2011年03月31日

Mar,11-東北(4)



ネットを一時的につないだ。
明日にも、じっくり掲載するが、

とにもかくにも、スッカラ菅には、怒り心頭である。

政府も東京電力も
今ごろ<廃炉に>云々と述べるか、この阿呆。

はじめから米はそれを前提としたヘルプを申し出たのに、
それを断り、事態をここまで悪化させ、
今さら廃炉にするにも遅きに失したせいで
それへ至るハードルを自ら上げてきてしまったのは
どこの輩か、スッカラ菅。

東京電力はもとよりとして、
最大の問題は政府であり、意思決定権者の"総ス菅"である。
そのデシジョンが常に遅く、誤っている。

この期に及んで米や仏に何をか頼むのか。
はじめから、震災直後に即時に支援を申し出た米の
迅速な行動を受け入れなかったことが、大きなエラーである。

宮城は、米軍が大活躍している。
米軍へ依頼するのも遅かった。
米軍の卓越した能力を侮ってはいけない。

ほとほと、あかん。ほんまに、ア菅。
返す返すも、最初から米に頼んでいれば、
事態は異なっていたはずだ。


菅直人よ。今ならいいぞ。
否、今こそ、そろそろ現場へ行け。
原発ではないぞ? 東北だぞ?

己自身の目で現場を見て、アトモスフィアを感じろ。
それでも彼の頭と心では理解できないかもしれないが。

ただし行く場合は、己の足で歩くこと。
ヘリコプターなんぞで行ってはならぬ。
己自身でハンドルを握りアクセルを踏んで車を運転し、
長蛇の列に並んでガソリンを補給し、
歩いて現場へ行け。物資を己自身のお金で買った上で、
己の手で運べ。

やってみよ、スッカラ菅よ。
その他の"先生"と呼ばれる永田町の諸君よ。

あの時、ジュリアーニもブッシュも絶妙のタイミングで来た。
やるべきこととやらなければならないことをやった。

9.11の際のジュリアーニと今回のスッカラ菅を比べると、
99.99対0.01レベルの差がある。
それほど無能であるということに、
本人自身がまったく気づいていないことは、悲劇である。

すべてのタイミングと行動形態が誤っている、トンチン菅。

一国のリーダーたる立場にいる者が、この体たらく。
空き菅だ。空き缶ならまだマシか。
中途半端に、やらなくても良いことをやり、
やらなければならないことが出来ない者が
トップにいるニッポンという国の醜態。

<歴史的>だの<危機>だの、
己がトップにいることで
今回の震災に対応する部分での高揚感丸出しの
言葉を連発する一方、

被災者やエリアへの配慮は皆無だ。

よほど、歴史的な危機を乗り越えることに
嬉々としているのだろう。

だが、残念ながらスッカラ菅ではもう無理である。


*****


仙台。
現地のさわり、である。

滞在基地はウルトラの母が住む家。
最寄駅は電車は動いていない。
隣の駅まで延々と歩く。

津波被災地も当然、電車はない。
ダモフィーロは、仙台では使用できない。
那須〜仙台間の往復でめいっぱいだからである。


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開かないコンビニエンスストア。

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店内は見えない。
シャドーロールは、まさに震災を報じる新聞紙。

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仙台市内中心部、区内、
ダモシが見た限りの自動販売機は、すべて売切のママ。

一日に35km、歩いた。

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市内中心部からさほど遠くない区内のデイタイムだが、
人通りは数えるほど。

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閉まったママのガスステーション。

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<シラミがわく。戦争の時より、酷い…>という老婆の言が、
まさに言い得て妙なのであろう。

ダモシも丸二日、入浴せず(できず)。

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市街地の一景。

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広瀬川の上、
あのときから止まったママの東北新幹線。


そして現場へ。

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〜つづく。



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2011年03月28日

Mar,11-東北(3)


環境的にも、携帯からの寄稿での短文になります。

今宵、津波被災現場に出向いた。見た。
絶句と、うちひしがれるショックは、911以来だが、
種類が異なる。

安心とショック。
表裏一体のそれは、現場を見てこそ。

どんなきれいなことばをかけるより、百聞は一見にしかず。

ダモシはそもそも、
"がんばろう"とは言っていないが、
芸能人などが東京くんだりから発するそれらに虫ずが走る。

現場を見たら、その現実を知ったら、
ここのアトモスフィアを感じれば、
とてもとても、
"がんばろう"などという軽々しいことは言えぬ。

そんなもの、超えている。
そんなことを言う次元ではない。
復興以前の問題である。

じっくり書くことができる環境に戻れば、じっくり書く。


posted by damoshi at 22:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

Mar,11-東北(2)


18時に仙台泉ICを降り、
ウルトラの母、ウルトラの叔父、祖父と
無事に逢うことができた。

その前に那須で、ワイフの両親や親戚にも逢うことができた。

今宵は早く眠る。


posted by damoshi at 21:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Mar,11-東北(1)


用意もほぼ整った。パッキングの仕上げをして、
ガソリンを満タンにして、出発である。

まずは那須を目指す。
那須でワイフの両親と逢い、
そこで仙台用の物資も新たに積み込んでから
一路、今宵のデスティネーションである仙台へ向かう。

仙台のウルトラの母が住む場所への到着は、夜の予定である。

拙宅からの道程、すべてノー渋滞を切望するところである。


posted by damoshi at 10:44| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一年経って



ちょうど一年前。

今宵の空手大会と同じそれに出た頃のアントニオは、
未だ幼児年長、メソメソの過程にあった。
この大会で彼自身のキャリア初の優勝を遂げた。

その翌日から旅に出て、帰路、大渋滞の中で
レストルームが見つからず
"たちしょん"を初めてした。

一年前の春先。彼は一つの成長を見せたのだ。

あれから一年。

フルー禍で落ちた体力、愛猫ポポ死去の悲しみ、
そして直接的に巨大な被災はないものの大震災…。

それらを踏まえた中での連覇への挑戦。

ダモシは日の丸を用意し、アントニオは道着に喪章をつけた。

コドモの一年の成長は、かくも鋭いものかと、
己がコドモと共に日々過ごすことで初めて理解し得る感覚。

今宵、同じ道場からの参戦者は他に二人。
幼児年長と小学三年生。
いずれもアントニオが優勝した一月の大会でデビューした
ルーキーである。

歳下と、歳上だが後輩にあたる、その二人と共に
闘いの舞台に臨むことになったアントニオの所作を
ダモシは黙って何も言わずも見ていた。

ワイフにも<何も言うな。本人にやらせろ>と。

今宵は、単にアントニオにとってもダモシにとっても
自分たちだけの勝ち負けの世界とは一線を画すものであった。
それは事前に分かることであると同時に、
現在の世情を鑑みれば当然のことである。

昨晩、特に今回は
<勝ち負けを超越した何かを示唆せよ>と書いたのは
その部分である。

親及び指導者であるダモシに何も言われずとも、
アントニオはその二人を最大限、"見た"。

ウォーミングアップから、レストルームへの同行、声がけ、
彼らの試合前直前のスパーの相手を務める等々。

自ら率先して、献身的に動いたのである。

他人のコドモゆえ遠慮するダモシも、
感じたら動き出せ、Don't Think, Feelを実践し、
試合直前になって三年生のコドモに実戦技を示唆し、
自ら相手となって示唆した。

それは実戦で、確実に生きていた。

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小学三年の部の闘いの舞台へ、
セコンドのダモシが己にするように、
アントニオは己自身もその三年生の控え選手の列の中に
いけしゃあしゃあと入り込み共に並び
後輩たるコドモのケアを出番直前までしていた。

ダモシが何も言わずとも、自ら進んで自然にそういう所作が
出来るという点だけ一つとっても、
彼のこの一年間の成長の証明となる。

当然、ダモシもワイフも、試合に不慣れなルーキーという部分で、
その親御さんのケア含めて、全面的にサポートすることもまた
個人競技とはいえ、同じ団体ならするべきことである。

二人とも、デビュー以来初の入賞を果たしたことは
大きな自信になったことだろう。
共に臨んだ大会でそういう結果となったことは、
ダモシ軍も大いに喜ぶところである。


*****


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アントニオは一年生で風格さえ漂ってきた。

忌憚なく己が直系遺伝子の1ファンであるダモシは、
彼のポスチャーの中の男らしさ、人間らしさを
可能な限りこういう舞台で
フォーカスを向けていくフェーズに切り替わっている。

そういうシーンを残してあげよう、という親心でもある。

ファン心理と親としての心理。

単に親としての心理であれば、
己がコドモだけにフォーカスがいく。
それではある意味で美しくない。

本質的な部分は、勝った負けたとだけになりがちな
己がコドモのあらゆるコンペティションにおいて、
それだけではない何かを親自身も示唆しなければならない。

美しさ、をも鑑みるべきである、と。

それはコドモにも伝わる。
教示、示唆、美、アトモスフィア、ポスチャー…。
そして、<魅せる要素>である。

己が関わる舞台で、何を見せるのか、と。
ただただガムシャラに勝利のみを追究することは、
ダモシ・イズムとも一線を画するものである。
常々、言っていることである。

勝負するからには、勝利を目指し、トップを目指すのは
なにごとにおいても当たり前の当たり前であり、
勝てば気分良く、負ければ気分は悪いのも当たり前である。

だが、それだけであれば、文化は育たない。

すべてのベースは、<ヒトとして>である。

それらを包含したところでこそ、
<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>
につながってゆくのである。

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試合前のウォーミングアップ時や
このような、ふとした瞬間の、<人間>アントニオが見せる
アトモスフィアとポスチャー。

そこから滲み出る人格。

これもまた強さと共に、磨いていくべきことであり、
フォーカスすべきことでもあるのだ。

こういった世情の中で、スポーツという闘いの舞台における
己の佇まいの中で、<喪章>を一つ付けて闘うという意味も、
それを実際に頭で考えずにやってみることで
彼自身は何かに気がつくはずだ。

それをすることで自然に生まれるポスチャーというものがあるのだ。


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今宵、これまでのキャリアの中で、
文句なしの<最高>ともいえる気合を見せたアントニオ。

型(演武)競技で見せた最高の気合と技。

結果は銅メダルではあったものの、
あくまでもこれは判定競技であり主観も入る。

ダモシとワイフが<優勝だ>と感じられれば、それで良い。

何よりも、世情も踏まえた中で、
彼が見せた過去最高の<気合>。

これだけで手放しの賞讃に値する。

一月の大会では型は銀メダル、組手(闘い)は優勝だったアントニオ。
すなわち組手はまだ今年は不敗。

最大目標の三月初頭の大会を無念の欠場したことは
掲載済みだが、連覇を賭けた今大会。

一年生の部だが、これがグループ分けされていた。

通常は同じ一年生の場合は、
一年生が当然全員で一つのトーナメントになるのだが、

今回はグループ分けがなされていて、
それぞれのグループでトーナメントが開催されて
優勝を争う形態となっていた。

アントニオはAグループ。

同グループを見ると、
相手側とも話をしたが、
例の<ニッポン代表>選手がAグループに集められていたのである。

おそらくこれは、他のコドモたちにも
金銀銅に至る可能性を広げようという配慮のもとに
有力選手だけ別枠にしたのであろう。

一つの大会の一つの階級で、異なる金銀銅があるというわけだ。

異論はないが、
有力選手以外のコドモにチャンスが生まれると共に、
その一方で
有力選手は潰し合いになり
その中の一人を除いては優勝するという機会を失うことになる。

賛否両論あろう。形式は主催者が決めることだ。

同じ有力選手の他団体の親御さんとも懇談したが、
我々側からすれば
<タフですよね…>
<分けないでほしい…>
<全員一緒で大勢のトーナメントでいいのに…>
という声が出る。

だが、やるしかない。
それぞれベストを尽くせるよう。

アントニオは結果、型と同じ銅メダル。三位だ。

一位、二位、三位すべて<ニッポン代表>。
すべて紙一重の紙一重。

内容では負けていたぞ、と相手が思えば、
こちらは内容では勝っているのに
一発の技有りの差を埋めなければダメだぞ、となる。

いずれも昨年来、対決すればスイングする相手たちで、
それは組手に限らず型でも同様。
負ければ次にまたそのコドモを目標にし、
今後、熟成していけば
良いライヴァリーになり得る同スタイルのコドモたちだ。

ただのヘビー級で強い、という体格優位型ではなく、
クオリティの高い美しい空手をするコドモたちだ。

今宵、組手・型双方で久しぶりに当たったが、
こちらも借りを返している。
そして互いに素直に健闘を称え合える良い関係である。

清々しい。

こうなってこそ、である。
こうなってこそ、これもまた勝った負けたを超越した
<何か>という部分になってくるのであり、

米の格言
<時に勝ち、時に負け、そして時に雨が降る>
に合致する文化レベルの高い営みへと昇華していくのである。


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むろんダブル銅メダルで喜ぶレベルではない。
手放しですべて賞讃するほどダモシは甘くない。

だが、課題は明確。さらに明確になったという収穫の大きさ。
アントニオが今宵見せた所作、今宵経験した立場。
諸々の状況下でも、簡単には負けない底力と地力としての実力。

課題をクリアし、さらなるインプルーヴを遂げていくための
出来る限りのレスポンシビリティは
ダモシも果たすことで良い。

だから今宵は、何一つ叱らず、怒らず、
優勝しなくても
仮面ライダーの人形を買ってあげた。

この点でただのバカ親に戻るダモシなのだが、
それはそれ、だ。

己が一年生時を鑑みても、信じられないほどのレベル差で、
アントニオは在る。

脱帽はもう超えていて、敬意すら覚えた。

忌憚なく、ダモシもワイフも、
未だ小学校一年生のアントニオをリスペクトしている。

単にそれは<己が息子>へのものではなく、
一人の人間、<ヒトとして>である。


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今宵のダブル銅は、
単に勝敗の結果としてだけで捉えた場合、
そして連覇を目指していたという部分でも、
当然ながら納得のいくものではないが、

忌憚なく想う。

様々な要素を包含した場合、
アントニオにとってはもとより
ダモシ&ワイフにとっても、ひいてはダモシ国にとって
これまでの中でも異質に、"ものすごく"価値の高い銅メダルだ、と。

一年経った今でこその、<大いなる、金から銅>である。



*****



アントニオも彼なりに、
明日からダモシが往くことを寂しがっている。

帰宅後、ワイフに言ったようだ。

<明日から春休みなのに、
 ダディは明日から被災地に行っちゃう。
 約束していた上野動物園も閉まっているし。
 だから今しか遊べないから、遊びたいよ。
 遊んで?って言って?>

と。

未だO.D状態であるが、己が眠る時間を削れば良いだけなので、
一緒にお風呂に入り、一緒に仮面ライダーの人形で遊んだ。

本当にかわいくて、しょうがない。
一日でも逢えないのが、イヤだ。

だが、この世情の中で男親がどういう考え方であり
どういう行動をするかは重要なことである。

まずは己が親が、その親を案じて往くという
そういう行動と所作も、実際に経験することで、彼は"感じる"だろう。

Don't Think, Feel. である。


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例えば一つ、空手が好きで空手をしたくても
今は出来ないコドモ、もう出来なくなってしまったコドモも
いることだろうと想像し得る。

こうして空手の大会に出て、
思う存分、己が力を発揮できることのハピネスを、
彼自身が、言わずとも理解している。だから言わない。

自分で、己が意思で、親に言われるわけでもなく、
こうして日の丸を手にするのである。


いわずもがな<東北>だけではないが、

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である。


*****


ダモシはもうヘトヘトである。
今日は"ものすごく"疲れた。

今宵も大会後、各所へ寄って追加物資もまた新たに揃えた。

明日、予定通り東北へ向かうが、
朝早い時間に行くのは無理がある。

体力が持たない。
万全な体調ではなくとも、
事故を起こすような己が体調では、本末転倒である。

感じたら動き出せ。

その後、動き出す中では慎重に、である。
焦っては、いけない。


すべてに、

Good Luck, and Good Night.





posted by damoshi at 01:33| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

風雲急フルー(15)



相変わらずの
<アカン、ホンマに、あ菅…、トンチン菅、スッカラ菅>
状態は続いている。

言葉を失うほどで、呆れ果てるすら通り越した。

那須は、原乳の引き取り価格が異様に下がったという。
ついに那須にも生活の糧に対する影響を及ぼしはじめた。
やがて茨城同様に、搾乳したそれを廃棄するようになろう。

例えば乳牛牧場では、毎日毎日搾乳しなければならない。
毎日毎日、餌を与えなければならない。
つまりそれはコストである。
かかるコストは変わらぬ上、有事には価格が上がる。

にも関わらず、引き取り価格がまず下がり、
やがて引き取りがゼロになる。

かかるコストの分だけ赤字となれば、
数ヶ月どころか二ヶ月も持たない。

既に知られている野菜農家だけの問題ではない。

そこのところの現状含め、
いま起こっているすべての危機を
スッカラ菅は知らないだろう。

一つ一つ、day by day増える深刻な問題の、
すべてにおいて対応がスローモーなニッポン。

迅速且つ的確な決定と処置を施さぬから
悪い細胞は増殖し続けるのは当たり前である。

しこりを残したままにするのが得意なニッポン。

しこりは、初動段階で迅速に除去すべきである。
初動で失敗/遅延すれば、それはもう取り返しがつかなくなる。

既に救えたであろう命を、取り返しのつかぬものとした。

多くの事象が絡み合っている世情だが、
シンプルに一つ言えば、

<人命よりも原発の方が大事>と見受けられる時点で、
一国のリーダーとしては失格以下である。
己が給与から義援金へ回さんかい、スッカラ菅と民主党及び
全国会議員よ。

選挙の際にのみ地元に戻りニコニコ&ヘイコラする
議員どもは今、なにをしとるのか?

素朴な疑問である。

そしてこのタイミングでの東京都知事選。

ワタミにしても石原にしても東国原にしても、
しらじらしいことこの上ない。

本気で当選しようなどとは思ってもいるはずもない
ドクター中松氏でさえ
あろうことか
<防災都市・東京を>云々と言ってしまった。
嘆かわしい。

悪い意味で東京にすべてを集約したツケ、である。

米は首都ワシントンDCが壊滅しても
ニューヨークがいる。シカゴがいる。ロスや
サンフランシスコがいる。

だがニッポンの悪の構造は、
東京が壊滅したらアウトとさえいえる忌々しいほどの
劣悪なる国家構造をしている点である。

今回を機に、リアルに独立州及びその合衆による国の
構造形態を考える必要がある。

以前からずっと、北の某と琉球王国は単独扱いしているダモシだが、
根底にあるイズムは、そういう部分なのである。
各エリアがインディペンデントたれ、と。

東京依存型は、とにもかくにも危険極まりないのである。

北海道州
東北州
北関東州
神奈川州
甲信越・北陸州
東海州
近畿州
四国州
中国州
九州

そして首都でありたいならば、
東京は、東京特別区でよかろう。

いずれにせよすべてを東京に集めてしまった失敗であり、
臭いものを地方に押し付けてきたツケも
今後必ず出る。


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ほとほとボンクラ首都圏民がもたらす、
スーパーマーケットでの
天然水ソールドアウトでからっぽの棚。

(今宵の田園都市エリアのスーパーマーケットより)。



*****



親友の一人のガン発症

アントニオのフルー禍と、
春の最大目標大会の欠場

ワイフのフルー禍

ウルトラの母以下の仙台と
ワイフの両親その他の那須を含めた震災被害

それらとダモシの
オフィシャル事案のスーパー・ピーク期が
重なったこと

不遜な空手団体とのトラブル

そして愛猫ポポの死去



<風雲急フルー>は連鎖している。

オフィシャル事案でも一件トラブルが起こったが、
昨日それはネゴシエーションで
双方ジェントルマンな形で解消された。

某空手団体との問題は未だ解決されていないし、
ダモシのブチ切れもまったく収まっていない。

ナアナアにせず、しこりは除去すべく、
一つ一つ解決していくしかない。

そんな中、
アントニオにとって
一つの欠場と、一つの不参加をはさみ
二ヶ月ぶりとなる空手大会が明日、ある。

アントニオは今宵、無事に終業式を迎えることができ、
小学一年生としての学校における
オフィシャル事案を終えた。

春休みの初日の明日が、大会となる。
闘いと演武のダブル・エントリーである。

当然、彼も、他の子供も、地震の影響は精神的にあろう。
アントニオの場合は、
ポポの死去という事態も受け止める中での闘いとなる。

モメンタム云々という状況ではないのは確かだが、
その中でも、
ダモシもいつもよりはテンションは当然低いものの
この状況下で出来得ることは、やった。

明日は、アントニオは道着に喪章をつけて闘う。
ダモシは日の丸を持っていく。

失意含めた様々な想いや
ストレスフルを抱えながらも、

アントニオも自身も、
出来る中でのベストを尽くして闘うということだ。

彼はまた、それが出来る人間である。

勝った負けたを超越した何かを示唆せよ。


*****


ダモシは時を待っていた。

方法論が高い可能性で満たされたことと、
己がオフィシャル事案を考慮した場合の
スケジュール的な部分も踏まえて今しかない
ということも重なり、

早ければ明日の空手の大会を終えたら、
ワイフとアントニオを残して
日曜日にも東北へ向かうこととした。

こういった世情において、
頻繁に皆おなじことを言うが、
例の、

<ひとりひとり出来ることを>
<勇気を与えるために>

という、至極、スーパー嘘くさい台詞、くそくらえ、と。

<がんばろう>でもないぜ、と。

寄付にしても他人にそれを求めるのは、おかしい。

こういうことは
他人に求めるものではない。

且つ、己がする行為によって何が出来たのかは、
受けた相手が感じることであるからして
<元気づけるために>だの<勇気を与えるために>というのは、
不遜極まりない。おこがましいにもホドがある。


Don't Think, Feel.

考えるな、感じろ

である。

何が出来るかを/相手に〇〇を与えたい
などという屁理屈を頭で考えたり、
他人にそれを求めたりする前に

感じろ、と。


そもそも、感じているのだ。

<行こう>と。

そしてその手段、方法論、時間軸。
それらを推敲した上で
もろもろ条件が整えば、

さあ行こう、である。

栃木、福島、宮城。

特に被災者優先すべき事象の一つである
宮城県内でのガソリン給油を、
ダモシが要さずに済む方法論。

これが高いレベルでの重要事案であると感じていたが
この部分への目算が立ったことと、

スケジュール的な面や諸々の時間軸の部分も整う
タイミング。

その他。

ETCも今宵、設置した。物資もほぼ揃った。

<東北に行くぞ。行っていいか?>とアントニオに聞いた。

<マミーが困っているとき、
 助けに行くのが、男だろ。見ておけ>と。

直系遺伝子として己が息子に、
己が母親に対する行動をも見せることも必要である。

<留守中は、アントニオがマミーを守れよ>と。


まずは明日、無事に大会を終えて、
明後日、ここを発つ予定である。


Don't Think, Feel.


である。



posted by damoshi at 00:39| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

風雲急フルー(14)



早くこの<風雲急フルー>シリーズが終わることを願う。

ポポの葬儀は無事に午後終わり、
火葬にされて遺骨が戻り、
また一緒の生活が始まった。

ワイフとアントニオは今宵はポポと共に寝ている。

ダモシとワイフが深夜にポポに(結果的に)
最後に逢えたに等しく、
アントニオも逢えていたことが分かった。

こういうものなのだろう。

まさにダモシとワイフがポポと最後に逢う
その間の時間に
レストルームで用を足すために起きた
アントニオは、

隔離されているバスルーム脱衣所のドアを開けて、
<ポポ?>と声をかけたという。

ダモシが最後にポポに逢えた時には
先に書いたように
ひと際大きな声を出して啼いたが、

アントニオが覗いた際にもそうだったようだ。

人間の勝手な解釈だが、
己が命の終わりを察知していたポポが三人を呼んだのだ。

そして、声を振り絞って別れを告げたのだろう。

人間は何と無力でバカな生き物か、ということは
自然界や動物世界と比べれば一目瞭然なのは言うまでもない。

邁進するスティームローラーが如く
スクラップ&ビルドを繰り返し
カネ儲けと豊かな生活を結果的には求めて生きる人間は
何と愚か者か。

勝手に解釈して、勝手に納得させようとしているわけだ。
こうして。

結果、その時その瞬間は、それに気づいてあげられないわけだ。
後になって、そういう解釈をもって
己を納得させるのか、愚か者。

ワイフは終日、めそめそしていた。

ダモシはアントニオを連れ出して、
自転車で川沿いを散歩することに誘った。

近くの川沿いにある高校には、このエリアでは知られた
早桜がある。

咲いているだろう。

<気分転換に散歩しよう。桜を観に行こう。
 ポポにも花をとってこよう>。

そしてアントニオと川で石投げをして、しばし過ごした。
ダモシ自身、皮肉にもこれだけオフィシャル事案を忘れて
このような時間を過ごすことは久しぶりである。

<マミー、泣いているだろ。
 なぐさめてあげるんだぞ?>とダモシはアントニオに言った。

アントニオも悲しいのは当たり前だが、
昨年来、彼は様々な面での成長が著しい。
と同時にベイビー時代から接しているダモシ・イズムが
確実に身につきはじめている。

泣かないのだ。まったく。泣きたいのに。

少なくともダモシの前では涙を見せない。

ダモシは夜、一人になって、デスクに座ると、
ようやく開放されたのか、ここで初めて泣くことができる。

そして襲いかかってくるのが、
胸を締めつけられる喪失感、虚脱感、無力感の数々。

別離、死別。
愛するもの絡みのそれは恋愛から肉親、家族等の死去まで、
毎回、襲いかかってくるそれら感覚がもたらす
呼吸困難と胸の苦しさは何度経験しても同じだ。

全身の力が抜けるのだ。

ネコとの別離はダモシ国では10年ぶりのことだが、
ダモシの<心を折る>という意味では
五段階の五に位置する事象である。

葬儀と火葬をしてくれた人が、
<骨はものすごく綺麗で、
 悪いところはどこもなかったのでは?
 黒いところが一ヶ所もなかった>と言った。

見ると、本当にそうだった。
しっかりと残っているのだ。

ニューヨークで病気で死去した黒猫ロークの際は、
当然骨(格)は原型をとどめずに
黒い部分も多々あり、小さな粉々になったそれだけが
いくつもあったのだが、

ポポの場合、しっかりと顔の骨格から残っていた。

そして都合の良い愚か者のダモシは、
また勝手な解釈をした。納得させるためなのは明らかだ。

<老衰だったのでは?>

と。

要するに肝不全の状況は、
コロナウィルスでも肝硬変でもなかったのだから、
病気ではなく、老衰による肝不全だったのではないか

という解釈である。

それほどキレイだったのだ。


いずれにせよ、後悔先に立たずの謂れとおり、

後悔は、先には立たない。

また一つ新たな後悔を背負って、
人間ダモシは己が運命で死す時まで、生きてゆく。

ポポへのトリビュートとして右サイドにバナーを設置した。
写真は08年のクリスマスの際、
クリスマス・ケーキのそばでそれを眺めるポポだ。

同時に、
PRAY FOR TOHOKUのバナーも設置した。

写真は、大好きな松島を選んだ。



*****


右バーに、先月中旬から
黄色いリボンが設置されていることに
既に気づいている方もいらっしゃられると思う。

ダモシの親友のガンが分かって以来、それを設置している。

彼は今、それとのバトル中である。

勝つだろう。大丈夫だ。

俺たちはまだまだ大欅の向こう、だ。


*****


今宵も、巨人や石原・東京都や買いだめボンクラ首都圏民、
スッカラ菅その他に言いたいことは山ほどあるが、
やめておこう。

今宵の最後は、すこし気分を変えて<桜>を。

前述した拙宅近隣の川沿いにある高校の桜だ。

032011c.jpg


仙台一高の桜が満開になる頃、

今回の災害で被災された人々とエリアが、
愛する人を亡くした方々が、

少しでも胸の苦しみが軽減されていることを

切に祈る。


今はダモシは祈ることしか出来ないから、
ほとほと情けない。

仙台に行きたい。



posted by damoshi at 00:44| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

風雲急フルー(13)



愛猫ポポが死去した。

ダモシは0時頃、最後に逢った。
隔離しているところのドアを開けると、
ここ数日では最も大きな声で、にゃぁと啼いた。

ワイフは3AM頃、逢ったようだ。

その際、ワイフがドアを開けると、
ポポは立っていた、と。
まるでワイフを待っていたかのように。

ワイフは、もうダメかなと感じたという。

だから、ポポが赤ちゃんの頃から大好きだった
ヨーグルトを与えた。

まったく食べなかったポポは、
そのヨーグルトを頑張って食べたという。

それが最後だ。

朝、ワイフが起きてドアを開けると、亡くなっていた。

そしてダモシを起こした。

ここのところの事例では、
たいてい、朝ダモシが起こされるとき、
不幸や不本意な事柄がワイフから告げられる。

家族たる猫の死去は、2000年の黒猫ローク以来。

人か動物かに限らず、それがどんな原因であれ、
失った悲しみと喪失感は、ひとくちには言えない。

そして、どのようなケースにおいても、
後悔というものは必ず、ある。

最悪の中で最善を尽くす中で、
その最善が、本当に最善なのか等含めて、

後悔をあげればキリがないのである。

一つには、<今>このタイミングが、
ポポが天国に行く時だったのであろう。

いずれにせよ
ダモシ軍にとっては、"たかが猫"ではない。

ワイフが少女のように、めそめそしている。
そのワイフを見ると、
ワイフがかわいそうでかわいそうで、泣けてくる。

彼女は一生懸命、やった。

気持ちの部分でのタイミングを見て
ポポのことと震災のことをもって
教会へ行き沈黙するつもりである。


那須で生まれ、朝霞、那須、小金井を経て、
ニューヨーク。

そして北の某に、現在。

ポポは(他の猫も)、最も長くニューヨークで暮らした。

転居や海外への飛行機での移動、9.11やブラックアウト、
白血病騒動…。

ポポは、ダモシとワイフが結婚して、
未だハニームーン期ともいえる結婚三年目から
ずっと一緒に暮らし、

タフな移動や生活の中で、
ダモシ国の猫ファミリーの女王として長く生きた。

よく頑張った。タフによく生きた。

ありがとう、だけである。

ダモシもワイフもアントニオも、
ポポと過ごした日々は幸せだった。

ポポ自身にとっても
ダモシ国で一生を過ごしたことが
幸せだったことを、


ダモシは望む。


午後、葬儀を執り行い、火葬する。
当然、遺骨は戻る。
そしてポポはまた我々のもとに戻り、過ごしていく。

死者の遺骨が並ぶ、ダモシ国の殿堂。

これ以上、数が増えないことを望むが、
生命あるものは、必ずいつかはその営みを終える。



posted by damoshi at 11:03| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

風雲急フルー(12)



031911a.jpg

そもそもボンクラな霞ヶ関が、
こちらも、そもそもボンクラなプロ野球セ・リーグを
<叱る>というレベルの低いソースが
今朝の或る新聞の一面を飾る滑稽な世界観。

当たり前のことが当たり前にできないニッポン
というのは、昔から書いていたことだが、
続々とこの有事に際して露呈しているのは周知の通り。

著名人やスポーツ関係者で
ダモシがふだんは好き嫌いでいえば嫌いな方に入る人の方が
今回、妙にダモシが同意出来る発信をしていたりするが、
これもまた人間世界のティピカルな症例でもあろう。

ダモシが嫌う星野監督(東北楽天イーグルス)だが、
完全に同意出来る発言をしていたようだ。

<会議で決まる前に言わなアカンやろ。
 (文科省は)もっと早く行動するかと思ってた。
 (プロ野球側の会議でセの開幕が予定通りと)
 決まってから役人が言うのはおかしな話だ。
 だから後手後手と言われるんだ>

と。

さよう。文科省や蓮舫が"事後"(決定後)に
遅ればせながら、セの予定通り開幕に"NG"を出すのは
おかしいというわけだ。

確かにおかしい。
先に言うべきだったのだ。

蓮舫なんぞはさらにアグリーで、
遅ればせながらもよいところの一昨日にもなって
首都圏のコンビニエンスストアを視察して
<買いだめ>を控えるように訴えている。

too lateにもホドがあるというものだ。

いちいち視察に行って何が解決するのか,と。

今朝の田園都市エリアの西友。
大型店舗だが、店の前のストリートに車が路駐。
持ち主は西友にお買い物。40代女性。

駐車禁止エリアに駐車した車に戻ってきては、
大量に買ってきた
トイレットペーパーやティッシュペーパーを
鬼気迫る表情で後部座席に投げ込み、
それが終わるとまた怒濤の勢いで西友店内へ。

そしてまた、大量のそれを買ってきて
車中に放り投げた。髪を振り乱して。

我欲の極みである。

それを見ていたワイフは、情けなくなったという。

必要最低限のものだけを買い物するワイフは、
レジで並ぶ長蛇の列に聞こえるように
店員に話しかけたという。

<まだバカみたいに買いだめしている人、
 いるんですかね?>

と。

<な。こういう時、本性が出るんだよ>とダモシも呟いた。

<平時に"よゐこ"な者に限って、有事に本性が出るものさ>と。


拙宅最寄りのガス・ステーション。
猫の病院へ行った帰路、大渋滞になっていると思いきや、
給油のための長蛇の列だった。

アホか、と。

<こんな列に加わってまでガソリンを入れたくないよ>

<これで入れたとして、わぁ満タンになったぁ
 って喜んでいられるか? なあ、アントニオ。
 俺たちだけ喜べるか? アホか、ほとほとこの行列の面々…。
 我欲だな、我欲…>

とダモシは呟いた。

そしてダモシとワイフは語り合った。

ティッシュペーパーもトイレットペーパーもガソリンも
すべてまずは全部東北に持っていけよ,と。
ここらでは売るなよ,と。
売る方も売る方だぞ,と。

まったくもって、なっていない。品格の問題だ。

何度も書いている通り、有事の際に、
その人間の本性は出るものである。

今回、巨人軍もその本性を遺憾なく発揮している。

不本意だろうが、
巨人軍がほぼ決めているのであろう
セ・リーグの開幕日を、延期することになったようだ。

だがそれは、3/25→3/29としたに過ぎない。
なぜそんなに早くやりたいのか。
パ・リーグと合わせて12チームで日本のプロ野球リーグではないか。

同じ延期するならするで、
パと同じ4/12開幕で良いのではないか?

まったく理解ができない。

そもそも、だ。
そもそも今、福島の原発問題で苦しんでいる避難者を
さいたまスーパーアリーナが受け入れた現状である。

東京ドームは、なにをしとるのか、と。

さいたまスーパーアリーナはサード・セクターで、
東京ドームは民間だからというのは理由にならないし、
それを理由にしているご時世ではない。

宮城の市井の自転車屋さんの男性は、
己も被災者であり、己が親族は行方不明に関わらず
店を開け、自転車の修理に訪れる数多くの人のために
自転車修理などを無償で行っているという。

東京ドームは、そんなに偉いのか? と。

東京ドームでの3/25の
照明目映いナイトゲームでの巨人の野球と、
例えば大相撲の特別相撲を東北のどこかでやるのと、

どちらが当地の人々(とりわけ被災者には高齢の方も多い)に
喜ばれるか?

ダモシは<後者>だと思う。

力士の中には東北出身者も多い。

逆に、本場所は自粛している大相撲こそ時期を見て
デイタイムの屋内外含めて特別巡業を行ってはいかがか。

そして野球でいえば、
東京ドームの巨人戦が<こんな時こそ勇気づけ>には
まったくならず、

東北楽天イーグルスのゲームこそが、
東北の人に何かを届けることができるのだ。

どう考えても
<東京ドームでのナイトゲームの巨人戦=3/25>
は、あり得なかったわけである。


*****


アントニオの空手の件も同様だ。

あんぽんたんが、いるわけだ。

結局、無連絡だったが、
のうのうと今日開催されていたことであろう。

その主催者団体もまた、本性を暴露したことになる。

属する事務担当にも館長にも連絡なし。
ダモシにも連絡なし。

開催するしないは主催者の判断であるから
言は持たないとは書いている。

要するに、その態度と口のきき方、
そして配慮の問題を言っているのである。

館長とも電話会談したが、
ダモシは正式な文書で抗議文の書類を作成した。
送る。

説明及び謝罪を求めるものだ。

ダモシは<ちゃんとしない>者は許さない。
ナアナアで済ませない。

これで無反応であったり収束に向かわなければ、
次は果たし状になるだろう。
今回のブチ切れは、ある意味でニューヨーク最後の日の
米国ANAが働いた暴挙の際以来ともいえるほどの
沸点に達している。

一対一のタイマンで、且つそれは竹やぶの中、
非公開、ノールールの、果たし状。
これを発行するまでには至らせないで頂きたい。

相手がジェントルマンで社会的なヒトとしての対応が
仮に最後まで出来ないなら、
その時は武力行使しかなくなるからだ。

それほど今回、怒っているということである。

ヒトとして、社会人として、
そして武道家として、まったく品格に欠けている。

逆に、昨日掲載した他の団体の所作は見事だが、
それに加えてゴッドハンド系の団体の
(アントニオが一月に優勝した大会の系統の)次の大会も
4/10に予定されていたが、

そちらも主催者がまともで、
既に月曜日の段階で<中止>を決定した旨、
連絡をしてきてくれた。

<苦しんでいる方が大勢いる事を考えて中止の上、
 皆さんから募金を集め、飲料水など送るつもりでいる>

という。

これがヒトとして、社会人として、武道家として
とるべき所作ではないか,と。

来週末の、現時点では開催する方向という大会主催者にしても、
諸々の事案を考慮及び配慮した上で、
きちんとした連絡をとってきている。

のうのうと開催したのであろう今宵の大会主催者への
抗議文書には、

参加費についてもダモシは言及した。

結局、のうのうと開催したということと
その開催有無の連絡すらしてこなかったということは、
不参加の者には参加費を返金しないということであろう。

お金の問題ではない。

ならばその不参加の者からの参加費の使途を明らかにせよ
とも書いた。

端的に言えば、浮いたから飲み代にするなよ?
ということであり、

不参加者からの参加費を返金せよとは言わぬから、
せめてそれを義援金にするなど、
すこしは頭と心を磨けよ?
と言っているわけである。

まあ、そもそも品格が欠けているから
そういう思考も沸かぬだろうが、
ダモシの性格は、

<啼かぬなら啼かせてみせよう>なのである。

ナアナアはしない。
こちらはフルコンでありストロング・スタイルである。

不遜な態度でこれまで通ってきたのだとすれば、
ダモシの前をそのまま素通りはさせないぞ、と。

相手が不遜で、反省しなければ、
分かりました、では、リアル・シュートしましょうか
ということになる。当たり前だ。

そうなればもう一切、ロープには飛ばない。

世情や状況、環境、アトモスフィアに応じて
生き物は<変化>しなければならないのだ。

ダーウィンの進化論である。

その変化はイコール、進化である。


*****


猫ポポは、引き続き重篤な状態である。

今日も二度、病院へ行った。

高齢なのは間違いないが、何とか助けたい。

病名及び病巣の確定には至っていない。
あらゆる可能性をドクターとたぐり寄せているところである。

コロナウィルスという当初最も可能性が高かったそれが、
今朝出た一つの検査結果では、下がった。
その可能性が減ったのだ。

仮にそれだった場合、他の三匹も危険になる。

しかしその可能性が減っただけで、
別の検査結果を待っての判断になる。

まずはその状況にあって、
では次の考えられる可能性はどこか?
となった時、肝臓が出た。

そもそも黄疸が出ていて、肝臓の数値が異常で、
かなり度を超した数値レベルゆえ
深刻な状態だったのだが、

コロナウィルスの可能性が少し減った今、
肝臓そのものへフォーカスを向けた検査の一つを行った。

エコーだ。

猫の肝臓の場合、エコーをすれば肝硬変等の様子は
鮮明に出るという。

結果、肝硬変の様子は見られなかった。

それが夜、分かったのだ。

しかし肝臓はもはや致命的(肝不全)な状態。

病名及び病巣を確定させるには、
細胞を調べなければ不可能だ。

生体検査を行うことだが、
それを行うことのリスクが大きい。
肝臓機能が厳しい中(出血したら止まりが悪い)、
それを施すのは危険過ぎるだろう、というオピニオンである。

ダモシは即応。

危険なそれをいま、やるべきではない、と。

病名・病巣を確定させることよりも、
それがどこで何なのかの可能性を一つ一つ埋めていき
より高い可能性のある病気・病巣を割り出して
それのための処置を施す方を選ぶということである。

要するに、確定診断よりも、推定診断である。
その推定診断の精度を高める(可能性の高さを選ぶ)。

今宵選択したのは、対症療法である。

肝臓がダメージを受けているのは、
数値からしても明白な事実であるからして、
肝臓が病巣ではないにせよ
肝臓をまずは少しでも何とかしたい、と。
その処方である。

・肝臓が致命的なダメージを受けていること
・黄疸が出ていること

その他を総合的に判断すると、
そういう症状からして
当初はコロナウィルスの疑いが高かったわけだが、
その疑いが少し減ったところで、

では次は肝臓というフォーカスなわけだが、

その症状から見て、膵臓のケースもあり得る、と。
だが膵臓の検査(血液)を今宵行うことは避けた。
ポポの体力面を考慮して、だ。

今宵、病院では話題には出なかったが、
胆管肝炎なども視野の一つにはあるのではないかとも
考えてもいる。

明朝また病院へ連れていく。
病院も特別に対応してくれるわけで、感謝である。

いずれにせよ重篤な状態であり、
時々刻々と、命が関わるSINK or SWIMのシチュエーション。

一分後、どうなるかは分からない。

今宵も寝る前に、隔離しているところのドアを開けるのが怖い。




posted by damoshi at 23:33| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風雲急フルー(11)


プロ野球の開幕問題。

パ・リーグは延期を決めたが、
セ・リーグは名古屋のトップの
<延期する理由がない>という素っ頓狂な意見も出て
予定通り3/25開幕で決まったのが昨日のこと。

名古屋のトップはニッポンに住んでいるのに、
頭と心はどこか別のところにあるようだ。
震災が起こったことも知らないのかもしれない。

3/25開幕に納得がいかないのが選手会。

阪神の新井会長以下、選手会の総意として
再度、延期または開幕するにせよナイトゲームを避けるよう
要望するようだ。

これに会社側=オーナー連中が、耳を傾けるか否か。

セ・リーグに在籍する各企業のトップは"試される"ことになる。

予定通り開幕させる大義名分としては、
コミッショナー声明において詳しい。

要するに
<被災地の人々に出来るだけ勇気を届け…>という
お決まりの、例のアレだ。

元気づける、勇気づける、希望を与える等々の
ある意味で安直で軽々しい大義名分。

もう、やめましょう。これらの言葉を用いるのは。

そんなことは、受ける側のウェイトが大きいわけで、
提示する側が<勇気づけられたでしょ?>と
ハナから予定調和で偽造するものではないことが
分からぬか。

リアルに勇気づけたいなら、いちいち言わずに、
勝手に勇気づけたら良いではないか。
そしてそれが目的ならば、必ず事後マーケティングをしろよ、と。
<どうでしたか?煌煌と光が射す東京ドームでの
 巨人の野球で、勇気づけられましたか?>と。

目的が達成されたか否か、きちんとリサーチしなさい。

ロジック的には、こうなるぜ? と。


つまり、こういう問題というものは<アトモスフィア>なのであり、
<時間>なのである。

アントニオの空手大会しかりだが、
未だ一週間というこの時間軸の短さと、
未だ復興へ向かうよりも被災者の救済が滞っている世情。

これを包括したところでのアトモスフィアを察知して、
開催するのか否かを考えるべきで、

センスの良いスマートな頭脳と、
経験に裏打ちされた感受性の高い豊かな心があれば、

少なくとも今週は(関東や東京首都圏では)
まずイベントはあり得ないわけであるし、

尚かつ25日にしても、
(ナゴヤドームのナイトゲームを除いては)
東京ドームと神宮球場でのナイトゲームを
予定通り開催するなどという
破廉恥な選択に至るわけがなかろう。

ネジがひん曲がっている。

コミッショナー声明は続く。

<日本全体にはまだまだ底力があるのではないか
 という冷静で正確な事実認識を持って頂くための発信
 を行う役割を担うべく>

と。

おこがましい。そして、思い上がりもいいところである。

野球や空手がそれを与えられるとすれば、
平時である。

開幕を一週間くらいズラすことくらい、なぜ考えれないのか、と。


頑張れ、選手会。

一歩も引くな。
ストをやってもいいぞ。
at least, 東京ドームと神宮の開幕戦ナイトゲームは、やめさせろ。

今回の件では北海道日本ハムの球団代表が
最も的を得た発言をしている。


<野球には元気を与えられるという力がある
 ということは信じている。

 でも、時期的なものでセ・リーグとは差が出た。
 セの理事長は
 "物理的な問題でパは(そもそも)開幕出来ない
 (から延期でいいのだ)"と言っていたが、
 ちょっと心外だ。

 物理的な問題ならば、(4月)12日(開幕)は
 早いかもしれない。

 災害が現在進行形な中で、何ができるかということ。
 我々は、精神論で頑張れと訴えるのは
 今ではないと判断した>


まっとうだ。素晴しい。だが、これが普通であると思う。



*****



アントニオの明日の大会は、正式に書面で、
参戦しない旨を主催者側へFAXを送付した。

結局、開催の有無を連絡してこない主催者。
異常だ。

来週末、土曜と日曜で別の大会がある。
アントニオは土曜の大会に出る。
同じ道場からは土日続けて出る選手もいる。

その二つの大会主催者からはきちんとした連絡が来た。

当たり前の対応であった。

アントニオが出る大会の主催者からは、
こういう連絡である。

開催する予定だが試合場として使用するマットが
いつも使用しているものと別のものになるか、
あるいはマットを使用せず畳の部屋(会場差し替え)での
試合になるかを勘案中、調整中。

且つ現在のガソリン不足の世情から、
車を利用出来ずに電車での来場になる方もいると
想定されるため、遅刻等を認めるなどを含めて、

現在、検討中である、と。

まっとうである。これで良い。

アントニオは出ないが、もう一つの大会。
この主催者は大会中止を決めた。
これも至極まっとうである。これで良い。

中止を決定し、既に振込済の参加費も現金書留で
戻してきたという。

明日の大会の主催者とのこの差は何だ?

と。

ダモシは怒りが未だに収まらぬ。
後日、正式な文書で抗議書を出し謝罪要求をする可能性もある。

基本的には明日の大会の主催者が開催する大会には
今後一切関わらないことは、

ダモシ国の閣議決定済である。



*****



かようにこういった有事の際には、
選択と対応が大きく分かれる。

<人それぞれだから>は当たり前。

当たり前のそれで片付けていたら、
世の中から争いや主張は一切、消えてなくなる。

人それぞれにもホドがある。

許せぬ、そして納得できぬ、まったく相容れぬ価値観は、
厳然とある。

だから世界から戦争や紛争が消えないのである。


と同時に、

かようなアンポンタンがいることで、
それが反面教師となって、

ちゃんとしよう

と思慮深く、豊かな感受性を身につけていくことにもつながるわけである。




posted by damoshi at 00:24| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

風雲急フルー(10)



既に周知の通りだが、以下の報道である。


*****
東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡り、
米政府が原子炉冷却に関する技術的な支援を申し入れたのに対し、
日本政府が断っていたことを民主党幹部が17日明らかにした。

この幹部によると、米政府の支援の打診は、
11日に東日本巨大地震が発生し、
福島第一原発の被害が判明した直後に行われた。

米側の支援申し入れは、
原子炉の廃炉を前提にしたものだったため、
日本政府や東京電力は冷却機能の回復は可能で、
「米側の提案は時期尚早」などとして、
提案を受け入れなかったとみられる。

政府・与党内では、
この段階で菅首相が米側の提案採用に踏み切っていれば、
原発で爆発が発生し、
高濃度の放射性物質が周辺に漏れるといった、
現在の深刻な事態を回避できたとの指摘も出ている。

福島第一原発の事故については、
クリントン米国務長官が11日(米国時間)に
ホワイトハウスで開かれた会合で
「日本の技術水準は高いが、冷却材が不足している。
在日米空軍を使って冷却材を空輸した」と発言し、
その後、国務省が否定した経緯がある。
*****


いかに米が適確な断を、しかも即時に下しているかが分かる。

それに対して、スッカラ菅は、だから<あかんわ、ア菅…>となるのだ。

政府と永田町、霞ヶ関は、
一体、人命を何だと思っているのか,と。

実験台だろう。要するに。

現場で作業にあたる人々の命の危険を考えたか?と。

スッカラ菅は、
<俺は原発に詳しい>と宣ったようだが、

そういうことを言う上にこういう対応だから
出てくる普通のロジックとしては、

<ならば、お前が現場作業しろよ>となるだろう。

不眠不休で対応に当たっているというが、当たり前だ。

且つ周囲の<休んでください>という声にも
耳を傾けないようだ。

ニッポンのこれが体質、風土。
会社もそうだ。

トップや上が率先して合理的に物事を進めないから、
下が常に<休みづらくなったりする>という
悪しきニッポンの体質でもある。

そもそも寝なければ/休まなければ

必ず<精度は落ちる>のだ。

それは仕事でも恋愛でも何でもそうである。

そこのところを理解せず、
自分が一番やっている的な所作は、
ただのパフォーマンスということになるわけである。


即刻、廃炉にせよというのは、
昨晩ダモシも書いたが、

さっさとそうしていれば、
被ばくや避難や危険に直面している人々を救えたし、
救えるのに、なぜそれが分からないのか。

情けないことしきりである。


あとは昨晩記載の通り、停電である。

ほとほと、
だらだらせんと、一刻も早く東京首都圏を
全停電にせえよ、と。全電車動かすな,と。

終日が危険なら、
例えば数時間だけでも良いから、一回それをやってみ?

一斉にやるのだ。

とにかく一回やってみ? と。

やれば分かるから。クリアになるから、だいぶ。




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風雲急フルー(9)



今朝、目覚めて一番に、
バスルームの脱衣所に隔離しているポポの様子を覗いた。

<ポポ?>と声をかけると
昨日は無反応だったのだが、<にゃぁ…>と弱々しくも
反応があった。

首筋をさすってあげると、ごろごろと喉を鳴らす。

愛おしい。

いつもの如く今回も最悪の中での最善を尽くす。


*****


アントニオがやっているヒップホップ。

その大きな発表会が今宵の予定だったのだが、
ダモシから言わせれば当然の<延期>。

主催者側は、<代替日>をすぐに設定し、
且つそれを迅速に連絡してくる。

これが普通である。否、これこそ、そうするべきであり、
行動としてはソシアルライフとして適正な処理の仕方である。

空手の某団体とは大違いであり、
ここで品格の差が出る。

空手でも団体や流派によって、
ドン臭かったり、柄が悪かったり、
今回の件の組織のようにソシアル的な適正対応が出来ない
ところもあれば、

ダモシが属している団体のようにジェントルマンなところもある。

その差は、そこに属している者の生き方とキャリアの中で
どういう経験をしてきたかにもよるし、
社会人として、ヒトとしてどういう類いなのかによっても
大きな相違となって露呈する。

要は、それぞれであるからして、
否定するものではないが、
相容れない絶対的な相違は厳然と存在し、

またそれに対して無頓着で我欲に塗れている場合は
何とも思わず/感じずという類いのヒトもいれば、

ダモシのように感受性が強く情緒的な面もあるヒトは
その逆になる。

鈍感か敏感の違いや、鈍い/鋭いの違いともいえる。
配慮のない者/配慮する者、
思慮のない者/思慮深い者の違いともいえる。

それは有事の際の一般社会人の対応も同様で、
大きな大きな差異となり露呈し、
ひいてはそれが決定的にして致命的な決裂に
つながることもある。

9.11を境に、別離したアベックたちなどが
その典型的な、一例である。

要するに<本性>である。

たいていのニッポン人はふだん<よゐこ>ぶっている。
世界からも誤った認識で良い解釈をされることも多いニッポン人。

だが、ダモシに言わせればそれはまったく違っていて、
異国で暮らし、諸外国人と接したダモシから見れば、

<恥ずかしい>ほど、ニッポン人はダメだ。
それは昔から言っていることで、
ゆえに今回の外国の報道を通してニッポンの
ぼんくらメディアが伝える
"外国がニッポン人を賞讃している"云々は、

胸がむかむかしてくるわけである。

仮に本当にそう外国メディアが報道していたとしても、
彼ら自体がまた東京首都圏などの
アグリーな人々のリアルなマインドや行動を見ていない。

要するに本質を見ていない。
分かりやすい被災地と被災者たちのポスチャーから
そう報じているだけだ。

そのあたりは、
ワイフのニューヨーク時代の顧客の方からも
わざわざ今朝電話をかけてきてくれたが、

ニューヨーク在住のニッポン人は
ダモシ軍の味方であり、感覚は近い。

ある意味で、
だからそもそも彼らはニューヨークで
タフに生きていけているわけだが、

その方も怒っている,と。

スッカラ菅にも。

恥ずかしい,と。

ニッポンが。

表層だけ見て、ニッポン人の所作が立派だというのは
容易いことである。

本質を見なければならない。
良い面も悪い面も同等に本質を見なければならない。

そして良い面を<よゐこ>ぶって書き連ねることは
簡単なことである。

こういう時に露呈する<ふだんは、よゐこ>らの、

本性をきっちりと見極めることは案外難しいのだが、

それはきっちりと豊かな感受性で受け止めねばならぬ。
受け止めたら苛立ちストレスフルになるが、
そこから逃げてはならないということである。



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2011年03月17日

風雲急フルー(8)


プロ野球セ・リーグの、
東京ヤクルトの宮本内野手が球団側の対応に怒っているようだ。

ダルビッシュも、阪神の金本も同じことを
言ったようだが、

彼らが言った
<"こんな時だからこそ野球で勇気づけて"
 などという時期ではない(場合ではない)>は、

まったく同意する。

基本的には上記の選手のことは好きではないが、
今回の考え方には同意する。

同じことはプロレスリングNOAHの
ヘビー級王者・杉浦貴も言っている。

そしてダモシも同様。
昨日掲載した空手の件だ。

そもそも

◆未だ一週間という単位での時間的経過

◆未だウルトラの母もウルトラの叔父もそうだが、
電気しか復旧しておらず、よりによって寒い中で
過ごしている被災者は大勢いる

◆未だ行方不明者や避難所にいる人も大勢いる

◆未だ原発問題や、その当該エリアで避難所での生活を
余儀なくされている人々が大勢いる

◆全力でそれらに対応している現場の人が大勢いる

◆未だ電力不足、未だモノ不足

◆その他

という状況下で、何が空手か、何が野球か,と。

<やりたい側>(=延期したり中止したくない側)=我欲

の深層心理的なリアルなマインドは、
<やりたい>である。

<やりたい>のである。

やりたいならば、<やりたいのだ!>と正直に言えば良い。

それを取り繕って偽善者ぶり、キレイごとを述べて
決まり文句である

<こんな時だからこそ>
<自分たちに出来ることを>
<勇気づけるために>

を登場させる。

アグリー極まりない。

大会に出たい/出れば優勝出来るという自信を持っている
アントニオに、ダモシは言った。

懇々と分かるように説明した。

な? と。
こういう状況の時に、
のうのうと明るい体育館の中で電気を使って
空手をやって勝ってワーッと喜べるか?

と。

おばあちゃんだって、じいじ、ばあばだって
苦しんでいる。

な? と。

皆、電気が必要で電力不足の中で、
関係ないとばかりに電気をいっぱい使って
大会をやるのは、おかしくないか?
そういうのを、自分のことしか考えていない奴というのだよ、と。

必ず、罰が当たるからな、と。

死んだ人が知らない人だからといって
関係ないということはなくて
例えばアントニオの仲良しの子が地震に遭って
死んだり行方不明になっているのに、
その一週間経たないうちに、大会に出て勝った負けたと
やっていられるか?

自分がそうなったとして、あっちの方で他の人が
わいわい楽しくやっていたらイヤな気持ちにならないか?

などなど、説明した。

電気を必要としている人たちがいるのだよ。
その時に、まだ一週間というこの段階で
のうのうと電気を使って体育館で空手をやるという。
そんなものに出て気分がいいか?

と。


皆、口ではメッセージを発したり、
なんのかんのとキレイごとを述べているが、
まったくもって心の深層では別のこと=我欲
があって、それが透けて見えるのだ。

今もってダモシは昨日の空手の件は怒り心頭なのだが、
結局は無神経であり、自分のことしか考えていないわけである。

ダモシは断を下した。

今週末の大会は、主催者側のエゴで予定通り開催されたとしても、
参戦しないことを決めた。

そもそも生き方と考え方が異なるのだ。

それは当然だが、
9.11もそうだが、有事の際にはそれがハッキリと出る。

そしてそういった根本的な考え方や生き方、観念の違いは
どう足掻いても埋まるものではない。

であれば、賛同出来ない考え方の異なるものには
関わることを拒否するということになるわけだ。

シンプルなことである。

ダモシ国を代表するリーダーであるダモシの
考え方と観念に、国民のワイフもアントニオも賛同した。

決定権を持つダモシの決定により、

今のこの世情と状況下においてもなお
空手の大会を開催するという
主催者側の無神経には激怒しており、

一切関わらないものとする。

今後も、その主催者が主催する大会等には
一切の参加や関わりを拒否することにした。

そんな無神経な主催者が主催するようなレベルのものに、
己が大切な直系遺伝子を関わらせることは
親のレスポンシビリティとしても
家族という国の代表者である者としても

絶対に出来ない、と。

ダモシはアントニオに言った。

<他人にリスペクトを払え。
 有事の際は、自分のことよりも
 被害に遭った人のことを想え>

と。

どうぞ、勝手にワイワイやってください、という心境である。

同時に
強者アントニオが出てこないことで
ラッキーを喜んで、皆、勝ってハシャげば良いだろう。

必ず罰が当たる。

というか、ダモシがその念を送る。



*****



未だ被害災害が続く一方で、
ダモシ国の内憂も続いている。

今朝、ダモシが自宅を出て
オフィシャル事案先のオフィスに着いて
打合せを始めた頃、

ワイフからメールが入った。

猫のポポが異変を来した。
緊急で病院へ行った。

既にオフィシャル事案先のオフィスは、
社員には自宅待機令が出ていたことで
ほとんどの人はいない。

ダモシもそこでやるべき〜今日やらなければならないことを〜
終えた夕方、帰宅する。

その間、ポポは検査をしている。

ちょうど病院から連絡が来て
ワイフとアントニオが病院へ行く頃合いに
ダモシの帰宅が重なったため、
病院で合流した。

ドクターから想定される病気の説明を受けたが、
致命的にして悲劇的な状態である。
絶望的といってもよいだろう。

自宅に連れて帰って来たが、
現在は隔離しているところである。

病気が何であるかは確定には至らないようだが、
最も疑いの濃い病名〜それならばもうあとは時間の問題の
生死の問題である〜である可能性の高さを埋めるための
検査も現在行っている。

明日から三日後に判明するが、
それまで持つか否かが現時点でのフォーカスである。

ワイフはもうメソメソしている。

そしてその病名であれば、
最悪な場合は他の三匹も、という可能性が高いという。

そうなれば、一気に雪崩をうったように悲劇的な事態へ陥る。

ポポの隔離及びいつなんどき最悪のケース(死亡)に至るか
分からぬ状況で、

仙台のウルトラの母にしても未だ電気がわずかにあるのみだが、
よりによって寒い天候が続くという最悪も重なり、

ダモシ国関連の個人的な部分〜内憂〜も、
困った事態に陥り、

ある意味でダモシ国の非常事態宣言ともいえる。

先々週末のフルー禍から、間に東北関東大震災、そして猫禍。

ダモシが企画開発しているオフィシャル事案の商品も
こんなに努力してやってきても
発売延期等の可能性も当然出てきている。

ここはどのようなことになっても、
スッカラ菅やア菅にならぬよう
ダモシ国におけるリーダーとしての選択と行動を
しなければならない。

正直、仙台に飛んでいきたい。
一方で、ポポのそばにいてあげたい。

また、揺れた。


最後に、

政府よ、東京電力よ。


この三連休、東京首都圏をすべて停電にせよ。

中途半端にダラダラやらんと、一気にそれをやったらんかい!


そして原発。

もう、それを捨てろ。
コンクリートで固めろ。

中途半端に復旧や防御をしようとせず、
さっさと廃炉にせよ。


空手の件にしてもそうだが、
なぜ、マトモな断を下せないのか、ニッポンは。

ニッポン、否、霞ヶ関と永田町の常識は、世界の非常識。


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日は登り、日は沈むのである。

この三連休、神奈川含めた東京首都圏をオール停電にせよ。

これでこそ合理的であり,クリアである。
そして、これでこそキレイごとを述べている輩の本性が出る。

これでこそ、少しでも、わずかながらでも
被災者たちと痛みを分かち合えるのである。


まずは東京から身を挺して、示せ。

永田町と霞ヶ関、そして東京都庁。
これらが停電になっても困らない。

そもそも指導者たり得るものがいないのだから。

各地方の州政府独自と諸外国でジョイントして
事態に対応する方が、はっきりいってうまくいく。



ほとほと、

ちゃんとしろよ、スッカラ菅。




posted by damoshi at 22:02| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風雲急フルー(7)



<アカン、ほんまに、ア菅>。

031611a.jpg

いずれにせよ当初から記載しているように
迅速さに欠けた政府の初動ミスである。

即座に外出禁止令を出さなかったことは致命的だ。
即座に買いだめしないように指令を出さなかったことも同様。

少なくとも東京首都圏においては、
月曜から<企業>には出社させないよう、
<ヒト>にはSINK or SWIM以外は無要に外出しないよう、
指令を出すべきだった。

それは政府のみならず東京都=石原の責任でもある。

被災地はもとより、
計画停電により首都圏でも一部は停電の憂き目を浴びている。

その一方で永田町や霞ヶ関、都庁のある新宿などは
のうのうとぬくぬくと過ごしている。

福島でも怒りは沸点に達していよう。
福島県民は政府の実験台か、と。

そしてそもそもから記載しているように、
リアルに今後は米のように州政府単位のシステムに
移行していかなければならないことが
今回ではっきりと分かっただろう。

州政府にすべしというのは昔から言っていることだ。

東北州にして法律も税率もその州独自のものとして運営。
リスクを負うかわりに政府=国=東京から
無理難題(原発等)を押し付けられることはなくなる。

石原も、政治家も、偉そうにモノを言うのなら、
原発も米軍基地もすべて東京で引き受ければ良いのである。
話はそれからだろう。

端的にいえば、そうすれば東京からヒトは減り、
街としての本来の機能は正常化する。

そもそもヒトが集まり過ぎているのである。

だから電車もああなる。
分かり切っているのにも関わらず、
政府はその対策や指示、指令を明確に出さないから
月曜日のような大混乱になる。

企業も店も同様。
生活必需品を提供する店は別として
パチンコ店や風俗、夜のネオン街の店などは
この時にわんさか営業している場合ではないはずだ。

企業も、社員を出社させずに自宅待機にしなければならない。
既にそれを月曜から本来はやるべきなのである。

遅い。

昔から言っていることだが、
世界レベルで比べると
ニッポンはそういう即断即決しなければならないことが
出来ない習性を持っている。

リーダーにリーダーシップがなく、ゴリ押しする度量もないから
こうなるわけである。

誰がやっても一緒というが、
おそらく小沢首相だったら、スッカラ菅よりも、
こういう有事の際に力を発揮したはずである。

被災地と被災者第一。
もとより原発エリアも同様。

おたんこなすなムーヴメント、あるいは、意図的な仕掛けか知らぬが、
<米ではニッポンが賞讃されている>などという
ソースが出たりしているが、

ダモシから言わせれば、逆だ。

むろん我慢強く耐えている被災者は大変なマインドであろうが、
首都圏の多くは酷いものである。

それこそ一点だけ石原の言で言い得て妙なのは、
<我欲>である。

まさしく<我欲>に取り憑かれているように見えるのだ。

朝っぱらから開店前の東急ストアの前で行列を成す阿呆共。
本当に君たちはそのモノが必要なのか?と。
ガソリンを入れるために行列を成す車の中には
たっぷりと余力があるにも関わらずの輩もいる。
あなたの車のガソリンは本当にSINK or SWiMの状況なのですか?
と。

要するに口では
<自分に出来ることを>だの<冷静に>だのと宣っているが、
9.11も知っているダモシから言わせれば、
首都圏の人間の所作は、ちゃんちゃらおかしいと言える。

世界が賞讃しているだ、と?
それは東北の人たちのことであって、
ニッポン人全体ではない。

特に最もエクスポージャーの多い首都・東京に関しては、
ダモシは認めるわけにはいかない。

まさしく<我欲>である。



*****


このようなシチュエーション下では、
予定されているイベントの開催を中止にするか延期にするか
強行開催するかなどは、判断の分かれ目になろう。

プロ野球やフィギュアスケートの世界選手権など
大きなイベントも多く予定されていた。

イベントはコドモの空手でも同様に、ある。

今週土曜日にある大会に出るつもりで調整している。

だが、実際的には、マインド的にも
空手の大会をやっていて良いのか?
というところである。

その開催に関する情報が一切、参加予定者に伝わってこない。

そういうことを黙って指をくわえているダモシではない。
そういう性格ではない。

主催者側にワイフが問い合わせた。
その後、主催者側から連絡が来て
<開催する方向である>旨が伝えられたが、
ダモシは釈然としない。

ダモシは受話器をとった。

そして、そこで久しぶりのリアル・ブチ切れとなる。

もう、のっけから相手の言葉づかいと声色が不遜な態度なのである。
想像することはできる。

(混乱している中で、彼も苛々しているのだろう)と。

だが、そんな相手の立場を慮ったとしてもなお、
だからといってそれに甘んじる性格ではないのがダモシである。
怒ったダモシと相対した相手は常に、
結果<相手が悪かった>ということに帰結してしまう。

だから怒らせないようにした方が良いのだが、
電話の場合、
相手は<ただの父兄>と錯覚してしまうのだろう。

主催者側はそれこそ空手マンだろう。
腕にも自信があるだろう。
非日常的な中、苛々もしている。

だが、相手が悪かった。<ただの父兄>ではなかったからだ。

<ただの父兄>だと思った人が、
一歩も引かず
逆に凌駕するオフェンスをし始めて
<何だその物言いは>と叱られる。

・体育館側の判断待ち

この一点を、開催するか中止にするか延期にするかの
判断基準だということを宣ってしまったから、
ダモシがまず怒った。

そもそも空手をしている場合ではなかろう、と。

そしてこのガソリン在庫切れの中で、
車で来場することを想定していた人で
来られなくなる人も多数いると想定される。
にも関わらず開催した場合、それはアンフェアだ、と。

それで闘いがフェアになるというのか? と。

そちらは主催者側で近いでしょう。
車に相乗りして来場?
では、そうじゃない人は二時間くらい早朝から電車やバスを
乗継いで勝手に会場に来いというのか? と。

コドモはそれだけで疲労するだろう。
その中で闘うことはアンフェアだと思わないのか? と。

そういうことを総合的に咀嚼した上で
判断するべきにも関わらず、
会場側の<使っていいよ/使ってはダメよ>という回答だけが
あなたがたの判断材料というのは、おかしくないか?

と。

さんざん理路整然と詰め寄られたわけである。
相手は。

もうダモシはこの時点で怒っているから、
怖いくらいのクールさで懇々と理路整然と追いつめていく。

すると相手は
ますます動揺し興奮する。

そして、つい、あらぬことを口走ってしまう。


<俺は忙しいんだ。あなたはヒマなんだろうが>。
<ヒマだから、電話してきてるんだろ>。

言ってはならない台詞である。

もうダモシはブチ切れた。
今のダモシに<俺は忙しいが、あんたはヒマだ>と
言ってのける神経は、逆に無邪気で微笑ましいが、

完全にブチ切れたダモシは、<屈服させるモード>に化身した。

その後の展開は放送禁止ゆえ、割愛するが、
最後は、落ち着いた相手側が平身低頭謝罪した。

そもそもダモシも、のっけから相手が機嫌が悪いことは察している。
機嫌が悪く、苛々し、ましてやこの世情であるから、
それらを包含して鑑みて、許した。

許したが、性根では許していない。
直接逢って、ダモシに謝罪はしてくるべきだ。

小さなことだが、
こういう他者へのリスペクトを欠いた発言や態度が、
ひいては戦争にまで発展するのである。


要するに、
<こんな時だからこそ、勇気づけるために開催して…>
などという論があるが、

ダモシから言わせれば、甘い。
甘ったれている。

それこそが我欲である。

少なくとも今週、あるいは三月は、
ある意味で自重出来るものは自重すべきだ。
ただし、そこでは線引きは重要である。

青少年の、一生に一度しかない<選抜高校野球>。
これは別だ。
全国でテレビ放送される。
東北からの出場校もプレイする。

端的に、これは勇気を与える。
これこそは、偽善ではない。

だが、根本的に、
首都圏のある一ヶ所の体育館で行われる
コドモの空手の大会が被災者に勇気を与えられる量は、
はっきり言って限りなく少ない。

こんな世情の中で、勝った負けたもクソもない。

にも関わらず
<こんな時だからこそ>というのは偽善であり、
我欲に他ならない。

主催者側は当然やりたいのは当たり前だ。
主催者側の団体の道場やコドモたちも同様だろう。

だが、大会に出るのは、
そういう人ばかりではないのだ。

そういうことを包含して判断材料とせず、
<体育館が使用出来るか否か>だけが
判断材料というのは、異常である。異常なほど、何かが欠落している。

且つ、迅速に決定しない。甘い。遅い。ダメだ、これでは。

闘いというものは、そういうふうにだらだらするものではない。
ただ単に運動会をやるのとは違うのだ。
コンペティションなのである。

やるならやる、やらんならやらん。
これを迅速に決定せんで、どないすんねん!

と。

誰も怒らなくても、ダモシは普通に怒るし、疑問を覚えるし、
明らかにこれはおかしい、と感じる人間なのであるから、
黙っていないし、指をくわえて待っていないし、

はっきりと己の意見を言う。

最後は結局は、
<オレの意見を聞くのか聞かんのか>ということである。

異なる意見に耳を傾けるのか否か、ということである。

それをNOというのならば、
二度とそういう団体や大会には関わらないというだけのことだ。
大会や団体は腐るほど、ある。

もっとジェントルマンになり、
様々な要素を思慮深く推敲し包含した上で考察し、
且つそれを迅速に処理し、そして決める。

ダモシが代表者なら、こうするだろう。

既に月曜の時点で決めて通知を出すだろう。
決めるのはまず<月曜>である。
ダモシなら。

・大会は中止
・既に支払った参加費は返金

これでOKである。

どうしてもという"都合"や"事情"があって
開催しなければ"ならない"なら、
ダモシなら、これも月曜の時点で決めて通知する。

このように。

・大会は予定通り開催
・しかしながら交通機関の乱れやガソリン不足の世情を鑑み、
 また会場が遠方の参加者がいることも鑑み、
 参加できない人には「欠場」とせずに、
 既に支払った参加費は返金する

これでOKだろう。

なぜ、これが出来ないのだろう…。

なぜ、こういう思考が出来ないのだろう…。

震災に比べれば、ちっぽけなことだが、
こういったちっぽけなことすら
マトモに出来ないニッポン。

まったくもって、情けないぞ?

と感じるのは、昔からだから、

ほとほと呆れ果てるわけである。


アカン。ほんまに、あ菅…。


一方で、

東スポは、さすがだなぁ…。

031611b.jpg


富士山と無関係であると言いきれるのか?
どこにその根拠があるのか?


031611c.jpg

これまた、アカンわ、といった光景 at 東京首都圏。


やっぱり<愛人>ニューヨークは凄かったなぁ…。
対応も超迅速であったし、外出禁止令とか、すぐに出したものなぁ…。

不思議な望郷の念を、ニューヨークと仙台に感じているこの頃である。

ホームが東京なのに、
ほとほとこの東京は…。そして首都圏は…。ここにいるヒトは…。
情けない、ほとほと。


もう怒りたくないですよ、と。
怒らせるなよ、と。



posted by damoshi at 00:33| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

核心に触れないメディア



気象庁の会見で、
LIVE中継の範囲内では記者から<富士山との因果関係>
についての質問が一切出なかった。

不思議だ。

コメンテーターもキャスターも、
一切、富士山に触れないのは何故なのか。

おそらく静岡/山梨のマグニチュード6.4の地震で
誰もが<富士山噴火>を想起し、不安になるところにも関わらず、
その核心にメディア側は誰も触れない。

おかしい。

むろん<東海地震>との関連性も重大事だが、
それにばかり論点が向かっていて
一切、富士山に触れないのはなぜなのか。

コドモでもリアル震源地は、富士山であることは分かる。

そして字幕スーパーで出た速報では、
富士宮市内に落石があったようだ。

これは富士山以外に考えられないのではないか?

NHKも狼狽しているのか、
気象庁は決して断定的に
<東海地震との関連性はない>とは言っていなかったが、
字幕では
<関連性はない>と断定してしまっている。

あくまでも<想定内>の東海地震とは違うと
気象庁は言っていたはずだ。

メディア自身が混乱していると同時に、
彼ら本来の性質である隠匿性が出ている気がする。

核心=富士

になぜ触れないのか。

記者もなぜ質問しないのか。

では富士宮市内に落ちてきた石は何なのか。

今回、東北にしてもすべて<想定外>になっている。

想定はあくまでも想定であるからして、
楽観視は危険であると共に、

核心に触れないのはもっと危険であると感じる。

取り越し苦労で終われば良いのだが、
普通に今、コドモでも<富士山>を考えるだろう。

なのに、なぜメディアはそれに触れないのか。

理解が出来ないのである。




posted by damoshi at 00:32| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

富士山ではないのか?



また先ほど、揺れた。

が、その揺れは金曜日の最初のそれに次ぐものだった。
すぐに<大きいぞ?>と分かるものだった。

即座に自室を飛び出してリビングへ向かい、
既に横になったワイフとアントニオをキープし、
殿堂を手で支えながらテレビを付けた。

当初から実は
ダモシが密かに思っていて、
ワイフにだけは言っていたことがある。

<今回の本丸は別なのではないか、と…。
 富士山ではないのか?>

と。

要するに日本沈没である。

太平洋沖から地震は、長野、新潟へ流れていっている。
新潟といえば、静岡までの
南北一直線の、例の静岡〜糸魚川構造線である。
面でいうところのフォッサマグナ。

そして先ほどの地震は、静岡/山梨。
しかもそれは静岡/山梨という括りに留まらず、
文字通り富士の本丸である<富士宮>である。

一昨年来、何度も何度も行き、地元民より詳しいエリアである。

富士も、一昨年来、対富士で接している。

富士山の噴火活動なのではないか?
という疑問及びイヤな予感。

あるいは日本海溝に端を発する<日本沈没>。

太平洋沖から基点となっている点では
今回の件は後者に合致する。

先ほどの揺れが別物なら、
それと同時に
ダモシの当初からのイヤな予感が外れることを願うしかない。

・富士山噴火



・日本沈没

か。

富士が、甘ったれたニッポンへ怒って噴火するのか。

富士噴火となれば<1707年の宝永噴火>以来のものとなる。

その際は、マグニチュード8以上の大地震と
その後の余震が続いた後に富士噴火となったようであり、

今回のケースと似ている。


杞憂に終われば良いが、
イヤな予感=富士の存在が、当初から頭をよぎっているのである。

ダモシが記者なら0時から開かれる気象庁の会見で
<富士山との因果関係はゼロですか?>
と質問することだろう。





posted by damoshi at 23:18| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風雲急フルー(6)



クライアント先オフィス近くの居酒屋で
遅めのランチへ出かけたダモシは、
会計時に店員のヤングボーイに問いかけた。

<夜は?夜はやるの?>。

店員は応える。

<上が店を開けろと言っているので…。
 でも閉めた方が良いと思うのですが…>。

ダモシは言う。

<自粛しなきゃダメだよ。店は。節電にもなるし>。

<そうなのですよね。それに…>

<それに?>

<酒を飲んでいる場合じゃないですよね>

<その通り。金曜夜はぎりぎり帰宅難民として、
 避難所代わりに居酒屋がなったけれど、
 土日と今日は少なくとも
 飲み会っちゅうのはやっちゃあダメだわな。
 飲んでる場合じゃないわけだから>

そうですよね、と同調する店員。
だが、"上"が開けろという。営業しろ,という。
アンポンタンな"上"である。

別れ際、
<ね?閉めなきゃ>と言い、

<実は既にフルー>で相変わらず
通常の頭痛とは異なるペインのヘディクと、
熱で真っ赤になった顔をしたダモシは、店を後にした。


*****


早朝。

打合せ相手からメールが届く。

<間に合いそうもありません。
 バスを乗り継いで、そこから電車に乗りますが…>。

ニュースで流れる首都圏交通機関の喧噪を観たダモシは
即断した。

<電車で行っていては到底、間に合わない>。

ダモフィーロをスクランブル発進し7AMに自宅を出た。
打合せは8:45AMから。
どうしても今日やらなければならないものである。

1時間45分、ある。
通常、拙宅からその場所までは
混んでいても1時間半。空いていれば45分程度で着く。

だが、当然ながら大渋滞。
2時間40分スペンドして大幅に遅れて到着した。

しかし五人揃うそのミーティングで
ダモシは三番目の到着だった。

電車組の一人はギブアップし、
もう一人はダモシから遅れること40分後に到着した。

その中の一人は途中で、
他のミーティングへ出向くため離席して
最寄駅へ向かったが、10分後、戻ってきた。

大量の人で溢れ、改札を入ることができないという。

脆弱極まりなく、
世界の危険な都市(崩壊の危険性)でダントツで
トップツーを走る東京と横浜。

その実態があらわになっている。

本来、コンビニエントなはずの
コンビニエンス・ストアは、まったく役立たずであることが
露呈された。

携帯と交通が少しでも不便になると
尋常ではない数の人間が押し寄せて混乱することが分かる。

ニッポン人及び首都圏人間の特性である
<赤信号皆で渡れば怖くない>の本領が発揮されているのである。

皆が皆、行動形態が同じで、
一つの方向ばかり向いているから、こうなる。

そしてヒステリックになる。

冷静なフリをしながらも
実はヒステリックになっているからこそ
皆が皆、トイレットペーパーや懐中電灯や電池やティッシュペーパーや
米やカップラーメンへ向かうのである。

必要以上に群がり買いだめするから、モノがなくなるのだ。

その顕著な例がガソリンである。

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<電車は混乱する。行くなら車だ>
というダモシの判断は間違いではなく、
帰路はそれこそ1時間で戻ってこられた。

往路の2時間40分の原因は完璧に、

横並び/赤信号皆で渡れば怖くない=皆と同じ行動をしなければ安心出来ない
ニッポン民族の性の、今回の象徴の一つである

<ガソリンへの群がり>である。

必要以上に、ガソリンを入れる。己が車に。

ダモシが走行した道路の、2時間40分の間に目にした
ガソリンスタンドそのすべてで
膨大な車の列が左車線を封じていたのである。

だから左車線すなわち片側二車線の道路は、
一車線しか機能していなかった。

それが最大原因となっての、
拙宅からその場所へ向かったこれまでの中での
所要時間新記録達成なのである。

車が増えていたわけではない。

車を正解だったのは間違いない。
横並びのヒステリックな人々がいなければ、
何の問題もなかったのである。



*****


報道。

あるサラリーマンが語っていた。

<会社に30分遅刻してしまいましたよ>と。

アホか、と。

生きるか死ぬかというSINK or SWIMの
切迫したシチュエーションがまだまだ東北では
続いている中で、

会社に30分遅刻したことが
氏の最大テーマになっているわけである。

ある意味でサラリーマンの論理なのだが、
そもそも
今日のような日の朝、何をあそこまでして
会社に行く必要があるのかということである。

何をそんなに必死になって行く必要があるのか、と。
何時間もかけて会社に行って、何があるのか、と。

むろん東京電力側にも落ち度はある。

だが、翻ってビジネスをしているつもりでいる
多くのサラリーマン(=ビジネスマンではない)にも
会社にも落ち度はないか?

極論だが、
今日という日に絶対的に何が何でもやらなければならない
というサラリーマンが全員とは思えないのである。

そうではないサラリーマンや会社は、
生死と比べれば、たった一日あるいは二日休むことで
そんなに致命的な事態になるのか?

と。

<会社>がスマートならば、『今日は皆、来るな』とするだろう。

こういう事態の時、政府もそうだが、
いいのである、非日常的な指令を発しても。

<皆さんまずは今日一日、会社に行かないでください>

という指令を出しても良いのだ。

すべての事情と都合を満たそうとするから大混乱が起こる。

ガソリンにしてもそうだ。

プライオリティは何なのか、を考えなければならない。
不必要に過剰に水を買いだめするのもしかり。

プライオリティはどこにあるのか、である。
食糧や水、電気、ガス、水道、暖、ガソリン。
それらがリアルに欲しいのはどこなのか。

東京ではないはずだ。

電鉄も同様。
やるなら中途半端にせずに、丸一日、全運休にすれば良い。

中途半端な停電こそ危険で大混乱を招くのである。

皆で痛みを分かち合うことこそ、
キレイごとではないリアルなところの所作ではないのか。

だから一斉停電にすれば良いのだ。

<都民よ、神奈川県民よ、明日の12時間だけ
 一斉に停電するから電車も全部停止する。
 店舗も同様。失う物は多いが、一気に一斉にやろう>

とする方が、よほどクリアである。

中途半端に皆のバランスをとろうとする。
これもまたニッポン特有の悪しき民族性である。

やるなら、やるときは徹底的にやれよ、と。

一斉に、リアルに痛みを分ち合うことができるか?
ラジオもテレビも<自分たちに出来ることを>と宣っているが、
しゃらくさい。

そんなキレイごとは、やめるべきだ。

こういう災害を、己が、あるいは組織が、
パフォーマンスや感動の素材へ転化させることは間違いである。

電車もすべて止めてみれば良いのだ。
同時に、車の走行も禁止にせよ。

一日でも良いから、それをやってみるが良い。

よほどクリアになるから。首都圏が。

それでもリアルにSINK or SWIMで
ビジネスマンとしてやらねばならぬ者は、
そのシチュエーションであれば歩いてでも行く。自転車で行く。

そこまでしない者は、
ただ会社に行くことで己のアイデンティティを保ち、
社会生活に関与していると錯覚している
サラリーマンに過ぎない。

彼らはきっとそのシチュエーションになれば、
<行く手段が遮断されたし、来るなと言われているから>
というエクスキューズを得て、アクションを起こさないだろう。
そんなものである、どのみち。

つくづく思うのだ。駅でバス停で、延々と列を成して待つ
人々を見ると、

そこまでして行った先に、何があるのだ?

と。

それが生死に関わることか?

と。

石原慎太郎の発言は、かなり思いきったものであり、
現状では相対的には招かざる台詞だろうが、
その気持ちは分かる。

ダモシも昔、言ったことがあるのだ。

<ニッポンは甘い。
 一度、本当に致命的なことが起きないと
 この国は一向に良くならない>

と。

ニューヨークでの9.11やブラックアウトなどの頃だと
記憶している。

石原氏のそれとは違うが、
根底にあるマインドはおそらく近いものはあろう。

ワイフの母親が今宵、電話でワイフに言ったという。

<昔、ダモシさんが言っていた通りになったね>と。


今回の罪は、ダモシ的にはすべて<東京>にあると感じている。

永田町と霞ヶ関の連中の思惑で、
東北や北関東が痛い目に遭っているわけだ。

東京に言いたい。

原発を、東京で持てよ、と。

そして東京がそういうことを含めて
リスクをきちんととる時、

おそらく永田町と霞ヶ関などの連中は、
那須に首都を移転するだろう。

そんなことが安易に想像できるわけだ。
そんな連中が国を勝手に動かしてきている歴史である。

だからこの国は一向に良くならないどころか、
年々、悪くなる一方なのである。

特に、やはり東京。
ここにいる人も、はっきり言って世界視点で見れば
オカシイ人々である。

今回、さらにそれを実感する。

おそらく東京にいる者は、すべての感覚が鈍っているのだろう。


石原慎太郎の言うことにアグリーする部分も
感覚的に近いから多いのだが、

一方で完全に反対の部分も覚える。


だから東京と石原慎太郎に言っておきたい。

23区の主要地区や都庁等、まったく停電させない所作。
これにも腹立たしさを覚える。

石原慎太郎が、
東京にはそれでの直接的被害はないくせに
<津波は天罰>というのなら、

逆に言っておきたい。


東京こそ、最大の罰が下るぞ、と。

石原は、被害の主軸が東北であるにも関わらず
そう言うのならば、

改めて

<東京こそ、天罰が下るべきである>
と言っておきたい。


東京が破壊されても、
東京以外は同情しない気がする。

東京と、東京にいて麻痺している人々は、
絶対的に最重要なことは何かということを
忘れているか、分かっていない。


031511a.jpg



posted by damoshi at 01:48| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

風雲急フルー(5)


明朝から
東京都心部を除く東京と神奈川各エリアで順次、
計画的な停電を施すという。

それぞれが住むエリアの停電予定時間帯が気になろう。

だが、ウェブサイトを見れば
そこにはエリアごとのそれを問い合わせるフリーダイヤルが
書かれてあるだけだ。

当たり前のことだが、そのフリーダイヤルには殺到するから
つながらなくなる。

東京電力のHPへ行けば見られるかと思いきや、
これも当然の如くアクセスが殺到していることで
そのページは開かない。

東京電力のやり方は、芸がなさすぎる。

幸い、TVKという神奈川県のチャンネルが観られるから、
それで己が居住エリアのそれを知ることができた。

ダモシ・エリアは15時20分〜19時が予定されている。
空手道場のエリアも同様時間帯。

これで空手の稽古は中止になるだろう。

ここでまた都合が右往左往する。

明日は、
ダモシが朝から出かけて8:30AMからミーティング。
それを昼で終えたら
アントニオが学校から戻ってくる時間までに帰宅して
彼を迎える。そして道場へ連れていく。
いったん戻り仕事をしたら、また道場へ迎えに行く。

その間、ワイフは、アントニオのタレントの件で
午後ずっと首都圏でミーティングがある。

ワイフのそのスケジュールも欠かせない中で
苦肉の作で
ダモシのそれを事案関係者に無理を言って
早朝にずらしてもらったわけだ。

一方、学校も読めない。

今夜になって、
"彼女"とは別の同じクラスの男の子の友だちが
高熱を発症させたという連絡がきた。
ほぼフルーだろう。

"彼女"に、仲の良い男友だち。アントニオを入れれば三人。
アントニオは明日学校に復帰するが、
"彼女"と友だちの二人以外にも同じクラスの子で
フルーになって休んでいる子がいる可能性はある。

なにせ、アントニオの属するクラスだけが元気で、
他のクラスはとっくのとうにフルー禍で
学級閉鎖に陥っていたからで、

いよいよアントニオはもとより、そのクラスにも
フルー禍が襲いかかってきたということで、
明日、学級閉鎖ということも充分に考えられるわけだ。

となれば、どうすれば良いのかという部分で
スケジュールのスクランブル発進も想定しなければならない。

と同時に、

<実は既にフルー>状態のダモシだが、
今夜になって次第にさらに体調が悪化している。
嘔吐感が増していて、いま、非常に辛い状態だ。

<気合>でここまで我慢してきているが、
リアルにマズい状態になってきそうな気配がある。
早めに眠ることが先決だが、
朝目覚めた時に、<気合>を通し越して
フルー暴発に至っている可能性は大いにあると読む。

とにかく今、ものすごく気持ちが悪い。

それらを包含したところで、内憂ダモシ国の現状で
即断であらゆることを決めていって行動しなければならなくなろう。

未だ行方不明の方や孤立して救援を待っている方も多い。
さらには物資が不足して苦しい夜を迎えている方も多い。

皆、ピースフルになることが望ましいのは当たり前だ。
まずはとにかく毎度書いているように
一刻も早い救援物資の投入と孤立している方の救助が優先だ。

皆様には頑張って欲しい。




posted by damoshi at 23:58| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風雲急フルー(4)


米の空母ロナルド・レーガンや
米の救援部隊が日本に近づいた(or到着した)ようである。

遅い。
とにかくスッカラ菅はあの時、即答して救援申し出に応えていれば
もっと早く米は来られているはずだ。

チャイニーズや英の救援部隊もようやく出発したレベル。
遅い。

11日の午後早めの事案である。政府の意思決定がいかに遅いかだ。

そうしている間、
メディアはより大きな話題好きだからか
報道のウェイトを原発へシフトしているが、
いささか疑問だ。

原発関連もシリアスな問題だが、
11日以来、今まさに命のSINK or SIWMの分水嶺にある
孤立して救援を待っている人々がいる。
そして生きている可能性もある行方不明者も多数だ。

その救援と捜索に手が足らないわけだ。
スッカラ菅がヘリコプター一台を使って視察パフォーマンスを
している間に、その一台を救援に使えば
何人もの命を救える可能性があるわけだ。

そこのところをきちんと即座に判断しなければならない。
<考えるな、感じろ>というのはそこで、
政府はいちいち検討や会議をしていないで
どんどん実戦的にモノを動かしていかなければならない。

あの時のニューヨークとジュリアーニ市長のように。

ニッポン政府に
あらゆる類いのシャープさが欠けている。不満だ。


*****


そんな中、内憂ダモシ国もせわしい。

ワイフの熱は何とか下がったようだが、
今回のフルーの特徴なのか、通常の風邪的症状(咳、喉、ハナ)が
痛んでいるようである。

ワイフもようやく今回の地震と津波の惨状の現実を
テレビ等で確認出来たが、
その間も寝ながら学校のお母さん関係やその他と
やりとりはしていたようで、

例の偽メール問題では、千葉がホームのお母さんも
いたく怒っていたようである。

そうこうしている間に、
アントニオが欠場した大会に出ていた
同じ道場のコドモの母親も同じB型フルーでダウン。

さらにはアントニオの"彼女"もB型フルーでダウン。

どうなっているのか、といった世界である。

ダモシも<実は既にフルー>という状態は
一週間続いている中、今もなおまた悪寒と咳、
さらにはダモシ国内が機能不全状態ゆえ食事もまともに
採られない状態が続いているところで、
もういつなんどき<実は既にフルー>状態から暴発しても
おかしくはないところであるが、

明日は明日で早朝からオフィシャル事案の重要案件があり
出なければならない上、今宵こそ本気でもう今宵しかないぞ
というところでの例の確定申告書類作成のため、
まずは昨晩から事業年度で割った月別のエクスペンスなどを
項目ごとに割り出しているところである。

マズいぞ、これは、と。深夜までかかるぞ、と。
しかもこの寝なければマズい体調の中で
明日も早朝からだぞ、というところで、
一刻も早いワイフの完全復活を求めたい。

ダモシ一本かぶりの状態がこの一週間、
ダモシ国では続いているところで
輪をかけてのオフィシャル事案のピーク。

<気合>だけで乗り越えていて、
その気合がぎりぎりまで来ている。
間もなく、
<実は既にフルー>が暴発する気配も感じられるが、
どこが分水嶺かは見えないが、
それでもあるラインまでフルーの現状に対して<知らんぷり>を
このまま続けていれば、峠を越す可能性もある。


*****


いずれにせよフルーに限らず、
この災害時にあっても
重い病気で動くことができずに
危険区域に未だいる人も多いだろう。

健康体であっても東北地方の未だ寒い中では、
孤立している状況では体調も崩す上、
それこそ<気合>や、ここで死ねるか!という<根性>も
体調の悪化は奪い流しかねない。

一刻も早い、救援

イコールそれは
スッカラ菅いうところの<国力をあげて>だのという
レベルではなく、

素直に、且つ超特急即断で、
他国の救援の手を借りることが重要である。

自衛隊を十万人に増やしたとて、事は足りないのだ。




posted by damoshi at 15:15| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

風雲急フルー(3)



ダモシ・エリアも停電する可能性が出てきた。
今宵6PM頃、ピークになり、
電力供給許容量を超える可能性があるという。

そうなれば、東北と同じになる。

少しでも同じ立場になることで、
笑っていられなくなる。

このように↓。

031211g.jpg

首都圏の彼らは、
↓下のようなリアルな現場のアトモスフィアを分からないから
笑っていられるわけである。

031211h.jpg

ある意味で首都圏の、笑っている一部の彼らのような輩は、
心のどこかで
<遠足>的マインドに囚われているのではないか。

エポックとイベントというものを、誤った解釈で、
イベントという意味も本来は事象や事件などを言うのだが、
"非日常的なお祭り"としてイベントという言葉を
誤った解釈でふだん過ごしていて、だからこういうことがあっても、
代わり映えのない己が日常の中で
降って沸いたような非日常的なイベントの渦中に己がいるという
高揚感。

これがあるのではないか?

空港や駅で、意図的に素知らぬ顔してとぼけた感じで
俺には関係ないとばかりに
飄々とした風を装っている若僧もしかり。

テレビでそれらが映し出される度に、
一発、稽古をつけてあげたくなるわけだ。


*****


九州新幹線開通と石原都知事は、
ある意味でニュースのエクスポージャーが削がれたことで
心のどこかでは「いやはや…」とは0.01%くらいは
感じていることだろう。

今日の大学入試にすべての標準を合わせてきていた学生も、しかり。

それぞれが日程的な面でのお尻に合わせた調整的戦略と思惑を
持ってなにごとにも臨むだろうが、
それが一つ理由はどうあれ崩れることで感じる<ふぅ…>は、
人間だから0.001%は心のどこかにあるだろう。

特に週末だ。今日明日が結婚式の人もいよう。

9.11テロ当日が、婚姻届を出す日だったのだが、
テロが起こったことで街は機能不全。
それを出すどころではなくなり
出さなかったことで、その後、破局に至った等々、

個々の事情や都合、大局的な戦略とは無関係に
エポックはやってくる。

病気や事故などによる急死、怪我もそうだ。

要するに<予定が狂う>わけである。

これが(A)タイプ。

一方で(B)タイプとして、

上述した中にも個々それぞれの事情によって、
そもそもその当該日と周辺日に
大きな勝負や予定がブランクになっていた場合
〜この週末は自宅でひとりじかんを過ごそうと考えていた等〜、
かえって逆にリアルにそれを実現することもできる。

ダモシの場合はこのウィークエンドは、
ある意味でそういう状態である。

暇はそもそもあり得ないので、"暇"ということではなく、
このウィークエンドこそ、
あの忌々しくも<もうめんどくさいんです!>の最たるものである
確定申告の書類作成作業をいよいよしなければ、
それこそこのウィークエンドで時間をそれに充てる以外、
他にはないぞ、というシチュエーションであった上に、

もとよりオフィシャル事案もどのみちデスクでやらなければ
ならないわけだが、それに輪をかけて、ワイフ&ジュニアの看病に
食事サーブや猫の世話その他<家の事>もすべて
やらなければならない状況下にあり、

さらにはダモシ自身も、実はとっくに熱もあり、
実はフルーでしょう?という体調も相まって、

それこそプライベートで出かけることや趣味に時間をとる自体、
このウィークエンドもあり得ないところではあったから、
タイプ的にはBに合致するわけだ。

先週のウィークエンドがまさにAタイプ。
アントニオのSINK or SWIMの空手の大会があって
現状でのすべてをそこにフォーカスしてきたにも関わらずの
フルー発症での欠場。

我々のみならず道場関係者、応援に来てくれる友だち関係含め、
すべての予定を狂わせてしまった。


つまり、AもBも表裏一体である、ということだ。

しかしダモシの場合、
ゼネラル(一般社会的)で大きなエポック(事件、事故、事象)の際は、
昨晩記載したように

常に"たまたま"自宅にいるし、
常に"たまたま"Bタイプに属するということは
傾向として考察に値するということになる。

紙一重の分水嶺はどこにあるのか、ということである。

そもそも9.11は、その前日に
あのワールド・トレード・センターに行っているわけだから。
前々日にもそれを間近で真下から船上から見ているのだから。

真夏のブラックアウトの際も、ワイフがアントニオを身籠っていた。
あと一ヶ月くらいで生まれる頃合いでピークでもある。お腹が。
そういう時だ。"たまたま"ダモシが家にいた。
そしてずっとそばにいることができたのだ。

こういう一つ一つの事象における
<身の置き方/置かれ方>の分水嶺の背景には、何かがあるはずなのだ。

どちらが良い悪いではなく、どちらかに転ぶ"星"の属性が
それぞれ人間にはあるのだと感じるわけである。

大小やゼネラル・インタレストの度合いに関わらず、
<あの日あの時>というフォーカスは
カルチュラルな営みにおいても欠かすことは出来ない。

三島由紀夫が自決した日、あの時間、
熊本の大洋デパートと大阪の千日デパートの
火災事故の日のあの時間も、
どこにいたか/どこでそのニュースを観たかで
それに対するイメージも変わってくる。

ジョン・F・ケネディJrが飛行機で事故死した
あの日、自分は何をしていてどこにいたかによっても、
さらにはその報道(映像)をどこに住んでいて観たのかに
よっても、異なってくる。

ダイアナ妃の事故死の時も、長嶋茂雄引退の時も、
アントニオ猪木vs,モハメド・アリ戦の時も、
地下鉄サリン事件の時も…。


歌や映画が、
それを聴いた/観た時の場所や自分の状況、相手、天気などに
大きくイメージが左右されるのに等しい。

これは考察に値するテーマとなる。


*****


さて、東京首都圏で見れば、
朝からの逆ラッシュアワーによって帰宅した人々が
大勢いたことだろう。

朝、最寄駅にあるスーパーマーケットに行ったが、
お弁当関係を筆頭に品切れ。

駅改札口では帰宅した女子高校生を迎える父母の姿もあった。
子供と一晩離れることは、
無事が分かっていても心許ないだろう。

一方、ダモシ側とすれば、
朝開店一番のスーパーマーケット店内とレジのムードが、
ウィークデイの帰宅ラッシュ時の様相を呈し、
テンションが高かったのが、いささか不合致を覚えた。

それもそのはず、朝帰宅した彼らにとっては、
今その瞬間が、通常時の仕事帰りと同じマインドである。
ひと仕事終えて帰宅してきて
最寄り駅の店に立ち寄ってというパターンと同じだから
そのテンションは高くなるのは当たり前だ。

通勤時はテンション低いが、帰宅時は高くなる。
これは常套である。

こちらは寝起きで、通常時間では店も開店直後なのに、
そこにいる大勢の人々のアトモスフィアだけ
仕事帰りのテンションの高さという不釣り合い。

ある意味で"帰宅難民"と括られた人々は興奮状態にあり、
そこから一晩越して帰ってきたという
安堵感は当然としても
別の意味での高揚感や達成感めいたものは
0.001%くらいは少なからず心のどこかにあるはずだ。

大変だったぜ、という。
で、得てして眠れなかったりする。
非日常的なシチュエーションをイレギュラーな様態を経験し、
気分が高揚しているからだ。

といった中だが、
相変わらずダモシ国は内憂に溢れていて、
ワイフの容態は引き続き悪く、横になり続けている。
喉もやられたようで、声も出ない。

アントニオはようやく好転し、完治とはいえずとも
熱も37度台前半まで下がった。
今宵はいいかげん入浴して、復調へのあしがかりを掴まねば、
また来週末にある異種格闘技ルールでの大会も
危ぶまれてくる。

その大会には一月に金銀独占したように組手と型双方に
エントリーしている。

前者は、フルーで落ちた体力の回復度合いと完全な練習不足と
一週間のブランクを克服し得て勝ち負けできると踏まなければ
欠場させる方針である。

後者に関しても、特に一週間のブランクによる練習不足は致命的。
しかもこのままでは来週の道場での稽古へ行くことも
満足ではなく、非常に厳しいといわざるを得ない。

最悪はダブル欠場で二大会連続欠場という憂き目を浴びることになる。

もっと言えば、
昨年に続く連覇のかかる再来週の大会もまた
組手&型ダブル参戦であり、それも危ぶまれているのは確かだ。

まったく、平易にいえば、
思い通りにいかずに苛々するわけである。
すべてブチ壊しだぜ、と。
そもそも他のコドモは毎回元気なのだが、この差は何なのか、と。
ほとほと、感じるし恨めしくもなるのが人間の性だ。

アントニオはダモシに似て情緒的で、
心も身体も繊細すぎるのやもしれぬ。

こうなるともう、復帰後はもとよりだが、
<この借りは絶対に返してやるぞ>とさらに燃えてくる。

ただ、こういった事案は、サラブレッドの世界も同様で、
このウィークエンドの競馬が中止となったことで
三歳のクラシック戦線には多大なる影響が出るのは明白だ。

クラシック(一生に一度の三歳三冠)を目指して
それこそ競馬の場合はローテーション含めて
戦略立てて調整してきている中での開催中止となれば、
クラシックへの予選(トライアル)を勝って本番へ
という青写真がすべて狂ってしまう。

例えば牝馬三冠でいえば、
筆頭格のレーヴディソールはすべて戦略通りに進んでいて
今回の被害を被らずに桜花賞へ変わらず向かえるが、
他の馬は今週のトライアル〜桜花賞という構図を描いていた。

そこでの中止は、調整含めてすべてがご破算ということになる。

これとアントニオの空手は今、同じ世界観にある。
災害とフルーは同じではないことは当たり前の前提として、
それでも<予定が狂う致命的な事案>としては
同じ線の流れで展開できる話なのであるということだ。

月曜にはアントニオのタレント関係の、
親マターでの大事なミーティングもあるのだが
それとて現在のワイフの状態を鑑みれば
どうすれば良いのか?ということもある。

ダモシが代わりに行くにしても、
ダモシもダモシとて月曜の容態は分からぬし、
月曜は月曜でのっぴきならない外せないオフィシャル事案もある。

まったくもって、今回のフルー騒動は、
ダモシ国にとっては今、機能不全に陥りかねないものである、と。

食事、清掃、洗濯含めて、こうなると
ダモシ自身も満たされなくなり、満足な食事が採れない。
アントニオもまだ完調ではない中で
面倒を見なければならない一方で
ダモシもやることが山積しているわけで、
そうなるとダモシ国としては非常事態ということになる。

可能な限り食器を洗ったり掃除もしているが、
すべてをダモシがやるということは不可能なのだ。

ほとほと、世の中、うまくいかんわな、と。


*****


今もまた揺れたが、しばらく続くのか。

仙台のウルトラの母は、ウルトラの叔父ファミリーの家で
一夜を過ごした。ローソクの灯りだけで。

ニューヨークにいるダモシの友人の、
その近しい人の両親もまた宮城県石巻にいるようで
連絡がとれないらしい。


031211o.jpg

031211p.jpg

仙台など宮城は壊滅的だ。

とにかく、現地の人は電気ガス水道などのライフラインや
携帯などの連絡手段がとれなくなっているわけで、
一刻も早い救援こそ国が喫緊でやるべきことだろう。

孤立している人々への救援物資投入も最速でやらなければならない。
無理なら米軍に応援を頼めば良いのだ。
頼まれれば米軍は最速でやるだろう。艦で海を用いれば行けるだろう。
そこからはヘリで物資を投下すれば良かろう。
さっさと頼んでさっさとやれよ、と。
時間がかかり過ぎなのである。

031211i.jpg

枝野にしても、いちいち会見を開いて言うことといえば
<報告されているだけでも1,000人以上の方が
 命を落としたと見られるが、それを大幅に超える被害が生じている>
などと"報告"をするだけ。

そんなことをしているヒマがあったら、ということだ。

スッカラ菅にしても<国力を挙げて>と宣っているが、
パフォーマンスに過ぎない。
もっと実利的且つ現実的な視点で、
まずは人命第一を考え、それを救うための機会ロスを
いかに減らして的確な方法を採るかに頭を使わなければならない。

すぐに米軍に支援を頼め。そのためにも米は国内にいるのだ。

031211k.jpg

東北でこうなっている間にも、
東京首都圏はあんぽんたんな車の集約で大混乱。

031211j.jpg

これぞ阿呆の極みである。
ほとほとバカか、と。こういう時に車に乗る感性とは何なのか、と。


*****


最後に今朝の新聞を。

ダモシはだいたいゼネラルなエポックがあるとき、
新聞を買っている。コレクトしている。

ニューヨーク時代も同様。
9.11の際もそうだ。

031211a.jpg

ニッポン復帰後で、エポック的な部分でそれを買い、
コレクトしているのは
一昨年の<民主党による政権交代>の際と今回。

前回は、今となっては完全な詐欺に引っかかったという
ことになったわけだが、

今回は、今朝、読売と朝日、スポーツ紙からニッカン・スポーツを
それぞれ購入した。

031211c.jpg

031211b.jpg

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おそらく今朝の新聞は喫緊でまとめたところだろう。
明日の新聞がディテール含めて、
リアルな被害状況を伝えることであろう。

もはやリアルタイムのインターネットがあり、
新聞は遅れているメディアだが、
それでも紙媒体たる強みがある。


とにかく、人命第一。

孤立して救援を待っている人々の救援と
被災者への救援物資の迅速なる投入、
東北を筆頭とする各地の電気ガス水道、通信の
一刻も早い復旧を期すことを

<的確にディレクションする>ことを
"スッカラカン菅と政府の仲間たち"には、命じたい。

我々国民は
彼らのクライアントであるのだから、
緊急時には命じることができる。

彼らの雇い主は我々国民であり、
彼らに給料を払っているのも我々なのである。



posted by damoshi at 16:37| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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