2010年11月29日

帽を脱ぐ



迎えた11.28。

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一回戦の相手は、中日本の王者。
しかも全選手中で二番目に大きいヘビー級。

アントニオとの体格差は、
身長にして9cm、体重にして13kg。

先日のプロボクシングで飛び級で二階級制覇した
長谷川穂積の場合、3.5kgの階級(ウェイト)差があるだけで、
これまでの階級の相手であれば倒れるレベルのパンチでも
相手は倒れなかった。

組手主体の柔道以上に、
打撃系の空手やボクシング、キックの場合、
この身長差/体重差は、より絶対的な有利不利に直結する。

柔道の場合、未だ柔よく剛を制すということがあり得るが、
打撃系ではそれはほぼ困難だ。
技量等が互角ならば、パワー上位の方が勝つ。

だから、柔道にしてもレスリング、ボクシングにしても
体重別(体重での階級別)で闘いが行われているわけである。

相手の体重は、
上級生の二年生階級代表50選手の中に入っても五番目、
三年生階級代表52選手の中でも九番目の重量。

まさにフライ級vs.スーパー・ヘビー級が闘うことを
イメージすれば分かりやすい様相。


関東勢等、対戦経験のある相手や見る機会があった選手の
分析は出来ていたが、東海以西の選手は分からない。
対戦相手が決まっていてもその身長体重は分からない。
その相手の戦歴は分かっていても肝心の身長体重が分からない。

会場入りして受付を済ませて受け取ったパンフレットを開く。

そこにはトーナメント表と選手写真、在籍小学校名と共に
身長体重が記載されている。

それを見た瞬間、<よし>と思う。

通常的に考えれば相手がスーパー・ヘビー級、ヘビー級では
勝ち目はより薄くなるから避けたいところだが、
徹底的にヘビー級対策をしてきたからだ。

前回、九月の大会も夏の異種格闘技ルールも
いずれも決勝戦でヘビー級に破れたわけだが、
内容的には負けていない。
そしてどの大会でもヘビー級が必ず障壁になる。

アントニオの最大武器。
他の誰にも負けない武器が、流麗に動くスピードとキレである。
たいていの相手はアントニオのスピードについてくることはできない。
魅せる空手である。

アントニオの、良い点にして、現時点で最大の欠点。
感情が高ぶり相手がヘビー級でも力で勝負してしまう部分。

アントニオはこれまで致命的な打撃を受けて破れたことがない。

負けるときのルーティンは、

<相手に付き合って、真正面からやり合って、動きを止めてしまう>
場合である。

そして勝つ時のルーティン。

<己が試合をコントロールして相手に何もさせない
 =
 スピードとキレで相手についてこさせない>。


*****


夏以降、徹底的にヘビー級対策を施してきた。

ヘビー級がイヤがることは何か。
ヘビー級側に立った場合、どうされたらイヤなのか。

このあたりから懇々と説いてきた。

技の精度を上げることや技の戦術的な組み立てはもとよりだが、
ベースにあるのは、
己が最大武器を磨くことである。

要するにスピードとキレで誰にもついてこさせないこと。

そして、真正面からやり合わないこと。

ヘビー級選手がやってくる技も一定のルーティンがある。
それはすべてシャットアウトしろ、と。

そして、よりによってこの大一番の、一回戦から、
のっけからスーパー・ヘビー級の、
しかも強豪と相見える状況に、

<しめた>と思ったわけである。

ダモシは
アリーナ入りするアントニオに
最後の最後まで、繰り返し言ってきたことを伝えた。

<絶対にやり合うな。いいか?絶対にやり合うなよ>
<動け。間合いと主導権を握れ。コントロールしろ>
<デカいのは必ず最初に前蹴りやってくるから、
 ゴング直後、ストレートに入るな。必ず入るときはヨコから>
<動けば勝つ。止まったら負ける。それだけ。
 あとは練習したことをそのままやれば良い>

館長も言った。
<最後にもう言うことはない。とにかく動け>

そして控え室廊下からアリーナ内へ送り出した。
アリーナ内ではセコンドにつく館長が待っている。
ダモシは客席に戻った。

一年生階級の開幕戦。

ゴングが鳴った。


*****


案の定、スーパー・ヘビー級は、
小さいアントニオが勢い良く飛び込んでくると思っていて
前蹴りを出す仕草をしてしまった。

既にそれは先刻ご承知のダモシ陣営。

分かっているアントニオは、
教えたフットワークと秋以降に新たに取り入れた手前の構えで
流麗に動き様子を窺う。

初代タイガーマスクのフットワークに徐々に近づきつつある。

この時点で<あれ?>とスーパー・ヘビー級が狼狽したのが
客席から俯瞰して見ていることで手にとるように分かった。
おそらくこのスタイルとの対戦経験がないのだろう。
中日本には不在のタイプなのかもしれない。

ゴング後のファースト・コンタクトに入る前のポスチャーの、
間合いの図り合いで、まず主導権を握るアントニオ。

教えた通りヨコから入り密着戦。
教えた通り接近戦はワンツーorワンツースリーフォーまでで
すぐにヨコに動いてヨコからローキック。

デンジャー・ゾーン
〜ヘビー級のキックが届く最適位置〜に
己をポジショニングしないことも、徹底的に練習した通りに
実践して位置取るアントニオ。

キックも教えた通りに間髪入れずに左右連打。
打ったらアウェイの、ヒット&アウェイ。
さらに右に動き左に動き
密着したら即座に肋骨パンチ。

新たに秋以降の秘密練習で施してきた
ブルース・リー・パンチを手前替えで
みぞおち→鎖骨→フックで肋骨へと流れるように連打。

スーパー・ヘビー級のパンチ&キックを完全に封印。
一発も受けないアントニオ。
カットオフ、カットインも英語ですべて教えた通りである。

次第にボディが効いてくる。ローが効いてきて、
ボトムからトップへという教えが効いてくる。

<下から崩すのだ。デカいのは下から崩していけば
 必ずガードが下がる。そこでトップだ。
 ボトム to トップだぞ>。

スーパー・ヘビー級の動きが止まってくる。
ただでさえスピードについてこられない。

審判がブレイクを命じる。
アントニオのヘッドギアが
スーパー・ヘビー級に近すぎるということで注意を与える。

再開後も一方的に動き、攻めるアントニオ。
大技も折り込む。

再度、審判がブレイクを命じる。
再びアントニオにヘッドが近いと注意を与える。

何回とるんだよ…と、減点競技的所作に憤りを覚える。
何となくペースを止めようとしている風に見えるのだ。

ダモシ、客席でエキサイト。
<気にするな。動け、攻めろ!>。

再開後もさらに攻めるアントニオ。
ハイキックがヒットする。観客席の応援団から歓声が挙がる。
が、技ありをとらない審判団。

しかしまたブレイク。アントニオに三度目の注意が与えられる。

もはや何も出来ないスーパー・ヘビー級。

アントニオは猛攻の手を緩めずにオフェンス。
ローの連打で脚が効いてきたスーパー・ヘビー級の
その両足が真横に揃ってしまった瞬間に、

ローを入れると脚に来たスーパー・ヘビー級は美徳のよろめき。
よろめいてダウン寸前で腰が砕けて後退。
その流れでこれも練習してきた通りの、みぞおちへの右ストレート炸裂。

スーパー・ヘビー級がフライ級に圧倒され、完全に腰が落ちた。
そして後方へよたよたしながら後退してダウンした。

完全に支配している。
<アントニオな世界>に完璧に入った。

尚も攻めようとするアントニオを審判がブレイク。

<よし、技あり。これは技ありだぞ>。ダモシ軍、叫ぶ。

だが、なぜか技ありをとらない審判団。

さらに攻め続けたアントニオ。
スーパー・ヘビー級のキックはもはやスローモーションの如く
まったく意味のないものとなり空を切る。
空を切った後の身体ポスチャーはもはやふらふらだ。
立っているのがやっとという状態になる。

完全に試合をコントロールして、何もさせずに残り数秒。
最後までアントニオの動きは止まることなく
一方的に攻め続けた。

ゴング。

<よし、勝った!>(観客席のダモシ)

<やった!>(観客席の応援団)

<よし、まだ次の試合が見られるな>
(リングサイドのワイフのダディ&マミー)

<楽勝だな>(セコンドの館長)

それぞれが感じた。

試合の全体ポスチャーは、圧勝である。


だが、判定は相手方に挙がる。

注意を三回とられた部分の減点に対して、
アントニオのパンチでのダウンやハイキックが
技ありをとってもらえなかったことで、
相手方に旗が挙げられてしまったわけである。

相手はリアルに何もしていないにも関わらず、である。


*****


夏の異種格闘技ルールの大会で準優勝した際、
決勝戦で明らかにアントニオのポイントが入っていながら
相手方にポイントが付加されて破れた際、
ダモシ&館長が抗議したことがあった。

その試合レポートも当時掲載したが、
先般その主催組織の会があったときに
館長が苦言を呈したところ、審判に問題があったことを認めたらしい。
明らかなる誤審だった、と。

今回はどうか。

ルールでは、
<注意x3回>と<技あり1>では、後者が勝ちになる。

技ありの規定には、
<反則箇所を除く部分への突き・蹴りなどを瞬間的に決め、
 そのダメージにより一時的に動きが止まった場合、
 または崩れた場合、戦意を喪失した場合>とある。

明らかにあの、
ローキックによる"美徳のよろめき"と、
"腰砕け"状態での右ストレートによる後退→ダウンは、

・動きが止まった場合

・崩れた場合

に該当する。

ましてや倒れている。

且つ、一方的に攻めている。一発も食らっていない。

だがルール上、
<注意>が三回与えられてしまった場合は、

<どんなに試合内容でリードしていても
 技ありをとらない限り負けである>となっている。

ポイントは、

■アントニオの技ありをとらなかった点
■注意を三回も与えられた点

である。

前者は記載の通り。
倒れてもいるわけだ。あれは技あり、だ。

後者は、どうか。

肉体構造的に、
大きな者と小さな者が密着戦になった場合、
小さな者の頭部が下に位置する。
これは当たり前のことである。

注意(反則)として該当するのは、
ルール上<頭をつけての攻撃>である。

この<頭をつけての攻撃>には意図的なものであることが前提だ。
故意に頭をつけて攻撃することに対して、のもののはずだ。

アントニオの場合、
その身長差を考えれば、
自然に、普通に、頭部が相手の下に位置する。

相撲でも組み合えば、自然に肉体的にそうなる。

それを意図的でないにも関わらず、
軽度のそれで反則注意をとるのか、という点。

ここが問題になる。

相手に何もさせず、
体格差を凌駕して
打撃で圧倒してダウンまでさせているにも関わらず、

肉体的に自然な位置関係になる頭部が
相手の下にポジショニングされているだけで
<頭部をつけての攻撃>となされて、

注意を三度も短時間でとるというのは、いかがなものか、と。

ボクシングのバッティングではないのだ。

ここが<判定>絡みの、やはり難点になる。

まったくもって、unacceptableである。

美しい空手。手数、ダメージを与える打撃。
完璧で、一方的。
ディフェンスも完璧で何も受けなかった。
試合をすべてコントロールしていた。

それでも、こうして結果としては一回戦敗退。

だが誇りある一回戦敗退であり、
ダモシ軍はこれを負けと認めていない上、
勝ち負けでいえば勝ったと思っている。

館長は言った。

<空手で勝って、試合に負けたのだ>。


*****


ダモシは即座に客席からアリーナへ通じる
地階の廊下に出て、
アントニオと館長を出迎えた。

泣くアントニオに開口一番、

<素晴しかったぞ。文句なしだ。勝ちだ>。

館長も
<素晴しい動きだった。今日ので良い。
 負けじゃないから下を向く必要はない!>と言った。

納得がいかないのは、いずれも同様だが、
そこはアントニオへの賞讃が勝った。

席を立ったダモシを見届けた
ワイフの姉と姪が

<アントニオはかわいそうだ。
 こんなに勝っている試合なのに…。
 ダモシにまた怒られるのではないか>と懸念していたという。

ワイフはその際、

<いや、今日は怒らないよ。褒めるでしょ>と諭したという。

さよう。

ダモシも館長も何一つ怒る理由がない。

厳しく現実を見れば<一回戦負け>という事実は残るが、
忌憚なく
過去最高の動きを、過去最も大きな舞台の今回、した事実もまた
厳然と目の前に提示されたからである。

最も大きな舞台で、単騎乗り込んだこの舞台。
そして応援団も多くいる中で、
これまでで最も質の高い動きをして徹底的に攻め、
フェイヴァリット(本命サイド)に対して
何もさせなかった。

事実上、勝ったのである。

しかも打撃系で致命的なほどの体格差を凌駕して、
パワーで圧倒した。


ダモシはこれまでもニュートラルに
力量で負けた場合は素直にそう記してきた。
相手が実に良い選手だった、と。

アントニオの動きについてきて、
ある意味でアントニオ以上のキレを持っていた相手だ。

あるいは出会い頭の一発であっても
食らった上で負けた場合も、素直に負けは負けで
叱責し、その課題クリアのために邁進した。

そういう意味では、今回の試合に関しては
まったくもって負けを認めることはできないし、認めない。


*****


一回戦負けに関わらずの、帽を脱ぐ。
脱帽したのは、なぜなのか。

それは、
これまでの大会とはまた異なる重要度のある大会で、
彼自身にとっても最も大きな大会の今回、

代表決定した八月以降、
目標を設定して取り組んできた中で、

やってきたことすべて完璧に己のものとして
実際の本番で己の力の最大化を図ることができたからである。

今回ダモシはセコンドにつくことができなかったことで
観客席から一般フォーカスで
全体を俯瞰して立体的に観ていた。

セコンドについて平面的に一つの角度から観ていたのとは異なる。

そういう意味で俯瞰してニュートラルに冷静に観ることができたのだ。

立体的にアントニオの動き、相手との関係性を観ていた中で、
これまでの試合の中で、
今宵のアントニオの試合の動きが最高のものだったと認められたのである。

・やってきたことをすべて本番で出来た点
・己の力の最大化を発揮することができた点



対ヘビー級という世界観の中で、
今回は特にフライ級vs.スーパー・ヘビー級という世界観においてなお、
終始、己が試合の主導権を握り構成していた点。

要するに、試合をコントロールしていた点
(=感情的にならずに冷静に試合を進めた点)

で、過去最高レベルに出来たのである。

それを目標としていた大舞台で実行出来たのである。

アントニオのその精神力。
ここに脱帽するしかないのである。

ある意味で、優勝した時以上に、褒めた。
そして、忌憚なく、誇りに感じた。

これでこそunacceptableな裁定での勝ち負けは超えたところでの、
それは別としたところでの、納得と満足がある、と。
これこそが重要なことなのである、と。

応援に来たオトナが、ダモシも含めて思うところは、
己が小学一年生でそういうことが(競技やジャンル問わず)出来たか?
出来ないし、出来なかったよ、という一致である。

ワイフは女性で母親ということもある。
だから、泣くわけだが、
ダモシは泣くわけにはいかないが、必死の我慢を要するほど、
優勝したとき以上のエモーショナルな感情を覚えた。

共に練習してきた部分。
それをすべて、実戦で出来たのだ。

喋ると嗚咽になりそうな中でも必死に冷静を装い
アントニオに声がけした。

<本当によくがんばったぞ。
 今日は俺は褒めるぞ。共に頑張って練習してきたことを
 アントニオはすべてやったな。すばらしいことだ>

と。

今宵でアントニオも特に分かっただろう。

負けたから怒られるのではないことを。
勝てば必ずしも褒められるわけではないことを。

これが、勝ち負けを超越した部分、ということである。


アントニオは言う。

<相手の技は一発も入らなかったから
 まったくダメージがないよ>と。

そして、
<どうして大きな相手に、パワーで勝てたのだろう>と。

そう。なぜ圧倒的な体格差がありながら
スーパー・ヘビー級を"美徳のよろめき"と"腰砕け"とダウンに追いやったのか。

ワイフも同様の疑問を持った。

そこでダモシは<風車の理論>を解説した。

これが次のフェーズの教えのスタートである。

<風車。風車って分かるだろう?>
<風車は、どうして回る?>

風車は、なぜ回るのか。
風車にとって風はどういう存在なのか。

答えはここにある。

小が大にパワーで勝てるのは、なぜなのか。

懇々と身振り手振り、目の前にある皿やペンなどを手に説明した。

<答えは、風と風車。そして、"相手に付き合ってやり合わないこと"にある>
と言った。

むろん、詳細は企業秘密である。

今週、可能な限りの時間の中で、
大阪遠征までに風車の理論を実際の身体運動に置き換えて
ダモシxアントニオのスパーリングで教示する。


パワー勝負=真っ向勝負、ではないのだ。
これはイコールではない。

それまで説いてきて、実際に練習してきたことを
今宵、彼はようやく、しかも大舞台で会得して実践した。
それが成果が出たことで本人も理解した。

さらにそれをロジック交えて
よりディープなレベルへと進化させる。

これが次のフェーズの、一つのテーマである。



*****



来年も同じこれを目指すのか否か。それは分からない。

少なくとも先般記載の通り、格というものがあり、
国立代々木から、とどろきアリーナという
舞台設定のランク落ちで、魅力がやや薄れた。

と同時に、unacceptableな裁定でも分かるように、
これは実は開会式で既に予感はあったのだが、
開会式での主催者の挨拶が
選手主役ではなく審判主役めいた台詞があった。

審判講習がどうの等、その点を強調していた点が
開会式を観ていて大変気になったのである。
おかしいぞ? と。

要するに、空手は、格闘技は、<採点競技>ではない。

ところが減点法を重視する傾向が見て取れるのだ。
コンプレイン回避目的で
明確な判定基準を設けたのだろうが、
そのディテールにおけるイデオロギーに
いささか疑問符を覚える。

終始、試合をリードし、
手数も有効打も多く、圧倒しているにも関わらず、
どうも試合を観ている審判の目が
微細な反則規定にばかり向いている気がしたのだ。

減点法に目が向いている。
これは感覚的に敏感にそう察してしまうのだから
どこかにそれは存在しているのである。

全体的なアトモスフィアや構成、内容を観ずに、
局所的な部分、つまり部分最適にばかり目が向いている。

<減点法的競技性>で邁進するならば、
ダモシ軍はそこで闘う意味はない。

何もこれだけではないのだ。

K。いわゆるK-1系でいえば小学一年、二年でもK-4がある。
それもまた勝ち上がればナショナル大会に進むことが出来る。

あるいは以前から書いているボクシング。
キック系では最強の呼び声高いムエタイもある。

ある意味でそういった
K-1系や、異種格闘技としての対ボクシング、対ムエタイ
という世界観も視野に入るわけだ。

当然、戦略的に進むならば、
あっちもこっちもということは不可能である。

どういう路線とどういう目標設定で進むか、
そしてそれに応じた戦略的な年間スケジュール。

これらは大阪遠征の後にダモシ国の国会で討議されることになろう。


*****


いずれにせよ、11.28は終わった。

終わればもうそれは、one of themである。

フォーカスは、
金曜日のヒップホップの発表会と、
今週末の大阪遠征での、また単騎での他流空手大会参戦。

ここへまた出来る最大限を尽くしてゆくのみ。

<あと一週間。あと一週間、まずは頑張ろう。
 今週もお友達との遊びはナシだぞ。
 大阪が終わればお友達と遊んだり、
 一緒に箱根旅行だし、クリスマスもあるぞ>

と引き締めた後、

寝る前のレストルームで用を足したアントニオの
頭を撫でて最後に言った。

<今日は本当によく頑張ったな。I am proud of youだ。おやすみ>。


今宵、大満足のダモシは帰路、
本来は優勝した時以外はご褒美なしだが
一回戦負けでは異例となるご褒美で
アントニオに<怪傑ゾロリ>を三冊、買ってあげた。



最後に。

今宵、アントニオが力の最大化を実行出来た背景には、
多くの応援が来ていたことも大きな要因として存在している。

ワイフの両親に姉に姪。ダモシの後輩。そして道場のお兄ちゃんたち。

単騎乗り込みだが、単騎ではないのである。

大阪は完全、単騎での、遠方で完全アウェイとなる。
これもまたダモシ軍が試されるわけだ。


ところがダモシ軍、アウェイは異国で慣れっこなのである。

往けば分かるさ、である。


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posted by damoshi at 00:51| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月28日

不易流行



寒いが、空気が澄んでいて晴天の朝だ。

用意は済んで、ダモシもスーツに着替えた。
もう少ししたら出発である。
ウルトラの父たち殿堂に祈願してから出発だ。

地方からの代表は昨日には東京入りし、
今ごろはホテルで起床して準備を始めているだろう。

今朝のスポーツ新聞は二紙、記念に買った。

今宵は、松尾芭蕉の命日でもある。

不易流行。
闘いの精神もまた、不易流行である。

断続的に咳はしているが、
起床したアントニオの、喘息発作は今のところ回避出来ている。




posted by damoshi at 07:18| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月27日

CD-ZERO: Go For Block



ジョン・F・ケネディの名言
"Ask what you can do for you"を己自身に問いかけ、
目指すポイントへ向けて出来得ることを最大限に行ってきた。

そしてカウントダウン<ゼロ>を迎えた。

今宵、ダモシxアントニオの11.28へ向けた最後の調整、終了。
一つ一つを、これまでやってきたことを再確認しながら実践。
何度も何度も繰り返し、絶対的なポイントになる部分を言葉で伝える。

<絶対に、〇〇するな。必ず、〇〇する。これを忘れるなよ>。

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仮想敵となることでプラスになる。
ダモシは低くなり、アントニオの相手の身長レベルに合わせる。

プーチン・ダモシはまた裸になるわけだが、
裸になることで、アントニオにとっては、
より的確なオフェンス部位を把握することができる。
その際、常に人体の科学書を傍らに、どこが効くのか等も
互いに人体絵図を見て確認しながら練習してきたことである。

<急所は〇〇と〇〇だぞ。〇〇と〇〇の間を〇〇の時に打つのだ>。

最後はスパーリング。人間サンドバックと化したダモシがビシビシ受ける。
かかと落としを延髄に、肋骨パンチを肋骨に、ローキックをヒザ裏に…。
それぞれバチバチ受けることで、ダモシはもはや這々の体である。

<大丈夫だ。俺とスパーリングやった動きをすれば、勝つ>。

ディナーは、カツ・カレー。

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那須の応援団、
来年の東京マラソン出場が決まったダモシの後輩、
そして館長、それぞれと明日の打合せも済む。

那須からは朝7AM台の新幹線で来場。
後輩とは会場で逢う。
ダモシ軍は朝7:45AMに港北エリアに住む館長をピックアップして
一路、国立代々木競技場へ向かう。

アントニオへ、11.28へ向けたところでは最後となる
音楽をダモシはチョイス。

ここでもまたカツ・カレー同様に、ベタな世界観になる。
ZARDの<負けないで>や
アントニオ猪木のテーマ曲<イノキ・ボンバイエ>、
龍馬伝のテーマ曲などなどを入れて、
共に聴いてから、携帯ウォークマンへ移管。

<朝、車中で聴くと良い>と言えば、
アントニオも<気分が高まるね>と言う。

アントニオは
<あしたのことで胸が一杯だ>と笑う。

<楽しむことだ。楽しみだな。皆、楽しみだ。
 明日だけじゃないぞ?
 来週はダンスの発表会もあるし、
 大阪遠征での大会もある。楽しいこと続きだな>

と、とにかく今のこのシチュエーションを、
常在戦場であることを、存分に楽しむことを基盤として
接するダモシ&ワイフである。

明日会場入りする際に着用していく服も、
武田信玄の風林火山Tシャツ。

タオルも
後輩がくれた猪木の闘魂タオルに
ダモシが甲府で買ってきた風林火山タオル。

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明日のゼッケンその他書類も整理した。

そしてアントニオが寝る前、最後に、
ペーパーにダモシ手書きで
ここまで練習で伝授してきたポイントを記した二枚を渡し、
アントニオとワイフがそれを読んで就寝。

これで、待ったなし、ALL SETである。

明日はサニースカイ。絶好の秋晴れの東京。
舞台も整った。


*****


すべての準備を終えた最後、
ダモシ的にはエモーショナルなものが押し寄せた。

努力。

それを小学一年生のアントニオが、
ここまで努力を忘れずに、真摯に取り組んで遂行してきたことへの
リスペクトが一つ、ある。

これこそが、勝っても負けても、という世界である。

リアルに、やれることはやった。
リアルに、最善を尽くした。
出来る限りのことを遂行してきた。且つ戦略的に。

当然だ。

アンダードッグであり、チャレンジャーだから、だ。

最低身長に最軽量。

明日の競馬ジャパン・カップで
フェイヴァリット(本命)のブエナビスタに挑む
ローズキングダムやペルーサ、その他。

明日の大相撲千秋楽で
フェイヴァリットの横綱・白鵬と優勝を争う豊ノ島。

そういう世界観だ。

そして、そこに臨む者、すべてが努力をしているし、してきた。

パリで苦悶する浅田マオーも同様だ。
練習では出来ても本番ではなかなか思うようにいかない。
それもまた世の常であり、闘いの本質。

そしてフェイヴァリットが必ずしも勝つとは限らないのもまた、
勝負の本質である。

ただ、最大限の努力をしたか否か。
ここがまずは勝ち負けする上で、最も重要なことになるのは
間違いないのだ。

長州力の名言
<努力したからといって成功するとは限らない。
 しかし、成功した者は皆、努力した>にすべて表される。

そこまでやって初めて、Just Do Itになる。あとは、やるだけ。
思う存分、自分が楽しく気分良くやるだけ。

そしてあとは、<アントニオな世界>をいかに発揮出来るか
練習したことを本番で発揮出来るか
己の力の最大化を図ることが出来るか

である。

試合直前まで出来得る最大限のサポートをする。
あとは、やるのは本人だから
最後の綱は、アントニオ自身が握る。

だからこそ<アントニオな世界>に入り込み、
フェイヴァリット側にいる相手を己が世界観に引き込め、と。


想う。

異国への移住での対米戦線や
猫ジャックの危篤からの奇跡の復活、
対米での東京裁判、そして富士山などなど。

SINK or SWIMの局面で最後に出てくる感情というものは、
なぜベタなのか、と。

対米は<意地>といっても良い。

尻尾を巻いて逃げ帰ってくるだろうと思った周囲の人は相当数いただろう。
三十路に入って何を狂ったか、なぜ異国へ移住してゼロから
チャレンジしなければならんのか、と。

そこでダモシ&ワイフが強烈に抱いた感情は、意地である。
何が何でも成功してやる、という
絶対にSINKしないぞという意地である。

そして対富士。昨年,今年、いずれも
苦しみの中で涌き出た感情は、根性である。

意地、そして根性。

アントニオが空手の大会で初優勝を果たした決勝戦で
延長に入った瞬間にダモシが叫んだ台詞も

<アントニオ! 死にもの狂いでやれ!>であった。

何だ、このベタな台詞は、と。

今回に関しても、そうだ。

勝利の神様やパワースポットに詣で、最後はゴッドハンドの墓参まで挙行した。

そしてカツ・カレーに、ZARDの<負けないで>や<イノキ・ボンバイエ>。
とっくに<ロッキーのテーマ曲>も提供している。

まさにパーフェクトに、ベタである。
オシャレではない。

一つには、<本気>で闘うときは、ベタになる

ということであろう。


*****


ダモシは今宵、よう眠れんかもしれん。
それはまあ、しゃあないやろ。

ただ、それは緊張や恐怖ではない。
むろん怖い。だが、むしろそれよりも楽しくて、という部分だ。

ワイフのマミーが電話でワイフを叱ったという。

アントニオが下痢や風邪、そして喘息も発症し、
体重も夏以降、一向に増えていないことを聞いて、だ。

夏の大会を観戦した際、ワイフのマミーは、
身体の小さいアントニオがヘビー級に向かっていく
その姿勢だけで感動したという。

今回も来るのだが、孫ということもあり、
心落ち着かないといったところであろう。

体調管理だけは、これはコドモの場合、いかんともしがたい。
万全を期していても喘息は喘息であるし、
学校や何やらで本人以外の部分からもらってしまうことも多々ある。

ダモシが小学生時代もしょっちゅう病院へ行っていた。
さぞウルトラの母も忸怩たるものがあったことだろう。

ほとほとコドモが体調を崩すと、<またかよ…>とうんざりする。

それが
万全の状態で臨ませたいイベントがある時に限って
そういうことに陥ったりするから困ったものなのだ。

それでも最善を尽くした。

あとは明日、試合まで喘息の発作がどうか起こりませんように。
そしてノロ系を発症しませんように。

否、明日の試合までではなく、
ダンスの発表会と来週末の<大阪・冬の陣>の試合までは
少なくともそういう面での邪魔は入って欲しくないと切望する。


さあ、もう良いでしょう。

早めにデスクを離れて明日のパッキングを終了させ、
ダモシも音楽を聴きながら本を読み、
静かに過ごしたい。

最後もベタにいきましょう。

Yes We Can!

そして、Go For Block!(当たって砕けろ)。

結果に関わらず、また当欄で報告したい。



posted by damoshi at 22:19| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カウントダウン-1



長谷川穂積と粟生隆寛の二人が、いずれも素晴しいボクシングで勝利。

長谷川は日本人では前代未聞の飛び級での二階級世界チャンプを
粟生もまた日本人として史上七人目となる二階級世界チャンプを
それぞれ戴冠した。

両者とも逃げずにオフェンシブに闘った点も白眉。
素晴しいの一言だ。

大相撲も大詰め。魁皇の奇跡的な快進撃で迎えた今宵の対白鵬戦。
残念ながら自分のスタイルに持ち込めず敗北。
優勝争いから一歩脱落した。
だが、それでも11勝。ここから土日連敗せずに13勝2敗で終えて欲しい。

その大相撲は土曜日に、豊ノ島が魁皇に勝てば、
日曜日の千秋楽に
<十両優勝→幕内優勝の連覇>という96年ぶりの奇跡を賭けることになる。
期待したい。

日曜日。競馬はジャパン・カップ。
近年稀に見る好メンバーで、<有馬記念か?>と思えてくるほど。
一方でその有馬記念が心配になるほどのメンバーが出揃い、
まさに国内の現役最強馬決定戦の趣だ。

最強馬ブエナビスタに、凱旋門賞二着のナカヤマフェスタ、
ダービー馬エイシンフラッシュ、春の天皇賞馬ジャガーメイル、
皐月賞馬ヴィクトワールピサ、
ダービー&菊花賞の二着馬ローズキングダム、天皇賞(秋)の二着馬ペルーサ、
昨年のジャパンカップ二着馬オウケンブルースリ…。

書いているだけでワクワクしてくる。
まさに誰が勝ってもおかしくはなく、
今回ばかりはワケの分からない外国馬を黙らせることが期待できそうだ。

ゴルフでも池田勇太、石川遼それぞれが逆転賞金王を賭ける
カシオワールド・オープンが日曜日、最終日を迎える。

その他、関東大学ラグビーの大詰め、フィギュアスケートで不振の浅田マオーが
登場するGPフランス大会等、

この日曜日はまさにスポーツの秋のハイライトといえる
スポーツの特異日となる。

そして、アントニオの11.28も同日だ。

いよいよカウントダウンは、1となった。


*****


火曜日。朝から三時間みっちりと
施設を借り切っての、ダモシxアントニオの最終練習。

用意していったCDで音楽を流しながら楽しみながら練習。
バックに流れる音楽はレディー・ガガ。

<実に有意義な三時間だった。オーケー!>。

ダモシも上機嫌になる。


水曜日5AM。

アントニオの喘息の発作が起こった。
それから二時間強。止まらぬ発作。
深夜にも喘息のためにそのまま嘔吐。

水曜日は道場での練習がある日だ。

<最悪は、無理させずに>とダモシは言ったが、
学校から戻ってきたアントニオは調子を取り戻していたため
そのまま道場へ行って練習。

ダモシは9PMに迎えに行った。

翌木曜は下痢が止まらない。
下痢は、風邪をひいた時点からずっと続いている。

学校でも社会でも今まさにノロを筆頭に
胃腸の風邪が流行っている状況は忸怩たるものがある。

<頼むから、うつされるな…>と願う。

喘息に、下痢。

木曜日。夜、道場に顔を出す。
スパーリングが始まる頃、ちょうど到着することができたダモシは
激しい檄を飛ばしながら、戦術的な面を示唆。

時折、咳き込むが、発作は回避できている。

道場でのスパーリングは、ほとんどが上級生相手だ。
主に二年生。

上級生も手を抜かずにやってくれることが大きな助けとなる。
上級生相手に負けなければ、
同じ一年生に負けるか? という部分である。

だからスパーリングを観ている際も、
相手を上級生とは思わずにダモシも接している。
上級生相手では当然、やろうと思う動きや技も出せない局面が多い。
それでも互角に渡り合えている状況で褒められるべきだが、
ダモシはそこで互角以上でなければダメだという接し方である。

館長はもとより、ダモシもそこで手取り足取りアクションや
戦術的な部分を逐一示唆することで、
鉄を熱いうちに打つことになり、彼自身の中にも浸透する。

木曜日が、11.28前の道場での練習は最後となる。

金曜日。
ヒップホップの、来週の観客前での発表会を前にした
最後のレッスンが行われた。

発表会は勿論、ダモシも観賞に出かける。

現在のところ、あの喘息の発作は小康状態である。
下痢は未だ止まらぬが、
いま現在はノロや胃腸系の風邪はもらってきていない。

あとは今宵の土曜日。朝起きて、ノロ系を発症していないことを願うと共に、
当日の試合が終わるまでは、喘息の発作やノロ系発症を
何が何でも避けて欲しいと切望しているところである。

明日の土曜日の夕刻に、
ダモシxアントニオで軽めに最終調整を行ってフィニッシュで本番となる。

那須からは当日入りで四人応援に来ることになった。
ダモシ軍からの応援もある。

ダモシ、ワイフ、アントニオは館長を乗せて
ダモフィーロで会場入りの予定だ。

明日の夜、カウントダウン・ゼロでまた記したい。

現時点では、とにもかくにも、

・喘息発作
・ノロ系の発症

だけは、何が何でもやめてくれ、という切実な気持ちである。

・下痢

に関しては、ある面で致し方ない。
逆に優勝したり準優勝した際、下痢をしていたわけで、

本人も、別の大会の会場で試合前にレストルームへ行った際、
<下痢してない…>としょぼくれていたくらいだ。

下痢をしていれば勝てる、という本人なりのジンクス的な心持ちがあるから、
下痢は下痢で、まあ、いい、と。

・土曜日夕刻の最終調整

これが、<出来る限りのこと>の最後になる。


*****


<出来る限りのことをする>という部分で、
ダモシ単独で、これは出来る限りの中に入るものとして
存在していたことを、今宵遂行した。

これはやっておかなくてはならん、と。

大山倍達の墓参である。

アントニオは極真ではないし、
ダモシも大山倍達に関して好き嫌いという部分ではない。

だが希代のゴッドハンドは、ゴッドハンドなのである。
ましてや11.28には極真も大挙出てくる。

そして、好き嫌いはともかく
ダモシ世代は間違いなく、<空手バカ一代>世代であり
虚実綯い交ぜにした中でも
ゴッドハンドはゴッドハンドなのである。

<空手>という括りで、
そういった闘いにおいて今回は特にその墓前に手を合わせ、
リスペクトを表したい、と。

出向いた。護国寺へ。

そして、先般の東郷神社では、
ダモシ史上初めて神社で声を出して祈りを捧げたが、

護国寺のゴッドハンドの墓前では、
ダモシ史上最長時間となる黙しての祈りを捧げた。


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<空手バカ一代>世代にとっては、
好き嫌いを超越したところで、グッと来るものがある。

静かに、長い時間、墓前で手を合わせた。


これで、榛名神社、東郷神社と続く、一連の流れにおいて、
<出来る限りのこと>を尽くした。


あとは明日、カウントダウン・ゼロで記したい。



*****


以下、護国神社から秋景色。


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東京メトロ有楽町線・護国寺駅を出てすぐ。
池袋から二つ目の駅だ。

これもまた<案外、護国寺>に属する存在で、往けば分かるさ的世界観。
想像以上の、存在である。

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国指定重要文化財の本堂。雄々しい。


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ここもまた見事な紅葉。

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猫が佇む。猫背がかわいいのだが、
もっとかわいいのは、暖かいように落葉を集めた上に佇んでいることだ。

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そして、富士と出逢った。ここにもまた、富士山があった。

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そこはきちんと登山道になっている。一合目から登っていく。

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頂上に着く。

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最後に。

神保町の古書街で仕入れたゴッドハンドの本。

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posted by damoshi at 01:33| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

榛名神社 (3)



神門から、いよいよセミ・ファイナルとメイン・イベントになる榛名神社。
一層の紅葉が光り輝き参拝者を出迎える。

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奇岩ぶりも際立ってきて、山岳信仰の世界観を如実にする。

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くぐり抜けた神門を振り返れば、岩場には神幸殿。

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ここで終わらない。まださらに上へ誘う。
急勾配の石段を登るが、未だ本殿には着かない。

メインとしての本殿の前に、
ダブル・メインイベント格のセミ・ファイナル、双龍門が仁王立ち。

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1855年、安政時代に建立された、国指定重要文化財・双龍門。

反り出した背の高く野太い奇岩を支えると同時に
そこから突き出るように建つ双龍門。

ケヤキで造られた門には龍の彫刻が彫られている。
背後にはローソク岩。

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神門をくぐり、石段を上がってローソク岩と共にある双龍門を抜けて
右に急角度に折り返す。Z字型に歩を進めれば
メイン・イベントの本殿へと到着する。

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こちらも国指定重要文化財。
本社であり幣殿であり拝殿でもある榛名神社の社殿に辿り着く。
右手に見えるのは、こちらも国重要文化財の神楽殿。

神に奉納するために舞う神楽として、本殿に向かって正面に建つ。

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本殿とL字型に構成されて建つのが、国祖社、額殿。

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岩から突き出る額殿の前には鉄の燈籠が立つ。

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岩を支えているかのようでもある。


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*****


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585年、第31代用明天皇の時代に創建された榛名神社。

修験者の霊場としても、雨乞いの神社としても栄え、
千四百年の歴史を刻んできた。

この歴史ある舞台で、
アントニオも11.28と12.5の闘いへ向けて祈願した。

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長野氏がリーダーシップをとっていた
西上野(群馬西部=高崎・榛名・伊香保等)の本丸・箕輪城。

位置的には、高崎と伊香保温泉/榛名神社の間になる。

上杉謙信、北条氏、そして武田信玄などからの狙いを受けながら
ことごとくそれを退けたが、
最後は信玄によって落城。

あの武田信玄をして幾度も攻めながらも
落とすことができずに撤退したほどの、
自然地形を利用した天険の要害であった。

信玄は群馬を手中にせんと、その最大フォーカスをこの地、
この城に求めた。

松本清張の小説でも登場する碓氷峠を越えて
西上野に入った信玄は、
榛名山を中心に取り囲み
衛星のように存在する城を包囲、攻めていく。

高田城、倉賀野城、惣社城、安中城、武蔵松山城などなど。
中でも最も堅城で落とせずにいたのが箕輪城だった。

信濃攻防をベースに名勝負数え唄を展開する
上杉謙信が、関東管領を継いで、
その関東攻略の基点として上野国にプライオリティを
定めていたこともあり、

信濃と国境を接している上野に対しては、
信玄としても先制攻撃を仕掛ける必要性があった、と。

1562年の初回の攻撃から数えて四年経った1566年秋。
信玄は遂に最大目標の箕輪城を落とした。
まさに五輪に匹敵する四年に及ぶ長期的目標が
達成したわけである。

箕輪城の攻防はまた、信玄の嫡男・勝頼にとっての
<初陣>だったという言い伝えも残る
ヒストリカルな闘いであるが、

イメージ的に信玄と群馬の結びつきの希薄さがあったのだが、

なぜ榛名神社に信玄が勝利祈願で詣でたのかは
この箕輪城という当地随一の倒すべき存在があったから
という答えに着地しよう。

ちなみに武田勝頼といえば<単騎突入>でも名高い。
この箕輪城におけるデビュー戦でも
血気盛んに単騎で突撃したという話もあるようだ。


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現在では有数のパワースポットとして、
さらに多くの参拝者を招き入れている榛名神社。

巨岩・奇岩、森厳、清流と激流に滝。まさに魔界アトモスフィア満載。

ダモシ認定<ディスカバー・ジャパン>。


最後に。榛名神社での必勝祈願は<必勝V御守>。

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posted by damoshi at 17:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月21日

CD-7 & Z旗



この頃にしては暖かく
澄んだ秋晴れ、絶好サニースカイの空の下、
原宿、そして国立代々木競技場へ出かけてきた。

アントニオは朝、元気に<仮面ライダーオーズ>と戦隊ヒーローものを視聴。

9AM前、起床したダモシが真っ先に聞く。

<どうした。行けそうか>。

<熱は37度5分まで下がった。大丈夫だ>と。

ただし絶好調ではないため、
会場視察は抜きで戦勝祈願のみ行って午前中に戻ってこよう、と。

<よし、分かった>と9:30AMに
ダモシ&アントニオのタッグは自宅を出発。
一路、東急田園都市線で渋谷、
そして渋谷から東京メトロ副都心線で明治神宮前へと向かった。

アントニオにとっては、
一昨年の今頃の七五三での明治神宮参拝以来となる原宿。
初となる国立代々木競技場。

田園都市線電車内。
サンデー・モーニングはさすがに空いている。
ダモシが通常乗るに等しく、最後尾車両に座る。

アントニオは早速、持ってきた仮面ライダーのフィギュアを取り出し、
<遊ぼう?>とねだる。

各駅停車の車内で渋谷までの道程、座りながら遊んだ。

その途中、"闘い"で遊んでいたことが
彼の体調と感覚を戻したのか、

<やっぱり空手の試合も観たいし、会場の中も観たい>と言い出した。

<よし。行こう!>。ダモシは快諾した。
ある意味で、"そうこなくちゃ"といった世界である。

そもそもの、戦略。

ちょうどカウントダウン-7となる一週前のこの日に、
大会会場視察をしてマインドを高める/慣れる
という時系列的ストラテジーであったから、
それがアントニオ自身の口から体調不良の中であっても
出てきたことを大いに喜んだダモシ。

快適にオール着席で電車移動を終えて、いざ東郷神社へ。

武田信玄絡みの榛名神社を経て、
今回の11.28及びその翌週の大阪遠征という
2010年度を締めくくる二大バトルへ向けた
共に往く戦勝祈願のファイナル。

会場となる国立代々木競技場に最も近いことも
その影響力として最も相応しいとして
東京都内に数ヶ所ある<勝利の神>の中から選択したのが、

<東郷神社>である。


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原宿ラフォーレ前にはクリスマス・ツリー。
ウィークエンド。
朝から既に原宿はティーンエイジャーを中心にごった煮。

明治通り沿いをラフォーレやH&M、FOREVER-21を過ぎて歩けば、
東郷神社のエントランスがやってくる。

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*****


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東郷神社の御祭神は、世界の東郷平八郎。

薩摩藩士の息子として生まれた東郷平八郎は、
幕末の頃、十九歳で薩摩藩の海軍入りして
明治維新前後の海戦に従事した。

24歳で英国に留学。七年間の外国暮らしの中で、
海の男としての知識と技術を修め、海軍魂を培って帰国した。

ハワイが米に併合された時や、日清戦争などの
国難、有事にあって国際外交問題を的確に処理。
その戦略と国際法の知識の裏づけをもってして、
世界的にも名だたる人物となった。

ハイライトは日露戦争。
日本海を舞台とした世界の海戦史上最大のバトルで
大国ロシアのバルチック艦隊を撃破。

ニッポンを救うと同時に、大国の脅威に晒され、
植民地政策の悲劇の中にあった国々に勇気と希望を与えた。


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原宿、東郷といえば、むしろ東郷記念館が
より親和性が高いか。
いわゆる結婚式場としての、それである。

新郎新婦が進む庭園も整備されている。

しかし、ここは、そもそも東郷平八郎を御祭神とする
<勝利の神様>としての闘いのパワースポットである。

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八十八年という天寿を全うした「大東郷」。
<至誠は神に通じる>というイズムで一生を貫いた御徳を
後世に伝承すべく、全国からの待望でお祀りするとして
1940年に創建された東郷神社。

大国艦隊を破った"トウゴウ・ターン"などの戦略や闘いの勝ち味、
<勝って兜の緒を締めよ>という
あまりにも有名な名言などをもってして、
"勝利の神様"として君臨する。

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社殿。

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多くの、"闘い"を前にした人々の願いの絵馬が並ぶ。
チームから個人まで。
己が子の闘いでの成功を願う親が書いた絵馬も。

いずれも切実な想いであり、願いだ。

必ずしも奏功するとは限らないが、
出来る限りのことをしたいという気持ちの表れ。

それはダモシとて、同様である。
考えられ得る最善は尽くしたい、と。
己の、納得の問題でもある。

今宵ダモシは、手を合わせ、声を出して、祈った。
そしてアントニオ自身も祈る。

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絵馬、願いごとを記した札、そして御守り。
絵馬は二人で書いて持ち帰り、ワイフに書いてもらった上で
自宅に供えた。願いごとを書いた札は社殿に供えた。
御守りは勿論、持ち帰った。


*****


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東郷神社を出れば、竹下通り。
厳かな空間から一転、普通なら絶対に歩きたくない
世界観のストリートに様相は変化する。

だがこれもまた原宿の本質。

竹下通りと東郷神社の間のエリアは
ブラックホール的存在で、抜け道になる。
竹下通りを歩きたくない場合、利用するに最適だ。

東郷神社と原宿駅を、竹下通りを避けて行くルートがある。
そのルートに、図書館と代々木ゼミナール原宿校があった。

ダモシが浪人時代に毎日、いた場所だ。

昭和59年。1984年4月から1985年3月までのことである。

JR中央線・荻窪駅から徒歩約15分の住宅街の一角にあった
浪人生専用の寮と、代ゼミ原宿校があった原宿を往復する日々。
主な勉強場所として存在していたのが渋谷区中央図書館。

東郷神社の隣である。

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浜田省吾の楽曲<19のままさ>に適合する世界観。
18-19歳の間の一年間の浪人時代の悶々。
一年の浪人ゆえ失敗出来ない受験へ向かう道程と
そのストーリーの中に入り込んできてしまった
予備校を基点とする恋愛模様。

翌春の受験終了後の交際開始に至るまでの、
一線を越えられない/互いに越えてはいけないという理解と前提に
則った中でもなお、既に互いに好き合っている関係性の中で、

<デート場所>として絶対的に存在していたのが、この図書館だった。

今では新図書館がこの裏手に出来上がっていることに
今宵気づいて驚いたが、
当時はこの旧図書館だったのだ。

<大学に入るための勉強を、この図書館でしていたのだよ>
とアントニオに語った。

だから当然、当時既に東郷神社は知っていたが、
己が受験の必勝祈願で参拝することは決してなかった。

あれから25年経って、己が直系遺伝子の大一番のために
声を出して祈願するなど、
当時の色恋と受験に支配されていたダモシには
想像することは到底できないわけだ。


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表参道側の歩道橋からJR原宿駅方面を見る。
代ゼミ原宿校はこの写真で見ると
手前のストリートをずっと進んだ右手の角にあった。
東郷神社は写真右斜め方向となる。

この写真手前左側に当たる位置に明治神宮の参道があり、
手前右方面が表参道。
そして逆側を振り向けば、国立代々木競技場がある。

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まさに親和性の高い、見慣れた構図である。
右手は代々木公園。

表参道、JR原宿駅、明治神宮、国立代々木競技場、代々木公園
という東京のこれもまた王道ラインナップである。

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銀杏並木が、ヒストリカルな競技場周辺を彩る。

小学校六年生の春の本妻復帰以降、
98年の渡米までの21年間で膨大なメモリーズのある競技場と
この周辺エリアでもある。

長くなるため、それらは今宵は書かないが、
ここへ来れば何人もの人々の顔が思い浮かぶ。
共に歩いたあの日あの時、そしてあの人。

己がそういった青春の、色恋沙汰とはもはや違う次元の
<用事>で今宵は訪れたのだ。


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東郷神社での戦勝祈願を終えて、
ランチを共にした後、歩いてこの場所にやってきた頃、
アントニオの調子も一昨日来では最も良いものとなった。

己が闘いの舞台の周辺アトモスフィアを得ることで、
本人の中に刺激が生まれたのだろう。

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今宵、極真空手のオトナの全日本選手権。
一週前の会場視察と観戦でやって来た。

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関係者になりすましてアリーナ内へ入る。
自身が一週後闘う舞台を踏ませたいと考えてのことだ。
あのロッキー・バルボワでさえ
アポロ・クリード戦の前夜、会場へ入り、佇んだ。

初の会場。その闘いの舞台を前もって見ておくことや、
アトモスフィアを察知しておくことは重要である
というダモシ・イズムである。

試合のやる位置も知らせた。
<あの辺りだ。そのコートの四番目の試合で、
 アントニオのクラスでは第一試合だからな。
 じいじとばあばは、下の、コートサイドで応援してくれるから>
と事前に告げた。

さすが東京五輪が行われたアリーナ。腐っても鯛のオーラがある。

闘いの舞台。これはたいへん、重要である。
ベースボールならば旧ヤンキー・スタジアム。
高校野球なら甲子園、明治神宮野球大会なら神宮球場。
ラグビーならば秩父宮ラグビー場、
ボクシングやキックボクシングなら殿堂・後楽園ホール、
競馬の天皇賞・秋ならば東京競馬場、等々。

その闘いのレベルに相応しい舞台というものがある。

アントニオの空手にしても、
横浜文化体育館などヒストリカルで格上舞台も経験しているが、
ここに勝るところは未だ、ない。

日本武道館で出来れば、最高だろう。

今回のアントニオの出る大会が
なぜか来年は、川崎市のとどろきアリーナになるのが実に不可思議だ。
どう抗っても、格落ち感は否めない。

なぜ、この大会は毎回、聖地としての代々木で統一せず、
格落ちさせるのかが理解出来ない。

闘いの舞台は重要だ。その舞台がどこかによって、
その大会の価値も影響を受ける。
正直、来年のとどろきアリーナという舞台は
まったく魅力を感じないのである。

ならば対外国路線で、自主興行で対チャイニーズ戦を
万里の長城特設リングなどで行う方が刺激と魅力を感じる。

こういうことなのである。舞台というものの装置の重要性とは。

仮の高校野球の夏の甲子園の舞台が、
甲子園球場ではなく草薙球場なら
それを目指す人たちのマインドは下がるだろう。

そういうものである。
主催者は,大会はブランド・ヴァリューを育てるのだという
戦略的気概をもって考察の上、遂行しなければならないのである。

少なくとも武道や格闘技の本丸は、日本武道館。
ここを大会の頂上決戦にするくらいの気概を
関係者一同、持つべきではないか。

だから、今年で最後かもしれない、
こういう格上舞台でのこの大会の価値は、より高いわけである。

中途半端に、とどろきアリーナを会場とするのならば、
それこそ巌流島の方が雲泥の差で刺激的だ。
あるいは甲斐善光寺境内や山寺頂上特設リング等。
霊峰富士を望む三保の松原の海岸への特設リングでも良い。

そういう進歩的且つ独創的、刺激的な洒落も、必要なのだ。
なぜ川崎なのか、と。そしてなぜ首都圏にこだわるのか、と。
なぜアリーナにこだわるのか、と。

<首都圏+アリーナ(体育館)>に縛られるから、
とどろきアリーナが出てきてしまうのだ。
いくら何でもこの格の大会をとどろきアリーナとは、あり得ない。

国立代々木競技場から、とどろきアリーナへ、
明らかなる格落ちをさせる理由はどこにあるのか、と。

ダモシは決しておかしなことは言っていないが、どうか。
つまりは、こういう微細なことにまで気を配って
戦略的に進めてこそ、ということを言いたいわけである。

日本人は、どこかそういうヴァリューの部分に疎い。
そのあたりは欧米を見習った方が、普通に、良い。

ヒストリカルなアイコンを大事にする精神性や
ブランド・ヴァリューの作り方。
こういう部分は圧倒的に欧米が優れている。

特に対コドモという部分では、いかに刺激的か、
いかに楽しいか面白いか、いかに夢を抱くことができるか。
これらの点はマスト・イシューとして
オトナ側が設定すべきことである。

設定し、誘導する。そこに切磋琢磨が生じる。
高校野球の、<夏の甲子園>というものが最たる成功例だろう。
野球以外の他の競技やスポーツ以外のカテゴリーも
それぞれ殿堂や聖地、目指すべきブランド・ヴァリューがあるだろう。

それをしっかりと根づかせることがオトナのロールであることは
言うまでもないのだ。

忌憚なく、とどろきアリーナ? WHO? の世界で、絶対的に格落ちだ。
とどろきアリーナでの同大会には魅力を感じない。

だから、リアルに良かった。
今年のそれに出られることができて良かった、と感じる。
本人にとっても親にとっても、より良いレジメとなる。


今宵のこの視察大会も、かつては、さいたまスーパーアリーナで
開催されていたようだが、国立代々木へ移行したという。
この場合、格上げとなる。

キャパシティはともかく、やはり言っても<さいたま>である。
国立代々木の方が今宵のような頂上決戦の場としては相応しい。

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こういう会場で聞くからこそ、君が代もぐっと来る。
富士山頂で聞く君が代と同じである。

アントニオはふだんは己が下の試合場で聞くそれを
今宵は起立して聞く。

己が闘う場とそのアトモスフィアをこうして客席から
客観的に俯瞰して見ることで、彼自身の中にまた新たなマインドが芽生えるはずだ。

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そして前もって計画していた通り、
当日のセコンド問題をアントニオに告白した。

<セコンドは一人だけになった。
 だから〇〇先生に入ってもらうからな。大丈夫だな?
 俺もいるから大丈夫だ>

常にアリーナ内のそばにいるマミーも入ることはできない。
筆頭セコンドのダモシも入ることはできない。
その手かせ足かせを告げた。

館長には木曜に道場で逢った際にダモシは言った。

<セコンドは一人だけになったので、
 先生の方でお願い致します。
 アントニオにはまだ言っていないのですが、
 今度の日曜に会場に視察に行った際に告げますから>。

普通のことだ。
一人だけというルールになるならば
<親>よりも<先生(監督/館長>がセコンドにつくのが普通だ。

ただ、未だ幼児という小学一年生であることや、
他団体は複数の代表選手を輩出していることで
セコンドも大挙アリーナ内に入ることができる状況を鑑みれば、
これもまた普通にアンフェアだとダモシは感じているのだが、
以前記載した通り、これもまた思い通りにはいかない典型例で、
クールに割り切るしかない。

・単騎での乗り込み
・単騎で団体を背負ってということでのプレッシャー
・試合直前まで常にそばにいる母親が近くにいられない
・常にセコンドで指示を出すダモシがセコンドにつけない
・カウントダウンの中で風邪及び熱発

などなどの、負の座標軸に位置する事柄が揃いも揃った。

だが、そんな中でも、
今宵、当初の計画通り、
<今宵やるべきこと>をすべて戦略通りに進めることができた。

これが最悪の中での最善を、ということである。

母親不在、ダモシ不在、単騎。
このあたりをしかし、本人は必ずや凌駕するだろう。
計画通りに今宵それを告白したところでも
以前のアントニオであればメソメソということになったろうが、
<そうか>といった様相で、受け止めていた。

逆に、かえって、この状態の方が、
開き直って、想いもよらぬパフォーマンスをし得る可能性も、
否定出来ない。

負を正へ。最悪を最善へ。

その逆転の法則は、ダモシ自身、多々経験済みである。

そしてこういった負の状況に陥っても良いように、
他流への乗り込みや単騎乗り込みを多々行ってきたのだ。

人生においてムダなことは何一つない、という
そういうキレイごとの格言がある。

ダモシは反対で、
ムダなことをいかにして避けるかを念頭に置く。

そしてムダなことを避けた上で、己が選択をもってして
したことは、すべてムダではないという論理である。

だから、これまでの戦略で採ってきたすべての行為は
必ずや土壇場で生きるはずだ、と信じているわけである。

その"生きる"は、単に勝ち負けのことではない。
勝っても負けても、
本人や周りが得るものが多ければ多いほど良いわけで、
勝っても得るものがなければ意味はなく
それこそムダである。

"勝ち負け"という土俵で闘うことを経ることで
<得るもの>をいかに多くするか。
そして、絶対に致命的な怪我をしないこと。

ここの点で、精神的にもこれまでやってきたことは
すべてムダにはならないはずだ、という信念である。


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こういう写真一枚とて、
己が進んでやっていることは
ダモシにとってもアントニオにとっても絶対にムダではない。

こういう所作一つ一つもまた、
モメンタム構築への背景要因の一つ一つの誘導でもあるのだ。

男同士、"闘い"というテーマを通して
秋晴れの日曜日に出かけて語り合える至福。

これはもう筆舌に尽くし難いものである。


*****


最後に。

東郷神社にて絵馬、そして東郷平八郎の勝守。

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この<勝>の文字は東郷平八郎直筆の字をモチーフとする。
エンブレムのようなものは、<Z旗>。

バルチック艦隊との決戦において、
三笠艦上に東郷平八郎が掲げた旗。

その心は、

<皇国の興廃この一戦にあり。各員、一層奮励努力せよ>の訓示。

モメンタム高まった三笠は、大国ロシアを撃破した。
柔よく剛を制す。


素晴しすぎる東郷神社の
<勝って兜の緒を締めよ>必勝絵馬。

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裏にダモシ&アントニオそれぞれ、書いた。

帰宅後、ワイフが最後に書いた。

母親心か。
彼女は<怪我をしませんように>と書いた。

今宵、それを
アントニオ殿堂に供えた。

アントニオ殿堂の隣はテレビ台。
テレビ台の前には、
ウルトラの父、ウルトラのグランマ、ワイフのグランパ、
猫ロークなどの遺骨が並ぶ殿堂である。

守ってくれ、と供えた。




posted by damoshi at 21:17| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

CD-8 & 左馬



山形県天童市。
市を超えて県を代表するアイコンとしての横綱格は、将棋の駒。

それは国指定伝統的工芸品であるが、
江戸時代より連綿と受け継がれてきた将棋駒を
伝統産業として後世に伝承する唯一の産地として
山形県の顔的存在の一つでもある。

全国における将棋駒生産のシェアは何と95%を誇る。

その中でも、<王将>より<左馬>こそ象徴的存在。
実際の将棋という闘いでは用いられることはない<左馬>だが、
縁起物としての王道。

馬という字を逆に書く、<左馬>。
ウマを反対にすれば<マウ(舞う)>となり、
福や幸運を招く舞いとしての縁起物となるものだ。

実際、今夏の山形遠征(山寺)においても土産物屋に並ぶ
多くの将棋駒の中でも<王将>よりも<左馬>の
エクスポージャーが高かった。

昨日、オフィシャル事案で出掛けた
都内で開催されている、山形県と将棋駒組織が主催するイベントで
関係者との懇談の後、伝統的工芸品としての<左馬>の
製作体験を行った。

なにしろ常在戦場の中、縁起物はインタレストの高いアイテムでもあり、
チャレンジした。

伝統的な工芸品や芸能というものは、体験してみることで
その一朝一夕ならざる奥の深さを理解する。

それを少しでも体感することで、
<あぁ、やっぱり凄いのだな…>を享受し、学びとなる。

ダモシが直筆でトライした<左馬>。その実物を頂戴した。

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将棋駒に文字を書くのは実に難儀だ。
だからこそ上手く出来る一握りの熟練の職人の技がある。
ダモシがやると、当然、上手く出来るわけがない。
しかも、ただ<馬>と書くのではなく
逆に書くのだ。書いたことがないのだから、より難しい。

左馬の文字の書き方は様々なれど、一例としては以下のものが
きちんとした職人の手で書かれたものになる。

比べてみれば、違いは一目瞭然だ。

http://www.tendocci.com/koma/index.html

ここに王将と共に左馬も出ている。

もちろん将棋駒は彫るのだが、
ここでは体験ということで将棋駒にそのまま上から描いたのだ。
水性ペンで下書きして、その後、特殊な筆と墨で描く。
これが実に難しい。通常のペーパーに筆ペンで描くのとワケが違う。

それでも一応、それなりに頑張って仕上がったのが先に掲載した
実際の駒の画像だ。

日付と名前を横に描いてから四時間。完全に乾燥して完成となる。

アントニオにもこれより小さな<左馬>の将棋駒ストラップを頂戴し、
その駒の後ろにはダモシが直筆でアントニオの本名を描いた。

<これをザックに付けておくと良い>。

そう言って手渡した。


*****


アントニオのカウントダウンは今宵で、8である。

昨晩から、
<最も怖れていること(で、最も起こりやすいこと)>が起こった。

アントニオが風邪をひいたのである。

これを最も怖れていたが、
逆に最も起こりやすいこととして
密かに心に描いていたのは、ダモシもワイフも同様だろう。

<あぁ、ひいてしまったか…>といったところである。

今年も大会前に体調を壊すことがあった。
それは逆にいえばコドモだから当たり前でもあるが、
この<よりによって>というのが、
人生では頻発するから厄介であり、同時に、人間力を試されることにもなる。

心、穏やかではなくなる。当然だ。

コドモの場合、風邪をひいてしまい高熱や鼻、咳、嘔吐、下痢
などを発症してしまうと、一週間は回復絶好調になることは難しい。

11.28までカウントダウン-9となった昨晩、それを発症。

競馬でいえば熱発。競馬ならば出走回避となる。

まったく困ったことだが、
本人も、風邪をひきたくてひいたわけではない。
しかもコドモだから打算も働かない。

木曜日に夜遅くまでタフな道場練習をし、
昨日の金曜日は朝から当然、学校に行く。
金曜日は夕方から夜までヒップホップの教室。
その前の放課後からヒップホップまでの間の時間を、
アントニオは"彼女"の家に出掛けてめいっぱい遊んでいた。

疲れるのは当たり前である。

小学一年生なのに、毎週、金曜日になるともう疲労困憊で
顔を見ればひと目で分かるほどであり、
本人の機嫌も悪くなる。

昨晩、共にバスタイムで遊んでいて、
いつもより彼ののぼせる時間が長いことに気になった。

<まだ熱くないから、もう少し入る>と言ってなかなか出ない。

その時点で、熱発していたわけである。
38度7分。

いやはや、と。

ダモシは思わず説教する。

<大事なことは一杯あるけれど、
 そのタイミングタイミングで、その時その瞬間、
 何が今、一番大事なのか。
 今最も大事なことをプライオリティにしなくてはダメだぞ。
 28日へ向けて時系列でやっていく中で、
 計画一つ崩れると、その一日の穴が大事を招くのだ。
 疲れているときに、忙しい中で友だちと遊びたいのも分かるけど、
 大事なことは何かを理解しなければダメだぞ>

と。

来週は、放課後、友だちと遊ぶことの禁止令を発令。
ただでさえインフルエンザ含め、
学校で何をうつされるか分からない。

しかしながら、ひいてしまったものは致し方ない。
風邪をひいた現状において
最重要にしてプライオリティは何かとなると

・体力の低下を最小限に抑える
・練習計画に発生した穴を最小限に抑える

ことであるから、それを遂行するためにも
<まずは、とにかく一刻も早く治そう>ということになる。

今宵も今現在も、未だ38度9分の熱発がある。

アントニオのために
<湯たんぽ>だ、<りんごジュース>だ、
何度も買い物にせっせと行くダモシ。

それでもアントニオは<明日、行きたい>と
布団に横になりながら言う。

・都内の、闘いの神様への、大会前最後の参拝
・大会会場視察での極真のオトナの全日本トーナメント観戦

に、二人で出掛けることになっているからだ。

今宵予定していた自宅での練習は取消となった。
これは痛恨などというものではない。
明日も出来ないだろう。

祭日の火曜日、施設を借り切っての秘密練習は
何が何でもマスト・イシューでやらなければならないのだが、
そこまで回復するかも微妙な状態だ。

むろん水、木での道場での最終調整も懸念される。

体力が回復しなければ、まず"勝ち負け"になる闘いは出来ない。
それはコドモの大会では過去から見ても、難しいことは分かる。

しかも11.28のみならず二週連闘での大阪遠征での
単騎乗り込みもあるのだから、
この時期での熱発と風邪発症は致命的ともいえよう。

<こんな時期に、放課後に遊びに行かせるな>
という論法と、

<遊びたいのだから遊ばせたい>
という論法、

いずれも正誤はない。

どのように過ごしても死ぬ時は死ぬし、負傷や病気は起こる。
<俺は風邪なんかひかないよ。病気になんかならないよ>
という人でも、必ず病気にはなる。

風邪含めて、病気をしない人は、人間には、存在しない。

要はタイミングの問題である。

これが受験であればインフルエンザなどであれば
代替日での受験は可能だが、
同じく一生に一度、二度あるか分からない対象に臨む
アントニオにおいてはそれは、許されない。


まったくもって、ほとほと、

<順風満帆>に物事進まないのは、親が親だから、であろうか。

ダモシも物事が、順風満帆に運んだためしがない。
不惑の齢を重ねているダモシですらそうだ。

"一応"それなりに修羅場はくぐっているダモシ&ワイフが
このアントニオが迎えている致命的な状況を
どう誘導するか。

本人はもとより、それもまた試されよう。

keep cool. 冷静になるしかない。

猪木もあの手かせ足かせのアリ戦であっても
その中で出来る最大限のことを尽くした。

ダモシも対米最後の局面での東京裁判で、
一度惨敗しながらも
首の皮一枚の状況で、
最悪の中で出来る最大のことをトライして
大逆転勝利に結びつけた。

ニューヨークでの、猫ジャックの
危篤からの奇跡の復活劇で起こした
0.001%からの大逆転も、最悪の中で出来得る最大限を尽くした結果だ。

すべては窮地においては、

<最悪の中での最善を>がダモシ・イズムの根底にある。

その2006年頭のニューヨークからの東京出征での
対米<東京裁判>での大逆転満塁本塁打に関しては
いつの日か大長編にしたためるつもりだが、

この、カウントダウン-8になった段階での
最も避けるべき/最も怖れることが
起こってしまったという最悪のシチュエーションの中でもなお、

この最悪の中での出来得る<最善>を尽くすことに
頭を切り替えると同時に、戦略的時系列での練習も穴が開くのみならず
変更を余儀なくされたため、それも練り直すところである。

とにかくアントニオには
<最も良いのは寝ることだよ>
<汗をかけ。熱は汗をかけば出ていくから>と声がけしたところである。

ダモシも小学生時代、風邪をひいて高熱が出たとき、
ウルトラの母に<汗をかきなさい>と言われたもので、
律儀なダモシは毛布をいっぱいかぶって
全身に力を込めて、汗をいっぱいかいたものだ。

明朝、奇跡的に一気の回復で快方していることを当然、願うところである。


*****


他の部署と地方所属だが、
同じ団体からのリアルナンバー1を決するナショナル大会へ
アントニオと共に参戦となった男子高校生の試合が行われた。

それは先般記載の通り高校生のナンバー1を決める
K-1の高校生版<K-1甲子園>。

今宵、東京の有明で行われた。

一回戦で昨年ベスト8の選手に勝った殊勲を挙げたが
残念ながら二回戦で敗れた。

勝ち進めば、昨年の大晦日のK-1 Dynamiteで放送もされた
K-1甲子園決勝戦で優勝した選手と当たることになっていたが、
その昨年の優勝者も二回戦で敗れる波乱。

優勝したのは何と一年生というから、そのセンスは相当なものだ。
アントニオの11.28は小学生、中学生等のリアル日本一を決める
<カラテ甲子園>で、

K-1甲子園は高校生(U-18)のリアル日本一を決めるものでもあるが、
それは2007年から行われている。
その07年の初代K-1甲子園王者の弟が今年の覇者になったわけだ。

K-1ルールではキック・ボクシングなどの系統は強いだろう。
空手でも元極真筆頭に当時のアンディ・フグや、
現在の絶対王者セーム・シュルトなど多くいるが、
青少年の世界では、空手、キック・ボクシング、ボクシングで見れば
K-1ルールではキック・ボクシング系が優位な気はする。

空手も、ダモシが異種格闘技ルールと称しているように、
フルコンタクトのみならず
グローブ・ルールや防具ルール、お腹だけルールなど多岐に渡るが、
アントニオの場合の基本はバチバチのフルコンである。

ただ、グローブ・ルールという部分でも
アントニオは関東大会で準優勝しているから
対応力は存分にあるばかりか、ボクシング系にアドバンテージとセンスを
感じるのである。

だから来年、ボクシングへのチャレンジも計画しているのだが、
バチバチのフルコンの空手でも強くて
ボクシングにも強ければ、必然的にK-1ルールへも対応できるという算段である。

今年の優勝者は、まだ一年生。
これからあと二年はK-1甲子園に出てくれば、三連覇も夢ではないだろう。

アントニオに関しては空手だけを
中学、高校になる頃もやっているとは、考えにくい。
だからその頃にはK-1甲子園があっても予選すら出ていないかもしれない。
その頃はボクサーになっているかもしれないし
野球部でがんがん練習しているかもしれないし、
バイオリンをやっているかもしれない。
本人がホームの米に戻りたい。米で暮らしたいと言って、
一人で米に帰るかもしれない。

実際、最近<バイオリンをやりたい>と言い出している。
<テレビに出たい>というのは以前から言われているため、
年内にプレゼン用写真をダモシが撮影して
来年のオーディションへの対応を開始しようと考えている。

ただ、今があり、今取り組んでいることは、
戦略的に目標をもって真摯に取り組むということだけである。


*****


そしてもう一つ、ナショナル大会。

今宵、ダモシの心の上司。
いわば上司としてダモシが認める唯一の存在から
久しぶりにメールが届いた。御年63。

まだまだダモシが暴れん坊だった歌舞伎町時代の上司で、
あの東京大飯店前大乱闘事件の際にも
最後にダモシを怒鳴り制止した上司だ。

<ダモシィー!>とその上司はあの夜、怒鳴ったのだ。

<大丈夫。冷静ですから>とダモシはそれに応えて、
敵をひきづり、タクシーに乗せて帰した。

ニッポン帰国後、レターで挨拶。
実際に顔を見ての10年ぶり以上の再会は一昨年、横浜市内の病院の病室だった。

ガンを煩い、その上司は大手術をした。ほとんどを摘出した。

退院後、一度、ランチを一緒にした。

まさに"昭和のニッポンの男"を体現する氏は、タフネスの権化だ。
ガンをも撃退し、今もなお、バリバリにやっているが、
氏の最大のライフワークが、釣りである。海釣りだ。

ヘミングウェイの世界。

その釣りもプロ級で各種大会に出て
コンペティティヴに楽しんでもいる。

そして昨日、
サンスポ主催のチャンピオンシップという
釣り王者たちによるグランド・チャンピオン決定戦に出た、と。

先に記載のK-1甲子園や
アントニオの出る11.28に等しく
各地各大会の予選や指定大会を経た王者たちが集っての
リアル・チャンピオンシップ。

予選で散った選手含めて4,674人の闘い。

その頂点に、氏が立ったというニュースがメールで届いたのである。
早速、記事が掲載されているサンスポを見て,素直に感動した。

氏の性格をダモシは知っているつもりである。

記事はこう書かれてある。
紙一重の逆転優勝。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
船長は「釣り座が左舷胴中で私のスグ下。
独特の釣り方、自分の釣り方をし、
"場数を踏んでる。この人はいける"と思った」と証言。
それだけのオーラを放っていたのだ。

王者の中の王者を決めるCSのプレッシャーは相当なもの。
それを腕で跳ね返した。
『実はもう2回、同じクラスの引きがあったが、バラした。
 だから46センチを釣っても"(優勝は)まだまだ遠い"
 "もう1尾』と思っていた"。

攻めの姿勢を貫いて勝ち取ったグランド・チャンピオン。
激戦の疲れは、あたたかいサイパンの海が癒してくれるはずだ。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

<攻めの姿勢>。

これが氏の根本だ。
これはまた、ダモシ・イズムとも合い重なる。
だから当時ウマが合ったのかもしれない。

ただ、当時未だ若いダモシに、当時既に百戦錬磨の氏。
こうしてダモシが不惑になり、氏も還暦になっている中で
語り合わずとも、当時のように共に酒を呑まずとも、
闘い模様を通して、当時のイズムに変わりないことを
確認することができるわけだ。

アラ還の氏と、アラフォーのダモシ。2ディケードの人生差。

<常に潮の流れを見ているから、己の流れも分かるのだ>。

これは、
病院に当時見舞った際、
ダモシに氏が言った台詞である。

己のガンを予見していた。
それは釣りを通して、海を通して得た術。

常に海に出ていて潮の流れを見て、釣りを戦略的に進める
氏のストラテジーがあってこそ。

あの時の名言は、こうして実戦で、否、ただの実戦ではなく
最高の舞台の最後の局面で生きた。

氏からは釣りの奥義の一端を以前,話を聞いたことがあるが、
まさに真骨頂といえる今回の優勝。
氏の真骨頂は、そのコメントにも見て取ることができる。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
ビシの動き方から、底潮が流れていないと判断し、
タナを底から3・5メートルに設定。
『走水のアジはコマセに突っ込んでこない。
 コマセは必要だけど、寄せるという感じかな。
 走水独特の攻め方がある』。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

要するに、"数打ちゃ当たる"ではなく、<狙い獲り>である。

そのイズムもまた同じ。

アントニオの出場大会にしても
ムダなレースには出走しないという競馬論と同じ方針で、
"数打ちゃ当たる"よりも<狙い獲り>へと今年は次第に移行させた。

経験を重ねる段階から一歩進むわけだ。

来年のアントニオの大会についても
この二週間でワイフと戦略会議を行い
<ムダなレースに出走しない>方針の確認と共に
時系列で年間計画を立てる予定である。

当然、その中に<ボクシング>や
空手における異種格闘技戦的仕掛けとして
対露、対中戦線も視野に入れている。
場合によってはタイ遠征なども含めたところで、
民主党に代わって北方領土マッチや尖閣諸島マッチで
ロシアやチャイニーズの同学年との空手対決を自ら企画して
何なら敵地でもいいぞ?という世界観で考えてもいる部分があるため、

そのあたりも踏まえて年間計画と戦略構築を
ここ二週間内でワイフとダモシ国の国会で議論するというわけだ。

闘いに臨む上で、ジャンルを問わず
各種スポーツの本や人の話を聞くことは重要である。

海の格闘技といわれる海釣りのリアル日本一に輝いた氏が
近しいことは大きなアドバンテージである。

また氏に話を伺って、闘いにおける潮の流れの読み方から
戦略面などをご教授頂きたいと思っているところである。

凄い63歳だ。ダモシは到底、かなわない。


*****


そんなこんなの、カウントダウン-8 & 左馬。

明日の競馬はマイル・チャンピオンシップ。
これから予想をしなければならない。
今宵はアントニオの体調悪化でバタバタしていたことで
未だ予想が出来ていない。

ケイバタイムスもまとめなくてはならない。

最後に、昨日訪れた国会議事堂で買ったベタなグッズ。

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まさにそのまま、国会議事堂。

ダモシが好きなビルや建造物の置物の仲間入りだ。



posted by damoshi at 22:23| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

榛名神社 (2)


森厳な参道を、
高まる期待感を抑えながらゆっくりと歩いていく。

常に崖下からは激流の音が、
近くからにも関わらず森厳による中和のおかげか
遠くから聞こえてくるような優しさもある。

長い長い参道を歩く。

途中、これからやって来る怒濤のヘビー級的存在のラッシュに向けて
しばし休憩の享受か、お休み処が唐突に現れる。

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既に魔界へ入っているが、
ここから先はリアル魔界だから、引き返すならばここが最後だよ。
そう言っているかのような、唯一の日常的空間。

五冠馬"シンザン"ではなく、"ミヤマ"としての深山。
ご当地フードは、深山煮。


*****

深山煮があるお休処を過ぎるとすぐ
リアル魔界の一番手が姿を現す。

さらに上へと誘う階段を登り切る直前に
秋の午後の木漏れ陽の中に三重塔と鳥居が屹立する。

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ここは神社。
神仏習合の名残をとどめる三重塔は群馬県唯一の塔。

頭上を見上げ、振り返りながら。
しばしこの場に佇まざるを得なくなる。
それでも歩を進めるべく、進路を先にとって目をやると、
異形ポスチャーが視界に入ってくる。

<何だ、あの洞窟のようなものは>と。

断崖険しくなり森厳も極まりつつある感がにわかに高まる頃合い。
絶壁の切り立った岩場に、
その先へ進むために保護され人的に造られた通路がある。

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右手は崖で、真下は激流の川。
視覚効果も伴って、激流の音が高くなる。

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ここを潜って、再び参道に出ると
鮮やかな朱塗りの橋がある。榛名神社参道の中で二つ目の橋、神橋。

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神橋と参道、そして洞窟通路を俯瞰して、
逆側から振り返ってみる。

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この画像で見るところの神橋の右手、
来た方向からすると洞窟を潜って出てきたところにある神橋の左手に、
水が涸れることが決してない泉といわれる萬年泉が、
奇岩と共にある。

0hn7.jpg

異形ポスチャーの怒濤の連続攻撃が始まっている。

この時点で、<あぁ凄いわ…>となっている。
そして、<メインまでどれだけ続くのか?まだ途中?>という
この榛名神社のスーパー・ヘビー級感に
さらなる期待感が高まってくる。

この時点で半分にも至っていない。まだまだ参道は続く。

0hn12.jpg


*****


精神的中間地点。

そういう観点でいえば、ここか。
神橋を過ぎてさらに歩き、また高みへとさらに登ると出てくる
左手に巨大杉、右手に御水屋を抱く踊り場的空間。

ここが精神的中間地点であり、興行でいえばセミ・ファイナルの
一歩手前のダブル・セミ・ファイナルか。

ここまででこれだけなのであれば、
セミ・ファイナルとメイン・イベントはどうなるのだ、と。
そういう予期せぬ感動と予定調和破壊の作法。

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一瞬、森厳にスペースが開く。そして木漏れ陽は一転、
ダイレクトな放射となる。台風一過の絶好な光が照らすそこに御水屋が現れる。

雨乞いの神としても名高い榛名神社の、御神水。

そこへ登り切って振り返り、来た方向を見る。

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さらにその踊り場から左手(川)方向を見る。

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紅葉の合間を一筋の滝が流れ落ちる。

御水屋の正面、来た方向から見ると左手から圧迫感が押し寄せてくる。
なにごとかと見れば、巨高な杉だ。

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出た。

これぞ武田信玄が戦の前に参拝し、
その戦勝を祈願して矢を放った巨杉<矢立杉>。
国指定天然記念物。

アントニオもそこでパワーを受け取るべく触手。

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その矢立杉と向かい合っている御水屋が
分水嶺的存在になる。セミ・ファイナルへの精神的中間地点。

GII的存在であれば、堂々たる四番である主砲。
ここまでで既にそうだが、
榛名神社では未だ精神的中間地点。

矢立杉と御水屋の間の踊り場的空間から上を見ると、
<まだ、登るのか>という光景に出くわす。

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まさに山寺の世界観だが、
事前認識と既視感(相対的な露出)が低く少ないから
圧倒的な予期せぬ感動が押し寄せてくる。

<おぉ…。やってくれるではないか>と。

<まだ上があるぞ>。
アントニオにそう声がけして、歩を進める。

この夏の山寺が甦る。
そして、同じく夏の中尊寺プレイバックである。

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登る間、途中で振り返ると日常では見られない
異形ポスチャーの絶景が広がる。

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登って来る人とすれ違う際に、
その人たち同士の会話が耳に入る。

息を切らせながらも登る途中で彼らは言う。

<感動だな、これは…>。

さよう。

既に精神的中間地点で予期せぬ感動と、
セミ・ファイナルに至る前でそれを得られる存在は
そうそうあるものではない。

ニッポンの低レベルなテレビ・メディアが垂れ流す
スポーツという闘いを取り上げるプログラムの際の
過剰な前振りや宣伝が横行する現代にあって、

これは確かなアンチテーゼになる。

現場ありき。ナマのそれを見よ。闘いの本質を感じよ。
意図的な演出と過剰な前振り,不要の世界観。

そんな詐欺的予告が皆無な中だからこその、予期せぬ感動。
事実はその現場に,在る。
闘いの本質も、闘いの場、そのものに在るのだ。

現代の軽薄なすべての存在に対する、強烈なアンチテーゼ。

それがまた榛名神社の白眉である。


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登る途中の山腹に佇む神幸殿を過ぎて、見上げると、
いよいよセミ・ファイナルとメイン・イベントのオールスターへの
エントランスとなる神門がそこに在る。

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だが、その門を潜る前に、向こうに見える光景は、
<まだ登るのだな…>を存分に感じさせる。

まだまだ、ありそうだな、と。

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門を潜ると、一層の紅葉が出迎えてくれる。

いよいよ榛名神社のセミ・ファイナル、メイン・イベントへと入っていく。

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(パート3.へつづく)



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2010年11月19日

東京王道



東京首都圏で小学校時代を過ごした人の、
小学校六年生時の社会科見学。

もしくは関東近県で小学校時代を過ごした人の、
やはり小学校六年生時もしくは中学校での修学旅行。

その行き先としての最もティピカルな場所。

そして、外国人観光客の東京コースやはとバスでの
ティピカルな場所。

まさにその東京王道は、以下になろう。

・浅草(浅草寺と雷門)
・皇居(二重橋エリア/江戸城)
・東京タワー

そして

・国会議事堂。

くさっても鯛。くさっても東京。
東京タワーや雷門は改めて訪れて改めて感じれば、
その素晴しさを再認識する。

あぁ、やっぱり凄いな、と。

皇居も独特のオーラがある。

そして国会議事堂は特に、
東京タワーや雷門、皇居などのように気軽に
フリーランスで入ることができるわけでもなければ
行くことも少ない場所であることに加え、

そのスケール感も相まって、

オトナの社会科見学で改めて行くことで得る再認識の度合いが高い
存在の筆頭格といえよう。

それは奈良・京都の東大寺や清水寺などに等しく、
小学校時代や中学校時代に
<たしか行ったよな>的存在の持てる特性ともいえよう。

これらはすべて、オトナの社会科見学や遠足、
そしてオトナの修学旅行に最適なアイコンでもあるのだ。

当欄では東京に関しては、
<オトナの遠足&お散歩>カテゴリーで
そういったベタな、でも、確かに改めて行くことで得られる
要素の多いアイコンや、

<行ってみなはれ、行けば分かるさ>的な、
地方から上京して東京に数年以上住んでいながら
実はニッチな東京には慣れ親しんでいても
観光や王道という部分では知らない/行ったことがない
という人は多いのだが、

そういう人たちにとっても得られるものは多いはずのアイコンを

取り上げてきてもいる。

東京の西を代表するアイコンである多摩動物公園や高幡不動、
横綱格の高尾山なども掲載した。

高尾山などはそれこそ東京ネイティヴにとっては
横綱格の存在であり、
まさに遠足で普通に行く親和性の高さも持っているのだが、
案外、地方から上京して数年東京に住んでいる人は
やはりその凄みを知らなかったりする。

六本木を知っていても高尾山の良さを知らない。

それではやはり、厳しいようだが、
<田舎者の域>を出ないのである

それこそ国会議事堂や東京タワーや雷門に、
まずは行ってみなはれ、と。


今宵の東京王道、まずは何はあっても象徴的存在であることに
疑いの余地はない国会議事堂。

一度は詣でよ国会議事堂。
東京ネイティヴの我々があの時代、
<小学校六年生の社会科見学>で行った場所。

おそらく今も行くであろう場所。

今宵のそれも大盛況。
ある意味、その集客力は恐るべし存在。


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*****


公募によって選ばれた建築。その意匠や、まさに世界。
この空間は、世界(西洋)的世界観で充満している。

<赤い絨毯の上を歩きたい>。

若者や著名人がそういう射幸心を抱いて、
やおら選挙に出馬する気持ちも理解できなくもない。


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清楚な周辺ストリートには大型観光バスが大挙として走る。
小学生、中学生が止まるところを知らぬ流れで
次から次へとやって来ては去ってゆく。

バスガイドが叫ぶ。

<トイレに行っておいた方がいいわよ!>
<次は浅草までだから、トイレはしておいてね!>

さよう。

国会議事堂→浅草寺&雷門→東京タワー。
これぞ王道コース。

どこに皇居二重橋をはさむのか。

かつても記載したが、在米時代のビジネストリップ時に、
ニューヨークから共に連れてきた米国人ファミリーを
東京観光案内した際、ダモシが設定してアテンドしたコースが、

浅草寺&雷門(浅草)→江戸東京博物館(両国)→皇居二重橋。

1990年。
ワイフとの交際初年度に、
那須からワイフの姉と姪三人の計四人が東京に遊びに来た際に
車で一日、アテンドして観光案内した際のコースが、

由比ケ浜の海(鎌倉湘南)→羽田空港→東京タワー→東京都庁舎。

東京っ子の社会科見学や関東近郊の中学生の修学旅行が
国会議事堂→浅草寺&雷門→東京タワー→皇居二重橋
という王道路線は今も変わらないだろう。

むろん東京ディズニーランド(千葉だから、正確には東京旅行ではない)や
お台場という手も、さらに地方からの東京修学旅行ではあるだろうが。

ダモシ世代の東京っ子の社会科見学は、
国会議事堂、国立劇場(能の観賞)、歌舞伎座(歌舞伎鑑賞)は
ティピカル中のティピカルであり、
遠足といえば高尾山で決まりだった。

しかし、結局は、
奈良・京都の今年の春の寄稿で記載したように
そういった小学校・中学校レベルでのそれらに対する
ダモシ自身の鮮明な記憶というものが、

まるで、ない、と。

今春、東大寺や奈良公園、清水寺に
オトナになってから再び邂逅した際に得た驚き。

それと同様の驚きが、国会議事堂にもある、と。

今宵、実にこれもまた32年ぶりの登院と相成ったことで
<なんだか、やっぱり凄いのだな…>という
感慨に至るわけである。

何だったのか、あの時の社会科見学は、と。

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季節も秋が最も良いかもしれない。
もうあと一週間か。紅葉ピークと絶対青空が重なり合う
秋最盛期が最も見映えするタイミングだろう。

それもあって社会科見学の数が異様に多かったのだろうし、
この時期、多いのだろう。

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久しぶりのダモシ最近影。
ダモシ議員が本会議場に在るならば,こういう風になるのか。

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国会議事堂の、見事な中央口からの景。

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ふだんはこのエントランス(と、この位置)は見られない。
天皇陛下や外国の首脳などが国会に来る際のみ開けられる。


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そしてもう一回、開けられる時がある。
選挙で当選した新人議員がバッヂを得て登院する記念の日に
ここがオープンされて入っていく形になる。

さぞかし新人議員は希望溢れることだろう。
なにしろさすがに一定レベルを超えたオーラを持っている建物だからだ。

張り切って、議員としての日々をスタートさせることを
後押しして余りある意匠とアトモスフィア。

が、新人議員はやがて疲弊し、現実の苦しみを味わい、
ナアナアになったり、あきらめていったりもするのだろう。
思い通りにいかないことの方が世の中多いのだが、
国会議事堂という建物の中での闘いも
多くの人にとっては、思うようにいかないことが多いのではないか。

<何か、違うな…>
<マズいな、こりゃ…>

と。

国会議事堂という凄みある建物のオーラに飲み込まれてしまうのか。

今の民主党以下、政治家を、
伊藤博文はどんな感慨をもって見つめているか。

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*****


東京王道は、まだある。

ティピカルな王道ルートでの社会科見学や修学旅行、
外国人観光では含まれずとも。

日比谷公園エリアである。

昨年の紅葉ピーク期に日比谷公園をフィーチャーした。
それ以来となる。


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ここも紅葉ピークは間もなく。来週あたりか。
来週あたりは外苑前の銀杏並木もピークになるのか?

その日比谷公園内には、ヒストリカルなアイコンがある。

日比谷野外大音楽堂と日比谷公会堂である。

前者は、日比谷野音の名でも知られる、ニッポン最古の野外音楽堂。

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錠がかかっていて観客席に入ることができなかったが、
外からステージを撮った。

日比谷野音同様に、"昭和"の色濃く残るアイコンが日比谷公会堂。

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今もなお現役だが、
日比谷公会堂の名がヒストリカルなアイコンとして知られる
最大の事件は、浅沼稲次郎刺殺事件だろう。

沢木耕太郎氏中期の名作<テロルの決算>で微細に描かれた
山口二矢による日本社会党委員長・浅沼稲次郎の刺殺事件。

その現場がこの日比谷公会堂の、ホールである。

ちょうど50年前の秋のことだ。

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東大安田講堂もそうだが、
善くも悪くも"昭和"の熱気の残り香が漂う建築物である。

一度、中のホールに入ってあの事件現場を見てみたい。


*****


最後は王道、皇居二重橋。

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今宵もまた多くの、特に外国人の観光客が喜んでいた。
ティピカルな構図ゆえ、
手前の眼鏡橋が二重橋と誤解されるケースが多いが、
二重橋は向こうの橋である。

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二重橋。

六本木や青山は10代後半から20代までで良かろう。

子供にとってもオトナにとっても
東京も地方も、ある意味でベタな<王道>こそ、である。

それでこそ、<不易流行>といえよう。


最後に、オールウェイズ246の夕日。秋ヴァージョン。
富士山とのツーショットである。

右端に,富士山がいる。見えるだろうか。


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posted by damoshi at 23:57| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月18日

CD-10 & ピーテーエー



今宵もオフィシャル事案の後、
急いでダモフィーロを走らせて道場へ向かった。

アントニオの、道場での練習の後半、
実戦スパーリングをチェックするためだ。

11.28へのカウントダウン(CD)10である。

着いて館長に挨拶。
ちょうどその時、他のお母さんたちが、
アントニオが手首が痛がっていると話し合っていた。

<どうした>。

ダモシは問うたが、
アントニオの、何となくムードが乗り気ではない顔つきを見逃さない。
弱気の虫が出た、と。

さほど痛くないはずだが、"気分的に痛い"のだ。
オトナでもそういう時はある。
気乗りがしない時、気分的に具合が悪くなったり、
学校に行きたくない時は具合が悪くなる。

しかしカウントダウンに入った現状では、
それに甘んじさせてはいけない。

<ちょうど良いタイミングだ>と考えを持ったダモシは、
秘密練習で施していたことを
ここでやることができると感じた。

<〇側の手首が痛いなら、ちょうど良い。
 今日は家で練習しているアレをすると良い。ちょうど良いから。
 〇側手前で、例の"ボトム・スリー"でやってみ?大丈夫だから>

とアントニオに促した。

より技の強度が高いスタイルへの"手前替え"である。
通常の構えと異なる手前で行うのである。

試合中、あるいは場合によっては試合開始から、
それを実行していくことで出せる技と強度が違ってくる。
手前が違えば各種,異なるアクションが生まれる。

それを本番へ向けて
いかに道場での実戦スパーリングで実践するかだが、
なかなかクセになっている動き以外のそれを
実践で試そうとしないアントニオ。

しかし〇側の手首が痛いことで、
その〇側が主体で使えないことを幸いとして、
無理矢理、否、必要に迫られて、それを今宵実践することになった。

これが幸いにして、言ってもなかなか実践できないそれを、
やらざるを得なくなったわけである。

案の定、その〇側から繰り出すオフェンスに威力があることが
如実に感じられる内容で、且つ動きもここ最近で道場で見た中では
最も良いレベルのものとなった。

何となく乗り気ではなかった今宵だが、
ダモシが現れたことと、館長がしっかり見ていることも相まって
上級生との複数回のスパーリングでも負けなかった。

もはや上級生すら本気で対峙しなければならない様相で、
ダモシが直近で厳しく声がけしている中ということもあって
相手の上級生もバチバチ来るし、
アントニオもバチバチ行くという最適な実戦スパーリングが施された。

きっちりと秘密練習していることは身についているわけである。
あとは実践を重ねて、実際の本番で使えるか否か。

今宵の練習は成果大。

ダモシも褒めるほどの
アントニオの結果的には良い動きとオフェンス、ディフェンスとなった。

そして、ダモフィーロで21時過ぎに戻ってきて
すぐに一緒にバスタイムで遊び、22時前にはアントニオは眠りについた。



*****


スピード。

もともとダモシになくて、
現在のアントニオに備わっている、具体的な技以外での最大武器。

それがスピードである。

ヘビー級は圧倒的優位なのは確かだが、
こちらがヘビー級の身体の大きさを脅威と感じるに等しく
翻って考えれば
ヘビー級側の課題はスピードへの対応力になる。

ヘビー級は概して動きがスローモーである。
アントニオが己の絶対スピードの最大化を実現できた場合、
まずもって、ついてくることはできない。

そしてアントニオ側からすれば、そこに勝機が出てくる。
真っ向勝負でも負けないが、それよりもさらに勝機は増す。

こちらがヘビー級を脅威と感じるに等しく、
こちらのスピードは脅威になる。

相手に対する脅威は、相手もまた抱く脅威の度合いに比例する。
これが法則である。

時に己側は、恐怖が己にのみ存在していると錯覚する。
だが違う。相手もまた同様の度合いのそれを感じているのである。

緊張している自分がいるとすれば、
<否、大丈夫。今頃同じくらい相手も緊張しているよ>
という、かつてダモシを励ます際にワイフが述べた台詞に等しい。

それが闘いにおける原初である。精神面の闘い。

<己が武器(=相手が脅威に感じる部分は何か)を、正しく理解すること>

これを毎日のように諭している。

相手と同じ土俵で闘うな。
己が主導権を握り、試合をコントロールせよ。
相手がイヤがることをせよ。

このあたりもまた、繰り返し伝えていることである。

土曜にダモシxアントニオの自宅練習を行い、
日曜は会場視察を兼ねてオトナの極真のトーナメント観戦に
二人で出掛けるのだが、

その日はその前に都内の、
闘いの勝利の神様がいるパワースポットに最後の参拝。

来週は、祭日の火曜に施設を借り切ってのダモシxアントニオ練習、
そして大会前としては木曜が道場での最後の調整となる。

土曜日に自宅で最終確認を行い、日曜に本番ということになる。

めったにない緊張感の中を、楽しむことが重要である。

女性が母親になるまでの妊婦としての十ヶ月間、
体調的に苦しい部分もあるが、逆に至福の期間でもある。
子をお腹に宿っている期間というものもまた今しか得られない時間。
それをも楽しむことも大切になる。

それは受験でも同様だろう。

苦しく辛いことでも、
チャレンジングな緊張感の中にある"今"をこそ、楽しむ,と。



*****



先週、アントニオが学校からレターを預かってきた。

ダモシ宛とワイフ宛だ。

アントニオは、
それが自分が怒られるようなことが
書かれているのではないかと懸念したようだが、

PTA会長への推薦があった旨を伝えられるレターであった。

何を間違って
ワイフはともかく、ダモシのことをそれに推薦するのか。

夫婦揃ってそれに推され、互いが対抗馬になるのか、と。

推薦された人は学校へ出向いて委員会と面談するという。
ダモシも来週行くのだが、
ワイフは既に行ってきた。

<どうした>と聞けば、ワイフが笑う。

先方には五-六名いたようだが、
こちらがワイフ一人に対して人数も多いのに
全員が緊張しまくっていて、
結局ワイフが気を遣い、逆にこちらから話しかけて
終始、試合をコントロールしていたという。

ほとんどワイフが喋っていて規定の時間を十分以上オーバーした、と。

ワイフは固辞したという。

ダモシ、やれば、と。
イヤだよ、と。

でも、ちょっぴりはやってみてもマイナスにはならない
良い経験にもなるだろうな、という気もしている。

だが、実際、それを全うする時間は、
追いついてこない可能性の方が普通は高いだろう。

委員会は女性ばかりだから、
ワイフ相手に緊張していた面々が
対ダモシになるとどうなるのか、その点が興味深い。

面談は来週だが、
ダモシvs.女性五-六人の委員会の試合はどういう様相になるのか、
自身のことながらインタレストは高まる。

まずダモシが試合をコントロールするのは間違いない。
ましてや女性受けは悪くない。
"そういう"オフィシャルな場が一転、男一人vs.女性たちの合コン的ノリになる
可能性も読むことができる。

どちらかといえば学校の野球部の監督ならまだしも、
PTA会長というタイプではないだろうが、
そこが逆に面白いのではないかという説もある。

もしやれば、米国の場合と異なり、
ネガティヴなイメージのある
ニッポンのPTA会長というジャンルに、
まったく異なるタイプのイメージを形成することになるだろうから、
一般的な常識派からすれば、ダモシは避けるべき存在であるのも確かだ。

固辞すればやる必要はないのだから、
意図的に悪気をもって推薦する必要もない。
では、ダモシを推薦する意味と推薦した理由は何なのか。

まあ、いずれにせよその対談の場。それが楽しみだ。
ダモシがその場に関して緊張する理由は何一つ、ない。
生徒会長だのに自ら立候補してなりたくてしょうがなくて
よゐこぶる必要があるわけでもないからだ。

それこそ、場のアトモスフィアをダモシ色に染めて
試合をコントロールすることの楽しみを描いている。
その場の女性たちを気持ち良くさせられれば最適であり、
時間共有という意味でもそれぞれが気持ちよくなれば
<無駄な時間のスペンド>という最も嫌う事象を回避することもできよう。

日曜の、都内で未踏の戦勝祈願と大会会場視察
火曜の、施設借り切っての練習
木曜ともう一日の道場での最終練習
ダモシのPTA面談
そして、11.28に、それが終われば連闘での大阪遠征。

アントニオを中心として
しばしイベント続きとなるが、楽しむことを基盤として意識したい。

明日は、国会議事堂である。今宵は早めの就寝がマスト・イシューである。




posted by damoshi at 23:31| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アカン?



<アカン><鈍感>など、今や"菅"首相を揶揄する言葉になっている。

イラ菅が筆頭例だが、
現状見る限り、<ア菅>(アカン/あかんわ…)といった言葉が適当か。

あかん。ほんまにアカン。
どないなってんねん、民主党は。そして菅首相は。

本来、デキる人のはずだ。
誰とは言わぬが、ディレクターが悪いのだろう。
もしくはシナリオライターが悪いのだろう。

がんじがらめの猪木アリ状態の中で、
己自身の力と技を完全に封印された菅首相は
もはやアリキックしか出来ないシチュエーションか。

相当、ストレスフルなはずだ。

人は、己が持っている力を最大限に発揮できないと
"ものすごく"ストレスを感じるものだ。
次第にそれはモチベーションの低下につながる。

スポーツはその点、良い。
己が練習で培ったものを試合で最大限に発揮するにあたり、
ルール以外では、制限をかけられることはない。

<〜〜をしてはいけない>ということは
ルール以外にはない。

思いきって力を発揮することが出来ないような仕組みや環境、
その中にいる他者による作為的且つ意図的な目に見えない妨害や枠の設定。
そんなこんなが社会や組織には蔓延しているから、
会社員から政治家まで、己の力を最大限に発揮することができる
環境にある人は、一握りになってしまう。

要するに、その一握りこそが、実質権力である。
肩書きではなく実質権力。
今や一国の総理大臣すらそれを持たない。

実質権力を持つ者が、当然ながら絶対に無意識に持ってしまう
私利私欲によって己が都合の良いような環境設定や空気感の意図的設定を
施すことで、多くの者は縛られる。

他者の力を最小化しモチベーションを低下させることでこそ
プロテクトできる己が実質権力。

姑息だが、これは世の常である。

ただ、これでは真のチームワークも生まれない。
組織力は低下の一途となる。
体裁上は誰もが粛々とミッションをこたしているように見えるが、
その大半は、そこにソウルの欠片もない。魂がこもっていない。

自ら仕掛ける必要がないか、もしくはバカらしくて
そんなことをするモチベーションも失われた人で
組織は大勢を占めてゆく。

はいはいはい、というイエスマンの集合体に落ちぶれる。

民主党は情けない極みだが、
実は今の民主党は今のニッポンの組織の縮図といえる。

要するに、個々の力の最小化である。
長妻前大臣など、まさに力量を最小化させられた事例である。
本人には忸怩たる想いがあろう。
だがそういう想いをしている人は世の中、多い。

個人、そして個々。
その力を最小化した上での集合体を体裁良く
現代用語でいえば、これこそ<チームワーク>だのと、言う。

これは、大きな過ちであり、勘違いである。

個人の、個々の力の最大化のハイブリッドこそが
最強のチームである。

スポーツは幸い、それを堅守している。
千葉ロッテ・マリーンズしかり、
今回見事に大躍進したバレーボールの女子日本代表しかり。

チームスポーツはそれが実現できる度合いと確率が高くなる。

一方で、例えば女子の体操などを観ていると、
<団体>になるとピンと来ていない。
基本的には個人競技である体操において、
今の女子団体日本代表はその結晶がうまくいっていない気がする。

エースの鶴見虹子が不調な一因には、
<個>としての、ここ最近の田中理恵のエクスポージャーの高さが
介在していると感じられる。

要するに<個>としての田中の、見映えの良さからくる
『カワイイ!』を基盤とする、
先般のエレガント賞受賞によるブレイク
(と、アジア競技会での好調キープ)と、鶴見の不調は無縁な気はしない。

それは絶不調・浅田マオーと絶好調・村上佳菜子の関係性にも等しい。

そういった<個>のせめぎ合い。
<個>の力の最大化の闘い。

まずは<個>ありき、と思うわけである。

首位打者と盗塁王と犠打王、防御率ナンバー1投手、
球界屈指のクローザー、脇役の中のナンバー1、
球界最高の捕手などがハイブリッドすれば、
そのチームは必然的に強くなる。

ここでいうハイブリッドは、それら<個>の力を、
それぞれ最小化するのではなく最大化した中で結晶させることである。

民主党も、どんな組織も、
<個>それぞれが優秀なはずだ。

要するに、<個>それぞれの力を最大化させられるよう
いかにディレクションするか。

ここがKSFになってくるわけである。


*****


今宵、ワイフが自身のオフィシャル事案で
国会議事堂に行ってきた。

そしてお土産を買ってきた。

まさに<菅>をもじったグッズだ。

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苛々する気持ちも分かる。
実質権力は他者が握っているのだから。

菅首相が、本来の持てる力を最大化する機会は来るのか。
それが来れば、絵もこうなるだろう↓。

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あの薬害エイズ問題の頃の菅直人氏は、かっこ良かった。
当時、小金井に住んでいたダモシ&ワイフだが、
同エリアに講演会に来た菅氏に、ワイフが、ダモシ国で唯一となる
政治家からのサインをもらった。

今もそれは那須に所蔵してある。

頑張って欲しいものである。

ダモシも金曜に、オフィシャル事案で国会議事堂へ行く。
それは小学校六年生の社会科見学で訪れて以来、
32年ぶりのことになる。

齢を重ねたわけだ。



*****


今宵は久しぶりに道場に顔を出して、
アントニオのスパーリングをチェックした。

二試合をお兄ちゃんと、一試合同学年と計三試合。
一試合終わるごとにsuggestionしながら確認。

11.28まで、カウントダウンもあと10日となった。

ちょうど大会の行われる国立代々木競技場では、
今週の日曜日に極真のオトナのオープントーナメントで全日本選手権が
行われるから、それを観戦にアントニオと二人で出掛ける予定である。

己が試合の一週前に、その試合会場に入って
本人にアトモスフィアを察知させることが狙いだ。

ロッキー・バルボワが、アポロ・クリードとの試合前に、
夜、誰もいない会場に入って想いに耽ったように。

来週の祭日・水曜日は施設を借り切っての
ダモシxアントニオでの最終調整練習を行う流れになる。

今週末、来週末と、
所属団体選手のナショナル大会が続く。

アントニオの来週のカラテ甲子園はコドモのトップだが、
今週は高校生のトップとなるK-1甲子園が行われる。
所属団体から高校生が一人K-1に出る。

よって、
K-1甲子園(高校生)とカラテ甲子園全日本ジュニア(コドモ)の
二大ビッグイベントが続くことになるわけだ。

高校生の方は関西のため、
ふだんは練習を共にすることはなく道場も別だが
所属団体としては同じになる。

高校生は一回戦で昨年のベスト8進出者と、
アントニオは一回戦で(且つ第一試合)で中部地方の王者と、
それぞれ当たることになり、
いずれもタフな闘いが予想されるところだが、

<出来る準備を最大限に行う>ということには変わりはない。

そして、
会社や政党ではないから
気兼ねなく己の力を最大限に発揮できるような環境は整っている。

だからといって本番で己の力の最大化を実現することは
容易なことではないが、
それが出来れば、いずれも、両者とも、
"一回戦から決勝戦"という紙一重の攻防を制する可能性も出てくる。

高校生くらいになれば自身でのコントロールも生まれるが、
アントニオは何だかんだ言っても未だ小学校一年生だ。

そのあたりの誘導、すなわちディレクションを、
ダモシ&ワイフそして道場サイドがどう計らうか。
そこもまた大きなポイントになってくるだろう。

一つのディレクション・ミスが命取りになる。
大げさではなく、すべての事柄は、これがキモだ。

ここまでのところ戦略通りに来ている。
一週前に現場へ出向くことも戦略通り。
唯一の誤算は、先般記載したように、
試合のセコンドが一名に限られてしまう変更があったことだ。

これは未だ納得がいっていないが、
そこを埋める手だては考えているところである。

ヒクソン・グレイシーも書いている。

<すべては戦略である>。

バレーボール女子日本代表も、
これまでの方法論を劇的に変えて成功した。
データ等はもとより
そこにあるのも<戦略>である。

なにごとも、戦略なくして
"勝ち負けできる"土俵には上がることはできない。

何度も書くように、勝つことがすべてではない。
そして戦略通りすべて物事は運ぶことはない。
それでも、それを出来る限り尽くさなければならない。

まずはスポーツは、特に格闘技は、<己を守ること>が最重要である。

怪我をしないこと。致命傷を負わないこと。
それだけ危険であり、半身不随等になってしまっては、元も子もない。

そして重要なことは、
"勝ち負けできる"レベルに己を置くことである。

五輪でも同様。
出ることに意義があるのではない。
出るだけで無様な負けでは恥ずかしい。
出る以上は、負けるにしても、最低でも"勝ち負け"にならねば意味はない。

競馬で、勝ち負けできそうにもない馬がG-Iに出てくることが
しょっちゅうあるが、
基本的には物事すべてフィフティ・フィフティであるという
基本的理念はあるものの、

闘いに臨む姿勢や近走結果(戦歴)、状態、モメンタム含め、
いくらなんでもという馬がいる。
これは出るだけ無意味だ。

アントニオも既に"勝ち負け"できるレベルにはある。
あとは出来る限りを尽くして
本番でも必ず"勝ち負け"になる闘いができるように持ち込むことである。

<アカン…>とは、絶対にならないように。

否。絶対にならない。

最終的には闘いの舞台では、<個>が試されるからだ。
そしてつまらないオトナの組織人とは違う。

ノビノビと己の力を最大化せよ。

最後は、それが最重要KSFである。


:::::


ワイフの<イラ菅>土産に対抗する
ダモシの土産は群馬名物の、焼きまんじゅう。

yman2.jpg

思い切り胃がもたれそうだ。

未だ作って食していないが、これはなかなか面白い。
大きなお饅頭とタレ(味噌味)だけではなく、
それを刺す串とタレを塗るハケまでセットでついている。

yman1.jpg

大きなお饅頭を三つか四つを一つの串に刺して、
味噌タレを塗って食するようだ。

ウィークエンドにも食してみやふ。

味はいかに?

<アカン…>とならなければ良いと願う、
相変わらず最近<イラ菅>なダモシであった。




posted by damoshi at 00:45| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月17日

榛名神社 (1)



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群馬県。上毛三山に数えられる榛名山。


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榛名山の火山活動によって出来た榛名湖と、
高さは1,391mの、榛名山の象徴・榛名富士。

その頂上には富士山神社がある。

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掃部ヶ岳(1,449m)を最高峰とする榛名山。

その中腹、厳山に15ヘクタールの広大な境内を持つ
パワースポット、榛名神社がある。


*****


ダモシ認定<ディスカバー・ジャパン>、榛名神社を歩く。


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榛名神社の門前町、社家街には
宿坊と蕎麦屋が多く立ち並んでいる。

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社家街の坂道をまっすぐ登ると、
榛名神社のエントランスに突き当たる。

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鳥居をくぐれば1847年創建の
国指定重要文化財・随神門が仁王立ち。

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秋の午後の澄んだ光が木々の間を縫って射し込んでくる。

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*****


随神門をくぐり朱塗りの、みそぎ橋を渡る。

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"何だか、すごいらしい"。

その風評以外、事前情報を持たずに歩いていると、
随神門をくぐればすぐに本殿などがあるのかと思っていたが、

この景色を目にし、川と滝の清らかながらも激しい流れの音を耳にし、
さらには森厳の深さを感じさせるそこに漂う空気と光の射し方を感じ、

<ん?>と、予期せぬ感動への期待感が押し寄せてきた。

<すごいかも、しれないぞ>と。

随神門をくぐると一気に榛名神社の世界観に包まれ、
意識が朦朧とした中でぐいぐいと山奥に引き込まれていく。


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清水だがその量も流れも多く激しい榛名川が
参道の真下を往く。

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この川の流れの激流音、点在する滝の微かな音が、
静寂の参道に、下から盛り上がってくる。
盛り上がるそれを程よい音量に中和させるのが
森厳アトモスフィアと澄んだ空気の成せる業。

長い長い700mにも及ぶ山道の参道を歩いていくことになる。

すぐそこに、本殿はなかった。

<中尊寺か、山寺か…>。

そんな感慨が深まる。

否、ここは神社だ。

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予期せぬ感動への期待感。予測不能のトキメき。
双方、高まる。

急く心持ちを抑えながら、長い長い参道を山の奥へと向かってゆく。

やがて森厳極まる頂に近づくあたりから、
予定調和のない世界・榛名神社の凄みが
一気に、怒濤の連続攻撃を仕掛けてくる。


(パート.2へつづく)



posted by damoshi at 16:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京色づきはじめ



東京も紅葉が色づきはじめた。

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銀座は紅葉が少ない。
歌舞伎座があった場所は、すっかり面影がなくなった。

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ダウンタウン。色づきはじめている。

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ここだけ見れば外国にいるかのようだ。

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ところは上野。

上野の森美術館、
世界遺産登録を控える国立西洋美術館、国立科学博物館、
東京国立博物館、東京都美術館などなど
錚々たるミュージアムが揃っているエリアだ。

天下の上野動物園もある。

本来、ここはアカデミック・エリアであり、
米ワシントンDCのスミソニアンになり得る存在。

だが、整備の不行き届きか、戦略なき都市計画か。

残念なことにエリアは、昼から酒を呑んでフラフラしている人々や
中東系がたむろしていたり、
レベルの低い大道芸人たちのうるさい嬌声と騒音ともいえる
ラジカセからの音楽で支配されている。

なぜ徹底的にアカデミックなエリアにしないのか。

上野もまたダモシが嫌いなエリアだが、
ここがアカデミック・エリアに徹して
スミソニアンのようにきちんと整備されたら
どんなに素晴しいことかと、

ここに行くたびに、嘆くことしきりである。

キレイに切り取って撮れば掲載した写真のようになる。
が、少しでも横や手前まで映せば、
そのポスチャーは一気に劣化する。

困ったものである。

そもそも大人数で花見など嫌いだが、
ここはまた桜の季節は花見宴会の名所だ。

エリア・アトモスフィアへの嫌悪感も伴い、
まずもってここでの花見宴会には出ることはないだろう。


もうすこし戦略的な都市づくりをするべきだ。

ほとほと、もったいない。



posted by damoshi at 02:18| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

徒然サンデー



きっちりと帳尻を合わせて勝ってくる石川遼。
19歳にして勝負においてのセンスは超一流。
二年連続賞金王へストラテジックに残りの試合に臨むか。

軽薄な流行言葉でいえば、"もってる"となるのだろう。

競馬では、英国と愛国の両オークスを制して乗り込んできた
外国馬スノーフェアリーが、騎手の豊かな発想も相まって
一騎だけ独自路線の内側を突き抜けて快勝。

ダモシ支持のリトルアマポーラは四着善戦で、
己の審美眼に悦に入ったが、馬券的には絡まない。

それでも主宰ケイバタイムスでは、
後半も開幕戦は落としたが
コンシステンシーを堅守して、その後四連勝。
通算16戦10勝で勝率(.625)、勝利数ともにトップをキープ。
的中ポイント数でも5位で、
<年間5位以内に入らなければ競馬引退&廃刊>を
宣言している部分で、首の皮一枚つながっているという世界だ。

98年までの草野球時代も、
好機に打順が回る等多々あり、ダモシもまた"もってる"はずだ。

ダモシの場合、"もってる"のは"仲間"とは絶対に言わないだろうが。

"仲間をもってる"という意味ではバレーボールがティピカルだ。
女子の世界選手権。
今回の日本女子はなかなか強い。

ブラジル戦を2-0になるまでは観ていたが、
かつてのような貧弱さがなく決して力負けしていなかった。
特に佐野の存在は大きい。
あそこまで拾えば、あれだけで観るべき価値も生まれる。

アントニオの場合、銅メダルでは喜ばなくなったが、
今回の日本女子バレーの32年ぶりの銅メダルは
大いに喜んでいるだろう。

素直に評価して良い銅メダルと思われる。

<日本代表>をダモシ的に素直に応援できない競技。
その筆頭はサッカーだが、
バレーボールもそうだった。

だが珍しく昨晩のブラジル戦は2-0までは素直に応援できた。
それだけ佐野のレシーブは伝わってくるものがあった
ということだろう。

個人が"もってる"どうのではなく完全なる一致団結の力。
バレーボールを観ていると、そんな気がした。

願わくば、今回はEXILEだったが、
"ああいう所作"(タレントを応援団にして意図的に盛り上げる作法)は
そろそろ本気でやめないか? と。

そして白鵬。
もはやその勝ち方は芸術だ。
今宵は相手の栃ノ心が、観ていて気の毒に思えるほど緊張していた。

戦略通り栃ノ心は左上手をとりにいったが、
白鵬もそれを読み切っていただけではなく
やはりそのディフェンスを礎をした中での
オフェンスのスピード。切り替えのスピードが秀でている。

絶対に相手の間合いにさせない。

明日は稀勢の里。さっぱり伸びない永遠のホープは、
今宵観る限りは立ち会いのポスチャーを変えたのか、
これまでとは異なる居ずまいで期待感を覚えさせたが
良いところなく破れた。

あの"お尻プリプリ"の立ち会いの所作は
勢いを感じさせて好きだったのだが
新たなそれはどうもデンと構えすぎていて、
まだまだ上を目指さなければならないのに
妙に落ち着いてしまった感を受ける。

"何かをやらかさないと"今の白鵬には勝てない。
破天荒にぶつかる気概が欲しい。

明日以降、白鵬と当たる力士には事前に言っておきたいが、
絶対に<ひいたり・はたいたり・いなしたり>はしてはならない。
それこそ完全試合をセーフティバントで止めるようなもので、
物事には格式というものがある。

真っ向勝負で、各力士たちは対白鵬に臨んで欲しい。

それにしても九州…。
ここはなぜオールウェイズ、ガラガラなのか。
KYともいえるほどの関与性。

ご当地の偉大な力士・魁皇が今度こそ最後の勇姿となるかもしれない。
且つ、白鵬の偉大なる(これも九州ご当地の)双葉山への
マイルストーン・チャレンジがある。

そして初日のウィークエンド。

絶好のシチュエーションが整っているにも関わらず、
ガラガラの館内。

九州(福岡)の人は相撲にはあまり興味がないのだろうか?
いささか理解に苦しむ。

あと6勝で双葉山に並ぶ。
このまま勝ち続ければウィークエンドの土曜日がタイ記録、
日曜日が新記録になる。

まさかタイ&新記録がかかる場合の土日でさえも
ガラガラということはあるまいな? 九州よ。

否、もしかしたら逆に、ご当地(九州)の偉大なる双葉山を
抜こうとしていることで
意図的に受け流しているのかもしれぬ。

魁皇への声援と、白鵬へのそれを比べても
何となく、<逆でしょうよ、本来>と感じたのも確かだ。


*****


今宵、アントニオの11.28の、セコンド・パスとゼッケンを手にした。

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困ったことに、
主催者側の決定でセコンドは1選手につき1名のみとなってしまった。
当初、2名だった。

だから館長とダモシがつくことでバランスを得ていたのだが、
1名になったのは、いささか不満を覚える。

しかし決定は決定だから致し方ない。

他団体は複数選手を代表に送り込んでいるから
何名も入ることができる。

少々、アンフェアな気もする。

栄えある大会だ。
ここはダモシもオトナになって、セコンドからは身を引くしかない。
気分はよろしくないが、致し方なかろう。

それ以外で何か諸々出来ることと方法論を考察して
カバーすることへとマインドを変えるしかない。

世の中、思う通りにいかないものである。

当初のルールに沿って戦略を描いているわけだから、
そのルールを変えられると困るわけであるし
マインド的にも不愉快になる。

このセコンドの問題に関しては致し方なく、
戦略修正を余儀なくされるわけだ。

せっかく戦略を描いているのに勝手に変えられるから
世の中、不愉快なことが多い、ということになってしまうのだ。

最初から1名と断じていれば、済むことなのに、と。

ダモシの場合、レジャーでも何でも
対象先(仕切り側や施設等)の仕切りが悪いと
すぐに怒り出す傾向がある。

ちゃんと、せんかい! と。

ワイフも懸念を表する。

こういう事前の右往左往は
当日の仕切りの悪さへの予兆とも思われるから要注意だ。

ただでさえ不機嫌なこのところであるのだから。

というように、
せっかく立てた戦略も得てして
相手側の勝手な変更等によって、修正を余儀なくされることは
この世の中ではしょっちゅう起こる。

"一度そう決めたじゃん"と言いたくなるような、
一度決めたくせに度々変更されるという事象は多々ある。

これが良くないのだ。これをなくすようにしなければならないのだ。

さもなくば会議にしても何にしても意味をなさなくなる。
どうせ決めても変わるのでしょ?となれば
そもそも論で、全うな意見を言うことの意義も希薄になる。

なぜ頻繁に変えるかねぇ… と辟易し、やがて冷めてくる。

物事、そういうものだ。

その一方で、怒りはあってもそれを最大限抑えに抑えて、
戦略を前向きに修正するという作業を行う能力も
持っていなくてはならない要素として
現代では存在している。

だから手間が余計に増えるのだ。だから時間が追いついてこなくなるのだ。

民主党の議員の中にも
そういった<なんだかなぁ…>を抱えている人は多くいるだろう。
話が違うなぁ… と。

世の中、一億総詐欺師時代、といっても過言ではなかろう。

そんな時代をどう差し切るか。
そういう意味では今宵のスノーフェアリーの走り方は
大いに参考になったわけである。

なるほどね、と。


*****


ダモシの出生時の、<母子手帳>をウルトラの母から受け取った。
かつて見たことがあるが、
己が手元にやってきたわけだ。

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時代を感じさせるポスチャー。

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予定日が3月15日だったという。
そしてその予定日にぴったりに生まれた。時刻は18時37分。
あの日は、火曜日だった、と。

アントニオも19時台だから、同じような時間帯に生まれたわけだ。

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ウルトラの父27歳、ウルトラの母21歳の時だ。

ダモシ軍の場合は、
ダモシもワイフも共に37歳の時にアントニオが生まれた。

仮にウルトラの父と同じ年齢で
ダモシがアントニオを生んでいれば
既に今、彼は17歳ということになる。

ということは、
ダモシが17歳で高校二年生だった時に
ウルトラの父は今のダモシと同じ年齢だったということになる。

これは驚き、だ。

あの頃のウルトラの父は、今のダモシよりも
断然、元気だった気がする。

それでも57歳で死去したのだ。

ダモシはそう考えれば57歳よりも前に死ぬ可能性が高い気がする。

だが、考えてみると
ウルトラの父が死去した時、ダモシは既に三十路エントランスにあった。

ダモシが仮に57歳まで生きるとすれば、その時、アントニオは未だ19歳。

そう考えれば、アントニオが成人する時まで、
すなわちダモシが57歳の時〜ウルトラの父が死去した年齢〜が
まさにドンピシャとなるわけだ。

アントニオの成人。そしてウルトラの父が死去した年齢(57)。
ちょうどタイミングが合うから、
最もストーリーとして想起されるダモシの死期は、
やはり57歳ということになるのだろうか。

それでも…。

子供が20歳で親が死ぬのは、早すぎる…。




posted by damoshi at 01:40| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月14日

<五冠>-東寺



大阪から京都方面へ京阪電車で走り、
丹波橋で近鉄に乗り換える。そこから少し走れば京都。

京都タワーのあるJR京都駅とつながっている。
その京都から近鉄(京都線)で一つ目が東寺駅。
近鉄京都線はそのまま奈良の平城宮がある大和西大寺へと連なる。

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近代的な京都駅。目の前には昭和的な京都タワー。
京都タワー展望室から古の都の京都アイコンたちとは一線を画し
ただ一人、屹立する平安の都の象徴が東寺。

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京都タワーが建設される際の賛否のフォーカスの最たる一つが
建造物としての高さにおいてこの<東寺>を超えることに対する
マインド的なそれぞれの主観でもあった。

世界遺産<東寺>。

それはまた国宝、国指定史跡、重要文化財であり、
その五重塔はニッポン最高峰の木造建造物という冠も抱く、まさに五冠馬。

立地的にもアトモスフィア的にも、
京都のメジャー・ランドマークとは一線を画す象徴的存在。


*****


東寺駅を出る。国道一号線をまっすぐ歩いていく。

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三宅坂から沼津(静岡)間を走った国道246もそうだが、
延々とつづく街道は、他県で遭遇する際に
日常的な常にそこにあるという親和性を背景に
異種な感情をもたらす。

いつも見ている道路、いつも走っている道路が、
旅でやって来た初めて歩いている道路にまでつながっているのだ
ということを認識する瞬間に、非日常に変化する。

それでも、そこには安心感も生まれる。
見知らぬ初めての地を歩いていても、
日常的な存在である道路であることで
<遠くに来たけれど、道路はいつもの国道〇〇線だ>
という親和性の後押し。

国道一号線も、日本橋を筆頭に、川崎や横浜、平塚、小田原など
走る頻度も高いエリアゆえ親和性がある。

たとえ京都の中で初めて訪れる東寺駅に降り立っても
目の前に同じ国道一号線があることで、
現在己が立っている見知らぬ地に、急に親和性を伴ってくる。
そして安心感を得るのだ。

もっと広くいえばそれは<空>。

想いとして<空はつながっているのだ>と解釈することで
遠く離れた人と逢えない寂しさを打破する一助になる。
<あの人も、この同じ空を見ているのだ>と。

東京・日本橋から大阪までつながっている
ニッポンの道路の第一号、国道一号線。

東寺は、まさに国道一号線にある。
ここがまずは東寺の、他の京都ランドマークとの差異であり
アドバンテージと、ダモシは見た。

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東寺駅から大阪方面へ国道一号線を歩いて四、五分。
道路看板が見える。間もなく終点の大阪が近づいていることを示す。

と、突然、五重塔が姿を現すのだ。

このポジショニング。
これが東寺、二つ目のアドバンテージである。

近鉄京都線。
大阪から電車に揺られて冒頭記載の通り丹波橋で乗り換えて
京都へ向かう電車内。

低層建造物が大勢を占める京都を、
市街地へ向けて高架を走る近鉄京都線。
座っているとほとんど高層建造物は視界に入らない。

が、間もなく京都という最後の局面で、不意に東寺五重塔が
車窓の向こうに姿を現すのだ。

ニューヨークの旧ヤンキー・スアジアムへ行く際、
地下鉄は最後の局面でトンネルから地上へ出る。
地上へ出た瞬間に目の前に巨大なヒストリカルな
ヤンキー・スタジアムが姿を現す際に得た異次元のドキドキ。

"トンネルを越えるとそこは雪国だった"
というドラマティックなタイムトリップ。

その世界に近い。

突然、ただ一つ、唯一無二の特殊性をもって東寺五重塔が
車窓の向こうに現れる瞬間と、
近鉄京都線に乗車中の車窓から眺めるポスチャーとアトモスフィア。

これが東寺と、東寺五重塔の大きな特異なアドバンテージである。

残念ながら電車内からの写真はない。
いつかそれも撮りたい。

ワクワクしながらモノレールに乗って、
いよいよ着くぞという局面で車窓の向こうに姿を現す
大阪の太陽の塔の衝撃にも、これは等しい。

周囲に高層建造物が何もないというフレーム構造。
その中に一本かぶりで屹立する存在が
不意に出現する瞬間の、ドキドキワクワク。

これはある意味で、マイク・ピアザの、あの<予期せぬ感動>
に属する類いである。

その要素を東寺は持っていたのである。

そしてこのアドバンテージは、
京都タワー展望室から見える東寺と五重塔の世界観で既に掲載している。

まさにこれが東寺の一本かぶり性という特異体質である。

京都は世界に御す多くの主砲、横綱級アイコンを持っている。
にも関わらず、唯我独尊的佇まいで
他と一線を画すエリア・ロケーションとポジショニング。

東寺、侮れずといった感を受けたわけである。


*****


世界には富士山以上の高さを誇る山は数多くある。
世界の超高層ビルヂングも高さだけで競えばドバイに落ち着いてしまう。

だが、高度の実感にも等しく、
受け手がどう感じるかという体感部分が最も影響力を持つ要素であるがゆえ、
それによって数値的な部分での広さや高さ、大きさと
比例するものもあれば反比例するものも当然、ある。

富士山は勿論高い山だが、その高さに比例して、あるいはそれ以上に
体感としても視覚効果的にも感じられる要因が、一つ、ある。

それは富士山が、一本かぶりの単独峰であるということだ。

山の場合、特に単独峰か否かで、体感的にも視覚効果的にも
大きな差異が生まれる。

それに等しく、例えば神社仏閣。
その中でも塔を考えるとき、単独峰か否かも考察材料になる。

相対的に寺社内の塔は、境内にあり、且つ、
ある意味で入り組んだ込み入った中に建っている。
日常的な世界観からアイソレートされたところにあり、
その周囲も木々や他の建造物に囲まれることで
様相的には込み入っている。

真下から窮屈に見上げる構図になるケースが多い。

街のど真ん中に、目の前にそれがあるケースは稀だ。

浅草寺の塔にしても、
見やすいか見にくいかといえば後者になる。
高幡不動の塔も境内の中で少しでも見やすくするためか、
高台に"造られた"感がある。
いささか窮屈になる。

カメラのファインダーを覗いた時に、たいてい塔は窮屈になる。

が、東寺五重塔は、まさに国道一号線に出現する。
そして前述の通り
京都タワー建設賛否の際のフォーカス
<東寺五重塔より高い建造物はいかがなものか>に帰結するマインド
としての、周囲には何もないという一本かぶり性ゆえの
絶大なる視覚効果=見やすい
を享受している強みを持っているのである。


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南大門から入るが、
この門から覗き見る金堂の威厳がまたエントランスでの期待感を高める。


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人との対比で金堂の大きさも分かる。

平安遷都と共に建造された東寺の、本堂。それが金堂。
"官寺"という国立の寺院ならではの威厳を持つ。

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金堂と表裏にあるのが講堂。

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国立寺院を託された弘法大師空海。
そのセンターステージたる建物として位置づけられたのが講堂。
これが東寺の精神的中心となる。

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世界遺産の中の、国宝と重要文化財、そして日本最高峰木造建築物の
三つの存在の競演。


*****


そして五重塔の景。

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これもまた京都タワーに等しく、<案外、東寺>である。

金閣寺、清水寺、龍安寺、渡月橋その他、夥しいコンテンツを擁する京都において、
異種空間といえばダントツで東寺だろう。

案外、ここには足を向けない人も多いのではないか。
金閣寺や清水寺、三十三間堂などへまず真っ先に駆け出すのではないか。

ロケーション的にも、京都駅に近い点と逆側に位置することで
灯台下暗しの傾向もあるような気もする。

しかしここには、ディスカバー・ジャパンがある。

<五冠>-東寺、ディスカバー・ジャパン認定である。

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2009年以降指定の<ダモシ認定ディスカバー・ジャパン>一覧

■東北

岩手県:中尊寺(金堂、旧覆堂含む)
山形県:立石寺山寺
宮城県:松島(景、瑞巌寺、円通院、五大堂等含む)

■関東

栃木県:雲巌寺
東京都:東京タワー
    高尾山(山頂での富士とのご対面、薬王院等)
    靖国神社(遊就館含む)
山梨県:甲斐善光寺
    身延山久遠寺
山梨県:富士山

■東海中部信越北陸:

静岡県:富士山
    三保の松原(海岸からの富士景)
    薩た峠(そこへ行く道路、富士眺望、東海道と駿河湾の眺望等)
石川県:兼六園(全体景、桜、金沢城眺望等)
愛知県:犬山城(木曽川側からの眺望と城最上部からの木曽川景)

■近畿

奈良県:東大寺(南大門、本殿、大仏その他含む)
京都府:清水寺
    東寺
大阪府:太陽の塔

■四国

愛媛県:松山城(城への登山道含む)
    石手寺(四国八十八ヶ所の一つ)

■九州

福岡県:桜島(立地と全体像及び噴火の様相)
熊本県:通潤橋
    熊本城(武者返しやB&Wの美等)
    阿蘇山




posted by damoshi at 13:53| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徒然サタデー



人は、己が真摯に努力してやっていることが実を結べば愉快で、
対人においてそれが正しく理解されなければ、不愉快なのは当たり前。

せめて、"正しく理解"せんといかんよ? と。

そう言いたくなることは日常の中で山ほどあるだろう。
だが多くは己の胸の内に留める。
その胸から出る場合は、直接口に出す時だ。

誰もが皆、己に対して"うまくいくよう"願うだろう。
他人や組織、国にはとっくに諦めたとしても
己自身に諦めてしまっては、元も子もなくなるからだ。

宮城県の本塩竈には、
王道・鹽竈神社、マニアックな御釜神社と共に志波彦神社があり、
そこでは<うまくいく>御守がある。

<うまくいきますように>と祈願した。

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その意図は、すべて何事も思い通りにという意味ではなく、
"せめて正しく理解してほしいわな"という部分である。

正しく理解しようとしない。
分かってはいてもしたくない。

これが人間のまた性であるが、これをやっていると進歩はなく、
一時期流行ったwin-win situationに昇華することは不可能である。

いずれにせよ多くの人は、
日常の中でそういうことを多々感じていよう。

<はぁ?>となる事象が組織や街において、人をさらに汚していく。

要はリーダー次第であり、仕切っている者の度量次第で
いかようにもそれは良化する可能性も大いにあるのだが、
今の民主党を見ていても分かるように
大概の組織体は、"ああだ"。

そして、人が二人、三人、四人、五人と
増えるにしたがって<はぁ?>も増える。
同一民族としての群れと横並びが前提にあるから
<はぁ?>となる。

これが例えば異国ならば、特にニューヨークのような都市であれば、
<はぁ?>にならずに、違うことが当たり前という前提をもってして
多くの人が精神的に快適な日常を送ることになり、
ひいてはそれが個々の行動や生き方における
ダイナミズムの発露へとつながってゆく正の連鎖を生む。

これはまずもってして、ニッポンでは不可能であり、
絶対に生まれ得ない美である。

ニッポンにおいてはだから多くの人が病んでいく。
精神的に病んでいくのだ。

だからこの不可思議な国において
個が必ず持つべきものとしては
オリジナルな路線や自分ならではの道があり、

横並びや群れることなんぞくそくらえという気概もまた
必要になってくるわけである。

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*****


今週は、かなり疲れ気味である。
宮城遠征が妙に疲れたこともあるが、

いささかビジー・ウィークということと
気分的に公私とも諸々のカテゴリーにおける
ダモシ価値観とのズレでの<?>や
<正しく理解しているのかなぁ…?>が常に存在しているわけだが、

気分が悪いとそういうことに対する怒感が
センシティヴに絡み合ってしまい、余計に疲れるということもあろう。

機嫌が良いか悪いかといえば、明らかに悪いのは確か、か。

むろんアントニオの11.28が近づいてきていることもまた、
ピリピリしてきている要因の一つではある。

当然そんなマインドは本人を前にしては完全に消し去ってはいるが。


*****


そんな中、土曜日ということで
アントニオが最近お気に入りの<怪傑ゾロリ>を
ブックオフでまた仕入れるべく出掛けた。

車に乗る時も、友だちと遊ぶ時も
その本を離さずに大事そうに持っていて
嬉しそうに読書をしている姿を見ているから、

玩具はそうそう与えないが、本なら歓迎だ、と。

だいぶ<怪傑ゾロリ>も彼の所蔵が増えてきた。

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友だちとも互いに持っているストーリーの本を
貸し借りして読み合っているようだ。
エデュケーショナル的な観点からは、非常に良いことである。

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夕刻。バスタイム前の時間は
アントニオにスペンドすることが出来るということで、
今宵は二時間に伸ばして空手の練習を行った。

それなりに戦略立てて時系列で11.28まで進めている。

今宵からはさらに練習中の会話を<英語>にした。
英語の投入は個別練習のみならず
今後の大会での試合中のセコンド指示においても導入する。

英語を覚えるにあたり、<勉強>するという領域で
読んだり書いたりというTHINKINGの部分よりも
明らかにFEELINGの部分が奏功することは分かっている。

考えて覚えるのではなく、体感するのである。

空手という身体アクションを伴う行動においては、
互いにアクションをしながら英語を入れていくことで
<意味を考える>のではなく
<身体で感じて>吸収していくことができる。

"いちいち"説明しなくても、
一つのワードや言葉を言いながらアクション動態をした後ごとに、

例えば、
Don't Forget. All Right? だの
Do you understand? だのと問えば、

YES だの、OK だの、と応える。
<オッケー>と彼が言えば、
<No, No. Okay だよ>と即座に正すことも大事である。

要するに"Look"と言う際に目を指さし、
"Focus"と言いながら
両手を目からアントニオ方向へぐっと伸ばして目力を強めれば、

その意味を説明せずとも理解するものである。
実際、理解している。

トップもボトムも、インもアウトも同様。

特に多くで用いることのできる
<TAKE(テイク)>と<DON'T>も多用。
闘いで必要になる間合いに関する部分で出てくる
<keep>や<close><far>も同様。

<too 〇〇>も多く自然に出てくるワードである。
<〇〇 your 〇〇>も多く出る。

それらすべての根幹は、<Don't Think. Feel!>である。

英語も考えるのではなく、感じるのだ、と。

特に、何かの技をやってみて
ダモシが受けた際のその善し悪しで

<グッド>
<う〜ん、ソーソー>
<ノーグッド>
<オーケイ! グッド!>
<ヴェリーグッド!>
<グレイト!>

と、言い方の強弱と顔つき、仕草、言葉の差異で
説明せずとも、正しく理解するのが子供だ。

これが、面白いわけである。

英語塾に通うより格段に身に入っていく。

仮にダモシが少年野球の監督をやったならば、
英語を用いてベースボール的な思考で施すだろう。

これらのケースにおいて、
英語が得意か不得手かなどはまったく関係ない。
得手不得手で言語力を計る物差しとしているのは
ニッポンくらいのものである。

要は表現力。そしてコミニュケーション力である。

そのあたりを学ばせてあげたいし、教える。
なにせ彼は米国籍なのだから。

しっかりとそれは根付いている。
彼自身、今宵ブックオフで中古の映画を選ぶ際、
迷わずニューヨークが出てくるものをチョイスしていることにも
それは表れている。

とにかく教えられることはすべて、
ダモシ:父親こそが教えるのだという気概をもって臨む。

ダモシも日々是勉強。

小説など以外では、
ビジネス書やビジネス成功者の本なんぞは一切読まないが、
闘いに関するものは読む。

直近の現在は、先般も掲載したが
ブルース・リー関係の分厚い技術書と併行して
新たに今週買ったのが、これだ。

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ヒクソン・グレイシーは好きでも嫌いでもない。
且つ総合格闘技系は否定しているダモシだが、
そういう次元ではなく、精神的な部分で得るものは多い。

未だパラパラ程度しか読むことができる時間が追いついていないが、

大いに共感を覚える考え方が多々ある。

一つには<戦略>の重要性である。

ダモシも戦略:ストラテジーの重要性は強く感じている。
すべては戦略ありき。
それがなければ民主党のようになる。
あるいは多くのニッポンの組織になる。

戦略立てて、目標を目指して戦略的に進む。
行き当たりばったりや付け焼き刃的に取り組んでも
良い結果は出ない。

そして
<勝つ>ことよりも<負けない>ことが重要だ、と。

この逆説的な論法こそ、
勝負に臨む精神的な負荷に大きな差異を生む。

特に子供の場合、大きい。

<絶対に勝てよ>
<優勝しなければならない>
<優勝するぞ>

という前提と、

<いかにして負けないか>

では、まったく心の配置場所とその色は異なる。

目指すところは結局同じでも
前提としてのポジショニングで
リラックスその他、平易な部分での精神的好状態を得るには、後者だ。

時にはむろん
マスト・ウィン・シチュエーションにて
モメンタム高まって前者の世界観に入るが、
それはあくまでも本人の問題である。

ディレクションが不可欠な子供時代は、
周りが、より最適なシチュエーションと状態で
いかにして臨めるようにアトモスフィア含めて
持ち込むかは大きなKSFの一つになる。

こういった些細な大きなことの
一つ一つも、改めて考えさせてくれる本として
行きつけの大井町のブックファーストでピックアップしたわけだ。

しかも、これが日本人の著作でない点が
アドバンテージになる。

発想自体が日本人には限界がある。
外国人から学ぶことは、発想の劇的な相違という点からも
数多くあるのだ。

善し悪し含めて、
同じ民族だけでは限られてくる幅の広さ。
それを埋めるのが、外国の考え方でもある。


11.28と、そこから連闘での大阪遠征。
これら二つの試合へ、残り二週間、
結果としての勝ち負けを超越したところで
どこまで"出来ることを最大化最適化して、やるか"。

ここが最も重要なことになる。



*****


イメージ・トレーニングとサウンド。
これもまたその"出来ること"の一つである。

そして喘息対策。これも同様。

前者は先般掲載した携帯音楽プレイヤーのウォークマンを
購入した後、アントニオは喜んで聴いているが、
今週新たに入れた曲が以下だ。

Kenny LogginsのHighway to the Danger Zone
(映画「トップガン」主題歌)

BerlinのTake My Breath Away
(こちらの映画「トップガン」から)

ABBAの王道Dancing Queen

Boys Town GangのCan't take my eyes off you

Irene CaraのWhat a Feeling
(映画「フラッシュダンス」主題歌)

Beegeesはサタデーナイト・フィーヴァー

Nolansの涙モノI'm In The Mood For Dancing

Men At WorkのI Come From A Land Down Under

などなど、まさにアラフォー、ダモシ世代軍のサウンド。
これを大喜びで聴き、
ダモシは練習中もこれを流して共に在る。

英国でボールルーム・ダンスの大家に言われた言葉を
アントニオにも述べる。

<アクションにおいては、まずは音楽を理解することだ。
 そしてサウンドを感じることだ>。

フットワークはサウンドに連鎖する。
それは空手でも、彼がやっているヒップホップ、
スケボーも同様である。

さらにアントニオからのリクエストの
AKB48と少女時代に西野カナなどなど。

そして明日はいよいよレディー・ガガを入れてあげよう、と。

スケボーも聴く音楽の楽曲種類も、
そして携帯音楽プレイヤーも、
友だちが遊びに来て驚いていた。
知らない,と。何これ、と。
その同級生の友だちのお兄ちゃん(四年生)にさえも
スケボーの乗り方や音楽の説明をしていたアントニオは、

一人っ子なのに忌憚なく進んでいる。

そして独自の感性で、横並びを嫌い独自の方法論と道を往く
そのダモシ国の風土もまた、一年生で既に発露がある。

善し悪しではなく、彼なりの<アントニオな世界>が
しっかりと存在し、それを小さいながらも不確実ながらも
じわじわと実践していっている。

本人は気づいていないが、Feelingでもう入っているのだ。


そして後者。
こちらは引き続きニューヨークつながりの友人のドクターが
懇切丁寧なアドヴァイスと、貴重な対策品を提供してくれる。

直近で11.28まではこうした方がベター等、気に掛けてくれている。

有り難いことである。

そろそろ眠らねば。

明日の競馬はエリザベス女王杯。また楽しみだ。

そして明日はいよいよ白鵬の連勝記録へのマイルストーン、
カウントダウンの闘いが始まる。必見の初日である。


最後に,今回の松島は、ニッポン復帰後三度目。
旅カテゴリーでは既に、さらにダモシ世界百景でも既に、
それぞれディープに取り上げているため、
今回は数枚のみ写真を掲載する。


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瑞巌寺参道。

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松島はリアルに、世界に誇る地である。

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あの土門拳も撮った名構図は、五大堂。

最後に、当地の紅葉。東京はいつか。

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posted by damoshi at 03:47| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

あぁ松島や…



あぁ松島や、松島や…

あぁ疲れたな、疲れたな…

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東北は紅葉ピーク。

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取り急ぎ、帰京にて就寝前の簡易レポートである。

杜の都は、関東よりもやはり寒かった。
でも未だコートは要らない。

98年以前の本妻時代の頃のニッポンは、
東京でも十一月には既にコートを羽織っていた。

やはり年々、暖かくはなってきているのだろう。


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仙台駅前のタクシーの車列。

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駅構内は往来人で賑わっていた。
夏は七夕、これからの季節は仙台ならではの
イルミネーションで彩られるだろう。

いずれの季節にも訪れてみたい。
特に<七夕の仙台>はダモシ自身のベースメントでもある。
それこそ"数十年ぶりの再会"の未踏では筆頭格である。

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東北新幹線ホーム。
東京行きの夜の列車はさすがに乗客もほとんどいない。

だからか、買ったチケットの座席番号が<1号車1番>だった。
しかも窓際だから<E席>。

イチ号車イチ番イー席。

縁起の良い座席だ。

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隣もいない。周りもほとんどいない。
混雑を嫌うから、ご満悦の東京までの復路。

仙台駅で、ご当地駅弁で一番人気だという<伊達幕>を買ったのだが、
食すことなく爆睡で、気づけば東京駅にとっくに着いて停車していた。

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最近、いささか疲れ気味だ。

往路もしかり、完全爆睡というのか、いかがなものか。
かつては読書したりPCを開いたりという世界だったが、

このところは普通の電車も新幹線も
座れば数秒後には爆睡している。

季節柄なのか。とにかくオールウェイズ、眠いのである。

あぁ疲れたな、疲れたな…。





posted by damoshi at 01:45| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月08日

徒然サンデー



今宵もプロ野球日本シリーズの話題は欠かせない。
アントニオの空手含めて、スポーツと勝負ごとに関しては、
常に考察に値するカルチュラルな素材。

"徒然サンデー"シリーズのコラムの今宵、
スポーツの秋、ということで勝負ごとの素材多いこの週末でもある。
もろもろ振り返りながらの考察を、先にしていきたい。
後半が徒然サンデーという形になる。

まずは世界の競馬の祭典、米ブリーダーズ・カップ。

米在住時代に生観戦している想い出深いレースだ。
一気にGIレースが連続して行われる競馬最大のカーニバル。

最大の注目は、BC:クラシック(ダート2,000m)に出た
米国競馬の女傑ゼニヤッタの、<デビュー以来無傷の20連勝>
という超絶記録が達成されるか否か。

ニッポンからはそのクラシックに
日本のダート王者エスポワールシチーが、

BC:フィリー&メアターフ(芝2,200m)には
現在の日本競馬の王者ブエナビスタに昨秋の秋華賞で土をつけ
ジャパンカップでも三着に健闘して以降、
国内では一戦も走らずに海外で激闘を重ねているレッドディザイアが、

それぞれ臨んだ。

エスポワールシチー、レッドディザイアそれぞれ
十着、四着と陣営としては悔しい結果に終わったが、無念。

今後の雪辱を期す形となった。

一方、米の最強女傑ゼニヤッタはいつもの通り
最後方から最後の直線だけで猛然と襲いかかるルーティンを見せたが、
その得意のキレがいささか発揮しにくい馬場で僅差で二着に破れた。

陣営はショックだろうが、負けてなお強しの印象は示した。
引退レースだっただけに20戦無敗で有終の美を飾りたかったところ
ではあろうが、それでも強かった。

ジャパンカップ・ダートあたりに呼びたい馬だった。

競馬は特に人馬一体である。
馬という生き物を扱うがゆえ、人間同様もしくは異なる種類で
<調整>という難儀がある。

順調に調整してきても、レース場のアトモスフィアや展開、
馬場状態、その他もろもろの要素が勝敗に影響を与える。

だからこそ、絶対的本命として出てきて
天皇賞・秋のように圧勝するブエナビスタのような馬の
凄さや関係者の偉大さを、さらに理解することになる。


*****


フィギュア・スケートではGPシリーズ中国大会で
安藤美姫が優勝を飾ったが、

安藤は年齢を経るごとに、コーチとの関係性が良いのか、
実に戦略的スケーティングを施しているように感じられる。

後半にジャンプを五本持ってくるというところは
戦略以外の何ものでもない。
それをやるために練習も展望と戦略をもって行ってきたのだろう。

勝負という現場へ向かう上では、練習という日常的所作においては
絶対的に必要なのは戦略的思考である。

すべて戦略に則り練習メニューも考案し、それを遂行する。
行き当たりばったりの練習や
勝負(試合/大会)に向けてのそれをやらなければ時間の無駄である。

その部分で現況では浅田マオーと安藤の充実度の違いに表れているのだろう。

仮にマオーが戦略的に長期展望をもって現在練習しているのだとしたら、
焦って短期的思考で試合で成果を出そうとしない方が良いだろう。
中長期的展望の中での戦略をもってして
日程面含めての調整は焦らずにやることが求められるのではないか。


むろん勝負ごとはすべて、戦略と戦術がその通り奏功するとは限らない。

プロ野球の名古屋はそういう面で、面食らったのかもしれない。


*****

<史上最も盛り上がりに欠ける>と言われた日本シリーズは
最終的には手に汗握る攻防で大いに楽しませてくれた。

千葉、名古屋双方のチームからは、野球の意地を感じた。
野球の底力といっても良い。

ほれ、面白いでしょ? と野球好きからしてみれば言いたいところだ。

なにをもってして<野球人気の低下>をメディアが揶揄しているのか
さっぱり分からない近年。

単にテレビ局とスポンサーの私利私欲によって
地上波放送という部分でのエクスポージャーが減少していることを指して
野球人気の低迷というのは、おかしな話である。

ほとほとこの国の"世論づくり"には辟易とする。

今や既に、この国の"世論"は、民意でも世論でも何でもない。
逆に一部の者たちが恣意的に作り出している偽論にすぎない。

ダモシは忌憚なく、純粋に今年の日本シリーズは、
地上波で目にする機会があったゲームに関しては
(特に昨晩と今宵)、大いに楽しむことができるゲームだったと認める。

その中で<勝負>という意味では、
双方、大きな大きなグッドジョブもあった一方で、
大きな大きなミスも当然、あった。

今宵のゲームに関しては、

千葉側は九回裏一点リードで迎えた守りにおける
小林宏と里崎のバッテリーの配球ミス。

名古屋側は浅尾を引っ張りすぎたこと。

この二点が大きな大きなミスだったと感じられる。

前者は、なぜストレートにこだわったのかという部分。
名古屋の先頭打者で主砲の和田に対して
なぜ落とさずにストレート一辺倒で勝負したのか、と。
あそこで落として打ち取っていれば
あのまま九回で千葉が勝っている公算は高い。

後者は、落合監督のミスだろう。岩瀬への不信感が計らずも
露になってしまった浅尾の続投。

明らかに4イニングス目に入っていた浅尾の球は上ずっていた。
若いことで球威が落ちていないように見えたことが
続投に至った一つの要因かもしれないが
球のキレは明らかに落ちていた。

だがミスはミス。勝負ごとではそれは織り込み済み。
ミスやエラーでの三〜四失点はあらかじめ計算づくで、
ゆえに野球は五点とらなければまず勝てないという
ダモシの野球観からすれば、ミスは致し方ない。

控えの選手含めて、それぞれ力は発揮したように見える。
特に千葉側はそう見えた。

最終的には、千葉の勝因はモメンタム。

これが最後まで一貫して落ちなかった。

投手では千葉の内。この投手が実に良い。
2003年のワールド・シリーズで
ワイルド・カードから勝ち上がって本命ヤンキースを破ったときの
フロリダ・マーリンズのジョシュ・ベケット投手を想い出した。

そしてオフェンスでは井口。
黒いユニフォームの井口といえば
米在住時代に観たシカゴ・ホワイトソックスでの
ワールド・シリーズ制覇の2005年を想い出した。

ワイルド・カードからの優勝は、
ニッポン的にいえば<三位からの優勝>という部分で
これまた揶揄の対象になるようだが、

ニッポンは何でもネガティヴに物事を捉える悪い癖だ。

メジャーリーグではワイルド・カードからの優勝は、
普通に起こり得ることであると同時に、

シーズンという秤の中で長期的戦略に立った場合、
リーグ優勝するのが大事なのか
日本シリーズを制覇してチャンピオンになるのが大事なのか
どちらなのか?

という部分こそ、核心である。

メジャーの場合、たとえディビジョンで二位からのプレイオフ進出
(ワイルド・カード)になった場合、
<あぁ、優勝を逃した…>とはならない。

ワールド・シリーズを勝つことこそ重要だから、だ。

数年前、日本シリーズで負けたのに
リーグ優勝したからか優勝パレードをやった北の某のチームがあって
嘲笑したものだが、

チャンピオンは一つである。

今年は千葉マリーンズこそ、優勝パレードをする資格がある。
名古屋でも福岡でもない。


*****


思うようにいかなかった
エスポワールシチー、レッドディザイア、鈴木明子、
そして名古屋ドラゴンズにゼニヤッタ。

思うようにいった、もしくは想像以上に
己の力を最大化して発揮できた千葉マーリンズ、
サンフランシスコ・ジャイアンツ、安藤美姫。

勝負は時の運も、ある。

だが、勝つにせよ負けるにせよそれは結果である。
結果がどうあれ、試合の前に尽くすべきことは
考えられ得る限りは尽くしただろう。

その上で、どういう結果になるか。
それはやってみなければ分からないということで、
どんなに凄い絶対本命(ゼニヤッタのような)でも
思うような結果にならないケースもある、と。

次は、白鵬か。

いよいよ来週、大相撲九州場所。
双葉山の連勝記録へのカウントダウン。

USA(大分県宇佐市)にある双葉山生家とスタチュへ
白鵬が詣でたようだ。

実に素晴しいことである。

双葉山は<勝利>だけにこだわることがなかった人のようだ。
勝つことにこだわらず、周りを気にするなというイズム。

現役を退いて指導者になってからも
口で教えるのではなく、<感得>という手法を採った、と。

要するに、Don't Think, Feel! である。
<考えるな、感じろ>と。

特に身体運動及び相手関係というアクションのある
スポーツというコンペティションにおいては、
それが重要になる。


*****


アントニオの11.28がカウントダウンに入った。
あと三週間。

当然、今、自宅でダモシxアントニオで戦略的練習を施している。
むろん道場でも練習を積んでいるが、
道場では他の選手もいるから、すべてやりたい練習を出来るわけではない。

その分は、マンツーマンでダモシがやる、と。

それこそダモシの加減レベルによるが、
ダモシ相手にダメージを与えられるオフェンスを出来れば
同じ学年相手になれば当然、さらなるダメージを付与できる。

また、オフェンスのみならずここのところはディフェンス面を
丹念に練習している。

<己を守れ>。

これがまずは格闘技の基本であるというイデオロギーである。

それは野球も同様。
基本的には相手より多くの点をとらなければ勝てないのが野球である。
味方よりも相手の失点を少なくするという最少失点思想は
ダモシにはない。

四点とられたら五点とる。それがダモシの野球イズムである。

が、根本はディフェンスである。
投手、そして捕手を基盤とするセンターラインの強化等、
野球においてディフェンスがもたらすアドバンテージは大きい。

イズムはオフェンシブだが、ディフェンスは根本重要。
しかしそのディフェンスも、
野球の監督時代同様に、空手でも、
オフェンシブなディフェンスが基本である。

もうこの段階では誰が見ているか分からぬため
練習内容やディフェンスとオフェンスで取り組んでいる部分は
一切秘匿するが、

最大限できることを当日までに準備して施しているところである。

そして、11.28の当日の組み合わせ抽選も済み、
トーナメント組み合わせが決まった。

高校野球に等しい全国からの代表数。
夏の甲子園同様に一回戦から試合するか二回戦からかは
組み合わせの運。

アントニオは一回戦から登場。しかも第一試合になった。

さらに、相手は中部王者(愛知・静岡・岐阜・三重)。
勝てば二回戦も関西王者(大阪・京都・滋賀・奈良・和歌山・兵庫)。
よりによってたいへん難儀なタフ・シチュエーションになってしまったが、

もはや相手云々よりも、
タイプ別/身体ポスチャー別に対応できるよう
それぞれごとのオフェンス/ディフェンスの戦略戦術を
繰り返しダモシが相手になって練習していくだけである。

<できることは、すべてやる>。

それだけ、である。

その<できること>にはアントニオの喘息問題への対応もある。

コドモ特有といって良いのか、
アントニオは喘息で、酷いときは何も手につかない。

先般の群馬遠征はその意味合いもあった。

榛名神社での祈願。そして伊香保温泉での温泉治療。

そして今宵、遂に空気清浄機with加湿器機能を購入した。

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対アントニオという観点で、ワイフ念願だったアイテムだ。
それにしても廉価なアイテムではないのだが、
アントニオのためなら致し方ない。

これをもってして鼻の苦しい症状(はなづまり等)や喘息が
少しでも解消されれば良い,と。

このアントニオの喘息に関しては、タフなシチュエーションになると
そのままリバースして嘔吐に至る。
空手どころではなくなる。
そこを少しでもどうリバカーするか、も重要になってくる。

今週、ワイフがニューヨーク時代の友人と数年ぶりの再会を果たした。
その友人ファミリーは先にニッポンに帰国していたのだが、
このたび晴れて世田谷ピープルになった。

同じ東急エリア絡みとしても交遊を再開するという部分だが、
その夫君もダモシがニューヨーク時代に行っていたメディアに
医療コラムを執筆して頂いた関係の大変優秀なドクターである。

その妻君とワイフが再会ランチを楽しんだようだが、
この<ニューヨークつながり>という人は
ダモシ軍にとってはスペシャルな存在であるから、
感情的にも言い知れぬ想いがある。

そしてその妻君が、アントニオの喘息のために
"或るもの"を郵送してくれるというのだ。

特に11.28を控える今、
非常に大きな援軍として素直に二人で喜び感謝するところである。


*****


さらに今宵、アントニオ用にSONYウォークマンを購入した。
いわゆる携帯音楽プレイヤーである。

道場に行く際、あるいは本人曰く
<試合前とか>に聴いて、

やはり本人曰く
<自分の世界に入りたい>ツールとしては最適。

小学一年生だが"闘い"という常在戦場にいるアントニオにとっては
本人も既に<必要なんだよ>と言うツールであった。

<よし分かった>と、なけなしのおカネを持ってヤマダ電機で購入したわけだ。

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これに彼は仮面ライダーや戦隊ヒーローの主題歌集や何やらを入れる、と。

<他には何を入れたいんだ?PCでとってやるよ>と問えば、

<AKB48と、いきものがかり>と言うアントニオ。

一年生で既にAKB48? いきものがかり?と思わず笑いが込み上げるが、
そういえば<ゲゲゲの女房>も喜んで観ていたし
NHKのど自慢も喜んで観るアントニオのことだから
それも頷くことができようか。

レディー・ガガが聴きたいなどと言う日も近いのかもしれぬ。

アントニオの"闘い"に関しては、
空手の一定ラインとは異なる方向性も視野に入れている。

空手でいえば通常大会よりも
例えば台湾などの部分を視野に入れたり、
ボクシングも視野に入れている。

空手で代表クラスでありながら、異種格闘技になるが、
例えばボクシングの全日本レベルで闘うことができれば
さらに研ぎ澄まされていく上、豊かな部分が生まれよう。

今はまだ空手のように幼児/ジュニアのそれは多くないが、
どうやら一年生レベルでもボクシングのオール・ジャパンはあるようだ。

というのも、そもそもダモシが猪木の異種格闘技世代ゆえ、
刺激性を求める部分があり、直接肌を合わせて練習している中で、
チャイナ系の空手系やボクシングも行っているのだが、
コドモはそういった様々な要素へ対応が効く上、
アントニオは上手に反応していることが分かるからである。

同時に、そういう刺激があることで、
漫然とせずに興味を持ちながらそれに取り組むことができる。

空手はもとよりボクシングにおけるアントニオのセンスを
ダモシは高く感じているのである。
ヘビー級というだけで大きなアドバンテージを得る
現在の彼の階級の空手と異なり、
ボクシングが体重別の階級である。

仮に同じ体重であれば学年が上でも勝つことも
直接肌を合わせている中で,感じられるからでもある。

どのような方法や過程を経て、来年のボクシング挑戦を
実現させていくのか、は当然ながら思案が必要だが
既に動き出しているところである。

中長期的なその展望の一方で、
短期的には
今年最後の12月の試合は、大阪遠征というオール関西の選手権を選択した。

11.28から連闘でその翌週、遥々、大阪遠征をまた単騎乗り込む。
道場からは大挙12月には他の大会に出るようだが
ダモシ軍はダモシの戦略に則って独自路線を往くという流れだ。

来年の台湾などのチャイナ系、そして異種格闘技になるボクシング。
さらには12月の大阪遠征。

初モノ尽くしこそが、往けば分かるさというダモシ軍のイデオロギーである。

北方領土問題で不遜な態度のロシアでも良い。
露中はとにかく在米時代からのダモシ軍の怨敵である。

一つのルーティンやグループ分けに縛られることなく、
どういう大会/試合なのか知っていて計算が立つ闘いに
終始するのではなく、

新しい道を常に歩くことが大事であると感じるのである。

ダモシ&ワイフはそういう生き方をしてきているから
アントニオは存分にそれに対応できるし、
彼も"見える"闘いよりも、往ってみなければ分からないそれを好む。

双葉山同様、勝つことだけにこだわるのではなく、
根本は、なにごともチャレンジすることがプライオリティである。


*****


年の瀬も迫りつつある。

年内の予定も決まってきた。

まずは明日からオフィシャル事案での宮城遠征である。

11.28、そして連闘での12月の大阪遠征での闘いが終われば
アントニオの今年の闘い納め。

闘い納めの後、イヤーエンド・ジャーニーで箱根遠征。

先月からのオフィシャル/プレイベート双方の旅は、

静岡・河津/修善寺ほか
埼玉・熊谷/秩父
兵庫・尼崎/西宮ほか
大阪・都市部ほか
京都・都市部
群馬・伊香保/榛名

と続いて、宮城・仙台を経て、大阪、そして箱根で締めとなる。

パッキングを終えて、早めに眠らねばという今宵だが、
日本シリーズ(今宵も九回裏から視聴して席を立てずに最後まで観た)
のおかげで、デスクに戻る時間が遅くなった。

困ったものだが、日本シリーズ。

良いゲームを見せてくれた。勝負としては考察に存分に値するものであった。




posted by damoshi at 01:20| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月07日

不可思議な日本シリーズ



先般の"西村監督の失敗"によって
千葉はそのままずるずる負けるかと思っていたら
第五戦を勝って王手をかける離れ業を演じて迎えた今宵の第六戦。

ウィークエンドということもあり、テレビ中継も。

九回裏からリビングへ移動して視聴すれば、
展開的にまったく視聴をやめることができずに
結局、最後まで観てしまった。

目を離せなかった、というのが正直なところだ。
試合の面白さはもとより、
<ここまで観たら決着つくまで観なければ…>という感覚が強かったわけだ。

そして、じっくりと観れば、
さすが日本シリーズ、面白いということになる。
今宵のゲームはふだん野球に興味がない人には
いささか玄人的な内容だったから
一般ゼネラル的にはまた<拙攻>だの何だのと揶揄されて、

例の"史上最も盛り上がりに欠ける日本シリーズ"
というステレオタイプな物言いをメディアが喜んでするかもしれぬが、
ゲーム内容的には、実に不可思議なムードを孕んだ
面白いものだったと言えるだろう。

"盛り上がりに欠ける"と言われているからこその
何となく淡々としたアトモスフィアが漂う中で、
それでも粛々とせめぎ合いが展開されていたわけだ。

ダイナミズムも野球の魅力だが、
ベスト・オブ・セブンというシリーズの全体趨勢や
モメンタムは関係ないとばかりに両チームが
一戦必勝という甲子園的な所作を施したことが、

面白いゲームになったと思われる。

ダイナミズムという意味でのオフェンシブな攻防ではなく、
ディフェンシブなせめぎ合い。
これが面白かったわけである。

セットアッパーや、レギュラー・シーズンでは大したロールを
与えられていない投手たちが実に緊張感たっぷりに
さすがプロというピッチングを披露して、

互いに守りに守った。

一球一球、投手が投じるボールの行方に、固唾を飲んで見守る
という展開は、そうそうないだろう。

名古屋にとってはイメージ的にはネガティヴな引き分け。
千葉にとってはある意味で勝ちともいえるほど
延長に入ってからはもうディフェンス・オンリーで凌ぎ切った。

そして"史上最も盛り上がりに欠ける"と揶揄されている
日本シリーズの千葉vs.名古屋は、

<日本シリーズ史上最長試合時間>という作品を残した。

両者があまりにも淡々としている点がまた、白眉。

野球に、一球一球に集中して観ることができた点と
その一球一球や守備体系等、野球をしているコドモにとっては
大いに勉強になるゲームだったと思われる。

ダイナミズムと共に野球の魅力である
一球一球の間合いやそこで選手個々、ベンチが繰り広げる
精神的な闘いと駆け引き。

これらが詰まっていた。

壮大なゲームではないものの、痺れる展開。

これもまた、野球。

特にレギュラー・シーズンでは大きなロールを担っていないような
セットアッパーの投手たちの意地は、さすがプロを感じさせた。

グッド・ゲームである。

それにしても西村監督。
むろん監督のみならずコーチング・スタッフの力量もあるが、
千葉は案外、知的な人的戦術を採るので驚いた。

<ん?>と感じるような、(ふだん、よく知らないような)選手を
適材適所で起用している気がする。

延長十五回までもつれるこのようなゲームでは、
代打の切り札中の切り札の福浦や
ストッパーの小林宏を最後の最後まできっちりととっておく計算高さ。

西村監督と千葉のコーチ陣も相当なものである。

逆に落合監督は九回までで勝ちにいって引き分けに持ち込まれた。
終盤までに既にリードを奪い勝ちにいっていただけに
本来的には選手のコマ的に厳しかったはずだが、

ネルソン以下、幸いなことに千葉打線を湿らせたことで事なきを得た。



かように、淡々と粛々と流れていくようなベスト・オブ・セブンの場合、
まったく展開を読むことが難しい。

流れがそれこそ1イニングごと、否、一球ごとに右往左往する。

明日どういうゲームになるかもまったく予測不能だろう。

ただ一つ、千葉のモメンタムは一向に下がっていない。
これだけは確かで、
シリーズ全体を取り巻くアトモスフィアを一つ挙げれば、
名古屋は力量だけで何とか凌いでいるといった状態か。


千葉が明日猛打爆発して一気に決めても、
名古屋が差し返しても何ら不思議ではない。

不可思議な日本シリーズである。




posted by damoshi at 02:06| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

案外、京都タワー



この春に、京都タワーを見た際は、
京都というエリアにマッチしない存在という気がしたのだが、
改めて見て、そして展望に登ることで、
なぜ京都に京都タワーがあるのか、を少し理解した。

案外、京都タワーは京都タワーで良いな、と。
シンプルにそう感じたわけである。

東京スカイツリーに続いてタワー系。京都の秋晴れの空に伸びる京都タワー。

ktw11.jpg

ktw12.jpg

京都駅。京都観光エントランスで夥しい数の人が往来する。
今年の春と今回の秋。年に二度目の京都。
いずれもスタートは大阪。

前回は、奈良・大阪・京都。今回は、兵庫・大阪・京都
という流れの中で、新幹線という括りで見た場合、
いずれも復路はゴールの新横浜までのスタートが京都駅。

近畿首都圏を考える時、
兵庫・大阪・奈良・京都は、
東京首都圏における
東京・神奈川・千葉・埼玉の世界になるか。

それだけいずれも、東京と大阪に対する通勤圏。

ニューヨークで見た場合の、
マンハッタン/ブルックリン/クイーンズ/ブロンクスの
ニューヨーク・シティに対する
通勤圏及び同一圏内としての
ニュージャージー、コネティカットやポート・ワシントン
などがそれに該当するだろう。

だからオフィシャル事案でもプライベートでも
近畿首都圏を回る際は、大阪を逗留先とするわけだ。

大阪、兵庫にそれぞれ住んでいた時代は、
やはりエリア的に範疇になる天橋立(京都)や後楽園(岡山)、
大阪万博などを訪れている。

要するに大阪は、京都・奈良を筆頭に、
近畿圏はもとより、中国圏に対してまで、アクセスが良いわけである。


*****


さて、京都タワー。

この存在がまた微妙で、今春の関西遠征の寄稿の際に取り上げた
奈良東大寺などと等しく、キーワードとして出てくる<修学旅行>において
イメージが希薄な存在である。

中学生時代の修学旅行での奈良・京都遠征で、
記憶に残っていない存在の筆頭格が京都タワー。

行っていないのでは?
でも京都駅は行っているから見ているはずでは?
普通、展望台に登るのでは?

などなどの自問自答が、京都タワーを見上げて繰り返される。

何一つとして甦ってこない、修学旅行での京都タワー。

そして多くの人が、サラリーマンの出張を筆頭に、
京都タワーは少なからずも目にはしているであろう存在。
新幹線の車窓から、もしくは京都に降り立てば普通に目の前にあるそれを
目にすることは多いはずだが、

存在感が希薄なのか、印象に深くは残らない。

やはりこれは登ってみなければ存在感は増さないのかもしれない。
あるいは何らかで関わりを持たなければ、
<あぁ、そこにあるな>レベルにしか印象として残らない存在か。

北の某首都サツホロにあるテレビ塔は、
ある意味でそれとは異なり、大通公園との交錯によって
しっかりとその存在感を示している。
それどころか象徴的シーンの中のアイコンでもある。

東京タワーは言わずもがな。

"ちょっと場所的に悪い"福岡タワーは、いささか存在感が弱い。
名古屋のテレビ塔も象徴としては,存在感は薄い。

だが、京都タワーは場所が最高である。
大勢の人が普通に歩く、エクスポージャーとしては最高の場所にある。
にも関わらずの、この存在の希薄さ。

これが不思議なところだ。


*****


展望室に登ってみる。

これは、期待していなかったからか、予期せぬ喜びと納得を得た。
大阪の通天閣と同様だ。
"高度の実感"をメインとする高層建築物やタワー系の期待感。
その期待感は周囲に広がるであろう景観の中に在るはずの存在群の
レベルによっても左右される。

サツホロのテレビ塔は、
大通公園がもたらすワシントンDCのスミソニアン的な
理路整然とした一直線の構造とその向こうにある山とジャンプ台という
絵柄的な美観があることが大きなアドバンテージになっている。

東京タワーはむろん、東京摩天楼を見る眺望だ。

だが、京都タワーという展望からは何があるのか、と。
そういう部分での期待感も薄かった。
通天閣も同様。
通天閣の場合は、通天閣自身の高度の実感が乏しいから、
そもそも眺望に対するダイナミズムへの期待感が生まれない。
にも関わらずの驚きの眺望があったことが
大いなる存在感の上昇に昇華したわけだが、

果たして京都タワーはどうなのか、と。

タワー系、超高層建築に関しても、
スカイツリーの項で述べたように
世界のそれを見てきたことから、そもそもダモシの中には
ニッポンのそれへの過度な期待感はない。

だが、それを包含したところで何が、どのように見えるのか。
そしてそのアトモスフィアはどういうものなのか。
という点を心の項目に埋めていくことで
ポイントが高くなるか否か、という結論に至る。

<まあ、言っても京都タワーだから…>という
事前エクスキューズをもってして、
失望にならぬように防御しておく。

そうしながら登ったわけだ。

そうすることで、予測不能のトキメキを享受しよう、と。


ktw9.jpg

巨大な京都駅を見下ろす。まさに眼下が京都駅だ。
これはタワー系の中でも白眉だ。

ただでさえ巨大な京都駅。その、"駅にある"といっても過言ではない
ロケーションにあることで得られるアドバンテージ。

それが直下に巨大駅を見下ろすという京都タワーの構図だ。

ktw4.jpg


京都といえば寺社仏閣系がメインだ。
存在は横綱級に関わらず、アクセスが悪いことがマイナスになる金閣寺は、
ここ京都タワーの展望室からも見ることはできない。

そこに金閣寺の問題がある。

京都タワーからは大阪城でさえ望むことが出来るのに
同じ京都の主砲格の金閣寺が見えないのは、いかがなものか、と。

大阪城を見てみる。絶好のサニースカイと空気感でこそ視界に入る。

ktw2.jpg

見えますか?写真センターの上部に大阪城が見える。

大阪城が見えるのだから、京都の主要なランドマークは
基本的には視界に捉えることができる。

ktw8.jpg

西本願寺を望む。

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京都御所へ連なる一本道。手前に東本願寺。
写真上部(一本道の向こう右手の)緑のかたまり部分が京都御所。


ktw6.jpg

京都の横綱格・清水寺。写真奥の左寄り、山の中腹。

その他、眺望は360度各種撮ったがキリがないのでこのあたりでやめるが、
展望室から見る新幹線の景もまた京都タワーの持ち味であろう。

kyoshinkansen.jpg

巨大駅の近くのタワーで、展望からこれを望むことができるのは
そうそうないのではないか。


*****


ktw14.jpg

京都タワーは鉄骨を一切使用していないという。

1964年に完成したタワーは、
海がない京都の街に対する<灯台>をイメージしたポスチャー。

タワーの高さは、131m。途中階は京都タワー・ホテル。
展望室は高さちょうど100mのところにある。

ktw13.jpg

京都ならではの、舞妓さんがお出迎えしてくれる。

ktw1.jpg

京都駅壁面のミラーには、対向にある京都タワーが反射する。

ktw10.jpg


*****


最後にもう一枚、展望室から見る中でダモシが最も気に入った景。

ktw3.jpg

東寺である。
そこに見える塔は、木造塔日本最高峰の五重塔。

東寺五重塔は、これまたディスカバー・ジャパン認定の、
<ほぅ>な存在。

未だ掲載していないが、京都の東寺と群馬の榛名神社。

これはこの秋に新たに認定されたディスカバー・ジャパンとして
近日中にフィーチャーする予定である。

東寺。
京都タワーの展望室から見るこの構図は、
一つには東寺の特性を表している。



posted by damoshi at 15:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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