2011年04月24日

散り際の悪い桜と本


今宵の競馬、皐月賞もつまらなかった。
ダメだな、あれでは、と。

散り際の悪い桜。今宵のそれは、神奈川県の大和エリアにて。

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午前中は、"ばかみたいな"青空が広がっていて
暖かかったが、やはりそれも偽物で、
午後になるとすっかり寒くなってしまった。

今週後半からGWに入るのに、気温はせいぜい20度強。
まだまだダメだ。
とにもかくにも寒いの苦手&陰鬱な天気苦手なダモシ。
もういいからさっさと暑くなれよ、と想う日々である。

今週は水〜木がまたダークスカイの冷たい日になるようだ。

今年のGWはどうなるのか。皆々様海外含めてお出かけなさるのか。
首都圏の道路はちゃんと空くのか否か。

遠出を避ける向きとしてはおそらく上野動物園が筆頭格だろう。
エリア的にも<上野動物園xパンダ+谷根千>という
コース設定をするトレンド好き女子が、女子同士でお散歩という
ケースは容易に想像がつくが、いかがか。

震災の影響だろう。前年比27.6%減と見積もられているのが、
JTB発表のGWでの旅行者数(一泊以上の旅行が該当)。

首都圏のお散歩コース同様、JTBが発表せずとも
容易に想像がつくのは、

<西へ西へ>というコース設定である。

ただでさえ西へ避難している、しょっぱい首都圏民は既にいるのに、
GWの旅行という括りで見れば当然、東名ライン、すなわち
静岡〜愛知〜岐阜〜三重〜滋賀〜京都〜大阪(奈良や和歌山含む)
という西日本が脚光を浴びよう。

プラス、新幹線効果での九州。

ドメスティックな旅の相対数が減少しているのに反して、
GWの海外旅行者数はさほど減少しそうにないようだ。

例の、"頭が悪そうに見えてしょうがない"GWに海外へ行く連中が、
今年もわんさかいて、成田はおろか羽田の両エアポートを映し出す
ニュース映像を観て、今年もダモシは呟くのだろう。

<阿呆ども。見ろ、この阿呆面を>と。

さあ、そうなれば天下の天の邪鬼国家であるダモシ国。

ダモシ、ワイフ、アントニオの国民は今、思っている。

<皆が避ける方へ方へと往こう>と。

すなわちそれは東北方面である。
幸か不幸か東北方面に拠点がある。
那須だ。

三月末にも
那須をキー・エリアとして宮城へ行ったように、

GWも那須を拠点に

空いているであろう/空いていなければおかしい
空いていてしかるべきだ/誰も来なくていいよ
皆々様どうか避けてくださいよ/いいから西へ行ってくださいよ

な東北自動車道を用いて、

福島や何やらという発想は普通に出てくるわけである。

<行くか?東北>と。

数日内に決めるだろう。
行くなら行くし、行かぬならアクションは一切起こさない。
ブラック OR ホワイト、YES or NO。

中途半端に西へ往くなどということはしない。

決定のポイントは、皆々様の動向を見極めること。
要するに渋滞&行列大嫌いな面々だから
本来はわざわざGWに出かけるなどという
あんぽんたんな所作はとらないダモシ軍だが、

今回ばかりは前述の通り
空いていてしかるべきな東北自動車道及び東北方面
という世界観があるから、往くか?という選択肢も生まれるのだ。

混むなら往かない。渋滞の中を我慢してまでは往かない。

願わくば、どうぞ皆々様、海外か西へ、もしくは長野方面へ
往って頂きたいというところである。


*****


最近のダモシの書棚の本だ。

昨日掲載のように読書もままならぬ日々の中だが、
このウィークエンドの数十分で一気に読んだり、
バスタイムなどで読みはじめたりと
<こういうこともしなければダメだ>と無理して施した。

すべては心の問題だから、である。

一行でも読めば少しは疲労も回復するのだ。

最近仕入れて読んでいないものがほとんどだが、
昨日からで一気に読んだものも含めてご紹介。


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<地図で読む日本の歴史>は合戦や事件のテーマごと、ぱらぱら。
<帝銀事件>は未読。
真ん中の<戦後六〇年史 九つの闇>は一気に読んだ。


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<ヘミングウェイ全短編1>は、
ページ順ではなくストーリーごと選んで読んでいる。

<表現の解剖>は未読。
<恋と革命〜評伝・太宰治>は読みはじめた。

常に併読がダモシの基本である。


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<三億円事件>は一気に読み終えた。


そして今日また新たに仕入れたのが、こちら。
既に読みはじめている。

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これは面白い。洒脱だ。暴露モノは大嫌い。
そして格闘技をスポーツ視点だけで書かれたものも嫌いなダモシ。
格闘技も文化であり、カルチュラル・アイコンとしての視点で
時代考証含めて見ているから、そのフォーカスで書かれたものが好きだ。
その便益をこの本は満たしている。

帯に書かれているように、
作家からジャーナリスト等相撲通90人がそれぞれ選ぶ
<一番>を語るエッセイ/コラム集だ。

発行は94年だから、近年のものはないが、
大相撲に関しては昔の方がカルチュラルだからそれで良い。

昨日掲載しためんこでも触れたが、
双葉山に関してオフィシャル事案で年頭から絡んだため
双葉山関連の本も今年は読んだが、
この今宵仕入れた本でも双葉山絡みの一番を取り上げ
執筆している人が多い。

それだけ突出した存在であるということだ。

知れば知るほど双葉山は凄いなぁ、と素直に思う。

いよいよ生誕100年も来年の二月と近づいてきている。

その時、白鵬がまた双葉山の連勝記録に近づいていることを
期待したいのである。

白鵬が連勝記録を再び狙うことができるかどうかは、
大相撲が復活できるかどうかにもかかっている。

相変わらず本場所開催のメドは立っていない。

そんな中、五月の両国場所が
<五月技量審査場所>として代替開催されることになった。
入場料金を無料にして開催するという。

苦肉の策ではあるが、
なるほどこういう考え方もあるのかと感心した。
このアイディアはさすがのダモシでも持たなかった。

<なるほどね。技量審議場所ね。
 エクスキューズ含めて、ある意味で最適なネーミングでは?>

と。

両国国技館で本場所同様に15日間行われる。
観戦希望者に無料で提供する。

<これは申し込まない手はないだろうよ>と
ダモシも早速申し込んだ。

27日に結果が出るようだ。

千秋楽前日の土曜日のイス席とマス席xそれぞれ四枚と、
その前日の金曜日のイス席x四枚の三パターン。

当たるといいな、と。
当たれば、もう朝から行って、
ゆっくりじっくりと酒を呑みながら楽しみたいぞ、と。

相撲好き、格闘技好きとしては、大相撲がここまで観られないと、
やはりウズウズしてくるのだ。

まあそれでも膨大な申込があるだろう。
たいてい行きたい日も相対的に見て被るだろう。
ましてや転売目的のおたんこなすな輩どもが
わんさか申し込むだろうから相当な倍率になるだろう。

そもそもそういった輩がいることは容易に想像がつくから、
<技量審議場所>&<無料で公開>という理屈はほぼ通らなくなり、
本末転倒になるのも目に見えているが、

それでも純粋に観たいダモシのような人もいるのだから、
それはそれで致し方なかろう。

転売目的の輩が多数当選してしまうようでは逆に、
チケットの神様もたかが知れているということである。


明日は朝からオフィシャル事案での箱根遠征である。
あした天気にな〜れ、ということで
もう用意はできた。

早めに横になり、また本でも読むとしやふ。



posted by damoshi at 22:32| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恵林寺勝守



昨春、アントニオと共に訪れた武田神社で
アントニオの空手用に勝守を買ったわけだが、

今回、武田神社でまた別の勝守をダモシ用に買った。
それは昨日掲載したが、
恵林寺でアントニオ用に勝守を新たに買った。

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織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑嫌いなダモシは、
"べつに"直江兼続や幕末だが坂本龍馬もシンパシィを覚えない。

特に反・信長度は高い方だ。

どちらかといえば、武田信玄、伊達政宗、加藤清正、上杉謙信の方だ。

もし歴史の中に己が在って、現在語られるところの
一般的イメージ通りで皆が在ったとしたら、
最も対決して打ちのめしたい存在は、やはり信長となる。

あのイメージの信長だとすれば、最も相容れないタイプゆえ、
直接的にナアナアせずに対峙して屈服させたくなるだろう。

武田信玄と
プライムタイムが微妙にずれていたことで信長は救われた。
信玄がまだ若くあの時点で死ななかったら
信長の天下は訪れたかは、大いに疑問だ。
むろん信玄に対して、信長とタッグを組んで挑みながらも
一敗地に塗れた家康も同様だ。

ダモシはそう思っている。

強者・信玄と真っ向渡り合って名勝負数え唄を演じた
上杉謙信こそ、というところである。

ダモシにとっては
どうも"愛知の"三英傑は、いずれも信用ならぬ存在なのである。

彼らの勝守は不要ということだ。



posted by damoshi at 20:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恵林寺



乾徳山恵林寺。

甲斐国甲州市にある武田信玄公の菩提寺。

信玄の墓が各所にあることや、
死去後三年間はそれを秘匿にせよ
という公自らの命があったことはよく知られるところである。

ダモシ自身も甲府市の武田神社近くにある墓所の他、
湖底に沈んでいるという長野県諏訪市の諏訪湖など
各所訪れてはいるが、武田神社近くのそれと共に、
今回の恵林寺はリアル墓所として名乗りをあげる存在だ。

夢や伝説という意味では、諏訪湖の湖底説は根強く残る。
それはそれで良い。

当然、諸説ある。

■火葬された場所としての武田神社近くの墓所
■遺体を沈めたとされる諏訪湖の湖底
■葬儀が執り行われたのが恵林寺

として、それぞれ存在証明と役割分担が現在のところ
整理されているゼネラルなまずは論点である。

実際はその他の場所かもしれない。
同じ甲斐国内でも大泉寺、遠く和歌山の高野山、
京都の妙心寺などなど、説は生き残っている。

しかし、いずれにせよ恵林寺が武田信玄の菩提寺であり、
ここで葬儀が執り行われたことだけは確かなようである。

そして、墓所もある、と。

since 2008からの
ダモシ認定第26代<ディスカバー・ジャパン>、
国重要文化財、国指定名勝を擁する恵林寺。


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*****



甲斐国首都の甲府市の中心部は
JR甲府駅周りである。

そこから武田神社は車で約五分。
他、武田信玄絡みの地はいずれもアクセス良い。
その武田神社から走ること約15分。
塩山市の中心部である塩山駅にもほど近い位置に、恵林寺はある。

木立並ぶ参道を歩くと現れるのが、四脚門(赤門)。

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織田"スクラッパー"信長の手によってこの全山焼かれた後、
1606年に徳川家康によって再建された国重要文化財。

参道の<凄いことになりそうだ>という予兆は、
この四脚門をくぐってから、確信に変わる。
<ディスカバーだな>と。

恵林寺世界が展開される。

次に出てくるのは三門。


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やはり非道なスクラッパー信長は武田氏を滅ぼした後、
恵林寺に侵攻。

ここに潜伏し保護されていた者たちを引き渡すよう
恵林寺の快川和尚に命じたが、和尚は断固拒否。
思い通りにいかないと腹を立てるセルフィッシュ信長は、
この三門に和尚以下約100名の僧侶を閉じ込め火を放った。

キレるとすぐ火を放つのは信長の病か。
それともアマチュア時代に信玄に破れた恨みか。

1582年、火の中で人生を終えた和尚、渾身の句。

<安禅不必須山水 滅却心頭火自涼>の文字が、三門に見えよう。

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三門を過ぎると正面に開山堂。これもまた威風堂々である。


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快川和尚の他、1330年に恵林寺を開いた夢窓国師、末宗和尚の
三像が安置されている。

最後の末宗和尚は、
快川和尚の命を受けキラー信長の火を逃れて栃木県那須へ逃れた。
その際に潜んだ寺が、ディスカバー・ジャパン認定されている
那須の雲巌寺。

後に家康と共にこの恵林寺再興のミッションにあたった。

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散り際の悪い桜越しに見る開山堂。



*****


境内を歩く。広い。そして一つ一つの存在証明が力強い。
三門を基点として東西南北に広がる存在の
一つ一つがメインイベンター級のアトモスフィアをもって迫ってくる。

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三重の仏舎利宝塔。
真っすぐ伸びる木の間から視界に入る。

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やはり散り際の悪い桜越しに仏舎利宝塔を見る。

この仏舎利宝塔と開山堂の真ん中の空間が、
武田不動尊への道となる。


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と思いきや、ここからはそこへ入ることはできない。

開山堂からさらに右を見ればどっしりと佇んでいる本堂が目に入る。
武田信玄墓所のある武田不動尊は、
恵林寺の本堂から石庭、うぐいす廊下などを
しっかりと歩を進めてから入ることになる。


本堂へ入る前、いよいよ信玄がそのオーラを発し始める。

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武田菱。
そして、信玄の名言の揮毫と本堂の交錯。

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刻み込まれている訓言は、
あの名台詞<軍勝五分を以て上となし…>である。

信玄によれば、
<七分の勝利は『怠』を生じさせ、
 十分の勝利は『驕』を生じさせ
 必ず次には敗れる>というイデオロギーである。


本堂に入ると、石庭以下、また錚々たるラインナップが並んでいる。
異空間を歩く。


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表側の石庭。明の部分になる。
本堂内を歩くと、うぐいす廊下にあたる。

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この向こうに見える橋を渡り左側へ進むと
明から暗への分水嶺うぐいす廊下になる。

一歩踏み出すたびに、
狂ったように啼くうぐいすの声のようなサウンドが
真っ暗な廊下に響き渡り、一瞬ギョッとする。
早く渡り切りたいとさえ感じる空間。

思わず躓いた。

この廊下を超えると明王殿に辿り着く。
京都から招いた仏師の手による生前の信玄の像。
武田信玄不動尊が安置されている。

建物をぐるっと右へ旋回して暗の裏手に回れば、
そこに武田信玄墓所がある。
まさに真裏の暗の森の中に位置している。


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頭を垂れて、手を合わせた。
思わず、自然に頭を垂れる世界観がここにはある。
厳粛なアトモスフィアを助長するのが位置関係。

真裏の明暗の暗のサイドにあり、深い森、背の高い木々の中にある。

本当にここに眠っている。そう感じられる空間力である。


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かような空間力を後押しするのが、天候であり、気温である。
爽快な青空よりも薄暗い空が良い。
そして爽やかな気温よりもむしろ肌寒いくらいが良い。
風がひんやりしていれば、信玄墓所はより相対する者に迫り来る。

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順路通り進めば、最後に国指定名勝の庭園と邂逅する。

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夢窓国師築庭の池泉回遊式庭園。
ちなみに国師は天龍寺の庭園も手がけている。

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*****


武田信玄をめぐる旅では欠かすことのできない恵林寺。

ここは先述の通り信玄公の墓所があるが、
のみならず武田家臣の供養塔も約70基が並んでいる。

じっくりと感じ入って歩きたい。そんな場所である。


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<心頭滅却すれば火もまた涼し>。

不易流行の観点からいえば、
現代の不埒で不遜で苛立つことが多い世でも
この<心頭滅却すれば火もまた涼し>を学べば、

当方の所作も少し変わってこようか、楽になろうか。



posted by damoshi at 18:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時代めんこ



今宵、久しぶりにまったく仕事に触れずに
完全プライベートのリラックス。

競馬の予想をまだする気にはなれないため、
主宰するケイバタイムスでは今回も
ダモシのコラムはなしで、予想家陣のコラムのみ掲載。

アントニオと遊び、空手の練習をして、共に風呂に入り、
ディナーを久しぶりに共にしたわけだ。

久しぶりに七時間も睡眠をとったことで、
少々は肉体疲労は回復。
わずかな時間でまずは一冊、本を読み、
もう一冊とさらにもう一冊の途中まで進んだ。

東スポを読み、コラムはなしだが、
一応、予想印だけをケイバ・タイムスに付けた。
明日は三歳クラシック牡馬の一冠目、皐月賞だが、
まったく興味が沸かないのも事実。

あまりにもドングリの背比べ、横並び感がありすぎる。
決定力不足という今のニッポンのご時世を反映するかのようだ。
良く言えば<群雄割拠>だが、
そんな台詞は綺麗事に過ぎない。

まったく、面白くない。一応、テレビでは観るだろうが。

野球もまったく観てない。
といふよりも観る機会がまったくない。
気づけば開幕していたという世界だ。


*****


アントニオと二人で時々出かける昔懐かしい駄菓子屋が、
田園都市のたまプラーザ駅から徒歩七分程度のところにある。
数ヶ月ぶりの訪問となる今宵は、
"バカみたいな"暴風雨だったため、ダモフィーロで出かけた。


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10:30AMになると、おばあちゃんが現れて、
<お待たせしましたね>と言いながら店を開ける。

昭和の少年と何ら変わらないポスチャーの、
店の前で待っていた少年たちが順番に入っていく。
アントニオも喜んで入り、入ってすぐ右手にある籠を手にする。

アントニオは毎回、10円だの20円だのの駄菓子を籠に入れながら
随時、金額を計算し、自分が使うことができる予算まで
喜んで楽しそうにお買い物をする。

ダモシは毎回、紙飛行機やら、あんず、すももやら、
これまた昔懐かしいアイテム群に手を伸ばす。

最後はアントニオは毎回、仮面ライダーのブロマイドに手を伸ばす。
昔の駄菓子屋にある、下に引っ張って一枚取るブロマイドだ。
少年らしくて、そういう行為をしているときの彼を見るだけで、
言ってしまえば心が和むわけだ。

己が子供の力というものは、絶大なのだな,と毎度想う。

ダモシが今宵見つけたのは、<時代めんこ>というめんこだ。

最近、オフィシャル事案含めて
神田神保町の古書店めぐりの一方で
オールドファッションドな"かるた屋さん"と遭遇し、
とても気に入っている。

ここだ。

http://www.okunokaruta.com/

かるた店だが、紙モノが豊富に揃っている。

小倉百人一首、花札、トランプ。
いずれも珠玉のデザインばかりだ。
むろん高価なものも多い。

最近は、実際にプレイするしないに関わらず、
若い女性が花札を買っていくようだ。
インテリアなどに用いるのだろう。

アントニオと最近、トランプもよくやるようになったが、
トランプも"ちゃんとした"バイシクルやビーなどのものを
今度新たにこの店で買おう,と。

花札も買って、一緒に遊ぼう、と。

かるたにしても、上毛かるたからテーマ別のアイテムが揃う。

観ているだけで楽しい店である。

神田神保町は古本屋めぐりと共にこのかるた店も加えて
一つのカルチュラル・スポットとして
オトナのお散歩に適した場所といえるだろう。

さて、時代めんこ。

こんな感じである。

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双葉山が表に来ていたので買った。

今年に入って
オフィシャル事案で、双葉山関係に深く関わったからでもある。

大相撲。

歴代の中で、リアルに強い本物の力士といえば双葉山で異論はないだろう。
もう一方の雄は当然、雷電。

入っていた。雷電も入っていたからダモシは喜んだ。

<あ、雷電だ!>と。

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その他の絵柄もたいへんなものである。
まさにカルチュラル・アイコンの宝庫だ。

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で、帰宅すると早速アントニオが<めんこで遊ぼ>と言ってくる。

(<じぶんじかんを過ごしたいのだが…>)と想っている
ダモシにお構いなしだ。

分かった、一回だけねと始めるわけだが、
ダモシが負けてしまった。

負けてしまうと、あれ?おかしいぞ?となり、熱が入ってしまう。
結局、何度やっても負けた。

情けないぞ,と。

ならばと、

<よし、トランプやろう。この前教えた、神経衰弱だ>となり、
結局、アントニオ時間に支配されてゆく。

神経衰弱、一本目。ちょうど同じ枚数をとり引き分け。
二本目。アントニオの圧勝。

駒で遊んでもアントニオが勝つし、けん玉もアントニオの方が上手い。

ダモシは情けない父親か。

その情けない父親ダモシは今、密かに想っている。

明日はアントニオは、演技レッスンの日だ。
ワイフと二人、青山へ出かける。

その数時間、ダモシは一人だ。

<よし。その時間帯こそが、じぶんじかんの到来だ>と。


週明けの月曜はまた朝から遠征で、箱根エリアである。

とにかくこのウィークエンドで
どこまでリラックスできて、じぶんじかんを過ごすことができて、
少しでも心身疲弊を軽減することができるか。

これは重要である。


その意味では、アントニオとの関わりはもとよりだが、

今宵手にした<時代めんこ>は効能あり、だった。




posted by damoshi at 01:46| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

散り際の悪い桜



三月はじめから起こった
<風雲急フルー>シリーズで連鎖した各種カテゴリーの内憂。

震災と、その後の
三月おわりの宮城・栃木遠征における被災地行き。
現場を見て襲いかかってきたいい知れぬショック。

さらにはオフィシャル事案の主軸である
ダモシが心骨を注いでいる商品の発売をめぐる
"お上"のズレた判断に端を発するブチ切れ状態の継続に、

震災や原発対応における"スッカラ菅"あらため、
もはや既に"いやぁん、バ菅…"状態の菅直人内閣総理大臣以下
"お上"の面々の破廉恥な所作。

さらにまったくもってもはや心の余裕がなくなった
オフィシャル事案でのOD状態を超えたビジー・デイズで
異様な睡眠不足と肉体疲労感。

そして致命的な一つが、陰鬱な天気の日々。
この時期にして、なぜこんなに寒いのか、
なぜこんなに雨が降るのか、なぜこんなにダークスカイなのか、と。


これらの包括的襲来により、
心身とも、堂々たる100%完全絶不調の日々である。

過去最悪級に並ぶ、心身絶不調と苛々の日々は今もなお、継続している。

ようやく今宵、七時間以上の睡眠を得た。

が、それも熟睡しておらず、ブチ切れている事案に関することが
夢に出てきて、夢の中でもブチ切れている有様だ。

解決しなければ、否、ダモシのDo the right thingで
その通りに収まらなければ、文字通りの収束は迎えられない。

911も同様だったが、今回の震災においても、
有事における価値観の絶対的な違いを含む
判断の誤りに対する怒りはどうあがいても許容できるものではなく、
人は有事の際の対応いかんで関係を終えることにもつながるのである。

有事は、その直接的な場やヒトだけではなく、間接的な影響が及ぶ範囲で、
そういったヒトのセパレイト・ウェイズを鮮明にさせる。

そもそもダモシが常々言っていることだが、
同じ民族でこれだけまったく異なる相容れないイズムがあるのだから
他国同士で云々なんぞキレイごとに過ぎないのは事実なのである。

一つには、ダモシから言わせれば、
日本人はキレイごとは得意だし、己が自己顕示欲を背景主題にした
偽善的慈善行為の数々はするのは得意なのだが、

とどのつまりは結局すべて<他人事=ヒトゴト>民族であるという点が、

震災の件でも、それの影響を少なからず受けている
今回のダモシのオフィシャル事案の件でも、
そこに関わる人々すべてを見ていると切に感じるのであり、

そこがダモシの怒りのすべての根幹にあるような気がするのである。

すべては、心の問題である,と。

"いやぁん、バ菅…"にしても枝野にしても何なのだ、と。
もはや彼らのことは<あいつら>呼ばわりしたくなるほどのアグリーさ。
基本的なことだが、被災の現場を見ても結局彼らは何も感じなかったわけだ。

そもそもダモシは、金切り声を張り上げて徒党を組んで
横一列に並び募金をつのる面々の所作には
怒りでいっぱいなわけだが、
ああいった<マスターベーション>的行為のポスチャーの
なんと腹立たしいことか,と。

オフィシャル事案でもそんなこんなが、有事においては、
その人の本質が透けて見えてしまい、
それがこちらに飛び火するからブチ切れるわけだ。こちらは。

どいつもこいつも、ほとほと本質というものを
何一つ理解していないな,と。
本来、身内であるべきはずの面々すらそうなのだから、
ダモシが心身とも疲弊するのは当たり前である。

なぜ分からんかなぁ、と。
こちらにとって普通のことが、
そういう分からず屋にとっては普通ではないのだ。

価値観の違いだの、色々な意見があるだのと
オトナぶって言ってしまって、
そうやって日本人はすべてナアナアにしてきた。

間違いは間違いであり、正しいことは正しいのである。
明らかなる間違いや判断ミスは存在するのだ。
特に国や"お上"というところの面々は常にボンクラで、
まったく考え方がズレている。

彼らの常識は非常識。ここが根底だ。

そこのところをきちんと線引きしなければ、
なんでもありになってしまうのが、なぜ分からんか,と。

ワイフは言う。

<(だから)正しいことをしようとすると、大変なのだ>と。

<正しいことをしようとすると、
 必ず抵抗勢力はいるし、異常な労力を要する。
 だから皆、正しいことができないのだ>と。

たいていその反対側にいる面々は、
何も深く考えないから悩まない。
こちらが怒っているのも気づかないし、なぜ怒るのかも理解できない。

だから、さらに問題は厄介になる、と。

そんなDisagreeable people(不愉快な人々、到底合意できない人々)が
連日わんさかと問題をまき散らし、こちらを不愉快にさせ怒らせることで、
こちらの日常はUnpleasant days(不愉快な日々)に劣化してゆくのだが、

それでも心理的な面での充足や便益が何らかの形で満たされれば、
ストレスや肉体的疲労と不調の解消にもつながるのだが、
それすらないここ一ヶ月以上。

<桜>を愛でるというニッポン復帰後のルーティンすら出来なかった。
恒例の田園都市の桜のトンネル行きも出来ず、
新宿御苑その他で必ず桜を愛でるというファミリーのレジャーも出来ず。


すべては、心の問題なのである。

それは被災地の被災者の方々も同様である。
心の部分が、そろそろ厳しくなってくるであろうことは
容易に想像がつくわけである。

そういった本質を見ずに、やれ原発だのなんだのと、
"お上"連中はやっている。もうどんな罵詈雑言も出ないくらいの
劣悪なレベルに陥っている。

ダモシのNY時代からの友人の言を借りよう。
ドクターである氏も先般、被災現場へ出向いたそうだ。
そしてこう思ったようだ。

<ダモシ氏がブログで仰っていたように、
 頑張れ頑張れと遠く離れた都心から
 声高に応援するのもいいのでしょうが、
 実際に見てみないと理解できないと思いました。

 義捐金も物資提供も大切なのでしょうが、
 震災から約40日を経過して、
 そろそろ精神的に抑圧され始める時期だと思います。

 側にいて話を聞いてあげることが
 一番の応援のような気がしました>。


まさにこの通りなのである。

すべては、心の問題なのである。

ダモシの現在の状態も、心の問題なのである。

<じぶんじかんがゼロの日が続いている。
 ダメだな精神的にも肉体的にもそろそろもたんよ。
 時間が出来たら,今度は子供と遊んで…。
 結局、自分の趣味含めて何も出来ない日々だ。
 こんなことでは心が満たされないのだ。
 心が満たされてはじめて疲れもとれるのだが…>

とワイフに愚痴ることになる。

己が納得のいく時間を過ごせることが心を満たし、
つまり己が便益を日常の中で皆、満たすことで
バランスをとって生きている中で、
それが出来ないとどうなるかといえば、

心身ともに疲労して、やがて病に陥るわけである。

被災地の被災者の方々は今、これに襲われているはずだ。

それに比べればダモシはマシだというのは当たり前だが、
それでもオフィシャル事案でも
そういう破廉恥な"お上"がもたらす問題のせいで
こういうことに陥っているのは、
異なる種類ではあるものの、心の問題は厳しくなってくる
という部分では共通する。

毎日毎日睡眠時間が三時間や四時間で、
日中もフル稼働で、さらには山梨だ茨城だ千葉だと走り回る。
頭を使うのもフル回転。ゆとりが出来れば空手の練習に、
子供のケアで子供が<遊ぼう遊ぼう>だ。
今朝もゆっくり眠りたいな久しぶりに一日だけでも八時間くらい
眠れば疲れも少しはとれるか?と思っても、
早くから起きて、行きたいというところへ連れていく。

これでは何一つ、じぶんじかんがない。
これでは肉体的にも、まったく疲れもとれない。

むろんファミリーがいてということだけでも幸せだが、
それでも便益という部分で己が満たされなければ
根本的な問題の解消にはならない。

読みたい本があっても、一行読むだけで、
電車の中では眠くなり、どうにもならずに爆睡に陥る。

はっきりいって、今、余裕がない。
被災現場に行って以来、根本的な気分もすぐれない。
笑うことなど到底できない。
しかもオフィシャル事案絡みで怒り爆発している。

どうにもならない状態である。

何とかしなければならない、と率直に感じる。

何とかしてくれ、と。

まずはオフィシャル事案のあほんだらな状態が
一刻も早く解消されると共に、
残存タスクであるプライベート/オフィシャル両事案の解消、
一日でも良いから過不足のない満足のいく熟睡、

そして、己の心が満たされる何かしらの<旅>や<趣味時間>の確保。

これが喫緊の課題である,と。

いったい、このUnpleasant daysは、どうなっておるのか、と。

今、最もダモシに必要なものは、モノとしては何か。
これはクリアだ。

最も必要なモノ、それはサンドバックである。

それがあれば、すべての怒りの対象へのパワーをぶつけ、
殴る蹴るをすることができる。
己が肉体のすべての怒りのパワーをそれにぶつけることは
まずもって確実に解消になると理解している。

それほど、頭をぽかりとやりたくなる連中ばかりだ。

ダモシは己が心のセンサーをOFFにして、
そういうものを無視することができない性質なのである。

散った桜を目にするだけで怒りが湧き出る昨今。

ほれ見ろ、散ってしまったではないか。
満足に愛でることもできなかったぞ、と。

それだけで怒りが増すのだ。


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恋と革命。ストレスを解消する一つのキーワードか。

今、サンドバック同様に、必要なのはセックスか。

サンドバックにすべてのパワーをぶつけて殴る蹴るをすることと共に、
哮り狂うようなセックス。

この二つがリアルに必要という現状は、
ノーマルに考えればやはりよろしくはない。

だが、ダモシは偽善者なオトナではないので、致し方ない。

昔から今も誰もダモシを褒めないので、
毎度自分で言うしかないのだが、

良い意味で、感受性が豊かだから、致し方ないのだ。
怒りも悲しみも、人一倍感じ入ってしまうのである。

だからひとたびそれに襲われると、
解消するには極論的な方法しかなくなる。
むろんオトナぶってオフィシャル事案では可能な限りの所作は
施しているが、その分、己の内面にこうして跳ね返る。

誰か一人でもいいから、マトモになってくださいよ…と。
ほとほと願う日々である。


そんなUnpleasant daysでも取り上げ切れないトピックスは
オールウェイズあり、それがたまりにたまっている。

その一部をハイライトで写真で取り上げたい。



*****



既に散った桜たちだが、
救いがあったか、ダモシのために待っていてくれた
<散り際の悪い桜たち>もいた今週。


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山梨は甲州市の某所の桜。

ここでは久しぶりのダモシ認定ディスカバー・ジャパンと遭遇した。
別途、掲載する予定である。

この桜を一応愛でながら、ほうとうを食した。

久しぶりに訪れたのは甲斐国の甲府。
恒例の、武田信玄と武田神社に甲斐善光寺が
ダモシを優しく迎え入れてくれた。

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<ダモシx甲府=青空の法則>は
ぎりぎり今回も青空が覗いたことで事なきを得たが、
それでも不満なほどのダークスカイが全体アトモスフィアを支配した。

これもまた気分が満たされないことにつながる。


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桃たち。ところはワインで知られる勝沼。

甲斐国はダモシに優しい。
"お上"と"現場"はまるっきり感覚がズレている。
現場は常にダモシの味方だ。ファンも同様。
ダモシが生んでいるモノへの救いは、現場とファンの支持である。

そこで一つ、救われるのである。
だが、それがあればあるほど、"お上"への怒りが増幅するのだ。
ほれ見ろ、と。判断が違うだろうよ,と。


物事は常に現場で動いているのだ。
真実は、現場にこそあるのだ。

これをどのカテゴリーにおいても"お上"は理解できない。

ここが大きな溝となる。
震災対応に関しても同様である。

デスクにいてイスに座っていて、どないすんねん! と。

そういったイズムは彼らには皆無である。
そして残念なことに身内にもそういう者がいるから困るのだ。
今、イスに座っていて、どないすんねん! と。
すべては<アクションだろうが>と。

<考えるな、感じろ>と。

ニッポンの悪い癖。何でも、頭だけで考えてしまうことである。
そして何でも、二の足を踏んでしまうことである。

<迷わず往けよ、往けば分かるさ>と。

ここの部分が、圧倒的な差異であり、埋まらない/相容れない部分になる。

根本的なことだが、
バットは振らなければホームランも生まれないのだよ,と。
キックを出さなければ相手に当たらないのだよ、と。
行かなければ、見なければ、何も分からないのだよ,と。

デスクでコンピュータをにらめっこして、
イスに座って頭を抱えていたって、何も解決せんだろうよ、と。

なぜ、これが分からんのか。

<まあ、いい>とは、今回はならない。

全然、ダメだ。よくない。認めない。


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ボンクラな輩を淘汰するための勝守を、
武田信玄公にお願いして、また手にした。

これはダモシ用だ。アントニオ用には別も信玄公の勝守を仕入れた。

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信玄公のおみじく。あえて開いていない。
中は見ていない。


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<散り際の悪い桜>は、ここでもダモシを迎えてくれた。
ところは上野動物園。
これもまたオフィシャル事案で訪れた、
唯一といって良い今週のサニースカイの日。

ほとほと、<散り際の悪い桜>に救われた今週だ。


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何もない"普通のウィークデイの朝"にも関わらず、
莫大な来場者で溢れる上野動物園。

園側の想定をも遥かに上回る集客を見せているのが、
4/1以降の上野動物園。

その理由は、ご存知、パンダである。

ダモシ論の証明だ。
<パンダといえば上野動物園。上野動物園といえばパンダ>。

もはやこれはカルチュラル・アイコンである。
三年前までいたとはいえ、和歌山でも神戸でもいるとはいえ、
新たにパンダ上陸ということで、
やはり絶対的なゼネラル・インタレストを持ち得る

<上野動物園xパンダ>。

そのパワーをまざまざと見せつけられた。
ダモシが散々揶揄していた"偽物"旭山ズーよ、見たか,と。
これこそがニッポンの動物園の王道である。

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とてもとてもウィークエンドやGWには行こうとは思わない世界。
莫大な数の来場者がパンダに群れる。
こういう時の人々の様子がまたシニカルな視点で考えた場合、
愉快になってくる。

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それでも、ここまでして見たい気持ちは理解できる。
それが<上野動物園xパンダ>の魔力である。

これは1972年のフィーヴァーを知る者ならば、
なおさら理解できよう。

前述したようなカルチュラル・アイコンとしてのみならず
<上野動物園xパンダ>には
ヒストリカル・アイコンという要素もあるのだ。


アントニオをいつ連れていくか。ウィークエンドとGWを避ける
となれば、この日に多くいたように、
<学校を休ませて普通のウィークエンドの朝一番>という括りが
最も妥当なところと理解することができる。

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グッズもまた当然、大人気。


*****


先週末、ひとときファミリーで出かけた。
むろんアントニオの望みでの"遊び"である。

子供はキャッチボールだけでも喜ぶものであることは周知だ。
公園や川で充分である。わずかな時間を使うならば。

とあっても、己が便益も当然考えなければ
皆それぞれが満たされることはない。

誰か一人の希望だけを満たせば良いのではない。

ダモシは駒沢公園という、
己自身の出発点ともいえる場所へ初めて連れていった。
ダモシ三歳時等、ウルトラの父母と"普通に"近所の公園へ
出かけるところとして存在していた駒沢公園。

施設は当時と変わらぬから、あの頃の己を合わせ鏡とする。

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己自身もこのスタジアムをバックにあの頃,在った。

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二子玉川の多摩川で遊ぶ。
川沿いに座って並ぶアベックの群れ。

そろそろ帰ろうかという段階でスコールのような雨が降ってきた。
するとアベックたちは一斉に、同じように、
二子玉川駅へ向かって歩き出した滑稽。

そして駅へ着くと大混乱。
また何かあったのか?と思ったら、
田園都市線恒例&頻発の人身事故で、電車運休。

なにをしとるのか、とまた怒るダモシ。

死ぬなら勝手にどうぞ、と。
こうして電車を止めるなど他人に迷惑をかけてくれるなよ、と。
なぜか田園都市線沿線はこれが多い。不思議だ。
だが、何か理由はあるはずだ。

こうして常に迷惑を被るわけである。


今週末の空手の大会が中止となった。
震災の影響もあるため致し方ないが、
一方で、やはり予定が狂う。
これがまたストレスになる。

五月には既に出場の決まっている
極真空手の全国選手権という大一番があるが、
それへのステップレース的意味合いもあった今週末の大会だが、
それが中止となったことで
結局、本番へぶっつけとなってしまうことで
戦略がまた一つ狂ってしまうわけだ。困ったものである。

週末に出向いた駒沢公園にある
東京五輪も行われた体育館で、
たまたまその極真の東京都大会が開催されていた。

五月の全国選手権はオープン大会だから
アントニオのような他流/他団体の選手も出てくるが、
この日行われていたのはクローズの極真だけの都大会。
すなわちここを勝ち上がった者が東東京と西東京の代表として
アントニオの出る全国選手権に出てくるのだろう。

大会で当たる可能性もあるため、
ダモシ軍は、ちょうど良いとばかりに視察した。

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開会式での黙祷。

松井館長の挨拶もあった。
ダモシ世代にとっては有無を言わせぬアイコンであり
善くも悪くも存在の耐えられない重さを持つ極真。

心の奥底では、アントニオにも極真にという部分はあるが、
あえて他流であって極真と闘う側になり、という
ここでまたカルチュラルな営みが生まれることが面白いのだ。

他流といえども直接打撃制=フルコンタクトということでは同じ。
防具空手だの寸止めだのは好きではないため、
バチバチの<直接打撃>では同類であり
避けられない存在なのは言うまでもないが、

幸い、アントニオの場合、極真系が向いていて、
試合でも息が合うし、大会でも相性が良いから
喜ばしいところである。

五月へ向けて、引き続き最大限努力である。

ポスターも新調して当欄右バナーに掲載してある。

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こういうものこそ、<がんばろう>である。

被災地に<がんばろう>は、あり得ない言葉だ。
それがダモシの認識だ。
いいかげん、やめろと言いたい。

何が<がんばろう東北>、<がんばろう日本>だよ、と。黙れ、と。


*****


甲斐国たる山梨各地、
上野動物園その他の都内各地を含め、

相変わらずオフィシャル事案での遠征も続いている。

都度、帰宅するともうバタンキューである。

千葉東端、そして茨城東南部。

千葉東端では、打合せ中にも地震が起こり、
茨城にしても道路は影響色濃く残り
走行もままならなくなる。

それだけで疲労する。

各地の絵の一部を。


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千葉東端。


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茨城東南は、ゴーストタウン化。
歩いているだけで、怖くなってきた。
人がいない。店も壊れていて、家も生活臭が皆無だ。

日中なのに、午前五時の路上的世界観。


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本来はディスカバー・ジャパンに属するだろう、鹿島神宮。

が、ここも今はまた、異なるパワーと香り、風が存在していた。


様々な意味でのニッポンの分水嶺に今、在る。

そう思う。

<がんばろう>より先に、諸々、喫緊でやるべきことや
長い目で見た場合のグランド・デザインを描く必要性がある。

東京電力のアテにならぬ〜どうせ無理だぜ?〜工程表
=六ヶ月から九ヶ月以内、は不要。

描くべきは、グランド・デザインである。

それを分からない"バ菅"。もうお引き取りください。
菅は好きだったダモシだが、もうダメだ。
辞めてください、と言いたい。

悪い意味での<散り際の悪い桜>となっている"バ菅"。

見苦しい。これ以上、彼がリーダーではニッポンはリアルに終わる。



*****



まずはとにかく、"バ菅"と、被災地視察で車から降りず
たった五分で帰った枝野含めて、首脳陣の一斉退散と共に、
絶対青空がいま必要だ。

そして寒さが終わることもマストだ。

サニースカイと暖かさ、暑さ。
早くこれが正当な状態で広がることを切望する。

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どこもかしこも、今のままではダメだ。

ダモシの心身状態も、今のままではダメだ。

まずは青空と暖かい陽気が必要だ。
もう陰鬱な空と天候はお引き取り頂きたいのである。



posted by damoshi at 16:19| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

ミスター・ボージャングルズ



1989年。
その年の秋にワイフと出逢った。

それから遡ること八ヶ月前。
今はなき東京ベイNKホールという
瀟洒なコンサート・ホールで、珠玉のLIVEを観た。

時代アイコンとしては、ダモシ世代より遥か上、
ウルトラの父世代にマッチする
エンターテイメント大国の米が擁する
世界最高のエンターテイナーたちの共演。

フランク・シナトラ、ライザ・ミネリ、
そしてサミー・デイビス・ジュニア。

ライザ・ミネリはさらにそれから十二年後の2001年。
ところはニューヨーク。
ニューヨーク・メッツの本拠地シェイ・スタジアムで
再び生の熱唱を聴くことになる。

プロ野球のコミッショナーが破廉恥な勘違いをしたこの春。

震災への配慮を欠いたセ・リーグ強行開幕を押し進めていた頃に
コミッショナーが吐いた暴言。

<9.11の後だって、ヤンキースはすぐ試合して、勇気を与えた>。

ダモシは住んでいて、そして実際に現場へ行っているから知っている。

ヤンキースではなく、メッツが、9.11後、初めてニューヨークで
素晴しいゲームを見せて勇気を与えたのである。

ニッポンの"上"にいる輩の、いかにボンクラか。

実際に観てもいない/現場にいないものを、安直に語るから、
そういった破廉恥な間違いを犯すと共に、
だからこそ正常な判断が"上"は出来なくなるのである。

すべては、現場ありき。LIVEこそ、我等に。

主題は、そういったボンクラ・ニッポンの
低次元なカルチュラル・アイコンではない。

表題を、ザ・キャンディマン(陽気なキャンディマン)にするか、
ミスター・ボージャングルズにするか迷ったが、後者にした。

勘の良い読者であれば分かるだろう。

サミー・デイビス・ジュニアの定番中の定番。
情緒的且つ情念的な、いかにも古き良きアメリカ。

そして、サミー・デイビス・ジュニアといえば、タップダンス。



*****


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直系遺伝子アントニオの<格闘技路線>(空手/ボクシング)と
もう一つのストラテジック・アイコンである
<エンターテイメント路線>。

今宵から事務所での<演技レッスン>がスタートした。
来週からは<タップダンス>がスタートする。

それと連動して、
<ヒップホップダンス>は継続して事務所とは別の世界観で
レッスンは行われていく。

まずは演技/タップ/ヒップホップが、
<エンターテイメント路線>の初動柱である。

写真は、今宵、購入したタップシューズである。
サイズは21cm。23cmからは倍の価格になる。
21cmというコドモのそれでも高価で1万5千円弱である。
立派なシューズだ。

むろん格闘技と同じようには、
タップダンスをダモシが教えることはできない。

しかし、そのイズムや何たるかを
カルチュラルな深層から伝えることはできる。
ダモシが観てきたものや知っていること。

<まずは、あれだ>と。

今から二十二年前、未だ大学生時代のダモシが
単独で出かけて感動した、あの東京ベイNKでのLIVEにおける
サミー・デイビス・ジュニアの
破格のパフォーマンスを、youtubeにあるか探した。

見つけた。そして、共に観た。語った。

言葉は不要。LIVE映像がすべてを語る。

サミー・デイビス・ジュニア、亡くなる一年前の
ニッポンで行われた貴重なLIVE。



3分20秒頃から、そのエンターテイナーとしての凄さを見せつける。
その流れでミスター・ボージャングルズへと流れる妙。

もしかしたらこのLIVEの時、既に喉は病魔に冒されていたかもしれない。
しかしその渋い低音ヴォイスは、たまらない美しさを持っている。




後半。
もう一つの定番ザ・キャンディマンから始まる。

そしてハイライトは最後の曲。
途中で、唄いながらタップシューズに履き替えるシーンには
目頭が熱くなる。

あの頃が甦り、ダモシもアントニオに語りながら声が震える。

そしてこの世のものとは思えないタップ。

マイケル・ジャクソンのダンスしかりだが、
超越した芸能には、リアルに感嘆の声が出るものである。

これこそ本物の"芸"であり、文化レベルの高さの享受である。

一瞬、二十二年前に時間旅行。
当時はいなかったワイフとアントニオが今、隣にいる。

ワイフもまだ当時は一緒に時間を過ごしていなかったが、
それでも同年齢ということで
時代におけるカルチュラル・アイコンに対する通奏低音は同じだ。

<サミー・デイビス・ジュニア>というアイコンが出てくれば、
いずれも<=お父さん>という世界観がすぐに出てくるのだ。
あるいは<昭和のオトナ>。

<刑事コロンボ>や<11PM>の世界である。

<昭和のオトナ、お父さん、サミー・デイビス・ジュニア>
がすべて交錯すれば出てくるアイコンは、

サントリー。

これはもうマスト・アイテムであろう。

ついでの時間旅行は、
サミー・デイビス・ジュニア出演の、これはもう、
<広告><テレビCM>という次元でも
現代ではもうあり得ないほどのクリエイティヴィティとソウルがあり、

台詞、アクション、リズム感、演技、小道具、間、音、
アイキャッチとその動態引き寄せ等々すべて、
どれをとっても広告としては、ほぼパーフェクトな作品である。

時間旅行でyoutubeのリンクを掲載したい。
とくとご覧頂きたいのである。

広告や商品、マーケティング等のオフィシャル事案も
長いキャリアの中で携わってきている、
"素人"ではなく"プロ"のダモシの中では、
これぞパーフェクトな広告(テレビCM)。





完成度では明らかに落ちるが、以下も90点-overの広告。




いずれのテレビCMも現代ではもうあり得ないほどの高いレベルである。
さすが、昭和である。

タップをこれからアントニオも行っていくにあたり、
まずはサミー・デイビス・ジュニアへのリスペクトが
根本的イズムとして持つことの大切さを今宵、語ったわけである。

ダモログのメイン画面のファイティング・イベントの
ポスター掲示部分を、
タイトルを<ファイティング&カルチュラル・イベント>
として、新たにタップのポスターも設置した。

大きく見せると、こうなる。

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今宵の<演技レッスン>も楽しかったという。

格闘技、エンターテイメント、学校…。
楽しいことが一番である。


*****


ダモシのように、
先週ものっけから大波乱で
オフィシャル事案で、それこそまたあの米ANA暴挙事件(07年)
以来のリアル・ブチ切れとなった
空手某団体問題と同じか、それ以上のレベルでブチ切れ状態が
今もなお続いている。

ダモシが台風の目なのはもとよりだが、
ダモシはdo the right thingである。オールウェイズ。
すべて戦略的且つストーリーに則って行っているのだが、

現場を握っているダモシのそれと、
最終の部分でのデシジョンを下す側(言ってしまえば"国"になる)の
戦略なき場当たり的発想が、まったく相容れないのである。

ダモシに限らず、震災の件でもそうだろう。
現場を握っている者とデシジョンを下す者(国)の
まったく相互理解に至らない惨状。

すべてそれは、国に問題がある。

物事は現場で動いているのであり、真実は現場にあるのだ。
それを理解せず、机上の空論=戦略なき場当たり的発想で
"お上"がデシジョン・メイキングをするから
何でも大きなトラブルになるのである。

それをまったく理解していない。

同じニッポン人でこれなのだから、
きれいごとで世界平和云々なんぞ偽善になるのは当たり前だ。

もうかれこれダモシは三月頭の
<風雲急フルー>から延々とブチ切れている。

困ったものである。


<楽しいというのは、一番だな。
 いいぞ。本当に、楽しむんだぞ。楽しんでやるんだよ>

とワイフと二人、アントニオに言った。

<俺はまた明日からブチ切れの日々だから>とも付け加えた。

ダモシもまたアントニオに
<ほとほとボンクラばかりだから、怒らざるを得ないのだよ>
と普通に愚痴るのである。

だが、ただの愚痴ではない。

<俺はそのボンクラを放置できないのだ。
 とことん議論してナアナアにはさせないぞ>とも付け加える。

アントニオも既に分かっている。

<こっちはフルコン(直接打撃)だからね。
 防具空手や寸止めじゃないからね>と。

さよう。

寸止めしかやっていない輩に、フルコンは無理なのは分かるが、
それでも暴挙を仕掛けるなら、
ならフルコンやっちゃうよ?となるのは当然なのであり、

<啼かぬなら啼かせてみやふホトトギス>こそ、
ダモシ・イズムの根底である、と。

ニッポンは議論が、ない。
震災の件でも同様。

議論なくして、一方的に誤った判断を"お上"が下すという
悪しき民族性と風土がある。

同時に、一般的に多数決で圧倒的に多いのが
<ヒトゴト(他人事)>の人々である。

笑っている場合じゃないぞ?

と。

全然、まったく、一つも、笑っている場合ではない。

ワイフが言った。

<ブチ切れてばかりいると、本当に"切れ"ちゃうよ>と。

自分でも脳と心臓が危ない気がする。

何よりもまた危険なのは、
現時点で、否、ずっとそうなのだが、怒りからたまるストレスの
その発散がまったくないのである。

自宅にサンドバックでもあれば、それに全力をぶつければ良いが、
社会生活の中で、そういう所作で発散することは当然出来ない。
かといって趣味の、じぶんじかんを堪能する時間が追いついてこない。
どうにもならない。

アントニオの笑顔と、戦略設定やグランド・デザイン描画含めた
<プロデュース>が唯一の救いか。

否、もう一つ、ある。

ダモシは単純で、ある意味で、
最高に分かりやすく簡単な人間であるからして、
<機嫌が良くなる>方法が一つ、ある。

端的にいえば、何度か当欄に書いたが、
ニューヨーク時代のフェデックスの黒人店員が発した
あの<アタイは、あなたの顔が好きなのよ>である。

これだけでダモシの機嫌は良くなるのだ。

それを理解してかどうかは分からぬが、
"ものすごく"不機嫌な木曜日の夜、
空手の道場へ立ち寄ったダモシを見た
他のコドモのお母さんがワイフに言った台詞がある。

そのお母さんは、道場にやってきたダモシを見るなり、
ワイフに近づいて言ったという。


<今夜もまたカッコイイですね…。
 今日は、ヨーロッパの俳優さんみたいで…。
 全盛期のアラン・ドロンみたいですね…>。

究極のお世辞であり、お世辞としても最高の褒め台詞ともいえる。

ワイフから帰路、それを耳にしたダモシは、
それまでのブチ切れ顔から一転、
ニヤニヤとしまりのない顔に変化したのは言うまでもなく、

その晩は、入浴中にもアントニオにも
<俺はアラン・ドロン…>だの、
寝る前の挨拶の際にもワイフとアントニオに
<アラン・ドロンだよ、アラン・ドロン、ええ? おやすみ>
だのと宣う始末。

ダモシのオフィシャル事案でのブチ切れと、
"お上"のアンポンタンな決定は震災絡みであり
ダモシの土である仙台/宮城絡みでもあることが、
ダモシの怒りの火に油を注いでいる格好でもある。

そもそもイズムやソウルなき、そういった"お上"(国)の
一方的な誤った判断には、合意できないわけだ。
徹底的に抵抗及び主張するだろう。

今週もまだまだずっとブチ切れ状態は続くことは否めない。

スッカラ菅もそうだが、何なのだ、と。
彼も現場へ行ったが、その成果は感じられず、
行ったことは評価したが、その後の所作は到底容認できない。

彼にはソウルがない。そもそも戦略もなければ、
グランド・デザインを描く器量もない。

アカン、ほんまに、あ菅。


また闘いのウィークエンドが始まる。
臨戦態勢である。

せめて己が部屋にいるサンデー・ナイトくらいは
"あ菅な連中"のことは忘れて、

サミー・デイビス・ジュニアを観て/聴いて、
ウィスキーを喉に流し込んで煙草に火を点けて。

そして横になるときは、ヘミングウェイを読もう。



posted by damoshi at 00:01| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

1971-2011



1971-2011で、40年。

<仮面ライダー>40周年である。

1971年4月に放送開始された同作品は、
現在放送中の<仮面ライダーオーズ>で1,000回放送達成と
シリーズ40周年を迎えた。

そして今、一昨日から40周年記念映画が公開されている。

今朝、ダモシ&アントニオが田園都市エリアの港北ニュータウンで
それを観てきたわけだが、映画館も大盛況。
一回目のそれを終えて出てきたら
ロビーは他の上映映画を待つ人も含めて
歩くスペースもないほどであった。

上野動物園含めて、4月に入り、
息せき切って涌き出たかのような
自粛ムードへの反動は、一つにはここにも表れている。

言っても、コドモにとっては春休みなのである。

映画は、不覚にもダモシは落涙。
暗い館内で上映中に何度もアントニオにバレぬように
涙を拭ったほどである。

1971年、ダモシ五歳。
2011年、アントニオ七歳。

二年差はあれど、アントニオは既に五歳になる前
(三歳時)から、仮面ライダーが好きだったから、
己がノスタルジー相まって、共有できるのである。

時代を超えて、親子が揃って夢中になることができる
<仮面ライダー>。

これは、単に一つの少年ヒーローものと括る枠では
決して収まらない。

時代考察に類するアイコンであり、
間違いなくストーリーや思考回路共々
エデュケーショナル(教育的/知育的)アイコンである。


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A3版の大きく豪華なパンフレットが施された
40周年メモリアル作品。


*****


時代考察と共に交えていきたい。

単に<仮面ライダー>という括りで好き嫌い/興味あるなしに
留まらぬ話題には当然、する。

それは何でも同様。プロレスや空手、ボクシングなどの格闘技から
競馬まで、好き嫌いや興味有る無しに関わらないような内容で
常に書いているつもりである。

すべてはそういった時代考証や考察という観点からの
<歴史>に始まり、<文化><エンターテイメント>、
そして<教育>といった

例の、

ヒストリカル性
カルチュラル性
エンターテイメント性
エデュケーショナル性

といったダモシが重視しているポイントである。


1971年、ダモシは五歳。

ダモシ生誕と
ウルトラマン、ビートルズ来日が同じ66年であることは
何度も掲載している時代考証である。

ウルトラマンから遅れること五年。
1971年の春に、仮面ライダーは始まった。

以前も掲載したように、
ダモシ的考え方の中では
<ニッポンがリアルに熱く、良かった時代>の終焉は、1974年。

<長嶋茂雄引退と巨人V10ならず>で、だめ押し。

Always三丁目の夕日的世界観のニッポン栄光の日々は、
これも何度も記載している通りで、
東京五輪、東京モノレール開通、首都高開通、
東海道新幹線開通等々が連鎖しているわけだが、

そのピークを、ダモシは<大阪万博>と位置づけている。

その<大阪万博>=1970年3月開幕
をピークとして、ニッポンは<おやっ?>という世界で、
様々な歪みが出てくる。破滅への道程を辿っていく。

よど号ハイジャック
三島由紀夫の自決
大久保清の蛮行
自衛隊機とANA機の事故
あさま山荘事件

などなどが発生。

世界ではベトナム戦争の嵐になる。

大場政夫は首都高で激突死し、
大洋デパートは衝撃の火災を起こし、
不可解な金大中事件が起こり、
さらにはオイルショックが襲いかかる。
絶望した中身は多々あろうが川端康成も自決。

<おやっ?>、<あれっ?>というアトモスフィアが
漂っていたのだ。

余熱や勢いの残り香がまだあったから、
ピインポイントでは明るい話題はあったにせよ
怒濤のモメンタムでグランド・デザインを描き
それに向かって邁進してきたニッポンに
影が射しはじめていたのは間違いない。

そして74年秋の長嶋茂雄引退と、同年冬の田中角栄辞任
(その後のロッキード事件)で事実上、

ニッポンの光の時代は終わりを告げる。

誰もが勘違いしてしまった破廉恥なバブル、
阪神淡路大震災、オウム真理教事件、
その後の2000年代の凋落に今年の悲劇と
既に80年代には始まっていたニッポンの終わりのストーリーは
さらに拍車がかかっていて、

終わりなき終わりのストーリー状態が数十年も続いているのが
実情であると、ダモシは考えている。

ニッポンが本当に明るくて熱気と活気と良さがあった時代は、
事実上、
<もはや戦後ではない>と三種の神器をもってしての
1950年代中盤から、前述した70年代中盤までの二十年間
(江戸時代や戦前除く)

〜とりわけ細分化すれば<東京五輪>と基点とする
 60年代中期から70年代中期までの1ディケード〜

なのではないか、というのが
ダモシの一つの考え方である。

ダモシが生まれる直前の64年東京五輪とそれにまつわる
前数年から、長嶋茂雄引退の74年までの1ディケードである。

また、期間にかけてが、
カルチュラルな面での
男の子のヒーローというものが本格的に
登場しはじめ、その後の80年代以降へとつながっていく。

ヒーローものでその時代に初動で現れた最たる存在が、
アイコンとして今もなお変わらず生き続けている
ウルトラマンと仮面ライダーということになるのだ。

(ヒーローものではないが、
 アイコンとしてはトミカのミニカーも
 ダモシのコドモ時代が端緒となっている=1970年〜)。



*****



今、親(ダモシ世代とその少し下世代)とコドモが
揃って楽しむことができる時代になっているのは、
そういった背景があるからだ。

要するに、ヒーローものの初動期に
己自身がコドモだった人が今,親になっている。
親として己が直系遺伝子の男の子が
自分がコドモ時代と同じものを好み喜んでいる。

この構図こそが、最大の構成要素となっているわけである。

040311b.jpg

パンフレットの表4(裏表紙)。

そして、鑑賞者特典のガンバライドカードのデザイン。

040311e.jpg

共通して登場するアイコンが<人造人間キカイダー>(72年)。

仮面ライダーの中に、人造人間キカイダーを持ってくるアイディア。
痒いところに手が届く(消費者便益を大いに満たす)作り手の所作。

ダモシはキカイダーが大好きだった。
そのソフビも持っていた。

親になった者がコドモ時代に好んでいた
仮面ライダーに対して、
己がコドモと共に夢中になる中で、

出てきたキカイダー。

もう、たまらんぜ、となるわけだ。

目頭が熱くならずにはいられないわけだ。

これはもはや<昭和のプロレス>的世界観なのである。


今宵の映画。素晴しすぎた。

ストーリー展開も、昭和の良さを存分に生かした
徹底的な勧善懲悪。

昭和のプロレスもまた猪木がやられにやられて
観る者の苛々が相手側悪役に極限まで
向けられた中での大反撃。そこでの熱狂と溜飲。

仮面ライダーが徹底的にやられる中で、
いよいよ歴代ライダーが救援に総登場する際の仕掛け。

<ライダーは四人だけじゃないぞ!>と大見得を切って
仮面ライダーV3が自身の決めのポーズをしながら現れると
スクリーン内にいる危機的状況にある一般大衆の大群衆から
大歓声があがり、

<V3! V3! V3!>と大V3コールがあがる。

それに端を発し、昭和のライダーたちが一人ずつ、
まさに選手入場がごとき世界観で
それぞれの決めのポーズで大見得を切りながら登場。

その度に、大群衆は、

<アーマゾン! アーマゾン!>
<スットロンガー! スットロンガー!>
<スカイライダー! スカイライダー!>

とコールの大合唱。

これだけで目頭は崩壊する。

しかも、
<正義のヒーローはライダーだけじゃないぞ!>と
予測不能のときめきで現れる
人造人間キカイダーその他。

一気に悪役を一網打尽にすればもうそこは、

<昭和のプロレス>。

喜ばないはずが,ない。

仮面ライダーの変身ポーズの端緒は、
背景に、大相撲の横綱の土俵入りのポーズがあるという。

空手の型や殺陣の世界観に加えて、

ストーリー的には
力道山時代から連綿と
<まだ良かった時代のプロレス>が死守していた
勧善懲悪の見事なブック。

これがパーフェクトに構築されていたのである。

何度も落涙したダモシ。

アントニオと共に観たライダー映画は増えたが、
前回のそれを上回り
40周年ムービーは、観た中では最高の出来だったと認められる。

<ニッポン>と<ニッポン人>に対する
強烈なる教育的メッセージも含まれている上、

なにごとも
<パッション:想い>がなければダメだぜよ
というダモシイズムと完全に合致する
主題がちりばめられている。

生き方の投影、パッション、ナアナアにしない等々、
包含する要素と、構成、内容とも
パーフェクトといえる映画と大いに賞讃するところである。

ヒストリカル性
カルチュラル性
エンターテイメント性
エデュケーショナル性

のすべてを、すべてにおいて高いレベルで満たした映画。

<仮面ライダー>だと思って、
くだらない/コドモが観るものと感じるならば
大間違いであると忌憚なくいえる。

内々で考えた場合、
消費者側にとっても嬉しいことは、

これを作っている側が、
楽しんで作っているのだろうな、ということが
想像できることである。

ダモシがオフィシャル事案で関わっている
己が企画開発しているものもそうだが、
大変な作業ではあるが
やっている本人が楽しいのである。

消費者が勝手に書いているブログなどにも
書かれていたことだが、

<作っている人が
 楽しんで作っているということが想像できる>と。

非常に基礎的且つシンプルなことだが、
何かを提供する場合、
提供する側が楽しんでそれをやっているか否か
ということは、

最も重要なポイントの一つである。

東映関係含めた仮面ライダーに関わる作り手は、
当然大変な中であっても
基本的には楽しんで作っているのだろう
ということが、今回の映画を観ても
存分に感じられたのである。

提供する側が楽しめないものは、
まず受け手は楽しむことはできない。

それは一つには、言えることなのである。

その場合の提供する側の楽しむという行為には
当然多くの種類があり、
三流タレントやひな壇タレントが大挙として集い
内輪的宴会的なものを提供する際の
勝手に楽しんでいるというものは含まれない。

あくまでも消費者に提供する/消費者便益を最優先に考えた上で、
大変な中でどう楽しめるかなのである。

バンダイにしても東映にしても、そのあたりが上手だ。
今回もまた、やられた、という感じである。


ウルトラマン=ダモシ当歳と同じ
トミカのミニカー=ダモシ四歳
仮面ライダー=ダモシ五歳

これらがまずはノスタルジーと現在進行形が
常に一体となっていて、
ダモシのコドモ時代に初動を迎えたアイコンとしての
筆頭格といえる。


040311c.jpg

アントニオが欲しがった下敷き。
40周年の特別下敷きは、
アントニオが欲しがらずともダモシが欲しいから買った。

040311d.jpg

裏面。


<学校で使えるだろ>と。
学校に行く際の持ち物として
これもあることで、モチベーション付加になる。

こういうアイテムもまた、
あの頃の少年(ダモシ)と同じであることが、嬉しい。

ゲームやネット、携帯に夢中になられるより、
よりシンプルであり、少年っぽくて、
ダモシは好きだ。

闘いのヒーローものが好きで、
無邪気に夢中になり、
実際に自分も空手などでそれを実戦できるアントニオ。

この<少年っぽさ>。

今の時代、ニッポンにおける救いであるとダモシは思う。

むろん齢を重ねていく中で、
右往左往は必ずあるが、
それでも幼児期、少年期の初動期に、

いわゆる三つ子の魂百まで的世界観で、

必ずこういう無邪気さは後々変わらず
根本的なイズムとして体内に生き続ける。

少年よ、小さいことにせこせこせずに活発であれ、と。

己が直系遺伝子には少なくともそうあらせたい。

少年は、少年っぽく。少年らしくあれ、と。

そうあれるように、
支えてくれている仮面ライダーとそのスタッフには
忌憚なく、感謝したい。


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先週のヒップホップ発表会より。
常に最下級生で小さいが、がんばっている。

GWあたりからはタップダンスと演技教室も始まる。
<仮面ライダー>になれるといいね、と
親心である。

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先日の空手大会より
アントニオの名場面を集めた。

忌憚なく絵になる。試合でも技のダイナミズムがあるから、
絵的な見映えが良い。

型でも過去最高の気合乗りを見せていたことが
後で見た写真からもよく分かった。

どの大会と比べても、今回が最もアントニオは絵になった。
彼自身,今後も絵になっていくだろう。
魅せる要素を鑑みながら無邪気に、真剣に、真摯にやれば、
おのずとそうなってくる。


ダメな国ニッポンを復活させる可能性としては、
現在の少年少女たちにある。

少年よ、少年らしくあれ、と言いたい。

斜めに構えるな。ナアナアはするな。

なにごとも真剣にやれ、と。

オトナのレスポンシビリティは、
己自身もそうあることで見本を見せることと共に、
彼らの可能性とモチベーションを決して折らないことだ。

人間の心は些細なことで折れるものであり、
冷めてしまうものであることを注意しなければならない。



<仮面ライダー>は、それらのことを

きちんと教示している。




posted by damoshi at 17:23| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月02日

スカイツリー4.2.11



先般記載の"タイミング"に合致して、
スッカラ菅が今宵、被災地へ出向いたようだ。
現場を見て彼が何を想ったか、感じたか。

自ら感じたことを発信することも必要である。
発信せよ。

現場を見ることは、何をするにおいても必須事項である。
すべて机上の空論ほど、空論はなく、空感もない。

物事はすべて現場で起こっており、
現場こそがすべてを言い表すのである。
そこで己が何を感じたか。どんなアトモスフィアを察したか。

すべてはここに懸かっている。
これは間違いないことである。
だからこそ、百聞は一見に如かずという格言があるのだ。

己自身の足とドライビングで行かずに
ヘリコプターで行ったことは評価できないが、
百歩譲って、このタイミングで現場へ出たことは
ダモシはスッカラ菅を評価する。

まだまだ<あかん。ホンマにア感>であり、
<空き感>であり、<鈍菅>であり、<とんちん菅>であり、
まさしく<スッカラ菅>ではあるが、
現場へ行ったことで彼が変わることを期待したい。

意思、感情、パッション、生き方の投影…。
そういったものがまったく伝わってこない
ニッポンの政治家。

ここをまずは変えよ。

ヒトゴト(他人事)化の甚だしいニッポン民族性と、
一億総コメンテーター化が著しい民族性を、
これを機にインプルーヴしなければならない。

<がんばろう>だの
<がんばれ>だのと言う以前の問題こそが、
最重要なのである。

<ニッポンの力を信じてる>だのと
CMでタレントに宣わせるのも
ニッポンを己自身で買い被り過ぎている
and
有事に美辞麗句を並べて悦に入っている
最たる事例である。

そんなことなどよりもまずはとにもかくにも、
<具体的に物事を動かしていく>こと。
且つ,迅速に。最高最速で。
これが<がんばろう>だのときれいごとを述べる以前の
最重要タスクなのである。

これが圧倒的にして致命的なレベルで
ニッポンが世界と比べて劣っている点であることは
ダモシが<ニッポン、ダメだわこりゃ>と強烈に感じて
渡米した90年代後半には既に悲劇的だったわけで、

それが10年経っても変わっていないのは、
救いようがないわけである。

スッカラ菅は、現場へ行ったのならば、
そこで己自身が何を感じ、何を想ったのか。
これを率直に発信すべきである。

それくらい、出来るだろう。
今夜にでもすぐにそれを発信すべし。



*****



三月は<風雲急フルー>シリーズと、
今回の<Mar,11-東北>シリーズという
内憂に始まった混乱の世界が続いた。

直接的に壊滅的なダメージを震災では受けたわけではないが、
内憂から続く一連の中で、
震災においても仙台、那須という親や親類関係の絡みも含め、
当然ながら影響はあり、

そして最後は現場へ出た。

一連の流れの中で、そもそもオールウェイズ怒っている/
常に怒りを抱えながら生きているダモシにとっても
大いなる怒りを持って過ごす日々ではある。

その怒りの最大の矛先は、<ニッポン>全体に対するものである。
これは渡米した頃に持っていた
強烈無比の<ニッポンへの怒り>にも共通する。

それを安直に、<ニッポンが嫌い>なのだということは言えない。
己がホームであり、嫌いなわけがない。
それは対北の某も同様である。
仙台や那須は言わずもがなだ。ホームの東京も、しかり。

しかし、物事や感情は好き嫌いだけでは捉えきれない。

何とも思わぬ対象には、怒りすら持ち得ぬわけだ。

好きである/嫌いなはずがない
という前提がある中では、
一歩間違うと、強烈なる憎悪になり得るという表裏一体の
歪みがある。

善くも悪くも、過敏に情緒的な面と、
その一方にある大雑把さというAB型性の二律背反/表裏一体が
ダモシイズムの根底にある。

ヒトはある意味で,誰もがそういう側面の一端は
持ち得ているだろう。

<怒り>をどう解釈し、それをどういう形で、何にぶつけるか。
しこりや怒りは、必ず消化しなければ、終わらないものである。
どう消化するのか、は個々の所作の差異となるが、
良い形でそれをぶつけることができれば、
翻って、新たな何かが生まれ得る。

<感情的になる>ことと、<怒りをぶつける>ことは、
まるっきり違うわけである。

今後も、<怒りをぶつけて>いくことになろう。
時には良い形で、時には、いささか感情的になりながらも。

さもなくば、消化できないからだ。
なにごとも、消化しなければ、精神的にも肉体的にも病に陥る。

そんなこんなの三月を過ぎ、昨日から四月になった。

ダモシはスッカラ菅たちと同様に、
昨日からスーツを着てオフィシャル事案に復帰した。
ただでさえ疲労がある中で、
昨日も、"ものすごく"疲労したが、

今宵は、気分を変えて、ウィークエンドのファミリーらしい
そんなひとときを過ごした。

一つには、事実として、
小さなコドモがいて、そのコドモは春休みなのだ。
そこのアテンションは、一国の(家庭の)リーダーとしては
これもまた欠かすことのできないことであるのだ。

アントニオが、ダモシ仙台滞在中に送ってきたメール。


◇◇◇◇◇
〇〇はいっはいごはんをたべたよ〓
だからかえってきたらゾロリのほんかってね。
どようびハグロウブかいにいこうね〓
◇◇◇◇◇


"どようびハグロウブかいにいこうね"を
土曜日の今宵、実行した。

"土曜日はグローヴ"である。
グローヴとは、ボクシング・グローヴである。

昨晩、ダモシは問うた。

<春休みに行く約束をしていた上野動物園に
 パンダを見に行くか、グローヴを買いに行くか。
 どっちでもいいぞ?どっちがいいんだ?>

と。

上野動物園と応えるものと思っていた。

ところがアントニオは迷わず、グローヴを選択した。
彼は格闘技が本当に好きなのだ。
やらされているのではなく、
空手も、隠密に自宅で行われているボクシングも、
自分が好きでやっているのだ。

それがよく分かった。

<よし、行こう>と格闘技の殿堂・水道橋へ。

ボクシングへの参戦を踏まえて、
ボクシングの練習もフェーズを上げてきているが、
そろそろ空手での異種ルールの際に使用している
所持しているグローヴではなく、
ボクシング・グローヴを与え、
ダモシもグローヴとヘッドギアを買い、
さらにフェーズを上げていく段階に来た、と。

ダモシは16オンス、
アントニオは体重規定の12オンスのそれを購入。
ダモシ用ヘッドギアと、
アントニオ用のバンテージも購入した。

アントニオのグローヴは海外のもので
輸入となるため注文した。一ヶ月後に入荷される。

ダモシの階級は、
アマではヘビー級、プロではクルーザー級で
使用グローヴの重量は10オンスだが、
それより重いものを練習で使うことでプラスになる。

これはアントニオも使うことができる。
小学一年生がより重い16オンスで練習すれば、
おのずと、大きなプラスである。

040211p.jpg

これでダモシが跪いて、
アントニオと同じ背丈かちょっと高いくらいにすれば、
実戦的なスパーリングが可能になる。

フェーズを上げていく。

明日は、40年アニバーサリーの<仮面ライダー>映画を
二人で観に行く。

このウィークエンドは、そうやってアントニオと過ごしたい。


*****


ワイフもアントニオも、
未だ東京スカイツリーに行ったことがない。

スカイツリーの最寄駅である押上は、
田園都市エリアとは一本(東急田園都市線→東京メトロ半蔵門線)で
行くことができる。

水道橋も、一本で神保町まで出て、
都営に乗り換えれば一つ目で、
空手具含めて行きつけの格闘技ショップは
神保町と水道橋の間に位置するため、
これも一本で行くことができる。

<押上始発で座って帰ることができるから、
 この後、スカイツリーに行ってみるか>と提案。

ファミリーでスカイツリー訪問と相成った次第である。

ダモシは、オフィシャル事案で何度か既に行っている。
建築過程の中でフェーズごと
当欄にも掲載しているが、

高さで東京タワーを抜き、且つ自立式鉄塔世界一になった
段階では、はじめてである。

今宵の高さは、634m。


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高いのは、高い。実際に、高い。

だが、ワイフが、ダモシが抱いている感覚と同じことを、
初めて目にしたスカイツリーの真下で述べた。

<やっぱりNYの、
 あのワールドトレード・センターと比べると、小さい。
 存在感がまるで違う>

と。

さよう。

あの9.11で崩壊した
ワールドトレード・センターの存在の耐えられない強さと
比べてしまうと、

一般的(ニッポンにおける)なスカイツリーのそれが、
希薄なものとなってしまう。

むろんスカイツリーだけを見ていれば
(ニッポン国内の超高層建築と比べれば)高いのだが。

スカイツリーの場合は鉄塔だから、
最上部の先端部の長さが180m以上ある分、
全体の高さが634mにまで至るが、
いわば展望部の最上部は450mである。

ワールドトレード・センターの場合は、ビルヂング。
最頂部は528mで展望(屋上)が417m。

展望部に登って、景色を見てみなければ
高度の実感における差異は得られないが、
下から見たケースにおいては、

圧倒的に後者の方がアドバンテージにある。
"ものすごい"迫力と存在感は、やはり比較にならない。

しかしそれでも、周辺に超高層がないエリア性も考えれば、
例えば東北自動車道から首都高に入って間もなくの走行中からも
向こうにスカイツリーが見えた瞬間に、
視覚効果を伴って押し寄せてくる<東京に入った>感は
スカイツリーの大きなアドバンテージにはなろう。

<視認性>という意味では、
ワールドトレード・センターは
マンハッタンという超高層の集合体にあってもなお、
単独峰といえるほどのウルトラスーパーな存在感があったことで
大いなる視認性を持っていたが、

スカイツリーの場合は、富士山同様に、
完璧なる単独峰として
まさに一本かぶりで屹立することで得られる
高い視認性があるといえるだろう。

既に東京を象徴する代表格になっていると考えられるだろう。

ワールドトレード・センターも
エンパイア・ステート・ビルも東京タワーも。

いずれも<それが在る風景>として
真下や間近から見るのはもとより、
遠望する景色の中に突出して存在している光景がまた
アイコニックなものとして成立し得る。

見るエリア、位置によって、その顔もまた多岐に渡るわけだ。


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今宵も多くの観光客が、
川沿いからスカイツリーを見上げていた。

だが、さすがの高さ。
ワールドトレード・センターもそうだったが、
その建物最上部まですべてを借景として
記念写真を撮ることの難しさはある。

ダモシが見ていて、
<まず、これ、皆々様、そんな撮り方では
 全部を映すことは無理でっせ>と思えるような撮り方を
観光客の多くは、していた。

間近及び真下から
スカイツリー最上部まで捉えて
ヒトの記念写真を撮るなら、
撮る者はその地面に寝転らなければ、ほぼ無理だ。

寝転がって撮れば、真下からでも可能になる。

事例として。

040211k.jpg

スカイツリー最上部を借景に、
ヒトを間近でアップにするケースはこうなる。

これはダモシ自身は地面に寝転がって、
地面と同じレベル=フィールドレベルの目線(ファインダー)
になっていて、ようやくこうなる。

040211h.jpg

いずれも他ヴァージョンでは、
露出を調整して、対象としているヒトを明るくしている。
天候と時間によって、普通に撮ると
手前のヒトだけ真っ暗になってしまう。


東京スカイツリー。

いずれにせよオープンしたら、
一年は展望台へ行けないのではないかと想定している。
なにせ行列大嫌いなダモシ軍である。

行列フィーヴァーは、一年は収まらないと見ている。

行列、大群衆といえば、上野動物園。

<ほんと、(この週末)行かないで良かったよ>と
こぼすワイフ。

彼女も、行列/渋滞大嫌いである。
大混雑の場は、必ずダモシがブチ切れるため、
それも避けたいというところから
彼女も嫌いになったのだろう。

ダモシがブチ切れるから、そういう場は避ける
という暗黙のダモシ国ルールである。

休園から明けた昨日の4.1。
パンダ公開も相まって
上野動物園には何と驚くことに二万人も来園したようだ。

<ほら、見ろ>とワイフ。

三年ぶりとはいえ、
パンダは三年前まではここにいたのだ。

しかもニッポンでは上野だけではない。

それでも、以前から掲載しているように、

パンダといえば上野動物園
上野動物園といえばパンダ

というゼネラルな観念が色濃くある。

だから、外国でもパンダは見ているダモシですら、
<上野動物園&パンダ>という〜アイコン〜への
想いも強く、

<行こう>と考えているわけだ。

むろんオフィシャル事案で絡んでいることもある。

さらにはニッポンへのパンダ初上陸(1972年/上野)も
経験し、実際にその時に来て、見ているという
己自身のヒストリカルな部分へのノスタルジーもあるわけだ。

しかし、そんなダモシでなくとも、
1972年のそれと関係ない人も含めて
こんなにも多くの人々が押し寄せてくる。

未だ、<客寄せパンダ>というものは、
40年という時代を経ても変わらないということである。

明日観賞しに行く
<仮面ライダー>もそうだが、
40年経ってもなお変わらず少年たちの心を掴むわけだ。

普遍的なアイコンの力は、やはり大きいのである、と。


そして季節は、春。

本妻(東京)復帰後の春では
毎年訪れている、あざみ野の桜並木。

これも明日、行くことができれば行きたいところである。





posted by damoshi at 22:18| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

Mar, 11-東北<本編>



◇◇◇
ダディだいじょうぶしなないでぶじにかえってきてね。
そっちはゆきふってる〓?こっちはさむいよ〓
かえってきたらまたいっしょにあそぼうね
◇◇◇

◇◇◇
じしんはあんまりゆれなかったよ〓
ダディのとこがだいじょうぶだったならよかったよ。
ところでじゅうたいはだいじょうぶ。
ジャックたちはだいじょうぶだよ
よるはちゃんとはやくねるんだよ
◇◇◇


携帯メールで、仙台滞在中に
アントニオから何度もメールが来た。

上の二つはその一部(原文ママ)。

原発の処理に向かうヒーローや
多額の寄付をする著名人や募金活動をする者や
救助活動、炊き出しその他をする者ではないが、
己が父親が被災地や現場へ往くことを
案じない子はいないだろう。

ゼネラルな事象での震災以外にも
心が折れる出来事が続発したこの三月の中、
且つその震災の地に在る時に
アントニオから来るメールがどれだけ
微笑ましいことか、と。

ヘトヘトである。
明日からオフィシャル事案へ復帰で、
ダモシは無事に田園都市エリアに戻ってきた。

デスクではなく、疲れもあるため、
己が部屋に敷いた布団に横になりながら打っている。

これが今回のメイン寄稿となる。


*****


三月は、
時節的にプライベート事案でも多々あるのが通例である。

松島へ散骨したウルトラのグランマの命日が三月初旬。
ダモシの生誕日が3.15。
ダモシ&ワイフの結婚記念日(結婚式を挙げた日)が、3.27。
ウルトラの母の生誕日が3.28。
ダモフィーロの前オーナーだった人
(ウルトラの叔父の奥方の父上)の命日が3.28。

ダモシが現地で、まさにちょうど、
ウルトラの母の生誕日と
ダモフィーロの前オーナーの命日に仙台にいたわけだ。
当日は、ウルトラの叔父、その奥方も夜の食卓を同席。

仙台へ帰還したダモフィーロを感慨深げに眺めていた。
譲り受けた時点で走行距離2万キロだったそれは、
この三年で6万8千キロに至っている。

三年で4万8千キロ。
ダモフィーロと呼んで差し支えないほど、
前オーナーから譲り受けたことへのリスペクトも込めて
大いに走り、大いに役立たせて頂いている。

今回も、ダモフィーロがなければ、
そもそも行くことはできなかっただろう。

miyagi36.jpg

ウルトラの祖父、母が住む家の前に佇むダモフィーロ。

ダモシが仙台在住時(幼稚園時代)や、
度々の遠征時に何度も泊まった家。
あの頃から変わっていない。

苦しい状況下での闘いで
甲子園で本領を発揮できなかった東北高校は、徒歩で近い。

ウルトラの祖母、ウルトラの母、叔父、叔母その他、
ウルトラの母方親戚が皆、仙台(宮城)ネイティヴである。

miyagi61.jpg

ウルトラの母の母校(小学校)。
<荒城の月>を作詞した土井晩翠の母校でもある。


*****


アントニオの空手大会が終わった翌日、
那須・仙台遠征に出たダモシ。

日曜日の下りは、
東名高速、首都高中央環状線、そして本丸の東北自動車道
いずれも、通常さほど混雑はない。

だが、通行車輛数が奇妙に多い。

想像通りトラックや自衛隊車輛、
さらには東京-仙台間の高速バスが多い。

miyagi40.jpg

ふだんと異なるこれらの様相。
しかし、いつもと違う様相はこれだけではない。

皆、速いのである。走行速度が。
気が急いているせいだろう。

一刻も早く目的地へ着きたいという心持ちは、
旅行時のものとは比較にならない。

通常、右車線(追い抜き車線/速い速度の車が走る)でも

トロトロトロトロおたんこなす
ウルトラスーパースロー・ドライヴィングの車がいて、
円滑な走行を遮断するものだが、

今回は(復路でもそうだったが)、
見事なまでに右車線には一切そういう車はいなかった。

さすがにそこまでKYではないということか。
いても、場を察して、すぐに皆、中央車線へどき、
進路を譲る。

こんなことは通常ではまず、ない。

右車線であっても120kmで走っている車ですら
遅過ぎる走行となっており、
ダモフィーロも概ね130km〜160km走行を可能とした。

皆が皆、こういうアトモスフィアになっているから、
右車線も走行車輛は多いのだが、
皆が130km〜160kmを出しているから
延々とスピーディ且つ円滑な走行が図られたのである。

これは異例だ。

やればできるのだ。本気で運転すればできるのだ。

最初の目的地である那須邸には、過去をもっても
新記録のタイムで到着した。

那須ではワイフの両親の無事を確認することと、
意思確認、乳牛問題の確認と今後の対策示唆、
仙台への物資の追加積み込みなどを行った。

ダモシが来るということもあり、
ワイフの両親のみならず、
そこにはワイフのolder sisterや姪、姪の夫君などが来ていた。

カンバセーションを交わした後、
<一刻も早く仙台へ行きたい>というダモシは、
すぐにダモフィーロを走らせた。

<帰りにまた寄らせて頂きます>。

そして東北自動車道へ戻る前に、
那須市内で、この震災後初めて
ガスステーションに<並んだ>。

並んでまでしてガソリンを入れるなら今だ、と。
それ以外、首都圏でそれはしないよ、という
ダモシのポリシーだったわけである。

この那須で、ガソリンを満タンにすることは至上課題。
これなくして、仙台行きは不能。
ガソリン満タンで那須〜仙台往復がぎりぎり可能になる。

宮城県内でダモフィーロを走らせる余裕はない。

だから、ハナから現地では徒歩覚悟である。

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*****


東北自動車道は、蔵王SAが最後の給油可能地点。

だが、その前は延々と数キロに及ぶ長蛇の列。

<やはりな。那須市内で入れて正解だな>。

東北自動車道が
<ここから、みちのく>という看板が見えた地点から
ダモフィーロも加速度を増す。

郡山、飯坂、そして村田JCT。

いずれも本妻復帰後のみちのくの旅で利用している地を通過する。

中央車線を走る仙台行きの高速バスが増える。
それらを抜き去る際、バス車内を仰ぎ見る。
多くの乗客が、<早く仙台へ行きたい(その先へ行きたい)>という
真摯な顔をしている。

東北自動車道を走る仙台行きのバスと、その乗客を、
見る度に、込み上げるものを抑える。

皆、気が気ではないのだ。心配でしょうがないのだ。

超高速で飛ばしているダモフィーロは途中、
何度もジャンプした。

それだけ、開通したとはいえ、
ところどころ東北自動車道は痛んでいて起伏が多くなっている。
都度、ダモフィーロはジャンプしては豪快に着地する。

そんなことは、おかまいなしだ。
とにかく一刻も早く着きたいのだ。

高速道路のICを下りて国道4号線を走ること約15分。

ウルトラの母がいる家に到着した。
未だ夜の帳が下りる前。夕刻の到着となった。

物資を運び入れ、挨拶。ウルトラの叔父も来た。
ウルトラの母、祖父の無事を確認して、安堵のひととき。

幸い、電気と水道は復旧しているが、ガスが未復旧だ。
入浴することはできない。

現状と実情を聞く。


*****


寒い寒い仙台の夜。

布団の中で震えながら眠ると、次に目覚めると、
部屋が大きく揺れていた。

震災以来の余震では最高となる地震が、翌朝、起こった。

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miyagi21.jpg

そして東北高校は、リアルなところでは、心ここにあらずだっただろう。
初回で勝負は決した。


*****


オフィシャル事案の絡みもあった松島へ行くことを
当初、考えていたのだが、
ガソリン問題から、当地ではダモフィーロを使えないことから断念した。

ウルトラの叔父が、整理券をようやく手に入れて、
自車(三台)すべて空のガソリンを入れるべくこの朝、
ガスステーションに並ぶことになっていた。

ウルトラの叔父はその一台を貸すことを提案したが、
それこそダモシは迷惑をかけるために来たようなものだから、
それを断った。

何をするか/何をしたかは一切の言は持たぬが、
この時点では<とにかく仙台へ出よう>ということを考えた。

仙台すなわち中心部(JR仙台駅)である。

滞在先最寄駅は機能していない。隣の駅まで歩き、
地下鉄南北線で仙台駅へ出る。

ここでまず、愕然とした。


*****


JR仙台駅すなわち仙台市街中心部が、
まったく機能していないのである。

<仙台駅に出れば、書店もオープンしているだろう。
 そこで宮城の地図を手に入れれば、
 何とかなる>と思っていたダモシだったが、

仙台駅も市街中心部も機能していなかった。
店はほぼ全クローズ。JR仙台駅もこの朝からようやく
JR仙石線(松島も通る)の一部(短区間)が復旧しただけ。

人もまばら。

地震の甚大さを改めて認識した。

否、初めて理解した。

<(津波被害は受けなかった)市街地中心部で、これか…>と。

JR仙石線が松島まで復旧していない時点で、
松島へ行くことをあきらめ、
津波被災地へ向かうこととした。

動いている地下鉄で、地図で確認したところでのベストの駅まで行き、
そこからは徒歩で行く、と。

そして延々と歩いた。

延々と歩いたのだが、
あまりの距離に余力がなくなる寸前、
一台のタクシーが一軒の家の前に止まっていた。

ドライバーはいた。
誰かをこの家に乗せてきたのだろう。

絶好のタイミングだ。今しかない、と乗り込んだ。

<海へ。現場まで>。

ドライバーは一瞬、躊躇したが、
すぐさま
<は、はい…。分かりました!>と応じて発車。

とてもとてもすべてを歩くことができる距離ではなかった
ことは、タクシーに乗ってから、
すぐには到着しなかったことで分かった。

車中の会話は、むろん震災のことである。


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降り立った地下鉄駅のすぐ横には、広瀬橋。
広瀬川に架かる橋で、
ニッポンで最初に架けられた鉄筋コンクリート橋(先代)。
これは無事だった。

"青葉城恋唄"にも登場した、仙台を象徴する川である広瀬川。
その川の流れは、この日も変わらず美しく、
震災があったことを感じさせない。

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*****


進入禁止エリア一歩手前で警察官に止められた。
しばしのやりとりの後、許可を受ける。

ドライバーは躊躇を隠せない。

<どうしますか…?>。

ダモシは言う。
<行ってください。進んでください>。

<わかりました。では、行きましょう>。

走っている車はいない。
その先、すぐもう厳しい光景になっているのは、
アトモスフィアで察する。

道路は車が通ることができるようにはなっている。

むろん、陥没している箇所も多々あるから
タクシーも慎重に進む。

少し進むと、その左右両側に広がる光景を見た
その瞬間、

ドライバー、ダモシ双方、同時に声にならない声を発した。

<あっ…>。

ドライバーはアクセルを踏むマインドを失した。
惰性でタクシーは進み続ける。

ダモシは自然に語気が強まり、言った。


<も、もういいです。もう、やめましょう。
 ここで止まりましょう>。

ダモシは降りた。

タクシーはすぐに踵を返した。
中を見るとドライバーは外を見ずに、
両手でハンドルを握り、そのハンドルに顔を埋めていた。

前述の通り、
何をするか/何をしたかは言を持たない。

ただ、写真を撮りに行ったわけではない。
だから多くの写真は撮っていないし、
実際、苦しく、多くを撮ることはできなかった。

しかしながら、一方で、この現実は現実として、
しっかりと、その一部でも焼きつける必要はある。

過度にショッキングなそれは当然回避すると共に、
リアルな画像からトリミングを施した上で
三枚だけ掲載したい。


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主や家屋などは消滅し、くつろぐための上質な椅子だけが残る。


<あぁ…>。

これ以外に、己が口から漏れる言葉はない。

All or Nothingの後者が、すべてである。Nothing。
そしてここはタフネスの極みであるニューヨークではない。
飽食と我欲の東京のバカヤロウではない。

平和な、カントリーである。

All or Nothingとは、良い意味で無縁の場所が、
なぜ突然、Nothingに至らなければならないのか。

文章で書くことにおいては、
多くの言を持つことはできるが、
あまり語りたくない。

ただ、この現状〜Nothing〜を目の当たりにして、

<がんばろう>だの<がんばれ>などという次元ではない
ということだけは、強く感じたのである。

良い意味での絶景(松島)に対する
松尾芭蕉の<あぁ…>と、

こういった悲劇を眼前にした際の<あぁ…>。

相反するが表裏一体の、まさにセザンヌと蛙は、
現実に存在するということである。

9.11もそうだった。あの時も、現場を見て、
現実を受け止めたときに出た言葉は、

<あぁ…>という絶句である。

その絶句は、じわじわと心を折る。

生きてきた数十年間で得たもの、
己の生きてきたヒストリー。

それらすべてが消えるのである。

がんばろう、もクソもない。

前へ進まなければならないことや
がんばらなければならないことや
ネヴァーギブアップ精神の大切さは、

言われなくても誰でも分かることだ。

すべてを失った人に対する言葉として、
<がんばろう>云々というものは、
適切ではない、とダモシは強く感じるのである。

人間ができていないダモシが逆の立場なら、
そんなことを言われようものなら
<うるさいよ>となるだろう。

ダモシは、<がんばろう><がんばって>は絶対に言わない。
少なくとも、今は言えない。

なぜならば、がんばるにも、何もないのである。

ましてや、悲しみや悔いというものは、
後からじわじわとやってくるものである。

助かって良かった/生きてて良かった
というマインドから、

死んだ方がましだった
というマインドに変化するケースも大いに考えられる。

例えば80歳で、身体も不自由で、身寄りがない。
にも関わらず、家も何もかもすべて失われた。
とするならば、何をがんばれというのか、と。

復興へ踏み出せる立場とそうではない立場がある。
そして失ったものの種類や多さによっても
それは違ってくる。本来の生き方も異なる。
同じエリアでも、だ。

いっしょくたに<がんばろう>とするのは、
いっしょくたに<復旧へ一歩一歩>云々は、

第三者的な大きな傲慢である。

建物が壊れたものと、建物自体がなくなったものでは、
まったく違うのである。

PCの"リストア"とはまったく違うのである。

これから先が、心の問題を含めて
多くのトラブルが起こると思う。

心の問題は、<がんばろう>では片付かないのである。


ほとほと、

東京首都圏で
並んでガソリンを入れていた面々や
スーパーマーケットで狂乱買いだめしていた輩、
さらには今宵もそうだったが、
納豆を手にしたものの
それが水戸納豆と書いてあるのを認めた瞬間に
声に出して
<あ、これはダメね。他のにしなきゃ>
と宣ったミドルエイジ女性その他もろもろが、

アホに思えてしょうがないのである。


帰路、しばし茫然とし、広瀬川で佇んだ。



*****


大年寺。仙台藩主・伊達家四代/綱村から
代々の伊達家の墓所がある。

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初代の伊達政宗の墓所は瑞鳳殿。

伊達家墓所に詣でて、仙台と宮城を守ってくださいと祈りを捧げるべく。

が、ここもまたショッキングな状態であり、
ダモシは心が沈んだ。


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クローズになっていて、入ることができない。
隙間から中を覗く。

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すべて倒壊。

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墓所は山の上にある。山上から津波被災地の海側を見る。


ならば、と、仙台の総鎮守へ詣でるが、
ここでも悲劇的な状態に遭遇し、またも言葉が出ない。

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鳥居も倒壊。

辛うじて、脇から社殿へ。そして手を合わせ、
ここでウルトラの母への御守りを買った。

誕生日プレゼントが、仙台総鎮守の御守りとなったわけだ。

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仙台総鎮守から仙台市街地を見る。

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*****


その他、諸々だ。

帰路、那須へ寄り、
ワイフの両親と三人でカンバセーション。

別れ際、

<何かあれば、また来ます。
 必要なものがあれば送りますから>と述べるダモシに、

笑顔で
<このあたりは、だいじょうぶだよ>と応える
ワイフの父親の顔を見て、泣きそうになった。

齢の頃合いとしては、
己が親と、己が子供の間にいるダモシ世代。

仙台はもとより、
無事は確認していても
顔を見るのと見ないのとではまったく異なる。

一般的なエクスポージャーにおける
多額の寄付をする人や
ボランティアをする人と異なり、

ダモシは
<何をした>かは、言は持たない。

有事においては、<何をしたか>ではない。

首都圏の在り方も、そこにいる人の本性も露呈する。
善し悪しではない。

首都圏から関西方面へ避難する(遠ざかる)人もいれば、
留まる人もいる。
そして<行く>人もいる。

人それぞれの生き方が如実に出る。
それぞれ、であり、
いっしょくたにすることはできない。

<がんばろう>もいっしょくたではないのだ。

だから、
いっしょくたの<がんばろう>だけは、
これは本当にやめた方が良い。

現場へ行って最も強く感じたことの一つは、それだ。



*****



最後に、

ダモシは東京ネイティヴであり、
出身は東京である。本籍も同様。

アントニオがニューヨーク・ネイティヴであり、
出身はニューヨークであることと同じである。

しかし
アントニオが生まれ出た地は、ニュージャージー。
ニュージャージー州の病院で
母体からこの世の中に出てきたのである。

そしてダモシがこの世に生まれ出た地は、ここだ。


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東北大学病院。

1966年3月15日。
ダモシは仙台市内のここで生まれ出た。

出産に際して、
ウルトラの母が実家である仙台に帰省。
親戚が婦長をしていたここに入り、
ダモシを出産したのである。


アントニオは、
ニューヨーク出身で
出生地すなわちバースプレイスが、ニュージャージー。

ダモシは、
東京出身で
バースプレイスが仙台ということである。

宮城県そして仙台市。
ここはダモシのBirthplace:バースプレイス。





posted by damoshi at 01:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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