月27日

行事も終わり、いよいよ年の瀬




ワイフと一緒に過ごす20回目、
ジュニアが加わってから7回目のクリスマスが
昨日終わった。

クリスマスが終われば
あとはイヤーエンドの世界になる。

ダモシの今年のオフィシャル事案も終了。

クリスマスを基点に
冬休みに入った次第である。


今宵は、後輩と
別の後輩夫婦(結婚ホヤホヤ)がこれから来訪し
奥方との顔合わせと忘年会を兼ねた催しとなり、

明日は早朝から
イヤーエンド・ジャーニーへ出る、と。


リアルに心身を休められる日はあるか?
となれば、どうやらなさそうだ。

貧乏暇なし状態は
冬休みという年末年始も継続しそうで、

ほとほと
カウチでゆっくりと読書をしたいよ
と思うところである。


競馬の予想も、馬券購入も、
プレゼント等ショッピングも
読書もその他も

プライベート事案の諸々はすべて

せっせと突貫作業的に急いでやっている
実情は、

心のゆとりということを考えると
健康的ではない。


ゆったりとした空気感の中で、

(<あぁ、あれをしなくては…>)
という感覚を無視したところで

まったりとした時間を過ごすことも
時には必要なのは明らかだ。

それが出来ない貧乏性が
ダモシの欠点のまた一つである、と。


ダモシにとっては
リアルに心身をゆっくりできるのは
バス・タイム(入浴時)の、

ジュニアとの遊びが終わり
彼が先に湯船からあがってからの
ひとり湯のときだけだ。

だから
貴重なその時間を
できるだけ長くとりたいがために
我慢して長時間湯に浸かっているわけだが、

そのせいで結局は
のぼせてしまい
倒れてしまうという有様に陥るので、

これもこれで
どうしたものかとも感じるところである。





*****




サンタさんミッションが無事に終了した
数時間後、

ジュニアは誰よりも早く目覚めたという。

未だ起きるには早い時間だが、
ワクワクしていてしょうがなく
目が覚めてしまったのだろう。


堪えきれずに彼はつい
クリスマス・ツリーのところへ行って
包みの数をカウントしてしまったという。


イチ、ニ、サン、ヨン、ゴー、ロク、ナナ…。


<あ。七個も来てる>と興奮したジュニア。


時間が時間だから
ベッドルームに戻って
布団を頭から被ったという。


ところが
観てしまったから興奮して
目がぱっちりとしてしまったジュニア。

我慢しきれずにワイフを起こした。


6AM前だという。


そして彼はうれしいうれしい
クリスマス・プレゼントの包装を開けた。


ダモシが起きてくると
彼は言った。


<サンタさんから届いていたよ!>。

そして加えた。

<でもね。
 一つだけ持っているものがあったよ。
 サンタさんは他のコに持っていくのを
 間違えてウチに持って来ちゃったんだよ>

と。


(<げっ…>)と思ったダモシ。

<ど、どれが? どれを持ってたの?>と問う。

これだ、とジュニアは人形の一つを示す。

持っていないはずだったが、
いつの間にか持っていたのかと悔いたが、

それでもジュニアが

<こっちはニセの悪者の方にするからいいよ>
と言ったので、

救われたダモシ・ニセ・サンタであった。




0mas4.jpg


0mas3.jpg


25日の夜は、
クリスマス・ケーキ。

ヒーロー系のデコ・ケーキは
来年も求めるか、今年が最後か。



0mas5.jpg


なぜかブドウ。

甲斐国に敬意を表して
ラインナップされたのか。





*****




ワイフと初めて過ごしたクリスマスは、
1990年。

あのオグリキャップが
有馬記念で劇的なラストランVを飾ったときだ。


それもあるが、
そもそもからして
年の瀬の風物詩でもある有馬記念と
クリスマスは、

個人的には
どうしてもクロスオーバーする。


今宵、
夜の酒席の材料を仕入れるために
いつものオーケーストアに行く前に

朝一番で新横浜WINDSへ
ファミリーで出かけて
有馬記念の馬券を買った。


ダモシの軸は、フォゲッタブル。


終わりよければすべて良し

有馬当たればすべて良し

である。

当たって欲しい。


0mas1.jpg



その前の今宵のレースである
中山大障害も買った。

有馬記念へ向けた運試しでもある。


三点のみ。
今年、ほとんど当たらなかった馬券。

たとえ本命サイドだとしても
当たることが重要と考えた。



0mas2.jpg


本命サイドでの決着とはいえ
久しぶりに的中したことが、
明日の有馬記念への良い布石になると幸いだ。






*****




夜の酒席も終わった。

社会人新卒の頃から見てきた後輩が
結婚したことは感慨深い。

その細君とも初めて逢った。

二人は気を配ってくれて
ジュニアに今日発売したばかりの
仮面ライダーの人形を買ってきてくれた。


二人は、ダモシ軍と同じく
田園都市エリアに新居を構えた。
駅でいえば二つ隣、
互いの家は車で五分の至近距離である。


毎年、
ニューヨークに住むダモシ軍のところに
やって来ては
プレゼントの山を抱えてきてくれた後輩も
今宵やってきた。


あの頃のように、
まるで未だダモシたちが
ニューヨークにいるかのように、

日本のモノを一杯持ってきてくれた他、
ジュニア、ワイフそれぞれに
クリスマス・プレゼントという
用意周到さだ。



0mas13.jpg



そして彼が持参した焼酎。


0mas10.jpg


かなり効く焼酎。
持参した本人が真っ先に目を閉じた。


ならばとダモシも
鹿児島の霧島で仕入れた
西郷どんのフォルム焼酎を出した。


0mas12.jpg




宴は楽しく、
久しぶりにリラックスした時間を過ごせた。


明日は今年最後の旅だ。


これからその準備と
パッキングをするところである。



クリスマスも終わった。
そして
プライベートな忘年会も終わった。


あとは有馬記念。





いよいよ年の瀬だ。







posted by damoshi at 00:51| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

Merry Christmas 2009





やはり彼は起きてきた。


それを想定していた
ダモシとワイフは、

深夜の
ワイフによる
クリスマス・プレゼント梱包を終えた後、

<寝る前に置いて>
という指令を受けたダモシが、

ジュニアの部屋に隠しておいた
それらを配備した。


ワイフが梱包を終えて
プレゼント一式を
ジュニアの部屋に
とりあえず隠匿した時間から、

ダモシが
それをリビングのツリーの前に
配備するまでの間は、


約一時間。


その間にジュニアは案の定、起きた。
おしっこ、にである。


その時ダモシは己が仕事部屋で
コンピュータに向かっている。

ハイハイする音に続いて
レストルームの水を流すそれが
聞こえてきた。

その後すぐに
ベッドルームに戻ると思っていたが
どうやらジュニアは
冷蔵庫の前にいる。

そして冷凍庫から氷をごそごそと取り出して
いつものごとく
口に含むという一連の所作を遂行している。


ダモシは席を立ち、
ジュニアに声をかけた。


<だいじょうぶか?
 早く寝ろよ。
 俺ももうすぐ寝るぞ>。


ジュニアは
今宵ダモシ不在の間に

ワイフに

<ダディが寝るの遅いから
 サンタさんが来るか心配だよ>

と懸念を表明していたという。


己が眠る前の
<Good Night>声がけの際にも

<ダディ? 早く寝てよ>
と促された。


(早く寝られるわけがないだろうよ…)と思いつつ

<分かったよ。今日は早く寝るから大丈夫だよ>
と、おやすみを言った。




*****




ジュニアが氷を口にしながら
ベッドルームへ戻ってから
三十分後、

深い眠りに入ったと想定される先ほど、

ダモシは
プレゼントを手に
リビングにそぉ〜っと出向いて

ツリーの前にセッティングした。


その間、ジュニアが起きてくることはなかった。

だが、不安だ。

気づかれていないかどうか、が。


プレゼントを配置して写真を撮った。
これも例年のルーティンである。



09xms3.jpg


未だ電気を残した状態でまずは撮った後、
室内の灯りを落とした。




09xms.jpg


09xms2.jpg



サンタさんからのプレゼントは
全部で七つだ。

まったく大甘な親である。



今宵はデイタイムに、

ウルトラの母からと
ワイフの那須の幼なじみで
同じく幼稚園年長の子供がいる人、

そして新潟にいる
ワイフ方の親戚から、

それぞれジュニアに
クリスマス・プレゼントが届いたようだ。

レターがある。

先般も
姪からクリスマスカードが届いた。

今宵も届いていた。


しかしいずれも、

<〇〇(ワイフ)のような明るい人に>

だの

<〇〇君、メリークリスマス>

だのと書かれていて、

ワイフやジュニアの名は登場するのに、

ダモシの名は一切登場しないという悲劇。


誰か一人くらい

<お父さんのようにカッコいい男になってね>

だの

<ダモシさんのようなイイ男になるよう>

だの

と、

書いてくれてもいいものではないか?

と嘆くダモシである。



昨日も、
幼稚園のお母さんが

<〇〇君(ジュニア)は幼稚園の人気者なのよ。
 先生も言っていたわよ。
 〇〇君はマルチで多方面の興味や遊びができるから
 誰とでも対応できるのよ。
 だからとても人気があるのって言っていたわよ>

とワイフに言ったという。

その話を聞いたダモシは今宵、

<そうか。まあ、お父さんに似てとか
 言っていなかったかな?
 マルチというのは、まさに俺だが?>

と問うが、

誰も<ダモシのように>だの
<お父さんのように>だの
言っていない、とのこと。


まったく誰か一人でも良い。
一度でも良いからダモシを褒めないか?

今年も一年仕事頑張ったねだの
今年も素晴しいパフォーマンスをありがとうだの

誰か一人でも言わないか?

と。


エッブリデイがハッピーで
人気者でベビーフェイスのジュニアに

ジェラシーを覚えるところである。



ダモシだって大きな五歳なわけだから

褒められたり認められたりしたいし
何かプレゼントが欲しいし
レターも欲しいし
頼むよほんとうに、
こんなことならもうスネちゃうよ

といったところでもあるわけだ。





まあ、いい。

寝なくては。

万が一またジュニアが起きてきて
プレゼントを発見してしまい、

さらにその時
ダモシが未だに起きていたら、

バレてしまうわけだ。


寝よう。

ジェラシーな心もちで目を閉じよう。



明朝、

ジュニアが
サンタさんからのプレゼントを目にして
大喜びする姿を見られれば、

けっして
褒められなくても認められなくても
感謝されなくてもいいや、

俺はそれでハッピーさ

と、


実際にも

それはそれは
何にも替えがたいハッピーであるからして、


素直に眠ろうか。






Good Night, and

I wish you a Merry Christmas!













posted by damoshi at 02:41| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月24日

<欠点>のない人。<欠点だらけ>のダモシ。


相変わらず体調が優れないこの頃。

風邪はすこしづつ良くなってはいるし
食欲も八割方戻ってはきたが、

それでも未だ喉が痛く咳も出る。
ハナがようやく改善しつつあるが、
結膜炎も未だ治癒せず、
加えて
甲斐遠征でのルーティンともいえる
"航空中耳炎系"をまた発症。

ダモシは高度に弱い性質だ。

東富士五湖道路と
中央フリーウェイの南路線を走ると
必ず耳がおかしくなる。


それは同行者も毎回そうなるように、
ダモシのみならずの
標高の高さゆえ致し方ないことだが、

そこからの回復が遅い。
それがダモシの弱点でもある。

口を開けても唾を飲み込んでも
飲み物を飲んでもどうにもならない。

結局は"ダイバー耳抜き"
(ハナをつまんで口も閉じた状態で
 息を吐く感じにして
 耳の詰まりを開放する手段)をするのだが、

時間にして8秒を過ぎても
耳が開放されないのに
それを続行していたら、

完全に酸欠になってしまい、

ドライビング中に
座っているのにクラクラして
ハンドルが右往左往してしまう始末。

ダメだ、こりゃ、と。


ひとたび風邪をひくと
治癒するまで長いのもダモシの弱点である。

オトナになって
だいぶ風邪をひかなくなったが、

そもそも
基本的に風邪に弱い体質で
柄にもなく虚弱体質的なところがあるのだが、

ちょっとの痛みや違和感だけで
<あぁ具合悪い…>という弱さは
ある意味で致し方ないとあきらめてもいるが、

一方で
自分でもイヤになるのが
いったんひいてしまうと
なかなか風邪が治らない点である。


風邪をひいて
喉が痛くて咳もしているのに
普通に煙草を吸っていたり、

お風呂でのぼせた後に
いつもと変わらずに素っ裸で寝転んで
新聞や本を読んで夢中になり

気がつけば冷え冷えとしている

という醜態を連日続けていれば
治るものも治らんよ
ということではあろうが、

これもまた性質だから致し方ない。


加えて
そもそも風邪で具合が悪いなら
さっさと寝ろよ
と己自身の別の声も聞こえてくるが、

それだって
できないことはできないのだから
致し方ないのである。


リアルに具合が悪ければ
先般のように
さっさと寝るだろう。



性質は、そうそう変えられるものではない。

粛々と耐え、
風邪の菌がすべて去ってくれるまで
待つしかないのだ。

気合いで治すなんぞということは
あり得ない。


具合が悪くても
ミッションを遂行するのが気合いであって、

そうこうしているうちに
治るということなだけで、

具合の悪いものを
気合いで治すということは
根本的には不可能だ。




そんな具合の悪いダモシの最近影は
昨日掲載したが、

昨日の中で善光寺でのダモシを掲載し忘れた。

だから掲載する所存である。

ダモシを見たとて
誰も喜ばず、誰も、何も楽しくもないだろうが、
まあいいじゃないか、と。


己自身がこの場所で写真に収まるのも
今年の濃い付き合いの中で
昨日が初めてだった。


記念写真だ。普通にこれは記念写真である。
いいじゃないか。記念写真で。



tentan2.jpg





*****




先ほどのこと。

数十分前のことだ。


明日(24日)から明後日(25日)に
かけての未明に迫った
リビングのクリスマスツリー前への
プレゼント・セッティングという
ミッションに備え、

現場検証をした。


カメラを手に。


どこに、どう、それらを置こうか、と。

サンタさんは
何時頃、ここに来て
プレゼントをどのように配置しようか、と。

それを思案していたわけだ。


すると、
ベッドルームから
ごそごそと音が聞こえてきた。

耳を澄ましていると
今度は
軽めのドンドンドンという
足音やら何やら
とにかく人の気配がした。


<まさか>とは思ったが、

時間的には
ジュニアが夜中のおしっこに
起きる時間帯でもあるから

<ジュニアか?>と
身を潜める必要はまだないのだが、
なぜか身を潜めて
様子を窺っていた。


すると

ジュニアが現れた。


しかもその姿を見ると、
赤ちゃんのように
ハイハイしている。


ハイハイしながらレストルームへ向かっているではないか。


ダモシは
身を潜めながら
爆笑を堪えつつも

<なにをしとるのか…>と一人、想った。




数日前のこと。

ディナー時だ。


まだやはり不安を覚えているジュニア。

<やっぱり、おしっこに起きた時に
 サンタさんに逢っちゃったら
 ダメでしょう?>

と聞いてくる。



<ダメだよ。サンタさんはシャイだから。
 ほんとうにプレゼントを置いていって
 もらえなくなるよ?>

とダモシ。


ジュニアは秘策を考えたという。

何でもジュニアによれば、
赤ちゃんのように
ハイハイしてレストルームに行けば
サンタさんに見つからないよ

という。


それを聞いたときも爆笑モノだったが、
笑うのはよくないと思い、

<おぉ、なるほどね。
 それなら見つからないかもしれないね。
 でも、絶対に見ちゃダメだよ?>

と諭した。


とにかく

彼は<見つからないように>と考え、

ダモシとワイフは
<見ちゃダメだよ?>と諭す。


そこにギャップがあるのだ。


いずれにせよジュニアは
25日の未明に
もし
おしっこに起きてしまったら
ハイハイをして身を隠しながら
レストルームへ行き、

ベッドルームへの戻りも
同様にするということに決めたらしい。



そういう経緯があった。


それを踏まえての今宵なのだが、
今宵は未だ24日になったばかりである。


勘違いしたのか、あるいは予行練習をしたのか。

とにかくジュニアは
ハイハイをして
一生懸命レストルームへ向かうではないか。

もう笑いを堪えるので必死のダモシ。



と、

ハイハイをしながら
ジュニアが一瞬、斜め後ろ側へ顔を向けて
こちらを見た。


<ゲッ…>と感じたが
即座に対応できず
ダモシの顔は丸見えになっていた。

一瞬、ダモシとジュニアの目が合った。



<マ、マズいぞ、これは…>

<俺が予行練習していると思われてしまうぞぉ…>


と焦るダモシ。


即座に対応。

手にカメラを持っていることを想い出し、
ぱしゃぱしゃと撮影をし始めた。

オフィシャル事案含めて
自宅内でカメラを手にする機会も多いから

ジュニアは普通に
ダモシはいつも写真を撮っている
と思っているから、

ごまかしは利く。


ジュニアはレストルームから出てきた。

寝ぼけておらず
なぜか今宵は完全に目が開いている。

そしてダモシを見つめている。


ダモシは虚勢を張って
素知らぬ顔をしながら言った。



<お。だいじょうぶか?
 俺は今ね、サンタさんに最終的な
 クリスマスツリーの位置を教えておかなければ
 ならなくて、写真を撮っていたところだよ>


と。


キョトンとするジュニア。

マズいぞ、とダモシはさらに口数が増える。


<要するにアレだ、アレ。
 ほら。サンタさんが戸惑ったらいかんでしょ?
 ウチに入ったはいいけれど、
 ツリーの位置が分からなければ
 プレゼントを置いていってもらえないかもしれない。
 それが心配だから、
 こうして写真を撮って
 メールで送っておこうということだよ。
 どうだ?万全だろ?これで>


ジュニアはようやく納得した。

ダモシは安堵の溜息をつきながら
<早く寝なさい>と諭すが、

ジュニアは突然爆笑をし始めた。

<バレたか?>と一瞬青ざめたダモシだが、
ジュニアは
ベッドルームの方を指差して笑っている。


<ダディ?
 このマミーを見て>と

寝ているワイフを見るように促すジュニア。


<ん?>とベッドルームを覗くと、

そこには
リビング側に頭を向けて
(枕側ではなく足下側に頭を向けて)
爆睡しているワイフの姿があった。

しかも布団をかけていない。


二人で笑った。


そして
<起こして、ちゃんとするよう言いなさい>
とジュニアに言うと、

ジュニアは
<マミー?ほら、ちゃんと頭は向こうだよ>
と諭した。

寝ぼけているワイフは
突然起上がって
リビングの方に歩いてきたかと思えば、

そこにダモシがいるのには目もくれず

リビングの電気を切ると
そのまま眠りに向かった。




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tentan8.jpg




ダモログを開始したのは
ジュニアが生まれた年か
その翌年だったと記憶している。

2003年か2004年。
記憶の中では04年が濃厚だ。

そして
その04年のクリスマス
(ジュニアが一歳のクリスマス)から
当日のプレゼント配置後の様子を
掲載してきたはずだ。


明日の未明。

またそれは掲載することであろう。






*****





幼稚園も冬休みに入った。

空手道場は日曜日を最後に冬休みに入った。


ジュニアにとっては
楽しいホリデイ・シーズン真っ盛りである。

一昨日は幼稚園の男のお友達が
家に遊びに来たようだ。

昨日もどうやら別のお友達が
遊びに来たようだ。

明日はまた別のお友達のお家に遊びに行くようだ。

明日から明後日はクリスマスで、
ウルトラの母、ワイフの友達、
サンタさんからクリスマス・プレゼントが届き、

明後日の土曜日は
ダモシの後輩たちが遊びに来て
そこでもまた彼はクリスマス・プレゼントを
頂戴することになる。

後輩は
ジュニアからのリクエストを探しまわり
最後にようやく表参道で
それを見つけたという。


それが終われば
ダディとワイフとの家族旅行が
彼を待っている。

そして大晦日にお正月。

さらには
年明けには
ジイジ&バアバのいる那須へ行き
春の小学校入学に備えて
ランドセルと学習机を買ってもらう。


彼にとっては、楽しいことだらけだ。



今宵も今宵で、ダモシと映画鑑賞。

朝一番から港北エリアに
<仮面ライダー>の映画を観に出かけた。


これがまた
オトナのダモシでも楽しめる面白さだから
困ってしまうのだが、

それもそのはず、

劇中に

吉川晃司という
完璧にダモシと同じ年齢(同学年)が登場したり、

小道具で
レイモンド・チャンドラーの
<長い別れ>が登場したりと

"お父さん"を楽しませるような
時代性とカルチュラル性をふんだんに
織り込んでいるのである。


やられたな、と。

こちらもつい興奮したぜ、と。

そんな感慨である。



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tentan5.jpg



25日のデイタイムには
今度はワイフとの映画鑑賞で
<ウルトラマン>を観に行くというジュニア。

そのスケジュール感を見越して
先般の
クリスマス・プレゼント物色の際に

新しい映画に出てくるウルトラマンの人形を
ラインナップに加えたわけである。

奏功するだろう。

してもらわなければ、困る。



それらは今、ダモフィーロのトランク内だ。


明日の夜、
ジュニアが眠りについてから

とにかく
ダモシだ地下駐車場に出向いて
プレゼントの束を
トランクからせっせと家に搬入して、

待ち構えるワイフの手によって
包装がなされる。


それが終了したら、いよいよセッティング。


これら一連の流れを
滞りなく済ませなければ

夢はぶち壊しである。




tentan1.jpg


映画館が入っている
港北エリアのモール屋上駐車場から
富士を望む。


<あ。富士山だ!>。


もはやジュニアが先に叫ぶ。

幼児であっても
ダモシが散々、今年は富士山について語っていて、

そこに登ったということの
事実と興奮を
未だに受け止めていることが

うれしい。


リアルに、

いつか一緒に登りたい。





*****




映画館にはチラシがいっぱい置いてある。

もちろん
複合シネコンだから
劇場が合計で12ある。

そこで上映されている/上映予定されている
作品のチラシが置いてあるわけだ。


その中からいくつか手にとったが、
自然に手が伸びたのが
中山美穂主演の<サヨナライツカ>。

どちらかといえば
好きなタレント/女優の一人であった中山美穂。

今も嫌いではない。

己の露出方法が上手だ。

静かなラブストーリー系を選んで
出てくるのもまた
己の価値を高めている。


久しぶりの登場もラブストーリー。



tentan3.jpg


だが、今回はちょっと様子が違う。
違和感を覚えるのだ。


映画の原作は
夫である作家のもの。

夫が書いた小説が原作にあり、
妻が主演女優を演じる。

ヒットして、夫婦揃ってお金儲け。


何となく違和感を覚える。
素直に応援できないというか
いいや
お金をスペンドして観るのはやめたいな
と素直に思えてしまうのである。


夫は芥川賞作家にして映画監督。
妻は元トップアイドルで、女優。美人だ。
子供も授かり、母としての己も存在する。
住まいは、パリ。


いわゆる<欠点>が何一つ、存在しない。

普通に考えれば
一般的には憧れのような生活であり

何をもってそう言うかは別として
世間的な言語における
<勝ち組>の代表格ともいえるだろう。


そんな存在が、

昔からの企画とはいえ
夫婦で"主役"になるという世界観は、

監督を辻本人がやっていないことがマシなだけで

もとを質せば

根本的には<内輪>の作品ではないか、と。

そう感じてしまうのである。


そもそも
夫婦でニューヨークで暮らし
めいっぱい働き遊び
子供までニューヨークで授かった
ダモシからすれば、

とりわけ
辻・中山夫妻を羨ましいとも
なんとも思わないが、

そういう
一般多数決の論理でいうところの
ゼネラルな日本人の多くの像と生活形態とは

まったくかけ離れた浮き世離れの
世界観の中にいる二人が
夫婦揃って

そういった映画をもってして
お金を稼ぐというのは、

いささかアグリーな感を覚えるわけである。

シンパシィが持てないな、と。


要するにカツマーではないが、

勝間和代に対する
反・勝間和代がいるとすれば、

その反・勝間和代に
ツケ入るスキや
攻める材料を本来ならば
与えてあげるのが、

これもまた勝間側のデリカシーだと
思うわけだが、

勝間のデリカシーのないところは、

<子供>までしっかりいて
<母親>というポジションまで
得てしまっていることである。



辻・中山夫妻と勝間は種類は
まったく異なるが、

"反"に対して
ぜんぜん優しさがない点が共通しているのである。


要するに、

反・勝間にとっては

<フン。偉そうな。
 そんなこと言ってもアンタ、
 子供産んでいないでしょ。子育てしてないでしょ>

という最終兵器を使えないのである。


そして要するに、

そういった攻め手を一切許さない
スキのなさと

攻められたら困る部分を
己自身で知っているから

そのウィークポイントまで
実はちゃっかり手にしてしまっている
という抜け目なさ。


これがまたアタマに来たり、
あるいは逆に
面白みがない人ということで
無視することになったりするわけだが、


ダモシ的には

ロープに振られたら
ロープから跳ね返って来て
相手の技を受ける

という

他者との
オフェンス&ディフェンス

あるいは

受けの美学

というものが欠如した勝間や中山夫妻には、

いささか危うさを覚えてしまい
心配になってしまうのである。


そもそも
もうそういう存在のことは
一個人として
応援する必要もないわけ
(ごまんとファンや支持者や取り巻きや
 ネットワークや人脈がおありだろうから)で、


ダモシのような

よくビジネスの社会生活の場では
いわれることだが、

<人脈をつくる>云々ということに

そもそもからして興味のない
一騎当千な人にとっては、

笑いのタネにしかならないのである。


"カツマー"と呼ばれる信者から
お金を巻き上げて
(カツマーにいっぱい本を買ってもらって)、

悠々自適に

エッブリデイ、
強気な理想論を言い続ければ

そりゃあ楽しいだろうよ、と。



辻・中山夫妻と勝間は
まったく次元も種類も異なるが、

<欠点がない>という共通項がある中で、

興味があるとすれば

そこから一つでも欠点が出たら
それが致命傷になる危険性である。


人は、
他人の不幸をこそ
もっとも楽しむ生き物であるからして、

タイガー・ウッズではないが、

笑いやエンターテイメントに昇華するような

<欠点>を露呈して頂く日を
楽しみにしている


欠点と欠陥だらけのダモシである。



映画は観賞することはないだろう。
少なくともお金をスペンドして
彼らの稼ぎの元を
ダモシが出す理由は皆無だ。

勝間の本を手にとることも
文字を読むことすらも
一切ないことと

それも共通していることである。



それらに時間とお金をスペンドするなら、

富士山に登ることをトライして
地獄のような苦しみを味わう方が

ダモシにとっては絶対価値であり
エナジーを振り絞るようなことである。



善し悪しではなく、

カツマーたちにとって
勝間の本を買いそろえて
むさぼるように読む(だけ)に費やすエナジーと

それは、

まるっきり種類が異なることは言うまでもない。




ただ一つ。

言うとすれば、

ロープから跳ね返ってあげて
ショルダースルーを受けてあげることは

とても大事なことであるぞ

ということである。



既に90年代からそうだが、

こういうご時世(ではなく、こういう国情)の
ニッポンでは、

ややもすれば

相手の技を受け止める度量がなくなってくる。

だが
一方で、シュートしてバチバチやる度胸もない。

こうなるともう
どうにもならないわけである。


まずは相手の技を受けて引き出す。

相手の5の力を8に引き出した上で
こちらは9を出して勝つ。


こういう優しさと見せる要素は

人間同士の"スイング"する付き合いや
闘い模様においては、

忘れてはならないことである。




攻め攻め攻め。テイクテイクテイク。ギヴギヴギヴ。

これではダメなのである。





*****





その点、

絶対王者不在のサラブレッド界は
優しさが充満している。


例の、カンパニーしかり、
今年完璧に当たり年になった横山典騎手しかり。

おじさんパワー全開で、

負けた者もまた次のチャンスで勝てば
道が切り開かれるような
ターフ模様。


いよいよ今週は、大トリの有馬記念だ。


今年、
競馬は負け続け、不的中続きのダモシでも

最後の有馬で当たればそれで良いわけだ。

それもまた当たらぬかもしれぬが、
それはそれ。

また来年頑張れば良い。

毎回的中していたら
それこそ勝間になってしまう。


負けても当たらなくても
毎度毎度せっせと新聞を読んで
予想に頭をヒネる。


tentan9.jpg


今年の有馬記念は

コスモバルクを除いて
全員にチャンスがあるような気がする。


それが興味を高める要因でもある。



有馬記念当日は
レース中継を観ることはできない。


イヤーエンド・ジャーニーの途中だからだ。


ようやくその
デスティネーションも決まった。

むろんエクスカージョンも。




tentan6.jpg


その領域は、
プライベートでも

シメは

やはり甲斐と駿河を選択した。


だが
いずれもオフィシャル事案で
じっくりと足を踏み入れることはなかった
場所である。


オフィシャルとプライベートでは
当然目的は異なるがゆえの、

行き残し

が、

甲斐と駿河にある、と。



いずれも絡むのは、

今年のシメは
どう足掻いても


富士

という存在である。





そろそろ眠るとしやふ。


Good Night.







posted by damoshi at 02:19| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

青空の法則 '09 -最終章-



ダモシx甲府=青空の法則。

09年、東京と横浜という生活エリアを除き
もっとも多く訪れて宿泊した地、甲府。

その締めとなる今宵も
ノーダウトだった。

何の疑いも持たなかった。

サニースカイが広がることに。



早朝。

目覚めて最初に窓から外を見る。
有無を言わせぬ青空が広がっている。


ダモシx甲府=青空の法則

は、最後まで途切れることはなかった。


ダモシx甲斐国。

それは途中で二度雨に降られて
青空の法則は途絶えたが、

それも二度だけ。

甲斐国はさらにあるが、
甲府でみれば都合15回の訪問。

そのすべてが晴天という結果になったわけである。


甲府に行く日は必ずサニースカイ。

この青空の法則は、09年すべてで完遂した。




0hkf.jpg


今朝の武田信玄公。

バックの空は、
これは絶対青空といっても良いほどの
サニースカイである。



早朝、ホテルの部屋から。

厳しい寒さが襲っている屋外。
靄がかかる。



0hka.jpg


0hkb.jpg




そして善光寺に武田神社。

いずれも
一年の感謝を捧げる。

一年間ありがとうございました

と手を合わせて大団円。

ダモシ最近影と合わせて。



0hkc.jpg


(善光寺)



0hkd.jpg

(武田神社とダモシ)


0hke.jpg


武田神社エントランスを参道から捉えると
左向こうに冨士が見える。





*****





甲府から都留へ。

都留からは
いつものR-139を南西へ一直線で
富士吉田に河口湖。


0hkh.jpg


富士絶景の妙所は二ヶ所。

この写真に見る
中央フリーウェイ(大月〜河口湖間)の
都留インター間近の地点で登場する富士。


そしてもう一ヶ所は
後日、富士百景でも取り上げる

R-139から富士吉田市内に入るべく
左折した直後に
真正面に現れる冨士。


その二つの冨士景は、異形である。




*****



無事に、
09年オフィシャル事案の旅としては
最後となる甲斐遠征は終了した。


結果的に
毎月のように訪れることになった甲斐国。

特に

甲府
都留
富士吉田

このあたりは
ここまでディープに関わるとは思わなかった。

富士吉田はともかく、
プライベートではおそらく
絡む可能性は皆無だった甲府と都留、その他の
甲斐国内各地。


これらと
オフィシャル事案とはいえ
関わることができたことで
新たな発見も多々あったわけであり、

気持ちのよいことも多かったわけである。


総括すれば甲斐国に
そして、そこに在る"人"に
悪いイメージが残ることなく
一年が終わったというのは奇跡に近いだろう。


それを助長したのは、

2000年までの過去30年の
日照時間率において
甲府が

ニッポンの中で第一位という

そもそも晴天の可能性が高い地であることに
加えて、

ダモシx甲府の関係性が
すべてサニースカイという
<青空の法則>

であったことは、

言うまでもなかろう。




甲斐国全般。

そして甲府、都留。

一年間ありがとう、である。





*****




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甲斐国内各地を駆け回った
ダモフィーロも、

ご苦労さん。







posted by damoshi at 01:22| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

プラハの冬



東名高速。

静岡の御殿場は遠いイメージはない。
飛ばせばわずか45分。

忙しい師走。短いデイタイム。
7PMを過ぎればもう夜。
大型トラックが大挙として
名古屋方面へ車を走らせる。

御殿場で下りて富士山方面へ。
しばし市内を走れば
自然導入で須走から東富士五湖道路に入る。

山中湖、河口湖で降りずに通過すれば
そのまま中央フリーウェイへ。

東京の高井戸、国立府中、八王子方面からと
同じく東京の世田谷、田園都市方面からの
中央フリーウェイは2ルートがある。

いずれも大月で合流する。

後者で向かう場合は
前述の通り
東名、御殿場、山中湖、河口湖を経て
富士山登山口の一つである
須走から入り
富士急ハイランドの夜景を右に見ながら走り
都留を通過して大月でジャンクションに着く。


そこからは
いずれのルートで来ようが、
名古屋方面/長野方面へ
中央フリーウェイは矛先を同じにする。




*****




東富士五湖道路。

そして
南から入る
中央フリーウェイ。

真っ暗闇の高速道路。
走る車は
ほとんどいない。

時折対向車のヘッドライトと
ずっと前をゆっくり走っていた
前方車のテープランプが
結膜炎で弱っている目を
眩しく襲うが、

走行中、ほとんどが真っ暗闇だ。

知っている。

確かにそこにあれがいることを知っている。

富士は
この真っ暗闇の中、
目の前に
あの恐ろしく巨大な儀容をもって
存在している。

今は見えないだけだ。

見えないのだが、
そこに冨士がいることを
知っているだけに、

それを想像するだけで
この暗闇の夜の道路を走る間、
恐怖に怯える。

当然、このエリアは風が強い。

そして
走行中に目に入った
道路脇の温度表示は
マイナス8度を示していた。


寒さと暴風、そして暗闇。

これは
真夏の富士山登山の、
最後の登頂を目指す未明に等しく

恐怖である。

それこそ今の時期に
富士登頂へ臨む者に
間違いなく富士が見せるであろう恐怖は
想像がつく。


真夏ですら、ああなのに…。

そして
標高高く冨士に近いとはいっても
未だ地上の、現在のここでも
これだけ怖いのに…。



そこに、間違いなくいる冨士に
怯えながらも
ハンドルを切り間違えぬよう、

それでも
早く着きたい、
時間も時間だしと、
気持ちは急いていることで
より助長される焦り。


焦りと怯えがダブルで襲いかかる中、

これまた尋常ではない
恐怖の巨大宇宙船のような
リニア新幹線実験線の巨大大橋が
真っ暗闇の中に現れて

ギョッとする。


ビクビクしていると
今度はギョッとさせられるわけである。


時間は未だ8PM台だが、
その暗さと
己以外の生命体不在という環境がもたらす
<真夜中感>。


それは大月ジャンクションで
名古屋及び長野方面へ折れる段階で
消却される。


ほっとするわけだ。

得体の知れない恐怖。

それは
富士山及びその周辺の
夜、暴風、厳寒に潜んでいる。


それこそ
いかなるローカルの山道よりも恐ろしい。

恐ろしいのである。

想像して欲しい。

あの巨大なる悪魔・冨士が
目に見えないだけで
そこにいるのだ。

それを知りながら走るのである。
真っ暗闇を。
他の生命体不在の中を。


ゾクゾクする、だが一方で、
スリルとサスペンスと
久しぶりに沸き立つ緊張感で
震え上がる。




0lastkofu5.jpg



そこにいることを知っているから。

だから
怖いけれど
無意識のうちに運転中、
その方向を目で追ってしまう。

すこしでも、見えないかな、と。

そのまた罠が危ない。
それ以上、目で追わぬ方が良い。

ハンドルはあらぬ方角に切られ、

己が屍は樹海の中に消え失せるだろう。





*****





今年、何度この道を通ったことだろう。


中央フリーウェイ。

大月がまず最初の分水嶺でもある。
だが、まだその段階では
<遠い>感がある。


長い長い、あのトンネル。


さふ。
笹子トンネルである。

苛烈なる長いトンネル笹子。
これを超えると
その道路は<三三七拍子>になる。

長いトンネルを越えると
急激な下り坂になる。

そのための滑り止め
あるいは
スピード抑止帯が設けられていて、

その上を通過する際
リズム良く
タイヤが三三七拍子を刻むのである。


笹子トンネル越え。
そして、三三七拍子。


これが甲斐に入った合図でもある。


<よし、甲斐の本域に入ったぞ>。


そう思える分水嶺がここになる。


今年最後の三三七拍子。

まさに感慨深い面持ちで
一人、下り坂に差し掛かる。




そして
甲斐の首都・甲府が近づいた
合図になるのが、


その下り坂も
ワインで知られる勝沼を過ぎるあたりである。


<よし、もうすぐだ>というか、

ある意味で
甲府に着いたな
Hello, Againだなと思える局面と光景。


それが朝とデイタイムならば
下り坂の眼下向こう正面に
ヨコ一列で並ぶアルプスの儀容。


そして夜ならば、

函館の夜景よりも
間違いなく数倍きれいな
甲府市街の夜景である。


これが中央フリーウェイの高い部分を走行し、
ちょうど下り坂の途中で
完璧に眼下に視界が開ける
ほんの数十秒の間の機会に
姿を現すから良いのだ。


<ここは、どこだ…?>と。

<何てきれいなのだ…>と
率直な物言いになってしまうほどの

"すばらしい夜景"。



それは
一般的に言われる
<世界三大夜景>的キレイや

スカイスクレイパーの
ダイナミズム夜景、

はたまた
イルミネーション系とは
完全に一線を画す異次元夜景。


否、

これこそある意味で本来的な意味での
夜景ともいえるほど
作られた虚飾が一切ない。


ただでさえ
<7PMで既に真夜中>の甲府が
ウソのように、

どこにこれだけの灯があるのだ?

と驚くばかりの

虚飾、脚色なしのリアル夜景。



それは、

ハンドルを握りながら
思わず見とれて


<ほ、ほ、ほたるだ、これは…>と

ひとり呟いてしまうほどである。


虚飾なしの、
冠なしの、
一般的にはノー・ヴァリューの、

この
<甲府の夜景 from 中央フリーウェイ下り坂走行中>
は、

ほんの一瞬だけしか視界に入らないが、

まさに夢のような時間とヴィジュアルを
提示するのである。

掛け値なしの、すばらしい夜景。


それは、
蛍が大挙として浮遊しているような
夜景である。



それを過ぎれば、
甲府南インターをもってして
何度それこそここで降りたかという世界で、

甲府に到着するわけである。


甲府南インターから約15分。

ただただ真っすぐ走れば甲府駅。

あの武田信玄が屹立して出迎える
甲斐国首都・甲府である。



まさに、Hello, Again。

そして今回のこの旅は、
今年最後のオフィシャル事案での旅であり
今年最後の甲斐国。



0lastkofu6.jpg



間もなく甲府駅と武田信玄スタチュ。





******





宿に行く前に、

当然のごとく
武田信玄公にご挨拶。

今年の一月の邂逅から、とどのつまり
年中通してお世話になった武田信玄。

一年の感謝を込めて、こんばんわ。



0lastkofu3.jpg



出た。武田信玄。

これが実に良い。

今年全国で見た
あまたあるスタチュの中でも

甲府の武田信玄は白眉である。

その存在感たるや
突出してあまりある。



9PM過ぎ。

甲府に到着。



駅周りは当然、"真夜中"。



0lastkofu4.jpg


0lastkofu2.jpg


イルミネーションも
どことなく虚しさが漂っている。


0lastkofu.jpg


<7PM過ぎれば真夜中>の甲府を見て
信玄公は
毎日、何を想っているのだろう。





*****





朝から通常の
オフィシャル事案を終えた後、

いったん自宅に戻ってから
9PM過ぎに甲府に着いた。


記載の通り、
吾輩は今、甲府に在る。


今年最後の甲斐詣。


今年のオフィシャル事案での旅。

その締めはやはり
武田信玄、善光寺、武田神社
そして富士が基本だろう。

エリアでいえば、
甲府に、欠かせぬ都留。


宿はいつもの甲府ホテルだ。


このホテルの部屋のデスクに座っていると
すぐに
今年二月以来のここでの日々が甦る。

同じ年内のことだから
走馬灯も何もあったものではないが、

それでも
一月の初甲斐遠征以降の
夥しい邂逅を振り返れば
込み上げるものが多々ある。


毎年頑張っているが、
毎年誰も言ってくれないので
毎年自分で言うが、
今年も頑張った。

充分、やった。

むろんそれは
オフィシャル事案のことで

ライフワークとしての
プライベート事案など
充分やっていないことや不足も多々ある。


だが、今宵と明日は
2009年の
オフィシャル事案の
且つ
遠征カテゴリーの総決算である。


最後に信玄公に御礼を述べることと、
富士を遥拝して
明晩帰路に無事着くまでの
2009年オフィシャル事案&遠征カテゴリーの
総集編である。

宿も迷わず、ここだ。

ヨソ者に対して
この地が及第点以上だった所以は、

ひとえに
そのエントランスで
この地の神でもある
信玄公にリスペクトを示したことと、

富士に登拝までしたことに
帰結しよう。


むろん
善光寺で七年に一度の勝ち縁に
触れたこととも無縁ではなかろう。



大団円で終えたいと願う
真夜中の甲府に在るダモシは先ほど、


<プラハ>という名の店で、
ビールと天麩羅蕎麦を嗜んだ。



寒い寒い厳寒だ。

今宵の甲府はまさに、プラハの冬だ。








posted by damoshi at 01:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月20日

2009富嶽百景-1





2009年の今年ほど
富士を多くの場所から遥拝した年はない。

ダモシ版富嶽百景を
年末までに取りまとめてみたいところである。

第一弾は、
甲斐国の富士五湖から遥拝する富士から
ピックアップ。

本栖湖、精進湖、西湖、河口湖、山中湖。
これが富士五湖であり、
富士の爆発によってできた湖。

当然、富士の足下にあるだけに
それを望む迫力がある。



0f1001.jpg

本栖湖から眼前の冨士。



0f1003.jpg

山中湖、河口湖に比べて
マイナーな感のある西湖だが、

なかなかどうして。

ある意味で
湖全体の魅力としては
両者を凌ぐと思われる。


0f1004.jpg


特にこのスポットからの冨士が良い。

アップで捉えると下のようになる。


0f1002.jpg

強烈冨士が目前の、西湖。





*****




メジャーなダイレクションでは、
河口湖と山中湖。

冨士及び観光という視点を除いて
内部を見て回ると、

河口湖エリアの方が繁栄していることに気づく。

山中湖エリアは
一方でブラック&ホワイトの
江戸時代〜昭和の世界観が
一般住民の領域には残っている。

写真もゆえに
白黒に後から意図的に着色したような
アトモスフィアが演出される。

いわば<村>的要素が強いのは
山中湖エリアともいえる。


ただし、湖はいずれも広い。
どの湖もそうだが
その東西南北を周回するエリアごとに
色合いは異なるということは
大前提である。


山中湖エリアの各所から見る冨士を
掲載したい。

同エリアからは
昨年も冨士を掲載したが、

その際の観光ユーズの山中湖エリアと
近いものもあるが、

今年に関しては
住民エリアなど
今まで行っていないところからのそれを
ピックアップした。



0f1006.jpg


江戸写真、昭和初期写真的世界観。

後から着色したような
最近流行の<昔写真>の色合いで
冨士が屹立している。


0f1005.jpg

車一台走るのもやっとという有様の
狭い道路。

その両脇に辛うじてこのエリアを
生活圏たらしめるかのように
江戸もしくは昭和の時代から
佇んでいるかのような商店が鎮座する。

冨士は
この村の未来永劫変わらぬ姿を
じっと見てきているのだろう。

それは
冨士が見てきた江戸(東京)の
劇的な変貌ぶりとの対比になるだろう。



0f1007.jpg


0f1008.jpg


湖と冨士。



最後は山中湖と桜と冨士。

まさに
往年の名力士、冨士櫻。


0f1009.jpg


0f10011.jpg












posted by damoshi at 10:53| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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