2010年10月31日

37-yrs ago (2)



タイフーンの合間を縫って戻ってきた。
大阪の大阪城、京都の東寺、そして武庫之荘。
タイム・トラベルから戻ってみれば、真冬の寒さ。

明日からプライベートでの伊香保遠征で、
体調不良のアントニオの温泉治療と
最新パワースポット榛名神社へ戦勝祈願で詣でれば、

次第にモメンタムを上げていく大一番まであと四週間。
最大ピークは当日と換算して一週前から最終追い切りで
モメンタムを上げる算段ゆえ、現時点での絶不調(風邪とぜんそく発作発症)は
逆にいえばちょうど良い。

伊香保の湯と榛名神社の効能は必ず出る。

今回の旅もネタは多いが
明日からの伊香保遠征、
戻ってすぐには箱根にまたオフィシャル事案で旅と続くため、
相前後しながら掲載していく流れである。

まずは、37-yrs agoの後編としてのパート.2。

大どんでん返しが、帰京後、判明した。


*****


小学校の正門前に到着した瞬間に甦った
新たな、記憶の断片。

カエルだ。

大阪の大東市在住時に、家の前の田圃を歩いている際、
大きな石だと思って踏みつけたら
それが牛ガエルだったという悲劇によってスタートした

ダモシvs.カエルの犬猿の仲。

カエルとの、のっぴきならない因縁ストーリーは、
度々、本その他で記載した東京・初台での
大人ダモシ大便お漏らし事件や、その他の話題などに詳しい。

とにかくダモシ(ワイフも)は大のカエル嫌いなのである。

小学生の、"いつか"。
放課後のことだった。
帰路につく校門を出る直前、校庭の一角にアマガエルがいた。
緑色の小さなカエルだ。

既にその頃、カエル嫌いだったダモシだが、
学校の仲間と共にいたため
小さなアマガエルさえも握れない/触れないのは恥ずかしいと
無理してそれを握った。

掌の中で蠢くアマガエル。冷や汗をかきながらも
強がって<オレだってカエルくらい掴めるぜ>と。

それを終えると即座に校門を出て帰路を急いだ、"いつか"。

その"いつか"が、ここだったのだということを
校門を見て想い出したのだった。

<あっ。ここだ>と。

校舎は右手。校舎を出て左手に門があったという記憶。
それが甦ると共に、そのシーン(カエル)が甦ったのである。


muko11.jpg


タクシーを降りてすぐそれを想い出したことで、
ダモシは正門に掲げてある学校名表札をしっかりと見なかった。

これが後に災いするとは知らずに。


*****


周辺を歩く。最大目標は当時住んでいた家。

それはもう存在しないにせよ、その名残を掴むことで、
周辺(団地の記憶、坂道の記憶、走る練習をした記憶)などを
さらに鮮明に甦らせて、

断片をつなぎ合わせることに成功させることがゴールである。

周辺を歩くが、さっぱり、何一つ、
断片がつなぎ合わされる説得力ある存在と光景が出てこない。

<おかしい…。こんなにも変わるものなのか?>と訝しがる。

坂道もまるで、ない。

あるはずの、中学校が、なにしろ、ない。
そもそも、中学校がないのが奇妙だ。

時間はない。オフィシャル事案の合間の限られた時間である。
焦る気持ちのままに急ぎ足で歩く。
考えるな、感じろ。
そのイズムに則り、感じ入ろうとするが、
目の前にある光景に、記憶の断片に残るエリア・アトモスフィアが
まったく合致しない。

<どぶ川>。

このウルトラの母から提示されたキーワードは合致した。
これは各所に存在している。

<団地>。

これが時既に遅くなくなっているのかもしれない。
ならば今はアパートメントに建て替わっている可能性が高い。

アパートメント群と、どぶ川。
この二つをつなぎ合わせれば、
それらしい光景はあったのだが、
どうしてもそれが当時住んでいた世界観とマッチしないのだ。

<いくらなんでも、おかしいぞ…>。

muko15.jpg


納得いかないまま、帰路は駅まで歩く。
二十分はスペンドする距離だ。

駅は間違いなく利用していた。だが駅の光景の記憶も、
駅前の商店街のそれも皆無。

初めて見るといっても良いそれらを見て、
<今のアントニオと同じ年齢の頃、俺はここを歩いたのか>
と納得させる。


muko13.jpg

muko14.jpg


阪急電車の武庫之荘駅。

36-37年前のタイフーンの夜。
この駅からウルトラの父に、
小学校一年生か二年生のいずれかのダモシは抱っこされ、
自宅に戻ったのである。

ダモシの中ではそれは駅から自宅まで抱っこ。
だが、ウルトラの母曰く、<バスでは?>。

たしかに駅から自宅までは、小学一年生か二年生を抱っこして
タイフーンの中、歩くことはできない距離だろう。

いずれにせよダモシは、武庫之荘を後にした。
大阪での次のオフィシャル事案へ向かうべく。

だが阪急電車内で座っている間、不納得感で充満していた。

<変わったのだな…>と言い聞かせ、折り合いをつけようとしたが、
どうしても納得がいかない。

学校正門以外、一つも納得のいく光景が見当たらなかったのは
いくら37年の月日が経っていようとも、異常だ。

あるいは己がそれほど記憶喪失気味なのか、と。



*****



帰宅後、ワイフに顛末を語ったのだが、
その後、はっとして気づいたのだ。

<も、もしや…。そもそも小学校が違ったのではないか>と。

そして小学校の正門を撮った写真のある部分を拡大してみた。
学校名が記載されている表札部分を,だ。

するとそこに描き出された文字を見て、ギョッとした。

<武庫荘小学校>。

なんと、ダモシは違う学校に連れてこられていたのだった。

<うぅぅ…。なにをしとるのかぁっ!>。

一人、怒ったのは言うまでもない。
同時に、己自身の甘さに自身を叱った。

米時代にはこんな失態はあり得なかった。
それだけ米時代は緊張感に溢れていたからだ。
基本的に、人も信用していなかったからだ。
すべては間違いだ。だからすべて己自身でしっかり確認せよ。

そういうイズムが米では必須だった。

卵をスーパーマーケットで購入する際も、
必ずパッケージを開いて
中身が割れていないかを微細にチェックする。

日本では、基本的に性善説である。
同じ民族、間違いは基本的にないだろう前提である。
それでは絶対にいけないのだが、
どうしてもそういうナアナアに陥ってしまう。

緊張感のなさ、である。

タクシー・ドライバーを責めることもできる。
だが、それをしては意味がない。
米時代に習えば、己自身が悪いのだ。

ダモシが
<武庫小学校へ>と告げたそれを、

地元のタクシー・ドライバーは、
<むこしょう>という言葉をもってして
<武庫荘小学校>(もしくは、"武庫荘・学校")と捉えたのだろう。

現地語で、もしかしたら
<むこしょうがっこう>イコール
<武庫荘(小学校)>を差すのかもしれない。

ただ、ダモシは途中で
<隣が中学校の、ね?>と確認はしていたのだ。車中で。

その際、ドライバーは<ええ>と答え、
到着した際も、<学校のあっちが中学ですから>と言っていた。

ここから論じれば、
完全にタクシー・ドライバーのミスであることは疑いの余地はない。

だが、それを突いても意味はない。

己自身が降りる際に、リマインドしなかったことが
最大の致命傷なのである。

リマインド。米時代にマスト・イシューとしてやっていたことが、
ニッポンでは出来なくなっている。
というか、ニッポンではその必要性に迫られないから
やらずに済ませてしまっている。

これが、帰国した後の己を考えた際に、懸念していたことである。

ニッポンという国にはそもそも緊張感がない。
己自身、それに埋没しては絶対にいけないぞと言い聞かせていながらも、
こうして現実にこういう目に遭遇すると
己自身をやはり恥じる他、ない。

<情けないわな…>とワイフに、こぼした。

素直に、ダモシはこの件で大いに落胆したのである。


muko40.jpg

これを見れば分かる。

要するに、このタイム・トラベルが目的の旅ではなく
オフィシャル事案の旅の中の
わずかな時間で訪れたからこうなったのだが、

当然ながらプライベートの旅の際のように
微細な準備や下調べは一切していなかった。

事前にこういった地図を用意していれば、
こういうことにならなかったのだが
それは目的が異なる旅ゆえ、致し方ない。

黄色のサークルが武庫之荘駅。
青い囲みが"連れていかれた"武庫荘小学校。

赤い囲みが本来行くべきだった武庫小学校。

赤い囲みの隣を見れば学校の校庭を思しきものが見える。
これが<隣にある中学校>である。

そして、左手には武庫川が流れていて、
上部には山陽新幹線の線路が見えている。

ここなのだ。

しっかりとこちらに着いていれば、
言ってしまえば未だ37年前のことであるからして
必ずや記憶の断片がつながる光景やアトモスフィアが広がっていたはずだ。

<必ず坂道があったのだ>。

これが"連れていかれた"学校周辺を歩いていて
まったく見つからずにいた際に感じたことだ。

坂道だけは譲れない。
どんなに時間が経って街が変わっていようとも
あの団地群のアトモスフィアと坂道は譲れない、と。

団地群が今もなお存在しているのかは分からない。
だが、なくなっていたとしても
あの独特のポスチャー
〜団地群を縫うように抜け道的に歩いていた〜や、

変えようがない<坂道>は、絶対にあるはずだ、と。



*****


米生活を終えて戻ってきたニッポンで、
不思議なほどに過去に関わった地と場所を
訪れる機会を持っている。

これは明らかに、死に向かっているというカウントダウンである。

北の某のサツホロ。
己が小学生時代と同様に、
己がファミリーを持ってして全道を旅した。

最北端も、同じ路を辿った。

仙台も、未再訪はあるものの、直接的に関わった場所へは
不思議にも"戻った"。

大阪との再会も果たした。
兵庫も同様。

熊本も、あの熊本城を筆頭に過去を辿った。

最期は、或る橋と決まっているのだが、
そこはウルトラの父の散骨をする最後の場所でもある。
そこへ行き着けば(行ってしまうと)
己は死ぬのだな、という観念的な感覚を持っている。

今回、己が入学した小学校という世界観へ"戻る"
ということもまた、カウントダウンの一つではあったのだろう。

だが、何の悪戯か。

あの米生活最後の日の米ANAによる暴挙
<行かないで攻撃>による壮大なる悪戯同様に、

今回は兵庫県のタクシー・ドライバーに化身した
何者かが、

ダモシを己が入学した小学校へ行かせなかったのだと
判断するより、ない。

小学校のみならず、当時の周辺をも行かせなかった。
今回、見事なまでにそのエリアだけ歩かなかったのだ。

そのエリアが何らかの事情で、
今回ダモシを近寄らせなかったと考えるのが
タイム・トラベルの筋だろう。

それがなぜなのかは、分からない。

だが、ダモシとしては、こうなった以上、
なにがなんでもそこへ行かなくてはならない
という気が起きた。

今回は不意のそれだったが、
次に行く場合はプライベートのそれで
準備万端で行くだろう。

なにがなんでも、という気持ちにさせた武庫之荘は、
もし再会した際に、何をもたらしてくれるのか。


muko12.jpg


次回、行く際は、例の<団地>も調べる必要があるだろう。
複数棟あった大きな団地だったから、
きちんとした名前があったはずだ。



posted by damoshi at 00:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月29日

37-yrs ago (1)



今度は、37年前である。

今宵、吾輩はここに在る。

102810a.jpg

台風チックな空の装い。雲が怪しい。
そして、寒い。

102810b.jpg

ホテルの部屋がこれまた異様に寒い。
AIR CONDITIONERをONしてHIGHにする。

が、まったく暖かくならない。

たまらずフロントにコンプレイン。

<部屋が寒くてしょうがない。
 暖かくなる術はないのですか>。

時節的に冷房になっているという。
暖房は未だ入らない、と。

なんということか、とコンプレイン。

<実際、寒いでしょう、これでは>と
快適な逗留が出来ない。

オフィシャル事案の資料作成その他ある。
震えながらやれ、と?

どうにもならないということで
毛布を受け取って収めたが、
それにしても寒い。

東京は真冬のように寒いらしい。

猛暑に厳寒。そんなシーズンに今年はなりそうだ。

現在いる逗留先の大阪も、冷たい雨が降り、
そして寒い10月末の2010年である。

大阪は、本妻復帰後の2008年10月に
太陽の塔含めて38年ぶりの再会を果たして以降、
妙に行く機会が多く、この丸二年で四度目の逗留となっている。

以前、大阪x38年ぶりの再会は記載した。
要するに居住していた大阪以来の再会であり、
その掲載では茶色い阪急電車の件も記載した。

<センチメンタル阪急>として。

そして今宵。

逗留先は大阪だが、
今回のオフィシャル事案でのビジネス・トリップの
デスティネーションは二ヶ所で、
いずれも大阪ではない。

今宵は兵庫、明日はオールモースト京都。
明日、京都から帰京する形となり、
今宵のメインは兵庫県。

兵庫と京都の間の点と線として逗留するに
最も相応しいのが大阪というわけである。

兵庫県。しかも尼崎市。そして路線は阪急。
まさにダモシ関連ドンピシャのメイン・デスティネーションが
今宵だったわけであり、

<ダモシx兵庫県>もまた、大阪同様に
居住していたとき以来となる
37年ぶりの再会を果たしたわけである。

だから、"37-yrs ago"となるのだ。

今宵、簡単にその触りだけにして
もう寒くて震えているので毛布にくるまって
新聞を読んでから眠る所存である。


*****


102810c.jpg

いわゆるこれがダモシ曰くの
<センチメンタル阪急>である。

東京でいえば東急田園都市線。

大阪の梅田を発って、兵庫県をメイン・ストリームとして
走る私鉄路線である。

東京の渋谷を発って、神奈川県の、横浜18区の主砲格である
青葉区や都筑区などを包含する私鉄である
東急田園都市線とそのポスチャーは似ている。

阪急電車の兵庫県内の駅周りで地元民に話を聞けば、
普通に彼らは、
例えばこちらが<〇〇はどう行けば良いのですか?>と問えば、
<阪急のこの線路の大阪方向へ>という答えが返ってくる。

一般的に
例えば東急であれば東京と神奈川を普通に走っている上、
我々地元民は<東京方面>とは言わない。
たまプラーザから渋谷へ田園都市線で行く場合、
<東京へ>とは言わない。

だが、阪急電車沿線でさほど梅田(大阪)から距離と駅数のない
エリア(西宮や夙川、武庫之荘など)であっても
そこは兵庫県であり、れっきとした別の府県になるからか、
<大阪へ>と言う。

その違いは、
大阪ではエスカレーターの立ち止まって乗る人は右に立つ
というふうに米国同様なのに対して、
東京では左という違いにも似ているか。

いずれにせよ阪急電車の近隣でも、大阪と兵庫は違うのである。

ダモシがかつて大阪に住んでいて、兵庫にも住んでいたが、
距離的にはいずれも
ビジネスマンならば大阪市街地中心部を舞台としても
何ら不思議はなく、言ってしまえば大阪の場合は、
それこそ奈良から通勤も普通のことだろうが、
それでも違いは違いであり、エリアごとの特性も異なる。

大阪府に住んでいたのは大東市住道。
そして兵庫県では尼崎市の武庫之荘。

大阪時代は幼児も幼児時代。兵庫県はしかし、
これは今回改めて驚いたのだが、
ダモシが小学校に入学したのは兵庫県尼崎市だったという
過去の再認識を得たわけである。

それは己が直系遺伝子アントニオが今年、
小学校に入学して現在は七歳になったのと、
37年前のダモシがまさに同じであるというインタレスト。

現在のアントニオと同じ年齢の同じ小学一年生のとき、
ダモシは兵庫県尼崎市武庫之荘にいた、と。
そして、たまたまそこへ脚を踏み入れる機会を得た,と。

なぜならば、
オフィシャル事案のデスティネーションが
そのエリアから駅にして二つの違いしかなかったからだ。

それに気づいたのは一昨日。

不意にめぐってきた37年ぶりの再会の機会。

オフィシャル事案の合間に、大阪へ戻る帰り道に
寄ってみようとなったのであった。


*****


事前にウルトラの母にヒアリングをした。

なにしろ
当時住んでいた家の住所も分からなければ
あろうことか自身が入学した小学校の名も場所も
そして、そもそも入学式の記憶も皆無だったからである。

わずかに残る記憶の断片を、
つなぎ合わせることを可能とするためには、
判明させておくor可能な限りヒントを得ておく
必要性はあったのだ。

ウルトラの母はおおらかといえば良いのか、
己が子が入学した小学校の名すら覚えていないという
笑撃の事態が判明した。

ダモシはyahoo mapやグーグルアースを駆使して調べる。

当初から分かっていたのは

・兵庫県尼崎市武庫之荘

という響きのみ。


その当時の、
〜すなわち"兵庫県尼崎市武庫之荘というところ"に住んでいた
 1972(昭和47)年3月〜1973(昭和48)年9月の
 小学校入学〜小学二年生の夏休みまでの間〜記憶として、

ダモシの中にわずかばかり残るものは、

・団地があった

・団地の前が坂になっていて、
 坂を下る勢いをつけながら補助輪をとってもらい
 一気に自転車に乗れるようになった

・運動会で速く走れるようにと
 ウルトラの父が自宅近くの公園で
 走る練習を施してくれた

・家はメイン通りに向かってヨコ向きに並んでいた。
 メイン通りを挟んで団地があった

・阪急電車の車輛連結部分のヒダヒダを恐怖に感じていた

・台風の大荒れの天気の夜のこと。
 阪急電車にはなぜかウルトラの父と二人で乗っていた。
 ウルトラの父は仕事帰りだった、はずだ。
 梅田から乗ったそれはおそらく各駅停車だったのだろう。
 武庫之荘駅は各駅停車駅だ。駅に停車してドアが開く度、
 大雨と強風が電車内に入ってきて怯えていた。

・武庫之荘駅に着いたらウルトラの父がダモシを抱っこして
 そのまま家に急行帰宅した

ということである。

少なくとも学校についての記憶は何もないのだ。

そしてウルトラの母は、昔のその当時のご近所さんに
メールでヒアリングしてくれて得た結果を
知らせてきてくれた。

そこから分かったことは以下だ。

〇昔の住所名は、尼崎市常吉油田。今は、ない

〇武庫之荘駅北側から西武庫車庫行きのバス
 徒歩圏ではなかった

〇小学校は、武庫小学校

〇道路を挟んで武庫中学。その並びに公団住宅があった

〇小学校側に住んでいた家があった

〇道路を来て小学校からすぐ横に4軒向かい合っていた

〇入口にどぶ川の側溝があった

〇道路を挟んで団地だった

〇商店街ずっと行くと武庫川があり、横に交通公園があった


これらのヒントと己が持つ記憶をもとに
その地と37年ぶりの再会を果たし得て
己が居住していた家とその近所を割り当てるにはまず、

<小学校へ行く>ことが大前提であることは言うまでもなく、

ダモシは、
オフィシャル事案の合間の限られた時間の中で
大阪へ戻る途中、武庫之荘駅で降りた。

そしてタクシーに乗り、<武庫小学校へ>と言った。

ダモシはどんなに距離があっても旅先では歩くが、
今宵、雨だった上、時間も限られている中、
さらには地理をまったく把握していないことと
<徒歩圏ではなかった>という情報などを包括的に鑑み、
タクシーに乗ったのだった。

<遠いですか?歩けないくらい?>と聞くと
初老のタクシー・ドライバーは言う。
<ちょっと厳しいね。1.5kmはあるわね>。

<よう降りますな>と間の手を入れるドライバー。

<そうですね。出張で来ているので分からんですが、
 昨日からずっと?>

<ああ、そうでっか。昨日はまだね>

<ところで、私は37年前ここに住んでいましてね>
<ほぅ。それ以来?>

<ええ。どうやらその小学校に入学したらしくて>
<ほぅ、おもしろい。で、寄ってみる、と?>

<はい。記憶がまるでなくてね>
<うふふ。このあたりはいいですよ。
 まだ田圃、ほら、いっぱいあるしね>

<田圃…。カエル…何となく今、断片的にパっと何かが…>
<甦りましたか?>

<学校を見れば突然何かが甦るかもしれません>
<そういうこともあるね。既視感ね>

そして数分で着いた。

<ここがそうでっせ。ここが、武庫小学校。到着です>
とドライバーは、優しく促した。



正門を見た瞬間、一つのことが突然パッと甦った。

<あっ。ここだ。ああ、ああ、ここだわ…>と
ダモシはドライバーに言った。

ドライバーはただただ<うふふ…>と笑みを浮かべていた。


タイム・トラベルの始まりだ。




posted by damoshi at 00:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

Four Years Ago.



10月24日。ダークスカイで寒いサンデーである。

ニューヨーク・ヤンキースは、
エイジングなのかクロスロードに今,在るのか。

ワールド・シリーズ連覇を目指した王者だが、
チーム創設以来初のワールド・シリーズを賭けた
テキサス・レンジャースの
モメンタムを途切れさせることができずに敗れ去った。

第一戦で逆転勝ちした後の第二戦も取らなかったことが
最大の敗因の一つであろう。

想い出すのは四年前だ。
2006年、秋。
ダモシは未だニューヨークに住んでいる。

そして、その秋は、ヤンキースは
やはりモメンタム高いデトロイト・タイガースに
プレイオフで敗れ去っている。

いずれも番狂わせだが、
当時のダモログのスポーツ部門のブログでは連日
リアルタイムで掲載していたが、
戦前から既にデトロイトには勝てないだろうと示唆していて、
その通りになったわけであるが、

その際の読みのポイントもモメンタムだった。
それが明らかにデトロイトに分があったからであり、
その勢いを止める力はヤンキースにはない
と踏んだからであった。

四年前の今、自宅のテレビを撮った画像から。

eb30.jpg


松井もまだヤンキースにいた。
ジーターやA-Rodも今年と同じメンバーだが、
テシェイラ以下主なメンバーは既に入れ替わっている。
他チームから主砲格を獲る手法は
スタインブレナー亡き後も変わっていない。


*****


Four Years Ago.
今から<四年前の今日>とその数日間を写真で振り返る。

舞台はニューヨーク。

まずは
・10月24日
・ニューヨーク
・ベースボール

という記号から出てくるのは、
あの、黒人初のメジャーリーガーであるジャッキー・ロビンソン。
1972年10月24日(むろん米時間)から没後、今宵で38年となる。

四年前の10月、ジャッキー・ロビンソンを辿って
ブルックリンはエベッツ・フィールド跡地へ出掛けた際の
フィルムから、オトナの散歩&遠足。

eb1.jpg

ブルックリン。
ニューヨークの、いわゆる下町。
その昔、ドジャースはブルックリンに在った。

歴史上初めてメジャーリーグにおいてカラーバリア(人種の壁)を
打ち破ったのがブルックリン・ドジャース。
ジャッキー・ロビンソンと契約。それからチームは躍進。

ブロンクスのニューヨーク・ヤンキースとのサブウェイ対決の
ワールド・シリーズは幾度となく闘われ、
ドジャースは敗れ続けたが、遂に宿敵を倒して
ワールド・チャンピオンに輝いたのが、
今から55年前の秋、1955年のことである。

ブルックリン・ドジャースといえば、
ジャッキー・ロビンソンと1955、
そして本拠地のエベッツ・フィールド
という記号がアイコンとして、ヒストリカルな要素になっているわけだ。

近隣住民の治安悪化に伴ってニューヨーク市が
移転先に選んだのがクイーンズ。
後に、現在のニューヨーク・メッツの本拠地となる
シェイ・スタジアムが建てられることになる。

人々の賑わいで野球場に来るために、
路面電車や人垣を"よけながら"歩かなければならないほどの
盛況ぶりをもってして、"よける"
(=ドッヂ=ドッヂボールのドッヂ)→ドジャースと命名されたチームは、
こうして西海岸の陽光の下へと移転していった。


*****


地下鉄B,Q線Prospect Park駅を降りて
静かな街の中を歩いていく。

eb5.jpg

eb6.jpg

閑静で瀟洒なアパートメントが並ぶ住宅街とは別の、
閑散としたエリア。
歩いている人も少ない。集合住宅が目に入る。

エベッツ・フィールド跡地に近い駐車場。
ふと壁面を見ると
1955年のブルックリン・ドジャースを象徴する
親和性の高い構図で描かれている絵を発見する。

eb8.jpg

eb10.jpg

eb9.jpg

ここを訪れた四年前の今頃、ダモシも記念撮影。

eb7.jpg

ニューヨークの秋冬は寒い。
10月で既に革ジャンを羽織っている。


作家ピート・ハミルはブルックリンを去ったドジャースへの
哀愁の想いをもって文をしたためた。

スパイク・リーの<ドゥ・ザ・ライト・シング>では
劇中、スパイク・リー演じる青年がピザ屋でアルバイトする間、
ジャッキー・ロビンソンのユニフォームを着ていた。

そしてベースボール映画の傑作
<フィールド・オブ・ドリームス>では、
その映画の冒頭でエベッツ・フィールドの取り壊しの映像が流れた。

"ドジャースがブルックリンに在った頃"というのは、
都市を考える上でも文化的な面でも
ベースボールに限定されない
カルチュラル&ヒストリカルなアイコンなのである。

郷愁のエベッツ・フィールド。
その跡地を訪れることができたのもまた
在米時代の数多い財産の中の一つでもある。


eb3.jpg

ここにエベッツ・フィールドがあったことを示す記念プレート。

今では、ドッヂする必要がないくらい
集合住宅や工場が軒を連ねる、決して富裕層エリアとはいえない
閑散としたエリアに変わった。

eb4.jpg


そして近隣には、
ジャッキー・ロビンソン学校も存在する。

eb2.jpg


ブルックリン・ドジャースの昔のキャップも持っている。
それは、これだ。

bd.jpg

こうして異国の、しかも
未だ生まれていない時代のそれに興味を覚えさせるほど
ブルックリン・ドジャースという存在は、
ヒストリカルなアイコンといえるのである。



*****



さて、Four Years Ago.

四年前の今日とその数日間。
写真で振り返ってみる。


eb20.jpg

秋のブライアント・パーク。

eb23.jpg

同じく秋、10/24近辺のメトロポリタン美術館。

そしてMoMA。

eb21.jpg

eb26.jpg

eb27.jpg

既に冬着になっていることが分かる。


eb24.jpg

当時改装中だった旧プラザ・ホテル。
今ではもうコンドミニアムとして
生まれ変わっていることだろう。


四年前の10月24日のニューヨークの地下鉄。

eb25.jpg

当時、三歳だったアントン。自宅近隣にて。

eb22.jpg

背中にはピグレットのぬいぐるみを背負っている。
今はもう七歳。

四年後の今日のアントン。

eb40.jpg

スケボーの練習は実は空手に通じる部分がある。
スタンスやバランス感覚などでもそうだが、
ここから技への応用も可能。

朝からスケボー練習、
ランチを挟んで空手の他の選手やアントンの試合や稽古のビデオを観ての研究、
そして九十分の空手の実戦練習と
ダモシもアザだらけの四年後の10月24日。

ニューヨークほどではないが、
東京も寒くなってきた。




posted by damoshi at 14:24| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徒然サタデー



めっきり寒くなった。
あの猛暑がついこの間のようだが、光陰矢の如しだろう。

おかげで、か。久しぶりに鼻風邪をひいた。
昨日は都合、二百発はくしゃみをしただろう。
21時過ぎには自室で隔離されて眠る始末。

アントンに風邪をうつせない、ということだ。

この土日はアントンの道場も休みということもあり、
久しぶりに水入らずで彼にもゆっくりさせたいということで、
土曜は自宅でのんびりDVDで映画を観て
日曜は外でスケボー練習と、部屋での空手練習を行おう、と。

今宵観た映画は、ダモシ国はやはり"軍事力のある小国"という
ナショナル・フラッグの習わしで
<エイリアンvs.プレデター>の1&2を昼夜一気に二本観た。

102310d.jpg

米在住時代に映画館で上映されていたものを
今になってようやく観たわけだが、
その1はワイフが中古DVDを500円で買ってきたものだ。

その強烈な闘いに痺れ、
つい<レンタルで2を観よう>ということになって
急遽、その続編も観たわけである。

その強烈なバトルは七歳のアントンには
いささか刺激が強かったかもしれない。
今宵、うなされなければ良いが。

ただ、こういう架空の登場キャラクターに関しても、
<どちらが強いのか>というテーマは永遠の命題である。

シュート・マッチで
力道山と大山倍達が闘えば、
アントニオ猪木とジャイアント馬場が闘えば、どちらが強かったのか等。

<コブラ>のシルベスター・スタローンvs.
<ダーティハリー>のクリント・イーストウッド、

ブルース・リーvs.ジャッキー・チェン等々。

ダモシはエイリアン派で、

自身既にかつての映画<プレデター>
(アーノルド・シュワルツェネガー主演)も観ていることから
プレデター派のアントンで、

<エイリアンvs.プレデター>1を観終わった後は、
どちらが勝ったのかを語り合う。

<ほら、結局はエイリアンだったじゃないか>というダモシに、
<でも一対一で分けでは?>というアントン。

これが面白いわけであるが、
映画自体は1の方が全体ストーリー的に面白い。
人間も関わっての、ある意味で三つ巴だが、
1の方が明確にして、意外な展開がある分、見どころがある。

<エイリアン>は1と2を劇場で観た。3をテレビで。
これは2までが認められる内容。

<プレデター>は1&2をビデオで観た。1は今もVHSで所持している。
アントンとはこのVHSを観たわけだが、
ダモシもアントンも今年劇場公開された<プレデターズ>は観ていない。

102310e.jpg

所蔵する映画パンフレット群から
公開当時に劇場で観た<エイリアン>と<エイリアン2>のそれを。

前者は中学時代に友人らと連れ立って池袋の映画館で、
後者は大学時代、アルバイト先の後輩と新宿の映画館で
それぞれ観た。

プレデターは、人間のいる密林や街で人間に
(シュワルツェネガー、ダニー・グローヴァー)苦戦した。

特に2で、グローヴァーに苦戦したのがいただけない印象を残している。
だからダモシの中ではエイリアン派なのだろう。
仮にダモシが闘うならばと想定した時、
闘いたくない方はといえば圧倒的にエイリアンだ。

一発で仕留めてくれるプレデターより、
寄生するエイリアンの方がイヤな上、闘いにくい。
闘うことを想定した場合、スキが少ないのはエイリアンの方だ。

だから両者の対決となれば、
<エイリアンの方が強いよ>という論になるわけだ。


*****


両雄もし闘わば、という観点では、
全盛期の双葉山と白鵬の一番も興味深い。

今週オフィシャル事案の中で初めて知ったことが一つあったのが
双葉山の出身地の件だ。

そして双葉山は来年、生誕100周年を迎えるということだ。

大分県の宇佐。小さな町だが、アルファベットで書くとUSAとなる。
米のUSAと宇佐のUSAをかけ合わせて
観光等の訴求につなげている。

白鵬の連勝記録がいよいよ来月中旬からの九州場所で
佳境を迎えるのだが、双葉山の記録を抜くか否かの場所が、
双葉山の出身である大分県がある九州であることは
何かの因果であるばかりか、

双葉山が来年、生誕100周年ということもまた因果であろう。


102310c.jpg


白鵬は九州場所前、双葉山の生誕地へ詣でるプランがあるという。

ヤンキースとヤンキー・スタジアムの魔力が生きていた
2007年までの時代の旧ヤンキー・スタジアムにおいて
当時在籍していたロジャー・クレメンスが
登板する試合前に必ずベーブ・ルースの記念プレートに手を添えて
祈りを捧げていたのを想い出す。

偉大なる先人に対する心持ち。白鵬の、双葉山生誕地詣では、
実にエモーショナルなものとなろう。
どうか破廉恥で低レベルのマスコミは大騒ぎして
それを妨害しないよう、謹んで行動して欲しいものである。

なにしろ、白鵬による、宇佐にある全国四万数千ある八幡宮の
総本宮たる宇佐神宮での奉納土俵入りも可能性あるだけに、
無用にメディアが騒ぎ立てると
それが中止になる恐れもあるだけに、要注意である。

メディアという人種は、
とかく"闘い"が包含する道の心持ちを理解しない連中だけに
ジェントルマンズ・アグリーメント遵守で心して欲しいところである。


*****


<怪傑ゾロリンが欲しいんだよ>とアントンがおねだりした
サタデー・モーニング。

<新しいのは高いから、ブックオフでも、あれば良いのでしょう?>
と問うて、二人でブックオフに出掛けた。

幸い、数巻それがあったので
<二冊買ってあげるから、二つ選ぶんだよ>と諭すと
喜んで二冊を選んだアントン。

学校に一冊あったらしく、前から知っていたが、
アントン曰く
<お友達が一冊持っていて見せてもらったんだよ。
 ずっと前は興味なかったけど、興味を持って、
 前から欲しかったんだよ>と大事そうに本を抱える。

帰宅後、早速読んでいた。
学校の課題で読書が多く、
アントンも一日30分は読書している。

読書した本はレポートして提出するのが
学校のルーティンのようだが、
多い子供では毎日一冊ずつ読んでいるというから驚きだ。

空手にヒップホップに遊びにと忙しいアントンとしては、
一日30分読むだけでも大変だ。

しかし自分から進んで読みたいという本があるのは良いことで、
<本を読むのは良いことだ>と
ダモシもワイフも奨励しているから、
本が欲しいとなれば、今やブックオフなど廉価で見つけられるし
買ってあげても良いだろうということになるわけだ。

102310b.jpg

玩具はもとよりとして、本にしても、
欲しいものを手にした時、大事そうに抱えてそれを見つめる
コドモの目は輝き、その顔や仕草はかわいらしくてたまらん、と。

ついでにダモシは
青少年期に読んで以来、今年再び集めて再読している
<空手バカ一代>の五巻目を購入し、レストルームで座りながら
今宵読んでしまった。

講談社漫画文庫版のこれは全十七巻。まだまだあと十二巻を残している。
だが、なかなか店舗で見つからない。
しかも105円となると難しい。
どうせならブックオフのオンラインでのオトナ買いで
まとめて買う方が話が早い気はするが。


*****


そんなこんなで、めったに本は新刊は買わないダモシ軍だが、
木曜の夜、行きつけの大井町のブックファーストで
予期せぬ本を見つけたので、1,800円と高い本だったが
つい手を伸ばしてしまった。

誰が当欄を見ているか分からないことと
アントンの空手用の本だから
他の人には同じこれを読まれたくないことから
タイトルや内容は書かないが、

ブルース・リー関係の本である。伝記モノではなく、
ムックでもなく、重版の書籍であり教則本の類いだ。

書店で目に留まったときにパラパラ読んでいると
実に的を得ている技術書であることを認められた。

<あ。これは凄いぞ。しかもブルース・リーの王道にして正調版だ>

と興奮してしまったのである。

元が英語版だから時々、英語原文も入っている。
実に高尚な技術書であり、読む価に値する。
そして、これはアントンの空手に取り入れたい,と。

102310a.jpg

なかなか難解な書である上、300ページを超える大作だが、
じっくり読み、しっかり理解した上で、
アントンへの指導へ活かしたいところである。


といったところのサタデー。

未だ風邪は完璧に治っていない。
どうかアントンにうつらないように願うところである。

今宵、巨人は九回に粘りを見せたが
最後は今年の闘いを象徴するような情けない有様で
内弁慶・名古屋に敗北した。

名古屋vs.千葉の日本シリーズは、歴史上はじめて
地上波での日本シリーズ放送ナシという珍事に陥るか否か。

浅田マオーは調整が上手ではないのか、
五輪でもピークに合わせられず、次回の五輪もこの調子だと
村上に勝てないのではないかと予感させるNHK杯での惨敗。

浅田マオーの場合、競馬同様に、
ローテーション含めたところでの戦略見直しが必要な気がする。
これまであまりにも天性に任せてきた部分があるのではないか。
プレッシャーは当然、村上より高い。
それも踏まえて戦略的に物事を進めることを推奨したい。

"テニスのクルム伊達のような"存在がまた一人現れた。
競泳の萩原智子だ。
こちらもプレッシャー等で心身病んで戦線離脱。
だが、結婚して家庭も持つという中での五年ぶりの現役復帰
という、<失うものは何もない状態>を享受したからこその
ノビノビとした心身アクションをもってしての日本新記録連発。

若さで怖いもの知らずの様態=村上や、かつての浅田マオー
or
引退、離脱、結婚した上での復帰で
失うものは何もない状態で怖いもの知らずの様態
=クルム伊達や萩原智子
and
負けて元々、怖いもの知らずの様態=千葉ロッテ

という、ある意味で<反則>が闊歩するようでは
いささか歓迎できないマインドを持つ。

アントン、白鵬、
そして明日の競馬クラシック三冠最後の菊花賞に臨む馬たち
のような、現役バリバリこそ、奮闘せよ、と。

そしてそれらとはまた異なるカテゴリーに属するのが
明日復活する野口みずきだろう。

野口がどういう走りを見せるか、菊花賞同様、楽しみである。





posted by damoshi at 00:41| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

モメンタム



ワン・ゲームではなく、
一つのゴールへ向かう一連の闘いの連鎖のストーリーの中では
間違いなく、その趨勢にとって<モメンタム>は最重要ポイントの
一つである。

モメンタムが闘いや勝負ごとにおいて重要であるということは
当欄では初代ダモログからずっと説いてきている。

プロ野球のパ・リーグのリーグ・チャンピオンシップで
千葉が福岡を下した最大のポイントはまさにそれになる。

和であるとかチームワークというのは、
チーム・スポーツにおいては当たり前のマスト・イシューで
ことさら強調するものではない。

それは当たり前にいずれのチームも所持している前提で、
紙一重の勝敗での分水嶺においては、
やはりモメンタム。

これがポイントになるのだ。


ニューヨークでは、ヤンキースがア・リーグの
チャンピオンシップをテキサスと闘っているが、
受け身になりがちな昨年の王者ヤンキースが
今回モチベーションを保てているのは、ひとえに、
千葉と同じくワイルドカードというポジションにある。

レギュラー・シーズンで"明らかに強い"テキサス相手に、
昨年の王者とはいえ、ワイルドカードというポジションを活用し
チャレンジング・スピリットをもってして、
どこよりもモメンタムを所持しているテキサス相手でも
勝ち切ろうという算段である。

第一戦はそれが奏功して、一気に五点差を終盤で逆転。

これでテキサスが続けていたモメンタムが途切れたか。
そう思ったのだが、そう簡単に初のワールドシリーズ制覇を狙う
テキサスのそれは切れず、地元での第二戦を差し返すと、
一勝一敗で迎えたニューヨークでの第三戦で
いよいよ絶対エースのクリフ・リーを投入して圧勝。

テキサスのモメンタムが本格化の兆しである。
そしてそれを後押ししているのが
ノーラン・ライアンという存在が醸し出すアトモスフィア支配だ。

ニューヨークがここから差し返すには、
ダモシ在米中に何度も見せてくれて驚愕させてくれた
ヤンキースの世界一のミラクル性と
ヤンキー・スタジアムの魔力なのだが、

残念ながら当時のヤンキー・スタジアムではもう、ない。
そこが気がかりで、あとはデレク・ジーターに
往時の魔力を発揮するキャプテンシーと力があるかどうか。
それがポイントに一つになる気がする。

何となく今回のテキサスとの試合を観ていると、
2001年のワールド・シリーズ
(ヤンキースは、ランディ・ジョンソン&カート・シリングの
 アリゾナに第七戦で逆転負けした)を想い出す。

今年のリーは、あの時のジョンソン&シリングに類似した
アトモスフィアを感じるのである。

引き続きネットでの視聴で、"愛人"ニューヨークのゲームもフォローしたい。


千葉とテキサス。
いずれもチームワークとモメンタムとはいえ、
そこは絶対的な個の力も無視できない。

結局は千葉は成瀬、テキサスはリー。
この両雄がいなければ、こういう様態にはなっていない。

軸となる個が絶対に存在するという前提に基づいての和。
そして、それにモメンタムが重なると強さを発揮する。

例えば北の某ハムのダルビッシュも優秀な絶対エースだが、
彼の場合、"一本かぶり"になってしまっている。
リーにしても成瀬にしても絶対軸だが、
彼らは一本かぶりではなく、
あくまでも不可欠な存在としての個でありながらも、
他のオフェンス/ディフェンス双方ともメンバー的に
いずれも素晴しい点が、相違点だ。

"一本かぶり"だけでは、ポストシーズンは勝てないのだ。

モメンタムが生まれて、それが高まれば、
事前の戦力差や、格闘技においては体格差や実力差をも
凌駕し得る結果が生まれ出づることになる。

今度は、巨人か。
ディビジョン・シリーズで大阪に
モメンタム高まる上手な勝ち方をした点が大きい。
いずれも僅差の逆転。
こういった勝ち方はモメンタムを上積みさせる要素になる。

相手は、"構えている"名古屋。
名古屋での圧倒的なホームタウン・デシジョンを誇る
受け身の名古屋相手に、
ニューヨークに等しく昨年の覇者ながらも
ワイルドカードというポジションゆえにチャレンジャーとして
モメンタム高まった状態をキープして臨めば勝機も出てこよう。

普通に闘えば、名古屋の全勝で終わる懸念が強いが、
巨人がモメンタムをもってすれば
フィフティ・フィフティに持ち込むことができるだろう。

一勝のアドバンテージがある勝負ごとの場合、
どんな闘いでも共通するフィフティ・フィフティとは異なり、
明らかにアドバンテージのある方が勝機は7-3で高いのだ。
それをフィフティ・フィフティに持ち込んで
闘いを開始するために持つべき要素。

それがまた、モメンタムである。

モチベーションというものを当たり前の前提基本とし、
その上級作法として
勝負における必須要素がモメンタムになるのだ。

何度も言う通り、その上級要素の中にはまた、
アトモスフィア支配も存在する。

パ・リーグのチャンピオンシップにおいては、
すべてのゲームが福岡開催だったにも関わらず
なぜか奇妙なほどアトモスフィアは初戦からずっと千葉側にあった。

これも千葉がくじけなかった要因だろう。

千葉の闘いは、敬意を表すべき、高いレベルだった。
すばらしいチームであるとニュートラルに見て、感じる。



*****


東京スカイツリー。

day by day、その話題性が高まってきている。
電波及び紙双方のメディアでの取り上げも増加の一途。

地元は大盛り上がりの様子をメディアは取り上げる。

が、実際には、やはりそこは押上エリアということで、
リアルなところでは大衆食堂では
高年齢層の人が寂しげに安食事を摂っていたり、
商店街はそれこそローカルの装いで錆びて枯れていたりする。

だが、商魂たくましく、地元の人々は
東京スカイツリーのロイヤリティ無償提供を受けて
商売を始めたり、動きも見られるようだ。

実際、既に商店ではスカイツリー・グッズが売られていた。

ここではそういう商売云々は別として、
心の励みという点で東京スカイツリーが
ある意味で枯れた街に活気を生ませる何かになっている。

年齢層が比較的高い住民が多い街で、
もはや未知との遭遇や衝撃的な人生における邂逅も
次第に減ってきている上、それを求めるために異文化に触れる
機会も意欲もなくなってきているであろう中、

自分は何もしていないのに、勝手に東京スカイツリーから
己の平凡な日常の中にやって来てくれたという部分が
地元には少なからずあるはずだ。

邁進するスチームローラーが如く発展前進を遂げる過程の
昭和のニッポン、東京は既に終わり、
己がそういう青春時代も終わり、隠居しているような状況の中に
突如として現れた東京スカイツリーという、

発展前進する存在の再登場。

当然、オラが街の人々にとって精神的にも
大きな効果をもたらしていることは疑いの余地はない。

時代がどうあれ、もはやああいう建造物に驚きや珍しさはない
とはいえ、やはりあれを目の前にすれば
いい知れぬ興奮は世界の超高層を見ているダモシですら
<ほぅ>と感じるわけだ。

地元の人々の大いなる、日常を生きていく上での
新たなモチベーションになっているばかりではなく、
スカイツリーと共に自分も歩むのだ/歩んでいるのだ/未だオレも現役だ/
オレも未だ生きているというモメンタムにもつながっているのだと感じる。

未だオフィシャル事案でしか訪れていない/観ていない
東京スカイツリー。今宵も、観た。

プライベートでアントンを連れて、観に行きたい。
そう思える存在なのは、確かだ。

あとは、エリアだ。あのエリアのアトモスフィアは、
完成に向けて改善した方がベターであろう。

関わる人々のモメンタム、地元の住民のモメンタム、
そして、それにエリア・アトモスフィアがきちんと整えば、
世界に誇ることのできる新たなニッポンのランドマークになり得よう。


対世界という部分で、
ランドマークとしては
富士山、東京タワー、東海道新幹線。

これに東京スカイツリーが加わる日も、近いか。

今宵、携帯電話のカメラで撮った東京スカイツリー。

skytree101910.jpg

秋晴れの日にいずれきちんと撮影してフィーチャーしたい。



*****



日曜日。エリア荒川。

めったにダモシ軍が脚を踏み入れることのない
東京ダウンタウンを訪れた。

101710e.jpg

それこそ昭和の、東京タワー、東海道新幹線、霞ヶ関ビルヂング、
首都高、東京モノレールという
ニッポンの美しくも発展上昇時代の名残である、
玉電に等しく東京都内の路面電車「都電」が走るエリアである。

玉電は世田谷線として名残り、都電は未だその姿を現役で留めている。

当地はさらに60周年を迎えた
東京の23区内で唯一となる公営(区立)の遊園地がある。
そのアトモスフィアは浅草の花やしき、か。

101710b.jpg

101710d.jpg


アントンの<空手甲子園>全日本ジュニア選手権
(11.28/代々木国立競技場)へのニッポン代表選手の
関東エリアの代表選手が集っての壮行会・称号となるワッペンの授与式
及び合同稽古が開催されたため、である。

所属団体としては初、そして唯一のニッポン代表として、
極真を筆頭とする複数の代表選手を擁する
全国からのチャンピオンに挑む大一番である。

意図的に現在、精神面で"緩めて"いる。
それは前回も記載した。

冬季五輪で、
そこへピークを持ってきたキム・ヨナと
前年にピークを迎えてしまった浅田マオーの差。

それを分かっている中で、五輪でさらに実感したこともあり、
精神的様態(=モチベーション、モメンタム)を
本番の当日にこそピークへ持ち込むべく所作。

それを戦略化した上での日々の言動や
練習へ臨む心持ちのアドヴァイス及び自宅や貸しスペースを借りての
ダモシvs.アントンの極秘練習メニュー等々を施している、と。

勝ち負けはこのレベルになればもう時の運も出てくる。
子供ゆえ、体調によってもまったく動きは異なる。
不可避のそれらを別としたところで
出来得るところはすべて計画に沿って行い、
ベストを尽くした上で、本番へ臨み、闘いでも可能な限り
ベストを尽くせるよう持っていく,と。

その上での結果は、結果に過ぎない、と。

さふいふイズムである。

勝つことだけがすべてではない。
その絶対前提がある上に立ちながらも
負けた際のエクスキューズは子供であっても不要。
やるならば目指すのは当然、頂点である、と。
だからそのためにエクスキューズ不要の世界観で
出来うることをすべてやる、という作法である。

それでこそ、勝っても負けても<よくやった>という
世界観に至る。

それが勝負であり闘いというものである。
プロでなくアマでもそれは同様だ。

集合の後、整列。挨拶と説明があり、訓示へ進む。

その後は、いきなりもう合同練習となった。
合同練習といっても、
準備運動などなく、いきなりのスパーリングとなった。
ダモシがいささか面食らったのだから
アントンは当然そうだったろうが、
そこはアントンに限らず子供たちの凄いところで
いきなりのスパーリングでも対応する。

驚くことしきりであるが、
幼稚園の年長を最年少クラスとして
アントンの小学一年生以上、高校生までの全階級の代表選手
(関東エリア)が集って所狭しとスパーリングをする中で、

忌憚なく、小学一年生が皆、顔見せスパーリングにも関わらず、
ムキになって本気でバチバチやり合っている様が目についた。

戦前、ダモシは
<今日は相手の力量を探る意味合いもあるから、
 あまり技を見せてしまわない方が良いよ。
 あえて相手の技を受けて、その力量を探るのがベターだね。
 まあ、あえて弱気で、流してやっても今日はいいぞ>

とアントンに言っていたのだが、

ふだんの道場での練習以上に多彩な技を繰り出すアントン。
むろん毎度のことだが最軽量/最低身長のアントンだが、
ヘビー級の技を受けつつおそらく力量は計っているのだろう。
一方で、出さなくても良い技まで出している。

そして途中で明らかにプチッとなる瞬間がまたある。

館長と共に大事なイベントゆえに出掛けたわけだが、
ダモシと館長で並んで観ている際にも思わずダモシが
<あ、怒った。切れたな。やるぞ?あぁ、やった>と
館長に呟くと,館長も<うふふ>と笑うほど、

スイッチが入ったアントン。
本番でないにも関わらず、時に、得意のエグい攻撃を仕掛けている。

101710I.JPG

手前がアントン。パンチをエグい位置に入れる。
相手の顔が歪む。

101710H.JPG

左がアントン。相手のパンチを払いのけ、己が左ミドルをレバー狙いで入れている。

<練習だから手を抜けよ?>というダモシの
"オレの話"をまた聞かずに、エグい攻撃を見せるアントン。
バチバチ入れていた。

むろん、いずれの選手も代表選手ゆえ、
レベルが非常に高く、大会で時々いる<?>的な選手は一人もいない。

アントンはどの大会でも致命的な一撃を受けることはまずないが、
この日は、二人の選手に一発ずつ公式の試合だとすれば
有効となる一撃を食っていた。

それがやはりレベルの高さなのだろう。

<あ、食らった。これ、試合では取られますよね?>(ダモシ)
<あぁ、とられるね>(館長)

<まず入れられることのない鉄壁のディフェンスなのですが、
 さすがに代表選手だから、入れてきますね>(ダモシ)
<並大抵では代表にはなれないから、皆、レベルは高いよ>(館長)

などなど、試合を観ながら分析会話をするダモシ&館長。

ただ、それだけレベルが高いゆえ
アントンも逆に手を抜かずにやってしまうのだろうが、
それは相手がヘビー級でも、
いつものように体格差を感じさせない動きを見せ、
館長と二人で<動きがとてもいい>と、"緩めて"いる現状での
意外な動きの良さは評価できる点が多々あったわけだ。

101710G.JPG

右がアントン。やはり左ミドルでレバーを狙う。


ワイフは

<軽めにやれ、と言った方が、動き良いのでは?>
<人の話を聞かないから、
 あまり頑張るな、と言った方が、良かったりして>

と笑う。



*****


大会は、いわば高校野球でいうところの<夏の甲子園>に該当する。

各地区の代表が集いリアル日本一を決める大会だ。
空手といっても各種あるが、
これは実戦のフルコンタクトのリアル日本一決定戦となる。

階級は、幼児年長に始まり、
小学一年〜六年、中学、高校。男女別。
小学五年からは体重の軽重別となる。

それぞれの階級で勿論、出場枠数の違いがあるが、
アントンの小学一年階級は、
ほぼ夏の甲子園(全国高校野球選手権:49校)と同じ出場者数となる。

この日は関東エリアの代表選手壮行会。

関東といえば、
栃木・茨城・群馬・千葉・埼玉に、東京と神奈川の一都六県。合計で7。

高校野球の<夏の甲子園>は絶対数の多い東京が二枠で合計8。
五年に一度の記念大会では、
東京に加えてやはり数の多い埼玉、千葉、神奈川も二枠になり
関東だけで合計14の枠があるが、

<空手甲子園>の場合の関東代表は、12人。

一都六県それぞれで高校野球のような予選会を行うのではなく、
関東代表を決める予選及び指定された大会からの選抜となるから
必ずしも一都六県すべてから代表が出てくるとは限らない。

関東代表の内訳を見てみる。

アントンは神奈川県代表だ。

高校野球に等しく神奈川県は絶対数が多くレベルも高く
大激戦区であることは言うまでもなく、
ゆえに神奈川からアントン含めて三名が代表になっている。
これは神奈川県民としては誇らしいことだろう。

しかも大会パンフレットには道場名ではなく
学校名が掲載されることになるから、
学校にとってもエデュケーショナルな要素でPRにもなる点は
高校野球と同じだろう。

その神奈川県代表の中でも、
ただでさえ人口数がニッポン国内の市町村で最多を誇り、
神奈川県内でも最大面積を誇る<横浜市>からは、アントンただ一人。
他の二名は県内の他市である。

いずれにせよ神奈川県から代表はアントン含めて三名。

以下、
埼玉県:三名/千葉県:二名/茨城県:二名
東京都:一名/栃木県:一名で、
代表を輩出していないのは群馬県のみ。

合計十二名の中で、やはり強い極真が半分の六名を占める
(一年生全体の全国では、十四名も送り出してきている)。
関東で他に複数(二名)輩出した団体が一つある。
アントンを含めた残りの四名が単独だが、
そのうち二名の所属団体は他の学年に代表を送り込んでいる。

アントンともう一人だけは、所属団体から全階級を通して
完全単騎での参戦となる。

その点は、他流試合や大会に単騎で乗り込む経験の豊富さを
アントンは持っているだけに、対応することは問題なく可能だ。

この日も、他の多くの選手は"仲間"と談笑したり
リラックスする中で、単騎アントンは談笑することはないが、
それでも飄々とし、例の<アントニオな世界>が炸裂。
スパーリングになれば、そんなことどうってことねえよと
明らかに動きが良い。

いわばダモシ同様、アウェイに強い性質を持っている。
逆にいえば、ダモシもホームタウン・デシジョンに
案外弱く、アウェイの方が強いということで、
準ホームの東京が会場でもアントンにホームの利は作用しないと見ている。

ダモシもアントンも闘いにおいて、
仮に唯一、ホームタウンの利が働くことがあるとすれば、
それはニューヨークのみ、と感じている。

今度のこの代表選手たちの闘いが舞台がニューヨークならば、
まず間違いなくダモシ軍が圧倒的なアドバンテージを得るが、
東京ということであれば地方のコドモに対しても
何らアドバンテージにはならないだろう。

ましてや他の現代のコドモたちは、
地方からの代表選手であっても
東京に出てきてのビッグイベントといっても
おそらく皆、気後れや緊張といったものは少ないだろう。

それだけ現代の、且つ、常に闘っている彼ら(=闘い慣れ/遠征慣れ)
にとっては、少なくともダモシの幼少期の完全に精神面で上をいっている。


101710A.JPG

左がアントン。この日はレバー狙いの左ミドルを
なぜか奇妙に繰り出していたアントン。指示は一切していないのだが、
おそらく自分で即座に感じたのだろう。

いかに<アントニオな世界>に入らせて、気持ちよくやらせるか。
これもまた、我々コーチ陣及びセコンド陣の務めにもなる気がする。
持っていき方一つ誤ると、コドモゆえ、善くも悪くも、とんでもないことになる。
その振り幅が大きいのが、コドモ共通の特性だろう。
オトナがどうディレクションするか。それは幼児期、少年期は特に重要だ。

<オレの話を聞かんかいっ!>とカッとなってしまう
ダモシの方が、よほどコドモともいえるが。


*****


結局、何と12試合も激しいスパーリングを闘ったアントン。

なんだかんだいって、これは大会に一回出た世界である。
これは大きなポイントだ。
皆そうだが、特に叩き台をはさまずに鉄砲で本番へ行くアントンにとって、
逆にこのイベントが叩き台になったという偶然。

大きなこれはメリットとなった。

それを終えたらコドモたちお待ちかねの、
ニッポン代表の称号ワッペンの授与式。

一人一人名前を呼ばれて前へ出て、受け取る。
そして学年ごと代表選手が並んで観客含め全員から
拍手で壮行されるわけだ。

例の、五輪壮行会のノリである。


101710P.JPG

名前を呼ばれて立ち上がるアントン。
一年前は、大会でマミーと離れるだけでメソメソしていた。
コドモの成長は、早い。

101710O.JPG

整列して、壮行されるアントンら、関東エリアの代表選手たち。
ライヴァルであり、同じ関東という括りでの仲間でもある。
<関東勢で上位を独占しよう!>という訓示も述べられた。


101710Q.JPG

念願のワッペンを手に見入るアントン。
このワッペンが道着に縫いつけられる。
ひと目で分かるから、これ以降は、どんな大会でも
今まで以上に恥ずかしい所作は出来ないわけだ。

そしてダモシを見つけて振り返る。

101710N.JPG

<ダディ、もらったよ>と目が語っている。
ファインダーを覗く目がまたもや潤むバカ親ダモシ。

今やもう、八年前までは想像し得ないバカ親に就任しているわけだが、
バカ親にも種類はある。

壮行会が終了。全代表選手での記念撮影を経て
夜の帳が下りる頃、イベントは終了。

最後に館長とアントンで記念ツーショット撮影し、
その後はダモシ&アントン、ワイフ&アントンの記念撮影をして
フィニッシュと相成った。

久しぶりのダモシ最近影と共に。

101710J.JPG


本番では、ルールも応援マナーも厳格に規定される。
PASSを所持していない関係者はアリーナに下りることが出来ない。
観客席からすべて応援観戦となる。

1選手につき二名のみがセコンド許可される。
セコンドはスーツ&タイ着用。

ダモシ軍から大会本部へセコンドPASS申請書が郵送された。
セコンドはダモシと館長。
二人で単騎乗り込むアントンをバックアップする。


*****


今後の予定としては、

ダモシ自身のオフィシャル事案での出張の旅が二つ、ある。
来週:大阪/三週間後:仙台。

その間、来週の週末は伊香保への旅がある。
そこで最新のトレンドでもあるパワースポット榛名神社へ詣でて
戦勝祈願をアントン、ワイフと共にする。

榛名神社での参拝を経て十一月に入る段階で、
いよいよモメンタムを高めていく作業へ移行するという算段である。

当該ウィークの道場での最終調整を経て、
直前の二日前はダモシvs.アントンでスペースを借り切っての
最終極秘練習で、前日は休養にあてて、本番へ臨むことになる。

前日まで厳しい練習をする必要はないし、
それを選択しないのがダモシ流である。

いずれにせよ見えている。
勝ちパターンと負けパターンは見えている。
相手の特性ごとの対処法も摺り合わせ済みだ。

それをいかに本番で遂行できるか否か。

<一回戦から、決勝戦>という大会キャッチフレーズは偽りなく、
それこそ誰にでも優勝する可能性と一回戦負けの可能性が
フィフティ・フィフティに存在している。

技術、体力、精神力はもとより、
最後はモメンタムが大きな分水嶺になるだろう。

そして11.28が終わればまたすぐ切り替えて
次なるターゲットを持つことがモチベーション向上には不可欠
ということで、

十二月の他流乗り込みで大阪遠征の案が浮上。
さらには来年には対チャイニーズというダモシ軍の怨敵との闘いに
海外遠征も計画されているところである。

対チャイニーズ、対コリアンとなれば、
カンフーやテコンドーとの異種格闘技戦という世界になるのか。


*****


帰路。中央環状線。例の新しい高速道路だ。

往路では、
館長を乗せていったのだが、
驚くほど快調で、中央環状線の利便性が証明された。

空いていれば、の話である。

帰路では、中央環状線の以前記載した悪い部分が露呈した。

要するに、前回も触れた<構造的欠陥>である。

101710L.JPG


どう足掻いても、渋滞は回避できない構造になっている。
意図的か?とも思えるほど悪構造である。

快調なる、そして偉大なるショートカットともいえる中央環状線。
走行するドライバーが皆、モメンタム高まる。

<よし、早いぞ!>と。

<この流れでスイスイ行けるぞ>と。

だが、『大橋にて』という題名をつけたくなるほどの
劣悪なる大橋(池尻=渋谷の一つ先/東名寄り)で
首都高&東名に合流する直前からの構造的欠陥=

<伊豆の踊子的つづら折りの構内道路>が

各車のスピードを必然的に落とさせる上に、
合流する車線が一車線になることに加えてさらに、
合流する首都高(→東名へ向かう首都高)が極端に狭い
(大都会部を走るゆえ二車線あっても極端に狭い)から、

簡単に合流できず、
ここはローカルか?と思えるほどの

"トロトロトロトロおたんこなす
 スーパー・スロー・ドライビング"状態に陥るわけである。

ここのロスは甚大にして致命的だ。

一気にモメンタムは削がれ、
ア・リーグのチャンピオンシップ第一戦でのテキサスが如く
八回の大逆転を食らうという様相になってしまう。

ドライバーは皆、ここでシュンとなる。

そして合流後も、だらだらだらだら走らざるを得なくなる。
三軒茶屋を過ぎて用賀を過ぎて
いよいよ東名の東京IC近しという、道が広くなる段に至り、
ここで誰もが怒濤のドライビングを展開する。

一気に落ちたモメンタムを再度盛り上げて、
ロス分を取り返すべく爆走を開始するのである。

危ない。これは、危ない。

中央環状線。これは、偉大なるショートカットである一方で、
致命的なる劣悪な、つづら折り。


長い長い掲載となったが、今宵の主題は、モメンタム。

今週の菊花賞。
エイシンフラッシュにローズキングダム。

いずれがモメンタム高いか。
はたまた他の馬のそれが上回るか。



posted by damoshi at 00:16| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

スポーツの秋



秋なのに、ここのところ秋晴れが少ない。
秋が最も天高く肥ゆる季節なのだが、ダークスカイが多いこの頃、
よろしくない。

秋はスポーツの秋でもある。

日米とも野球はポスト・シーズンに入っている。
"フォール・クラシック"のワールド・シリーズと日本シリーズへ向け
紙一重の闘いは、ヤンキースvs.レンジャースでも、巨人vs.阪神でも
痺れる展開で楽しませてくれる。

が、日本の野球に関してはメディアの暴挙か、
地上波で巨人vs.阪神のプレイオフに関わらず放送されない
という破廉恥な時勢がある。

万が一、名古屋と福岡の日本シリーズになれば、
史上初めて日本シリーズが地上波で放送されないという
国辱的な事態に陥る可能性がある。

人気が下がっているからだの視聴率がとれないからだの
ボンクラ・メディアは宣うが、
メディア自体の責任がこの数十年、ウェイトが高い。

メディア自身が、"うまいこと"やってこなかったから
お客さんが離れていったのである。
三流四流の、とても公のメディアで芸を見せる芸人とは
到底言えないような輩を多数起用して、例の"ひな壇芸人"たちの
ただの内輪の宴会を公に垂れ流すという
世界最悪レベル級の所作を延々と施してきたり、
スポーツという闘いをある意味で"茶化す"ような
番組づくりをしてきたツケがすべて視聴率低下と
スポンサー離れにつながっていることを
阿呆テレビ・メディア自体が気づいていないのだろう。

ドラマも同様。

今やNHK以外、とてもまともに観られたものではない。

それを野球の責任にして、放送しなければ、
人が目に触れる機会が減少し、ひいてはその露出が少なければ
当然これまた己が利益しか頭にない企業も
スポンサーから離れていくという悪循環である。

野球をないがしろにしたら、必ず後で大きなしっぺ返しがくる。
そう思っている。

巨人vs.阪神という、
米でいえばニューヨークvs.ボストンのような
ライヴァリーの<文化>たるものを、軽んじるようなメディアは
到底ジャーナリズムの端くれにも認めるわけにはいかない。



*****


スポーツの秋。

今宵は女子のGI三冠最後の秋華賞。舞台は京都。
こちらはアパパネの史上三頭目のトリプル・クラウンが
懸かっている。

キョトンとするような"変な"レースではなく、
きちんとした激闘をもってしての大団円を期待したい。

女子スポーツといえば、相変わらずクルム伊達が好調だ。
否、相変わらず現役バリバリが情けないといった方が良いか。

あろうことか、決勝進出を許してしまった。

クルムは史上最高齢でのツアー優勝が懸かる。
あのビリー・ジーン・キング夫人の栄光の記録を抜こうか
という事態に、いささか不満を覚えるところである。

"失うものは何もない"クルムに対して、
現役バリバリの方がかえって疲弊した中で毎回闘っている
という趨勢は以前も書いたが、

引退して結婚もしてという、古いが、いわゆる"勝ち組"の中で
年齢(不惑)という評価の秤も武器にした
現在のクルムほど強いポジションはない。

それを大いに活用しているわけだが、
そこを現役バリバリが叩き潰さなければならないのであるが、
あまりにも情けない。

しかも今宵の決勝はタナスガーン。
もはやこれは、AV的にいえば<熟女決勝戦>だ。

杉山愛がいてくれたらなぁ、と。
杉山のパッションならば、クルムが来たら
叩き潰すくらいの覇気をもって臨んでいただろう。

現役バリバリよ、しっかりせんかい!悔しくないのか?
と言いたいところである。



*****


そろそろ出掛ける準備をしなければならない。

今宵はいよいよ精神的には待ちに待った
アントンの空手の
"ナショナル"の称号のニッポン代表壮行会が行われるからだ。

ダモフィーロで一路、都内のオールモースト埼玉の"荒川"エリアへ
館長を乗せてワイフ&アントンと参上する。

今宵はスーツだ。本番もスーツだ。

壮行会では、称号となるワッペンの贈呈式が行われるが、
関東エリアの各県の代表選手が集い合同稽古も行われる。

大会で当たったことがある選手は分かっているが、
そうではない選手もいる。

本番では一回戦から関東代表同士が当たることは
高校野球の甲子園に等しく、可能性的には少ないと思うが、
これらの選手の分析をビデオ&カメラにも収めた上で
行うのが、今宵の一つのミッションでもある。

anlyz.jpg

何でも手づくりDIYのダモシは、
野球でいうところのスカウティング・レポートを作成した。
これを持参し、逐一、各選手を見て
その特徴、利き脚、ストロング・ポイントやウィーク・ポイントなどを
現場で書き留めて、後の分析資料とする算段である。

あとは関東以外の各県の代表選手で、見たことのない選手に関して
どう情報収集するかも課題としては残されている。

今宵もこれから晩まで一日がかりとなろう。

競馬やテニスの結果は帰宅してからニュースで観たいところである。





posted by damoshi at 10:07| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月16日

駅前意匠



東京の、例えば京王線、小田急線、東急線の
世田谷ラインなどの駅前は、
立川や溝の口のような中途半端で奇妙な大きさを持つ駅前と異なり
駅ビルなどがなく、商店街が賑やかで風情豊かだ。

駅前はその街の体を表す。

愛媛の松山、熊本の熊本など
その旧国鉄のメイン駅の周りが異様なほど寂しかったのには
落胆と驚きを得た昨年だが、

同じ圏内の他所や郊外へとマーケット・エリアが
移行してしまった、それはティピカルな事例といえるから
まだ救いようがある。

小さな街、否、新幹線駅として駅規模が大きいのだが
ゆえに逆に中途半端な街になっているような場所は
圏内他エリアや郊外へマーケット・エリアが移行した云々とは
別の世界で、言ってしまえばその<駅周りしかマーケットがない>
にも関わらず、その駅周りのポスチャーとアトモスフィアが
終わった感やローカル感溢れていたりすると、
これもまた溜息が出る。


kg1.jpg

<ラグビーの街>を謳うこの街のメイン駅前には、
ラグビー坊やとラグビー・ボール、そしてH型ゴール・ポストが
スタチュとなって屹立している。

なかなかの個性的な趣だ。

しかも、一瞬、<武田信玄か?>と見紛うスタチュもある。

kg2.jpg

駅前に象徴的に建つこれらは、
いわばその街の体を表すものである。

人も皆、この駅に集う。移動のために。
大学もあるから、この駅からバスで大学に行く学生も多い。

この駅から電車に乗る人の数は一日約三万人。
人口約二十万人の埼玉県熊谷市の、メイン駅である。


kg3.jpg



*****



ところが、しかし一瞬にして
駅前のこの期待感を抱かせるシンボリックな存在をもってしての
ポスチャー構築は、やはりローカルの限界かというふうに
胆を落とすことになる。

リアルなポスチャーはこうなるからだ。

kg4.jpg

ネガティヴな意味合いでの表現としての"盛り場"チックな装い。
これが駅前メイン部分になってしまう。

下半身系含む、いわゆる娯楽が悪いとはいわぬが、
駅としてそのエリアの横綱格であるべきメイン駅
(すなわち市名と同名の旧国鉄系駅:JR駅/且つ新幹線駅)が
この体たらくでは、街づくりの品位を大いに疑わざるを得なくなる。

しかもこの駅は、JR高崎線と新幹線2ライン(上越/長野)を擁する
のみならず、私鉄まである(秩父鉄道)。

だから当然、駅は大きくなるのだが、
駅内にある店舗群も、駅構内のアトモスフィアも、
そして駅前の様相も、著しくローカルの悪い事例を示している。

むろんこの地が旅のデスティネーションになることはないにせよ、
旅人を、散歩人をガクッと落胆させるに十分である。

なぜローカルはこうなってしまうのか、と。

純粋に、いつも感じてしまうのである。


kg5.jpg

せっかくの<ラグビーの街>スタチュも、<熊谷直実>スタチュも、
まったく活かされていない。

ラグビーの街と謳うなら、それに徹したらどうなのか。
ラグビーの街と言いながら、
一方でここを<ハートフル・タウン>と言い、
さらには<チャレンジ・タウン>とも謳う。

一体ここは、

"ラグビー・タウン"なのか、"ハートフル・タウン"なのか、
それとも"チャレンジ・タウン"なのか、

何なのだ、と問いかけたくなるのである。

都市と街、町、村の訴求手法としては、失敗事例といえよう。

そのせいで、結果ここが<曖昧な町>として結論づけられてしまう。
少なくともダモシはそう感じる。

それこそ、
姑息な輩と対峙した場合、最終的には<アイ・アム・ダモシ!>で
すべての体を成すというように、

都市や街も、そういう、例えばここでいえば
<ウィー・アー・クマガヤ! ザッツ・オール!>
と言い張るくらいの方がまだマシである。

いくらハートフルなタウンです、チャレンジ・タウンです
と言ったところで、この駅前のポスチャー。

何とかしようと、もし思うならば、何とかした方が良い。
当事者がこれで良いと思うなら、このままで良いだろう。

ただ、もったいない。ダモシなら何とかしようとするだろう。

少なくともこの品位の低い駅前ポスチャーは、
本来は何とかすべきだろう。

駅前の様相は、意匠デザインである。
街も、都市も、その重要性は高い。

短絡的にスタチュを建てれば良いという発想があるとすれば、
それは意匠デザインでも何でもない。

埼玉県のノース(北部)の中核都市でこれだから
いただけないのは確かだ。

ここは絶対的な必要性がない限り
行くことはないであろう街の一つではあるが、

それでも、いずれにせよ、なにごとも

行ってみなければ分からないわけだ。
迷わず往くことで、得るものは少なからず,在る。

それは、どんな村でも町でも同様だろう。

バットを振らなければホームランは出ないのと、
キックを出さなければ当たらないのと、

それは同じである。


すべては現場に在るのだ。




posted by damoshi at 11:35| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

これが荒川?



流域面積が日本最大の川は、利根川。

今夏、千葉は銚子に入って突如現れた利根川の
その想像以上の大きさに驚いたものだ。

その利根川は長さでも国内二位を誇っている。
一方で日本最長の川は、信濃川。

とはいっても、いずれも世界三大河川の一つである
米のミシシッピ川を目にした際の衝撃には到底及ばないが。

世界と比べたらひとたまりもないため
ニッポン国内だけで見ると、
その二つの川に対して
川幅で凌駕して国内最大川幅を持つ河川、

それが荒川となる。


荒川。

都内のダウンタウンで括れば<三年B組金八先生>が思い浮かぶ。
いずれにせよ東京とはいっても"本当に東京?"と
強い疑念が生じるエリアが思い浮かぶわけだ。

つまり北区や荒川区、江戸川区などの
オールモースト埼玉、オールモースト千葉の世界観。

決して揶揄しているわけではなく、
山の手の人間のダモシからすれば相容れないだけである。
随分以前にも当欄に記載したが
<東京>という括りでの文化人類学的世界観である。

つまり山の手とダウンタウンでは東京はまったく異なる。
そしてその分水嶺を川で表現すれば
荒川人間か多摩川人間かの違いでもある、と。

エリア属性は生活形態や街のポスチャーの差異がもたらす
文化レベルや生活スタイルへの影響の大小少なくなく、
よって人種の差にもなって表れる。

同じ都民、首都圏民でもそれだけの違いは生まれるわけだから、
都道府県別であったり世界の都市別、国別に
大きな大きな違いが生まれるのは当然である

という前提的考え方である。

まあ、いい。主題と異なる。

荒川である。

同じ一つの川でも、国を跨げば、様々な顔を持つことになる。
荒川もまた、前述のような金八先生的世界観もあれば、
長瀞渓谷のような(いささか埼玉にしては不釣り合いな)アトモスフィアを
持ったりもする。


<へぇ。これが荒川?>と感じる、
荒川が好イメージに転じられる可能性を秘めた場所が、長瀞である。


この夏に訪れた東北の厳美渓、猊鼻渓には及ばぬものの、
首都圏から近い関東で手軽に景観と川下りを楽しむことができる
静寂の時を持つ場所としては、一度は試したい。


今宵、長瀞景を掲載するところである。


naga1.jpg


naga2.jpg


naga3.jpg


これが荒川? と、
通常の荒川イメージと異なるポスチャーとアトモスフィアに
ポジティヴな印象を受けることになろう。


naga4.jpg

上流から望めば鉄橋がある。
その鉄橋を秩父鉄道の列車が走る。SLも走る路線だ。


naga5.jpg

ちょっとした一人旅の遠足&お散歩系だろうか。
各駅停車の旅チックな駅。


厳美渓、猊鼻渓などより
"ちゃんと"、否、"一応"観光地の装いをしたエリア。


naga8.jpg


naga6.jpg


naga7.jpg


昨秋の川越もそうだったが、
"案外"、"一応"<観光地している>ことに驚いた。

埼玉といって侮ってはならないのだろう。


<意外なことに、ちゃんと、一応、観光地しているんだなぁ>。

現地でダモシは呟いた。





posted by damoshi at 22:53| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

徒然サンデー



今朝早い時間、広がるサニースカイの向こうに見える富士。

101110a.jpg

未だ雪は冠っていない。

手前の山々の稜線の向こうに富士。

101110b.jpg

秋から冬のこれからの季節。
澄み切った空に富士が見える日々が増えるだろう。


今宵は体育の日。

体育の日といえば未だ10.10と認識しているダモシは古いのか。
在米中のニッポン不在期に勝手に体育の日は移動祝祭日になっていた。
納得がいかない。

<体育の日=東京五輪=晴れの特異日=10.10>とアイコンが成り立っていた。
成人の日しかり、その日はその日で不動祝祭日にすべきだった。
三連休にしたいなら、体育の日や成人の日を移動祝祭日にせずにする方法は
あったはずだ。安直な手法には到底納得できない。

体育の日は晴れるという法則は、確かにあったのだ。
おそらくこの日を移動させたせいで
体育の日自体の晴天率は下がっているのではないか。

たいてい、そういうものである。
アイコンやヒストリーを大切にしない罰だ。

まあ、いい。

いずれにせよ今年の体育の日である今宵はサニースカイ。
それは富士写真でも分かるように、見事な秋晴れだった。

そして今宵、各所では運動会が開催されただろう。

サニースカイだったことで、
<ウチのコはふだんの行いが良いからだ>などと言い合うバカ親が
各地に溢れたことだろう。

バカ親もコドモも共に戯れて一等賞を目指しただろうが、
たいていは一等賞に輝くことはできない。
一握りの一等賞坊やに対してはバカ親は<ウチのコは"持っている">と
錯覚するが、それもほんのコドモ時代の数年のみで、
<ああ、結局、かえるのコはかえるだったのね>で大団円が関の山だ。

イチローや石川遼は、一握りよりもさらに握りは少ない。

そもそもそれ以前に、一部の学校ではもはや
競走での順位づけすらないだろう。

横並び教育こそ、ニッポン・チャチャチャであろう。

明確に、それには異議を唱える。



今宵、学校のグラウンドに溢れたであろうバカ親に
負けないくらいのバカ親がダモシである。

アントンはまた彼女とその弟と共に
体育の日のイベントで朝から夕方までお出かけで
遊んできて汗びっしょり。

未だまともに乗ることができない自転車だが、
急遽昨晩になって彼女とその母親、弟が皆、
自転車でその会場へ行くということになり、
ワイフもザ・マミーに化身して厳しくアントンに接し、
自転車で一人で乗って行かせることにした。

車列は、彼女にその母親に幼稚園児の弟、ワイフにアントン。
五人の自転車列で川沿いを走って
イベント会場へお出かけと相成り、

アントンは(<マズいな…>)と内心思っただろう。
なにしろ夏休みの間、空手や縄跳び、うんていに集中したせいで
自転車の練習をおろそかにしていたことで
ほとんど乗れなくなっていたからだ。

昨日の夕刻、暗くなるまでワイフと練習。
何度も転び、アザが出来ていた。空手ではできないのに、
自転車練習でアザができるとは笑えるのだが、
それだけ必死にやったのだろう。

そして彼にとっては初めて自転車での遠出を、
今宵、無事にこなしてきたということである。

手を抜かないところが素晴しい。
何をするにも一生懸命。まっしぐらとも言えるほど。
そこが彼の良いところだ。

そんなアントンに、バカ親ダモシは昨日、
リビングルームの一角にアントニオ殿堂を設置した。


101110c.jpg

賞状を入れる適格な額がなかなか手に入らないから
賞状は別に<賞状ファイル>というものをイオン・モールで購入。
振り返りながらそれを整理しつつ、
メダルやトロフィー、写真を殿堂に整理して設置したわけだ。

ダモシがオリジナルでデザインした11.28のポスターとチケットも
額に入れられて掲示された。

ポスターとチケットを今宵、アントンは彼女に渡したという。
むろん、ダモシの指令だ。

<〇〇ちゃんに渡したら喜ぶぞ?>

<ちゃんと言うんだよ? 応援に来てね、って。
 その時に、〇〇が来てくれたら頑張れるよって言うんだよ。
 女の子は喜ぶぞ?>と恋愛指南。

テレるアントンを見てワイフがダモシに苦言。

<よけいなことは言わないの!>。

女の子の話題になると
ニヤニヤしながらヒソヒソ話をするようになってきた
バカ親ダモシ&アントンである。

11.28への代表権を賭けた最後のバトルが地方で行われ、
それに参戦したアントンの道場のお兄ちゃんたちだったが
残念ながら届かなかった。

これで11.28は極真含め、他団体からの代表が多く出てくる中、
同団体からはアントン単騎、乗り込むことになった。

主催者事務局からレターが届いた。

同大会は最大最高の大会ゆえ、周りの観客・関係者に対する
ルールも厳格に定められている。

通常の大会では関係者や館長、指導者、親、友人など
すべてアリーナに入ることができ、
リングの周囲で応援することができる
(直近に入ることができてセコンドになれるのは一〜二名のみ)。

だが、同大会は<コーチ>(セコンド)以外は、
すべて観客席からの観戦となるようだ。
アリーナに入ること自体、親でも出来ない。

アリーナに入るには事前に交付される<PASS>が必要で、
リングに共に進み出ることができるセコンドは
1選手につき一名(プラスαビデオ撮影をする人一名:これも名目はコーチ)の
最大二名のみということである。

当初は最大一名(コーチとセコンド含めて一名のみ)ということだったが、
何とか二名までは認可された。

最大一名ということになってしまうと、
アントンの場合、通常はダモシ自身が代表セコンドになっているから
ダモシがつくということになるが、
この晴れ舞台であるからして館長に立っていただくのが筋になる。

内心、<困ったな…>とは思っていたところで、
最大二名になったから、これは非常に良い方向で決着した。

ダモシと館長の二人が、一騎当千で臨むアントンの両サイドをかためて
闘いに挑むことになる。

その<PASS>申請を今週、送付しなければならない。

しかも当日は、セコンドは必ずスーツにタイ着用である。

そしてバカ親ダモシは、その日に向けて新たなスーツを購入し、
昨日、それを引き取りに行った。

今週の日曜日に迫った関東地区の代表選手が集っての
そのニッポン代表ワッペンの授与式と合同練習、大会壮行会にも
そのスーツを着て館長と共に出向くことになるわけだ。

アントンもその日を分水嶺に、
じわじわと11.28へピークを持っていくべく
入れ替えてくるだろう。

翌週にはさらに群馬の榛名神社へ出向いて
戦勝を祈願した武田信玄が如く、そこへ詣でる。

それが終われば、カウントダウンで11月に突入し、
いよいよピークへ向けた調整がスタートするという流れである。


いけない。

明日もまた早くから出て
オフィシャル事案で<熊谷〜長瀞〜秩父>行の長時間ドライブだ。

寝なくてはならない。

運動会が今宵あったお父さん方。
コドモは代休でもお父さんは会社でしょう。
疲れもあるでしょうが、頑張ってください。


Good Night.






posted by damoshi at 00:42| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

天城越え-終



シリーズ<天城越え>の締めくくりは、まず修善寺温泉。

伊豆の温泉のみならず
ニッポンの温泉の中でも"本物の温泉街"の一つだ。

あまりにもコンテンツが多い。
修善寺は修善寺だけで最低二泊は必要だろう。
そして寄稿も、修善寺だけで五回分くらい要しよう。

今回はエクスカージョンの一つに過ぎないため、
当欄で初めて取り上げる修善寺として
そのエントランスに留めたい。

とまれ修善寺。
ここはファミリーでの旅ではなく、男の女の逢瀬の舞台でこそ。
別に不倫に限ることはない。
しかし年齢が若ければ満たされない。
不惑過ぎてからでこそ、修善寺である。

それだけ、昔のホテルでいえば
ニューヨークのかつてのプラザ・ホテル級。

この地のアトモスフィアは絶品だ。


syuzenji1.jpg

山間へ向かう修善寺温泉の玄関口。

中央に見えるのが,とっこの湯。

弘法大師がこの桂川で病気の父を洗う少年を見る。
その姿に心打たれ、とっこ(仏具)で川の岩を打ち、霊湯を湧出させて
父子に温泉療法を伝授したとされる。

修善寺温泉発祥の湯。

その弘法大師空海が807年に開基したとされる寺は、修善寺。

これもまた修善寺温泉の玄関口であり、門だ。異空間。
寺は何処も異空間だが、修善寺のそれはズシンとくる異空間。


syuzenji5.jpg

syuzenji6.jpg


修善寺温泉といえば、象徴する画は多々ある。
親和性もお洒落共高く、女性誌にも度々取り上げられるシーンとしては、
ティピカルなもので<竹林の小径>が筆頭だろう。

syuzenji2.jpg

syuzenji3.jpg

"作り物"感がない点が、さすが修善寺といえる。

箱根に御す中伊豆の横綱格が、この修善寺である。

修善寺は、伊香保以上に掘り下げると凄さがより感じられるだろう。
女性と二人で隠れたいところである。

この日も川沿いを歩いていると、18時台に既に浴衣姿で手を握り合って歩く
五十代と思しき男性と二十代後半と思しき女性のアベックとすれ違った。

思わず、<ちっ…>と舌打ちをせざるを得ないそんな環境。



*****


<天城越え>の旅は終わる。

修善寺はそれこそ川端康成に留まらず、
多くの文豪に愛されたことで、小説の舞台に多々存在する。

書く環境としても、描く対象としても、"何かを持っている"地であることは、
その入口だけでも感じ入ることができる。


『一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。
 修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、
 そして朴葉の高下駄で天城を登ってきたのだった』

とは、<伊豆の踊子>の冒頭だ。

<伊豆の踊子>ではかようにさらっと流した修善寺だが、
川端は雑誌「伊豆」で修善寺をこう述べている。

『修善寺を歴史の温泉といえるなら、熱海は地理の温泉である。
 修善寺付近には静かな寂びがある』。

同じ伊豆でも東伊豆、中伊豆、西伊豆では異なるとは、
このシリーズの寄稿で書いた通りだが、
川端もそれを書いている。

『伊豆山から伊東にかけての海岸線は南欧を思わせて、
 伊豆の明るい顔である』。

さよう。

熱海、伊東、そして下田。東伊豆の陽光。
それに対する中伊豆の侘び寂び。

これが伊豆の強力ラインナップを形成する基盤でもある。

仮に箱根vs.伊豆という構図になった場合、
箱根もまた仙石原・大湧谷、湯本、強羅、元箱根など
膨大なエリア・ラインナップを擁しているから、
それぞれでの対決になる。
仙石原(箱根)vs.河津七滝(中伊豆)といった具合に。

総合的には箱根こそ日本最強のリゾート・エリアと
ダモシの中では感覚を得ているが、
伊豆が箱根に迫り得る武器としての存在が、修善寺でもあろう。


<伊豆の踊子>。

あまりにもニッポンにおいて親和性の高い小説。
誰もが学校の授業か何かで読んだことがあろう。

ほどよい短編である。
内容もディープなものではない。

この場合、その中身と共に,書かれた時代背景も鑑みる必要がある。

時にニッポンは戦争への道をまっしぐら。
発表されたその前年には治安維持法が制定されている。
その後の<雪国>も含め、川端の時代はまさに
"国家総動員"を基軸に<源氏物語>の上演さえも禁じられるような
時代背景。

そこで恋愛、純愛モノは御法度どころか、
検閲のプレッシャー含めて、そんな空気感ではなかった。

にも関わらず、川端はかような作品を残したのである。

ダモシの書棚にある<世界の文学>という書籍から引用したい。

『戦時下の耽美的な抵抗。
 自分を包み込み癒してくれる
 故郷を想わせる<伊豆の踊子>に続き、
 川端康成は戦争という時流の中でライフワークを模索。
 それが<雪国>に結晶した』。

人間は日常の幸せの中では浮かれるが、
何か大きなトラブルを抱え、シリアスな危機が訪れると、
己を癒してくれる故郷のような存在を求めるものだ。

間違っていないよ、と己を包み込んでくれる存在であったり、
そこへ還る/往くことで再発見して復活し得る場所。

ダモシにとってもそういう地や場所は、ある。
誰しも、あろう。

日常の若年期の危機に川端は伊豆を選んで旅をした。
そして伊豆は川端を包んでくれた。

<伊豆の踊子>はその旅から生まれたわけだが、

戦争へまっしぐらという時勢にあって
精神的危機を感じた川端が次に選んだ存在が雪国の
越後湯沢だったわけで、

それもまた<雪国>へと昇華した。

戦争も終わり、文学もその舞台を取り戻した頃、
川端の平穏な日々も訪れたであろうが、

三島由紀夫の死とノーベル文学賞受賞
(同列にはならないが)で"被った"シリアルなダメージを
回復させて復活へ導くための地はなかったのか、

その二つが基軸となって自殺へと向かっていったとも考えられる。

戦時という時代に逆らって耽美的な装いをもった川端だったが、
三島の死とノーベル文学賞受賞という時代には
飲み込まれてしまったのか。

その時、伊豆は救いにはならなかったのか。行かなかったのか。


:::::


時代を感じさせる動画。

川端康成、ノーベル文学賞受賞式。
そして強烈な動画は、その受賞決定後に当時NHKで放送されたという
三島由紀夫らとの対談の様子。

川端が徐に煙草を取り出して吸いはじめる様は妖怪。
隣の三島も終盤、遂に煙草を取り出す。

嫌煙だなんだ口うるさい国民性になる遥か昔の良い時代の画だ。









最後に。

今宵、ダモシは煙草"Echo"を買った。

川端康成が最後に吸った煙草にタイトルが似ているからだが、
理由は、それだけではない。

あと2カートン、セブンスターの買いだめはあるものの、
その後を視野に入れて、
未だそれでも安い煙草を探れば、

Echoとわかばが登場したからだ。

"わかば"は、
ワイフのおじいちゃんが存命中に吸っていて、
ダモシの小学校四年時の担任の教師も吸っていたので、
たいへん印象に残っている。

Echoが240円、わかばは250円。
この世知辛いご時世にあって、300円以下でフィルター付きの
20本入り煙草があることで、

にわかにダモシの中でEchoとわかばの存在がクローズアップされたのだ。

明日はまた遠征だが、デスティネーションの地でわかばを買ってみよう。


echo.jpg


今宵、ワイフにこのパッケージを手に、
<セブンスター以降を考えて試しに買ってみた>と述べたダモシ。

<これと、"わかば"ね。
 240円、250円だからセブンスターの先月までより安いのさ。
 これに切り替えるかな>。

するとEchoのパッケージを凝視していたワイフが口を開いた。

<"わかば"はおじいちゃんが吸っていたから知っているよ。
 で、なに?それ。エチョーっていうの?>。

ダモシが大爆笑したのは、言うまでもない。

こうして<天城越え>の旅は、エチョーで終わった。






posted by damoshi at 22:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天城越え-5



「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」。

川端康成の名作<雪国>の出だしである。

そして<伊豆の踊子>。

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、
 雨脚が杉の密林を白く染めながら、
 すさまじい早さで麓から私を追ってきた」。

いずれもキャッチーにして覚えやすい、映像が目に浮かぶ、
親和性の高い冒頭。

川端康成の卓越した部分の一つが、この出だしの上手さにあろうか。

実際に旅をした中で、
それを描くからフィクションの中に不可欠なリアリティも増す。
<雪国>も<伊豆の踊子>もその成功例だろう。

現場ありき。ここがすべての基点であり、あらゆる創造は
机上だけでは決して優れたものは生まれ得ない。



*****


天城隧道。

まさにここは<伊豆の踊子>序盤を締めくくる地。

『踊子に早く追いつきたいものだから、
 婆さんのよろよろした足取りが迷惑でもあった。
 とうとう峠のトンネルに来てしまった』。

浄蓮の滝を過ぎれば天城峠が近づく。
峠越えの天城隧道まで
山道、密林の中をひたすら登ってゆく。つづら折り。

車は到底、片側一車線の一台分しか走ることができないほどの
狭い山道である。

だがここは、れっきとした峠越えの道。車も通行できた。
南伊豆から中伊豆へ、またその逆の<伊豆の踊子>行。
明晰とせずにもたもたし合うか、ゴリ押しで対向車をどかせるか、
はたまた怒濤の勢いで、ここを一気に通過してこそ人生とばかりに
高速道路を160kmで飛ばすかの如きスピードで走るか。

性格も,出る。

歩く方もまた、同様。
否、隧道に安易に足を踏み入れるか、敬意を表して踏み入れぬか。
そこでまた性格とその人の生き方が、出る。端的に。

それはまた、品格ともいえよう。

川端康成と踊子の時代は、峠越えがここしかなく、
ここがメインの道だった。隧道すなわちトンネルは、それを越えるために在った。

『暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。
 南伊豆への出口が前方に明るんでいた』。


0zuido5.jpg



*****



旧天城隧道。

下田街道の改良工事の一環として
1901(明治三十四)年に貫通。1904年に完成した。

1904年といえば、どんな時代だったのか。

日露戦争が開戦した。
ミラノのスカラ座ではプッチーニの歌劇「蝶々夫人」が初上演された。
激しさを増す日露激突の中で与謝野晶子は「君死に給ふこと勿れ」を書いた。
多くの悲劇を生んだ二百三高地攻防戦もあった。

そんな時代、既に米ではハンバーガーが初めて発売されていた。

ニッポンと欧米の、劇的な差異。
後にこの差は、戦争で到底勝てない差となる。

そんな時代だ。


旧天城隧道のトンネルとしての長さは意外にあり、
全長は445.5m。

だがその幅は4.1mと極端に狭い。
坑門と内部全体は石積みされている。よくぞ造ったという感じだが、
熊本にある日本最大級の石造りアーチ型水路橋も同様だが、
昔の叡智のレベルの高さを感じさせる。

道路隧道(道路のトンネル)としてはニッポン史上初めて
この旧天城隧道は国重要文化財に指定された。


0zuido1.jpg


*****





現代において一般的に車が通っていくのが新天城トンネル。
それと旧天城隧道の位置関係を見てみる。

このようになっている。

北から中伊豆から南伊豆へ行く場合、
いずれにせよこの天城峠を越えるわけだが、
その場合、国道414号線を走って南下、
やがて新旧いずれのルートも合流して河津へ辿り着く。

新天城トンネルの開通は1970(昭和45)年。

三島由紀夫が自決したのと同じ年。
この二年後、川端康成も自殺してこの世を去っている。

今年は開通からちょうど40年に当たる。


旧天城隧道の前に立っていると、
数分おきに不思議な光景に出くわす。


0zuido2.jpg


安直にこの中に足を踏み入れるような行為を
する気にはならないでいると、

車が一台,中に入っていくではないか。

<ん? ここは通れるのか?>と疑問に思う。

ヒストリカル&カルチュラルにして国重要文化財である
旧隧道だ。

今はもう新天城トンネルを越えれば良いわけだ。

ここを訪れるならば、
その目的は<伊豆の踊子>や松本清張の<天城越え>、
石川さゆりの<天城越え>を辿る旅の一環で
"感じ入る"ためであろう。

むろん<伊豆の踊子>を実際に歩いてめぐる旅をするならば、
この隧道を歩いて渡るならば納得できる。

だが、車でここを通るのは、いかがなものかと感じるのだ。

前述した通り幅が狭い隧道は暗くもある。
そう易々と車で走行するのはいささか不釣り合いだ。

入っていった一台の車が、すごすごとバックして戻ってくる。
車のヒップ部分丸出しで、隧道の外までそのまま引き返す。

<何をしているのか>と訝しく思い眺めていると、
向こうから一台の車がヘッドライトを煌煌と照らして
ものものしいエンジン音を響かせながら
こちらに向かって隧道の中を爆走してくる。

同行者が言う。

<何だかなぁ…。あんなスピードで走るところではないでしょ>。

<風流さが台無しですね>とダモシも辟易する。

と、その車をやりすごさせた先ほどの車が、
<今度こそ行ってやる。あっちから来ても譲らない>
とばかりに、これまた高速道路を走るかのような勢いで
激しくエンジン音を響かせながら
南伊豆へのエントランスへと隧道を駆け抜けていく。

入っては戻り、やり過ごしてからまたもの凄い勢いで走る。
この繰り返しが十分程度の間に五回はあった。

こちら側からの車、あちら側からのそれが
交互に、引き下がっては、一気に爆走。

隧道の外の石道は埃が舞い上がり、石が飛ぶ。


これは実に困った行為だ。
まさに彼らの品格を疑うに値するアグリーな行為である。

ここは、
爆裂なエンジン音を響かせて高速で爆走する道ではない。

ノーベル文学賞作家・川端康成の他、
名作名曲に描かれた深い山の中の峠越えの
カルチュラル&ヒストリカルな道である。

狂走族が集い走る、そこらの峠道とは違うのだ。

にも関わらず、若年層は百歩譲るとしても、
いいオトナのミドル層までもがそのように爆走しているのだ。

なにをしとるのか、と。

すこしは敬意を払わんかい、と。

これだからニッポンはダメなのだ、と。

そんな感慨を持ったダモシは、
隧道に一歩だけ足を踏み入れ、その壁に手を触れるだけで
そこから外に出た。


0zuido3.jpg



*****



旧天城隧道を過ぎた頃、"私"は初めて踊子一行と
会話らしい会話を交わす。

『私は一層詩を感じて、また踊子の美しい髪を眺めた』。

さふ。

この旧天城隧道も、詩なのである。美しい髪なのである。

それを静かに眺めずに、現代の車で爆走する所作をほどこす
ニッポン人を、同じ民族として大いに恥じたい。

侘び寂びを失うと、ニッポンのニッポンたる所以が消えていく。

旅先でハシャぎたくなる気持ちは分かる。
ニューヨーク在住時代、世界各地の旅先で、多くのニッポンから来た
破廉恥な所作の旅行者団体を何度も見たから、
とっくにあきらめてはいるが、

まあチャイニーズのことをとやかく言えぬほど、
ニッポン人も旅先での所作にアグリーな部分がかなりある。

この旧天城隧道におけるそれもまた、しかりである。

そんな不届きな輩には、亡き大沢親分の分も,思い切り言ってやりたい。


<喝っ!>。


0zuido4.jpg





posted by damoshi at 13:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

天城越え-4



もう一つ、<伊豆の踊子>に出てこない"天城越え"。
それは<浄蓮の滝>だ。

沼津から国道に出て三島へ。
国道136号線を韮山、伊豆の国、修善寺と南下する。
狩野で左へ国道414号線へ乗継いで、さらに南下。
吉奈、嵯峨沢の温泉を抜けて湯ヶ島へ。

湯ヶ島。未だ道はつづら折りにはなっていないが、
ここまで来れば、そろそろ天城越えも精神的視界に入ってくる。

天城越え目前、その峠越えの関所がごとく存在するのが<浄蓮の滝>である。


jyoren5.jpg



*****


天城山の国有林の茂みの中を降りてゆく。
長い階段を降り切れば、そこに一本の流水が垂直に落ちている。

滝のダイナミズムでは、ナイアガラの滝には到底かなわない
ニッポンの滝の、拠り所にして、中南米・北米など世界の滝が持ち得ない美徳。

それがニッポンが誇る名曲中の名曲<天城越え>の世界観と、
この浄蓮の滝が持つニッポンの滝のティピカルなアトモスフィアだ。

サニースカイが似合わない場所。
そして、ダークスカイでも決して陰鬱ではない場所。

暗くても、暗くならずに、情念的世界観沸き立つ浄蓮の滝。

まさに<天城越え>の歌、そのものである。


jyoren1.jpg



*****


彼の地に建つ<伊豆の踊子>スタチュ。


jyoren4.jpg

"私"と一緒の踊子だが、これは両者、立っている。

初景滝の共に座って休んでいる様子とは異なる。

それは場所柄ともいえよう。

なにしろこの浄蓮の滝がある位置は、
冒頭記載の通り、天城越え目前の分水嶺。

これからさらに道は厳しくなる。峠を越えなければならない。
峠道は険しい。今では新天城トンネルがあるが、
当時は(現存するが)天城隧道であり、
その入口に行くだけでも相当な山道をつづら折り。

<伊豆の踊子>小説は、
"私"が既に天城峠の北口の茶屋にいるところから始まる。

"私"は修善寺に一泊、南下してきて湯ヶ島に二泊してから
浄蓮の滝を過ぎて、いま、天城越えの目前にある。

そこからスタートしているわけだ。

踊子一行とは既に修善寺近辺と湯ヶ島で二度逢っている。
三度目の邂逅が天城峠の茶屋になる。

<あの日が修善寺で、今夜が湯ヶ島なら、明日は天城を南へ越えて
 湯ヶ野温泉へ行くのだろう>

と"私"は踊子一行の行程を推測する。

その行程はダモシの今回のそれと同じである。

小説では浄蓮の滝はショートカットされているわけである。

だが、ここにそのスタチュが建っている。
そしてスタチュにおける"私"と踊子のポスチャー。
それがこの地の何たるかを表している。

出てこないから関係ないのではない。
記述はないものの、通っているはずだという想像。
そして小説で書かれていること以上の"何か"へのイマジン。


スタチュを後ろから見れば、それが分かる。


jyoren3.jpg


"私"が指差すのは、天城峠。

<あの山を越えれば、あとは下りだよ。湯ヶ野だよ。
 そして、そこまで行けばゴールの下田も視界に入るよ>

とでも言っているかのようだ。

<だから、頑張って歩こう>と。



*****



浄蓮の滝といえば、伊豆の踊子よりも真っ先に思い浮かぶものは、
やはり前述の通り、<天城越え>であろう。

石川さゆりの<津軽海峡冬景色>と並ぶ、ニッポン史上に残る名曲中の名曲。

サウンドと詩に、映像が重なり合う。そんな昔のニッポン歌謡曲の最高事例。
曲づくり、モノづくりのプライドと現場主義が凝縮された傑作だ。

この曲と詩は、机上の空論では決して生まれ得ない。
現場主義思想がなければ、到底描ききれない要素が詰まっているのだ。

まさに中伊豆、天城越え、そして浄蓮の滝を感じ尽くした上で
創造された楽曲といえよう。


jyoren2.jpg


この滝の画像を眺めながら、名曲<天城越え>に耳を傾けたい。





鼓と能管もまたお見事。


中伊豆。浄蓮の滝。
こんなところに不倫行したら、ほとほと危険だ。


(つづく)




posted by damoshi at 20:53| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

少年の代名詞



そもそも、ダモシもワイフも"教育熱心なパパママ"ではない。
ここでいう教育は、"学校での勉強"。

未だ小学一年では受験そのもの自体、カテゴリーに介在しない。
仮にそういう頃合いになっても
二人ともが"学校の勉強"は嫌いだったことから
熱心に己がコドモにそのジャンルでパワーを注ぐとは思いにくい。

且つ有名私立はもとより中学とて私立にやるほど
ダモシ国の国家財政は裕福ではない。

もともとダモシ国自体、
サラリーマンではない(=大樹に寄っていない)から
大国に安保条約のもとで守られているわけではない小国である。
そういう意味では、独立国家の中でも完全なる独立国家ともいえる。

経済大国というよりは文化立国であり、
且つ猫を入れても国民七人の小国ながらも、
猫を除く人間三人が格闘技経験のない者が一人もいないという軍事国家でもある。

巨大な米相手でも負けなかった軍事力。
米国戦線における戦歴上、米・英、ウクライナ系は親国で、
チャイニーズとロシア、インド、中東系は敵国に該当する。

小国と大国でサイズの異なれど、且つ敵国ではあるものの、
カルチュラル&軍事国家としてのムード的には
世界最高峰レベルのカルチュラル都市サンクトペテルブルグを
擁する一方で、軍事的にも強いという<ロシア>が
ダモシ国に近いイメージになるのか。

血の上の救世主教会やエルミタージュ美術館等は一度は訪れてみたいし、
写真的にも書き物的にも、
サンクトペテルブルグはとにかくニューヨーク時代から行きたい地だ。


それはさておき。

なぜこのような話をしたかといえば、通信簿である。


*****


昨晩、伊豆遠征の復路。

三島で関係者を下ろした後、ダモフィーロで沼津へ向かい、
そこから東名高速に乗ったダモシ。

<さあ、爆走して一気に帰るぜ,疲れたぜ>と一気にアクセル全開。

が、次の瞬間、東名高速上の電光掲示板が真っ赤になっている。

<なに?>と、渋滞などするはずもない金曜夜の上りルートが
なぜが渋滞のサインに目を疑う。

<集中工事渋滞。秦野中井から9km>の文字が。

ふぅ…。いいかげんにしてくれないか?
本当にこの渋滞というものは、人生の無駄である。
こちとら疲れているのよ、と。
工事するなら深夜にやっとくれよ、と。

そもそも中央フリーウェイにしても東名高速にしても
ウィークデイの夜の上り車線はバトルになる。

たいてい皆々様、西方面へ仕事で出掛けての帰路だ。
さっさと帰りたい。だから猛烈に飛ばす。

まるでレースだ。挑発合戦。

しかもこの先で渋滞になると分かっていれば
そこまで少しでも時間を稼ぎたいと
誰もが猛烈に飛ばす。

軽自動車まで無理して軽い車体を
左右に小刻みに震わせながら追い越し車線を140km爆走。
ダモフィーロが仕掛けてその後ろを150kmで追走して煽る。

120km台に抑えて追い越し車線を走っている際に
逆にダモフィーロに仕掛けてくる輩がいれば
意図的に真ん中車線へそれて譲るフリをして
抜かせた直後にまたすぐ追い越し車線へ入り
<イジメ>が始まる。

<オレを煽って抜いたのならば、もっと早く走れよ>攻撃である。

<仕掛けたのなら、それなりの自信があってのことだろう?
 ならば、責任をとりなさいよ>ということである。

恐れをなしてすぐに真ん中車線によけたその車をなおもイジメる
ダモフィーロは、即座に続いて真ん中車線へ移動し、
またもヒップにぴったりと追走して煽る。

<ほれほれ、早く走らんかい>とダモフィーロは無言で語る。

まったくもって酷い所作だ。
だがダモシ&ダモフィーロが悪いわけではない。

それもこれも高速の渋滞のせいである。
工事をやる日時をもう少し考えたら、いかがか。

高速道路を渋滞させないようにするためには
いかにすべきかを国はもっと真剣に考えた方が良い。
これは前から言っていることで、
こういうことは、あまり議論されないが、
こういう精神的な問題からすべては国の豊かさにつながるのだ。

阿呆よのぉ、と。

明日の東名。
下りは東京ICから海老名ICまで常時20kmの渋滞様いらっしゃい。
上りは笑いが漏れる御殿場ICから横浜町田ICまで45kmの大渋滞様様。
これではお盆より混んでいるから、笑える。

まあ、それでも三連休で混むのが分かり切っていて
お出掛けになる皆々様だから、渋滞にも決してダモシのように
苛々することはなく、ニコニコしていらっしゃるのであろうが。


その渋滞の中、ワイフにメールする。

<いま帰り道の途中だよ。アホ渋滞だから遅くなるよ>。

ワイフから返信が届く。
渋滞だから携帯を操作できるわけだ。

そのメールには、

<どうして渋滞するのだろうね>と書いてあるが、
その直後に、
<Aがあったから嬉しかったよ>と書いてある。

どうやらアントンの通信簿のようだ。

横浜の学校は前後期制を採っているところも多い。
我々世代の当時の一学期、二学期、三学期というのとは異なるようだ。

通信簿も我々世代の五段階評価とは異なるようで、
本質的には通信簿というものではなく
前期のトータルでの評価をABCで括るものとなっている。

帰宅後、話を聞いた。アントンもランドセルからそれを出して見せてくれる。

<どれどれ?>となったわけだ。

ワイフによれば、
この学校の場合はすべての項目でほとんどがBだという。

ABCでいうところの最下位にあたるCは、
よほどのことがない限り付けられることはない、と。

同時にAも、よほど卓越していない限り付けられない、と。
<すべてB>が、ほとんどのコドモの評価となる。

その旨、先般の懇談会で説明されていたという。

全部で23項目ある。
アントンのそれを見てもBが並んでいる。

項目とは、例えば、

・足し算や引き算の意味が分かる
・身近な自然に関心を持ち、楽しく学習しようとする
・言葉の決まりを知り、ひらがなを正しく読んだり書いたりする
・楽しく歌ったり、楽器で演奏したりしようとする
・きまりを守って、友達と仲良く安全に運動する

等々だ。

ほとんどのコドモがすべてBの中で、
アントンは栄えあるAを一つ付けられていた。

その項目は、

<自分の思いを、のびのびと表現することを楽しむ>。

これを見た瞬間、ワイフがなぜ喜んだのかが分かった。
ダモシもまた、たいへん嬉しかったのである。

仮にこれが、

・身の回りの数量に関心を持ち、進んで問題を解決しようとする
・ひとまとまりの文として読み、文章を理解する

でAだったならば、さほど喜ばないだろう。


自分の思い=己が想い

これを臆せずにのびのびと表現することを
楽しめている

ということでAだったことが,ダモシ国のイデオロギーとして
たいへん嬉しかったわけである。

さすがダモシ軍の一員だ、と。

担任はベテランの女性教師だが、
この教師はよく見ている。

アントンとダモシの夏休み中の縄跳び秘密特訓。
これは当然語られることはないわけだが、
所見にきちんと書かれていた。

『たくさん練習したこと。
 それによってリズミカルに跳べるようになったその努力』

に心からの拍手を送ってくれたわけだ。

あぁ、素晴しいと率直にその教師に対して感じたのだが、

その教師に対して、
思わず膝を叩くほどダモシが絶賛した点がもう一つある。

もう既にこの時点でその教師のことを認めているわけだ。

ダモシも唸る名言/名台詞が
通信簿の前期総括の所見欄に、その教師から書かれていたのである。

他人の名言では、これは近年にないほどのものだ。

アントンのことをこう評した。

<少年の代名詞>。

その名台詞に至る理由も書かれている。

友達と元気に楽しそうに遊び
困っている人や弱い人を見ると自然に身体が動いて手助けする
そのアントンを評して

『まさに<少年の代名詞>のようです』

と語るのだ。

嗚呼、素晴しい。ダモシはこの言葉には唸った。


<自分の思いを、のびのびと表現することを楽しむ>

そして

<少年の代名詞>。

ダモシとワイフにとっては
己がコドモの他人からの評価としては
最上級のものである。

何度もその通信簿を見返す、バカ親が、ここにいた。


tsuushinbo.jpg









posted by damoshi at 22:29| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天城越え-3




ひとくちに伊豆といっても
東伊豆、中伊豆、西伊豆と
多くのカテゴリーと異なるポスチャーがある。

それは、箱根同様だ。

<伊豆の温泉街を挙げよ>と言われたら、どれを挙げますか?

相対的に、
東伊豆ならば熱海、伊東、稲取、下田などが挙げられよう。
西伊豆ならば土肥となろう。

そして主軸のセンターラインは中伊豆。

ここからは、修善寺が筆頭に出てこよう。

だが、いずれのエリアも多々,その他に温泉がある。

伊豆のセンターラインは、北から順に南へ下り
主だったところだけでも
伊豆長岡、修善寺、天城湯ヶ島、河津七滝、河津が並び、
その間にはマニアックなそれも並ぶ。

その中伊豆の中でも
"温泉"という括りではマイナー筆頭格が、湯ヶ野温泉といえよう。


yugano1.jpg

だがここは、れっきとした<伊豆の踊子>の主舞台。



*****


『湯ヶ野までは河津川の渓谷に沿うて三里余りの下りだった。
 峠を越えてからは、山や空の色までが南国らしく感じられた』

と<伊豆の踊子>に書かれてあるが、

昨日の寄稿でダモシも

『新天城隧道を越えると、そこには空一面の青空が広がっていた。
 天城を分水嶺とした劇的な空の変化。
 と、つづら折りの道路が延々と続く』と記載したが、

まさにあの時代もそうだったのだろう。

天城を越えると、<伊豆の踊子>の終着点である下田が
精神的視界に入ってくる。

下田といえば東伊豆。陽光煌めくイースト・コーストとなる。

天城越えをすれば、すなわち山を越える世界観。
箱根の山を越えるのと同じだ。

越えたらあとは"下"になる。そこは温暖な静岡、神奈川の世界となる。



*****



川へと下る石畳の道を降りてゆく。
両岸には今もなお、木賃宿風情の宿が並んでいる。

yugano2.jpg

川辺まで降り切る頃、橋が現れる。

その橋を渡れば、<伊豆の踊子>の主舞台、福田家が佇んでいる。

yugano3.jpg


修善寺から、出逢った踊子一行との旅の中で
逗留先としてのハイライトがこの湯ヶ野であるが、
"私"がラスト・シーンとなる下田へ発つ前に三泊した宿が福田家である。

踊子一行は同じく湯ヶ野にある木賃宿に逗留。
料理屋で芸を披露する。

"私"はこの宿に泊まり、向かいの料理屋から聞こえてくる
踊子たちの嬌声や太鼓の音、
接待相手である大人の男たちの歓ぶ声に
眠れぬ夜を過ごすのだ。

踊子が汚されてしまわないか… と。

ジェラシー。恋心の発露。

<伊豆の踊子>の主舞台にして、川端康成がそれを執筆した場所。


yugano4.jpg



*****


時は流れても変わらぬ恋心としての福田家は、
百二十年余りの歴史を誇る
ひっそりとした現役の名宿。

一階には川端康成資料室として、<伊豆の踊子>関連の
貴重な現物が豊富に展示されている。

写真は掲載しないが、川端康成が最後に吸った煙草も
パッケージごとそのまま(中身が数本残っている)展示されている。


siryoshitsu.jpg


歴代の映画<伊豆の踊子>を飾った女優のサインと
貴重な生写真群も飾られている。

yugano10.jpg


目を引く一つが吉永小百合関係だ。
直筆サインでの色紙、撮影当時の写真や、当地に建てられた記念碑完成式での
川端との絡みなど凝視してしまう資料が多く展示されている。

yugano7.jpg

左から三番目の色紙が吉永小百合のもの。

yugano12.jpg

色紙が置かれている棚の前。まさにダモシが写真を撮るために
立っていたのと同じ場所に立っている吉永小百合。
座って見上げているのが川端康成。

今となってはもの凄い組み合わせだ。

しかし吉永小百合。綺麗だ。そして、かわいい。
当時は"凄かった"のだろうことが、うかがえる。

ニッポンを代表する女優であることは間違いない。


yugano13.jpg

<伊豆の踊子>に主演したとき、十九歳。
この写真にあるときは、二十歳。

現代、十九歳〜二十歳といえば、
AKB48の前田敦子や、北乃きいなどだから
多くを期待することはできない。到底、かなわない。
現代の十九〜二十程度の女性タレントでは、"ガキ"過ぎて話にならない。

風情的にはその年齢でいえば、秋篠宮家の長女・眞子内親王が
対応できるかといった具合だろう。

時代背景もあるものの、吉永小百合の凄さを改めて感じさせる。

それは同時に、山口百恵も同様だ。

山口百恵版<伊豆の踊子>は1974年。
「明星」や「平凡」などのアイドル月刊誌花盛りの時代であり、
またアイドルもそれなりに凄かった。

yugano11.jpg

いま見ても惚れ惚れする三浦友和と山口百恵のタッグ。
三島由紀夫の<潮騒>もまた良し。

74-75年の三浦&百恵タッグによる
<伊豆の踊子>と<潮騒>、そして<絶唱>を含めた
百恵文芸三部作は、ある意味、当時のアイコンでもある。
川端康成作品では引退記念でまたそのタッグで<古都>も描かれた。

もはや<伊豆の踊子>の映画化は難しい。
男はともかく、踊子役に中途半端なタレントや女優を
持ってくることはできないし、してはならないからだ。

そもそもリアル・アイドルは松田聖子で終わり、
リアル国民的女優というものも近代では不在だ。

世界の映画祭で賞をとっただけでは、国民的女優とはならない。



*****



福田家を後にする。近隣を散策する。

振り向けば踊子が、いた。


yugano9.jpg

まさに"私"が泊まっている宿へ、
芸を終えた踊子が戻ってきて遊びに来た風である。

"私"は踊子を手招きして部屋に入れ、碁をして遊ぶのである。


yugano6.jpg

<伊豆の踊子>文学碑。


yugano5.jpg

色づきはじめた紅葉。
中伊豆。秋はまた相当、見どころだろう。

紅葉を背に、石畳の道を上がっていくと、猫が佇んでいた。


yugano8.jpg


しばし猫を愛で、ダモシは次の目的地へと向かった。



(つづく)






posted by damoshi at 17:31| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天城越え-2



天城越えの踊子道、数ヶ所に伊豆の踊子スタチュがある。
少なくとも五つと邂逅した。

主砲格であり、ダモシが訪れた日で
エリアの中でも最も多くの観光客を擁していたのが初景滝。


00iz5.jpg

00iz9.jpg

昨日掲載したものと異なる滝と踊子スタチュの画像。

シャッタースピードを遅くして露光量を増やす
ティピカルな滝のこういった画は
メディア的であり作為的でもあることから
好きではないため、当然これまでも出来たが、やらなかった。

北の某の様々な滝以下、国内の滝も撮ったが
あえてそれはやらなかったが、ここで初めてやった。

さすがに初景滝と踊子スタチュの画においては
滝(水)をこのように見せる方がより良いからだ。

それは浄蓮の滝でも同様。

00iz10.jpg

00iz11.jpg

ご覧の通り,多くの人がやってくる。


ここに説明板がある。

00iz4.jpg

私(学生、川端康成)は天城峠の近くの茶屋で
踊子と初めて言葉を交わした。

:::
初景滝に着き一休みし、ほてった足を流水に浸した。

<梨本を過ぎると湯ヶ野までは近いそうです>。
<もうすぐでしょうか?>。
私は、背を向けている踊子の肩に手を触れそうになりハッとした。
:::

とある。

この情景をモチーフにしたスタチュなわけで、
上手に表現されているのだが、

所蔵する文庫本の<伊豆の踊子>を何度読み返しても
このシーンは出てこないのである。


00iz21.jpg

所蔵しているこれは昭和二十五年発行のものの六十七刷となる
昭和四十七年版。

もちろん<伊豆の踊子>は最近も出ている。

00iz22.jpg

新しいそれにはその一節が追加されているのだろうか?

少々の疑問を抱えながら,歩を進めた。



*****


先ほどの説明板。

そこに見える踊子モデル。いささかの違和感を覚えた。

<ちょっと違うのでは…?>と。

伊豆の踊子は、小説(本)と共に映画でも有名だろう。
いずれも国内に留まらない。

アジアの某国では当時、情報規制が行われていた。
その国ではニッポン文化に触れる機会はなかった。

だが<伊豆の踊子>の映画だけは公開されて
その国の人々の目に触れることとなった。

だからトラウマというか、初邂逅したインパクトからか、
今もなお、その国の人々の間では
<伊豆の踊子>が大人気だという。

そして彼らにとっての伊豆の踊子のイメージは何かといえば、
山口百恵だという。

これはおそらくダモシ世代にとっても同様だろう。
伊豆の踊子といえば山口百恵。

しかしその先の世代。現在の50代中盤から60歳代をメインとする
人々にとっては、伊豆の踊子といえば間違いなく吉永小百合だろう。

さらにその先の世代になれば内藤洋子や美空ひばりが出てくるか。

映画<伊豆の踊子>は、錚々たる女優によって受け継がれてきた。

初代は田中絹代、二代目が美空ひばり。
三代目で増淵晴子が来て、四代目に吉永小百合。
五代目で内藤洋子をもってきて、最後が山口百恵。

中途半端な女優/存在は出てこない。

1933年の初代から11年開いて美空ひばり。
その六年後の内藤をはさんですぐ三年後が吉永小百合。
四年後に内藤が来て、内藤から七年後が山口百恵。

11-6-3-7-4という間隔で映画化されてきた。

ディケート(10年を一括りとした時代)で見れば
伊豆の踊子のイメージは、
田中絹代が2ディケード(30年代〜40年代)を支配し、
美空ひばりが1ディケード半(50年代後半)を支配した。

しかし60年代に三度映画化されていて三人が出てきたから、
60年代の伊豆の踊子を象徴する女優は誰か一人になる。

そうなると吉永小百合ということになる。

吉永小百合はその存在ヴァリューも伴って
映画化された63年から、次のディケードの74年の山口百恵までの
60年代と70年代中期までの1ディケード半を支配したことになる。

そして山口百恵。彼女の場合は引退して姿を消したというヴァリューも
付加価値としてプラスされたことと、それ以降、伊豆の踊子が映画化
されていないという廃盤的ヴァリューも重なり、

74年以降、ずっと伊豆の踊子のイメージを支配してきている。

つまり74年から2010年の現在までの
70年代後半、80年代、90年代、2000年代という
3ディケード半を経て今、2010年代という新たなディケードにも
差し掛かっているというわけだ。

某国のニッポン文化と象徴としてのイメージとして
<伊豆の踊子と山口百恵>という図式が成り立つのも
不思議はないということだ。

なにせダモシにとっても<伊豆の踊子>といえば、
真っ先に山口百恵が浮かんでくるくらいなのだから。


吉永小百合と山口百恵。
この二人が多くのディケードをイメージとして支配したことが
これで分かる。

伊豆の踊子といえば…?
且つ,イメージでいえば…?

というQに対するAとして
ニッポン国民の相対的数量として多くが持つ存在。

それが吉永小百合と山口百恵ではないか、と。

だから、そのイメージが異なるものがそこにあると違和感を覚えるのだ。

説明板に出ている女性に責任はない。

ただ、伊豆の踊子としては、言ってしまえば"ケバすぎる"のである。
踊子は"ケバい"それは、いけない。
あるいは"キャバ嬢みたい"な女性であっても断じていけない。

現代の"よくいる"茶髪系もNGだ。
きゃぴきゃぴ系もバカ系も論外で、AKB48系なんぞもってのほか。

1974年の山口百恵以降、映画化されていない理由が
なんとなく理解できるのだ。

要するに、それに見合う女優がいないということだ。

松たか子あたりは良かったが、
年齢的にもう踊子を演じるには厳しい。

小説の中の踊子は15歳だから、現代の女性や女優で
そのくらいの年齢で踊子を演じられるほどのしっとりした人は
なかなか難しいということになるのだろう。



*****


そしてスタチュ。

いくつかあるスタチュの中で<?>と感じ、
ある意味で笑いを禁じ得ないそれがあった。

なぜ、こうなるのか、と。

00iz1.jpg

右側に建つ"私"の隣にいる踊子。

誰かに似ていると思いませんか?

さふ。

あのスーザン・ボイルを細くした感じである。
まさに<痩せたスーザン・ボイル>。


00iz3.jpg

なぜ、こうなるのか。

初景滝のスタチュにある踊子は、
端的に吉永小百合をモデルとして作られたという。

だが、このスタチュは某国で製造された、と。
その某国こそ、前述の某国なのだが、
だとすれば山口百恵がモデルになるはずだ。

なぜ、こういう"顔"の造作になるのか不思議だ。

これでは伊豆の踊子云々ではなく、
何でも良いから発注された銅像を造れば良い的な
軽い考えだったと思われても仕方ない。

案の定、ほとんどの人がここで足を止めることはない。

<おくのほそ道>におけるスタチュ群でも、
栃木にあるそれのように
曾良が曾良ではなくて
"犬神家の一族のマスクマンみたい"になっているものもある。

スタチュはそういう意味では、難しいのだが、
どうせ造るならば、リアルなそれを造って欲しい。

伊豆の踊子はあくまでも架空の存在だが、
初景滝のそれが吉永小百合をイメージしているように
山口百恵をイメージしてそれを造って
しっかりとしたものを建てても良いはずだ。

やはり漁船問題同様、某国は問題が多いというところだろう。

伊豆や箱根のリアル・リゾートとしての本物の温泉街には
某国の連中には、過度に来ないようにして頂きたいと願うところである。

新たに伊豆の踊子スタチュでダモシの中で嫌悪が増えた某国であるから、
温泉風呂で騒げば、またどこかの地であったように
素っ裸状態でダモシにどやされるから、
彼らとしても来ることを避けることが賢明だろう。


00iz2.jpg


(つづく)




posted by damoshi at 11:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

天城越え-1



ダークネス。

雲が勢いをつけて流れ集うと、黒が増した。
浄蓮の滝から天城を越える頃、雨が落ちてくる寸前という
アトモスフィアが広がった。


05iz.jpg


箱根、伊豆。いずれも深い山合を抜けて走る。

不思議とここはダークスカイであっても陰鬱さは、ない。
雲霧が深い山を包み込めば、沸き上がるは、情念。

寝乱れての隠れ宿。
それは数年前囃し立てられた"エルミタージュ"とは
雲泥の差の、侘び寂び。

それが似合うのもまた、箱根や伊豆である。


新天城隧道を越えると、そこには空一面の青空が広がっていた。

天城を分水嶺とした劇的な空の変化。

と、つづら折りの道路が延々と続く。

<ここも、か…>。

その下り坂を、
"例の"トロトロトロトロおたんこなすスロー・ドライビングの
軽自動車、軽トラ、トラックが車列を成す。

決して抜くことはできない。

山が切れる。
道が終わりに差し掛かる頃、突如として宙に浮くループ橋が現れる。

ハンドルを固定したまま走ることができるように設計されたサークル。

<シカゴか…?>。


07iz.jpg


宙をぐるぐる回りながら下っていくと、そこは河津町。

最初のデスティネーションに到着する。
二月。河津桜を愛でる多くの人々で賑わう町だ。

そしてここは、ノーベル賞はノーベル賞でも
<ノーベル文学賞>という希有な誉れ高き川端康成の<伊豆の踊子>の
舞台の一つである。



*****



河津七滝(かわづななだる)。

その主砲は、初景滝。
伊豆の踊子スタチュが鎮座ましましている。


03iz.jpg


<伊豆の踊子>には出てこない。
何度読み返しても登場しないこの場所だが、
スタチュが建っている。

スタチュの近くには、

"私"が旅の途中で疲れてここで休んでいる踊子を
励まそうと、その肩に手をかけようかとドギマギしている様を
スタチュで表現したと書かれている説明板があったが、

小説の中にそのようなシーンがない。

同行者が
<ここは小説に出てくるのですか?このシーンが>と問うが、

一昨日に再読したばかりのダモシであるからして
記憶は鮮明で、

<否。出てきませんでしたがね>と応えた。

とまれ、この伊豆の踊子スタチュと初景滝の構図は、
河津七滝を、伊豆を、象徴する絵であることは間違いない。



*****



ひんやりとした空気の中、伊豆の踊子を辿る道を歩きはじめた。

河津から、北へ。ひたすら北へ。

沼津〜河津〜沼津の一直線の北から南、南から北への歩みである。



(つづく)



posted by damoshi at 23:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徒然フライデー



ふぅ… という感じだ。
今宵も疲れた。

ここのところオフィシャル事案は、ネゴシエーション関係が続いている。
自身が企画開発した或る商品だが
それは毎回、マーケティングとネゴシエーションが欠かせない。
イージーなものは一つもない。

例えば文章における"記事"も
きちんと現場取材は欠かせないのは当たり前として、
その商品に関しても可能な限り現場取材は欠かすことはできない。

本物をやろうと思えばそういう手抜きはあってはならない。

ダモシは現場主義だから、
ネゴシエーションもマーケティングも自ら足を運ぶ。
そして人の話を聞き、己の目で見て、足で歩いて、感じ入る。

ヒトもモノも何かを書こう,何かを作ろうと思ったら
そういった<現場イズム>をないがしろにしていて
机上の空論と感性だけに頼っていては絶対に良いものはできない。

ネゴシエーションも<ヒト>と<ヒト>である。
電話やメールは嫌いだ。直接逢ってナンボである。

一日中、地方を車で走って人に逢うことも疲れるが、
都内を電車を用いて移動して人に逢うのもまた疲れる。

帰宅するとドッと疲れが出るわけだ。

そんな日は、空手の道場から戻ってきて疲れているジュニアやワイフと
わずかな時間での接触やバスタイムで相互確認だけをする。
そして10PMにはワイフとジュニアは眠り、
ダモシはまたデスクに向かうわけである。

今宵はまた、とにかく眠いが、明日は伊豆遠征。
その行程のプランニングとオリジナルマップ作成や書類等の準備、
カメラの整備などを施して、ようやく一段落。

一筆啓上してから今宵はいつもより早く1AM頃には眠りたい。
明日はまた8AMには出発して三時間半の往路ドライブだ。



*****



今朝の東急田園都市線。

かつての本妻時代の渡米前最後に住んでいた路線の
JR中央線もすぐに遅延や運行停止などを起こしていたが、
まあこの田園都市線も酷いものだ。

霧雨程度でも遅延するし、その混雑ぶりはまた首都圏最悪級。
懇切丁寧過ぎるからか、ちょっとのことですぐ停車して遅延する。

今朝は<停電が発生した影響でダイヤが乱れています>とのことで
一時間で着くクライアント先まで二時間を要する始末。
ほとほと困った電車である。

毎度遅延の度に車内アナウンスで、
ニューヨークの地下鉄とは比べものにならぬほど懇切丁寧な
お詫びのコメントが流れるが、
逆にこう度々遅延されては、
そのお詫びのコメントからも実感が伴って届いてこないで、
かえって苛立ちを助長する。

その丁寧なお詫びの物言いが逆効果になっているのだ。

丁寧な詫びは要らんから、普通に、ちゃんと走らせろや、と。
そう言いたくなるのが本音である。


*****


ところでここのところのまたぞろ小沢イジメがアグリーだ。
新聞各社はこれまたぞろジャーナリズム気取りで
小沢をイジメているが、いかがなものか。

そもそも論だが、検察審査会。これは一体、何者か。

どうやら<民意><世間の常識>を反映させるべく
市民に起訴の権限を付与するものらしいが、
ダモシはとにかくこの<民意>とやら<世間の常識>とやら、
あるいは<世論>とやらを、まったく信用していないから
こういうロジックに一つも納得感を得ていない。

さらに、そもそも論だが、
無作為に抽選で選ばれた国民/市民のたった11人が
<民意>を反映するのか? という甚だしくも素朴な疑問。

しかも、だ。
対小沢の今回は平均年齢が30.9歳だというではないか。

are you kidding?である。
ナメとるのか、と言いたくなる。

年齢は単なる秤に過ぎないが、
やはり三十路に入ってそこそこの者たちである上に
法律素人の面々が何の特権をもってして
一人の人間を起訴するだしないだの行為を行うのか、と

普通に不愉快さを覚えるのである。

起訴されただけで推定無罪にも関わらず
まるで犯罪者扱いするのがニッポン国民の性質だ。
裁判で無罪になっても起訴されたというだけで
多くのものを失ってしまうのもニッポンの悪の特性だ。

三十路そこそこの一般人の法律素人の彼らが
たった11人で、ニッポン国の民意をすべて背負い、
且つ起訴されることで失うかもしれない
一人の人間の職や地位をも背負うほどの<覚悟>を持って
検察審査会とやらに真摯に臨んでいるのか、リアルに聞いてみたい。

お前さんたちは
そのくらいの<リアルな覚悟>があって、
検察審査会のメンバーとして携わったか? と。

せいぜい<良い経験になる>程度の意識ではないのか? と。

率直に問いたくなるのだ。

起訴するかしないかを決するにあたり、
冒頭記載したような<現場主義>で徹底的に彼らは洗い出したのか、
分析したのか、調査したのか?

と問いつめたい。

無作為に選ばれた11人全員が、
そういう覚悟を徹底的に持ち、且つ現場主義で徹底的に調査したか?

大いに疑問である。

同じことは、裁判員制度にもいえる。

ダモシは反対だ。

ダモシが万が一選ばれたならば、
警察や検察と同じレベルとはいかずとも
徹底的にそれなりの捜査権と調査権を付与してもらった上で
有無を言わせないレベルで徹底的に調べあげて分析した上で
判断するだろう。

そこまでしてこそ、決する権利を持ち得るのではないのか。
中途半端な裁判員制度、検察審査会は、ダモシはノーである。

いささかメディア、国ぐるみの小沢潰しの感を覚える
今回のケースは、小沢のことを好き嫌いは別として
ニッポンという国と国民の性質を如実に表している好例と見る。

すなわちニッポン=イジメ国家/イジメ国民、である。

こういう国は成長しない。
とっくに成長は止まり、衰退も経て、沈没も既にして、
沈没からさらに下へ地底を掘り進み、
地球を一周するくらいの勢いで堕落しているところだが。

検察審査会のやっていることは、今回のケースに関しては、
<感情的推定有罪>の構築ではないのか。

これで結果的に裁判で有罪となった暁には、
今度は検察自体が何をやっているのか?となろう。

検察審査会の出した今回の結論自体、
ノーコンテストとするのが妥当ではないのか。

民主党も民主党だ。仲間ではないのか?
小沢を助けようとしている風情が
まったく感じられないのだが、いかがか。

足の引っ張り合い。

ほとほとこの国は、下劣なアグリーな<ひな壇バラエティ>を筆頭とするテレビ、
世論を勝手に操作するメディア以下、
コドモの教育に悪いことばかりしている。

ほとほと、どないなってんねん、と。

まあ、いい。

ニッポンの悪口を言い出したらキリがない。
ニッポンが世界に劣る決定的な悪い部分の大半は<精神的な部分>である。

これはもうどう足掻いても改善されないほど、
長年の歴史が構築してきてしまった"文化"でもあろう。

いずれにせよ小沢が今、議員辞職だの離党だのとする必要はない。



*****


1007c.jpg

アントンの、11.28国立代々木での大一番の
オリジナル・ポスターと特別招待券が今宵、出来上がった。

むろんデザイン制作はダモシである。
欧米のボクシング興行などのポスターを模した。
文字はもちろんすべて英語である。

日本語で<気合>だの<武>だの<風林火山>だの<挑戦!>だのと
入れてしまうと、一気にポスチャーが格好悪くなる。

ポスターはブラックを基調にカッコ良く。
チケットの方はやや明るめにして代々木国立競技場を入れて。

これは二種類セットで、既に応援観戦が決まっている
親族やダモシ友人などにノベルティとして配布される。

現在、意図的に今月は"緩く"している。

要するに五輪でのキム・ヨナと浅田マオーの症例のように
本番にピークを持っていくための、戦略の一つである。

毎日テンションを上げていたら皆、持たない。
練習に臨む気持ちも乗らない日もあろう。
それが直前にそうならぬよう今なら緩くても大丈夫。

その他、戦略はいくつもあるが、
まずは精神的ピークを本番へ持っていくための
"緩い"期間と"叩く期間"とのバランスの摂取である。

バカ親ダモシはこうして、少しでも時間があれば、
アントンのオリジナル・ポスターと特別招待券を
せっせとデザインして、それを印刷工房へ出力依頼をして
仕上がったものを今宵持ち帰り、

<出来たぞ。いいだろう?>と悦に入るのである。

単なるバカ親だが、
<踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損>イズムである。

同じ関わるならば、バカになれ、と。

本番前には会場も訪れて見せる。
ロッキーがタイトルマッチの前に会場に足を向けたように。

まさにここは二年前に当欄に記載した、ダモシ想い出のアリーナである。

http://damoshiny.seesaa.net/article/105200276.html



*****


ダモシも勉強している。
今も三冊併読している本が、これだ。

闘いの機微、精神的な部分に関する本も多く所蔵しているが
少しでも未読のものは読みたい、と。


1007d.jpg

柔術、武術含め、あらゆる昔の強者が語られる。
いずれ当欄であらゆる闘いの、あるいは武の術
(柔術から剣道、弓道も含めプロレスまで)の歴史上の強者を集めて
仮想最強決定トーナメントをやる予定である。

そこでは柔道の西郷四郎vs.宮本武蔵などもあり得よう。

身体論、精神論。
それぞれの競技における技術論だけでは勝てない。

それはコドモとて同様である。

伝えられることは、可能な限りすべて伝えたいのである。



*****


オフィシャル事案での旅は前述の通り、明日の南伊豆と
来週の長瀞が決まっているが、

プライベートでの旅は10月下旬と12月下旬がまず決まった。

本妻復帰後二年続けて敢行している<イヤー・エンド・ジャーニー>。
一昨年が沼津、昨年が日本平〜清水〜河口湖と
駿河が続いたが、

今年は,箱根で締めとなる。既に予約した。

そして10月は、夏の旅(山寺、平泉)の続編で
出羽三山と最上川を予定していたが、
<寒いところはイヤだ>というダモシの一声で変更になり、

伊香保で決まった。

その主目的は、いま多くの人が足を向けているパワースポットの榛名神社。
武田信玄が戦勝を祈願したこのパワースポットで、
11.28のそれを祈願する。


1007a.jpg


そろそろ、床につきたい。

なにせ明日は東名を沼津まで走った後は、一路、天城越えである。
天城越えをして、伊豆の踊子の<私>と同様に、河津を目指す。

まさに伊豆縦断である。

そのため、昨晩は真夜中に、数年ぶりに<伊豆の踊子>を読んだ。
これも現場主義のためだ。


ドライビング中に居眠りとなっては危険だ。
グッド・ナイト。


1007b.jpg




posted by damoshi at 00:42| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

悪人



久しぶりの、コンテンツ「映画」欄への寄稿。
映画は先日当欄で取り上げた<悪人>。

主演の深津絵里嬢が
モントリオールで最優秀女優賞を得たことでPR効果を高めた映画である。

akunin10.jpg

この映画は深津嬢の存在感がやはり大きい。
この女優が出ていなくとも誰かがそこそこ好演しただろうが、
深津嬢ならではの微妙な恋愛における、悲喜でいえば、
常に悲が先立つ中での一瞬の喜の表現の卓越さが光っている。

恋愛期間中の、特に燃え上がるその初動段階における
ハニームーン期はとかくハッピーハッピーになりかねないが、
深津嬢の場合、テレビドラマで昔観た<天気予報の恋人>や
<恋のチカラ>でもそうだったように、
悲喜の喜が過剰にならず、常に悲が先立って、
その悲100の中にある一瞬の1の喜であったり
歓、悦などをその目で魅せることができる。

時にそれは観ている側はドキッとさせられる。

それが映画館のスクリーンという大きな画面であればなおのこと。

主演男優で恋仲におちる妻夫木に
いきなり手を握られた時に魅せる深津嬢の顔。目。
まさに女優といえるのだろう。

深津嬢の魅力は、顔の表情と、やはりその目、瞳だろう。
涼しい目元でありながら、恋愛における
悲が先立った中での喜・歓・悦混じり合った瞳の憂いと潤み。

深津嬢の持ち味は、恩田刑事ではないのだ。


akunin12.jpg


*****


序盤、思いのほか長い時間、
ヤングボーイ&ヤングガールの、いささか"うるさく"て"軽薄な"
登場人物とそのやり取りに割かれる。

むろん既に最初から妻夫木は出てくるが、
内面的な、外には見えない"よゐこ"性は発露させつつも
男としては"しょっぱい"部類に入る。

しょっぱい男・妻夫木と、
いけすかないお坊ちゃんにピーピーうるさいヤングガール。

この展開が、深津嬢が登場することで一気に引き締まる。

深津嬢と妻夫木が出逢い、逃避行。
そして柄本明と樹木希林。
彼らがスクリーンをほとんど占めるようになってから
一気に重厚感が増す。

そのための布石が、序盤の軽薄なお坊ちゃんと
ピーピーうるさいヤングガールの
思いのほか長い登場時間だったのだろう。

刑法的には悪人に該当しない
その軽薄お坊ちゃんとピーピーうるさいヤングガールだが、
観ている者はおそらくこの二人には、好意は抱かないだろう。

だが、そのヤングガールも人の子。
愛してくれる大切に想ってくれる親:柄本明と宮崎美子がいた。

妻夫木にしても深津嬢にしても
満たされない日常の路上から飛び立ち、
悲の中の一瞬の喜ではあったにせよ
生涯最大とも思える幸福で濃密な時間を過ごすことで救われる。

樹木希林も見ず知らずのバス運転手に,救われる。
悪人の妻夫木でさえも、そこに救いがあった、と。

深津嬢の"うるさい妹"と、あの軽薄なお坊ちゃんだけが
もしかしたら映画で描かれている範囲においては救いがなかったか。

"持てる者"には救いがなく、
善人でも悪人でもいずれも"持たざる者"に救いがあった。

どんな人間でも、救いがなければ、悲しすぎる。
そういうことだろう。

"持たざる者"や"敗者"にこそ、必要な救いがある。
救いがあるからこそ、映画としてグッとくるわけだ。


akunin11.jpg

携帯時代の今、
緑の公衆電話と硬貨も絶妙な味つけとなっている。



*****


深津嬢が素晴しかったのは言うまでもないが、
映画のテーマとしては、柄本明がキーポイントだろう。

終盤に入るところで柄本明が、ボンクラな軽薄お坊ちゃんに語る教示。
ここが分水嶺であろう。

ここから一気に映画は熱くなり、
<あぁ、なるほど>と感じて、さらにスクリーンにのめり込む。

人は、大切に想う誰かがいるのといないのとでは、
己の日常に大きな違いが生まれる。

親、祖父母、夫、妻、子、恋人、そして愛人も含め、
守りたいと想える存在や
その人が笑っているだけで嬉しくなる存在がいることは、
当たり前だが幸せなことだ。

トモダチがいっぱいいるよりも、彼女や遊び仲間がいっぱいいるよりも、
たった一人だけでも大切に想える人がいることの
己にかかってくる重みが強い。

そして、大切に想える人がいるとき、それを守りたいと想うとき、
人は己が持っている潜在能力が湧き出る。覚醒する。
覚醒する機会や、その際に発揮される力は、誰しもが持っているわけだ。


二時間を超える長い映画だが、飽きさせることなく、
且つ、終盤に差し掛かる分水嶺からは一気に身体が熱くなってくる。

人間の業。それを改めて感じさせてくれる映画だ。

お薦め、だ。

http://www.akunin.jp/index.html


:::::


<悪人>はワイフと二人で観た。

二人だけで映画館で映画を観るのは、
それこそアントンが生まれる前以来だから

ニューヨーク時代にクイーンズの映画館で観た03年以来
七年ぶりのことだった。

ニッポンでワイフと
二人だけで映画館で映画を観るということになれば、
<アポロ13>以来だから1995年以来、実に十五年ぶりだった。

恐ろしいほど間隔が開いていたわけだ。

しかも邦画ともなれば映画館へ
これまでワイフと二人で観に行ったことはなく、
なんとも驚くべきことに
90年の交際開始以来、二十年経って
<映画館で二人で観た初めての邦画>ということになった。

ダモシ自身はニッポン復帰以降は、邦画ばかりだ。

昨年は<劔岳>、<ヴィヨンの妻>に一連の<仮面ライダー>。
今年も<仮面ライダー>に、今回の<悪人>。

当時(98年以前)と比べれば邦画のレベルも内容も
破格にアップしている気がするのだ。


だが、久しぶりに観たい洋画が、今ある。
<エクスペンダブルズ(消耗品軍団)>である。

http://www.expendables.jp/

スタローン、ブルース・ウィリス、
アーノルド・シュワルツェネガー以下、
錚々たるアクション・スターのオールスター。

これは、仮に吹き替えがあるのならばアントンと行きたい、と。




posted by damoshi at 23:45| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

K1&ケイタイより



今宵、K1グランプリの開幕戦は韓国。
未だゴールデン・タイムで二時間以上枠というから
それなりのコンテンツなのだろう。

いずれのファイトも素晴しく、手に汗握る。

絶対王者セーム・シュルト、ピーター・アーツ、マイティ・モーなど
相変わらずの顔ぶれが東京ラウンドへの進出を決めたが、
なかなか新旧世代交代が行われないほど
現代のアスリートは息が長いわけだ。

テニスのクルム伊達にしても、
現役バリバリのシャラポワやハンチュコバを破ったが、

ともすれば現役バリバリは連戦や本業以外も多忙で
苛々感が募り、疲労困憊になったりもする。
プレッシャーもあり、精神的に余裕がなくなる。

ところがクルムのように引退して、結婚までして、
テニスに対して精神的フリーランスな状態で戻ってくる場合、
失うものは何もない。

負けても「よくやった」と褒められるし、勝てば絶賛されるポジション。
言ってしまえば"ズルい"のだ。

己のポジションをうまく配置し得るのも
ちょうどクルムくらいの年齢と背景環境であることは明らかで
"ズルさ"をも武器として勝ったりするわけだ。

逆にシャラポワ以下、同じ日本人選手でも、クルムと試合をするのはイヤだろう。

そこをイヤだと思わずに叩き潰して
二度と復帰できないくらいにすべきなのだ。
それくらいの精神的強さが欲しいものだが、
シャラポワらにしてもモデル業やら親善大使やらで忙しく
なかなか本業に手が回らないのだろう。

K1もそろそろ空手系のアンディ・フグのような
ニュースターが台頭してこなければ、といったところか。

明日から始まる中央競馬の秋のGIシリーズ。
初戦は怒濤のスプリント戦。
五輪の水泳でいえば100m自由形、陸上でいえば100m走。

実績のある老兵vs.勢いのある若手の闘いの構図。
それをどちらととるかで予想結果も異なろう。

競馬の場合は当然、当欄でもアントンの空手に関する寄稿でも
書いてきている<ローテーション>も予想に付与される
大きな要素となる。

以下、ケイバタイムス掲載のダモシ予想コラムを
ダモログにも出張掲載。


:::::


本命は香港馬グリーンバーディで不動だろう。
その馬は別扱いとして、他の馬でまずは明日のレースを占ってみる。

キーワードのフェーズ.1は、<勢いか、実績か>。
怒濤のスプリントGIは前者と出るか後者と出るか。
雨は少量、馬場はさほど悪くならないであろう明日の中山。

キーワードのフェーズ.2で決めのそれは、<ローテーション>。
その心は、<年間五〜六走がベスト>。


*****


まずは冒頭記載のフェーズ.1のキーワード、<勢いか、実績か>。

実績組では、甲子園の連覇が如く、
春夏の優勝校が揃って夏の甲子園に戻ってきた装い。

春夏連覇(春秋連覇)を賭けるのはキンシャサノキセキ。
夏の甲子園連覇(二年連続優勝)を賭けるのはローレルゲレイロ。

だが、いずれも不安だ。

キンシャサは軽度とはいえ、"叩き台"と予定していた前走を取り消した。
結果、グレード・レース四連勝のまま休養。
今回のレースが六ヶ月ぶりとなる。
鉄砲駆けでのキンシャサの結果は過去、<1.0.1.3>で、
叩いた二走目が<3.0.1.1>。
出来れば前走セントウルを叩きたかったが、
鉄砲でも三着以内であればイキと考えられる。

グレイなのがローレルゲレイロだ。
この馬に関してはローテーション(と出走レース選択)に
首をかしげる点がある。

ダモシは、<余計なレースに出る>馬と陣営に対しては
昔から評価を下げる傾向にある。

晩年のオグリキャップ、ナリタブライアンしかり。
時に、GI馬にも関わらずムダなレース出走という
不可解な所作を陣営が施すことが、ままある。

一時、ウオッカも危なかった。

超一流馬は、陣営の誤った選択にもめげずに
自らの力で復活するが、
ローレルゲレイロにそこまでの器は感じられない。

昨年のスプリンターズSを制したのに、
その後、実に不可解なローテーションとレース選択。
とりわけ二月のダートのGIフェブラリーSに出たのは
いただけなかった。

その前後も、どうせ目指すなら他にあるだろうよと思える
不可解な海外遠征を二度も行い無様に散っている。
夏の札幌でのレースは叩き台だから八着でも悲観することはないが、
スプリンターズS連覇を狙う戦略としては、疑問符が残る。
重い印は到底つけられない。

いずれを取るかとなれば、キンシャサの方か。


*****


春秋連覇、二年連続優勝と
それぞれ冠を掲げて臨む古豪二騎に対して、
勢いでは負けないのがヤングレディのワンカラット。

牝馬で四歳。陣営が戦略フォーカスを短距離に変更してから
水を得た魚のように走り出して三着、一着、一着と
すべて三連に絡んでいる。連勝して迎えるGI。

懸念は,斤量が54から55に上がることと、
今年の二月から走り詰めな点。
ほぼ毎月休みなくレースに出ていることでの疲労が、
夏を越して人間でも疲れの出る九月-十月の今、
一気に襲いかかって凡走に終わる危険性。

そこをどちらに解釈するか、だ。

最年少のダッシャーゴーゴーも勢い派。
前哨戦のセントウルSを上がり33.7で差し切った。
この馬の懸念はスプリンターズSでは
父サクラバクシンオーの産駒がなかなか勝ちきれない
というトラウマか。

同じサクラバクシンオー産駒でも
人気薄のヘッドライナーに気をつけたい。
6月の同じ1,200mのCBC賞では、
ワンカラットとダッシャーゴーゴーの追撃をかわして逃げ切った。

六月のCBC賞からのローテーションで見た場合、
ワンカラット、ダッシャーゴーゴー、さらにはサンダルフォンが
休みなしで三戦走ってスプリンターズSに来るのに対して
このヘッドライナーはCBC賞後、休養に入った。

三ヶ月半の休養の後、セントウルSで叩いて(四着)本番へ臨む。
このローテーションに好感が持てる。
逃げ馬ということで無視も出来ない。

ヘッドライナーは、ピックアップすべきだろう。


*****


見逃すことができない実績馬としては
ビービーガルダンもいる。

昨年のスプリンターズSが二着、
春のスプリントGIの高松宮記念でも二着。
今年の出走レースで見ればスプリンターズSが五走目と
ローテーション的にも相応しい。

ダモシ的考えでは、以下のようになる。

スプリント(1,200m)のGI二冠が
春(3月下旬/高松宮記念)と秋(10月初旬/スプリンターズS)にある。

これを目指す場合、前者の前に叩き一走して本番。
その後、夏場に調整出走をはさんで
スプリンターズSの前に一つ叩く。
こう考えると年間での出走レース数は
スプリンターズSを含めて6となる。

スプリンターズSが五走目もしくは六走目というのが、
本来的な理想型。

ビービーガルダンの場合、未だ六歳と若いが、
それでも無駄遣いは禁物。

二月下旬に叩き台を走って七着。
三月下旬の高松宮記念できっちり二着。
その後、三ヶ月の休養。
夏の七月は、涼しい函館で調整レースに出走して二着。
スプリンターズSへの叩き台として前哨戦キーンランドで四着して
本番に臨む。

絶好のローテーションと、コンシステンシーな着順。
鞍上も、そろそろ狙い目の安藤。

ここはピックアップだ。


*****


ビービーガルダン型。すなわちキーワードのフェーズ.2、
<年間五〜六走がベスト>。

ダモシが在米時代からレースに出ているから
当然ながらシニア世代に入る七歳のキンシャサノキセキだが、
この馬はローテーションのコンシステンシーを堅守してきた馬だ。

要するに無駄遣いせずに、高齢の現在まで走り続けている。

キンシャサノキセキのキャリアを眺めてみる。

三歳時:1,400〜1,600m中心に、年間七走
四歳時:1,200〜1,600m中心に、年間五走
五歳時:年間六走のこの年、春秋のスプリントGIで二着した
六歳時:年間五走のこの年、春秋のスプリントGIで惨敗した

プライムタイムは五歳時で、昨年は秋までの惨敗続きで
もはやこれまでと思われたが、その昨年10.31のレースから
4連勝で春のスプリントGIを制したのがキンシャサノキセキ。

七歳の今年はこれまで二走のみ。
二歳から現在まで5年間で全26レースに出ているだけだ。

対する二年連続優勝を狙うローレルゲレイロは
一歳年下ながらも既にレース出走数はキンシャサを超えている。
やや無駄遣いが多かった。

この差を鑑みると、実績組のキンシャサxローレルでは、
キンシャサをより重い印でピックアップするということになる。

出走レース数から見たローテーションという
キーワードからピックアップされる馬は、

・ダッシャーゴーゴー(六走目)
・サンカルロ(六走目)
・アイラヴァゲイン(六走目)
・ビービーガルダン(五走目)
・グリーンバーディ(六走目)

の五頭。

これに既にピックアップしている

・ワンカラット
・キンシャサノキセキ
・ヘッドライナー

に、

モメンタムという意味では高まった状態で
明日臨んでくると思われる

・ジェイケイセラヴィ

の合計九頭から最終六頭を取捨選択する形となる。

連覇を賭けるローレルゲレイロは、
やはりローテーションへの疑念が最後まで問題となって
最下位でイキとする。


*****


チョイス。

・ここまでのローテーションが最適
・前々で競馬ができる優位性
・コンシステンシーの高さ

という点から、ビービーガルダンを筆頭に押す。

対抗は、若い牝馬が強いレースであることも鑑み、
そのモメンタム高まった状態で来ることを想定してワンカラットに〇。

▲には同じくモメンタムの高さと若さの勢いでダッシャーゴーゴーを。

老獪なレース運びで容易に若手を勝たせない壁として
キンシャサノキセキを△とする。

△二頭のうち一頭を、印を打っておかないと怖いグリーンバーディ。

残りは注の一頭。

・サンカルロ
・アイラヴァゲイン
・ヘッドライナー
・ジェイケイセラヴィ
・ローレルゲレイロ

から取捨。

五着内可能性は残るローレルゲレイロだが、
己の<ローテーションと選択レースの基準>に外れるため
思いきって外す。

やはりあのフェブラリーSへの出走に、どうしても好感が持てない。
あれが余計だった。

サンカルロも捨て難いが、
1,200mでは自慢の末脚が届かない危険性がある。

逃げたらやはり侮れないヘッドライナーを注とする。
"やらかす"としたら内田&ヘッドライナーだろう。



◎ビービーガルダン
〇ワンカラット
▲ダッシャーゴーゴー
△キンシャサノキセキ
△グリーンバーディ
注ヘッドライナー







posted by damoshi at 23:58| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徒然フライデー



気狂いじみた猛暑が唐突に終わると、
意味不明な大雨が降り続き、
秋をスキップしてオールモースト冬という有様の今週。

それは秋の長雨などという風流なものではない。

鎌倉・江の島ですら、今週はダークスカイの陰鬱な、
ダモシ嫌いな天候であった。

kama092710.jpg


そんな日々の中、JUJUの声が心地よい。
カバー曲の数々だが、エディトリアルが際立ち、
いずれの名曲もドラマティックに仕立て上がっている。

既に富士登拝へ向かう車中でCDに入れて聴いていた
"Hello, Again〜昔からある場所"を含む
カバー曲のアルバムだ。

jujujuju.jpg


タイトルのRequest通り、
ファンからのリクエストされた曲をカバーしたようだ。
ダモシ的にはこの季節に相応しい<恋におちて>あたりを
JUJUに唄って欲しかったが、

それでもいずれも名曲たちが、よりドラマティックに唄い上げられている。
さすがJUJUといったところで、秋、否、
オールモースト冬の今、耳に当てて横になり目を閉じるにちょうど良い。
お薦めである。

声が優しくて、耳にしていると落ち着く。
いわゆる上手に歌を唄う人の作為的な声ではないところが良く、
ニューヨークのバーなどが似合う本格的な声だ。



*****



いよいよ秋の競馬GIシリーズが今週末から始まる。
同時にダモシ主宰ケイバタイムスの後半戦も始まる。

<五位以内に入らなければ廃刊&競馬引退>を
宣言していたダモシは前半戦を終えて
どうなっていたのか。

http://www.246material.me/10keitaistats.html

前半戦最後の宝塚記念の結果までが掲載されている。

ダモシは11戦6勝で勝利数ではマグネコ(ワイフ)と
バッキンガム所と並び首位。

予想家レースのランキングに反映される的中ポイントでは、四位。
目下のライヴァルは三位のアントン、二位のマグネコ(ワイフ)。
ワイフは98年以前も上位に来ていたため順当だが、
最年少(小学一年)のアントンが三位につけていることは、
他のオトナの予想家のキャリアに疑念が生じる珍事だけに
いずれもアントンを追い抜くくらいの気迫が求められよう。

それはダモシとて同様。
今や空手でも競馬でも負けるとなれば、
それこそ父親の威厳も何もない。しかも未だ小学一年生だ。

心して、後半線に臨みたい。

有馬記念の頃、ダモシの順位がギリギリ分水嶺にある場合、
得意のゴリ押し技が出て、スペシャル・ポイント等導入して
<なにがなんでも五位以内>を狙うとも考えられ、
他の予想家は要注意となろう。



*****


空手の大会の翌日の月曜は、
土曜日が授業参観だったこともあり
アントンはお休みだった。

バースデー・ウィークということもあり
誕生プレゼントはいずれにせよ付与されるわけだが、
空手の大会(ダブル出場)したことで、
戦前の約束はこうなっていた。

<二つとも優勝したら、二つ。
 誕生日も合わせて、全部で三つのご褒美>。

だが、既報の通り、二冠ならずで、ダブル準優勝。

それでも、その内容を鑑みて
ダモシは叱った直後に
<オレが認める。だから二つ買ってあげるよ>と言った。

それもあり、その休日だった月曜日に
ワイフとアントンはお買い物に出かけたわけだった。

ダモシが帰宅すると、
そこにはピカピカのスケボーが置いてある。

(<まだアントンには早いのでは…?>)と思うものの
どうしてもスケボーが欲しいと前から言っていた。

092810a.jpg


映画<ベスト・キッド>で主演のコドモが乗っていたという。
且つ、アントンは今週から空手以外にトライアル的に
10回コースでヒップホップ・ダンス教室へ通うことになっていた。
それへのインタレストの合致でスケボーと相成ったようだが、
ボードだけではなくヘルメットにサポーター、グローブ等、
一式買ってもらい、大喜びのアントン。

あとの二つは仮面ライダーオーズのベルトと人形。

だが、現在放送中の新しい仮面ライダーはこれまた大人気で
ヤマダ電機にしてもビックカメラにしてもどこも完売。
メーカーが製造が追いつかず、入荷も未定という有様。

ダモシもオフィシャル事案の出先にビックカメラがあれば
有楽町でも藤沢でも覗くが、まったくないのだ。

誕生日プレゼントと大会の内容へのご褒美を、
大会の翌日のリラックスしている日にどうしても欲しい
と考えていたアントンは店で泣いた、と。
まだこうして泣く自体、赤ちゃんといえるのだが、

未だ赤ちゃんだから欲しいそれが売り切れだと
他のものでも良いからその日に欲しがったりする。
ワイフも<ダメだ>と突っぱね、
電話がかかってきたダモシも<ダメだ。俺が探してやるから>と
突っぱねた。

だからワイフが最後に出かけた店で
何とかスケボーだけは見つかったことで
アントンもお機嫌を取り戻したということである。

まだまだ早すぎるスケボー。当然、ままならない。
それでもヒップホップの教室にそれで通いたいと
ベスト・キッドを模倣するアントン。

<それも教えてやるから、出来るようになってからにしろ>
と今宵、ダモシは諭した。

だから日曜日にはスケボーを教えることになるわけだ。
雨が降らなければの話だが。

092810b.jpg


今宵、無事にヒップホップの教室へ行って来たアントン。

<NYヤンキースのT着ていけよ>という
ダモシのsuggestion通り
NYデレク・ジーターのTを着てはり切って出掛けたアントン。

仲良しの女の子と一緒だ。
幼稚園から一緒の女の子だが、
かなり一緒に遊ぶことが多い。
教室での席も常に近い。

もはやこれは、彼女だ。

今宵も彼女から電話が来て、
(小学一年からこうやって女の子から電話が来て、
 いちゃいちゃ会話するのか??)と大いに疑問を持ったが、
電話で話をする機会も多いというから驚きだ。

<〇〇ちゃんの家に遊びに行くことになった>と言うアントン。

一緒にヒップホップに行くから、
その前にそのコのうちで遊んでそのまま一緒に行く,と。

もはやこれは、彼女だ。
そのコは、カワイイ。なかなかいいコだ。

いま、アントンの隣の席の女の子は、
少々、否、まあまあ、否、かなり豊満だ。
それもそれでカワイイが、
いわばスーパーヘビー級だ。

ダモシもスーパーヘビー級女子は苦手だが、
どうやらアントンも苦手のようで
授業参観の際に見ていたが、
まったく会話も接触もないことに笑った。

アントンは意図的に避けているようだ。
彼も苦手なのだろう。


*****


アントンの試合画像を入手した。

改めてビデオや写真などであらゆる角度から検証すると、
アントンは事前戦略と教えたことをきちんとやっていたことが
良く分かり、叱った部分で反省する箇所がダモシにはあった。

現場でLIVEでセコンドとして見ているときと、
映像や画像であらゆる角度からのそれを見るのとでは
かなり受ける印象が異なってくるケースもあるのだ。

むろん現場でも見る位置によって微妙に異なる。
だから審判も四方に位置すべきで
副審が二ヶ所だけの場合はいささか片手落ちとなる。

ここではキック写真よりもむしろパンチにおいて
取り上げたい。

決勝の写真をまず見てみる。

antonio111.jpg


左端の写真を見れば、体格差が如実に分かるだろう。
たいていこのくらいの差は常にある。
常にアントンは最低身長&最軽量である。

だが、試合が展開していくと身体の小ささを感じさせない。
これもまたいつものことだが、
大きい方のヘビー級が次第に小さく見えてくる
(写真を右側へ,時間の経過ごと)
(アントンが赤)。

それはアントンがオフェンシブであることが要因の一つだが、
そのオフェンシブの背景には
彼の負けん気と気の強さがある。
実際の画像はもっと大きくクリアだから顔の表情も見えるが、
ここ最近の大会では(三月の初優勝以来)、
メソメソ弱気は完全に消えている。

ダモシが常々説いている
"猪木イズム=何だこの野郎"と
スピーディに動いて狼狽させる維新軍団時代の長州力の
"ハイスパート・レスリング"イズムを実践できてきているのだ。

夏。アントンのそのハイスパート・スタイルに
ついてきたばかりではなく、ややもするとそれを上回る動きをした
選手がいたことも当時記載したが、
その選手がいる団体の選手は今回も当たったが、
いずれもハイスパート型でヘビー級が少ない。

いわば、同型タイプ。

だが対ヘビー級となればハイスパート・スタイルにはついてこられない。
それにプラスαでアントンの場合、
ガチンコでやり合ってしまうわけだが、
その対ヘビー級でやり合っても、接近戦で負けなかったのが
今回の大会だったといえるわけだ。

写真の真ん中と右端を見れば分かるが、
ダモシが説いた
<ヘビー級と密着戦になった場合は、蝉になれ>
<蝉になって、真正面ではなく少し横気味からパンチ入れろ>
<パンチはボディ、みぞおち、鎖骨へ>
を実践しているのだが、

よく見ると掲載した小さい画像でも見えるが
相手の背中にアントンの左手がある。
要するに怒ったアントンがここで相手の背中を
引っぱり&引き込み、さらに己に密着させた上で、
強烈な右パンチを放たんとしているわけである。
それも上体の上の方すなわち鎖骨を狙っている
(真ん中写真)。

右端の写真ではもうヘビー級は仰け反るポスチャーになっている。
アントンの右は上から振り下ろす感じで
これもヘビー級の鎖骨を確実に狙っている。

<鎖骨をパンチして身体が反れた瞬間にハイキックだぞ>
というダモシ・プランを地道に実践しているのである。

体格差を感じさせる左端写真と、感じさせない右端写真が、
試合内容を如実に表しているわけである。

(フルコン・ルール=顔面部へのパンチは、なし。キックはOK)。
(グローブをつけた試合の場合は、顔面パンチ、あり)。


もう一枚。決勝以外から。

antonio113.jpg


アントンがやられているわけではない。

これもダモシ直伝の<水面蹴り>を放ち、
見事に決まっているシーンだ。

相手がパンチ連打に来たところを、
さっと姿を消して、水面を弧を描くように回転しながら
己が足を逆回転で相手にヒザ裏を"斬る"技だ。

時計回りに回転して水面上を弧を描いたアントンは
相手の左脚ヒザ内側とやや裏を
己が右脚踵で斬った。

相手は出したパンチの左が空を切っている状態で
蹴られた左脚も宙に浮き、身体バランスを崩して
倒れる寸前の図。

この技は乱発すると効き目はないが、
一試合に最多で一発、流れを遮断したいときや
ペースを変えるべきときに行うと有効である。

教えている通り、しっかりと狙った箇所を目で見ている。

最後に一枚。

こちらもまたアントンの気の強さを示す絵だ。
教示通り、みぞおちをしっかりと狙っての
強烈な右ストレート。

antonio112.jpg

しかも下突き/アッパー気味に入れている。
<ドスッ>
<ウッ…>という感じになっている。

パンチに関してはボクシングの要素を取り入れた練習を
施していることで、その効果は確実に出てきているといえよう。

年内に、サンドバックを拙宅に導入する。

来年には、グローブ・ルールたる、
ほぼK1と同じルールにも出る算段をしているが、
そうなると身長が低い方が
ダモシ的解釈では優位な闘い方が出来る。

そもそも反則となる顔面及びそれに近い位置(喉、首)へ
強烈なパンチを入れることが度々あるアントン。
ボクシングになればアッパーやフックを顔面へ入れられる。
となると、アントン有利と見る。

マイク・タイソンのビデオを何度も観ているから、
アントンも徐々にその手法は把握しつつあろう。

映画でいえば<ロッキー>は技術的には参考にならないが、
<ミリオンダラー・ベイビー>の中盤までは
トレーナー役のクリント・イーストウッドが発する教示は
技術的にも大いに参考になる。


明日も午前中、ダモシvs.アントンで練習だ。
その後は彼は道場での練習。

空手道場通いにヒップホップが加わって、相当お疲れだろうが、
11.28にピークを如何に持ってくるかを
彼自身も少しずつ理解しているだろう。

<11.28まで出ないでいい>と彼は言った。

叩き台として一つはさむプランもあったが、
その大会はルールが異種格闘技ルールのため
11.28への叩き台としては、
11.28が芝だとすれな、それはダートなため、
その大会を叩き台として出場することは取りやめた。

現時点では、『鉄砲駆け』するアントンを信じ、
11.28には『鉄砲』で臨む公算が高い。

叩き台をはさまない分、
対11.28戦略においてはダモシには、奇策がある。
それはまた追って決定次第、当欄でも掲載するだろう。



*****


一年前に邂逅した佐賀県絡みのオフィシャル事案が今週あった。
その打合せの場に、やはりあった。

深津絵里嬢が海外で主演女優賞に輝いた映画<悪人>。
そのチラシとロケ地ガイドのパンフレット。

akunin.jpg

オンダ刑事は嫌いだが、
ラブコメでの深津嬢は好きなダモシは、
かなりオトナになった深津の、特にこの映画での
憂いをたたえた顔と濡れた瞳が妙にセクシーで
気になる映画ではあった。

ロケ地ガイドのパンフレットにもあるように、
舞台のメインは佐賀県。昨年訪れた唐津、呼子なども出てくる。

<そもそも気にはなっていたが、佐賀県ということで、
 これはもう観に行きたいという気持ちになった>

と語るダモシは、来週でも観に行こうと考えているところである。


佐賀県といえば、毎年11月に行われる唐津くんちが有名だ。
そして呼子といえば、イカ。

saga.jpg

(佐賀グッズ)。

映画でもイカ料理の店が出てくるようだ。
当地(博多)で食した佐賀県のもう一つの名物ムツゴロウの
あの料理の悪夢も甦ってきた。

地方モノのオフィシャル事案絡みで、
今週購入したのは、宮崎県は西都原古墳の埴輪。
そのレプリカが500円。

haniwa.jpg

人差し指くらいの長さで、単純に、カワイイ。



*****


そういえば。

喫煙者の同志諸君、煙草のカートン買いだめしましたか?

今宵から、
破廉恥な所作<煙草値上げ>が行われた。

米時代はマルボロ派だったが、
帰国後はセブンスターにしているダモシ
(価格が安いから)。

未だ米時代の$8という世界と比べれば安いが、
米のように他州から購入、他州の友人に買ってもらって
ニューヨークで受け渡しということが可能だったがゆえ
結果的には安く仕入れていたのだが、
ニッポンの場合、そうはいかないから困ったものだ。

仮に、ダモシの中では外国の
北の某と琉球王国が本当に外国ならば、
そのいずれかで大量購入すれば、安いままになるのだが無念。

ニッポンも将来的には米のように、
州制度を取り入れて、
法律も税も州ごとに異なる仕組みを立てる方が良いのではないか。
東京都は東京州。米のワシントンDCにあたる政治首都は那須にして
那須DCとする。横浜も神奈川から独立して横浜州とするのが良いだろう。
山梨は甲斐州に戻し、東京都の中でも西東京の23区以外は武蔵州で良い。

さように州制度にして、それぞれの地理的環境、マーケット、ビジネス
それぞれのサイズに応じた法律や税制があって良い。

セブンスターも
東京州では一箱500円だが那須DCでは350円、
甲斐州では280円等々。そういう所作があって良いのではないか。

野球観戦もむろん東京州の巨人が最高額で、
北の某国のハムは異国ベースで北の某通貨(レラ)にして
1レラ=50円程度にすれば、バランスが成り立つだろう。

巨人戦が仮に5,000円の座席だとすれな
その金額で同じクラスの席種でハムの試合を
サツホロ・ドームで観る場合は円換算で2,000円(100レラ)程度にする。
市民から落ちるのは50レラだとすれば、
市民で上級席が埋まらないが、
ニッポンからの旅行者が2,000円で最前列で観られるのなら
100レラをどんどん落とす。

そうなれば、観光等も同じで、潤ってくる。
もはや地方格差は広がる一方なのだから
州制にして、通貨も北の某と琉球王国は分けるくらいの
思い切りの良さがあっても良いだろう。
さもなくば、東京以外、すべて共倒れという危険性すらあるのだから。

少なくとも、収入バランスは東京と地方では基本ライン自体異なる。
にもかかわらず、一律で煙草の価格が上がるのでは不公平だろう。
地方いじめと、いえよう。

民主党は、対チャイニーズでも失敗。
漁船問題で、タフ・ネゴシエーションこそが
対米、対チャイニーズの基本であるということを
理解していない政党であるということを露呈してしまった。
民主党は一度一定期間以上、ニューヨークで暮らして
そのあたりを本質的に勉強する必要がありそうだ。

おまけに地方いじめの、庶民いじめの、煙草値上げ。
煙草は庶民の喫煙者の心の拠り所でもあるのだ。
もっと税をとるところはあるだろうよ、と。

今や、民主党と巨人は、情けない巨大戦力の筆頭だ。
言ってしまえばヘビー級のくせに芸がないから、
むざむざと敗れ去るタイプで、でくのぼう。

千葉や阪神の頑張りを見習うべきだろう。




そろそろリビングへ行って、競馬の予想をしなければ。

sprinters.jpg



Have a nice weekend.






posted by damoshi at 00:37| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。