2011年06月26日

アントニオ的写真術


ワイフとアントニオは、ダモシと入れ替わりで旅に出た。
そして今宵18時頃、帰宅した。
久しぶりに賑やかな一家団欒のディナー・タイムを持つことができた。

ワイフ家の親族が集っての鬼怒川への慰安旅行だ。
川下りだの何だので楽しんできたようだ。
とりわけアントニオは、いずれにせよ最年少で、
ある意味で最前線の<孫>ともいえるから
なにはともあれフォーカスがすべて注がれるから
本人もご満悦の旅行というわけだ。

硬軟併せ持つ、
特殊な対峙存在である<父親>ダモシがいない旅行。
これも時に必要なのである。

むろんダモシにとっても自宅で一人で気ままに過ごす時間も、
sometimes必要である。

そのようにして、いずれにせよファミリーは、
バランスというものをとりながら国家の体を成していくのである。


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マミーとは"鉄道"での旅は結構しているアントニオ。

ダモシとの旅となれば、ほとんどが車だが、
コドモの場合、案外、車での旅は好かない部分もある。
母親との鉄道やバスの旅は、コドモは楽しいのかもしれない。

そして今回は、帰ってきて"普通にデジカメ"のSDを
ダモシのMacに取り込んで画像を見た瞬間に驚いて
<うまいなぁ…>と唸ったアントニオが撮影した写真群を掲載したい。

何度も、ワイフに、そして本人に、
<うまく撮っているなぁ。切り方がうまい!>と褒めたダモシ。

ワイフが言う。

<やっぱり背中を見ているのだよ>と。

オフィシャル事案では"いろいろなこと"をしているダモシだが、
プライベートでは写真を多く嗜んでいる。
その姿をアントニオは赤ちゃん時代からずっと見てきている。

対象に向かってカメラを構えるダモシの佇まいと所作。
己が立つ位置と対象への角度。
これらをアントニオは見てきたことで
無意識のうちに己が身に備わってきているのだ。

格闘技(空手)での動きや構えも、次第に似てきている。

喋り方も,だ。

そしてワイフは付け加える。

<そうやって、悪いところも伝承されるのよ>と。


新潟でのこと。
当地でメールチェックしているとウルトラの母からメールが届いていた。

<ウルトラの父みたいね>と。

車(車に限らず)で全国各地を"旅"して色々なところへ行っている
というアクション。その動態が、ウルトラの父と同じだ、と。

やっていることが結局、同じだ、と。


これが男と女にはない、男と男の直系遺伝子ならではのことだろう。

だからこそ、さらに己がコドモが愛おしくなるのだ。

とにかく今宵は、
アントニオが、彼自身の旅先で撮った写真群を見て驚いた。
そして、<俺が撮る角度と似てきたぞ…>と嬉しくニヤリとした。

彼が撮った中から、東武ワールドスクエアでの画像群を掲載したい。

ワイフ曰く、<案外、面白かった。案外、広かった>そうだ。

以下、写真群。過度なトリミングを施していない。
ほぼ99.9%撮ったままの構図である。
使用したカメラは、ごくごく"普通"の、否、"普通以下の安いデジカメ"だ。


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ワイフ曰く、アントニオは夢中で撮っているという。
夢中になっている間、<感じている>のだろう。
その対象と向き合って感じ入っているのだろう。

それが、分かってきているのだ。小学二年生で既に。

空手でも遊びでも何に対してもアントニオへの指針として
<Don't Think, Feel ! >を口酸っぱく、英語で言い続けている効果か。

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このあたりになるともう、お見事だ。
よけいなものを一切排除している上、
切り取る対象にぐっと迫っている。

さらに感心したのが、以下の二枚。
残念ながらブレてはいるが、<何がしたいのか>は、良く分かる。
ナイス・トライといえよう。

今度、のんびり出来る時に、写真談義をしようと思う。


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そしてもう一枚。感心した写真は<清水の舞台>。

<こう切り取るか…>と思わず、唸った。

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これを見て、昨夏、山寺で撮ったダモシ自身の写真を一枚想い出した。
アントニオはあれの残像があって、
この撮り方を心得たのだろう。

清水の舞台をある意味で普通に撮れば、否、普通でなくとも、
角度をつけて撮ればこうなるという典型例を
アントニオは今回実践した。

それが、これだ。

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そしてダモシが昨年撮った実物の清水の舞台は以下だ。

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清水の舞台(本物)の場合、この構図(角度)は、
そういう撮影スペースを探せばあるため、
実際には可能だが、
これはこの角度の位置を見つけることが先決になる。

ただし、この場所でなくとも、普通に対向側舞台に立って
五重塔がある側の王道舞台を見れば
いずれにせよ斜めの角度にはなる。誰でも。

しかし東武ワールドスクエアの場合、本物以外に多くの角度が可能。
にも関わらずこの角度を切り取るというのは
アントニオの感性であり、既視感なのだろう。
ダモシの写真を見たという既視感。


<なっかなかだなぁ…>と唸ったダモシは、アントニオに言った。

<四年生くらいになったら専用のカメラを買ってあげるよ>と。

うかうかしていられないぞ、と。

ダモシ自身の方は、昔の方(NY時代)が、
一枚一枚の構図と切り取り方に対する工夫があった気がする。

最近はめったやたらにシャッターを押す傾向がある、と感じていた。

だから今回のアンガーマネージメント・ツアーからは、
一枚一枚大切に、切り取っていく所作を取り戻すべく
トライしている。

その成果は、いかに。

<アンガーマネージメント・ツアー>の、
まだまだ溜まっている素材を寄稿する過程で随時、
写真も掲載していく所存である。





posted by damoshi at 23:50| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

AMツアー:10〜現況



書くことや書きたいことが山ほど溜まっている。
<旅>カテゴリーだけでも膨大になっているが、追いつかない。
溜まる一方である。

<アンガーマネージメント・ツアー>。
そのまっ只中でありながらも未だ序盤。

その序盤だけで未掲載が黒山の人だかりになっているわけだ。

ここ最近のそれを簡単に見てみる。

「逗留先(宿泊地)」は、

・博多x別行程での二回(それぞれ一泊)
・那須(一泊)
・小倉(一泊)
・上越春日山(二泊)

となっている。

経由地や通過地を除く
メインのデスティネーション
(オフィシャル事案でのミーティングや取材その他
 における目的地)は、

・博多x二回
・小倉、門司
・下関
・南相馬、飯館村、福島、二本松
・宇都宮
・江の島
・長野
・直江津、春日山、西山町、出雲崎、刈羽
 荒浜、柏崎、米山、高田

となる。

県でいえば、
福岡県・山口県・神奈川県・栃木県・福島県・長野県・新潟県の七県。

福島県の南相馬、飯館村と今週の新潟県の刈羽と、
二つの原発絡みもあるのが
<アンガーマネージメント・ツアー>の特徴の一つでもあり、
南相馬、飯館村などの東日本大震災の被災地も含まれる。
通常の<旅>と大きく異なる部分の一つだ。


移動手段を見てみる。

●飛行機での羽田〜福岡/往復
●鉄道(東海道・山陽・九州新幹線)での新横浜〜博多/片道
●鉄道での博多〜小倉〜下関/片道
●徒歩での下関〜門司(関門海峡)/片道
●鉄道での門司港〜小倉/片道
●鉄道での小倉〜新横浜(山陽・東海道新幹線)/片道
●鉄道での自宅〜江ノ島/片道
●自動車での横浜〜南相馬・飯館村・那須・宇都宮/往復

そして、今週は、
自動車での横浜出発の〜長野県〜新潟県の旅だった。

長野県は長野市内でオフィシャル事案を済ませて、
あとは新潟県の日本海側メインで、
上越春日山〜西山町(田中角栄の地元)
〜出雲崎(良寛のお膝元/JERO「海雪」の舞台)
〜刈羽(柏崎刈羽原発)〜荒浜〜柏崎〜米山〜柿崎〜上越。
上越の直江津に二泊逗留し、さらに上越高田にも行って、
ようやく自宅(横浜市)に戻ってきた。


今回の自動車走行距離は、トータルで850km。

南相馬の際もそうだったが、
自動車ならではの行動範囲の広さと自由度がある。
これは鉄道や飛行機では困難な物理的な壁を突破できる。

だが、長時間ドライブは事後、大きなダメージをなる。
疲労と疲弊が甚大になるのだ。
回復するまで三日以上、要する。
それだけ齢を重ね、肉体が消耗しているということである。
二十代と三十代の時分と比べれば明らかだ。

加えて季節感。

ケイバタイムスには書いたが、
社会人ルーキー・イヤーから、なぜか一貫して
オフィシャル事案での旅は、六月の梅雨時が多い。

<梅雨時の六月x宝塚記念>=出張

という構図が成り立っている。
宝塚記念とは、競馬の春GIを締めくくるレースで、
今日、行われる。

その趨勢はニューヨーク時代も変わらず、
毎年、六月に東京に上陸し、成田に降り立ったと同時に
<梅雨入り>というルーティンだったのだ。
(広島も、ニューヨークからの出張で来たという異形があるのも
 同じくこの六月のことである)。

なにせ、今週は長野、新潟いずれも尋常ではない暑さ。

東京も暑かったようだが、
東京の暑い時と種類が違う暑さで、
どちらかといえばアメリカの暑い時に似た空気感を
長野と新潟の暑さには覚えた。

要するに尋常ではないが逆にはっきりした異常な暑さ。
東京の場合は、例のジメジメとした性格の悪い暑さ。
この違いは、とても大きいのである。

だから、まだマシなのだ。ハッキリとした暑さの方が。

暑さによる疲労というよりも、
やはり自動車のドライビングにおける疲労が大きい。

そこで致命的なのが、東京都内の世界最悪の交通事情だ。

帰路。

新潟から長野を経由して、
上信越道〜関越道を通り三時間で練馬ICに到着。
途中二度の休憩(各15分)を除けば、
新潟〜練馬は二時間半だったわけである。

ところが、だ。

関越道の終点・練馬IC(東京)から環八を縦断し、
東名高速・東京ICから東名に乗って拙宅に帰るという
この最終行程だけで何と二時間を要したのである。

まったくもって、なにをしとるのか!とブチ切れである。
なんだ、この都内の破廉恥な大渋滞は、と。

人生という旅の中で無駄は多いが、
東京都内の交通事情における大渋滞は
中でも筆頭格に挙げて良い。

これほどの無駄な時間のスペンドと、
心理的に与える悪影響といったら、ありゃしないのである。

アホか、と。
なぜ、たかだが練馬IC(環八・谷原)から拙宅までの
27kmに二時間をスペンドしなければならないのか、と。

環八。

これはもう、そもそも致命的だった。
ところがニューヨーク在住の1ディケードの間に改善された
〜はず〜だった。

まったく改善されていないではないか、と憤りを覚える。
あまりにもアグリーすぎる、と。

特に谷原交差点〜環八東名入口交差点までの17km。
ここがあまりにも酷すぎるのである。

さらに環八には、"魔の荻窪"がある。
井荻付近は少々改善されたが、<四面道>付近もまあ、劣悪だ。
同じことを何年やってる、何年! と東京都の行政に言いたくなる。

関越道をスイスイ走り、帰路は一刻も早く自宅に着いて
ワイフとアントニオ、猫たちに逢いたいわけだ。
ところが関越練馬IC付近から既に谷原交差点のせいで大渋滞。

ため息と共に、<バカやろうっ!>という叫びが車内で轟くのだ。

<はぁ…>と、シラけてしまうのである。
最悪都市・東京がもたらす所作のアグリーさに。

東京には、真の意味での心の豊かさを人々のもたらすことは不可能だ。
東京にあるものは機能的便益に過ぎない。ずっと、そうだった。
だが今や機能的便益は地方でも得られるようになった。

人が生きていく中で、東京は心理的便益をどんどん失っている。
東京こそその昔は、<心理的便益>こそ強みだったのだ。

「東京ならでは」
「東京だからできる」等々。

それがなくなればもう機能だけ。
しかもファッションやトレンドなど
地方と違いのある心理的便益を満たす要素が過去は多々
あったにも関わらず、今やそれも強みではなくなっている。

要するに、<霞ヶ関と永田町>という機能不全の機能しか
地方との違いでは所持しておらず、
しかもそれ自体が機能不全なのだから
人に機能的便益を付与することすら出来なくなってきている。

そうなると、東京こそ、一度破壊されるべし、となるわけだ。

<東京解体論>と
<米国のような各道府県を州制独立性にし、
 法律も権限もすべて独自でやっていく>

は、

ダモシが仮に政治に出るとした場合の二つの柱になるだろう。

地方をさんざん周っているが、周れば周るほど、
その思考の裏づけが出来ていく。

それほど東京はもうダメなのである。

残念ながら東京は、パリやニューヨークにはなれないのである。


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超問題児・谷原交差点。ため息しか出ない。
ほとほと無駄な時間である。


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四面道も一向に改善されない。都の怠慢である。

行政は、人がどうすれば心理的に豊かに生きられるか。
本当はここの部分をこそ重視して仕事をすべきなのである。
欧米を見習え、と言いたい。


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新潟県の日本海側のある駅付近の線路。
すぐ後ろが日本海だ。

こういう世界を多々歩いていると、
もはや松本清張や西村京太郎などのサスペンスにおける
刑事に、自身がなったような錯覚に陥る。

毎日その世界であった。

<これじゃあ、火曜サスペンス劇場の刑事だな…>と。


一つ一つの寄稿はまた別途として、
今回は現時点での行程などをマップでまとめてみた。
移動手段も記載してある。


http://www.246material.me/tam11.html




posted by damoshi at 12:07| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平泉〜祝・世界遺産


アンガーマネージメント・ツアー/信越編から戻ってきた。
そして、今日に日付が変わってしばらく経った頃、
<平泉の文化遺産>の世界遺産登録が決まった。

まさに、祝・平泉である。
ダモシも応援していた、格別の想いのある地であるから
素直に嬉しい。

東北地方としては史上初の世界遺産。

ニッポン国内に目を転じれば
文化遺産としては
<石見銀山遺跡とその文化的景観>(島根県)
につづいて12件目、
自然遺産も含めれば先日登録された
<小笠原諸島>(東京都)に次いで16件目の世界遺産だ。

平泉町や岩手県にとっても
今か今かと待ちわびた決定だったことだろう。

是非とも世界遺産となった平泉を軸に、
多くの人が東北に旅をしてお金と活気を落として欲しい。
それも間違いなく復興の一助となるのだ。

とにかく、ヒトである。
ヒトが集うことで活気が生まれるのである。

青森、岩手、宮城、福島。これら東北を周って欲しい。
バリ島や韓国などへ行くのが悪いとは言わぬが、
今こそニッポン人ならば東北へ行って、
東北が擁する世界に誇る<文化>の数々と邂逅し、
"感じ入る"ことが必要である。

なんたるか、を己の足で歩く、己の目で見て、感じるべきだ。

Don't Think, Feel ! である。


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百聞は一見にしかず、である。

未踏の方は是非、中尊寺や毛越寺、高舘義経堂などなどを
めぐって欲しい。

ダモシの中では、世界遺産<平泉の文化遺産>の基軸はやはり、
中尊寺である。

ここは異次元。破格である。

誰もが知る金色堂にしても、
そこに奥州栄華を築いた藤原三代の遺体と
四代・泰衡の首級が安置されているということが、
度肝を抜かれる強烈なる光彩を放っている。

その歴史浪漫。<文化>への営み。ここがポイントである。


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むろん毛越寺もまた、米的にいえばMust See。
そこにある清浄たる無響に身を包まれれば、百聞は一見にしかず。


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平泉は、<おくの細道>の奥州路の到達点である。

松尾芭蕉さんも喜んでおられることであろう。

平泉〜祝・世界遺産登録、である。





posted by damoshi at 09:23| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

春日山


眠い眠い。ヘディクも激しくアドヴィルを飲んだところだ。

今宵はアントニオが眠る21時までに
帰宅することができ、「坊やに逢えて良かった」となる。

明朝からアンガーマネージメント・ツアー、"未だ序盤"の
その後半ともいえる信越遠征に出るからだ。
また数日逢えない。

今回は、ぬり絵の旅でいえば初上陸となる新潟県が含まれる。

先般の、"小倉に逗留"に続く異形は、"春日山に逗留"である。
新潟県は上越市が春日山にあたる。
悲しみ本線日本海が旅の基軸だ。
柏崎の原発含みでもある。

原発といえば、倒凶電力と原子力不全不安院の
相変わらずの"他人事"風情と能面は継続している上に
毎度お馴染みの<想定外>も連発。

ここまでくると、ギャグだ。怒る気も失せた。

ニッポンの教育機関の教育が過ちだったことも
今回の震災で大いに暴露された上、
ニッポンの理系エリートと言われる者たちの
受けてきた教育や社会人になってからの所作も
すべて過ちであり無能の極みであり一切信じられないことも
すべて白日の下に晒されたが、

例の"スッカラ菅"もまた、ある意味でここまでくると<凄い>。

もはや、"アカン、ほんまにア菅…"あるいは
"いやぁん、バ菅"すらをも簡単に超越してしまった。

菅直人は、リアルにあれはもう精神分裂症といえよう。

さすがのチャイニーズやラシアンもここのところおとなしいのは、
あまりのスッカラ菅の日本離れした超越的な精神性に
恐れをなしているともいえよう、か。

今のスッカラ菅レベルになって初めて世界と互角に対話できそうだ。
ある意味で狂っている、気狂いの世界に入っているスッカラ菅。
今ならリビアのカダフィ大佐と互角に対話し、
逆に仲良くなってしまうかもしれないとさえ感じてしまう。

このご時世に、ピースサインやら、
自分で「菅の顔が見たくない人たちが」と連呼したかと思えば
不思議なくらい無邪気な笑顔を見せる。

究極のKYをも軽く超越した存在として、今や、もはや、
考察に値する奇異なアイコンになったともいえよう。

真面目に論じたら、こちらがバカを見る。
スッカラ菅は、そんな存在だろう。
岡田や仙石、枝野らがあまりにもマジメ過ぎて見ていられない。
そもそも前原なんぞは、撮り鉄なのだから、外相の頃に
<ボクは世界の鉄道を撮る旅に出ます。撮り鉄外交します!>
くらい言ったら良かったのだ。

そういう、ある意味で狂った世界観も必要だろう。

今やヘタな三流芸人が集まって雛壇でくだらんネタで
笑いをとろうと必死にやっているクソくだらぬバラエティ番組
ではなくて、

スッカラ菅や"マウンテン鳩"、"フランケン岡田"、"撮り鉄・前原"、
さらには仙石や与謝野ら妖怪軍団など勢揃いして雛壇で
好き勝手語らせる方が、よっぽど面白いのではないか,と。

"ホー蓮舫"も実はアレ、ただのお笑いである。
よほど彼女の場合は己を実力以上に高く見せる技に長けている。
スパコンに関しては、素直に<二番じゃダメなんですか?>という
闘っている者に対する最悪レベルの無礼な台詞を謝罪すべきだろう。

バカにして笑う番組として、彼らほど出演者に相応しい者らは
今のニッポンにはいないのではないかと真剣に感じる。

むろんその中には、原子力不全不安院と倒凶電力の面々も
当然ながらキャスティングされよう。


まあ、いい。もう、いい。
彼らはただのもうお笑いであり、ギャグである。
真剣に議論したり論じる自体、無意味だ。

今後は、そういう視点で彼らを大いに嘲りたいところである。



*****



今宵は早めに休むべきだ。パッキングを早々に終えたい。

なにせ、ダモフィーロでの旅だ。
明日はまずは長野市街地まで一気に行く。

長野県は松本市以下、各所行ったことはあるが、
長野市のその市街地(川中島含む)は未踏である。
相変わらずナビなしだが、問題ないだろう。

夕刻過ぎに長野市街地でオフィシャル事案を終えて、
一路、逗留地である新潟県の上越市へ向かう。
上越市に二日逗留して、日本海沿いを北上するという行程だ。

親鸞や良寛、上杉謙信、そして田中角栄に逢いに行く。



*****



一昨日の土曜日はアントニオと過ごした。

朝一番で戦隊ヒーローの映画鑑賞に出かけ、夕方は空手特訓。


<スーパー戦隊199ヒーロー大決戦>。
これは近年の戦隊ヒーローの映画では最も良かった。
それは仮面ライダーの40周年映画と同様だ。

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良き昭和の時代のノスタルジー。
かつてのヒーローが全員出てくる点は手法的には同じだが、
それだけイマがダメだということだ。

はっきりと、<昔は良かった>のである。ニッポンは。

仮面ライダー、ウルトラマン、戦隊ヒーロー。

ここに良く表れている。
我等が現在の父親がコドモの頃に出てきたヒーローたち。

毎度のことだが、その親が己が直系遺伝子と共にそれに夢中になる構図。

これは、アリだ。うまくやっている。

今年の仮面ライダー40周年映画も泣いたが、
今回も不覚にも落涙を禁じ得なかった。

リストラされたサラリーマンが希望をなくしていたが、
その時に手に大事に持っていたのが
コドモの頃に親に買ってもらったゴレンジャーの玩具。

今はおじさんになったかつてのヒーロー。
幼稚園に現れてパンを売る。
園児が、そのおじさんが変身した昔のヒーローの人形を
手に持っている。

<どうしたの?これ>と聞けば、園児は無邪気に
<パパがコドモの頃に持っていて大事にしていたものだよ>
と語る。

希望を失ったサラリーマンは、最後に立ち上がり、
<あきらめるな!>と闘いを後押しする。

基軸は、
コドモの頃、憧れたモノや人、買ってもらった玩具。
これらをちゃんと大切にするんだよ、ということである。

根底に流れているものは、そういうことである。

泣けた。

そしてダモシもアントニオに言った。

<ダディとマミーに買ってもらった人形や玩具、
 大事にするんだよ?>。

仮面ライダーや戦隊ヒーローの玩具を買ってあげると喜び、
部屋でいつも喜んで遊んでいるアントニオが
またもや、かわいくてかわいくてしょうがないというわけだ。

毎度書くように、己自身を合わせ鏡にして見ているのだ。
アントニオを通して
数十年前の己自身をダモシは見ているのである。

アントニオは言った。

<ダディは?コドモの頃に買ってもらった玩具は?>

ダモシは毎度のことながら応える。

<そう。ダディのマミー、アントニオのおばあちゃんが、
 ぜんぶ、捨てちゃったんだよ。ひどいだろう?>。


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ちょうど映画館に行ったら、夏休み映画の
仮面ライダー&戦隊ヒーローの前売りチケットがあったため、
毎度の、親子ペアチケットを買った。


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アントニオが十年後くらいに、
仮面ライダーか戦隊ヒーローに彼自身がなり
出演する日が来ることを願う。

<だいじょうぶだよ。なれるよ。あと十年後はきっと、
 仮面ライダーか戦隊ヒーローの主役になるんだよ。
 そう信じるんだよ>

とダモシは言い、坊やの頭を撫でた。


もうミッドナイトを過ぎた。早くしなければ。

事故なく今回の行程も進めたい。

ネタが溜まりに溜まっているが、九州その他は随時として、
今回も適宜、逗留先からレポートする所存である。



Good Night, and Good Luck.




posted by damoshi at 00:32| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月18日

間話あじさい



未だアンガーマネージメント・ツアーは序盤だ。
長い長い新たな旅は途中だが、梅雨だ。

梅雨の旅といえば、
どうしてもニューヨーク時代の中でも
99年〜03年の間の五年連続での六月の日本出張が想い出される。

成田に降り立ったと同時に梅雨入り。

これが当時の基本だった。

あの頃ダモログがあったならば、
やはり<旅>が寄稿の基軸になったであろう。

どうあれ、いずれにせよ人生が旅であることは、
誰が言っても言わずとも
誰でもそう理解できるところであるし、
既にそうであることは誰もが知っているだろう。

人生という旅の中の一部に、
鉄道や飛行機、バス、車、徒歩などによる旅がある
ということである。

旅行ではない。あくまでも旅行ではない。
ダモシは旅行はしない。


●南相馬・飯館村・福島市街地(福島県)
●那須・宇都宮市(栃木県)
〜いずれも車
●福岡市=博多(福岡県)
〜飛行機

と来て、

●福岡市=博多(福岡県)
●小倉・門司=北九州(福岡県)
●下関市(山口県)
〜すべて鉄道
●関門海峡踏破(山口県/福岡県)
〜徒歩

を経てもなお、野球でいえば未だ三回表。

来週は、

長野市その他(長野県)

新潟県(エリアは未定)

と流れていく。

そこでようやく四回表あたりになる。

いよいよ「ぬり絵の旅」で見れば、未踏の新潟へ上陸ということになる。

そうなれば塗られていない国内の都道府県は、

・富山県
・福井県

・三重県
・和歌山県

・鳥取県
・島根県

・高知県
・香川県
・徳島県

・大分県
・宮崎県

の11となる。

福井、富山、三重、鳥取、島根、大分は可能性がある。
今回のアンガーマネージメント・ツアーでもなお
行かないであろう県の筆頭格は、

和歌山県と宮崎県、
四国の愛媛以外の未踏の地である高知、香川、徳島各県だろう。
このあたりはどうあがいても
死ぬまでに行くことはないかもしれない。


まあ、いい。

関門海峡の激しい流れを眼下に、関門海峡大橋を望むダモシ。


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*****


今年は春に桜もまともに愛でることができなかった。
梅雨の今、あじさいは各地の名所で咲き並んでいるが、
やはり未だ愛でることはできずにいたが、
ようやく今宵、少しできた。

旅の合間の間話あじさいとして、横浜は港北エリアのあじさいを。


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雨の雫を受ける図が良いのは、あじさいの特権。

だが、花菖蒲もまだいける。

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そして、雨といえば睡蓮。蛙が跳ねてもおかしくはない。

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明日は久しぶりに少々のんびりしたいところである。
朝からアントニオと映画鑑賞で、夕刻は自宅で空手の特訓だ。
ここのところ、さらなるtoo much→ODで、
6.5の大会以来、まともに特訓できていないし、共に遊んでいない。


明日はアントニオに時間をサーブであろう。




posted by damoshi at 00:49| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

AMツアー:9〜北九州


小倉。

ホテルレディの計らいで、部屋は最上階。
窓から見下ろせばJR小倉駅。

今もなお、ホームを人が往来している。

最終は何時なのか。いつまでホームに人はいるのか。

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ホテルの部屋から駅を見ていると面白い。
駅にもまたストーリーがあるというわけだ。

かくいうダモシもあと九時間後には
このホームに立っているだろう。
そして新幹線に乗り込むだろう。


*****


梅雨の大雨が去って、一気に快晴、猛暑となった今日。

香椎、小倉、下関、門司港をめぐり小倉の逗留先に戻った。
文字通り足が棒のようだ。
もうこれ以上は歩くことはできない。

下関は二度目だが、香椎、小倉、門司港は初めて。
それぞれ追って取り上げるが、
今宵は小倉と門司港のさわりだけで、もう休みたい。


たいてい、行き先で、ひとりごとを呟く。
旅の慣しだ。
もちろん、何も呟かない時もある。
場所による。

<あぁ…>
<うぅ…>
<ふぅ…>
<はぁ…>

だけで終わることも多い。

<おぉ…>はポジティヴな呟きだ。

<なるほどぉ…>は両面がある。
ネガティヴなケースとポジティヴなそれ。

<いやはや>だの、ただ笑うのみということもある。

表層だけで見た場合の、例えば宇都宮のケースは、
昔も、今年も同様に<ふぅ…。厳しいな…>だった。

南相馬のケースは、例外。

銚子に関しては最初は、ネガティヴな笑いが出た。
その後、<そうかぁ…。なるほどね>となった。


061111b.jpg

そして、小倉だ。

ここに降り立って、最初に出た呟きは、

<ちょっと、びっくりだな…>。

061111c.jpg

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ここでは写真は、駅周りだけだ。
他に夥しいコンテンツがある。小倉には。

もとよりこの駅周りで、びっくりした。

携帯で写真を撮りメールしたら
ワイフもひとこと
<え?大きい街なんだね>と絵だけで見ても
その意外性を感じとったようだ。

要するに、
ダモシ自身も<小倉に逗留>することの
どこか意外性(なぜ"ここに"?)というモードがあった中、
実際に降り立ってみた際に、当初の想定とのギャップがあったから
<ちょっと、びっくり>となったわけである。

詳しくは帰宅後、まとめたい。


*****


そして、門司港。

事前に<門司港レトロ>という立て付けは知っていた。
もろより下関には二年前に行っているし
関門海峡を車で渡っているから門司港の存在は知っていた。

門司港の場合は小倉と異なり、
<実際にどうなのか>がフォーカスになっていた。

そして、出た呟き。

<なるほどぉ…。そう、くるか…>だった。

そう呟いた後、ニヤリ。

むろんこれは好意的な評価である。

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これはもしかしたら、横浜(みなとみらい21)より
エッジにあると感じられる。

そして門司港も追って詳しく書くが、
ここのポイントは、

下関との連動である。

下関(山口県下関市)と門司港(福岡県北九州市)の
タッグが、大きなポイントになっているのだ。
むろん、関門海峡もまた大きなロールを担っている。


博多は相変わらず、"よか"だが、

門司港も小倉もまた、よか。

その根幹。
それは、元気と活気と明るさ。

人が動いている。
言ってしまえば"小倉でさえ"人が動いていて
東京どころではないアクションがある。

リアルに、東京一極集中のポジションとその役目は
もう終わりを迎えつつあることは震災でも分かったことだが、

あぁこりゃ今後さらに東京の役割は消えていくぞ

と感じるところである。

東京はダサダサなのだということを
もっともっと日本国民が理解していくことが賢明だ。

そうすることで地方の独立と州での成り立ちの実現、
地方の活気がリアルに生まれてくる。

福岡は今、元気だ。これはモデルケースになるだろう。

それは"香椎でさえ"そうだから、より現実的なのだ。


『点と線』で
<ずいぶん寂しいところね…>な香椎は、
時代が変わったとはいえ
そういう世界観があるはずだと思ったら、

大間違いだったことも、ダモシ論の現実性を証明していよう。


とにかく東京の力を削いで、東京こそスクラップしなければ、
この国に未来はない。

これは間違いないのである。



posted by damoshi at 22:58| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

AMツアー:8〜雨の博多


雨だ。それも、激しい雨だ。
しとしとではなく、ざーざー降っている。
ずっと、だ。福岡の博多である。

しかし、それでも博多は、よか。

061011hakata1.jpg

前回は台風直撃時。今回は梅雨の影響での九州の大雨に直撃。
いずれも<博多は大雨>という
イメージがついてもおかしくはない状況である。


*****


オフィシャル事案での打合せ。
そのアポイントメントは以下の様子である。

2PM: A社
3PM: B社
4PM: C社
5:30PM: D社

新横浜から新幹線に乗っての、博多到着予定時刻は1:39PM。
点と線だ。

ここで感の鋭い読者の方なら
昨晩に寄稿で<おや?>と思われただろう。
新大阪での乗継ぎ時間が三分しかないことに。

のぞみ209号/新横浜8:39AM→新大阪10:56AM
さくら511号/新大阪10:59AM→博多1:39PM

このスケジュールでは、乗継ぎ時間はわずかに三分。
大丈夫なのか? と。

だが、これはJR職員が切符を発行したのだ。
きっと新大阪で新幹線を降りたら、
その向かい側(同じホームの隣に)に
九州新幹線が待っているのだろう、と思う。
これが自然のことだ。


だが、新大阪で降りたダモシは、
乗り継ぎのために数分、遠距離を歩かなければならなかった。
ホームへ向かい、階段を上がる。
階段を急いで上がり切った瞬間、
九州新幹線は走りはじめた。

ダモシは烈火の如く怒り出した。ブチ切れ、だ。

<なにをしとるのかぁーっ!>

そこにいたJR職員に怒る。

<なにっ!?なぜ俺を待たずに行くのかぁーっ!>。

<乗継ぎのはずが、なぜ行っちゃうんだーっ!>。

<ええっ?!
 乗り継ぎが出来ないなら出来ないと、
 なぜ切符を買う時に言わないのだぁっ!>

<どないなってんねんっ!>

当初、大事だとは思っていなかった様子の職員も焦り出す。
今の、さくらに乗らんとあかんのだっ!
博多に1:40PM頃までに着かねばならんのじゃっ!
叫ぶダモシ。

そもそも、ほとほと、どないなってんねん!である。
それ以外、なにものでもない。

切符を売った側の責任である。

そもそも、<三分>という乗継ぎ時間のこれを
売った時点で、
JR側は
<これは降りたら、そのまますぐ隣にいるそれに乗れば大丈夫なのよ>
という前提が成立しているはずだ。

さもなくば、
職員が述べた<乗継ぎには最低五分は必要ですので>が
成り立たない。

<なにっ!五分必要だと?ならばなぜこの三分で売るのじゃ!
 そもそも切符を買った際、職員が、
 "これは乗り継ぎが出来ません"と言わんのかっ!>

と詰め寄るダモシ。

キレのない男性職員に代わり、女性職員が登場。

<代えろっ!博多に間に合う電車を寄越せっ!>
というダモシのブチ切れ指令に対応。

ダッシュでダモシをみどりの窓口に誘う。

<9分ののぞみに乗れば間に合いますので、
 それに振り替えます!>とキレを見せた女性職員。

ダモシは振替切符を手にしたままダッシュする女性職員に
ついてダッシュして、辛うじて振替の新幹線に飛び乗った。

<これに乗れば着くのか!?>と最後にダメ押しで怒ると、
女性職員は
<大丈夫です!>と応対してdone。

乗車数分後、車掌が謝罪に訪れた。

そこでダモシは懇々と説教した。

<最も問題なのは、
 乗り継ぎができないこれを売ったことだ。
 消費者は普通、発行されたらそれを信用して、
 乗り継ぎできるのだなと思ってくるわけだ。
 詐欺だろ、詐欺!>

その間、振替作業をしている間も、
別便で新大阪に来て、新大阪から九州新幹線で合流して
車中にミーティングする予定だった部隊もいたのだが、
それに対して携帯でダモシは事情を語る際も、
ブチ切れていたのだ。

むろん、チケットを買っておいてくれたワイフにも。

こんなことがあったよ、と。
こんな事態に陥ってしまったよ,と。

なにをしとるのか、JR! と。

車掌の平身低頭な謝罪を受けて、
今後の再発防止を約束させた段階で
ダモシは怒りを鎮めた。

博多到着は、1:45PM。

もはやMTGのアポイントメントまでは15分を切る。

大雨。梅雨独特の、降り立った瞬間の、じめじめと蒸し暑さ。

かくして幕を開けた、雨の博多。


*****


すべてのアポイントメントを終えてホテルにチェックイン。
五分後、すぐに関係者との会食へ向かい、
11PMにホテルに戻り、大浴場でサウナに入り、
今に至っているが、もうヘトヘトなため、すぐに寝よう、と。


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先々週も同様だが、博多は、よか。

明るい。そして元気、活気がある。

おそらくニッポンで今、一番元気だろう。
ほぼ、それは間違いないだろう。

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前回に続いて、もつ鍋と呼子のイカを基軸に
九州の食を嗜みご満悦。

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振り替えられた乗車券。
そもそも、当初の時間では乗継ぎできるわけがない。

まったくもって、ニッポンも
米並みに対消費者の部分がダサダサに劣化してきている。

もはや米同様に、最初から性悪説前提で、
みな信用ならぬと割り切ってかかるしかなくなる。

米では、ショップで釣り銭をもらう際も、
逐一、それを細かく確認しなければならなかったが、
ニッポンも、もうそうなっている。

"どうしちゃったのか"ニッポンは、ほとほと。



明日も大雨の中、早朝から移動である。

早く眠ろう。疲労困憊である。



posted by damoshi at 00:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

AMツアー:7〜点と線


う〜ん、雨か…。

福岡の明日からの天気をインターネットで見た瞬間、
そんな心境である。

明日は雨。土曜日も一日中、雨。
明朝発ち昼過ぎに福岡入りし、日曜の早朝発って、戻る。
<アンガーマネージメント・ツアー>第三弾/博多&北九州。

今回もテーマは種々あるが、
一つは九州新幹線、もう一つは点と線。
デスティネーションは博多と香椎に北九州(門司、小倉)。

060911a.jpg

距離が距離だけに、そして週末にかかるだけに
今回は前もって指定席を購入した。

前回の福岡行きは飛行機だったが、
今回はオフィシャル事案絡みで新幹線を利用。
自身初の<九州新幹線>体験となる。

自身、新幹線のキャリア。
北へは東京から仙台までが最長距離。
西へはニューヨークから逆出張で日本に来た際の
東京→広島が最長距離。

今回はそれを大幅に超えて新横浜→博多となるが、
あえて一本でのぞみで行くのではなく、
新大阪で乗り換えて、そこからは九州新幹線さくらを利用することにした。

<点と線>的に見れば、
のぞみ209号/新横浜8:39AM→新大阪10:56AM
さくら511号/新大阪10:59AM→博多1:39PM
新大阪での乗り換え猶予時間は三分。

といったところか。

2PMから四件、夜までぶっ通しでオフィシャル事案のMTGである。
1:39PM博多着でぎりぎり。
そしていずれのMTGも移動を考えれば
ぎりぎりの設定といえるだろう。

相当、疲労するのは今から目に見えている。
なにしろ過去最長距離の東京→広島の新幹線移動の際、
尋常ならぬ疲労を得たからであり、
そこから鑑みれば、さらに博多まで乗っていくわけだから
移動だけで既に疲労の上、輪をかけてMTGの四試合連続である。

かなり疲労の中で、何とか良い形で終えられれば、
夜は軽く中洲の屋台でオフィシャル会食といきたいところである。

翌土曜日もフルに、香椎、小倉、門司港を回ることになる。

逗留は、初日は博多であるが、土曜日は小倉。
当初は博多連泊を算段していたのだが、
サタデーナイトの博多のホテルの異様な空きなしによって、
小倉を選んだわけである。

だが、それは必然ともいえるだろう。
かえって博多のホテルがすべて埋まっていて良かった,と。
なぜならばその日のアクション・エリアがまさに小倉、門司港という
北九州市だからであり、新幹線での復路も、小倉が新幹線停車駅ゆえ、
小倉→新横浜というルートを採ることができるからである。
より本州に近い小倉に逗留する方がかえって良かったというわけだ。

むろん、南相馬や銚子に等しく、<小倉に泊まる>ことになるとは、
当然、またもや想定外のことであるが。

旅はしかし、よくよく考えれば、
偶然の旅行者=Accidental Touristなのである。

必然性のある偶然がもたらす何かが、旅における人間の心を刺激する。


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それこそ遊ぶヒマなどないが、
そもそも遊びに行くわけではないが、資料としては必要なガイド。

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北九州関連はさらに入念だ。
久しぶりに<点と線>も読み返している。
新たにこれは買ったのだが、最新の<点と線>の文庫版には
中身に挿絵が施されていて、シーンをイメージできるようになっている。
電車移動(時刻表的な)の図解も入っていて、
文字だけの文庫版よりも、さらにストーリーに入っていくことができる
構成に仕立てられている。読者の便益を考えてのことだろう。


<アンガーマネージメント・ツアー>はまだまだ序盤。

序盤にして既に福岡は二度目だ。
しかも今回は博多だけではなく、北九州がある。
とりわけオフィシャル事案とはいえども、
<小倉に逗留する>という想定外は、どこか楽しみではある。

雨の北九州。絵になりそうだ。


パッキングを済ませたら、早めに横になり、
<点と線>を読んだら、すぐ目を閉じたいところである。




posted by damoshi at 23:38| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

運動会ステークス2011



アントニオは晴れ男だ。

既に梅雨入りした首都圏だが、
今年の運動会も絶好のサニースカイだった。

こういった、人間としての晴れの特異日は重要だ。
大人になって草野球を主宰したら、
プロデューサーであり監督である者の
<晴天>への特異日体質か否かで決まってくる。

メンバーに雨男がいても、主宰者が晴れ男ならば、
そちらの優位性が働くものなのだ。
かくいうダモシも、草野球時代はそうだった。
そもそもダモシが夏男、晴れ男。
そうそう雨で中止はなかった。

最高の天候の中で運動会。
北の某国拉致時代のエキシビションはカウントせず
公式にはこの田園都市での幼児年中から。
アントニオにとっては
幼児年中、年長、小学一年と経て四回目の運動会。


*****


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この無邪気さ、だ。
今の腐ったこの国で大きな救いが
コドモたちの天衣無縫な所作である。

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さて、主題の<運動会ステークス>。

過去の運動会におけるアントニオの戦歴は以下だ。

〇2008(幼児年中)
    徒競走=5位
〇2009(幼児年長)
     徒競走=1位
     クラス対抗リレー=1位でバトンつなぎ
     綱引き=1戦1勝
〇2010(小学一年)
     徒競走=1位

デビュー戦となった年中の頃は、
空手も徒競走も,ある意味でままならなかった。
運動を"やっている"のに、まだその手法を正しく理解していなかった。
そして精神面で弱かった。
<マミー、マミー>と泣きべそをかくのは
空手の大会での通例でもあった。

<これでは、いかんぞ>とダモシがもろもろ乗り出した頃合い。
男親として、出たのだ。
鍛えよう、と。強くしよう、と。
基礎から教えよう、と。

空手同様、走り方も教えた。
その結果が出て、年長からは速くなった。アントニオ。

09年と、小学一年の昨年で連勝。
特に昨年は十馬身差の圧勝。

<去年は楽勝だった>と本人も語る。

小学五〜六年になれば運動会の競技プログラムの
最後を飾る花形のリレーがあるが、
未だ二年生ではジュブナイルである。

個人での<運動会ステークス>。
距離は50mの短距離で、
小学三年の来年から100mという中距離路線になる。

2011年、アントニオは小学二年生。
昨年までの運動会のレポートの表題は
<Primary Days>だが、
今回からは<ジュブナイルS(ステークス)>で良いだろう。

昨年は外枠だったが、内枠三番でゲートインしたアントニオ号。
全部で八枠まで、ある。

<勝つだろう>。

幼児年長と小学一年のこの二年は、
運動会の種目で負けていない。

一位になること/勝つことは、大前提で物事を解釈している。
空手の大会も同様だ。勝つことが前提になっている。
その前提があるから努力する。

ゴールの真正面内枠側にダモシ&ワイフはスタンバイ。

好スタートを切ったアントニオ。
内枠一番、隣の三番、四番、五番、六番を大きく引き離していく。


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姿勢も良い。ここからさらに加速だ。

が、外枠二騎に目を遣って焦ったか、
ゴール間もなくの最後の直線で
姿勢が崩れて上体に力が入ってしまう。

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<あぁ、いかん>

ダモシはファインダーを覗きながら呟く。
隣でワイフは空手同様に
<いけーっ!>と嬌声を上げている。

横を見て態勢を立て直したアントニオは、
外枠七番を抜き、大外八番と差なくゴールで向かってくる。

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最後は余裕を見せたか、舌を出しながら、
楽しそうに走っている。
ほぼ同着でゴール。

さあ、どちらか。
裁定を見守るアントニオ。


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残念。ハナ差の二着に破れ、
係りの上級生に促されて二着のブースへ誘導される。
その後ろ姿はまさに分かりやすいほどの<ショボ〜ン>
とした感じである。

アントニオ、残念ながら三連覇ならず。
来年、リベンジだ。

どうやら、エクスキューズとしては靴がいけなかったようだ。
少々大きめの靴を買っていたため、緩く、
全力疾走の障害になっていたようである。

<靴のせいだ…。くそぅ…>と、
コドモのように悔しがったのは、大きな七歳ダモシだ。



*****


そしてダモシの出番は、昨年に続きPTA代表による<綱引き>だ。

アントニオ同様に、
運動会における大きな子供ダモシの戦績を記そう。
こちらもデビューはアントニオが幼児年中の08年秋から。

〇2008年(大きな四歳)
     父親代表綱引き=3戦2勝(準優勝)
     父子タッグ台車押し競走=最下位
〇2009年(大きな五歳)
      父親対抗パン食い競走=最下位
父母四人タッグむかで競走=2位(準優勝)
      父子タッグ競走=1位(優勝)
〇2010年(大きな六歳)
      PTA代表綱引き=2戦2勝(優勝)

三年前の父子タッグ台車押し競走、
一昨年のパン食い競走。
いかにも細かい作業が必要なダモシに不向きな
競技で、しっかりと最下位に甘んじているダモシ。

その鬱憤を一昨年などは、
例の父子タッグ競走でのゴリ押し&反則
and also, なにがなんでも勝つぞ的な所作をもってしての
優勝で晴らした。

父親として、己が子の運動会における綱引き。
そのキャリアは、5戦4勝。得意中の得意種目といえるか。

むろん綱引きはメンバー構成が重要だが、
ダモシの場合はこれは意に介さない。興味がない。
とにかく己が全力を尽くせば何とかなるだろうと考えている。

この綱引きが、例によってムキになる。

ムキにならないおちゃらけ参加者もいるが、
ダモシは常に真剣である。

やるなら勝つよ、と。勝たなければ面白くも何ともないよ、と。

今年もまた、バトル開始前、闘いのワンショルダーに化身した。


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左から三人目。闘いのワンショルダー姿になって
アントニオの姿を探すダモシ。

その三人後ろの黒のタンプトップ姿の人も、
ダモシの仲間である。

自然に場を仕切る。
そして闘いが始まれば、
なにがなんでも勝とうとする。負けるかいな、コラ!と。

<引け、オラッ!>
<よし、もうすぐだっ!あと一回、ばっと引けっ!>


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口が尖っている。もう必死の形相だ。

<真剣に引かんかい!>の怒声が飛ぶ。

そして勝利だ。

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大人げないオトナたち+大きな七歳が
勝利の雄叫びをあげる。
ひ弱な腕の、腕章をつけた左腕を挙げる父親の後ろで
ダモシは右腕を突き上げ拳を天に向けた。
後ろではダモシの仲間が両手を突き上げて叫んでいる。

大人げないこと、この上ない。

応援団を努める小学生上級生女子の、
<しょうがないオトナね>的な微笑みとの
ギャップが面白い。

この写真で分かるように赤組の応援団が勝利を喜び、
ダモシらもそれを分かち合っている。

ちなみにアントニオは、白組だ。

綱引きは次の試合も勝利して優勝。
二戦二勝で赤組の勝利に貢献。
この時点でダモシは赤組に入ってしまっていたことに
まったく気づいていない。

運動会は結果、白組は赤組に負けた。
昨年に続き、綱引きでダモシは敵の赤組の勝利に
貢献してしまったという
<なにをしとるのか…>的結果に終わったわけである。

運動会後の帰路。

アントニオが言う。

<というかダディ…。どうして赤組に入るの?>

その顔には、
(まったく学習能力がないな。去年もそうだったし。
 しょうがない父親だ)と書いてあった。


とまれ、父親としての運動会キャリアでの綱引きの
今年終了時点での戦績は、7戦6勝。

なかなかのものではないか?

ダモシはしっかりと、
<俺のおかげだ>と考え、悦に入る。

今宵もオフィシャル事案先で、
<俺が入る方は負けないんだよ>と自慢した大きな七歳。



*****


炎天下。文字通り炎天下の中で、
三時頃まで行われた運動会。

アントニオは徒競走以外には、
全体参加の学年ダンス、玉入れ、大玉などに登場。
それぞれ大いに楽しんでいる様子だった。


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玉入れは二戦二勝。白組のポイントに貢献。


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本当に楽しそうだ。
ただ移動するために走る際にも全力疾走のアントニオ。
すべてに全力で関わり楽しそうにやっている姿は
大いに見習うべきものがある。

"全体"的な様相の中では、お得意のアントニオな世界で、
独自の突起を見せる。
これが毎度のことだが、楽しいのだ。見ていて。
他の親御さんも言っていたが、
アントニオは目立つ、と。
己が立ち位置やポジショニング、目立ち方を心得ている。
それは誰よりも多くカメラを向けられていることも影響している。

空手の大会でも学校の運動会でも
どんなに多くの人がいても
必ずすぐにアントニオはダモシを見つける。
すぐに、だ。

そしてカメラを向けていると、
どんなに遠い距離でもしっかりとカメラを見る。
撮られ慣れしている、のだといえよう。


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アントニオな世界、である。
皆、きちんと帽子をかぶっている。
アントニオは濡らしたタオルを頭の上に乗せて
他競技の戦況を見守っている。
この所作も、"全体感"とは無縁の別の世界観である。


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"普通に"並んでいても、この世界観。
まあ愉快なコドモである。
この世界観にいるときのアントニオは最高だ。
というよりもこれが"彼の普通"なのであるが。



*****


運動会は親も疲労する。一日がかりである。
ダモシとワイフの場合、
空手の大会と比べれば、
その興奮度、密接な関係度、重圧等の面で
運動会は楽なのだが、

それでも大いに疲れる。

むろん、本人もだ。

そんな中で土曜のそれを終えた翌日の日曜は、
空手の大会へとフォーカスを切り替えた。

本人も疲れていたことだろう。
ダモシ&ワイフも、もちろんだ。

しかし本人にとっては、心地よい疲れだったのだろう。
なにしろ翌日の空手では
これまでにない最高の動きをしたのだから、

疲れ自体のダメージはなかったか、
あったとしても
逆にこの大きなイベントがウィークエンドで連日
という状況に対して身体が温まったのだとも
好意的に解釈することはできるだろう。


いずれにせよ、運動会と、
そこでのコドモの無邪気な笑顔が何よりも替え難い。
親なら,何処も同様だろう。



*****



もう眠くて眠くて。眠らねば。

今週はまた福岡遠征がある。
木曜に前泊するか、
金曜の複数のアポイントメントへ向けて
当日早朝、一気に向かうか。
金曜のそれが終わったら深夜帰路が間に合うか、
それとも翌日の土曜日に帰った方が良いか。

このあたりは、諸々、至急決めなければならない。

空手の次戦も決まった。
次もまた極真系だ。しかもキングを決める大会だ。
またタフな闘いになるだろうが、何とかしたいところである。

ダモシは今週もまたウィークエンドは、
オフィシャル事案での遠征で潰れそうだ。




posted by damoshi at 02:07| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

外に出てください!



運動会、そして空手大会。

このウィークエンドは、
先週のウィークエンドの休みなしの
オフィシャル事案での福岡遠征からの流れもあり
這々の体をとっくに超えている疲労であるが、
それでも熱中時代。夢中になり、必死になり,と。

毎年恒例の<運動会>レポートも膨大だが、
それは明日にするとして、
今宵は、これも恒例の空手大会のレポートである。


*****


今宵を迎える上での背景環境マップは以下だ。

2011年シーズンは、
極真系の大会で幕を開けた。
一月、その大会で見事に優勝の金メダル。

三月はフルー禍での欠場と、
異種ルールでのダモシx主催者の戦闘での
ダモシ、ブチ切れによる不参加。

三月末、連覇を賭けて臨んだ大会で銅メダル。

しかし叩き台に用意していた四月末の大会は
震災により中止。

今春は、
フルー禍、主催者へのダモシブチ切れでの不参加、
震災による中止と、三大会をスルーする結果となり、
ぶっつけで臨んだ前回五月末の極真系の大会で
メダルなしという憂き目を浴びた。

もとよりタレント事務所入りして以降の
レッスン増加、その活動への本人の熱中ぶりから
多忙度が増して、練習不足や疲労からくる身体のキレの降下
などもあり、大いなる懸念を持っていた。

福岡出張から戻った足で特訓をしたこの月曜も、
実はアントニオのノリが悪く
途中から頭痛を発症して中断。
ある意味で、満足のいく準備ができていないなと
<出来うる最善を尽くす>を
今回は出来ていなかった。

そして、祈りの三本柱も封印した。

さらには前日の土曜日は運動会。
同じ道場の他のコドモは特訓している中、
アントニオは学校の運動会で走り回り這々の体。
よりによって運動会の日は、
晴れ男アントニオの本領発揮で絶好のサニースカイの夏日。
その消耗度は、
<明日は厳しいか…>と思わせた。


かような背景環境マップがあった中で迎えた
サンデー・モーニングは、
これも梅雨の谷間かビューティフル・サンデー。

2011年シーズンの四戦目、
またもや極真系のタフな大きな大会へと向かった。
しかも記念すべき第100回大会。

今宵も当然、ニッポン代表=オールジャパン勢が出てきた。

だが、

・面がつくことで、とられる反則がない
 バチバチのルールである

・オープンでニッポン代表のみならず、
 他の選手も一緒のトーナメントになる

という相違が前回及び前々回との違い
として存在していた。

同じ道場からは一年生x二名、三年生x一名、三年生女子x一名、
六年生x一名と、アントニオを入れて総勢六名の参戦。
いずれも苦戦したが、

・三年生男子がベスト8入賞
・三年生女子が準優勝=銀メダル
・六年生男子が四位入賞

という状況になった。

果たして、アントニオ。


*****


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開会式。多くの参戦者で溢れ返る。


<相変わらず、多いなぁ…>と
そのトーナメント表を手に、苦笑するダモシ。
二年生階級は特に多かった。

すぐにニッポン代表勢の動向を見る。

いずれも一回戦はシードになっている。

うまく勝ち進めば準決勝で当たり、
決勝でも当然当たるという想定が成立した。
だが、そもそもアントニオ含めて、
それらがすべて勝ち上がるとは限らない。

すべてにチャンスがあり、すべての試合が紙一重である。

アントニオは第一シード。
昨秋の全日本選手権で三位になっている選手が
第二シード。
他にもニッポン代表が同じブロックにいる。

なぜアントニオが第一シードになっているかといえば、
昨年の同大会で準優勝だったが
実質的には優勝だったからである。

アントニオは昨年のこの大会で、
既に幼児キャリア時代からニッポン代表になっていた
選手と準決勝で当たり、破った。

その選手は同大会で幼児以来、無敗だったのだが、
初めて苦杯をなめた相手がアントニオだったのだ。
その試合が、アントニオが昨年、ニッポン代表へ上がっていく
分水嶺の一つとなったのである。

そしてその昨年の同大会の決勝は、
相手が一学年上の選手だったのである。
学年一つ下げて出ることが女子には許されているルールだ。
小学生低学年の頃合いでは、
周知の通り徒競走も女子が速かったりする。

特に格闘技においては体格差は大きなハンデであることは
誰もが知るところだが、
小学一年生階級に、女子とはいえ二年生が下りてきて
トーナメントに出れば、おのずとどうなるかは分かる。
アントニオは善戦したが、
事実上の決勝戦だったニッポン代表選手に勝った時点で
ある意味で優勝だった。
体格差にモノを言わせられて判定負け。
惜しくも準優勝に終わったのが昨年である。
そういう経緯があるから、
アントニオが実際には昨年度の一年生の優勝。
だから二年生になった今年、
出場したら第一シードになるというわけだ。

その際に準決勝で初めて敗れたその選手が
今年は第二シードということになるわけだ。

その選手はスーパーヘビー級。
レベルの高い主要大会ではベスト4以上にはたいてい進む。
五月の大会では当たることはなく終わったが
きっちりと三位に入っていた。

その選手が出るであろうことを想定していたダモシは、
どこで当たるかは分からぬが、
アントニオとの直前特訓で
ある戦略的な動きを授けていた。
そして具体的な戦術も。
その選手と当たった場合は明確に採るべき戦術は一つ。
それを確実且つ的確にやれば勝てるぞ、と。

トーナメント表を見れば、
アントニオが左上一番の第一シードで
その選手が右最下部の第二シード。

今回はトーナメント表を氏名等見えないように
初めて掲載するが、
それを見れば、いかに勝ち上がることが容易ではないか、
〜毎度そうだが〜よく分かる。

まだここで掲載してしまうと、
どこまで行ったのか、負けたのか分かってしまうため
それは後の方で掲載したい。


*****


第一シードのアントニオは二回戦から登場。

小学二年生階級の参加者は総勢50名。
夏の甲子園高校野球より若干多いが、
だいたいそれを勝ち上がることをイメージすれば、
分かりやすい。容易ではない。

アントニオは今回も最軽量・最低身長だ。
身長にして3cm、体重にして3kg上な相手だ。

<最初から本気でいくぞ。手を抜くなよ>

一進一退の攻防がつづく。
アントニオの動きは良い。
中盤に差し掛かろかという頃合い。
一瞬にして、我々も見えなかったスピードで、
地道に取り組んできたリードでのハイキックが決まった。

<バシーンッ!>

相手側応援団の大歓声が途切れて静寂が訪れる中、
セコンド・ダモシの
<よぉしっ!>の声が轟いた。

しばしの中断。
相手は試合を続行することができなくなった。
主審が両手をクロスしてバッテンをつくり、
アントニオのKO勝ちが宣せられた。

まずは初戦を突破。

三回戦。
今宵はどうやらアントニオ本来の動きが
甦っている。

<やり合うな>

これを遵守し、適宜セコンドのダモシの声に反応。
的確に技をヒットさせていく。
まったく有効打を与えず、攻め続ける。動き回る。

(よし、大丈夫だ。勝ったな)。

判定。
副審二人がアントニオ。主審もアントニオをとり、
3-0で準々決勝進出。

準々決勝。
さらに相手は大きくなる。
身長差は7cm、体重差は8kgになる。

内容的に本戦で3-0とダモシは見たが、
思っていたが、
手数で圧倒するアントニオをとらずに
そこに有効ポイントがなかったことを鑑みられて
引き分けの延長にもつれ込んだ。

要するに、
攻め続けていたアントニオの優勢をとらず
審判団は三者とも引き分けの裁定を下した。

延長。

延長も一方的に攻める。

試合中も間近で
<落ち着け>
<自分の間合いで>
<主導権はとってるぞ>という
全体感から、技の指示までを出すダモシ。
素直に耳を傾けるアントニオ。

判定は、なぜか相手に一人が挙げる。
副審のもう一人は当然、アントニオ。
1-1。
主審は迷わずアントニオを挙げて
2-1。

結果的には辛勝だが、ダモシもワイフも館長も皆、
表面上は、<当然だ>という勝利である。

ベスト4進出。

ここでいったんブレイクとなった。

ランチをとるか否か。
どの程度のブレイクなのか。
ここが分水嶺になる。

コートではこの後、中学生階級の一回戦から
ベスト4が出揃うまでを行うと。
だが、そのトーナメントを見れば、
中学生の中・重量級グループは参加者が8人だけ。
ということは四試合やればベスト4が出揃う。

一試合は一分半。

中学生のそれが終わり、
既に出揃っている幼児階級のベスト4と共に
二年生階級のベスト4以降の闘いが
メインイベントとなる。

既に同道場からの参加者は終わっていた。
残るはアントニオ。

<時間はさほど、ない。
 食事はしない方がいい。
 休憩も意識的にはしない方がいい。
 身体、冷やすな>

とダモシは指示。

臨戦態勢の心身状態のまま、
アリーナへ出ての休憩を選択した。
モメンタムを途切れさせないためだ。

既に時計の針は15時を回っている。
10時半の開会式以降、
多くの時間が経過している。

だが、空腹感は覚えない。
それが闘いの舞台である。

<これより幼児、二年生、
 中学生中重量級の準決勝以上を始めます>

アリーナにアナウンスが流れる。

幼児の準決勝二試合、同三位決定戦、決勝が終わり、
いよいよアントニオの階級の
ベスト4進出者がコートに入場。
同道場の仲間が応援に勢揃いする。

060511E.jpg

この体格差を見よ。
まったくもって格闘技でこれは、ない。
ほとほと毎回、
よくこの小さな身体で勝ち上がるものだと
そもそも感心する。

そして本人は負ける気が毛頭、ない。

この日もこれまで
アントニオならではの<勝ち気><負けん気>が
大いなるエクスポージャーをもってして
観る者を虜にしていた。

準決勝の相手はもう見るからにヘビー級の重量感。
身長も体重も10cm以上の体格差。
この選手の一回戦からの闘いぶりを見ていたダモシは、
試合直前アントニオに戦術を指令。
その通りにやってきた相手。
その対策通りに動くアントニオ。

判定。3-0。

決勝進出。

一方のブロック。
第二シードの例の選手が、
二回戦から全試合圧勝で勝ち進んできた。

ある意味で注文通りの決勝戦。

ここでトーナメント表を。

060511J.jpg

左の一番上がアントニオ。
右の一番下が相手選手。
相対的な格では圧倒的に相手が上だ。
だがアントニオは昨年この選手に勝っている。
どう,出るか。

ここまで、文字で見れば、
また立場的にも、
アントニオがここまで勝ち進むことの
難儀さを、理解することは難しいと思われる。

実際には全試合、薄氷の勝利である。
全試合、声が枯れるほどであり、
本人も、ヘトヘトになるほど
全精力を発揮しての、ものである。

しかもこの試合数を延長も含めて
連続して闘うのである。

ダモシなど、己自身がやると思ったら、
このトーナメント表を見るだけでイヤになる。
そして勝ち上がる自信は持てない。

<ほんとにまぁ、すごいぞ>と
この時点で褒めていることは言うまでもなく、
試合になれば
具体的な戦術を指示することなどと共に
精神面で試合ごとどう扱うか、どう気分を乗せるかが
たいへん重要になってくる。
セコンドだから当然だ。

ダモシがすべての選手を見て、
それらのアクションの傾向を見て分析。
<必ずこう来るから、これだけ気をつけろ>
<〇〇が弱いから、〇〇で徹底的にいけ>
等々、入り方含めて
的確に読み違いのないところで指示することが
求められるのである。

そこではすべて真剣度100%である。
だから準決勝などでは
セコンドのダモシは興奮して
中にまで入ってしまう始末で、

<外に出てください!>と
警告を受けるハメになるほどなのだ。

薄氷を踏む想いでここまで来た。
相手の対策も練っている。
ゴング直後の入り方/動きを今回は
この相手用に作ってきた。

<よし。アレでいくぞ>とアントニオに指令。

<その後は、徹底的に〇〇で〇〇でいい。
 それだけ徹底的にやれ>。

ゴング直後の動き。
これは他に誰も出来ない動きだ。

ゴング。

指示通り、その動きをアントニオがすると、
相手選手も、相手陣営も、
<えっ?>という顔をして、戸惑った。

(よしっ!さあ、アレでいけっ!)

もうバチバチ、である。その後は。

互いに有効打も同じ。
動きはアントニオ。
手数は数えたがアントニオが上回っていた。
一発の重みは相手選手。

さあ、時間切れ。判定はどうとるか。

副審の一人は、相手側を挙げる。
もう一人は、引き分け。

主審が相手側をとれば2-0-1で相手の勝ち。
引き分けを選べば0-1-2で引き分け〜延長。

主審は迷わず、引き分けをとる。

延長。

もうダモシは言うことはない。

延長も同じ展開。バチバチだ。
どっちをとるかは、審判の判断。
ダモシは勝ったと思った。
少なくとも負けるにしても1-2だろう、と。

副審が二人とも相手側を挙げた時点で
相手の勝利となった。
判定の旗が挙がった瞬間、ダモシは笑った。

(審判団も人生勉強が必要だな。
 これでアントニオを挙げるようでなければ
 本来はダメなのだ。技の美しさも、
 アグレッシヴさも、一生懸命さも
 完全にアントニオが上だぜ)

と。

だが、相手も強い素晴しい選手であることは
間違いないことである。

アントニオ、準優勝銀メダルで闘いが終わった。

悔しさのあまり号泣するアントニオ。
ダモシは笑顔でアントニオを褒めて
頭を撫で、

<相手に挨拶に行こう>と言った。

相手側と握手。互いの健闘を称え合う。
強者同士でも、認め合える関係でなければ、
これはあり得ない。

歓談。

さらには喫煙所でも歓談。

相手側はアントニオがイヤなのだ、と言った。
たいへんやりにくい、苦手な相手だ、と。
今日も、出てきているのを見て、
<決勝まで進んでくるだろうと思っていたら、
 やっぱり上がってきた>と言った。

その選手はスーパーヘビー級だが、
弟が幼児階級にいるのだが
弟は身体がとても小さい。

<いつもアントニオ君の、
 あの技、〇〇で〇〇を身につけさせようと
 練習しているのですが、
 あれがなかなか出来なくて>と正直に言う。

表彰式後も、
その弟も交えて三人で記念撮影し、
今後の切磋琢磨を誓って別れるという
清々しいノーサイドで幕を閉じた。


準優勝に終わったが、
今宵のアントニオは
これまでのキャリアの中で
最も良い動きをしていたことが認められた。

当初、懸念していた事柄が、吹っ飛んだ。

<大丈夫だな>と。

タレント事務所でのレッスンが多い中、
新たにやりたいというものが加わり、
それにも通うことになった。

その許可をダモシがするのだが、
その際にワイフとアントニオに言ったことは

<空手が中途半端になるのだったらダメだ。
 空手もヒップホップもタップも演技も、
 すべて手を抜かずにやれるなら、いいぞ。
 すべて切り替えて、
 一つ一つ集中してやることができるならば
 やっていいぞ>

である。

<やる>と言うから、<じゃあ、やれ>と。
そして、
<やるなら楽しんでやれ>と。

そのウィークデイもウィークエンドもないような
最近の日々の中での疲労感、疲弊などから
空手が厳しくなっているのではないか?
という懸念があったのだが、

これはもう、また脱帽といえるほどの
異常なまでの<集中力=フォーカス>をもって
素晴しいパフォーマンスを展開してみせた
アントニオ。

オフィシャル事案の相手にも、
もとよりアントニオにも厳しいダモシも、

今宵のアントニオは150%手放しで賞讃した。

<かっこ良かったぞ。すばらしいぞ。
 そして、俺は誇らしいぞ。
 必死さ、本気度が伝わってきた。
 だから負けても、準優勝でも褒めるぞ>と。

アントニオも言う。

<ダディの言う通りだった。
 教えられたことは間違いではなかった>。

もちろん完璧ではない。
今宵で得た不足点もまた明確である。

さらにまたインプルーヴしていくことになる。

一つ一つ信頼関係を築くことが大きな大きな
ポイントである。
これを幼児期から小学生の間に
どれだけ生み出していくことができるか。

これが青少年になって、
一時期必ずなるだろう不良的所作の頃合いに、
切り札になるのだ。


060511D.jpg

表彰式で。
当然、アントニオは悔しい。喜び満面の顔ではない。
その悔しさを己自身で感じることが大切だ。

だが今宵は、優勝だ。それで良い。

060511C.jpg

各階級勝者たちが集まっての全体記念撮影。

060511B.jpg

今大会はメダルの代わりに
トロフィー(と賞状)だった。

トロフィーの大会はそう多くはない。
アントニオ、四つ目のトロフィーだ。
早速、帰宅後、殿堂に陳列した。


*****


ダモシもワイフも大絶賛の今宵。

約束通り、
<欲しいもの>を買ってあげるよ、と。

その前に、表彰式が終わった後、
ダモシが言った。

<それとは別に俺からあるぜ。
 車に戻ったら、車の中にプレゼントがあるぞ>

と。

大喜びするアントニオ。

ダモシが先月既に買っておいた
仮面ライダーの本だ。

<何かで、一生懸命やって結果が出た際にあげよう>。

そう思って温めていたものである。

今朝、車に入れてきていた。

060511H.jpg

そして会場の近くにあったヤマダ電機に立ち寄る。

<優勝したら六個、準優勝したら五個。
 三位だったら、大会が終わってから
 演技のレッスンに強行軍で行く>

という約束だ。
三位になった場合のそれは
アントニオ自らが言ってきたものだ。

<もちろん優勝を目指すけれど、
 もし三位になったら、
 大会が終わった後、急いで演技レッスンにも
 行ってもいい?>

というポジティヴなリクエストだったのだ。

その積極性、やる気はまた、賞讃に値する。

<大きいものでもいい?>と
ヤマダ電機店内で幼児に戻り喜ぶアントニオ。

<今日は、いいぞ!好きなものを選べ>とダモシ。

総額で一万円を超えたが、
本気で必死に一生懸命にやって
結果も伴った際には
忌憚なく欲しいものを買ってあげる
という所作も、ダモシは大切だと思っている。

060511g.jpg

こういう玩具を大喜びするのも
もうあと、わずかだろう。
ある一定年齢期間だけのことだから、
それが好きな間は、
大いに賛同する。

ゲームより、よっぽど良いのだ。

よく遊び、外でもよく遊び、
格闘技もバチバチやって、
それでも青山的世界観に親しみ
演技だヒップホップだタップだと頑張り、と。
それで良いのだ。

好きなことが多ければ多いほど,良い。

060511i.jpg

こんなふうに、無邪気で子供らしい姿を
見せられると、至福であることは言うまでもない。
親なら誰しもがそうだろう。

そしてコンペティション。
それが空手であれ何であれ、
少なくとも子供のうちは勉強だテストだとは
別次元でのびのびとした部分で競わせたい。

天衣無縫で良いのだ。

何でもアグレッシヴにオフェンシブな部分。
ここが、アントニオの素晴しい点であり、
枠をハメない所作をこそ、
ダモシは重視しているわけである。

己自身が、枠にハメられることが大嫌いだからでもある。

060511A.jpg


とまれ、やるからには勝利を目指す。
勝利だけがすべてではないが、
やる前に負けること考えるバカ、いるかよ、である。

そして小さな身体という明らかなるハンデがあるならば、
他の人がやる以上に
彼の後押しを最大のパワーをもって
ダモシがするのだ、と。


*****


運動会も、今宵の大会も、はぁ疲れた、である。

アントニオは明日は休みだ。
厳しい闘いを経た翌日だ。
マミーにめいっぱい甘えると良いだろう。

先週末からこのウィークエンドも休みなしのダモシは
また明日からオフィシャル事案であるが、
もう、もの凄く疲れている。

でも、今宵の疲れは、リアルに爽快である。

ダモシもダモシで必死に闘い、結果も出たからである。

まさに、
<外に出てください!>と警告されるほど、
必死だったということである。

なにごとも<楽勝>は、人間世界にはあり得ないのである。





posted by damoshi at 02:59| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月04日

ジュブナイルxアダルト


米在住時代の一時期、
オフィシャル事案でボールルームダンスに関わっていた。

英国の辺境ボーンマスや米のマイアミその他で
行われるイベントに馳せ参じたものであるが、
世界選手権や全米オープン選手権その他
ボールルームダンスの世界も多くのコンペティションがあり、
その中にも年齢別のジャンルもある。

当時、そこで初めて<ジュブナイル>というカテゴリーがあることを知った。
そのまま解せば少年少女。
<シニア>クラスとなれば、年齢的なシニア層ではなく、
大人であったり云々。

空手の世界でもアントニオの属するカテゴリーは、
ジュニアであり、大人はシニアになる。
ジュニアの中でも小学二年生はまだまだその中で見れば
六年生をシニアとすれば二年生はジュブナイルと分けても良いだろう。

いわゆるそういう世界である。
年齢というよりも年齢的属性にも応じたクラス分け。


*****


今週は、既に日曜から福岡でオフィシャル事案に携わっていたこともあり、
実際には短く感じたものの
濃度の高さでは長いビジネス・デイのウィーク単位だった。
いわば今宵は金曜日で、夜はのんびりが通例だろうが、
明日の土曜日は朝早くからアントニオの運動会。
そして日曜日も空手の大会と、
休む間もない。

今宵、帰宅後、食事をして入浴。少しアントニオと遊んで、
ソファでつい居眠りをしてしまった。
それほど疲れているということである。

明日のアントニオの運動会は、ジュブナイル。
明後日の空手の大会もまた、ジュブナイル。

一方で、フィギュア・スケートの世界で面白いニュースがあった。
あの伊藤みどりが15年ぶりに来週、公式戦に出るという。
伊藤みどりといえば同時代を生きた選手であり、
好き嫌いは別として同時代性を感じさせるアイコンの一つである。

しかも出る大会名が<国際アダルト選手権>というから、
なにやら伊藤みどりらしく、怪しい。

今宵はその伊藤みどりネタを基軸として寄稿した
ケイバタイムスの記事を下記に転載して、眠りたい。
もう眠いし、明日はまた早くからジュブナイルの行事に
関わらなければならないからである。


:::::以下、ケイバタイムス/安田記念への寄稿より


フィギュアスケートの伊藤みどり(41)が、
来週ドイツで行われるISU公認の国際大会で
15年ぶりの公式戦復帰を果たすらしい。
実に興味深い。

伊藤みどりといえば、安藤美姫や浅田真央より遥か昔の選手で、
筆者にとっては同時代を生きた選手である。

89年の世界選手権で金、92年のアルベールビル五輪で銀を獲得したが、
それ以上に印象に残るのが
五位入賞した88年のカルガリー五輪だ。

天真爛漫を絵に描いたような伊藤の真骨頂は、
カルガリー五輪で見せた
ジャンプを決めた後の破顔一笑のガッツポーズ。

まさに自分自身で<キャーッ!>といった感じの
大喜びの満面の笑みと
演技中にも関わらずの天衣無縫なガッツポーズは、
女子フィギュアスケートというジャンルにおいては、
しかもそれが五輪という静粛な舞台であることを併せ鑑みても、
観る者の心を捉えるに十二分に値するものだった。

小さなことにこだわらない、
あけっぴろげな性格が如実に演技に出ていた。

長野五輪の開会式における聖火点灯での
あのパフォーマンスも、世間的には酷評と爆笑を誘ったが、
あれもあれで伊藤みどりが持つ生来の天真爛漫さが転じて
稚気満々さの発露であり、
"キャスティングした側の責任"としての野放図であった。

とにかくそのキャラは際立っていたのは確かである。

その演技自体も、良い面では、
伊藤のスピード感や跳躍力など<スポーツという部分>は
今もってなお安藤や浅田では到底その足元にも及ばない。

スポーツと芸術の融合であるフィギュアスケートにおいては、
前者の面での伊藤の運動能力は、突出していたのは紛れもない。

アラフォーの今も健在であることを期待したい。
出場する大会名もまた伊藤みどりにフィットしているのではないか。

<国際アダルト選手権>。

28〜71歳までの社会人が対象の大会のようで、
伊藤は36〜45歳の元選手クラスに出るわけだが、
その世界はまさに伊藤以外も含めて野放図が展開される
期待感と懸念の双方が入り混じった、
ある意味で危険な大会の香りがぷんぷんする。

今の時代にあって、こういう、どこかいかがわしさを感じさせる
国際大会があっても良かろう。

大いに期待である。



*****



競馬の安田記念。春の東京GIシリーズの最終戦だ。

古馬のマイル王決定戦。
ここに紅一点的にアパパネが出てくるから面白い。
アパパネがいるかいないかでは
このレースのインタレストも異なってくる。

根本的に全勝型/連勝型とはいえないアパパネ。
叩き台を負けて狙いを定めた勝負で勝つ。
そんな性質の馬であることは周知の通り。

前走ヴィクトリア・マイルをその流れできっちりと制したことで、
今回はある意味でエキシビション。
アパパネ自身も勝ちには来ないと見た。注まで評価を下げたい。

安田記念の前哨戦といえるステップレースを踏んで
出て来た馬の結果が芳しくない。
マイラーズCと京王杯SC組である。
出走馬ほとんどがそれに該当する。
ここはメインは別路線組から選ぶのが賢明。
別路線組の一頭が、既に注で選んだアパパネだ。

マイルで4戦3勝二着1回で連対率100%。
前走もマイルをきっちりと勝っているリディルを◎本命とする。

三歳馬だが、斤量差4kgの恩恵と、
休み明け二走してここがピークに来ると見られる
リアルインパクトを対抗の〇。
NHKマイル→ダービーは認めないが、
NHKマイル→安田記念は理にかなっている。

▲には、シルポートを出し抜いて逃げた際の怖さで
外国馬のビューティフラッシュを取り上げる。

同じく外国馬のサムザップ。
キャリアのほとんどをマイルのレースに費やしてきた。
ここは印を外せず△。

最後の一頭△には、モメンタムでは筆頭となる
ストロングリターン。

前走マイラーズC組はすべて外した。


◎リディル
〇リアルインパクト
▲ビューティフラッシュ
△サムザップ
△ストロングリターン
注アパパネ


:::::


ちなみに、今年はケイバタイムスでの予想は、
ダモシは絶不調ゆえ、
印は参考にされませんようご留意ください。



posted by damoshi at 00:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

あかんなぁ・・・


あかんねぇ・・・
ホンマにあかん・・・

そもそも自民・公明は終わっていて
共産・社民その他も存在意義は皆無だが、
あかんわなぁ民主党・・・

日本社会の縮図。
ニッポンの場合、会社というものもこうですからね。

akan.jpg

この人は一体、何者なのか。
なにをもってして
このような破顔一笑することが、今のこのニッポンで出来るのか。

この人がこうして己が保身を得られて笑う間に、
人は死に、怒り、苦しんでいるのである。

<(震災の復旧・復興に)一定のめどがついた段階で、
  若い世代の皆さんに責任を移していきたい>と、来たもんだ。

困り果てる、この人には。
民主党全員、懲罰を受けるべきだ。

これではニッポンの会社が延々と続けてきている
ナアナアの縮図であり典型である。

ナアナアをやってきたからこの国がダメになったのに、
それに今もって気づいていないのである。

この<一定のメド>とは、いつなのか。
しかも、国語的に見れば
スッカラ菅は<辞す>とはひとことも言っていない。

にも関わらずマウンテン・ハトも、
もはやブルータスよお前もかと言いたくなる
"どうしたのか"小沢も、引いてしまう有様。

なぜ、やるなら徹底的にやらないのか。
なぜ、不信任案可決に必要な人数が集まったのに、
あの言質だけで引き下がるのか。

結局は、マウンテン・ハトも"実戦感覚が鈍った"小沢も、
そしてその子分共も、己が保身=己が職を失うことが怖くて
引いてしまったと見られても致し方ない。

これ、"あかん、ホンマにア菅"は、やめないぜ?

実際、夜になったら、ほぼ前言撤回。
<冷温停止が一定のメドだ>と、のたまった。
倒凶電力が作成した不明確な工程表ですら
遅くて年明けになっている冷温停止。
そもそも、もう工程表通りにいかないことは
分かり切ってしまっている中では、
年明けはさらに遅延する可能性が高い。

そうなれば、実際には「辞めない」ということではないか。

一体、なにをしとるのか、と。

まんまと、
マウンテン・ハトも"実戦感覚が鈍った"小沢も
騙されたわけである。

なぜ一気に不信任案可決しなかったのか。
あまりにも読み違えが多過ぎる。

この茶番劇。
多くの一般ゼネラルな感覚としては
<今のこのような時世において、なにをしとるのか>
というところだろう。

が、中東でさえ国に対して国民が怒り爆発させるのに、
ニッポンに至っては
このコミカルな状態にでさえ、おとなしい。

リアルに困り果てた国である。

極論だが、永田町と霞ヶ関の連中は、
最大余震が東京を直撃して
己自身が身を以て被災しなければ
今回の本質的な部分への理解や感情移入は出来ないのだろう。

そして輩はおそらく、
東京を最大余震が襲った場合,
それこそ東北そっちのけで
東京の復興を最優先にするだろう。
今からそれは目に見えているから、言っておきたい。

前々から言っているように、
リアルにニッポンは独立州制にしなければもうダメだ。

北の某国、琉球王国はもとより、
東北は東北州として自治をしていくことが賢明だ。
お金だけ東京特別区にある国が出すのみで、
あとはすべて法律から何まで自治で州で行う。
こうしなければもうダメである。

それほど、もう国(永田町と霞ヶ関)は終わっている。
ただの本部機構としての意味合いだけ
東京に残せば良い、と。

あとの実際の実戦はすべて独立州での自治。

これがマストである。


しかしそれにしても・・・
今の、この、まさに今、
あのようなニヤニヤ笑顔をよく出来るものだな、空き菅は・・・
怒りを通り越して、
共にワッハッハと笑ってしまいそうになるから恐ろしい。

安倍も福田も麻生も、マウンテン・ハトも酷かったが、
スッカラ菅はさらに酷い。

というよりも
ニッポンの総理大臣が毎回、どんどん酷くなるのは
一体どういうことなのであらふか?

恐ろしい国である。


*****


そうしている間もAMツアーは続いている。

まったくもって
エブリデイ、吠えて、怒りだが、
だからこそ
アンガー・マネージメントが必要なのである。

自身でしつつも、しかし大きな七歳ゆえ限界はある。
怒りをマネージメントすることは
そもそもダモシ自身は得意な方ではない。

その意味では、<旅>は良きマネジャーとなる。

先般、宇都宮市も訪れた。

が、ここは安易に語ることはできない。
表層しか触れていないからだ。
表層では、<なんだかなぁ…>的なアトモスフィアを
察するわけだが、

それはあくまでも表層であり、

腐っても人口規模50万にして、都市圏人口100万人を誇る
北関東最大都市であるわけだからして、
もっときちんと触れてから語らないと失礼に当たるからだ。

今宵は、宇都宮市街地から数枚のみ掲載して終わりたい。


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餃子の街ならでは。餃子スタチュが立つ駅前。

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市街地の一景。

そして、宇都宮城(城址公園)。

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正直、これは厳しい。熱海城を想い出した。
偽物のぴかぴかの新しい城を造る意味はどこにあるのか?

どういう意図とグランドデザインがあって、
こういうものを宇都宮市は造ったのか?

不思議である・・・

ニッポン。これ、欧米以上に、悪い意味で
理解できない"不思議"で溢れ返っている。

間もなくこれは、
ニューヨークの"良い意味での"ものではなく
悪い意味での
<ニッポンの常識は世界の非常識>になるだろう。

今回の震災で変わらなければ、
もうニッポンは二度とチェンジすることは不可能だろう。




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2011年06月02日

AMツアー:6〜南相馬


南相馬の後編である。

NOTHING-ナッシング。

有無を言わせぬナッシングがそこに広がっていた。
まるで、どこかの惑星か。
一人そこに立てば、ここが地球とは思えなくなってくる。
日常から不意に、非日常を超えた異次元の惑星へワープした感である。

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取り残されたダモフィーロだけが、日常の名残。
車ごと惑星へワープしたわけだ。
しかしながら一方で、
ここにダモフィーロがあることで、
ダモシは"入り込んだ"が、"出ていく"ことができるのだ。

被災者ではないから、"出ていく"のは当然だ。
そこが被災者との違いである。

だが、"入り込まない"輩もいる。
ダモシのように少なからずも"入り込む"必要があるべきはずの
面々が、まったく"入り込んで"いかない。

だからこの国はダメなのだ。


*****


南相馬を基軸に訪れたあの日を、前編の続きで振り返る。

三月末の宮城以上に現場へ足を踏み入れた今回。
それは沿岸、まさに津波が押し寄せたその海にまで至った。

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その後も市内でオフィシャル事案で懇談、打合せをし、
いよいよいいかげんハングリーだということで店を探し
街道沿いにようやくオープンしている店舗を見つけた。

<南相馬で、すき家か…>と思いながらも致し方ない。
すき家はすきではないが、しょうがないのだ。


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南相馬に己がいる構図。
そして、そこで<すき家>で牛丼を食する構図。

それは千葉県の銚子に己がいる構図に等しく、
想定外のことである。

むろんニューヨーク時代には、こんなことはまるで
イメージすることができなかった。

しかし人生は何が起こるか分からない。
日々同じルーティンなら別だが、
特にダモシの場合はそもそも異国へ出て暮らした時点で
明日何が起こっても、来週南極や屋久島へ行こうとも不思議ではない。

そもそも、幼児期からレールが敷かれていなかったからだが、
仮にそれが敷かれてあったとしても
とっくのとうに破壊した。

だから、銚子や南相馬にいる己自身をイメージできなくとも、
そこへ行くことになるということ自体は
大いにあり得たことなのである。

それでも、日常という枠の中で生きる部分も
ダモシにおいてもあるからして、
その枠の中だけで物事を考えれば、非日常ということになる。

しかもオフィシャル事案で、だ。
逆に銚子や南相馬はプライベート事案では
行く可能性は限りなく低いだろう。

そもそも南相馬へ行って、宇都宮へ行って、
その後にすぐ博多へ行くという行程自体、異形だ。

まだ、東京へ行って、ニューヨークへ戻って
シカゴへすぐ飛んでからミルウォーキーへまた飛んで、
ニューヨークへ戻ったら、翌日の夜遅い便でロンドンへ行く
という構図の方がダモシ的にはノーマルな気がするわけだ。

分かるはずだ。
それだけ一般的には=ゼネラル・インタレストの枠においては、
南相馬や銚子へ<旅行する>という概念は
限りなく少ないだろう。

銚子の件の寄稿の際にも触れたが、
なぜ銚子に旅行しなければならないのか、と。
そういう地である,と。南相馬も同様である。

平時の、なにもない、ただの旅行であれば
銚子よりも箱根を選ぶだろうし、
同じ福島なら南相馬よりも猪苗代や会津を選ぶだろう
ということである。

<南相馬で、すき家の牛丼>。

しかしながらこの記号は、
アイコンとしては自身の歴史の中では
強いメモリーズとして残ることは間違いない。

三月の宮城も同様。
仙台という世界観はプライベートの旅行でも
存分にデスティネーションになり得る上、
何度でもという世界だが、
三月の宮城遠征における仙台と沿岸部は、
これまでの自身の仙台及び宮城との関わりにおいては
とりわけ強いインパクトを残す。

すきな味ではない牛丼をすき家で食した後、
ふたたびダモフィーロを走らせて
同じ南相馬でも被害のほとんどなかったエリアを周り、
その後、唯一のルートである道路へ出て山道を"戻った"。


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その頃、空は、まさにあのニューヨークの、
<絶対青空>が広がっていた。

歪んでアグリーな都市・東京なんぞでは
もはやあり得ない<絶対青空>。

それが、きれいな植物と共に皮肉にも飯館村に在った。

訪れたのは、5/25。その十日前から計画的避難が始まった飯館村。
村長が永田町と霞ヶ関に激怒した。

<あまりにも一方的だ。地方の実情をまったく分かっていない。
 村の生活実態を甘く見ているのではないか>

<住民にとって必要なのは安心と安全。
 国は安全ばかりを強調するが、
 住民がどうすれば安心して生活できるのか考えていない>

<放射線量をきちんと管理し、
 村に残った方が幸せという場合もある>

などとブチ切れた。当然だ。
いかに永田町と霞ヶ関の連中が机上の空論でしか
物事を考えていないかを顕著に表している。

飯館村の二ヶ所でミーティングを持った。

<どのみちあと数日ですから…>と投げやりに語る人もいた。

あと数日というのは、
全村避難を五月末までに完了させよという
永田町と霞ヶ関のアンポンタンな指令のせいだ。

<先が見えない。どうすればいいのかということも
 何も決められない>

と関係者は言う。

さよう。

要するにダモシが常々言っている
<グランドデザイン>を国が示さないからこうなる。

グランドデザインないままに、
すべてを点でしか見ないで物事をその場しのぎで決めるから
あらゆるタスクが漫然としたままで解決しない。

一体、いくつ会議をすれば気が済むのか、と。
会議をするだけムダなのをなぜ気づかないのか、と。
グランドデザインがない中で会議をしたとて
何一つ決まることはないのに、
いい歳した政治家や役人どもが何をしとるのか、と。

ほとほと、怒り心頭である。

重苦しい気持ちと怒りを抱えて、飯館村を周り、
そして後にした。


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全村避難の勧告に従わず、
飯館村には避難期限の昨日段階で未だ1,800人が暮らしているという。

<代々続く田畑を守っていく>という意気だ。それで良い。

<他に行くとこなんかねえ。おれはここの土になっから>
という村民の言葉を、
"スッカラ菅", "あかん、ほんまにア菅", "空き菅",
and also "いや〜ん、バ菅"は、どう受け止めるのか。
こういう覚悟がお前にあるか? と。
永田町と霞ヶ関のボンクラ共にも、この覚悟があるか? と。

ここが本質的な部分なのである。
キレイごとではなく、本質的な部分で理解して、事に当たれよ、と。


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村民が集う場だったはずのエリアにも人はいない。
ダモフィーロがまたも寂しげに佇む。

こんなに美しい青空と緑だが、
目に見えない恐怖の放射性物質がこの日も降り注いでいたのだろう。
ダモシにも、ダモフィーロにも。


*****


飯館村を過ぎて
次第に福島市街地へ近づくにつれ
その山道は往路以上に大渋滞になってきた。

<ふぅ…>。

疲労も蓄積されてきた頃合い、溜息が出る。

二時間近くを要して、ようやく福島市街地へ。
夕刻の時を迎えていた。

デスティネーションとしての福島県は、
08年以降では
会津、猪苗代、飯坂温泉へはプライベートの旅で、
郡山へは空手の大会で
それぞれ出かけるなど、博多同様
ニッポン復帰以降で縁が深くなっているが、

いわゆる"福島市"の市街地は初めてのことである。

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福島市。人口規模30万人都市。
人口規模は神奈川県の平塚市にほぼ等しいが、
やはり駅周りや人の動向、活気とも平塚市の方が
明らかに高い。地方都市の県庁所在地の厳しさがここにも露呈する。

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駅前商店街も人がいない。

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JR福島駅。

それでも幸せなのだ。住民、市民、県民は。
オラが都市であり街、町、村なのだ。
澄んだ空ときれいな空気があれば生きていけるのだ。

それが人災によって侵されている。

ニッポンの在り方=展望=グランドデザイン。

これらが欠乏、欠落しているこの国の実態と、
これらを描く人間がいないという
悲劇的な事態を招いたこの国の教育、
そもそも夢がないこの国の堕落ぶりを
リアルにあらためて実感しながら、

溜息をまた一つ。
福島で吐き出して、南へと進路をとり福島県を後にした。

福島駅。
ダモフィーロに乗り込む前に
最後に振り向くと、そこに松尾芭蕉と曾良のスタチュがあった。


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芭蕉が語る、あの台詞が聞こえてきた。

<月日は百代の過客にして 行かふ年も又旅人なり>。



*****


最後に、永田町と霞ヶ関の阿呆共への怒りも込めて、
現実を見せしめたい。

当日撮った現場写真の中から一部を掲載したい
(過度に衝撃度の高い画像は回避した)。

この現実を受け止めて、
他人事ではなく、己が私利私欲ではなく、
きちんと公僕として仕事をしろ、と。

"入り込め"よ、と。

話はそれからだ。


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平凡だが幸せな日常が在ったのだ。
アルバムにはそれが詰まっている。
これを目にして胸が苦しくなり詰まった。
と同時に、いい知れぬ怒りも込み上げるのだ。

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メディアも罪がある。
きちんと、リアルな現実を伝える努力をしろよ、と言いたい。
キレイごとばかりをテレビ受けするかのごとく
垂れ流すのを、この期に及んでもしているというアグリーさ。
特にニッポンのテレビはその使命はとっくに終えた。
一度、特に民放テレビ局は解体した方が良い。
読売や朝日などの大新聞も同様。一度、スクラップすべきだ。

そもそもメディアの人間(の社員ども)もまた
ただのサラリーマンに成り下がっている現状では
もはや救いはない。


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輩はまたぞろ権力闘争をしている。今日、不信任案が採決されるようだ。

既に、スッカラ菅ではもうダメなのは分かり切っている。
ならば何が何でも追い落とした上で、
さっさと具体的にして迅速な復興への支援を
どんどんやれ。

そもそも民主党(=特に今のスッカラ菅)は詐欺師であり、
高速道路完全無料化やこども手当満額支給などの
マニフェストをことごとく反古にしてきた。
それだけでも許せない上に
この震災対応の体たらくだ。

もう救いようは、何一つないのだ。

一つには、何事も<想い>がなければダメなのだ
ということである。

そもそもスッカラ菅にとっては
<東北>での出来事の一つに過ぎないのだ。震災は。
そして
<福島(とその影響を受けている各地の)>出来事に
過ぎないのだ。原発は。

一般の国民であれば、それは致し方ない。
ニューヨークの9.11しかり、今回の震災しかり、
新潟の中越や阪神淡路大震災しかり。

結局、<よゐこ>という括りを取り払い
シュールな現実レベルで語れば
誰もがリアルなところでは
その地に<想い>がなければ、しょせん他人事なのである。

それは嘘はつけない。
一方で、それは致し方ない。

己に無関係な地、遠い地、縁のない地での出来事には
人は無関心になる。当然だ。知らんよ,と。
気にはなっても現実味は乏しい。当然だ。

それは博多で痛切に感じたことだ。

何だこの明るさは、と。何だこの活気は、と。
それはそれで良いのだ。
しかし一方で、そういう現実があるのは理解しなければならない。
要するに他人事なのである、と。

ダモシとて己が二十代の頃の
阪神淡路大震災に無関心だった。
米国在住時代の新潟中越地震にも関心はなかった。
それどころではなかった。

だが、ニューヨークの9.11しかり、今回しかり、
無関係ではないから、<想い>が重なるから
印象も異なれば、己の所作も異なってくる。

それはそれで、国民、一般人は致し方ないのだ。

だが、一国の行く手を握っている宰相となれば、
そして国会議員ともなれば
さらには霞ヶ関で、腐っても<国を動かしている>と
嬉々として日々を高給で過ごしている輩となれば、

それでは、ダメなのである。

国を背負って仕事を毎日しているという
プライドが仮にあるならば、
己が保身ではなく、国のため、国民のためを最優先で
事に当たらなければならないのである。
これもまた当然のことだ。

飛行機のパイロットは乗客の安全最優先。

電力を原発で提供するサービスを施して
己が食い扶持を得ている電力会社もまた
国民の安全を第一に考えて日々仕事をするべきだ。

だが現状は、
宰相以下、国会議員、霞ヶ関の役人、
倒凶電力、原子力不全不安院などなどの輩どもからは
そういったプライオリティが一切、感じられない。

震災以降、それが不思議なほど一貫している。
リアリティがなく、必死さもない。
覚悟も感じられない。背負っているものも見えてこない。

見えてくるのは、己が保身のみ。

心がまるで、ないのである。
己がパッションの投影も当然、ゼロである。

もう、ほとほとこの連中、なにをしとるのか、と。
そういう世界なのである。

単に宰相を替えれば良いという問題ではないが、
それでも、もうスッカラ菅ではダメなのだ
ということが分かり切っている以上、

不信任案提出は、遅いくらいだった。

どうか可決されることを願う。
まずはスッカラ菅に退いて頂いた上で、
さあここからリアルなところでの真の復興復旧へ向けた
迅速な仕事を新たな政権で遂行して頂く
ということに期待する方がまだマシであろう。

バットを振らなければホームランは生まれない。

もはやバットを振ることなく
甘いど真ん中のストレートすら見逃してばかりの
バッターをこれ以上、危機的な状況で打席に立たせるわけにはいかない。

ほとほと、ダモシが立てれば、と思う。
ダモシに好きなようにやらせてくれたら
まずもって今よりは現実的な所作を施すことができるのに、と。

おそらく今の永田町の中にも、
同じように感じている者は多いだろう。

自分が仕切ればもっと上手くいく、と。

実際それが出来るかは別だが、
そのチャンスすらないのが致命的なのである。
すべてを己が手中に収めるばかりか、
己がスキルがないときたスッカラ菅だから致命的なのである。

今宵の党首討論でスッカラ菅は、
冒頭でいきなり谷垣自民党総裁のことを
<いま総理が>と総理大臣呼ばわりしてしまったが、

ここに本質が露呈されたのだ。

とどのつまりスッカラ菅は、野党側でこそ本領発揮する、と。

政権を担い、
有事に限らず平時においても
結局は国を預かるトップとして事にあたる器量もスキルも
まったくなかった、ということである。

そしてスッカラ菅以下、多くの議員や霞ヶ関の連中は、
<東北>に対する<想い>がないのである。

スッカラ菅なんぞ、東北にまったく縁がない
ただの都会の坊ちゃんだろう。
そんな者にリアリティを求めても無理なのだ。

小沢だったら絶対に異なる所作だったはずだ。
残念でならない。

いずれにせよ不信任案が可決されることをダモシは願う。
さっさと可決して
さっさとスッカラ菅を解任して
さっさと新たなスキームで合理的に迅速に徹底的に
東北を救い所作を施して欲しい。

酒なんか呑んどらんで、さっさとやれよ? と。
本当に、さっさとやれよ?
一回くらい真面目に仕事せえよ、と。

現在の遅々として進まぬ実情を見て、
放射性物質を浴びて。

話はそれからだ。


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2011年06月01日

AMツアー:5〜博多


昨晩、東京に戻ってきた。
日曜朝からオフィシャル事案で動いていると
未だ火曜日なのに既に今週という枠の濃度の高さに
既に這々の体である。

ただでさえ今週はウィークエンドも
土曜日がアントニオの運動会で
日曜日もアントニオの大会という
彼にとってもハードスケジュールである。
ダモシもそれにフルフルで関わるため、
オールウェイズ眠い、という状態になる。

アントニオも負けず劣らずだ。
月曜は夜、ダモシと空手の特訓。
火曜の今日は放課後に青山へ出かけてタップのレッスン。
その後、ワイフと二人でワイフのバースデイを祝いに
表参道から原宿へ出かけて21時過ぎに戻ったという。
水曜の明日のみお友達と遊びに出かけ、
木曜は空手道場、金曜はヒップホップのレッスン、
土曜の運動会で日曜の大会とまあ、
空手の大会だけに集中できない中で
いかに闘うかという最近の新たなタスクが迫っているわけだ。

月曜だけがある意味で基本的にはフリーなのがアントニオだ。
本来は火曜日が演技のレッスン
水、木が空手道場、金がヒップホップのレッスン、
土曜がまた空手道場で日曜が演技レッスン等々。
これに加えて本人がやりたいということで
月曜もヒップホップのレッスンがaddされるようだ。
これではOFFが皆無ではないか,と。

とはいえ、子供は眠れば回復する。
そこがダモシとの違いでもある。
ダモシの場合、慢性的な睡眠不足であり、
少ししか眠れないから眠っても回復しない。
年齢的な消耗度もあろう。

福岡まで台風の中、ガタガタ揺られ、急降下されながら
二時間のフライトをするだけで這々の体になる。
昨夕の帰路のフライトなどは
疲れ切っているため例の如く離陸前に爆睡。
着陸時の衝撃で目覚めるという体たらく。
まさに国会審議中の国会議員が如く熟睡。

今宵ももう眠くて眠くてしょうがないのだが、
プライベート・タイムも過ごさねば
それこそ心が満たされないからして無理して起きている、と。

今宵ワイフのバースデイ。
アントニオが祝った。二人で水入らずでレッスン後に
表参道〜原宿を巡り、
原宿のエッグスンシングスで40分並んでパンケーキを頬張った、と。

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昨晩は稽古ゆえ厳しく接したが、
出張でいなくてまともに会話も出来ずの週末で、
今宵は眠る前にぎりぎりダモシが帰宅。
かわいい顔をして起きていたので
思わず<かわいいねぇ…>とちゅっちゅしてしまったわけである。

ワイフ似でベイビーフェイスゆえ女子にモテるが、
空手ではいささか弱そうに見えるのが毎度である。
しかし試合が始まると豹変するから相手は驚くのだろう。
それもまた戦術としてはアリなのだろう。
強面ダモシとはまた違う直系遺伝子の特性か。

まあ、いい。

いずれにせよ今週末の大会は頑張って欲しい。

今回言っていることはとにかく
<本気でやれよ>ということである。

本気でやれ、と。


*****


さて、旅である。アンガー・マネージメントである。
旅の種類として
アンガー・マネージメントというのは新しい切り口だ。
しかし、現実問題、それが必要だということだ。

そういう意味で、博多は、よか。
ダモシの精神的に、よかった。

在米中の1ディケードの前と後。
一つには近年の己を語る時系列的な分水嶺はこれになる。

要するに1998年以前と2008年以降。

98年以前、一度も行ったことがなかった大都市が、
福岡(博多)だった。

ところが08年夏のニッポン復帰以降の三年半で
今回が四度目の福岡遠征となっているわけだ。
今年は二月に続いて二度目である。

この四度の福岡行きのうち最初となったのは
プライベートでの九州縦断の旅。
その際、<ファミリー向きではない>と博多を評した。

以降の三度はいずれもビジネス・トリップ。
しかも一人ではない。会食も込みだ。
となると、<出張でこそ>という博多の良さが出た。

博多との初邂逅で(ファミリーでの旅)抱いた
誰もが言う<博多はよか>への疑問は、
初めてビジネストリップでの福岡行きを経験した
一昨年秋に解消された。

そうか、と。

博多は、出張でこそだな、と。
それはおそらく北の某国の首都・札幌も似ているだろう。
住んだり、ファミリーでの旅行では良さは感じない。
ところが<出張>で関わると、
途端にその都市の良さが出るというケースだ。

食でいえば九州名物/博多名物群。
今回は、夜、昼の会食で都合、
・ひとくち餃子
・モツ鍋
・呼子のイカ
などなどを食した。

前回は
・かろのうろん

前々回は
・有明のムツゴロウ
・大分の関サバ関アジ
などを食した。

酒も旨い。食も旨い。店の女性も気風がいい。
とくれば、陽気になる。

そして福岡:博多は今、
九州新幹線という絶大なるコンテンツを有すると共に
あの"終わった感"満載だったJR博多駅が生まれ変わり
巨大な施設となった。

まさにJR京都駅の世界だ。

それはJR札幌駅ビルの
目算とアトモスフィアで1.5倍のスケール感。

これらが相まってか、
<何だこの活気は>と忌憚なく思えるほど明るい。
人が動いている。元気がある。

<あぁ、すごいなぁ>と。
素直にそう感じられるのである。

ダモシは関係者に言った。
帰京後も言った。

<博多が今、ニッポンで最も元気があるのではないか>

と。

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台風気流の中、右往左往ならぬ、上下への急降下急上昇のフライトを経て
辿り着いた博多は暴風雨だった日曜日。

ダービーを観て、デスクで仕事をして、夜、駅へ出た。
最新の駅ビル:JR博多シティにて。

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呼子のイカは博多で二度目だ。
刺身を食した後の残りをてんぷらで頂くのがまた、よか。

"呼子のイカ"もオフィシャル事案で関わったコンテンツだ。
感慨もひとしおである。

JR博多駅はリアルに明るい。
善し悪しは別としてここは震災とは別世界である。

<九州は元気でいないと>という九州人の意気は、
それはそれで、よか。

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間もなくミッドナイトの頃合い。駅構内の一部。
最近までの博多駅からは想像もつかない世界観である。

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筑紫口ではない方(中央口)がメインだ。
ミッドナイトを迎える新・博多駅ビル。

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ホテルも優しく明るくダモシをウェルカムしてくれた。
会食で酒を呑み、部屋に戻ってひと仕事。
それを終えてホテルにある大浴場とサウナで汗とアルコールを流して
ミッドナイト前にもう一度、外に出たわけだ。
そして戻り、また大浴場とサウナで汗を流して眠りについた。


*****


九州はオール九州ともいえる鉄道網。
そのいずれもが鉄道ファンには垂涎の特急列車。
さらにそれに九州新幹線がラインナップとして加わったわけだ。

博多基点に、九州各所へ観光特急や在来線、新幹線でつながった。
例えば佐賀の唐津や熊本のヤングレディ&ヤングボーイは
普通に博多に出てきて遊び、夜、特急で帰路につくという、
いずれのホームも多くの人でミッドナイト近くまで賑わっていた。

以下、決して"撮り鉄"ではないダモシが撮った列車群。


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そして九州新幹線。間近で見て、撮ってみて、
この存在感の高さを理解した。

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<さくら>だ<みずほ>だと、名前もまた良い。



*****


2AMに眠り、7AMに起きた月曜日。
朝のJR博多シティ。

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オフィシャル事案のミーティングや交渉等、各所で行い、
博多の総鎮守である櫛田神社へも出向き、
九州案件のオフィシャル事案の成功を祈願する。

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<おっしょい、おっしょい>のかけ声が聞こえてきそうな
博多祇園山笠の飾り山。

JR博多シティには阪急も入っている。
その地下フロアのいわゆる"デパ地下"で
いま話題だという<チューブ式のめんたいこ>を買い、
昼は博多ラーメンだろうよということで
関係者とラーメン店でランチを食すのだが、
ご飯もお代わり、もちろんラーメンも替え玉という有様で
食後すぐに胸焼けが始まってしまうほど大量にまた食してしまった。

空港に着く頃には、オフィシャル事案も終わり、
ほっとしたこともあろうが、
異様に疲れていて、とにかく早く機内に入って座って眠りたい
という状態であった。


*****


ダモシはすこしばかり元気をもらった。
そして、博多滞在中、気分がとても良かった。

前述した通り、この時世にあって、
東京なども未だ毎日毎日陰鬱なアトモスフィアな中、
相変わらず輩たちは、あかん、ほんまにア菅状態続き、
それだけで苛立ってくるのだが、

そういうこととは無縁の世界観が博多には
良い意味で溢れていた。

<明るく元気。そして活気がある>。

これが今回の博多の最大のポイントとなる。
まさに博多にアンガー・マネージメントされたような
ものである。

近々、もう一度、あういは二度、博多には行くだろう。


博多は、よか。

とにかく、よか。




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