2010年02月28日

難儀な雨のサンデー




今宵、
フィギュア・スケートのエキシビション。

相変わらずマオーは、
コレオグラフィーがお粗末で
扇子を持ったそのポスチャーも
バカ殿を想起させた。

リアルに、
メイクも衣装も、根本から変えた方が良い。

それにひきかえキム・ヨナ。
またもや衣装も素晴しく、
スケーティングも優雅に決めた。


しかしながら今宵、

その中継の
ブラウン管に映る
津波とは言えない"波"情報のマップが

邪魔で邪魔でしょうがないぞ?

という世界であった一方で、


カメラその他大きな重い荷物を
背負って空手の大会会場へ行く道すがら

この大雨が
邪魔で邪魔でしょうがないぞ?

という世界でもあった


二月最後のレイニー・サンデー。




not only ジュニアにとって

but also 特殊部隊員全員にとって

の他流試合での
最大規模であり
最大目標でもあった全国大会が

横浜の港北エリアにて行われ、


大荒れの様相で終わった。






*****





朝。

のっけからジュニアは下痢。

ダモシは
ゴルフ明けの疲弊した身体に鞭打って
共に早起きする。

ワイフはいつも通り元気だ。


待ち合わせして共に行く
小学二年生は朝からローテンションで、
リバースを連発。

待ち合わせで逢った瞬間も顔面蒼白。


開会式。

小学一年生の特殊部隊員が
整列中にリバース。

父親は事前に呟いていた。

<今日の〇〇はローテンションだ…>。

既にリバースを読んでいたのか、
その妻君は
ビニール袋を、

まるでアブドラ・ザ・ブッチャーが
トランクスから
隠していた凶器を取り出すかのような
巧妙な手口でスピーディに取り出すと、

その子供は整列の中から駆け寄ってきたかと思えば

ウェーッ!

と怒濤の前門の狼、大放出。


同時期、

小学四年生の特殊部隊員も
レストルームで下痢を発症して

ピィーッ!


さらに整列中の小学六年生もリバースで退場。


<一体、なにごとか>と。



ジュニア周りが、今、まさに
ノロ&急性胃腸炎の蔓延地帯と化していることが
判明したわけである。


空手道場及び特殊部隊員だけの練習場所、
並びに見学に出かけた入学予定の小学校。

これらジュニア周りで
ことごとく主にノロが流行している、と。


アブドラ・ザ・ブッチャーの凶器ビニール袋に
助けられた小学一年生の子供は
先週既にノロにかかり
空手も学校も休んだという。

そしてその父君もまた感染し
妻君によれば

<三日、トイレに籠っていました>という
惨状で、仕事も休み、トイレに隔離状態
だったという。


二人とも治った、と思っていたら
今朝からまたリバースが始まった、と。


<なら、休ませろよ>とダモシは普通に思った。


いずれも棄権。

他の特殊部隊員も一人が三回戦まで
コマを進めたのみで
すべて一回戦負けという大波乱に終わった。


しかも二人が反則負け。

リバースを押して出場した
一緒に出かけた二年生の子供も
一回戦で何と反則負け。





そしてジュニア。


会場でも肛門の虎、発症。


<俺は治ったろ?腹へったし>と
ダモシは平然と
コンビニエンスストアで購入しておいた
おにぎり二個とサンドウィッチを頬張る
傍若無人ぶり。


結局、ジュニアの希望で
セコンドにつかずに
二階席から写真撮影&観戦に留めたダモシだが、

試合途中からブチ切れ。

二階席から怒鳴りまくり、

途中から応援に来た
他の親御さんが声をかけてくると

<うるさいっ!>

<見ろっ! あれをっ!>

<勝ってるだろっ!>

<なにをしとるのかぁっ!>

と八つ当たり。


親御さんは
<ウチはこの大会はレベルが高いので
 出なかったので…。
 レベルが高い大会なのでしょうがない…>

と言うや否や、

<レベルは関係ない!>

と怒鳴り、すぐさまリングへ目を移すダモシ。


気づけばその親御さんたちは
その場から姿を消していた。

その親御さんにとっては
タイミングが悪い時に来てしまい
ダモシに声がけしてしまったという有様で、


ワイフが後に

<主人が八つ当たりして、すみませんでした>
と謝罪した。




相手もへなちょこ

優勢旗も上がり

明らかにジュニアの勝ちだが、

<反則負け>

となり
<なんじゃ、そりゃ!>と
ダモシは諸手を掲げて抗議。


だが無惨にも
一回戦敗退と相成った次第である。



他流試合における特殊部隊員はこれまで
全国大会でも優勝から銅メダルまで
確実のどの階級(学年)も勝ち切ってきたのだが、

今回の大会(最もレベルが高いとは言われている)
では結果的には惨憺たるものとなったわけである。


ダモシも完全にブチ切れ、
今まさに二階席から
プランチャ・スイシーダを放たんばかりで、

その抑制にあたったため
当たりどころがなくワイフに当たり散らし、
ジュニアにも激しく叱責するなどして

最後は途中退場と相成る始末で

まあもうなんじゃこりゃ、というサンデー。


しまいには、

<(俺は)オトナだけど、オトナじゃないぞぉー!あー!>

<率直に感情を出したっていい時もあるんじゃっ!>

と意味不明な台詞を叫び、終戦。


他の親も、
怒りの鉄拳制裁を放ってしまうなど
大混乱の会場にて終戦。


ダモシの場合は、
とにかくここ数日の空腹感が
逆O.D.状態ともいえるほどに苛烈な沸点に
達していたことも
その要因として存在していたのか、

途中退場して大雨の中を去る途中、

その解消とヤケクソ行為で

<お腹ぐるぐるなんぞ、もう知らんぞ!>と
目の前にあった崎陽軒へ駆け込んで

<シウマイ弁当二つ!>と叫び、

シウマイ弁当を買って帰路につき
それを狂ったように貪り食したのであった。




最大規模の全国大会とはいえ
且つ
レベルが高いと言われていたとはいえ

ニュートラルに見て
さほどのレベルの高さは感じなかった。

何か今宵は
特殊部隊員全員の歯車が狂っていたのであろう。

且つ主催者が異なると
毎度毎度だが、判定の取り方がまちまちで
首をひねる局面が多々ある。

進行の仕切りも同様。


いやはや、なかなかストレスフルである。


<俺に仕切りをやらせろよ>と
ついつい口をついて出てしまうわけである。




反則負けという結果はともかく、
負けは負けである。

極論すれば、一発でKOすれば勝っているわけである。

キム・ヨナのような有無を言わせない
ナンバー1の強さや輝きがあれば勝てるのである。

体調不良もエクスキューズでしかない。

勝負に徹するならば
それこそ極論だが

男なら

グレート・カブキばりに
肛門の虎を毒霧にして相手に吹きかけるくらいの
威勢の良さが欲しい。



ジュニアの力不足と気合不足、戦略徹底不足。

これに尽きるわけである。



これにより
次回の二週間後の大会では

ダモシは久しぶりに<闘魂注入>するべく
亀田父になり
筆頭セコンドとしてつくことを今宵宣言した。

そしてダモシ戦略を徹底させるよう
目を光らせる。


離れていると、どうしても、
ジュニアは忘れてしまうのである。
事前に授けた技や戦略を現場で出せなくなる。

自分の思う通りにやってしまうわけであり、
相手に合わせて
向き合って単にどつき合いをするだけになってしまう。


それだけで彼が勝てる時代はもう過ぎたのである。

だから工夫しろ、と言っているわけで、
その工夫を実戦で実践することがまだ
徹底して出来ない。


そこを背後にいて
セコンドから指示することで徹底させるしかない。



今宵エキサイトはしてしまったが、
基本的には権藤監督スタイルは通している。

だが、それで結果が芳しくない場合と
必要性を感じた場合には

すぐに亀田父に戻る。


次回は、徹底的にセコンドでそばにいて
睨みをきかせてピリッとさせ
闘魂を注入する。


ダメだ、これでは。



<次のお腹だけルールは負けたらしょうちせんぞ!>

<バチバチやってる〇〇が、
 ナヨナヨとお腹だけの練習しかしてない奴に負けるか?
 奴らはハイキックとか出来んのだから。
 やったらんかい!もっと、弾けろよ!>


と、"説教"なのか"恫喝"なのか分からない文句を
並び立てたコドモ・ダモシ。



次回は、例の"お腹だけ"ルールである。

点数稼ぎ&ぬるま湯タイプが勝てるルールである。

他流のタフな試合を重ねているだけに
負けるわけにはいかないのである。



何度言ってもやらない前蹴り&突き上げ式前蹴り。

そして
出来るのにやらない
ジャンピング・ゼロ。


コドモは難しい。

なぜ自分の出来る技や、
それをやれば勝てる技をやらないのか、やれないのか。

間合いに関しても
まったくなっていない。


反復しても身につかない。

まったくもって、対コドモは難しい。



<今日も前蹴り一回だけやっていれば勝ってるぞ?>

<どうしてもっとダイナミックな技をやらないのだ?>

と問うのだが、

本人に明確な答えがない。

本人の心ではないので
分からないのが率直なところだ。


理由はないのかもしれない。

セコンドのワイフが
<もっと離れなさい。間合いをとりなさい!>
と指示を出し、

その声も<聞こえている>というのに
実際にやらない。指示にこたえない。


これはなぜなのか。

まったくもって分からないわけである。


何度も思うが、

大きな五歳のダモシは単純明快で
分かりやすいのだが、


ほとほとコドモは難儀である。


おそらく
小学生になって
さらに中高という思春期になってと

段階を踏んで

さらに分からなくなってくるのだろう。


イコールそれは、

ダモシ自身が
幼稚園児や小学生、中高校生時代の自分の
心象風景を
忘却の彼方に押しやってしまうほどの

齢まで

消化してきてしまったともいえようか。



己自身が
コンペティションで結果を出すことは
もちろん難しいことだが、


それと同等か
あるいはそれ以上に

己がコーチあるいは親、セコンドなどとして
コドモ(その他)の
コンペティションに臨み
結果を導き出すこともまた

たいへん難儀なものであると

改めて感じるところである。


しかも、特に
その対象がコドモであるという点が、

より難しいのであろうと思う。




ジュニアが幼稚園児として臨む
空手の大会は、

三月のあと二回。


四月になれば小学生。

そして
初の国際大会としてのアジア・カップが
控えているのだが、

これは出場出来るか、出場するか、
悩ましいところではある。


なにしろアジア大会ともなれば

ニューヨーク時代からの遺恨残る
ダモシの天敵である

あのチャイニーズが登場するであろうし、


そうなれば
ダモシがどうなるかは推して知るべして

たいへんデンジャラスな大混乱の様相を
呈しそうだからである。


それこそ相手が
チャイニーズやコリアンともなれば

相手が仕掛けてきたら
ダモシ自身がすぐに応戦するであろうから


ダモシ対チャイニーズorコリアンの
直接対決だけはリアルに危険ゆえ

回避する方がベターと推測されるのも実情である。





不快指数500%の、寒い雨のサンデーであった。



時に勝ち、時に負け、時に雨が降る。


これは本当なのである。






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これまでで最も規模が大きい大会は
会場も大きい。



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開会式でも
幼稚園児は最後方。



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得意のインローも決まる。

今宵も猪突猛進に特化したジュニア。
ジュニアが試合で相手に押されることは
皆無であるが、

これだけではもう勝てないのである。


マオーが
トリプルアクセルだけでは勝てないのと
同じである。


工夫せよ。





会場と拙宅の間の駅近くで見た梅を。



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夜、ダモシは懇々とジュニアに
説教した最後、

もう一度、聞くぞ?と念押しして問いかけた。


<俺が何度も言っているアレは何だ?
 自分の蹴りを入れられる距離。相手との距離感。
 それを何と言っていた? 
 マ、なに、なに、だ?(マ〇〇だ?)>


答えは、間合いである。



ジュニアがゆっくりと口を開いて
しょぼくれた小さな声で言った。



<マオー>。



その瞬間、

それまで怒っていて
真剣な顔で説教していたダモシとワイフだが、


(プッ…)と吹き出してしまい、


それを悟られぬように

蝶野正洋のように
笑いを押し殺して
がんばって厳しい顔を"作る"ことに


これまた難儀した始末である。



宮里藍、中村俊輔は
難儀ではなかったこのウィークエンドだが、


ダモシは何ともはや
難儀したこのウィークエンドであった。






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今宵の会場でも蔓延していたノロ&急性胃腸炎、
そして風邪。


同じ部隊だけに、
長時間一緒にいたから
またジュニアにノロが移る可能性がある。

そしてジュニアが移れば
それはご丁寧にダモシがもらうことになっている。



今週またどこかで

直系遺伝子コンビが
ノロor急性胃腸炎で


前門の虎・肛門の狼と対峙しなければならない

やもしれぬ。




またこれ、ほとほと難儀な日々である。







posted by damoshi at 22:51| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

"キム・ヨナのような精神力でね" ゴルフ→空手



二月最終ウィークエンドは、
ダモシのオフィシャル事案のゴルフ
ジュニアの幼稚園時代の最大の空手大会となっている。

それを迎えて
ダモシ&ジュニアは直系遺伝子連合として
急性胃腸炎(ノロ疑惑あり)を発症した、と。

カッコ付きの"ノロ疑惑あり"は
ドクターの言である。


治ったと思ったらリバースしたジュニア。
それでも幼稚園に行って
来週の水族館遠征に備えての
お魚さんの作り物を作ったのだが、

幼稚園の先生が述べたという。

<それを作り終えたら
 早く帰って病院に行った方が良い>と。


どうやら、
今週の或る日、
入学する小学校への見学会があり
そこへ出向いたわけだが、

その小学校でノロが流行っているらしく、

もしかしたらそれに感染した
のではないか、と。


病院へ行ったところ
ジュニアのそれはノロではない
ということになったのだが、

そこでワイフがダモシの経緯と症状を
ドクターに述べたところ
ドクターが
<ご主人はノロかもしれませんね>
とsuggestionしたというわけだ。


そのダモシ。

昨日は、
のっぴきならない事案を抱えていたため
ミッション遂行すべく
昼前からダモフィーロで出動して

品川→板橋→田園都市と経由して
夕刻早めに帰宅した。

昨日、既載した。


異様な空腹感を覚えていたこともあり、
空手の練習から戻った
ワイフによって作られた"おかゆ"と"うどん"を
食したのだが、

すぐにビオフェルミンを飲んだからか
前門の狼も肛門の虎も発症せず。


(<お?大丈夫か?)と期待する。


だが前門の狼感覚が消えない。
むかむかする。

だがここでリバースしては
翌日のゴルフが難儀になる。

直前キャンセルも避けたい。

むかむかは、そのうち胸焼けになったため、
パンシロンを飲むと
それは消えて
快適になった。


<よし>と、今朝からのゴルフの準備をして
11PM過ぎには床についたわけである。




*****



6:40AM。

招待先が用意してくれたカーサービスの
迎えが来てくれて、それに乗り込む。

同じ田園都市エリアに住む
もう一人の同行者の家への送迎を経由して

保土ヶ谷周りでアクアラインを経て千葉へ。


8:10AM過ぎに到着。


ニッポンのゴルフクラブにおける
ゴルフは98年の渡米記念コンペ以来
12年ぶり、

同じくそれの
オフィシャル事案となれば
もうかれこれ15-16年ぶりとなる。

(ゴルフ自体は二年半ぶり)。


ワイフが
<本番に強いから、大丈夫だよ>と
言っていた通り、

出だしからドライバーは、
練習とは別人のように当たり
コース的にも18ホールのうち八割方は
納得のいく位置取りへ。

距離を出そうとせずに
パワーを抜いたキム・ヨナ式で
スイングしたのが奏功したようである。


とはいっても
グリーンに乗ってからが4パット、5パットという
安藤美姫的な雑な所作ではスコアは伸びず。


それでも
最もプレイしていた
始めてから二年間の最後の頃(92〜94年)
に出していた110台で収められたのは
自身は大満足といったところで終わった。

・継続的にやっていない

・クラブも自分のものではなく
 初めて実戦で使用するものである

・そもそも長期のブランクがある

・クラブを握る自体、二年半ぶりである

・そもそも上手ではない

・練習は一夜漬け的に直前に三回だけ

・靴も新しく初めて履く

・ニッポンの"ちゃんとした"ゴルフクラブでの
 オフィシャル事案ゴルフ自体が
 長期のブランクがあった


といった諸条件がある中では、
オフィシャル事案のゴルフにおいて
他者に迷惑をかけないレベルの数値を
出すことができたことは、

満足して良いといえよう。


もともと練習下手&本番に強い
というタイプで、

それもジュニアも受け継いでいるのだが、

本番で
他者の緊張感のある目がある中で
ティーショットに臨む方が
ばっちりショットが出るというのが
不思議だが、


ゴルフに限らず何でもそうなのだが、

ダモシの場合、

ワイフ曰く
<大丈夫。ダモシは、調子が悪い時の方が調子が良い>
 だから、気持ち悪くてもお腹痛くても、行きなさい>

という言通り、

過去の何においても
風邪や病、寝不足その他
体調が悪くて調子が悪い時ほど

野球にしても何にしても
好結果が出ているケースが多いのである。


米時代の最後のゴルフとなった
オフィシャル事案でも
自己ベスト的な数値を出したが、

その時も、

前夜に
メジャーリーグのプレイオフを
ヤンキー・スタジアムに観戦に出かけ、

それがまた深夜に及んだ上に

ふだんから"来ない"ニューヨークの地下鉄が
ブロンクスからクイーンズまでの帰路が
深夜になればなるほど
さらに"来ない"という様相に陥り、

帰宅したのが3AM過ぎという有様で、

そこから入浴などを経て5AM前に眠り、
完全なる寝不足で
6AM台には自宅を出発しているという
這々の体の中でのゴルフだったわけだが、

それでも好調だったのだ。



ワイフの言う通り、

<調子が悪い時の方が、調子が良い>

は今回も証明されてしまった。



今後この
<調子が悪い時の方が、調子が良い>
という格言はリアルなものとして
ある意味で後ろ盾になるだろう。


ロジック的には合っているのである。

体調という意味での調子が悪い方が
力が入らない。

イコールそれは、

特にスポーツにおいて影響するのだが

・無駄な力が入らずに済む
・力みがない状態で出来る

効果を生む。


力が入ると
身体の開きが早くなったり
ヘッドアップする。

ゴルフの場合、そうなってしまう。

無駄な力が入らないことで
スムーズに力みのないスイングが出来る。


結果、その方が飛距離も出る。




さて、ゴルフ。

常時やれば
常時100台(110未満)は出せるだろう。

概ね平均的に110〜115が
ダモシのゴルフ・レベルである。

よほどのことがない限り、
120台にはならないというのは
今宵のブランク明けでも分かったことである。

パットをきちんと丁寧にやることと
(毎ホール4パットも5パットも叩かない)

バンカーからのアウト
(今宵もバンカーにハマると
 一回で出せずに五回叩いた)を改善すれば、

100台は出せると自身でも思える。

常時やれば、の話である。


そして100を切るのはまた別次元の話で、
常時やれば以上のことになるから
そこまでダモシ自身が
ゴルフに没頭することはまずない

と考えるのが妥当である。


ゴルフで100を切ることを目指すために
お金と時間をスペンドするよりも、

もう一度草野球チームを旗揚げして
個人記録においては
当時の最後のイヤーである98年シーズンで
その最終戦で夢に終わった
<シーズン打率四割>と
<56試合連続安打>を達成することに
スペンドするだろう。




それでも先般記載したように

ゴルフは
他人の人権侵害ともいえるほど
他人の人生に介入してくるスポーツである。

それは
野球が苦手な人は
オトナになれば野球をやらずに済むし、

泳げない人は
オトナになれば
自ら進んでプールに行かない限り
泳がなくても済むが、

ゴルフは否応なく
社会生活を営んでいる以上は
介入してくるものであり
避けられないものであるという意味である。


ならば、

一つのポイントは
<迷惑をかけないレベル>と
<楽しめるくらいのレベル>であれば

良いのではないか

ということである。


そのレベルというのが
一つには

100〜119くらい

といえるのではないか。


むろん
70台、80台でスコアを弾き出す人にとっては
ゴルフはさらに戦略的で楽しいものなのではあろうが。





*****




米国流にスルーして
前後半をプレイしたことで、
合理的に一日が進んだ今宵。

プレイ後、
短時間の簡単なオフィシャル会食でのこと。

周知の通り、ダモシは飲食出来ない。


だが、そこはオフィシャル事案である。


<最初の一杯だけ>ということで
生ビールを流し込んだ。

途端、お腹はぐるぐる驚いている。


だが、空腹感も凄まじい。

食事の段になり
いずれも

クラブ内の本格中華料理レストランの

・叉焼拉麺

・うな重

をメンバー七人はリクエスト。


ダモシはいたたまれない心境ながらも
<私は蕎麦を>と日本蕎麦。

ぴゅぴゅっと食してしまう。


<これなら大丈夫ではないですか?>
と薦められて
大根の煮付けも食す。


どうにも我慢しきれなくなったダモシは
問いかける。


<大丈夫ですよね?うな重なら、大丈夫でしょ?
 食べてもいいですよね?>

と哀願するように問いかけるが、


<帰り道も長いですし、
 やめておいたほうがいいですよ>の一言で断念。


それでも皆々様が美味しそうに食べているのを
指をくわえて見ていられないダモシは、

別の一人を掴めて
恨めしそうに眺める。


<いいなぁ。美味しそうだなぁ>。


別の一人が優しく言う。

<い、いですよ…。た、たべますか?>

と己が食しているそれを差し出してくれる。


<ひとくちだけでいいのですよ。
 ひとくちだけもらってもいいですか?>

と我慢しきれずに

ひとくちだけ
ダモシはうな重を食した。


<はぁ、旨いなぁ。食べたいなぁ>と

さらに言うのだった。


<ふぅ。拉麺も旨そうだなぁ…>と。



帰路のカーサービスも二時間弱の旅になる。

レストルームで用を足し
ビオフェルミンを飲んで

散会。


車に乗り込むや否や爆睡。

目覚めると
そこはもう田園都市だった。



むろん、食欲絶好調とはほど遠いが、

食べたいものが目の前にあり
それを全員が食している状況で

己は我慢しなければならないというのは、


ほとほと苦行である。





*****






<おぅ。調子良かったぞ>と帰宅すると、

ワイフとジュニアは
空手の最終練習に勤しんでいた。


しばらくしてジュニアと
バスタイム。


するとジュニアが言う。



<ダディ? 明日はね、
 "行け、コラ!"って言っちゃダメだよ?>。



<え?>とダモシ。

<どうして?>と聞く。


ジュニアは言う。

<失格になるんだよ。
 "行け、コラ!"とか
 "ロー、やれ!効いてるぞ、オラ!"はダメだよ。
 逮捕されるんだよ>。



ワイフに聞けば、
明日の全国大会は特に厳しく
暴言と認められる声援を送った場合、

すぐに警備員が取り囲んで
取り押さえられるという。

その上で所属団体を聞かれて退場。

選手ともども失格となる、と。



<ダディはどのみち二階から
 怒鳴るわけだからバレないよ>

と言うが、


<ダディのは、すぐ分かるよ>

とジュニアが言う。


且つ明日は、セコンドが認められるという。

セコンドが認められるということは
よりダモシのその強面&恫喝が
響き渡るとすぐに分かってしまい
即退場という憂き目が考えられるわけである。



<なに?セコンドOKだと?>と色めき立つダモシ。


久しぶりのセコンド参戦へ

まだまだリバース感とお腹ぐるぐるが残り
ゴルフの疲れもあるダモシだが、

燃えてきているところではある。



しかし、だ。


ゴルフ同様に、無駄な力みは禁物である。

ジュニア自身は逆に
幼児ながら常にリラックスしている。

場慣れしてきているのだろう。

緊張もない。

無駄な力みなく、闘えるだろう。




ダモシもまたセコンドにつくのだが、

そこで指標とするのは
キム・ヨナ殺法か。




今宵、フェアウェイ上。

同組の、
ダモシを含む全員が
ミスショットを連発した際に

ダモシが声掛けした。




<皆さん。キム・ヨナのような精神力で!
 あの精神力で頑張りましょう!>。



ミスショットをしても
それを連鎖させずに
リカバリーを優雅に決める
キム・ヨナのような精神力。

セコンドで
ジュニアへの応援に興奮して
暴言を吐きそうになったら
キム・ヨナのような精神力で冷静に。



ただし、

ジュニアが勝ったら

素直に
率直に

ブライアン・オーサー・コーチのように

ガッツポーズを。










posted by damoshi at 20:53| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

オトナの大運動会(冬)-6/次回は長洲未来




大衆の注目の女子フィギュア・スケートが終わった。


マオーのパフォーマンスに
<感動した>だのと
メディアのインタビューに答える国民の姿が
映し出されているが、


<違うだろ、それ>と
やはり苦言を呈さざるを得ない。



未だ日本人選手は硬い。

昨今、五輪などでもリラックスして
のびのびとパフォーマンスをする日本人選手が
増えてきているが、

今宵の女子フィギュアを見ていても
鈴木以外の二人〜マオーと安藤〜からは、

楽しさが伝わってこなかった。


そもそもダモシはマオーをこれまでも
まったく評価していないのだが、
結果としての銀メダルはご褒美だろう。

マオーは、長洲未来を見習うべきだろう。

四年後はおそらく長洲がマオーを抜いている。

それだけ長洲のスケーティングは
芸術的であり、美しく、楽しかった。


金のキムはいわずもがな。


採点競技にありがちな<点数稼ぎ>の傾向に
走りつつあるフィギュア・スケートを
ある意味で原点的に戻したのがキムである。


女子のフィギュア・スケートとは
そもそも何なのか。

それがポイントである。

流麗な美、妖艶な美しさである。
芸術性の高さである。
楽しさと明るさである。


それをキムは備えていて、

長洲もその片鱗を見せているが、

マオーに徹底的に欠けているのである。



<トリプルアクセルを二回決められたのが>良い

とする大衆やマオー本人の言からは、

魅せる要素としての美ではなく、

いかに点数を得るための技が出来たかに
視点が注がれていることが露呈される。


トリプルアクセルを二回決めようが、
勝てないということを
事前に知らなかったのか、と。


マオー本人が<金はいらない>と
言った上での五輪ならばまだしも、

<金が欲しい>と言って臨んだ五輪で

これはないだろう。


要するに上村愛子と同じで
自分の出来ることを
パーフェクトにやったとしても
勝ち目はそもそもない

という前提で、

どういうパフォーマンスができるのか。



ここが重要なのだが、
キムのような余裕や美しさもなければ
長洲のような明るさとのびのびした楽しさも

マオーにはなかった。


終始、表情も硬く、怖かった。

あれでは
美を魅せるフィギュア・スケートでは限界である。



<伝わったか否か>でいっても、

キムは言わずもがなで、

長洲
ロシェット
鈴木

の方がよっぽど見ている者に伝わる
パフォーマンスをしていた。


選曲も悪く、
コレオグラフィーも悪い。
抑揚もない。
衣装も悪い。

トリプルアクセルだけが頼み。


これでは勝てない。

銀メダルはグッドラックと、努力へのご褒美と
いえるだろう。



キム・ヨナは、

カタリーナ・ヴィットやミシェル・クワンの
正統的な流れを汲んでいるばかりか、

これまでの正統的な美のスケーターをも
上回る精神力と完全無欠の演技で
史上最高ともいえるだろう。


衣装も、まさに金メダリスト、女王の衣装。

付け入る隙は一つもなかった。



安藤は頑張っているのだが、

演技が雑だ。

どうもディテール的な部分への配慮が
身体ポスチャーから滲み出ていない。

ジャンプの後の所作など顕著だが、
雑な印象を見ている者に与えてしまう。

トレーニングに
ボールルームダンサーの動作などを
取り入れてみると良いのではないか。



強い格闘家は指の先まで神経が行き届いている
という。

キム・ヨナを見てもそうだが、
指のすべての先端まで演技している。

そのきめ細かさが
マオーにも安藤にも欠けている。



いずれにせよ今後もマオーが競技を続けるならば、

・コレオグラフィー
・衣装

の改善と、

・流れるようなスケーティング技術
・美

を体得することと、


<トリプル・アクセルだけに頼らない>

"何か"を得ることであろう。



野茂英雄がメジャーへ行った際に
席巻したフォークボール。

しかしあのフォークボールは、

野茂のストレートがあった上でのことである。


トリプルアクセル一本かぶりの
現在の状況では、

肝心のトリプルアクセルが決まったとしても
"必要以上"の点数稼ぎにはならないということである。

他の何かがあった上で
トリプルアクセルへの加点も
さらに高くなるということである。



今、マオーが学ぶべきは長洲だ。

長洲は次回、
今回のキムのようなレベルにまで来る可能性がある。

それだけ美しかった。

フリーだけ観れば
マオーより長洲の方が明らかに良かったことでも
それは分かる。




最後に、マオーとトリプルアクセル。


04年、14歳でマオーは
トリプルアクセルを大会で跳んでいる。

06年には16歳で
全日本選手権で
二度のトリプルアクセルを成功させている。


それからもう4〜6年経っている。


にも関わらず、
未だにその<トリプルアクセル一本かぶり>。


成長分としてはキムが抜いていったのは
頷けるわけである。


コレオグラフィーも毎回<?>と思える。

根本的な部分で考え直した方が
良いだろう。



思えば、年齢規定で出場出来なかった
前回のトリノ五輪の頃が

マオーのピークだった

ともいえまいか。


マオーが規定で引っかかり
荒川静香が金メダルを得たトリノ。


自身が出られた五輪では
キム・ヨナという希代のスケーターがいた。


そして次回。


おそらく今のままでは
長洲未来がかなり上位に来るだろう。


マオーは五輪に縁がない

というアトモスフィアを
何となく感じるところである。





銀メダル、おめでとう。







posted by damoshi at 21:41| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

洪水



洪水である。


06年と07年の東京遠征中の二度、
過去に発症した。

いずれも二月下旬から三月初旬のことである。

一回目はノロ、二回目は急性胃腸炎。

例の、前門の虎・後門の狼である
嘔吐と下痢。


ジュニアのそれは
水曜のイベント時には何とか参戦できるほどになり、
回復へ向かったのはコドモの凄さであるが、

木曜の午後、すなわち昨日の午後から
ダモシのお腹のぐるぐるとペインが
激しさを増した。

オフィシャル事案で池上あたりにいたのだが、
トイレに駆け込むと
それは過去二度とまったく同じ症状の下痢。

すなわちそれは単なる下痢ではなく、

体内の水分の大量放水。


(<あぁ、来てしまったか…>)。

付近のビルのレストルームに、
帰路の駅のレストルームに、

何度も駆け込む。

そのたびに
あの時と同じく
体内の水分がすべてなくなってしまうのではないか
と思えるほどの大量放水。


しかも激しい嘔吐感。


だがラッシュ時の電車、駅。

こういうとき、
なぜこんなに人が多いのか、と。

首都圏は人が多すぎるぞ、と。

そう嘆く。

這々の体で帰宅すると
一目散にレストルームへ駆け込み
また放水。

すぐに横になるが、
嘔吐感が消えない。

そのリバースは我慢しているわけだ。

自宅でも。


リバースは苦しい。
だから出来るだけそれは避けたい。


しかし感じていた。


(<下から出すだけではダメだろう>)

(<上から出さないと終わらないだろう>)

と。


コドモはある意味で、
嘔吐感を抑制せずにそのままストレートに
滝のような嘔吐をする。

それが良い面もある。


オトナの場合、嘔吐に関しては
どうしても抑制してしまう。

苦しいのが分かっているからだ。


だが、<出さなければ終わりが来ない>と判断した
ダモシは、

出そうと思えばいつでも出せる状態だったため
意を決して出したのだ。


これまた下以上に激しさを増す上からの放水。

否、上からはモノ自体も大量に出た。

胃の中のものをすべて出すことが
求められている局面である。

且つ
ひとたび出し始めると
出なくなるまで延々とリバースを繰り返すことになる。

ウェーッ!

の連鎖である。


一通り終わり、

<もうダメだ…>と横になったのが
8:30PM頃だ。


ワイフとジュニアが空手から帰宅したのが
その直後。


事前に携帯メールで<help me!>を伝えて
甘えていたのだが、
彼らは空手に勤しんで帰ってきたわけだ。


<ダディ、大丈夫?>と言うジュニアだが、
顔は笑っている。

ワイフは厳しい。

<まったくご丁寧にうつるかね…>と揶揄。


ダモシはワイフやジュニアの名を床の中から呼び
<なぐさめてよぅ…>と弱音を吐くが
相手にしてもらえず、

仕方なく眠りについた。


0AM、いったん目が覚めてレストルームへ。


その際、ジュニアが寝ている様子を見ると
嘔吐用の籠がある。


<ん?治ったはずなのに?>と思いながら
具合が悪いのですぐに眠るダモシ。


8AM前に寝覚めたのが今朝である。


ワイフに聞けば、
ジュニアが昨晩、また嘔吐したらしい。


<休ませた方が良いのでは?
 まだ治っていないのでしょう>と言うダモシに

ワイフも同調。

ダモシがジュニアに
<休んだらどうだ?>と告げると、

ジュニアは行く、という。

なんでも、
来週、幼稚園の遠足で大きな水族館
(油壺マリンパーク)へ行くのだが、

その際に持っていく魚の作り物を作るのが
今日だというのだ。

朝、幼稚園に来た順番にそれを作るのだという。


ひな祭りイベントと水族館。

ジュニアにとっては
休みたくない記念のイベントなのだろう。


(<俺が幼稚園の時は
  休むことばかり考えていたのに、
  偉いな…>)と思ったダモシは、


<よし、がんばって行って来い。
 昼までにして帰って来いよ>と言って送り出した。


ダモシも
明日のオフィシャル事案のゴルフ、
そして今宵のオフィシャル事案を前に

この状態はいかがなものか

というところであったが、


今宵、一つの事案のヤマ場ということで
休むことができずに
昼をメドに外へ飛び出した。

そしてダモフィーロで移動して
オフィシャル事案を済ませて
夕方早めに帰宅したわけである。


明日のゴルフも
今からキャンセルでは失礼にあたるため

<大丈夫。行く>と。



しかしながら実際には、
未だに当然ながら何も食べられず、
ゴルフにおいても食事会では何も口に出来ないことになる。

さらに、お腹のぐるぐるも嘔吐感も残っている状態が
明朝になれば全快になるとは到底思えず、

ただでさえ苦しいゴルフが、
さらに厳しいシチュエーションになると想定される。


しかも明日は、雨だ。

大雨の予報である。

体力の落ちている状況で
雨に打たれれば風邪をひくということは
安易に想定されるだけに、

さっぱり打てないゴルフの現状スキルと相まって

惨憺たる土曜日になる危険性は十分あるが、

それでも行くしかない、といったところで、
キム・ヨナのような
強い精神力を見習って頑張るしかないだろう
という状況である。





*****




それにしても、参った。

この前門の虎・後門の狼は
毎度(といっても三度目だが)、困る。


病気は病気で、熱もあるのだが、
主にお腹の問題である。

だから、だるいとかそういうことではない。

下痢と嘔吐がなければ、
平常時と変わりはない。

だから食べていないとお腹が空くのである。

今宵は昼頃から
異様な空腹感を覚えている上、喉の乾きもある。

だが、一日中、
ポカリスエットを口に含み
それをゆっくりと流し込むだけである。


これが困るのである。

ふだん、人の倍近く食し、飲む、ダモシである。

それがまったく飲食できないのである。
体力がかなり奪われてしまう。



今宵は、うどんとおかゆくらいは食せるだろう。


空手から
早くワイフとジュニアが帰ってこないか
待ちわびているところである。




kawazu1.jpg


季節外れの桜は、河津桜。

都内某所にて。
お腹の痛みに耐えてよく撮った。



kawazu2.jpg





ジュニアの幼稚園のひなまつりイベントは、
一人の欠席者もなく
遂行された。

ジュニアはよく頑張って、
一日だけで復活したと思う。
たいしたものだ。



0hina3.jpg


二時間も幼稚園児の演芸がなされた
ひなまつりイベント。

幼稚園なのにたいしたもので、
地域の合唱団の合唱など
他の余興も展開されていた。

お母さん、お父さんたちも
幕が開くのを待ちわびる。



0hina1.jpg


ジュニアが劇で使ったもので、
各自母親が作る。

これをどうしても使って劇をやりたいと
ジュニアは願っていたので
前門の虎・後門の狼を一日で撃退して
参戦したのだろう。

その精神力はキム・ヨナにも通じるか。




0hina2.jpg


参戦した園児全員がもらったケーキ。

ジュニアは
参戦したものの
ケーキを食べることは出来なかった。




sensyuraku.jpg


歌舞伎座の二月公演も千秋楽。

クローズまで
残すところあと64日。









posted by damoshi at 19:13| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月24日

オトナの大運動会(冬)-5/やっぱり<よゐこ>マオー



オトナの大運動会(冬)の華といえば
フィギュア・スケート女子。

とりわけ
国民的ベイビーフェイスの人気者マオーが
登場するとあって
ゼネラル・インタレストは高いだろう。


周知の通り性格の悪いダモシは、
既に掲載したように

<マオーの敗北>を願ってやまない。


まずはショート・プログラムでの
ダモシの懸念はただ一つ。

対マオーであった。


(A)
不調だったマオーが
天性のグッドラック性を発揮して
五輪にピークが合ってしまうこと


(B)
トリプル・アクセルが成功してしまい
乗ってしまうこと



この二つである。

AとBはある意味で表裏一体。
それほどBの比重が高い。

このBの比重がマオーのポイントになっている部分が
後々ディスアドバンテージになるわけだが(後述)。


いずれにせよ
A&Bが重なってしまうと共に、

マオーがアトモスフィアを支配してしまった場合、

キム・ヨナに何らかの心理的影響が与えられて
ミスを誘発して<ヨナ自滅〜マオー金>という

ダモシにとって最悪の構図になってしまうわけで、

大いに懸念していたわけである。




*****



残念ながらマオーはA&Bが重なってしまった。

今宵、マオーは過不足のない
点数稼ぎの優等生の<よゐこ>特有の
パフォーマンスで高得点をマーク。

にわかに
おそらく
大多数の国民は

大喜びしただろう。


ところが、だ。


ここで一つ目のポイントであるが、

キム・ヨナの
恐るべき精神力と余裕とプライドが
発露されたわけである。


一人前の演技でマオーが
場内のアトモスフィアを支配した。

マオーがミスをすれば
ヨナは精神的に楽になる。


例えば野球。草野球でいい。

自分の一人前がホームランを打ったとする。
次の打者の自分は気分的には乗りが悪くなる。

仮に前の打者二人が連続ホームランを打とうものなら
さらに精神状態はアグリーになる。

<自分も打たなければ>
<自分で止めたらイヤだな>という意識が介在する。


例えばゴルフ。
スタート時、パーティが二組あるとすれば、
自分以外の七人の目が
ティーショットに注がれている。

自分の前を打つ人が
仮に空振りやテンプラなどに終われば
精神的に楽な状態でティーアップが出来るだろう。

逆に
前の人々がいずれもグッドショットをしてしまうと
自分は萎縮する可能性が出てくる。

これもやはり

<自分もグッドショットしなければ>
<自分だけちょろるわけにはいかない>

という意識が介在することで萎縮するわけだ。



しかしヨナは、
大歓声がマオーに贈られていた
マオーの演技終了直後に映し出されたとき

ニヤリ

と笑っていたのである。


そしてアトモスフィアを断ち切って
己へ視線と意識を集めるべく
(マオーの演技の残像を消し去るべく)

演技に入る前に
じっくりとゆっくりと、
そして優雅にリンクを滑った。

さすがだなと感じずにはいられない。


そしてパフォーマンス。

これはもう自信満々。
最高の演技でマオーを遥かに上回る高得点で
首位に立ったわけである。




*****




・精神的な部分での強さ

・五輪を見据えて
 その開催地であるカナダをホームとして
 練習に励んできたこと

・海外メディアに普通に英語で応対する
 真の国際性

・身体ポスチャー


いずれもヨナがマオーの比ではないほど
上回っているのだが、

前述したマオーの得意技である
トリプルアクセルへのポイント自体が
なぜマオーのディスアドバンテージになるか

という点で、

さらにヨナが逆にアドバンテージを得ているわけである。



要するにマオーの演技は演技と呼べるものではない
ということである。

優等生、点数稼ぎの<よゐこ>。
ここがマオーの基軸なのだが、
それがパフォーマンス全体に露呈しているのである。

トリプル・アクセルを決められるか否かが
ポイントになっている時点でもう厳しい、と。

パフォーマンス全体を見ていても

とどのつまり
観る者の心に響き入り込んでくるものが
マオーのそれには常に欠けているのである。


対するヨナ。

テクニックはもとより
パフォーマンスの演技構成を
途切れさせない流れるような美しさがある。

ヨナのポイントは、美である。

流れるように
ストーリーとスケーティングが一体となって
止まらない。


そして男子の項で述べたが、
やはり重要なのが
コレオグラフィーである。

ヨナの場合はコレオグラフィーも優れていて、
この点でもマオーの比ではない。


ジャンプや何やらで
その大技を決めたとしても追い抜けないくらいの
差があるということである。


どうしてマオーの演技は
観る者の心に響かないのかといえば、

やはり帰結するのは

<よゐこ>の点数稼ぎのスケートをしているから
ということになる。


それは順位的にマオーより下位だが
安藤美姫や鈴木明子、
カナダのロシェット、米のフラットの方が

より観る者に伝わる演技をしていた
ほどである。


マオーの
最大のウィークポイントは、そこであると
前々から感じているわけであり、

だからこそ共感が持てないのである。


結局<よゐこ>なのではあるが
セルフィッシュで
自分の点数のことしか考えていない風情が

滲み出ている、と。


失敗しないように、ミスしないように、
トリプル・アクセルが飛べますように
というフォーカスになっていて、

<魅せる要素>へのフォーカスが
まるでないのである。



厳しいようだが
ダモシには前々からそのように感じられるのだから
それはそれで致し方ない。

おそらくそれでは勝てないだろう。

ヨナが転倒したりしない限り金はない。


それだけヨナは
観る者に
女子フィギュア・スケートが持つ最大の魅力の
一つである

<美>

を完璧に見せてくれている。


米のフラットが一方では、
<楽しさ>や<明るさ>を見せてくれている。

安藤にはぜひ、フリーでは
破れかぶれではないものの
ダイナミズムを見せて欲しい。

それが出来るのは安藤だろう。
小さくまとめて点数稼ぎをした上での銅メダルなら
評価価値は低い。


鈴木明子は柄にもなく緊張していたのか。
本来のダイナミズムが欠けていた。

米のフラットを見習って
鈴木本来の明るさとダイナミズムで
フリーでは"やらかして"欲しい。



フリーの演技順で
マオーがヨナの前になればイヤな感じを
持っていたが、

幸いなことにヨナが先で
しかもマオーの直前ということは

ヨナ有利になったことを表していると同時に、

そこでヨナがパーフェクトな演技をすれば
逆にマオーに過剰なプレッシャーがかかり
失速して二位以下に落ちると読む。



<女子フィギュア・スケート/最終結果予想>

金:キム・ヨナ
銀:ロシェット
銅:マオー(or安藤)

安藤が"やらか"して
マオーがヨナのプレッシャーを浴びてミスすれば

安藤の銅メダルの目もあるだろう。



地元のロシェットは前回五位だ。

特に、

ぜひともマオーの上に出て欲しい。










posted by damoshi at 20:16| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(2/23分)信玄・謙信





(2/23の寄稿から):::::



猫の二号は術後の抜糸と
首輪がとれたのは先週のことだ。

想定甲状腺という中で
それを明確にするための血液検査は
体力が復活してから
と考えていたが、

"どのみち"やらなければならない
ということを鑑みて
ワイフ判断で
その日のうちに血液検査は行われていた。

そして昨日結果が出たのだが、
想定甲状腺は確定甲状腺だった。

しかしその数値が
ほぼ正常値になっている、と。

前回の二号に関する寄稿で
掲載していたあらゆる推測と想定が
合っていたというわけだ。

つまり、
腫瘍だと思っていて
それが悪性か良性かを調べるべく
細胞と組織検査を行うための
前段階としての腫瘍摘出を施している最中に

ドクターが
<ん?これは腫瘍ではなく甲状腺では?>
と疑い、途中から甲状腺肥大の摘出に
切り替えたという所作。

そして
その後の
<甲状腺の可能性がありますね>
<その場合、腫瘍自体は良性の可能性がある>
という想定も、

いずれもドクターが的中したということである。

残るタスクとして存在していたのは、

それが甲状腺だったとすれば
摘出以降、妙に二号が調子が良さそうな
背景を鑑みての想定で生まれていた

<肥大したそれを"たまたま"摘出したことで、
 甲状腺の障害も治癒もしくは弱まったのではないか>

というロジックの正誤だったのだが、

それも正だった、という結果になったのである。


あとは
そのほぼ正常値という現在の数値になる以前
すなわち
摘出以前(=不調だった頃)は

数値が

高かったのか
or
低かったのか

を判明させることになった。

その検査は様子を見てから三ヶ月後
ということになったのだが、

今回で治癒
という可能性も示唆されつつも、

甲状腺のそれが

高かったのか
or
低かったのか

あるいは
三ヶ月後に

高いのか
or
低いのか

によって治癒へ向けた治療方法が
doneされるわけである。



とまれ、

昨晩ワイフから経緯と結果を聞くに至り
ダモシは

<望むべくよりベターな、否、
 ベストといえる結果になったな…>

と涙ぐんだ。


当初、一回目の腫瘍の際は
悪性を半ば覚悟した。

その一方で、
当欄に掲載した
<オトナの散歩>カテゴリーの
川崎は影向寺へ詣でた理由は、

その寺が病の平癒にご利益があると知ったからで、
リアルにその寺へ詣でて
二号のことを祈ったわけだが、

それが奏功したのか
それは悪性ではなく良性だったという
まずはベターな結果が出た後、

次の腫瘍が見つかりまたションボリして、

二回目の摘出と
それによる体力減退からの
二号の生命力弱体への懸念で悲しみ、

しかしながら
それが摘出の際に甲状腺を疑われ、

結果、
腫瘍自体は良性で
しかも甲状腺の数値もほぼ正常値だった
ということに至り、

最初の腫瘍が発覚し
それの検査や手術を施したという端緒が
あったからこその甲状腺発覚と
その切除に相成ったといえ、


一連の流れは
現時点では二号はグッドラックだったと
認めることができるだろう。


day by day、二号の身体が大きくなってきて
往時のポスチャーに戻りつつある。

<うるさいぞ!>と怒鳴らざるを得ないくらい
元気に啼く二号にも
戻りつつあるといった姿を見るにつけ、


グッドラックへの感謝と同時に
一方で
ここまで気づいてあげられなかったことに
自身、反省するところでもある。



影向寺へは、御礼でまた詣でなければならない。





*****




今朝は早朝からジュニアが具合を悪くした。


ペットや幼児がいる家庭特有の
定期的な体調不良。

それはいつなんどきやってくるか分からない。


早朝、まだ暗い頃合い。

ワイフが何やら布団の中から
リビングを見て
静かな声ながらも厳しい口調で怒鳴っている。

見れば
ジュニアがリビングに仁王立ちしている。


単にジュニアが寝ぼけていたのかと思い、
ダモシは再び目を閉じた。

早朝ではない朝。

今度は寝ながらジュニアが嘔吐している。

それに気づいて目覚めたダモシは
起床したのだが、

ワイフに聞けば顛末は
以下のようなことだったようだ。


明け方、
お腹が痛いと言って
ジュニアが起きた。

そしてリビングで嘔吐した。

ワイフは
咳き込んだ上でのリバースかと思い、
嘔吐した始末をした後、
すぐにまた寝ようと試みた。

さっさと布団に戻ったワイフだが、
寒いリビングからジュニアが
戻ってこない。

ジュニアは何を考えたのか
リビングにいた二号と戯れていた。

そこでワイフが<早く(布団に)来なさい>
と静かに怒鳴った、と。


朝。またジュニアは嘔吐した。

ワイフは
<あぁ、これは急性胃腸炎かもしれないな>
と察して、

ジュニアを起こさずに
幼稚園を休ませることを早々に決めて
病院へ向かう算段を立てた。

ダモシがオフィシャル事案で出かけた後、
病院へ行くと
<急性胃腸炎だ>ということで
薬をもらって帰宅した。

だが昼過ぎから高熱が出て
一時は39度以上になったことで
再度病院へ連れていった、と。

座薬を投与して一度は下がった熱だが
夕刻からまた上がり
ダモシが帰宅した20時過ぎにはまた38度台後半の
高熱が出ていて、ジュニアは伏していた。



かわいそうなジュニア。

今週の日曜日には
最も大きな大会がある。

そして明日、
幼稚園時代のイベントとしては
最後になるひな祭りイベントでの
ちょっとした劇をやることになっている。


しかし今の状況では
明日のそれは欠席ということになるだろう。

彼にとってのマミーが手づくりした
劇で使用するキャラクターぬいぐるみの持ち物や
舞台挨拶をする役を得たことで
その台詞を練習していた紙も手にしながら
床に伏しているジュニアがかわいそうだ。


ダモシも明日はそれを観賞し
写真を撮るミッションを持っていたのだが
果たしてどうなるのか。


普通に考えれば明日は欠場だろう。

だが幼児のこと。
一晩寝れば一気に治ることも考えられる。

まだまだ日本女子カーリング同様に
あきらめてはいけないだろう。



一方のダモシもここ数日、
どうもお腹がきりきりする。ぐるぐるする。
そして軽い吐き気は常時ある。
しかしながら一方で食欲は旺盛だ。

おそらく
ジュニアと同じく
お腹の風邪にかかっているのだろう。

でもオトナだから抵抗力があることで
致命傷になるほどには至っていない現状なのだろう。



ダモシはダモシで土曜日は
オフィシャル事案で二年半ぶりの、
余儀ないゴルフ。

明日も早朝6時から練習に行く予定だが、
明日は場所を変えてみようと思っている。

先般記載のたまプラーザは
ちょっと避けてみたところで
やってみよう、と。

いくらなんでも早朝6時からでは
ゴルフ練習場も満杯ということはない
と思うのだが、いかがか?




*****




昨日、
コンビニエンス・ストアで
玩具付の缶コーヒーを見つけた。

その昔は、
といっても日本にいない
ニューヨーク時代だが、

新日本プロレスの歴代IWGP王者の人形付
缶コーヒーというものが
キャンペーンで売られた時があり、

日本にいる友人たち総出で買ってもらい、
集めたものだが、

こういった付加価値というか、付録があるものは
それがハマれば、
それを欲しいがために
飲みたくもないその飲料を買ってしまうものだ。



furoku05.jpg



缶コーヒーならば、
缶コーヒーを買う必要性に迫られていなくても
その付録が欲しいために
缶コーヒーを買う。

あるいは
缶コーヒーを飲みたいから
どのみち買うのだが、
それはふだん飲んでいる銘柄ではないにせよ、
どうせ缶コーヒーを買うのならば
付録があるそれを買うことを選ぶ。


といった作法である。

消費者心理をうまく捉えたキャンペーンでもあり
プロモーションである。

その付録がなくなれば
その缶コーヒーを二度と買うことはない
というケースが大半だろうから
継続的な売上アップ施策としては
奏功しないが、

短期的なテコ入れとしての売上UPには
この手法は効き目を発揮する。


事実、ダモシは
缶コーヒーのBOSSの
レインボーマウンテンブレンドを
ふだんは飲まないし買うことはないのだが、

昨日だけで二本も買ったのである。

これだけでふだんは買ってもらえない人に
二本も買ってもらえた
プロモーションの効果といえよう。



shingenomocya.jpg


これを目にして買わぬわけには
いかなくなってしまったのである。


<戦国騎馬武将〜ゼンマイで走る暴れ馬>。

中身が実にカワイイ。

武将がまたがる馬が
ゼンマイでちょこちょこちょこちょこ動いて
走るわけである。



bushoomocha.jpg



"時流"と"カワイイ"。

商品の売れ線特徴である。

時流はこの場合、
戦国武将ブーム/歴女など。

カワイイは、
小さい人形であることと
馬のその動きのかわいらしさ。

これは売れるだろう。


だが、モノ自体は良くても
売れる/売れないに差がでるのは
素材の問題。


このシリーズは全10種。

ラインナップされている10の武将は
以下の通り。


順不同に、

直江兼続
織田信長
徳川家康
武田信玄
上杉謙信
山本勘助
豊臣秀吉
真田幸村
伊達政宗
前田慶次郎。



ダモシが真っ先に買った二つ。



fshingen.jpg


fkenshin.jpg


武田信玄と上杉謙信。

ダモシとしては
真っ先にこれらを選ぶのは必然。


以前から度々記載しているように
徳川家康、豊臣秀吉、織田信長には
シンパシィを抱けない。

特に織田信長嫌いは顕著なダモシである。

信玄と謙信を選ぶのは当然で、

常に
信玄が生きていたら/時代がもう少しクロスしていれば
信長たちの天下にはならなかったのでは?
と思っているくらいである。


特に信玄。

このシリーズのタイトルは
<戦国騎馬武将>である。

戦国時代最強の騎馬軍団を率いて
初期の頃の信長や家康を
畏れさせた武田信玄が筆頭ではないか

と。


信玄と、
信長、秀吉、家康らとの間には
ゼネレーション的に2ディケードの誤差がある。

必然的にそれは全盛期としての
プライムタイムの誤差になる。


信玄のプライムタイムと
御三家のそれがもし重なっていれば、

サル秀吉、セルフィッシュ信長、狸オヤジ家康らが
調子に乗って闊歩する時代はなかったのではないか。
逆に信玄の天下だったのではないか。

という仮説に則った
日本史は興味がそそられるだろう。


信玄は
いよいよ信長狩りへ向かう途中、逝去。

夢の対決は幻に終わった。


サルもセルフィッシュも狸オヤジも
どうもダモシは好きになれない。

信玄最強説をロマンとして残したい。




缶コーヒーと付録に話を戻したい。

10種類の人気である。


昨日ダモシが訪れた
コンビニエンス・ストアでは、

ダントツで
前田慶次郎、前田慶次郎、前田慶次郎連発で
売れ残っていた。

要するに、
前田慶次郎が最も人気がないということである。

信玄と謙信のそれを探し出すために
缶コーヒーの棚の前で
缶を前後左右あっちこっちにどかして
探して、

ようやく一番後ろに一個ずつだけ
残っていたのである。



<デムイット!前田慶次郎ばっかりじゃないかぁ…>

と心で叫びながら。


今日も何軒か店を見たが、
織田信長も徳川家康も豊臣秀吉もある。
むろん前田慶次郎と山本勘助という
不人気二強は
たいていどの店にも多々あった。

だが、相対的に
武田信玄と上杉謙信はない。


購入者はまとめて買うものと想定される。

武田信玄を買う人は
上杉謙信も買うだろう。

ダモシ・パターンである。

そのパターンでは
流れで直江兼続も買うかもしれない。

だが、
昨年の大河ドラマへの反発と
主演の男優が嫌いであのイメージを避けたい人は
直江兼続は買わないだろう。

かくいうダモシも
直江兼続役の妻夫木聡が、
佐藤隆太ともども大の苦手ときたもので、

やはりそのイメージが悪く
直江兼続には手は伸びない。


比較的、直江兼続も売れ残っている方だ。



そして
どこへ行っても一度も目にしない武将。


それが伊達政宗である。


伊達政宗は、
戦国武将グッズ全般でも
人気が常に上位にあるらしい。

かくいうダモシも
武将の中では伊達政宗派である。


伊達政宗のこれが欲しいのだが、
どこかにあるだろうかと
思慕する現在である。







posted by damoshi at 16:55| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

<オトナのお散歩&遠足>豪徳寺




豪徳寺といえば、

東京・山の手在住者並びに
大学や高校で山の手の私鉄沿線に通った
経験がある人ならば、

小田急線の駅名を
思い浮かべるのではないだろうか。

地名ではなく「存在」の名前が
駅名に使用されている場合、
ややもすれば
その存在自体よりも駅名として
名を知られるケースがあるだろう。

京王線でいえば
井の頭公園、明大前、芦花公園、高幡不動、
小田急線でいえば
豪徳寺に成城学園前、向ケ丘遊園、玉川学園前、
東急でいえば東横線は
学芸大学、都立大学、
田園都市線は駒沢大学といった具合に。

それぞれ
れっきと、例えば、
芦花公園や高幡不動尊という
立派な存在があるのだが、

その存在自体へ出かけたり
足を踏み入れたことはなくても
妙に名前を知っているというケース。

これが「存在」自体が駅名になっている場合の
ポイントになると考えられよう。


豪徳寺も、その最たるものの一つではないか。

実際の存在である豪徳寺そのものへ
行ったことがある
人の数を、

行ったことはないし
そもそもその存在自体は知らなかったり
駅名として普通に知っていて
何度も駅は乗り降りをしたことがあるなどの
人の数が、

上回っていると想定されるわけである。



豪徳寺はそういう環境にある存在だが、
れっきとした
ヒストリカルな要素満載の
立派な寺社仏閣である。



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*****



そのポイントはいくつか、ある。

まずポイントになる存在は

昨日、
ケイバタイムスからの出張寄稿で触れていた。

冒頭の写真に見える通り、
井伊直弼である。



1480年創建の古刹、豪徳寺。

その150年後、
近江彦根藩主・井伊直孝によって
井伊氏の菩提寺に。


以降、現在まで井伊直弼の墓を筆頭とする
井伊家の墓所として
国の史跡たる。


そんな、ヒストリカルな名刹なのである。


そういうダモシ自身も

小田急線に居住し大学に通っていた
経験があるにも関わらず、

且つ
沿線たる東急世田谷線とリンクしている
田園都市線(旧・玉電)が
<本妻>であるにも関わらず、

豪徳寺という駅名は知っていたものの

"豪徳寺そのもの"には

不惑世代にある現在の、昨日まで、
訪れたことがなかったのである。


実に、いただけない所作である。

そういうところの無知・未踏は、
まだまだ多々あろう。

それを埋め合わせていく作業が
ニッポン復帰以降の
ディスカバー・ジャパンの
テーマが内包する要素の一つでもある。


いくら米国のニューヨークでの
生活経験があったとて、

いくら普通の日本人は
行く機会はほとんどないであろう
英国はボーンマスへ何度も行った経験があるとはいえ、


豪徳寺に一度も行ったことがなかったとは

なにごとか。


それは
昨年になってようやく
甲斐善光寺には詣でたものの、

未だ信濃善光寺には詣でていないという
不埒な所作と同様である。

それこそ
諏訪の大社とてようやく今年訪れたレベルである。


なにをしとるのか/なにをしとったのか

といった感慨とシェイムは

一つにはあるわけだ。


まあ、いい。
実際に遅ればせながら行ったのだ。

そこで見た、感じた、撮ったことを
まとめていくことで
己自身の中にもしっかりと刻まれよう。



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*****




昨日も触れた井伊直弼。

そして豪徳寺。

端緒は安政の大獄。

井伊直弼といえば
日本史の教科書で出てきたことを
平易に思い出す。

それだけインパクトの強い
日本史教科書内の登場人物だったのだろう。

井伊直弼という名よりもむしろ
<大老・井伊直弼>の方が
既視感ならぬ親和性が高い。

いわゆる政治の権力者だった井伊直弼が
<安政の大獄>という名の弾圧を行った。

米との"不平等"条約たる
日米修好通商条約を
強権発動で締結した井伊直弼による
アンチ派の弾圧。

アンチ派の急先鋒は水戸藩。
中でも先鋭的な面々は脱藩した上で
井伊大老暗殺でのリベンジを期す。


井伊ヘイターと化した水戸脱藩浪士によって
井伊直弼暗殺となったのが
桜田門外の変として
日本史教科書で学んだ事柄。


その井伊直弼の墓がある寺が豪徳寺、
ということなのだが、

実態はどうなのか
といったところで検証が行われる
というメディアの報道があったのが
今年の年頭。


今年の1/5の
インターネット上でのニュースを以下に
転載する。



:::::

東京世田谷の豪徳寺にある幕末の大老井伊直弼
(文化十二年〜安政七年)の墓について
世田谷区教育委員会は、

墓を改修するのに伴い
地中レーダー探査を今週行うことを決めた。

桜田門外の変で暗殺された直弼の
埋葬状況の解明につながるものと期待される。

豪徳寺には直弼をはじめ
井伊家が代々治めた彦根藩の藩主6人のほか
正室側室家臣らを含め三百基以上の墓がある。

改修にあたり区教委が
先月までに現状を確認するため、
地下約二米下まで発掘したが
直弼を葬った棺おけは見つからず
レーダー探査によって棺桶の位置を特定することにした。

直弼は尊王攘夷派の志士たちを
厳しく取り締まる安政の大獄(安政五〜六年)を実行し
憤激した水戸浪士たちに
江戸城桜田門外で暗殺され首を切り落とされた。

だが大老という要職が暗殺されたことによる
幕府権力の動揺を恐れ幕府当局は、
直弼の死を約二か月間公表しなかった。

そのため死後の直弼の埋葬状況については
確定的な情報が少なく、
水戸浪士が首を持ち去ったとの説も流れている。

区教委では谷川章雄早稲田大教授(近世考古学)を
団長とする井伊家墓所調査団を組織している。

:::::


というものだ。


・発掘しても見つからなかった
・水戸浪士が首を持ち去ったとの説もある

という状況から鑑みて、

本当に豪徳寺のこの井伊家墓所に
井伊直弼のそれがあるのか否かという点に
疑問を差し挟む余地が生まれてしまった
ということが

一つには言えまいか。

豪徳寺並びに世田谷区側にとっては
ヒストリカルなこの寺を考えても
井伊直弼の墓があっても
実際に葬られていなかったとなれば
たいへんなことになる。

レーダー探査による調査をするという
並々ならぬ決意は、

他説を覆すためのものでもあろう。


その後ニュースになっていないから
未だ調査結果は出ていないか
あるいは
まったく見つかっていないかの
いずれかだろうか。


実際、現在は井伊家の墓所と
井伊直弼の墓は立ち入り禁止となり
見られなくなっている。


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墓所改修と共に
調査作業は進行中なのか。


<井伊直弼の墓はこの中ですか?>。

ダモシが覗いていると
他の散策者が尋ねてきた。

<ええ。そうだと思いますよ。
 ね、せっかくこうして来たのに、
 いかがなものですかね>

とダモシが述べると、

アラフィフと思える散策者は
微笑みながら

<せっかくね…>と言い、肩を落とした。


世田谷区教育委員会に問い合わせてみよう。

その後、調査はどうなっているのか、と。

レーダーで
井伊直弼の棺はあったのか否か、と。





*****





境内を見て回る。

仏殿、本殿、三重塔と
ランドマークは多い。



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1677年完成の、仏堂。



境内の奥にあるのが本殿。


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三重塔。



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梵鐘は1679年に作られた。




*****




豪徳寺のもう一つのポイント。
それが猫だ。
招き猫が生まれた地として
豪徳寺は<招き猫の寺>としても誉れ高い。

井伊直孝が狩りの帰り道に
豪徳寺の前を通りかかったら
猫が手招いた。

それにしたがい中に入り
休憩していた折、
天候が急変してサンダーストームになった。

井伊直孝は招き猫のおかげで
サンダーストームに当たらずに済み、
グッドラックな猫ということで
招き猫がグッドラックの象徴へ昇華したという話だ。


だから
猫観音を祀る招猫殿も豪徳寺にはある。


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ジュニアも招き猫ポーズで
"記念撮影"。




*****




江戸城、桜田門、
そして豪徳寺。

水戸藩側に立てば
今の時期なら偕楽園の梅まつりが
ベストであろうが、

東京で
桜田門外の変に触れるなら豪徳寺。


今年は桜田門外の変から
ちょうど150年目に当たる。


境内には枝垂れ桜の木が目につくから
桜の季節は
景観ともども
そのアトモスフィアは
素晴しいものになるであろうと想像する。


最後に、豪徳寺の梅を二枚。



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:::::



<豪徳寺>

東急世田谷線・宮の坂駅下車、
徒歩約三分。

小田急線・豪徳寺駅下車、
徒歩約十分。


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それにしても
井伊直弼の墓については気になるところだ。







posted by damoshi at 20:52| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日記 plus オトナのお散歩&遠足



ワイフが
心理カウンセリング事案で所用がある
ということで、

今宵のサタデー、デイタイムは
ジュニアと二人
オトナのお散歩へ出かけました。

9:30AMには拙宅を出て
戻ってきたのが4PM頃ですから
所要時間もそこそこで
歩いた距離も相当になります。

田園都市線の
駅でいうところの三軒茶屋は、
駒沢大学と並び
エリアとしてダモシの<リアル本妻>です。

いわゆる本籍地です。

現在の居住地は田園都市エリアですが、
一昨年夏に
66年に生まれてから初期の居住エリアと
同じ沿線に戻ってきたということで、

本籍地再訪に始まり、
駒沢公園や砧公園を基軸に
三軒茶屋・駒沢大学・用賀といった
田園都市線の世田谷エリアは
度々訪れています。



世田谷こそ
ダモシの中では
地理的ダウンタウンである浅草や上野よりも
<リアル東京>というところで、

現代にあっても未だその姿名残を
存分に堅持しています。


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今宵ジュニアとのオトナのお散歩は、
三軒茶屋を起点とする
ダモシ初期時代に親しんだ玉電の
唯一の名残である<東急世田谷線>沿線の
散策と決め込んだわけです。

カルチュラル&ヒストリカルな
東急世田谷線。

まさに電車でいえば
田園都市線以上に
ダモシにとってリアル本妻の路線ともいえます。


三軒茶屋と下高井戸を結ぶ
距離5kmの路面電車。

途中、交通量の多い環七を横切る際の
玉電的世界観の名残がまた秀逸な、
江の電的電車です。


田園都市線・三軒茶屋駅上にある
キャロット・タワーの最上階無料展望室からの
眺望がスタートになります。

(何度か当欄でも取り上げています)。


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西新宿摩天楼も眺望できます。

空気が澄んでいる冬の日は
普通に富士山も見ることができます。


ここから世田谷線を見てみます。


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<ほら。下に電車が走っているでしょう?
 あれに乗ってお散歩するのだよ>

とジュニアに言いました。



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田園都市線の三軒茶屋駅から
地上に出ればすぐ
世田谷線の三軒茶屋駅があります。

多くの乗降客があり、
混雑します。


三軒茶屋を出た世田谷線は、

西太子堂

若林

松陰神社前

世田谷

上町

宮の坂

山下

松原

を経て、

下高井戸で終点となります。

東急田園都市線と

小田急線(山下で)
京王線(下高井戸で)を

<世田谷>つながりでタテに結ぶことになります。



幅の狭い線路の両脇を住宅が固めている点も
江の電的であります。


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車両は二両編成。
今の時代にあって
オールドファッションドで洒脱な電車ですね。


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*****




東急世田谷線は
<世田谷線散策きっぷ>という
企画乗車券を販売しています。

当日の乗り放題で320円です。

一回の乗車が
ニューヨークの地下鉄同様に
均一料金で

140円ですから、

散策という各駅停車の旅的に
乗り降りを繰り返すならば
断然お得です。


今宵、三回乗車しましたから
通常運賃の場合は420円です。

散策きっぷを買ったことで100円
お得だったということになります。



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散策きっぷを買うと、
<世田谷沿線散策ガイド>という
リーフレットを配ってくれます。

これを開くと
沿線マップがあり散策へのランドマークが
記されているので、とても便利です。


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沿線で最も多いランドマーク。

それは
ヒストリカルな寺社仏閣です。

素材の豊かさと写真の多さ、
話題の厚みを考慮すれば
このダイアリーで記すことは不可能です。

明日、一つ一つの素材については別途
寄稿したいと思います。


世田谷線沿線に点在する
ヒストリカルなランドマークは
いずれも初めて訪れてみたわけですが、
なかなか素晴しいものがありました。


今宵はダイアリーに特化したいと思いますので
それぞれの写真は割愛します。




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電車は下高井戸方面へ進みます。

宮の坂という駅が
まずは最初のエクスカージョンとなったわけですが、

駅と隣接した空間に
往時の玉電車両が展示されています。

これは紛れもなく
1969年(昭和44年)まで
R-246を走っていたという車両ですから、

1966年(昭和41年)から
三歳時の1969年(昭和44年)までの
ダモシの世田谷居住&玉電乗車時代と

ぴったり合致する代物でした。

これを目にして
実際に中に入ることが出来るのですが
込み上げるものがありました。



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そしてこの電車のフォルム。

玉電経験がない人でも
東京や横浜などの首都圏で育った人なら
見覚えはありませんか?

さふ。

これは江の電です。


説明板によれば、
これは江の電601号という車両だそうで、

前述した通り
1969年の玉電廃止と同時に
江の電鎌倉観光(株)に譲渡されて、

1991年の廃車まで
江の電として走り続けることになったようです。

東京のノスタルジーです。




いっぱい沿線を歩きました。

某地の梅を一枚。


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*****




お昼を過ぎてしまい
ジュニアもお腹が空いたということで、

三軒茶屋に戻って
マクドナルドでランチを摂りました。

しかしそれにしても
三軒茶屋のマクドナルドは
異様に混んでいますね。

ダモシは
行列・渋滞・満員が大嫌いなので、
マクドナルドは極力避けています。

堪え性がなく
マクドナルドというものは
オーダーする際に
並ばずに済むということがゼロ%ですので、

それが特に避けたい理由です。

しかも三軒茶屋の込み具合は異常です。

レジの配列仕切りが悪く
一回目のお叱りを施してしまったのですが、

その後も
超満員の二階禁煙席の
座席配分を店員が行うほどになっていましたところ
その店員が上手に仕切れずに、

ダモシとジュニアが先に待っているのに
他の、未だ商品待ち状態の
「席とり」的なお客さんを間違って
着席を許してしまったことで
二度目のお叱りでちょっぴり怒り、

挙げ句の果てには
ジュニアがオーダーしたコーラが
飲んでみたらウーロン茶だったことで
三度目のお叱りで
またもやちょっとだけ怒った

ダモシでした。

三軒茶屋のマクドナルドは
もう二度と訪れることはないでしょう。

そもそもこの相対的な"不況"時に関わらず
儲かっているわけですから
これ以上、売上に貢献する必要はないでしょう。




*****



ジュニアとの約束で帰路、
たまプラーザにある
昭和の駄菓子屋さんに立ち寄りました。


平成のコドモたちで大賑わい。

コドモはいつの世も、
こういった10円20円といった世界の
駄菓子に心をときめかせるものなのでしょう。


ジュニアもカゴを両手に抱えて
大喜び&真剣に
商品の取捨選択をしていて、

その姿がまたカワイくて仕方がありません。


<もらったおこづかいは100円でしょう?
 それにダディが250円だけプラスしてあげるよ。
 だから350円分買うことができるよ>

と言い、

それぞれの駄菓子の箱に書いてある値段を
見て取捨選択し、

計算をしながら

"考えてモノを買う"行為をトライさせるには
うってつけなのが、

駄菓子屋さん

です。

昭和の駄菓子屋さんの知育、すなわち
エデュケーショナル要素というものは
バカにできないのです。

コドモにとってはまさにこれは
後世の想い出に残る
ヒストリカルな要素を持ちつつも、

根本は
ワクワク&ドキドキという
楽しいエンターテイメント性、

そして
お金を持って計算しながら買うという行為を
トライするという部分での
エデュケーショナル性、

それぞれ重要な三要素
すべてを兼ね備えた存在が、

駄菓子屋さん

といえるのだと

ダモシは常々想っています。

だからこの駄菓子屋さんにも
度々訪れるのです。

必ず一緒に。

そして自分で自分のお財布から
お金を数えて
おばあちゃんに差し出して
おつりをもらうという一連の行為を

後ろからアドヴァイスはすれども
自分でやらせるように心がけています。



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釣果はもっとあったのですが、
ジュニアは帰宅後早速
いくつかは食してしまいました。

選んだ商品をカゴに入れていた最後。

ポケモンのカードも売っていたので
それを欲しいと言いました。

残りが20円の時点でした。

ジュニアは
<これにする>と言って手にとると同時に
値段の書かれた箱を見ました。

そこには<60円>と書かれていました。


<あぁっ…。ダメだ…>と泣きそうになり
悔しがりました。


ここでワイフならばおそらく
割り切ってダメと通すでしょう。

ところが大甘ダモシは
ここで割り切ることができません。

微笑みが消せず
どうしても甘くなり

<どうしても欲しいならいいよ。
 俺が40円出してやるよ>

となってしまいます。

これが間違いなのか正しいのかは
おそらく誰の胸にも答えはないでしょう。

スタイルですね。



先日、ワイフとジュニアが
空手道場で一緒の母子の家に
遊びに行ったときのこと。

互いの旦那さんの話になり、

<どうして男親は男児に甘いのか>

という話になったそうだ。


<すぐに玩具とか
 子供が欲しいものを買ってあげるのよね>

とその奥方が述べられたそうで、

ワイフも激しくそれに同意したそうです。


先般リス園に行った際も
行く前に
ワイフから厳しく

<ぬいぐるみとか何も買わないでしょ>
と釘を刺されていたのですが、

結局、買ってしまいました。

しかも実際にはそれは600円だったのですが

現場でジュニアに

<300円だったことにするんだよ?
 300円という破格値のぬいぐるみだったから
 買ってあげたんだよ、ということにするから>

と口裏を合わせる始末。


駐車場に車を停めて
拙宅へ向かうエレベーターの中で
ジュニアが

<マミーに怒られないかな…>と懸念するから、

ダモシは
<だから300円ということにすれば大丈夫だよ>
と言いつつも、

やはりぬいぐるみが300円というのは
安すぎてウソっぽいかなと思い直して
改めてジュニアに

<400円にしよう。
 自分のおこづかいから100円出して、
 俺が300円出してあげたことにしよう。
 俺が説明するから大丈夫だよ>

と諭した。


そんな有様だから、

今宵も
厳しいチェックが入った駄菓子の釣果でしたが、

<こんなに買っても350円だったから>
とエクスキューズめいた台詞を
述べてしまったダモシでした。


男同士ということもあるのでしょう。

むろん
男親にとっては
女の子もかわいくてしょうがないでしょう。

でも男の子というものに対しては
自分も男であるということが
明らかな違いで存在していると思います。

リアルに直系遺伝子ということもある上、
性的に同じということも相まって
まさに自分自身の合わせ鏡のような

その内蔵までも愛してしまうくらいの
<かわいい>がある、と。


こんなに自分の子供がかわいいもので、
こんなにかわいがるとは

ほとほと2003年9月27日以前は

想像すらしませんでした。


田園都市線に二人で乗っていて
混雑しているので
空席が一つしかないと
ダモシの膝の上でだっこされて
座るジュニア。


帰路、座席が空席多々あれば
隣に座り、

<眠いよ…>と言って
ダモシの腕枕と膝に寄り添ってくる
小さい身体。

たまらないわけです。


恋人のようです。


いずれ必ず離れていきますし
身体も心も大きくなり
こういうことは出来なくなります。

反抗して、反ダモシ、アンチ父親
という世界観は必ずやってくるでしょう。

あるいは
その前にダモシが死ぬか。


頭を撫でて抱きしめられるうちは
出来るだけ
それをしたいと思うわけです。





*****




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今宵もたまプラーザは
多くの人々で賑わっていましたが、

なぜこんなに人が多いのでしょうね。

そして皆さん、お出かけが好きですね。




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最近、飲料のヴェンディング・マシーンで
よく見かける仮面ライダーやウルトラマンの
企画商品。

今宵、初めて
<仮面サイダー>を購入しましたが、

出てきたのがショッカーのデザインでした。

これがなかなか秀逸で、
デザイン的にパッケージデザインが
とても良いと感じました。

ジュニアと二人で興奮したのですが、
飲み干したそれを
<持って帰ろう>と意見が一致して、

帰宅後ジュニアがそれを丹念に洗い、
テレビの前に飾りました。

他のものも揃えたいと感じました。


お風呂に一緒に入ってから
ディナーをして、

ケイバタイムスをまとめて
テレビ東京の旅番組を見て
猫と戯れて
撮影してきた写真を整理して

今宵はのんびり過ごしました。

今宵は仕事はしないと決めていました。
明日はしなければならないでしょう。



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夜は寝静まってから
今日発行の東急のフリーマガジンSALUSと
東スポを読みました。


明日のフェブラリーSの馬券を
実際に買いに行くかどうか
まだ決めかねています。

予想はもう済んでのですが、
馬券を買うかは分かりません。



そういえば、五輪。

ジャンプ競技がかわいそうですね。
あまりにも時間が悪いですね。

予選も未明、今日の決勝も未明。
あまりにもLIVE放送の時間が悪すぎて
ジャンプ競技のエクスポージャーが
極端に少ない気がします。


五輪は開催地と日本の時差
及び
競技ごとの決勝の開催時間が

最大の問題で、

それによって
注目度も大きく違いのではないかと思えます。

フィギュア・スケートなどは
そういう意味で恵まれているのでしょうね。


また、
五輪という世界イベントです。

本来ならば自国選手絡み以外の競技も
放送するなど取り上げてしかるべきです。

アイスホッケーなどは一度も放送されないのでは?



ホッケー・ファンとしては
嘆かわしい想いを抱かざるを得ません。




それでは、おやすみなさい。

良い週末をお過ごしください。








posted by damoshi at 01:15| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

ケイタイから/フェブラリーS




今年のケイバタイムスがスタートした。

明日だけ一発まずは
ケイタイ対象のGIレースがあるからだ。

そのケイタイから出張掲載を以下に。



*****



2010年の今年は、
冬季五輪とサッカーW杯が行われる。

その他、国内に目を転じても
七年に一度の大祭である
御柱際が長野県諏訪で開催される他、

奈良では
平城遷都1300年を祝う祭典が開催中で、

四月二十四日からは
祭典のメインとして
第一次大極殿や遣唐使船などの復原が公開される。


さらにはアントニオ猪木の
レスラー・デビュー50周年が今年だ。


昨年は
太宰治と松本清張の
生誕100年イヤーで出版界や映画界が
ネタにしたが、

毎年そういったメモリアルやアニバーサリーはあるものだ。


そんな中、マニアックなものが
<桜田門外の変>。

今週仕事で訪れて懇談した茨城県職員から
この映画の話を聞かされた。


桜田門外の変から150年目にあたる今年、
秋に映画<桜田門外の変>が公開されるが、

それにあわせて舞台となっている水戸市は
観光誘致に向けて露出を強化している、と。


襲撃されたのは近江彦根の主・井伊直弼。
襲撃したのは水戸藩の浪士。


井伊直弼が眠るのは世田谷の豪徳寺。

今宵は
豪徳寺から初梅を。



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この豪徳寺では現在、
井伊直弼の墓の解析が行われている。

だからそのエリアだけ立ち入り禁止になっている。

まさに発掘作業的装い。

桜田門外の変で暗殺されたという混乱により
その埋葬の状況がいかなるものだったのかの解析。

実際に井伊直弼の棺はあるのか。

地中レーダーでの探査を行うとの報道は
今年の年初にあった。

その後、どうなっているのだろうか。

実際にそこに井伊直弼が眠っていないとすれば、
それはどこへ行ったのか。

サスペンスフルな展開である。



サスペンスと競馬といえば、
ディック・フランシス氏が先週、逝去された。

騎手と競馬専門紙記者を経て
競馬小説と競馬サスペンスの
第一人者となって長い間活躍したフランシス。


<興奮>その他、
筆者も楽しませてもらった。

大家の逝去を惜しむ。




*****



時節的にも単発的なGIだが、GIには違いない。

それが
明日のフェブラリー・ステークス。

米的に見れば
ダートのGIは格が高いのだが、
日本ではまだまだといったところで、

輪をかけて、

なにやら射幸心見え見えの様子で
主戦場を芝としている馬が大挙として
登場する。


ダートの最強馬決定戦として
もっと格をつけていくべきレースにも関わらず、

ドバイへの予選的な色合いになってきている風情は

いただけない。


・距離が合うから
・ダートへの適性もあるだろうから

という算段で
ここに出てくる芝主戦馬には

いささか安易さを覚えてしまう。

厳しいようだが、
芝でクラシックから天皇賞や有馬記念を
勝ち負けしたりする馬なら

本来はフェブラリー・ステークス出走
という選択しすら浮かばぬだろう。

距離面でいっても
そもそも
芝のマイル王を争う
マイル・チャンピオンシップや安田記念を
勝ち負けするような馬は、

フェブラリー・ステークスに出ようなどとは
思わないだろう。


ここが問題で、
フェブラリー・ステークスに出てくるような
芝主戦馬は、

そもそも力のない馬

という判断を下したい。


厳しいようだが、

<芝でダメだからといって
 ダートに出てきて初戦で勝てるほど甘くはない>

と言いたいのである。


それは人間のあらゆる所作も、同様。


ここは芝主戦馬は一頭の(注)を除いて、外し。

ダート専門で
そこで実績のある馬たちは
現実の厳しさを
芝主戦馬たちに見せつけて欲しい

との願いも込める。


"普通に見れば"
エスポワールシチーで鉄板だろう。

それを破り得る
ダイナミックな一発を期待出来る馬は何か。

それが期待出来る時計を出せる馬を本命にする。


◎テスタマッタ


昨年のフェブラリー・ステークス優勝
という実績のある
サクセスブロッケンを対抗。

〇サクセスブロッケン


そして裏本命的印になるが
単穴として
表の本命であるエスポワールシチー。

▲エスポワールシチー


△の二頭は、

△グロリアスノア
△オーロマイスター


そして芝主戦馬からただ一頭、
無視出来ずに印を最下位でつける。

レッドスパーダ。

芝主戦馬とはいえ、
血統的な背景から
ダートに十分対応可能と思われるからだ。

しかも二連勝と状態も良く
その二戦はいずれも1,600mだ。

注レッドスパーダ。



◎テスタマッタ
〇サクセスブロッケン
▲エスポワールシチー
△オーロマイスター
△グロリアスノア
注レッドスパーダ



*****



本紙予想家陣営の予想印がついた
馬柱表は以下にて。


http://www.246material.me/febspreview.jpg







posted by damoshi at 22:44| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

オトナの大運動会(冬)-4/向き不向き



先般も"ポニョ"がテレビ放送されて
ワイフとジュニアが喜んで観ていた。

今宵はまた宮崎作品の
"風の中のナウシカ"が放送されていて
二人は喜んで観ている。


ダモシはまたこの宮崎ワールドが
大嫌いときたもんで、

困ったものである。

生理的に受け付けないのだから
それは仕方がない。

いわば向き不向きでいえば
ダモシは宮崎ワールドに
完璧なまでに不向きであると言えよう。




*****




今宵の
オトナの大運動会(冬)のメインは
フィギュア・スケート男子。

やはり男女フィギュア・スケートは
冬の五輪の華であり
スノーボードなどと比べると
競技を取り巻く全体ポスチャーが
オトナっぽい。

いささかコドモの運動会的様相のある
スノーボード系競技から
ようやくオトナの大運動会となってきた。


金銀を
米ロで争った点は、

競技は異なれど
要素的には同じ部分が多い
ボールルーム・ダンスに
米時代関わっていたダモシとしては

当然

といったところでご満悦と相成った。

ロシアのプルシェンコは
王道的なパフォーマンスで貫禄を示し、

米のライサチェックは
米国人らしいここぞの一発逆転の強さと
ダイナミズムに加えて
パッションの投影鋭く
ドラマティックに仕立て上げて文句なしの金。

大差がついたものの
日本人として五輪フィギュア男子で
初のメダル獲得となったのが
銅メダルの高橋。


高橋は出だしの四回転ジャンプの失敗が
忘れ去られるほど
見事なパフォーマンスをした。

成長分が確実に反映されていた高橋の
何が素晴しかったかといえば
スケーティング技術はもとより
そのコレオグラフィーである。


ダンスや舞踏が絡む芸能やスポーツにおいては
技術や表現力としての
ダイナミズムやドラマティカリーな仕掛け、
優雅さと美などはもとより、

それらを明確に露出して
観る者に確かにリーチさせるための
"コレオグラフィー"と
"己自身の内面の投影"という
二つが重要になってくる。

長野のタラ・リピンスキー、
ソルトレイクのサラ・ヒューズ
そして
トリノの荒川静香などは

己を取り巻くアトモスフィアが
ピークに差し掛かったという
グッドラックの後押しを受けた上で

それらすべてがハマった。



今宵の高橋大輔も
四回転ジャンプの失敗と
金へ到達するためのレベルが
足りなかっただけで、

それ以外はハマった。

これこそが、力を出し切った
といって良いと
観る者が納得のいくパフォーマンスで
堂々の銅メダル。

これは賞讃に値しよう。


結果的には七位、八位に終わったものの
織田、小塚両選手も
すばらしいパフォーマンスをした。

織田は残念ながら
戦前のエクスポージャーにおいて
いささかハシャいでいる部分が
メディア&本人双方にあったと感じられる分、
差引でのバッドラックではないか。

虎視眈々と粛々と、
エクスポージャー控えて
闘いに集約していた高橋にエッジが生まれたのは
当然といえよう。

それでもパフォーマンス自体は織田も小塚も
評価とリスペクトに値する。

文句なく、よく頑張ったと認められるのではないか。

悔しいだろう。
二人には、それこそ次を目指して欲しい。



フィギュア・スケート競技における
各選手の様態を観ていて想うのだが、

皆、

フィギュア・スケートという競技が
<向いていたのだな>という感慨である。



他の競技以上に、フィギュアはそれを感じる。

なぜ、であろうか。





*****




スノーボードなどの"幼稚"系に
ややもすれば入ってしまいかねない
緊張感のなさを露呈したのは、ソリ。


リュージュでは一人が重量オーバーで失格。

もう一人は
スケルトンで、
規定シールが貼られていないことでの失格。

いずれも陣営(チーム)として
相互確認していれば済む話である。


ウィンタースポーツの競技選手以外は
一生に一度すら出る機会のない
五輪に出られているのだから

もうすこし緊張感を持って臨めないのか。

厳しいようだが、
わざわざヴァンクーバーまで行って
出場出来ずに失格という有様は

自業自得だろう。




*****




とまあ、
偉そうに述べているダモシだが、

ここのところ二度ほど
ゴルフの練習をしているわけだが
一向に調子があがらない。

というか、
そもそもゴルフは向いていない。

ようやく7-IとPWだけは
往時(といってもたいしたレベルではないが)に
戻って、まともに飛ぶようになったが、

アイアンも3-Iになると
途端にまともなヒットが出来なくなる。

ドライバーは悲劇的で
それこそ往時はドラコンを得たり
米で米国人と回った際にも
<日本人でこんなに飛ばすのか…>と
言われるほど、

ドライバーでドラコン狙いに徹する

といっても過言ではないくらい
まだ自信はある方だったのだが、

空振りはもとより
まともにヒットしないから
球は上がらないわ、
ゴロならまだしも
ファール気味に飛んでいってしまう有様。

いくら二年半ぶりといっても
こんなに酷いものか?と
己のアグリーな様態にしょんぼりしてしまうわけである。


<ほんっとにセンスないな…>と。


苦手なゴルフという前提があるから
精神的に余裕がない。

その余裕がない中で、
さらに悪いことを後押ししているのが
練習場の環境である。


タイミングを見て早朝や
デイタイムに練習したのだが、

場所柄か?(たまプラーザ)、
アラフォーからアラフィフの男性八割と女性二割が
ウィークデイにも関わらず

駐車場も満車、練習打席も満室、
待合いロビーも大賑わいという状態で、

ゆとりをもって練習が出来ないわけである。

つまり、
両隣の打席内に他人がいて
上手なスイングできれいにボールを打っている。

いわゆる
たまプラーザ近辺に住んでいる富裕層だから
平日のデイタイムや早朝に
ゴルフをやる余裕があるわけで、

そういう人は当然
ウィークエンドも頻繁にゴルフコースへ
行っているわけで

上手なのである。


そんな中に場違いな人物ダモシが一人、
一見の客として現れるのだが、

クラブを振ってみれば空振りで<ぷっ…>
という失笑が練習場の一ヶ所周辺で
流れてしまう。



(<俺のこと、見るなよな…>)
と心で言いながら、

横目で
他人が見ていないかを気にしながら
スイングするダモシ。


そんな集中力のない状態と、
自信がないから
ドキマギしながらやっている状態では、

良いスイングが出来るわけもない。

おまけに
ドライバーをやってみればみたで
危うく隣の人のヒップに直撃寸前という
有様で、

とてもとても集中してドライバー練習に
勤しむこともできないのである。



目立たないPWや
アイアンの中でも比較的容易な7-Iに特化して
練習したことで、

その二本はほぼ往時レベルに戻ったが、

3-Iもダメ、ドライバーはまったくダメ
という状態では

来週末に迫っている
オフィシャル事案での二年半ぶりのゴルフに
そもそも暗雲が漂っている上に
輪をかけてサンダーストームが襲いかかってきかねない
シチュエーションである

というのが忌憚ないところである。



それにしても、だ。


そもそも二十代の<本妻>での
広告代理店所属時代が
ダモシとゴルフの夜明けであり、

当時はバブルということもあり
一時は毎週末にはゴルフへ出かけていた。

すべて、いわゆる接待ゴルフだ。

夜明けが接待ゴルフばかりだった
ということが
そもそも悪いのではないか、と思う。

要するに楽しむゴルフではなく、
ほぼルーキーなのにゴルフに上司共々駆り出され
クライアントの接待をするという所作を
余儀なくされた中では、

まともな練習も経ずに
いきなりゴルフセットを上司に買ってもらい、
<来週からコース出るから練習しておけよ>
では、どうにもならんだろうよ、と
当時の上司を恨めしくも思うわけである。


己がゴルフの技量を磨くよりも
あっちこっちと走り回りながら
コース内をかけずり回り、
同時にクライアントとハーフが終わった
ランチタイムには酒を飲み、
終わってはまた酒を飲み、
こちとら疲れているのに
終われば終わったで
さんざん酒を飲んでいる上
朝も早かったから
もう眠くて眠くてしょうがないのに
クライアントを乗せて自宅まで送り届ける
ミッションも背負ってという有様で、

ゴルフへのネガティヴなイメージしか
植えつけられないだろうよ、これでは、

と当時の姿をスクリーンに甦らせた
とするならば、

言うだろう。

述べたくなるだろう。


98年の、
ダモシ渡米記念&別の上司の独立記念という
併催イベントで己が企画した
ゴルフコンペのみが、

楽しく出来たゴルフ

といっても過言ではない。


米時代も
先に記載したボールルームダンスの関係で
マイアミを筆頭に
ゴルフを年に最低一回はプレイしたが、

やはり接待。

以前も記載したが、

時に
巨大イグアナがコース内に
うじゃうじゃいる
40度の猛暑のマイアミで
ニッポンからやって来た
クライアント氏の奥方(有閑マダム)相手に
回ったり

結局は接待ゴルフに集約されたわけである。


多くての年に三回程度。

それが米時代の趨勢だ。
米時代に最後にプレイしたのは
ジュニアが生まれる直前の03年夏。


それから四年経った07年の夏。

拉致されていた"北の某"で
一度だけプレイした。
このときも散々だったが、
最近の練習における劣悪さほど
アグリーではなかった。


そして<本妻>&ニッポン帰国。


今回が二年半ぶりとなる。

二年半という間隔は
悲劇的というまでには至らないだろう。

もともとデキる人ならば
すぐにブランクは取り返せる距離だ。

だが、
そもそもデキない上に
ゴルフに対する心象の良くないダモシである。

且つ
当然ながら年齢も経ていることで
身体のキレが落ちている。

究極的なここぞの体力と、
パワー。

それらは落ちていないと自負できるのだが、

"キレ"は明らかに落ちている。

もとより
"しなやかさ"が欠如しているのが
ダモシの身体である。


ゴルフにおいては
身体の回転やキレ、しなやかさは
欠かせない気がするのだが、

それらがことごとく欠けている。


これはアグリーだぞ、と。

鏡で見るまでもなく
己の姿がアグリーであることを
実感でいるのが今のvs.ゴルフ状況であり、

非常に大きな危惧をしているところである。


<今の状態は、
 あのルーキー時代に
 ゴルフを始めた初期の頃と同じでは?>

と真剣にしょぼくれてしまうわけである。




<もっとドライバーを集中して練習しなきゃ>
とワイフは諭すのだが、

ダモシは言う。

<否。あの環境では恥ずかしくて
 とてもじゃないけれどドライバーは振れないよ。
 見られるもん。見るんだよ、他の人が。
 みんな上手だし、イヤになるよ…。
 だからちゃんと打てる7-IかPWばっかり
 練習してしまうんだ…>

と。


ワイフは提言した。

<場所が悪いのだ>と。

たまプラーザなんぞでやるからだ、と。


<鶴川あたりまで行けば、
 たいした人は来ていないでしょ>と笑うワイフ。


たしかに
たまプラーザvs.鶴川で比べた場合、
街の様相も居住者属性もまったく異なる。

鶴川には申し訳ないが
鶴川には
たまプラーザほど
ウィークデイのデイタイムや早朝から
ゴルフ練習場に多くの人が詰めかけ、

そのいずれもが上手だ
という有様は少ないのではないかと

普通に感じられるのだ。



<そうか。鶴川か。それはいいかもしれないな>

とダモシは真剣に考えるところである。




しかしそれにしても…。

ウィークデイの早朝やデイタイムに
ゴルフ練習場で
悠々とクラブを振る人々や
その待合いロビーでコーヒーを飲みながら
ゴルフ談義に興じる
アラフォー&アラフィフとは一体、

どういう種類の人々なのであろうか?


ダモシの場合は、
必要に迫られて
自宅から最至近の練習場であることや
時間をやりくりした上で
(大混雑であろう土日を避けたところで)

余儀なくその日その時間にそこにいるわけである。

彼らとはそもそも動機が異なる。

彼らの場合はしかし趣味である。

そういう趣味をそういう日時に遂行し得る
人々とは一体、
何をしてお金を稼ぎ食べている人なのだろうか

と素朴な疑問を覚えてしまう。



<ウィークデイの朝やデイタイムなら
 楽勝でガラガラだろうから
 心置きなく
 恥ずかしいこともなく
 練習に集中出来るだろう>

というダモシの読みは

完全に外れているけふこのごろ、である。





glf2.jpg


駐車場もご覧の有様。

土日はどうなるのか。
それこそ予約しなければ練習できないくらい
大混雑するのではないか?

不況は何処へ?



glf1.jpg


あぁ、イヤだ。

己が向いていない/下手な競技を
やることほど
苦痛はない。


誰か、ease me pain.



やる気も起きないし、

うまくなろうという気も
そもそも昔からないから
うまくなるわけもない。



そもそも、
ダモシはゴルフには向いていないのである。


ゴルフという競技は酷な競技で、

プロレスやモーグルなどは
向いていない人が
余儀なくやらざるを得ないという局面は
通常やってこない。


だがゴルフは、

社会人としてリングに立ったことが或る人なら
誰の身にも
その機会は訪れる。


そこがゴルフの頭にくる部分である。


なぜ
他の競技は

やりたくない人はやらないで済むし、

うまくはないけれどもやってはみたいなと
思ってもなかなか出来ないものだが、


ゴルフは

好き嫌いや
やりたいやりたくないを無視したところで

余儀なくやってくるのか。


ゴルフというものは
他人の人生に介入し過ぎではないか

とさえ思えてしまうのだ。


入ってくるなよ、と。



ゴルフのこれが不思議なところだ。



ダモシにとっては

ゴルフはずいぶんと<傍若無人な競技>

ということになってしまうわけである。









posted by damoshi at 23:05| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オトナの大運動会(冬)-3/オンナの変貌



腰パンだのマリリンだの、
スピードスケートのユニフォームの
ひもパンだの

"そっち系"が目立つ今回の
オトナの大運動会(冬)。

ようやく腰パンが消えて
すこしは静まるかと思ったら
明日は"ひもパン"に見紛うユニフォームを
身に纏い、女子中学生が登場する。

またメディアは懸命にネタを探して
取り上げるであろう。




*****



岡崎朋美もまたティピカルな
ベイビー・フェイスの一人。

その岡崎の昨日か一昨日の
順位的な結果では下に終わった後の
コメントに違和感を覚えた。

<やってきたことが間違いではなかった>

というコメントだ。

コンペティションにおける結果は
順位という厳然たる秤が出る。

主に500mで
五度目のオトナの大運動会出場。

過去の戦績は
古い順に

14位(リレハンメル)
銅メダル(長野)
6位(ソルトレイク)
4位(トリノ)

となっていて、

今回が16位。

順位という結果では過去最低に終わったにも
関わらず

<やってきたことが間違いではなかった>

というのは、いささか強がりに聞こえたのである。

即座にダモシは
<やってきたことが間違っていなかったのなら
 こんな結果には終わらないのではないのか>
とワイフに言った。


それこそ
ダモシ自身何においてもそうである上、
ジュニアの空手に対してもそうだが、

結果が前回より悪い場合、

そこへ臨んだ姿勢や練習、鍛錬方法、
戦略、戦術などなどが
間違っていたのではないか
あるいは
すこしミスがあったのではないか

と考える。


毎回のように五輪に出てくる選手

ポジティヴに言えば
<五輪に出るだけの力をキープし続けている選手>が

相対的に増加傾向にある昨今、

だからといって

それを手放しに凄いとは
ダモシは思えないのである。

厳しいようだが結果がすべてである。

むろん
やっている本人としては
自分が納得し満足すれば良いのかもしれないが、

腐っても国を代表して
世界の大運動会に出ているわけである。

しかも何度も何度も。

そこで順位的な意味での結果で
過去より停滞したにも関わらず

<満足しています>的な姿勢や

<やってきたことが間違いではなかった>
と強気に言われてしまうと、




と感じてしまうのである。

違和感だ。

勝負である。勝負は勝負である。

負けたにも関わらず
やってきたことが間違いではなかった
と思ったり言ったりしては

子供も見ているわけだから
マズいと思うのだ。


仮に一般の日常で
受験などで失敗して破れたら
<やってきたことが間違いではなかった>
と言えるだろうか?

思えるだろうか?

そんなことを言ったら
そこに金銭的なスペンドを要している
親ならば

<間違っていたから落ちたのでしょう>
<少しは反省したらどうだ?>

となってもおかしくはない。


野球にしても
例えば昨年のダイスキー松坂などは
完全なミスであろう。

ミスが重なり、惨憺たる成績に終わったのだ。

それにも関わらずダイスキーが仮に
<やってきたことは間違いではなかった>
と言ったら、

それはそれはボソックス側は激怒するだろう。


まあオトナの大運動会の選手の大半は
プロではないと言ってしまえばそれまでだが、

且つ
たとえオトナの大運動会だったとしても
腐っても五輪である。

勝負ごとという舞台において
ああいったコメントは
ひとこと苦言を呈したくなるわけである。


岡崎はもう五輪からは引退した方が良い。

個人競技で
自分との闘いという日々が大半の中で
己を追い込めば追い込むほどに

<頑張っている>という錯覚に陥るケースがある。

いくら努力したとしても
努力した者すべてが報われるわけではない。

むろんラックがグッドorバッドいずれに転ぶかも
ポイントにもなる。


個人競技の難しさは、

一つには
己を練習で追い込めば追い込むほど

<こんな厳しさまで自分を追い込んでいるのだから
 必ず勝てるだろう/良い結果が出るだろう
 と信じ込んでしまう>という危険性である。





*****





さて、タイトルにあるオンナの変貌。


先般、別の寄稿の際に
ものの喩えでちらっと書いた

<ふだん何とも思っていなかった異性に
 あるときフトした瞬間に
 あれ?と感じてしまい、"いいな…"とでも
 思ってしまったら最後、
 次から自然体で逢えなくなる>

という類いの文章。


好きだだの惚れただのという次元ではないが、

オフィシャル事案で
顔を合わせる相手の一人に
ダモシはその頃、

<ん? なかなか良いな…>
と感じてしまったわけである。

その人は会社でいえば
"受付"的な人だ。

あるオフィスに打ち合わせに行き
逢うべき相手を内線電話で呼び出すと、

その相手がやってくる前に
まずは
別の応対専門的な女性が出てくる。

そして応接室へ案内してくれるわけだ。

その女性は
相手と応接室で打ち合わせを始めた
ダモシのもとへも

数分後、お茶をサーブしにきてくれる。


いわゆる応対係的女性である。

だが受付嬢ではない。

いつも制服を着ているが
その制服はOLのではなく
パンツスーツである。

地味だ。

且つ
簡単な挨拶と
応接室へ通される際の数秒だけのことだから
特に会話をすることもなければ
まじまじと互いの顔を見ることもない。


だから以前はまったくもって意識することは
なかったのである。


ところが或る日、
いつものように応対に出てきたその女性の顔を見て
挨拶を交わした瞬間、

<あれ?>と感じてしまったのである。


<よく考えれば、なかなかいいな…>と。


以来、意識するようになったのだが、
意識するようになって以降、

これは偶然であろうが

一度も応対に出てきてくれなくなったのである。

登場するのは
お茶をサーブしてくれる
ほんの数秒程度のみ。

しかもその頃には既に
打ち合わせの話に熱が入っているので
ときにダモシは御礼を述べることすら忘れるくらい、

その女性の顔も何も見ることはできない
という状況に陥った。



行くたびに、

(<今日も出てこなさそうだな…>)

と感じるのだが、

案の定、出てこない。
お茶の際、だけである。


出てきてくれたら、
<今日もまたルックス・グッドですね>くらい
声をかけようと先般から思っているのだが、

そう思って以降、一度も出てこない。


これがまた不思議である。


一見すれば地味で、
ふだんは意識しなければ
"素通り"してしまうような異性。


それはよくいるだろう。

もしかしたら自分も
他者から見ればそうなのかもしれない。


今回のオトナの大運動会(冬)で
そんな一人が、

女子カーリングの目黒選手である。


女子カーリングといえば
そもそも、もともと、キュートで
分かり切っているマリリンや、

今回
世の男性陣にフィーチャーされている
若い近江谷嬢はどうこうないのだが、

ダモシ的には
先述したような<あれ?>という感覚を

目黒選手に覚えてしまったわけである。


むろん先述の女性同様に
好きだの惚れただのという世界のことではない。


<ん?良く見ると、キレイだな…>的な感覚である。


前回の冬の大運動会の際には
ダモシは
ニューヨーク在住だったが、

たまたまその時期、
東京裁判というイベントがあり
自身、余儀なく東京に滞在していた。

ちょうど余儀ない東京出張とトリノ五輪が
重なったから
連日、放送を見ることができたわけである。


あのトリノ五輪で注目を浴びたカーリング。

当時からマリリンは
もてはやされていたが、

今や写真集やDVDを出す始末。

あぁ典型的な事例だなと失笑するのみだが、
その影に隠れて
それこそ地味で目立たず
ヴィジュアル的にも素通りする世界の
選手だったのが

目黒選手だった。


当時の目黒選手の写真が以下だ。



0mgro1.jpg


0mgro2.jpg



本当に申し訳ないが
悪気があって言うわけではないが、

これでは
どこぞのローカルの事務のおばさん
である。

既に二十歳は過ぎていたが
ちっとも洗練されておらず垢抜けていない。



ところが、どうだ。

今回のヴァンクーバー。



0mgro3.jpg



最初に目にした瞬間、

<あれ?>と感じたのである。

<この人、前回もいた目黒選手か?>と。

しばしハイライトで夜に再放送されるそれを
観ていると、

やはりそのようだ。
れっきとした目黒選手だ。

そしてダモシは感じてしまったのだ。


<あれ? キレイになっていないか?>

<ん?>と。


目黒選手がストーンを投じる際の
あのクールな目と
キリッとした顔つき、
シャープさを増した顔の輪郭に白い肌。


<キレイじゃないかぁ…>と思ってしまったわけだ。


それまで何とも思っていなかった
目黒選手に

フトした瞬間に、一度、
そう感じてしまったが最後、

無視出来なくなる。



今宵も帰宅してすぐにNHKにチャンネルを合わせ
ハイライト放送で流れる
女子カーリングにおける

目黒選手の投じる際の映像を
じぃ〜っと見つめるダモシ。


インタビューでマリリンが必ず一番手で
出てくるが、

思わず

<め、めぐろを映せよっ!>と

かけ声までかけてしまう始末。




0mgro4.jpg


多数決でいえば
万人受けするマリリンや
若い近江谷がウケるのだろうが、

ダモシはこの人たちには何とも思わない。

おそらく目黒選手(右端)の方が
タイプ的には
好みなのではあろう。





*****




それにしても、
オンナの変貌には毎度、驚かされる。


マオーにはそれがまったく感じられないし

安藤美姫も
マリリンと同じで
そもそもヴィジュアル的にマジョリティだったから
どうこうないのだが、

<野暮ったくてローカルっぽくて垢抜けない>

という若い女性(20歳そこそこ)が
四年という月日を経て
二十代中盤から後半に差し掛かる
第一期の艶出し期で再び登場した際の

変貌ぶりには

ドキッとさせられる瞬間がある。



今回のオトナの大運動会を観ていて、

腰パンしかりだが、
本来オトナの大会のはずだが

幼稚園の運動会の方がオトナっぽかったりするぞ?
と思えなくもないレベルが多々見られる中で、


ちょうど良い頃合い(=艶出し期)にある
オンナの

その劇的な変貌ぶりを見られるのは

何とも気持ちの良いものである。



もしかしたら
(ニッポン・オンリーで考えた場合)、

オトナの大運動会(冬)の
すべての競技の中で
試合数と試合時間が最も多く長いと思われる
女子カーリング。


当然、そうなれば
露出の時間も多くなる。


見られれば見られるほど
露出が多ければ多いほど

オンナは磨かれていく。


トリノで"チームとしても"注目を浴びたことで、

地味ながらも
必然的に露出が増えた目黒選手が、

この四年間で

"見られること"に歓びを感じたことがあるとすれば、

色恋以外の影響でいえば

美へと昇華する
それは最大の材料になったはずだ。


上村愛子がその逆で、艶が消えていた今回。



オンナは面白い。


腰パンや
ひもパンに見紛うものを観るよりも

目黒選手を観たいところである。









posted by damoshi at 01:13| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

次郎百聞由紀夫&アブさん&ダモシの猫事情



<いつか自分が死ぬ日がきたら、
 臨終までの数時間は
 一生に飼った猫たちのことを
 順に思い出して、明るいものとしたい>

と記したのは、
大佛次郎氏。


内田百聞は
飼い猫がいなくなったことを嘆き
新聞に迷い猫の告知広告を出したばかりか

<みなさん
 ノラちゃんという猫を
 さがしてください!>

と手書きしたビラを配るなどして
探しまわった。

愛猫がいなくなってしまった悲しみを
<一日ぢゅう涙止まらず…>と
「ノラや」という作品に記した。

<いつまでも涙が止まらない。
 寝る前風呂蓋に顔を伏せて
 ノラやノラやノラやと呼んで泣き入った>。



かの三島由紀夫も猫を愛したそうだ。

夫人が猫嫌いだったため
母堂が預かっていたということだが、

夫人が寝静まってから
猫は三島の部屋を訪ねてきたという。

書斎の窓を猫に叩かれた三島は
おいでと招き入れ
机の引き出しに用意しておいた煮干しを
与えるのを愉悦としていた。

だが或る日、煮干しが夫人に見つかり、
以降は
三島から猫を訪ねるようになった、と。



作家に猫好きは多いことは
よく知られたことで、

海外にも
アーネスト・ヘミングウェイを代表格として
フランスのコレットまで
猫好きな作家は多い。


世間的には犬猫でいえば
犬を好む人の割合の方が多い気がするが、

野球かサッカーか以上に
犬か猫かというrather than〜の明確さは
強いようにも思うのだ。

単なるそれは好き嫌いではなく
飼う(=一緒に暮らす)ならば
どちらかといえばこちらという意味での
明確なセグメントの度合い率が高いのではないか

ということである。


ダモシからすれば、
ある意味で犬好きは珍しくはないし
当たり前的な感覚を受ける。

一般的にも
<犬を飼っている>と表明しても
<ふぅん>という
特に珍しさを感じられることはないだろう。

ところが

<猫を飼っている>となると、

<え?へぇ?そうなんだ>的なレスポンスが
出てくる率が高いはずだ。


その差異が、一つには犬と猫の違いではないか。


特にダモシの場合はたいてい
<ふぅん>的な当たり前のレスポンスを得られず、

<猫を飼っている>と表明すると
たいてい驚かれる。

というか意外に思われるのか何か分からぬが、

とにかく
<ふぅん>では終わらず
<えっ?>的なレスポンスを得ることが
ほとんどである。



犬も嫌いではないが
一緒に暮らすなら
選択の余地はないほど猫である。

猫が好きなのである。


ダモシと三島やヘミングウェイは違うが、

何となく
三島やヘミングウェイが
猫を好んだ感覚は理解出来る。

だから自分では意外でも何でもないのだ。

西郷隆盛の隣にいるのが
猫ではなく犬であることに
まったく意外性はないのと同じである。





*****




猫は98年当時、五匹いて、
それらすべてを連れて
ニューヨークへ渡ったことは既載済みである。

ニューヨークで
当時最年少だった黒猫のロークが死去
(最後は安楽死:その判断はダモシ)した
ことも既載した。


そして長い年月を経て
そのローク以外はすべて無事に帰国した。

いずれも老境に入っている。



0nekoneko2.jpg



ダモシ家の猫は全員仲が良い。

それもそのはず
血のつながりがあるからだ。

右端の三毛猫がポポ。お母さんだ。
左端の茶トラがジャック。お父さんだ。

ニューヨークで白血病その他から
何度も奇跡の生還をし
帰国した猫だ。

ポポとジャックの間にいる茶トラの猫が
二号である。

ここのところ寄稿で度々登場する。

向こう側にいるのが、
ポポとジャックの間に二号が生まれた時に
同時に生まれた他の雌猫の子供で
ケロだ。

現在のダモシ家の猫では最年少だ。

といってもシニアだ。


仲良しだから
たいていこうしてくっついて
冬場は温め合っている。


さて、二号。

一回目の腫瘍の摘出手術を施して
細胞検査の結果は良性だったことは
先般記した。

その際に
別の腫瘍が見つかり、
二度目の摘出手術に臨んだことも掲載した。


抜糸は今週末にも可能となり
ようやく首輪も取れるのだが、

今宵、二度目の手術で摘出した腫瘍と細胞の
検査結果が出た。


<良性>という結果で、

これで最悪の事態であるガンという結果は
回避することができたわけで、

ダモシもようやく一つ、安堵の息をはいたところである。



その二号。

二つ目の腫瘍の摘出手術後、
妙に調子が良いことに

ダモシもワイフも気づいていた。


<おかしいぞ?>と。


初回の摘出手術の後は
食事も摂らず
水も飲まず
押し入れの中に隠れてしまい

たまに出てきても足下がふらついていて

それこそ
ニューヨーク時代の
瀕死の状態だったジャックとまではいかずとも、

終末感的様相を呈していた。



(<不憫だ…。厳しいか?これは…>)と

ダモシも百聞のように
泣きはらすような状況に陥りつつも

希望は捨てずに
粛々と検査結果を待っていたわけである。


しかし二度目の手術の後は、
その翌日の早朝ワイフが目覚めたとき
既に二号は起きていて
リビングに仁王立ちして
<アイム・ハングリー>的に
ワイフが起上がる様を見つめていたという。


当時、

<今回二号の様子がおかしいのよ。
 元気なのよね…>

とダモシに語っていた。


<なるほど?>と頷いたダモシはその後、
二号の様子を連日
気を配って見ていたのだが、

ワイフが言う通り様子がおかしい。


妙に調子が良さそうなのである。

そして
なぜか急激に太ってきたのである。

むろん未だ痩せた状態だが、
術前のやせ細った状態から
明らかに肥えてきているのが見ていて分かるのである。


<最近、二号が太ってきていないか?>。


ダモシは言う。


<そうでしょ。よく食べるのよ>とワイフ。


そして
ワイフによれば
それまでは水を頻繁に大量に飲んでいて
お小水も大量にしていた二号だが、

お小水が明らかに減り、
水を飲む回数と量も普通に分かるほど減った
というのだ。


そして先週。


ダモシは気づいた。

二号の顔が、その表情自体が調子が良いことに。


もうここまで長く共に暮らしていると
猫の顔にも表情があり
身体の調子が良いときと悪いときのそれが
分かるようになってきた。

ただ、むろん、ペインなどを感じている際に
分かるかといえば
分からないが、

調子が良いときというのは

<とぼけた表情>
<目をまん丸にして見つめる表情>

という顔の相に加えて、

その歩き方すなわち歩様が違う。

サラブレッドの力強い一歩ではないが
一歩一歩躍動感があるのが
調子の良い時である。


もとよりシニアゆえ
それにも上限はあるが、
猫ごとに毎日歩き方や顔の表情を見ているから

<ああ、今日は機嫌が良さそうだな>
<体調が良いのだろうな>

ということは分かる。


二号の顔がとても体調が良さそうな相になっていたのだ。


ドクターのもとを訪ねて
手術箇所の傷をチェックしたのが先週。

抜糸まではまだ早いが
順調に傷跡は固まってきている、という診断を
受けた後に懇談。


<今回は術後、急に調子が良さそうになった>

<おしっこも減ったし、水も飲まなくなった>


などと告げると、

ドクターは
maybeと前置きした上で語る。


<おそらくですが、
 甲状腺の可能性が高いですね>と。


最初の腫瘍は腫瘍だったが、
二度目に見つかったそれは
箇所からしても甲状腺の可能性が高い、と。

手術中に既にドクターは
<あ。これは甲状腺かもしれないぞ?>と
気づいて

術法を
単なる腫瘍摘出ではなく
肥大した甲状腺の切除へと切り替えたという。


むろん細胞や組織をそれで得るわけで
それを検査機関へ送り検査をして
結果が出なければ確かなことは言えないが、

おそらくそうだ、というドクターの読み。



<なるほど>とダモシ。


<ならば、仮に甲状腺だったのだとしたら、
 それを切除したことで
 数値が通常に戻り、そのおかげで
 最近太ってきて調子も良さそうだという
 可能性もあるということですね?>

と問う。

ドクターは
<その可能性はありますね>という。



あくまでも傾向値的な多数決だが、

ドクターによれば
犬の場合は
甲状腺肥大及びその影響等での腫瘍は
悪性が多いらしいのだが、

猫の場合では
甲状腺のケースで腫瘍自体が悪性ということは
レアだという。


すべては結果が出てみなければ
といったところではあったが、

そういった状況を耳にして

<甲状腺であってほしい。
 悪性腫瘍でないことを引き続き祈ろう>

というマインドと

<甲状腺だったとしたら、
 最初の腫瘍があったことで
 それが発覚したわけで
 これはグッドラックだったということだ。

 且つ、
 腫瘍だと思って手術したら
 たまたま甲状腺肥大だったという中で
 たまたま切除して頂いたおかげで
 仮に数値が正常に戻ったとしたら、

 これはグッドラックではないか。

 仮に異常値だとしても
 今後治療していけば死には至らないだろう>

という考え方の一つを持つに至ったわけである。



結果、腫瘍自体は良性と相成り、

最終的には
<甲状腺であろう>という推定甲状腺
ということにはなっているが、

甲状腺の病にも種類があるため
詳細はまた血液検査等別の検査をしなければ
ならないが、

まずはひと安心といったところである。



次なるタスクは、

抜糸が無事に済み
二号の首から長い期間つけられていた首輪が
とられて

彼自身より快適な暮らしに戻る中で、

いかに食事をちゃんとして
体力と体重の回復に努めるか

といった部分である。


その上で、一ヶ月程度間隔をあけてから
甲状腺機能の検査を受ける算段か。



甲状腺の機能障害としては
ニューヨーク時代からのダモログを
ご覧の方は既にご存知と思うが、

二号の父親であるジャックが同様だ。

ジャックはニューヨークでそれを発症し
当時から今も続けて毎日、
薬を飲んでいる。

それを飲んで、数値管理をしなければならないのだ。


ドクターは言う。


<猫において甲状腺の遺伝とか、
 アメリカと日本で暮らしていたから
 食生活の変化が原因とか
 そういうケースはないのですがね…>

と訝しがる。


父子揃って甲状腺ということになれば、

まあ
仲の良い猫家のこと、本望だろうか?




0nekoneko1.jpg


父親ジャック(右)に甘える二号。

年齢的にはシニアだが、
子供のまんま、である。




猫好きの作家といえば外せないのが
村松友視氏である。


有名なアブさん。

<時代屋の女房>や<カミさんの悪口>で
お馴染みだったアブさんである。

全盛期の西武百貨店の広告にも
モデルとして登場した。


村松氏が愛したアブさんは21歳まで生きて
文字通り大往生。


ダモシ家の猫たちの目指すところは
アブさん。


ジャックを見習い、

まだまだ二号もここで
くたばってもらっては困るし、

それこそロークの分も
ケロもポポも皆、長生きして欲しい。


そのためには心身ともに快適でいられることだ。

彼らが快適な日々を過ごすことができるように
してあげるのは、


ダモシ、ワイフ、ジュニア三名の
完全なるレスポンシビリティである。


小さい子はとかく小さい動物に
いたずらしたり
KYで猫のいやがることをするのが常套だ。


だが、猫の快適のために、

ジュニアがベイビーの頃から
厳しく教えてきた。

すこしでも猫をいじめたり
ナメるような態度をとった場合は

ダモシはジュニアに対して激怒して叱ってきた。



今、ジュニアは

ダモシと同様に
ジャックをとりわけ可愛がっていて、

己自身が夜眠るとき、

ダモシの仕事部屋のデスクの後ろにある
暖房器具の前で寛いでいる
ジャックを抱き上げて

己が毛布の中に一緒に眠る。



ダモシ&ワイフと猫たちの
これまでの濃密な時間と関係性は
変わらないが、


着実にその輪の中で

ジュニアは
自分自身の、猫たちとの関わり方と
貴重な共に生きる時間軸を持って

日々を過ごしていることが
このところ
さらによく分かる。



それはジュニア自身が
レスポンシビリティを感じて

己自身が抱えたロール(役割)を遂行する
ということを

二号のケースを通して学んでいることの
発露であると考えられよう。



そして
既に猫たちは

<この人たちが何があっても、
 どこで暮らしていようと
 絶対に自分たちを捨てない。
 絶対に守ってくれる>

という絶対的な信頼を
ダモシとワイフに持っている。


その面においても、

ジュニアともこの六年という年月での
日常の日々を重ねる毎に

ジュニアに対する信頼と親愛の情を
猫たちが深めてきていることもまた

彼らの様子を見ていると

手にとるように感じられるのである。



平易な言い方だが、

それは実に、すばらしいことである。



猫は生き物であり
対NYという激戦での同志であり
そして家族であるが、

もう一つ別の側面が存在している。


それは
コドモにとってもオトナにとっても

大きな大きな教材であるということである。




人間と人間に等しく


人間と動物も、信頼関係である。




ダモシは猫が好き。

実はワイフも猫なのだ。

<この人は顔から心も猫だな>
という世界なほど猫娘だ。


だから惚れたのであろうか。







posted by damoshi at 00:04| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

ヴァレンタインズ・デイ〜事後



今宵もまた
性質の悪い寒さの東京。

そして
毎度のことながら
<降る降るといっておいて降らない雪>。

東京と横浜は、根性なしである。

ならば
はじめから雪なんぞ降るはずもない
陽光な静岡の方が良い。

首都圏はいつも
<雪が降るかもしれない>ことで大騒ぎする。

<今夜から雪だって>
<雪が降るみたいだよ>と人々も言い合う。

ところが
いざふたをあけてみると
<やるぞやるぞ>と言っておいて
結局はやらない
(昔の)鉄道のストと同じで、

結局は降らない。


だからダモシはいつも言う。

<今夜から雪だそうですよ>と言われたら、

<降れるものなら降ってみるがいい>
<根性ないから、降らないよ、どうせ>

と。


実際、既に零時を過ぎて
さらに寒いが
雪が降る気配すら

ない。



この、首都圏の
<雪になりそうだ>という日の
結局は雪が降らない夜の
寒さといったら、

そもそも性質の悪い寒さに輪をかけて
怒り心頭に発するくらいの
イヤな寒さになるから厄介なのである。



今宵。イヤな寒さの銀座から。



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歌舞伎座の
ファイナル・カウントダウンが近づく。

あと74日のサインまで数字が減った。


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*****




今宵、帰路の拙宅最寄駅。

改札を出ると目の前にある東急ストア。

例の
<Don't Ask Me法案>により
拒否しているストアだが、

その店先から
何やら良い香りが漂ってきた。


<ん?美味しそうな匂い。何かな?>

と目を向けると、

<宇都宮餃子>と書かれた幕の下で
おじさんが
餃子を焼いているではないか。


<ほぅ。旨そうだ。
 今宵、"ビールと間違える飲み物"と
 餃子でもつまみに買っていくかな>

と思ったダモシは、

ワイフに電話。


<いま駅に着いたよ。
 ところで今日のごはんは何だい?>。


ワイフは即座に回答する。

<餃子だよ>。


ダモシは笑う。

そもそも
ダモシが昼にカレーライスを食した夜、
帰宅すると
食卓にはカレーライスが出たり、

吉野家の牛丼を食して帰ってくると
テーブルにはお手製牛丼がサーブされ、

先週も
ランチにヒレカツ定食を食した際も
帰路の電車内からメールで
<今日のごはんは何だい?>と送れば、

<カツ定食だよ>という返信があるほどで、


とにかく感度というか
取捨選択のタイミングというか

夫婦ならではの感覚なのか、

ぴたりと合致してしまうケースが
たいへん多いのである。


たまたまとはいえ、
餃子を目にして
餃子が食べたいなぁと感じたダモシが今宵いて、

でもって
電話してその場から問うてみると
ワイフが用意していたディナーもまた
餃子という世界に、

思わず携帯電話を手にしながら
わっはっはと声を出して
笑ってしまったわけである。


ところが、

今宵は事がそれだけでは
済まなかった。

ワイフは
<ちょうどいま帰ってきたところ>という。

なんでも
空手の特殊部隊で一緒の
同年齢のコドモのうちに遊びに行っていた、と。

長居してしまい
戻ってくるのが遅くなったというのだ。

だから今夜は
昨晩の残りものの「おでん」その他のおかずに
プラスαで餃子にした、と。


そしてワイフは<どうして笑うの?>と聞く。

ダモシは言う。

<否。いま俺は餃子が急に食べたくなってね。
 で、一応先に聞いてみたら、
 餃子だって言われたからさ>と。


さらに

<いやぁ、たまたまね、ここで、東急ストアの前で
 宇都宮餃子が焼かれて売られていて
 とても美味しそうなのだよ>

と付け加えると、

電話越しにワイフが吹き出して
キャハハハハと笑っている。


<ん?>と言うと、

ワイフは
<アタシもいま帰ってきた時に
 駅でそれを見て美味しそうだなって思って
 その宇都宮餃子を買ってきた>

と笑いながら言う。


ダモシはそれを聞いて
さらに大きな声で
しとしとと雪になる根性のない細雨をかわして
家路に急ぐ人々が静かに歩く中、

大笑いした。


夫婦ならではなのか知らぬが、

感度が合うというのは
こういうことを言うのかもしれぬ、と

一人考えながら

家路についた。



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*****




家に着くと、
一つの贈り物らしき郵便物が届いていて
これ見よがしにテーブルに置かれていた。

女性の名前が書いてある。

ダモシ宛だ。

ワイフはこれ見よがしに置いたのだろう。


"北の某"から、

彼の地でダモシが唯一認めた人間であり
未だ二十代で若く、素敵な女性からの
ヴァレンタインズ・デイのチョコレートが
届いていたのだった。


富良野からの手づくりチョコレート。


若い女性にモテるのよ、と
自慢で掲載するところである。


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手書きのメッセージカードもついていた。

手書きのメッセージは
女性らしい計らいで、その女性らしい文字と相まって
とても嬉しく、心も穏やかになるところである。

メッセージ・カードにはしっかりと
<ご家族で召し上がりください>と記されていた。

それを見られてしまったら
致し方ない。

ワイフとジュニアが競ってそれに手を伸ばして
喜んで頬張っていた。

ダモシはようやく一つだけ、食することが出来た。




さらに
女性にモテるのよ?
を自慢するべく
もう一つ別に届いたチョコレートを。

こちらは<NY>好きのダモシを鑑みて
選んでくれたようだ。

これもダモシが好きな女性からの贈り物である。



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やはりワイフとジュニアが
ほとんどを手にするわけだが、

二人揃って茶化すように言う。
右に見える赤いチョコレートはハート型なのだが、

それを指して

<ダディに届いたのだから、
 ハートのはダディが食べたら?>とニヤニヤ言う。


<おう、そうするよ>とダモシはそれを掴むと
中身はストロベリーで
甘い甘いチョコレートだった。



贈り主は、ウルトラの母である。


ヴァレンタインズ・デイの事後報告でした。






posted by damoshi at 00:48| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

オトナの大運動会(冬)-2/スタンダード or ラテン




オトナの大運動会(冬)。

今宵のニッポン勢では
ノルディック複合の個人
ノーマルヒル後半距離での小林範仁が
ルックスグッドだっただろう。

昨日の里谷に等しく
ダイナミズムを出し、
勝ちにいっての七位。

魅せた。

これで良い。




対する昨日の上村。事後。

案の定、予想した通り
メディアは夫君や母親を登場させ
涙する本人のインタビューも描き出した。

本人はブログでコメントしていたようだが、

逆に上村の場合、
己がベストは出せたのではないか、と。
庇うわけではないがベストは尽くしたし
失敗(転倒)せずに出来たのではないか。

それでも
メダルに届かなかった&
三位以内に入らなかったのは、
それが実力という以外、何物でもないだろう。

要するにコンシステンシーはあるのだが
ダイナミズムがないから、

なにかをやらかすなどしてこそ
大勝負では勝てるのだが、

それが出来ないという点を露呈されたのだ、と。


毎度毎度のニッポン・サッカーと同じだが、
なにをもって勝てると騒いでいたのか
なにをもってしてメダルを期待していたのか
ということである。

厳しいようだが、
それは幼児のスポーツでも同様。

大きな大会や勝負では
他と同じことをしていては勝てないし、
上には、メダル圏内には、
進むことはできない。

さらにメダルの中でも
三位と一位、三位と二位、二位と一位は
いずれも紙一重だが、

紙一重の差が分厚かったりする。



四位になるならば、
一位を狙った大勝負を賭けるべき
というのがダモシの持論である。

メダルもしくは金か、ビリ。
七位も八位も三十五位も何もない。


ワイフが今宵、苛烈なことを言っていた。

あるニッポン選手のニュースで
68位という結果が流れた際、

<何、68位って。いくらなんでも
 そんな順位があるの。
 出れば良いというものではないのだよ>

と。


<そうだな>とダモシも思うところで、
いくらなんでも68位という世界観で
五輪だなんだではないだろうよ、となるわけだ。

それこそ、
"出りゃあいいってもんじゃないだろうよ"
ということである。



翻って、
里谷にしてもノルディックの小林にしても
明らかに仕掛けていた。

金もしくはメダルを狙った仕掛けをした。
勝ちにいったのだ。

それで散ったから潔いし
これこそ見ていて気持ちが良いのである。

どうしても上村の言と書から導かれる
彼女のマインドには
そういった部分が欠けている気がするのだ。

いわゆる<よゐこ>の典型。

滑りもパフォーマンスも典型的。
成績的にも波が少なくコンシステンシー。

ボールルーム・ダンスの区分けでいえば
典型的なスタンダード。
決してラテンではない。


もっと激情があっても、
もっと波の振り幅が大きくても、
酔っぱらいでも、
"やるときゃやるぜ"くらいの方が
大きな勝負では勝ち目は増す。


<自分の手で失敗に終わらせて>しまった
と綴るものの、

失敗はしていないと思う。

ベストなパフォーマンスをした上で
結果的に負けたのだから良いのではないか、と。

あのコンシステンシーな
ダイナミズムのないパフォーマンスで
"失敗"云々を言うのなら、

もっと金狙いで何かをやらかした上での失敗を
選んで欲しいのだが、

おそらくスキルとスタイル的に彼女には
それを求めるのは無理だろう。

今後続けるとしても
コンシステンシー一辺倒で
ダイナミズムがないならば
何度やっても勝てないだろう。


<自分らしく滑り切ってゴールができた>ことを
喜んでいるのだから、
本人が一番分かっているはずだ。

北米選手とのパワーとダイナミズムの差を。



見せる要素。魅せる要素。

何度もしつこいくらいに
ダモシは
エンターテイメントに求める必須事項だ。

それは人付き合いでも同様。


<よゐこ>には、魅せる要素が欠けているから
面白みがないわけで、

五輪選手なら、プロのアスリート同様、
観ている人、応援している人に
魅せてナンボである。

その面で、勝つこととプラスで欠けている点が
戦前から気になっていたわけである。


<メダルをとることは自分に課していた責任>
とも記す上村。

メダルをとるならば
あのスタンダードなパフォーマンスでは
届かないということを
なぜ事前にマーケティングしなかったのか。
気づいていたはずだ。

少なくともメダルを得た三人はいずれも
<己の滑りをすれば勝てる>
という確信をもって滑っていたことは
彼女たちのゴール直後のポスチャーで分かる。

しかし上村はおそらく
自分の滑りをしても
それだけでは勝てないということが
予め分かっていたはずである。


責めているのではなく、
そこが大きな差であると見るわけで、

且つ現実的にも
三位までの選手と四位の上村の間には
点数以上の分厚い紙一重がある気がする。

転倒せずに
己の滑りをゴールまで遂行していたとしたら
上村より上に来ていた選手も複数いたと
思われる全体状況も含めると、

四位という結果は逆にグッドラックであり、
彼女の努力の一つの結果としてのご褒美であり、
その結果自体は
他者としてリスペクトするのが妥当なところではないか

と感じるところである。


もし競技を続けて次回の五輪での
リベンジを狙うならば、

マストで
ダイナミズムは身につけるべきである。




*****



ジュニアの最大の大会も
来週に迫っているが、

調子が良くない。

どうもここのところ
彼自身の空手へのハリがない。

伸びがないといった方が良いか。

おそらくこのままでは
その大会では初戦敗退も考えられるだろう。


<ふだん通り>はもはや通用しない。

そして
彼がふだんやっていることを
そのまま
彼のパフォーマンスをやれば勝てるレベルでもない。


ふだんと違う自分。

それを出さなければ勝てないだろう。

むろん、
通っている道場と
その特殊部隊自体はレベルが高いから、

そこでお兄ちゃんたちとやって
負けるのは致し方ないとしても、

精神面でのタフさへの成長の伸びが
ここのところ停滞している。

厳しく言えば、だ。

負けて当たり前。
勝てるわけがない。

そんな前提でいつまでも持った上で
年長者とスパーリングをしていては
勝てるわけがない。

一昨日も昨日も叱り、練習をした。


毎度毎度言うように
<頭を使え>と。

そして
<なぜ自分のやりやすい距離でやらないのだ>と。


すべて相手の距離感と
相手がやりやすい位置関係で
闘っているから、
不利になっている。

その状況で
いくらパンチやキックを出しても
何の意味もないのである。


<どのくらいの位置と距離で
 キックを出せば自分のキックは当てられる?>

<一番、自分が相手と闘いやすい距離はどこだ?>

とジュニアと向かい合って聞く。

その位置に立つジュニア。

<そうだ>と。

なぜその位置をとらないのだ、と。
なぜ相手の世界観で闘うのだ、と。


これでは
グレイシー柔術のルールと土俵で
闘うプロレスラーと同じで、

勝てるわけがない。


全盛期のマイク・タイソンが
いくら強いといっても
全盛期の小錦と相撲をとったら
勝てるわけがない。

アントニオ猪木は
己がリングに
柔道王や極真空手や
世界のモハメド・アリを引きづりだして
闘ったから負けなかった。

そこが猪木の凄さである。

田延彦や船木誠勝らプロレスラーが
ことごとくグレイシーに負けたり、
同じくプロレスラーの永田が
総合格闘家に負けたのは、

のこのことお人好しに
相手のリングに上がり
相手の得意なルールで闘ってしまったからだ。

どう足掻いても、勝てるわけがない。

ダモシがいくら腕に覚えがあるからといって
マワシを巻いて
大学の相撲部に乗り込んで
相撲で勝負したとて、

勝ち目はゼロなのである。


それは異種格闘技でなくとも
同じ空手でも同様。

相手の距離感と空間で闘うことほど
やりにくく、
己の勝ち目を減らす所作はない。

その部分を、
一度だけでは忘れてしまうコドモに対して
反復練習としつこいくらいに言うことで
覚えさせるしかないのである。


そして
他のコドモが
ローキック、ハイキック、突きという
スタンダードなオフェンスをするならば、

なぜローリング・ソバットや
ダモシが教えて突き上げ式前蹴り、
ジャンピング・ハイキックに
ジュニア得意のインローなどを
どんどんやらないのか、と。

且つ
昨年の或る大会で
相手を病院送りにした秘技
ジャンピング・ゼロをなぜ出さないのか、と。


そういったダイナミズムを出して
他とは異なるポスチャーを施さなければ
紙一重の闘いでは

へたすれば一回戦負けという結果に甘んじる
ことになる。


むろんコドモだから難しい。

ダモシがジュニアの齢の頃に
それをやれといっても出来なかっただろう。


だが、彼は今、それをして良い。
できる力もあるのだ。

仕事や
ある程度の年齢になってからの日常においては
己のやりたいように出来ないことが多々あるのだ。

カツマ以外、
誰も己の思うようにだけでは
生きられないのである。

且つ学校や幼稚園、日常の路上で
パンチやキックをやってはいけない。


しかし空手の中では
そのルール内においては
どんな技をやっても良いのである。


<やっていい>という自由があるのに
なぜやらないのだ

という点で怒るわけである。


<やりたくても、次第に出来なくなるんだよ>

<今はやりたいように出来るんだよ>

<だったら自分が出来るもっと凄い技を、
 失敗してもいいから、やれよ>

<レッツ・トライだぞ!なにごとも>

と率直にジュニアに語るわけである。



やりたいようにやって良いのに、

相手のやりやすい状態
(自分がやりにくい状態)で闘い、

自分が出来ることをやらずに
相手に付き合って
スタンダードな技しか出さずに

負けたら、

そんなにバカげたことはない。



<やらかせよ!>。

そう強く言った。


やらかして、それで負けたら
<よくやった!>と褒めるのだから。



里谷になれよ、と。

上村を反面教師として
とにかくダイナミズムを、と。


要するに
小さくまとめて
スタンダードな方法論で
勝ちに行くスタイルもあるが、

上村もジュニアも
そのレベルではないということである。

キム・ヨナならそのレベルだろうし、

安藤も"やらかさず"に
大人しくやって勝つ術を一度覚えただろうが、

そのスタイルで勝てるほど
上村もジュニアも甘くはないということである。



ほとほと順位という結果は結果に過ぎない。

スタンダードに<よゐこ>でやって
優勝するなら良いが、
それができるレベルに達していないのならば、

やらかして
思い切りやった上での勝ち負けで良いのだ。

その上での一回戦負けなら褒めるし、

スタンダードにちんたらやっての
四位なら怒るだろう。




本番までには今回は、

そういった精神面での育成が必要だ。






posted by damoshi at 01:04| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

ヴァレンタインズ・デイの想ひ出



皆、必ず一つは
ヴァレンタインズ・デイの想い出を
語ることはあろう。

その多くは学生時代の逸話だろう。

中学、高校そして大学。

学校内で同じ学校の子から、
他校の人から電車内で駅で、
アルバイト先で、その他もろもろ。


ダモシの場合、
モテる男よりはチョコレートの数は
少なかったが、

人並みかそれ以上は、それなりに貰った。


高校時代は学年を経るごとに
男子クラスか共学クラスかに分けられた。

三年間、ずっと男子クラスの人もいれば
その反対もいた。

ダモシの場合は、
一年時と三年時が共学で
二年時が男子クラスだった。

男子クラスだった時代が
ヴァレンタインズ・デイの<そわそわ感>が
より高かったと記憶している。


<来るかな、来るかな>という期待感での
そわそわである。

たいていの男のもとには
おおむね<来ない>のだが、

皆、一様に
<来ないかな>と期待する。


朝、下駄箱を覗いてまずは落胆し、
授業と時間を経る毎に
落胆の数と度合いも強まってきて、

下校時に意図的に
ゆっくりとしたアクションをとるのだが、

結局は<来ない>で終わり
帰路につく
というのが

たいていのケースである。


男子クラス時代のダモシもそのケースだった。

いわゆる
異性の万人受けする<モテる>男のもとには

<来るのが普通>的に
入れ替わり立ち代わり女子がやってきては
チョコレートを贈呈する。

その男も慣れたもので、
クールにそれを受け取るのだ。

皆、その様子を横目で見ながら

<俺にも来ないかな>と
無理な期待をするものの、

たいていはそれは適うことなく終わる。


<塞翁が馬>ではないが、
グッドニュースもまた
バッドニュースと等しく、

不意に予告なく来るものである。


だから
チョコレートも期待しない方が良いのだ。

振り返ってみれば
期待していない/予測していない時と場所、相手から
贈られたケースがほとんどである。


だいたいそんなものだ。

そういった割り切りは必要である。

そして実は
手づくりだなんだのそれを受け取っても
結局は食さずに終わる
というケースも多いわけで、

あくまでもチョコレートはグッズに過ぎないのだ。

逆にもらって嬉しいが、
手づくりのそれが不味かったりすると
これもこれで手に負えなくなるから
へたに貰わない方が良いということにもなる。


ティピカルな構図で
女学生が
たたたたたっとやってきて

<ダモシ君、これ>とカワイク下を向きながら言って
差し出し、

<ずっと好きでした>
<つき合ってください>

と言われたためしがない。


実際にこういうティピカルな構図は
存在し得るのか?



そもそも懐疑的だったし、

今も同様だ。


クールな女子のこと。

いくら"そういうこと"が許されている日
だとしても、

勝算のないムダな闘いは
本来的に好まない生き物だろうはずだから、

マーケティングや事前調整抜きで
いきなりそんな仕掛けを行い
自爆することは避けるだろう。


だから根本的にそういった
ティピカルな構図はあり得ないと考えるのが妥当だ。



オトナになってからはもう
ワイフと出逢い結婚しているから別として、

直近でのそれは
大学時代の最終学年へ差し掛かる直前の
冬と春休みが
ヴァランタインズ・デイの想ひ出として
鮮明だろう。

なにせその年のこの時期は
ヴァレンタインズ・デイと
ホワイト・デイにひっかけた
百貨店のチョコレート売場の短期アルバイトをしたから、

どっぷりと
ヴァレンタインズ・デイとホワイト・デイという
イベントに関わっていたからである。

当然、女子のアルバイトも多い。
男子が少ないという想定と
アルバイトの種類的にもグッドということで
ダモシは算段があってのアルバイトだったわけだ。


要するに、

・男子は少ない
・そこらの男よりは俺の方がかっこいいだろう
・女子との会話も慣れている
・女子が多い
・お客さんも前半は女子がほとんどだ
・おまけに百貨店だから
 他の百貨店の女子もいる

という狙い通りにシチュエーションに入り込んで

それこそ物色をテーマに
アルバイトに勤しんだわけである。

確信犯だ。

その狙い通り、
ヴァレンタインズ・デイ期間の二週間の
アルバイトでは、

女子高生と女子大生を
己がリングにあげての異種格闘技戦。

ホワイト・デイでの
女子大生を同様に異種格闘技戦。

いずれもお遊びではなく、
オフィシャルな"彼女"的な世界観へ
入り込ませたという劣悪男子の様相であった。


最も荒んでいた時期で、
自身は女子へのリベンジ的に
ある意味で誰でも良い的な感覚でいた頃合い。

女子高生は練馬の公園でkissしたが、
なかなかおませで
<まだ、ここまでよ>と言い、

女子大生は当時、栃木方面の大学に行っていたのだが、
東京にいる春休みの間、交際して、
当時のダモシのアパートメントにも来たものの、

やはりチュッした際に

<これ以上は、まだ、だめよ>と仰られた。


ホワイト・デイでの女子大生は
選挙カーのウグイス嬢をやっていて
声は良かったが、

なぜか
<風邪で具合が悪いから、部屋に行っていい?>
と電話をしてきたと思ったら、

その五分後には
アパートメントのドアをノックし、

触れてみると熱もないのに
<具合が悪いの>と言って
ベッドに横になるから

こちらも一緒に横になったのに、

<具合が悪いから、ダメよ>と
ワケの分からぬことを宣い、

次の瞬間、いびきをかいて眠り始めた。

この女子大生は彼氏がいたのだが、
なぜかダモシに
安心を感じて
時々、居眠りをしにやって来た。


そうこうしているうちに、

女子高生とは
東京ディズニーランドへ行く約束の日に
ダモシがすっぽかして
ブチ切れられて、

ちっちゃくてころころしていた
身体全身を用いて
アパートメントのドアを破壊せんとばかりに
乱打されたり、

栃木の大学に通っているという
女子大生は
なぜかいつも東京にいて、
でもって
なぜかいつも鼻がつまっていて
苦しそうで、

一緒に映画館へ行って
観たくもない映画を一緒に観させられたのだが、

最初は頑張って起きていると
映画が始まって三分としない頃に
急にその娘は席を立って
何も言わずにどこかへ消えたと思ったら

十分後に戻ってきて素知らぬ顔をしている。

ダモシもダモシで
<何だか不気味だな、この娘>と感じながら
映画がつまらなくてつまらなくてしょうがなくって、

開始二十分後くらいに完全に眠りに落ち、

気づいたら
映画のエンディングの音楽が流れていた
という有様で、

映画館を出てすぐに
共に歩いている最中に


<いやぁ、面白かったね>と白々しく述べると

鼻づまりの声を大きくして苛烈に激しく
<寝てたくせに!>と一刀両断された挙げ句、

その彼女は次の句で
<これから大学だから栃木まで行くのよ>
と言い残すや否や、

駅へと走り去ってしまう始末。


一体、何なのだ、これは、と。


そういった状況が連鎖していたのである。


どうにも
ヴァレンタインズ・デイ
(とホワイト・デイ)絡みといえば、

想ひ出として
清冽なことは語れず、

あの年の
不埒&不理解な出来事の数々と
ワケの分からない女性たちが

甦ってくる次第。



むろん、米国時代は
男から女へという基盤があるがゆえ、

米らしく、恥ずかしがらずに
己がワイフにも
ヴィクトリアズ・シークレットの下着を贈呈するなど

このイベントとは懇意にはしたが、

基本的には無関係

というのが基軸である。




今や女子同士でギブし合うようになった
ニッポン独自のヴァレンタインズ・デイ。


そろそろ消滅か。



せめて女子にお願いするとすれば、

サラリーマン諸氏は
義理チョコを待っているということである。


だからサラリーマン諸氏にはぜひ
義理チョコを与えて頂きたい。

なぜならば
サラリーマン諸氏の
ヴァレンタインズ・デイにおける

家庭で課せられたミッションがそれだからだ。

いっぱい義理チョコを持って帰れば
それを喜んで食する
妻君や子供が待っているからだ。



今年はしかし日曜日だったから、

いずこのオフィスの女子も
<あぁ、義理チョコ代浮かせられたわ>

と喜んでいるか、

あるいは月曜に配るのか否か。




*****



そういえば、

ダモシは"一応"ワイフから貰った。

貰ったチョコがこれだから笑える。
しかもそれはジュニアとワイフが
ほとんどを食べてしまうという有様だ。



vtine.jpg







posted by damoshi at 01:42| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

オトナの大運動会(冬)-1/上村:セクシーさの欠乏




精神的なダメージから
昨日は朝から風邪を発症。
鼻が完全にやられてクシャミ&鼻水の洪水に
悪寒も加わって、9PM早々には寝込んでしまった。

その間、ワイフとジュニアは
夜な夜な空手の新年会に繰り出して
酒は飲まずとも楽しく時間を過ごしてきたようだ。

新年会では
ベイブレードの大会も行われ、
個人戦では二回戦敗退、
団体戦では三位という結果に終わったということで、

<他のお兄ちゃんたちは、
 強く駒を回せる武器を使っていた>とジュニア。

ジュニアは
基本形のそれしか持っていないことで
その差は出るようだ。

横になりながら
<ふ〜ん>と聞いていたダモシだが、

二回戦でジュニアが破れた相手が
先般記載した
同年齢のコドモだったことで

ダモシもにわかに起上がり、

<その子が持っていたコマ回しも
 そういう武器だったのか?>

と聞く。


小学生のお兄ちゃんたちはのきなみ
銃のようなハイクオリティのコマ回しで、

その子が持っている物は
手回しではあるものの最新鋭の武器だ、と。

それを聞いて興奮したダモシは
起上がり、

<それを買ってやる>と宣言。

それこそ武器の強弱で勝敗に影響を与えるなら、
公平にジュニアにもその武器を持った上で
勝負させてやりたい、と。

朝からヤマダ電機に出かけて
それを探しに行ったわけだが、
その武器は売り切れ。

<じゃあ、ベイブレードがいい>と
ジュニアは言う。

要するに、コマでいい、と。
コマの新しいものを欲しい、と。

どのみち
ヤマダ電機のポイントで入手する算段
であったから、

<ポイント内だったらいいよ>と
それを選ぶのだが、

まあ、いつものごとく店内はコドモたちで
混雑している。

・ベイブレード
・仮面ライダー
・戦隊ヒーロー系

が混雑3エリアだが、

ベイブレードの駒を選んでいたジュニアが
たまたま視線を
戦隊ヒーロー系の棚へ移すと、

今朝から新たに始まった
戦隊ヒーロー系の新しいヴァージョンである
<ゴセイジャー>の人形が既に売り出されていた。


<あっ!ゴセイジャーの人形が出てるよ、ダディ!>
と叫ぶ。


いま現在、小学生を中心に流行している
ベイブレードと、

sooner or later, 卒業する戦隊ヒーロー系の
人形を

比較した場合、

幼児期の間を主に熱狂期間とする
戦隊ヒーロー系の方に
ダモシとしてはジュニアに喜んで欲しい
という想いがある。


要するに、

<未だカワイイ>ということが
存分に感じられるそちらの方を手にして
喜ぶジュニアを見たい、と。


遅かれ早かれ、実在のヒーロー(野球など)や
小学生などが喜ぶベイブレードや
その他のゲームへどのみち移行するわけだから

それを急ぐことはなく、

今もまだ大喜びして
最も興味を示すものは
仮面ライダーや戦隊ヒーロー系だから、

ベイブレードより
その人形を買ってあげたいと思うわけだ。


するとジュニアは言った。

<ゴセイジャーの人形が三つ欲しい…>。


ダモシは言う。

<ポイントは〇〇分あるから、
 ゴセイジャーの人形三つは無理だよ。
 ベイブレードを買うならそれ一つと
 ゴセイジャーは二つだな。
 ベイブレードをやめたら、
 人形三つは何とかなるよ?
 どっちがいいんだ?>。


するとジュニアは、

<ベイブレードをやめる>と言う。


さらに横を見れば
仮面ライダーの最新の人形も出ている。

結果、ジュニアは
仮面ライダーの人形一つと
ゴセイジャーのそれ二つを選んだ。


何だかんだ言っても、
まだベイブレードよりは
ヒーロー系のそれを喜ぶのだな



またバカ親ダモシは
その袋を嬉々として大事そうに抱える
ジュニアを見て
かわいいなぁと思いつつ、


己は鼻から大洪水とエンドレスなクシャミで
苦しむダモシであった。




*****



ランチ・タイムに合わせて帰宅。

その意図は、
五輪中継を見るためだ。


今宵からスポーツ・コンテンツに
<オトナの大運動会(冬>を連載で
掲載していく所存である。



性格の悪いダモシが、
今回の五輪でまずは願ってもやまないこと。

それが

<上村愛子、負けろ>
<願わくば、夫婦揃って負けろ>

である。


のっけからその機会が訪れた。
己の願いがかなうかどうかを
実際に観届けたい。

その想いから、時間を合わせて帰宅したのである。




記号としての"国母"がどうのなんぞは、
「記号:国母」レベルで低次元なため
語るに足らぬが、

相変わらず開会式を観ていると、

毎度毎度苛立ってくるのがダモシ。


まずは昨日の開会式への苦言である。


あの
世界は一つラブ&ピース的な装いが
毎度毎度、頭に来てしょうがないのである。

イライラしてくるのである。

且つ開催国特有の
ヒストリーやカルチャーなどを絡めて
大掛かりな演出が施されるが、

あれがまた"間延び"するったらありゃしない。

開会式は長過ぎる。
リアルにあれは長過ぎる。
毎度、そうだ。

キョトンとしてしまう演出も
まったくもって毎度毎度冴えない。

あんなものは
参加する選手でその会場にいる人にしか
届かない上、

選手にしても
あんなにダラダラと長時間寒い中でやられては
白けてくるだろう。


北京五輪もそうだったが、
完全にマスターベーションである。

ソルトレイクなどの際はまだぎりぎり良かった。


正直、
もっとてきぱきとして時間を短縮した選手入場と
五輪讃歌及び開催国国歌の斉唱、
開会宣言と選手宣誓だけで良いのである。

なにをもって
あんなにダラダラした
やっている本人たちにしか満足が得られない
代物を世界に流すのか。

あれでは
コドモの学芸会の方がよっぽど、良い。

コストもかからない。


合理的に、必要不可欠なセレモニーだけに集約して、
あとは聖火点灯だけで良いわけである。

せっかく天下のウェイン・グレツキーを
出してきたのに
あの間延びした聖火点灯は何なんだと
不満をぶつぶつ述べながら観ていた。


あれでは、
カナダの至宝グレツキーへの冒涜ではないか、と。


毎度、納得がいかない開会式。
ダモシが演出を行いたい。

ダモシが演出とプロデュースをしたいもの。

筆頭が
NHK紅白歌合戦と五輪開会式である。

絶対にああいうものにはならないし、しない。

一度、任せてみないか?





*****




今宵はダモシが願ってやまない
<上村、負けろ>を後押しすべく
感情を持って視聴する女子モーグルが
のっけから行われた。

サンデーのランチタイム。

ニッポンの家庭での視聴にうってつけの時間。

多くの人が
<上村、がんばれ>と応援していただろう。


一部、非国民的な、性格の悪いダモシが
その反対をいっていたわけである。



結果的には四位だが、
はっきりいって四位以下のデキである。
応援とは別に冷静に観て欲しいのである。

グッドラックがあっての四位入賞と観るのが
妥当なところであろう。

それだけ、
まずは上位三人との差は歴然である上、

他の転倒した選手たちは
いずれも攻めていただけに
彼女たちが転倒しなければ
いずれも抜かれていたであろうという点。


テレビ放送の合間で
とにかく辟易とするのは、
上村愛子が出てくるCMが
これ見よがしに流されたことである。

典型的なベイビーフェイスの上村。

それが毎度毎度CMのたびに出てくる。


<里谷や伊藤も村田も頑張っているのだよ>
<彼女たちだって、いるんだよ>
と言いたくなる。

以前も記載したように
メディアの過大評価と過剰なプッシュは危険である
ということで、

<結婚+メダル獲得>
という構図がハッピーハッピーの沸点
であることが見え見えで、

それをメディアも後押ししている点が
さらなるダモシの反感を高めていたわけである。


だから徹底的にアンチに至り、

<負けろ>となってしまう。


現実的に贔屓目抜きで
里谷のここぞの一発勝負での
ダイナミズムは今宵も秀でていた。

それは他の欧米選手で転倒した選手たちや
上位三人にも匹敵するパフォーマンスを
していたともいえるほど。

ミドルでのスピードとキレは
さすが里谷といわせる
本番での一発勝負の強さを感じさせた上、

失敗したあのジャンプでも
何かをやらかそうとした気配ぷんぷんで、

キレキレイに収めてくる
点数稼ぎ的色合いの濃い
ベイビー・フェイス所作の上村とは

そのダイナミズムで圧倒的な差があった。

ジャンプで何かやらかそうとして
失敗したものの、

あの失敗がなければ
スピードと相まって

上村よりも上(結果としてメダル)に
届いていただろうということは
疑いの余地がないくらい
里谷のパフォーマンスは良かった。

派手にやらかして転倒した点もヴェリーグッド。

いずれも紙一重のリスキーな滑りを
することで、

へたなメダルや順位なら
一発狙っての金メダルという
どてらい奴ぶりを見せてくれた点でも

里谷には賞讃を贈りたい。



一方で
誰からも愛されるし
今がハッピーハッピーで

ある意味、応援しなくてもいいでしょ?的な

上村は、

結果は四位ではあるが、

ダモシの中では
何の面白みもないパフォーマンスで、

最後に抜かれて当然
という感覚を抱いたわけである。



リビングでファミリーで観ていたのだが、

最後の米のハンナ・カーニーの採点が
出た瞬間、

ダモシは
<よしっ。上村、落ちたっ>と歓声を上げた。


<日の丸を応援>していたジュニアは
キョトンとしていた。


ニュートラルに観ていたワイフは、
<上村はもっと下だね、本来。
 里谷は失敗なければメダル行っていたでしょ>と述べた。


ダモシ家の中では、
<里谷、幻のメダル>という解釈に落ち着いたわけだが、

とにもかくにも
メディアが仕込んだ本番への前振りでも

上村の場合は、
妻の予選での滑りを応援する夫の姿なども
映し出していたが、

そういうメディアの所作及び
それをさせることを助長している本人たちの
仕掛けが気に入らないわけであり、

幸せの絶頂にあるがゆえの後押しがあって

戦前、
上村本人はワールドカップなどで
結果が伸びない頃、

あたかも
<ジャッジが点数をあえて出してくれていない>
といった類いのコメントをするなど

強気一辺倒であったが、

ダモシはそれに対して非常に懐疑的に見ていたのだが、
<ほれ見ろ>といったところである。



トヨタではないが
行き過ぎた一人勝ちは、いずれ必ず精査される。

それが盛者必衰の理であるからだ。


ユニクロが未だそれに至っていないが
いずれユニクロも一人勝ちからの転落と苦渋の
時を迎えることは言わずもがなで、

浅田マオーも上田桃子も皆、それで苦労した。


同時に、
あまりにもデキ過ぎの
ハッピーハッピーついでにもういっちょうハッピー
という様相は、必ず崩れる。


空手の
最もクローズな師範の父君が
昨日逝去されてしまったが、

それもまた
<塞翁が馬>であり、

人間の、近い人や関係のある人の急死は
まさに<塞翁が馬>に該当するだろう。


一方で、<盛者必衰の理>は、
盛者は必ずその勢いがやがて衰えるという
意味で、

特に身近な理解しやすいものとしては

・芸人
・歌手



・スポーツ選手

が挙げられる。


日本人は総じて<よゐこ>で性格が良いだろうから、

一般的には
盛者であってもベイビー・フェイスの
上村のような者を応援する。

里谷より、どちらかといえば
メディアでのエクスポージャーも多く
イメージもクリーン一辺倒な
ベイビー・フェイス上村を応援するだろう。


ベイビー・フェイスで盛者であっても
そのパフォーマンスに
どてらい奴ぶりや
欧米などの世界に御すようなダイナミズムがあれば、

むろんダモシも応援するが、

上村にはそれがない。
また巷の評価も過剰だ。

フィギュアの浅田マオーにしても
究極のベイビー・フェイスであり
国民的といっても良いほど
<嫌いな人率>が低い選手に対しても同様。

ダイナミズムがなく、
過度なベイビー・フェイスと
取り上げられ方の
意図的な過大エクスポージャーを感じた場合、

即座にアンチに転じるのが
ダモシ・イズムでもあるからして、

それが望む通りの結果に終わると

忌憚なく気分が良くなるわけである。


<あれでメダルが獲れるのでも思っていたのか?>

と、そもそも論がその根底にはある。


ダイナミズムの点で
欧米に勝てなければ
まず勝てない。

それが世界なのであり、

既に分かっていることだと思うのだが…。


サッカーにもいえることだが、
総じてスポーツにおいては
ニッポンはダイナミズムに欠陥があるのだ。

いくらスピードが豊かで
キレもあり
キレイさがあり
コンシステンシーがあっても、

最後の最後でのパワーとダイナミズムは、

毎度毎度、米国などの選手を見るにつけ
<あぁ、やっぱり凄いわな>と
思わざるを得ない。

失敗して
結果的には下位に甘んじた
米国とカナダの選手は
いずれも
"ものすごい滑り"をしていた。

オフェンシブに滑っていた。
その裏返しが転倒である。

ダモシとしては
<入賞>した上村よりも
よっぽど彼女らに対して賛辞を贈るし、

里谷にも同様に、

リスクを負って勝ちにいった姿勢に対して
敬意を表したいわけである。



バットを振らなければ、ホームランは生まれない。

スポーツの根源はここだ。

里谷はバットを振った。
結果的に三振だったが、強烈なインパクトは残した。

その派手な転び方に至る
空中でのポスチャーは
何かをやらかそうとした感がぷんぷん漂い、

実にセクシーだった。

ゴール後また転んでいたが、
それもまた酔っぱらい的な
里谷本来の魅力を出していた。


ハンナ・カーニーも二位のハイルも三位のバークも、
他に転倒した米とカナダの選手も
セクシーだった。


上村にないもの。

それは、その、
広義での"セクシーさ"である。


ダモシの視野では、

世界の路上における一般人の日常もそうだが、
その部分が欠乏すると、
世界で闘うには難しいということである。


普通に
ニッポンの路上と世界のそれを比べた場合、

圧倒的な違いは多々あるが、

その一つにして
大きなものが、

セクシーな世界
セクシーではないニッポン

という点である。




とまれ、次は夫か。

ダモシ推奨の<夫婦揃って、負けろ>へ
これで勢いは加速しよう。


一方で、

今から言っておくが、
どうせメディアは以下のことを行うだろう。


<(夫婦揃ってメダルを獲れなくても) 
 夫婦で共に挑んだ五輪における
 それぞれがそれぞれを応援し、支え合い、
 涙する姿>

を特集して
低次元なテレビ放送をするだろう。



今から見え見えのこれを、
今のうちから先に揶揄しておきたい。


そういうレベルの低いことは、やめなさい、と。




始まったオトナの運動会。


今回もマテリアルは多そうである。



戦前のダモシの今回のテーマは、

・上村、負けろ&夫婦揃って、負けろ
・浅田マオー、負けろ
・高木、負けろ

というように、

サッカーW杯における
毎度毎度のリクエスト、

・ニッポン、負けろ

と同じで、

相変わらず非国民的なのは言うまでもないが、


一方で
"アラフォー岡崎"の滑りは好意的に気になるし、

橋本"五輪オタク"聖子の
教育者的おばさん風情の佇まいと所作も
国母問題でにわかにインタレストを持って
存在感を現してきたし、

それこそ盛者の筆頭格であるキム・ヨナが
まさかこの五輪においてでさえ
そのモメンタムをキープしたままで
金メダルを獲るのかどうか
(モメンタムそのまま金を獲り切ったら
 それはそれで凄いぞ?)と思う一方で、

逆にマオーもマオーで
その天性のグッドラックぶりで
五輪にぴったりピークを持ってきそうな懸念

と相まって


今回の五輪にも
インタレストは尽きないところである。




不思議な感覚なのだが、
昔から五輪などになると

なぜか無性に米を応援する自分&
ニッポンを応援できない自分
がいるが、

その理由は自分でも分からない。

北京五輪では
野球でさえニッポンを心底応援できなかった。


五輪において
「ニッポン」として
「ニッポン」を心底応援したのは、

かれこれもう

88年ソウル五輪柔道での斉藤仁以来、
存在していないのではないかとさえ
思えるのである。


今宵のサッカー日韓戦とて、
当然ながらダモシはニッポンを応援できず、

負けたらおそらく機嫌は良くなるだろう。



「ニッポン」を応援できるのは、野球のWBCくらい。


あくまでも想定だが、

野球の場合は
勝たなければならない的なマインドが
根底にあって、

他の競技の場合は、
世界に簡単に勝っちゃダメよ?
的なマインドが残っているから

とも考えられる。



そしてもう一つ。

これは核心に近いかもしれぬが、
ニッポン特有の
<五輪になるとハシャぐ選手とメディアと一般>
への反発があるから、

とも考えられるのだ。


要するに、

<何を根拠に
 勝てるとかメダルだとか言っているのか?
 アホじゃないのか?>

と。



さらに言えば、

選手の開会式などや
メディアからの取り上げられ方とエクスポージャー
におけるハシャぎぶりが気に食わない
ということも挙げられるだろう。

開会式を観ていても
日本選手団の白い歯満載の
楽しそうな笑顔が

あまり気持ちの良いものとして
受け止めていない自分がいるからだ。

何か勝手に盛り上がって
楽しそうにしているけれどさ…"みたいな"。




だが、
いずれにせよ
自分自身のマインドの趨勢なのではあるが、

なぜダモシが
ニッポンを応援できないのか

その真の理由は分からない。




これを非国民と呼ぶか否か。







posted by damoshi at 15:35| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

we stand on guard for thee.




ちょうど水曜から木曜にかけて、
画像を収めたCDRを整理していた。

その中の二枚に
なぜか無性に目が止まり、
セットして中身を見た。

それも取り憑かれたように
ずっと見ていた。

ニューヨーク時代の画像が収められた
CDRの中の二枚だが、

自身がマイナーリーグで
始球式を行った際の写真が収められたそれと

先に寄稿した中に掲載した
ダモシとジュニアが映っている写真と
同じ日に或る人とキャッチボールをしている
多くの写真群が収められたそれである。


ふだんそれは見ない。

新しいCDRに
新たに撮影した画像を保存することはしても、

昔のそれを取り出して
じっくり見るということは
ふだんはしない。

しかしながらその日は
なぜか妙にそのCDRに目が止まり
セットし、

そして長時間、じっくりと見ていた。


その翌朝。つまり昨日の朝。

メールソフトを開くと、

ニューヨークにいる
スペシャル・パーソンの急死を伝える
メールが届いていた。

その最悪のニュースの
不意な、予期せぬ届き方は
昨年の後輩急死の際と同じだ。

一瞬にして顔を曇らせて
すぐにワイフに電話して伝えた。


ショックで何も手につかない状態ではあったが、
オフィシャル事案の一つの事案が
ちょうど佳境に入っていたことで
デイタイムは気持ちを切り替えて臨んだが、

ぽっかりと穴が空いた感覚は否めない。


<どうして、こういうことになるのか>と。


昨年の後輩もそうだが、
予期せぬ急死に接して沸いてくる最初の感覚は、

<冗談だろうよ…>であり、

その後、もう一度、さらにはもう一度と
メールを何度も読み返すうちに
それが冗談ではなく事実であることを
受け入れなければならないのかと
感じてくるのだが、

実際の本人が眠る姿を見ない限り
認めることができないという
マインドが残る。


後輩の際は通夜において
対面することで初めて認めざるを得ない
という結果になったが、

今回の場合は
ニューヨークまで行くことができない。

だから対面することができないから、
認めようにも認めるわけにはいかない。

ここが苦しいところである。


近しい人の死というものは通常の生活においては、
非日常的な事象である。

むろん生命の終焉=死は
避けて通ることのできない
日常的な事象なのではあるが、

それを認める、理解するには、
闘病など
事前に覚悟をもたらすような何かがある場合である。

予期せぬ死は、その覚悟も、イメージも
出来ていないから、

日常的な事象ではなく非日常的な事象として
受け止めてしまう。

だからその死を、現実のものとして
認めるには/理解するには
実際に対面するか
あるいは時間という厄介な存在と
立ち向かわなければならないのである。



だが、その一方で、
<目に見えない何か>というものは
確実に存在しているのが人間のいる世界である。

人間には意思があり、ソウルがある。

だから
目に見えない何かが起こり得る。


たまたまダモシが
その人が撮影してくれた写真を
その人とキャッチボールした時の写真を
長時間見入っていたということは、

その人に何かがあったことの
知らせだったのだと解釈する。


虫の知らせである。



故人は写真家でもあった。

その昔、ダモシは写真を軽んじていた。

写真よりも文字(文章)の力こそである、と。
そう思っていたのだ。

ところが、
ニューヨークで
その人の写真を見た時、

大きなインスパイアを受けた。

その人から、
写真におけるいわば薫陶を受けたのである。

以来、写真というものの力を理解し、
己も撮るようになった。



ショックで未だ整理がつかないが、
故人の冥福を祈りたい。

そして残された奥方とは
可能な限り最も早い時期に逢いたい。

ダモシはニューヨークに今は行けない。
お金や時間の問題ではなく
行こうにも行くことができないのである。

それが無念で、腹立たしい。



故人のホームは、カナダである。

奇しくも今日、
カナダのバンクーバーでの五輪が開幕した。




出力をスキャンした画像なので
画質的には本物の写真のクオリティが出せず残念だが、

彼にリスペクトを表して

彼が撮った写真を掲載したい。




cr8.jpg


cr9.jpg


cr7.jpg


セントラル・パーク。




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cr2.jpg


ザ・ゲート。



そしてダモシを撮ってくれた中から。


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cr6.jpg



ダモシ家がニューヨークを去る際、
彼と奥方が贈り物をしてくれた。

それは今もこのR-246の拙宅リビングの壁に
飾っている。



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一緒にキャッチボールをしたことが
最も印象に残る想い出だ。

あのときの力のあるボールは忘れないよ。


God keep our land glorious and free.
O Canada, we stand on guard for thee.






posted by damoshi at 17:08| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月11日

ダモシ<世界百景>-2



新コンテンツ、ダモシ<世界百景>。

エンパイア・ステートビルの
屋外展望台からのマンハッタン

に続いての第二弾は、ニッポン。

ニッポンが誇る日本三景から<松島>。


松島は、構図ごとに百景に入り得る存在。

まずは
<西行戻しの松から見る松島>である。



0sankei1.jpg


0sankei2.jpg



僧侶にして歌人だった西行。

奥州路の旅は二度。

二十代の元気な頃合いと
死の四年前。

最大のデスティネーションは、平泉。

その前にここ松島へ足を踏み入れている。

松島海岸から高台へ進んだ
隠れた一角にある<西行戻しの松>は、
今は展望台になっている。

松島を訪れた西行が
ここに佇んでいると、

ある童子が近寄ってきた言った。


<才人の多い松島へ往けば、
 恥を晒すことになるぞ>。


西行はそれに畏れおののいて
この場から下(松島)へ降りずに引き返した。

その地が今、<西行戻しの松>として存在しているわけである。


松島を見下ろす場所には
松の木が並んで立っている。

その松の姿もまた風流。




0sankei3.jpg


0sankei4.jpg









posted by damoshi at 18:22| ダモシ<世界百景> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野球 or サッカー



男なら、
年齢による差異はあれども
父親に初めて買ってもらった
野球グローブの想い出は誰しもあるだろう。

特に現アラフォー世代とその上の世代なら
それは強いだろう。

なにしろ、
巨人・大鵬・卵焼き世代から
現アラフォー世代までのニッポンにおいては
野球が大きなヴァリューを持っていたのだから。

むろんダモシとて
小学校時代は
野球のみならず
サッカー、ラグビー、バスケットなどから

"北の某"時代も経験しているからこその
ホッケー、スキーへの
体験度は

単なるオンリー東京っ子よりは
高かった上、

プロレスにも早くから興味を持って
接しているなど
選択肢は現代と同様に多々あったが、

それでも野球のヴァリューが絶対的だった。


ダモシの場合は、

小学生低学年期に
アメフトのボールやホッケーのパックを
初めて買ってもらったときの想い出や

同じ頃合いに
初めて連れていってもらった
プロレス観戦やホッケーの世界選手権観戦の
想い出は特に強いが、

それとは別格で存在しているのが

野球であり
特にバットやボールよりも
グローブへの価値が高い。


野球グローブというものは
それだけ特別な存在で、

自分のそれを初めて手にしたときの
何ともいえぬ高揚感は
玩具や趣味品とはまた別の種類であった。

それは今でも変わらず、

店でグローブを見る度に欲しくなるが
新たに買ったら買ったて
ふだんの買い物とは別格の
スピーチレスな喜びが込み上げてくるものだと
想定されるわけである。


むろん野球や、グローブにそういった思い入れの
ない人も当然多々いよう。

だが、昔は明らかにそういった
野球グローブに対する少年の別格的な憧憬が
あったのだ。


そんな世代だから、
ダモシの中では
己が父親になって
己が直系遺伝子にそれを買い与える日を
思い浮かべて楽しみにしていたわけである。


<未だ早い>と思いつつも、

ジュニアが初めて自ら進んで
<グローブが欲しいんだよ>と言ったのは
先週のことである。


近所の公園でのこと。

ここのところ毎週末は
その公園で
幼児用のお遊び野球用具で
投打しているわけだが、

着実にジュニアの打撃、投球のスキルが
上がってきている中で、

ダモシは
少年野球の投手〜打者間の距離と同じ
位置まで離れたところから、

対幼児で投げる女投げでのスローピッチではなく、

まともにピッチングをしてみたところ、

ジュニアはそれをことごとく
オーバーフェンス的に
クリーンヒットしたわけである。


<あぁ、これはもう出来るぞ?>と思ったダモシ。


未だ少年野球チームに入るには早いが、
そろそろキャッチボールも
普通にグローブをはめて
ゴムボールではなく
"ちゃんとした"ボールでやった方がいい
と感じていたところ、


ジュニアが
<ちゃんとしたグローブが欲しい>と言い出したのである。


<そうか>と喜んだダモシ。

早速ワイフに言う。
<グローヴが欲しいそうだ>
<それにそろそろちゃんとやっておいた方が良い>
と推奨。


今朝、スポーツ店へ出かけて、
ジュニアにとって初めての野球グローブ購入と
相成ったわけである。


ところが、

先週の公園でジュニアは
もう一つ欲しいと言っていた。


それはサッカーボールである。


常々ジュニアは
<サッカーか野球かバスケットがやりたい>
と表明している。

空手はもとよりの中で、

球技&チームスポーツも
エデュケーショナル的な観点から
やらせたいと感じている中で、

自らその候補を挙げたわけだ。


現代、昔と異なり、
よりクリアに
野球派vs.サッカー派に分かれている傾向がある。

子供のスポーツにおいては
一時期ほどではないにせよ
サッカーをやっている率は昔に比べれば
高いと思われる情勢だ。

野球もWBCやスター選手の登場で
さすがに盛り返し、

サッカーは逆にJリーグ熱も落ち着いたばかりか
ワールドカップ・イヤーの
日本代表戦ですら逆に観客が入らなくなっている。


おそらく、一つには想定するに
サッカーの方が子供にとってはシンプルな
競技であるがゆえに
それを行う子供が増えたのだろうが、

野球派のダモシからすれば

己が子供に対しては
サッカーよりも野球をやらせたい
と感じているわけである。


現状ではしかし、
ジュニアの中では
サッカー6:4野球という具合に、

周りの影響もあるのだろうが、
サッカー派的な部分があるものの、

しかし実際には観るとなると
当然親が親だから
サッカーをまともに観たことはなく、

野球は、メジャーを始発点に
WBCなど積極的に観ている。


ボールを蹴ってゴールに入れるシンプルな
サッカーが幼児には分かりやすいということが、
サッカーの方に傾く一つの要因で、

野球は、野球を理解して観られるようになれば、

遺伝子的にも必ずや野球へ
インタレストが向いていくはずというのが
ダモシの現時点での考えであり

うまくそれを理解させるためにも
今年はちょこちょこ現場に連れていこうかとも
画策しているわけである。


そんな中で、

周りの影響を受けてか
サッカーボールを、

しかも
<白と黒の本物が欲しいんだよ>と言うジュニア。


<今は青とか赤とか色々な色があるよ?
 白と黒のだけが本物ではないよ?>と
suggestionしても言うことをきかない。

どうしても
白と黒の
ティピカルな模様のサッカーボールが良い、と。

それも玩具のそれではなくゴムのではなく
"ちゃんとした"それが欲しい、と。


もう六歳にもなれば
玩具のやゴムのボールではなく
小学生以上が使用する
"ちゃんとした"ものでなければイヤだということが
分かってくるのだろう。


<分かった>とサッカーボールも合わせて
見てみようということに相成り、

今朝、

初めての野球グローブとサッカーボールを
ジュニアは手にすることになったわけだ。



ball.jpg



といっても
野球グローブもサッカーボールも
下限で小学生用しかない。

幼稚園児のジュニアにフィットする
大きさのものはない。

しかし、少し早いだけで
サイズもやがてフィットしてくるからして

グローブにしても小学生用のそれを、

そして
サッカーボールは
これも小学生用の4号サイズを、

それぞれ購入したわけである。


ボールもセール品であり青であれば
1,980円であったのに、

"ちゃんとした"ボールが良いということと
ブラック&ホワイトが良いということで
4,000円もスペンドするハメに。


野球グローブも3,000円台。

いやはやといったところだが、
早速帰宅後、

<公園に行って、やろう!>という
ジュニアのリクエストに応えて、

まずはサッカーを行ったわけだが、

これがまた
空手をやっていることが奏功しているのか
分からぬが、

蹴りが良いため

小学生用のボールは重いはずだが
ぽんぽん鋭いキックでボールを蹴ってくる。


<なかなか筋がいいじゃないか…>

と驚くダモシ。


さっさと野球に切り替えたいダモシは
<そろそろキャッチボールやるか?>
と提案するのだが、


ジュニアは
<まだグローブが馴染んでいないし、
 硬いボールでやるのは怖いよ。
 だから来週ね>
と正論を述べるので、


<ああ、そうか。そうだね>と
ダモシも納得せざるを得ない状況に陥り、


(<仕方ない…>)と己に言い聞かせ、

嫌いなサッカーで
サッカーボールをイヤイヤ蹴ったダモシであった。


先般の
猫の二号の一回目の手術(4万円)と
今週遂行された二度目のそれ(5万円)で
それこそ旅行二回分が出来なくなったことに加えての

野球グローブとサッカーボールの出費に、

ワイフが愚痴る。


<グローブだって、まだ早いのでは?>

<サッカーボールだって、
 こっちのアディダスのセールの方が
 デザインもかっこいいし、値段も1,980円だから
 こっちでいいのに>

と。


その通りである上に、
猫の手術代にしても合わせて10万で
さらに今後、結果次第ではスペンドを余儀なくされるから
ダモシも己の何かを(特に「旅」)を
我慢しなければならず
忸怩たるものがあるのだが、

それでも、

グローブとサッカーボールに関しては
男ということもあり

ジュニアを庇うのである。



<否。グローブは馴染んでくるよ。
 大きめでもすぐに手も大きくなるし、
 今からやっておくのがいいんだよ。
 なにしろ野球グローブというものを
 初めて買ってもらうというところでの
 男の子のマインドは大事だぞ>


<白黒のこれがいいというマインドは理解できるよ。
 どうしてもこれがいいんだろう。
 1,980円ので一年しか使わないのと、
 4,000円のこれで小学生用として六年使うことを
 考えれば、良い製品で、気に入ったものを
 買っておいた方がいい>


と言い、説得したわけである。

ある意味で、男の論理だが、
こういうスポーツやこだわりにおける
男の幼稚性は
根本的にはオトナになっても変わらないわけだが、

それこそが男でもあるわけで、

<ボールなら何でもいい>
<グローブの一番安いのでいい>

となってしまうよりは
ベターと感じるわけである。


喩えは悪いが、

セックするのに、
おっぱいが大きければ誰でもいい
となってしまうのはマズいわけである。

この女性とだからこそ
セックスしたいのだというのがベターである、と。




男にとっての
父と子のキャッチボールと
野球グローブ。


それはまさに成長の証しであり

踏むべき通過儀礼なのである。


それだけ大事なことなのだ。


それを己が親と共有して
経ることができるか否かは、

成長過程における精神構造に
大きな影響を及ぼすものである。




playcatchny.jpg


二歳半、ニューヨーク時代。

未だグローブはおろか
球を投げるより
珍しくて見つめてしまう赤ちゃん状態のジュニア。


間もなくグローブをはめての
キャッチボールを初めてすることになる。


男としては、親としては、


至福の愉悦でもある。









posted by damoshi at 15:21| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月10日

<間合い>の妙




二月最後のウィークエンドは、

千葉で
ダモシ二年半以上ぶりとなる
オフィシャル事案でのゴルフが土曜日、

横浜では
ジュニアの出場する空手では
最大の全国大会が日曜日。

ダモシは這々の体になるのは
目に見えているが、

ジュニアはそうはいかぬと

相変わらず
練習にも身が入っている。

ダモシもそろそろ練習しなければ
といったところだが、

今宵の水曜日は
夜もっとも遅くまで空手の練習があるという日で
久しぶりにダモシも道場へ顔を出した。


道場に顔を出した理由は
大会が近いからではなく、別にある。




*****




ジュニアが属する団体の中の、
彼はさらに特殊部隊に入っていることは
既に何度も記載しているが、

その特殊部隊の最年少なわけだが、

ジュニアの後から
ここに入ってきた同年齢の子供がいる。

年齢も同じということで
互いに切磋琢磨しているわけだが、

ジュニアに一日の長はある。

大会での実績でも、
互いに胸を出し合う道場での
スパーリングにおいても。

しかしながら幼児期の一日の長は
短の方が努力を重ねることで
縮めていくことが
比較的容易である。

それこそオトナとは違い
怒濤の成長力と速度を持っているのが
幼稚園、小学校、中学校などの子供である。

人間という生き物として
退化が始まる十七歳までは
身体的成長はとどまるところを知らない
といっても言い過ぎではないだろう。


次第にその子供に押されるケースが増えてきた、と。

ご両親も熱心で、
日曜日には父親も必ず道場に顔を出しては
指示と声援を送っているという。

対するダモシはめったに顔は出さない。
最近は大会でもセコンドにつかず
クールに"権藤監督"を演じている。



以前、道場に顔を出した際に
ジュニアとその子のスパーリングを見ると
ジュニアが押されていることが
気になってしかたがなく、

<やりにくそうになってきていないか?>

<押されてるぞ?>

とワイフに聞けば、

<かなり精神面が鍛えられてきている>とのこと。

技的にはレベル差はあるものの、
着実にその差は埋まってきている上に、

以前の彼は
ジュニアを苦手としていて
逃げ腰だったりしたのだが、

積極的に前へ前へと押し出してくる。

むろん手や身体で押すのは反則なのだが、
ある意味で
なりふりかまわないといった格好で
挑んできている。

二人が対しているアトモスフィアを
ニュートラルに見れば
ジュニアが押されているように
感じられるわけだ。


<これは、いかん>。


そう思ったダモシは
以前記載したと思うが、

<押してくるのなら、
 真正面からやり合わずに
 頭を使って
 横に動きなどしてローを打て。
 そうすれば前につんのめって倒れるぞ>

と、

前へ出てくる者に対しては
己は横にそれたうえで
相手の勢いを封印させつつも、

前へ出てきていることで前傾姿勢になっているのだから
そこへインなりアウトのローキックをやれ

と。

そうすれば、すってんころりんするか
前へどどどど〜っといって
壁にぶつかるぞ

というアドヴァイスである。


ジュニアはそれを遂行。

しばしその効能はあった。



だが、先の日曜日の
スパーリングの様子を
ワイフが収めたビデオで観たところ、

相手は
ジュニアのそれを既に読み切って、

ジュニアが横にそれたり
身体をよけたりしながら
ローキックを放とうとする寸前で

すぐに振り向いて

正面を見合う形にアジャストしていた。


<あ。これは読み切られているぞ>

とダモシは察した。


<ほれ。ここの、この動きを見ろ>と。

ビデオを一時停止して
その瞬間を何度も反復で観る。


ジュニアが突進をかわして
横にそれたり
回り込んで
ローキックを打とうとする間に
じゃっかんの時差が生まれる。

その時差の間に
相手は即座に振り向いて
ジュニアにそれをさせないようにしている。


日曜の深夜、ダモシが実演つきでワイフに説明する。

そして言った。


<これはもう、明らかに、
 〇〇君のお父さんがアドヴァイスしたな>

と。


そのお父さんは、
富士登山経験があり、
ダモシ同様に
<富士登山で足の親指の爪がなくなった連合>である。

これも以前、記載した。

かなり熱意をもって
子供の空手に接している。

そのお父さんがアドヴァイスしたに違いない、と。


<そりゃあ、そうだよ。
 〇〇が回り込んだり横に移動しながら
 ローキックをやるのは、見ていれば分かるわけで。
 己が子供にそれへの対応策を授けるのは当然だ>

と。


ワイフが言う。

<ダディもたまには道場来たり、
 助言をしてあげてよ。
 アタシが言っても、〇〇は言うことを聞かずに
 "自分の思う通りにやっていいでしょ"となってしまうから>。


そうか、と。

大会も近い上、
切磋琢磨している、ややキャリアがジュニアより浅い
子供に追いつかれてきているand押されている現状を
鑑みると、

これは出番だ、と。


そもそも
<ダモシが道場に来る>というだけで

オトナなどの周囲も緊張感が走るわけで、

ジュニアなどは特にそうなるのは当然だ。


昨晩、ワイフはジュニアに告げた。

<明日、ダディ、来るよ>と。

一瞬にして顔を曇らせるジュニア。

しかしこれまでも
ダモシが現れたときは
見違えるような動きでスパーリングを行い、
ふだんは上級生とのそれでは
泣きながらやるというのに
泣かないという

それだけ緊張感が走っているのは
言うまでもなく、

すこしでも<イヤだな>と当然思う中で、
でもどこかには
自分でも<追いつかれてきているな>と
感じていないはずもなく、

そこで手を差し伸べるのは
厳しい中にも当然ながらそれは愛情の発露である
という部分での

父親

という存在なのであり、

且つ

ダモシもそういった闘いの戦略や戦術に関しては
自負を持っているわけで、

そろそろ出るか、

と相成り、

そのまま昨晩、

深夜まで対策を授けたのであった。


簡単だ。

ああだこうだ言わずに
ジュニアが
その瞬間遊んでいる玩具である
仮面ライダーの人形二つをジュニアとその子に
見立てて説明するわけだ。


ダモシがポイントとしたのは、

<間合い>である。


<いいか?間合いだぞ。闘いでは、
 間合いが重要なのだ。分かるか?間合い>。


ライダー人形二つを向かい合わせて
その間に生まれている空間を指し示す。


<ここにある距離。距離感。間合い。
 いかにして自分が闘いやすい距離と間合いをとるか。
 それが大事なのだよ>。


要するに、ジュニアのスパーリングをビデオで見ると
やりやすい相手とのときには
技を存分に出している。

そして
やりにくい相手とは
思うように技が出せないでいる。


<やりにくくなってきただろ?〇〇君とやるときは。
 なぜだ?自分で分かるはずだぞ?
 間合いだよ、間合い。
 〇〇君は前に前に押してくるでしょ。
 どんどん出てくるでしょ。
 もちろん正面から打ち合っても負けない強さも必要だけど、
 それだけではないのだよ>


と諭す。


<闘いというのは、相手がイヤがることをすること。
 これはとても重要になるのだよ>。


<おともだちや女の子には
 イヤがるようなことはしちゃだめだよ?
 でも闘いという舞台では、
 相手に合わせていてはダメなんだ。
 相手がイヤがることをすることが大事なのだよ>。


だいぶジュニアは分かってきたようだ。


<一回でいい。一回とにかく、明日、
 俺の言うことを聞いてやってみなさい。
 そうすれば少し分かるから>

<うん。どうするの?>

<〇〇君がイヤがりそうなのは何だ?>

<…>

<もし〇〇が彼で、
 同じように前に前に出ていくとする。
 やられてイヤなのは何だ?>

<…>

<なぜ〇〇君は前にどんどん出てこられるのだ?
 〇〇のキックが怖くないからか?>

<…>



何度も練習して授けている
<突き上げ式前蹴り>だ。


それを、やれ、と。


要するにスポーツを主とする
コンペティティヴな営みにおいては、

いかに相手より己が
精神的にも優位に立つかは重要である。

<楽だ>と見下すことで
精神的にゆとりが生まれる。

そのゆとりが
ハイ・パフォーマンスを生む。

のびのびと己が技を出せる状況を生む。


やりにくければやりにくいほど
己の技は出せず、
且つ精神的に追い込まれていく。

それこそ負のスパイラルで
どんどん追い込まれていき
勝機は一つもないという状況に陥る。


その逆で、

己が優位に立つために
相手のイヤがることをする。

相手にイヤだなと思わせたら
その時点で
一つ大きなアドバンテージを持つ。



前へ前へその子供が突進してこられる
最大の理由は、

ジュニアが
<前に出させている>からである。

要するに
安易に前に出てきたら危ないぜ?と
思い知らせることを
一度もしていないからである。


風車の理論的に
前回は
前へ出てきた相手のパワーを
こちらが風車になって削ぐ
(反らしたり/回り込んだり)。

その上で
相手の前傾のパワーを逆利用して
ローキックを放つことで
相手を倒す

という

ある意味で受け身的思考が先立った
対策だったわけである。

むろん、それも効き目はあったが、
根本的に
精神面での<イヤだな…>というダメージを
与えるにはほど遠いことから、

相手にもその対策を立てやすくするものに収まり、

ひいては
今回のように
それを既に読み切られるという状態になる。


だから今回は、オフェンシヴな思考で
<先手>を打つような形の
対策を授けたわけである。


ダモシは具体的な対策を授けるべく言った。


<いいか?師範の"はじめっ!"の声と共に
 〇〇君は前に出て向かってくるだろう。
 最初に一発目で
 いきなりノーモーションで
 突き上げ式前蹴りを〇〇君のアゴに入れろ>。


そして立ち上がり、実演する。

<こうだ>

<やっただろ?一緒にこの練習>

<でも一度もやっていないだろ?道場で>

<一度でいいから、試しにやってみろ>。



頷くジュニアだが、
まだ半信半疑のようだ。

どうにもダモシは信頼されていないのか?


<いいか?
 最初のスパーリングでやってみろ。
 とにかく一発目でやるんだぞ?

 やってみ?
 一発それを最初にやれば、
 〇〇君は前に出てこなくなるぞ。

 そして思うだろう。
 "もう前に出られないや。
  前蹴り飛んでくるし…"とな。

 ひとたび恐怖を感じたら、
 そうそう簡単にはこれまでのようには
 安易に前に出てこないから。

 そうしたらこっちのもんだ。
 攻めろ。どんどんこっちが前へ出て
 攻めろ>。



そう言い残した。




*****




そして今宵。

水曜日は、二つの道場に行くジュニア。

たいてい20時半過ぎ頃から
スパーリングは始まる。

ダモシが
大渋滞の雨の中、
中原街道を抜けて
オフィシャル事案先からダモフィーロで
かけつけると、

ちょうど20時半だった。


ダモシが道場のドアを開けると
そこにはすぐ
その子の母親がいた。

軽く挨拶するが
どうも様子がおかしい。

しかも、その子がいない。


ワイフとジュニアのもとへ行くと
二人が笑っている。


聞けば、こういうことがあったらしい。


夕方からの最初の道場に
珍しくその子も来た、と。

互いに話をしていた際、
夜の道場にもその子も行くということに
なっていたようだ。


だが、夕方のその道場での
スパーリングで
早々にジュニアとその子が当たった。

その一発目で
ジュニアが突き上げ式前蹴りを遂行した。

それがモノノ見事にアゴを捉えて
その子の動きが完全に止まった、と。

そして
スパーリングの最中、
ジュニアは最初の一発のみならず
何発もタイミングを見て
それを放つと

すべてのそれがアゴを捉えたという。


<〇〇君とやるのはイヤだ…>と
その子は泣きべそをかいた、と。


スパーリングは
他の上級生とも行う。

その子は以降、
上級生とのスパーリングでも
まったく自らの技が出せず

相手が少しでもキックを放とうとしただけで
すぐにディフェンスをとるようになった、と。


完全に、安易に攻めることの危険性を感じたようだ。


そして
<用事ができた>と
その子は夜の道場には姿を現さずに、

お母さんだけが所用があったため
すこし顔を出していた際に、

たまたまダモシの到着が重なり

様子がおかしい挨拶になったのだろう

というわけである。




*****



ジュニアは笑顔だった。

ダモシも気を良くして
<な?ダディの言う通りだっただろ?>
と胸を張った。

ワイフにもジュニアにも
これですこしは威厳を見せられたか。

さすがだ、と。


おそらく今頃、
その子は家で怒られているだろう。

そして
お父さんが
<クソゥッ>と思い、

また別の対策を立ててくるだろう

とワイフとジュニアと話した。


ダモシは胸を張ってまた言った。

<まあ、そうだろうな。いいさ。
 そしたらまた俺が別の技を授けてやるから
 心配するな>

と。



一つには、当然あちらはあちらで
新たな対策は立ててくるだろう。

だが、それが技の面での対策ならば

そうそう今回の件をクリアするのは
容易なことではないということだ。


確信犯的に今回ダモシは
<精神的な部分>で仕掛けたわけで、
それをトラウマとして植えつけるために行った
イヤらしい策だったわけだ。


ひとたび
<あ。この突き上げ式前蹴りがあるから、
 アゴに入ってしまうから、
 もう容易に前には出られない>
と思ってしまったら、

それを解消するのは容易ではない。


それは、
それまでまったく相手にもしていなかったし
ただ挨拶するだけで
問題にもしていなかった
オフィシャル事案先で現れる
一人の女性に、

或る日、

たまたま
<あれっ?>と

妙な魅力を感じてしまったが最後、

それまで通り
何の心持ちもない状態で
ただ挨拶するだけにはいかなくなってしまうのと

同じである。


要するに、

それまでは何とも思っていなかった異性に
ふとしたことで
<かっこいいな>だの<かわいいな>だのと
感じてしまったが最後、
無視できなくなってしまうケース


精神的な構造は種類は異なれど同じだということである。



そもそも
突き上げ式前蹴りでアゴを狙ってくるとは
想像だにしていない状態

何とも思っていない状態

だったから

意識せずにただただ普通に接していた
(ただただ前へ前へ出ていた)
のに、

ひとたび蹴られた

ひとたび<あれ?意外といいな…>と感じてしまった



最後、

己自身の精神状態は
もう元の通りにはいかなくなる
ということである。


だからそれを解消するのは
容易いことではない
ということである。

解消するのは技以前の、精神的な問題だ、と。


そこを狙ったわけである。

相手の心を折る。

これは闘いにおいては
戦略・戦術としては常套手段である。


そして
ジュニアの空手にとっても

例えば
対異性に関しても同様で、

苦手意識を可能な限り減らすことが
大事になる。

イコール、

いかに己の間合いでモノゴトを進めるか
ということである。

己の呼吸、己の空間使用方法、己の間合い、
己の距離感で

物事を進めることができれば
たいていうまくいく。

そこに相手がいることであっても
直接己自身が対峙できる場合においては
それが奏功するわけである。



イチローの
あの様式美的な
バッターズボックス内での一連のアクションも、

引退した朝青龍の四股と
制限時間いっぱいで見せる
まわし叩きも、

己が間合いをとるために必要な動態である。



今宵は道場でも
ダモシは
他のお父さんたちの

<攻めろ>
<ロー!>
<しっかり突け!>というアドヴァイスとは
まったく異なる世界観で、


<間合いだ、間合い>
<距離感、計れ>と声がけしていた。


幼稚園児には難しいかもしれないが、

彼も彼なりに理解している。


その証拠には、
上級生に押し込まれても
己の間合いをとろうと
反れたり、回り込んだり、
通常前蹴りを織り交ぜるなどのインプルーヴメントが
見られたからである。



<間合い>。


己のそれをとることができれば、
どれほどcomfortableか。

いかに己にとってcomfortableな環境でいられるか
いかに己がcomfortableな闘いのリズムを得られるか。



人間、闘いのみならず、

常に己がいかにcomfortableか否かを求める
生き物であり、


それが出来れば出来るほどに
うまく事を運ぶことができる確率も
高まるということである。



人間はどう抗っても

家に住み心地の良さを
布団やベッドに寝心地の良さを
異性とのセックスにも心身両面での気持ち良さを

求める生き物なのだから、

とどのつまりはすべて
そこに行き着くわけである。







posted by damoshi at 23:35| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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