2010年06月30日

どちらと解すか



ようやくサッカーW杯から日本が姿を消した。
世界的に見れば大番狂わせのベスト16進出だったろう。

後追いでフォローしたデンマーク戦以外、観たが、
練習試合のイングランド戦から
日本の動きが良かったのは確かで、
本番でもベスト・パフォーマンスをしたと感じられる。

<持てる力を最大限に出した>結果だろう。


ここで考えるべきことは以下。

■ベスト8止まりだった→ディスアポイントメント
■ベスト16に進出した→素晴しい

前者が
先般のジュニアの空手大会で、
後者が
日本代表のサッカーW杯。

本人、近い者、周りで観ている関わりのある者、
そして後者の場合はファン。

それらの感情が、→より右にあるもの。
前者は失望、後者は賞讃。
相対的な感情の多さはそうなるだろう。

先般記載の通り、
<闘い>は<闘い>である。
レベルや大小、その場の差異は別だ。

闘う本人、関わる者にとっては
その必死度合いは同じである。

そういう秤でいえば、
ベスト16で賞讃、よくやったという
構図が、サッカーを取り巻いている
<スピリット的な、未成熟さ>を表している。

WBCやメジャーを基点とする野球や、
ジュニアの空手と比べると、

未だサッカーは、バレーボールに近い甘さがある。

端的にいえば
ベスト16で喜んでいるようではダメだということである。

それはメディアや大衆の、
大騒ぎぶりやハシャギぶりに露呈される。
もうそういうところの意識を変えなければならない。

一方で、闘った選手たちの意識は高い。

ダモシはサッカーのニッポン代表嫌いの急先鋒だが、
それでもクールに見ている。
応援はしないが、
それでも当欄において一度も<勝てない>と書いたことはない。

それは、闘う本人以外の傍観者が、
メディアや大衆しかりだが
<今のレベルでは勝てない>だの
<ベスト4なんて、とんでもない>だのと言っているのに
違和感を覚えると同時に、

本来、傍観者がそういうことを言う資格はないからだ。

仮にジュニアの大会前に、
ダモシとワイフ、道場関係者以外の者が
<優勝?できるわけないでしょ>と言おうものなら
ダモシはブチ切れるだろう。

そういうことを一切、言わないのが、
闘っている者への礼儀でもある。

関わる者のみが、勝敗に関することは言える。
それ以外は、ファンなら応援すればいい。
ファンでないなら応援しなければいい。
それだけの話だ。

応援はしていなかったし、しないが、
クールに観ていた。
そして事前に、巷のようにはダモシは一切書いていない。
<勝てない>だのとは一切、書いていない。

どんな者にも、闘う限りは勝つ可能性はあるからだ。

そして
それを成し得る要因は実力と運にプラス、
アトモスフィアやモメンタムになるのは言わずもがな。

今回の日本代表は、持てる力を最大限に発揮し、
当たり前だが努力して、
そしてアトモスフィアとモメンタムも味方につけた。

その結果がベスト16なわけだが、
それを賞讃していては未来はない。

<当たり前だ>くらいに思わなければ進歩はない。

選手は立派だ。

本田にしても
戦前の<優勝を目指してもいいと思う>だの、
決勝T進出を決めた後の
<思った以上に喜べない。
 満足できていないのは、目標がまだ上にあるから>だの、

闘う者としてのスピリットがある。

ジュニアの空手を通して闘っている中で、
まったく同じ感覚なのであり
これが闘いというものに対する通奏低音であって
しかるべきなのである。

本田の
<優勝なんて出来るわけがないという弱い自分と
 優勝できると信じている自分がいる>

という感覚も、まさに同じ。

優勝してもおかしくはないし
心理的には優勝を狙う空手の大会であっても
一回戦から負ける可能性もあるわけで、
それが仮に相手が格下の帯の者であっても
一発食らう可能性は大いにあるという中での

<恐怖>。

毎週のようにこれを今、ダモシもジュニアと共に
味わっているし、

ダモシ自身それまでも闘ってきたし、
今も闘っているし、

あと二週間でvs.富士という最大の難敵との闘いもある。

そこにあるのは常に恐怖である。

それでも闘う限りは、
<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>論理で
男ならば突っ張りたい、と。突っ張れよ、と。

そういうところでの心理的な精神性は、

嫌いだし応援していないが
今回のサッカーW杯ニッポン代表の面々は、

たしかに持っていた。

選手はそれを持っている。

そろそろメディアや大衆も、
そういう精神性についてこなければならない。

そうしなければ次はない。

ベスト8は当たり前。
ベスト4、そして準優勝、優勝もあっておかしくない
レベルにまで

精神性もついてくることが肝要であろう。


ベスト8でディスアポイントメント。
ベスト16で賞讃。

後者であっては、いかんのである。






posted by damoshi at 11:27| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月28日

<最大限>:<∞>



<勝負>。

この考察は、スポーツに限らない。
人間の生命の営みにおいて不可欠の要素である。

まずは競馬の宝塚記念。
馬券的には見事にイコピコが外れたがしかし、

下記のケイバタイムス原稿の転載をまずは
ご覧頂きたい。

:::::
芝2,200mの持ちタイムにほぼ差がなくツートップの、
ナカヤマフェスタとフォゲッタブル。

前者は昨秋のセントライト記念の状態に
戻っていれば勝ち負け可能。
:::::

ヤカヤマフェスタは、
今年の成績の悪さを嫌われて人気なし。

勝ったのはこのナカヤマフェスタ。

ナカヤマフェスタが勝った要因の一つは、
<昨秋の状態に戻った>ことと共に
そもそも持っていた<潜在能力>である。

大本命ブエナビスタ、二番人気アーネストリー、
春の天皇賞馬やダービー馬、
宝塚記念連覇を賭けた馬などなどの強豪を
破るだけの潜在能力は保持していた。

そしてその力、すなわち
<自分の持てる力>を<最大限>に発揮した結果が
宝塚記念の優勝といえるわけである。

己が持っている力を最大限に発揮すること。

これが実は、
勝負においても試験においても
仕事においても恋愛においても
大人でも子供でも

最も難しい行為に類する最たる一つである。

最大限イコール、
それは昨晩掲載のところの<∞>に通じる。

<∞>を軸としておけば、
本命が勝つ可能性である100に対して
アンダードッグが勝つ可能性が0.01であったとしても
ナカヤマフェスタのようになるということである。

<∞>イコール、自身の持てる力の最大限発揮。
その最大限はそもそも無限大であるからして、
底のない最大限をいかに発揮するかが
勝負の分水嶺でのsink or swimとなる。

一方で、本命側、フェイヴァリット側。
相対する側の勝つ可能性(実績や最近の状態、見た目などなど)
が自身よりも低い場合、

ややもすると<油断>という、
無意識のうちに発生する気の弛みが生まれる。
チャレンジャー精神を失うと
足下をすくわれるケースがあるが、
それがこれに該当する。

言わずもがな、
それらにプラスして
何度も記載している<場>や<全体>の
アトモスフィアやモメンタム。

これが影響加算された上で、

結果という産物は正にも負にも
その双方の座標軸へ振られる振り幅として
転んでいくわけである。



*****


今宵、ジュニアの空手大会。

全国大会で優勝もしているジュニアにとって
関東大会はある意味で、

GIレースからGIIレースに臨むような世界観ともいえる。

周りの選手を見渡したダモシは
こと細かくその身体ポスチャーをメモする。
試合が始まれば全員のそれを見て
各選手の特徴を記していく。

そこで、だいたいの力量を推し量る。

<楽だな。普通にやれば優勝だな>。
そんなマインドになる。

ジュニアの最近の状態も良い。
技に鋭さと重みとキレが甦り、
そのヴァリエーションも増えている。

・近走の実績
・レース前の状態
・相手関係

いずれも良い。
ここは本命。ある意味で鉄板だろう。

そういう読みが立つ。

これにプラスαで、

・アトモスフィア
・モメンタム

これがプラス軸で重なれば文句なしとなる。

果たして、どうか。

秘めていた懸念。
その一つは、場のアトモスフィア。

会場であるアリーナは、
旧団体時含めて度々訪れていた場所だ。

そのアリーナとの相性は良くない。
ダモシ自身はそれを察している。

<場所はどこ?>と聞いてきたジュニアに
一昨日ワイフが応えて
そのアリーナをちらっと口にしたら
ジュニアの顔が一瞬曇りかけた。

ジュニアもダモシ同様にその"場"のアトモスフィアに
違和感を覚えていることは
ダモシは察していたから
即座に口を挟み、ごまかした。

<前に勝ったところだから大丈夫だよ>と。


ジュニアの心理的状態。
これが、昨晩から急変していた。
逆にそれはワイフが察していた。

<お腹が痛い>だのと述べて、眠れない。

平たく言えば、緊張しているわけだ。
その緊張は負の軸に位置する類いの緊張。

デビュー直後からそのアリーナで負けていた頃に
見せていたような表情を、
朝の会場内で見せ始めた。

通常のメソメソ的風情とはそれは異なる。
それであれば試合を重ねるごとに
会場のアトモスフィア支配と相まって
モメンタム高まって、凌駕していくが、

今宵のその種類は、よろしくない。

アリーナ内で
試合前のダモシとの練習も
気が乗らない様子のジュニアは、

<マミー…>と、ワイフにそばにいてくれることを求める。

ワイフはこの時点で、
(あぁ、こりゃマズい時の心理状態だな)と察する。

試合が始まる。

楽勝であるべきはずの相手に、
最初は楽勝するのだが、
準々決勝進出(ベスト8進出)を賭けた試合では
圧倒しながらも

途中、二度、ハイキックをまともに食らった。
その強度が少ないことから
<有効>としてとられなかったが、
明らかにふだんはまともに入れられることのない
(見切ったりできている)それを入れられたジュニア。

それでも判定で3-0で勝ってベスト8へ。

ところが一回戦の段階からそうなのだが、
楽勝の試合の中でも
後半になってジュニアのスタミナが切れる局面が
珍しくも露呈していた。

おかしいぞ? と。
足が止まっているぞ? と。

スタミナには絶対的な自信があり、
どんな相手でもスタミナ切れせずに
後半押すジュニアである。

それが格下相手にさえ、スタミナ切れを起こし、
決め手を欠く。

KOできる相手に対してKOできないのである。

・身体が重い
・技のヴァリエーションもキレもあるのだが、
 動きが固い
・途中から足が止まってしまう

などを発症したのである。

珍しいケースだ。


そして準々決勝。これも普通にやれば楽な相手と思えた。
実際、圧倒した。
技も多く、その精度もジュニアが勝る。

しかし判定では
一人の副審がジュニアを挙げたが
もう一人が分け。

ここで主審が普通にジュニアに挙げれば勝ち。
それは疑わなかったが
主審は分けを選んだことで延長になった。

このとき、これも珍しいことだが、
ジュニアの身体の動きから見えたことだが
ジュニアが延長を嫌がったのである。

<勝った。これで終わり>とジュニアは思ってしまったのだ。

延長。
ここでもニュートラルに見てジュニアの勝利だが、
後半のある局面で、
相手のヒザがジュニアのボディに一発入った。

ただでさえスタミナ面でふだんと違う様相を
示していたジュニアに、これが効いてしまった。
むろん相手は決め技はないのだが、
ジュニアはこのヒザでダメージを負ったのか
手も出せず、ただ向かい合って動かない。

ここでダモシは
<止まってるぞ。回り込んでロー!>と怒鳴ったが、
もはやジュニアには
ここで回り込んでローをやる元気は残っていなかった。

それでも全体的な様相から、勝ったと思った。

しかし判定。一人は分け。一人は相手に。
主審も相手に挙げてしまった。

0-2で判定負け。

判定というものには
常に負けた側は納得できない部分はつきものだが、
それはそれとして、
結果的には負けは負けである。

久しぶりに
メダルなしのベスト8止まりに終わるという、
ある意味で、相手にとっては<番狂わせ>
と相成ってしまったわけである。

ダモシにとっても同様。
普通に優勝すると思っていたからだ。
むろんその普通は、"普通"とは異なるが。

一方でワイフにとっては
<マミー…そばにいて>と弱気が出た時点で
<今日はダメだな>と
うすうす気づいていた、ということになる。

・優勝というものへのプレッシャーからの緊張
・あぁイヤだなと感じる会場への苦手意識
・疲労?もしくは体調不良?

などなど敗因は多々あれど、

一向にモメンタムが上がらなかったことは
確かである。

ふだんであれば試合を重ねる毎に
顔つきも変化してモメンタム高まるのだが、
勝利を重ねても一向にそれが高まらなかった。

いつもと異なる点で目立つものは、
もう一つあった。

場のアトモスフィアの相違である。

今宵もいつも同様に多団体が集う
オープンのトーナメントであるから
他の団体の応援もあるのだが、

それが異常に多かったのである。

どの団体も30人規模で
その団体のコドモが出る試合は取り巻いて
嬌声を発している。

それはそれはいつも以上の大音響。

ダモシが登場したジュニアの試合に関しては
さすがにダモシがいるから
相手側は大勢のそれは発しなかったが、

その場で行われている他の試合含めて
常にジュニアの周りでは
大音響の嬌声が流れていたわけである。
ひっきりなしに。

神経質な部分の多いジュニアにとって
戦後本人曰く
<すごくうるさくて、頭が痛くなっていた>
というように、脳内酸欠状態に陥ってしまった
ことは大きい。

現在のジュニアのレベルになれば
技量云々や気合云々は既に分水嶺は超えている。
ちんたら闘うことも、もはや、ない。

負けたことで
<気合が足りないぞ!>などと
他団体がよくやりがちな叱り飛ばし等は
今はもうあり得ない。

技量も伴っているから、その精度やキレを磨き、
ヴァリエーションや闘い方の組み立てを
レベルアップする段階である。

その段階における落とし穴が、
やはり闘いにおけるキーポイントである
アトモスフィアとモメンタムだったのだ、と。

その二つがまったく積み重ならず、折り重ならず、
高まらず、負へと負へと流れていった末の、
結果的な敗北。

プラス、本人の心理状態に影響する他の要因
としてのダモシやワイフや館長などからの
<声がけ>や、ふだんのsuggestion。

これもまた噛み合なかったのだろう。

ダモシとしては、

・楽に勝てるぞ。普通にやれば優勝だという過信
・優勝だぞ優勝、というプレッシャー付与

が反省点になるのか。

細かい微細な事柄や言葉、全体の空気その他もろもろが
ジュニアの心理に大きな変動を及ぼす。

それが、

・悪い意味での緊張
・動きの固さ
・格下にハイキックを入れられてしまう油断

などにもつながったのではないか、と。


むろん、本来の強者は、
どんな環境でもどんな相手でも勝つわけだが、
そうそうまだまだ問屋は卸さない
といったところなのだろう。

まだまだ微細にして繊細なケアは必要だ。

ほとほと、難しい。当たり前だが、難しいのだ。
同じ言葉でもその強弱やタイミングによって
受け止めるジュニアが抱く心理的影響は異なる。

受け止める側のジュニア自身の気分や体調に
よっても、かけられる言葉への反応は違ってくる。


勝負というものは、あらゆる要素が噛み合なければ
最高の結果は得られないということである。


やはり物事、フィフティ、フィフティなのだな、と。
勝つ可能性もあれば、負ける可能性もある。


そして今宵、最大の気づき。

ナカヤマフェスタがそれを示す。
今宵の大会で他団体のコドモ含めて
観ていて気づくことだ。

前述した
<己が持てる力を最大限に発揮する>ことの
重要性である。

勝ち負けという"結果"に事前フォーカスすることよりも、
<己が持てる力を最大限に発揮する>ことに
フォーカスすることの大切さ。

これをまた今宵、改めて実感した次第である。


*****


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相性の悪いアリーナ。
ダモシをしても、場のアトモスフィアを
己が色に空間設計することを、阻止するアリーナ。

ここは今後、避けた方が良いかもしれない。

常にそうなのだが、
ここは、足を踏み入れた瞬間にいつも
<う〜ん…>という感触に陥る。

要するに、合わないのだ。



夜、ジュニアが眠りについてから
一時間ばかりワイフと敗因の研究をした。

そこでダモシは、
<闘いにおけるアトモスフィアとモメンタム>
<パスカルの論理>についてを説明した。

敗北や失敗は、心を痛める上、
とかく興奮しがちになるのが人間だ。

だが、勝利の中には見落としがちな今後へのKSFがある。
決して勝利の渦中ではそれを見ようとしない。
敗北の中でこそ冷静に見つめるべきKSFがある。
しっかりと敗因を研究することがマストである。


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ダモシの書棚にある本の一つ。
<敗因の研究>。
けっこうタメになる。


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ダモシが富士で死ぬ可能性もまた、
フィフティ、フィフティ。

何を冗談を、とはもう言えない齢である。

滑落などを除いて富士山で死亡した人のうち、
健康な人が富士登山で心停止で急死したケースが
過去五年で14人という、昨日の朝日新聞の記事。


062710d.jpg


やはり空梅雨。
オールウェイズ246の夕日の時間は過ぎて
夜の帳が降りてきた頃合いの、いつもの空。

西に微かに、246の夕日の名残が見える。

競馬の宝塚記念の頃合い=梅雨の頃合い。

ニューヨーク時代ならば
それは<東京出張の時期>だった。

そしてニッポンでいえば
先般記載した通り、
ワイフと交際をはじめたエントランスの時期である。

敗因の研究を語り合いながら
自然とその話になり、

<覚えているかい。
 あのときの宝塚記念は、
 やはり本命のオグリキャップが負けたんだよ。
 オサイチジョージという馬が勝ったんだな。
 俺は名古屋の滞在先でそれを観ていた。
 その出張時に、電話をくれたんだよ>

とダモシは語った。

<そうだね。梅雨だったね。蒸し暑い日々だったね>と。

フト想った。そして言った。

<今年で20年だな。
 〇〇はそのうちの6年か。20分の6。
 でもコドモというのは、
 恋人や夫婦の時間の10年を、
 わずか1年で超えてしまうくらいの
 存在の重さであり、濃さだな>

と。


20年前の宝塚記念の頃合いには、
二人の色恋以外に
二人の間には存在しなかった。

だが20年後、
ふたたび同じニッポンに戻っている
二人の間には、否、中心には、

どっかりとジュニアがいるのだ。

いつまた二人の中心からジュニアが飛び立ち、
二人の色恋中心に戻るのか。

その頃までダモシは生きているのか。


ニューヨークはもとより、9.11、富士山
などと共に、

競馬でいえば
日本ダービー、有馬記念などと共に、

そう考えれば、宝塚記念もまた
れっきとした移動祝祭日になっているのかもしれぬ

と、一人想い、

悔しくて悔しくてしょうがない今日という日の
締めくくりに、

しんみりするところである。


まあ、いい。

試練の連戦の幕開けが、こういった結果になったのもまた
何かの示唆であろう。

次は中一週で再来週の週末だ。
その後は、ダモシvs.富士だ。



Anyway, 次だ、次。

次に、また最大限を目指そう。

その最大限こそ、目指す限りそれは、<∞>:無限大である。

チャレンジャー精神を忘れるな
という示唆もまた今宵与えられたことであろう。






posted by damoshi at 00:35| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

<1x100> or <∞x0.01>



やはり空梅雨なのか、
さすがに湿度は高くマギーではあるものの
雨が少ないのが今年の特徴か。

拙宅前の紫陽花も、こころなしか寂しそう。
水滴が欲しいのではないか紫陽花は。

062610f.jpg

降っても雨は、緑にほんのりと滴のみ。

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今宵はちょっぴりゆっくりと眠った。

お疲れモードで
昨晩は早、1AMには横になった。

今朝、目覚めれば9:30AM。

だが既にワイフ&ジュニアは元気溌剌。
それもそのはず、明日の大会に向けて
今宵の土曜日も三時間の練習が昼からあるため、
朝も早めから動態を始めなければならないわけだ。

明日は馬券を買いに出かけることはできない
ということでダモシも、
朝一番で新聞販売所へ出向いて朝日新聞を買ってきた後、

ワイフとジュニアが道場へ出かけるタイミングで
共に自宅を出発して
<たまには電車でとことこ行くか>と
新横浜まで電車でごゆっくりと出かけたわけである。

新横浜のWINDSで馬券を買うのはルーティンではあるが
電車で行けばまた逆に徒歩でこその行動範囲内で
動きをとることができるということで、
新横浜のブックオフへお立ち寄り。

前回の的中馬券で払い戻しされたお金で馬券を買い、
余ったお金で本を買おうという算段だ。

一時間ほど、ゆっくりとぶらぶら眺めて、
いくつかを手にとった。


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幸田真音ではなく、幸田文。
幸田露伴の次女である。

女史はもとより、林芙美子や宇野千代などの女流には
興味津々で、その著作には目をつけているのだが、
幸田文はよふやく初めて手にとったわけである。

大の猫好きとしても知られる幸田文。
さすがにその日本語は美しい。

瀟洒な随筆で、季節的にも読むのに相応しい。


そして、昔懐かしいノスタルジーは
<空手バカ一代>。

062610a.jpg

こちらもまた違った意味で、目をつけていた。

子供の頃より一貫して漫画を読まないが、
ドカベンやアストロ球団、恐怖新聞、侍ジャイアンツ
などと共に、少年時代に読んだ数少ない漫画の一つ。

出来れば当時の装丁が欲しいのだが、
復刻された新しい装丁でも中身は同じだ。

講談社漫画文庫として装丁が生まれ変わった
<空手バカ一代>は全11巻だという。
1&2巻しかなかったため、その二つを買った。
今後、揃えるだろう。

早速、練習を終えて帰ってきたジュニアに見せて
この内容を語ったわけだが、
早速ジュニアは、あの有名な<牛殺し>に興味を示した。

<11まで揃えておくよ。
 小学校高学年になったら、あげるよ>と伝えた。


*****


さて、馬券だ。

今宵のテーマである
<1x100> or <∞x0.01>。

あの、
ニューヨークからの東京出征における
東京裁判でのダモシが当時、
ダモログで掲載していた
<0.01%の可能性がある限り…>。

それは、猫ジャックを安楽死か
引き取って自宅で奇跡に賭けるかという
ニューヨークの動物病院での判断分水嶺の際に
ドクターに言った

<可能性を知りたい。
 ここから復活する可能性がゼロなのか否か。
 0.01%でも可能性があると、イエスと言うならば、
 私はジャックを連れて帰る>

も同様。

常に、
<0.01%の可能性さえあれば十分だ>
とするダモシズムの原点であるが、

その原初は、パスカルの論理に帰結する。

アメリカ人が常に、
物事の可能性を求められた際に発する
最適なアンサー。

それは、<フィフティ、フィフティだ>である。

時に、
強くその高い可能性を求める側からすれば
そのアンサーは逃避にも感じられるのだが、

実はそうではなくて、真理を得ている。

物事はすべてフィフティ、フィフティである、と。

以下に、それらを分かりやすくするために
今宵のケイバタイムスに掲載した原稿から
関連する一部を抜き出してみる。


::::::::
勝負ごとのフォーカスとして、
ひとつには
<格/ランク>vs.<勢い/モメンタム>がある。

今年のサッカーW杯が典型だ。

闘いの場である風土・気候・湿度・温度・風の匂い
などなどの環境アトモスフィアと、
それがメンタル面に与える影響力、
相手関係がもたらす心理的な微妙な機微、

そしてそれらを包含したところでの
全体アトモスフィアに、時の勢い=モメンタム。

これらが重なった時に、勝ち負けの分水嶺で
アドバンテージを得ることができる。

闘いは、大小ではない。
社内、学校内、組織内、ローカル大会、全日本大会、
アジア大会、世界大会…。

仮に世界大会でベスト4した者でも
ローカル大会の二回戦で負けることもある。
アジア大会でベスト8の者は世界大会でベスト16には行けない
と思われても、行ける可能性は十二分にある。

要するに、闘いにおいては
ランクや実績も大切だが、
それを超越したところでの<モメンタム>をいかに
獲得することができるかということと共に、

その場のアトモスフィアを包含することが出来るか、
己がものとすることができるかが
大きなポイントになってくるということだ。

A10-4B
B7-2C

という結果があったとすれば、
Avs.Cになれば通常、
A13-1Cくらいの予想を、人はするだろう。

人は無意識のうちに、
そういったランクや過去の実績から
数値的なことを無意識のうちに考え、
いずれか<可能性の高い方>を選択すれば安全
という思考が働いている。

パスカルの論理である。
要するに、<∞>:無限大である。

1対<可能性>に対する、無限大対<可能性>。

前者の場合は、
可能性が0.5だとすれば、1x0.5になる。
いずれにせよ1という有限が軸だから、
可能性の数値の高さ以上の数字にはならない。

後者はしかし、
軸が無限大であるからして
掛けるところの可能性がたとえ0.01であったにせよ
結果的に前者を上回ることもあり得る。

その一つの事例が、
サッカーW杯の
ニッポン代表の決勝トーナメント進出であり
フランスやイタリアの予選敗退である。

場の風土、風の匂い、周囲の音その他もろもろの
アトモスフィアも重なって
どうやら南アフリカという場は、
欧州勢にはフィットせず、日韓にフィットしているという様相。

そして、
それらの趨勢を如実に表すのがまた競馬である、と。

<誰が勝ってもおかしくはない>。
<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>。

基本的思想としてのパスカルの論理をもとにした
"無限大x可能性"。

これが闘いの原点であり、且つ競馬の原点でもある、
not only, but alsoである、と。

しかしながら一方で、
競馬には<ベット>というもう一つの本質があり、
そこにお金がかかってくる。射幸心も介在する。
だから余計に難しくもあり、面白いのである。

人は、その馬券というものの構想を立てる際に、
必ずローテーションや実績、タイムなどという秤をもってして
己を安心させるわけである。

結果、それが何の役にも立たない<可能性>
もあると知りながら。

ナカヤマフェスタの近走が悪くても、
その持ちタイムという可能性と
秋のセントライト記念時に戻る可能性を
選択するのに等しく、

ここはイコピコをピックアップか。

しかもここ最近のGI傾向を見ていれば、
<ランク>よりも<勢い/モメンタム>が
好結果を生んでいるケースがある。

直前の調教が絶好調であったり、
格は落ちるが近走が絶好調であったり。

後者に該当するのが前述のアーネストリーだとすれば、
前者に該当するのがイコピコ。

直前の調教の様子が良いことと、
ナカヤマフェスタ同様に
昨秋の良かった頃〜神戸新聞杯のイコピコ〜に
戻る可能性にかけて、本命◎にピックアップ。
::::::::


というわけだ。

だから、物事は基本、
何が起こっても不思議ではないということで、

ゆえに
すべての可能性はフィフティ、フィフティ
というわけである。

且つ、
そこで己はいずれを選ぶかという
分水嶺は、人間誰しも帰路という大げさなものから
馬券という市井のものまで
誰の身にも多々あろう。

必ず人間は安全パイを選択する。

だが、ダモシのようにそうではない人もいる。

三十路に差し掛かってから
異国へ出てチャレンジしようなどということは
心理的にはリスキーなものである。

そのまま日本にいれば安全パイという
当時の生活状況を鑑みれば
1(有限)x100(可能性)。

100という数値的可能性がある。

その状況下で、海のものとも山のものともつかない
異国へゼロからチャレンジするということは
〜しかも十代や二十代前半ではない〜、

後者に位置する可能性は、
限りなくゼロに近い0.01であるわけだ。

ところが、その前に位置するべき数値が、
1という有限ではなく
目に見えない無限大=<∞>であるからして、

∞x0.01は、イコール100を超越する可能性がある
ということになる。

猫ジャックの場合しかり、
東京裁判のケースもしかり。

いずれも可能性は限りなくゼロに近いところ
だったにも関わらず、

その前に位置する<∞>に賭けたわけである。

そして、
それがまた
<踏み出せばそのひと足が道となる。
 迷わず往けよ、往けば分かるさ>という意味なのである。

仮に<∞>の数値が10,001なれば
x0.01で、トータルは100.01となる。

だから10,001を超えれば、
事前可能性が高い<1x100>をも
凌駕することができるというわけである。

どんなに事前可能性が100あったとしても
前に位置する数値が有限だったならば、
事前可能性以上の何かは成し遂げることはできない
という結論に至るわけであり、

どんなに可能性が少なくとも、
無限大:∞を前に位置させることで
あきらめずに闘えば勝つことができる
ということになるのだ。


明日はまたその闘いである。

否、明日のみならない。
明日からジュニアもダモシも双方、
当然ワイフも、

また新たな、そして連戦の闘いビッグイベントが続く。

すべての可能性はフィフティ、フィフティ。

ダモシが富士で死ぬ可能性も
フィフティ、フィフティ。

ジュニアが明日、優勝する可能性もまた
フィフティ、フィフティ。

ただ、いずれにおいても
我々は常に、前に位置させる数値を
有限としてはならない。

常に、ヤングボーイに限らず、
我々は無限大の可能性というものを
"信じる"だのということではなく、

それを<配置させる>ということが必要であり
重要なことになってくるということだ。

そして、その配置をまずは実現させることが
勝利への第一歩であり、

イコール、それこそが

<努力>であり、<踏み出す一歩>なのである、と。



*****



062610d.jpg

ちゃんと書いた通りに、
イコピコからすべて買っていますから。


時に勝ち、時に負け、時に雨が降る。

そして、
ゲームが終わるまで、ゲームは終わらない。

さらに言えば、
バットを振らなければ、ホームランは生まれない。

古くは、
虎穴へ入らずんば虎児を得ず

になるのか。



*****


今宵、自室の大掃除を突然はじめた。

特にレイアウトではなく、本である。
夥しい量の本。

その配置を、本棚やデスクごとに変えるのだが、
未だ終わらない。

だが明日は朝から闘いだ。

掃除はひとまず中断し、これを記載し終えて、
その後はリビングへ移動して
KARATE NOTE BOOKに明日の戦略を書き、
<空手バカ一代/第一巻>を読もうか、と。




Which would you like 1x100 or ∞x0.01 ?


Have a nice weekend.








あ。忘れていた。

いまどきビデオというのも何ではあるが
映画<ロッキー>のビデオも105円で買った。

何度観ても名作だ。

この真似をするために、
フィラデルフィア美術館へ行って
ロッキー・ポーズをとった日を想い出す。


062610c.jpg




posted by damoshi at 01:13| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

己自身>W杯、i-phone




サッカー・ファンの皆様こんばんわ。
特にサッカー・ニッポン代表ファンの皆々様にとっては、
サッカー界お特異のフレーズである
<運命の>闘いまであとわずか。

寝不足にお気をつけあそばせ。

ダモシはその直前までには眠るでありましょう。

というのも、
不覚にも予選二試合フルに観てしまったのである。

しかもカメルーンとオランダを応援していたのに、
何だか異様にフラストレーションのたまる内容。

今宵も当然デンマークの応援だが、
ダモシが観てしまったら最後、
デンマークが負けるか引き分けてしまいそうでイヤなのだ。

だから、観ないで眠る。

正直、
<いいからデンマーク、とにかく勝てよ!>
という気分である。

毎朝の
<奇妙なスタンディングの光景>

〜朝のワイドショーの出だしで、
 鳥越氏らがなぜか立っていて、
 その下から煽るようなカメラワーク、
 異様なハイテンション、且つ、
 ユニクロの社内会議を真似た立席型なのかという
 明らかなるウケ狙い的様相が
 ハナにつくったらありゃしない光景〜

と<ブブゼラの音>が、
ほとほと目障り耳障りの、けふこの頃。

座れよ、と。
鳥越、落ち着けよ、と。
ブブゼラならホラ貝でいいだろ、と。

へんてこりんな様子に
さようにダモシは言いたくなるが、

さすがの梅雨も嫌気がさしたのか、

ある意味で空梅雨的な日々。

今宵、例の、雨の法則の<東銀座>。
しかしそれすらも、もはや雨は降らない。


062510b.jpg


歌舞伎座も、いよいよ覆われて解体か。


ブブゼラ、サッカーW杯などなど
一致団結&一方向への情報操作
&赤信号みんなで渡れば怖くない
の趨勢は、

i-phone4にも表れる。

銀座のど真ん中のアップルストア前は長蛇の列。

まったくこれらの輩は、ダモシ的には、

南アフリカまで
サッカーW杯の観戦ツアーで出かけている人々
と同列に、<不思議>な人種と相成る。


062510a.jpg


不思議だ。ほとほと、不思議だ。

南アフリカまで
サッカーW杯の観戦ツアーで出かけている人々や
i関係が発売される度にアップルストア前に行列を成す人々
は一体、何者なのか、と。

<ふだん、何をしているのか>と。


rencyu1.jpg


まあしかし、それでも、
先々月出かけた大阪は新世界の
コテコテ大阪の本丸のその界隈を
4PM頃からもう既に酔っぱらって
ふらついているオジサンたちと

変わらんだろう、と。


いずれも、それは幸せなことだよのぉ、と。



*****


個人的なイベント目白押しの日々に差し掛かる。
たいてい夏にかけてはそうなる。

昨年、
自身が企画して作ったある商品。
ニッポン全国で売られている。

サッカーW杯やi-phoneとは比較にはならないが、
それでも"一応"ヒットしている。

ネット上でも話題に"一応"なっている。
個々が喜んでくれて
ファンもついてそれぞれがブログに書いてくれている。

その第二弾が、7/1から発売になる。
明日はそのプレスリリース。
早ければ明後日の朝刊各紙などに出るだろうし、
他のメディアにも色々と仕掛けるつもりである。

売れてもヒットしても、
ダモシにはお金は入らないが。

そして富士との闘い〜富士登拝は、7/16-17。
それは既報の通り。

ジュニアの空手のタフな大会の連戦も
今週末から始まる。

富士との闘いの前までには、
めったに酒席しないのに二席もある。

もろもろピッチを上げていかなければならないが、
脚は未だ絶好調には至らないのが実情で
未だ痛みもあるし、まだ階段の上り下りや
軽いランでも手探りだ。

そして、なによりも、とにかく、やたら眠い。

電車に座ればもう一分以内に熟睡だ。
なぜこんなに眠いのか、と。
単純だ。寝不足なだけだ。


明日は、猪木vs.アリ戦記念日だ。

ダモシにとっては

サッカーW杯よりも

今週末の宝塚記念や
猪木vs.アリ記念日はもとより、

なによりも
自分自身とジュニアの
トピックスやイベントやチャレンジの方が
わくわくなのは、

当たり前である。


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空梅雨?

の、オールウェイズ246の夕日。






posted by damoshi at 02:24| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

ぬり絵の旅



読みかけたままにしてあった古本を
最近、電車の中で読んでいる。
といっても今日からだ。

すぐに終わるだろう。
それくらい軽妙に読んでいくことができる作品だ。

阿刀田高<ぬり絵の旅>。

ふと入った古本屋で今年の頭に入手したものだ。
"旅"が主題になっている本は、
たいてい気になって手にとる。


nurie2.jpg

若い時分に知り合った男女。
日本地図を描いて、自分が行ったことのある
都道府県を塗りつぶしていくゲームをする。

そして、未だ行ったことがない県へ行き、
そこで結ばれるのだが、別離。

年月が過ぎ、共にオトナになった或る日、再会。

日本地図をすべて塗りつぶすことが
あの後できたのか、を問い合う。

あの頃ふたりは語り合っていた。

<全部塗りつぶすと、
 なんか、いいこと、起きるかなぁ…>

<起きる、起きる、きっと>

八年の歳月を経て再会。
<で、地図の、ぬり絵は完成した?>と男は女に聞く。

そして男は女を旅に誘う。

といった内容で、
ここから女が誘いを受けて旅に出るのかどうか
といったところで、本編を読んでいく段階だ。

目次には、小説の舞台となる旅先が書かれてある。

1982・春 東京駅
1973-1974 新宿・高円寺・上高地・水戸・鴨川
1982・夏 原宿
1982・秋 会津
1982・冬 志摩・名古屋城
1983・春 長崎・雲仙
1983・秋 鳥取・島根
1984・冬 秋田
1985・夏 御巣鷹山
1986・春 魚津
1988・春 南楽園
1989・夏 和歌山

現在は、三つ目の<1982・夏 原宿>項を
読んでいるところである。


*****


この<ぬり絵>。面白いな、と思った。

ダモシ版のそれを軽く作ってみた。
こんな案配だ。

nurie.jpg

大きく見るとこうなる。
http://www.246material.me/nurietabi.html

赤い星は居住経験地。
青い星は昨年訪れた地で、緑の星が今年訪れた地。

日本国内の旅でいえば
昨年は異常に多かったことが分かる。

塗りつぶした都道府県は、小説同様に、
通った地やちょこっと寄った地ではなく
宿泊したり旅したり一定時間を過ごした地のみとする。

三十路のほとんどを日本にいないという
ブランクがあるから、
実質的には30年強でのキャリアとなる。

それにしては行っている方だろうし、
住んだ都道府県も多い方だろう。
いずれも複数回行っていて、
居住地も同じ都道府県内でも複数地に住んでいたりする。

一方で、未だぬり絵が完成していない地
すなわち<行ったことのない県>が白の部分だ。

傾向的には、まずは<日本海側>。
新潟を筆頭に、富山、福井、鳥取、島根と続く。
福井はきちんと通過しているから無縁ではないが、
新潟・富山・鳥取・島根は
まさにこれまでまったく縁がない。

次に<ブラックホール的エリア>。
滋賀・三重・和歌山だ。

特に滋賀は何度も通過(新幹線)しているものの、
三重、和歌山含めて無縁だ。
滋賀と三重は何となく
通過するだけの<動線>のような気がして存在感が希薄なのだ。
和歌山の場合は<動線>ではないものの、
存在の耐えられない薄さでは同じだろう。

ダモシの場合はこれらには
琵琶湖や熊野古道やホエールウォッチングに
異様な興味をもし持った場合にのみ行くのかもしれない。

次は独立系の四国と九州だが、
いずれも<右端系>と無縁であることに気づく。

前者は、香川・徳島・高知。
後者は、大分・宮崎。
いずれも(リアルには高知を除き)<右端系>だ。

スペースの都合上、
北の某は一応ここでは日本に入れたが
沖縄は、他の小さな島々と共に割愛した。

大枠では、

・日本海側
・ブラックホール的動線&希薄な存在
・独立島の右端系

の3タイプと無縁であるといえようか。

この未だぬり絵の中で白になっている地で、
最も興味があり、最も行く可能性(物理的に)があるのは
新潟かと想定されるところである。

沖縄も含め、未だ白の都道府県は全部で<14>。

これが多いのか少ないのかは、分からない。

そして、生きている間に
<ぬり絵の旅>が完成するかどうかも、分からない。

だが、くさっても自国である。

どうせならば、ぬり絵は完成させたい。



nurie3.jpg

(富士へ臨む靴)。





posted by damoshi at 02:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

ドキドキわくわく表裏




<空梅雨か?>と思えるほど、雨が少ない。

だがそれでも空は確実にスモーキー。
そこに在るはずの富士を遥拝することはできない。

富士が姿を消す時節。
それが六月-七月である。

日暮里・富士見坂、東京都庁、キャロットタワー。
それらから見える富士は今、見えない。

人が富士講で登拝する七月-八月の
わずか一ヶ月あまりの間、見事なまでに姿を消すわけだ。

それは<月見草>と誰かに形容させる美と引換えに、
本性である悪魔性を潜めて
登拝者にのみそれを己が懐に入れた上で覆い尽くし、

その恐怖を凌駕した者にのみ、

頂において富士はまた異次元の美を見せしめるのである。


Fuji-Tohai Damoshi-gun 2010
〜一緒に冨士に行こうじゃないか〜まで
あと25日となった。

25日など、すぐだ。あっという間だ。

布陣もほぼかたまってきた。十名前後か。
何となくだが、参加の可否を見ると想像通りというか、
なるべくしてなるメンバーに落ち着くものだ。

昨年は対富士の直前、ダモシの後輩が急逝した。
前夜、通夜に列席し、
その翌朝、富士へ向けて出発した。

その後輩は、富士登山を計画していた。
それは叶わず死去したわけだが、
直前のその事態にダモシは
その後輩を連れていくというマインドを持って
対冨士に臨んだ。

フォーカス的に、
・ジュニア
・ワイフ
そして、その後輩。

それらの存在が、
ダモシが根性を出して登り切るべく
モチベーションとなったことは言うまでもない。

その後輩が計画していた富士登山に共に行く
予定でいた者の中から、
最も彼とクローズだった男が、

今年、参戦する。

後輩の容態が急変して死に至る過程を、最期を、
そばにいた男である。

ダモシはその男の参戦は、
男としての二言はないという意味でも
<言った通りに>参戦してくれるという部分でも
心底喜んでいる。

昨年、ダモシは既に死去した後輩のソウルを抱いて登り、
頂上でそれを抱きしめて、レターをしたためた。

今年は、その点においては役目ではない。

その男こそが、その役を担うべきだろう。
ダモシは何も言わない。
その男がどう考え、どのように己自身でおとしまえを
つけようとしているのか。

それを黙して見るだけにする。

その男は、ダモシにとってはまた別の後輩でもある。
直系後輩ではないが、
ある意味で直系といえる点は、
<大学の先輩後輩>であるという点。

野球も共にしていたし、
ケイバ・タイムスでも草創期から共に関わっている。
当然、立派な仲間であり、後輩だ。
その参戦を心から喜んでいるところである。
彼もまた同じく田園都市沿線住民である。

<俺は何も言わない。自分なりにおとしまえつけろ>と。


ダモシは今年は、ウルトラの父を連れていく。

ウルトラの父は逝去以来、
キーになる場所へ連れていっている。

ニッポン帰国後でいえば昨年、
ウルトラの父のホームである熊本。
その熊本城の武者返しに還した。

一度だけ共に出かけて遥拝した富士へ。
今年はウルトラの父の遺骨を連れていく。
ニューオーリンズその他、世界に匹敵するだろう。

<ほら。ここが富士の頂だぞ>と言おう。


別の仲間も、同じ田園都市沿線から参戦となる。

彼もまた年初に参戦を表明。
年初に参戦を表明したとしても
オトナの事情その他でリアルにその通り参戦
できるとは限らないのが<現代>という中で、

彼もまた二言はないと参戦を正式に表明。

既にシューズとザックをネットで購入したという。

<不安と期待とで
 とてもドキドキわくわくしています>と。

この、我らの世代(アラフォー&フォーティズ)で
いまさらながら
<ドキドキ&わくわく>するということが大切なのだ。

しかも、己の精神と肉体を100%駆使することで。


ニューヨークで、
共に苛烈な闘いの日々を過ごした
当時の仲間も大阪から参戦。

ニューヨーク時代の後期。
己が立ち上げたメディアで共に闘った仲間だ。

彼とは晩年、
ニューヨークと大阪で諍いになり袂を分かった。

それこそ彼もまた酸いも甘いも噛み分けてきた強者だ。
ダモシもそれなりに齢を重ねてきた。

富士が、再会の、ベースにある通奏低音は同じ二人の、
ベタベタはしないがそれでも男同士という世界観の
再確認の場に、なろう。

言葉不要の世界観。
ベタベタしなくても、酒を飲まなくても、
信頼関係が生まれる、ある意味で唯一の場。

それがまた、富士である。

偶然だが、彼もまた同じ台詞を述べた。

<わくわくします>。



思った。

要するに、これなのだ、と。

忌憚なく、今の日本には、
否、ダモシにとっては既にもう90年代には、
ニッポンには

<ドキドキ&わくわく>するものは何一つない。

もとより今は、
対ジュニアというフォーカスでは
それは空手のコンペティションその他で
多々生まれたが、

ダモシの、<じぶんのこと>そして<闘い>
という観点でいえば、皆無である。

趣味というジャンルでは、それはあるだろう。
映画、音楽、絵画、写真、その他もろもろ。
サッカーのW杯に
<ドキドキ&わくわく>する人も多いだろう。

だが、それを<自分自身>に置き換えてみたとき
どうだろうか?

ダモシの場合、
90年代以降のニッポンにはそれは皆無で、
己自身がすることだけが
常に<ドキドキ&わくわく>だった。

もはやそのレベルになっていたのだ。

己自身の生き方と日常こそが
<ドキドキ&わくわく>である、と。

それでも、ニッポンというリングでは
毎日そうなれるのは、ほぼ困難である。

対峙する存在にもよってくるからだ。

ある意味でエブリデイ、それがなし得たのが、
ニューヨークだったのである。
だからこそ移動祝祭日であり愛人なのだ。
今もそれは変わらない。
想うだけで胸が痛むのは、今も変わらない。

ひるがえってニッポン。

そこに富士がいた。富士が在った。

登り終えた後、昨年こう書いた。

<富士が移動祝祭日になれるかどうか>と。

なった。

結果的になった。

ものすごい存在感で、富士はこの一年、
ダモシの前にいつづけたのである。

富士はもはや移動祝祭日になった。

そして
ダモシをしても
対峙する存在として
<ドキドキ&わくわく>するようになり、

それをも超越して、今既にもう、恐怖を覚え、
身体の震えも起きるほど、
じわじわとカウントダウン25から覆いかぶさってきている。


<ドキドキ&わくわく>は、
ダモシにとっても彼らにとっても
参戦する者すべてに共通する二律背反、表裏一体。

それはまさに"余儀ない旅"に部類されるものでもあろう。

旅につきまとうドキドキ&わくわく。

しかしその<ドキドキ&わくわく>は
ただ楽しいというところでの精神性と心理力学ではない。

そこには切なさであったり、
抱いて共に往く存在へのマインドであったり、

そして恐怖というものが、必ず内包されている。

どんな旅にも必ず、非日常への旅は必ず、
楽しいだけではなく恐怖のようなものも存在する。

そこを一歩踏み出せば道となる。

ここであの、<迷わず往けよ、往けば分かるさ>が出るのだ。


ご子息を連れていくことも検討している人もいる。
そうなればまた氏は、
我々とは異なるフォーカスが生まれよう。

昨年は、コドモのような心持ちで
<勢い>だけで行ったような気がする。

むろん直前で<弔い合戦>というテーマも生まれたが、
全体を取り巻く環境は<勢い>に他ならない。

それはそうだ。

富士登拝くらいになれば、
ある意味で<勢い>がなければ無理だ。

"そのうち"などという甘ったれた考え方ならば
まず行くことはないだろう。

しかし今年は<勢い>ではない。
ある意味で<勢い>はない。

だからか、無性に怖いのだ。

おそらく今年も昨年同様に、
直前の頃合いにはオフィシャル事案で
富士の近隣へ出向くだろう。

そして仰ぎ見るだろう。

そのとき富士は昨年同様にダモシをじらすのか。
あるいは堂々と儀容を見せしめて
ダモシの心を折ろうとするか。

何でも言い出しっぺのダモシである。
ダモシ自身は何があってももう行くわけだ。
<やっぱりやめた>ということはあり得ないのだ。
死なない限り。

脚が思わしくなくとも、体調不良であろうとも行くのだ。
だから体調を整えるなどということよりも
心理的な面の調整をうまく行う
ということが現行タスクになろう。


だが、暴風雨も結構。闘う準備はできている。

それにしてもこの緊張感。

これは、たまらない。

これこそ
日々是決戦だったニューヨークに
匹敵する緊張感である。

<ドキドキ&わくわく>しないわけがない。

やはり、闘いやチャレンジは常に必要だ
と、思う。

ジュニアも頑張っているのだ。
ダモシよ、お前も頑張れよ、と。


*****


参戦者へは
ダモシ編纂のガイドブックが配布される。

ちょうど作成中だが、表紙だけアップしよう。


fujitohaiguidebook.jpg


行程はほぼフィックスだ。


<FUJI-tohai Damoshigun 2010
 一緒に富士に行こうじゃないか>

企画概要

■日程:
7/16(金)
10-10:30AM集合。12PM前に登山開始
7/17(土)
未明に登頂開始。
登頂後、下山(昼メド)。
五合目で解散(昼)の人と
下界の御殿場ICへ向かう途中の御胎内温泉で
入浴と昼食後解散(2-3PM頃)の人、
各自都合で選択。

■ルート:
静岡側富士宮口
(メディアで出てくる初心者用&大渋滞側ではない方)

■宿泊小屋:
九合目
(昨年は八合目。今年は一気に九合目まで行く)

■天候:
雨天暴風決行

■想定行程;

7/16(金):::::
10AM-10;30AM頃に富士宮口五合目に集合。
高度順応に若干時間をゆとりをもってとり、
昼直前をメドに登山開始。
九合目の山小屋まで余裕をもってゆっくり臨む。
(昨年の二の舞いを避ける=食事時間に間に合うよう到着する)。
7/17(土):::::
昨年の二の舞いを避けるべく、
(タイミングと場所最適な状態でご来光を見られず)
九合目から未明に出発して余裕をもってご来光へ臨む。

■個々かかる費用
・富士山五合目までの交通費
・山小屋宿泊代
・登山、下山中の飲料代等
・下山後、日帰り温泉で風呂に入る場合の温泉代
・山小屋での食事を除く食事代
・装備品一式


まだ間に合うぞ?

〆切は今週の土曜日である。

急遽参戦希望の方は以下へメールにて。
fujitohai_damoshigun@yahoo.co.jp



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2010年06月19日

ダモシ・ノート



<ノート>というタイトルがつく本は多くある。

最近では野球の野村監督の<野村ノート>が有名だ。

nomnote.jpg

ダモシも自身の絡みでノートは数種、ある。

それらは主に各自案の戦略や戦術、
心理的なことを記すものから、旅日記的なものとなる。

マル秘的なノートやメモを題材に、
サスペンス小説へ昇華させた
<ヘミングウェイ・ノート>のような本もある。

hemnote.jpg

いずれにせよノートは、
情報や考え方を記すものである。

PC時代になっている今もなお、否、今だからこそ
PCでのエクセルその他でのデータ管理はもとより
一方で手書きでのそういったノートの価値はある
と考えている。

逆にダモシ自身も昨年くらいから
ノートに書くというアクションを、特に採っているというわけだ。

そのノートにもオリジナリティを持たせたい。

中身はむろんオリジナルだが
表紙周りも含めたところでオリジナルのノートにすることで、
より利用するモチベーションも高まるというものだ。

ジュニアの<空手>という事案における
練習日記から技術論、相手の特徴分析、
試合での戦略・戦術などをこまめに記載していくべく

KARATE NOTE BOOKたる
ダモシ・ノートをオリジナルで注文制作した。


061910a.jpg

表1。

061910b.jpg

表4。


持ち運びを考えてA5サイズにした。
中身は誰もが知っているCAMPUSノート。
横罫線版と方眼版の二冊。

061910c.jpg

むろん表紙周りのデザイン及び入稿データは、
ダモシがイラストレーターで制作した。

まあダモシの場合は

名刺はもとより
何でも自分で作るからして、
ダモシ・ノートも世界に一冊という部分では
当たり前ではあるが、

ジュニア自身もモチベーション向上に役立つ。

これに諸々、空手に関する事柄を書いていくわけだ。
他団体はもとより同じ団体内に対しても
中身は当然マル秘にする。

技術向上と共に、
試合で勝つための、戦略・戦術が主な内容になるからだ。

各大会では同じ年齢/学年のコドモはつぶさに見て、
徹底的に分析していく予定であり、
各選手の技や動きの傾向をあぶり出す。

アナライジング・ベースボールならぬ、
アナライジング・マーシャルアーツである。

中身は見せないが、このノート自体は
ワイフの手によって同団体内で披露の予定。
他の人などが希望すれば
それもダモシがデザインして制作となる。

例えば野球などでいえば、
己がまた復活した場合、
もしくはジュニアの少年野球を仕切った場合などに
オリジナルのスコアブックなどを作るのだろう。



*****


今宵は、
昨日と打って変わって梅雨の合間。

野球でいえば
ローテーションの谷間か。

猛暑。そして絶好とはいえないものの晴れ間が覗く。

061910i.jpg

来週末から8.1福島まで続く
ジュニアの空手大会<試練の十番勝負>
へ向けて、

朝からAMずっと、
また港北エリアの施設を借り切っての秘密特訓を催した。

061910h.jpg

特にその、"全盛期のオグリキャップ級"の
ハードなローテーションのみならず、
相手関係も極真などタフになってくる上に、

一つの大会では、
旧団体の特殊部隊員との対決も想定されている。

仮に旧団体の特殊部隊員と、
我々新団体を旗揚げした旧特殊部隊員が
団体戦で当たることになれば、

同門対決、あるいは昭和のプロレスでいえば
禁断の日本人対決的なノリになり
尋常ならぬ闘い模様になるだろう。

旧団体側の特殊部隊員チームの
団体戦のメンバーも入手した。

それによれば一年生が不在ということもあり
先鋒で二年生の中でも、
他流試合で優勝を重ねている最強コドモが出てくる。

こちらの先鋒は当然ジュニアである。

ある意味で一年生王者vs.二年生王者となるが、
一年生王者ジュニアvs.ただの二年生でも
厳しいのに、
その二年生がかつて一緒に練習していて
歯が立たなかった相手となれば
ジュニアがアンダードッグになるのは当然だ。

だが、
<やる前に負けること考えるバカいるかよ>思想は
ダモシの原点だが、
ダモシのみならず館長も同様で、

昨日も道場で、相手の先鋒の〇〇に絶対勝てと
指示が飛び、且つ秘策も授けられた、と。

ダモシとしては
その闘いはもとより、対極真という面でも
さらなるダモシ技の伝授を施すことと
まずはその精度を上げていくことを目的とする
秘密特訓である。

精度を上げた後、試合直前には、
今度は戦略と戦術の示唆となるわけだ。

061910d.jpg


準備体操の後、通常のパンチ、キック数種の練習。
ハイキックも反復する。

061910g.jpg


十八番技である
<回り込んでロー>の練習と、

その技の後に連続しての
<回り込んでローの後、即座に、左インロー>を繰り返し練習。

そして秘技の伝授へ。

今宵は、

・ソバット
・かかと落とし
・アリキック

そして
・水面蹴り(の精度アップ)

並びに
・新技キック<扇風機>
・真空飛びヒザ蹴り

を繰り返し行ったわけである。

いずれもヒットすれば
相手に対して心身両面で
確実にダメージを与えるばかりではなく、

not only, but alsoの世界観で

<一発KO>を可能たらしめる技として。

当然、ダモシがすべて実演指導となる。

ヘビー級のダモシが
"意外性"の迅速なアクションと重みで披露する。


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後ろ回し蹴りでも
ローリング・ソバットでもなく、
これがソバットである。

<みぞおちに入れろ>とダモシの指示が飛ぶ。


そして
アンディ・フグのかかと落とし。

そろそろ出来るだろう、
そろそろ良いだろう、ということである。

これがまたジュニアが見事に出来たわけである。
しかもかなりのインパクトがある。

<〇〇の背からすればまだ脳天へは難しい。
 それよりも相手の右肩へ落とせ>。

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パンチング・ミットを持つヘビー級のダモシですら
その腕は痛くなる。

それだけ威力がある。

<いいぞ。これが入れば一発だぞ。精度を上げろ>。


そしてアリ・キック。

<アントニオ猪木vs.モハメド・アリ>
という格闘技の最高傑作については暫時、
ジュニアに語り聞かせているが、

その本丸の一つでもあるアリ・キックを伝授。

<ただのスライディング・ローキックではないぞ>

<水面蹴りが水面を斬るようなイメージだとすれば、
 これは相手の左脚外側からヒザ裏を
 刈る感じだぞ。
 那須の農場であるだろ。土を刈る感じだぞ>

アリ・キックの反復練習の後、
その後ろ回転版ともいえる
これまで何度も最近練習していて
試合でも出している水面蹴りを行う。

試合で出してきているが、未だヒットに至っていない。
だが、明らかにやられた相手は
キョトンとして対応できずにいる。

一発ヒットすればKOだ。

<これまでは相手の右脚外側からヒザ裏を
 斬る感じでやっていたが、
 それでは距離的に遠いのだよ。
 いいか。インローの感覚で、
 右回りで水面を切りながら、
 相手の左脚のインローヒザ裏を斬る感じでやってみろ>。

これが奏功した。

明らかに精度が増し、パワーとキレ味がついた。

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暑くなってきているからか、
先般の大会での勝利にさらに自信を深めたのか、

ジュニアの動きは良い。
しかも技一つ一つの重みが増している。

ダモシも
<普通にやれば全部勝てるぞ>と自信を持たせる。

ダモシ自身も対富士に備えての運動も兼ねた
秘密特訓は
汗のナイアガラの滝状態になって
三時間を要して終了。

清々しいウィークエンドの朝を過ごした。


そしてPMはキャッチボールだ。

未だ野球は
少年野球までの道程として、

ゴロのキャッチング、
フライのキャッチング等基礎練習の段階だ。

今宵、遂にジュニアはフライのキャッチに成功した。

それまでは
まだ赤ちゃん的に飛球を目できちんと追えずに
アクションをただとっていたが、

今宵は
きちんと目で追って
それに身体がついていき、
グローブも構えてそれで捕球する態勢を
とることができたわけだ。

大進歩である。

そして三球、見事に捕球した。
"たまたま捕球"ではなく
野球におけるアクションに則った
きちんとした捕球をすることが出来たわけである。


<よし!>。

それだけで目頭を熱くしたダモシであった。


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当然、ダモシ自身も、
いつなんどきでも野球チームを復活できるよう
準備は怠りない。

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対富士という括りで考えた場合は
そのヘビー級性が危険視されるが、

肉体という面では、衰えなく、
以前にも増して厚みを加えている状態だ。

今宵もスーツを購入しに出かけたわけだが、
案の定、店員も苦悶するほど
"現代的なスーツ"のサイズがなく、非常に難儀した。

ただのヘビー級ではなく、
強がりではなくそれは柔らかい筋肉の鎧でもある。

以前は、硬い筋肉の塊だったが、
空手などを通して
年齢を重ねている反面で逆に柔らかくなっている。

先般の脚の負傷も、ある意味で良かったのかもしれない。

今や逆にその右脚も以前より好調であり、
ハイキックの上がり具合も増してきている。

禍転じて何とやら、で、
ただでは負傷しないぞ、というところである。


とまれ。運動。

種目こそ人それぞれの趣向と
それぞれの肉体ポスチャーに合致したものになるが、

いずれにせよスポーツは、不可欠のマスト・イシュー。

これもまたコドモがいることで
逆に共に出来るというところで
結果、自分自身もまた再び鍛えられるという
恩恵を授かることができるわけである。



*****


最後に。梅雨の合間の、
オールウェイズ、246の夕日。

今宵こそ、
やる気のないカメルーンの最悪のサッカーではなく、

やる気のある、力通りの、
オランダのサッカーが観られることを願って。

別の意味で、
<南アフリカまでサッカーW杯観戦ツアーに行っている人>
を考察と笑いの素材として
ブラウン管を通してシニカルに眺めたいところである。


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posted by damoshi at 20:11| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鉄火場にやって来たヨソ者



世の中から、
"いかがわしいもの"が失われてはいけない。

"いかがわしいもの"の中でこそ
照射される人間の性や質というものがある。

むろん、
"いかがわしいもの"と"ダークサイド"は別で、
本質的な悪に陥るものではないところでの
ぎりぎりの"いかがわしさ"こそ重要なのである。

そして"いかがわしいもの"に対する許容の可否がまた、
その人間の懐の深さを計る度合いにもなる。

逆に"いかがわしいもの"を否定するならば、
こういう物言いをつけることができる。

ダモシ的には、
蓮舫チックな仕分け人たちや
サッカーW杯南アフリカ大会の観戦ツアーに
行っているような人たちの方こそ、

信用できない、と。
人間として。

そして、彼らこそ"いかがわしい"と。

違和感を覚えるからだ。
南アフリカまでサッカーW杯を観戦しに行っている
オトナやシニアとコドモに対して
違和感を強烈に覚える上、
ブラウン管に彼らが映る度に
<毎度思うが、何だこの輩は。ほとほと、いかがわしいわなぁ…>
と思ってしまうのである。

それならば、いっそのこと、
言ってしまえば、

平日の明るい時間帯から
川崎くんだりの草競馬場に来て
"だらだらしているように"、"いかがわしそうに"
見える人たちの方が

よっぽど<人として>信用が置ける。

酔っぱらっていても、
馬券が外れて不平を述べても、
愛すべき人間性、すなわちそれは

他者を排除しない人間性であったり
他者よりも己が特別という浮世離れ感がなかったり

といったような、

ある意味で地に脚がついている風情。

だからこそ<フランク>に接することができるわけだ。

東京首都圏の東海道五十三次は川崎にある草競馬。
川崎競馬。

ここに在る人々は、
まさに
南アフリカまでワールドカップ観戦ツアーで
出かけているオトナやシニアやコドモらとの対極に位置する。

どちらの人と話がしたいか。
どちらの人の人間性から何かを見出したいか。

となれば、ダモシは圧倒的に川崎競馬である。


ダモシ版/草競馬流浪記。
笠松競馬につづく第二弾は、川崎競馬。

それはまた、
梅雨に似合うのは<紫陽花>のみならずで、

この川崎競馬/地方競馬/草競馬もまた
梅雨と大雨によく似合う空間美とアトモスフィア。



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作家・山口瞳はその昔、
地方競馬について、こう書いている。

東京競馬場などの中央の競馬場へ行く際にはない
ワクワク感が地方競馬に出かける際には存在する、と。
それはなぜなのだろう、と考える氏。

・知らない土地、知らない競馬場を見る楽しみ

・知らない馬ばかりが出てくる。馬券を買うのが一種の冒険になる。

・競馬場が小さいので向こう正面を走っていてもレース展開が分かる。
 したがって迫力がある。

とその理由を挙げている。

だが、地方競馬(公営競馬)最大の魅力は、
<インチメイト(親密)なところにあるのでは>
と説く。

<村芝居を見る安気と楽しさ>と<小博打を打つ面白さ>である、と。

さよう。

東京競馬場のGIレースともなれば、
十万人に及ぶ単位の大群衆がいる。
場のアトモスフィアも明るく、ファミリーも多い。

しかし地方競馬はせいぜい数千人が関の山。
閑散としていて静かで、
気軽に、一人で、佇みながらそこに在ることが出来る。



*****



JR川崎駅。

それはもう<JR立川駅>といっても良いほど
類似している世界観で、

"妙にデカい"。

その、妙にデカくて異様に思えるほど多い人の数。
これをかき分けて下界に降り立ち
これまた尋常ではない数が存在するバス乗り場の中で
やはり閑散としている<21>番へ向かう。

バスが鎮座しているわけだが、その前にはしっかりと
おばあさんが小さなイスに腰掛けて
<ハイ、どうぞ?>と競馬新聞の購入を促す。

こちらは、どのみち競馬場に着いたら買うさ
と思っているのだが、
長い年月の付き合いで、このおばあさんから買う人もいるだろう。

川崎はこれで良いのだ。本来は。

奇妙に近代化を押し進め、
不釣り合いなほど駅やビルを大きくした川崎。
その違和感に対して真っ向から対峙して
<昭和的いかがわしさ>(それが川崎のある意味で魅力だった)
を披露するのはもはや競馬だけか。

中途半端な、ローカル町の<街化>ほど
田舎くさい所作はないのだが、
立川にしても川崎にしても、それをやってしまったのだ。

だからよけいにドン臭く映るわけで、
本来的にはこういう町は<昭和>であり続けるべきなのだ。

既に川崎球場はない。
だが、しっかりと川崎競馬は生き残っている。

<昭和>のおばあさんが新聞を売り、
競馬場行きの無料シャトルバスには<昭和>のおじさんが乗る。

これで良い。のっけから、牧歌的だ。これで良いのだ。

中途半端に川崎は、東京首都圏の圏内にあり、
且つ近代化と巨大化を推進してきたことで
逆にドン臭くなってしまっているのだが、

それを救っているのが、地方競馬の川崎競馬である。


*****


約10分弱、バスに揺られて競馬場へ。

入場ゲートを入る直前に
おばちゃんが立っている新聞売場で立ち止まる。

<さあ、どうぞ>とおばちゃんが声がけする。

仲間が言う。
<僕はケイシュウにしようか、久しぶりに。
 まだあったんだ、ケイシュウ…>。

<はい>とおばちゃん。

仲間が言う。
<でも、もうキョウエイじゃないでしょ?>。

キョウエイ。

仲間とダモシが90年代初期を過ごした場である。
競馬専門紙と関わりのあった組織である。

ダモシは言う。
<じゃあボクは、こっちね>とダービーニュースを指差す。

そのキャッチコピーが気に入ったのだ。


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<見やすさ1番・楽しさ2倍>
<競馬の醍醐味・川崎で満喫>

ベタだ。紛れもなくこれは<昭和>である。

おばちゃんが言う。

<ありがとね。しっかり稼いできてね。いってらっしゃい>。

気分が良い。

もはやダモシは、気軽に声をかけられることがない。
どこで、でも。

ここは、
ダモシに気軽に、
軽口や好意的な声がけができる人たちがいる空間だ。


なにせ、滞在していた四時間半の間に
何人もが声がけしてきた。

ごくごく自然に。ニュートラルに。

ダモシに対して何ら好意も悪意も持たず
ニュートラルに接して、のびのびと技を出してくる
<昭和>の人々。

久しくない。

しかも、ほとんどが歳上だ。

おじさん、だ。

そもそも
おじさんと接する機会、歳上と接する機会が
年々減ってきている中である。


パドック。
普通に馬を下見していると、
隣に立って同じく下見をしているおじさんが
声がけしてきた。

<山崎は下手だな。引いてんだからさ>
<ね。あれじゃ勝てないよ>

と、普通に、その前の第二Rの件について語る。

<ええ>だの、<はい>だの、<うん>だの、
<ふふふ>だのとダモシは間の手を打つ。

おじさんの顔は、随分と穏やかで、
ある意味で日常の路上では
ダモシに対して他者が見せない親近感。

ダモシに対する抵抗感がないのだから、当然だ。

ダモシは川崎競馬に精通していないから、
騎手の名を出されても傾向を言われても
分からないから、

ただただ微笑んで優しく相づちを打つ。


スタンドで座ってレースを見ていたときも、
また別のおじちゃんが声がけしてきた。

他にも、客はいるのに、だ。

<よしそのままだ!頭は4!よし、とった!>と快哉をあげる
おじちゃん。

どうやら三連単の4-3-12の万馬券18,390円をとったようだ。

その叫びの最中から
斜め後ろに座るダモシをちら見していた
おじちゃんは、

的中と同時に
<とったぁ!>とまた叫びながら席を立った。

その直後、ダモシの目を見て喜びの顔を露出した。
ダモシはそれに優しい笑顔で返した。

南アフリカのサッカーW杯のツアー観戦しているような
オトナやシニアやコドモに対しては
絶対に見せないであろう優しい笑顔を。



雨が激しさを増してきた夜。

帰路につく前の最後のレース。
スタンドからゴール前の地上に降りてきて観戦。

雨は激しいが、一瞬、弱まった。
そこで、せっかくだからゴール前に出ていった。
庇のない屋外へ出たのだ。

すると全レースでゴール前に立ち、
実況中継のマネをして叫んでいた青年が
ダモシに声がけした。

<よいのですか?雨、降っていますよ>と。

世間的にイカれた感じの青年だが、
ダモシを前にして異様に丁寧だ。

その言葉の前置詞としてカッコ付きで
(<アニキ!>)だの(<親分!>)が隠れているような
声の出し方だった。

要するに、
雨が降っているから濡れてしまうのに
こんなところまでアニキほどの人が出てきて
よろしいのですか?

といったニュアンスの物言いだったわけである。

<いいよ。大丈夫よ>とダモシ。

青年は"さようですか"と首をすくめるが、
さらに言う。

<この馬場(ドロドロ)ですから、はねますよ?泥が。
 危ないですよ?>と。

<ここまで、はねる?>とダモシ。
<ええ、来ますよ>と青年。

青年はさらに演じる。

まさにそれはマフィア映画に出てくる、
マフィアに対して弱腰の工場長が
己が仕切る工場の職員たちを卑下して言うかの如く。


<ヤツらは、頭、悪いっすから。お気を付けください>。

ヤツらとは、騎手のことだ。
随分な物言いだなと感じたが、それは致し方ない。

強面ダモシに対して、
地場の青年が精一杯のおもてなしをしたつもりなのだろう。

明らかに、この空間に在る人々や店員とは
善くも悪くもポスチャーの異なる強面が現れたのである。

(ヨソ者だ…)とすぐに分かるだろう。

だが、そのヨソ者も、
南アフリカのサッカーW杯に観戦ツアーで出かけてきている
人々とは異なる、暗黒的なヨソ者感を漂わせている。スーツで。


<そうか>とダモシも演じて返すが、

青年はダモシにトドメを刺す。
徹底的に地場の工場長を演じ切った。

<でも心配ですね、ダンナ。
 せっかくのその、カッコイイ、スーツが、
 汚れてしまいませんかと…>。

もうこれは、完璧に<昭和の映画>の世界観である。

これが、たまらなく、イイ。



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競馬場内か、あるいは競馬場近隣のか。
いずれにせよ<店>から抜け出してきて
エプロン姿のまま競馬を楽しむ、おばちゃん。

この緩さが、良い。


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人が、ある意味で静かだ。

<ひとり>も多い。
アベックもいるが、アベックとしてのキャピキャピはなく、
いずれもワケある系だが、そこに暗さがない。

ウィークデイのデイタイムから川崎競馬場に来て
じぶんじかんをそれぞれ過ごす緩さは、
たまにあって良いのだ。

そこでこそ沸き出る人間性が、ある。


ヨソ者ダモシへの、遠慮なしの声がけは続く。

荒れた第五R。

八番人気が勝ち、五番人気が二着して、
三着には九番人気が生き残った。

分かりやすすぎるくらいに静まり返るスタンド。

これには笑いが漏れた。

皆、素直すぎるほど落胆している。
誰も言葉を発さずにボケッとしているのだ。
まるでコドモだ。シュンとしている。

だが、ダモシの斜め前にいた
また別のおじさんが、

ダモシの、ゴール直後に発した
<なにしてんの…(なんでこんな馬で決着するのよ)>
という声に反応した。

小声でブツブツ言っていたかと思えば、
振り向いてダモシに声がけを開始した。


<5-6でしょ…。ひどいね…。だいたい、なんだ、あれ…>
<え…? いかしたでしょ? そのままいかしたんだよな…>
<100万馬券じゃないのか、これ… え? 5-6でしょ…>

ダモシはやはりその間も
<ふふふ>だの、<そうね>だの、<ひどいね>だのと
相づちを適当に打っている。

掲示板に順位が出て、<5-6>ではなくて、
<10-6>であることと<5>も三着に残っていることを確認すると、
おじさんは<あ、5-6じゃないのね…>と言うが、
即座にダモシは<でも10-6でもひどいでしょ>だの、
<5も来てるから、三連複もすごいでしょ>だのと応対する。

<こんなの買えんよなぁ…>と一人、ブツブツと呟く
"しがないオヤジ"風情のそのおじさんがまた
妙に愛おしく思えてしまう。

<あぁ、昭和だなぁ…>と。



想う。

山口瞳の言は、一つには正しい、と。

曰く
<インチメイト(親密)なところ>が魅力だ、と。

対ダモシという他者の関わり方の傾向からしても、
これほど親密にダモシに接することができる人がいる
空間というものもまた、稀なのである。

親密に、あるいはそれをここでは気軽にといっても良いが、
気軽にダモシに何の気兼ねもなく
話しかけてきてクダを巻くおじさんたちが、

ダモシとしては心地よいのである。

<久しくないな…。心地よいな>と。

そして、
<歳上のおじさんたちがカワイイな…>と。

裏を返せば結局は
おじさんたちも<話を聞いてくれる>ダモシに
甘えているわけだ。

ひとりじかん、として過ごしている
いつものこの競馬場で
今宵はヨソ者が来ているのだが、

昭和のおじさんたちにとっては
ダモシを怖れることはないし怖がって
話しかけられないということはない。

彼らにとっては逆に"気のイイあんちゃん"なのである。

話を聞いてくれて
技を受けてくれそうな気のイイあんちゃんダモシ。

それを彼らは歴戦のキャリアで見抜いている。
ダモシはよい人だということを。
だから臆面なく甘えて話しかけてくるのだ。

これがダモシには妙に心地よいのである。

そして、それがまた、
草競馬ならではの空間力の成せる業である、と。


カッコつけたって、しゃあないでしょ、と。

そういう世界である。
ベタでいい、と。


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ヤングレディも、若いサラリーマンも。

いいよ。これで良いのだ。
こういうタイム・スペンドも、あっていいのだ。

人間なのだ。

否定しては、いけない。



*****



さてさて、で? どうなのよ?釣果は。

的中率1割台に喘ぐダモシのこと、
勝つわけがない。当たりまくるわけがない。

第一Rと第二Rが勝負どころだったわけで。
なにしろ六頭立てですからね。

六頭しかいないのに、
それですら当てられなければ目も当てられません、と。

で、第一Rは三連複で注文通り先勝。

しかしその後は全敗。
結局は、六戦一勝に終わり、収支はマイナス1,050円。
それに競馬新聞代500円、
ビールに焼き鳥に餃子に
川崎競馬場名物の焼きそばで1,250円。

交通費と競馬場入場料(無料券利用)を除き
締めて2,800円のコスト・スペンドと相成ったとさ。


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不的中馬券の、山。



でも、考えたい。

2,800円のチケットを買って四時間ばかり、
異空間で競馬で遊び、人間とふれあい、人間を観察できたのだ。
そして友人ともコミュニケーションすることができた。
しかも旨いB級グルメとビール付きだ。

漫然と"飲みに行く"よりも、
ダモシ的にはよっぽど良いと思っているわけである。


そもそも競馬は当たるものではない、という前提でいる。
だから、これで良い。

例えば東京競馬場などの中央は
ファミリーでのお散歩&遠足。

地方競馬は、人間観察と共に<昭和>のふれあい。

この役割分担が成立するわけである。


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名物のやきそばは、ボリュームが抜群。
味もヴェリーグッド。
見映えは普通の焼きそばだが、
食べてみると<おっ?>となる。

野球場、競馬場。それらは独自のB級グルメが楽しいのだ。



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地方競馬、草競馬というには、ある意味で立派すぎるスタンド。


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だが、一見立派に見えるこの建物があったとて、
全体に漂う倦怠感やだらだら感、いかがわしさ、
人の<良さ>感が超越し、

ここを草競馬たらしめる。



競馬の風景を。


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*****



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福山、高知、水沢、ホッカイドウなど
各地の地方競馬のガイドブックも配布されている。

これらに目を通すだけでも楽しい。

ホッカイドウ競馬は、
中央の札幌、ばんえいの帯広は行ったことがある。

福山、高知、盛岡、水沢は未踏である。
中央の福島ともども岩手は盛岡、水沢いずれも
行ってみたいと思っている。

その前に、南関東の大井以外の未踏である
浦和と船橋に脚を伸ばしてみよう。



さて、例の地場の工場長。

全レースかけていたかけ声とは、
レースがスタートすると同時に
場内実況アナウンスに合わせて

<スタートしましたっ!>と叫ぶことから始める。

レース中ずっとフォローしていたわけではないため
分からないが、

もしかしたらレース中ずっと実況を叫んでいたのかもしれない。

特異な青年だ。

だが、こういった<昭和>的な、
いかがわしい空間には
この青年のような特異な存在が必ずいたものなのだ。

現代では、そういった
ドロップアウト系、スピンアウト系や
特異系はすべて<KY>と括られてしまい、均一化の波に飲まれている。
サラリーマンが典型だ。

均一化することで己が保身に役立つ最大の防波堤
であるからだ。

KY呼ばわりされないようにすること。
これがサラリーマンを筆頭とする現代人の鉄則。

こんなだからニッポンがダメになっていく速度が
90年代から何ら変わっていないのである。

学校にも会社にも必ずいた、おかしな奴。
それが今やもう存在しないのだ。
これはニッポンの致命傷であると思う。


特異なことが悪いのか?
おかしな奴のどこが悪いのか、と。
なぜ皆一緒じゃないとダメなのだ? と。


地場の工場長ヤングボーイがなぜダモシに
平身低頭、接待的態度で臨んだのか。

ダモシが着ていたジャケットは、白。

山口瞳の書いた
川崎競馬場に関するコラムから引用してみよう。

文中、旭川や水沢などと比べて
川崎は<シビヤー(シビア)だ!>と言う
山口瞳と同行していた友人の弁が出る。

そして山口瞳は言う。

<盛夏というのはヤクザ者の目立つ季節。
 彼らは多くは、白いものを着ている>と。

旭川や水沢が遊園地で、川崎は明らかに鉄火場だ、と。


地場の工場長ヤングボーイにとって
ダモシは、

白いジャケットを着て鉄火場にやって来たヨソ者

という役柄設定だったのであろうか。



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posted by damoshi at 02:33| 草競馬流浪記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

富士登拝-内定情報




Fuji-tohai Damoshi-gun 2010
<一緒に冨士に行こうじゃないか>。

詳細の内定である。

登山開始は、7月16日(金)。
登頂開始は、翌17日未明。
下山で終了は同17日(土)の昼前後。

既に仕事関係では四名が内定。

ダモシ軍からは
直系ダモシ軍、ニューヨーク派、大阪勢含めて
六名が内定。

ダモシを含めて十名〜十五名程度のパーティか。

既に年始から共に登ることを表明した内定者へは
明日個別に詳細情報その他を連絡することになる。

戦略上、
昨年の轍を踏まえて、昨年とはやや時間設定を変えた。

昨年は品川を11AM過ぎ頃に出て
2PMに五合目到着。
その後わずか三十分程度で登山開始した。

そして山小屋は八合目。

今年はそれに変化をつける算段だ。

午前に五合目に集合。
その読みは10AM〜10:30AM頃。

昼頃までじっくりと高度に慣れ、
ランチも食する。

そして12PMに差し掛かる前に登山開始。

山小屋は、登山がタフにはなるが九合目。

九合目まで時間をかけて
タフな道のりを経ることで
翌日未明の登頂が楽になる上に、

<ご来光>へも余裕をもって臨める
という算段である。

ルートは昨年と同じタフな静岡側。
初心者用・大渋滞のビギナー山梨側ではない。

昨年のようなBest of Bestの天気はまずないだろう。

暴風雨でも決行。

時期的に16日頃であれば
雪は若干残っていても
山頂までは行くことができるだろう。


未だ迷っている人や、
これから参戦を希望される場合は、

来週の土曜日を〆切として受け付ける。

参戦表明は以下へメールにて。


一緒に冨士に行こうじゃないか!


fujitohai_damoshigun@yahoo.co.jp


http://damoshiny.seesaa.net/article/137051148.html






posted by damoshi at 03:48| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

梅雨よ、こんにちは




注文通り、夜になって雨が降り出した。

これはもう梅雨だ。

今は窓を開けていれば
雨の音と共に涼しい風が入り込む。

しかし梅雨だから
秋の夜長の雨のような
部屋全体をも涼しくさせるような風ではない。

どこか生温い。


昨晩のこと。

隣か上階から
バスルームでシャワーを浴びている音が聞こえてきた。

<こんな時間に…>と思うも、

その音は延々と続く。

<ずいぶんと長いシャワーだな…>。

その長さの尺度が、尋常ではない。

<バスルームでシャワーを浴びたまま
 倒れているのか、襲われたのか?
 サイコか?>

と訝しがっているうちに気づいた。

<ハムスターではないか?>と。

玄関があり右手がダモシの仕事部屋兼個室。
廊下を挟んでその対面に
ジュニアの部屋がある。

拙宅には猫たちがいるから、
臆病なハムスターはジュニアの部屋で
半ばアイソレートしたような形で
己がケージの中で暮らしている。

ハムスターは、ケージの中にある
遊戯車が好きなようで
その中に入ってクルクルクルクルと
自分で駆け足しながらそれを回して遊んでいる。

その遊戯時間はたいてい夜中から未明。
もしかしたら朝方も遊んでいるのかもしれない。

その、車が回っている音だったのである。

ジュニアの部屋の外から
ドア越しに耳を澄ませば
ハムスターが必死にクルクル回している音。

<マズいぞ、これは>とワイフを起こす。

なにせ隣人の寝室が、
仮にこのジュニアの部屋の隣にあったならば、
うるさくて眠ることができず
コンプレインにつながる。

未明にピンポンされて怒鳴られてはかなわない。

隣の部屋側にある壁に密着させた
ブックシェルフの上にケージを置いていたのだが、
ワイフともどもそれを
ジュニアの学習デスクのイスの上に移動させた。

いやはや、である。

今もまたクルクル回しているのだろう。
遠くに聞けばそれはシャワーもしくは
お湯で身体を流しているような音。
近づいて耳をあてればそれはグルグル回る音。



*****


入梅直前の今宵、AMはぎりぎり空は明るかった。
白いのだが、未だ明るかった。

新横浜へ競馬のベットで出向く。
ジュニアを伴って出かけて
馬券を買った後はビックカメラでガンバライド。


入梅直前の白い新横浜景を。


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新横浜駅。
東海道新幹線のターミナル駅。

東京、品川の次が新横浜。

ダモシが新幹線で東海道を往く際は、
この新横浜が起点となる。


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新横浜プリンスホテルも見える。

エリアには
WINDS新横浜、ラーメン博物館、日産スタジアム、
横浜アリーナなど、ランドマークがある。


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駅前は空中ロータリーの様相。

新横浜駅と一体を成す駅ビルは
ビックカメラやロフト。


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*****


今宵は、
ジュニアがデニーズに展示される
父の日の「父親の顔の絵」を描いた。

それを持ってくれば
展示するのみならず、
グラスをくれるという話だったから
わざわざ持っていったわけだが、

<絵を持ってきて、食事をしたら>
そのグラスはもらえるようである。

そんな話は一切、聞いていなかった。
なにしろ先般デニーズで食事をしていると
店員が寄ってきて
ジュニアにその紙を渡した上で、

<描いて持ってきて頂ければ
 お店に展示しますし、グラスも差し上げます>

と言われたのだ。

まあある意味で販促であることは
承知の上で、

店側としても
わざわざ利益にならない行為はしない。

絵を描かせて展示すれば
子供も親も見たいし、
それを見るためにまた食事に来てくれるだろう
という算段だろう。

見え透いた販促。
フェイクをするならするで
もうすこしまともな作法を採った方が良かろう。



*****


今宵、富士登拝に向けてシューズを買った。

昨年の登山の際に
あれだけ厳しいシチュエーションに陥った理由は
様々ある上、

そもそも対富士山は楽ではないのだが、

一つには
昨年仕入れた山登り用のシューズが重かった
ことも挙げられる。

しかもそのシューズを履いて
GW前にフィールドアスレチックへ行って
脚を負傷したわけである。

少しでも対富士戦線において
昨年との対比で、学習能力を見せるとすれば
まずはシューズだ、と。

可能な限り軽いもの。

それを履いて対峙することで、
身体にかかる負担も軽減させたいという目論見である。

とびきり特価で廉価な上に、
小指で放り投げることもできそうなほどの軽さ。

そんなシューズを見つけることができたわけである。

まずは、対富士再戦へ、シューズは用意した。

昨晩、夢の中に富士は出てきた。

そろそろじわじわと富士は、
ダモシの精神に襲いかかってくる。

夢の中で、ダモシは怖がっていた。
あの巨大な悪魔が怖い。

ワイフに言った。


<夢に出てきたよ。
 怖いんだよなぁ。そりゃあ、なにも、
 好き好んで行かないよ。実際、怖いんだよ…>

と。


<分かるよ>とワイフ。

<去年行って、ヘタに知っているだけに、
 怖いんだよね>と優しい。

"対富士に臨むダモシ"こそが、
ワイフに甘えられる
今は唯一の武器か、と。



*****



ウィークエンドが終わるのは、
毎度毎度だが、実に早い。

なぜウィークエンドや、
楽しいプライベート・タイムはかくも速く
時間が過ぎ去ってゆくのか。

まったくもって不条理である。


まあ、それでも今宵は
久しぶりに競馬も勝利と相成ったのは救い、か。

今年はそれこそ52戦8勝という有様で、
その的中率は何と失笑モノの

<1割5分4厘>。

打率でいえば、レイズの岩村か、と。

52戦8勝といえば
まだ聞き覚えに救いを感じられるが、

勝敗で表せば

8勝43敗である。

相撲に喩えれば、

3勝12敗
3勝12敗
2勝13敗

と三場所続けて大きく負け越した上で
迎えた次の場所で
初日から六連敗。

0勝6敗となった時点で休場

といった世界か。

そう考えれば、
毎度毎度8勝7敗というアグリーな
大関陣は、

逆に毎場所きっちりと8勝しているわけで、

それはそれで凄いことなのだなとも思うわけだが、

そもそも競馬自体、
騎手にしても調教師にしても
勝率で見れば
野球の打率のように3割超えも難しいわけだから、

あながちダモシの勝率も悪くないのか?

と納得させて、

今週のウィークエンドを終えることにしたいわけである。


<梅雨よ、こんにちは>とウェルカムしながら。





posted by damoshi at 01:44| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月13日

徒然サタデー




8.1の空手大会での福島遠征が
密かに楽しみである。

相手が相手であることの楽しみ、
地方遠征での試合という楽しみ、
そして福島というエリアへ行くことの楽しみ。

それは非日常だから、
より楽しみが増しているわけだ。

それに乗じて、福島競馬でも楽しもうか
と画策したが無念。

福島開催は6-7月で夏季は終わってしまう。

でも、那須を拠点に
ウィークエンドプラスαで
ちょっとした旅も楽しめるだろう。

那須では大田原、福島でも奥州街道など
芭蕉のまた足跡を辿るも良し、
北の白川郷たる合掌造りの村・大内宿を
訪れるも良し。

多々、ある。
今から楽しみである。

今宵、先の寄稿の通り、
これ以上はないという
ウィークエンド向きの好天。

高幡不動を軸とする日野の一部エリアの
そぞろ歩きの雑感と、
地元・田園都市エリア散歩から
徒然寄稿。


*****


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文句なしの、"すばらしい青空"。
これで良いのだ。


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拙宅前も、花が明るい陽を受けて咲く。


明日から雨。

ダモシの中では勝手にもう梅雨である。

梅雨なら梅雨でそれで良い。
"梅雨だから"ということで陰鬱&ダークスカイを
割り切ることができるからだ。

そして梅雨なら梅雨の楽しみ方があるからだ。

梅雨なら梅雨らしく。
要するに、らしさこそが良いわけでである。


写真はジュニアが通う小学校の校庭だが、
小学校の裏には古墳がある。

その古墳は横穴式。
不気味なパークの隅に、その穴はある。

ジュニアにそれを告げると
前から一緒に行きたがっていたため、
今宵、連れていったわけだ。

穴に近づくと吸い込まれるぞ。
中には怪獣がいて、出てこられないからな。
お友達を今度、案内すると良い。
でも、穴には近づくなよ。

そう先般、suggestionしていたところ、
ジュニアはクラスの仲間を先導して
学校の裏手へ冒険に出た、と。

だが、学校外へ出ることは禁止のため、
その先へは行くことはできなかった。

それでも休み時間に学校敷地内の裏手に
仲間を誘導して、探検していて
授業開始に遅れたことで、
"立たされた"と。

授業中に"立たされる"のは何度も既にあるようで、
"立たされる"のは
ジュニアくらいだと、いう。

ダモシは笑う。

<ダディは何回くらい立たされた?>と聞かれて、

<小学校から高校までで
 100回は立たされたよ、ワッハッハ>と。

<立たされたどころか、
 もう来るな(停学だ)と言われたしな、
 ウワッハッハ>と。

そして、
ダモシ国内での最近の流行語である
ワードを述べる。

<そういう時は、
 回り込んでロー! だよ>と。

するとジュニアも切り返す。
もう一つの流行語で。

<だね。そして、
 オレのハナシを聞けっ!>。


横穴式古墳は、
小学校一年生には十分に刺激的且つ恐怖なようで、
ダモシの手を握り
<もう近づきたくない。帰ろう?>と
泣きべそをかくジュニアは、

その勢いで甘えて<肩して?>と
肩車して欲しいと促す。

毎ウィークエンド、肩車しているが、
ウィークリーで重くなってきている気がする。
それともダモシのパワーが
ウィークリーで落ちてきているのか?

それでも富士との対峙を控えている今、
ジュニアを肩車しながら
スクワットしたり坂道を歩くことで
右脚の復活と筋力トレーニングをも兼ねる
したたかさも忘れない。

肩車するたびに、
あの頃〜ニューヨーク時代の赤ちゃん期〜を
想い出す。

<軽かったのに…。こんなに重くなって…>と。

いずれにせよ
横穴式古墳(コドモには意味が分からない)
翻って<恐怖の穴>の場所は
ジュニアに教えた。

<今度、お友達を連れて探検に行って来い>
とダモシは促した。


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その後、施錠されている小学校に
ダモシとジュニアは侵入した。

そして撮ったのが冒頭の写真だが、
いまジュニアは皆と一緒に
各自<あさがお>を育てているという。

それぞれのそれは校庭の一角に置かれている。

ジュニアに教えられてそれを見た。

ジュニアは言う。

<明日も休みだから、
 今日せっかく来たから水をあげておこう>。

毎朝、登校すると、
育てているあさがおに水を与えることが
ルーティンになっているという。

大事に育てて欲しい。
咲いたら、観に行きたい。



*****



高幡不動へは、ダモフィーロで往く。

ダイレクション的には
多摩動物公園へ行くのと同じルートだ。

最後は多摩都市モノレールの下の道路を
モノレールの線路に従って走り、
途中で明星大学と中央大学を過ぎ
多摩動物公園を通り過ぎるともう高幡不動だ。

<とろとろとろとろおたんこなすスロードライビング>
というウィークエンドにまたぞろ増える
そういう所作の車がいなければ、

三十分もあれば到着する距離だが無念、

そういう輩が
ほとほと時間に猶予がありすぎるのか
ただのノンビリ屋なのか知らぬが
スロードライビングを披露。

おかげで50〜60分は、どうしても要してしまう。

だが根本的には遠距離ではない。

京王線でいえば、
調布や日野、多摩エリアは
言ってしまえばワケない距離なのであり
アクセス的にも車で考えれば
逆にイージーなエリアである。

そして<梅雨入り>前に、
サニースカイの日に行きたかった
高幡不動のあじさいまつりへ
出かけることができたわけである。

日野市にある高幡不動は二度目。

元・京王沿線住民のダモシからすれば
親和性の高い地であり、

以前も掲載したが、
大学時代に交際していた女性のホームが
この日野であり、

今も直系ダモシ軍の後輩の一人が
日野のまさに高幡不動に住んでいる。

それでもファミリーで三人でこの地に来ることは
今宵が初めてのことだった。


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京王線・高幡不動駅。

京王線という括りで見れば、
調布が一つの分水嶺のような気がする。
沿線住民だった当時からそう感じていた。

要するに新宿を基点として考えた場合、
<調布>が遠さを感じない分水嶺。

その先、府中-聖蹟桜ヶ丘、そして高幡不動
というターミナルはいずれも
やや遠いという感覚を得るわけだ。

それでも特急や急行を使えばワケない
所要時間ではあるのだが。

高幡不動で駅乗降人員数は約6万人/per-day。
田園都市線のたまプラーザで約7万人弱。
対比としては同クラスか。


高幡不動駅を出ればすぐ、
そこはもう高幡不動尊の表参道。
両脇には土産物屋や蕎麦屋が立ち並ぶ。

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ダモシ軍も、
参道沿いの蕎麦屋でランチを摂り
ジェラード屋さんでマンゴー・ジェラードを食した。

土産物屋で
<土方歳三うどん>を購入。

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<土方歳三うどん>の
様々なオリジナル料理例が掲載された
リーフレットも付いていた。

近々、試したいところである。


さよう。

日野市といえば、土方歳三と新撰組。
近藤勇といえば、調布市。

いずれもこの京王沿線の西東京&多摩エリアである。


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50円で<新撰組と日野市>の観光ガイドマップを購入。

開くと、豊富な情報とマップ。

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話題の<龍馬伝>でも登場する新撰組。

どちらかといえば
坂本龍馬には魅力をそもそも感じていないが
新撰組の方には興味を持っている。

その対決の図式においても
福山龍馬よりも
"原田"勇や"仮面ライダー龍騎"歳三以下、
つい新撰組の方にシンパシィを感じてしまう。

調布はゲゲゲの深大寺のみならず
近藤勇関連が、

そして日野には、土方歳三と新撰組関連が、

オトナの遠足&お散歩の題材として横たわっている。

土方歳三といえば、

函館五稜郭や最期の地など
北の某のハッコーダテを訪れて脚を向けたし、
土方歳三グッズを買ったが、

それは今後掲載するとして、

やはり何はあっても
リアル本妻である日野は避けられないだろう。

高幡不動尊の中に、そのスタチュは屹立する。


061210l.jpg

ティピカルな撮り方を
ちょっと構図を変えて撮ってみた。

この構図で撮ったスタチュといえば、

昨年の熊本遠征の際に撮った
熊本城をバックにした加藤清正スタチュが想起される。


これだ。

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そして土方歳三スタチュを普通に撮ればこうなる。

061210z.jpg


スタチュは面白い。まさに逍遥スタチュである。

さて、日野。

この高幡エリアには、
歳三生家、墓のある石田寺がある。

日野エリアには
近藤勇以下新撰組の面々が
稽古に励んだ天然理心流の佐藤道場跡
(日野宿本陣)の他、

新撰組の井上源三郎のお墓がある宝泉寺、
新撰組の育ての親である佐藤彦五郎と
土方歳三の姉のはかがある大昌寺、
ミュージアムとしての
新撰組のふるさと歴史館などが点在している。

当欄でもいずれフィーチャーしたい。



061210i.jpg

参道の店先に、蛇の目傘。

その角を曲がると、旅館が。

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<こんなところに旅館が?>と
訝しがったが、

この旅館、なかなか良さそうだ。

調べてみれば、
近隣にある明星大学、中央大学、帝京大学などを
受験する学生の、上京して受ける際の事前宿泊
ユーズとしての宿でもあるようだ。

多摩動物公園、高幡不動など
ランドマークも各種ある。

案外、需要は多そうだと感じた。

大浴場もあり、宿泊費は5,000円台。
エリア的に食事にも困らない。
用途に応じては宿泊するに過不足ない。



*****



高幡不動尊。
あじさいまつりの項で触れた。

一昨年もそうだったが、
ここの境内には出店が並んでいる。
これも一つの特徴か。

オールウェイズ、夏まつり。

そんな風情がある。

昭和の昔なつかしい出店の数々。


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コドモにとっては
時代を超えての、必然的な
ゼネラル・インタレストの享受。

それがヨーヨーだったり、フローペだったり、
<クジ>だったりする。

ジュニアも想像通り、
コカコーラ味のフローペを食し、

<クジがやりたい!>と強烈にリクエストした。

いったんは<ダメだ>と言って帰路につこうとしたが、

振り返れば
それは金額の問題ではないと気づいた。

要するに300円を払ってクジを引き、
必ず何かはもらえるのだが
そこに書かれてある番号でその景品のレベル差がある
というものなのだが、

<300円払って、
 欲しくもないモノしか得られないよりも、
 ガンバライドだったら三回出来るぞ?>

と述べるダモシだが、

ワイフ共々、立ち止まって考えてみたとき、

<でも分かるよな。
 こういう空間で、ああいう出店でクジを引く。
 何がもらえるかは分からない。
 でも、やりたいというコドモ心だな。
 
 そもそも、まつりにおける出店は、
 射幸心を煽るような、仕掛けなんだよ>

と。

そして
<よし分かった。いいよ。やろう>と
ジュニアに一回、それを許した。


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嬉々としてそのクジに対面するジュニアの背後から
ダモシの声が飛んだ。

<回り込んで、ローだぞ>と。

<"フェイタスがあるじゃないかっ!"
 と言いながら、引けよ。

 学校でも朝っぱらからのっけから
 先生に"フェイタスがあるじゃないかっ!"を
 やっていいぞ? それで立たされても怒らんから>と。


ワイフはワイフで
虚実皮膜のこういったフェイク的世界観の
代物と、それを仕切る昭和臭満載のオヤジに
臆面なく言い放つ。


<入ってないんじゃないですか?
 当たりは、ほんとうに入っているんですか?>

と。

さすが鬼嫁。さすが空手指導者。
さすがキラー・ワイフにして、ザ・マミーである。

昭和のオヤジ相手でも、どうってことない。

それはそうだ。
ハーレムだって、どうってことなかったのだから。
おそらく新世界なんぞも、どうってことないだろう。

昭和のプロレス的世界観ぷんぷんの
射的ゲームやクジ引きゲームなどの
"こういう出店"とその筋の"オヤジ"に対して、

普通にシュートを仕掛けるニューヨーク流ザ・マミー。

"よゐこ"ぶるダモシは思わずハニかみ、
<それは、言うなよ…>と。

ジュニアは、
最も欲しい(いわゆる当たりクジの景品)
ベイブレード獲得を狙って
回り込んでローを放ちながらクジを引くが無念。

ビリっけつの残念賞
(きっと、ほとんどがそれ)。

だがそれでもジュニアが迷わず
手にとったのがピストル。

出た。

昭和の駄玩具BB弾ピストルだ。


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帰路のダモフィーロ車中。

ずっとこのピストルをいじって
嬉しそうにしていながらも、

途中から熟睡するジュニア。

ワイフとその寝顔を見て
<いかにも少年という感じで、
 こういうのがまたカワイイんだよな>と微笑んだ。

そして帰宅後に、古墳へ出かけたわけだが、
その際にも
<穴から怪獣が出てきたらこれで撃つ>
といった早速、持参するジュニア。


<少年>は、いつの時代も少年であり、
そのゼネラル・インタレストの種類は増えたが、
根本は時代を超えて変わらないものなのだろう。



*****



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シニアから二十代まで、
年代問わず<女性同士>という括りはここでも多い。

女性の方が相対的に、
インタレストの矛先が感性豊かなのだろう。

むろん、ここでの軸は、

・あじさい

・新撰組

である。



最後は猫ジャック。

今宵もまた病院へ総出で連れていく。
そして治療だ。

例の膀胱破裂の予後治療である。

幸い、膿みは取り切ったことで
通院はもうしなくて大丈夫とのことだが、

ドクターが述べた。

<でも、やって頂きたいことがあるのです>と。

その患部
(肛門の横部分に開いた穴)に、
薬を入れたチューブを射し込んで
投薬して欲しいというのだ。

一日に2回それをやってほしい、と。

穴は、自然に閉じようとするらしい。
閉じる手段が<かさぶた>である。

かさぶたになると
我々は、その部位が治癒に向かっている
と錯覚してしまう。

だが、閉じられた穴の中はまだ完治していない。

完治していないまま
穴が閉じられてしまうと
中でまた膿みを発生させてしまい
それを出す穴が閉じてしまっていることで、

ふたたび破裂ということが考えられる、と。

だから、
かさぶたは当初はすぐに取り除いて欲しい、と。

且つ
内部を完全に治すために
穴からチューブを射し込んだ上で投薬する、ということだ。

なんとムゴイことを。
それをやれ、と?

と思ったが、やらなければならない。

むろん一人では出来ないから
ワイフとダモシの二人がかりで行うことになる。

想定では一週間程度それを続けていき、
内部が治癒するにしたがって
穴からチューブは入っていかなくなるから、

その状態になったらOKだというわけだ。

<今はまだ、奥まで入りますから、
 チューブをめいっぱい中まで入れてください>

と。

まあ、やるしかない。
ジャックのためならば。


と、そんなこんなのサタデーではあったが、

最後に
ダモシ最近影として、

土方歳三&ダモシを掲載したいところである。


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2010年06月12日

紫陽花-2010




高幡不動尊「第27回あじさいまつり」が開催中。

7,500株にも及ぶあじさいが、
1,100年余の歴史を誇る関東三不動の
高幡不動尊-高幡山明王院金剛寺境内と、
山内八十八ヶ所として知られる裏山の不動が丘を彩る。


あじさいの"見頃"的には
来週末あたりが最適かと思われるが、
それでも絶好のサニースカイの下で
初夏の光を浴びて輝く緑と共にそれを見るならば

今宵こそがベスト・ポジション。

注文通り、明日から一斉に雨の前の
最高の天気の今宵、出かけてきた。

高幡不動尊のあじさいまつりに。


2008年。ニッポン&本妻復帰直前の、
その同じ高幡不動尊のあじさいまつりを
取り上げた寄稿は、以下。

http://damoshiny.seesaa.net/article/104060160.html


高幡不動尊に関する詳細などは
一昨年の寄稿に譲るとして、

そのときの様相と写真で比べてみれば、
違いも見えて面白い。

とにかくこのサタデーは、言うことなしの天気。
"いやぁ暑いなぁ…"という言葉が出るほどの
暑さに、サニースカイ。


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平安時代初期の洋式で建てられたという
五重塔は、高さ45m。


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国重要文化財・不動堂。1342年建立。


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仁王門を境内側から見る。
室町時代の創建は国重要文化財。


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境内の最も奥まった場所にある大日堂。
新撰組の近藤勇、土方歳三の位牌がある。


広い境内、仁王門を入って左手一面が
裏山不動が丘という山と丘になっている。

そこは山内八十八ヶ所の弘法大師像がまつられ、
多くの人が遍路する。

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裏山は、高度もあり、森も深い。
光豊かな日は、緑の隙間から光が射し込み、
緑を一層輝かせる。

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*****



境内はもとより、
あじさいは
その深い森の中に山あじさいとして咲いている。


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人々は、
山内の八十八の弘法大師を巡拝し、
四季のみち、あじさいの小径を
そぞろ歩きしながら、あじさいを愛でるのだ。

咲き並ぶ
山あじさい、がくあじさい、あじさいを。


まずはティピカルなあじさい。
薄い青。

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あじさいといえば、
ダモシにとってはこの薄い青である。

長く住んだニューヨークの自宅玄関ドア前に
咲いていたあじさいが、
この色だった。

98年以前の本妻時代(二十代まで)は
あじさいに
ある意味で見向きもしなかった。

三十路の青春:ニューヨークで
あじさいは
ダモシの中に介入してきた。

未だ、本妻復帰後、鎌倉のあじさいという
<本丸>とは邂逅していない。

鎌倉は、夏と紅葉の秋には訪れているが、
未だ復帰後、あじさいの鎌倉は未踏である。
今年は行きたいと考えているが、どうか。


この薄い青、そして薄いピンク。
これが、あじさいのティピカルなものではないか。
ポスチャーもまたこの、ふんわりとまぁるい、
<あじさい>であろう。

白も良い。
白のあじさいは、
<真っ白のワンピース>を着た深窓の令嬢か。


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ふんわりとして、まぁるい。
或いは、清楚な白に、ほんのりとしたムード。

キュートな女性、おっとりとした女性、
深窓の令嬢像に、
薄い青やピンク、白のカラーリングと
あじさいのポスチャーが合致するのだろう。

だが、その中身は、毒がある。

これが、あじさいの女性的な美徳。



<ガクアジサイ>となれば、
ポスチャーはもとより
カラーリングの妙は異なってくる。

同時に、女性としての彩りもまた異なってくる。

ガクアジサイ。
その濃い青となれば、モダンガールの装いか。

一方で、そこに光が射し込めば、
一気に江の島、湘南的そして葉山的な
陽光、陽気なムードを醸し出す。


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薄い青のあじさいが雨の似合う鎌倉ならば、
濃い青のガクアジサイは
陽光煌めく湘南、葉山の世界観か。



ガクアジサイのカラーが、
濃い紫ともなればまた異なる女性像。

時にキレ者、時に妖艶。
そしてヤングレディから大人のオンナへの
脱皮への足がかり的様相など多種彩る。


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*****


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あじさいは、
そこに咲き並んでいても圧迫感をもたらすことはない。

それは、なぜなのか。

桜のような
too muchなセルフ・プレゼンテーションもない。

梅のような
赤信号みんなで渡れば怖くない的な
群集心理もない。

藤のような、いやみもない。

睡蓮と、どこか近いものがある。
その佇まいに。

何となく、静かにそこに佇んでいる感があるのだ。
あじさいも、睡蓮も。

ひっそりと身を隠すわけではないのだが、
あえて過剰にプレゼンテーションをすることもない。

普通にそこに在る、いる。
<見て、見て>と言わなくても
耳目を集めるオンナ。

そんな世界観が滲む。

深入りすると、毒を食らわば骨の髄までを超えて、
皿をも食わん、とさえ感じられるほど
濃密で危険な毒を振る舞うのだが、

そこに在る、いる、あじさいからは
一切それは感じられない。

薔薇との対比で、そこが、
あじさいに惹かれる要因の一つなのかもしれぬ。


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:::::


<高幡不動尊・あじさいまつり>

高幡不動尊にて、7月7日まで開催中。

電車利用の場合;
京王線で高幡不動駅下車、徒歩約5分。
新宿から急行利用で36分。

車利用の場合:
田園都市エリアから約50分。
(渋滞やスロードライビング・カーがいなければ、
 約30分程度)。


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posted by damoshi at 22:28| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レミちゃん、加入



ここのところ暑くて、たいへん良い。
今宵も暑く、明日も28度の予報。

明日はまさに
晴れて暑い中、
高幡不動尊の紫陽花まつり日和。

そして明後日からはレイニー・デイズのはじまり。

レイニー・デイズは是非、鎌倉へ馳せ参じたい。

ジュニアもあと一ヶ月少々で夏休み。

今後の空手大会の予定もいくつか決めた。

今月は、猪木vs.アリ戦が行われた記念日である
6.26にデビュー戦の地である等々力へ凱旋。

七月は7.11に
いよいよ団体戦デビューを果たす。

新団体としても初の他流団体戦出場。
ジュニアは最年少であるからして
<先鋒>として参戦する。

その大会では、久しぶりに<型>の試合も出る。
型は優勝経験が未だないが、
既に高校生を破るなど準優勝の経験はあるだけに
当然、優勝狙いだろう。

さらに同日、団体戦のみならず個人戦にも出る。

狙うは当然、三冠。

その翌週はいよいよニッポン代表を賭けた
大会が行われる。

それへの参戦予定はなかったが、
先般の大会での準優勝を受けて
館長も<出ろ>と相成ったことで
ダモシもゴーサインを出した。

先週の大会(6.5)以降では
6.26、7.11、7.18と立て続けの大会で、
競馬でいえば

中二週

中一週

連闘

と、かなり過酷なローテーションになるが、
そこはダモシと同じく
暑いの大好きな夏男ということで
乗り切って欲しい。

その間、ダモシは7.16-7.17に予定される
最大の敵・富士との闘いがある。

海の日の祝日となる7/20(月)を前にした
ウィークは、闘いウィークとなる。

7.11(日)ジュニア空手大会
      三冠戦:団体戦デビュー&型&個人
7.16(金)ダモシvs.富士山
7.17(土)ダモシvs.富士山
7.18(日)ジュニア空手大会
     ニッポン代表決定戦

と大一番が続くわけだ。


ダモシの脚は、先週末の六週間経過で
ほぼOKの状態になり、

今宵、己の感覚で<全治>を表明。

脚に関しては万全の状態で7.16に
臨むことができるという前提が出来た。

それがあったからか、
既に対外的に表明した。

<今年は天気が荒れたら面白いか、と>。

昨年のvs.富士山デビュー戦は、
これ以上は望めないほど最高の中の最高の天気。

絶好のまた絶好のサニースカイ。

むろん途中での暴風はあったものの
あんなに天気に恵まれることは
ほとんどない中で、恵まれたわけである。

再戦となる今年は、
プロジェクト・ベースで行われることに加えて
ダモシが呼びかけたことから
直系ダモシ軍団やNY勢、大阪勢など
ダモシにゆかりのある人々が参戦する。

ダモシ的には、
暴風雨などのトラブルが襲いかかってくる
ということも辞さずの心理状態になっている。

今後、あと一ヶ月。

どういった精神状態になっていくのか。
"へたに"昨年対決したことで
"知ってしまって"いることから
昨年以上のピリピリとした心理状態が
今後近づくにつれて高まってこよう。

<俺も来月、富士山と
 死にものぐるいで闘うぞ。
 だから死にものぐるいでやれ!>

と大会でジュニアに言ったわけだから、

むろん必死に、真摯に、一生懸命、
富士山と闘う。

心理的な覚悟は既に、ある。
それを当日までにピークに持っていくことと
身体調整を怠らないことが
求められるであろう。


ジュニアの闘いは続く。

7.18のニッポン代表決定戦の後、
中一週ですぐまた
8.1に同じくニッポン代表決定戦がある。

それはジュニア初の地方遠征での大会出場となる。

しかもその大会は、極真の選手権である。

他流に乗り込むことに慣れているものの
相手は極真である。
大勢いるであろうそれに
新団体から遠征して乗り込むのは
ジュニアともう一人。

今回は他団体への乗り込みといっても
先週のように一騎当千ではなく
お兄ちゃん(二年生)がいることで
精神的にも少しは救われよう。

仮に館長が行くことができなくとも、
ダモシがいれば
相手が極真であっても問題ないであろうし、

もう一人の親もまた強面だから、

その大会ではダモシ&その父親が
タッグを組んで他団体への乗り込みを
後押しする形になるだろう。

しかも場所は福島である。
それこそ準ホームの那須から近い。
前日から那須入りして調整して臨むことになろう。


中二週

中一週

連闘

中一週

という、
全盛期のオグリキャップのような
過酷なローテーションでの夏の4大会。

"ジャンボ鶴田試練の十番勝負"の世界観か。



*****



そんな中、
猫ジャックの様子がおかしかった昼。

ワイフが告げる。

<お尻の肛門の横に穴があいていて
 そこから血が出ている…>と。

ジャックがワイフにそれを教えた。
具合が悪いのだよ、と。

それに気づいたワイフが見ると
そうなっていた、と。

そしてダモシも見ると、
そこから今度は大量に膿みが出ている。

<マズいぞ、これ。すぐに病院へ>と言うが、
かかりつけの動物病院は
午後の部は4PMから。

今宵は、

ジュニアの小学校の<引き取り訓練>という
行事があり、

全校生徒の親がコドモを迎えにきて
引き取るという練習が予定されている。

要するに災害時などの際に
親がちゃんとコドモを引き取りに学校に
来ることができるかどうかの訓練である。

むろん来られない人はいるから
そのコドモたちは体育館へ退避する訓練をした上で
各自下校するわけだが、

とにかくそれに行く必要があった。

その時間は、1:40PM。
拙宅を1:30PMには出なければならない。

すぐに動物病院へ電話をして
緊急で診てもらえないかを打診。
症状を伝えるとすぐに診てもらえることになった。

<1:30PM頃、来てください>。

よしダモフィーロを出そう
ということで、

ジャックを連れて
ワイフと乗せてまずはダモフィーロで
動物病院へ。

その駐車場に車を置いて、
ワイフはジャックを連れて診療へ。

そしてダモシがジュニアの学校の引き取り訓練へと
小学校へ歩いて出向いたわけである。

そこには当然ながら
大量のお母さんたち。
ママたちといってもダモシ世代や歳下の女性である。
オンナの匂いがプンプンする。

中にはお父さんもいるが、当然少ない。

大量の女性軍の中で、
下駄箱の前でまずは待機している間、
ダモシは汗ばんでくる。

<ふぅ…。何か異種の暑さだな…>と。

一斉に各自、コドモがいるクラスへ。

クラスの前の廊下にも大量のお母さんたち。
その中でダモシはより一層の汗をかく。

と、ある一人のお母さんが声をかけてきた。


<あ、脚はもうよろしいのですか?>と。

知らない顔だ。

するとその言葉を合図に
他のお母さんたちも声をかけてきた。

<あらぁ…。もう大丈夫なのですか?>と。

皆、好意的な眼差しだ。

ダモシは
その人たちが誰なのか知らない上に、
なぜ脚のことを知っているのだろうと
訝しがったのだが、

それでも
<ええ…。まあ…。おかげさまで…>と
ハニかんでみせる。

その他のお母さんの目も一斉に注がれるから
汗はさらに出てくる。

一人のお母さんが皆に言う。

<この方がダモシさんですよ、皆さん>。

すると他のお母さんたちもまた
近寄ってきて

<ああダモシさんですかぁ!>と声がけが始まった。

<ええ…まぁ…、ダモシです…。
 いつもウチの〇〇がお世話になっております>と

シャイに、またハニかんで、挨拶。

女性には慣れているダモシも
さすがにこのような空間で
女性だけに囲まれると、

恥ずかしいというか、何というのか、
とにかくハニかんでしまうわけであり、
忌憚なくベイビーフェイスを演じる次第であった。

よふやくその輪を逃れて、
ジュニアを引き取るが、

ジュニアが問う。

<マミーは?>と。

<ジャックがお尻のあたりから血が出たんだ。
 だから今、病院だよ。これから俺たちも行くよ>と
説明して、ジュニアを伴って病院へ戻る。

結局、ジャックは膀胱破裂という
言葉で書くと非常にインパクトのあるトラブルを
発症したということになった。

膀胱破裂。

おそろしい。

すわ、手術か?またお金がいっぱいかかるのか?
と怯えたが、

ジャックがちゃんとすぐにワイフに教え、
ワイフもまたすぐにちゃんと気づいて発見し、
即座に病院に来たことで、

応急簡易手術と相成り、
膿みをすべて注射で抜き取った上で消毒。
抗生物質をもってして
何とかなるだろう、ということで

大事にならずに、事なきを得た。

明日もまた通院するが、
抗生物質を伴って何とか早期回復に努めれば
大丈夫であろう。

これもまた、冷や汗をかいた次第である。



*****



これまでの実績から、

ジャックや猫たちが
何かトラブルを発症させる際には
共通するタイミングがある。

それは、心理的なものである。

<ジェラシー>である。

猫たちが
何者かに対してジェラシーを感じ、
寂しさを覚えたとき、

意図的か?

と思えるほど、トラブルを発症させる。


最近、ダモシ国内での会話で
度々登場するのが、<ハムスター>である。

それを聞いている猫たちは、

<新しくハムスターが来るらしい。
 ダモシのジュニアは
 僕たちのことよりもハムスターを待望し
 かわいがるようだ>

と話し合っていただろう。

<ダモシのワイフもまた、
 ジュニアと一緒になって世話をするだろうから
 ハムスターばかりが可愛がられるのでは?>

とも。

そこでジェラシーが沸く。

これは本当の話である。
会話がそのようにされているのかは別として、
猫がジェラシーを感じ、
それに対してとる行動や
起こす身体的トラブルは、毎度、ある。


そのジェラシーの対象であるハムスター。

その登場日すなわち
ダモシ国の家族に仲間入りする日が
今宵だったのである。

それにタイミングを合わせるかのようにして
ジャックは膀胱破裂を発症した。

ジュニアがジャックを見て
メソメソしてしょぼくれた。

自分がハムスターのことばかり口にして
いたから、ジャックが焼きもちをやいて
病気になったのだ。だから自分のせいだ、と。

ダモシ&ワイフは当然、

<〇〇のせいじゃないよ?
 大丈夫だよ。ジャックは不死身のジャックだから>

と慰めて、ジュニアはようやく機嫌を直したが、
ジュニアもジュニアで
ちゃんともう分かっている。

新しいハムスターばかりではなく
ちゃんと猫たちもかわいがらなければ
というレスポンシビリティをもう既に
彼は所持している。


館長が約束した通り、
ハムスターを買ってくれたようである。

ワイフが
ハムスターの家となるケージや餌、
トイレの砂など必要なもの一式を買う。

それを空手の練習の前に買い、
道場へ持っていったという。

道場では他のコドモたちたるお兄ちゃんたちが
皆で、そのハウスを組み立ててくれたという。

皆、優しいコドモたちである。

兄弟のいないジュニアが空手で得る恩恵は多い。
その一つが、
<歳上の男=お兄ちゃん>たちとの邂逅である。

どうやら
館長の家でも飼っているのはもとより、
空手の道場に来ている
他のお兄ちゃんたちの中にも
一人飼っているコドモがいるらしい。

さらに二年生のお兄ちゃんも
ハムスターがずっと欲しかった、と。

だからジュニアが
館長に買ってもらったことで
ジェラシーは当然感じているだろう。

明後日の日曜日の大会に出るそのコドモは
やはり今宵、館長から
<優勝したらハムスター>という
約束を取り付けた。

それを励みに、日曜日は頑張って欲しい。

練習終了時、ダモシはダモフィーロで迎えに行く。

そして
ダモシもまたハムスター&ハムスターの家を
抱えて嬉しそうなジュニアと逢い、
共に自宅へと連れて帰ってきたわけである。


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ジュニアの部屋で飼う。

責任をもって
彼が面倒を見る、と。

ダモシは深入りしないつもりだ。
ダモシ自身が
ハムスターにまで感情を抱いてしまい
感情が出ていけなくなったら大変だ。


猫はもはや、
入り込んでいるからして、
心が出ていくことができない。

要するに、
簡単に入ってすぐに出られるような
関係性ではない。

長い年月、苦楽を共にしてきた同志であり
いわずもがなファミリーである。

齢からして、
常に<死>というもの<別離>というものを
意識しながらの日々に入っている。

もう、感情や心が、
簡単に出入りできるような間柄ではないのだ。

今以上に、数的にも、種類的にも、
そういった存在を持つことが怖いのだ。

ジュニアは別だ。

彼は、己が欲しいと望んで
初めて飼う、自分より小さな生き物が
今回のハムスターとなる。

既に感情と心は、
簡単に出入りできるものではなくなっているだろう。

<本当にかわいいなぁ…>と呟くジュニア。

当然、死や別離を考えることはない。

それはそれで素晴しいことだ。

ダモシはもうそれは出来ないのだ。
常に、己自身はもとより
親、近い親戚、友人、猫たちすべての

死と別離を、心のどこかに
置いておかなければならない齢になっている。

ジャックや他の猫たちが
トラブルになる度に、胸は痛み、
目の前は暗くなる。


闘い同様、日々是決戦。常に紙一重。



*****


既に事前にジュニアは
ハムスターの名前を考案していた。

男の子なら〇〇、
女の子なら〇〇、と。

買ってもらったハムスターは女の子。

柄は、ジャックと同じだ。

彼がつけた名は、なぜか<レミちゃん>だった。


普通に願う。

一日でも長く、楽しく生きられることを。





posted by damoshi at 00:49| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

紫陽花睡蓮花菖蒲




森ガールや不思議系女子などが
喜びそうな季節が間もなくやってくる。

梅雨だ。

そういう女子なら
蒸し暑くとも汗ひとつかかずに
オールウェイズ飄々として、

雨の中を
"長靴"転じて"レインブーツ"を履いて
洒落た傘を手に
そぞろ歩きするなら

水滴したたらせる紫陽花、睡蓮、花菖蒲を
愛でようか。


横浜の港北エリア。
拙宅から車で10分程度の位置にある
400年の歴史を誇る古刹・正覚寺もまた、

そんな女子から、
シニア、ダモシまでを
そぞろ歩きの時間へと導いてくれる。


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日光や、松島の瑞巌寺を彷彿とさせる参道と
背の高い木立。

高窪山正覚寺という名称だけで
本尊などを除いて
それ以外は詳細は何も記載がない。

だから、どういう寺なのか分からない。


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しかし、そぞろ歩きと時節の花を愛でるのに
相応しい静謐なる場所であることは確かだ。

アトモスフィアも満たされている上、

文字通り
今の季節ならではの
紫陽花、睡蓮、花菖蒲が咲き揃っているからだ。


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古池や蛙飛び込む…
という芭蕉の句さえ浮かんでくる。


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この様相になればもうここは、モネの世界。


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古刹の装いも過不足ない。



*****


いずれがアヤメかカキツバタ
という格言があるが、

これにハナショウブを加えても良いだろう。

ハナショウブには黄斑がある。
薄い紫色のセンターにイエロー。


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ハナショウブといえば、

岩手は平泉の毛越寺、
江戸下町の堀切菖蒲園、鎌倉・明月院、
西東京は東村山の北山公園など名所は多い。

それは5月31日の誕生花。ワイフの誕生日である。



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*****



明日を最後に、
日曜日からはずっと雨になる東京首都圏。

レイニー・デイズの始まりのようだ。

明日が
雨のない中で紫陽花を愛でるチャンス。

高幡不動尊の紫陽花まつりもピークだろう。

出向く予定であるが、
ひと足先に正覚寺の紫陽花を。


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紫陽花大好きマンのダモシであるが、
それは花として好きであること以外に
雨にもフィットし得る紫陽花の懐の深さをも指している。

サニースカイが前提にあるレジャーやお散歩。

だが紫陽花の場合、
たとえ雨が降っていようとも
失望に劣化しない。

逆に紫陽花を愛でる場合は、雨が降っている方が良い
とさえいえる。

雨でも気分が陰鬱にならない。
紫陽花があれば。

陰鬱なダークスカイや雨が大嫌いなダモシをも
包み込んでくれる紫陽花。

だから好きなのだろう。



:::::


<正覚寺>

横浜市営地下鉄ブルーライン
センター南駅下車、徒歩約5分。

車利用の場合、たまプラーザなど
田園都市エリアから10〜15分圏内。







posted by damoshi at 18:43| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

笠松の想ひ出




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今年何冊目かの本。
今週買って、現在読んでいる本がこれだ。
文藝春秋スペシャル夏号の
<もう一度 日本を旅する>。

現代では珍しい、武骨なまでの作りだ。
グラフィックがほとんどない。
グラフィックに頼らず、
ひたすら書き手の文章を延々と掲載する。

読ませようという気概を感じさせる本(雑誌)は
近年とんとお目にかからぬため、
嬉しくもある。

膨大な数の作家や著名人が
己の旅を語る。

一方で、
松尾芭蕉のおくのほそ道を辿る<名蕉地探訪>
地方のスナック、軍事遺産、まつり、踏切など
ミクロなテーマにフォーカスをあてた特集など
読み応え十二分な内容になっている。

森村誠一氏が担当した<名蕉地探訪>では、
ダモシも感嘆し08年に当欄で特集した
栃木は大田原にある<雲巌寺>を
松島を超える名蕉地ナンバー1に推している点など、
大いに共感を得た。

当欄で雲巌寺を特集した寄稿は以下。
http://damoshiny.seesaa.net/article/103201031.html


この本の中で、
<ギャンブル・グルメ>と題して、
地方の公営ギャンブル場における
ベタなB&C級グルメを特集した記事がまた秀逸。

ギャンブルといって敬遠するなかれ。

ここで著者が書いている文章のある部分に
大いなるシンパシィを得る。

<ギャンブル場がなければ
 絶対に行かない地味でマイナーな地方都市に
 旅の目的が生まれ、
 その土地独特の知られざる名物を発見できる>。

さよう。

競馬などのギャンブルもまた
一つ視点と視野と心域を広げれば
文学的であり旅愁を大いに誘うカルチュラルな
存在へと昇華するのである。

競馬、格闘技などといった存在も
ダモログでは多く取り上げられるが、
それはギャンブルでありスポーツである一方、

れっきとした文化であるからだ。

ダモシは競馬だけはやる。
ギャンブルや遊戯でいえば
パチンコや競艇、競輪などは一切やらない。
競馬オンリーだ。

だからといって他のそれを否定するものではない。
好き嫌いとインタレストの問題なだけである。

そして競馬は、数は少ないが、
競馬場へは当然ながら年齢相応に複数出かけている。
日本国内に留まらず、である。

府中などの中央競馬は除き、
大井(東京)、川崎(神奈川)、笠松(岐阜)、
北の某国のばんえい競馬(帯広)まで。

米国では
カルダー(マイアミ)から
ヨンカース、アケダクト、ベルモントのニューヨーク勢、
メドゥランズ(ニュージャージー)まで。

それぞれに、
エリア特性がくっきりと表れている。
その土地土地の独自性が
はっきりと露呈されるのが、
一つには競馬場ともいえるのだ。

だから面白いのだ。

競馬場へ行くのもまた、
<not only ギャンブル, but also 旅>なのである。

当欄の<旅>カテゴリーにて
適宜、競馬場と旅を掲載していく所存である。

今宵はまず、1990年に訪れた笠松競馬場(岐阜)。



*****


名古屋を起点として
そこからVの字を描くように
右斜め上へ行けば犬山城やモンキーパークのある
犬山エリアへ、
左斜め上へ行けば岐阜へと流れる。

そういった位置関係がある。

そのVの字を横切る形で
中央フリーウェイと東名高速が合流した後につづく
名神高速が走っている。

1990年の6月のこと。

社会人ルーキーのダモシは
新卒デビューからわずか一ヶ月強で
出張へと出かけたのであった。

<まあとにかく俺に任しとき>と。

単独行大好き人間の面目躍如である。
ルーキーだろうが上は不要。
自分一人でへっちゃらさ、と。

歩き回った。
県でいえば愛知、岐阜、静岡。
単独行では己のペースで動くことができ、
己の判断でその範囲を延ばすこともできる。

愛知・岐阜という当初のミッション・エリアを超えて
静岡にまで脚を伸ばしたのは
己の勝手な判断であった。

だが時に、人は、組織の中においてもなお、
勝手な判断が何かを成し遂げることがある。

バットを振らなければホームランは生まれない。

それは長い出張だった。
正確な期間は覚えていないが、二週間はあったはずだ。

出張直前、現在のワイフに
彼氏がいながらも最終的にリアルな交際申込を済ませ、
己は尾張・駿河への出張へと出かけたのであった。

それこそ愛知県、岐阜県ともに広範囲に渡り
文字通り動き、歩き、汗をかいた。

名古屋市内はもとより、
主に岐阜へ出向く際は名鉄を利用した。

名鉄名古屋駅から名鉄に乗れば名鉄岐阜へ辿り着く。
名鉄という一つの路線だけで、
且つ名古屋駅以北の駅名で書けば、
国府宮、一宮、新木曽川、笠松、岐阜。

そして笠松から分離する竹鼻・羽島線沿線まで。

それこそ
<あれ?これは新幹線で名古屋の次の岐阜羽島では?>
と己自身驚くほど、
"そこまで"私鉄でとことこ動いていたのだった。

印象深いのは、竹鼻。
そしてもう一ヶ所は新木曽川(あたり)。
後者の地名は曖昧な記憶だ。
当時の手帖を紐解けば正確な地名が出てこよう。

時節は、猛暑の盛り。

後者の土地は駅から延々と30-40分歩いて
ようやく目的地の会社にたどり着いた。
まるで砂漠のように、周囲には何もない。
蜃気楼のようなものが浮き出ていた記憶がある。
その中を重たいビジネスバッグを抱えて、
汗だくになりながら必死で歩いた記憶。

前者の竹鼻は明らかなる記憶。
なぜならばそれを後押しする記録としての
写真が手元にあるからだ。


takehana.jpg

駅前で記念に撮ってもらったものだ。
ダモシは若い。そして細い。
まだまだ大学出たてホヤホヤの
ヤングボーイの頃合いである。

ところは岐阜県は羽島市竹鼻町。
注文通りのローカル町である。

名鉄の笠松駅で分離する路線の中にある駅。

こんなローカルにまで脚を伸ばしていたわけだ。

アパレル関係。
これがクライアントのミッションだったのである。

アパレル関係、繊維関係といえば
ご周知の通り岐阜である。
あの山本寛斎も岐阜の人だ。

だから岐阜をメイン・ストリームとして
愛知・岐阜という
出張におけるフォーカスが形成されていたわけである。

静岡まで脚を伸ばしたのは、
エリア的な範疇であることと
愛知・岐阜でのミッション途中で手詰まり感を
覚えたからである。

<アトモスフィアを変えなければ>。

そう察知したダモシが
独断で静岡にまで脚を伸ばし、そして結果を出した。

ミッション的にはこの出張は、
成功に終わったわけだが、
それはそれとして、旅だ。

この竹鼻という町はかつては城下町として
どうやら栄えていたようだ。

だが、このときの記憶では、
<ずいぶん遠くへ来てしまったな…>という、
やはり何もない侘しさが漂っていた。

一方で、賑わいなくとも
なぜか暗さを感じなかったのは
駅前にいるとなぜか複数の若い女性が
入れ替わり立ち代わり歩いてきたからだろう。

そしてやはり猛暑だったからだろう。

とにかく暑かったのだ。あの初夏は。

あの初夏といえば
競馬の件で度々記載する
アイネスフウジンの日本ダービー
(猛暑の五月/史上最高入場者数のダービー)が
行われた同じ年だからである。

そのダービーが終わった
それこそ数日後に東京を発って
この出張に来ていたのだ。


竹鼻、そして
砂漠のような何もない原野を歩いている途中に
"蜃気楼のようなもの"を見た土地などを
動き回っていた出張初期から中期にかけては、

ミッションに対する結果が、
なかなか出なかった。

当然、焦りが出てくる。
焦りは、相手との闘い(交渉)などにおいて
よからぬ所作と言動を生む。

しかも相手はいずれも老獪で、
こちらはまだまだルーキーである。
さらに場所は相手のホームで
ダモシにとってはアウェイ。

厳しい、疲弊する日々。

しかも、名古屋の滞在先の電話番号を教えておいた、
交際を申し込んでいたワイフからは何も連絡が来ない。

精神的に、"参って"きていた。

そんな頃合い。

いつものように名古屋駅を起点として
名鉄に乗った。

そしてそれまでも通過していながら、
まったく気づかなかった
(その余裕がなかった)ある存在にフト
気持ちが止まった。


笠松である。



*****



<あれ?そういえば、笠松って…>。

そう。

1990年といえば、
あのオグリキャップが年末の有馬記念で
劇的なラストランを飾ったイヤーである。

まさにオグリキャップの
88年から90年にかけての激走は、ムーブメント。
大げさではなく、確かに社会現象といえるほどだった。

オグリキャップが公営・笠松競馬の出身であることは
ファンなら誰もが知っていた。

87年に笠松競馬でデビューしたオグリキャップは、
デビュー戦こそ二着に破れたが
そのあと二連勝。そして次に二着に破れた。

衝撃はここからだ。

笠松競馬場で三連勝を飾り、
中京と名古屋へ乗り込んだレースでも連勝。
笠松へ戻り三連勝と怒濤の快進撃を続けた。

笠松、中京、名古屋、笠松と続く八連勝の時、
最初の勝利を除いてすべて鞍上は、
安藤勝己。

今や中央競馬のスタージョッキーである
通称"アンカツ"もまた、
笠松競馬の人だったのである。

これは凄いぞ?と
地方・笠松から中央へ転じたオグリキャップは、
中央でもGIIIを三連勝。

これは本当に凄いぞ?となり、
今度はGIIでも負けずに二連勝。
しかも2レースともレコード勝ち。

ああこりゃ怪物かも?となって迎えた秋は
王道路線の毎日王冠(GII)でも勝って
<怪物だわ>となって、

秋の天皇賞という大一番で一番人気を背負った。

その後の快進撃と、
晩年の失速、引退レースでの劇的復活などは
言わずもがなであろう。

そのオグリキャップが、
そろそろ脚色を鈍らせてきていた90年初夏。

ちょうどその出張中に、
宝塚記念(GI)が行われて
ダモシも滞在先でテレビ視聴したが二着に破れた。
それが90年の6月10日のことである。

その日の前か後か。
それは忘れたが、いずれにせよ
オグリキャップ=笠松=安藤勝己
という記号への理解がある中で、

名鉄の車内でフト気がついた笠松駅だったのである。

ダモシは迷わず、そして咄嗟に電車を降りた。

笠松競馬場へ行くために。

そこはもう、完璧なるローカルだった。

<これが地方競馬というものか…>と、
その頃既に大井競馬場へは出かけていたが
同じ地方競馬でも
東京にあり、当時既にデートコースとしても
トゥインクル・レースが行われた大井競馬場とは大違い。


平日の真っ昼間から、だらだらと、
だらしのないオヤジたちが酒臭さを漂わせながら
競馬場内に"たむろ"し、ぶらぶらしている。

これぞ地方競馬だ、と。

駅から競馬場エントランスまでの公道は、
レースに出る馬が横切るため
車は停まる有様。

その馬は、これまた、だらだらと歩く。
停まっている車もまた急がない。
急ぐ必要がないのがローカルの特徴だ。

時間というものの単位は同じでも、
都会と地方では
そのペースは大違いである。

同じ一分でも、
ペース的に東京が30秒なら
ニューヨークが10秒。
そして地方は90秒という世界観。

まったく"やる気"というものがなくて、
当然その根底に潜んでいるはずの
覇気や鋭気も感じられない。

ただただ、だらだらとぶらぶらと。

そんな感覚、なのである。

ところが、こういった空間に身をおいたのが
正解だったのだろう。

ダモシの肩の力が抜けたのである。

<まあ、いいや。結果は気にせんと、
 ノビノビと、己の感覚と触覚でやって
 努力すれば、それでいいさ>

と。



笠松競馬に、救われたのである。




*****



或る日の夜。

滞在先にいると電話が鳴った。
ワイフからだった。

彼氏を捨てて、
ダモシのもとに飛び込んでくることにした、と。

そういう連絡だったわけだ。

ダモシは平然と言った。

<そうなることは分かっていたよ>と。

だが、内心、バクバクであり、
嬉しくて飛び跳ねたい気分だったわけだ。

当然、翌日から、さらにミッションへの覇気が
漲ってきたことは言うまでもない。

以前もちらっと記載したことがある、
東京駅での待ち合わせで
東海道新幹線で帰ってくるダモシのことを
ワイフは東北新幹線のホームで待っていたことで
交際開始後の初めての劇的な邂逅が
失敗に終わったという笑劇の事件が起こるのは
この出張の帰路のことである。


その年の年末の有馬記念。

オグリキャップの復活ラストランを、
ダモシが住む中野新橋のアパートメントで二人で観た。

今も、オグリキャップのぬいぐるみは、ある。
ジュニアの部屋に。


笠松競馬を想い出す時、
必然的にあのときの出張と猛暑、

そしてワイフからの電話がフラッシュバックする。

あれからもう二十年も経っているのか、と。

ワイフと交際を開始してからも、
今年は二十年(結婚して十八年)になるのだなぁ
と改めて感慨深いところである。


今となっての悔いがあるとすれば、
一枚も
笠松競馬場で写真を撮らなかったことである。


もう一度、行く機会はあるだろうか。
ないだろうなぁ、というのが率直なところだ。

笠松という地へ、
笠松競馬だけのために
わざわざ行くことはないと思えるからだ。

そこを巡り、何かを書いたりする仕事がない限り、
おそらく行かないだろう。


だからこそ、あのとき、あのエリアに
出張があったという幸運には感謝したい。






posted by damoshi at 02:22| 草競馬流浪記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

空手三昧・ジュニア三昧



先週の、史上最低クラスの日本ダービーの余波で
春の東京GIシリーズ最終戦の
今宵の安田記念も
せっかくのサニースカイに関わらず、

なんだかなぁ…的な結果に終わり、

<はぁ、つまんないなぁ>と相成ったわけだが、

競馬もそんな有様であるからして
このウィークエンドはとにかく
空手三昧というかジュニア三昧だったよ

と。

つまらない安田記念に踵を返して
ダモシは
東海道五十三次で
品川・川崎・神奈川に次ぐ第四の宿場であった
保土ケ谷へとダモフィーロを走らせた。

浮き世もまたこのサンデーは閑散なのか?
道路は随分と空いていた。

拙宅からわずか30分。
最後は渋滞悪夢路線の国道16号線なのに
それもスイスイ。

保土ケ谷にあるスポーツ・ファシリティで
他団体との合同練習に臨むジュニアの見学
のみならず、

新団体のHPやブログも作成しているダモシは、
もちろん写真撮影も担当しているために
そのブログに掲載する写真を撮るという
ミッションも携えていたわけである。



060610a.jpg


今宵もまたサニースカイ。
清々しい天候とは、こういうことを言う。
毎ウィークエンドはこうあってほしいものだ。



団体の仲間の親御さんから
口々に昨日の大会での結果を祝福されたが、
いずれもやはり
一学年上から下りてきて参戦したアンドレは
論の外という感じで、

準決勝でニッポン代表を下したことの
パフォーマンスへの驚嘆を述べられた。

巷では相当そのコドモは強いと評判らしいのだ。

その存在を昨日の会場で知っただけで
何ら事前情報がなかったダモシやジュニアにとっては
案外与し易しの相手だったから
いささか拍子抜けでもあるのが実情。

問われたダモシも
<でも相対的に見たら強いと感じませんでしたよ。
 後半はもう脚は止まっていましたし>
と述べる。

ジュニアにもその旨を改めて聞いたが、

<みんなそう言っていたの?
 でもあのコは弱かったよ>と素で言う。

まあ、相性というものもあるのだろう。

ダモシとしては
賞讃は有り難いのだが、
やはりアンドレに負けたことが悔しくて
何度も何度も反芻したり、

他の父親にも

<でもああやって上の学年から下りてくるのは
 ちょっとこう、フェアじゃないのでは?
 ああいうのやめたらどうですかね>

と未だ納得できずに言ってしまう。

決勝のアンドレ戦のゴング直後の攻防を
今宵もワイフ、ジュニア交えて
検証したのだが、

やはりアンドレの脚が
見た目以上に<長かった>という結論に至るのだ。

要するに、
ゴング直後に
右脚の前蹴りをやりながら前に出てくる
アンドレに対して、

右にズレて前に入り込んでの
左のインローを
アンドレの左脚ヒザ裏に叩き込む

という紙一重の攻防におけることだ。


ダモシがセコンドで見ていた角度では
ジュニアのそれは
かすった程度に見えたのだが、

別の位置から見ていたワイフの目にも
本人のジュニアの感触からも
左インローは
アンドレの左脚ヒザ位置にはヒットしたというのだ。

だが、
アンドレの前蹴りを出してきていた右脚が
思った以上に長かったため、

その直撃を避けるべく
ジュニアの体重は左のインローに乗っておらず
やや腰がひけた状態になってしまったことで

威力が激減したというわけだ。


<思ったよりも脚が長かった>という結果は
もうこれは致し方ない。

これまで絡んだことのない相手であり
そのファーストコンタクトで
紙一重の一撃必殺をやろうとしたのだ。

仮に数センチ、アンドレの右脚が短ければ
完璧なクリーンヒットとなって
KOに至った可能性も否定できない。

それだけ、首の皮一枚、紙一重の攻防の
その紙の、一重の厚さというものは
まさに感覚であり空気感だから
一概にどうこう言えるものではないのだ。


ただ、その敗北において
もうすこし意固地にならずに
<オレの話を聞いて>回り込んでローを
あと三発さけでも決めていれば
完全に勝っていたという感触は絶対的自信があるのだが、

一方で、
今宵もワイフと話し合ったが
ジュニアのあの負けん気という部分は
これは評価すべきである、と。

合同練習の際にもやはりこれも他の親御さんから
言われたのだが、

<〇〇君は、絶対に引き下がらない。
 そういう根性と強さが魅力だ>

と。


<そこなんだよな>とダモシ。

評価すべきその部分と、
果たしてそれだけでは勝ちきれない局面があって
ではその局面でどうするのか?

というジレンマである。

仮にジュニアが動き回って、
ある意味でガチンコを避けて闘うポスチャーを
見せていたならば、

アンドレのハイキックや前蹴りは
どんどん飛んできて
ヒットしていた可能性は高いのだ。

ジュニアが一歩も引かないから
明らかにアンドレはイヤがって
アンドレも己の恐怖に打ち克つべく
徹底的にただただパンチだけで前へ突進してきたわけだ。


闘いは、難しい。

修羅場をいくつ重ねるか。くぐるか。
その積み重ねで
本人が途中途中でどうするかを
また感じていくのだろう。

そういう意味では、相撲の出稽古ではないが、
他の部屋、他の団体のそれへ出向いて
出稽古するということは
精神的な鍛錬も伴い、重要なことである、と。


一緒に車で行った二年生のコドモなどもそうだが、
いずれも行く道中、ロー・キーになっている。

<どんな人たちがいるのか(不安で)…>

気分は滅入るわけだ。

よく分かる。その気持ちは。
ふだんと違う練習方法や場所。他の選手。

コドモにとっては
<いつもと同じ>というルーティンこそが
本来的にはノビノビとした力の発揮を誘うわけで、

知らない人ばかりの環境で
しかも闘いをしなければならない
というシチュエーションは、

ドキドキするだろう。

だから車中、言葉もなく、
ロー・キーになるわけだ。

オトナでもそうだろうさ。


だが、コドモは皆、
始まったら始まったで対応するのだ。

これがまた凄いなぁ、と思わざるを得ないのだ。



060610b.jpg


まあ、もう本当にカワイイわけである。

いわゆるこんな"ちびっ子"が
お兄ちゃんやオトナに向かっていっている姿は
どうしようもなくカワイイのである。


060610c.jpg


それも当然ながら、
遠慮なしに<外からのロー><得意のインロー>を
ぶち込んでいく。

小学一年生とはいっても侮るなかれ。

ダモシですら
本気のそれをマトモに受ければ
普通にアザが出来るほどである。

ふだんまったく運動をしていないオトナがいれば
試しに受けてみると分かると思うが、
それはそれは強烈である。

マトモに入れば
それこそ試合でKOになるわけだな、と納得する。



060610d.jpg


他団体のメンバーも一緒に
総計60人程度で記念撮影。

ジュニアは最前列のど真ん中に立ったが、
全員が並び終えるまでの間、
ジュニアは道着の着こなしを確認していた。

写真では名称等記載部分はカットしているが、
道着には団体名が記載されている。
帯には当然、名前と団体名も。

道着の左胸側に縫われている
団体名がちゃんと見えるように
ジュニアは確認しているのである。

それは試合後の表彰式でも同様である上、
道着の着こなしにもうるさい。

道着を着ている際の男の佇まい。

それはサラリーマンならスーツ、
野球選手ならユニフォーム。

それらをただ着るのではなく、
スタイリッシュにどう着こなすのか。
どのように見せる要素を勘案するのか。

そのあたりも
ふだんから<道着の着こなし>については
ワイフも口うるさくsuggestionしているから
ジュニアもルーティンで意識するようになった。

闘いの場に立ったとき、
道着を纏った姿が
誰よりもスタイリッシュでカッコ良く。

それはまた単に技や強さだけではなく、
たいへん重要な部分なのである、と。



*****



ジュニア三昧、空手三昧の
ウィークエンドは終わった。

夜遅くなった練習後、
<外で食べていこう>と
今宵はデニーズで、ささやかな家族団欒。


家族というものは良いもんだ、と
改めて思うと同時に、

家族(親と子)というフォーカスで考えた場合、

<プライムタイム>は
コドモが幼児〜小学生時代ではないかと
思えてくるわけだ。

まだまだ依存し、独立心への萌芽の時期。
まだまだ甘えん坊で
ストレートに甘えてくるし
素直に喜び、<一緒に遊ぼう?>と言ってくる。

そんな時代こそが

親と子というフォーカスで見た場合の
家族のプライムタイムなのではないか、と。


やがて中学生、高校生、
その後の道となるにつれて、

それは善くも悪くも崩れていくのではないか、と。


男女の恋の燃え盛る炎という意味での
ハニームーン期(プライムタイム)も
短いのと同じで、

親と子というフォーカスでの、
家族のプライムタイムもそう長くはない。

ベイビー〜幼児〜小学生時代。
この12年程度が、リアルな意味でのプライムタイム
ではないのかと思う。

ダモシ自身、
家族という部分で団欒含めて
最もインスパイアとして残っていて
それが後に影響を与えているのは、

(記憶がシュールではない幼児期を除き)

北の某時代
(小学二年生途中〜小学五年生の終わり)

なのである。

それ以降も勿論ハッピーではあったが、
プライムタイムとしては
その時期が最盛期だったような気が
するわけである。


最も親と共にいて、
最も多く親と共に旅に出て、
最も多く親から色々と教えてもらったのが
その時期だったという気がするわけである。


己がコドモに<チュッチュッ>と
舐め回したくなるほどカワイイと思える
抱っこしたり手をつないだり肩車したり
という世界観は、

実はそんなに長くはないのだ。


それを考えてしまうと、人生世知辛い。


まさに、

ユーミンの昔の歌ではないが
<恋の一時間は、孤独の千年>くらいの

バランスなのではないか、と。



カワイイ、ジュニアは今朝起きてくると
早速、ペーパーとペンを手にして
何かを書きはじめたという。

ペーパーに書かれていたのは、

ハムスターの名前だった。

それが男の場合は〇〇、
女の場合は〇〇、と自分で名前をもう
決めたようである。


<アンタッチャブル>での
ケビン・コスナーの

<結婚は、いいもんだよ>という台詞ではないが、


本当に
<コドモは、いいもんだ>。





posted by damoshi at 01:26| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月06日

帽を脱ぐ(最終編)




<海賊船キック>。


試合を進めていく途中で
既にジュニアに伝えていた。

<優勝できるからだいじょうぶ。
 決勝で、あのデカいのと当たるだろう。
 でもだいじょうぶだ>

と。

ジュニアは
空手をやっている同じ学年の中では
小さい方である。

小学校のクラスの中でも真ん中あたり。

けっして大きい方ではない。

たいてい空手では
自分より身長も体重も大きく重い相手と
闘うことになるが、

それでも勝ち気がまさっているのだが、

極端に大きさに差がある相手と対峙すると
弱気が出る。

それはだが、致し方なかろう。
オトナでもそうだろう。

そこをどう払拭するか。
やがて必ず大きくなるだろうが、
それまでは課題の一つとして今後も生き続けるわけだが、

特に今回のアンドレ級になれば、
精神面はもとより
奇策も必要になってくる。

巨人よりもアドバンテージにある
機敏さを生かして、
その巨人の弱点をつく。

ある意味で、
まともにぶつかり合っては勝ち目はない中で
極論ではそれ以外に勝ち目はないのだ。

決勝まで行くことと優勝することを
大前提とした上で
それまでの闘いとは異なる作法で闘うことを
準備させるべく、

<決勝ではアイツと当たるぞ>と
心の準備をさせておくべく
伝えておいたのだ。

<見てろ。アイツの闘い方を>と。

そして言った。

<分かっただろ。アイツは、スローだ。
 そしてパンチの連打で前へ出てくるしか技はない。
 その前にゴングと同時に、あるいは離れた直後は
 アイツは必ず右脚で前蹴りをやってから
 接近してくることがもう分かっただろう。
 あとは離れている際のハイキックがあるだろ>

と。


・接近してくるときに繰り出すスローな前蹴り
・接近して以降はただパンチの連打で前へ押してくる
・離れた瞬間に、相手が逃げ腰になった瞬間のハイキック

というオフェンスの三本柱で
勝ち上がってきている。

いずれも相手が逃げ腰になる。
まともにパンチでやり合わない。
相手の腰がひけた瞬間にハイキックをヒットさせてきた。

接近する際に出す前蹴りも
相手が逃げ腰だからヒットしてきた。


それに対して、どういう姿勢で臨むのか。


準々決勝が終わり、ブレイクになった時点で
準決勝対策以上に
アンドレ対策をジュニアと話し合った。

既にジュニアは
ダモシがちょこちょこと
アンドレの作法を何度も伝えていたことで分かっている。

<何か秘技をやるか?>と問うたダモシ。

ジュニアは言った。

<じゃあ優勝して箱根に行くから
 箱根キックにしようか>。

ダモシは笑うが真剣に考える。

<箱根キックか。そりゃあ、いい。
 あるいはどうだ?芦ノ湖の、海賊船。
 もしくはロープウェイもあるぜ。
 駅伝キックだっていいだろう>。

ジュニアが選んだ。

<海賊船キックがいい。
 だって箱根に何度も行ったけど
 海賊船はまだ乗っていないから>。

そして、
<じゃあ、どんな技にする?海賊船キックは。
 アイツの弱点はどこだ?>と聞けば、

もう分かっている。

<大きくて遅いからね。脚は動いていないよ。
 脚だね、脚>とジュニアは言い、
即興で海賊船キックをイメージして決めたようだ。

<分かった。こうだよ>とジュニアが動く。

野球のスライディングの要領、もしくは
アントニオ猪木のアリキックの要領で
スライディングするわけだが、

そこからがオリジナリティの面白さで、

ただのスライディング・ローキックではなく、

彼が演じたのは
スライディングの要領で滑って
そのまま流れるのではなく
ピュッと止まり
的中させる際に
ローキック的に脚の甲で蹴るのではなく
足の裏で蹴り刺す感じで
相手のスネを襲う技であった。

右脚で前蹴りを出す瞬間、
アンドレの左脚一本地面についている。

その瞬間にその左脚のスネに
海賊船キックをまともにヒットさせればダウンする。

きちんとそれを描いた上での
ジュニア発案の海賊船キックが
これで成立した。


こういった対アンドレにはさらに、
繰り返し練習している
小学一年レベルでは誰もやらない水面蹴りをこそ
土壇場で使え、と伝達した。


ダモシの戦術は、
土壇場の最後の10秒などぎりぎりの段階、
あるいは後半のここぞという瞬間で、

<海賊船キック>と<水面蹴り>を繰り出せ、と。



*****



アリーナの最隅にジュニアを呼んだダモシは、
言った。

ゴングが鳴って試合がスタートした
最初の瞬間でアンドレをビビらせるだけではなく、

ある意味での秒殺的にその一発で
試合を終わらせる奇策。

それを向かい合いながら実際にジュニアにやらせるわけだ。


<いいか?何度も言うが、
 アイツはゴングと同時に必ず前蹴りをやってくる。
 100%、右脚での前蹴りを出してから接近してくる。
 そしてパンチの連打で押してくる。
 
 ゴングと同時に右脚で前蹴りをやってくるから、
 すこし右にズレながら前に出ろ。
 先にアイツが前蹴りしながら前に来てからだぞ?
 同時ではなくてアイツに先に動かせてから
 その直後にそれをよけるようにではなくて
 右にちょっぴりズレて前に出ろ。
 
 そして上体をやや屈めて前に出て、
 その勢いのままアイツの左脚の内側のヒザ裏に
 インローを決めろ。

 うまくいけば、それで終わる>。


当然アンドレ以上に、
ジュニアにとっては大巨人のダモシが
仮想アンドレになって
前蹴りを出しながら前に出る。

右脚が前蹴りの態勢で宙にある瞬間に
ジュニアは右にズレながら前に来て
ダモシの左脚ヒザ裏に
インローをぶち込む。

限られた時間の中でこれを五回反復。

<よし。これをやれ。
 必ずそう来るから、これをやれ>。



『それではこれより、
 一年生の部の決勝戦を行います』


会場にアナウンスが流れた。


<よし行こう!さっさと勝って帰ろうぜ!>


ジュニアは白のサイドへ立った。



*****



決勝のゴングが鳴った。

ジュニアからはもう
とっくに弱気の虫は消えている。


想定通り、否、あえて言えば
それしかない動きでアンドレは前へ出た。

右脚でスローモーな前蹴りを出しながら
前へ出てきた。

その三歩目あたりまで見ていたジュニアは
やや右にズレてから
中に入って左のインローを繰り出した。

距離感とタイミング。
相手がいる中での動態の中で
それがドンピシャでハマれば一発KO。

なにごとも勝負は紙一重。

その微妙な0コンマ数秒の、
互いの異なる思惑を持ってアクションしている
二つの動態の交錯は、

双方に、決定打を与えなかった。


試合後のジュニアのコメントに
象徴されるのだが、

<思った以上に相手の脚が長かった>のである。

初めて対戦するアンドレの
その動態は読めていても
距離感の微妙な紙一重はやってみなくては分からない。

だが敢えてそこでも一発を狙うのがまた、
<バットを振らなければホームランは生まれない>
イデオロギーの原初的観念である。


アンドレの前蹴りはジュニアの顔面をかすめ、
ジュニアのインローは
アンドレの左脚ヒザ裏をかすめた。

その交錯を合図に、
もはやロジックや戦術を無視した
どつき合いが始まった。

ジュニアは
ほとんど
それまでの闘いで繰り出していた
技のヴァリエーションや
回り込んでのローを出さずに、

どつき合いに終始した。

向き合ってのどつき合いは
いずれも決定打とはならずに
ただひたすら打撃戦。

都合、三度、ジュニアは場外まで押し出された。
アンドレのプレッシャーがのしかかる。

だが、確実のアンドレのスタミナは落ちてくる。

終盤がチャンスだ。

だがアンドレの脚が止まった終盤でさえ
もはやエキサイトしているジュニアは
完全に勝ち気の負けん気の世界観に入り込み、

<オレの話を聞かず>に、

ひたすら打撃戦を展開した。


そして残りわずかとなった最後の局面、

ジュニアは<海賊船キック>を繰り出した。


<あっ!>

一瞬の観客の中の空気感に間(マ)が生まれた。

だが、
ジュニアもまたこれまでの闘いの中で
疲労していたのだろう。

クリーンヒットはおろか
まともな形での海賊船キックとはならず無念。


試合終了のゴング。


決定打とはいかずとも
適確な有効打は明らかにジュニアが多いと思われた。

だが、全体ポスチャーを鑑みれば
圧倒しているように見えるのはアンドレだ。

当然、三度も場外に押し出されたジュニアからすれば
ポスチャー的には不利だ。

ジュニアは準決勝まで見せていた
技のヴァリエーションは消えたものの
単調なアンドレよりは技は多く出していた。

だが、
アンドレがそれまで圧倒的に勝ち上がってきた
ハイキックも前蹴りも
一発もジュニアはヒットさせなかった。

というよりも
アンドレがそれを出す余裕がなかった。

逃げないジュニアの勇猛果敢な姿勢に
明らかにアンドレはイヤがっていた。

そして最初の前蹴り交わしてのインローを
やったことが、その後、アンドレが
前蹴りもハイキックも出せなくなった
直接的な要因であり、

ジュニアを怖がっていたからこそ、
アンドレもまた必死に前へただただ出てきて
押し出したのである。

アンドレに己の攻撃をさせなかった
ジュニアの、それは忌憚なく凄さでもあった。


それらを包含して、どう解釈するか。

そこが判定でのフォーカスになった。

静まる館内。


アンドレは赤。ジュニアは白。


主審が述べる。

<判定をとります!>。



副審の一人は、<赤>。

もう一人の副審。
迷ったのか、やや遅れて旗をあげると

それは<白>。


ダモシは即座に思う。

<延長にしてくれ…>。


主審が審判を下す。

<延長にしろ!>とダモシは願う。


主審が口を開く。


<主審は、赤をとります。
 二対一で、赤の勝ち!>。


ジュニアは破れた。泣くジュニア。

だが最後まで相手との挨拶は忘れない。
まずは挨拶をさせた上で、
その後ジュニアは座り込んで泣いた。

ダモシは一切怒ることなく、
<よくやったぞ>と褒め讃えた。


旧団体の旧特殊部隊員たちが駆け寄ってきて
誰もが賞讃を送ってくれた。


その中でなお
ダモシと館長は、

回り込んでのローを三発でも決めていれば
間違いなく3-0で勝てただろう

という様相を鑑みて、

すぐに敗因をジュニアに述べた上で
反省と次への課題を諭した。



*****



実は今回の大会を前にして、
館長が飼っているハムスターを見たジュニアが

<ハムスターを飼いたい>と言っていた。

それを知った館長は、
<今回の大会で優勝したら
 俺がハムスターをプレゼントする>と告げていた。

ダモシとワイフからの<箱根旅行>と
館長からの<ハムスター>。

悪くいえばエサだが、
良くいえば努力の報酬。

そのすべてが水泡に帰したのは事実だ。


ようやく泣き終わったジュニアだったが、
館長がそばに来た際に
ワイフが
<これでハムスターがなくなりましたね>と笑うと、

ジュニアは大泣きを始めた。

試合直後の涙は悔し涙。
力で押されて負けた悔し涙。

ここでの涙は
自分がカワイイと思って飼いたいと
思っていたハムスターとの夢の生活が
潰えてしまったことでの悲しみの涙。


館長はそれを見て言った。


<優勝は出来なかったけど、
 ニッポン代表に勝ったことは
 ものすごいことだ。

 だからハムスターを一緒に買いに行こう>。


ダモシも帰路、言った。

<ヤマダに寄ってくか。
 おもちゃや箱根旅行はなくなったけど、
 今日の真剣に努力したことのご褒美で
 仮面ライダーの新しい人形一個と
 ガンバライド一回やろう>。




*****



最悪の場合、一回戦敗退。
朝一番で終われば昼には帰宅。
そういう構図も描いていたのだが、

結果、いつものように一日がかり。

早朝から出て、戻れば6PM。

じぶんじかんではない事案で
まる一日スペンドしても
こういった内容であれば、
それこそ日本のプロ・スポーツ選手の
貧弱な言葉のボキャで見られる
<最高です!>ではないが、

気分は上々になる。

スペンドした時間に対する
目に見えない生産性の高さ。

これこそプライスレスなヴァリューである、と。

ディナーは近所の、
それこそ高価なレストランではなく
ローカルのラーメン屋での
ティピカルな家族団欒。

このささやかなハピネスがまた
コドモと関わる以前のダモシの世界観には
到底考えも及ばない構図であるわけだ。


むろん闘ったのはジュニアだが、
館長含めて全員の勝利であり
事実としての結果は準優勝だが、

本質的には、
小学一年生階級においては優勝と認められよう。


喜びとパフォーマンスの素晴しさのみならず、
今後は
そういった相手(階級を下に落して臨んでくる上の者や
身体の大きな者)にでさえも勝ち切る術を
さらに身につけていかなければならない
という明確な課題も見えている。


試合の写真は一枚すら撮る余裕が
ダモシにはなかった。

それどころではない
というのが現実である。

試合後の、
いつもの通り"自慢"写真を掲載するところである。



060510D.jpg


開会式と表彰式後、
全階級の入賞者以上が揃っての記念撮影。

アンドレの姿はそこにはなかった。


060519E.jpg


そして、優勝時と等しく、決めのポーズ写真。


060510F.jpg




*****



今回のタイトルである<帽を脱ぐ>は、

"脱帽した"ということである。

ワイフ共々、今回はジュニアに脱帽である。


試合前のウォーミングアップでも
ジュニアはダモシに述べたのである。
己の意見を。


<これ以上やると疲れてしまう。
 そうなると本番で本気が出せなくなるから>

と。


<そうか>とダモシ。

大会での試合前の調整。
そしていつもの練習での自身のノリ具合。

これは、
言葉だけの部分も少なからずあろうとも
それでも大部分は
ジュニアの言うことが本当である気がした。


六歳といえども、既に六歳時のダモシとワイフ
以上の経験を多くしている。

そもそもニューヨークで生まれて
初動期に米で生活していたという時点で
ダモシとワイフを超えているのである。

六歳時点でのダモシを完全に上回っている。

彼が自分の頭で考える云々ではなく、
おそらくジュニアは己の心で色々感じているのだろう。

心で己自身が感じたことを
己がベストのパフォーマンスをするには
どういうふうに持ち込んでいけば良いのかを
遂行しているわけである。


<本番では本気だから>という言葉は、
彼が諸々を考察勘案して、感じた上で、
自分なりにどう物事を進めていくのかを
常に描いていることを示しているわけだ。

そして、その言葉を己自身で証明する。


これにはもう脱帽するしかないのである。


一応年齢的にオトナのダモシや、
仮にも道場のトップである館長が、

<セコンドの言うことをたまには聞けよ>だの
<オレの話を聞け>だのと言って
それに素直に聞く部分ももちろんあるが、

一方で土壇場の最後になると
ジュニアは絶対に自分のスタイルを譲らない。

それが決勝戦で表れていた。

どうしても、ムキになって
正面からのどつき合いをしてしまうのは
彼の性格であり、

忌憚なくいえば<逃げない>強さでもある。


勝つための戦略・戦術、そして技術。

その一方にある
男としての、競技者としての強さ。


それは常に二律背反であり、
同時に表裏一体でもある。

二律背反と表裏一体の、くわえて虚実皮膜の世界観を
どう本人が料理していくかということと共に

どうそれを誘導し
適確なアドヴァイスを
こちらがしていくか。

そのあたりは今後も
KSF:キー・サクセス・ファクターになるだろう。


優勝しても、勝ち上がっても
びっくりするレベルでは既にないが、

それでも今回は、びっくりした。


そして脱帽したダモシ&ワイフであった。


さらにジュニアは
その疲れも癒えぬ間に今宵のサンデーもまた
今度は他団体との合同練習に臨む。


本当に、よく頑張っている。

素直に褒め讃えたい。

ダモシも、頑張れよ、と。




posted by damoshi at 12:54| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帽を脱ぐ(後編)




大きなアリーナの観客席に座り、
近くにあるコンビニエンスストアで
ダモシが買ってきた
ジュニアの大好きなクリームパンを
嬉しそうに頬張るジュニア。

もうワイフは上機嫌&ニヤニヤで止まらない。

ダモシは終始、厳しい表情を崩さない。

言い知れぬ意地がある。
今回は、特にそれがあるのだ。

誰が100%好き好んで
遊びたいだろうに
週に三日も四日も、一回あたり三時間も四時間も
苦しい練習をしているのか、と。

泣きながら練習し、あざを身体に作り、
さらにはダモシにも鉄拳制裁を受けて、
何が100%嬉しいのか、と。

勝てばすべて、ではない。
勝負は勝ちさえすれば良い
ということではない。

だが、努力したことは嘘をつかないのだ
ということを、
練習は嘘をつかないのだということを、
知って欲しい。

いつも掲載する通り、
負けて怒るのではない。

"ちゃんとしない"と怒るのだ。

そして
努力した者すべてが成功するわけではない。
だが、
成功した者はすべて皆、努力したのだ。

さらに言えば、
ジュニア自身の試練である。

<練習では弱いフリをしている>だの何だの言うジュニア。
<試合では本気だけど、
 弱い相手のときは
 自分もあえて弱気でいく>と語るジュニア。

それが実際にそうであることも
既に理解しているダモシだが、

リアルにそうなのか、と。

この最悪の事前状況の中であってもなお
それは本当なのか。
ならば、お前、やれるのか!と。

それが嘘なら鉄拳制裁が飛ぶだろう、と。

かわいいジュニアに、
誰が好き好んでそれをするか、と。

そういうジレンマもある中で、
こういった嘘偽りなく結果として露呈する
コンペティションという舞台は、

本人が一番大変なのは分かっているが、

ダモシもワイフもまた、怖いのである。
恐怖なのである。

とにかく今回が
今までで精神的な見地からは
コンペティティヴな営みをする上で

最悪の状況だったがゆえ、

ピリピリしていたのも確かだ。

そこをあえて
ピリピリしないで
ニコニコしたり工夫するのがオトナでもあるが、

そうやって逆に
逃避に走るのもまたオトナの悪い部分である。

一緒にコドモになろう、と。

俺も一緒に闘っているのだよ、と。

真剣にダモシも戦術を勘案した。
だからランチも喉を通らない。
ダモシにとっては小さなパンを二つ
ストマックにただ運搬するだけ。

頭の中は、戦術で一杯だった。




*****




準決勝。

ジュニアは赤サイドに戻る。

周りの観客はさらに増える。

気づけば、
旧団体の旧特殊部隊員のおにいちゃんたち、
その親御さんたちが
リングを取り囲んでいるではないか。

その対面に、ダモシと館長仁王立ち。

いつかやがてやってくるであろう
彼らとの対決。

それはそれとして、
同じ釜の飯を食った仲間として

今まさに

彼らの中の筆頭格を破ったことがある
ニッポン代表との闘いを前にした
ジュニアを見て、

彼らが燃えたのだろう。

ジュニアに、リベンジして欲しい、と。


<〇〇君、本当に強くなったね>

と、

途中の闘いも
どこかから見ていたようで、

親御さんたちやおにいちゃんたちが
休憩中に暫時、声がけをしてきてくれた。

ジュニアもそれでようやく
以前一緒にやっていたおにいちゃんたちに
久しぶりに懐いて
リラックスできたのであるが、

ジュニア自身、彼らに鍛えてもらったのだ。

その彼らが
今はもう団体は違うのだが、
その団体の垣根を越えて
同じ怨敵を前にして
応援してくれるというシチュエーション。


これはもうモメンタムとアトモスフィアの支配は、
完全にダモシ軍に味方をした。


激しい闘い。
一進一退の攻防。

ニッポン代表を前にして

(当然、そんな相手であることは伝えずに
 「楽勝だ、楽勝。だけどハイだけ気をつけろ。
  ディフェンスは絶対に怠るな」とだけ
 suggestionしていた)

臆せずに闘うジュニア。

より一層、大きく激しい叱咤が
ダモシと館長から飛べば、

対面から
旧団体の旧特殊部隊員たちの激も飛ぶ。

四方から、
ある意味で判官びいき的な声援が飛ぶ。

ジュニアの今宵の徹底的必殺技である
回り込んで外からのローが
適宜入っていく。

時間が経過するにしたがって
ジワジワとそれが奏功してくる。

明らかにある瞬間から、
ニッポン代表の脚が止まった。

完全に、
ニッポン代表の脚が平行に揃い
動くことができなくなって
ただただパンチだけを繰り出すのみとなった。

だが、ジュニアも疲れている。

悪い癖である
正面からの突き合いになる。

それは最も危険なシチュエーションである。

ディフェンスが開いて、一発食らう大いなる危険性がある。

とにかく動け、と。
密着した際はただパンチを出すだけではなくて
インロー、回し蹴り、ヒザ蹴りなどの
ヴァリエーションで攻めろ、と。
さんざん言ったわけだ。鉄拳制裁した原因の一つである。

パワーが上の相手と、
真正面からどつき合うだけではもう勝てないのだよ、と。
ムキになって打ち合って押されれば
圧倒されて己の技を何も出せないし、
出したとしても精度が低い上に
間合いも相手の間合いだから当たらない。

これをさんざん、注意してきたのである。

この重要な土壇場で、
冷静さを欠きはじめたジュニアに激怒したダモシ。

何度<回り込んでロー!>と叫んでも
聞く耳を持たなくなってきたジュニア。

これはリアルに危険だぞ、と思ったダモシは叫ぶ。

ダモシもまた興奮しているから
変な台詞になって叫んでしまった。

もはや己の脚も
恥ずかしながらリングに入ってしまっていた。


<〇〇!
 オレの!ハ!ナ!シ!を!聞かんかいっ!>。

俺の話を聞け、と。


残り10秒。

その叫びに我に返ったのか
ジュニアは最後にもう一発、アウトローをヒットさせる。


<よし勝った!>。

ダモシは小さく叫んだ。


判定。

固唾を飲む。

主審と、副審二人の三人だ。

まずは副審二人の旗。

ジュニアのサイドである「赤」があがる。

だが、もう一人が白をあげる。

一対一。

主審はどうとるのか。

主審が口を開く。
飲み込む唾はもう、ない。



<主審は分け。一対一の引き分けっ!。延長!>。


ダモシ、小さく呟く。
<デムイット!>。

その時ワイフは、
<何で延長にするんだよ!>と思ったという。

延長にはしたくない、と。

だがもはや、ジュニアは、
延長などどうこうなかった。

どの団体よりもタフな練習をしてきた
という自信だろう。

館長も言った。

<厳しい練習をしてるんだ。大丈夫だ!>と。


延長にもかかわらず、
ジュニアはその延長の試合開始と同時に
よせばいいのに
ジャンピング・ゼロでまた飛び跳ねて突撃。

このアグレッシヴさが、ジュニアの魅力だ。

この勢いに、もうニッポン代表は、
思わず心で感じていることが
顔色に出てしまった。

ジャンピング・ゼロから間髪入れずに
パンチにローにと攻めてこられたその瞬間に、
<もうイヤだな…>と
顔に描いてしまったのである。


それでもさすが強者。

ジュニアに単に一方的には攻めさせない。
決定打を打たせない。
ディフェンスがしっかりしている。

しかし
チャレンジャーであるジュニアは
勇猛果敢に攻めている。

なりふり構わないオフェンスになっている。

明らかに
勝ちたいのだというパッションが勝っている。
技のヴァリエーションも豊富だ。



時間切れ。


再度の判定。

ダモシは<勝った>と感じた。
勝っただろ、どう見ても、と。


延長戦での判定は、
副審二人が仮に一対一で分かれた場合、
主審は必ずどちらかを選ばなくてはならない。

ダモシはしかし副審2-0は間違いないと感じていた。

これで負けにされたら
発狂してリングインしてしまうだろう
と思えるほど、勝利の確信を持った。

完全に相手の脚はもう動いていなかったからだ。
イヤだよ、と顔に書いてあったからだ。


判定の旗があがる。

だがしかし。

副審の一人が白をあげる。


<えっ…?>

<なんだよ、え?>と顔が曇る。


それでも、
向こう側にいる副審が赤をあげている。


一対一。


主審が審判を下す。


口を開く主審。


<白イチ、赤イチです。
 
 主審は、
 赤をとります!
 
 二対一で赤の勝ちっ!>。


2-1でジュニアの勝利である。


その瞬間だ。

対面側で応援していた
旧団体の旧特殊部隊員たちと
その親御さん(特にママたち)が一斉に


<キャーッ!>

<ワーッ!>

と叫び、

大拍手をしたのである。


ダモシは思わず、
今宵初めてのガッツポーズ一閃。


館長も叫ぶ。

<勝ったぁっ!>。



ダモシは興奮しながらも
それを抑えて
戻ってくるジュニアにすぐに近づき

<まずは相手に挨拶しよう>と声がけして
ジュニアは挨拶へ出向いた。

その際にもまた何か言葉を相手に語りかけていたが、
残念ながらそれを聞き取ることは
できなかった。


決勝進出。


その相手は、アンドレ・ザ・ジャイアント。


ダモシの中では既に、
アンドレと闘うことを想定して
完全にアンドレの動きは見切っていたため、

・開始直後にやるべきアクションと
 そこからつなぐ一撃必殺の技




・最後手段の際にやるべき新たな秘技である
 <海賊船キック>


の二つを

攻略戦術として、立てていた。



決勝戦は十分後。


<よし。ちょっとおいで>と、

決勝戦の五分前、
ダモシはジュニアを手招きして、アリーナの最隅へと誘った。




(最終編へつづく)





posted by damoshi at 02:06| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帽を脱ぐ(中編)




060510C.jpg

試合前。メソメソ顔の弱気なジュニア。


ダモシは耳元で声がけした。

<チャンピオン!思いきっていこうぜ!>。


判定の場合は、
ボクシング同様に2-1か3-0となる。
1-1であれば延長になる。


回り込んで外からの右のロー(脚の外側へのローキック)。
接近しての左のインロー(内側へのローキック)。
ハイキックに水面蹴りに前蹴りを適宜折り込む。

リングに上がると、目の色が変わったジュニア。

3-0
3-0
3-0

判定で圧勝が続いた。

<この相手は厳しいぞ>と感じた、
勝てばベスト16の闘い。

デキる相手と互角の勝負。
ダモシと館長の大声が轟く。

<回り込んでロー!>。

適確に捉えるたびに
<ヘイッ!>
<オーケイッ!>
<入ったっ!>と声を出す二人。

3-0、圧勝。

一つのヤマを超える。

その間、他の試合も観ているダモシ。
トーナメント表を手に
スーツを着ている
サッカーの監督あるいは
NBAのヘッドコーチよろしく

アナライジング格闘

を標榜か。

次に当たると思われる相手を、
その試合を徹底的に観ることで
その相手の特徴とやってくる技、
動きのルーティンを分析する。

それを持参したペンで書き込む。


ベスト16の闘い。

ダモシの私見では、
ベスト32での厳しい相手に勝ったことで
モメンタムが完全についている状態のジュニアでは
楽勝と読んだ。

<次の相手は軽いぞ。
 今度は、徹底的に一気に攻めろ。
 相手の出方を見ないで怒濤のオフェンスしろ>

とsuggestion。

館長も、適宜、耳元でジュニアに囁く。

館長は今大会はかなり本気度が高い。
己が旗揚げした新団体で
初の勝ち上がりを続けているわけだ。

団体名を轟かせる好機である。


出た。
完全に調子に乗ったジュニアは、
のっけからジャンピング・ゼロを
繰り出したかと思えば、

<オーケイッ!一気に行けっ!>
のダモシ&館長の声を受けて、

怒濤のラッシュ。

インロー、アウトロー交互に入りまぜ、
最後は右ハイを頭部に打ち込み一本有効。

が、その直前の左インローが
相手の左脚にズシリと刺さり、相手は悶絶。

立ち上がることが出来ずに、KO勝ち。


もはやここまでは
勝っても一切、快哉をあげない
ダモシ&館長。

勢いがついたことで、

<何が何でも勝つ>モードに突入した。

ダモシは感じた。

<優勝だ。連覇だ>と。


間断なく、準々決勝。ベスト8の闘い。

勝てばベスト4である。

これはもう大番狂わせである。
実力的には
優勝経験があるわけで
上に来てもおかしくはないのだが、

今回は事前アトモスフィアの九割が
負の座標軸に位置していたことからすれば、

闘いが始まったら突如、
別人のように
もの静かでローテンションながらも
気合満点で闘うジュニアを鑑みると、

予期せぬ事態が展開されていた。

もはや予測不能のトキメキである。

試合をして、勝ち上がるたびに
ジュニアの顔が輝いてくる上に
厳しさと覚悟のシビアな顔つきが増してくる。

ワイフがあまりの変わりように驚き、
思わずニヤニヤしてしまう状況で
ダモシは叱った。

<笑うな! いけるぞ。勝つぞ最後まで!
 テンション抜くな!>。


その昔、
プロ野球日本シリーズで、
近鉄バファローズ(当時)が
広島カープを追いつめて
最終第七戦の九回裏、

マウンドに立つ江夏豊に襲いかかり
無死満塁という
絶好の逆転サヨナラ優勝を目前にした
0コンマ数秒のわずかな時間に、

監督の西本幸雄氏が
思わずニタニタしてしまったことがある。

あのニタニタ
(もうこれは勝ったな)がスキを生み、
そこで採るべき戦術に
<完全なるミス>が生まれてしまい、

結果、<江夏の21球>というドラマを生んだ。

それに限らず、
腐ってもスポーツに関して
モノを書いてお金を稼いだ経験も持つ
ダモシとしては
多々観ているし、多々考察してきたのである。

忌憚なく
<よく知っている>のである。
スポーツにおける微妙な機微を。

己自身の経験からも同様。

ここでニヤニヤするワイフを叱ったのである。

スキを見せるな!と。
周りには相手もいるのだ。
相手にそんな姿を見せてはいけない、と。



相手。

相手方では確実に適確に想定通り注文通り

アンドレ・ザ・ジャイアント

ニッポン代表

が勝ち進んでいた。

いずれも圧倒的な勝ち方で。

しかも
いずれも一番最初の一回戦はシード、で。

・勝ち方が楽ゆえに体力を余している

・一試合分、こなした試合が少ないから
 これもまた体力に余剰がある

という様相である。

ジュニアはベスト8進出を賭けた
ベスト16での試合で
"オールモースト秒殺"でKO勝ちしたが、

それまではすべて
3-0の圧勝判定勝ちといってもフルタイム闘っている。




*****



ちょっとしたトラブルもあった。

KO勝ちした試合の直前のこと。
試合順をめぐるトラブルだ。

ジュニアの試合の前の試合が
始まらんとしていた。

ジュニアは次なわけだから
声がけされて
態勢を整えておく必要がある。

だが、主催者側はそれをしない。

ダモシが係員(そのリング担当者)に問う。

<いま、第〇〇試合ですよね?
 次の〇〇試合は、"次"ですよね?
 (だから声がけしろよ)>と。

ところが、あたふたする係員。

<いえ、その前を試合を…。
 呼んでもいないので探していて>と言う。

ダモシは怒った。

<いないなら棄権にしろよ。
 今やっている第〇〇試合の次は、
 順番的にウチのが出る第〇〇試合でしょうよ。
 だったらすぐに声がけして
 準備させてくれ>。


<でも、探していて。前の試合の選手がいなくて。
 だからその試合を飛ばして
 第〇〇試合をいまやるわけで>と宣う。

<ノーノーノー。そういうことを言っているのではない。
 今が第〇〇試合をやろうとしているのかも、
 その前の試合の選手がいないのも分かってる。
 そういうことではなく、
 次は順番通りにウチの子が出る第〇〇試合をやるのか、
 それとも前に戻ってやるのか、
 今、ハッキリさせないでどうする!と言っている。
 なにかい?探していないから急遽、
 順番通り次の第〇〇試合をやるというのかね?
 そんなアンフェアないぞ?心の準備ってものが、
 闘いにはあるんだよ!>

とブチ切れたダモシ。

騒動を見た館長が近寄り加勢する。

<そういうのはね、キミ、親が悪いんだよ親が。
 そういうのはね、いないならいないで
 棄権にすればいいんだよ>と凄む。

<わ、わかりました>と係員。

その言だけをとり
ダモシは仕切り、

<次は第〇〇試合!その前の第〇〇試合はナシ!>
と宣言。

ジュニアにも<よし次だぞ>と指令。

ジュニアは頷き、態勢を整えたわけである。

こういった微細な、些細なことと思われるような事象でも
紙一重の闘いにおいては
大きな影響を結果に及ぼすのである。

負の影響にならぬよう
アトモスフィアを支配する。

それは当然、キラー・ダモシの独壇場となる。

もう完全にキラーになっている。
もう止まらない世界になっていたダモシ。



*****


準々決勝を迎える前にもまた
ひと悶着あった。

声がけが、またよろしくないのである。

相手は主宰者の団体の選手である。

ずっと赤白でいえば
赤側で闘っていたジュニア。
そもそも説明もない。
赤側に当初から誘導され、
そのまま闘ってきたわけだ。

準々決勝を目前にして声がけがない。

ワイフが動いた。

<次、準々決勝ですよね?
 呼ばれないですが?>と。

事態を把握しかねている係員サイド。

ダモシが出る。

<次でしょう。次。〇〇だが、〇〇が試合ですが?>
と。

既に同じ赤サイドの次の選手が
身支度をしている。

と、それが実は相手だった。
その相手の親が
これまた不遜な態度で

<(そちらは)白でしょ>と言うから
ダモシはカチンときた。

この野郎が相手か。何だその態度は、と。

<何が白でしょ、だ。そんなもん知らんよ!
 白なら白で誘導しろよ>と。

相手の親も顔で<何を!>となるが、
危険を察知した係員が
<すみません。白なので、申し訳ないですが
 あちらサイドに行ってください>と言う。

<それならそれで事前に説明しないと>と
ダモシは怒りつつも白サイドへ移動。

・相手の親に対する反感
・相手が主宰サイドの選手であることから
 発露させているおこがましさ

に、さらに怒感を高めたダモシは、
それまでより
ひと際厳しい台詞を
静かにジュニアの耳元に囁いた。

<ヤツらは敵意を持っている。
 この試合は潰しにいけ。本気でいけよ>。


頷いてリングインしたジュニアは、
ゴングと同時に
ジャンピング・ゼロ。

炸裂。

ダウン。

ナメた態度のその親は
対面側から
<気にするな気にするな>と叫んでいるが
声が震えている。

完全なるキラーと化したダモシは
館長と共に
その親にガンつけしながらも、

<オーケイッ!>
<油断するなよ、回って外から刈れ!>
<ヘイッ!ホイッ!>

と大音響。

圧倒するジュニア。

先方はもはや声なし。

KOならずも判定また3-0圧勝。

それでも笑顔出さず
ガッツポーズ出さずのダモシ軍。

ここまですべての試合でそうだが、

徹底的に礼儀は尽くそうということで
試合後は即座に
相手側へ自ら出向いて相手に挨拶することを
欠かさずに遂行してきたが、

そのナメた態度の相手にも
それは当然する。
試合を終えて紅潮しているジュニアに即座に
<よし、挨拶に行け>と指示し
後ろから様子見でついていくわけだが、

ジュニアはすべての試合後、
相手の手をとって
<いい選手だね。また試合しようね>などと
声がけしていた。

闘いというシビアな中で
なにくそという
ファイティング・スピリットだけではなく、

終わればノーサイドという
武士道精神は欠かすことを怠ってはいけない。


それもまたこういうスポーツを通して
親もそうだが、学んでいかなければならないのである。


ベスト4へコマを進めたジュニア。

準決勝の相手は、
いよいよ注文通り
ニッポン代表。

旧団体の旧特殊部隊員の全日本王者ですら
負けた相手。

万が一、それに勝っても、
決勝の相手はほぼ99%、

アンドレ・ザ・ジャイアント

というシチュエーションをもってして、

朝からスタートした闘いは
昼の休憩へと流れていった。


盛り上がったモメンタム。

切れるのか否か。


いつもであれば
<よし、そのまま!>と
一気に試合を進めることで
モメンタムが切れないことを狙うダモシだが、

今宵は、このブレイクを大歓迎した。

予測不能のトキメキに
身体が震えていて、

かなりもうダモシも酸欠で
フラフラしていたのである。


笑顔やニヤニヤは、まったく存在しなかった。


いかにして、
ニッポン代表に勝つか。

そして
その先に出てくるであろう
アンドレ・ザ・ジャイアントを

いかにして攻略するか。


そこにまた全神経を集中させて
思案していたのである。






posted by damoshi at 01:10| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

帽を脱ぐ(前編)




今宵は
昨晩掲載した通りジュニアの、
幼稚園児としての最後の大会(三月)で優勝して以来となる、
小学生として臨む最初の他流試合のビッグ・イベントがあった。

まずは昨晩時点での環境を振り返ると、こうなる。


・所属していた団体のゴタゴタ騒動で
 おしくらまんじゅうなども起こり、
 最終的には当時の団体の特殊部隊員は分裂。
 多くは旧団体に残り、
 特殊部隊を率いていた師範が旗揚げした新団体へ
 ダモシ軍を含む数組だけが移籍した。

・その新団体のメンバーは、ジュニアを除く全員が、
 ジュニアが運動会だった日に行われた大会に参戦し
 全員が惨敗した。
 それまでは旧団体で特殊部隊員だった彼らは常に
 その他流試合の大会で上位に進出していたにも
 関わらず。

・今宵の大会はレベルが高いということで
 多くの選手は参戦を回避した。
 主宰は、いわずとしれた極真空手である。

・ジュニアだけが一騎当千で参戦する。

・だがジュニアは大スランプで、
 練習でのスパーリングでも格下にさえも負ける上、
 覇気もなく、技の精度も低くなっていた。

・今週中盤、ダモシは大ブチ切れして
 ジュニアに鉄拳制裁をした。

・一方で先週の日曜日に、
 施設を借り切って秘密特訓を行ってもいた。

・ジュニアには新団体の他の選手のリベンジと共に、
 新団体としての名を売る使命も背負っていた。



ポジティヴな環境設定図が何一つ
描くことができない前提があった。

そして当日。

いつも以上に
ジュニアの顔が泣きそうで
うじうじしている。

(<あぁ、こりゃぁ最悪だな…>)
(<気持ちももう、泣きが入っている…>)

とダモフィーロを運転して
会場へ向かう車中、感じるダモシ。

会場入りしてさらにアトモスフィアは悪くなった。

以前所属していた団体の
当時の特殊部隊員が大挙として参戦してきたのである。

むろん彼らとは喧嘩別れしたわけではないのだが、
ジュニアにとってはもはや
他の団体の人たちであり
ルーティンワーク的にふだん一緒にいた時ならともかく
離れて久しい中で
最年少ということもあり、距離を置きたいと思うのは当然だ。

幼児ながら、ゴタゴタがあって分裂したことの
空気感は、さすがにKYなジュニアでも察しているのだろう。

旧団体の特殊部隊員らは
ダモシ軍に悪い感情は何も持っていないから
おにいちゃんたちも
<あ、〇〇!ひさりぶり!>と言って寄ってくるし、
試合前にも
<一緒に練習しよう>と
一人で来ていて孤独なジュニアに声がけしてくれる。

だが、
皆にそれを言われて呼ばれただけで
泣きそうになり
ダモシの手を握り
<イヤだ!>と言って、

<ダディと練習する!>と言うジュニア。

ここで赤ちゃん的な気の弱さが露呈したのか、と
ダモシはまた一つ
負のアトモスフィアを感じる。

<あぁ、今日は最悪だな…>と。


何一つとして正負の座標軸において
正のそれに位置する要素がない。

<これはマズいぞ。何とかしないとな>と
頭を抱えるダモシ。


だが、
<よし少し身体を動かすか>と
一緒に練習をして
ジュニアの蹴りやパンチを受けた際、

<おやっ?>と感じたのである。

良い意味で<おかしいぞ?>と。

蹴りとパンチ、その他の動きを
ダモシと共にウォーミングアップする際の
ジュニアのそれが、

奇妙なほど鋭く重みがあるのだ。

<あれ?>と。

そして正面を向き合って
目を合わせても
アドヴァイスをしても
ジュニアの目が厳しく
緊張の中にも、覚悟めいたものが見え隠れしたのである。

ダモシはワイフに言った。

<何となくだが。
 蹴りとパンチにキレがあるぞ。いいぞ、これ>。



*****


アリーナ内には複数のリングが置かれ、
階級ごとに
同時に試合が進行していく。

レスリングや柔道などと同じだ。

決勝に近づけば近づくほど
一つのリングに集約して行われる。

小学一年生級は、
複数あるリングの中の一つにおける
一発目である。

開会式前に
そのウォーミングアップをし、
それが終わって少し休憩すると開会式。

そして開会式が終わればすぐに試合開始となる。

トーナメント表を見ると
主宰が主宰だからということもあろうが
各階級とも参加者が多い。

(これは上がっていくのは、
 いつも厳しいが、今回はかなり厳しい方だな…)

と、事前想定(負のアトモスフィア)と重ね合わせて
最悪の事態(初戦敗退)も一応、想定で描いておく
ダモシ。


<やる前から負けること考えるバカ、いるかよ!>
というイズムに則れば、
こういうことを考えること自体が過ちではあるが、

それでも対コドモを考えた場合の対処法として、
最悪の事態も想定しておかなくてはならない。
リスクヘッジである。


負のアトモスフィアはさらに増加する。

トーナメント表の中には、
オールジャパン、いわゆるニッポン代表である
選手が一人、いた。

それは旧団体の旧特殊部隊員の親たちから
会場で事前に聞いた。

その選手には、
旧特殊部隊員で現在小学二年生の
常勝選手(全国大会はもとより
たいていどの大会でも優勝する実力者)が、

昨年負けた相手だという。

その二年生はかなりの実力者なのだが、
1階級下げて(学年1つ下げて)出る特例の際に
当たり、何と破れたというのである。

誰もが<〇〇という子は、かなり強いですよ>と言う。

一騎当千で今回臨むジュニア及びダモシ軍の
援軍で当然ながら会場入りした新団体の館長も
ダモシに言う。

<あの〇〇という子はニッポン代表で、
 かなり強いのでね…>と。

こちらは今宵の状態から
初戦敗退の危機にある中であるわけだが、
上に進出してもその相手とは
準決勝で当たる順番にはなっている。


さらに、だ。

開会式の段階で
やたら目立っていた
同じ階級という視点で見れば
その体格差の見映えからして
アンドレ・ザ・ジャイアントと思える
巨人がいた。


<はぁ?あれで一年生か?>と訝しがるダモシとワイフ。

ところがこれが特例で
1階級下にエントリーしてきた二年生であるという
摩訶不思議。

<なんだ、それ。卑怯じゃないのか、それ>と。

ジュニアが1階級落して
幼稚園の部に出たら、極論すれば楽勝だろう。

それと同じことを、
しかもアンドレがやっているわけだ。

"見るからに"不公平。
それこそ一対二ハンデキャップマッチを
しなくては、勝ち目はないでしょうよという世界。



ここまで、負の条件が揃いに揃ってしまった。


しかも、
開会式終了後、すぐに試合だというのに
メソメソし始めて、
レストルームへ急行したら
<下痢をしている>という始末。


大スランプのコドモに、
戸惑う親スランプのダモシか、といった具合で
ダモシも俯き、思案にふける。

どう声がけしようか、と。


一縷の望みは、あった。

その一縷の望みは、
直接肌を合わせることで<おやっ?>と感じた
アリーナ内での練習での
ジュニアの蹴りとパンチのキレだった。


そして、もう一つ。

昨晩から未明の雨は今朝、
すっかりと上がり、

サニースカイが広がっていたことだった。

少なくとも馬場は、良になったのである。


さらには、もう一つ。
ただでさえ怖いダモシが、
今宵は他流試合の大会で初めて
ブラックスーツでお出まししたのである。

それこそ90年代初頭の歌舞伎町で、

ダモシが当時属していた会社の
役員や上役がいずれも強面だったのに加えて
ヤングボーイながらいかにも強面なダモシが
混じって歩いていると、

その筋の面々が
<ご苦労様です!>と言って道を開けた
という事例がある。

齢を重ねてさらに凄みを増しているダモシが
日常ではニコニコして
ジェントルマンであるが

こういった闘いの舞台になれば
合法的に
本質的なキラー性を遠慮なく
思う存分に見せられるわけだ。

その良い意味でのストレス発散的な様相で
リアル自然体で恐怖のダモシを出すことができる中、
逆にそれを出さなければならない中での
ブラックスーツに、ニコニコ排除の完璧な強面。

プラスαで、当時の上役ではないが、
五十路の貫禄と格闘技団体の長ということでの
肉体と強面を誇る館長が

揃いも揃って"本気"でそこに仁王立ちしていれば
それはもう、他団体にとってはイヤだろう。

そのタッグでのアトモスフィア支配。

これもこれで当然、確信犯ではあるが
正の座標軸へと物事を転嫁し得るパワーを持っている。


<やれんのか!お前!>と。

他団体の軍団集団へ、無言のプレッシャーが
遠慮なしに発散された。

今や指導者でもある
強烈な蹴りを持つワイフすら、いる。

この三人がいれば、片手で三分よ、と。

そういった、
闘いにおけるイズムが
一騎当千でメソメソするジュニアを
後押しせずに他に誰がするのだよ、と。




:::::



060510b.jpg


開会前。次第に増えてくる参加者・団体。

それはそうだ。
言っても、未だ六歳だ。一年生だ。
こういった中で、
他団体はいずれも10人単位で大勢で来ているわけで、
自分だけ一人。
それはメソメソしそうになって不安になるのは、
当然のことである。



060510a.jpg


陰鬱なダークスカイ大嫌い:サニースカイ大好きな
ダモシ軍を、
天候は味方してくれたのか。

結果にそれは反映されるのか。






posted by damoshi at 23:40| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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