2010年09月27日

アントニオな世界



鉄砲といっても、ポルトガルと種子島ではない。
相撲の稽古でもない。
競馬における休み明けの出走のことである。

要するに、試合間隔が一定以上の期間開いた状態で
久しぶりに迎える試合。

勝負勘、試合勘。そういったものは間隔が開くことで鈍ると考えられる。

仕事でも学校でも長期の休暇や連休明けは
本来の調子に戻らなかったりするだろう。

しかし、そんな状況でも
いつもと変わらぬ調子やいつも以上の調子で活躍する場合、
<鉄砲駆けが利く><鉄砲を決める>等と言う。

競馬では鉄砲駆けが利く馬と、叩き二戦目でピークに来る馬等
様々あるが、それは人間でも同様。

本来のそれぞれの性質・性格で違いが出る。



*****


今宵から"ジュニア"という呼称を"アントン"に変更する。
実際のミドルネームであるアントニオの通称たるアントン。
それで統一していくことにする。

ここから、昨日のアントンの空手大会のレポートとなる。

昨日はかなり疲弊し、帰宅も遅くなったことと、
管理運営している道場のブログへの大会レポート作業も
深夜に行ったため、当欄への掲載を今宵へずらした。

なにせ朝7AM台に自宅を出て9PMに到着したという
一日がかりのイベントだったから疲れたのだ。
イベントはイベントでもそれは闘いであり、
言ってしまえば一日中テンションが上がった状態、
集中力全開の状態であるからして、当然、いつも終わればぐったりだ。

今朝は4AMに眠り、7AM台に起きて
オフィシャル事案で江ノ島・鎌倉へ。
夜,早めに戻ってきた今宵、レポートする次第である。

今宵も眠い。
ただでさえ寒いのとダークスカイが嫌いなダモシにとっては、
冬眠の季節よろしくここのところ冷たい雨と
いきなり寒いオールモースト冬状態はいかがなものか、と。

さて、以下、レポートである。



*****



怖いわけだ。

だから、少しでもリラックスするべく。

"オールカマー"と喩えつつもそれはGIで、
昨日の大会も実際にはGIであり世界の連盟主催の
伝統ある全日本選手権大会であった。

そこで型(演武競技)とフルコンタクト(がちんこ勝負)という
ダブル・エントリー自体、難儀である。

通常、型なら型に集中する。
ダブル・エントリーの場合、共倒れしかねないほど
集中と緊張を強いられる。

だがアントンの場合、幼児時代(今も幼児だが)から
ダブルでの試合をこなしてきた。
異種格闘技ルールとなった夏の一つの大会でも
型と異種格闘技ルールのバトル双方で、ダブル準優勝を果たしている。

いけるだろう、と。そういう読みである。

アントンは集中した場合、モメンタムが高まった場合、途切れない。
そこに期待するわけだ。

且つ天皇賞・秋(及び日程的にはジャパン・カップ)と喩えている
11.28の最高峰へ向けた"叩き台"と喩えてもいた今回はしかし、
実はこれも大一番の勝負どころであったのだ。

いわば
「毎日王冠orオールカマー→天皇賞・秋」
というローテーションではなく
レース価値(大会ヴァリュー)からいっても
実質的には
「天皇賞・秋→ジャパン・カップ」という世界。

リラックスするために秘匿し、喩えとして用いていた所作であった。
要するにGIからGI。
叩き台としてのGIIからGIではない。

8.1から中七週という、いわば休養明けで迎えた"鉄砲"の今回は
そういった大一番であるがゆえ、
且つニッポン代表として恥じない闘い
(万が一、一回戦で負けることは悲しみ溢れることになる)をも
マスト・イシューとしてある中でのプレッシャー。

表現として競馬を用いることで、解放するリラクゼーション。
その手法を採用し、静かに、勝負の時を迎えたわけである。

むろん、
<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>精神は変わらぬ。

それがどんな闘いでも、である。
相手が双葉山であろうがジョージ・フォアマンであろうが、である。



*****


型。こちらはアントンの一年生だけではなく
相手に二年生も混じる<一年生&二年生混在>階級。
むろん、これだけでディスアドバンテージである。

中七週というローテーションでの大会は、
いささか間隔が開き過ぎているかと感じるのが妥当。

且つ「型」の闘いともなれば、中九週となる。

果たしてどうなのか。

より難易度と芸術性の高い新たな演目で臨んだアントンは、
一回戦から風格さえ漂う自信満々のパフォーマンス。
誰が見ても勝ちという中で決勝へコマを進めた。

anton44.jpg

<優勝する自信がある>と本人が言っていた通りの展開。

だが、採点競技には昔のフィギュアスケート同様、罠がある。
<?>が時に起こる。

道場の仲間と親御さんも応援に来ていた。
決勝では、皆が見ていた。
誰もが<あぁ、余裕で勝ちだな>と、
対決している相手のそれとの比較で明らかに感じる。

が、主審は当然、ジュニアに旗を揚げたが、
なぜか副審二人(今宵は二人だけという不思議)が相手方に揚げた。

<?>。

腰を折り、疑問を表明するダモシ。

<はぁ?>
<えっ?>という声が周囲にこだまする。

結果的には、準優勝。
だが事実上、優勝である。

採点競技はこれだからイヤなのだという声があがる。

まあ、いい。審判の判定は絶対なのがスポーツであり、
それが覆ることは、五輪ですら、ない。
副審が四人いれば結果も変わったかもしれぬ。

アントンは大きな不満と不納得を感じながらも表彰式に臨み、
優勝した者より先に
メダル獲得者のみが入ることができる
ウィナーズ・サークルへ入り、記念撮影に臨んだ。

それで,良い。

他人に勝ち負けを"採点"される競技では
このレベルになれば、絶対満足は優勝しない限り得られないだろう。
型で容易に負けるレベルには、既にない。

<明確に勝ちだ>というものを見せても
判定がおかしい場合は、どうしようもないのだ。
且つ本来的には主審がこちらをとったのだから
主審権限でこちらの勝ちとすべきである。
不満は多い。だが、それは飲み込むしかない。

心の鍛錬として、勝ち負けを超越したところで
型に関しては芸術性を高めていけば良い。

彼の型には芸術性をも持ち得ていることは、
ダモシも周りも認めるところである。

同じ道場からお兄ちゃん一人も型に出たが、
これも不可解な判定で準決勝で散った。

まずは、型で銀メダルを獲得。
デビューした昨年来で
これまでに獲得したメダルは以下となる。

◆2009年:デビュー一年目
金0/銀2/銅3
◆2010年;今年
金1/銀3/銅1

(メダルが授与されずトロフィーの場合は、除く)。

銅が減り銀が増え、金が新たに加わっている。
たしかなこれはインプルーヴであると認められよう。

これに銀がまず一つ追加された。

今年に関しては不可解な銀(判定への大きな疑問と明らかな誤審含め)が二つある。
そういう点も含めて、金がいかに難しく簡単ではないか、よく分かる。


*****


そして、ある意味で"本番"がフルコンタクトの、がちんこ空手。

今宵、いささか変則的なスケジュールを負ったのがアントン。

小学一年生でダブル・エントリーした彼の
型(一年&二年混合)とフルコン(一年)のスケジュールが被っていたのだ。

要するに、一つのリングで型、隣のリングでフルコン。
これがジュニアがダブル・エントリーしていることで
被っていたのである。

型と闘いの双方にダブルで出るケースは少ないから、
運営側も被らないと思ったのだろう。
実際、アントンと同じ階級で
ダブル・エントリーしている選手は一人もいなかった。
いかにタフか誰もが分かっているからだ。

だがそこに一人だけダブル・エントリーし、ダブル優勝を狙っていたアントンがいた。


型の準決勝を勝利で終えたジュニアにアナウンスがかかる。
一年生のフルコンタクトの闘いの試合開始が告げられる。

<おいおい…>と思いながらも急いで隣のリングへ向かうダモシ軍と道場関係者。

そしてすぐ試合。

闘いの試合はそれぞれの階級(男女別&学年別)で
準決勝までノンストップで行われる。

小学一年生階級の試合も、準決勝までノンストップで行われる。

勝ち上がれば上がるほど
試合の連続度は高まり、間隔も短くなってくる。

今回の大会は幼稚園階級(年長の部)でもレベルがかなり高く、
ダモシ&ワイフも目を疑うほどである上、
やはり一年生階級の中で出場選手中、
ジュニアが毎度のことだが最低身長&最軽量というディスアドバンテージ。

<ふぅ…。皆、コドモのくせにデカいな>と、
イヤになっちゃうよなと話し合う。

ダモシはいつも通りセコンドで、
試合を行うごとに開始前にアドヴァイス。試合中も指示を出す。

だが、見ていてジュニアの動きが良い。

さすがに道場での稽古にプラスαで、
さらにダモシ自身が戦略的教示と実戦技を仕込んでいる
度合いが最近強まっていることもあることに加え、

8.1極真でのバトル(準決勝敗退)での
"動きが止まった"ことへの乾坤一擲と猛省、
そして"ニッポン代表"としての意地などが混じり合い、
アントン自身もモメンタムを上げてきた。

型同様に、試合間隔と休養明け何のその、
昨日試合をしたかのような自然な動態が繰り広げられた。

途中の闘いでも当然ながら課題や注文は多くあるものの
動きとモメンタムに関してはセコンドにいながらも思わず
<鉄砲決まるぞ、こりゃ>と呟いてしまうほど
好調さを表していたジュニア。

明らかに動きが良くなっている。
そして、課題だった<動きが止まる>ことが一度もない。
さんざん口酸っぱく言い、それなりの練習をしてきた成果が出ている。
動きに緊張からくる硬さもない。
緊張はもうアントンはしないのだろう。

緊張せずに出来るという点は、さすが米国籍の賜物か。

それでも、言っても、中七週である。
試合勘というものもスポーツは重要だ。
本来ならば鈍る。当惑する。緊張する。はず、だ。

そこをクリアするのは性質の問題で、
要するに<鉄砲駆けする性質か、否か>である。

アントンが連戦に強いことは今夏の
<全盛期のオグリキャップ並みローテーション>を
踏破しただけではなく、戦績でもコンシステンシーを見せたことで
既に分かっている。

"鉄砲を決められる"のか否かは、一度しかデータがない。
その一度は見事に決めている。

だから今回の中七週でもそれを決められれば、
アントンは鉄砲駆けの利くタイプでもあるということが分かる。

そして実際、鉄砲駆けした。鉄砲を決めたのだ。

延長にもつれ込んで危なかった準決勝も、
どう見ても勝利は動かないなという中で最後は勝ち切った。
安心して見ていられる内容。

前述の通り、型と共に双方とも決勝にコマを進める
ということだけでも、たいへんなことである。

延長での判定結果に、周りを囲む仲間から歓声が上がる。
仲間の応援は勇気づけられるものだ。

ダモシは未だガッツポーズはしない。
静かに心は歓喜した。

今宵も実際には厳しいGIではあるが、
それでも11.28でも優勝を目指す以上は
ここで歓喜するわけにはいかないぞ、という自制心である。

アントンのディフェンスはある意味で鉄壁である。
口酸っぱく言い、二人で練習していることでもある。
<アゴを引け・ワキを締めろ・ヒザを柔らかく>を
繰り返し繰り返し練習している。

これまでも相手に一発KOや
明確にして決定的な/致命的な一発を入れられた記憶はない。
鉄壁のディフェンスもまた、彼のアドバンテージになり得ることだ。


と、ここでアナウンス。

ワイフがいささか焦っている。不満の顔色だ。

<型の決勝が呼ばれてしまった>と。

<なに?こちとら今まで闘っていて終わったばかりだぜ?
 いますぐ型の決勝やるのか?>とダモシも一瞬狼狽したが、

アントンは自然体。

フルコンタクトの準決勝の延長戦を闘い終えたその直後にも関わらず
静かに隣のリングへ上がると、

瞬時に型の顔に化身して気合満点、見事な型を披露した。

何だこの切り替えは…と。
<はぁ…>とオトナの我々が、これには驚くほかない。

<まさか、型の決勝終わったらすぐフルコンの決勝なんて言わないよな?>と
ダモシは主催者関係者に聞こえるように、すこしばかりの悪態を声に出す。

幸いなことにフルコンの決勝は、
各階級とも準決勝まですべて終えた後、
最後に<決勝戦>だけ一つのリングで一試合(1階級ずつ)行われるということで、
数時間のインターヴァルが持たれることになった。

当然ダモシは決勝の相手となるヘビー級の動態は
すべて見ていたからお見通しである。

<決勝が始まる二十分くらい前に、ちょっとやろう>

と、アントンに決勝戦の相手用スパーリングを施すことを述べて、
しばしのインターヴァルに入った。



*****


anton2.jpg

超満員札止めのアリーナ。
観客席は既に埋まり、応援団も皆、座れず
アリーナ内や施設内を埋め尽くした。

各階級すべての決勝進出者が出揃い、決勝戦が始まる。


アントンが立つリングでは、
幼稚園(年長)→小一男子→小二男子
→小一&二女子から、小六年の男子→女子まで。


見切っていた。
決勝の相手のヘビー級は、こうだ。

・技はただ一つだけ=前蹴りでアゴを狙ってくる
・動きはまったくない=直線的な動きのみ

これだけだ。

パワーだけ。
"一発芸"ともいえる前蹴りでアゴを蹴り上げて勝ち上がってきた。
スタミナもない。

簡単だ。

<相手は前蹴りしかないから、必ず前蹴りを狙ってくる。
 だから正面向いて距離が中途半端に空いていると
 それが飛んできて当たるから、中に入り込め。

 中に入り込んでいく際は必ず横から入れ。
 入ったら蝉になって密着してボディ・ブロー連打だ。
 その後、さっと回って外からロー。
 ここからは連続攻撃。必ずヒット・アンド・アウェイだぞ。
 
 デカいが動けない典型的なタイプだから、
 足から崩していけ。イン・ローとアウト・ロー。
 ローキックでKOできるから、無駄な技は不必要には出すな。
 だが、決められると思ったら大技いけ。
 
 いいな?基本は前蹴りを受けるなよ。あれだけは受けるなよ。
 横から入り込んで密着してボディブローから回り込んでロー。
 これでいけ>

と言いながら、ダモシが仮想敵となり、その動きを反復する。


ゴング。

相手はこれまでと異なり、
ゴング直後まったく動かずに
ジュニアが飛び込んでくるのを待っている。

相手方セコンドから指示が飛ぶ。

<アレだぞ、アレ>。

対策を練っていたようだ。

アレが何かは簡単に分かってしまう。

ジュニアが飛び込んでくると思っていたのだろう。短絡的だ。
飛び込んできたら前蹴りを入れてポイントを得よう、という魂胆。
そんなことは先刻ご承知である。
こちとら"一発芸"の前蹴りが飛んでくることは分かっている。


セコンドのダモシから相手に聞こえる声で指示が飛ぶ。

<アントン!前蹴りが来るぞ。フットワークから入れ>と声を出す。

11.28で大挙出てくるヘビー級、スーパーヘビー級対策は、
ここではあえて出さない。
異なる対策はしっかりと考えて秘密練習をしている。

アントンはヨコから接近して、手数のない相手を上回り、
外からロー、後ろ回し、密着してのボディブローを繰り出す。
ボディが効いてくる。
ヘビー級相手にはまずはボディで疲弊させて
ガードを下げさせることが基本だ。
ガードが下がり顔面が空いたらそこで大技だ。

手数は誰が見ても明らかに多い。

前蹴り一本かぶりのヘビー級と、
ボディブロー、後ろ回し蹴り、アウトロー、インローなど
多彩な動態でオフェンシブなアントン。

両腕のガードの上から前蹴りが一発だけ届いてきたが、
明確にして決定的な一打にはなっていない。

接近戦になり、笛が吹かれて副審たちの旗がふられる。
赤、白、二本ずつの旗がふられる。

反則だ。

接近戦を嫌ったヘビー級が道着を掴み押した。
アントン曰く
<相手がやってきたから頭に来た>と、怒ったアントンもやり返す。

それで両者、副審がそれぞれの反則を指示したのだが、
ここで審判団の打合せが行われて
なぜかアントンにだけ反則での減点1がついた。

<はぁ?>となる味方応援団とダモシ。

これは、おかしい。実におかしい。

試合続行。

<気にするな>というダモシの声が飛ぶ。

アントンが一方的に動き技を出す。
ローで一瞬、ガクッとなるヘビー級。
前屈みになったところでアントンの右ストレートが放たれた。

最近取り入れているボクシング練習の成果だ。

顔面の下、首筋を抑えて前屈みで悶絶するヘビー級。

<よしっ!>とダモシ。

が、審判団が注文。
主審がまたもやなぜかアントンに反則減点1を告げる。

<WHY!?>とブチ切れそうになるダモシ。

実はダモシは鎖骨パンチを教えている。
鎖骨に右ストレートを放てば上体は後ろへ反れる。
そうして上体を反らせておいて
一瞬のそのスキに離れ際にハイキックを決めるという連続技だ。
これも基本中の基本でもある。

試合後、
<狙ったのは鎖骨だし、当たったのも鎖骨だよ>と主張するアントン。
だが相手は、のど仏のやや下あたりを抑えて悶絶した。
まるでサッカー選手の演技だ、これでは。

アントンなら仮に喉を打たれたら
痛くても痛がらぬし、反則ポイントを得ようと演技もせずに
倍返しするくらいの気迫を見せるだろう。

本質的に、ここが違う。
多くの大会で見ているが、空手と格闘がキレイではない選手が多い。
根源的なイズムの問題だ。

アントンはこれで、反則減点2となる。
判定になれば、このままでは負けることになる。

残された時間は、ない。大技を明確に決めるしかない。
動くアントン、攻めるアントン。

だが、ゴング。

アントンは、準優勝に終わった。



*****



ダモシは<鉄は熱いうちに打て>とばかりに、アントンに対して叱った。
叱ると同時に、技術的なことをその場で教えた。

ダモシがブチ切れると同時に、
応援団はいつの間にか、波が引くようにどこかで消えた。

館長も、こうなると声がけをしばらくしないのが
いつものルーティンだ。

ワイフも周囲も
完全にアントンが勝っていたと判定し、
館長も
<なぜこちらだけ減点をとったのか。あれがポイントだった>と述べた。

ダモシ一人、アントンを叱ったのだった。
アントンは大泣きするが、それでも叱った。

要するに
疑惑や不可解な判定は"含み"で考えなければならない
ということである。

野球をやっていた頃のダモシが己がチームに説いていたのが
<エラーでの失点は一試合3点まで含み>ということである。
だから野球は根本的に4点以上とらないと勝てない
というイデオロギーである。

そもそもオフェンシブなダモシ・イズムである。
<失点をいかに少なくするか>ではなく
<相手よりもいかに多く得点するか>を標榜するスタイルである。

エラー、不可解な判定や疑惑の判定は、
それ自体を<必ず起こるもの>として「前提」とした上でなお
勝つ場合は、

<明確にして致命的な決定打>或いは<ノックアウト>を
目指さなければならないということである。

誰が何と言おうが、疑惑及び不可解な判定があろうが、
結果としては負けは負けなのだぞ、と。

有無を言わせず勝つ。それには<明確な決定打>及び<KO>である。

それを説いたわけである。
むろん、小学一年生にそれは高尚すぎるかもしれぬが、
ふだんから説いているレベルである。

むろん、トーナメントのレベルが上がれば上がるほどそれは難しい。
上に進めば進むほどKOはどの階級でもほとんど、ない。

だが、判定であっても
<明確にして致命的な決定打>があれば、
疑惑や不可解な判定があったとしても覆すことができる。

<要するに7点とられたら8点とればいいのだよ>ということである。

その7失点の中身が反則減点や疑惑・不可解判定だったとしても
それをグチらずに、それは予めの含みの前提として、
それだったら上回る点をとれば良いではないか、と。

そこを叱ったのである。

甘いぞ、と。



*****



むろん、それは必死に全力でベストを尽くした
小学一年生には酷なことではある。

しかも彼はダブルで闘ったわけで、
両方とも決勝まで進むだけでも驚嘆に値する。
<しでかしよって>というレベルのハイ・パフォーマンスである。

それは周りが分かっている。
ダモシも当然分かっている。

だが、ダモシこそがそれでも叱るロールを持つ。

「よく頑張りました」でOKとするか否か。その問題だ。

負けたのならば
その問題点を毎回きちんとタスクとして
その場ですぐに厳しく伝えることが必要不可欠なのである。

鉄は熱いうちに打て、そのものである。

<〇〇ちゃ〜ん、よく頑張ったね〜>親とは、違うのだ。



*****



それでもベストを尽くしてのダブル準優勝。

叱った後、即座に絶賛して褒めた。

その間、ワイフは道場関係者や親御さんたちと話をしていた。

<すごかったね>
<がんばったね>
<勝ってたよ>と気遣って言ってくれる人々に、

<あんなに頑張ったのに、主人はブチ切れて怒ったのですよ>
とワイフは言った。

親御さんたちは
<それは酷すぎる。今日は勝ってるから>と
ダモシに苦言を呈した。

それに呼応したワイフが他の親御さんのお父さんに
<言ってやってください>と依頼すると、

そのお父さんは
<ぼくがですか?いやですよ。殴られますよ>と拒否したという。

その後、館長と二人で話をする時間があったが、
館長とダモシの意見はいつも同じである。

何が足りないのか。
それは明確だ。それをインプルーヴ及び強化する。
それを実現できれば、11.28は必ず好勝負できる。

課題と狙いは明確である。
当然それはここでは秘匿だが、
それを今後の期間で徹底的に練習していくことになろう。

少しずつだが
<オレの話も聞く>ようになってきたアントン。

準決勝の途中、
また興奮したアントンが試合中、
バチバチやり合いはじめた際には思わず笑いが漏れたダモシ。

セコンドとして一緒に並んで館長と大声で指示を出していたのだが、
その一瞬だけダモシは黙ってしまい
小さな声で館長に呟いた。笑い混じりで。

<あ。また人の話を聞かなくなった>。

すると館長もニヤリとしながら
<ほんとセコンドの話を聞かないからね。また聞いてない>と言った。

館長は決勝戦の直前、アントンに言った。
<たまにはセコンドの話も聞けよ>。

準決勝の途中、久しぶりにダモシは言いそうになった。
あの台詞を。

<アントン!オレの話を、聞かんかいっ!>。

だが昨日はそれを言おうとしたら、アントンは動きを取り戻した。

忌憚なく、面白い子供だ。

館長は言う。

<あれは大物だ。怒ってもケロッとしているし、
 人の話を聞かないし。そこが、良いところなのだ>と。

そういうふうに思ってくれる先生で
ダモシとしても嬉しく思う。
なかなか、そういう器のオトナはいない。

学校の授業参観でも分かったが、
先生から出された課題を早くできるように
一生懸命、他人を気にしながらやる子供が多い中で、
アントンはまったくそれを気に留める様子もなく、
ひとたび集中及び興味を持ったら
<じぶんじかん>が作動して掘り下げていく。

国語の授業中に出た課題でも、
指示された文章の作成において
勝手に表現を変えて自分の文章を作っていた。

それをしていることで最も遅く仕上がるわけだが、
その間、後ろの席の子に教えたりもしている。
後ろの席の子は早く出来上がる中に入る。

不思議な構図だが、授業参観でアントンのそれを見ると、
空手における彼の所作に相通ずるものを見出した。

徹底的なマイペースであるということだ。

そしてひとたび集中したら、
ひとたびインタレストを感じたら、
ひとたびモメンタムが高まったら、
一気に<じぶんじかん>のボタンが作動して、

アントニオな世界に入っていく。

もはやこれは<アントニオな世界>といって良い。

周りのことをまったく気に留めない。

その部分はやはり彼が生まれが米国であり、
米国籍を持っているということにも起因しているかもしれない。

あとは鉄砲が決まるという所作も
本番に強いという米国選手にありがちな作法だ。

こういった点も考察と考慮に入れながら
彼の個性を含めて
どのように格闘技という一つのコンペティションで導くか。

これは親としてのダモシ&ワイフの課題であり、
それは館長としてのそれでもあろう。

しかし、これがまた面白い作業であることは言うまでもない。

空手に限らず、"何か"に取り組んでいるコドモを持つ親共通の
それは作業であろう。

同時にこちらもまた、それで学んでいるわけである。

世間や世界でどうかは別として、
間違いないことは、
少なくともダモシよりは完全に大物であるということだ。

且つダモシの六歳時よりも
比較にならないほど頑張っているし努力しているのがアントンである。

今宵のメダルはこれまでで最も大きく、そして重かった。

フルコンタクトでも銀により、
これまでのメダル獲得数は以下のように更新された。


◆2009年:昨年(デビュー年)
金0/銀2/銅3
◆2010年;今年(二年目)
金1/銀5/銅1


五輪のメダルを持ったことはないが、
関係者に思わず言ったが
<今日のメダルは五輪のより重いのでは?>と。

一緒に参戦した小学生のお兄ちゃんたちは他に二名。
それぞれ銅で、銅メダル合計2を獲得。
今宵の大会は最年少ジュニアの銀2と合わせて
参戦選手3人で銀2/銅2のメダルを獲得した。
(一般オトナ一名=銀も含めれば5個)。

大所帯の強豪団体が多く参戦した中で
このメダル獲得率は大いに誉められるところだろう。

新たに来月からは旧特殊部隊員も旧団体から二名、
こちらに移籍合流してくることで
さらに団体としても強度が増すだろう。

残念ながら先週、
ニッポン代表権を賭けた闘いに出たお兄ちゃんたちは全滅したが、
その中から二年生と五年生が
その最後の代表権獲得大会へ来月上旬、出る。

願わくば二人とも、
最悪でも一人だけでも獲得して欲しい。
心からそれを応援している。

ジュニア単騎で乗り込むのではなく、
仲間も願わくば二人、最悪でも一人と共に11.28へ臨みたい。

極真を筆頭として他団体は複数名の代表が乗り込んでくる。
ジュニアにとっては単騎よりも、仲間と一緒の方が良いのは当然だ。

anton5.jpg


ウィナーズ・サークルでの記念撮影。

もうずっと試合写真がない。欲しいが、撮れない。
セコンドだからそれどころではないのだ。
他の子供の写真はあるのに己がコドモのそれがないのは、
いささか寂しい気もするのだが…。

ワイフはビデオを撮っているのだが、
ワイフも興奮しているから、
ぶれぶれで、時々何も映っていないことがある。

困ったものである。


*****


ローテーションの件だが、
今宵でジュニアは鉄砲決めるタイプであることも分かった。

直行するか否か迷うところではあるが、
現時点では10.24か10.31、あるいは11月ならば頭。
そこに一つ、まさに文字通りの叩き台をはさむことも考えている。

昨日寄稿したA or Bパターンだ。歪なCパターンでいくか。
もう数日、戦略を練りたい。


silver.jpg


忌憚なく今宵、重いメダルだ。

出ていた誰もが一生懸命闘っていた。
勝ち負け問わず、言わすもがなそれは、すばらしいことである。





posted by damoshi at 03:06| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

ローテーション



小学校入学後、初の授業参観であった今宵。
朝は雨だったが、イベント晴れ男ジュニアの本領発揮で
教室での授業が終わる頃にはサニースカイが広がる。

四時間目。晴れた場合は校庭で全校生徒による大なわ跳び大会が
開催されることになっていたから、願ったりのサニースカイであった。

六年生から一年生まで混在となったチームがいくつかに分かれて跳ぶ。
最も多くの回数を跳んだチームが優勝するわけだが、
なにごとも勝つことは良いことで、
ジュニアが属したチームは優勝と相成り、ダモシもご満悦に至り帰宅。

昼食をはさんで、午後の五時間目の授業参観と
その後の保護者懇親会をワイフにテイクオーバーした。

授業参観というものの記憶は、もちろんある。
母親主体だが、父親が来た記憶も残っている。
低学年の頃だ。

振り返って、己が親が来ている姿を確認するのが定番だ。

朝一番からは皆様苦手なのか、
ダモシが参観開始の二時間目がスタートする直前に、
親一番乗りで教室に登場。

その後も案外、親は集まらず、教室内には
ダモシを含めて六〜七組の親がいる程度だったから
(他は廊下から眺めていた=教室に入れば良いのにと思うが)、
ドカンとダモシは悠然とスペースをとり
<ココは俺の場所>とばかりに絶好位置を譲らずに
三時間目までを教室で参観して、大なわ跳びを見るべく校庭へ出たわけだ。

疲れた。
なにしろ己がコドモ時代の親の参観といえば
せいぜい何時間目かの一時間(一つの授業)程度だったと
記憶しているのだが、

今宵は、全部だ。
厳密にいえば二時間目から四時間目までの
9:20AMから12:20PMまでの三時間ぶっ通しで立っているわけだから
疲れるわけだ。

それでも授業(英語、国語、大なわ跳び)だったから
エンターテインされていることもあり、
コドモ劇場を観覧していると思えば耐えられる、と。
しかも己がコドモが出演しているわけなのだから。

ワイフはもちろん母親だが、母親は何処も大変だ。
懇親会や日々の細かいトラブルの処理、先生とのトラブルに関する談義等。
昼にテイクオーバーしたワイフはてっきり3:30PMには
戻ってくると思っていたら、何とまあ5PMまでかかった。

懇親会、担任との談義、他の母親との談義。
それらにおいて主にトラブル絡みが多いから
その対話だけでも相当に疲弊することだろう。
お疲れさん、である。

何でも、
五年生からネガティヴな攻撃をここのところ
ジュニア(ともう一人)が学校で受けていたようだ。

<ダディには言わないで>というジュニアだったから
ワイフもダモシに言わないでいたが、
相手がナックルで殴打してくるに至り、
ワイフも<こりゃマズいぞ>と担任の先生にレターを書いた、と。

ダモシが出ていくことになると当然マズいでは済まなくなるから
ワイフも必死だ。

<どうか先生だけで解決を>と諭した、と。

五年生と一年生だからコドモ同士での解決は、ほぼ不可能だ。
しかもネガティヴなそれを仕掛けてくる側が
上級生となれば、なおさらだ。

レターを書いて、担任側が<早急に対処する>旨を伝えてきた
段階に至ってワイフはダモシに事態を語ったわけである。
それが今週の前半のことだ。

<まあ、そういうことは多々あるだろう>と静観ダモシだが、
やはり事が五年生から一年生への攻撃という
しょっぱい所作が見られる点から
そりゃあいかんな、と感じるのは当然で、
学校側の対処法やその顛末は明確にフォローする必要があろうと
語り合ったわけである。

一方でダモシは、
<〇〇君に来てもらうか>と冗談をジュニアに飛ばした。

〇〇君とは空手道場にいる五年生のコドモである。
<〇〇君に来てもらって一発お見舞いしてもらうよう
 お願いしようか>と。

同時に
<〇〇先生に、一発だけやって良いか聞いてみると良い。
 そして、その際にやる技は何が良いかも聞くと良い>と
ジュニアに語ると、

ワイフ&ジュニアは笑って<聞いてみる>と言った。

相手が五年生でも、
おそらくジュニアが本気でやれば一発でKOだろう。

だが、安易やれば良いということでもない。
そこは、仮にやる場合、何が良いかを聞いておこうよ、と。

昨晩、道場へ顔出ししたダモシは、
道場でのスパーリングでジュニアに檄を飛ばしつつも
スパーリングの合間には
ダモシ自身がジュニアに稽古もつけたわけだが、

その際に
<〇〇先生に聞いてみたか?>と問うと、

<いや。その五年生のコが謝ってきたから、もういいんだよ>
と語るジュニア。

どうやら学校サイドで処置をしたようだ。

長くなるので顛末は割愛するが、
ひとまずは解決したようだ。

万が一、再度同じ悪態を仕掛けて来たら
その時は<やれ>指令が出るだろう。

まあ、男のコだから
こんなことはある意味で日常茶飯事だ。

ケンカ一つできないような世の中や、子供では、ダメなのだ。
やるときは、やれば良い。ダモシは止めない。

トラブルの相手もローテーションで、
様変わりしては、適宜、現れる。そんなものだろう。
乗り越えろ。


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"スパイダーマンみたいな"、今宵の西の空。



*****



今宵は、
白鵬の大相撲連勝記録に、亀田大のボクシング、
猪木のテーマ曲使用を許された石井彗たちのDreamと、
格闘技三昧の夜であった。

入浴後、明日の試合に向けて
ジュニアと最終チェックのスパーリングを終えてから
<ちゃんと見ておけ>と共にテレビを見て参考とする。

石井の試合の途中でスリーピー・ジュニアとなり、
横についた。

明日は、天皇賞・秋へ向けたオールカマーである。

むろんオールカマーといっても勝ちたいし、
勝つことは難儀な試合であるし、勝つ価値のある大会である。

実際の競馬も明日はオールカマー。
ここもまた天皇賞・秋を狙うサラブレッドたちが揃う。

要するに、今宵のキーワードは<ローテーション>である。

明日は、9/26。
<天皇賞・秋>と表現している
ジュニアがニッポン代表として臨む
がちんこ空手の最高峰が、11.28。

実際の競馬では、
明日のオールカマーを経て天皇賞・秋は10.31。

日程は合わないが、
その大会が最高峰ゆえに
近代競馬最高峰レースである天皇賞・秋に準えているわけだ。

実際の競馬における天皇賞・秋に向かう
ローテーションは以下になる。


ten1.jpg

オールカマーと毎日王冠。
この二つを叩き台として天皇賞・秋へ。
それぞれローテーション的には、
中四週、中二週となる。

どちらかといえば毎日王冠から天皇賞・秋
というローテーションの方が本番で勝つイメージが強い。
競馬ファンなら分かると思われる。


さて、ジュニアの"天皇賞・秋"と喩えているのは、11.28。
実際の天皇賞・秋とは日程が大きく異なる。
オールカマー自体は同じ日だ。

そこで11.28という日程と同じ競馬のビッグレースを見てみる。
国際GI、ジャパン・カップ(JC)である。

*実際の競馬
9.26 オールカマー
(10.31)天皇賞・秋
11.28 ジャパン・カップ

*ジュニアの空手
9.26 オールカマー
11.28 天皇賞・秋

という構図だ。

前述した通り、
明日(既に今日だが)のオールカマーに出る馬の
最大目標は天皇賞・秋である。
オールカマーから11.28へ直行(ジャパン・カップ)へ直行
ということになると、ローテーションがいささか歪になる。

そこでこの表を見てみる。

ten2.jpg


喩えとしての"天皇賞・秋"はイキママとしつつも
実際のジュニアの11.28は
日程的にはジャパン・カップと符号がぴったり合うから、
日程面ではジャパン・カップを秤にすることが必要になる。

この表でも分かるように
昨年時点での過去十年のジャパン・カップ優勝馬の
前走ローテーションを書いたわけだ。
(凱旋門賞など海外からのローテーションは除く)。

すると、
オールカマーから中九週でジャパン・カップに直行してきて
優勝した馬は一頭もいないことが分かる。

過去にはいたのかもしれないが、
80年代後半から競馬をやっているが、そのケースは記憶にない。

毎年日付は変わるが日程的には変動のない
(11.28の)ジャパン・カップで勝ち負けする場合は、
前走が天皇賞・秋というケースが多い。

ローテーション的には、<中三週>。

となると、
ジュニアが明日の大会から仮に11.28に直行するとしたら
<中九週>となり、そのケースは非常に厳しいことになる
という想定が、一つ生まれるわけである。


もう一つ。ここで時代をまたいで印象に残る
ジャパン・カップ優勝馬のローテーションを見てみる。
多々あるが、ローテーション的に王道と思われるものと
邪道ともいえるものを一部ピックアップした。

まずは昨年のウオッカ。こちらは王道路線。

2009年/ウオッカ
毎日王冠2着→(中二週)天皇賞・秋3着→(中三週)→<JC優勝>

毎日王冠、天皇賞・秋いずれも破れたが、
ジャパン・カップで優勝したウオッカ。

この毎日王冠→天皇賞・秋→JCというローテーションは
ダモシ的には認めていないのだが、
王道といえば王道路線ではある。

JCをメインに狙うならば、このローテーションは王道になる。
仮に年末の有馬記念を狙うならば、
JCに出る自体が避けるべきレースとなる。

昨年のウオッカは、前年に既に天皇賞・秋を制していることから
残された目標がJCにあった。
だからこそのこのローテーションであったのだ。

この王道路線とはいささか趣の異なるケースを二例。

2001年/ジャングルポケット
札幌記念3着→(中八週)菊花賞4着→(中四週)→<JC優勝>

1998年/エルコンドルパサー
NHKマイルC1着→(中二十週)→毎日王冠2着(中六週)→<JC優勝>

前者は決して邪道ではない。
菊花賞→JCというのはある意味で王道である。
その前(札幌から菊花賞)が開き過ぎていたのだが、
よくぞJCに標準を合わせてきたといえる典型例。
(ダモシは日本不在のため実際に観ていない)。

後者。これは邪道である。
そもそもNHKマイルCから中二十週で毎日王冠。
天皇賞・秋が本来ならば目標になるところを、JCに標準を合わせた異例。

普通は、ここで天皇賞・秋を最大目標とする。
仮にJCが最大目標であったとしても天皇賞・秋を挟むだろう。
ところが天皇賞・秋が抜け落ちている。

なぜか。

エルコンドルパサーは外国産馬で、
当時は外国産馬の天皇賞出走は不可能だったからである。

しかしこれが逆に奏功したのか、
この歪なローテーションがJCにピークを持ってくる要因になった
という皮肉が生まれて優勝。

A:最高理想型及び王道が、オールカマーor毎日王冠→天皇賞・秋→JC。
B:悪くないベターな路線が、菊花賞→JC。
そして
C:レア・ケースとしての歪なローテーション。

大別してこの3パターンに分けられると、
一つには考えられよう(凱旋門賞等、海外からのローテは除く)。


ジュニアの、
9.26→11.28は中九週になる。
そもそも明日の大会は前回の8.1から中七週。

<中七週→中九週>でジャパン・カップは、かなり厳しいだろう。
それこそ歪なローテーションのCタイプに近いともいえるが、
それに該当するエルコンドルより直近前走は開き過ぎている。

となると、AorBを採りたい。
それは可能なのか。

AにせよBにせよ、ローテーション的に
9.26と11.28の間に試合を入れるならば、10.17か10.24、10.31となる。
だが10.17はニッポン代表の勲章たるワッペンの授与式と壮行会、
代表選手たちによる合同稽古が開催されるから、大会出場は不可能だ。

となると、10.24か10.31しかない。
仮にその日に試合を入れたならば、

9.26(オールカマー)

中四週
10.24(菊花賞)

中四週
11.28(ジャパン・カップ)



9.26(オールカマー)

中五週(天皇賞・秋)
10.31

中三週
11.28(ジャパン・カップ)

となり、

AもBも可能となってくるわけだ。

果たして大会があるかどうか、だ。
あっても参戦申込が〆切になっている可能性もある。

そうして書類を調べてみると
未だ間に合う大会が一つ、10.24にあった。

それに出れば、<菊花賞→JC>というパターンになり、
ジャングルポケット(2001年)型となる。

ちなみに菊花賞からJCで勝った馬は、
過去29年間で、このジャングルポケットただ一頭。

天皇賞・秋からJCに向かい、JCを優勝したのは、
ウオッカ、アドマイヤムーン(07年)、
ゼンノロブロイ(04年)、テイエムオペラオー(00年)、
スペシャルウィーク(99年)、トウカイテイオー(92年)、
シンボリルドルフ(85年)、カツラギエース(84年)。

日本馬優勝十五頭のうち実に50%を超える八頭を記録している。

ローテーション的には、
ジャパン・カップを勝つための
データ的な最適前走は天皇賞・秋という
ローテーション=中三週が
よりベターであるという結論になる。

菊花賞→JCのジャングルポケット型を選ぶか、
王道路線の天皇賞・秋→JCが試合があるのか、
はたまた歪なローテーションで臨むか。

まずは、明日の具合も見ることも重要だが、
同時に、それも戦略的に練っているところである。

それを決定するにはむろん、
ジュニア自身の今年の戦績とローテーションを見る
必要がある。


ten3.jpg


あの、夏の
<全盛期のオグリキャップ並みローテーション>が
こうして鑑みると、過酷なものだったことがよく分かるだろう。

明日(今日)が中七週だが、
ここまで間隔が開いたのは春に一度ある。

競馬でいえば"休み明け"あるいは"鉄砲"だ。

今年のデータでは一度しかないが、
休み明けの鉄砲で<優勝→準優勝>という結果を残している。
ジュニアはこの一度だけでいえば
"鉄砲駆けする"選手ということがいえる。

彼が本当に休み明けの鉄砲に強いかは、明日も秤になるだろう。
それを見てみたい。

一方で、連闘や中一週、二週でも
ある意味でコンシステンシーともいえる結果は残している。

こうなると判断が難しくなる。

休み明けでの鉄砲駆けも良く、連闘でも耐えきれる。
どちらを採るかで、ローテーションもまた考察が必要になるのだ。



とまれ、明日もまた朝7時台には拙宅を出発だ。

明日は型(演武)のコンペティションにも出る。
型と闘い双方を行うのは、相当な集中力が必要になる。

うまく、セコンドとして力を貸したいところであると同時に、
11.28に出てくる他の選手も
同じように叩き台で出てくる可能性も高いだけに
その選手がいた場合は、アナライジング・ディスで
丸裸に分析するつもりである。


また明日、勝っても負けても、詳報を掲載する所存である。




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2010年09月25日

徒然サタデー(1)



Good Morning.


上州を往ったのは、中秋の名月の前日。
彼の地は埼玉同様にとても暑いから、
その日も未だ夏の猛暑だった。

しかし中秋の名月を分水嶺に、一気に秋となった首都圏。

一昨日、昨日、そして今現在は土曜日の朝。
いずれも雨。

午後からは晴れてきて、明日は一日中快晴の予報。

いずれにせよ、オータム・ハズ・カムであることは確かだ。
もうあの猛暑は戻らないだろう。

九月は夏の疲れが出る時節といわれる。
季節の変わり目、温度とアトモスフィアの変わり目でもあるから
身体的な微妙な変化が、心にも影響を与えよう。

今宵はこれから小学校では初となる
父親の授業参観。

なんとまあ一日中という。

ダモシの子供時代は授業一時間分だけだった気がするが。

ダモシが午前中の四時間目までを、
昼をはさんで
ワイフが午後の授業とその後の懇親会を
それぞれ担当して学校へ顔を出す。

これからダモシは行く。

今宵は小学校初のダモシ授業参観。
終えれば、自宅で大会前日の空手練習。
明日は8.1以来、中七週の大会は11.28天皇賞・秋へ向けた前哨戦オールカマー。
明日はまた競馬もシンゲンが昨秋の天皇賞以来復活となるオールカマー。
白鵬は61連勝と62連勝を賭け、ボクシングは亀田大vs.坂田、注目の一番。

今週もまたコンテンツ豊富なウィークエンド。


またレポートしたい。


:::::


中秋の名月。友人が撮って送って来てくれた一枚を。

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2010年09月24日

365の石段



長篠の合戦で傷を負った甲斐・武田方の武士たち。
その傷と彼らの心身を癒すために造られたともいわれる
石段の温泉地、伊香保。

石段はただの湯治場ではなく
ここを温泉街としての都市計画ラインに則り
造られたことを示す上州・伊香保のシンボル的な存在。

<我国温泉都市計画第一号の地>という誉れ高い記念碑が建つ。
400年浪漫の石段を基軸とする伊香保温泉である。

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*****


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関越自動車道の渋川伊香保ICを下りて
十数分走る。

ローカルの多分に漏れず、
地元カーのスロードライビングに苛立つのは定番。

スピーディなニューヨーク・ペース/東京&横浜ペースに
匹敵し得るローカルに、一度はお目にかかりたくなる。

<ここも、か…>と。

悪びれないイノセント・ワールドな
地元カーのスロー・ドライビングを
片側一車線の狭い道路であっても抜かなくては
こちらは分刻みでスケジュールを組んでいるから辛くなる。

抜く。

でもまたしばらく走れば地元カー。

その連鎖を経るから、どれだけ実際距離を走ったのかに
気が回らない。あるいは走行中の景色等に気が向かない。

気づけば耳がおかしくなる。

<標高が急に上がったな>と感じる。

伊香保温泉は標高700m付近、榛名山の中腹に位置する。

分かりやすい。
石段が左手に現れるから、それを目印として
<あぁ、ここが伊香保温泉か>とすぐに認識できるわけだ。

絵的な親和性と視認性。

伊香保温泉は、石段ありきである。


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最初に目にする景が、分かりやすい。

これが出ることで
<あぁ、伊香保か>となる。

右手に駐車場があることもまたポイントだ。
これを目にするや否や、
<おお、ここか>と感じて車を停めたくなるのが人情。

それを鑑みて、右手に駐車場があるのだが、
その(入口の)設置位置(距離感)を誤ると
車は急停車を余儀なくされ、事故の遠因ともなる。

<おお、ここか>と左手を俯瞰して見た後、
運転に戻りつつも<車を停めたい>と感じているドライバーは
その右側に駐車場があることを知る
(あるいは事前に知る)。

そして入口を即座に探す。
入口は右斜め前方に適度な距離感をもって存在している。

ドライバーはゆとりを持って車を駐車場へ入れるべく
対向車も確認しつつもゆっくりとブレーキを踏むことが可能となる。

細かいことだが、観光地においては
こういった一つ一つの手際が大切なのである。

昔のダモログにて北の某国の美瑛富良野編において
ファーム冨田をフィーチャーした際、
ここの駐車場のあまりの手際の悪さに
ダモシ・ブチ切れ事件が発生した経緯を掲載したが、

観光ランドマーク等におけるその動線の仕組みや誘導、
人的サービスの提供、駐車場等各種ファシリティの所作に対しては
実に手厳しく、どこにおいても見ている。

その点においては伊香保のエントランスは、〇といえよう。



*****



一方で、伊香保に対しては
<やはり錆びた寂れた、典型的な温泉街か、ここも…>と最初は感じた。

あまりにもティピカルな様相だったからだ。
石段の最下部から逆俯瞰した眺望が。

・古くさい
・ひなびた
・かすれた
・枯れた
・うらびれた
・錆びた

などが、
国際リゾートの箱根(神奈川)や
修善寺などを擁する伊豆(静岡)などは別として、
いわゆる<温泉街>というアイコンのティピカルな様相なわけだが、
ここもそうなのだな、と。

一般的な<温泉街>が持つそういった弱みと同様の様相を
のっけから見せた伊香保だが、逆に強みをじっくり見せるという
機会を持ち得ることになる。

<まあ、じっくりと見てくださいよ。石段を上がらなきゃ>と。

石段を一段一段上がるにつれて
伊香保に対する<おっ?><おやっ?>が生まれてくる。

そして一段上がることに
<掘り下げれば伊香保は面白そうだぞ?>となる。


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なにしろ伊香保には絶対的な切り札としての
<我国温泉都市計画第一号の地>という誉れがある。

そしてここは
<温泉まんじゅう>発祥の地ともされる。
名物はもちろん、湯の花まんじゅうである。

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名物としては、けんちんうどんもある。

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美味だが、けんちんならば、鎌倉でこそ。
味を共に食したご当地の店一軒のそれで忌憚なく比較すれば
鎌倉>伊香保となる。



*****


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壮観な伊香保の広告。石段に集う女性たち。
伊香保のパワーを感じる
これを目にしたダモシは色めき立った。

女主人に問う。

<この絵、ものすごいですね。パワーを感じる>
<そうですか。昔、撮ったのですよ>

<いつ頃の写真ですか、これは>
<昭和の初めの頃ですね>

<ほぅ。すばらしい。これはすごいなぁ>
<ふふふ>

<これだけ伊香保にパワーがあった、と。
 溢れていますね。この石段ですよね>
<そうです。この前のね>

<この女性たちは?>
<女工さんたちなのですよ>

<へぇ。伊香保の温泉宿で働いている人たちではなく?>
<ええ、製糸工場の女工さんたちです>

<そうか。富岡製糸場とかありますものね>
<前橋にね、製糸工場があったのですよ>

<へぇ、そうなのですか。こりゃあ、いい。
 記念に写真を撮って良いですか?>
<ええ、どうぞどうぞ。あ、これね?
 今年、この写真を再現して皆で撮ったのですよ>

<え?昔のこれと同じ構図で?>
<はい、そうですよ。最近ね。皆、集まって>

<そりゃあ、いい。見たいなぁ>


何ともいえない魅力があるポスター、絵、写真である。

これが伊香保の根本なのだろう。
どうやら今年、つい最近、これが再現されて
現代に甦ったという。

その現代版ポスターを石段途中の店で見かけたが
残念ながら写真を収めることなく終わったが、
現代版もまた凄みを感じさせた。

当然だ。

この石段いっぱい埋め尽くされた女性たちという構図だけでも
華がある。

華があるということはパワーを感じるもので、
そこからこの地の根源的なものを見出すわけである。

現代版の写真は、以下に出ている。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100830k0000e040008000c.html

ここで昔のそれと共に見てみると、
やはり昔の方に圧倒的なパワーを感じる。

なぜなのか。

現代のそれは、あらかじめそれ用(再現しよう)として撮られているからだ。
そこには作為がある。
予定調和の、前提がある。

<アレを再現しましょう>という予定調和だ。

昔のそれには再現するべき対象がない。
その時のアトモスフィアのまま撮っている。

しかも現代のそれは作り物感が漂い過ぎている。
浴衣姿とはいえども小綺麗に"化粧"が施されているから
そこにナマの魅力が湧き出ない。

だが昔のそれは記事にあるように
製糸工場の慰安旅行でここを訪れた女子行員が
素のままに撮られている。

予定調和のない世界で撮られたそれに
ナマの凄みが出ていて、
現代のそれからは滲み出るものがないのは
致し方ないところだろう。

現代のそれが900人。昔の写真の中の女工は600人。
数は少なくとも後者の方に圧倒的なパワーと熱気を感じるのは
そういったところから来るものなのだろう。


それでも<再現してみよう>という試みは、〇ではある。


伊香保。

ここは是非一度、プライベートでファミリーで一泊の旅をしてみたい。
そこから得るまた新たな発見があるはずだ。

今回の伊香保に関する寄稿は、
そういう意味で、伊香保に敬意を表して
あくまでもエントランスで感じたダイジェストとしておこう。


ところで石段。全部で365のようだが、
これは三百六十五日に合わせたのだろうか。

聞けば
<秋が一番、お客様が多いですね>とのこと。

紅葉の時期、これからが伊香保の本番か。
ぜひここは一泊で訪れたい。





posted by damoshi at 23:41| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

前橋・高崎の怪



ニッポンの各都道府県それぞれの中心都市。
そこが一本かぶりの場合、
その都市はプライメイト・シティと言われる。

すなわちそれは、一人横綱。
一つの県内に都市のパワー要件において
他の市を圧倒的に引き離す都市のことである。

特に目立つプライメイト・シティ
(=一本かぶりの都市)は、

宮城県=仙台市
神奈川県=横浜市
京都府=京都市
高知県=高知市

で、それらはいずれも
県内第二の都市の人口比6倍以上を誇っている。

人が集まる都市イコール、衣食住と職、エンターテイメント等が
他の都市よりも県内で最も充実していることを示す。

上記の4県においてプライメイト・シティに次ぐ
二番手はそれぞれ、
石巻市、川崎市、宇治市、南国市となるが、
川崎市だけが唯一、政令指定都市になっている点が、
神奈川県の全体規模のスケール感の大きさを理解することになる。

一方、プライメイト・シティになっていながらも、
国家の中核都市にすら指定されるに至らない都市もある。

甲斐国の甲府である。
甲斐すなわち山梨県の県庁所在地である甲府だが
人口は約20万人に過ぎない。

人口規模30万人以上を要件とする国家中核都市には
該当しない。

県庁所在地であり、且つプライメイト・シティでありながらも
中核都市に値していないことは、
甲府という都市を歩くことで<なるほどな>と理解することが出来る。

都市、都会、ローカル。
国内各所を歩くことで、
そういった土地土地のアトモスフィアを感じることで
得られる納得と不思議が様々、在る。

群馬県。
高校時代の部活動の夏合宿や社会人時代のゴルフなどで
県内エリアに滞在及び足を伸ばした経験はあれど、
オフィシャル&プライベート問わず
<旅>という世界観で足を向けて歩いた/感じた経験のない県。

今週、群馬県の関越自動車道のセンターラインから南を走り、歩いた。

伊香保、前橋、安中、そして高崎。

夜の帳が下りた後、
既に暗い高崎の中心部で感じるのは
ボブ・ホーナーが"プロ野球"をしていた80年代に感じたことと同じだ。

<俺は一体、こんなところで何をしているのか>。

銚子でもそれは感じ得ることであり、
甲府でも同様。

好意善意、悪意、善し悪し、好き嫌い、ご機嫌不機嫌…。
あらゆる表裏一体の感情をいずれも綯い交ぜにしたところでの
心の在処。


群馬県の一部。
伊香保、前橋、安中、高崎の"一端"を取り上げる次第である。



gun1.jpg

(高崎駅前。高崎の市街地メイン部)



*****



伊香保は別議題として、比較対象として相応しい
前橋市と高崎市を取り上げたい。ここもまた不思議な構図である。

まずは前橋だが、
その不思議はしかし、銚子のそれとは異なる。

銚子は、旅で<行きかねない>地である。
しかも旅の受け入れ感もある。
"ここは旅のデスティネーションですよ"という
モチベーションは街自身が持っている。

だが、先般寄稿したように
<誰が行くねん>
<なぜ銚子に行かねばならんのか>という疑問が、
不思議を発生させるのだ。

ウェルカム・モードの銚子自身と、
そこへ行く説得力のある信じられる理由の希薄さ
という二律背反がある。

前橋は異なる。
<誰が行くねん>だの<なぜ前橋に行かねばならんのか>
という、そもそもそういった疑問すら出ない。

根本的に<旅>のデスティネーションという括りの中には
存在し得ない街だからである。

銚子は一歩間違うと旅として行ってしまいかねないが、
前橋は間違えようがない。

端的にいえばそういうことである。

旅の候補にすら入らない。
そもそも旅先カテゴリーにはない地だからだ。

では、何のためのどういう街なのか。


前橋という市の前提をまず理解したい。

前橋市。
それは群馬県の県庁所在地。いわば中心。
且つ国家中核都市に位置づけられている<意外や意外、大きな都市>である。
人口は30万人-over。甲府よりも10万人規模で多い。

だが前橋が持つ致命傷が一つ、ある。

県庁所在地であり国家中核都市でありながらも、
プライメイト・シティではない点である。

プライメイト・シティが存在する県と
そうではない県、どちらが良いかは一概には断定できないが、
前者の一本かぶり的な分かりやすさと強力具合に比べて、
412人内閣的なリーダーの弱さ、赤信号皆で渡れば怖くない的な
集団心理的なイメージが取りつくのが後者と、
一つにはいえる。

もちろん後者においては、
他にも強力な市があることは良いことだ
(コンテンツが多いということだ)という考え方もあるから、
一概にどちらが良いとはいえないということなのだが、

いずれにせよ、そういう構造である。

プライメイト・シティのない県
=412人内閣的な県の代表的な例が以下となる。
また、それぞれにも特徴がある。型がある。

<先発四本柱型>
山形県=酒田市、鶴岡市、山形市、米沢市

<主客転倒型>
福島県=福島市、会津若松市、郡山市、いわき市
(メインイベンター:県庁所在地が、人口一位ではない例)

<挙党一致型>
山口県=山口市、下関市、宇部市、周南市、防府市、岩国市
(主役級が多過ぎて曖昧型)

その他、まだあるが、主だったところを挙げた。

群馬県はこの中で二番目の主客転倒型に属する。
且つ要素的には挙党一致型でもある。

県庁所在地でメインイベンターであるはずの前橋市が、
二番手であるはずの高崎市よりも人口が少ないのである。

<主客転倒型>&<挙党一致型>
群馬県=前橋市、高崎市、桐生市、太田市、伊勢崎市

太田市と伊勢崎市ですら、
<一本かぶり型>の典型に属し、
県庁所在地&プライメイト・シティである
山梨県の甲府の人口を上回っている。

そう考えると、<群馬って、大きいのね>というふうに
思えてくるのだが、

こういう類いの挙党一致型は、一歩間違うと
コレという絶対的切り札のない曖昧な
どんぐりの背比べ軍団という揶揄につながるから危険なのである。

だが、アドバンテージというか、
むしろ群馬のこの特徴は分かりやすさという点では
分かりやすいのかもしれない。

すなわち、
米の政治行政の中心がワシントンD.C.だが
経済とエンターテイメントの中心がニューヨーク
という具合に、

群馬県及びそれに似ている型の県は、
政治行政の中心部と経済(商業)やエンターテイメントの
中心部がきっちりと分けられているという
良品計画が成り立つわけである。

高崎に高島屋があることには驚いたが、
群馬県という中でだけで鑑みれば
前橋ではなく高島屋があるならば高崎だろう
という一応の納得には、つながるわけである。

しかも前橋-高崎は、さほど遠大な距離ではない。



*****


かような前提を事前に理解していたならば/知っていたならば
実際にそこを訪れた際の納得は得られるのだろうが、
逆にそれでは面白くない。

後から、現場で感じた<WHY?>を探ることで
このような理解と納得は得られるものだからである。

事前の予備知識を何も持たずに、
ダモフィーロは前橋の地へと入っていった。

目前に迫るは、いきなりの、シャッター商店街。

<前橋…。甲府以下か?>と呟く。

映画「地獄の黙示録」の冒頭、
マーチン・シーンが呟いた
<サイゴン…。シット…>のように。


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<閉まっているではないか…>と。

どうなっているのだ、と。
静岡県の富士吉田市の商店街でも同じような光景を目にした。

なぜこうなってしまうのか。
その構図が未だ判然としない。
こうなる前に手は打てなかったのか、と。

ここも終わった街かと感じながら
アクセルを踏み続けていくと
巨大な、そして妙に新しい近代的な高層建築物が視界に入る。

目指していた先は群馬県庁だが、
<まさか、あれが県庁ではあるまいな…>と思いながら
直線上の道路をそこへ向かうと
正面に群馬県庁舎の文字が。

<なぜだ。なぜ、こんなにも立派な県庁舎があるのか。WHY?>。

しかも、だ。

ここへ向かう道路沿いには
日本銀行すなわち日銀の支店まで、
重厚な建築物として屹立していた。

新しく近代的できれいな高層ビルの県庁舎。
そして日銀の支店。

<前橋は、何か国家的特権でもあるのか?>

と、市井の一般市民の生活動線上にあるべき
商店街などとの大きなギャップに戸惑う。


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*****


中央病院、中央郵便局、国立大学、県庁、県警…。
それらが集う中核都市、前橋。

空から眺めてみる。

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競輪も行われるドームも見える。
古墳のような公園もある。

前橋の不思議は、通り一遍のイメージでの
政治行政の場だけでは収まらないのが、同時に群馬の不思議でもある。

高崎を見てみる。


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高崎駅前壁面には、だるま。
明るさがある。


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18時台の駅構内。人も多い。
甲府駅の18時台は既に人がいない。

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ポスチャー、アトモスフィアいずれも
前橋より高崎の方が商業的にはアドバンテージに
あるように見える。


だが実際には、異なるようだ。

不思議なことに
・年間商品販売額
・売場面積
いずれも、前橋が県内第一位になっている。

年間の商品販売額では、
前橋と高崎の間には6,000億円もの差がある。

しかも驚くべきことに前橋市は、
全国で見ても
東京の墨田区や豊島区を上回り、熊本県の熊本市や
大阪府の吹田市、東大阪市を上回っている。

どこにそれだけ消費パワーがあるのか。
どこで消費する場所があるのか。
前橋の不思議である。

同時に、高崎は高島屋もユニクロもあるのに
なぜ前橋よりもそれが低いのかといえば、
前橋よりも消費者の消費動勢マインドが希薄だということが
一つには考えられようか。

しかしその高崎だけをとって見ても、
どう見ても街と都市のアトモスフィアとしては
消費パワーが高崎より上に見える
松山市(愛媛県)や船橋市(千葉県)、八王子市(東京都)などをも
高崎の方が年間商品販売額で
遥かに上回っていることは納得できない不思議である。

群馬の前橋と高崎。これは分からない。

どういうことなのか、と感じる街である。

むろん理解するには、あまりに短時間の滞在であったから、
感じた一端だけから見たに過ぎないのだが。


ただ、一つの可能性としては、
その年間商品販売額という秤だが、
それはトータルでのものであるということだ。

すなわち卸売業と小売業合算でのことであり、
純粋に小売での年間商品販売額ともなれば
前橋も高崎も一気にガクンと下がる。

この下がりようと、一方で卸売業でのそれを含めた場合の
全国レベルで見ても上位に来る不思議を掘り下げれば
一つの理解は得られるやも知れぬ。

だが、それを追求するほどヒマではないし、
前橋と高崎にそれほど固執する理由も興味もないから
ここまでとする。


高島屋とユニクロ。
彼らが<前橋よりは高崎>という世界で
そこに存在していたとして、それで成り立っているのか、不思議だ。

否。不思議というよりもむしろ
前橋と高崎は、怪だ。




posted by damoshi at 23:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

ベイビー・ブーム(2)



分娩室入室後は、盛んに陣痛促進剤が投与された。
それによりワイフ史上過去最大の痛みが襲いかかり、
壮絶な状況になった。

白人ナースがやってくる。

<こんなに痛がっているのに、
 まだ麻酔してあげないつもり!
 内診してベイビーの位置を手で確認しないと!ナウ!>

叫ぶナース。

頑に麻酔を拒むダモシを戒める。

ダモシはそれでも
<ノーノー!内診もダメ!アイ・アム・ダモシ!俺が決める。
 且つ最終判断は信頼するドクターだ!>とやり返す。

呻くワイフを見て<Oh, my...>と呟いたナースは険しい表情で
<彼女の問題だから。あなたは何も出来ないのよ!>と言うが、
そういう台詞がさらにダモシを怒らせる。

<そうだよ、だが、アイ・アム・ダモシ。
 俺が関わる以上は俺の問題でもあるし、俺は何か出来るのだ>と言う。

ドクターは状況を鑑みながら数時間置きにやってくる。
マンハッタンにある自身の産婦人科と行き来するわけだ。

この押し問答の最中に、再びやってきたドクター。
様子を見て言う。
<これはちょっと…。麻酔しなければちょっと…>。

ダモシはワイフの希望及びドクターの教示を踏まえて
麻酔を打つことを決めた。
ダモシの両腕はワイフが痛みに耐えかねて引っ掻いた傷で
腫れ上がっていた。それほどまでのペインだったのだ。

チャイニーズ系の麻酔が登場。
だが麻酔事故も多い。現場責任者ダモシは微細にそれを
セコンドについて見る。

手際よく施された麻酔はすぐに効果を発揮し、
ワイフは痛みから解放された。
ようやく静かな時間がやってきた。
あとは出産を控えるのみとなる。

<何とか18時くらいまでには出したいな。
 そうすれば当日帰りも実現するだろう>と相談する二人。


*****


夕刻から夜の帳が降りてくる分水嶺の頃合い、
三たびドクターがやって来た。

<もう、そろそろですかね>。

待つ間、ドクターと会話していた。
那須の牧場で壮絶なる牛の出産を己が手で取り出した経験も
あることなどを語るダモシは、
自らがセコンドにつくことを宣言した。

ドクターも<そういう経験があれば平気でしょう>と
ダモシのセコンド及び直接取り出しを認めた。
一緒にやろう、と。

ここにドクター&ダモシのタッグが結成され、
ナース軍団は忌々しい面持ちを持った。

それは<立ち会い>などという、しょっぱい所作や”ぬるま湯"
ではなく、己が手で出産作業につくことを意味する。
俺が出すぞ、と。
着ていたTシャツを脱いだダモシは、
闘いのワンショルダー姿に化身した。

さあ来い、と。

白人ナースと、新たに参画したインド系ナースを脇に追いやり、
左手にドクター、右手にダモシがそれぞれついて
臨戦態勢を整えた。

助手に昇格したダモシは、
ベイビーの位置確認とそのモノずばりを見ながら
ワイフの脚を持ち上げ、前方へ引き込んだ。

そしてベイビー自身の伸縮状態を逐一把握しながら
ワイフへ呼吸と踏ん張るタイミングを
格闘におけるセコンドとしてアドヴァイスと声がけをした。

<酸素マスクを、ナウ!>。

同時にダモシはナースへ、
酸欠に備えて酸素マスクを用意することを指示。

(当時は)スポーツに疎かったワイフに
身体活動及びスポーツにも通じた呼吸法、そのタイミング、
踏ん張る際の呼吸の要領と酸素マスクの有効活用を
随時耳元で伝授した。

もはやこうなると、既存の、一般常識的な
出産における呼吸等の所作の定義は存在意義を持たない。

"オレ流"が土壇場ではすべてとなる。

土壇場と本気で闘う際は、徹底的なオレ流になる。

定義や常識なんぞ、そんなもん知らんよ、と。

ダモシは興奮していたのだろう。
気づけば持っているワイフの脚にヒールホールドを決めていた。
完全に決まったヒールホールド。
それは足首が折れるのではないかと思えるほど
パーフェクトに決まっていた。

30分経過。激闘は続く。

白人ナースは唐突に言う。
米らしい所作がここで発露される。

<私の今日の勤務時間は終わりだから>と述べて
分娩室を立ち去った。

これこそが米らしさ全開の所作。

<ほらな。だから俺がやるんだよ。
 あいつらに任してはいられんよ>とダモシは呆れる。

インド系ナースは夜勤グループだ。未だ分娩室に残る。
インド系ナースは不遜な物言いでダモシに指示する。

<向こうへ行きな。アタイがやるから>。

ダモシはまた怒る。

<ノー。これは俺のジョブだ。ゴー・ザ・ディスタンス!>。

ダモシがこうなってしまうと
もう手に負えない。さすがの米も引き下がるしかなくなる。

激闘は、ダモシ・ペースで展開された。



*****



大きなベイビーの髪の毛数十本が
奥にわずかに見えてから40分後、

米東部時間2003年9月28日の午後7時15分。

ベイビーは遂にその姿を現した。

ベイビーは生まれて初めて目を開いて見たのが、
ダモシであった。

ベイビーはカメラを構えたダモシを見て、
そのファインダーをしっかりとカメラ目線で見た。


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ワイフはもとより、
40数分に及ぶ激闘を終えたダモシも疲れ果てた。
時間を鑑みて、この日の入院なしでの強行日帰り退院は
この時点で断念した。


夜。

入院室にあるソファでダモシも泊まった。
既にベイビーも一緒だ。
ワイフのベッド、その隣にベイビーのベッド。


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(初めて抱いた瞬間)


それを眺めながら広い入院個室にあるソファに
横になったダモシは、ほどなく眠りに落ちた。

が、二時間おきにやってくる夜勤の白人ナースは
まずダモシを起こして、説明や声がけをする。
体力消耗しているワイフではなく
ダモシに診察の説明などをするのは賢明だろう。

だが英語で、しかも専門用語オンパレードだ。
それを羅列されるのはかなり苦しい。
おまけに二時間おきだから、ダモシも眠れない。
途中、二人がかりのナースの手による
ワイフのレストルーム行きや各種妊婦の産後の処置。

二時間おきにやってくるナースのそれが、
一回当たり20-30分かかるから、
結局眠っても一時間弱眠っては起こされの繰り返しとなる。


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もう眠ることをあきらめた。
夜が明けた。

空腹感が襲いかかってきた。

そういえばまともな食事を摂っていなかった。

病院の食堂がオープンするのを待って、
<ご飯を食べてくるよ>と言い残して
ダモシは朝の外に出た。そして食堂で朝食を摂った。

ようやく静寂の、一瞬の、ほんの一週だけの心の静寂が訪れた。


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早朝の病院前を散歩した。
だが既にこの時点で、次なる闘い〜退院までの激闘〜を
視野に入れていたダモシは、身を引き締めた。


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生まれた日も翌日も晴れていた。
9月の空特有のきれいなサニースカイだったことを覚えている。


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ガツガツと食事を摂った。



*****



入院室に戻る。

と、夜勤ナースと入れ替わった白人ナースが来ている。
なにやらワイフに説明している。
不穏な空気だ。

<どうしました>と問うダモシ。

するとナースは言う。

<PKUテストはミッドナイト(深夜)ですよ。
 どうしても今日退院したいのですか?>。

なにをぬかしとるのか、と。

<いやいや。昨日、PKUは22時にやると言われた。
 その後、ミッドナイトまでにはここを出ますから。
 だから一泊ですよ>と述べるダモシ。

ころころ変わる米。
そもそも引き継ぎがまともに行われていない。

言ってしまえば担当のナースというものが存在せず、
パートごとに異なるそれが応対するからこうなるのだ。
それでも伝達がきちんとなされていれば、
こうならない。

そこまでバカとは思えないから、
ここで彼らがそういうことをするには
一泊ではなく二泊にさせよう(フィーをもっと得よう)
という魂胆であることが考えられるわけだ。

ナース以外にも血圧担当、食事担当、母乳の仕方を教授する担当等々。
ナースでも細分化されている上、
それぞれのパートで異なる人が入れ替わり立ち替わりやってくる。

そういった係員、職員、ナースが混在してやってくる。
そもそもほとんど一睡もしていないダモシとしては
<頼むから、しばらくそっとしておいてくれないか?>
という気分になる。

怒濤の勢いで入れ替わり立ち替わり部屋に乱入しては
早口で英語をまくしたてる彼ら。

疲弊させて自白させる手法に等しく、
彼らは意図的にそれを施すことで
一泊ではなく二泊にさせようとしているのだった。

ワイフと善後策を練った。
幸い、ワイフは元気だ。そもそもタフだ。

ダモシが部屋を離れた隙にやってきたのが
コリアン系の小児科医。

まったくもってさすがニューヨーク。
様々な国からの人々が関係者として登場する。

<ふぅ。今度はコリアンか…>。

ダモシ不在時にやってきたコリアンは
ワイフに一方的にまくしたてたという。

<今日退院するのなら、明日、私のニュージャージーの
 小児科のオフィスに来るように>。

なにをぬかしとるのか、である。
アホか、と。

一泊で退院する上、居住地はニューヨークのクイーンズである。
生まれた翌日のベイビーを連れて
わざわざ遠方のニュージャージーまで来い、と?

全体アトモスフィアが、病院側が擁するキャストたちの
一丸となったオフェンスに押されて、
ダモシ軍に不利な様相を呈してきていた。

<流れを変えないとダメだな、こりゃ>。

ダモシは次にやって来た白人ナースを捕獲した。
入院室で軟禁した。そして懇々とオフェンスを施した。


<まずは小児科。知っての通り、我々はニューヨークの
 クイーンズに帰るわけです。今日、一泊で退院するわけです。
 それだけでも身体的に辛いのに、
 明日いきなりニュージャージーの小児科オフィスまで
 ベイビーを連れてくるようにとは、なにごとか!
 そもそもそんなことは100%不可能。
 明日そこで診察を絶対に受けなければならない理由は何か。
 それが不明確な状況では従うことはできない。
 且つ黄疸が出ているとその小児科医は言ったそうだが、
 アジア系は黄疸は出るのだ。そもそも小児検診や血液検査なら
 本来はここでぱぱぱっとやるべきではないのか。
 小児科検診なんぞ、生後一週間でしょうよ!なぜ明日なのか!>。

白人ナースは軟禁から解放されたかったのだろう。

<分かりました。私から小児科医に電話して聞いてみます>
と言って部屋を出ようとした。

キレているダモシはそれを制してなおも攻撃した。

<それと、アディショナリー。我々は一泊退院という
 スペシャル・パッケージなのだ。分かるかい。
 特別価格で来ているのだよ。
 ね?PKUだかPKOだか知らんが、なぜベイビーに負担のかかる
 テストが深夜なのか。あり得ないでしょ。
 そもそも昨日はそれを22時にやるという話であって、
 我々はそれに向けてスケジューリングしているわけだ。
 変更は受け入れることはできない。
 だいたい深夜ミッドナイトに検査したら
 ここを出るのは午前1時になってしまうではないか。
 それだと二泊になるわけでしょ?>

ナースは応える。

<二泊ね>。

悪びれる様子がまるでない。

<ノー、ノー!だいたい、そんな時間に検査して、
 それでその日のうちにここを出られないから二泊です
 なんてことは通用しないよ、ユー!。
 ああ、いいや。何ならもう支払をしましょう。
 チェックを持ってきているから一泊料金を支払ってしまいますよ>

とダモシが言うと、ナースは拒絶した。

<ノー!支払いは後日、請求書を送りますから>。

ダモシも応戦する。

<ノー!チェックで払うよ、ナウ!
 そもそも決まっているのだから金額は>。

ナースは<もう勤務時間が終わりだから帰らなければ>と
お得意の米流技を披露して軟禁から逃れた。

決着がつかないまま時間が過ぎるが、
ダモシはここでコネティナット州の友人夫妻に電話した。
予定通り一泊で帰るので、迎えに来て欲しいとお願いした。

車を深夜、病院前につけてもらう。
到着した段階で携帯に電話をもらう。
そしてささっと脱出する。

そういう算段を立てた。

強行退院を実行することを、押し問答の果て、決めた。
ラチが開かないと踏んだからだ。


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*****


ドクターがやって来た。

部屋にダモシ、ワイフ、ドクター、ベイビーがいる中、
今度はアフリカン・アメリカン系のヘビー級ナースが現れた。
見るからに性格が悪そうだ。
見るからに日本人を嫌いそうだ。

<ヘイ、ドクター。PKUはミッドナイトよ。
 退院はそれからだからAMになるわよ>とのっけから好戦的に
台詞を述べた。

これにはドクターも怒った。

<昨日は22時だと言っていた。彼らは家が遠いのだ。
 ミッドナイトにPKUはあり得ないだろ。当初の通り、
 22時のテストに戻しなさい>。

しかしアフリカン・アメリカン系ヘビー級女性は、
その特有の症例である
<怒られて抗議され己の間違いを指摘されると逆ギレする>病を発症。

狂ったように滑らかな舌づかいで、でも、よく分からない英語で怒鳴った。

<二泊よ!PKUはベイビーが最初にフィーディング(授乳)してから
 24時間後と決まっているのよ!
 昨日の午前0時に最初のフィーディングをしているから、
 PKUは0時、ミッドナイトになるのよ!>。

ドクターも応戦する。

<そういうことではなくて、だいいち最初のフィーディングは
 22時だったよ、昨日。それにどれだけフィーディングを
 生まれたばかりのベイビーが得られたかを誰が証明できるのか。
 もっと融通をきかせてそんな時間に帰る彼らのことを考えて
 小児科医の言うなりにならずに、何とかしたらどうなのか!>。

ダモシも加勢した。

<昨日は22時だと言っていた。それだけのことだ。
 そもそも我々はスペシャル・パッケージだ!
 一泊だ,一泊、今日出るよ!>。


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騒動を尻目に部屋で爆睡するジュニア。



*****


応酬は続いたが、ダモシは既に出る覚悟を決めていたから
もうどうでも良かった。

既に、軟禁事件の後、会計室へ乱入し、
<ええと、今日もう少ししたら退院するダモシですが、
 例のパッケージね。もうね、チェックでお支払いしてしまいますからね>
と会計女性を口車に乗せて、支払いを済ませてしまっていたのだ。

うしし、という気分で、
そのヘビー級のアフリカン・アメリカン系女性ナースを
一瞥していたわけである。

アホか、と。

ナース軍団の勤務体系も調べ上げていた。

デイタイムの勤務は7時から15時、15時から23時の2グループ。
夜勤グループが23時から翌朝7時まで。
この3ローテーションで五人一組で回していた。
それを調べていたのである。

よし、と。

特に敵意むき出しのアフリカン・アメリカン系は23時で勤務を終える。
彼女が消えれば、また夜勤グループの人種構成も異なってくる。

ナースが変われば話は簡単だ。どのみちまともな伝達は行われていない。

いくらアフリカン・アメリカン系ナースが
PKUテストをミッドナイトだと言い張っても、
23時の段階でこちらが強行に<ナウ!>と主張すれば勝てる可能性も高い。

23時を少し過ぎてからナース・ステーションへ出向いたダモシ。
アフリカン・アメリカン系ナースがもう帰ったことを確認してから
白人ナースへ告げた。

<テイクオーバーされてご存知のことと思いますが、
 今夜中に一泊で帰るパッケージのダモシです。
 PKUテストを前倒ししてやって頂くよう依頼してありましたので
 もうそろそろやって頂けると思っていますが、いかがでしょうか。
 小児科医にも尋ねてみてください。かれこれ一時間以上も、
 待っているのですがね>。

ナース軍は急いで確認する。
そして、ミッドナイトから45分も早い
23時15分、ベイビーは部屋から連れ出されて
PKUテストへと向かったのだった。

その間、迎えに来てくれた友人夫妻が到着。
車を正面玄関へつけてもらい、携帯を鳴らしてもらった。

あくまでも最低二泊にさせようと目論む病院側と
一泊退院を主張するダモシ側の攻防はまさに最終局面を迎えていた。

その一泊の差で生まれる金銭的スペンドの差額は、
$1,200(当時のレートで約132,000円)。
この攻防に負けた場合、国家財政を破綻させ得る大きな大きな出費となる。


天下分け目の、まさに天王山。

マスト・ウィン・シチュエーション。
なんとしても闘いを制さねばならない状況だった。



*****


友人夫妻を正面玄関の横にある夜間特別入口から
中に招き入れた。警備員は不在だ。
深夜だから廊下には誰もいない。外も真っ暗だ。

部屋までそっと同行してもらい、荷物一式を先に運び出す。
その際、ベイビー・シート
(車にベイビーを乗せる際のシート)も抱えて運ぶ。

そっと廊下を歩いてゆく。

が、ナース・ステーションのナースたちが、気づく。

<エクスキューズ・ミー!勝手に連れ出してはいけません!ユー!
 待ちなさい!>

ダモシは振り向かず、
<シートと荷物だけだよ、ベイビーはいないから!>と言うが、
<待ちなさい!>という強大な叫びに
歩を止めざるを得なかった。

シートを覗き込むナースたち。

ダモシは静かに言う。

<一泊で退院ですからね。友人がわざわざコネティカットから
 迎えに来てくれていますよ。すぐに帰らないと。
 こんな夜中になっちゃってね。だから先に荷物だけ車に
 運ぶわけですよ>。

その説明をしている間に、ベイビーが戻ってきた。
あらかじめ別のナースに頼んでおいた
ワイフ用の車椅子も到着した。
同時に車椅子を押してくれる係員もあらかじめ要請しておいた。

滞りなく、合理的且つ迅速に退院劇を演出するには
それなりの準備が必要だったのだ。

すべての準備が整った。

病院を出る時が,来た。
間もなく時計の針はミッドナイトに差し掛かる。

<急ごう>。

歩みを速めた。

夜間特別入口から外に出る。
車がぴたっとそこについている。

ベイビーとワイフが後部座席に乗り込み、
ダモシもその隣に座り、
友人の駆る車はアクセルを踏まれて発車した。

深夜の退院劇、残り三分を切った時点で成功した。



*****


午前2時、クイーンズの拙宅に到着。

友人夫妻に謝辞を述べて別れる。

ベイビーは、リビングのソファに寝かされた後、
ベッドルームに用意しておいた
ベイビー用ベッドに寝かされた。

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猫も興味津々にジュニアを覗き込む。

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ベイビー・ベッドに寝かされたジュニア。

その向かい側には
ダモシのデスクがあった。

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ダモシ軍はその後、午前3時に、
友人夫妻が用意してくれていたご飯を食してから
4時頃、眠りにつくために横になった。


こうして長い長い日曜早朝から火曜未明までの試合が終了した。

それは、

妊娠発覚、保険詐欺事件、自腹での致命的な出費での出産、
そしてこの一連の騒動など含め、
異国における己の経済を破綻させるような出来事を通して
それでも糸口を見出し、出来得ることを駆使して闘い、
米の本性丸出しと真っ向勝負して、
見事なる勝利を得た

瞬間だった。


やったな、と。勝ったぞ、と。

素直にそう感じて眠りについたのだった。



あと八日で、あの日からちょうど七年が経つ。
ジュニアも大きくなるわけだ。





posted by damoshi at 15:19| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コンシステンシー



大相撲。一人横綱の白鵬が素晴しい。

ニューヨーク在住時代の当欄で、<綱の風格>と評した三役時代の白鵬。
その時点から、いささか遠回りしたものの横綱に上り詰めた。

しかし横綱になってからの白鵬には、大きな魅力を覚えなかった。

だが、度重なる大相撲界のトラブルの過程にあって
知らぬ間に白鵬は横綱らしさとか風格という以上の
これまでの相撲界にはない(少なくとも現代の相撲界では存在し得ない)
ポスチャーを整えたようだ。

今宵の相撲においても、
フィニッシュの、何とも美しいこと。
勝負師、闘いのイズム。そういったものが備わってきた。

千代の富士を抜く歴代二位の連勝記録は、今宵で55。
歴代最高記録の69連勝へマジック14となった。

今場所の明日からの後半を千秋楽まで乗り切れば、
来場所前半で到達する。
相手関係を考えれば、今場所の明日からの残り八番が
KSFになるような気がする。

この連勝記録。

まさにこれぞ、コンシステンシーだろう。



*****


ミスター・コンシステンシーといえば、
在米時代にクロスした、当時ニューヨーク・ヤンキースの
松井秀喜だろう。

大爆発はないが、毎年コンスタントに数字を残す。
精神面でも波が少なく、仕事でもだいたい毎回同じくらいの
パフォーマンスを堅実にする。

これがコンシステンシーである。

当然それを実行するには
一定以上のレベルにあることが前提である。
それなりのレベルにない者は話にならない。

松井のコンシステンシーすなわち地道なパフォーマンスが
大爆発として結実して
自身メジャーでのハイライトともなったのが
昨年のワールド・シリーズMVPであろう。

今年は西海岸でさらに出場機会は減っているものの、
それでもその<機会>に対する<強み>の発揮は
それなりにしていて、
ここもまた松井のコンシステンシーを示す証明ともいえる。

どんなことでもこのコンシステンシーは重要だ。

しかし重要なことは、何であっても、
実際にその通り遂行するのが難しいものである。

オトナでもコドモでも,それは同様。

<継続は力なり、だよ>とオトナはコドモに知たり顔で言うが、
では実際、アナタは出来るのかい? と。

<好不調の波があるね。そこがダメなところだよ>
とオトナはコドモに説教するが、
ではアナタはどうなのよ、と。

仕事に気分が乗らない日もあろう。
あらゆることにやる気が起きない日もあろう。
反面、何に対してもエナジーが充満している日もあろう。

だからこそ、人間は人間なのである。


ジュニアも空手に関しても学校に関しても、
好不調の波は頻繁だ。

それは当然、でもある。

空手の道場通いに気が乗らない日もあろう。
そこでスパーリングをしても、
乗っている日と乗らない日で
パフォーマンスに差が出るのもまた当然だ。

且つダメな日においても
本人曰く
<今日は様子を見ていたんだよ>などと言うから、
本人はそれなりに考えてやっているわけだ。

そのあたりの解釈と持っていかせ方のバランスは
オトナとしても常に繊細に気を配り、
感じ入った上で、接することが重要になってくる。

ダモシとしては戦略に則った上で、
各種プランを教示していくと共に
肌を合わせてスパーリングすることで、
道場での鍛錬にプラスαでインプルーヴを図るわけだ。

今朝もまた、施設を個別に借りて個別の秘密特訓を三時間。

道場、自宅、そして個別に施設を借りて。
この3WAYで練習に勤しむわけだ。


ダモシもまた己のそれは鍛錬になる。


秘密特訓ゆえ、
今日から取り入れた他の格闘技の手法や、
空手の技、そして練習内容は当欄でも非公開だが、
熱がこもるとダモシも思わず裸になる。


ren1.jpg

ふだんの道場ではスパーリング相手が仲間になるため、
思いきってすべての力で技をなかなか出さないジュニアだが、
相手が象のようなダモシともなれば、
それこそ己が持てるすべてのパワーを集約させて攻撃する。

受ける方も、相手が小学一年生とはいえ、
"やっている者"のパンチや蹴りであるからして大変だ。

今宵もアザが出来ているし、
ポイントとなる箇所を徹底的に打たせたせいで
身体のある部分が内部でペインを発している状況だ。


ren2.jpg


間もなく秋競馬のGI戦線も本格化する
楽しみな季節になってきたが、
秋のGIシリーズの最高峰が天皇賞・秋。

ニッポンの近代競馬における最高峰といえば、
競馬を知っている人ならば
芝2,000mの天皇賞・秋で異論はないだろう。

ジュニアの11.28のニッポン代表での闘いを
<天皇賞・秋>と準えているのは
そういうことからでもある。

コドモすなわちジュニアの、ガチンコの空手の、
リアル日本一決定戦である。
それには誰もが出られるわけではなく、
先般記載の通り、選ばれし者である。

だからこそ、その選ばれし者に入ったならば、
その最難関の天皇賞・秋の覇権を狙うべし、ということである。

11.28は、競馬はジャパンカップ。
競馬の天皇賞・秋は、10.31。

競馬の天皇賞・秋に出る馬たちの叩き台たる前哨戦が
今宵のセントライト記念から始まっているわけだが、
それはオールカマーや毎日王冠といったレースを経て、
本番と相成るわけだ。

ジュニアは11.28にこそ、
五輪前年にピークを迎えてしまっていた浅田真央を
バンクーバー五輪にピークを持ってきたことで破った
キム・ヨナの戦略を見習い、

<本番にこそ、すべてのピークを持ってくる>ための
中期的戦略を、代表決定以降、描いて、採っている。

競馬の天皇賞・秋での覇権を狙う馬たちもまた同様。

それに等しく、叩き台としての前哨戦は来週9.26の大会を、
オールカマーとして準える。

叩き台とはいえ、大きな全国大会である。
もしかしたらジュニア以外にもニッポン代表が
前哨戦的に出てくる可能性もある。

そこではバトルだけではなく、演武(型)のコンペティションにも出る。

バトルでは優勝経験のあるジュニアだが、
型に関しては準優勝が二度で未だ優勝がない。
上級生との混合対決となるものの、当然狙うは優勝であろう。

型はワイフが担当だ。

ren3.jpg


型にも戦略が必要だ。
演じるそれの根本的な格次第でもある。
演武のデキが良くても、相手方が演武としての格が上のそれをしていれば、
相手方が勝つケースがある。

その点は、理解していなかったから、
本番で演舞する型の種類を見誤っていた部分がある。

今回はそういう意味では、ある程度の格のある型のようだ。
奮闘を期待したい。



*****


今宵はYoutubeでジュニアとの映像勉強は、

■マイケル・ジャクソンのビリージーンとムーンウォーク
■アントニオ猪木vs.レフトフック・デイトンの異種格闘技戦
■初代タイガーマスク


秘密特訓で取り入れることを開始したある格闘技の動きも、
マイケル・ジャクソンの動きも、仮面ライダーのそれや
再来週から始めるヒップホップ・ダンスのそれも、
そして明晩視聴するボクシングのW世界戦も。

あらゆるアクションも参考にして、取り入れて、
ハイブリッド空手を構築することもまた一つのフォーカスである。


いずれにせよ、

相撲は白鵬の連勝記録が、今場所と11月の九州場所。
競馬はいよいよ秋のGI間近。
プロ野球はプレイオフ進出争いがピークを迎える。

そしてジュニアの空手もピークへと差し掛かってゆく。


スポーツの秋だ。

楽しみなシーズンになってきた。


ジュニアはコドモだ。
まだまだコンシステンシーを強く求めるには無理がある。

柔軟な、様々なインタレストを包含して
身体活動へ取り入れてハイブリッド化していくことと、
精神面は懇々と説いていくと共に
ダモシ自らがそれを己の世界においても見せていくことも
必要になってこよう。

言うだけでは、ダメなのである。共にやること、である。




posted by damoshi at 00:13| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

ベイビー・ブーム(1)



ダモシの最近衛ともいえる後輩の中の一人は
昨年、年貢を納めて結婚。

そしてダモシ軍と近い
田園都市エリアにムーヴィングしてきたが、
先週、めでたく第一子となる長女が誕生。

道場の帰路、面会時間ぎりぎりの夜に立ち寄って
本人と細君とベイビーに逢ってきたが、
ダモシとしても感慨深いものがある。

子を持って初めて驚愕する己自身の心理的な変化。
彼は今、これに包まれているだろう。

同時にまた、一昨日あたりに退院〜帰宅して
ベイビーと三人の生活になっている今からはもう
しばらく夜もおちおち眠れない生活が始まっているだろう。

<うっしっし>と好意的に思うのだ。

そうそう飲みにも行けんぞ? と。
夜も眠れんで寝不足の日々が続くぞ? と。
おむつも手洗いで洗えよ? と。
タフな日々が数年続くぞ? と。

だが、カワイイぞ、と。

そして
<フォーカスを子供に向けろ>と。

己が子供に払うアテンションには制限はない。
アテンション・プリーズである。

まあ、思う存分寝不足やら
子育ての大変さやらを味わって欲しい。
その分、至福はある。

いま覚えば、ジュニアの場合、男の子でもあるし
そもそもが活発だからか、
ほとほと深夜、何度も何度も夜泣きして起きていたものだ。

こちらは眠れず毎日睡眠不足。

時に、あまりに寝ないと
カワイイ、ベイビーが悪魔にまで思えてくるもので、
親の中にはノイローゼになるケースもあるのが
理解できなくもないほどだ。

一方でその寝顔は天使そのもの。
起きている時の笑顔もまた極上。

その二律背反、表裏一体をどう耐えるか。どう楽しむか。
誰もが経験するこれもまたオトナの一歩である。

なにごとも、経験しないより、経験する方が良い。

まあ、頑張って欲しい。
こちらとしては、あの〇〇が親になったのか…
という、いささか面映い部分もある。

ダモシ家は男の子、その後輩は女の子。
子供も男と女ではまるっきり違うし、
そもそもベイビーとはいえ人それぞれだから、
彼は彼なりに彼のベイビーとどう向き合うかで
奮闘していただきたいところである。

直系後輩の一人が親になり
ベイビーを持ったことを記念すると同時に、
間もなく我がジュニア、"アントニオ"も七歳の
誕生日を迎えるということで、

ダモシ軍の米での出産時の大騒動を振り返りたい。

当時、本の中にも短く入れた
<ベイビー・ブーム>を短くして、
さらに一部加筆修正の上、
写真と共に掲載したいところである。

対米における闘いはオールウェイズで日々是戦場であったが、
その中でも大きなタフな闘いは、
9.11やブラックアウト、東京裁判その他これも多くあるが、
<ベイビー・ブーム>もまた苛烈なる対米戦線の筆頭格であり

爽快な勝利を得たものとして、ダモシ自身も大きな財産となった。



*****


まずはニッポンと異なる米の出産事情。
その背景環境をご紹介したい。
(いずれも2003年当時であり、今は分からないが、
 基本的にチェンジしていないだろう)。

A.
出産する病院と産婦人科は別である。

B.
米で出産する場合、保険がなければ高額な出産費用を
全額払わなければならない。
しかも産婦人科での検診、検査、出産、
病院での各種処置、入院費などは細分化されており、
それぞれから別々に請求が発生する。

C.
米の健康保険には国民健康保険はなく、
すべて民間の保険会社との契約となる。
しかも分野ごとに細分化されており、
例えば歯科治療は対象外等になる。

D.
米の健康保険の月々の支払額は異様に高額である。
日本人が入る場合、駐在員という高嶺のポジション
にある人で会社がやってくれるケース以外で、
ダモシのような多くの独立者では厳しい。
しかも詐欺が多く、保険料の支払が行われないケースが
頻発する上、そもそも保険会社がすべて得をするように
形成されている。


Bに関してはニッポンも出産に健康保険は適用されないが、
都道府県市町村からの祝い金その他を含めると
自費(持ち出し)は、ほぼゼロになる。
この違いは異国での出産にとっては致命的ともいえるほど大きい。

そして米は州によって法律が異なるに等しく、
かかる持ち出し費用も異なってくる。

次に当時、ダモシ軍がニューヨークでの出産において
かかる費用をまとめてみる。ごく平均的なコスト・スペンドである。

A.
普通分娩で二泊入院したとして、
出産する病院の<入院費用>だけで$8,000〜$10,000。
ドル:円は今のような狂乱円高とは違い、1ドル110〜118円台。
帝王切開になった場合は入院も四日に長引くため$10,000。

あくまでも<入院費>だけで既に100万円を超える。
ここには産婦人科における妊娠発覚から出産直前までの間の
診察費、検査費等すべての費用は含まれていない。

B.
且つ出産後に病院で行われる乳児の検診にかかる小児科医療費、
出産の際に麻酔をした場合の麻酔医療費等々の<専門処置>にかかる
費用総額がやはり$8,000〜$10,000。
<麻酔医>に個別にかかる費用が$1,000〜$3,000。

これらに

C.
産婦人科での診察、検査費用、羊水検査費用等を入れると
総額で、普通分娩において$20,000になる。


総額で、当時の日本円で200万円を優に超えるわけである。


実際問題、
妊娠から出産までにおいて、
200万円を自腹でスペンドすることを普通に受け入れられますか?
想像してみてください。あり得ない宇宙的なことであると思います。


しかも、だ。

妊婦さんへのタフな環境もニッポンと異なる。
これも想像を絶する。

普通分娩の場合で48時間後(約二泊)、
帝王切開だとしても4日間という短い入院期間で
"退院させられる"。

想像できますか?

ニッポンのように一週間体調が落ち着くまでの
平均的な<六泊七日コース>で
母子ともにゆっくり病院滞在〜退院ができるわけではない。

且つ入院日数に応じて金銭的負担が増えるわけだから、
そもそも短い入院日数で(退院させられるのだから)、
できればそれよりもさらに最高に短い<日帰り>=<入院なし>
を視野に入れなければならなくなってくる。


こういった差異と背景環境がある中で、
米といかにして出産闘争という闘いに臨み、そして勝ち得たか。



*****



<プロデューサーとして
 自分が仕切らなければならないだろう>。

ダモシはそう友人に語り、己も覚悟していた。

ダモシが直前で保持していた戦略は以下だ。
それら戦略にマーケティングの基本であるSWOT分析を加えてみる。

A.
「保険なし」のため
出産する病院を当初の高額のマンハッタンのそれから
「保険なしの人のための廉価なパッケージ」を擁している
ニュージャージー州の病院に変えた。

・T(脅威)
この場合のリスクは、自宅から遠距離になるということだ。
マンハッタンであれば車を飛ばせば20〜40分程度だが、
ニュージャージーのその病院の場合、ハイウェイを用いても
90分〜120分は時間的スペンドを要する。
急を要する場合、危険も感じられる。

B.
ニュージャージー州のその病院(イングルウッド・ホスピタル)
のパッケージを利用すれば「一泊二日」で$3,500という廉価で
出産の諸々を行うことができる。

・S(強み)
最少価格である。且つここで<早朝入院〜午後出産〜
深夜0時までに退院>というパターンを目指せば、
入院ゼロで済むというアドバンテージも生まれた。

C.
麻酔だけで多額の費用がかかる。できればそれは抑えたい。
麻酔を打った上での無痛分娩を選択せず、通常分娩を行うことにする。

・W(弱み)
妊婦に大きな負担がかかる。痛みに耐えられない危険性がある。
・S(強み)
さらにコストを減らすことができる可能性がある。

D.
さらには別途費用のかかる帝王切開にならぬよう奮闘する。

・W(弱み)とS(強み)はCと同様

E.
監視するため、ダモシ自らがプロデューサーとなり
現場に立ち会う。場合によってはダモシ自らが
ベイビーを取り出す。

・S(強み)とO(機会)
ダモシ強権発動ということになれば最強だ。
その機会は好機であり、妊婦であるワイフの安心も得られ、
同時にコスト・スペンドの削減へ拍車もかかる。
・W(弱み)とT(脅威)
ダモシ強権発動及びリングインとなれば、
米黒人及び白人の看護婦軍団との軋轢が生じて
トラブルが発生する脅威となる。
それはまた同時に弱みでもある。


これらSWOT分析をクロスさせて、
SWOTクロスが描かれる。

それらを事前に描き、戦略を立て、
あとはその場での登場人物たちが発揮する
米特有の異次元殺法に臨機応変に対応し得る技を秘匿しておくか。

そこが重要になってくる。

既にこの時点で米生活も98年から数えて五年。

そういう術は心得ている頃合い。

なによりも、最終的には
すべては己の判断でゴリ押しこそが最強の対米技
であることは先刻ご承知済である。

いざ鎌倉どころではない、のだ。



*****


拙宅で共にメディアの仕事に関わっている友人と
仕事の打合せをした後の談笑時に
その戦略を語った翌日、日曜日の早朝。

眠っていると突然、バスルームからダモシを呼ぶ
ワイフの声が聞こえてきた。

<破水した>と。

陣痛が来る前に破水してしまったのである。

予定日より早い。
直前の産婦人科での診察で
<だいたい〇〇日くらいで病院を予約しておきましょう>
として、パッケージでの予約は済ませていたから幸いであった。

時は、予定より早く、来てしまったのだ。

事前にコネティカット州に住む夫妻に、
<もし可能な日時であった場合、車で病院まで
 乗せて行って欲しい>と依頼していた。

コネティカット州から
ダモシ軍が住むニューヨーク州のクイーンズ地区まで約1時間。
そこからニュージャージー州の病院まで、また1時間半から2時間。
壮大なタイム・スペンドになる点が、一つの弱点でもあったが、
車で送り届けてもらえるだけでも大きな救いである。

当然、夫妻はそれぞれ仕事をしているから、
<可能な日時>というのは、
深夜時間帯を除く「週末のデイタイム」がベストとなる。

<産気づく場合は、週末の朝がベストだな>と考えていた通りの
展開となったのである。

時に日曜の早朝。道路も空いている。絶好の展開である。

破水したワイフとセコンドのダモシを乗せた友人夫妻の車は、
爆走してニューヨークをハイウェイで越えて
ニュージャージー州のイングルウッド・ホスポタルへと到着した。
ドロップ・オフである。


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病院前で待ち構えていた病院スタッフが即座に車イスを差し出し、
ワイフを処置室へと連行した。

ダモシは夫妻に礼を述べて別れ、院内へと歩を進めた。
即刻、受付をすっ飛ばしてワイフが連行された処置室へ入るダモシ。

そこで、追いかけてきた係員が
のっけから病院側は米特有の質問を投げかけてきた。

<健康保険はありますか?>

失笑するダモシは応答する。

<ないよ。我々はパッケージだ>
<パッケージって?>

<通常の価格ではないよ。通常の価格にはしないでよ。
 我々はパッケージ価格だ>
<パッケージって何ですか>

<知らないのか?パッケージだよ、パッケージ>
<受付はしましたか?>

<しないよ。急いで来たわけで、すぐにこの処置室に来たのだから>
<では、受付をしてください>

押し問答の最中、
妊娠発覚からずっと産婦人科でワイフを診察してきてくれて、
実際にこの病院でもベイビー取り出しをしてくれることになっていた
ドクターが登場した。

連絡を受けてニュージャージまで駆けつけて来たのだ。

それを見てワイフは安心を覚えてドクターに手を振る。

ドクターはダモシに示唆する。
<至急、受付へ行って、パッケージだと伝えた方が良い>。
ダモシは受付へ急行する。
ちょっとでも手を抜くと米は何をしてくるか分からない。
常に自分らの都合の良い方に流れを持ち込むのが米だ。

のっけから闘いである。

<先ほど入院して処置室に入ったダモシですが、
 我々はパッケージで来ている。それを確認して欲しい。
 価格もパッケージ価格だから通常のになっていないかを
 大至急、ナウ、確認して欲しい。
 それを明確にクリアにしたいのだ>と告げると、

各種書類を眺めた後、係員が述べる。

<一泊で帰るのね? ならパッケージでこの価格よ>と
ペーパーを指し示す。合っている。ではOK。

<OK。サンキュー>とダモシはまずは安心を一つ得た。

否、安心というよりも、
闘いにおける壁が一つここで取り払われたという感じである。
一難去ってまた五難。これが米でありニューヨークだから
一つの壁を振り払っても安心など出来るわけが、ない。

そんな安心は、ここではあり得ないのである。

その後、割礼するのか否か、宗教の問題等々、
一通り事務員との質疑応答を経て、
出産準備へと書類関係はすべて済んだわけである。


いよいよ具体的に出産への闘いが始まる。

身体の小さいワイフのお腹の中には、
3,054gのジュニアがいる。




(つづく)


posted by damoshi at 14:40| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

東端ローカル(3)



文字通り東端の地、犬吠へ往く。そこには犬吠埼灯台がある。

今もなお難所といわれる犬吠沖、外房沖を往く船を見守る。
海難多発の犬吠沖では、衝突、機関故障、乗揚げ、転覆などが起こる。
犬吠沖での過去五年の衝突海難件数は40にも達する。

衝突で意外なことは、
それが夜間等よりも視界良好なデイタイムに多いことだ。
六割もの事故がデイタイム。

その視認距離10km以上という視界良好時、
また、海上が静穏時に増えているのは、油断か。

カツオの大漁をもたらす光として、
そして安全な航行を助ける光として、
犬吠埼灯台は136年もの間、東端に立ち続けている。


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城でいうところの現存天守。
灯台でいうところの第一等灯台。

前者は国内に12、同じく後者は6。

犬吠埼灯台はその一つである。
最大レンズの第一等レンズを用いた灯台として
強力な光を夜空に放つスペシウム光線。

地上からタワーの頂上までの高さも国内第二位。

それはまた世界の灯台百選にも名を連ねる、
まさに千葉の東の横綱ともいえよう。


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フレネル式4面閃光レンズの焦点距離は920mm、
レンズの内径は第一等に相応しく1m80cmもある。
毎15秒に1閃光。光源は100V400W電球で、光度は110万カンデラ。
その光が達する距離は、19.5海里(40km)。

40kmといえば、例えば北の某国でいえば
首都サツホロ中心部から港町オッタール中心部まで。
東京でいえば、東京駅から横浜中心部までに該当する。

もちろん灯台の頂上へ登ることができる。
エレベーターはないため、ひたすら螺旋階段を登る。
ニューヨークの自由の女神に階段で登った際を想起させる階段は、
全部で99段。九十九里に準えて99にしたという。

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ダモシには狭すぎる階段。
自由の女神のそれも同様だったが、
こういう階段はその段数や高度以上に疲れるものだ。

高尾山には登ることができるシニアでも
犬吠埼灯台の階段を登ることは厳しいと思われる。

逆に女性には向いている。

登り切ると屋外に出られるのだが、
これがまた狭い出口を身を屈めて出ることになる。

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ここからようやく出ると、吹きさらしの展望台に出るのだが、
ここで犬吠埼灯台は<高度の実感>レベルの高さを露呈する。

怖いのだ。怖かった。
高さ31.3mと数値を見ればさほどの高さはないと思われる。
下から見上げた際にも、著しい高さは感じ得なかった。

しかしこれが灯台という存在であることが、高度の実感を高めている。

いわば、例の<東伏見プールの飛び込み台>の世界である。

***
http://damoshiny.seesaa.net/article/104322876.html
<高度の実感>シリーズ第一回掲載より
***

要するに、下から見た場合、<へっちゃら、へっちゃら>と感じるも、
そこに登って下を見ると、<げっ…>というギャップがもたらす
さらなる恐怖の増幅である。

それは超高層ビルヂングや飛行機という空間内にいる場合と、
綱渡りやプールの飛び込み台、そして灯台など
己の足場が狭く小さい上に、屋外で風を感じるケースにおける
心理的な恐怖である。

それは屋内でも北の某のハッコダンテにある五稜郭タワー
(展望台部90m)が高度の実感がなかった理由が、
眼下が五稜郭公園だったのに対して、

山口県の海峡ゆめタワー(展望台部143m)のそれが
実際の高さ以上に恐怖を感じたのが、
眼下が関門海峡だったことにも起因するのに等しい。

そこにいる己が受ける視覚効果や嗅覚と触覚、肌感覚を刺激する
何が存在するかによって高度の実感は
大きく異なってくる。

伊豆・城ヶ崎海岸の、門脇吊り橋の恐怖が好例だ。

そして、
灯台という存在は
ロケーション・アトモスフィアを構築する要素である
<果て><端>という位置関係を持っている。
これにより、まずは様相自体が哀感漂っている。

哀感は、そこに加わるものが高度の実感である場合、
恐怖へと転じる。

果てにいる、端っこに来ているというだけで
心理的に安心感よりも不安感を人は得る。

プラスαで風、眼下に広がるのは海と波と岩。
こうなると、もう怖い。高度の実感が増すのだ。

しかもこの展望部は手すりが海側に反っている。
だからそこに立つ人は、海の方へ突き出る感じになるのだ。

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忌憚なく、脚はすくんだ。
光景を<絶景かな>と楽しむ心のゆとりは、ない。

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<早く下りよう>。そう呟いた。

これは冬ならさらに恐怖が増すだろう。未だ夏の、この時期ですら、こうなのだ。


*****


灯台がある犬吠エリア。
そこには海沿いにホテルがいくつか,在る。

犬吠駅から灯台への徒歩道中、昭和的世界観のその案内看板が目に入る。

<なぜ、ここにホテルがあるのか…?>

<なぜ、ここに泊まらなければならないのか…>

という素朴な疑問がまた湧き出る。

犬吠埼のホテル群もまた、東方不思議である。

誰が何のために何故ここに来るのか
誰が何のために何故ここに泊まるのか。

それが、さっぱり分からない。折り合いがつかないのだ。


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絶景ですよ、全室海側ですよと言われても、
温泉地でもなく、名勝や日本三景でもない。
特別旨い特産物があるわけでもない(強いていえばカツオか)。
絶大なるランドマークがあるわけでもない
(犬吠埼灯台は千葉のイーストの横綱格ではあるが)。

まさか水族館だかマリンパークだかで遊び
犬吠埼灯台へ登り、海の散歩道を歩くだけで
ここにあるホテルに一泊するのではあるまいな?

と。

まさかな、と。

<シルバー・ウィークにどこか旅行とか行かれますか?>
<ええ,まあちょっと一泊ね>

<ほぅ一泊旅行。いいですね。どちらへ行かれるのですか?>
<ええ、銚子の方へ>

という会話が進めば、次に来る台詞は、

<えっ…。銚子? (なぜ銚子なのですか?)>となるだろう。

カッコ内の台詞は心の中のものだ。
既に<えっ…。銚子?>で言わんとすることは出ている。

<ええ…。銚子に…(笑)>という感じになるか。

それが熱海や箱根ならば
<ほぅ、いいですねぇ、箱根。いいなぁ>
となるだろう。

WHYを問わずとも、聞くまでもなく、誰もが分かるからだ。
熱海でも同様。伊豆もしかり。
草津温泉でも水上温泉でも同様。

それが銚子となるだけで<WHY?>となってしまう。
これがコモンセンスとは言わぬが、
一般ゼネラル的に相対的に鑑みれば、
こうなる度合いが銚子は高いだろう。

<ほぅほぅ、銚子ね。いいなぁ!>とはならないだろう。

ところが案外というか、意外と、
犬吠には大型ホテルが複数あるのだ。
これにはたまげたというか、さらに不思議を覚えた。

<な、なぜだ…>と。

ここにホテルが存在していることの不思議はさらに、
<ここにホテルがあって事業として成り立っている>
ことへの不思議が強い。

稼働率や人件費その他コストはどうなっているのか。
それを素直に知りたくなるのだ。

"だって"このエリアは未だ夏のこの時期であってもなお、
以下のような様相なのだから。

しかも海があるといっても、海水浴集客可能なビーチではないのだから…。


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*****


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太陽の位置に応じて影が時刻を表す日時計は
既に17時に近づく頃合い、
そろそろ銚子市街地へと戻る時間になった。

銚子電鉄に乗り一路,銚子へ向かうべく犬吠駅へ戻る。

犬吠駅は関東の駅百選に入っている
不思議な駅舎だ。

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一見、明るく感じるが、
湘南・鎌倉&逗子・葉山や静岡(駿河湾)と比べると
やはり一抹の寂しさを感じさせる。

明るく見えるが、どこか影がある。
神奈川と静岡が明ならば、千葉はやはり暗だ。
善し悪しではなく。

錆びれた感、枯れた感は、北の某を思い起こさせる。
そこかしこの錆びや枯れは、ワザと、か?


関東の電車で唯一、硬券を使用している銚子電鉄。
走行中の景色は秀逸。

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とことこ揺られる凪の時間を経て、
JR銚子駅へと到着する。
銚子電鉄の銚子駅はJR銚子駅を"間借り"している。

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同じホームにいるJRの電車を見れば、また不思議。
どこに、この銚子に、こんなにも若者がいるのか、と。

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超満員御礼、札止めの車内になっていた。
学校があるのは頷くことができるとして、
また不思議なのは、学校といってもここまで通うか?
という疑問。

同じ千葉でさえ、
銚子〜千葉間は総武本線で1時間47分。
銚子〜幕張間は同じく2時間03分だ。
いやはや、という所要時間。

しかし、香取や成東、佐倉クラスの位置であれば
通学圏内だから、割と銚子で電車が超満員になるのも
合点はいく。

というか、合点させなくてはならないのだ。



*****


ふたたび銚子市内でオフィシャル事案を終えて
ダモフィーロを停めた銚子駅前に戻る。

18時、銚子。

既に高校生の大群は姿を消している。
そうなるともう、人はいない。

甲府は19時、松山は19時〜20時、熊本は21時。
それぞれダモシが歩いた日、
中心部から人が姿を消したタイミングだ。

政令指定都市になる目前の熊本は別として、
甲府と比べても、いかに銚子が早いかとなるが、
前者人口約20万人に比べて後者が約7万人だから、
バランスはとれていようか。

しかしその人口規模の"引け"の早さからしては、
市役所と中央郵便局のそれぞれ大きさは
いささか異様でもある。

そこがまた、銚子の不思議。東方不思議である。



(Fin.)



posted by damoshi at 15:31| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

東端ローカル(2)



しょうゆの広告と共に
ご当地ソングの広告が、エリア各所で目に留まるイスに描かれている。


cyoshi6.jpg

これとは別のイスでは、
このご当地ソングのCDが四万枚売り上げたことが
アピールされている。

歌手の名を耳目にしたことがない。
ダモシだけが知らないのか、あるいはこれは
ウルトラ・スーパー・ローカルの話題なのか。

そういえば。

銚子電鉄という江ノ電のような地元の電車に乗っていると、
テレビ東京の旅番組かのような
テレビカメラとスタッフ、旅人が乗り込んできた。

早速、旅歩きの番組らしくナビゲーターは
乗客のおばちゃんたちと親しげに会話を始める。

カメラを見れば、そこには千葉テレビの文字。

いささかトーンダウンする。
<何だ、ローカルか>と。

そのナビゲーターは地元では顔が知られた人のようだが、
ダモシは、とんと存じ上げない。

イスに描かれたローカルのご当地ソングCDの広告。
そしてローカル局のナビゲーターとテレビ・カメラ。

ヨソ者だから当たり前ではあるが、
これらの装いとそこから漂う何ともいえぬ弛緩した空気に、
疎外感を覚えた。

否、疎外感というのは違うが。
疎外感は実際には抱いていない。
且つ、とりたてて疎外感を覚えるほどの地でもない。

しかし,"疎外感"と表現することで、この地への敬意を表するわけだ。


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港の魚市場。

漁港、港の市場…。
これらは哀愁の世界に属する存在だ。

なぜ港は哀愁を誘うのか。

銚子のここはしかし、哀愁漂うというよりもむしろ哀感だ。
未だ夏のこの季節にも関わらずの、静かさ。
それもまた静けさや閑さとか、静謐とは異なる、
寂しいくらいの静かさ。

哀感で溢れている。


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東端に唐突に現れた水族館かマリンパークか。
これもまた不思議だ。

駐車場に停まる車は従業員だろう。

ビジネスとして考えたとき、
この施設がこの場所にあり、成功するとは思えない。
お金があっても買い取る魅力はない。

それでもシャッター商店街にある個人商店の帽子店が
なぜか成り立っている
(成り立っているのかは分からぬが、存在し続けている)
のに等しく、それはここに確かに在る。

成り立っているとすれば不思議でならない。

誰が何のために何故ここに来るのか。

銚子に関しては、すべての謎は5W1Hの<WHY>である。

なぜ、何故、ここに来るのか。
その部分で、とても消費者便益を満たす何かがあるとは思えない。

例えば銚子電鉄ならば、それは分かる。
鉄道ファンならば大いなる便益を銚子電鉄は持っている。
ちょっとした、ぶらぶら散歩にも悪くない。

だが、ここは散歩のカテゴリーに入る距離には、ない。
小旅行ともいえぬほど遠い。
一泊旅行だ。

だとするならば、ここにわざわざ一泊旅行する理由が
見つからないのである。

犬吠埼灯台? 銚子市場で魚を食す? 
ドーバーラインを走る? 屏風ヶ浦へ行く?
温泉? レジャー? ビーチ?

WHYの回答としては、どれも弱すぎるのだ。

銚子にわざわざ行くならば、
熱海が良い。箱根もある。伊豆もある。

そして銚子のこれらコンテンツのヴァリュー度と距離。
これを考えたら、それこそ銚子で三時間半から四時間も
時間をスペンドさせるなら、

いっそのこと大阪の太陽の塔だの、山形の山寺まで
リアルに遠いそれらへ行った方が良い。

それこそ群馬ですら、対銚子という括りになれば
遡上にのってくる。

そういう世界である。銚子は。


閑散とし切った、この、未だ夏なのに、
アトモスフィアは真冬な、水族館だかマリンパークだか。

乾き切ったこの空間に、まるで狂った雨乞いの儀式のように
水族館だかマリンパークだかから
大音量の「お越しください」アピールが流れる。

それが録音された、前時代的なアナウンスの声で、
誰もいないこの空間(目の前は崖と海)に
虚しく響き渡るのである。

<楽しいですよ、どうぞどうぞお越しくださ〜い>と。

未だ夏なのに真冬なエリア・アトモスフィア。

ある意味で、ワザとか? と。
ある意味で、あきらめたことでの開き直りか? と。


ダメ押し技の連発は銚子。

苦笑しながら
その<水族館だかマリンパークだか>を通り過ぎると
またすぐに目の前に提示される不思議。


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<分かったよ。もう分かったから…>。

そんな気分になる。
忌憚なく、"こんな地だから"この価格ですら高く思える。

どうせなら、
"一日停めても100円ポッキリ!"くらい徹する方が
まだマシではないのか? とさえも思えてくる。



*****


店内の壁には、
"江川卓を破った"銚子商業の甲子園ペナント。

この甲子園出場校グッズの定番だったペナントを
目にするのはいつ以来か。

少なくともニッポン帰国後では初めてだ。
過去にも記憶が乏しい。

未だに、これがあり、未だに、これが飾られている空間。

漫画週刊誌に交じり、雑誌置き場にも
古い甲子園関連雑誌が置かれてある。
立ってそれを手にとりぱらぱらめくるとやはり出た、銚子商業。

<暑いですね。こんなに暑いイメージを持っていなかったので、
 銚子がとても暑く感じるのですが、いかがでしょうか?>

そう、店主のおっちゃんに声がけした。

おっちゃんは即座に応える。

<東京と比べると、ここは5度低いですから>。

回答になっていない。
こういう応え方は互いの会話をスイングさせない危険性がある。
ダモシはあくまでもスイングさせようと、噛み合わせようとする。

<ええ。だから銚子はそう暑くないはずなのですよ。
 イメージ的にも。だけど今日は特別、暑い、と>。

するとおっちゃんはようやくロープに飛んで戻ってきた。

<まあ、そうね。暑いかね。風がないからさ、今日は>。

納得できない答えだが、まあ、これで良い。

最初にロープの飛ばなかったのは、
単なるヨソ者であるだけではなく、
スーツを着た強面のダモシを怪しい者として見たからだろう。
想像に容易い。

会話が成り立ったことで、
おっちゃんも安心して"おまかせ"をサービスすることを決めたようだ。

ダモシも満足する内容は、これぞ港の特権であろうか。
中でもさすが銚子といえるのは、カツオの刺身だ。

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*****


銚子駅前からセンターに伸びる一本道。

たいていローカルの駅前は、こうだ。
一本の道がセンターから真っすぐ伸びる。
甲府も同様。

たいてい、しばし走れば役所がある。

一本道の両側に土産物屋などが軒を連ねる。
ほとんどの店がやる気がない。

だが、入店した定食屋も、土産物屋も、
臆せずダモシに声がけしてきた者が勝つ。

一軒だけ土産物屋も
気の良いおばちゃんが声をかけてきた。
声のみならず銚子説明や試食をばんばん差し出して
己が闘いのリズムに引き入れる。

おばちゃんからすれば、
お客を己が掌に乗せて転がしてしまえば
こっちのもの、といった風情で、慣れている。

その戦略に、あえて"乗っかる"ケースもある。
たいていそれはダモシの機嫌が悪くない時だ。

機嫌の悪い時は、相手方からペースを引っ張ろうとすると
ソッポを向くのが通例だ。

土産物屋のおばちゃんにとって幸運だったのは、
一日のオフィシャル事案を終えて
これから東京並びに自宅へ戻る前の最後の、
<自宅に土産でも買って帰ろう>という
心が少々リラックスしていた時のダモシが相手だったことだ。

<ふぅん。そう。なるほどね>と機嫌良く
おばちゃんの技をぽんぽん受けるダモシ。

簡単な、見え見えのショルダースルーですら受けて
くるっと回転し派手にやられる。

ショルダースルーやブレンバスターなどの種類の
技を受ける際のダモシはたいてい機嫌が良い。

ダモシもまたそんな時は、
ふだんは見せないアトミックドロップあたりを出す。

この相手なら、アトミックドロップを受けて
飛び跳ねながら"いてててて"と言いそうだな、と分かれば。

そうして、緩い、ぬるま湯的なプロレスが展開される。

次から次へと繰り出すおばちゃんの基本技の数々を受け、
こちらも適度にボディスラムあたりでお茶を濁して
和気あいあいとした時間が流れてゆく。

サバカレー、いわし、サンマ角煮を買う。
おまけに、昆布を頂いた。


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定食屋で出した同じ技を最後に見せたダモシ。

受けるか否か。

<しかし銚子、暑いですね。今日一日歩いていたのですが、
 銚子は暑いイメージがなかったのでね。
 こんなに暑いとは思いませんでしたよ。
 今日は特別暑いわけですかね?>

すると、おばちゃんも
この技だけは素直に受けることを避けた。
定食屋のおっちゃんと同じだった。

<東京と比べると、だいたい4度はここの方が低いですからね>。

不思議だ。そして、WHY。

なぜ素直に応えないのか。

こちらは、

・銚子は暑いところというイメージがない
・なのに今日はずいぶんと暑い

だから

・今日は特別暑いのですか?

という問いかけをしているわけである。

会話的には、
<今日がいつもより暑いのか、否か>、そのyes or noを
教えてくれたら、それで良いのだ。

にも関わらず、
定食屋のおっちゃんも、土産物屋のおばちゃんも
それに対する受け答えとは無関係に

<東京と比べて銚子は暑くない/涼しい/寒い>
ということを言っている。

しかもここでは、ダモシが東京から来たとは
ひとことも言っていないのにも関わらず。

ここに、一つの、銚子云々を超えた<千葉>
という世界観の発露が見られるわけである。

その昔、千葉の成田空港はなぜか新東京国際空港だった。
千葉の幕張のディズニーランドも
なぜか今もなお東京ディズニーランドである。

これが千葉なのである。

ニューヨークに対するニュージャージー。
吉祥寺に対する三鷹。
それぞれが抱える、ここでは書けない"何か"。

それが東京に対する千葉の〇〇〇である。

ダモシが機嫌が悪ければ、まず言うだろう。

<私が東京から来たとは言っていませんよ>
もしくは
<東京のことは分かりませんよ>
と。

東京だけが秤ではない。

仮にダモシがもっと機嫌が悪ければ
こう言うだろう。
 

<札幌から来たのですが、
 それでは、札幌と比べたらどうですか?>と。

あるいは、ブチ切れ気味で、
シュートするくらいの勢いの機嫌の場合は、

<東京なんて知らないよ。
 ニューヨークから今日、成田に着いてね。
 ニューヨークと比べたらどうなのよ>と言うだろう。

幸い、和気あいあいぬるま湯プロレスをしていたから良かった。

それにしても
アトミックドロップやショルダースルーあたりで
スイングしていたにも関わらず、
なぜ<暑い>話題になると、噛み合わないのか。


ダモシは定食屋同様に、こう切り返した。

<4度とか5度違うのね。で、今日は暑いわけですよね?
 昨日より今日が、あるいはふだんのこの時期にしては、
 今日はずいぶんと暑いわけですよね?>。

おばちゃんは、やはり定食屋のおっちゃん同様に
このように応えた。

<そうね暑いかな。風がね、ないからね、今日は>。

まあ、納得させるしかない。

だが、突き詰めれば
定食屋のおっちゃんの回答も
このおばちゃんの回答も完全にスイングしているとは
言い難い。

素直に<そうだよね、暑いね〜今日は特別暑いわなぁ>と
応えればよいものを、
本当はそうは思っていない彼ら。

いずれも<風がないからね>でごまかしていると言える。

おそらく彼らにとっては
<今日は特別暑いわけではない>のだろう。

だとするならば、
<そんなことないよ。今日だけではなく、
 今年はもう暑いわな>と言ってくれたら良い。

そのあたりが、突き詰めれば、
実はこの<暑いね>技の応酬では
互いに噛み合わなかったと言って良いのだろう。


不思議だ。

東方神起ならぬ、東方不思議だ。


(つづく)




posted by damoshi at 23:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

東端ローカル(1)



<金曜の夕刻、駅前の待合室で>。

発覚しないだろう。漏れないだろう。想像し難いだろう。

そこが箱根や熱海、湯河原もしくは修善寺ならば、
容易にエルミタージュ性のイメージが成り立ち、
自ら秘事を白日の下に晒すようなものだ。

だが、行き先が、否、逢瀬の舞台が銚子ならば、
想像し難いだろう。

不倫行、逢瀬の類いから、デート、もしくはファミリーでの旅。

そのいずれにおいても誰かが、あるいは己が、
デスティネーションとして選択するとは
まったく想像できない地。

それこそデスティネーションとして選んだことを
誰かに語ろうものならば、
<え? 銚子? なぜ?>と訝しがられるだろう。

"行く理由"が希薄な地。

一つには、それが銚子ともいえよう。千葉県の東端だ。

銚子といって真っ先に浮かぶのは、
銚子商業高校だろう。
あの怪物・江川卓の作新学院を甲子園で破った高校だ。

今もなお、地元の、それは誇り。

地元の定食屋の店内壁にはそのペナントが飾られている。
それを肴に、昼から地元民は酒を舐め、
新鮮で美味なカツオ以下、魚を食す。


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銚子駅前。喫茶店<待合室>がある。

それを見た瞬間、冒頭のイメージが浮かんだ。

電話での、秘事の逢瀬の待ち合わせ。

誰も銚子へ行くとは想像し得ない。
誰も<駅前の待合室>と言って、喫茶店とは思わない。

あぁ駅の、その前にある(列車の)待合室かと思うのが筋だ。


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翻って、ここは身を隠すに相応しい。

逃避行。ネガティヴな香りぷんぷん漂う世界観の中で
身をひたすら隠すならば
山梨の身延山ではなく、千葉のやはりここ銚子だ。

夏だからまだ救われる。
これが間もなくすれば、ほとほと火曜サスペンス劇場もしくは、
悲しみの哀愁の漁港に海岸は、名前だけは立派な"ドーバー"。



*****


遠い。ここは、遠い。しかも端だ。

誰かが言った。

<海のあるところに来ると、帰りたくなくなる。
 一泊したくなる。なぜだろうか>。

返した。

<海は、端のイメージだから。東端、北端…。
 それは遠く感じるからだ>。

実際、銚子は遠い。

首都圏から遠大だ。
成田空港へ行くよりも遠い。

距離的には遠大というほどではない。

だが、成田空港へ向かうのと同じルートである
東関東自動車道を走り、
その途中で降りてからの一般道が遠大なのである。

高速道路で行くことのできない場所で、東端。

アクセスが悪すぎるほど、悪い。
これほどのディスアドバンテージを持つエリアも珍しい。

東関東自動車道の富里ICまで首都圏(世田谷エリア)からは
飛ばせば約1時間半。

成田ICの手前の富里ICを降りてから
銚子までが距離にして40km台。
ひたすら太平洋側へ南下してから東へ走る。

しかしその、ある意味でたったの40km台の距離を走るのに
1時間40分〜2時間を要する。

広域農道という名の片側一車線の一本道。
あるいは国道126号線、国道296号線。
これが酷い。まあ酷い。

走る車はトラックにダンプに軽自動車。
それがなぜか大挙として走るのみならず、
正確無比と言って良いほどの
<全員40-50km走行>を延々と続けるのである。

片側一車線。追い越しは可能だが、
その車列が続いていることで追い抜くことは不可能。

ただただ農道の一本道を延々と40-50kmの速度で
だらだらと走ることを余儀なくされる。


<何なんだ、これは…>。

ようやく銚子市内に着くが、
市内から市街地の駅までの道も
地元の車が登場するが、いずれもやはり40-50km走行。
そして抜くことができないレベルで
妙なバランスで車列が出来ている。

連帯、か。意図的、か。

ヨソ者に対する、ウルトラ・スローモーの挑発という逆説、か。


<分かった。銚子は、"銚子スピード"なのだな>と。

そう割り切って、40-50km走行に付き合うしか術はなくなる。
抜くことがまったく出来ないからだ。


そうか、と。

身を隠す地だから、か。

あるいは
やはりエルミタージュ性の皆無な
誰も想像し得ない"こんな地"ゆえの、
だが実はこれぞリアルなエルミタージュだから、か。


*****


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"広域農道"という名の、
れっきとした幹線道路をひた走ると
ようやく出て来た店。

不思議な、つぼ八だ。


ずっと<イオン>の看板が出ていた。

イオンの存在を知らせる看板は
そこまで30km以上ある地点から立っていた。

そんなに走らなければ、何もないのだ。

途中にポツンと唐突に現れた何か。
それが、不思議な"つぼ八"というコメディ。


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市街地へ進む道に、突然現れたカッパ。
なぜカッパなのか。カッパは岩手の遠野ではないのか…。

不思議だ。


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銚子の、あるエリアは、
ニューヨークの
そこに降り立った瞬間にカレーの匂いが
街中に蔓延していたジャクソン・ハイツよろしく、
降り立った瞬間に<醤油>の匂いが充満していた。

ここは"醤油の地元"でもある。

不思議だ。



*****



昼になる。

地元の定食屋で食すのが相場だ。

漁港があるからといって
観光客向けの魚市場近辺の
法外な価格の寿司や刺身を頂いては、いけない。

それは北の某国のオッタールも、
静岡の沼津も焼津も同様だ。

地元の、市井の、
"そこらへんのおっちゃん"が昼から飲んでいるような
店が好ましい。

そこでの会話や、他の客の佇まいを見ることでこそ、
その地の何たるかの一端を垣間みることが出来る。


<はい、いらっしゃい。どうぞ、どうぞ。やってますよ>。

店主の、"おっちゃん"の声が
店先で品書きを見ているダモシに届いた。

<ああ、はいはい>と暖簾をくぐる。


<はじめてなら、おまかせがいいよ!
 おまかせがお得よ>

と、おっちゃんは
ダモシが着席するより早く声がけした。

ヨソ者であることは、一目瞭然なのだろう。

<あぁ…、そう…>と曖昧に応えて席に座り、
店内を一通り眺めて、
アトモスフィアを察知する。

その背中におっちゃんの声が後押しした。

<おまかせで、よろしいですか>。

<ええ、おまかせで>。


さふ応えた。



(つづく)



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posted by damoshi at 23:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オスになれ



昨夜は未明の3AMまでデスクワークがあったが
今朝は早起きして区のスポーツ・センター内にある
スポーツ・ジムで一時間みっちりと汗を流してきた。

"汗を流してきた"という表現は普通されるが、
本質的には"鍛えてきた"という方が正しい。

"現役復帰"へ向けたそれでもあるが、
基本はダンベル等筋力トレーニングが七割、
その他はバイクに、脚を鍛えるそれが三割といった具合だ。

特に、筋断裂した腓腹筋は要注意で、
レッグ・カールやレッグ・エクステンションを念入りに行った。
単に上下させるのではなく、負荷を重くした上で
ゆっくりと上げたら途中で止めてそこで筋肉に負荷をかけたり、
キックするイメージで片足でそれを行ったりと、這々の体。

ダンベルも基本10kg-15kgのそれを各種行い、
酸欠&放心状態になるまで行うわけだ。

汗を流すのではなく、鍛えるわけだから、こうなる。

区のスポーツ・センターだから利用料金も300円と安い。
朝一番から多くの人が"汗を流して"いた。

体育館やアリーナもあり、そこでは卓球やバドミントンから
お母さんたちの身体運動教室のようなものもあり
大盛況といった具合。

鍛える際は当然、ワンショルダーなど薄着で肌の露出も多くなる。

ミラーもあるから己の身体や筋肉動態、ポスチャーを確認しながら
行うことができるわけだが、
そこで不特定多数の人が存在し、
且つ属性的にはそういった汗を流している人々ではなく
目と意識が向くのはやはり女性インストラクターであったり、
隣の体育館で身体運動に勤しんでいる若いお母さん方だ。

聞く必要もないし、やる気もないのに、
バイク・マシーンにまたがれば、
女性インストラクターと接点を持つ機会を得る。

だから意図的にそれにまたがり、分からないよぅという姿勢を装う。
女性インストラクターが近づいてくると
これ幸いとばかりに、狙い通り接触と相成るわけだ。

そしてダンベルにまた戻り、ミラーの反射越しに、
向こうから視線を送る女性インストラクターと目を合わせる,と。

さらにはお母さん方だ。

<しょぼくて、しょっぱい肉体のご主人と比べて、どうだい>
と挑発せんばかりに、己が肉体を見せしめる。

鍛え上げられただの、筋骨隆々だのというのは嫌いであり、
そういう種類の肉体ではない。

男の本能的な、"種的"な肉体であることが好ましい。
狩猟民族的な肉体とでも言おうか。

動物的なオスのポスチャーと香りを、
お母さん方と目を合わせたり、すれ違いざまであったり、
窓越しであったり、といった具合に、意図的に発散するわけだ。

<どうよ>と。

筋肉バカ的なただの筋骨隆々ならば
見向きもされないムキもあろうが、
こちとら"種"だぜ、と。

たいていお母さん方は、近寄れば"見る"。すれ違う際に"見る"。
見ているのが分かる。肩や胸を。


こういうことがまた面白いわけである。

会員制のスポーツ・ジムのような空間で
ビジネス・エリートを気取りつつ
それでも肉体も鍛えています的な世界観は、忌み嫌う。

こちとら区のスポーツ・センターの300円の
トレーニング室だぜ、と。

だがそこに一般の市井の、言ってしまえば
ナチュラルな肉体の、性的且つ動物的な肉体の、それがある。

週に一回は行こう、と決めてしまうとまた厄介だから、
週に一回は行くようにしたいなレベルでマインド的にはいたい。

そこでまたオスとメスの何かしらの邂逅があるやもしれぬ。



*****


民主党代表選が終わり、菅現首相の続投が決まった。

う〜ん…というのが正直なところで、
小沢の負けっぷりが意外だった。

議員票は大差ないが、地方議員とサポーター票は圧倒的に菅だった。
民意を反映しているのが地方票とサポーター票と言われているが、
昨今、<世論>や<民意>という意味に疑問を感じる。

そもそも世論や民意というものは
ある意味でメディアが作り出し、誘導することが可能だ。
世論調査が最たるもので、
メディアは世論調査という、
ある意味で恣意が可能(回答誘導が可能)な曖昧な母数の少ない
データをもってして、それを有利に用いて勝手に世論を作り出す
傾向がなきにしもあらずである。

そういう意味では、近年の世論は特に
創作された世論(ヨロン)である傾向が顕著だ。

本来、世論はセロンであるべきで、
それはどちらかといえば空気感である。アトモスフィア。

アトモスフィアも大事な要素だが、政治においては本来、
アトモスフィアを包含したところでの論を興すという意味でのヨロン、
すなわち興論があるべきところ、それが皆無だ。

日本人は素直だから、メディアの作り出すそれに乗りやすい。
そこがこの国の国民の対テレビ、対新聞
というものへの対峙の仕方の稚拙なところであるが、
メディア側はそれを良いことに社の風土などを露骨に出し、
それに合致するかしないかも論調の基盤としていたりする。

たいへん危険だ。

好き嫌いでいえば
圧倒的に日本人の性格上、菅か小沢かとなれば
前者になるのは目に見えていることなのだが、
その通りの結果になると、
やはりこの国の国民性は、本当の意味での危機を経験していないから
冒険することができないのだなということが
あらためて分かってくる。

本当の意味での"有事"。これが、まるでない。
日常の路上にもそれは、ない。
善し悪しは別として、日常からして常在戦場の国と
そうではない国では、これだけの違いが出るのだ。

見映えとイメージだけのチェンジほど危険なことはない。
見映えとイメージは<昭和>的な小沢であるが、
このご時世にあって小沢以外にチェンジできるトップはいないはずだ。

それを選ばなかった分水嶺は、セロンに迎合した地方票による。
議員票は互角だったが、地方票/サポーター票が致命的で、
小沢を首相にさせる勇気を持てなかったわけだ。

昨今、政治家もセロン調査に迎合し、それに媚びを売る傾向が高い。

まさにセロン調査政治だ。

田中角栄しかりだが、強烈なリーダー、牽引者、何者か、は皆、
セロンなんぞ意にも介さなかっただろう。

その昔、晩年のある日、
アントニオ猪木が試合後のリング上でマイクを握り
こう叫んだ。

<お客さん、俺の話を聞いてくれ>。

いささか失望した。

ファンに媚びない強者。
マイクを手にしても常にそれは相手に向けられる名台詞をもってして
聞いてくれと言わずとも誰もが耳を傾けた。

この時は、<聞いてくれ>と言わなければならないほどだった。

聞いてくれだの、ついてきてくれだの、
リードする者がそういうことを言ってはいけないのである。
媚びるようではダメなのである。

セロン調査に惑わされることなく、
ある意味でそんなものは意に介さず、
己が信じる理念と方策をもってしてどんどん突っ走るくらいでなければ
一国のトップを張ることはできない。

そういう意味では、小沢は残念だが、
どうか菅首相には己が信じることを堂々とやり
国民をリードする強さをもってやって頂きたい。

いちいちセロン調査に右往左往することはもうやめるべきだ。
KYという言葉に代表されるように、
この国はいつからか、恣意的に作為したアトモスフィアを前提に、
それにそぐわない者はKYとして揶揄する傾向にある。
これは明らかにおかしい。

メディアも、
いちいち母数の少ない内輪だけのセロン調査を
度々実施して、それをタテに自社の論説を張るのは
もはやそれはジャーナリズム失格である。
彼ら自身が既にKYになっている。国民もメディアに踊らされてはいけない。
昨今は社説にしてもアグリーなものだ。

まずはいずれも、
アトモスフィアを恣意的に作り出すような姿勢をこそ
改めるべきである。

さらに悪いのは、恣意的に作為されたそれを秤にして、
それに合致しない場合をKYとする稚拙な感性が蔓延していることだ。


アトモスフィアというものは恣意的に作り出すものではない。

それは、そこに自然に流れているものであり、
対峙する者はいずれもそれを察知し、どう料理し、
己がものとするか。

それこそが、文化レベル、感性レベルの向上にもつながるのである。

レベルの低い党代表選/首相選、レベルの低いメディア。
いずれもハリモト氏ならば<喝っ!>と叫ぶはずだが、いかがか。


菅首相よ、もっとオスになれ。




posted by damoshi at 13:22| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月12日

ブラジャー&うなじ



大学受験の際を想い出す。
そんな一日だった。

神奈川県の比較的大きな駅。
初めて降り立ったその駅の改札を出ると
そこにボードを持った係員が立っている。

<国家試験会場行きバス乗り場はコチラ>と
矢印が書かれたボードを持っている。

<乗り場は向こうですか?>と問えば、

<数メートル置きにボードを持った係員が立っていますので
 その指示で進んでください>と言う。

<なるほど>と納得して歩を進めると、
本当に数メートル、あるいは十数メートル単位で
路上に係員がボードを持って立ち
バス乗り場へのダイレクションを示唆していた。

試験会場である某大学まで行くバスの臨時便を
出しているようで、バス・ストップに着くと、
また係員が案内をしてくれる。

<大学へ行く通常のバスはこちらですが、
 この後には直行する臨時バスがすぐ来ますよ>。

試験を受けるコンペティターたちは列を成して
直行便を待つ。
幸い、列の前方にいたダモシは座ることができた。

十数分。大学に到着。

バスを降りるとまたすぐ係員がいて
<試験会場の校舎はあちらです>と示唆しながら
ペーパーを渡してくれる。

ずいぶんと懇切丁寧な案内である。

大きな大学だ。
大学という場所に試験目的でやってくると
当然ながら己が大学受験期を想い出す。



*****



ダモシの大学受験は、
現役での84年と浪人しての85年の二度。

合格発表をその大学まで見るために
出かけては、ことごとく己が番号はそこにはない。

一方、
合格した大学いずれもがその合否発表は
現場へ出かけていない。

だから現場で合格を知って歓喜に咽んだという経験はない。

振り返れば高校受験(都立は受けず、私立一本だった)も
合格の知らせは現場で見ていない。

だから<大学(と高校)>と<受験>という括りでは
あまり良い現場の想い出がない。

己が番号を発見できず落胆の中、
小田急線や山手線、中央線で自宅や寮に
しょぼくれて帰っていったという記憶の方が強い。

車を用いずに、今宵もまた電車で向かったのは、
あの頃に対する善くも悪くもノスタルジーが
心中に存在していたからでもある。

オトナであり不惑の今、
受験生みたいに"わざわざ"電車とバスを乗り継いで
受験会場へ行く。

その「非日常」な所作に、何となく心地よさも覚えていた。



*****


神奈川県の試験会場であるその大学だけでも
多くの教室を用いて
受験票番号で見れば1万にも達する受験者。

その大勢が過不足なく各教室に振り分けられる。

己が番号の会場となる教室に入る。
試験前の説明開始まで未だ30分以上、ある。

喫煙所で煙草を吸い、着席し、
参考書を開いて最終確認する。

これもまた、ノスタルジーである。

これもまた、今となってはもう「非日常」である。

そして、思う。

試験直前に参考書を開いて読んだとて
頭には入らないことを。
あまり意味のないことである、と。

それでも誰もが己にフィットした、それまで勉強してきた
思い思いの参考書を開いて
俯いてそれを読み、時が来るのを待つ。

それは、試験開始直前の、受験者特有の行動様式美だ。

けっして頭には入ってこない。
且つ直前で読んだそれが問題に出てくることもまずない。

それでも、試験直前に何をするかとなると
ほぼ、それになる。

会場を見渡せば、
シニアから十代と思しきヤングガールまで多士済々。
スーツ姿もいれば
これから海外旅行にでも行きそうな風情のヤングレディもいる。

老若男女だ。


しかし、ダモシの一つ前の席のヤングレディ。
顔がなかなかカワイイ。
若いのにシックな顔立ち。きゃぴきゃぴしていないのが良い。
デスクの脇に置かれた受験者票を覗く。

そこに生年月日が書いてあるからだ。

見れば、平成3年生まれになっていた。


(<19歳かよ…。俺は19歳と一緒に同じ試験を受けるのかよ…>)

と苦笑した。

まあ、そうはいっても、その19歳の一つ前は
どう見ても50代以上の男性だ。

だから多士済々ということなのだが、
且つ欧米的に年齢の枠に囚われないイズムを持っている
ダモシ軍ではあるものの、

そこは目の前に19歳がいて、
その19歳と同じ闘いをこれからするのか?
となってくると、いささか面映い気がするわけだ。

だが、何をするのにも年齢という枠は関係ない。

ニッポンが世界に劣っている部分は多くあるが、
厳然と世界から遅れている点が
この年齢という秤に対する概念である。

結婚適齢期だの、転職だの。
なんでも年齢という枠を設けて
その括りをもってして制限を加えてしまう。

あるいは観念としての
<もうあなたも〇〇歳なのだから…>という揶揄等。

70歳がヒップホップをやったって良いし、
10歳が単独で米へ留学したって良いわけだ。

結婚適齢期というものは人それぞれであり、
出産年齢に関しても人それぞれである。

40歳代以上の転職が厳しかったり、
30代未婚女性が親戚等近親者から
「もう、そろそろ」と言われたり等々という事象もすべて
年齢という枠を括るという無駄な処方から起こることである。

ジョン・グレンや三浦雄一郎が当たり前。
山本昌が当たり前。
それくらいにならねば、年齢という枠で
あらゆることに制限を設けてしまう社会になる。
否、日本はとっくの昔からそうなっている。


年老いる、あるいは年寄りということの
本質的な意味は、
チャレンジをあきらめたか否かだけである。

チャレンジをあきらめない限り、年老いることはない。

年齢という数値だけで年寄りか否かを決めるような、
制限を設定するような日本社会は歪んでいるのである。


こういう過ちを、正さんかい!


まあ、いい。

欧米はそうではない。

日本は携帯電話以下、思考回路や感性からイデオロギーまで、
どんどんガラパゴス化していっている。
あとで苦しむのは日本自身だ。




*****



さて、Examination。

いかに。


13時15分:試験の説明開始〜問題と解答用紙配布
13時30分:試験開始
15時00分:途中退場可能タイムのスタート
15時20分:途中退場可能タイムのフィニッシュ
15時30分:試験終了

タイム・スケジュールはこういうものだ。

まず、13時。

目の前の19歳が気になってしょうがなくなる。
なにしろ若い。
髪をアップにしている。
うなじと耳たぶ、首筋などが目の前にある。
衣服の上は白いTシャツのカットソー。

白いそれだからブラジャーが見えてしまう。
そのラインもポスチャーも。

<ふぅ…>。

ダモシは目の前に提示されるその罠に気が気ではない。
ちらちらと目をやってしまう。
その間、参考書はただめくっているだけになる。
当然だ。

(<いかん、いかん。始まったら集中だ,集中>)と
己に言い聞かせる。

説明が終わり、いよいよ試験開始となる。

問題は、

A科目:25問
B科目:25問
C科目:42問

まずい。
昨晩掲載した通り<最も苦手とするC科目>が、
最もウェイトが多い。

C科目にかかる時間が最も多くなる。
そういう想定が成立する。

AとBをいかに早くやっていくかだな、と感じるダモシ。

だが、Aの一問目からいきなり、<うぅぅ…>と苦悶に陥る。

<えっ…?>と。


当然ながら、事前の参考書や問題集と実際の試験が異なる。
且つ言っていることやポイントは同じでも
参考書や問題集ではそういう言い回しをしていないものが
実際には出されてしまう。

のっけから、<げっ…>となってしまった。

そしてA科目とB科目で大いに苦戦する。

例えば
<正しいもの>を選びなさい
<誤っているもの>を選びなさい
的な問題の場合、たいてい選択肢が四つある。

四つのうちから正解を選ぶのだが、

たいてい二つは明らかに取捨選択上から消えるのだが、
残りの二つがいずれも<うぅぅ…>となってしまう。

結果、二者択一になる。

その二者いずれもが確信を持って消せない/選べない。

だから苦悶に喘ぐことになるのだ。



*****


そしてダモシの<対試験>における
学生時代からのルーティン。

これの死守もまた、明確な課題として存在していた。

それは、
<誰よりも早く終わって、さっさと退席する>という所作である。

大学受験も大学の前後期レギュラー試験も
運転免許試験も、そういった試験の類いはいずれも
さっさと終わらせて真っ先に退席〜退場するのがダモシのルーティン。

それが出来ないようでは、結果も見えてしまうぞ,と。

<赤信号皆で渡れば怖くない>を忌み嫌い、
集団行動、集団心理、集団思想が大嫌いなダモシである。

ぞろぞろ歩くのはゴメンだぜ、と。
ぞろぞろとろとろ渋滞歩きはイヤだぜ、と。
そういう心理も、ある。

且つ長時間、集団で一つの教室という空間に
座っていることがまず出来ない体質なのである。
だからこそ、さっさと終わらせて、さっさと去る。
これがダモシという人間としての生理的な行動なのだ。

試験も、そういった退席可能タイムで真っ先に外に出なければ
どのみち生理的にもたなくなってくるのである。
試験時間めいっぱい最後までというのが
体力知力生理的にも持たないのである。

だからこその、ルーティンでもある。


<よし。15時だな。一発先頭で出るぜ!
 だから実質的な俺の試験時間は13時半から15時の一時間半だな>

という思惑でスタートしたわけである。

ところが、だ。



*****



刻々と過ぎゆく腕時計の針。

結局残る二者択一のどちらを選ぶかで苦闘するダモシ。


(<これは、マズいぞぉ…>)。

ちらちらと時計を見る。

その時の心理は、こうだ。

AとBでこれだけ時間がかかっていては、
最も時間がかかると思われるCをすべて解くのは
時間的に見てもう無理では?

と。

それこそ15時に退席というミッションも不能になる。

焦りが生じそうになるが、
そこは少しは齢を重ねていることからくるクールさがある。

(<まあ落ち着け。流れはまだ、変わるはずだ>)と。


AとBそれぞれの科目で
どうしても意思決定できない問題は後回しにして
とにかくBの最後までいったん終わらせる。

時に14時40分。

既に試験開始から70分をスペンドしていた。
合計のフルの試験時間は120分。

ダモシにとって難関なCの42問が残っているのに
A&Bの合計50問で半分以上をスペンドしてしまったのである。


もはやダモシの興味の中から、
目の前の座席のヤングレディのブラジャーやうなじは消え去っている。

集中度が増す。

問題用紙をめくる。

C科目へ進む。

と、ここで流れが変わった。

C科目の、昨晩記載した通り、細分化される項目のaとb。
aが全科目の中で最も苦手とするもので
bが全科目の中で最も自信を持っている
言ってしまえばお得意のカテゴリーのことである。

C科目の、事前ウェイトはaに高い。この試験的にもそうだ。
だから参考書でも何でもこれが先に来る。

ところが、開いたC科目の問題の最初にbが来ているではないか。
しかも、その問題が多い。
ぱらぱらとめくっていくと
Cの全42問のうち、aが16問、bが26問となっている。


<しめた!>とダモシは感じた。

むろん配点に差があり純粋な問題数だけでは計れないが、
得意とする問題が多ければ多いにこしたことはない。

怒濤のラッシュが始まった。

考える間もなく、感じるだけで
そのC-b問題はすらすらマークシートに回答を塗っていくダモシ。

<お手のもんだ>。

このカテゴリーは、参考書などで出てこないものでも
自信を持って"知っている"/"分かっている"のだ。


怒濤のラッシュでC-bの26問をわずか10分で片付けた。

時に14時50分。
退場可能時刻まであと10分。
残りはC-aの16問。

<追い込んだが、15時に退場するまでには終わらないな…>

と、真っ先の退場はこの時点であきらめた。

苦手なC-aの16問を解いていく。
いずれも自信はないが、さほど迷わずに進めていって
一通りすべてを終えたのが15時。

だが、A&B科目で飛ばしておいた問題が残っている。
且つお得意のC-bでも迷ったものが二つ。

これらを最初からやり残しがないかのチェックも含めて
繰り返していく。

明らかに二つは消せるが、
残りの二つのうちの一つの取捨選択に迷う問題。

競馬でいうところの
◎〇▲△△注の、最後の注の馬を二頭から一頭に絞る場合と同じだ。

いずれを選ぶか。
迷っているということは正解を確信的に得ていないわけである。
そうなるといつまでも迷っていても仕方がない。

マークシートの塗りつぶされた項目
(ア-イ-ウ-エ-オ)のバランスを俯瞰して、
ウが多すぎるなと感じたら、ここらでイか?
あるいは
エがこの付近は多いから、アにしておくか?
等々で最後は選ぶしかなくなる。

同時に、
ある意味でのルーティン死守も果たさねばならない。

途中退場の任務である。

途中退場可能なのは15時20分まで。

刻々と迫ってくるタイム。

15時18分。
飛ばしておいた迷っていた回答もすべて塗る。
そして1からすべての回答欄を塗りつぶしたかを確認し、
挙手をした。

途中退場の意思表示である。

係員がやってきて
ダモシから解答用紙を受け取る。

そしてダモシは席を立つ。

未だ教室内には六割の人は残っている。


(<真っ先の退場ではなかったが、
  退場可能時間内に席を立てたことは
  面目を保ったな、ああ…>)

と一人悦に入り、ダモシは教室のドアを開いた。
と同時に、係員が宣言した。


<はい。今の方を最後に、
 以降、途中退席は認めません>。


大学構内のバス乗り場。

ダモシがバスに乗り込んで着席する。
未だ人は少ない。

バスはしばし停車した後、いよいよ発車する。
その段階になって、
乗り場を見下ろすと、
既に数百メートルの行列ができていて
次のバスを待っている受験生で溢れていた。

だから、途中退場がベターなのである,と。



*****



終わったことだ。

仲間同士で来ていたと思われる人たちは
試験後、口々にバス内で
己が選んだ回答の擦り合わせをしていたが、
ことごとくそれぞれ違う回答を選んでいるようだった。

実に難儀な試験であることは間違いない。

七割が落ちるわけだ。
ダモシもその一員の可能性の方が高いだろうが、
物事はすべてフィフティ-フィフティだ。

ダモシにとって唯一の光は、

自信を持っているカテゴリーの解答が
帰宅後、自身でウェブサイトで検証してみたところ
ほとんど正解していることである。

この試験の解答も後日、主催者のサイトに出るだろうが、
ダモシは見ないだろう。

発表まで己自身で採点する必要はない。

ただ、自信を持っているカテゴリーに関しては
合否は別として
やはりな、という自負を得たい。

且つ
そのカテゴリーでいかに稼ぐことができるかも
合否に少なからず影響する。

だから解答集は出ていないが
自分でウェブで事実関係を検索すればおのずと正解は分かる。

そのため調べたわけだ。

そして調べたところ、
(全部は調べていないが、やや自信のなかった問題含めて
 ほとんど正解している)。

このC-bの"ほとんど正解"は七割はおろか八割以上のはずだ。
その八割以上の得意カテゴリーの正解ポイントが
実際の試験でも自信が持てないC-aの不正解を補ってくれるかどうか。

そしてA&Bが模擬(七割正解)に近いレベルで六割以上の正解を
得ているかどうか。

それが合否のポイントになるのは、やはり事前の想定通り
という結果になった。

A&Bは模擬よりも悪いだろう。良くてぎりぎり六割。
C-aも模擬より悪いだろう。良くても四割か。
C-bが模擬よりも明らかに良い。解いていても自信があったし、
探ってみれば八割は的中している。

あとはもう、
例の、

四つのうち明らかに二つは消えるのだが
残りの二つから一つに絞り込むことに難儀して
最終的には、言ってしまえば"カン"だけで
いずれかを選んだという問題がかなり多いだけに、

それらがすべて外れていればアウト、
それらのうちせめて五割でも的中していれば
合格の目が出てくるといったところであろうと読む。


願わくばこの試験。
年に一度だけではなく、せめて年に二度あれば、と思う。
そうすれば仮に一発でダメでも
半年後ならリベンジへのモメンタムが生まれる。

それが年に一度となると、司法試験もそうだが、
なかなかこれメインに時間をスペンドするわけではないから
モメンタムを維持するのは困難だ。

だから、試験時期を勘違いしていたことで
学習開始が遅れてしまい、二ヶ月だけになってしまったが、
それでもいけるだろうと踏んでトライした以上、
出来れば一発勝負で勝つことができれば良いのだが…。


世の中、そうそう甘くないことは、とっくに知っているから
手放しで、行ける!とは思えないのである。


それにしても、疲れた。

はぁ、疲れた。

一つには、この二ヶ月、
可能な限り、まずは勉強してきた。

それが今宵からはしなくて良くなる。
その時間を他のことにスペンドすることができる。
一つにはこれは嬉しいことである。

だが、こういったチャレンジングなことはまた、レッツ・トライ。




*****



ジュニアとワイフはその間、
一番仲良しの幼稚園から同じ幼なじみの女の子と
その弟(幼稚園)とママで
フィールド・アスレティックに出かけたようである。

しかも朝9時から帰宅したのが17時というから、
ダモシとほとんど同じであるから驚いた。

<そんなに、いたのか??>と。

ジュニアは、
対女の子、対歳下となると、すこぶる張り切る。
お兄さんぶって、男らしく振る舞うのだ。

ヒップホップ・ダンスの教室も一緒に通う女の子は
幸い、ジュニアのことを好いてくれていて、
しょっちゅう一緒に遊んでいるが、
女の子らしく遊びでもジュニアにリードさせる。


アスレティックでも
ジュニアもダモシと一緒の時は甘えん坊になるが
女の子や弟分と一緒だと自らが先導して
張り切って遂行し、教示する。

女の子が並んでいたところ
横入りした男の子がいたことで
その女の子が引き下がって戻ってきたら

<俺がひとことアイツに言ってやるよ>と言って
その男の子をドカしたというから、
まったくダモシ譲りである。

<ダディそっくりだよ…>とワイフが笑う。

ジュニアは張り切って遊び、
女の子も弟も一緒に喜んで遊び、
三回もアスレティック・コースを回ったというから笑える。

そして今宵の,例のアスレティック場。
二度、救急車がやってきたという。

いずれも運ばれたのはお父さんで、
いずれも脚を負傷したという。

ワイフが揶揄して笑っていた。

<脚をケガしたくらいで救急車呼ぶなよ>と。

それは、そうだ。

ダモシなんぞ筋断裂したが、食いしばって歩いて帰宅した。
そして、きっちりそのアリ地獄に先般、リベンジした。

救急車で運ばれたお父さんたちは
いずれもアリ地獄ではなく
ただの遊具で脚をくじいたらしい。

情けない。



とまあ、そんなサンデー。今宵も猛暑。

明日は千葉遠征。
千葉といってもダモシはおそらく初邂逅となる
千葉の東端、銚子への遠征である。

これがまた遠い。電車なら四時間以上。車で三時間半。

ダモフィーロがまた遠方へ遠征である。



今宵、疲れた。

早めに休みたいところである。



:::::


exam.jpg

(携帯にて)

試験を終えて帰路、試験会場最寄駅前。


ちなみに目の前にいた
ブラジャー&うなじのヤングレディは、
聡明そうな顔立ちよろしく15時の一発目の退場で
クールに去っていった。


彼女は合格するだろう。




posted by damoshi at 21:08| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

徒然サタデー



◇ダモシのお勉強


自動車運転免許のそれを除き、
大学受験以来ともいえる"試験"が明日、ある。
会場も大学だ。自身初の国家試験だ。

トライアル的な様相ではある。
なにせ勉強期間が約二か月という短期間。合格率は30%という。

昨日、模擬試験的な最終の勉強をした。

三科目あり、三科目とも60点以上をとらなければ不合格という本番。
昨晩の結果は、
A科目=72点 B科目=74点 C科目=66点。

A&Bは本番でも何とかなりそうなレベルにまでは到達した。

問題はC科目。
まったく自信がない。自身苦手とする計算系が入ってくる。
本番の合否はどうやらこのC科目がポイントになりそうだ
ということがこれで分かってくる。

一方、このC科目の中にも項目に細分化があって、
aとbに細分科目が分かれている。

前述した昨晩のエキシビションともいえる模擬で66点と記した
C科目のそれは、苦手とするa項目だけのもの。

別にb項目を行った。実はそれがA-B-C(a&b)の中で
最も得意で自信を持っている切り札的な項目である。

そのb項目だけの得点は77点。

C科目の中のaとbの本番での出題及び得点分配は、50-50。

こうなると、苦手なC科目のaが本番で
66点ではなく50点くらいだったとしても
得意のbで確実に七割以上を的中させれば
トータルでC科目が合格ラインの60点を超えることも
可能になってくる。

<苦手なC科目と、(その中の)得意なbジャンル)>こそが
合否の大きな分水嶺になってくるという
筋書きがこれで成立することになる。

いずれにせよ勉強期間は二か月オンリー。
その間、当然、富士登拝やら空手やら
もちろん仕事やらもあるから、
毎日出来たわけではない。

しかし学生や子供ではない部分から、
短時間で、やるときの集中力に集約して覚えていく/解いていく
という手法を今回は試してみているわけだ。

年齢的に、頭脳も肉体も劣化へ向かっているのは当然な中でなお、
肉体は肉体で現在はそれこそ
十代以来では?とも思えるほどの動きを伴って復活している。

頭脳も、衰えの中でもなお、一発集中で、
確かに頭には入ってきている。

二ヶ月という短期間。
合格率30%。

その闘いにおけるディスアドバンテージを
どう跳ね返すか、あるいは及ばないのか。

そのあたりは勝ち負けでもある。
自信は、ない。
おそらく、どちらかといえば
この条件で一発では、難しいだろう。

だが、勝ち負けは常にフィフティ・フィフティ。

ジュニアに闘いを教えている以上、
己もレッツ・トライは欠かすことはできない。

今宵は最終の勉強である。



*****



◇ジュニアのお勉強


ジュニアの場合のお勉強は、闘いとアクションである。
まだまだ算数だなんだは、よかろう。

国語、歴史、地理などは自信をもってダモシも教えられるから
その頃がやってくれば教えるだろう。

男児だ。今は、闘いでありスポーツである。

今朝も一番から空手特訓。
道場での練習前に、ダモシ自ら組手の相手となって特訓だ。

オールカマーが9.26に迫っている。
その後、毎日王冠をはさんで最大の天皇賞(11.28)へと
流れていくわけだが、

ここのところまた分かったことがある。

それは前回の大会で準決勝で敗れた際に
ダモシがブチ切れて<バカ野郎!>発言があったのだが、

その最大要因として

・スタミナ切れ

・だから動きが止まって負けた

と結論づけていたわけだが、

どうやらそれが間違いではないかということである。

この夏休みを分水嶺に、
ジュニアの身体が重量感を増してきたのだ。
とはいっても同じ一年生の中でも小さい方だが、
体重で3kg/身長で3cm、夏休みで増強された。

加えて、肉体というものはポスチャーが重要で、
男の場合、
身長体重以上に大きく見えるそれがポイントになってくる。
闘いになればなおさらだ。

ジュニアが夏休みを経て、その肩幅周りのポスチャーが
ダモシに瓜二つになってきたのである。

その部分の厚みが増しただけではなく
強さを伴ってきている。

道場での練習でも、上級生と向かい合っても
見劣りしなくなってきている。

そんな中、
ダモシがさんざん言っているフットワークを使うことや
彼得意の一つである周り込んでのロー
などを駆使せずに、

相手と向かい合って突き合っているケースが増えていた。

ジュニア曰く、

<技で勝ちたい>という前提がある中で、
パワーもついてきたことで
無意識のうちにパワー負けしないという概念が働き、
回り込んだり、かわしたりという行為が
逃げる/弱い者の所作であるという感覚が
ジュニアの中に発生しているわけである。

と同時に、
ニッポン代表になってからその動きも見られることから、

己自身でパワー勝負しても負けないぞ的なマインドと
意識の、良い意味での強気と自信、悪い意味での過信が
生まれているわけである。

だから
例えば回り込んでローに関しても

<逃げることにはならないのだよ>という
ネガティヴな教示ではなく、

<あれも技の一つで、あの技で勝ったときも多いのだよ>
<あれも必殺技の一つなのだよ>
というポジティヴな教示をもってして

今朝も練習したわけである。


要するに
・スタミナ切れ→動きが止まる
ではなくて、
・技を出すタイミングを計っている
・脚と動きを止めて真っ向勝負パワー勝負でやっている
ということなのである。


今朝も
ダモシと組手をやる際は"必死"だから
どんどんフットワークを駆使して
回り込んだり、多彩な技を繰り出す。

<これを道場でも試合でもやれば良いのだよ>と諭すが、

彼のマインドの中に芽生えた
一つのパワー勝負的なところと
どう折り合いをつけさせるかといった点が難しいのである。

<本番で、向かい合ってやり合うだけでは、一回戦負けになるぞ。
 俺とやる時の動きをすれば、誰もこういう動きや技はできないから
 俺は優勝すると思うよ>

と諭す。

それは嘘ではない。

<他の子供がやらない動きと技>は教えているし、
彼も出来るのだ。

だがそこが格闘技の難しさで、
相手と対峙すると興奮もする。

そこで真っ向勝負でガンガンやり合ってしまう。

それも致し方ない。

且つジュニアの場合はそもそも、元から、
そういう真っ向勝負型であり、
性格的にワイフゆずりの"勝ち気"だ。

ダモシは"勝ち気"な性格ではなく、案外、淡白な性質だが、
ジュニアもその淡白さも持っているのだが、
対峙したときはその"勝ち気"がまさってしまう。

冷静に。クールに、いかにして勝つか。
これを身近で常に一緒にいて教えられるのは
やはりダモシになる。

可能な限り、これも日々できることはやるということである。

<今日は道場に俺は行けないが、
 いま教えた動きを今日は必ずするんだぞ>と締めた。



*****


◇ダモシ本部長

その空手。

水曜と木曜の夜遅く、道場に顔を出した。
新規入会の父兄と幼児も来ているから
ダモシを知らない父兄もいる。

練習が終わり、それぞれ帰宅の準備をしている間、
爆笑が起こっている。

ワイフが大笑いしている。

<どうした>と聞けば、
ダモシを知らない/初めて見た父兄が、
その道場の(空手の団体の)偉い人がスーツで道場に顔を出し、
練習風景を視察している風に見えて、

ダモシのことをその団体の"本部長"と勘違いしたというのだ。

<偉い人が来たんだ、と…>
<本部長か、と…>

と。

ワイフが<いえ、主人ですよ>と言うと
大爆笑になった、というわけだ。

館長も悪のりして
<ええ、うちのスポンサーですから>とジョークを飛ばす。

父兄は、やれ
ダモシの靴と知らずに
<誰のですか、ものすごい大きな靴>と言ったり、
ダモシがデカいと言ったり、ともう言いたい放題だ。

ダモシの場合、極端にデカイわけではない。
ある意味で普通だ。
180cmにも届かない身長で178cmであるし
体重とて80-84kgの間をうろうろしているに過ぎない。

世間には、そして世界にはもっと大きな人は普通に、いる。

しかし前述したように
男の場合、ポスチャーの問題が大きく、
単なる身長/体重で大きさを測ることはできないのが
ポイントになる。

要するに、大きく見えるか否か。
自分を良く言うわけではないが、オーラであったり、
風格であったり。

そういうポスチャー的なものが魅せる要素でどのように
見えるのか,見映えするのか。

それは闘いにおいても重要になってくることである。

それにしても、である。

そもそも社会人ルーキー時代の一年目、
上司とクライアント先に出向いたら、
ダモシの方が上司に見られてしまったり、

高校三年になってクラス替えされた際、
誰もがダモシに当初敬語を用いていて
後に問いかけたら
<いやぁ、最初は,この人は落第した歳上の人かと思って>
と宣われたり、と

そもそも年齢も上に見られたり、
肉体も実際の身長体重よりも大きく見られたりする。

まあ男だから、それは善し悪しでいえば、
けっして悪いことではないから気にしていないが、
それにしても"父兄"という括りは愉快な存在である。

学校でも、空手でも。

男が、恋人になり、夫になり、父になり、旦那になり。
それぞれの括りで役柄もポスチャーも
当然変わってくるのだが、

男も女もとかく"父兄"という括りでの役柄として
その空間で演技をする時、
けっこう皆、"父兄"という役柄に徹するのが面白い。

その役柄になると、
同じく"父兄"のキャストの一人であるにも関わらず
"父兄"役柄に収まり切らないダモシが現れると、
枠を超えた演技をする人に対する
彼らの反応というものが面白いわけで、

そういう意味ではダモシは、
規程の役柄の枠を常に超えてしまうともいえよう。

大会においても"父兄"役であるはずのキャストの一人のダモシが、
その枠を取っ払ってしまい
"セコンド"であったり"関係者"であったり、
それこそ"抗議する有段者"にも化身したりしているわけだ。

だが、どの空間でも、どの役柄でも、
結局はその枠を超えてしまうのだから
それもそれで
ジュニアの真っ向勝負をしてしまう部分と
やはり親子で似ているのは致し方ないのか?

とも考えたりもしてしまうこの頃でもある。



*****



◇ヒップホップ


ジュニアが妙にマイケル・ジャクソンが好きだ。
夏休み前くらいから。

ジャッキー・チェンも好きなのだが、
マイケル・ジャクソンにも大きなインタレストを持っている。

で、言い出した。

<マイケル・ジャクソンのように踊りたい。
 くるくる回ったりしたい>

<ネヴァーランドに行きたい>と。

ということで、
ワイフがダンスの教室を探した。

最終的にヒップホップのそれに行く、と。
10月から三ヶ月だけまずやってみるということで、
それには幼稚園からの幼なじみの仲の良い女の子も
一緒に通うというから面白いものだ。

どうやらヒップホップも人気のようで
教室も定員があり、金曜以外は空いていないということで
毎週金曜日にそれに通うということらしい。

やりたいことや行きたいところがあって
そういう気持ちを抱いたらやってみることが大切だろう。
行きたいところは早々どこも行くことができるわけではないが、
<ネヴァーランド行きたいのか。じゃあ行けるようにしよう>と
ダモシも言ったところである。

ニューヨークに行きたい、ニューヨークに住んで活躍したい。
そう想い続けてアクションを起こして
それを現実のものとしようと努力すれば
できないこともないわけで、

まずは想い描くことが大切な第一歩であろう、と。



*****


◇徒然

想い描くことと、思い描くことはまったく違う。

後者の場合、
時として己が"思い"だけが勝手に膨らんで暴走。
事実に対するマインドであるべき"思い"が
事実から異なるラインへ、己が描いたラインへ、
どんどんと膨らんでいってしまう。

前者の場合の"想い"はパッションである。
夢であり願いであり祈りでもある。
その"想い"をいかにして形にするか、
現実のものとするか。
そこに努力や創意工夫が生まれる。
"想い"は、己が描くゴールへポジティヴな形で
どんどんと膨らませる方が良い。

こういった違いが、想いと思いにはある。

だが検察という存在は、どうやらその違いが分かっていないようだ。

事実に対する"思い"よりも、
私怨的な部分や組織的な意図(プライドや権力行使)での"思い"が優先し、
非事実を事実化するための描画作業をしているフシがある。

危険な、知恵遅れ的な国家の、危険な暴走組織になりつつある。

検察を監視する審判する機関がそろそろ必要かもしれない。

そういう意味でも民主党は
マニフェストの何が何でも実行を遂行しなければならない。
マニフェストには取り調べの可視化も含まれている。

取り調べの可視化、高速道路の無料化、こども手当満額支給等々、
約束したのだから、ちゃんとやれよ、と。
それだけのことである。

好き嫌いは別として、約束を守れない政権と首相は
正直に言って、退陣すべきである。

フォーカスはそれだけだ。

民主党代表選がああだこうだ言われているが、
メディアも相変わらずボンクラで
小沢を政治とカネ云々で嫌っているがゆえ叩いているが、

そんなことはどうでも良いのである。

人格がどうのだの、カネがどうのだの、ダーティだの
そんなことどうでも良いことになぜ気づかないか、と。
国民も、だ。

以前も書いたが、

クリーンで清廉潔白なリーダーだが"飯を食わせてくれない"首相と、
ダーティでイメージが悪いが
"飯を食わせてくれる"首相と、どちらが良いのかという
極論すれば、それだけだ。

ここは小沢に一票である。
以前も記載した通り、小沢でダメならダメ。
小沢に一度、首相をやってみてもらえば分かるだろう。

菅が勝つのか小沢が勝つのかは、国民が選ぶわけではないが、
現在の局面で菅が勝つことは
スマートな先進国なら、あり得ない。

少なくともダモシはそう感じているところである。



そろそろお勉強しなくては。




posted by damoshi at 11:56| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

キドニー・ストーンズ



表題でピンと来た読者の方は、
長い間、当欄の読者であられると思われる。

ダモログ自体、正確には、
ニューヨーク時代の05年秋〜06年初夏をPart.1として、以降、
06年晩夏〜07年の米出国までのPart.2で
ピリオドが打たれるはずだった。

だが、米出国という米とのハニームーン期(98年〜)の
最後の最後の日に米ANAが仕掛けた暴挙によって
当時としては過去でも最大級に入るブチ切れをもって
そのまま継続。

雪崩的にそれは08年春まで続いた。

だから08年夏から始まった現在の当欄がPart.3
ということで<damo-log 3rd.>になっているわけだ。

形式的には現在のこれが第三弾。
だが、本質的には
米での第一弾と第二弾で区切られ、
北の某拉致時代の一年間を第三弾、
10年ぶりの本妻復帰の08年夏からの現在は第四弾ということになる。

<キドニー・ストーンズ>は、米ニューヨーク時代のトラブルだが、
それが発生した03年は未だダモログはオープンしていない。

当時の書物<ニューヨークの笑体>で初出を見て、
後にダモログのPart.1かPart.2で触れられ、
さらには北の某拉致時代の終盤に当地首都サツホロで発生した際にも
触れている。

だから本妻復帰後の現在のダモログから読者として
閲覧頂いている方には馴染みはないが、
ニューヨーク時代からの読者の方を筆頭に
第三弾の当欄から読んでくださっている方々は
ニヤリとする表題であるはずだ。

そして思うだろう。

<また、発症したのか?>と。



*****



ks.jpg

(Illustration by Ken Nakagawa)

米国ニューヨークは黒人街ジャマイカの救急病院の
エマージェンシー・ルームでの様子を描いた絵だ。

時に03年の真夏。
ワイフのお腹は大きく、その一ヶ月後にはジュニアが生まれる頃合い。

この年は、その二年前の9.11の余波をまだ引きずっていた頃合いで、
まさに<米東海岸&カナダのブラックアウト(大停電)>が
発生したちょうどそのタイミングである。

子供は間もなく生まれるわ、大停電は起こるわ、
後輩が間もなくニッポンから来るわ等々、騒々しい夏だった。
未だに完全に9.11の余波を受けていた。


<ニューヨークの笑体>掲載の
<キドニー・ストーンズ/ER緊急治療室>のテキスト一部を再現
(一部、原文に則り表現を加筆修正)。


:::

<俺は一体、こんなところで何をしているのか…。
 ここで俺は死ぬのか…>。

ER。救急救命室。
ベッドが多数、無造作に並べられた戦場のような部屋。
床には流血がそこかしこに見られる。
ダモシはそのERのど真ん中にあるベッドに寝かされた。

右となりは重傷であることがすぐに分かる。
心電図の音は途切れ途切れ、今にも呼吸が止まりそうな息づかいと
この世の終わりを表現する呻き声。

<いやだな…>。

ビクビクする間もなく、
ダモシはまさにポンプのような注射をされた。
ほどなく意識を失う。

目覚めると、
右となりのベッドからは未だに呻き声が聞こえている。
いつの間にか寝ている人が入れ替わっていた左となりのベッドでは
ほとんどずっと、誰かが嘔吐していた。

しかもその強烈さは、
バケツを持つドクターですら
<自分で持って!>と叫び、その場を離れてしまうほど。

左右両側、世紀末の叫びの中ではさまれながらも
己も苦しみ、呻き声をあげる意識混濁のダモシは、
そう感じたのだ。

<あぁ…俺はこんなところで死ぬのだな…。たった一人で…>と。

(中略)

ドクターが来た。
今度はイタリアン・マフィアさながらの強面だ。
映画<メキシカン>に出て来たモーホーの殺し屋に瓜二つである。

そのドクターは優しく指でダモシの腕を軽く叩き
<ミスター・ダモシ?>と言って起こした。

<ん? あ、はい?>と目覚めて反応したダモシ。
その顔を覗き込んで彼はソフトに言った。

<ミスター・ダモシ?
 わたしは少なくとも一つと、それ以上の
 キドニー・ストーンズを発見しました>。

:::::


ほんの一部の再現である。

自宅で七転八倒したダモシは
痛みの箇所から盲腸を疑い、黒人地区の救急病院へ行った。
否、行ったというよりも、運ばれた。
リムジン・カーサービスを呼んで運んでもらったのである。

受付での攻防、ERでのやりとりを経て、
最終的に引用した最後のドクターの台詞に至り、
その痛みが何であったのかが判明したわけだが、

今もなお、あのときのドクターの、独特の言い回しは
鮮明に耳に焼きついている。

<少なくとも一つと、それ以上のキドニー・ストーンズを>
という独特の言い方だ。

at least one, and more。

twoとかthreeではない。
oneでもない。

一つは見つけたのだろう。
だが、その一つも「最低ひとつ」「少なくともひとつ」である。

一体、
<少なくとも一つと、それ以上の>というのは
何個なのだ?

と。

そう当時も思ったが、それを問う余裕などはない。

<少なくとも一つと、それ以上ですか? Sですか?
 ストーンではなくてストーンズですか?
 どれくらい、あるのですか?>と聞くダモシ。

だがドクターは言う。

<それはよく分かりません。はっきりとは見えませんから、I can't see>

<え?でも、一つと、それ以上ですよね?>

<イエス。一つと、それ以上あることは発見したのです>

何だかもうよく分からない状況であり、
ダモシ自身も意識は混濁しているから、
それ以上、突っ込まなかったが、

今もなお、この時の謎は残っている。永遠に残るだろう。


このストーリーに関しては様々な逸話があり、
ダモシの確信犯的な<治療費踏み倒し>事件と
その後の関係者の襲撃や裁判所などからの出頭命令等々、
米を出国するまで追っ手に追われたのだが、
それについては主題が異なる上、未だ書けないことも多いため
割愛させて頂くところではある。



*****


この03年の米でのキドニー・ストーンズが、
ストーンズとの関係性の端緒ではない。

その十年前、東京。
二十代後半、初めてストーンズを発症している。

そして、三度目が北の某拉致時代の08年春。

10年〜5年とサイクルは短くなっていた。

一度発症すると、その人は体質上、
ストーンズを持っていることになり、再発すると言われていた。

いつなんどきでも意識していることはないものの、
常に心のどこかには置いてある対象。

<富士でストーンズになることは、富士で筋断裂再発するよりも
 比べものにならぬほど致命傷だ>と

対富士の戦前、ワイフと語り合っていた。

ワイフは過去三度のストーンズ、すべてそこで苦しむダモシを見ている。

10年、5年。
そして今年は2010年。
前回のストーンズ発症から未だ2年。


忌々しき存在を超える恐怖の存在、ストーンズが疼き出した。



*****


オフィシャル事案で
クライアント先で打ち合わせをしていた午後。

その打ち合わせも終盤に差し掛かる頃、
突如として<盲腸か?>と思える位置に激痛が走った。

<うっ…>

(<も、もしや…。この痛みは!>)と心が焦るダモシ。

打ち合わせが終わり、別室に置いてあるPCをバッグに詰め込み、
そこにいる関係者へ告げる。

<ダメだ…。石です、石。ダメだ。病院へ行きますので>と
部屋を出た。

とにかく自宅へ一旦戻ろう。
その間、ワイフに病院を探しておいてもらおう。
何とか電車移動中は我慢するのだ。

電車は混んでいる。

呻き声を出すわけにもいかないし、
七転八倒するわけにもいかない。

平静を装い、脂汗をかく。
痛みは、例の如く、<盲腸か?>と錯覚する位置から
案の定、右腰に移行する。

同時に性器の排尿する部位にもピリピリと激痛が走る。


(<やはりストーンズだ!>)とダモシは確信すると同時に
(<間隔が短くなっている。未だ2年じゃないか…>)とショックを受ける。


電車を乗り継ぐ間、ワイフと電話。
<ストーンズだ…。たまらん…。痛いよ…うぅぅ…>。

そのまま拙宅から可能距離の病院へ直行する。

だが、ウィークデイのデイタイムである。
夜間の救急病院ならばすぐに診てもらえるが、
この場合はそうもいかない。

(だから夜間等、救急の方がかえって良いのだが…)と思うダモシ。

と、診察を待ちながら
苦しみの中で座っていると、0コンマ何秒だが、たしかに、確実に、
何かが右腰のあたりから
排尿する性器の位置へ動いた。

と思った刹那、その性器にこれまでにない激痛が走った。

その激痛は、
なにかとてつもなく"小さい"何かが
激しく悪戯をしているかのような痛みだった。

<うっ…!>と声が出た。

と同時に、性器を押さえるダモシ。

そして次の瞬間、
それまで苛烈に走っていた右腰の痛みが
まさに波が引くように、さぁ〜っと消えていった。

<おっ? も、もしや。
 ストーンズの野郎、下りたか?尿道まで下りたか?>

と色めき立つダモシ。

ベンディング・マシーンで水を購入してガブ飲み。

<今がチャンス!一気に出してやろう!>と目論む。

ゴクゴクゴクゴクゴク〜ッ!と一気飲み。

もはや色めき立っている。
何に、か?

さふ。

遂にやってきたストーンズへのリベンジの好機に、である。

これまでいずれも直接対決では敗れ去ったダモシ。
いずれも病院での救急処置及びその後の投薬で
何とかごまかして判定勝ちをおさめていただけで、

実質的には、完全勝利をしたことがない。

しかも体内には常にストーンズがいるという恐怖との葛藤。

一度でいい。
一度でいいから、直接対決で完全勝利=
<尿で、そのストーンズを出してやる>を果たしたい、と。

その好機に色めき立ったのである。

こうなるともう己の名を呼ばれる声など
耳に入らない。

<ダモシさん、ダモシさん、三番治療室へどうぞ>の声が
何度も轟くが、

レストルームで、なかなか出ない尿を出そうと
必死のダモシ。

<うるさいぞっ!>。

遂に怒号が飛んだ。
俺は闘いの真っ最中だ、と。

<ほら、ダモシさん>と職員が
レストルームから出てきたダモシを促すが、
ダモシは<もういい。闘って出す!>と言い、

病院を後にした。


<まったく…。薬だけでももらってくれば…>と
ワイフは言うが、

<ここがチャンスだ>とダモシは帰宅後、顛末を話し、
水を何度も飲み、何度もレストルームへ行った。



*****



そして22時過ぎの現在。

未だストーンズは出ていない。
未だ腰も尿道も疼いている。

真夜中、あるいは明日、
また暴れ出す危険性は大いに残っている状態である。


ストーンズの話題になると
ワイフと決まって想い出話になって
登場する人物がいる。

ニューヨークのことだ。

当時ワイフは拙宅の一角で
ヘアスタジオをやっていたが、
多くいた顧客の中の一人の男性が
やはりストーンズ持ちだった。

彼とワイフはヘアカットの際にストーンズ談義をしたのだが、
その際に彼が話した逸話は強烈だった。

何度か体験しているストーンズ発症。
ニューヨークの自宅にいるある日、発症。

異次元の痛みにのたうち回りながらも
必死にそれを堪えていた、と。

堪えているうちに彼は意識を失った。

意識を取り戻して時計を見れば
何時間も経過していた。

目覚めた彼は一気にレストルームに駆け込んで排尿をした。

するとストーンズではなくストーンが出た。

<ころん>と音を立てて尿と共に出たという。

今さら言うまでもないが、
米でガイジンの我々が保険もない状態で
病院にかかることは死活問題である。

それこそ破産になる。

ダモシ軍も猫たちの白血病騒動の際、
自分たちの病気では病院に行かぬが
何が何でも助けたいと"有り金"すべてを猫の治療に注いだ。

そしてジュニア出産においても同様。
異国で、保険のない、
且つニッポンならば
市町村や都道府県などからお金も出るから
基本的には出産で自腹はほとんどないが、
米ではすべて自腹である。

だからこそあの出産時の、一泊オンリーでの退院強行逃亡など
多くの騒動を生んだわけだが、

それはダモシたちに限ったことではない。

それだけ異国で暮らす上では覚悟が必要になる。

ワイフは言った。
<ある意味で、ストーンズを堪えて
 意識を失ってまでというのは、もの凄い根性だ>と。

さふ。

ストーンズの痛みは、
出産とストーンズの双方を体験した米国人女性が
当時ダモシに言ったように

<ストーンズの方が痛い>わけである。

ダモシですら
のたうちまわり、この世の終わりのペインを、
そしてお金もないのに
踏み倒し前提で、ERに駆け込んでヘルプミー!するほどの難敵を、

堪えて意識を失ってまでも
その後に直接的に放出するという勝利を得た男が、いた。


今夜もこの話がディナー時に出て、
ワイフとニューヨークを懐かしんだわけだが、

そう余裕を見せている状態では、ない。

今夜、明日。もしかしたら明後日も。

2年ぶりに登場したストーンズとの対決は続くかもしれない。

そしてまたしてもダモシ惨敗、あるいは勝っても判定勝ちにしか至らず、
放出をもってしての完勝は果たせぬやもしれぬ。


だが、レッツ・トライだ。

確実に、確かに感じたのだ。

右腰(腎臓)から性器(尿道)にヤツが下りてきたことを。

出してやりたい。
一度でいいからダモシも、ストーンズとはいわないから、
ストーンでいいから、

<少なくとも一つ>のストーンでいいから、

"ころんっ"と尿と共に出る瞬間を体験したいところである。










posted by damoshi at 22:19| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

仮面ライダー



明日から仮面ライダーの新しいシリーズ
<仮面ライダーオーズ>が始まることと、
見逃していたそれが間もなく公開終了ということもあり、
今宵空手の練習の後、映画<仮面ライダーダブル>をジュニアと観てきた。


maskdrider.jpg


仮面ライダーの劇場映画版を共に観るのは
何作目になるだろうか。
記録を紐解けば分かるが、ぱっとはリアルな数字は思い浮かばない。

が、たいてい、なぜか仮面ライダーの映画は
ジュニアはダモシと行くことを希望する。

以前も書いたが、
そもそもウルトラマンにせよ仮面ライダーにせよ
ダモシ世代の小さい頃に始まったものだから、

そのダモシ世代が親になっている現状では、
その親自身もまた己が子を映し鏡にして
共に楽しむことができるという構図を生んでいる。

それがダモシ世代が子供の頃の自身と、その親との関係性と、
現代の親(ダモシ世代)と子供のそれの違いの一つでもある。

そして作り手側もまた
その親子に相応しい消費者便益を
そのアイテムの中に折り込むことを忘れない。

前作では吉川晃司が、今作では杉本彩がそれぞれ
キーパーソンの一人として映画に登場する。

それにより親たちもニヤリとするわけだ。

また仮面ライダーという世界観からも、
大見得的な大仰な演技も出てくるから面白く
そこに昭和的な古き良き時代の様相を引き出す。

任侠映画や日活映画がごとき大見得とアクション。

作りも手を抜かれておらず、さながら一級の特撮。
ストーリ展開も思わず引き込まれるものであると同時に、
勧善懲悪的な分かりやすい永久不滅の感情移入もできる。

年齢層が近年は上がっているのか、
劇場内は小学生高学年の子供たちと親が多かった。

アクション・シーンもその基盤が空手技だけに
ジュニア自身はさらに興味を持って観るのだが、
劇中で、ダモシが最近教えている技が出てくる機会が多々あり、
その度に<あ、〇〇だ>とジュニアが言えば、
ダモシも<な。ライダーだってやってるだろ。この技だよ,この技>と悦に入る
という仕組みである。

仮面ライダーは、商売が上手い。

終盤、明日からテレビで始まる新しいライダーである
仮面ライダーオーズも助っ人で登場。

それだけで子供たちも喜ぶし、
一緒に来ている親もそれを観てしまえば
<明日からか>となり、テレビも共に観るという構図だ。



*****


その映画館へ向かう駅からの道で
民主党の代表戦の街頭演説が行われていた。

不意にジュニアが言う。

<自民党は、いいでしょ、もう>。

<これは民主党だよ>とダモシが諭すが、
その次の瞬間、関係者が菅直人首相の顔を刷り込んだチラシを
ダモシとジュニアの前に差し出した。

するとジュニアは

<小沢はいらない>と言った。

<小沢、嫌いなのか?>とダモシが問うと、
<まあ、小沢はもういいでしょ>とジュニアは言った。

善し悪しは別として、
民主党より自民党、菅より小沢が
小学一年生のジュニアの頭の中には存在があるのだろう。


その民主党代表選。首相選び。メディアが煽る菅vs.小沢。
闘い巧者の小沢に分があるのは明白だが、
なかなか小沢というキャラクターも難しい。

昨晩、ワイフとの談義でも
<菅好き>なワイフは<小沢、勝てないと思うよ>と言うが、
ダモシ的には
<菅は対小沢の今、攻めているときの菅のまま総理として
 仕事をがんがんしてくれれば良いのだが、
 みんなそうなのだけど、総理になるとおとなしくなっちゃう>という
感覚がなきにしもあらずで、

心情的には菅だが、小沢に一度総理大臣をやってみてもらいたいという
密かな期待も持っている。

<おそらく小沢くらいしか、対米にしても対霞ヶ関にしても
 真っ向対峙できる人はいないだろうね>と。

そもそも根本的なことだが、
ダモシ自身はマニフェスト派であるからして
マニフェストで約束したことは何としても、何が何でも
やって頂かなければならないという論である。

事情というものは、いくらでも生み出すことはできる。
いざやろうとしたら、無理だったなんてことは
いくらでも言えることである。

こども手当満額や高速道路無料化。

これをさっさとやらんかい!
というのが本音である。

対米に関しても、いいかげん全盛期の石原慎太郎ではないが、
米にNO!的な姿勢はニッポンとしては必要なのである。

ダモシもニューヨークにいるダモシの友人知人も皆、
対米においては徹底的にイエスマンにはならなかったしなっていない。

きちんと対等な関係で対米を遂行し、時に米を破った。

ニッポンという国家も、対米に限らず、対中でもそうだが、
迎合はいけない。

きちんとNOと言うべきことはNOと言わなければならない。

そういうイズムから見れば
どちらに投じるかとなればダモシの場合は、
今回は小沢に投じるだろう。

そもそも98年以前の本妻時代にも既に
<小沢に一度総理をやらせてみたい>と言っていた。

好き嫌いでいえば嫌いであるし、
同僚や部下には絶対にならないだろう
(そういう選択はしないだろう)が、

この国の総理大臣としては
ここでそろそろもう小沢あたりにやってみてもらわねば
既に沈没しているこの国が
さらに引き上げることが不可能なくらいの深海へと沈んでいってしまうだろう。

菅が原点に立ち返って、霞ヶ関に迎合しない政治を
本気でやってくれるならいざ知らず、
今の菅にはそれは多くは期待できそうもない。

となれば、小沢だ。

朝青龍にせよそうだが、
ニッポン人はなぜか妙にクリーンな人を求める。
清廉潔白な人も求める民族だが、
返す返すも、では、アナタ、自分はどうなのよ、と言いたくなるわけだ。

それはプロレス含めて格闘技等を
穿った見方しかできずに、やれ八百長だのブックだのと
囃し立てるのと同じで、

常に傍観者のくせに言うことだけは潔白を求める。

ニッポン人のまったくもってこれが奇っ怪な部分なのだが、
小沢に関しても
どこかそういう見映えや噂でのダーティさを煙たがっている
フシがなきにしもあらずで、いけすかない。

清濁合わせ飲む器量を持った上で
時にキラーにもなりヒール性も持っている度量を包含し、
ゴリ押しでも何でも
やると決めたことを国民のために、ファンのために、やるのか。
楽しませるのか、ハッピーにさせるのか。

それが何かを成す者の資質である。

清廉潔白であることが総理大臣や何者かにとって
必要な重要事項ではないのだ。

そこのところをはき違えないようにしなければ、
それこそニッポン人の民度は低くなる一方である。

力士に清廉潔白を求めてどないすんねん
という世界と同じである。

清廉潔白でよゐこだが
"メシを食わせて"くれないリーダーが良いのか、

ダーティだが
たらふく"メシを食わせて"くれるリーダーが良いのか。

どちらが良いかは一目瞭然だが、
悲しいかなこの国は戦後の敗戦焼け野原からの乾坤を成し遂げて以降は
すっかり"メシを食うこと"に困らなくなってしまったから
タチが悪い。

しかも米のようにテロの危険や
日常の路上でひしめくグローバル・ヴィレッジ性という
<常在戦場>もない。

だから、ダメなのだ、と。

最近はメディアもまた勝手に世論を操作したり
それを勝手に創り上げたりとヒドいものである。

メディアもまたこの国同様に
とっくのとうに沈没しているが、
未だにそこからの浮上をあきらめていないから
視聴率や何だに走り、新聞にしても購読数が激減していることに対する
ヤケクソなのか、ほとほと"勝手に世論づくり"に邁進している危険性。

この国のメディア、真剣に危ういぞ?と感じずにはいられないわけである。

仮に新聞を読むのなら
日経や読売、朝日などの中からどれか一つに決めて
それだけを読むのは非常に危険である。

大新聞からタブロイド紙、東スポ含めて
適宜読むそれを変えてバランスをとることが賢明である。

米時代も
USA TODAY、Daily News、New York Post、
そして日曜日はNew York Timesと
適宜読むそれを変えてバランスをとっていた。

今もニッポンで定期購読はせずに
必要に応じて読売、朝日、日経、夕刊タブロイド紙、東スポなどを
適宜読むことにしている。

特に夕刊紙(日刊ゲンダイや夕刊フジ)や東スポは侮れない。

仮面ライダーをバカにすると危険なように
それらをバカにして大新聞ばかり読んでいると
危険な方向に洗脳されるから要注意である。



*****



さてジュニアの空手。

こちらは11月の大一番・天皇賞へ向けて
9月の出走レースは26日と決まっている。

現在、天皇賞(11.28)へ向けてのローテーション戦略を描いている中で、
9.26の後、もう一つ叩き台をはさみたい。

できれば天皇賞まで中二週か三週にしたいと描いている。

9.26ともう一つ(10月下旬か11月上旬)の二つは
喩えていえば、オールカマーと毎日王冠。
勝ち負けはもとよりとしても
それよりも天皇賞へ向けての課題クリアと新技試行等、
様々なタスクを抱えている。

そのオールカマーまであと三週間になってきた。

道場での練習も相変わらず熱を帯びたものになっているが、
今宵もまた教えた技を決めていたが、
一方で悪い癖の<動きが止まる>ポスチャーを見せたことで、

そのビデオを観たダモシがブチ切れた。

<何回、言わせるんだ!>

<何度も何度も、止まるなよ、フットワーク使えと言っただろ!>

と大激怒。

相手は一学年上だが、
もうそうは言っていられる頃合いではない。
一学年上でも圧倒するか互角に渡り合うくらいの技量はある。

むろんその日その日で好不調の波はあるから
致し方ない部分はあるが、

まだ頭で"考え込んで"しまう部分が露呈するのだ。

スポーツにおいて"頭で考え込んでしまう"ことは致命的である。
そこで動きが止まるのだ。

また出るブルース・リーの訓示。

<考えるな!感じるんだよ!何度も言っただろ>
<考えるのではなくて、イメージするんだよ、イメージ>
<ドン・シンク。フィィィィィィ〜ル!だ。言ってみろ>

と怒る。

ご存知の通り、ジュニアはKY性を持っている。
そこが大物感を覚えさせるのだが、
怖いダモシが本気でブチ切れても涙はするものの
その数十秒後にはケロっとしているのだ。

<言ってみろ。本番ではセコンドについたときも
 これからは英語で指示するぞ。日本語だと相手にバレるからな>

と怒るダモシに対してジュニアは英語で、

<ドン・シンク。フィィィィィィィィ〜ル!>と言って笑う。

形無しである。

ダモシは言った。

<明日はまた特訓だ。
 仮面ライダーが終わったら9時前には
 明日は公園に行くぞ>と。

部屋では狭い。

技の練習は出来るが、
フットワークや相手との間合い等、
アクションの練習ができない。

だから公園で徹底的にやるというわけだ。

何度言ってもできない/やらないことは
何百回でも言ってやるぞくらいの
こちらも意気込みである。

技や動き、指示。
それらも特訓の際に英語で言うことで
必然的に無意識のうちにそれを覚えていくように
あと三ヶ月の段階から行っている。

それもまた戦略の一つで、

たとえば
<右に回り込んでロー!>や
<距離をとれ><懐に入れ>
<ハイキック(上段)入るぞ!>と言ってしまっては
相手にバレてしまうところを、

すべて英語にしよう、と。


まったくもって、
オフィシャル事案先でうつされた夏風邪で
具合が悪いったらありゃしない状況なのだが、

心休まらぬダモシである。

しかも未だ現役復帰宣言は正式にはしておらず
現役復帰を目指しはじめている段階にも関わらず
既にそれが既成事実になり
コスチュームの話にまでなっている状態は、
いったいどうなるのか、と。

たしかに今年の動態アクションは、
極端にいえば高校時代以来ともいえるほど
戻ってきてはいる。

仮に18歳や25歳のダモシと闘えば
ほぼ間違いなく今のダモシの方が勝つだろう。

それほど肉体的には戻りつつある。

だが、未だ己自身にゴーサインは出してはいない。

やはり無茶だなと感じたら、
その時点でやらないことになる。

かのジョージ・フォアマンは38歳で現役復帰し、
42歳でイベンダー・ホリフィールドに挑戦し、
45歳の時に再び世界ヘビー級王者に返り咲いている。

当時大学生だったダモシは、
もともと好きだったフォアマンを応援していたが、
38歳での復帰や42歳でのタイトル挑戦には
かなりの年齢的なハンデを感じさせたものだが、

ダモシももはやその年齢なのである…。






posted by damoshi at 23:07| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ザ・モンスターマン



エベレット・エディ。リングネームはザ・モンスターマン。

アントニオ猪木の格闘技世界一決定戦で初のプロの空手との対戦相手。
ダモシ中学一年生。夏休みのことだったと記憶している。
ところは日本武道館。

アリ戦の酷評を受けて迎える最初の異種格闘技戦ということで
猪木・新日本にとっても大きな賭けだった試合だ。

当然、主催者である猪木としては負けられない。
未知との遭遇であっても既に
柔道の金メダリスト、ボクシングの世界ヘビー級王者との
闘いという修羅場をくぐりぬけている猪木であったが、

それまでのプロレスの動きとは異なる
米マーシャルアーツの動きには戸惑ったはずだ。

この試合も鮮明に覚えているが、
とにかくモンスターマンのキックやパンチはもとより
その肉体の動態アクションが美しく、溜息が漏れたものだ。

試合としても、殺気を互いに隠匿した上で、
スピーディ且つスリリングな攻防と格調高い展開が白眉だった。

のちの極真空手のウィリーと比べると、
ウィリーの場合はまさにカラテであり正拳など一発の重みを
感じさせるものだったが、
モンスターマンのそれはトリッキーであることや
ヴァリエーションの妙、そしてこれぞ黒人特有ともいえるバネが効いた
華麗さを存分に感じさせたものである。

ダモシがニューヨークで黒人ボクサーと
体験的ジャーナリズムで闘った際にも感じた
黒人特有のバネ。

当ブログ内にあるその記事にも書いてあるが
黒人のパンチはぐぃ〜んと伸びてくる。一度消えて、
顔に当たる寸前で伸びてきて3Dにように襲いかかってくる。

モンスターマンの場合、さらに凄かったことだろうし、
キックまである。猪木にとっても難儀な相手だったことは間違いない。
猪木も相当疲れていた様子だったことを記憶している。


*****


猪木はたいてい相手の技を受ける。
相手を引き出すとはそういうことなのだが、
"受けた"上で試合を成立させて(スイングさせて)
魅せる要素をちりばめるのだが、

異種格闘技戦において"受ける"ことは諸刃の剣でもあり
たいへん危険なことでもある。

アリと闘ったヘビー級のプロボクサー、チャック・ウエップナーとの
異種格闘技戦でも猪木はボクシングのグラブをはめて
(正確にはオープンフィンガー・グローブ)、
パンチの応酬も見せているが、

それもボクシング的要素を試合に織り交ぜることによって
ウェップナーの凄さを引き出すという意味で採られた処置だったろう。

2000年代前半に流行して、ダモシが嫌っている「総合格闘技」が
つまらないのは、そこに"受ける"という要素がないからで、
とにかく相手を叩き潰して勝つということに特化していた点が
最大の要因でもある。

こういうものはいつか消滅するぞ、と思っていたら
案の定、ほぼ消滅状態だ。

格闘技というものは、ただ強さだけを競うものではない。
ただ強ければ良いということではない。

そこに観る者がいる限り、大相撲もそうだが、
魅せる要素は絶対的に不可欠なのである。

それもあってダモシは比較的、朝青龍に好意的だった。
大相撲に関しては正直言って野球賭博だの暴力団絡みだのは
どうでも良いことで、

ただ土俵の上で力士たちがどのように魅せる要素を勘案した
ファイトを見せてくれるかという
極論すればその一点に尽きるわけである。

そういう意味では来場所、連勝記録のかかる白鵬には
大きな期待を持っている。

異種格闘技戦という
とかく相手の技を受けると危険な闘いにおいては
アリ戦やウィリー戦のように噛み合わないケースも出てくるが、
一方でその噛み合っていないギスギス感もまた
猪木の魅力でもある。

猪木は意図的に噛み合わせないときも往々にしてあったからだ。


<格闘技世界一決定戦>という括りの中での猪木のファイトにおいて、
おそらく最も噛み合って、スイングした試合。

それがこのザ・モンスターマン戦ともいえよう。

いわば名勝負の類いである。



*****


ジュニアが幼児、小学生低学年という現在のキャリアの中で
空手で公式試合を闘っているのは周知のことだが、

その幼児、小学一年生でさえ、
いわばガチンコの闘いの中であってもなお
魅せる要素を意識していることには驚きを隠せないが、

たしかに相手に応じて、
ジュニア曰く
<相手がちょっと弱いから、"弱気"でやった>ケースが
往々にしてある。

その表現としての"弱気"というところがミソで、
けっしてそれは手を抜いたということでもなく
一般社会の誤解で揶揄される格闘技に対する"八百長"ということでもない。

ここは格闘技をかじった/やった者なら分かるだろうが、
どんな試合も、表現としての"八百長"や"手抜き"はない。
逆にそんなことをする余裕はない。

単に強さだけを競うだけではないというところでの
表現としての"弱気"。

ジュニアが示唆してくれる。

<向かい合ったとき、相手が弱そうだったから
 最初は"弱気"でいったけど、
 途中で、おかしいなと思って、"強気"でやった>。

ここでいう、強気と弱気を、
本気と手抜きというふうに短絡的に捉えてしまうと
そもそもプロレスや空手その他含めた格闘技に関する
カルチュラルな話し合いは成立しない。


そして、
試合で"噛み合う"云々というのは何も格闘技に限ったことではなく、
人間同士の日々の付き合いにおける会話や挨拶、
仕事や遊び、恋愛における人間同士の営みでも重要な案件で、

嫌いな人と同じ空間にいて、対峙しなければならなくなれば、
それこそ身構えてしまったり、会話も弾まなかったり、
あるいは無視したりということもあろう。

相手の技を受ける/相手を引き出す

相手の技に付き合わない/相手の良さに目を向けない

は、常に表裏一体だが、

格闘技という直接、肌を合わせて闘うことで
その一瞬一瞬での機微で変化する展開の中で
己が感性でそれをどう使い分けるか、対処するか。

そこが格闘技のまた素晴らしさであり、
闘う者の器量がまた試されるところであり、

その闘う者の器量によって、試合はまたどうにも転ぶという
実に高尚なジャンルなのである。



*****


そういう意味でも
猪木vs.モンスターマン戦は、

猪木がモンスターマンの技を受けて
その良さを全面的に引き出したことで、
前述の通り、殺気を互いに隠匿した上で、
スピーディ且つスリリングな攻防と格調高い展開になったのである。

最後は、猪木がモンスターマンを捕獲して
パワーボムからのギロチンドロップでKO。

だが試合はその直前の、猪木がロープ際で放った
モンスターマンへの投げで決していた。
パワーボムとギロチンドロップはとどめだった。

ロープを背に、モンスターマンを立ったまま捕獲した猪木は、
モンスターマンのアゴを右手で押して後ろに倒した。
その際、猪木は左手をモンスターマンの右脇の下から
鎖骨あたりにあてて押した。

人間の部位の中で鍛えられない弱点箇所の一つであるアゴ。
ここを基点に押し倒したのだが、
そのまま後ろに倒しただけでは受け身をとられて
ダメージを与えることはできない。

そのまま後ろ向きに倒れて受け身をとることを
させないように、左手で右脇の下から押して倒すことで、
モンスターマンはアゴがカクッと外れた状態で倒れながら
同時に押された右半身側へ身体が動きうつ伏せ状態で倒れることになる。

その際、勢い余ってモンスターマンの左腕が伸びた状態で
マットにうつ伏せに倒れるから
アゴ(首をねちがえたような状態)と同時に
その左肩にダメージを負うのだ。

もしかしたらこの時点でモンスターマンは左肩もしくは鎖骨を負傷した。

猪木がそれを見逃すわけがなく、
猪木にしては珍しくパワーボムで左肩から落下させ、
仕上げにギロチンドロップでまたそこにダメージを負わせて
KO勝ちするという見事なまでの理論的な技の流れを示したのだった。


相手の技を受け切って、仕留める際は一発で。

猪木に見られる戦法であり、
特に異種格闘技戦では
レフトフック・デイトン戦しかりウェップナー戦しかり、
前者は突如として連打した頭突きからのバックドロップで、
後者は延髄斬りからのボストンクラブで
それぞれKOしている。

仕留める時の一気呵成の決め技の連打。

何を決め技として用いるかを
相手の技を受けることで得られる相手の弱点情報をもとに
猪木は組み立てていたわけである。


<ダラダラ突きをし合うな>

<相手に付き合って打ち合うな>

とダモシがジュニアに言っている根本は、やはり猪木にある。

<決めるときは、一発だ>。

その一発のフィニッシュホールドとしての仕留め技たる大技。

これを今、数種類、特訓しているところである。








posted by damoshi at 11:41| <昭和>プロ格 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新日vs.極真



新コンテンツ<昭和/プロ格>一回目は、
昭和55年2月のアントニオ猪木vs.ウィリー・ウィリアムスの異種格闘技戦。

青少年ダモシが
戦前にドキドキした格闘技の試合というのは、
やはりアントニオ猪木のそれがダントツで多い。

どうなるか分からない。なにをしでかすか分からない。
そんなエキセントリックな香りが常に猪木にはあった。

相手の5の力を8に引き出して、その上で勝つ。
まさに猪木は相手も観客も己が掌の上に乗せて
試合をコントロールする不世出のプロレスラーだった。

昭和51年、ミュンヘン五輪柔道無差別級の金メダリスト、
ウィリエム・ルスカ(オランダ)との格闘技世界一決定戦と
同年のボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリとのそれに端を発する
猪木の<異種格闘技>路線。

それは<格闘技世界一決定戦>として行われたが、
晩年のそれを除き、ルスカ戦とアリ戦の流れを汲む
正調版の<格闘技世界一決定戦>の最後となったのが、
ウィリー・ウィリアムス戦だった。



*****


ルスカ戦、アリ戦の他、ザ・モンスターマン戦など、
プロレスの試合はもとより
猪木のこの<格闘技世界一決定戦>には
底知れぬ"未知との遭遇"的なスリルがあった。

特にこのウィリー戦は、
ウィリーがあの極真空手の猛者であり熊殺しでもあったことで、

当時"ぬるま湯"と揶揄されていた
ジャイアント馬場率いる全日本プロレスに対する
急進的で好戦的な"ストロング・スタイル"の猪木・新日本が
<プロレスこそ最強>を掲げる中で、

一方もまた武闘派の香り漂う極真空手が相手ということで、

それこそ真っ向対決のデンジャラスなモードが
ぷんぷん漂っていた点が、

他の試合とは大きな相違でもあった。

先般、他の寄稿で記載した例の、
<扮装したかのような奇っ怪な人々>たる
梶原一騎や黒崎健時がリングに上がり、

他流試合禁止という極真の掟を破って猪木に対峙する
ウィリーともども破門された大山茂以下、
極真関係者が、グレイシー軍団よりもずっと昔からやっていた
"グレイシー・トレイン"で入場して
リングを占拠したときのゾクゾク感は異常だった。

戦前から既に新日vs.極真という構図になり、
当時のテレビや週刊誌などもその周辺トラブルを伝えたりもしていて、
それを耳にするたびに学校で友人と
<今回ばかりは猪木ヤバいのでは?>
<いや猪木なら大丈夫だよ>などと話していたものである。

猪木サイドは、なぜか永源や藤波といった
危険な試合でのセコンドとしては
いささか優しいタイプが前面に立っていたが、
(現在YouTubeで観られる試合映像ではカットされているが)
その当時の中継で覚えているが
セコンドの優しめレスラーたちの中で
若手時代の長州力がひと際目立っていて、
極真側に<下がれコラ!>などと凄んでいたのを覚えている。

レスリング出身で、レスリングで五輪にも出た長州からすれば
空手はある意味で相反する格闘技かもしれない。
"地上最強のカラテ"への強烈なる敵対心を長州は持っていたとも
推測できるのだ。

<ヤバい試合だな>。

ダモシもそう感じていた。
特に極真側のセコンドは皆、いきり立っている。
革ジャンを着た身体の大きな外国人もいる。

立会人的にリングに仁王立ちする梶原一騎も黒崎健時も
そもそも極真側の人間だ。
そんな想いでいたダモシは猪木サイドに強力なセコンド
〜たとえば坂口征二〜が目立っていないことに不安を覚えていた。

猪木の格闘技戦といえば、
たいてい藤原喜明がセコンドあるいは帯同していた。
藤原や、アリ戦の際に猪木のセコンドについた
カール・ゴッチなどがいれば…と。

手に汗を握り、
心臓の鼓動さえ己が耳に聞こえてくるほど胸は高鳴っていた。

試合もスリリングな攻防となったが、結果は痛み分け。
猪木は肋骨を、ウィリーは腕をそれぞれ負傷してドクターストップ。

途中、一度は両者リングアウトで終わった。
だが、試合は延長された。
その際、梶原一騎が存在感を示した。

この当時の梶原一騎の影響力や立ち位置は分からぬが
いずれにせよこの試合の立会人であったわけだ。
その立会人たる梶原一騎がこの試合を続行することをマイクで宣言。
蔵前国技館(旧:国技館)の立ち見含めた超満員札止めの観衆は大喜び。

しかしテレビの前のダモシは複雑な想いでいた。

あまりにも試合が噛み合っていなかったからだ。
いわゆる"スイングしていない"両者。

互いに動きが硬く、試合自体も危険すぎる装い。

<もうやめたほうが良いのでは…>とダモシは感じていたのだ。

立会人というポジションを理解していなかった青少年ダモシは、
プロレス側の人間ではない梶原一騎が
マイクで試合続行を宣言したことに反感を抱いたのだ。

<何の権限があって、言うのか>と。

ここはプロレスのリングであり
新日本プロレスのホームであるにも関わらず、
ヨソ者=極真関係者に占領されているではないか、と。

そういう反感を持ったのである。

両者痛み分けで良かったと、結果には胸を撫で下ろしたが、
それでも後味の悪さが残った試合だったのは否めない。

エキセントリックでスリル満点の試合だったのは
言うまでもないが、

後味の悪さは、
猪木の試合を観た中でもトップレベルに位置する試合だった。

翌日、学校で不思議なほどこの試合の話題が出なかった。
あれほど戦前、毎日のように口々に
どちらが強いかと話していたのに。


結果的には、その闘い模様は、年月を経るごとに様式美とはなるのだが、
アリ戦同様に、猪木の試合で数少ない"噛み合わない試合"だったのは確かだろう。
猪木も相当やりにくそうだった。

そしてアリは別格だが、ウィリーはいささか頑固だった。
あの頑固さが、スイングしない試合になった要因の一つとも考えられる。

同じく
<格闘技世界一決定戦>における猪木の対空手でも、
ウィリー戦の三年前に日本武道館で行われた
全米プロ空手王者ザ・モンスターマンとの試合が、
技術的にもハイレベルな格闘技の試合であり
両者がまた完璧にスイングしていた絶品名勝負だっただけに、

同じ空手でも
極真のウィリーと、いわゆる米のマーシャルアーツのモンスターマンの
差異のコンパリソンという意味でも面白い。

あまりにも新日vs.極真という先鋭同士の対決構図になり過ぎたのが
猪木vs.ウィリー戦が"噛み合わなかった"、これもまた一つの要因ともいえようか。

それだけ猪木率いる当時の新日と
空手や格闘技を包含したところでの極真のヴァリューは高く、
先鋭的だったということでもある。

ウィリーを一つ讃えるとすれば、殺気だろう。

ウィリー(及びセコンド陣)が醸し出していた
あのときの殺気は、
猪木と真っ向対峙し、"噛み合わない"に値するものだった。






次回の同コンテンツでは、
今回触れたアントニオ猪木vs.ザ・モンスターマンの
格闘技世界一決定戦を取り上げたい。




posted by damoshi at 02:16| <昭和>プロ格 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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