2010年12月31日

徒然大晦日前



便秘である。

おおむねオールウェイズ快便ダモシだが、
ここのところは便秘である。

アントニオのノロがうつることはなく終わりそうだが、
それでもここ数日は未だ風邪が残っていたばかりではなく
ノロの少しばかりの影響か
食欲はいささか減退し、胃腸もグルグルしていた。

よふやく今宵のすき焼き&チリ・ワインで
ぱくぱく食べるいつものダモシも戻ったか,と。

アントニオはお腹は良くはなったが、
絶好調とは言い難く風邪は残っている大晦日前。

一般ゼネラル的には一昨日の火曜日で仕事納め。
ダモシもそれを見習い一般サラリーマンのフリをして
一昨日にオフィシャル事案納め。

この日、奇妙に疲弊。早めの帰宅後、就寝。
昨日は十時間は眠った,か。

その昨日、オフィシャル事案での手違いで、
オフィシャル関係先へ出す用の年賀状で出すべき
50数通のそれに未着手であることが判明し、
一気に書いたわけだ。

まったくもって、あたふたしている感じの、師走年の瀬。

その、一般ゼネラル的な動態としては

・火曜日=おおむね午前中で仕事納めで帰宅
・水曜日=おおむね帰省する

がティピカルな様相であろう。

実際、ダモシの後輩の一人は
昨日から己が東京は世田谷の実家へ帰省し、
年明けと共に三重県の細君の実家へ帰省。

友人の一人は昨日、飛行機で北の某国へ帰省。

オフィシャル事案の一人は、やはり昨日、
大阪まで飛行機で家族で帰省。
同じくオフィシャル事案のまた別の一人は、
仕事納めの火曜日の午後、オフィスから地方へ帰省。

別の後輩もまた昨日、車で甲斐国へ帰省。

だいたい、このような動態がティピカルな例といえよう。

むろん、海外へ行く人々も昨日からがピークだろう。

そして、むろんダモシ軍は、
そもそもからして<帰省>と無縁の人々なので
それに背を向ける,と。

結婚以降98年の渡米までの生活でも、
本妻復帰の09年正月から今回のそれまで、
一度も年末年始にいずれが実家(親が住む場所)へ
帰省した経験がない。

忌憚なく、意図的に避けている。

ダモシ軍の天敵<渋滞>を避けるからだ。

一昨年の年末年始に、あえて車で、
東京の東側(下町)から大阪までファミリーで帰省した経験を
持つ氏に聞いたが、

その際、<名古屋までで12時間かかりました>とのこと。

それ見ろ、と。その有様だ、と。
ダモシには到底不可能である。
そんな状況に身を置いて、平常心でいられる自信はゼロ%である。
これだけはゼロ%だ。

渋滞等になると人格が変わるという人は多い。
が、ダモシの場合、人格が変わるという生易しいレベルではない。

よく
<人生にムダなことは一つもない>というキレイ事を語る輩がいるが、
それは間違いであり、
ダモシは
<人生にはいかにムダなことが多いか。いかにムダを消すか>が
最重要な事項の一つであるというイデオロギーである。

その人生におけるムダの最たるものは、

・レストランやラーメン屋での行列
・高速道路等での車の渋滞
・ゴキブリ退治に費やす時間
・出勤時はともかく、
 帰宅時の人身事故による電車停止と遅延
・招かざる客の鳴らすピンポーンに応対する時間
・報告や雑談で終わる会議

などが挙げられる。

それらは睡眠やセックス、自慰、恋愛、コドモとの遊戯、読書などと
完全無欠の対極にあるムダである。

それらを徹底的に拒否して回避することと共に、
それらに遭遇(己から進んでそこへ向かっている)する面々を見て
失笑&揶揄して楽しむことも慣しとしているくらいである。

<どうだ?渋滞のニュースはやってるか?>

お盆やGW、年末年始ともなれば
朝一番でテレビのニュースでの報道をワイフに問うほどだ。

そして言うのだ。

<阿呆ども!>と。

実に性格が悪い所以がこれである。

そんなだから今年の年末年始も"帰らない"。
首都圏に留まる。
というか、そもそもダモシは東京ネイティヴである。
帰省するという意味はない。

そんなダモシ軍。

コドモが加わっても変わらぬ習性が、
<皆、帰省だ。首都圏、人が減ってうれしいな>という喜びに
浸ることであるのだが、

毎度記載するように、
不思議なことに
毎年毎年、海外出国ラッシュだ高速の大渋滞だ新幹線満席だと
報道されるにも関わらず、首都圏から人や車が減らない。

これがまた頭に来るわけだ。

今朝、映画<仮面ライダー>を観賞するために
港北エリアにダモフィーロで出かけたわけだが、
邪魔くさいこと邪魔くさいこと
朝っぱらから車が多いのなんの。

カーラジオから流れるニュースでは、
皆が帰省渋滞しているはずの朝っぱらから
<年末年始のお買い物で築地周辺が渋滞>だのと流れている。

しかも朝っぱらから
3,000台以上収容可能なららぽーと港北の駐車場が満車。

どないなってんねん!

と吠えるわけである。

<いなくならんかい!>と。

ワイフも述べる。

<もうね。さっさと帰って欲しいんだよね>と。

なぜ帰らぬのか。なぜ首都圏に留まっているのか、と。
なぜこれだけ渋滞になっている帰省組がいながらも
このあたりは人が逆に増えているのか!

と。

怒り心頭になるのだ。

心理的なものだ。

<空くだろう。楽だ>と期待している時に混んでいると
それだけで頭に来るのだ。

そんな、今年もまた、本妻復帰後、三度目の正月を前にした今、
不思議に苛まれている大晦日前。



*****


昨日、ブックオフのオンライン・ショッピングにある
<オトナ買い>で
<空手バカ一代>のマトメ買いをした品が届いた。

再読&再コレクションとなるこれは既に第五巻まで持っていたが、
なかなか店舗で見つけることが難しい。
それでブックオフのオンライン・ショッピングで検索したら
途中の十三巻〜十六巻までの四冊を除き、
最終の十七巻まであったのだ。

第六巻〜第十七巻を(途中の四冊を除き)マトメ買い。
しめて2,000円だからお得だ。
待ちに待ったそれが昨日届いたという次第。

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渋滞&行列を嫌うワイフ&アントニオが"逆を往く"形で
1/2から那須へ帰省する数日、ゆっくり読もう、と。
そう思っていたのだが、己が個室&仕事部屋で寝るようになっている
今のダモシは一人暮らし的布団の中で真夜中に
じっくりと読書が出来るために昨晩、第六巻と第七巻を夢中で読んでしまった。

気づけば4AM。いかん、いかん、と。

今朝、8AMに起床。眠い目をこすりながらも8:30AMに出て、
ダモフィーロでアントニオと映画館へ。
<仮面ライダー>観賞である。

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これがまた良かった。
ここ二年で映画館で観た仮面ライダーの中で最も良かった。

特に、やはり同世代(同学年)の吉川晃司が良い。
しかもその仮面ライダースカルがカッコよいのだ。
AKB48も登場。

まさに今、仮面ライダーは押さえどころを押さえている。

そしてこの仮面ライダー。来年、40周年のアニバーサリーを迎える。

ダモシとウルトラマンは同年齢で1966年、誕生。
仮面ライダーもダモシ五歳の時に誕生。

ダモシ世代(アラフォー世代)とウルトラマン/仮面ライダーは
切っても切れないアイコンなのである。

そして今、幼児から小学生の親がこの世代である。

親も喜び、子も喜ぶ。
そしてその消費者便益を満たすような作り方で迫るわけだ。

特に仮面ライダー陣営の戦略構築は見事という他、ない。

しかも格闘技に勤しんでいる親子にとっては、
とりわけその格闘シーンはシビアに観るが
子供騙しではない点も秀逸。

吉川晃司のキレのある動きは、必見だ。
役者としての鍛錬は映像で正直に出る。
吉川晃司の素晴しさを、海老蔵などは見習うべきだ。

なにごとも、不断の稽古である。

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デザインもカッコ良い。

仮面ライダー陣営は<昭和>の良さをテイクオーバーしている。
昭和のプロレスや男児がワクワクするような仕掛けと魅せる要素。
これを堅守しているからこそ、
時代を超えてもコドモたちを喜ばせるのであるし、
親をも納得させるわけだ。

<連続ドラマのワクワク性>や<予期せぬ感動>。

これは闘いというイズムが介在する創作物やノンフィクションでは
不可欠の要素である。つまり、それが魅せる要素である。
アントニオの空手(と今後臨む異種格闘技戦)も、それが根底である。

とどのつまり<ロマン>である。

今宵、紀伊国屋書店で
<世界武道・格闘技大全集>という百科事典のような
カラーの大判書籍を見つけて胸を躍らせたダモシだが、
6,000円と高価だったため、断念して、
そのかわりボクシングの本を買った。
アントニオ用に、実戦補助用である。

まあ、いい。


*****


話は飛ぶが、今宵、ダモシの中では
これも古き良き昭和である<レコード大賞>を観た。

ニッポンを離れていたからこそ、より郷愁に誘われるのだろう。

レコード大賞もまた昭和の大事なアイコンであったし、ある。
毎年それは価値があって、
誰がレコード大賞を獲ったかが路上の話題になる頃が
確かにあったのだ。

今宵、エクザイルがどうのAKB48がどうのというのは、どうこうなく、
最もエモーショナルな感慨を得たのが近藤真彦であった。

<愚か者>のイントロが流れただけで
込み上げるものがあるのは、やはりアラフォー世代だからだろう。

だめ押しは<ギンギラギンにさりげなく>。

チリ・ワインと体調復活でご機嫌のダモシが
珍しく唄い始めるとアントニオも大喜び。
同世代のワイフも大喜び。

同曲と同時代の他の曲(スニーカーぶる〜す等)で映画も
何本か公開されていたから
ワイフもそれを想い出し、

<(映画館のない那須から)わざわざ宇都宮まで
 映画を観に行ったよ>とノスタルジーに浸れば、

<オレは部活をサボって池袋に観に行ったよ>と
ダモシも語り、

一気に昭和ノスタルジーのご機嫌談義にハナが咲けば、

CMで流れたパチンコのそれで<タイタニック>を
もじった映像とアノ曲、あのシーン(船の先端で
両手を広げるポーズ)が流れれば、
またもや珍しくもご機嫌ダモシが、
やはり己が時代の<タイタニック>はオレたちの時代だ
とばかりに、立ち上がって両手を広げて
セリーヌ・ディオンを唄いながら
そのまま前に倒れる余興を施せば
アントニオがまた大喜びで、
アントニオは完全にタイタニックのシーンにハマり、
何度も自分でやり、ダモシにせがむ始末で、

そんなこんなでレコード大賞を、
時代を超えてファミリーで楽しむことができるのもまた
ニッポンにいるからこそ、でもある、と。


*****


そんなこんなの大晦日前の今宵は、
朝からの映画鑑賞が終わると戻りランチを食せば、
インターネットでのLIVE情報で
ららぽーと港北の駐車場がわずかに空いてることを確認し、
またダモフィーロを飛ばしてファミリーで
年末セールへと馳せ参じれば、即刻、満車に。

館内は大盛況。

ここはもう皆々様、帰省しないらしい。

ワイフ12,000円
アントニオ 7,000円
と、それぞれ衣服をセールで買い、

ダモシは安価なサングラスを買い、館内にあった駄菓子屋で400円分だけ
駄菓子を買うという質素な様態。
H&Mで目が止まったTシャツをセールで700円で買う。

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すばらしいTシャツだ。

そのサングラスを買ったアクセサリーの店は
インポート・モノの店だが、
そこで見つけた目玉のリングが気に入って気に入って仕方がない。

一周してまた店に戻る。

ヤングボーイの店員は一度目の来訪で
ダモシに懐き、礼儀正しくアイテムの説明をしてくれたが、
二度目の来訪の際は、

のっけから<恋しちゃいましたか>と歓迎。

<どうぞ。観てください。ハメてみますか?>と
その目玉のリングをケースから取り出す。

<あぁ、恋したね。イカしてるね、目玉のコレ>
とダモシはご満悦だ。

<コレは〇〇というブランドですが、ご存知ですか?>
<ああ、知ってるよ>
<さすがですね。コレ、いいっすよ>とヤングボーイ。

ヘナチョコなヤングボーイは
ダモシを怖れるだけか、怖さ知らず&世間知らずの態度をとるが
気合の入った若者やこの手のヤングボーイは
礼儀正しくリスペクト示して接してくるのが通例である。

"ひと目見れば、分かる"のだろう。
その"分かる"か否かは、重要なのである。

価格は、五万七千円。

<コレをポンと買える札を用意して、また来るぜ>と
ダモシもアニキを気取るのだ。

<だが、誰かが買うだろうな?>
<ええ…。コレはなくなると半年の入荷待ちになります>
<そうか…>

手にとり眺めながら<しかし、いいな、コレ>と言うダモシ。

<もしよろしければ、ハメてみてください>とヤングボーイ。

<否。ハメるのは買うときだ>とダモシ。
<さ、さすがですね>とヤングボーイ。

気分はもはや、
若い仮面ライダーWやオーズに対する
"おやっさん"の吉川晃司・仮面ライダースカルだ。

<罪の数を、数えろ>とスカルを気取り、
意味不明な台詞を述べて店を後にしようとすると
リスペクトを示すヤングボーイ店員は
買わない客ダモシをわざわざ店外まで見送り述べる。

<お子様もお好きですよ、きっと>。

最後まで気取るダモシは、
<おうっ!また来るぜ>と昭和に成り切るのだった。

久しぶりに観た、<いいぜ、コレ>と思える代物だった。

が、一回目の訪問で、
ワイフもアントニオも同じく目を止めていたのが
やはり目玉のソレだった。

欲しい…。


*****


で、帰宅したらもう6PM過ぎ。

結局、ららぽーと港北に五時間近くいた計算になる。
ついでに館内にある酒屋でチリ・ワインも買ったのだが、
それを買うためだけにレジ行列十分。

いやはや、である。

そして、すき焼きを肴にぴゅっと一本空けて
レコード大賞を観た、というわけである。

明日は朝一番で起きて9AM開店の
やはり港北のスーパーマーケットへ行って
そこでしか売っていない廉価ながらも極ウマの<豚トロ>を買い、
元日の肴にする、と。

AM中に戻り、自室の大掃除&本や書籍、紙関係の整頓である。
何とかその作業をしなければ
<空手バカ一代>も並ぶスペースがない。

今はもうデスクの上にまでそれや、
ムエタイ、大相撲、武田信玄、極真、ヒクソンなどの書籍が
無造作に置かれ、本棚は丸ごと一つ文学で埋まり、
別の書棚は旅関係の書籍で埋め尽くされている。

これらをうまく整頓しなければならないわけだ。

夜までに終了させて、
夜は寿司と蕎麦にチリ・ワインにジントニックで
紅白とDynamite!視聴を楽しみたいわけである。

大晦日の当欄といえば
初代のダモログ(NY時代)から紅白と格闘技イベントのレビューが
恒例となっている。

今年もそれを掲載する予定である。


*****


最後にカレンダー。

2011年のカレンダーは皆様どうされているのだろうか。

本妻復帰以降のダモシ拙宅では
レストルームの壁にカレンダーを一つ貼っている。
ある会社のカレンダーだが、
これがアート系でセンスが良い。

2011年のそれも受け取ったが、テーマがNYである。

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ダモシ軍ならではのカレンダー。

友人からはオリジナルのイラスト卓上カレンダーを受け取った。
一つはリビングに、一つはダモシ部屋に。

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世代の色が出る。オリジナルで著名人を描いた。

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アリが来れば?

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当然、猪木も出る。

ダモシ大喜びのカレンダーである。

そしてダモシ・オリジナル。
別途、PDFにして誰でもダウンロードして
ご使用できるように掲載するが、サンプルを二点。

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ダモシが撮ったニッポン各地の景をあしらった。
ダモシ・カレンダーはハガキサイズだ。

一月は、日の出。愛知県から。

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七月は、富士山頂(静岡県)から。


早めに眠ることが賢明だ。
未だ咳も残り、ハナ声ダモシである。
この冬の風邪は、ほとほと、しつこい。


今宵は、マッチの曲を耳にしながら眠るとしやふ。


posted by damoshi at 00:58| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

稽古納め


今年の稽古納めをしてきた。
横浜市の区営のスポーツ・センターの体育室を借り切って
二時間汗を流したわけだ。

むろんアントニオはノロの病み上がりというかその途上にあり
絶好調ではないからして、
大会前のそれとは異なり軽めに遂行したわけである。

ダモシも風邪が完全に治り切っていないが
具合が悪く寝ていた頃もあったから病み上がりで
ここのところの運動不足解消という意味もある。

今年のダモシxアントニオの個別稽古納めのレポートであると同時に、
なぜか時々、裸になってプーチンに化身するダモシの
誰も見たくはないだろうが
2010年<プーチン・ダモシ>納めである。

のっけからプーチン・ダモシで参りたい。

ワイフから
<なぜ裸なのか。意味が分からない>という苦言と
<また風邪ぶり返すよ>という揶揄と失笑が飛んだが、

ダモシは
<おカネがないのは"山路氏"とイーブンだ。
 だが、肉体も顔もオレのエッジだぞ?
 インテリジェンスにおいてもオレは負けないだろう。
 総合的には"山路氏"より、オレだな>
と意味不明な台詞を述べて意に介さず、黙々とトレーニングを開始した。

やたら"山路氏"を意識するコメントが目立つのも
最近のダモシの特徴か。

あの<女にモテる>というワードが火をつけたと思われる。

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思いのほか広い体育館内にご満悦のダモシは、
まずは軽めにランニング。
ここのところのハナと咳の風邪で気管支がやられたことで
少々走るだけで息が上がり、咳き込む。
いかがなものか、と。

冬眠中でありオフ・シーズンに入ったこと、
さらには風邪での体調不良が重なったことで
軽めのランだけで這々の体だが、脱いだ。

脱いでトレーニングが始まった。
始まってしまうとアントニオも爆笑の
意味不明なオリジナル・トレーニングが披露される。

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ワケもなくミラーで肉体を眺め見て思考。

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そのうち構えはじめる。
ミラーを見ての構えは、実は心の中での間合いのトレーニングになる。
呼吸も駆使して、間合いをミラーで計る。

体育館倉庫にロープを発見したダモシは嬉々として
ロープを駆使したトレーニングを開始する。

最近、自宅でのアントニオとの稽古でも、
昔のアントニオ猪木流に"タオル"を用いた身体活動トレーニングをしている。
アントニオの地力アップのためだ。

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ロープを用いての筋力トレとパンチ練習が繰り返された。
<見とけ>と。<その間、柔軟やっておけよ>と。

さすがにシーズン・オフで、このところ身体トレをサボっていたため、
肉体の張りもいささか落ちているが、
ある意味で冬眠中ゆえ、致し方ないか。
酒をふだん飲まない分、これ以上余計な脂肪は避けられよう。

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突如、格闘技のトレーニング式の縄跳びを始めたワイフを
見守るダモシ。

<道場が休みに入って身体がナマったから>とワイフは語る。

ダモシとワイフで
どちらが現役バリバリかといえば、ワイフの方なのは確かだ。
ダモシは指導する側だ。

ワイフは先般、道場での稽古納めでも昇級審査を受けて合格。
帯がまたワイフも上がった。

<闘いの(組手の)大会に出たらどうだ?>とダモシは促すが、
さすがに<イヤだよ>と。
アントニオの負けん気と気の強さはワイフ譲りだけに
大会になればワイフもかなりやると思うのだが。

取手の事件もそうだが、
日常的な路上で"ああいった"ゲーム世代が仕掛ける
ボンクラな不意の事件が起こった際に、

ダモシがいれば別だが、
ダモシ不在でワイフとアントニオだけの時の、
その<有事の際>にアントニオを守るために
ワイフには一撃必殺の裏技は数種類、教えてある。

アントニオにはまだ早いので教えていないが、
彼が一人で出歩く小学校高学年くらいになれば
その伝授も必要になるだろう。

これをやれ、と。これをやれば一発だ、と。
仮にそれが外れたらこれをやれ、と。
これをやって相手がこうなったら間髪入れずにこれをやれ、と。

幼児以上の肉体パワーは、女性といえども持っている。
それは他の道場の実際にやっているお母さんも同じだ。
そういった裏技は必ず有事の際に役立つ。

くれぐれもダモシにやらないように、ということは願いたいが。

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アントニオとの稽古に入る前に、
伝授する、また意味不明な新技を披露するダモシ。

プーチン・ダモシはもういいでしょう、このあたりで。
迷惑もtoo muchでしょう。


*****


<さあ、やるか>と、共にする事前アクション運動を終えて、
マットの上での練習が始まった。

今年伝授した技を一つ一つ再確認と復習。
一つ一つの技をミットに入れる際には
<今年最後だ。それぞれの技の最後の一発はビシッと入れろ>と
ゲキを飛ばす。

そして新技を繰り返し練習。

来年の一月と三月の大会へ向けての準備の予習である。
新たな技を取り入れて臨むことになる。

さらには年明け早々にはライセンス申請するボクシングだ。
フルコンタクトの空手とボクシングで
コンフューズする部分もアントニオはあるだろうが、
そこはコドモゆえアジャストする適応力はオトナより高い。

まだまだウェイトはフルコンタクトの空手8対ボクシング2だが、
三月の大会後からそのウェイトを7:3にして、
初夏までには6:4、
予定では、
目指すところの
<夏の空手&ボクシング連戦異種格闘技ロード>へ向けて
5:5から6:4へと時期を追って進めていく流れをイメージしている
ところである。

今宵、スポーツ・センター別室ではテコンドーの軍団が
稽古をしていてコンタクトを持ったが、
それこそ対露、対中、対韓戦線での
対サンボ、対カンフー、対テコンドーという
異種格闘技戦も面白いであろう。

<あ。ここでも空手やってる>とアントニオが言えば、

先方が、
<いや、これはテコンドーだよ>と言う。

アントニオが
<なに?ヘコンドって>と言えば一堂爆笑し、

ダモシが
<韓国の、まあ空手に近い格闘技だよ>と言うが、

それでもコドモだから
<どうして日本語喋ってるの?>と自然体だ。

都度、面白いねえコドモは、と感じるわけだ。
その傍らで、縄跳びを続けているワイフもまた
<面白いねえ,この人は>と感じるわけだ。

基本、面白いのが一番だ。共にいるならば。
こうるさい、細かい女性は大嫌いだ。


*****


稽古納めは最後に二分間のスパーリング。
試合が一分半なら、最低でも練習では二分単位でやるのは当たり前だ。

実際負荷重量が10kgなら、練習では30kg。

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得意のローも精度を上げ角度その他を調整する。

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ミドルもハイも同様だ。
とにかく対ダモシなら遠慮はいらない。
とことん全力をぶつければ良い。

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基本、技を受けるわけだが、
ダモシも技を放ち、基本的なディフェンスを繰り返し練習する。

大阪でやられたヒザは特にそうだ。
ヒザ蹴りのディフェンスと、己が仕掛けるヒザ蹴りの角度や技術アップは
マスト・イシューの一つになる。

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時折、位置的に高めのパンチを出して
ボクシングも取り入れる。
最近、ボクシングもサマになってきた。

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今宵伝授した新技の一つが、ダモシの急所にヒットした。
ダモシ、悶絶。

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幼稚園時代の大会での得意技でオリジナル技の一つが
<ジャンピング・ゼロ>だったが
今シーズンはほとんどそれを出さなかったアントニオ。
すこしオトナぶった闘いをしたわけだが、
<出せ!>と。<やれ!>と。

得意技やダイナミックな技はどんどんやれ、と。
基本、だいたい各選手の技は見えている。
ある意味で型にハマっている。
同じことをやっていてはダメだ、と。

ダモシの十八番秘技
<100m助走つきジャンピング・ニーパット>と
アントニオの旧得意技
<ジャンピング・ゼロ>に、
沢村忠の
<真空飛びヒザ蹴り>をミックス。

さらには今宵の新技の一つとして
さわりだけを教えた
<稲妻レッグ・ラリアート>。

これらをハイブリッドした、一つの新技の開発にも着手した。

<いいか?この技をやる前に、
 "イ・ナ・ズ・マ!"と叫んでからやるんだぞ?>と
身振り手振りで、さわりだけを今宵は伝授した。

ボマイエではなくて、あくまでもイナズマであることが重要だ。

それが<昭和の"男"の、意地>である。


*****


とまあ、そんなこんなで稽古納めは終わったわけだが、
本人が楽しいと思えることが一番重要である。

ファミリーで関わることが出来ることと、
本人も真摯に取り組んでいるだけではなく、
そこに面白さや楽しさがなくてはならない。

エンターテインすること。

これがダモシが常に気に掛けていることである。
ただ厳しいだけでも、気合や技術を教えるだけでも良くない。
<勝て>というのはエゴであり、
<勝つ方が気持ち良いなら、勝つための準備もしなければならない>
ということのウェイトがエッジになるわけだ。

そして一番は、<楽しいこと>。

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こうして、決して好調とはいえない体調の中でも、
本人が楽しく出来ることが何よりなのである。

イヤイヤやるなら、何事もそうだが、やらない方がベターだ。

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日常とは異なる世界でのこととはいえ、
こうして父親を蹴ったり殴ったりできる
小学一年生は、そうそういないだろう。

しかも象のような父親ダモシを、
既に小学一年生でKOするわけだから。

いやはや。久しぶりということもあり、
さすがに疲労した。
受けてみれば分かるが、小学一年といっても
バリバリにやっている者のキックやパンチは強烈で
ダメージは受ける。

だが、毎回そうだが、心地よい疲労だ。

これでリアルに今シーズンの空手は終了。

明日は、ダモシのオフィシャル事案納めである。



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(余談)

クリスマスのサンタさんからのプレゼント等で
またアントニオが最近愛読している
<かいけつゾロリ>が増えた。

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アントニオは読書好きでもあり、
文武両道はインテリジェンス・モンスター思考のダモシとしては
喜ばしいことである。

まずはコドモは可能な限り小さい段階で<武士道><武道>は
学ばせるべきである。

スポーツ以前に、日本人ならば不可欠なそのカテゴリーだ。
そして長期的に対世界という部分でも
ナメられない強さは必須であり、そこは格闘技になる。
野球等のスポーツはその後だ。

その途中で暫時、文学や映画、音楽含めたところにも
親しんでいく。

そして色恋。対異性への優しさや守ること含め。

そういった所作こそ、
塾だなんだ、勉強だなんだ、お受験だなんだよりも
ダモシ軍にとってはプライオリティである、と。

そしてワケの分からん宗教に絶対に走らないよう
幼児期から教育することも大事だ。
他人のそれにインスパイアされるなら、
己自身に己がインスパイアされるくらいになれよ、と。
己が誰かをインスパイアするくらいにならんかい、と。

ダモシ自身が、ダモシ教信者であるように。

<かいけつゾロリ>は、
ダモシ軍後輩や友人にもアントニオは
クリスマス・プレゼントでリクエスト済みで、
中止となったクリスマス会で受け取る予定だった。

それを楽しみに待っている姿がまた、
これはこれで幼児の姿でカワイイ、といったところである。

明日は学校の友だちの家に遊びに行くという。
明日、ぶり返さずに身体好調であると良いな、と願う。

そしてダモシも明日発症しなければ、
アントニオのノロはうつらずに済むという結果になるだろう。
それも同時に願いたいところである。

今年は二月にそれを一度発症しているから、
もう、いいでしょうよ、と。



posted by damoshi at 00:04| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

師走最後の特異日



師走のスポーツ特異日の昨日を受けて
今朝のスポーツ各紙はニュース満載。

何を一面に持ってくるかも、そのデザインと共にセンスが問われる。

米時代、ニューヨークの一般紙(スポーツ紙はない)は
いずれも常に一面見出しが秀逸で
アトモスフィアを察知したものが多かった。
今も大量に居住時のエポックのそれらは手元にコレクトしてある。

昨日のスポーツ特異日の中で、一面に相応しいエポックといえば何か。

・亀田興毅の飛び級での三階級制覇
・ヴィクトワールピサの有馬記念優勝
・安藤美姫の6年ぶりの全日本制覇

これがトップ-3であることは疑いの余地はない。

これに芸能での

・"山路氏"の不倫会見
・沢尻エリカと"ハイパー何とか"の復縁
・宮城野親方問題

が加わって、どう紙面構成するかといった案配だろう。

いっそのこと"山路氏"一面でも、ある意味でギャグで良いのだが、
最も多く一面に登場したのは亀田興毅。

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上からスポニチ、報知、デイリー、トーチュー四紙。
いずれも亀田興毅が一面だ。

当然といえよう。
有馬記念もフィギュア・スケートもドメスティックだ。
開催地はドメスティックだが、
亀田のボクシングは<世界>戦であり、

なによりも好き嫌いは別として
"飛び級での別階級制覇"と
"日本人史上初の三階級制覇"という偉業には違いない。

納得の一面といえよう。

その亀田興毅の試合。フルラウンド観たが、
やはり最終ラウンド含めて亀田がきちんと勝ちに行く
ボクシングをした点が大きい。

2.7kgの飛び級ウェイトの増加は、+2でパンチ衝撃度含めた
トータルでの差額が5.4kgになる。
5.4kg差は打撃系格闘技では致命的なのは言うまでもなく、
一発でもクリーンヒットをもらえばノックアウトは免れない。

秋の長谷川穂積もそうだったが、
このタフな飛び級での世界戦を、よくぞ"勝ち"に徹して闘った。

好き嫌いは別として素直に評価すべきだろう。

とかくこの偉業、一般的には理解されにくいかもしれぬが、
ダモシが日頃レベルが低いと揶揄している
ニッポンのスポーツ紙であってもそれを理解して一面に持ってきた。
これで良い。

サンスポのみ<ヴィクトワールピサ>を一面に。
有馬記念も内容のあるレースで
一年の締めくくりに相応しい王道レースだった。

何となくだが、ブエナビスタは案外、勝ち味に弱いのかもしれない。
ジャパンカップでも有馬記念でも
一番強い競馬をしながらも銀メダル。

決勝戦になると、いささか手を抜いて
銀メダルを獲得することが今年妙に多かったアントニオの姿がダブる。

そこがウオッカとの違いか。
むろんアントニオもブエナビスタも優勝はしているのだが、
ひるがえって<おや?>という銀メダルが多い。
どちらが強いのかは明らかなのに、なぜか銀という。

ウオッカの、ハナ毛の差でも勝ち切る、ある意味でのセルフィッシュ性。
これも善し悪しだが、
ウオッカとアントニオ/ブエナビスタの違いは、
一つにはこれかもしれない。


*****


さて、スポーツ紙の一面。

ダモシが買ってきた(最も多く手にとるスポーツ紙)日刊スポーツ。
これには納得がいかない。

ワイフの第一声が、
<どうしてマオーが一面なのか。勝ったのは安藤でしょ>である。

ダモシも同様。
見た瞬間、<?>と思ったが、あえてそれを買った。

1227nikkan.jpg

たしかにマオーはここ最近では
最も確実なパフォーマンスをした。
だが、それは、明らかに"まとめてきた"に過ぎず、
観る者の心を揺さぶるような<内容>ではなかった。

"まとめれば"普通に金か銀くらいはマオーの場合、届く。
そこが、昔から
そもそもマオーに食い足りなさを感じている点で、
マオーの場合、まとまりすぎている。

ぐわーっという爆発力や人を感動させるような
魅せる要素としてのパワーがない。
トリノの時の荒川静香のような予期せぬ感動を出せないタイプ。

だからあくまでも昨晩のパフォーマンスは
一般ゼネラル的にもファンからしても
<あぁ、ようやく甦って良かった良かった>レベルで済むことで
一面を飾るほどのものではない。

且つ、
昨日のスポーツ特異日の中で
好き嫌いは別として最もパフォーマンスの内容で
心にぐっと来たのは安藤美姫であり、
全日本で優勝したのはマオーではなく安藤であるということ。

一面にマオーが来る不思議はここにある。
なぜ安藤ではないのか、と。

基本、なぜ亀田ではないのかとなるのだが、
日刊スポーツが他紙と違う一面にしたいと作為するなら
フィギュアスケートはあり、だ。
だが、百歩譲ってフィギュアで一面ならば圧倒的に安藤が来るべきだ。

そこのところでマオーを持ってきているのは、
何か個人的な関係やスポンサー筋の打算などが介在いている
と言わざるを得なくなる。

どう考えても、あの安藤のガッツポーズに象徴されるように
昨日のスポーツ特異日のハイライトにしてフィニッシュは、
安藤美姫である。

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パフォーマンスとしてのガッツポーズは男子スポーツで多々ある。
どこか近年のそれは作為的ですらあり、
心に響くものがない。
石川遼のそれが最たる例だが、ガッツポーズ一つでさえ
スタイリストや電通がコーディネートしている風がプンプン漂って
好印象を受けない。

だが女子の場合、ガッツポーズ自体が稀であることもあり、
それはニュートラルに自然に涌き出た感がある。

99年の女子サッカーW杯での優勝PKを決めた際の
ブランディ・チャスティンの
ユニフォーム脱ぎ&スポーツ・ブラ丸出しガッツポーズ

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などを筆頭に、ぐっと来るものが多い。

安藤の昨晩のそれも同様だが、
完璧に己が想いをパフォーマンスとして披露できた/
やりたいことが/描いていたことが、できた
という納得での発露だ。

そして石川遼ら男子(野球やサッカー、格闘技含む)の最近の選手の
それとの違いは、そこに作為があるか否か。どれだけ自然発露か否か。

そういう意味では安藤はパフォーマンスの内容、ガッツポーズともに納得。
観る者も納得で、
ダモシとワイフも演技が終わった直後に

<これで点出さなきゃダメだぜ。マオーより全然良いもの。
 逆転で安藤の優勝でしょ、明らかに>

と語ったほど。

そして審判もフェアに点数を出して、
安藤にとっては6年ぶりの全日本制覇で
マオーの五連覇も阻止した。

マオーが昨晩の内容で、復活はともかく容認するとしても、
あれで優勝はちょっとあり得ないからして
安藤よ、よくやったという賞讃を贈ったわけである。


だから、なぜマオーが一面か、と。安藤でしょうよ、と。

日刊スポーツへの、そんな不納得が生まれたわけである。
しかも日刊。
さぞかし年末のスクープ合戦で頑張りたいのか、
裏一面に沢尻エリカと"ハイパー何とか"の復縁を持ってきた。
いやはや、である。

この二人。マオーの一面同様に不思議なのは、
あの"ハイパー何とか"というどう見ても不潔で
ポスチャーもよろしくない男に、
なぜああいう女がくっつくのか、ということだ。

まだ"山路氏"と大桃、麻木という構図は
三者とも似た者同士というか世代的にも
まあお盛んだねという納得も生まれるが、
年齢的にはその"ハイパー何とか"も本来、
この構図に入り得るわけで、

それが相手が沢尻エリカという、
これまた実在していないかのような人間。

もしかしたら"ハイパー何とか"も沢尻エリカも
実在しない人間なのではないか?
という気もしてくる。

海老蔵含めて、皆いずれも下世話な話題に過ぎないのだが、
完全なギャグとして捉えれば愉快か、と。

といったところか。

ダモシは明日でオフィシャル事案の2010年は終了。

アントニオも、ようやく今朝から快方に向かう中、
今宵は拙宅至近のスポーツセンター貸切で
今年の空手最後のダモシxアントニオの稽古納めだ。


*****


ダモシ主宰のケイバタイムスも昨日の有馬記念で
2010年シーズンが終了した。

ケイバタイムスには既報の通り、
ダモシは公約の<五位以内>を達成しての五位入線。

見事に公約達成で<民主党よ、見習えよ>と声高に言えよう。

各予想家には各賞の発表と表彰状の授与も行われた。

ダモシ軍の中でも
・正規軍 と ・NY派
は揃って不調に終わった今シーズンのケイバタイムス。

上位ベスト5には、
ダモシ旧知の同期(社会人ルーキー時代の同期同年齢)の
ビッグファイト安戸の後輩で組織される
<ビッグファイト派>が一位と四位、五位タイで三人が占めた。

一方、<ダモシ軍>でもリアル・ダモシ軍といえる
<ダモシ・ファミリー>の
ワイフ(マグネコ)が二位、アントニオ(シンザン)が三位、
そしてダモシが五位タイと三人を入れた。

予想家名シンザンのアントニオは、今年、賞状をわんさかもらったが、
ここでも二枚ゲットした。

他の表彰者と共に一覧で掲載したいところである。

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総合優勝とMVPのダブル受賞の大活躍は
青森県代表・北のパティシエール。
来季からは北のプロデューサーに名称変更。

勝利数ランク二位/的中ポイント二位で総合優勝。

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総合第二位で、敢闘賞及び最優秀牝馬賞の二冠は、
ダモシ・ワイフのマグネコ女史。
女史は旧ケイバタイムス(98年以前)も上位にいた常連。
さすがの本領発揮。

総合第三位に最年少/小学一年生のアントニオ
(予想家ネーム:シンザン)が入ったのは驚異だ。

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シンザンはまず三賞の中でも最も重い殊勲賞を受賞。

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そしてこれも文句なしの新人賞。シンザンも二冠。


総合第四位には、マグネコ女史同様に
98年以前の旧ケイタイで上位常連だった実力者であり
ダモシとの"専大師弟タッグ"を組み富士登拝に共に臨んだ
バッキンガム所。

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敢闘賞を受賞した。

そして総合第五位タイの明徳義塾。
こちらはその予想の技術に対して技能賞が贈られた。

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後半の失速がなければ、彼は優勝する可能性が高かった。
来季の奮起に期待だ。

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大穴を獲り、的中ポイントでは堂々の一位ながら
的中数が少なく総合ランクでは中位に甘んじたKEN。
しかしながらドデかい一発狙いということで
まさに打率低くて本塁打多いという楽天の山ア武司か、と。

KENには、技能賞と本塁打王の二冠を。


最後に、ダモシ。
ケイバタイムス実行委員会・主幹にして編集長。
そして1990年創設のケイバタイムスの創始者であり宗家。

98年以前の最終シーズンで二位。
自身、人生大不調でウルトラの父逝去の97年は、
野球もシーズン打率一割台、ケイバタイムスも惨敗となったが、
基本的には上位は当たり前、マストな存在。

今年<五位以内に入らなければ廃刊&競馬引退>
というタフなシチュエーションに追い込んでの
総合五位タイ。

見事である。ニュートラルに賞讃に値しよう。
終生ダモシのことは誰も褒めてくれないので、
常に自分で自分を褒める、というわけで、

ダモシへの賞状も自ら作成して自らに授与するというコメディ。

ダモシは
的中ポイント八位に関わらずも
勝利数ランクで堂々の単独最多勝第一位。
これが大きく奏功しての総合五位ランクイン。

途中から的中ポイントはあきらめて、
確実に勝利数を稼いで単独最多勝狙いに切り替えた戦略が
正しかったということだ。

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その戦略的所作に対して技能賞。
そして堂々たる最多勝に最優秀防御率の三冠。


空手の大会も終わり、道場での稽古も終わり、
イヤーエンド・ジャーニーも終わり、
クリスマスも終わり、有馬記念も終わり、
ケイバタイムスも終わり、

今宵、ダモシxアントニオの空手稽古納め。
クリスマス会は中止となったが
それは延期となり新年会へとシフトされた。

オフィシャル事案は明日で終わる。

まさに師走らしい、
これぞニッポンにいるからこその季節感といえよう。


あとは風邪とノロが終わって大団円で、年末の五日間を迎えたい。

競馬引退せずに済んだダモシは、
昨年同様に、ワイフ&アントニオ不在の三が日に
川崎競馬への一人旅で始動である。



posted by damoshi at 13:56| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月25日

ケイタイ最終戦



師走らしくエポックが続くこの頃。

今宵はハムスターのクリスマス逝去に、アントニオのノロ発症と
波乱のクリスマスだったが、どうか。
ダモシの風邪もぶり返し、大丈夫か? と。

そんな中、フィギュア・スケートの全日本選手権。
アントニオの全日本選手権も9月と、代々木の11.28で二度あったが、
このところレスリングや何やら年の瀬の全日本選手権が多く、
スポーツ好きとしては堪能させて頂いている。

あの吉田沙保里は見事に山下泰裕氏(柔道)の持つ
個人競技での個人戦連勝記録144連勝を破り、146連勝に到達した。

アレキサンダー・カレリンの持つ
<五輪三連覇&世界選手権九連覇>という破格の偉業に、
来年の世界選手権と2012年のロンドン五輪で並ぶ。
恐ろしいアスリートだ。

フィギュアの全日本では、男子は案の定、
<今年やることなすことうまくいく>星に最もいる小塚がトップ。
毎年必ずその
<今年やることなすことすべてうまくいく>星に行く人はいる。
どの競技でもそうだ。

今年は完全に男子フィギュアの小塚が、それに該当する。

女子は、かつてその<やることなすことすべてうまくいく>星の
永住権保持者かとさえ思われた浅田マオーが不調。
ようやく今宵の全日本で復活の兆しを見せた。

明日のフリーで、フリー得意の安藤ミキティの追い上げを交わすか。
さすがに浅田マオーの全体演技のポスチャーは、
若い村上の一歩も二歩も先を進んでいる。
それはベテランの村主も同様で、貫禄といえよう。

とかくジュニア選手が勢いだけでのし上がる昨今だが、
村主はじめベテラン勢の女性らしい
しっとりとした華やかなパフォーマンスも注目だ。


*****


明日はそのフィギュア・スケート全日本の女子フリーに、
亀田祭りでの亀田興毅が挑む飛び級での二階級制覇という偉業、
さらには競馬の有馬記念と、
スポーツの特異日である。

特に夜のゴールデン・タイムは、
フィギュアの全日本と亀田祭りが被るので悩ましい。

デイタイムはもう、有馬記念一本かぶりである。

近年でもリアルに好メンバーが揃ったといえる今年の有馬記念。

ここではダモシ主宰のケイバタイムスの
予想家レースの最終戦も絡んでいる。

同時に、既報の通り、
ダモシの<五位以内>が決着する重要な一番である。

五位以内に踏みとどまるか,否か。
<ケイバタイムス永遠の廃刊とダモシ競馬引退>になってしまうのか。

すべては明日の有馬記念の結果で決まる。

にも関わらず、ダモシはオフェンシブな予想をした。
当てて単独最多勝をキープすることを狙う方が
五位以内は確実になるのだが、

当てるだけではなく、冒険をしたわけだ。
大逆転での優勝をも狙ってのオフェンス。

その、最後になるかもしれない競馬予想のコラムの、
終盤のみを当欄に転載して締めたい。


*****


(以下、ケイバタイムス寄稿の有馬記念予想より一部抜粋)

まずは大本命ブエナビスタ。
まともに普通に走ればまず勝つだろうと言われている。

強いのも認めるし、嫌いではない。
だが、そろそろもう<クローンのように複数いるあの勝負服>は
ご遠慮頂く頃合いではないか?

且つブエナビスタが中山で勝つイメージがあまり沸かないのだ。

三着以内率100%という実績と王者へのリスペクトから
ブエナビスタは注でイキとする。

今年の有馬記念の考え方のすべての軸はブエナビスタ中心だ。

そのブエナビスタに気後れすることなく
互角の勝負を展開してきた馬で、且つ勝っていて、
さらには先代女傑ウオッカともJCで勝ち負けした馬。

それを筆頭に推すべきだろう。

レッドディザイアだ。

UAE、米国。
それら世界でのタフな闘いを経てきたという
異種路線のポスチャーも良し。

ここはブエナビスタに唯一、怖れずに真っ向勝負を挑めることと
ブエナがやっていないこと(=海外でモマれてきた)をやってきた強みで
レッドディザイアを◎に推す。

騎手も日本人。有馬でバブル時代復活、お立ち台復活的に
中森明菜のあの歌を、レッドディザイアで絶唱しよう。

〇はルーラーシップ。
レッドディザイア同様に、
ブエナビスタに勝てる可能性のイメージが沸くのがこの馬。

<ブエナビスタに勝てる可能性のイメージが沸く馬>の二頭で
◎x〇で勝負したいのだ。

◎レッドディザイア
〇ルーラーシップ

残る▲と△x二つを
エイシンフラッシュ
ペルーサ
トーセンジョーダン
ヴィクトワールピサ
ダノンシャンティで争う。

いくら上がり馬といっても相手関係から見て
トーセンジョーダンを選ぶまで印の数は間に合わない。
皐月賞馬やダービー馬を差し置いて印をつけるほどの馬でもない。
且つペルーサのこれまでの努力も上位に評価したい。
トーセンジョーダン、残念ながらカットアウト。

問題はエイシンフラッシュとヴィクトワールピサ、ペルーサの間に
ダノンシャンティが割って入るか否か。

本来はエイシンとヴィクトワールで決まりだ。

だが、どうか。

ここで先ほど書いた<ブエナビスタに勝てる馬はどれか?>に戻りたい。

今年の有馬記念の最大主題は
<ブエナビスタに勝てる可能性のイメージが沸く馬はどれか>になる気がする。

その意味ではヴィクトワールピサやエイシンフラッシュは弱い。

前述の通り、
ブエナに勝つイメージが沸くのはルーラーシップとレッドディザイア。
そしてもう一頭。

条件的にもローテーション的にも適性的にも厳しいのは百も承知で、
ダノンシャンティをチョイスする。

仮に展開がスローになって、
最後の直線でよーいどんになった場合、ダノンシャンティが
余力たっぷりのこの一年のすべての力をここで発揮して
あのNHK杯マイルカップで見せた鬼脚を出せば
一気に突き抜けるだろうイメージが出来るのだ。

ダノンシャンティを▲。

残りは△二つ。
ヴィクトワール、エイシン、ペルーサという難しい選択だ。

才能と可能性では間違いなくペルーサだろう。
だが、申し訳ないが、
ここは皐月賞馬とダービー馬がいる手前、この両者に敬意を表したい。
出遅れて一生懸命走って既に秋三戦。
JCのムダがペルーサにものしかかる気がする。


◎レッドディザイア
〇ルーラーシップ
▲ダノンシャンティ
△ヴィクトワールピサ
△エイシンフラッシュ
注ブエナビスタ


*****


ということである。

つまり一本かぶりのブエナビスタがいて、
そのブエナビスタの連対ではなく
ブエナビスタを負かす馬を探すことをフォーカスして選択したわけだ。

そしてダモシが本命の◎としたのはレッドディザイア。
幸い、ダモシ以外では二名が▲をつけているだけで
まったく人気がない。

ダモシのみが、◎だ。

〇も印が集まっていない馬。
▲も同様でダノンシャンティに▲以上の重い印を投じたのはダモシだけ。

これでこそオフェンシブな大逆転を狙うに相応しい構図である,と。

巷で人気の、見るからに誰でも分かる穴馬トーセンジョーダンや、
人気上位のペルーサは、外した。大本命ブエナビスタも注までに落とした。

それらよりも△二頭には
ダービー馬(エイシンフラッシュ)と皐月賞馬(ヴィクトワールピサ)を採った。
特にエイシンフラッシュは◎でも良いくらい、
なにかやらかす気配はプンプンである。

己がオフェンスをして、それで負けて、
ケイタイ廃刊&競馬引退になっても、
それはそれでしょうがないだろう。

なにごとも死と再生である。翻ってそれは、破壊と創造。
スクラップ&ビルド。

明日の有馬記念はテレビで観られそうだ。
アントニオのノロのおかげで
明日予定していた仮面ライダーの映画鑑賞お出かけも中止。

じっくりと、テレビの前で有馬記念を観たい。



posted by damoshi at 22:09| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日々是死と再生


今朝、ワイフの声で起こされた。

<ハムちゃんが死んじゃったよ>という第一声である。

アントニオが今年の三月の空手の大会で
素晴しいパフォーマンスをしたことから
館長にプレゼントしてもらって飼いはじめたハムスターだ。

とはいっても一年生。
未だ全面的にアントニオが面倒を見ることは事実上、不可能。
ダモシは一線を引いていた。
ワイフが基本的に面倒を見ていた。

それでもハムスターの特性から、
不必要に構わないことが求められてもいたから
過不足なく接していたわけだが、

やはりダモシも含めて生き物を飼うということにおける
種類別の勉強不足は否めない。

猫はいずれも十六歳と超高齢の部類になる現在まで
異国暮らしも含めて生きているが、
ハムスターはわずか一年弱の生命だった。

ハムスターが常時いた部屋はアントニオの部屋で、
ふだん活動しない部屋であり、
冬になって最も寒い場所だった。
夏ももとよりだが、常温キープで20度以上がマストであることは
死去した後、調べて分かったことで、
そういった基本的な所作を我々は施していなかった。

その点は大いに反省すべきだ。

当初、どこか土に埋めようと話していたが、
さすがにダモシはそれはマズいと思いペット葬儀屋を探して
そこに依頼した。

先ほど火葬も済んで遺骨が戻ってきたため、
リビングルームにある死者の殿堂に仲間入りさせたところである。

忌憚なく、<寒かったろう。ごめんな>という謝罪の念である。
ケアが不足していた。猛省である。

ダモシの場合、アントニオの空手でもそうだが、
手を抜くと如実に悪い結果が出る。
一生懸命やれば、きちんとした結果も出る。
分かりやすいのだ。

対ハムスターに関しては一線を引いていたものの、
同じ屋根の下で飼うならば
もう少しダモシも本気になっていれば…
という自省の感がある。

そもそも長生きはしないハムスターという生き物だが、
大小や寿命に関わらず生き物は生き物であり
同じ屋根の下で暮らした家族には違いない。

せめてこうして火葬にして、殿堂入りしたことで
今後もずっと一緒にいられることが救いとなるか。

ちょっとハムスターはもうしばらくはダメだな、と思う。
アントニオがすぐにまた飼いたいと申し出たが
それは却下した。

きちんと己が面倒を見られなければ基本的にはダメだ。

且つ寿命が短いことと繊細ゆえに
死の可能性が高いこともあり、
頻繁に〜一年に一回等の頻度で〜悲しい想いをするのも
葬儀代に大金をスペンドするのも、いずれも憚れるからでもある。

ほとほと共に暮らす生き物が亡くなるのはイヤだ。
ニューヨークでの猫ローク、そして今回のハムスター。

四匹の猫たちもいずれも超老猫で、時間の問題ともいえるだろうからして、
その時が来る覚悟は常に必要だ,と。


ただ、今宵はクリスマス。

死と再生を祝う日が、本来のクリスマス(キリスト誕生を祝う日)。
生命は常に死と再生を繰り返して生きている。

その意味では、ハムスターのクリスマスの死は、何かを語ろう。


*****


その間、アントニオも朝から異変。

遂に、ノロ系を発症。
病院へ行くと、やはりそうだ、と。

嘔吐に始まり、今もずっと延々と下痢だ。

登校グループの仲間やクラスメイトらの間でも頻発していたノロ。
大会や何やらがあるシーズン中は
アントニオも頑張っていたのだろう。

シーズン・オフ初日となった今日、いきなりノロ発症というタイミング。

逆に褒めたい。
よくぞ大会や何やらがあった間は、発症しなかったな,と。
喘息だなんだありながらも奮闘してきた中で、
シーズン・オフに入ったことでホッとしたのかもしれない。

今日で、逆に良かった,と。

それにより、クリスマス会は中止。

ところが、ダモシの後輩陣も体調不良。
一人が二週間前から延々と風邪と熱発で、昨晩も38度超え。
もう一人も昨晩から風邪を発症した,と。

そういう意味では、今宵のクリスマスは休め、という示唆か。

葬儀屋は言った。

<クリスマスですね。きっとハムちゃんは、
 悪い何かがあったものを持ち去ってくれましたよ>と。

さよう。

アントニオの、クリスマス・ノロも、
この死と再生の日に発症することで
一年間の中での悪いモノや部分をすべて体内から出してしまう
という意味になるのだろう。

その点では、不幸中にあって、なお、<最悪の中での最善を>ではないが、
良く解釈することで救われよう。

後輩たちの体調不良も今宵無理するよりも
きちんと休養することで復活するやもしれぬ。

ある意味で、細胞的にも<日々是死と再生>といえようが、

その中でダモシだけが、風邪が治りかけたところにまた
今朝からハナがおかしくクシャミ連発と相成り
<またかよ。しかもノロうつるだろうしな>と
日々是死と再生どころか、日々是這々の体といった有様か。




posted by damoshi at 15:41| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010-EVE



ふぅ… である。

セッティングが終わった。

もう焦りまくりである。
あろうことか、運搬中やセッティング中に
アントニオが起きてきたら…。
それを案じながら、後ろを振り返りながら作業。

そんなだからモノを落としたり、ガサガサしてしまったり。
都度、ビクッとして振り返り、
ワケもなく頭に手をやったり、ごまかしの所作。

それこそ"バレたら"一巻の終わりである。

一刻も早く滞りなくセッティングし、姿を消す。
ダモシの姿さえ、そこになければ、良いわけである。

まるで浮気現場を押さえられるか否かの世界か。

要するに、現場を押さえられなければ、
何とでもエクスキューズは成り立つ,と。

本妻の至近距離で不倫しているような焦り。

浮気は、だから、エルミタージュな地へ二人、出かけるのだろう。
だが、実はそれは逆で、
エルミタージュではスリリングさは味わえないのだ。

誰かに見られる可能性があるエリア。
そこでこそ、スリリングさが生じ、スリリングさが不倫の、
むりやり設定する"美徳"のエクスキューズとなる。

"後ろめたさ"は、実は感じている本人たちが、
罪としてそう感じているのではなく、
エクスキューズだったり、隠れ蓑として用いている
あらかじめ設定される安易な感情である。

本来の、予測不能のトキメキとは、それは異なる。

クリスマス・イヴの話題が、不倫に転嫁するのも
いかがなものか、と思うのだが、
<バレたらマズい>シチュエーションと
それにビクビクしながらも、一方でスリリングさを楽しんでいる点では、
似たもの同士やもしれぬ、と。

仮にアントニオが、セッティング中に起きてきたら
ダモシは即座に口を開くだろう。

<どうした!? いいから寝ろ!>と。

後ろめたさがあるからだ。

ふだん、ダモシがリビングにいて深夜、座っている際に
アントニオが起きてきても
ダモシは何も言わない。ただ見て、微笑むだけだ。

要するに、この違いである。

<気づかれていないだろう>。

不倫も同様。

アントニオは寝ていたはずだ。

だが、ダモシがせっせと運搬している最中の

その、GAPのパーカーの帽子まで被って
いかにも変装的所作を施しながらもバレバレの
<あ、ダディだ>姿を、

寝たふりして薄目を開けながら見ていたとしたら…。

だとしても、未だアントニオは、否、今のアントニオは、
<騙されたフリ>も出来るだろう。

言ってしまえば、男と女も、親と子のクリスマス・イヴも、

騙し合い、か。


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まったくもってバッチリの写真を撮る余裕がなかったダモシ。

アントニオへのプレゼントもまともに映っていない。
ツリーの奥、手前、中とちりばめた。

そして秘匿のクリスマス・プレゼントは、ワイフへ。
見えるだろうか? CHANELの袋が。

ワイフは想定外だろう。
明朝、まず先に起きるワイフは
アントニオへのセッティングが済んでいることを確認するだろう。

真っ先にツリーを見るだろう。

その時、真っ先にこの袋に目が止まるだろう。
瞬間、どう感じるのか。

楽しみである。


明朝、ワイフ、アントニオ、ダモシの順で起床だろう。

目覚めに
機嫌の良いワイフとアントニオを見るのが楽しみだ。

それを描きつつ、己は己自身のプレゼントをゲットすべく
これから有馬記念の予想を
己が部屋のまるで一人暮らし的就寝世界の"布団"の中で
するとしやふ。

こちらをいつもご覧頂いている皆様も、
素敵なクリスマスを過ごしていることでしょう。

Happy Merry Christmas!

Good Night, and Good Luck.



posted by damoshi at 01:16| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あれやこれや



あれやこれやと、せわしい時節だ。

クリスマスといえばそもそも、
ダモシ世代(アラフォー&バブル)が若き頃は全盛期。

若者らしく男女関係の色恋を主眼として、日々必死に生きていた。
今は、異性にエネルギーを注ぐ若者は減っている気がする。

"山路氏"ではないが、<女>にモテることは良いことで、
それこそ平易にいえば、
カッコいい煙草の吸い方だの
"IWハーパー"を筆頭としたバーボンをバーカウンターで飲む際の
ポスチャーなども鋭意、研究したものである。

熱意があった、と。対異性というジャンルにおいて。
今の"若者"は、草食系という言葉がある自体、もう既にお粗末。
肉食的な、狩猟的な、それは"食い物"や"食い扶持"という意味のみならず、
"オンナ"という意味においても、そんな逞しさは時代の差異なく、
男には必要な要素であると、ダモシは常に思う。

刈ってみいよ、と。刈らんかい! と。
肉にがぶりつく。そんなくらいでないと、あかん。男は。

そして、本質的なソレを、ふだんのポスチャーの都会的なアレをもってして、
うまくバランスを計る。それもまた、作法であり、手法。
そんなこと、"昔は"普通に努力して学んだ。

言ってしまえば、"オレたちの時代"は
クリスマス・イヴといえばホテルなんぞ予約とれんぜ、と。
一年前のイヴにはもう翌年のそれは満杯よ,と。

広告代理店&新宿歌舞伎町時代のダモシは、
それこそクライアントのホテルに頼み込んで
イヴの部屋をとった。

それくらい、男ならせえよ、と。しかも独身で、且つ若いならば。

さふ忌憚なく、私は言いたい。

まあ、いい。
草だけ食して細っこい身体で理屈ばかりこねて、
頭でっかちで生きてゆくが良い。

少なくとも、己が直系遺伝子はそうはさせぬぞ、と。
対<オンナ>。この部分で話が出来る日が、伝授出来る日が
来ることがまた、楽しみである。

<"山路氏"がなぜモテるのか>という議題が
ブラウン管を通してファミリーの食卓上にのぼった際、
ワイフの手前、<オレはもう引退したが>という前置きをあえて入れつつも、
ダモシが凄んだ。

<悪いが、オレは山路氏や海老蔵なんぞより、モテるぞ?>と。

さふ言いたくもなるわな、と。

まあ、いい。

いずれにせよ、"オレたちの時代"のイヴの夜のホテル。

例の「赤プリ」(現・グランドプリンス赤坂)は揺れていた。
その赤プリも、来春には終焉を迎える。
時代の要請か。残念だ。

あのロケーション、他の建物との位置関係、ポスチャー。
どれをとってもバブル時代のイヴの夜の男女が
そのホテル全体を揺らすに値する存在であった。

キリン男ばかりの世では、赤プリも役目を終えたか。


*****


年賀状。

そもそもこれに関するマメさがなかったことや、
異国生活が長きに渡ったことで、
マトモにこれを行う習慣がなかったダモシ&ワイフ。

ニッポン復帰後、09年と昨年。二度、きちんと年賀状を手書きで作った。
それでも、元日に相手先に到着するように
"ちゃんと"出すという作業を怠っていた。
その意識が高くなかったわけだ。

だが今年の元日、オフィシャル事案で絡むクライアントの企業の人たちから
思いもよらぬ多くのそれが届いたことに驚いた。

<あぁ、とてもきちんとしているなぁ…>と率直に思ったのだ。

と同時に、手書きできちんと書いたは良いものの、
元日すぎに届くように発送している自分に、情けなさを覚えた。
だらしないな、と。

2011年の年賀状は既に昨日書き、発送も終えた。
元日に、これで届くだろう。

と同時に、自慢は、やはり手書きであるということだ。
しかも筆書き。宛名もすべて筆書き。

現代では、PCを用いて写真やら、ありもののフォントを用いた
オリジナル印刷での年賀状が主流だが、
あえて、どうせきちんとするならば<手書き>だろう、と。
それはこだわり、だ。

ニッポン復帰以降、ずっと手書きにしている。
そして当欄にも掲載している。

2011年のダモシ手書きオリジナル年賀状はこれだ。

122410c.jpg

今回も手書きの筆書きでの富士、登場。
そして今回も主題となる言葉を。

賀正も元旦も年賀も
Happy New Yearも
明けましておめでとうございますも一切,入れていない。
"めでたい"ばかりではないからだ。

年賀状といって、そういう言葉が必須とは思えない。
それよりも大切なのは、志であり意思である。
その言葉で表そうぜ,と。

2009年が、
<月日は百代の過客にして 行かふ年も又 旅人也>

2010年が、
<棒 振らなば 本塁打 出ず>

そして2011年は<不易流行>である。


*****


ダイヤリーも2011年ヴァージョンをカスタマイズ終了した。

まずは2010年の今年使用しているもの。

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122410F.JPG

アントニオが表紙だ。これもカスタマイズ。

そして2011年版。

122410h.jpg

こちらは表1。表のカバーだ。ダモシ復活。
キャラクターとしてのダモシが復活である。
いわば、これは<ダモシ手帖>。

そして表4。裏のカバー。

122410G.JPG

アントニオの2010年名場面集をオリジナル・デザインで。

オリジナルの<ダモシ&アントニオ手帖>が完成した。
これを見せたところ、ワイフが喜び、自分も同じものが欲しい,と。
自分の手帖にも<ダモシ仕様にしたい>と。
だからワイフの分も今宵、制作して渡したところである。

なにごとも、DIY。DO IT YOURSELF!であり、根源的な思考はすべて、
カスタマイズ&ヴァリアブルである。


*****


今宵、アントニオ七回目のクリスマス・イヴ。

今年か、あるいは来年が最後か。例のデコ・ケーキの仮面ライダー・ヴァージョン。

122410i.jpg

今宵はロースト・チキンに、イタリアンがメインで、
ダモシは好物のチリ・ワインを。

そして、間もなく、ダモシ・サンタが真夜中に動き出す。
リビングに設置した毎年恒例のNY時代からの米で買ったツリーたちの元へ
アントニオへのクリスマス・プレゼントが間もなく設置される。

これが例年、勝負なのである。

要するに、夜中に起きてレストルームへ行くアントニオの、
今なら起きないだろうというスキをついて
一気に設置して写真撮影してdone。

このタイミングを誤ると、
今もなお<サンタクロースがウチに来てプレゼントを置いていく>神話が
100%生きていて、信じているアントニオの
すべてのファンタジーと夢をブチ壊すことになる。

要注意の、ヒヤヒヤの時間が、今年も間もなくやってくる。

成功後、また後ほど掲載するが、もうそろそろだな、と思案しているところである。

今宵は学校も終業式。冬休みに入ったことと、
マイケル・ジャクソンのTHIS IS ITが放送されていたことで
アントニオは23時前まで起きていた。

眠りがもう少し深くなってからでなければ、危険だろう。

今年も難儀したプレゼントだが、
彼がサンタさんにお願いした品はすべて入手することができた。
その背景には、ダモシ後輩のスペシャルなアクションがあったことが
最大の貢献だが、

その後輩を筆頭に、明日は友人や後輩ら<ダモシ正規軍>が来訪しての
クリスマス会。

主役はアントニオということで、また彼は明晩もプレゼントの嵐だが、
まずは明日の朝、目覚めた時に真っ先にツリーのところへ行って
彼はダモシ&ワイフからの(サンタさんからの)プレゼントに大興奮する手はずだ。

図らずも、ニューヨークの聖母が言った。

<(己が子も)サンタさんがプレゼントを持ってきてくれると
 信じていた頃が、カワイかったなぁ>と。

さよう。

それは必ずやがて、失われる。
未だアントニオがサンタさんを信じている今、この時を。
我々、親も最大限楽しみ、カワイイを享受し、
そして彼に最大限の喜びを味合わせてあげたい、と。

特に今年は彼には
<本当に一年間、よく頑張った!>という純度100%の賞讃も込めて、だ。

LIVEを我らに。そういう世界である。

もう来年は、サンタ・ファンタジーは終わっているかもしれないのだから。


*****


明日のクリスマス会酒席が終われば、明後日はアントニオと
朝から仮面ライダーの映画鑑賞に出かけるわけだ。

となると、明後日の競馬、今年最後の有馬記念の馬券を
買いに行くことはできない。

ということで、明日の朝、有馬記念の馬券は買いに行く。
ダモシ・サンタの作業が終わり、そのレポートを掲載した後、
"布団"に入ってじっくり予想だ。

なにせ、ケイバタイムスで明後日ダモシが破れれば
五位以下に転落し、ケイバタイムス廃刊と共に競馬引退という
公約の遂行に向かわなければならず、

今回の有馬記念が、ダモシにとって最後の競馬かもしれないからだ。

ならば、とにかくその馬券は買わなければ、ということである。

122410j.jpg

巷では、各紙・各コメンテーター揃いも揃って
トーセンジョーダンを穴に挙げているのが気に食わない。

まさに、ティピカルに、最大の上がり馬として
<穴>として目をつけやすい馬がこのトーセンジョーダンだからで、
ゆえに妙に人気になるのも目に見えている。
これがまたダモシの横並びを嫌う性格に火をつけそうだ。

ならば、オレは無視するよ、と。

だって、誰だって、この馬を穴馬として目をつけるでしょうよ。
そんなもの穴馬でも何でもないのだよ、結局、

と。

大本命はブエナビスタ。
おこぼれでジャパンカップを勝ってしまった
ローズキングダムは<ほれ、見ろ>的な出走取消。

だからJCは余計なのだよ,と。

ダモシが狙うなら、誰もが目をつける穴馬ではない、真の穴馬だ。

おっと、そろそろ地下駐車場のダモフィーロへ行かねば。
トランクからサンタさんが運んできたプレゼントを
ピックアップしに行かねばならぬ。


あれやこれや、と、せわしい時節である。





posted by damoshi at 00:06| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月23日

2010-YIR(4)



2010年、Year In Reviewは、主に空手を軸とするアントニオ。

六歳から七歳イヤーの今年、
彼は幼稚園から小学校へとフェーズを進化した。

ダモシ・イズムの継承。それはベイビー期のニューヨーク時代からだが、
今年は一層、理解力が深まり、
ダモシの言うことが浸透してきた。

小学一年生から六年生。
この期間もまた、三つ子の魂百までの三歳までのベイビー期や、
四歳〜六歳の幼稚園時代と共に重要な頃合いである。

彼にとって、己がつなぐ父親の手が明確であり、目に見えるものでなければならない。
そして、こちらもまた、より明確にして的確にその手を引っ張らなければならない。
要するに、きちんとした共通ゴール(目標)の設定と、
そこへ向かって進むことのあらゆるディレクション
〜戦略・戦術・技術・精神〜である。

小学生になり、アントニオの理解力もさらに増えたこともあり、
今年はこれまでで最も多くの言葉と感性とイズム伝承を図った。
リアルに真摯に一生懸命に接した。努力した。

アントニオの件は、アントニオを中心として、
ワイフもダモシも、親ならいずこも当然だが、懸命に努力した。

やるだけやった。そう自信を持って言えるわけであるし、
結果としてもまた100%はあり得ないという前提ながらも、
満足のいくものとなった。

<間違いではなかった>という自負をこの年末に振り返って得られるのは、
ファミリーにとって、より強固な関係性構築という面でも大きなプラスだろう。


*****


空手に関しては、幼児期の<健闘>時代を超えたところでのフェーズで、
ある意味で目標以上ともいえる総合的なパフォーマンスを今年は成し遂げた。

<真摯に、必死に、オレも関わるぞ>と。
そう決めたときから、手取り足取り技術的な部分と精神的なそれ双方で、
厳しく取り組んだわけだ。

◆クローズ大会ではなくオープンの大会で優勝を果たした
◆同じく、オープン(全日本含む)で準優勝を複数回果たした
◆明らかに昨年より結果として上回った

という部分のみならず、

◆単騎でのアウェイ遠征も複数回挙行した
◆自身初のKO負けを経験した

という、より精神的なプラスになることも含めて、

昨年は<花丸>だったが、今年はそれどころではないレベルで賞讃できる
年間パフォーマンスだったと認められる。

そして、例の"ニッポン代表"。

ある意味で、小学一年生に、これ以上何を求めるのかと言っても良いほどの
成果を、アントニオは己が<アントニオな世界>で提示した。

ほとほと、<よく頑張った!>の一言である。

小学校。終業式は明後日だ。
その前に、今週、今学期を最後に転校する子供のお別れ会を
学校で開催されるにあたり、これもまた担任の先生のセンスの良さだが、
皆の前でその転校していく子の壮行のために
アントニオに空手の型(演武)を披露して欲しいというリクエストが出たという。

これを知ったダモシもワイフはもとより、
空手道場の館長も大喜び。

ニッポン代表の11.28の際も<小学校名>で参戦する形となったわけだが、
学校にとってもそれは大きなプラスであり誇るべきことである。
先生側も正しく格闘技/武道というものを理解し、
それを学校でやれ、というそのセンスにもまた、ダモシは敬意を表すが、

アントニオにとって幸福なことは、
己が一生懸命努力して頑張っていることを
ダモシ&ワイフはもとより、道場の仲間や、小学校の先生、友だちまでもが
認めてくれているということである。

なかなか、こういうケースは現実には少ない。

例の、<ダモシPTAに推薦される>の際もそうだが、
面談の際に委員会側が述べた
<一年生の親御さんが推薦されることはまずあり得ないのですが、
 一人だけではなく複数から"アントニオ君のお父さん"
 ということで推薦があるのですよ>と言われた。

それだけ彼が一年生に関わらず、既に学校で、
明確に<良い意味で>目立っているということであろう。

そしてまた、それを正しく評価し認める環境がある、と。

これはアントニオにとって幸福なことである。
人は、認められないことほど不幸なことはない。

アントニオは今年ようやく、
<負けたから怒られる、のではない>ということも実感として得ただろう。

たとえ負けても、褒められることもある、と。
仮に勝っても、なにをしとんじゃ!と叱られることもある、と。

<結果がすべてではない>と
<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>
<どうせやるなら目指すのは一つ>

は、実はすべて同じ意味であるということも理解した。

今年、確実は彼はある一線を越えた。昨年も昨年レベルの中では最後に越えた。
こうして着実に一年単位で良いから、
壁やその他、目に見えない何かを越えていく。
そのためには努力は絶対に欠かすことはできないということであり、
努力してその成果を試す機会があることと
その舞台を楽しむということもまた、彼はだいぶ今年分かってきた。


*****


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こういった、出来なくて,怖くて、負けて悔しくて悲しくて、
流した涙は絶対にウソはつかない。

平べったくてベタだが、対富士で露呈する<根性>と同じ。

年間通してみれば、誰もが、ハッピーハッピーなんぞあり得ない。
コドモでも同様。涙の方が多いのだ。
勝ちたいのは皆、同じだからで、勝つのは一人だけだからだ。

負けを乗り越えて、努力していくこと、そして努力の単なる所作だけではなく、
そこはコドモであるからして、
親であるダモシが技術的・精神的部分のみならず
分析や戦略戦術を練って、一つ一つつぶしていくことが不可欠になる。


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こういうケガもし、こちらも精神的にも参るときもあるわけだが、
それでも、

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共に手を携えて、リベンジを期して頑張って、

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ダモシ自身も、くそったれリベンジしたるぜ!とまたやって、

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コドモにはタフな山寺修行などもし、

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<出来ないなら、俺が絶対に出来るようにしてやる!>と
共に汗を流し、

そして、10あるアンハッピーの後、たった1つのハッピーがやってくる、と。

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悔しさの後の、うれし涙を堪えるのは、かくもきついのか、と。
さふ感じたわけである。

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これはまた、男同士という部分での特化もあろう。
コドモが女のコであれば、また異なるそれがあろう。

男同士の親子だけが持ち得る特権=唯一の直系遺伝子。

これは、ダモシには向いている。
空手に限らず、すべてのアクティヴな様態に関わってくるからで、
自ら直接指導したり、そのイズムを伝承できるからだ。

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その日が来るかは本人次第で分からぬが、
野球は野球で適宜準備している。
そして野球もまたダモシは指導に自信がある。
ましてやニッポンのみならずメジャーのエキスを吸っているから、
仮にダモシが指導したら、普通に少年野球とはまず異なる手法になる。

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こういう所作が成立するのもまた、男同士の世界であり、

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競馬ね。これもまた男同士だからこそ、でもあり、
こういうことが共に出来ることは至福である。

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<当てさせてやるから。このレースは堅いぞ。
 これとこれを買っとけ>と男の指導で買ったアントニオ。

自身初の現場での馬券的中〜換金も、今年体験した。
これもまたダモシご満悦。

しかもこの競馬。

いよいよ今週の有馬記念で、ダモシ主宰のケイバタイムスも最終戦だが、
<五位以内に入らなければ廃刊&ダモシ競馬引退>
が懸かっている例のケイタイであるが、

アントニオは年間通して好調で、何と現在第四位に位置している。
そして前記の条件がマストイシューのダモシは何と
そのアントニオと同じ四位タイに位置している。

これがまた、実に愉快なのである。

五位以内という条件があるダモシにとって、
己が直系遺伝子が目の上のタンコブになっている、という皮肉。

的中勝利数で最多勝を走るダモシに、一勝差でついているアントニオ。
いやはや、である。


*****


アントニオの空手に懸命になる理由が他にも、ある。

アントニオの空手が、ダモシは好きなのだ。
様式美ともいえる彼の美しい道着姿とポスチャー。
その型の流麗さ。単に元気と気合が強い選手が多い中で品重視。
そこが美しくてたまらないのである。

判定では気合を重視する傾向がいささか不満で、
それゆえ決勝で<?>的な敗北が多く
型では未だ準優勝が最高で優勝経験がない。

ダモシ&ワイフの願いは、型でも優勝させてあげたいということが、一つある。

来年一月下旬の大会では、久しぶりに型にも参戦する。

そして彼の闘い方、そのスタイル。
これがまた好きなのだ。
小さいのに、本当によく奮闘している。

気の強さ。負けん気の強さが、試合から顕著に見て取れる点と、
圧勝しないスタイル。逆転も多く、スリリングな試合が多い点。
彼本来の(ダモシ・イズムの根幹である)"魅せる要素"が
必然的に根づいている証拠である。


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当時も掲載したが、この写真が顕著だ。
小さいアントニオ(左)が、試合が進むにつれて小さく見えなくなってくる。
ヘビー級相手にもまったく臆せずオフェンシブに闘う姿勢。

これがまさに<オフェンシブな>思考のダモシ・イズムの
確実なる伝承ともいえ、またまたご満悦に至るわけである。


端的に、もはやダモシは、アントニオのファンなのである。

己がコドモがカワイイだの、そういうレベルを超えていて、
もうファンなのである。

男同士で、且つ己がコドモなのに、
<カッコイイ!>と度々感じてしまうのだから困ったものである。

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*****


今年の闘いも終わり、道場での稽古も今宵で終わった。

学校も明後日で終わり。

もはや心はクリスマスだ。

彼は先週から、顔が幼児に完全に戻った。
未だ小学一年生で驚くことなのだが、
闘いを通した一年、やはり顔が緊張感が漲っていた。
闘いモードの顔になっていたのだ。

それが終わりオフに入った今、完全に、分かりやすいほど、
幼児の顔に戻った。

普通に、<あぁ、カワイイ>と感じる顔100%になっていて、
本人も完全に甘えモードに入っているのだ。

昨晩、ダモシが帰宅する数分前に
いつもダモシが帰宅した際にするルーティンで
鍵が閉まっている玄関のドアを開ける音がしたという。

アントニオが駆けてきて<ダディ?>と声をかけ、
ダモシが<おうっ!>と応答してから
アントニオが鍵を開けることになっているのだが、

その際アントニオは<ダディ?>と声がけしても
応答がないため鍵を開けなかったというのだ。

そしてワイフを呼び、二人で怖がっていた,と。

その直後にダモシが帰宅して、
今度はワイフが<ダディ?>と声がけして
ダモシが<おうっ!>とやったからドアは開けられたのだが、

顛末を語るアントニオは、ダモシの姿を見たら
安心したのか、泣き出した。

<何だ。怖かったのか?>とダモシが聞けば、
幼児に戻ったアントニオは頷く。

ふだん悪態ついたり、空手の部分含めて
強がっているアントニオも実は未だ幼児の一年生である。

そういうことがあると、ワイフももとより、
やはりダモシ絶対的な一本かぶりになる。
ふだんは厳しくて怖かったりするが、
有事があれば、逆にこれだけ頼もしいのだな、と感じるだろう。

それもまた、威厳という意味でも大事なことではないか。

手を携え、技や戦略・戦術を伝授するということは
day by day、ある意味でビンラディンを育てた米の世界でもある。

己が格闘技に関わらずそれ以外も含めたところで
<闘い>という世界における手法やイデオロギーを
余すところなく伝えるのは、アントニオのみだ。

仮にそれが正しく伝わり正しく理解されたとしたら、
やがてダモシ以上になるのは当然だ。

どこまで威厳を持ち得るか。

その部分では、ダモシもダモシで変わらずに、常に、
己も己の世界でチャレンジングと闘いを続けることが重要になる、と。


*****


来年も再来年も、まだまだ伝承は、続く。

空手も毎度記載しているようにフェーズも変わる。
他の格闘技へのチャレンジングの準備も進んでいる。

今年と変わらず手を携えて、というところだろう。

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来年は共にこれを見るか,否か。


己が直系遺伝子に、今年は100点満点を差し上げ、
そしてクリスマス、大晦日〜お正月と思う存分甘えさせ、楽しませてやろう。

年があけて数日経てば、来年の戦い初めへ向けてまた戦闘開始だ。


その前に、今年最後のダモシxアントニオの稽古が来週、
拙宅至近のスポーツセンター貸切で行われる。



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2010年12月22日

2010-YIR(3)



今年も写真を多く撮った。
それこそ一泊程度の旅では平均で600-700枚撮るから
旅だけでも1万枚は優に越える。

写真を撮るのは旅だけではなく、オトナの遠足&お散歩その他もあるわけだから
トータルの撮影枚数はとんでもないことになるわけだ。

だが、数多く撮っても
<来たな>と思える納得の写真は数少ない。

極論すれば100枚に2-3枚あれば良い方である。
めったやたらと撮っているわけではなくとも、そうなる。
腕の問題もあるのだろうが、
オール・マニュアルで撮っていると都度調整して撮ることになり、
失敗も必然的に増える一方で、

構図と光、色、ヒトの表情やポスチャーなどもトータル加味してのことだから、
納得のいく写真というものは、当然数少なくなる。

来春までに発表になる、一つの写真大賞に応募した写真がある。
そういうアワードに応募する際に己が選ぶのは
必然的に、テーマに見合っているものであると共に、
その写真に明確な差異と何かが表現されているもの、となる。

数年前にニューヨークで撮った一枚で、
当時雑誌にも使用して掲載されている絵があるが、
それは現在の住まいにも壁にかけてある。

かれこれ5-6年前の写真だが、未だに納得の一枚としてお気に入りで、
己がMacintoshのノートブックのデスクトップ画像にもしている。


2010bestphoto5.jpg

未だ"普通のデジカメ"時代のものだが、
構図、登場人物の構成とそれぞれのポスチャーが
己の納得感の中で<来た>感じである。

夕陽の具合は、一眼レフでマニュアル撮影する現在であれば
もうすこし異なる色になるだろうが、
それを差し引いても、切り口として大満足の一枚で、
今も尚、お気に入りである。

ニッポンの場合、外国に比べれば当然ながら
そこに在る景自体が乏しく、ダイナミズムもない。
普通に<絵になる>外国と
工夫しなければならないニッポンで比べた場合、
ニッポンで撮る方が"努力"と"工夫"が必要になる。

あるいは、外国(世界)に御す存在のダイナミズムがあるか否か。

さふ。
世界に御すダイナミズム。富士である。

今年の己が撮った写真のベスト1は、富士でのもの。

それもただ単に"富士山"の写真であれば誰でも撮ることはできる。
ご来光なんぞ、それこそ携帯カメラで撮ることができる。

要するに、切り口をどうするか、である。

ベスト1ではないが、上位に来る写真はいずれも富士。
他ではあまりこのフォーカスは選ばないであろう構図。

2010photobest3.jpg

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2010photobest2.jpg

実際に、頂上でご来光を見る場合、
多くの人はこの写真に写っている場所にいる。

これを撮っている場所は案外、盲点で、
しかしこの場所からでこそ、ご来光本体ではなく、
ご来光というテーマを削除したところで
<ヒト>のポスチャーを描き出すことができるわけである。

たまたまこの場所に陣取ったわけだが、<来たな>という感じがしたものだ。

そして自選のベスト1。


2010photobest.jpg

タイトルは、<夜と朝の分水嶺>。

これの拡大は以下クリック。

http://www.246material.me/yorutoasanobunsuirei.html

<あぁ、来たな>と、この構図を肉眼で目にした瞬間、感じた。

この暗さ(明るさ)になると、本来は三脚なしではブレる。
しかし富士登拝に際して三脚をかついでまで登る余裕はない。
しかもこの時点で真冬の寒さで
身体はガタガタ震えている。

それでも二度と目にすることはできない可能性の高いこの構図と光景を
収めようと、気合を振り絞ってカメラを抱えてファインダーを覗いた。
そして震える手を抑えながら、シャッターを押した。

大きいサイズの四つ切にプリントして、アワードに応募した。
大きくプリントしても
まったくブレもなく、出来としては満足のいくものだった。

結果は別として、今年最も気に入った写真。自選ベスト1である。



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2010-YIR(2)



夏絶好調男の本領発揮。
それが、二年続けて七月中旬に臨んだ対富士。富士登拝。

月初め、己が企画開発した商品が全国で発売開始。

アントニオの空手も六月から
<全盛期のオグリキャップ並みのローテーション>で
怒濤の大会ラッシュ。

そしてダモシの対富士。

まさに代ゼミの"日々是決戦"、ダモシの(冬を除く)"常在戦場"。

金〜土で対富士、帰還後にすぐ空手練習、翌日に大会、
さらにその翌日はビーチで遊んで真っ黒焦げと
まさにタフガイそのものの夏男ぶり。

しかしこの時期の奮闘が、
アントニオのオール・ジャパン獲得に結実し、
ダモシもかけがえのない今年の富士登拝という財産を生んだ。

2010年のYear In Review第二弾は、富士登拝。


*****


数値的結果としては、昨年を大きく上回る合計二時間四十分の短縮。
そしてご来光との邂逅。
山小屋での食事も摂ることが出来た等々、確実に進化・上昇が見られた。

だが、今年の富士登拝が昨年と異なっていたのは、
オフィシャル事案でのメンバー構成のみならず
富士登拝ダモシ軍として<ダモシ軍>からの参戦もあったことだ。

これがまた前回と異なる想い出を残すことになったわけだ。

ニューヨーク時代の同志である大阪ネイティヴ。
そして長州&馳が如き"専大タッグ"ともいえる旧知の後輩。
二人との雪解け的再会の場が富士という強者の舞台。

前年でも記載したように、
ここに共に登った者同士の間では言い知れぬ信頼関係、許容関係が
生まれるというか、互いにベタベタした関係とならずとも
黙っていても認め合える部分が生まれるものである、と。

それは、
ニューヨークを舞台に闘った同じ日本人同士にもいえるのだが、
仲が良いだの友だちだのというレベルを超越した
互いに認め合う関係性。

これが、ベタベタしない所作も相まって、実に心地よく豊かなのである。
好きだの嫌いだの関係ない世界。

それは富士登拝を通しても確認し合うことができるわけだ。

<登りよったな?>と。
<最後までやりやがったな?>と。
<たいしたもんだ、この野郎>と。

平たくいえば、こういう世界だ。

ニューヨークという戦場における同胞(日本人)に抱く感覚に近い。

<あぁ彼もこのタフな中で生きているんだな>
<あの人もあのタフな場で闘って生き延びて今があるのだな>

と。

語らずも分かる部分。

これは実は、現代にあって、たいへん貴重で重要である。
喩えは異なるが、
ニューヨーク(や異国)という世界では
後にニッポンで再会した場合に、

<戦場でよくぞ生き延びたな…>という互いに対する無言の敬意がある。

それに近いわけだ。対富士も。

そして何度も断りを入れているように、
我々の対富士は皆々様が用いる山梨側ではないという点を
十二分に理解すべきだ。

要するに流行の"山ガール"やヤワラあたり、
あるいは恐怖の増殖を続けているチャイニーズ軍団らのような
ちょろっと"散歩して歩く"山梨側ではないということだ。

<何だか大変そうだけど、他の人はもっと楽に登っているようだけど…>
という疑問が仮にあったならば、
それは登山口を間違えて解釈している。

くれぐれも、その誤解を持たないよう留意頂きたいのである。
圧倒的多数にして一般ゼネラルが、
「登る」ではなく「散歩で歩く」山梨側と
我々のそれはまったく違うということである。

それが大前提である。一緒にして欲しくないのは、強烈なる想いである。

山梨側の絵は、ダモシたちのような絵(写真)には、まずならない。
手すりや整備された散歩道がずっと延々とあるからで、
ごつごつした岩場や絶壁箇所が点在するところを登る
我々側とはまるっきり種類が別で、それは異種格闘技の世界になる。

仮に我々が"そちらを散歩"するとなれば、
フルコンタクトの空手でバチバチやっている者が
寸止めの空手の試合に出るようなものである。

それだけ違いがあることを大前提で認識をして頂きたいのである。

寸止めできずに
<あ、当てちゃった…KOしちゃった…>という世界になる、と。
仮に山梨側を散歩した場合。

実は昨年の一回目の対富士の際、
オフィシャル事案での"敵"に該当するグループも
ダモシ・オフィシャル軍の数日後に対富士にトライした。

その際、ダモシも誘われたのだが断った。
断ったがしかし、敵に塩を送る形でアドヴァイスをした。
アドヴァイスというか、罠をかけた。

彼らは当初、山梨側からのそれを計画していたのだが、
論法を駆使して
何としても苦悶を味合わせたくて
<静岡側>からの登山に変更させるように懇々と説いた。

とどのつまり<静岡側の方が楽でっせ>とウソをついてワナをかけたのだ。

敵は素直にそれを聞き入れて土壇場でルート変更。
ダモシ軍は大喜びした。<うっしっし>と。

が、彼らは数人の脱落者は出たものの主要人物は踏破した。
敵にありながらも、よくやった、とダモシは認めた。
<よし>と。

単に悪意あるだけのワナは仕掛けない。
さて、出来ますかな?という試し割り的ワナなわけだ。
それに対して、やり切る強さを持っているかな?と。
仮にそれで持っていたならば、素直に敬意を表する。

それがフェアな所作である,と。


*****


今年の、ある意味でオフィシャル関係での参加者は昨年と同様。
だから既に知っている。
彼らは問題なく、ダモシなんぞ比較にならぬくらい有能で、
登り切ることができることを知っている。

問題はダモシ正規軍。

いずれもアラフォー。
ましてや我々正規軍のメンバーは一人、昨年急死している。
誰がそうなっても、もはやおかしくはない年齢だ。

ましてや運動不足は当然だ。

専大タッグの後輩はふだんから運動し、野球も現役だが、
ニューヨークの同志や、田園都市仲間は
運動らしい運動は定期的にしていない。

<大丈夫か…>という、懸念は当然あった。

それでも全員、見事なパフォーマンスで踏破した。

登りながら、這々の体になりながらもダモシは
彼らの姿を見て逞しさを覚えたと同時に
<あぁ、凄いな>と感心した。

そして昨年同様、<実はオレが一番ダメでは?>とも感じる始末。


*****


二年連続の踏破。

これでまずは一区切りだ。
来年も続行するか、未定である。

ただ、今年も感じた<二度とやるか!>は、
昨年同様、下りた直後に消え去っている。

それがまた富士の凄さである。

二年続けて、ある意味で、その夏の登山シーズン全体を通しても
<最高の気象条件の日>にブチ当たったのは、
土壇場での運の良さという点で、やはり自画自賛の想いはある。

よりによって、よくぞこんなに最高の条件になるわな…
という不思議。

その、来年もやるかどうかという面では、
共に往く仲間としてまだ残っている者がいる。

特に、また別の後輩の一人で
今年結婚して子供も授かった者は共に往きたかったのだが、
正直<今は冒険できない>という
らしからぬ理由で参戦キャンセルになった点が残念だったのだ。

ダモシ軍のイデオロギーに、
子供やファミリーをエクスキューズにすることは介在し得ない。
昔からダモシが嫌うのが、
<コドモがいるから〇〇できない>というエクスキューズである。

子供がいたって異国でさえ暮らせるわけだし、
その異国で好き勝手やっていたわけであるし、
ゼロ歳からだって外国旅行で飛行機バンバン乗っていたわけであるし、
子供がいるからといって己がやりたいことを我慢する
ということも可能な限りしないでいる。

そういう意味では本来、
子供やファミリーをもったからこそ<冒険>しなければならないのだ。
よりオフェンスしなければならないのである。

子供が喜ぶことをする、ということと
でも己がやりたいこともするよ、というのは
常に表裏一体で、子供のために我慢するようになってしまうと
それこそ本末転倒になってくる。

対富士という視点にも今、ダモシの場合はアントニオが含まれてきた。
昨年と今年は未だ彼には早いと判断したが、
仮に来年も富士登拝を行うとすれば、
アントニオとワイフも同伴になろう。

そしてその場合でこそ、山梨側という視野が生まれてくるわけだ。

ダモシ正規軍も含め、ファミリーも含め、
山梨側という視界の中で対富士があるとすれば
それはそれでまた異なる対富士として
フェーズが新たになるわけで、

そこで見出すことや得ることもまた異なる種類になってくる。
それもそれで愉快で楽しみなことである、と。

三たび、静岡側からの可能性もある。
そして、むろん今年は行かない可能性もある。

現状での可能性はすべて、フィフティ・フィフティ。
その可能性の軸をGO!に100%振るのもまた己自身。
ダモシが心で<行く!>と決めれば、
今年同様に、何が何でも行く。
<行かない>と決めれば何があっても行かない。

それでこそ、心純度100%である。
心にしたがうのが、最も健康的なのである。


*****


いずれにせよ富士は、<常在富士>。

芭蕉の<おくのほそ道>行と共に、
ニッポン復帰以降の命題になっているのは確かなのである。

それはまた対異国への己が心の宝刀の一つ一つでもある,と。

今年の写真の中から、ダモシ苦悶の図で、
例の<金剛杖支え>とその他を数枚再掲載してFin.


10yirfuji1.jpg

<そろそろ(行こう)かな?>と指差すダモシ。
ニューヨーク同志(右)、田園都市仲間(左)の風情もまた良し。
男の世界観が表れていて、好きな絵だ。

10yirfuji5.jpg

"専大タッグ"がニューヨークでの再会以来で復活。
その舞台が富士というのもまたメモリーズとなった。
これも撮った人のセンスを感じさせる良い一枚だ。

10yirfuji2.jpg

静岡側らしい絵の一つ。
何度見上げたことか。<まだか?>と。<次のゴールまであとどれくらい?>と。

以下、ダモシ苦悶図。

10yirfuji7.jpg

10yirfuji6.jpg

10yirfuji4.jpg

こういう背景も静岡側ならでは。

10yirfuji3.jpg

リアルに金剛杖の存在意義を感じるのもまた、富士。
家宝として常に自室に展示してある金剛杖。
これがなければダモシは踏破できないかもしれない。





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2010年12月20日

2010-YIR(1)


2010年もあと残り二週間。Year In Reviewの季節になった。

米国時代、毎年末に書店やニューススタンドに並ぶ
<Year In Review>号の雑誌を手に、その年を振り返るのが
楽しみの一つでもあった。

ニッポンの場合、己と、己を取り巻く者以外には
基本的に興味がないので、
振り返るとしても<自分>中心という分かりやすさが一番だ。

己を己自身でReviewし、Previewする。
これはしかし、どこにいても昔から変わらぬダモシ・イズムである。

Year In Reviewの(1)は、やはり根源的なテーマである<旅>。

まずはテキストでハイライトで今年の旅先をまとめてみたい。
首都圏(東京と、神奈川県でも鎌倉・江の島は含めず)。

〇一月
諏訪(長野県)

〇三月
北杜(山梨県)
松本(長野県):逗留
甲府(山梨県)

〇四月
奈良(奈良県)
大阪(大阪府):逗留
京都(京都府)

〇七月
甲府ほか(山梨県)
富士山(静岡県):逗留
那須(栃木県):逗留

〇八月
那須(栃木県):逗留
郡山(福島県)
山寺(山形県)
厳美渓・猊鼻渓・中尊寺・毛越寺ほか(岩手県):逗留
那須(栃木県):逗留
金谷(静岡県)

〇九月
銚子(千葉県)
伊香保温泉(群馬県)
前橋・高崎ほか(群馬県)

〇十月
河津・浄蓮の滝ほか(静岡県)
修善寺温泉ほか(静岡県)
長瀞渓谷(埼玉県)
秩父(埼玉県)
尼崎(兵庫県)
大阪(大阪府):逗留
枚方(大阪府)
京都(京都府)
吹割の滝(群馬県)
伊香保温泉(群馬県):逗留

〇十一月
榛名神社(群馬県)
箱根(神奈川県)
松島(宮城県)
利府(宮城県)
仙台(宮城県):逗留

〇十二月
大阪(大阪府):逗留
彦根城・琵琶湖(滋賀県)
箱根(神奈川県):逗留


逗留は12ヶ所。最も多い逗留先は大阪で三回。

現在の物事のフェーズはすべて
08年夏のニッポン本妻復帰以降がベースになっているが、
その三年の中で<大阪>は毎年行っていて、毎年逗留していることになる。

幼少期の居住時代を終えてから、98年にニッポンを発つまで
一度も縁がなかった大阪。むろんNY時代は縁がない。
むしろNY時代に逆輸入出張で広島に初上陸したことが希有な例だが、
大阪はそれこそあの頃以降は無縁だった。

それが、どうだ。
08年夏の本妻復帰後すぐに行き、昨年も行った。
いずれも逗留した。
そして今年は、アントニオの空手の大会も含めて三度も。

大阪が絡めば必然的に奈良・京都という世界観,及び、
先般の滋賀県のようなエクスカージョンも登場。
広がりが生まれるわけだ。

ましてや今年は、兵庫・武庫之荘居住時代(入学した小学校)への
その当時以来となる再訪を企てたものの、
罠か、勘違い<違う学校に行っていた>事件も起こる始末。

アントニオのキャリア初となるKO負けという
<ナイトメア・イン大阪>も発生。

<太陽の塔>の興奮や、奈良・京都の"修学旅行ネタ"、
はたまたエクスカージョンとしての滋賀県の
例の<もう分かったから琵琶湖>などなど

とにもかくにも大阪絡みは、愉快で面白く、
この現代にあってもなお生き残る昭和的射幸心煽る
エポック・メイキングの土壌ともいえるわけである。

"東京なんか"、もはや、否、もともと、
何かが起こるというトキメキは皆無な都市だが、
大阪は、ニューヨーク同様に
<何かが起こる>に値する都市である,と。

正直、全然面白くない街・東京へのアンチテーゼとして、
まったくもって愉快な街・大阪という世界である。

今年もまた<大阪>は、
旅において欠かすことの出来ないエリアと相成った。


*****


テキストだけでは読みづらいだろう。
ブレイクも兼ねてヴィジュアルを。

http://www.246material.me/discoverj.html

08年夏のニッポン本妻復帰以降制定の
ダモシ認定<ディスカバー・ジャパン>と、

今年掲載した、
阿刀田高著作「ぬり絵の旅」をモチーフとした
<カラーリング・ジャパン>である。

まず上。カラーリング・ジャパン。

今年、前述した通り<滋賀県>が塗られた。
ここで行くしか、行く時はないのでは?と想える
絶好のタイミングで大阪からの復路で立ち寄ったのだが、
琵琶湖の大きさのせいで疲弊。

この旅が終わると、風邪をうつされて、体調最悪という世界。
それだけ琵琶湖に辟易とする大きさを覚えたわけだ。
この滋賀県立寄りをしていなければ、体調を壊すこともなかったか。

だが、それもそれで致し方ない。
行って良かったのは言うまでもない。

難関の<滋賀県>を塗ったわけだが、
その滋賀県を塗る行為をした際に、逆に、より強くその可能性の低さを
体感したのが、未踏の<三重県>&<和歌山県>である。

原本ともいえる阿刀田高氏の著作でも、
最後の最後まで残るのが和歌山県で、
それに関する登場人物同士の会話もあるのだが、
大いに頷くことができる内容になっていた。

<イグザクトリー!>と膝を打つ。
それだけ和歌山県には"デスティネーション"としての
説得力が乏しいのだ。それは三重県も同様。

ただ、三重県はまだ可能性は高い。伊勢神宮という絶対横綱がいることと、
立地の問題である。

立地的に見れば、三重県もあくまでもエクスカージョンの一つに過ぎないが、
三重県の場合は、滋賀県同様に、東京〜大阪間の復路で立ち寄るに
値し得るロケーションにある。

伊勢湾道がある。それこそ愛知県に深く切り込まずに
往路でも復路でも三重県側へ行くことができる
いわゆるショートカットである。

この伊勢湾道の存在が、ぎりぎり三重県には行く可能性がある
という感覚を享受させるわけだ。

むろん和歌山県も熊野や南紀白浜などアイコンはあるが、
どうしても<わざわざ行かないわなぁ>となってしまうのだ。

それは、常にカップリングして語られる
<鳥取&島根>にも言えることだ。

この両者はさらにロケーションが悪い。

島根県はさらに、
しかも一般ゼネラル的にアンケートをとったら、
もしかしたら<津和野は山口県でしょ?>という回答の方が多いだろう
とも思われるほど、存在の希薄さがある。

<萩・津和野>と括られて、いずれも山口県
という認識の方が一般的には多いとも言えなくもない。
それほど島根県のエクスポージャーが弱いわけだ。

このカラーリング・ジャパンを見ていると、
今年の旅の流れが分かってくる。

昨年は、四国と九州が多かったのだ。
今年は、東北が多くなっている。
その中心として昨年も今年も居続けているのが、
一つには<大阪を主軸とする関西>と<富士山>(絡み:山梨&静岡)である。


*****


そして<ディスカバー・ジャパン>。

今年新たに認定されたのが、
榛名神社を除いてすべて<寺>。

これもまた趨勢といえようか。

修学旅行以来の邂逅という<改めてのショッキング>奈良・京都からは
東大寺に清水寺。

dj2010b.jpg

(東大寺)

dj2010a.jpg

(清水寺)


そして京都からは秋に邂逅した<東寺>も認定された。

dj2010c.jpg

東北勢はこれまで宮城県の<松島>一本かぶりだったが、
この夏の旅で、<素晴しき岩手・山形>を実感すると同時に、
アントニオ絡みもあっての見事にパワースポットとしてハマった
山寺(山形県)、平泉中尊寺(岩手県)が認定された。

永遠に、この夏の岩手・山形の<おくのほそ道行>は記憶に残ろう。

dj2010d.jpg

(山寺)

dj2010e.jpg

(平泉中尊寺)

来年、世界遺産になるとすれば、及び、次にニッポンのどこかが
世界遺産になるとすれば、
富岡製糸場でも鎌倉でもなく、圧倒的に平泉をダモシは推す。
というよりも、既に世界遺産級の凄みを持っている。

むろん山寺も、飛び抜けた存在。

東北は、実は凄い。

それを感じるには、まずは<みちのく四寺廻廊>を詣でるべし。
いわくそれは、

松島・瑞巌寺
山寺・立石寺
平泉・中尊寺
平泉・毛越寺

である。

11月。ダモシは宮城県へ旅をした。
そして三たび、松島・瑞巌寺へ馳せ参じた。

同一年の間に、四寺廻廊すべてを踏破したことになる。


*****


最新のディスカバー・ジャパン認定は<榛名神社>。

これもまた、忌憚なく"たまげた"。すごい、と。

dj2010f.jpg

大人気の榛名神社だが、
当然ダモシ軍はしっかりとスイスイ行くことができる日に詣でた。
だから車もノン渋滞、駐車場も通常の無料Pに停めることができた。

最近あまりの人の多さと渋滞、違法駐車が問題になっているという
榛名神社だが、まさにこれはニッポン人の、
<国内の旅でさえ、恥のかきすて>文化の顕著な例といえよう。

流行だからと行くのがパワースポットではない。
神社仏閣本来の存在意義を理解した上で、
切実な何かを秘めて参じ、真摯に詣でる。
これが基本である。

切実な想いがないくせに、流行だから訪れるのは、
まさに本末転倒であり、冒涜である。


*****


想えば旅に限らず、
今年は多くの切実な願いと祈りを持って神社仏閣と接した。

猫二号の病気治癒から、アントニオの闘いでの勝利と安全。
主にこれで、ダモシ自身で何かを祈ることはなかったのではないか?

<己が努力したことや、やったことの、正しい結果>。

これだけは、自身について願うとすれば、常に願うことだ。
不愉快につながるような、不当な結果や評価は得たくないからだ。
勝ちたいだの、成功したいだのではなく、
己自身に関しては、努力していないことに関しては絶対に願わない。
努力してトライして、己がやることを愛する中で、
その結果が、勝ち負けではなく、正当なものでありますように
ということである。

しかし、よくよく考えれば、祈りとは誰かのためにするものではないか、と。

例えば、受験。
本人よりもむしろ、母親の方が受験の神様へ詣でるのではないか。
スポーツその他、コドモが取り組んでいることでの好結果や安全を祈る。

必ずしも、それが叶うわけではないが、
己の納得と敬意として、それをせざるを得ない。

今年のダモシは特にアントニオに対するその想いが強く、
多くの神社仏閣で切実なる願いを込めた。
それは神社仏閣のみならず、ゴッドハンドの墓参にまで至った。

時に、声を出してまで。


*****


それらをも包含して、

<ディスカバー・ジャパン>の中でも、<旅>という括りの中でも、
2010年のベストは、

真夏のみちのく/おくのほそ道行。岩手県と山形県。
山寺、達谷窟、厳美渓、猊鼻渓、
平泉中尊寺、平泉毛越寺、高舘義経堂。

これが、MVPである。

2010yira.jpg

山寺にて。

2010yirb.jpg

猊鼻渓での舟下りにて。

ワイフ撮影の、未掲載画像だが、
いくらなんでももう少しベターな撮り方はないのか?と。
いずれにせよこの猊鼻渓。大きな分水嶺だったことは間違いない。
あの<玉投げ>で、まさにドンピシャで吸い込まれるように入っていった。
その後、平泉中尊寺で、今年最も良い出来事の一つが起こったわけだ。



そして、<エリア>としてインパクトとエポック、
実にシンパシィと好感高いMVPは、大阪。
メイク・ドラマな街ともいえよう。

アントニオの衝撃のKO負けのオマケも付いたから、なおさらだ。
特にディテールでのエリアは<新世界>と<通天閣>。

いずれもプライベートはもとより、オフィシャル事案でも絡んだ。
悪いイメージが両者とも、一つもない。

岩手、山形、大阪は
とにかく気分の悪い想いを一つもしなかった。
これは実に珍しいことである。

さらには、
<オトナになってからの修学旅行>ともいえる再考察において
改めて<あぁ、凄いのだな(凄かったのだな)>と感じたMVPは<東大寺>。

そして別格としての常在富士たる<富士山>。

次回のYear In Reviewでは、今年の対富士山を振り返る。


*****


最後に、カラーリング・ジャパンだが、
来年は新たに塗られる地は出てくるだろうか?

信越・北陸=新潟/富山/福井
近畿=三重/和歌山
山陰=鳥取/島根
四国=香川/徳島/高知
九州=大分/宮崎

イメージするところでは、四国と九州は可能性が薄い。
九州へ行く機会があったとしても
おそらく福岡だろう。

新潟はともかく、その他の信越・北陸と山陰はまず、ない。

こうなるとあり得るのが、
大阪絡みで、大阪へ行く機会はないとしても、
今年のKO負けのリベンジで来年も同じ大阪冬の陣に参戦する場合、
またエクスカージョンとして三重県は筆頭に出てくる。

トータル的に鑑みれば、現状で未踏の中では<三重県>が
最も可能性が高いとも考えることができようか。

ただ、いずれにせよ、未踏の地は、
そこをデスティネーションとして、自ら進んでそこだけを目指す
ということは、ないだろう。

そして<ディスカバー・ジャパン>への期待値が高い存在で、
未踏の地として挙げられるのは、
今年の夏の旅で候補に挙がっていた山形の<出羽三山>が筆頭か。




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2010年12月18日

冬眠ダモシ



<この寒い季節では、わたくしの体が持ちませぬ>

と、ゲンゴロウ獣人が如く、述べたくなる。

それほどダモシは、陰鬱なダークスカイな天気や寒さが苦手である。
本来的には熊のように冬眠を必要とする生命体であるといっても
過言ではないのだ。

人には向き不向きがある。

冬は、からっきしダメ。もう、どうにもならないのである。
案の定、予定通り、注文通り、
大阪遠征での長時間ドライヴィングの余波は体調不良となって襲いかかり、
とりわけ先週末からティピカルな風邪。

ハナに咳。身体もだるく、頭痛もいつにも増して襲いかかり、
いずれの晩も0時前には横になる始末。

アントニオにうつしてはいけないことと、
いびきがうるさいから一緒に寝ないでくれリクエストが出たことから、
先週末からダモシは己が仕事部屋で布団を敷いて寝ている。

熱は普通にあっただろうが、いちいち計らない。
だるいのと布団をかぶれば汗をかくことで
熱があることはすぐに分かるわけだ。

ハナにノドの痛みに咳。頭痛。最悪の日々である。
そんな中、一昨日はオフィシャル事案の忘年会。
翌朝(金曜)から箱根行があったため一次会でシメ。

そもそもトークも冴えないわけだ。
ハナは出て詰まっているし、ノドも痛いわ咳も出るわで
まともに喋ることは出来ない。

それでも食欲は衰えないため、コスト分はテイクするよ、とばかり
酒と食は嗜んで、さっと帰ってきたわけだ。

そして昨日朝から箱根への一泊の旅。

これはもう完全にイヤーエンドの保養の旅。
己が保養ならば延々と温泉に浸かりたいが、
コドモを持っている家庭なら分かるだろうが、
そう易々と計画通りには事は運べない。

というか、不可能だ。

ある意味でコドモが主役。
一年間、アントニオは本当によく頑張った。
その慰労も兼ねての旅であるから、コドモが喜ぶ二大アイテムである

・温泉プールのテーマパーク

・バイキング

を選択したから、さあ大変。

ダモシは保養どころか、過酷なトレーニングと相成り、
戻ってきた今宵もさらに風邪が悪化しているのでは?
と思える状態に陥った次第である。

さふ。

箱根で、ファミリーが喜ぶ世界観で、
その二大アイテムを擁しているといえば小涌園しかない。
ユネッサンである。


*****


121810a.jpg

箱根はダモシ軍の冬の定番の保養地だが、
これまで箱根神社へは一度も詣でたことがなかった。

ここには結構、風情豊かな武道場がある。
一度、大会前にここの武道場を借りて個別合宿しようかと思案した。

121810b.jpg

まずは定番・芦ノ湖へ。コドモが喜ぶ海賊船。

121810c.jpg

今年の<芦ノ湖と富士>の見納め。冬が絶景である。

芦ノ湖から国道一号線を富士屋ホテル方面へ戻る。
小涌谷につけば、そこは小涌園王国。

2PMにチェックインしたらもう即座にプールだ。
プールに各種温泉が屋内外、広大な敷地にある。

口車に乗せて各種露天温泉へと誘うのだが、
いずれのファミリーのコドモも、
一ヶ所のメインのテーマ・プールに大喜びしていて動かない。

どの親も、疲労困憊。

2:30PM前から延々と6PMまで。三時間半も、温水プールで遊ぶハメに。

まあ、それでも大会や練習などでは見ることがない
〜近年、そうそう見られなくなってきた〜無邪気に遊び喜ぶ
アントニオの顔を見て、さらに彼が「ダディ!ダディ!」と懐いてくるだけ、
それはそれで至福なわけであり、

ダモシも不惑の老体に鞭打って、"頑張った"。

最近のダモシは(特に今年は)、アントニオにとっては"怖い父親"として
最も根づいた年になったはずで、厳しく接していることの方が大半だったこともあり、
いささか"マミー、マミー!"寄りに特化してきていたのだが、
こうして遊ぶ際は、"ダディじゃなきゃダメだ"となるから、救いだ。

まだまだ神話性は生きている。

今宵も先ほど、頭が痛いと、いつもの頭痛を発症させたアントニオに、
痛み止めを飲ませた後、タイミングを見計らってダモシが
アントニオの頭に手をかけて
<誰にも言うなよ。俺には魔術があるんだよ。アントニオだけに見せるからな。
 頭が痛いのが、治る〜〜>とやった後、

<あと25分後までには治るだろう>と言うと、

24分後に治ったのだが、

そういう一つ一つの神話性が未だぎりぎり生きている年齢でもある。

同時に、一つ一つ、
ダディ幻想というものは当然崩れていくもので、
崩れている途中であるのは当たり前なのだが、
ポイントポイントで、選択自体を間違えずにいければ良い、と。

未だ、彼はサンタクロースを信じてやまない。
その点も、25日にダモシ宅を訪れる後輩たちも当然、理解して、
接しなければならないわけだ。

今年の闘いは終わった。
そんなリラックスした中で、無邪気なアントニオが久しぶりに出て、
今朝もチェックアウト後からさらに二時間、プールで遊ぶ。

ダモシはもう這々の体である。

121810e.jpg

プールでの遊びや合間合間抜け出しての各種温泉。
それらの中で、
今年一年間の、主に空手練習で受けたダメージの箇所や
GW頃のあの負傷(腓腹筋断裂)箇所が
思い切り疼き出したのである。

何だ、これは、と。

プールでも普通にオトナ立ちして、ただ付き添っているのではなく、
コドモと同じ立ち位置(高さ)に下がった状態を
プール内でずっとキープしているわけで、
その態勢で闘いごっこや遊びをしていると、
まったくふだんしないアクションをすることになる。

その上、プールといえども温水(温泉)である。
泡風呂的パートもある。

そういう中で身体の隠れたダメージ部分が疼き出すのは、
また当然ともいえよう。

ワイン風呂や酒風呂その他、各種温泉も同様。
短時間ながら<せっかく来たのだから>と全種類入るわけだが、
その中で、保養と共に一方で表裏一体にある
<マッサージを受けたら、身体の悪い部分が動き出す>に等しく、
これまで一年間で負ったダメージ箇所が端的に痛み出したのである。

いやはや、と。


これには、背景に、季節の問題と共に気持ちの問題もある。

とにかく冬はダメで身体が動かない。痛む。
その上、気持ちがもう乗らないのである。
夏男で夏こそ絶好調なのだが、
その落差はある意味で悲劇的でさえ、ある。

特に、マインドの部分だ。

師走もこの時期になるともう、今年は終わり、という部分で、
やる気がまったくないのである。

もう精一杯今年もやったよ、と。
もう、私は疲れてしまいましたから、と。
あとの年末はもういいでしょ? と。

そんな気持ちになるのである。

しかも外へ出れば菌だらけ。
オフィシャル事案で絡む近い人々も
先月くらいからずっと風邪をひいていたりする。
そりゃあ移されますよ、と。

イヤなのである。この時期に満員電車に乗るのも
人が多い場所に出かけるのも。
バリバリやるのも、もうイヤなのである、この時期は。

完全に、動物的に見れば、要冬眠型といえるわけである。

空手の道場でもこの年末に大会に出る人もいるが、
まあ、ほとほとよく頑張るなぁ、と感心する。
ダモシ軍は、まず無理だ。

年末年始は、非稼働。大会なんぞ、まず出られるマインドではない。

たいてい年間を通してみれば、
春(三月頃)から次第にペースを上げて、夏にピークが来て、
その余力でぎりぎり秋を凌ぐ、という感じである。

空手の大会にしても年末や年始にもあるし、
他のコドモたちは出るようだが、ダモシ軍は出ない。
始動は1.23からだ。逆算して、1.23くらいでなければ、無理だという判断だ。

だから大晦日の格闘技イベントDynamite!に出る選手や、
12.26の亀田祭の亀田三兄弟、1.4東京ドームを控える新日本プロレス等は
本当に頭が下がる。競馬の有馬記念に臨む陣営も同様。

ダモシ軍は、到底もたない。無理だ。
風邪がヒドくならないよう凌ぐので精一杯。


*****


プールは、その世界で、とにかく疲れたが、
アントニオは大喜び。

そりゃあ、山寺や猊鼻渓、中尊寺だ、榛名神社だというより
嬉しく、楽しいだろうよ、コドモには。

しかし旅も教示がなければならない。
ブログについても同様で、
そこに何かしら教示がなければ意味をなさない。

だからコドモを連れても旅も、この慰労の箱根だけは特別で、
そういった"プール&バイキング"
ということになる。

で、そういう"プール&バイキング"だから、
そのバイキングという、これまたダモシが常にシニカルに
斜めから見つめる存在と対峙することになるわけで、
そこにまた少なからず失笑や苛々も生まれる,と。

なぜか知らぬが、昔からそうなのだが、
このバイキングという世界観の中にいる"他者"が
苛立って、嫌いで、頭に来て、しょうがないのである。

なぜなのか。

ほとほとバイキング会場にいる他者は、嫌いなのである。

<さっさと取れよ>と毎度、思ってしまうのだ。

たかだかホテルのバイキングで、
取りたい料理を取るのに、なぜわざわざ列をなさなければならないのか、と。
その時点で腹が立つわけだが、

それに輪をかけて、
<ふだん、キミそんなに食べないでしょ?>と思える人や
<そんなに一杯取って、キミ。全部食べられるの?>と感じる人が
わんさか、目の前にいて、

またそういう輩に限って、ノロノロと皿によそっているから、
これまた苛立ってくるわけである。

<さっさと取れよ>と。

これ、想うのだが、
他のよゐこぶっているオトナもそう想っているはずだ。
<さっさと取れよ>と。


加えて列の方向だ。左右どちらも関係ない場合、
こちらが先に待っていたのに、逆側から来た輩が
ヒョイと己が先によそる。

これがまた頭に来るわけだ。

そういう場合は、あからさまに
<さっさと取れ、ほれ>と真正面に仁王立ちして、
焦らせるわけだが、

そういう所作を施さなければならない時点でもう
なんだかなぁ、と感じてしまうわけだ。

手に負えないのは、近頃阿呆みたいに、
それを隠れ蓑あるいはエクスキューズとして盛んに行っている
<女子会>的連中の所作だ。

彼女らのポスチャーは、ほとほと、よろしくない。
まさに女性限定車両の意味不明なほどツンツンした
怒ったような顔の女性軍と同じ世界観。

なにが女子会じゃ、アホンダラ!と叫びたくなる。

そもそも女子会と名づける自体、男女の枠を自らハメている。
それではダメだな、と。

一生、女子会やっとれボケ、と言ってやりたくなるのだが、
その女子会連中が、そういったバイキング会場に
まるでチンピラの軍団と遜色ない傍若無人なポスチャーで
ゾロゾロと群れを成して入ってくるのである。

席に案内された後、
あえて女子会と自ら分けるわけだから
こう言われても異論はないだろうから言うが<女子のくせに>
餓えた狼が如き表情と足取りで
即座に食事の並ぶテーブルへ、これまた大股開き、肩で風切って
チンピラ軍団が如き足取りで向かうのである。

怖い… と。
なんだ、あの軍団は、と。

結婚する前からアレでは、救いはないだろう。

恋愛せえよ、と。異性と機微を楽しむのが先じゃろ、と。
ロマンがない,ロマンが。
女子会というのは、おそらく、女を捨てる会と読む。
女子だけだから女を捨てるのがイージーだからだが、
それをやっていてはまずダメだ。

女子会を正当化したいなら、
己を磨き鍛錬する道場くらいの気持ちでいなければ、
それこそ男には見向きもされないだろう。

まあ、今の女は男に見向きされずとも良しと思っているのだろうが。
ほとほと、ニッポンの世も末だ。

それでもバイキング。当然、コドモは大喜びだ。
いずれもファミリーも同様だ。

特に祖父母同伴の大ファミリーになれば、
コドモが絶対主役だ。
いずれのコドモも主役席でご満悦。

だが、他人のコドモを見る度に、ダモシはバイキング会場で呟く。

<ほとほと、他のコドモは全然かわいくないな!>。

ストレートだが、本心100%だ。
実際、アントニオの行っている小学校の同クラスや
空手道場を見ると、<あ、カワイイな>と思えるコドモはいるが、
基本的に、旅で他のコドモを見て、<カワイイ>と思ったことは皆無だ。

本心100%で皆、モノを言えば、
己がコドモが一番カワイイに決まっているのだが、
言っては何だが、
ニュートラルに見て<カワイイ>か<カワイクナイ>かは一目瞭然だ。
これはどんなによゐこぶっても、抗えない。

カワイクナイコドモは、ぎょうさん、いる。

それは顔やポスチャーだけではなく、態度含めてのトータルの部分で、だ。
近頃、特にコドモらしくないコドモが増えている。
あるいは年齢にふさわしくないほどデカい輩。

忌憚なく、全然カワイクナイ。
そんなコドモがそばにいると、<ドケ!>と、
こちとらも大きな五歳児だから言ってしまうわけであり、
プールでも水面下では普通にキックも出るわけである。

特にプールというものは、オトナもコドモもデリカシーが試される。
ダモシはアントニオに対して
不必要にバチャバチャと足でやるな、と言い聞かせている。

他人がいるのに平気で、且つ競泳をやるプールではないのに
平気でバチャバチャやったりクロールやったり
水を浴びせかけたり云々というコドモがいるが、
ダモシは容赦しない。

しっかりと水面下で見えないところで膝蹴りが入っている。

これもまた本心100%、である。
格好つけてもしょうがないだろうよ、と。
オトナぶって笑顔でいられませんよ、と。
だって、こちらも痛いのだから。平泳ぎの足で蹴られたら。

とまあ、そんなこんなだが、
アントニオはまあ、ぎょうさん召し上がったな、と。

チョコフォンデュがあったのだが、軽く50個は食していた。
ふだん、食が細く、ぱくぱく元気に食べる方ではないので
ご飯も一杯食べた後、さらにそれを一杯食べたため、放任した。

<食べたいだけ食べていいぞ>と。

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*****


昼、箱根を出る。駅伝が間もなく、のコースを下り、湯本へ。

国道一号線の箱根越えの山道は、
ダモシ軍とは反対車線の渋滞が始まる頃合いだった。

この土日も箱根に多くの人が保養に来るだろう。
渋滞をすり抜けて、
小田原から厚木へ、そして東名で。

スイスイ走って帰宅。

保養というよりは、たいそう疲れた&風邪がひどくなった旅
となったが、

それでも今回に関してはテーマが、
アントニオの一年間の慰労だったことから
そのテーマ目標は100%クリアしたことで大満足として良いだろう。

この時間までデスクにいてコンピュータを開いているのは
今週では、初めてだ。

それだけ体調が悪いということだが、
何とかこれ以上はヒドクならないように願いたい。

リアルに、この寒い季節ではわたくしの体がもちません、なのである。

今宵も早めに布団に入って、
冬眠よろしく爆睡することが賢明であろう。




posted by damoshi at 22:33| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

K-1GP/レヴュー


立ち技打撃系最強を決めるものとして
90年代前半から始まったK-1グランプリも既に18年。

この立ち技打撃系をまず、まとめてみたい。
大別すると、空手、キックボクシング、ムエタイ、
テコンドー、そしてボクシング。
主にこれが立ち技打撃系の格闘技となる。

それらに柔道やレスリング、サンボ、柔術など
寝技を含む格闘技を交えて闘いを行うのが総合格闘技(以下:MMA)で、
K-1とMMAは別となる。

空手にも種類は多々ある。
直接打撃制のフルコンタクト(極真など)、寸止めやライトコンタクト、
防具付きのポイント制、新空手道というグローブ空手その他。

アントニオが関わっているのはフルコンタクト。

K-1のリングでもアンディ・フグに代表されるように
そのフルコンタクト空手をバックボーンとする
空手道スピリットを駆使した選手が初期を賑わせていた。
ダモシもフグが好きだった。

キック・ボクシングは、ニッポンでは70年代の沢村忠で知られる。

いわゆるこの空手とは別の"キック系"は、
オランダの用心棒的世界観に代表される
欧州系キック・ボクシングやフランスのサバット、

米国のモーリス・スミスや昭和の時代のベニー・ユキーデ、
アントニオ猪木と闘ったザ・モンスターマンなどの
当時の"全米プロ空手"あるいは"マーシャルアーツ"という
甘美な響きで呼ばれていたスタイルがあり、

立ち技打撃系で最強神話のあるムエタイも含まれる。

その昔は空手をバックボーンとしながら
キック・ボクシングに進路変更してムエタイと闘うなどの
日本人選手が多々いた。

現在ではK-1にムエタイが絡むことは数少ないが、
初期はアンディ・フグやプロレスの安生洋二あたりと
ムエタイのチャンプア・ゲッソンリットが対決していた。

いささかそれはしかし異種格闘技戦の様相を呈していた。
ムエタイには独特のヒジ攻撃があり、
同じ立ち技打撃系とはいっても
やや噛み合わない面はあるのは確かだ。

且つムエタイがK-1系ルールで闘うのは、少々無理があると感じられる。
ムエタイ側にとっては異種格闘技戦のようになるからだ。
逆にK-1ファイターがムエタイ・ルールで
同じ体重ランクで闘った場合は不利になるだろう。

といった具合だ。


*****


18回目のK-1グランプリ。
そのうちの半分以上、ニッポンにいなかったわけだが、
ニューヨーク時代もビデオなどで常時観ていた。

この仕組みのポイントは、
まずはワンデイ・トーナメントであることだ。

準々決勝から決勝まで、最大三試合を同日に行う。
アントニオの場合もそうだが、試合数はもっと多い。

しかしヘビー級の世界で同日に三試合という
トーナメントは過酷だ。

いずれにせよ同日に複数の試合を勝ち上がっていく
トーナメントという闘いにおいては、
いかにして初戦からの消耗度を最小化するかという点が
ポイントの一つになる。

ワン・マッチであれば別の結果になる可能性も高いが、
トーナメントゆえに組み合わせや試合順によっても
結果は左右されるのはいうまでもない。

むろん、それでも勝った者は勝った者で最強なのもいうまでもない。

今回の場合、ニッポンの京太郎は好機だった。
京太郎は幼児期に空手をはじめ、その後、新空手道へ。
そしてK-1の世界に来ている。

第一試合(準々決勝)の
セーム・シュルト戦を勝てば、
準決勝は前回破っているピーター・アーツ。

決勝戦にコマを進められる好機だった。

スーパーヘビー級のシュルトに挑んだが、判定負け。

パンチが一発当たれば打たれ脆いシュルトのことだから
そこに賭けたのだろうが、インが中途半端だった。

あまりにもパンチに頼りすぎた感がある。

1Rから2R中盤までは徹底的に左のインローで
シュルトの左足を攻め、その上でのパンチで後半勝負
という形にすれば違った結果になったと感じられた。
なぜもっとローを出さないのか,と。

そのローキックを有効活用してパンチで精神的にシュルトを追い込み、
判定勝ちしたのがピーター・アーツ。さすがに百戦錬磨だ。
渡米前のK-1初期の頃の王者が未だに決勝に進む自体、驚きだ。
"暴君"アーツも、もう不惑の齢だ。

オランダという国の格闘家は、
ムエタイや日本の空手と異なるまた別のハートがある。
どちらかといえばアングラというか夜の酒場の用心棒的凄み。

この点ではオランダが圧倒的だ。
アントニオ猪木と闘った柔道ミュンヘン五輪金メダリストの
ウィリエム・ルスカに始まり、前田日明と闘ったクリス・ドールマン、
猪木と前田双方と闘ったり、空手やキック系でも佐竹雅昭とも闘い、
MMA(アルティメット系)でもホイス・グレイシーと闘うなど
万能の格闘家ジェラルド・ゴルドーなどなど、
恐怖のアングラ的格闘家は多いオランダ。

アーツもまたオランダ系。
所属は、クリス・ドールマンが共同経営している
ドージョー・チャクリキだ。
K-1初代王者のブランコ・シカティックもチャクリキだった。

ちなみにオランダでは、
It's ShowtimeというK-1に似た
立ち技打撃系の興行を行っていて活況を呈している。
一昨年、昨年とK-1で準優勝したバダ・ハリが
初代の、その世界ヘビー級王者だ。

一方、空手をバックボーンとし、入場時に常に道着をまとってくる
"絶対王者"セーム・シュルト。

五度目の優勝を狙ったものの、準決勝でアーツに破れた。

このシュルトの闘いぶりが解せない。
なぜ体格差を利してもっと積極的に攻めなかったのか。
前に前に出てくるアーツに防戦一方。
致命的な打撃を食らっていないにも関わらず、
心理的に追い込まれたのか。

そこが対オランダの怖さでもあるか。

シュルトの闘いぶりを、アントニオが仮にした場合、
ダモシはブチ切れるだろう。
なにをしとるのか、と。

空手家としてはフグ以来のK-1王者として君臨した
シュルトだったが、アーツはおそらく苦手なのだろう。
アーツと闘うと、どうも消極的になる。


*****


トーナメントの難しさ。
ワンデイ・トーナメントの影響を受けたのが、
グーカン・サキと前述のアーツだろう。

もはやアリスター・オーフレイムと、
それぞれ準決勝、決勝でまともに闘う余力は残っていなかった。

それでもサキは健闘した。
サキが準々決勝で延長まで闘ったりヒジを損傷していなければ
オーフレイムと互角の闘いができるモメンタムは今回、持っていた。

サキのスピードと、パンチの組み立てやローキックは
眼を見張るものがある。

小さくてもインに切れ込んで勝負できる点では、
極真系の空手のフグや黒澤浩樹、緑健児らを彷彿とされる。

下馬評通り優勝したオーフレイム。
最も追い込んだのは準々決勝のタイロン・スポーンだろう。
スポーンはムエタイをバックボーンとし、
前述したIt's Showtimeの95kg-MAX級の王者。

1R、パンチでくらつかせた。
あの局面でパンチで追うのではなく、
キックを決めていれば結果も異なるものとなっただろう。

オーフレイムは
米国で行われているMMAの団体ストライク・フォースの
ヘビー級王者。

MMAでもトップに立ち、K-1でもトップに立ったことになる。

オーフレイムとアレキサンダー・ヒョードルの闘いが見たいものである。



posted by damoshi at 11:02| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月11日

旅<大阪冬の陣>-Fin.


来週末は、リアル静養としての旅で箱根行。
ずっと温泉に入りたいくらいである。

その前に<大阪冬の陣>最終回として今回の旅シリーズを、
未公開画像で振り返りフィニッシュ。

今年はこれまでのニッポン時代にないくらい
関西圏と縁があった。

大阪は三度、逗留。その他、兵庫、奈良、京都に滋賀を歩いた。

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今回の逗留先は淀屋橋。

振り返れば、やはり趣向が出るのか。
今年三度の大阪遠征で逗留先エリアに選んだのが、
横同一線上にあることに、結果的に気づいた。

北に梅田を見て、土佐堀川をはさんだ土佐堀通り沿い。
梅田との間には中之島ブルースの中之島があり
市役所や中央公会堂などがそこにある。

土佐堀通り沿いの、
西から肥後橋(春の逗留先)、淀屋橋(今回)、
そして大阪城にほど近い天満橋(秋の逗留先)と
いずれもヨコ一線に並んでいるエリアだ。


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淀屋橋エリアにある緒方洪庵の適塾。
むろんそれは福沢諭吉や大村益次郎らが学んだ塾。

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土佐堀川と向こうに見える淀屋橋。

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大阪らしからぬ?瀟洒で西洋的な大阪市中央公会堂。
見事な建築。

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川沿い遊歩道はイルミネーション真っ盛り。
このイルミネーションというものも、
大阪とはいささか不釣り合いの気がする。

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淀屋橋から地下鉄で、なんばへ出れば道頓堀。
やはり大阪といえば、この世界観だ。

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大阪ヤングガールも佇むえびす橋。
空手の大会での大阪ママたちも同様に、相対的に大阪の女性は派手だ。
案外,好きだが、そのポスチャーが大阪の街に妙にマッチするのがまた特性。
表参道ではあのようには、いかない。

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グリコの反射。

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メジャーリーグを観るならヤンキー・スタジアム。
NBAバスケットを観るなら殿堂MSG。
日本ダービーは何があっても東京競馬場。
LIVEは日本武道館や中野サンプラザ。
ホットドッグを食すならマンハッタン五番街。
餃子なら宇都宮。もんじゃなら月島。

そして、お好み焼きやたこ焼きを食すならキタやミナミ。
串カツなら新世界。

そんなふうに、場のアトモスフィアとの密接な結びつきは大切だ。
東京ドームで観るメジャーはメジャーではなく、
いくら格好つけてもホットドッグを東京で食しても
何の味や粋も、ない。


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そして、ダモシお気に入りの新世界。

ここは春のオフィシャル事案での遠征時に初邂逅した。
幼児期の在住時にもしかしたら
このエリアにある動物園に行っているかもしれぬが、
記憶に残る範囲ではこの春が初邂逅。

ニューヨークのマンハッタンの一部エリア同様、
以前はデンジャラスなエリアだったが
多少浄化されたか、今では普通にファミリーでも足を向けることができる。

むろん、未だデンジャラスな匂いは残るが、
ダモシ的にはそれは好意的なデンジャラスさで、
六本木は最低レベルとしても、浅草六区と比べると断然、
大阪新世界の方がアトモスフィアはヴェリー・グッドだ。
浅草六区の方がよっぽどネガティヴな意味でポスチャーはアグリーだ。

繁華街という括りで相対的に鑑みれば、
大阪の方が東京よりもヒトの行儀が良い。

品というものを東京は重視するが、
たしかに服装や化粧でごまかした顔などはそうかもしれぬが、
ヒトの態度=根本的な他者へのリスペクトの面で
東京は世界的に鑑みても最下位レベルであると
常にダモシは感じている。

その点、大阪は相対的に、イカつい若者やとっぽい女性でも、
他者や目上の人に対するリスペクトが感じられるのである。

対ダモシという点だけで見ても、
きちんと礼儀正しく接してくるのは圧倒的に大阪の方だ。

そういう意味では大阪のヒトは、他者の怖さも逆に知っているということになる。

東京の場合はリアル東京よりもむしろ
六本木を筆頭に田舎が多い。
世間知らずや怖いもの知らずがぎょうさんいるのが東京でもある。

つくづく比べると、大阪こそニューヨークに類似する項が多いと認められるのである。
前々から述べているが、東京は、
ニューヨークとはまったく似ていないので、
そのあたりはニッポン人は誤解しない方が良い。

大都市ではあるが、意識レベルが低いのが東京である。

ニッポン復帰以降、
実は、ほとほと大阪を見直している。みくびっていた、と。

これは少なからずも幼児期及び小学校初動期に
関西(兵庫と大阪)に住んでいたというバックボーンも大いに起因しよう。
だがそれだけではない。
同じニューヨーク派でも
大阪初体験となったワイフもアントニオも実に快適そうに歩いていた。

ニューヨークx大阪。
ここに大阪を考察する、一つの要素があるわけだ。

東京に関しては、これはダモシ持論だが、
絶対的マスト・イシューとして
都市を考える場合、霞ヶ関と永田町の機能をすべて
東京から除去しなければならない。

そうすることで東京本来の良さが必ず出る。
騙されたと思って一度やってみると良いのだが。

東京になくて大阪にある<自由闊達さ>。
それはデザイン一つをとってもそうだ。
東京はすべてにおいてかしこまっていて、嵩張っている。

一つには永田町と霞ヶ関の存在のせいである。
彼らを東京から除去することは、マストである。


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*****


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大阪城。

アントニオは石垣に折り紙で織った鳥を入れた。

<大きくなって来た時に、見ると良い。
 そして今回のダディのように自分のコドモに語るのだ。
 俺が七歳の時に、来たんだよ。そしてここに入れたのだよ、と>。

共に旅を往くことができる年齢まで、
旅においては様々、アントニオには語りたい。
直系遺伝子のイズム伝承のためにも。


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好き嫌いでいえば、三英傑の信長・秀吉・家康を嫌っている。
武田信玄、上杉謙信、伊達政宗の方が好きだ。

その好き嫌いは別として、だがしかしスタチュ好きなダモシ。
秀吉スタチュに出逢えたのも今回が初めて。

一昨年からずっと行きたいのは、川中島。
そこにある信玄と謙信のスタチュは是非、見たい。


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彦根城とも初邂逅。

ニッポン復帰以降で
アントニオが行った城は、以下になる(五稜郭は除く)。

五稜郭
青葉城(仙台城)
米沢城
鶴賀城(会津若松城)
江戸城
小田原城
松本城
大阪城
熊本城
鹿児島城で、

これに彦根城が加わった。合計11。
七歳で、かつ実質ニッポン復帰後だから未だ三年で11だから
相当多い方ではないか。

現存天守の国宝四城は、松本城と彦根城の二つ。
三名城は、大阪城と熊本城は制覇。

ちなみにダモシは当然ながら、国宝四城も三名城も制覇済。

現存12天守では彦根城、松本城の他、
犬山城、姫路城、松山城も踏破している。

再訪含めて、訪れたい城の順序でいえば、
安土城、犬山城、箕輪城、弘前城、姫路城か。


:::::


最後は<太陽の塔>。

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<ぬり絵の旅>に関しては
下記クリックで今年の六月にまとめてあるが、
まだアップデートしていないが
今回の旅で新たに<滋賀県>も塗りつぶされた。

http://www.246material.me/nurietabi.html

こうして見るとやはり、
よほどのことがない限り、三重・和歌山と大分・宮崎は残りそうだ。

http://damoshiny.seesaa.net/article/154146012.html

その際の寄稿でダモシはこう書いている。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

次に<ブラックホール的エリア>。
滋賀・三重・和歌山だ。

特に滋賀は何度も通過(新幹線)しているものの、
三重、和歌山含めて無縁だ。
滋賀と三重は何となく
通過するだけの<動線>のような気がして存在感が希薄なのだ。
和歌山の場合は<動線>ではないものの、
存在の耐えられない薄さでは同じだろう。

ダモシの場合はこれらには
琵琶湖や熊野古道やホエールウォッチングに
異様な興味をもし持った場合にのみ行くのかもしれない。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

さよう。

今回の滋賀県と琵琶湖は、
まさに田園都市と大阪の動線上にあったから
エクスカージョンとして寄ったのである。

そうでもしない限り、やはり残る三重・和歌山は
ぬり絵を完成させるとすれば、かなり難儀な地であろう。




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カナー→マオー



その昔、昭和の幼児の誰もが周囲のオトナや親戚から
顔を主軸とする容姿に対する褒め言葉として
一度は言われたであろう台詞に、

<玉三郎さんみたいで>があるだろう。

だが、それはオンリーワンではなく、誰もが言われたことがある
昭和の、あの時代の、ある意味でカワイイ/メンコイを喩える
決まり文句のようなものだった。

言われた幼児側は、分からない。玉三郎といわれても分からないのだ。
それは歌舞伎に大きな興味を持って接しない限り、
オトナになるまで変わらない<?>でもあろう。

一般ゼネラル・インタレストとは、いささか遠い世界にあるのが歌舞伎だからだ。

海老蔵の一件で、その玉三郎が一般ゼネラル・インタレストの遡上にのった。
海老蔵の哀願幼児性やリオン容疑者の"いかにも"性と雲泥の差の
破格のオーラを放っていた。

希代の女形。物静かな語り口調と柔らかいポスチャーながらも
その姿からは、<あぁ、なるほど>と唸るものがあった。

それにしてもリオン容疑者サイド。そのポスチャーは大きなマイナスだ。
あのポスチャーでは、ゼネラルな部分での判官びいきは海老蔵側に傾く。
メディアで流される<六本木最強>などという称号もよろしくない。
なにをもってして最強か、ということに格闘技をやっている人間たちからは
嫌悪感が生まれるからだ。支持は得られない。

一般の路上では大きな身体を持つだけでアドバンテージなのに、
最強という括りのもとには金属バットや鉄パイプを
ケンカの際に使用する等がメインであるのは、いただけない。

基本、路上でケンカするなら、男なら素手でなければ論外である。
グダグダに酒に酔っている大男を
背後から金属バットで殴って良いのなら、幼児でも最強になる。

六本木という場のレベルの低さが、この一件にもよく露呈されている。
とどのつまり、それだけの話ということである。



*****



鈴木明子は五輪前から高まったモメンタムで、
結果的には<健闘>でヨシ、内容的には<満足>でヨシ
という趨勢だったが、そのフェーズは過ぎた今、
結果と内容双方を、本人も求めるようになった。当然だ。

グランプリ・ファイナルの大一番。
それを"あんな"大相撲九州場所のようなガラガラの客しか集まらない
チャイナなんぞで開催するなよ、と言いたくなるが、
それもそれで選手にとっては吉となるケースもあろう。

鈴木は内容には満足だったろう。
だがその表情を見る限りは裁定に不満を覚えているようだった。
滑走順の問題もあるが、鈴木にはいささか辛い点だったのではないか。

一方、今やまさに<怖いものなし>で、
別に負けても失うものはなく
"16歳なのに"と常に<大健闘>を讃えられる村上佳菜子は、
ここでもノビノビと演技。目標の60点超えの裁定も受けて三位発進。

かつてのタラ・リピンスキーやサラ・ヒューズを持ち出すまでもなく
年齢的にも、デビュー間もない点でも、
ある意味でその頃合いが、妙な緊張や欲もないことや、
周囲から"16歳なのに"という尺度で何をやっても大健闘として
褒められることから<楽しくて楽しくてしょうがない>状態なのは
言うまでもない。

それがモメンタムを助長する。

逆に安藤美姫や浅田マオーあたりになると、
<しゃらくさい>と心のどこかで感じている可能性は否定できない。
<なによ、あのコ>と。

その心理状態がそれぞれの演技や大会での内容にも出てしまう。

スポーツや闘いには、心理面が大きな要素を占めるのである。

ダモシは想う。
必ずや浅田マオーは復活してくる、と。
要するに、最大目標をどこに置くかということだが、
五輪競技のフィギュア・スケートの場合は、当然、五輪での金になる。

五輪という点へ向けた時系列の中で、
そこにモメンタムや心身両面での調子を最大化させれば良い。

メジャーリーグやNBA、NHL、NFLなどの
プレイオフやチャンピオンシップのある競技も、
それぞれ最大化のピークは
ワールド・シリーズ、ファイナル、スタンレーカップ、スーパーボウル
になるべきであり、各チームもそうしている。

前述したタラ・リピンスキーもサラ・ヒューズも、
そして今年のキム・ヨナも、ピークを見事に五輪に持ってきて金。
一方の浅田マオーは五輪二年前までは
<やることなすこと何をやってもうまくいく>状態だったが、
最大化すべき五輪へ向けた時系列の中で前年から崩れていった。

そういう意味では、村上の場合、五輪時に下降していく気がしてならない。
今が逆にまさにピークの様相。

コドモのスポーツでもそうだが、波があるのは人間当然である。
その中で、モメンタム含めて高まったピークの時期があり、
そこで一つ何かを成し遂げたら、次のフェーズへと意識もレベルも
移行させてゆく。

その移行段階はモメンタムも少々下がる。
そのタイミングで大一番に当たると、結果としては望むものが出ない。
そういうケースが往々にして、ある。
宮里藍も石川遼もアントニオも、皆、同様だ。

<若いのに(最年少なのに)よく頑張っている>という次元は、
誰しも必ず過ぎ去ってゆくのである。
そして次のフェーズに移行する過程では、
常にモメンタムも結果も内容もヴェリーグッドなどということは、
ほぼあり得ないのである。

浅田の場合、次の五輪への最大化を目指していけば良い。

反・浅田マオーの急先鋒ダモシだったが、
これからはマインド的には反・カナー村上にシフトするだろう。
五輪が迫る頃。氷上のカナー村上の顔からは現在持っている笑顔が消える。
そしてマオー・スマイルが炸裂するだろう。

今はカナー。マオーは潜伏の時。それで良い。
マオーは焦ることはない。
今はマオー→カナーと流れは向いているが、
必ずやカナー→マオーへと流れは変わる。


*****


今宵はK1グランプリのファイナルだ。

ゼネラルなところでは
セーム・シュルトとアリスター・オーフレイムの決勝
という見方と期待が高いだろう。

京太郎がシュルトにどのような闘い方をするか。
スーパーヘビー級対策は万全か。

気になるのが、開幕戦時から目立つことだが、
グーカン・サキのテンションが異常に高い点だ。
準々決勝を乗り切れば、
準決勝でオーフレイムと当たる可能性が高い。

準決勝でサキvs.オーフレイムになると面白いのではないか。




posted by damoshi at 11:05| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月09日

旅<大阪冬の陣>-5



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東京でジョガーで賑わう場所は、皇居。
大阪は朝夕、昼夜問わず、ジョガーが走る場所として
大阪城公園となる。

前回(10月のオフィシャル事案での大阪遠征)、夜の大阪城を訪れた。
オフィシャル事案での視察である。

今回は朝の、サニースカイの空のもとでの大阪城。

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大阪城といえば、豊臣秀吉の<大坂城>。
"さか"の字を替えることで秀吉の元祖と、家康のそれとの違いを
表現することが、一つには出来る。

現在の再建されている城は、大阪城。

それは、模擬天守。
ニッポン三名城に数えられる城だが、現存天守ではない。
残念だ。秀吉の大坂城が残っていれば…という想いが募る。

大坂の陣で炎上した秀吉・大坂城。
オールブラックスともいえる装いに
絢爛豪華なゴールドがあしらわれていた。

徳川・江戸幕府は、秀吉・大坂城を土に埋めた。
そしてその上に新たに石垣を積んで大阪城を築いた。

だから<大坂城>と<大阪城>は異なる。

城ファンの中では、やはり前者への憧憬が強い。

どうせ模擬天守ならば、なぜ秀吉・大坂城にしなかったのか、と。

その秀吉・大坂城は、信長・安土城を
ロールモデルとして成立した。

前例のない天下無双の城であり夢と幻の城<安土城>。
己が権力の証明を、琵琶湖岸に50mにも及ぶ
史上初の天守というスケール感と
ゴールドをあしらうことでの阿鼻叫喚の渦。

強いブラックとレッド。そしてゴールドの組み合わせは、
まさに魅せる要素満載の城といえよう。

本能寺の変で散った信長の野望と共に、安土城もまた消えた。

ポスト信長のレースを勝ち抜いた秀吉が、
関西圏の経済の要衝である大坂に
己が天下人としての証明たらんと巨城を築いた。

大坂城である。

ロールモデルは信長・安土城。
大坂城はオールブラックスにゴールドの組み合わせ。
これもまた魅せる要素の点でも後継たり得た。

強さの証明。示威行為。それが安土城と大坂城といえよう。

城の大きさも絢爛豪華さも、
信長・安土城を凌駕することで満たし得た秀吉のサティフファクション。

本来的には、この秀吉・大坂城をロールモデルとして
模擬天守を再建して欲しかったという願いを持つ人は多いだろう。

家康・大阪城として今、それは生き続けている。

天守のゴールドと、城公園内の敷地の広さが、名を残しながら。


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一番大きな石から四番目までしっかりと残っている。
熊本城や名古屋城もそうだが、
城には、運搬は到底不可能と思える巨石が多く残っているが、
実に不思議である。

大阪城の四つの巨石も、一体どのようにして運んできたのか,と。


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賛否両論の大阪城だが、ここはまがりなりにも大坂のランドマークだ。
城が、模擬天守だとしても存在していることの意義は大きい。

ほとほと願うが、江戸城が再建されていれば… と。
あの皇居に、最大の城である江戸城天守があったならば
どんなにもの凄いことだろう。

朝から女子高校生やバスガイドの研修など多くの人で賑わう大阪城。

<吹けよ、風>。

忌憚なく、そう感じた瞬間。


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石垣に登るアントニオ。
コドモが城に行った際の定番行為。

もう一つ、定番行為。

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ランドマークに必ずある。
ベタもベタなのだが、これがあるとなぜかやってしまう。

大阪城はいずれにせよ前回も詳細を掲載した。
今回は、同じ大阪城公園内にある
"出世・開運の神様"とされる豊国神社を紹介したい。


*****


信長と因縁の抗争を展開した寺院・石山本願寺。
寺院だが、それはまさに城。
難攻不落の城の跡地こそ、大坂城。

秀吉は、信長によって滅した石山本願寺跡に城を建てたわけだ。

そしてその大坂城があった地にある大阪城の敷地内に、
秀吉を祭神とする豊国神社がある。

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もともと大阪には中之島に秀吉スタチュがあったそうだ。
このスタチュは近年新たに出来たものということだ。
ダモシはここに秀吉スタチュがあるとは知らなかった。

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豊国神社もまた、大阪に来たら外せない場所だろう。
大阪城とセットで訪れる多くの人が、いた。

秀吉スタチュに対して敬礼するOSAKA人、
はしゃぐアジア系旅行者。
秀吉を前にした所作も人それぞれだ。

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:::::


大阪城。いずれにせよ一度、見る価値はある。

この"作られた感"と、
秀吉・大坂城ではなく家康・大阪城であるという点を、

どう咀嚼するかも面白い課題だろう。


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posted by damoshi at 23:56| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅<大阪冬の陣>-4



今宵もオフィシャル事案の後、夜、道場へ。

今宵はアントニオの昇級試験。お兄ちゃんたち相手に五人組手。
しかもフルコンタクトではなく、K-1系でグローブをつけての顔面パンチあり。
組手を一本行うだけでもキツい。

我々オトナであれば一本組手をしただけで
翌朝、海老蔵どころではないダメージを負い、起上がれないだろう。
ふだん格闘をしていないと、そうなる。
ボンクラ海老蔵であれば、道場の二年生のヒザ蹴りで一発だろう。

やっているのと、ただ呑んだくれて遊び回っている者の、
格闘した場合の差は顕著だ。
一度道場に来てみて修行したらどうか。ダモシが相手をして差し上げよう。
そうすれば呑んだくれて六本木くんだりの田舎の路上で
暴れる必要は、なくなる。

それにしてもアントニオは根性がある、と感心する。
今宵はダモシも来ることを分かっていたから、
ピリッと引き締まった部分もあるが、五人組手で相手も上級生とあれば、
ダモシの引き締めが後押しになる。

見事に五人組手をやり切って、<合格!>という結果を得たアントニオ。
これで級では上級生に並んだ。

今後はK-1系ルールも、ボクシングも。
異種格闘技路線へも進む可能性も視野に入れ、
金曜日にワイフと来年へ向けての戦略会議である。

さて、旅<大阪冬の陣>-4。今回は大阪から離れる。


*****


事実上の世界最大の湖は、北米のヒューロン/ミシガン湖。
その面積は117,400平方キロメートル。
行った。見た。

世界13位にオンタリオ湖。これも行った。見た。
面積はその十分の一程度の18,960平方キロメートル。

これは、一つには世界の凄さである。

ミシシッピ川を筆頭とする「河川」も同様。

ニッポン近隣の外国で湖が多い国といえば、北の某国。
ハンカチ王子も日本ハムで本当は残念に思っているのでは?
と心配したくなる,彼の地だ。

そこで大きいといってもサロマ湖の面積は、
わずかに150平方キロメートル。
メジャーな支笏湖や洞爺湖も70平方キロメートルのレベル。
それぞれ世界の780分の一、1700分の一に過ぎない。
まさにスーパーヘビー級のオトナと幼児の差だ。

それが一つには世界とニッポンの、抗えないダイナミズムの差。

ニッポン国内で二番目の大きさを誇る湖は霞ヶ浦(茨城県)。
168平方キロメートルを誇り、北の某国最大のサロマ湖を上回る。

昨秋に訪れた猪苗代湖(福島県)は、
そこそこ大きく感じたが、国内第三位の105平方キロメートル。

ではニッポン最大の湖はといえば、当たり前の琵琶湖。
国内では飛び抜けて大きく、670平方キロメートルを誇り。
二番手の霞ヶ浦の4倍も大きくダントツである。

その琵琶湖とて、世界レベルと比べれば175分の一に過ぎない。

だが、ここはその湖周囲を走ることができる。
遥か彼方に延びる湖ではなく、
日常的世界観=フィールドレベルで普通にそこに在る湖としての
670平方メートルである。

だから、実際にそこを車で走ってみることで、
<なんじゃ、こりゃ>という実感を得る。

旅<大阪冬の陣>パート.4は、<もう勘弁してくれ、琵琶湖>。


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いわゆる湖南地区。琵琶湖の最南部(京都寄り=大津市)。


*****


大阪。マンデー・モーニング。
ホテルをチェックアウトしたダモシ軍は
ダモシのダイレクションでまずは大阪城へと向かった。

結果的に、何と大阪城滞在三時間という事態に陥ったのだが、
既にこれは復路である。

急いで田園都市に帰ることもない。
せっかくの旅である。

12:30PM。大阪城近辺でお好み焼きを食して、いざ復路スタート。
阪神高速のループを走ってから名神高速へ入る。

<あとはもう、延々とこれを走れば良い>とダモシ。

太陽の塔の吹田エリアの「茨木IC」を過ぎる。
<太陽の塔へ行った時はここで降りたのだよ>と
ダモシが語ると、

アントニオが復路でもどこかへ寄って行きたいと言い出した。
ワイフもまんざらでもなさそうだ。

<明日も学校休みたい。どこかへ寄って行きたい>とアントニオ。

<猫たちやハムちゃんが待ってるよ。だから帰らなきゃ。
 でも遅く帰っても良いだろうから、どこかへ寄っていくか>
とダモシ。

ダモフィーロ車中でアントニオは<京都に行きたい>と言う。

だが、京都府内中心部やランドマーク・エリアは
車での移動は難儀(慢性的渋滞)であることは
今年二度のオフィシャル事案での京都遠征で先刻ご承知済みのダモシ。

<京都はダメだな>と却下する。

ここでワイフと話し合う。
言わずもがな、ダモシ&ワイフのイデオロギーは同じだ。

ニューヨーク在住時代と同様。

デスティネーションたり得る地か、
あくまでもエクスカージョンの地か、ということが
選択の基準になる。

要するに、
大阪や京都という存在は完全にそこ目当てで目指して行く地である。
デスティネーション・シティたり得る存在。

一方、例えば奈良や滋賀、岐阜などは
デスティネーションとしては弱い。

<ぬり絵の旅>を以前掲載したが、
小説のそれと同様に「和歌山県」という地は
デスティネーションたり得ないがゆえ、
なかなか最後の最後まで塗りつぶされることが少ない地である、と。

<旅行に行こう!>となった時、
大阪や京都は目指すに相応しいのだが、
同じ近畿でいえば和歌山や奈良はそうならない。
あくまでも大阪や京都からのエクスカージョン的存在である。

ということである。

そういう考え方が常にダモシ軍にはある。

東名高速〜名神高速の行程の中で
(途中、伊勢湾道や中央道、北陸道などへの派生はあるが)、
大阪をデスティネーションとして向かい、そこで用が済んだ場合の復路。
これにおいて仮に立ち寄るという意味での
エクスカージョンとしては、

エリア的に見て、順に京都府、滋賀県、岐阜県、愛知県、静岡県がある。
その中で京都、そして名古屋は十分に
そこを目指してそこに逗留してというデスティネーション的存在である。

そうなると、ここで<立ち寄る地>として選ばれる要因としては、

<あくまでもここはエクスカージョンだ。
 田園都市から旅行しようという時に、
 デスティネーションとして(メインの目的地として)
 選ばれることはないであろう地。
 それは、どこか? ということで考えると、滋賀県だろう。
 滋賀に寄っていこう!>

ということになる。

仮にアントニオの空手の大会や
オフィシャル事案での用がない限り、
進んでは旅でそこを目的地として行く可能性が限りなく少ない地。

滋賀県、ということになる。

名神高速。京都を超えるとすぐ、滋賀県だ。大津市の大津ICが見えた。

<たしか琵琶湖は南側は大津だったはずだ>と、
ナビなしながら、どうってことねえよのダモシは
己の感覚だけで大津ICで名神高速を降りた。

そして、
<ほれ、あれが瀬田の唐橋だ。やはり琵琶湖だ>と
己が的中を喜んだ。

<よし。ここでのゴールを彦根城にしよう>と
国宝にして現存天守の彦根城訪問を旗印に掲げた。

こうして臨時の、急遽、
旅<エクスカージョン滋賀>が始まったのだった。


*****


<さすが日本最大の湖だな。何だか大きそうだな>。

瀬田の唐橋を渡って目にする琵琶湖にそう感じたダモシ軍。

<ところで彦根城のサインが出ていないが、
 どっちに走れば良いのだろうか>とダモシは訝しがる。

初上陸の滋賀県である。ナビもない。弱ったな,と。

コンビニエンスストアに立ち寄る。
そして店員に問う。

<彦根城はどちらですか>。

<えっ…。彦根城ですか?>と店員はキョトンとしている。
困って、もう一人の店員を呼ぶ。
やって来た店員に再度、問う。

<彦根城はどっちに行けば良いのでしょう>。

やはり店員はびっくりしたようにダモシを見て言う。
<ええっ?彦根城ですか?>。

なぜ驚くのか。

その驚きの顔からは、
<遠いし全然場所が違うだけれど、この人、行くのかな?>
という疑念が溢れていた。

それを見て取ったダモシは
(もしや遠いのか?方角が全然違うとか…)と感じ、
いささかバツの悪さを覚えた。

だからムードを切り替えようと、
<遠いのですね?全然エリアが違うと?>と、
偶然の旅行者を気取った。

店員はようやくダモシを偶然の旅行者と認め、
難儀しながらも教えてくれた。

<とにかくひたすらこの前の道、湖岸道路というのですが、
 この道路をまっすぐ行ってください。北へ北へ、と>

<遠いのですね?>

<ええと…、一時間以上は…>

<えっ?そんなに遠いのですか?全然場所が違うのかぁ…>

<まあでも空いていれば一時間かかるかどうか>

<そうですか。いずれにせよこれをずっと北へ行けば良いのですね?>

<はい、そうです>

<ところで、琵琶湖は?琵琶湖はどこですか?>

<えっ…。琵琶湖は、ここですが…>

<否。こんなふうにただあるだけの場所ではなく、
 琵琶湖としてシンボリックな場所とかは?>

<ここは湖南といいます。湖北に行けば…>

<島とかね、あるしね。そういう世界>

<はい…>


とまあ、こんなやりとりがあって、
ダモシはダモフィーロに戻る。
車中で待っていたワイフ&アントニオに語る。

<とにかくこれを北へ行け,と>。

<遠いの?>とワイフが問う。
<そう近くはなさそうだな>とダモシは答える。

<まあとにかく往けば分かるさ。急いで帰ることもない>
と言ってダモフィーロを走らせた。


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*****


それから、延々と琵琶湖横を、湖を眺めながら、
店も何もない道路を走った。

途中から<まだ琵琶湖、あるよ>と口々に言い合うダモシ軍。

リアルに、延々と琵琶湖が続いているのである。
一時間を超えた。

途中、草津、守山、野洲、近江八幡など多くの市を超える。

<おいおい…。いつまで走るのだ…>と辟易としてくる。

安土、近江商人の町など立ち寄りたい場所も近づいたが、
立ち寄らずにひたすらゴールと定めた彦根城を目指して
琵琶湖を走り続ける。

次第にイヤになってきた。琵琶湖が。

<何だこの大きさは…。一体なによ、琵琶湖って…>と
ワイフと語り合うたびに笑いが起きる。

<まだ琵琶湖だよ、キャハハハハ>とワイフは大喜びだ。

<これ、また大津ICまで戻るの、イヤだな…>とダモシは苦笑。

ほんの少しのエクスカージョンのつもりが
琵琶湖のせいで延々と遠くに、
まるでどこかに逗留しなければならないのでは?
と感じられる、一つの旅になった。

距離にして60km。一本車線の道ゆえ、日中は難儀する。
真夜中、他に車がいなければ50分程度で行くことはできよう。

琵琶湖が常に隣に見えることと、
走行中、街らしい街がないことが、より遠距離感をもたらした。

<もう勘弁してくれ、琵琶湖>とダモシは言った。

<分かったから。日本最大なのはもう分かったから>と。

爆笑するワイフ。妙にデカいものを喜ぶ性質がある。
なにこれ、と。

だから<太陽の塔>も喜んでいた。

琵琶湖。日本最大の所以は、実際にそこを車で走ってみることで
より強く実感した。

山中湖や河口湖、芦ノ湖その他、
そうそう安直な短時間ではないが
それを一周することの肌感覚は実際にしているので持っている。

それらにおける経験値が元になっているから、
琵琶湖は一体どうなるのか、という部分で超えているのが分かるわけだ。

<ズルいよ、これ>と。

<湖というより河川、海では?>と。

それだけ大きい(広い)。驚いた。


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これだ。

琵琶湖の南(下)。赤い旗が見える大津。
赤い太線(名神高速など高速道路)を京都方面から走ってきて
大津ICで降りてから一路、琵琶湖の南から北へ上がったのである。

琵琶湖のタテに見たちょうど真ん中より上の、
右へ広がっている部分にある米原市のすぐ下。
そこが彦根市であり、ゴールとなった彦根城。

琵琶湖沿いを延々と一時間以上走っても
未だ琵琶湖周回の半分にも届いていない。
ようやく湖北のエントランスあたりに届いただけだ。

それだけ琵琶湖は大きいということになる。

そして地図を見れば分かるのだが、
彦根城をゴールとして(琵琶湖も見ることができる)走る場合、
京都方面から名神高速を進んできたら
大津ICで降りるのではなく、米原ICの下にある彦根ICで降りれば
良かったのだ,と。

その部分はさすがにナビなしの功罪であるが、
一方で、大津ICで降りて最南端から琵琶湖を走ったことでこそ
得られた肌感覚としての<琵琶湖、デカすぎるなぁ…>。

これは大局的に見て、大津ICで降りたのは正解だった、と。

負けて得るものがあるように、
彦根ICで降りてすぐではなく、
大津ICで降りてしまったからこそ得た
実感としての<琵琶湖のデカさ>。

こちらの方にやはり分がある、と。


*****


驚いた琵琶湖の大きさ。

それを経て到着した彦根城。
あの"ひこにゃん"でメジャー化が加速した城だ。

この城の絶対的アドバンテージとしての冠は、
<現存天守である国宝四城の一つ>という点である。

国内に12しかない現存天守。
その中でも国宝に指定されているのは、
松本城、犬山城、姫路城と、この彦根城。

<国宝四城>という破格のヴァリューこそ、彦根城。
且つ、国宝のみならず国重要文化財、国指定特別史跡という
トリプル・クラウンに輝く。

三年前に築城400年を迎えている。
(築城400年といえば来年、弘前城がそれを迎える)。

以下、彦根城の景。


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<案外、つらい>石段を登る。

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国指定重要文化財の天秤櫓と廊下橋。

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上に進む。夕刻迫り、空も見事な頃合い。


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天守の中に入る。
松本城と同様に、狭く急な階段を登って最上階へ。

そして天守から外を見ると、<ズルい大きさの琵琶湖>が。

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<あ、また琵琶湖だ>と琵琶湖を見て笑いが漏れる。
<湖ではなく、これ海でしょ。大きすぎて見えないし>とワイフも笑う。


琵琶湖。

大きさを実感できただけでも得るものがあった。

そして滋賀。
いずれまたエクスカージョンとして、夢幻の城<安土城>は訪れたい。

琵琶湖と彦根城。これが信楽焼と共に
滋賀県を象徴する王道的存在だが、

琵琶湖の景を図る時、竹生島という存在も無視できない。
ぽっかり浮かぶ島。
その島には、宝巌寺・唐門(国宝)が鎮座している。

これは、豊臣秀吉・大坂城の唯一の遺構ともいわれている。

次回は、<豊臣秀吉と大坂城>(大阪城ではなく)を取り上げたい。

最後に、彦根城でダモシ最近影と、彦根城で見た"遠い空"。

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posted by damoshi at 01:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

旅<大阪冬の陣>-3



旅の最中、
メディアの先走りか、東京ヤクルトの身売り騒動が起こっていた。
ヤクルト側が事実無根と語ったことで騒動は終わるか。
いずれにせよ事実ではないことを書いたのなら、
メディアのデリカシーが問われるだろう。

その東京ヤクルトが、サンケイ・アトムズを買収して
プロ野球に参入したのが1970年1月のこと。

今から40年前。ダモシ、四歳になる二ヶ月前のことである。

長嶋茂雄の引退(74年)で終わるニッポンのプライムタイム。

それは昭和の、
戦後の敗戦焼け野原からの乾坤一擲を賭けた時代、
すなわち高度経済成長、三種の神器、巨人大鵬玉子焼き、
東京タワー、東京オリンピック、東海道新幹線などをアイコンとする
ライジング・サンの時代。

そのフィナーレ(長嶋引退)へ近づきつつある後半。
それが1970年だった。

この年、よど号ハイジャック事件、ビートルズ解散、瀬戸内シージャック事件、
そして三島由紀夫自決など、
たしかに<終わりの予兆>が頻発していたのだが、

それでも勢いをもってして雪崩れ込んだライジング・サン時代の
ニッポンにとって最大にして最後のリアル・ビッグイベントが
<大阪万博>だったのである。

ダモシが四歳になる誕生日、1970年3月15日に開幕した<大阪万博>。
意図的な仕掛けで数的には抜いた上海万博だが、
本質的には今もなお世界最高入場者数を誇る<大阪万博>。

2008年秋に38年ぶりの<太陽の塔>との再会を果たした際も
掲載したが、とにかくあの<大阪万博>は凄かった。
数々の数字的な記録での凄さはもとより、
内容がもの凄かったのである。

まさに時代を、未来を象った、夢のダイナミズム。
後にも先にもあの熱狂はない。
それだけ万博的イベントとしては素晴しいものだった。

同時に、SF映画という括りでも<宇宙戦争>や<2001年宇宙の旅>
などにも見られるように50-60年代の方が明らかにパワーがあった。

それは未来という存在へ夢を抱くことができる時代だったからとも言えよう。
遥か遠い未来。未来は本当に未来で手が届かない夢の世界だった。
だからこそあの時代の方が
未来に対して夢のダイナミズムを描くことができたのだ。

今はもう、それは皆無だ。

"世界観としての未来"というものに対する夢ではなく、
"日常的レベルでの未来"というものへの不安。
これが先立ってしまっている。

こんなだから、さらに己が日常的世界観の延長であるLIFEにおいても
自分自身への可能性と夢を描くことができにくくなっているわけだ。
あるいは自分自身が夢を描こうとしないわけだ。

そういった包括的な時代背景も重なっての熱狂。
オトナもコドモも電車を降りたら
一目散に<太陽の塔>へ向かって駆け出した無邪気な時代。

忌憚なく、素晴しかった。

そして<大阪万博>と<太陽の塔>は40年を経た今もなお、
まったく色褪せることなく、そこに在る。

まさにあの<大阪万博>訪問以来となる
2008年の38年ぶりの再会を経て、
念願だったアントニオ&ワイフを連れての万博公園訪問と
<太陽の塔>との邂逅。

<ほら、アレだ!アレを見ろ!>。

一昨年、同行した後輩に告げた台詞と同じ言葉を
二人に投げかけたダモシ。

<ダディが四歳の時、ここに来たんだよ>。

この言葉をもってして、己が直系遺伝子への
<大阪万博>伝承は始まった。

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*****


<40周年の来年は太陽の塔の内部も再公開される予定です>。

一昨年、現地でヒアリングした際に関係者が述べた台詞だ。
しかしながら、それは実現しなかった。

今回の訪問でのインタビューでは、
<消防法の関係>で実現に至らなかったようである。

<その代わり、パビリオンを作りましたよ。
 あの中に入って頂ければ当時の興奮が再現されます>。

その案内に興奮を隠しきれずに<往こう!>と足を向けた。

万博公園内に新たな施設<パビリオン>が出来ていた。
まさに内部は、あの<大阪万博>を知る者にとっては
落涙を抑えきれないノスタルジーの享受と共に
改めてそのダイナミズムに酔いしれる。

且つ初めて触れるワイフ&アントニオもまた、
<凄かったのだな…>と改めて理解することができる。

そんなファシリティになっている。


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欲しい。否、買っただろう。買ってくれたはずだ。
当時、ウルトラの父と母が買ってくれたはずだ。
いつどのタイミングで捨てられたのだろうか。

とどのつまり、ダモシ幼少期と少年期のメモリーズたる物品。
それらは玩具を含めて一切、残っていない。
ウルトラの母が引越の度に増える荷物に業を煮やして捨てたのだが、
なぜ捨てたのか,と。

ここは男女の性の差異だろうか。

アントニオのモノに関しても、
男のダモシは玩具の空き箱(パッケージ)一つとっても
とっておきたいアントニオのサイドにつく。
<そういうものが手元に持っておきたかったりするんだよ>と。

一方でワイフは
<荷物が増えるだけだから、どんどん捨てないと>という派である。

これはむろん個々の性格もあるが、相対的に見て男女間での差異もある。
男の方がどちらかといえば収集癖がある。

それは分かるにせよ、<大阪万博>の入場券やスタンプ、
そこで購入した記念グッズなどの類いは、
終生大事に保存してしかるべきではないのか、と。

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3.15。ダモシの誕生日である。
<大阪万博>絡みのグッズは3.15モノが多い。
それも手元に残っていない。

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ノスタルジー満載の入場券。
当時、これを手にして出かけたはずなのである。
このチケットはいつの引越の際に捨てられたのか。


*****


館内にはノスタルジー満載のグッズが展示されている。
その他、施設の実物再公開(強烈無比の鉄鋼館)から
展示品、コンパニオンのユニフォームなどなどファン垂涎のアイテム群。

行列と待ち時間を示すサインなどに混じり、
当時の入場券売場の看板も現物が展示されている。

それを見てワイフと語り合った。

<えっ?これ随分と高かったのだね。当時でこの値段でしょ?>とワイフ。

当時、四歳で、入場料などは知る由もないダモシもまた、
この看板を見て初めて入場料金を知ったのだが、驚いた。

<大人800円>
<小人400円>(四歳以上)

1970年当時の円ヴァリューはどの程度だったのか。

サラリーマンの月給は115,000円。支出は月94,000円。
映画館の観賞料金が400円になるかならないか。
現在は映画館鑑賞料金は1,800円。

しかしこうしてみると映画館で映画を二回観る料金だ。
現在にならすと3,600円。
単純には割り切れないが、3,600円であの<大阪万博>の熱狂を
享受できたのだとすれば、逆に安いということになる。

東京ディズニーランドの1-dayパスポートが
5,100円であることを考えれば、
仮に<大阪万博>が今の3,600円で入場できたとすれば、
とても安いということになり、
いつも思っていることだが正直、東京ディズニーランドは高すぎる。
妥当な金額ではない。

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暗くて申し訳ないが、その看板。
<青年>というカテゴリーが妙にイカしていると感じる。


*****


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入場者数ナンバー1はソ連館だったようだ。
アメリカはともかく、上位にエルサルバドルがいるのはなぜか。

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大勢の迷い子と迷い人が、出た。
期間中のそれは、それぞれ約5万人、約13万人。

当時ダモシも園内のあまりの人混みに、
自身、迷い子になることを怖れながら歩いていた記憶がある。

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電機(電動)自転車。
今や幼児を抱える母親たちの定番。

大阪万博では、この時に初公開されたものや、
この時に未来像で描かれて現在実行されているものが多い。

すべては大阪万博から始まったといっても過言ではないだろう。

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缶コーヒー、ファミレス、ファストフード、LAN、
温水での洗浄便座、電気自動車、ドーム、フランスパン、
ヨーグルト、ワイアレスフォンなどなど。

リニアも今まさに新幹線実験が行われているし、
大阪万博で今も鮮明に覚えている<動く歩道>の衝撃もこの時だ。

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逆にこのJALは盛者必衰の理か。
当時は日本航空といえば、ニッポンの空の象徴だった。

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テーマソングは<世界の国からこんにちは>。
作曲は希代のヒットメイカー中村八大。
代表曲は<笑点>のテーマ曲、坂本九の<上を向いて歩こう>など。

今もなお、万博テーマソングのメロディはすぐに出てくるほどだ。


*****


往時の姿をそのままに残す存在にして、
大阪万博があったことを実感し得る最大の存在。

それが<太陽の塔>。

ニューヨークの旧ヤンキー・スタジアム、京都の東寺五重塔に等しく
電車の中から見えた瞬間の驚愕が激しい点でも白眉。

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今は裸で出ているが、
当時は地上部分をトラス構造の人口都市とし、
その下に大屋根を設置する構図が描かれていた。

岡本太郎の凄さは、この地上の人口都市へつながる
大屋根をぶち抜いて<太陽の塔>を屹立させ、
さらに空中にそれを突き出させようとしたことだろう。

単に<太陽の塔>が塔として立っただけではないのだ。

大屋根の構造計算も済み、鉄材の発注待ち。
その段階で<太陽の塔>を屹立させて全体を睥睨する
という奇想天外な〜これぞ「芸術は爆発だ」〜感覚。

大屋根の真ん中に穴が開けられた。

岡本太郎記念館館長だった岡本敏子氏が生前に書いた文章に
以下のくだりがある。

<太陽の塔は幾重にも複合する役割を背負った
 中核の建造物だった。
 テーマ館の中心として内部に濃密な展示空間を孕んでいる。
 地下に展開する目くるめく根源の世界から、
 人々をスムーズに大屋根の未来世界に運び上げる、
 太い動線でもあった>。

さよう。これは大阪万博のセンターステージにして、
太い太い動線だったのである。

岡本敏子氏の文章をもう一度、引用したい。

<万博に行ったことのある人は想い出して欲しい。
 メーンゲートを通り、
 ずらりと並んだエスカレーターを昇る。
 真ん前に、ドカンと、太陽の塔のお腹の顔が。
 大きな眼をむいて、子供のような、怒ったような、
 優しく迎えているような、何ともいえぬ表情。
 そのスケール、圧倒的な迫力。
 誰も今まで見たことのない、これが世界の祭りだ、
 と実感したに違いない>。

さよう。実感した。

会場全体を取り巻こうとしていた
進歩やテクノロジー主導のモダニズムを蹴散らすかのような、
ドカン、ボン、バン!という肉弾的迫力。

それはまさに<ノン!>の象徴とされた。
岡本太郎曰くの、それは<ベラボーな>存在。

それが<太陽の塔>だった。

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posted by damoshi at 22:59| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅<大阪冬の陣>-2



疲労困憊。

帰路、避けたい最大懸案の事故渋滞が焼津で発生。
その余波も受けながら22:30に帰宅。

旅<大阪冬の陣>が終わった。

まずはアントニオの今年度最終戦。

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単騎でのアウェイ。初の関西圏での闘い。
アントニオはいつも通り、緊張することなく臨む。

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各階級のトーナメントが各コートで行われた後、
決勝戦は全階級が集い一つのコートで行われる
(アントニオはイスの左。女子二人の間)。

今回は初の関西圏での大会参戦となったが、
運営面での仕切りも見事でスムーズな進行が目立った。

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決勝戦を前にスタンバイするアントニオ。


*****


相手は地元大阪の選手。
途中の闘いを見ていた時点で、<これはマズいな>と感じていた。

全般的にいずれの階級(学年)もそうだったのだが、
闘い模様とアトモスフィアが関東エリアで行われるそれと異なっていた。
それは当然のことだが、これが面白いのである。

いささか荒っぽい部分はあったのは確かだが、
細かな反則や注意レベルでは試合をむやみに止めない。
選手も関東よりバチバチ度が明らかに高い。
そして積極的な闘い方をする。

学年が上がれば、よりその傾向は高かったのだが、
驚いたのは幼児(幼稚園階級:且つ年少や年中、年長で分かれる)でも
レベルが高く、いずれの選手も積極的に大技を繰り出していたことだ。

技術はもちろんのことだが、それを上回る気迫。闘志。
その部分では初の関西圏のそれに一日の長を見た。

<あぁ、凄いな…>と。

どちらかといえばアントニオもキレイに勝つタイプだ。
バチバチやるし、反則もしてしまい、それによる負けもあるが、
全般的な技術や闘い方はクリーンでお行儀が良い。
相対的に見て関東はどちらかといえばその傾向が多く見られる。

関西のそれがダーティという意味ではなく、
闘う上での気迫が上回っているわけである。

子供たちの顔つきも鋭く、身体も見事に鍛えられている。

幼児から全般を見ていても、
<こりゃ、かなり強いぞ>というのはすぐに分かる。
要するに、ヘナチョコがいないのである。

ただ、直線的なファイターが多い。
その点、アントニオは彼特有の独特のアクションがある。

しかし一方で、アントニオの課題の一つでもある決め技。
一発で仕留める決め技の精度の問題。
この点で、決勝で当たる相手のそれが明らかにキレがあることは
見ていて分かったから、怖れたのである。

<マズいな>と。

その選手は準決勝でヘビー級と対決したが、
ハイキックを二本決めて一本勝ち。
その際のハイキックの撓りは危険とさえ思えるほどであった。

<危険だ>とダモシは懸念した。

そして決勝前にその部分を含めて、
日頃やっているディフェンス面も最終調整を施した。

ゴング。

相手選手はアントニオのスピードに劣らぬが、
いささかそれは直線的だ。
アントニオがいつもの動きをすれば
相手がヘビー級ではない分、一発で決められる可能性も増す。

互いに良い動きで、主導権争い。
だが相手選手の鋭いインローが的確にヒットする。
アントニオも動いて外からローを入れた後、
左ミドルをヒットさせてお返し。

相手選手得意の鋭いハイキックが飛んできた。
実に速い。
だがアントニオはそれを完全にさばく。

<よし、大丈夫だ>とダモシ。

互角の攻防が続く中、密着戦となり、ブレーク。

このブレーク後の攻防が分水嶺となった。
ここから後半の勝負に差し掛かるブレーク。

ここでセコンドのワイフから<ゼロ!>の声が飛んだ。

ダモシも<それだ>と感じた。

仕切り後の一発目で相手選手のある箇所がガラ空きになっていて、
ほぼ前蹴りか足刀を繰り出すことが分かったからだ。

<ゼロをやれば入るぞ>と。

だがアントニオの耳にその指示は届かなかった。

仕切り後の再開でアントニオは一瞬、
それをやる動きを見せて前に出た。

が、なぜかそれをやめて手前を替えた。
案の定、相手選手は前蹴り気味に足刀を繰り出す。
アントニオのディフェンスは鉄壁ゆえ、
それをカットオフして、すぐさまインに切れ込む。

切れ込む際にアントニオのイメージでは、
右を繰り出してから左を鎖骨へ入れてというパターンだったはずだが、
前蹴りをカットオフしながらインに切れ込んだそのスピードは良かったが、
スピードが勝り過ぎたため、右パンチを入れられずに
そのまま左ストレートを鎖骨狙いで繰り出した。

が、相手の身長がヘビー級選手ほどではなかったことで、
肩から上あたりにストレートが入ってしまい
そのままラリアートのような状態になってしまった。

相撲のもろ差しのような態勢になってしまったアントニオ。
必死に右を繰り出して体を放そうとするのだが、
その最中に相手選手は、もろ差しゆえにアントニオのボディが
空いてしまっていることを鋭く認識した。

且つアントニオが右横に動くことを序盤の攻防で
己が感覚の中に刷り込んでいたのだろう。

もろ差し状態から態勢を己が優位に切り替えるべく
アントニオが右横へ動きをとるであろうことを
察したかもしれない。

そして、その瞬間が狙い目だ、と。

この部分の紙一重の攻防が数十秒繰り広げられた後、
アントニオも勝負に出た。

さっと右サイドに体を廻して、そこからローを打って、
返しでの左ハイキックもしくは飛び後ろ廻し蹴りで一発を狙うべく
もろ差し状態を解くと同時に右へシュッと動きをとろうとした
その瞬間。

0コンマ数秒早く相手選手が左ヒザを繰り出した。

重心が前にかかり右斜め前に移動せんとするアントニオのみぞおちに
そのヒザがクリーンヒットした。

それでも右に移動してオフェンスを仕掛けようとした
アントニオだったが、次の瞬間、みぞおちを抱えてダウンした。

アントニオ、立てず。

ここに自身初のKO負け(一本負け)を喫す。


*****


これまでの敗北は判定でのものだった。

判定負けにも種類があり、
技有りをとられたことで明確なポイント負けや
互角だがニュートラスに見て負けを認められるものと、
甲乙つけがたい微妙なもの、
あるいは到底負けは認められないものや明確な誤審等様々。

ディフェンスがしっかりしていることと
スピードがあることから、
相手に一本を決められるKOを喫したことがなかったが、
今年の最終戦の、リアル・アウェイ、そして初体験となる
関西圏の試合でそれを喫するというホロ苦い結末となったわけだ。

むろん勝負は、判定のみならずKOの場合も、
いずれに転ぶかというレベルで紙一重ではあるが、
相手選手の技がドンピシャのタイミングで決まった形である。

ブレイク直後にアントニオが<ゼロ>を仕掛けていれば、
展開は大きく変わっただろう。

攻防を見ていたダモシもワイフも
ヒザが決まり、アントニオが崩れ落ちた瞬間は
初めて目にするシーンということもあったのだが
冷静に受け止めて、破れて戻ってくる彼を受け入れた。

試合後、相手陣営と健闘を称え合う。
ダモシは素直に<強いですね。素晴しいですね>と認めて声がけした。

これまで関東圏で闘った選手や関東圏での大会で見た選手にはいない。
そんなタイプであったが、
それも当たり前だ。

エリアが異なれば、アトモスフィアや風土も異なる。
そこで育つ選手の質も異なってくる。
タイやチャイナの同じ小学一年と仮に闘えば同様だ。

同じ空手でも国内には様々な種類があるが、
ジャンル的に同じのフルコンタクトにおいてでさえ
そのスタイルはエリアによって異なるわけだ。

それはしかしこうして実際にやってみて分かることである。

先述したように、
全般的にどの階級(学年)も技のキレが鋭い。
そして積極的に大技を繰り出すのだが、
その精度が、ただやみくもに大技を出してポイントをとろう
というのではなく、KOを狙えるレベルのものである点。

相手選手も、判定ではなくハナから一本勝ちをとりにきているし、
いずれの選手にもその姿勢が見られる。

それは学ぶべき傾向と感じられた。

<う〜ん、凄いな…>と俯瞰して全体を見ていた時から
感じていたことだ。

強いて言えば、
プロレスラーが総合格闘技に出て
異種格闘技戦で総合格闘家に負けるような、
そんな一発の怖さ。

それを関西圏の選手たちは持っていたということだ。

数年前、新日本プロレスの中邑真輔が
総合ルールでキックボクサーのアレクセイ・イグナチョフと
闘った際に浴びたヒザ蹴りや、

同じく新日本プロレス出身の藤田和之が
総合ルールでキック系のミルコ・クロコップに
開始39秒で浴びたヒザ蹴りの世界観。
入り際、動き際にドンピシャで入ったヒザ蹴り。


*****


今年の最終戦として、
望むべき最高の結果で終わることはできなかったが
内容的には納得できるものとなった。

初のKO負けは、アントニオにとって大きな収穫になった。
むろんダモシ陣営にとっても同様だ。

痛みを身を以て覚えることの重要性は高く、
今後それを受けないようにすると同時に
どうなれば一発KOに至るのかも理解する。

微妙な判定での敗戦よりもむしろクリアで気持ちよい。

悔しいのは当たり前で、それを超えたところで
すっきりとした感覚が残るわけだ。
課題もさらに明確になる。

何よりも遠征しての完全アウェイでの試合を経験したことと、
そこでまるで"大阪ナイトメア"ともいえるKO負け。
その初体験尽くしを得られたことは、
ぱっと優勝してしまうよりも長期的に見た場合、
より良いと考えられよう。

端的にいって、世界が広いのは当たり前だが、
ニッポンも広いということである。
まだまだ未知の強豪はいっぱい存在するということである。

そういう意味でも、以前から述べているように、
エリアや大会の枠に囚われずにチャレンジすることが大事だ
ということである。

とかく出る大会やエリアが、ほぼ一定になってくるのが通例だ。
当然、未知の闘いに臨むことは避けたいのが多くの人の基本だからだ。
だがダモシ軍はそもそも枠にこだわらないイデオロギーである。

未知の闘いを、旅同様に、経験していくことで得られる何かこそ、
最も大事なことである、と。

アントニオもさぞ疲れたことだろう。

そして悔しいことだろう。

バネとする何かを得られたことは、大きな財産だ。

実のある大阪遠征となった。

これで2010年の彼の闘いは終わった。


*****


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今年最後の闘いとなった会場。
ユニヴァーサル・スタジオや海遊館などがあるベイ・エリア。
東京でいえばお台場の世界。

市街地中心部の逗留先からは、
首都高速のような阪神高速を走って約20分。
市街地中心部の阪神高速はディレクションも多方向に渡り、
ドライヴィングという面でもダモシ初体験で
いささか戸惑ったが、迷わず行くことができた。

その環状線はループになっていた。

試合が終わってホテルの戻ると既に夜。
新世界へ繰り出して反省会と打ち上げをファミリー三人で行った。

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試合が終わりアントニオもリラックス。コドモに戻る。
スポーツは後を引かないから良い。
負けてもすぐに気持ちを切り替えることもまた大切だ。

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上から見る新世界の一部。

最後は、通天閣。

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posted by damoshi at 12:14| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

旅<大阪冬の陣>-1


今回は、闘いではあるが、旅である。
ロードムービーが基軸であるから、旅カテゴリーに属するだろう。

旅<大阪冬の陣>。

オールモースト不眠で出発は3:50AM。
沼津を一時間以内で踏破する上々のペースは落ちず、
静岡二時間以内で通過。

夜明け前までに名古屋を通過するという目標へ向け順調に飛ばす。

緊張感から睡魔は襲いかかってこないが、
未明から明け方への東名高速にも関わらず大量の走行車。
トラックは当たり前としても自家用車も大量に走っている。
なぜなのか。そして皆、どこへ往くのか。

長い長い静岡県を踏破して愛知県に入る。
未だバックミラー越しに見る東の空は白んできていない。

豊田を迎える。

<いいぞ。ここで鬼門・名古屋はカットアウトして
 伊勢湾道へ入ってショートカットで京都だ>

と思っていたダモシだが、罠に嵌り、
豊田で伊勢湾道(左折)に入ることができず
そのまま不覚にも直進。

<うげっ。こりゃ、マズい!>と言い、即座に上郷SAに入る。

東名高速を用いて名古屋に行く場合の
ティピカルなブレイク・ポイントの上郷SAである。
そこで高速道路情報を見る。

と、本来往くべきはずだった伊勢湾で朝もはよから渋滞発生のサイン。
逆に名古屋、小牧を経て名神高速へ流れる方向はノン渋滞。

<よし!このまま行こう>とラックに喜ぶ。

SAで一服後、東の空を見ると、まさに絶好のタイミングで
夜が明ける寸前で、多くの人が立ち止まり集い、
カメラを手に東の空を見つめている。

ワイフとアントニオに<東を見ろ。夜が明けるぞ>と促す。

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間もなくご来光。

そして夜が明ける。

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まさに一瞬の出来事。この時間、この場所にいなければ
絶好のタイミングで夜明けを見ることはなかっただろう。

上郷SAで見た夜明けは、終生、記憶に残るものとなるだろう。

名古屋を三時間以内で通過。最高ペースだ。
そのまま一気に、岐阜県(羽島や大垣)、滋賀県(米原や彦根、大津)、
京都府を越えて、遂に大阪府へ入った。

神奈川県から入り、静岡、愛知、岐阜、滋賀、京都の一府四県を越えて大阪へ。

茨木ICで降りる。
逗留先の大阪市街地は豊中ICから阪神高速に入ってすぐ。
そことの時間差は30分程度だから
オールモースト・ゴールに到達。

時に9:30AM。

田園都市を3:50AM出発で、途中四度ブレイクしながらも、
9:30AMに大阪に到着。

その所要時間は、ブレイク時間込みで六時間を切る<五時間四十分>
という結果と相成った次第である。

そして、ゴールで待っていたのは、むろん<太陽の塔>。

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あの1970年、ダモシ四歳の誕生日に開幕し、
足を運んだ熱狂の大阪万博以来となる、
2008年秋の38年ぶりの再会以来、2年ぶり三度目の邂逅は、

アントニオにとってもワイフにとっても初邂逅。

08年の再会の際、その顛末を大いに二人に語っていたダモシ。
<連れていってやるよ>と約束していた。

二人に見せたかったのである。

その実現が今回となった。

大阪での闘いに臨むに当たり、大阪への敬意。
<太陽の塔>詣をして、<道頓堀>へ馳せ参じる。
大阪の空気感を吸収した上で闘いに臨むことで
アウェイのディスアドバンテージは凌駕される。

未明。絶不調のアントニオ。
ロー・キーのスタートとなった今朝。
道中も、途中で嘔吐するなど惨憺たる状態だったが、

なぜか<大阪府>に入った途端、突如として元気になった。
そして不意に<大阪は大好きだよ>と言い出した。

万博公園。

08年の<太陽の塔>との再会時にはなかった
パビリオンが完成されていて、そこで大阪万博の熱狂が再現されていた。

今宵、そのパビリオンを見ながら1970にタイムトリップ。
二人は、それを見ることでいかにあの大阪万博が凄かったかを理解した。

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パビリオンで再現される大阪万博の熱狂
(後日、別掲載でフィーチャー)。

まず、現代の今、同じ内容で行われても興奮するだろう。
それだけ異常に優れた博覧会だった。

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しっかりと残される3.15。ダモシ、四歳の誕生日である。
誕生日に開幕したのが、当時の高度経済成長ニッポンの熱狂の
フィナーレを飾るアイコンとしての大阪万博だったからこそ、
さらなるイメージとして残っているのだろう。

<太陽の塔>を後にして、茨木市内でランチ。
ランチ後に襲いかかってきた苛烈なる睡魔と闘いながら
名神高速で豊中ICまで走り、そこからは首都高よりも面白い阪神高速で
大阪市街地をカーチェイス。

ホテルに逗留。時にチェックインは2:10PM。

3:50AM出発から十時間二十分が経っていた。


*****


オフィシャル事案でも絡んだ通天閣。
そして大阪コテコテの本丸・新世界と串カツは明日を予定している。
大会後にファミリーで打ち上げ。

その場が新世界と串カツというベタベタな大阪コテコテの世界。
それも小学一年ながらも経験させることでこそ
ロードムービーの基軸である、と。

その前夜は、やはり道頓堀。
ここを体感しておくことで、
大阪でのアウェイでの闘いにも臆せず臨めよう、という算段であり、
大阪に対する敬意の表明である。

道頓堀を歩き、
そしてお好み焼き、モダン焼きに神戸名物のそばめしを食す。

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もの凄い人混み。
この大阪的勢いのど真ん中に身をおくことで
アトモスフィアを体感し、己が手中にする。

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逆さグリコ。

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正常グリコ。

そして、くいだおれ太郎にも挨拶。

120410k.jpg


いずれもディテールは別途、旅カテゴリーでまた取り上げるが、
まずは今回の旅<大阪冬の陣>初日のレポートまでで失礼させて頂く次第である。

リアルにもう眠らねばならない。
忌憚なく、身体疲労が甚だしい。

明日は阪神高速をひとっ走りして大阪湾岸エリアへ。
8時台には大会会場入りしなければならない。

今宵こそは、Good Night。






posted by damoshi at 22:44| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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