2011年07月30日

蝉とカブトムシ


ふぅ…という感じである。
毎日、疲れている。
どちらかといえば心理的な疲弊よりも身体的なものだ。
オフィシャル事案が相変わらずODということもあるが、
この暑さ、というか、異常な気候のせいと、
ここのところ感じている、いささかここにも出ている
横並びニッポン性質が顕著な<猫も杓子も節電>のせいである。


*****


昨日の朝か一昨日の朝か。それすらもう思い出せないほど
時間軸の進みが異様に最近速いのだが、
いずれにせよ一昨日か昨日の、朝。

オフィシャル事案に出かけるために玄関のドアを開けると、
その前に大きなカブトムシと蝉が横たわっていた。

ワイフ曰く、<彼らは生きている>。
要するに"死んだフリ"をしている。
スッカラ菅と同じで、真面目に考えれば考えるほど、
真面目に考える方がバカを見るティピカルな症例。

それが横たわっている蝉とカブトムシでも、ある。

真面目に考える方が、海江田氏のようにバカを見て、
あまりに真面目だから嗚咽してしまうことになる。
嗚咽するなら、その前にブチ切れて
<ふざけるなよ菅直人!>と本人に言えば良いのだが、
それが出来ないのがまさに腐ったニッポンで、

昔の〜古き良き昭和の〜ニッポンは、
サラリーマンであったとしても上司も部下も喧嘩する
意思の強さやプライド、あるいは器量があったが、

今や、ない。今や、ゼロだ。

まあ、いい。

いずれにせよ、横たわっているカブトムシと蝉。

ワイフが常に言っている台詞を覚えているから、
<そうだな。生きているだろうな。
 だから死んでいると思ってちょっかい出したら、
 急に飛ぶぜ>と警戒し、

箒を手にした。

箒で、ちょっとどころではなく、
ヤツが生きている前提でホッケーのスティックで
パックをゴールに弾くかのように
思い切り良くヤツを、まずは蝉から、弾いた。

その瞬間、案の定、蝉は死んだフリをやめて、
元気よく、雷鳴轟かせて、ミミミミミミミィーッ!と
叫びながら、羽音も猛々しく、飛び立っていった。

<ほれ、生きてた>。

次はカブトムシだ。

それも"どうせ生きている"前提で、弾いた。

と、やはり生きていて歩き出した。
<こっちに来るな!>と言ったら、
あっちに歩いて行った。

ダモシは虫が大嫌いなのである。

奴らの、姑息な"死んだフリ"がまた腹立たしいのだ。
そして、他人の部屋の玄関の前で
横たわっているのではないよ!とさえ思え、
そうなるともう怒りすら込み上げて来るのである。

邪魔だ、と。


*****


しかし、それにしても異常だ。ニッポン。

気象がまず異常だ。
七月前半の気狂いのような猛暑。
それは本来、梅雨の期間。
だが、ほとんど雨は降らなかった。

そして梅雨明けとコドモたちの夏休み。
これを起点に一気に天気が悪くなり、
そのポスチャーもまるで梅雨。

ジメジメジメジメマギーマギーマギーのアグリーな日々。
中途半端で、根性のない雨が、
降ったり降らなかったり。降るなら降れよ、と。
北陸や九州のようなリアル豪雨を降らしてみろよ,と。

情けない東京首都圏。

一方で今宵も新潟と福島を筆頭に異常な豪雨。

その間、早くも忘れ去られようとしている、なでしこ。

まったくこの国は…と嘆くことばかり、である。
ニッポンに関してはポジティヴな様相は皆無だ。


*****


そんな状況下、節電というある意味での流行〜トレンドが
別の側面で人々にストレスを与えている。

というか、少なくともダモシとワイフとアントニオは感じている。

<やり過ぎだ>と。

何でもこの国はヒステリックにやりすぎる。何でもtoo muchなのだ。
なでしこフィーヴァーもtoo much。
純粋にスポーツと闘いの部分でのリスペクトを超えて、
すぐにタレント扱いするおたんこなすテレビ・メディア。
テレビ・メディアはもうとくにかくいいかげん
一度、スクラップされよ。
破壊しなければダメだ、テレビ・メディアは。

極論すれば、もはや今の時代、NHKとケーブルだけで、良い。
民放は不要。
あまりにも低俗なコンテンツと中身が多過ぎる。
そこで働いている輩たちはスキルがないのだ。
低レベルのスキルの者たちが我欲だけで仕事をしているから
テレビはここまで劣化したのである。

もう、全員失職すべきだろう。義務を果たしていないのだから。

そのテレビ、そして新聞。これらボンクラ・メディアの
いつものごとくの情報操作によって
too muchに形成された<節電>モード。

まさにモードだ。流行だ。ファッションに過ぎない。

リアルに,本質的な意味での節電とそれは違う。

今朝、東京都庁。

都営大江戸線の都庁前駅から都庁舎へ歩く距離と高低差も
普通に苦である。楽ではない。
<なぜ、こんなに遠いのか>と。

ただでさえそうなのに、節電でアグリー度が増している。

都庁前駅から都庁舎へ行く通路を延々と歩く。
途中、段階ごと地上へ近づくために
エスカレーターと階段がある。
その地上へ近づくための段階が数回訪れるのだが、
そこにあるすべてのエスカレーターが止まっている。
節電のせいだ。

ただでさえ梅雨的ジメジメジメジメマギーマギーマギーな
地下鉄と地下構内を延々と歩いているのに、
高低差の多い(階段の段数の多い)階段を
すべて歩いて上がっていかなければならない。

しかもダモシに限らずビジネスマン、サラリーマンは
重い鞄を持っている。スーツである。
たいへんなのですよ、と。

暑い中、スーツ姿で鞄を持って歩くだけでも大変なのに、
都内のすべての屋外や施設内が冷房が切られている。
あるいは超弱冷房なのである。

まったく間断がないのだ。涼むという一瞬でもあることで
癒される(心身ともに)空間が皆無であり、
逃げ場がないのである。

にも関わらず、さらに階段を延々と、いくつも登らされる。

目的地に着いた時点でもうヘトヘトになっている。
サラリーマン諸氏は汗をだらだらかいている。
息を切らせている。

一体,何だこれは、と。ほとほと、なにをやりすぎてんねん!と。

忌憚なく、そう思うのである。

さらに都庁のエレベーターだ。
八台レベルであるのに、二台しか稼働していない。
これも節電のせいだ。

だから、あれほど人の出入りが多い施設にも関わらず、
たった二台のエレベーターに全員が群がるという
最悪の様相を呈してしまうのである。

しかも、高層ゆえ各階で乗降する人がいるから、
まったくエレベーターは自分のいるフロアに
やってこない。

どないなっとんねん! という感じになる。

ダモシは周りに聞こえるように同行者へ言った。

<やり過ぎなんだよ、やり過ぎ。少し頭を使えよ,と。
 程度っちゅうもんがあるだろうに>。

すると同行者は言った。

<ですよね。でも公の庁舎だから、
 電気を使えば使ったで皆から言われるから、
 極度な具合で電気を使っていないのでしょう。
 要するに体裁ですよ,体裁>。

さよう。

リアルに節電ということではなく、体裁を整えるために、
自ら<都>自身が最もちゃんとやっていますよを
アピールするためにやっているのである。

でも、その分、多くの人が苦しんでいるのだ。
やり過ぎだ,と。いくらなんでも酷い、と。

ムダに疲弊させられる。

これは都に限らずどこへ行っても、今やそうなっている。
だから身体的疲労が多くなるのだ。

そもそも自宅ではほとんど冷房をつけないダモシ軍。

ダモシ自身は特に、
煙草は害になっているとは感じないが
冷房をかけた瞬間、
<うわぁ、この冷房というやつは有害だな>
と感じてしまう上、冷房を少しでもつけているだけで
身体の調子が悪くなるから、つけないのだが、
それ自体、自然に節電になっているわけだ。

思う。声高にパブリックなスペースで節電をやっている
担当者や企業、人その他は、その実、リアルな節電ではない、と。
やっていること自体が。

そもそも思うのだが、そういう彼らこそ
自宅に戻ればキンキンに冷房で部屋を冷やすのではないか?
という大きな疑問を覚えてしまうのである。

節電でさえ、本末転倒。
ニッポンは、何でも問題がすり替わる不思議な国である。

結果、問題のすり替えや本末転倒になってゆくのは、
節電に限らず、何でもこの国はそうなのだ。

すべてヒステリックな同調、横並びへの安堵感と安全性、
何をやっても時流や流行に敏感ゆえtoo muchになってしまう特性
などがもたらす悪癖なのである。

私服やプレイベートでの屋外や施設、自宅の暑さは平気だ。良い。
だが、ビジネスシーンでのそれは大変疲弊する。
ストレスになる。

少なくともダモシはそう感じる。

ビジネスシーンやその時間帯は、せめて、
そういったヒステリックな<節電!節電!>は回避すべきだ。
全面的に冷やせと言っているのではない。
やり過ぎだ、と言っているのである。

冷えているパブリックなスペースがあっていいはずだ。

全部が全部、節電しているから問題なのである。
気が休まらないし、身体に休憩を許さない状況が今の
<猫も杓子も節電>という、

ダモシからすればこれは<悪事>である、と。

ましてや今や、気象庁ちゃんとせえよ?
地震も予知できんかったし、天気予報すら当てられないし、
梅雨明け宣言した後からまさに完璧な梅雨的気候になっている
というコミカルな状況からして、気象庁ちゃんとせえよ?
となるわけだが、とにかくその状況が、今やなのだが、

その、今や、そういった状況下にあるからこそ、
これもまた原発同様に、ある側面では<人災>ともいえるわけである。

この国は良い意味でのバランス感覚が不足している。
それはもうああいった震災を経てすら
未だに分からないという阿呆。

石原都知事の<日本人は皆、バカになっちゃった>発言も、
これまた的を得ているのだが、
<我欲>と<頭が悪くなった>日本人というのは
ある意味で当たっているとダモシも思うのである。

なでしこに対するメディアや一般人のバカ騒ぎぶりと
その直後の飽きっぽさでもそれは証明されているが、
<節電>における例のごとくの横並びとヒステリックな
一方向だけでの物の考え方の稚拙さはこれまた救いようがなく、
声高にこの国もはや<NO WAY OUT!>と叫びたいところである。

あぁ、情けなや。

海江田も海江田で、気持ちの少しは分かるが、
それでも<泣くなよなぁ…>という感じになってしまう。

ワイフも<泣くなよぉ…>と苦笑していたが、
この国の青少年への悪影響をもう少し考えて欲しい。
海江田の苦しい胸の内は分かる。
当然、同じ立場にないからすべて分かるとは言わぬが、
この状況では真面目な海江田はさぞ苦しいだろうな
と想像することは出来る。

それこそあのスッカラ菅に真面目に対峙してしまうと、
心も身体も病んでしまうほど、
スッカラ菅はもはや気狂い人なのだが、
それでも泣くなよ,と。

そんな姿を見せるから、コドモが大人をリスペクトしなくなるのだ。

怒れよ海江田! と言いたい。
苦しくて泣くのならば、
その悔しさや怒りを対象となる相手にぶつけろよ、と。
忌憚なくそう言いたい。
ケンカしたっていいじゃないか、と。

ニッポン人は、いつからケンカも出来なくなったのか。

皆、悪い意味での気を遣い過ぎ、でもその裏には皆、
並々ならぬ<我欲>を持っていて、と、あまりにもアグリーだ。

ひどいね、ほとほと、と。

この最近の毎日の天気も、史上最悪級だ、と。

何だかもう、ほとほと、米国在住を経てのニッポン。
年々、救いようがなくなってきているのだが、
これもずっとニッポンだけで生きていたら
おそらく気づかないことだろう。

ここが、ニッポンとニッポン人の本質的なポイントのズレ
なのである。

外を知らないから、内も見えない、という。
最悪の構図。

これがすべての元凶である。


かつての、戦後から昭和30年代。
そしてぎりぎり田中角栄の日本列島改造論まで。
長嶋茂雄の引退まで。

ニッポンの黄金期。江戸時代の文化隆盛期につづく、
そしてこの国最後の黄金期が、その時代だ。
以降は、衰退の一途だが、
その黄金期の東京オリンピックや東京タワー、
東海道新幹線、東京モノレール、首都高速・・・

肉体と精神が伴っての成長。
中身が伴っての夢の伸長。

それが、あの時代のポイントだ。

今も、東京スカイツリーがほぼ完成したが、
そこに夢は感じられない。

中身が伴わない、未だ成長が伴っていないのに、
経験も頭脳も筋肉も乏しいのに、
背丈だけ異様に伸びてしまったコドモ的な感覚を

東京スカイツリーから見受けられる。

ダモシはそう感じてしまうのである。
あれをまた目にした瞬間。

<中身が伴っていないガキだな…>と。

その姿はまさに近年のニッポンの若者と同じだ。
背丈だけ妙に伸びているという。
だからダモシよりも背丈が高いヤングボーイが
ごろごろいるのだが、
それがまた揃いも揃って覚悟のないボンクラ顔で、
内実はひ弱で、実態としての筋肉もなく、
ただのひょろひょろという最悪の構図。
こんなふうにニッポン人の体格はなってしまったのか?
なぜだ?と思わざるを、ここでも、得ない。

まさに東京スカイツリーは、あらゆるニッポン現代の
悪い部分の合わせ鏡に、ダモシには見えた。見えるのだ。

それに比べて、東京タワーは重みがある。中身がある、と。


072911a.jpg

<はいはい、高いね>としか言いようがない。

西新宿摩天楼、
ニューヨークのワールドトレード・センター、
エンパイア・ステートビルなどを初めて見た瞬間の
驚愕にはまったく及ばない。

この無味乾燥としたアトモスフィアは一体、何なのだ、と。

中身がないからだ。


072911b.jpg

梅雨空の東京。両国国技館を見下ろす。
気象庁の<梅雨明け宣言>は間違いだったのではないか?
忌憚なく、そう思える。

実は、今週がまさに<梅雨本番>なのではないか? と。


072911c.jpg

両国国技館の左手に江戸東京博物館。向こう左手に東京タワー。
右手に富士山が見えているのだが、
この写真では分かりにくいだろう。でも、見えている。

072911d.jpg

東京タワー。やはり、東京タワーである。重みが違う。
時代背景が違うからしょうがない、というなかれ。
今という現代を"そういう時代"にするよう努力してこなかった
現在のニッポン人すべての責任である。

存在の、あまりにも耐えられない軽薄な現代という時代。

"時代"を鍛錬してこなかった、これはすべての国民の罪である。


*****


マフラーは修復されて、ダモシ不在の間に戻ってきたようだ。
まだ対面していないが、
アントニオによれば<マフラーがついているよ>とのことだ。

忌憚なく褒めたアントニオは、
夏休みの宿題をすべてもう終えた。

積極的に自ら毎朝、起床してから午前中に宿題にとりかかり、
それを毎日続けていることで
もう既に夏休みのそれをすべて終えた、とのことで、
その報告を受けたダモシは大いに褒めたところである。

タレント事務所のレッスンはもとより、
空手も稽古がない日でも毎日自宅でやることを
夏休みの課題にしているが、
これも積極的に取り組んでいるようだ。

明日はダモシ主導でスポーツセンター貸切で稽古だ。
他のメンバーもダモシ軍特訓に、合流するようだ。
来週の大会のためと明後日の演武会の演武練習のためだ。

疲労著しいが、また今週末もアントニオのイベントで
ダモシも大いに関わって携わる中で、
合間を縫ってオフィシャル事案の仕事もしなければならず、

これまた読書で一行すらも読むことはできない
という惨状になりそうである。

たまにはダモシも、カブトムシと蝉になって
死んだフリしやふか?と思うが、
それが出来ない性分で、何でもフル稼働してしまい
手を抜けないのは自業自得だから致し方ない

と、あきらめるしかないだろう。

それでも少しは褒められれば疲れも癒えるが、
毎度毎度誰もダモシのことは褒めないので、

オールウェイズ、ダモシは自分で自分を褒める。

そうして疲れを癒すのだ。

さもなくば、マフラー消失のやうな
破廉恥な事態を引き寄せてしまうのもまた
ダモシの性の成せる自業自得に至ってしまうから厄介なのだ。

ほとほと、蝉とカブトムシになって
ボーッとして何も考えなくて良い、
ただただ本や映画を観て過ごすことができる
"一時間"でも欲しいところである。



posted by damoshi at 00:54| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月25日

17-ice


ブランド名は、Seventeen Ice。セブンティーン・アイスである。

そもそもアントニオが、
道場での練習終了後、その外にあるヴェンディング・マシーン
にあるこのアイスをやたら好んで食べたがっていたのだが、

このマシーン、そこそこのエクスポージャーで、
各所に設置されているのである。

しかも痒いところに手が届くといっても良い適切な場に置いてある。

調べてみると学校、ショッピング・センター、ホームセンター、
スポーツ施設、ボウリング場、ブール、スーパー銭湯、病院、駅、
レンタルショップ、家電量販店、高速道路のSA、動物園、公園、
遊園地などなど、
<アイスが食べたいなぁ>と消費者がより感じるような場に
設置されている。

本妻復帰後の夏の恒例である拙宅近隣の区民プールでの遊戯。

先週は土曜日と月曜日、今週は今日。
自転車で数分の屋外区民プールへアントニオと出かけたわけだが、
ここにもある。

当然、もともと好きなアントニオはプールから上がって、
自転車で帰宅する前に、ここでアイスを食べたいと思う。
というか、プールでダディと遊ぶこととアイスを食べることは、
コドモにとってはセットになっている。

ダモシも食べる。と、これが旨いのである。
このセブンティーン・アイスがたいへん美味なのである。

そして、まさに消費者便益を満たしてあまりある
プロダクトになっていて、
これはきっちりとしたマーケティングが施されているのだなと
感じられるモノなのである。

これだ。

17ice.jpg

このヴェンディング・マシーンは見たことがあると思う。


セブンティーン・アイスが提示する消費者便益。

A. ヴァラエティ豊かなラインナップ
B. どこでも気軽に食べられるワンハンドタイプ
C. 年齢やシーズンに合わせた商品展開
D. セブンティーン・アイスだけのオリジナル商品
E. 一品ごと、こだわった個性派アイスである

という五点が主なコンスーマーズ・ベネフィットである。

その「信じられる理由」は、

A.
バニラやチョコレートなどの定番のみならず、
フルーティなシャーベットやモナカなど
ヴァラエティに富んでいる。

B.
スティックタイプ、コーンタイプ、モナカタイプなど、あり。
いずれも、どこでも気軽に片手で食べられるスタイル。

C.
オトナもコドモも楽しめるラインナップ。
シーズンごと季節にマッチした新アイテムを投入。
通年で飽きずに楽しむことができる。

D.
品揃えのみならず、形状、品質も、
ヴェンディング・マシーンのためだけに作られた
ここだけの味。

E.
こだわりの味。バニラも単なるバニラではなく、
バニラビーンズ入りのバニラアイスに
メープル風味を隠し味として加えている等。

となる。

いずれもそれは食べてみれば分かる。
ヴェンディング・マシーンを見るだけでも分かる。

バニラやチョコレートだけではなく、
宇治抹茶ラテや檸檬のチーズケーキ、カスタードプリンなど、
オトナが喜ぶフレイバーも取り揃えている点は秀逸だ。

ダモシは先週は、檸檬チーズケーキとパインのシャーベットを、
今宵はワッフルコーンのいちごをチョイスしたが、
これまたいずれも美味である。

そして、ワンハンド。これは大きな便益である。

特に公共スポーツ施設やプール等で身体を動かした後、
帰宅する前にほっと一息、暑い夏に屋外で食べるアイスとして、
片手で食べられる利便性は大きなポイントである。

ダモシもアントニオと二人、自転車置き場や公園広場で、
自転車に乗って帰宅する前に、
立っておしゃべりしながら片手で食べる。

楽なのだ。食べるという作業が。

夏という季節性に合わせた季節商品としての
すいかのシャーベットやパインのシャーベット、
ホワイトサワーにクールサイダーといった
フレイバーが並んでいるのも見事な所作。


アントニオのみならず、
ダモシも、完全にハマってしまったわけである。

このアイテムの手法はマーケティング的にも成功例と
認められる。実にきちんとしたマーケティングが
行われていることは、ダモシもその仕事をしている関係上、
よく分かるのである。

これは認めて良い、すばらしい商品とその展開である,と。

また、この商品の体を表すキャッチコピーが良い。

キャッチコピー/ヘッドコピーは、
本質的な消費者便益を表現しなければならないのだが、
ここでもその手法はきっちりと採られている。


<ここだけの、笑顔アイス!>。

実にお見事である。

このシリーズ、本当に美味しいので、是非お試しあれ。
 

kokodake.jpg



posted by damoshi at 00:18| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月24日

マフラー消失


昨春に車検。

先代が丁寧に乗っていたことで年数に対する
経年劣化は見られず、好状態を保っていた車。

ダモフィーロになってから、
わずかフルイヤー三年で五万km走行と酷使されている。
北の某国の雪山や吹雪道、最北端から
南相馬等の被災地の瓦礫の中までたいへんタフな
ロードムーヴィーを共にしている。

今年はダモフィーロ受難の年である。

後部左ドアの全取り替え等で約八万円。

そして今度はマフラーである。


*****


アンガーマネージメント・ツアーで
奇妙なことに同じことが二度走行中に起こっていた。

南相馬へ行く際と、先々週の東海北陸遠征時。

二度とも東名高速に乗った途端に起こったことだ。

前を走る/斜め前を走る大型トラックの
いずれも右後部タイヤが突然破裂し、
二度とも臨機応変に避けたものの、破裂の際の衝撃で
飛び散ったパーツその他が、
間違いなくダモフィーロの車体下に飛び込んでいた。

こんなことは長いドライヴィング経験の中でも初ケースで、
それが近い期間に二度も起こるという
何かのサイン。

そして南相馬の瓦礫の中の走行。

これらが何かしらの遠因もしくは直接的な要因と
なったと考えられるのだが、
先の東海北陸遠征時の北陸道走行中に
ドライヴィング音の違和感を覚えた。

まるでそれは暴走族あるいは走り屋の
マフラーを改造した車のような音。

グゥウオーン、グゥォン!という爆裂音。

<イヤだな、この音。
 いい歳して、そういう輩と思われてしまう…>。

先々週の栃木・群馬遠征時、
オフィシャル事案関係者を同乗させるべく
待ち合わせ場所でピックアップに向かったが、
その関係者が乗り込んでいきなり言った。

<マフラーでも改造したのですか?>と。

やはりすぐ気づいたようだ。

<マフラーに穴が開いたのかもしれませんね>と。

この件はワイフには内緒にしていた。
本来であれば先の三連休で近所の修理屋さんへ持っていき
見てもらわなければならなかったろうが、
正直、面倒だったのである。

そして先週の月曜日、
空手の特訓へ向かうべく久しぶりに
ワイフとアントニオを車に乗せる際に、ダモシは告白した。

<マフラーが穴が開いたかで、おかしいのだよ>と。

ワイフもアントニオもその音を嫌悪した。

<まるで暴走族だ>と。

<一緒に思われたくない。
 こんなのに乗っているのは恥ずかしい>と。


そして、叱られた。
<なぜ、すぐに言わないの>と。
<三連休の時に直せば良かったでしょ!>と。

告白した後、ワイフの主導で修理屋さんへ持っていった。

やはりマフラーが二ヶ所やられている、と。
その部品代や何やらで八万円程度かかる、と。

痛手も痛手だが、致し方ない。
直さざるを得ない。
部品を注文し、修理を依頼する旨を伝え、
その部品が届いたらまた車を持っていくということに着地した。


そして、昨日である。


*****


昨日の朝、早朝から大会会場へ向かったわけだが、
どんな地方でもナビなしで迷うことは99.9%あり得ず
常にスイスイ目的地にたどり着くダモシなのだが、

時々、近場や首都圏なのに、なぜか妙にハマってしまい、
その目的地を中心にぐるぐるぐるぐる迷ってしまう
ケースがある。

その典型例が昨日の朝。

会場まで本来であれば(混んでいても)45分程度で着くところ、
二時間を要してしまったのである。

ある意味で、右往左往。行ったり来たり。
まったく目的地にたどり着かなかったのである。

その迷っている途中、ある住宅街を横切って、
一軒の家の前の広いスペースでUターンしようとした。

バックしてそのスペースに入り込んで、
そこからハンドルを切って向きを変える。

そのUターンすべくハンドルを切って少し前に出た瞬間、
ものものしい、かつて聞いたことのない
爆音〜鐵のようなものがダモフィーロの底部分と接触し、
それでも無理に前へ進もうとするダモフィーロを行かせず、
では、とばかりに再びバックすると
何か大きな塊がダモフィーロの底にめり込んでいて
必死にダモフィーロがそれを取り除こうとすることで
広がる歪なサウンドの波紋。

<な、なんだ!いったい!>。

ワイフが叫ぶ。<あっ!何か落ちてる!>。

ダモフィーロ底と何か大きな鉄の塊のせめぎ合いは済み、
その物体そのものがダモフィーロから遊離したのである。

<ゴミだろ、ゴミ>と、ちょうどその位置がゴミ捨て場
になっていたことから無視しようとするダモシ。

ワイフは<あれって、マフラーじゃない?>と半信半疑になっている。

見れば完全に錆ついた鉄の塊のようであり、
たしかにマフラーと言われれば、そうとも思えなくもないが、
ここで起こっていることや見えるモノに対して
この時のダモシは差し迫っている大会の開会式時刻と
そこに未だ到着していないこと、迷って走っていたことなどから、
存分な反応をとることが出来なくなってきていた。

<(そうかもしれないけれど)
  そもそもマフラーが獲れて外れて落ちてしまう
  ことはないだろう>

という、そもそも論的な見解でいたため、そこに齟齬が生じたのである。

<マフラーというものが外れて落下することはあり得ない>
という認識を持っていたからだ。

<マフラーだよ、マフラー!>と叫ぶワイフを無視して、
且つ、大音響に驚いて出てきていた住民の
驚愕の顔を無視して、

爆音を轟かせてダモフィーロはその場を走り去った。

夕刻。

大会でブチ切れて帰ってきた地下駐車場に
ダモフィーロを停めた後、すぐに降りたワイフが
マフラーの位置を見て叫んだ。

<あっ!やっぱりマフラーだった。マフラーがない!>

<なにっ!?>。色めき立ったダモシはすぐに降りて
マフラーのあるべき位置を見る。

と、そこにはマフラーがなかった。

<あっ!>とダモシも叫ぶ。

と、次の瞬間、ワイフ、アントニオ、ダモシで大爆笑が轟いた。

<ワハハハハハハーッ!>。


*****


すぐに修理屋さんへ電話して、マフラーがなくなった旨を告げると、

<危険だからすぐに持ってきてください。
 代車をお貸ししますから>と言う担当者。

急いで持っていくと、社長以下、作業員が待ち構えている。

ダモフィーロを停止させてエンジンを切ると、
一斉に後部に集まって部位を見入る全員。

<あっ!本当になくなっていますね!>と一人の係員が言うや、
その場の全員が爆笑に包まれた。


<アハハハハハハハハハーッ!>

<キャハハハハハハハハハーッ!>

放置したと言えず、
車で出かけていて戻ってきて気づいたらマフラーがなくなっていた
ということにしようと口裏を合わせていたダモシ軍。

ダモシが皆に説明する。

<R-246を走っていて、何か凄い音がしたのですが、
 まさかマフラーが外れてなくなっていたとは思わなかった>。

<本当にこんなことがあるのですね…>と
修理屋さんの女社長は言いながら、顔は笑っている。


前回の修理時の内容も、ある意味でお笑いで、
ダモシの不注意で後部ドアを全壊的状況にしてしまって
いたわけだが、

それに輪をかけて、
トラックのタイヤ破裂のトラブルによって被った
マフラーの穴開きとダメージ事案の最中の

<マフラー消失>。

すっかりとダモフィーロの、"その部分"は抜け落ちている。
本来、顔を出しているはずの丸い金属パイプの穴が
すっかりなくなっている。

そのポスチャーは、笑うしかないわけである。

しかも、マフラー丸ごと消失するほどの事態に
陥っていながら、気づかない鈍感力。
これに対する彼らの笑いも当然、あっただろう。

笑いの渦はいつまでも続いたが、

代車として提示されたミニ車にダモシが乗り込んだ瞬間も、
また大きな笑いを誘った。

なにしろ、ダモシには狭過ぎる/小さ過ぎるのである。
"そういった"小さな車は。

<俺に代車を貸すの、イヤだろうな>とダモシが事前に言った際、
ワイフは、
<どうでもいい、壊れてもいい車を貸すわよ>と
自信満々に述べていたが、

その通り、数十年前、それこそ1ディケード単位ではなく、
3ディケード単位での昔のタイプの、
小さな小さな車を貸与されたのだった。

しかも運転席に乗る姿をも笑われるような。

かくしてダモフィーロは昨夕、緊急入院した。

明日以降で手術が行われる。
引き取りはウィークデイは難しいため
次回の土曜日になる公算が高い。


*****


ダモシはかつてバイクにも乗っていたが、
そもそも車もバイクも詳しくない。

基本的には、中学校でいえば"技術家庭"科目は苦手で
インタレストも皆無だったのだが、
それに準じるような、いわゆる<メカ>系にも
まったくインタレストがない。
今も昔も。

だからバイクも車もその運転歴と累計距離は
とてつもなく多いが、
メカ含め、バイクと車に関する知識がゼロなのである。

だからマフラーというものが外れて落下するなどということが
起こるのだということも知らなかった。

音がおかしいと気づけば、
人に言われて
<マフラーに穴が開いているのでは?>という
可能性の示唆があってはじめて
<あぁ、そうなのか>と思うレベルである。

だからマフラーの形態/形状/ポスチャー自体知らなかった。

ゆえに、落下した物体を見て
ワイフが<マフラーでは?>と言った際も、
あんなに錆びた金属の塊のようなものが
車から落ちるわけがないし、マフラー自体がそんなものではない
と理解して、
<ゴミだろ、ゴミ>と解釈していたわけだ。

代車を駆って、そのまま家族三人で、
ズルによる敗北を受けた残念会を
"田園都市エリアにあるアメリカ"といえる
アメリカン・ダイナーへ出かけて行って帰宅した後、
インターネットで<マフラー>の写真を見た。

ダモシは<あっ!>と言って、
そのままMacのノートブックをワイフのところへ持っていき、

<やっぱりマフラーだったのだな。ほれ、これがマフラーだ!>
と見せると、

ワイフはまた爆笑し、
<ほら、やっぱりあそこに落ちてたの、マフラーだったでしょ!
 ほんとに、いいかげんなんだから!>と叱った。

mfr.jpg

これはそのマフラーではないが、
落下した物体はまさにこの世界だった。

これをダモシはマフラーとは知らなかったし、
そうは思わなかったのだ。

社長は言った。

<音が変わったりしませんでしたか?>。

派手な爆音は落下後も変わらなかったし、
普通に走っていたから、よけい分からなかったのだろう。

社長は続ける。

<警察に捕まりますから危なかったですよ>と。


*****


とまれ、年数的にも厳しいのだろう。

だが、言ってしまえば
走行距離は未だ8万kmに達していない。

そしてダモフィーロを好んでいる。
さらには先代の意思も継いでいる。

車を買う経済的な余裕もないこともあるが、
気に入っていることが最大の理由である。

だから、ずっと乗るつもりである。

<もっと大事に乗らなきゃ>というワイフのお咎めはごもっとも。

マフラーが直ったら、
掃除含めて今一度、きちんとダモフィーロを
きれいにしなければと思うところである。


damoferofukui.jpg

今月上旬、豪雨の三国駅前(福井県)に佇む
ダモフィーロ。

確かにダモフィーロになってから、
猛吹雪、雪山、瓦礫の中、リアル豪雨の中など
繁華街から無人駅周辺、限界過疎まで
あらゆる場所に出没し、佇んでいるダモフィーロは、
たいへんな消耗をしていると思う。

よく走ってくれている。もっと優しくしなければいけない。



posted by damoshi at 14:27| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

ズル。



近年では、ボクシングの亀田興毅戦が、
ホームタウン・ディシジョンといわれ騒動になった。

ボクシングなどの判定、フィギュア・スケートのような採点、
審判の笛など、勝負を決する、あるいは左右する要素において
人間の主観が一方へのみ偏るケースである。

特にそれは主催者側、開催地側
〜すなわちホーム側〜に顕著な傾向である。

というかその側にある者のみが、それを用いることができる。
そもそもアウェイ側は、ホームタウン・ディシジョンを用いる術はない。
主催者でもないし開催地、開催国でもないからだ。

主催者Aがいて、
そのAの傘下のコンペティター(選手)が99.99%を占める
主催者側が用意した会場。そこにいる応援団もA側が99.99%。
むろん組み合わせ等もAが決める。

こういった環境下においては、ヒトとしてやってはいけないのは、
このホームタウン・ディシジョンである。
だが、スポーツという、本来的には公明正大であるはずの種目で
それが往々にして見られるのは、どうしたことか。

亀田の例をとるまでもなく、
近年では五輪などの舞台でもそれは起こってしまう。

昨年のアジア競技会(中国・北京開催)/柔道女子。
ニッポンの福見は終始試合をコントロール。
逃げる相手を転がす。判定で圧勝と思われたが、旗は相手の中国選手に挙がる。

数年前、男子ハンドボールの北京五輪アジア予選における<中東の笛>。
クエートを勝たせるために対韓国の試合のレフェリーを
中東ヨルダン人にゴリ押し変更した上で、
試合開始後も韓国側へファールの笛連発という破廉恥な所作を働いた。


*****


今宵のアントニオ、
これがダモシとしても中東か中国か
いずれにせよ"その方面"の国に行って単騎で闘っているのか
と感じずにはいられないほどのホームタウン・ディシジョンに遭遇した。

武道で、これがありなのか?と。
バチバチとガチンコでやり合っている格闘技で、
これはいかんだろうよ、と。

そういう世界である。

勝った方がかわいそうになる。キョトンとするのだから。

当然ながら、
ホームタウン・ディシジョンには、
それをする側にはするなりの意図と理由がある。

勝たれては困る理由があるのだ。
勝たせたいスターがいて、それが強い場合、
シードにするのは当然だから、それはズルではない。
だが、その選手の弱点を見抜き、標準を定めている外様が
同じ土俵にいる場合、その対戦を避けようとするのもまた当然。

"物事をいじる"ことができる唯一の存在は主催者側である。

主審一名、副審二名、当然すべて主催者側。
応援も99.99%、主催者側。
コンペティターも、アントニオを除きすべて主催者側。

敗北の場合でも納得できる部分や相手が強ければ、
それに対する敬意もきちんと忘れないのが
ダモシ軍の流儀であり、それは武士道、武道家魂でもあるべきだ。

ダモシも、そしてワイフも珍しくブチ切れるほどだから
分かりやすいわけだ。
そこに明らかなる誤審やホームタウン・ディシジョンがなければ、
ブチ切れることはない。

誤審は過去数回遭遇し、後にそれを相手側も認めたが、
決してダモシ軍は己が身びいきはせずに
ニュートラルに見ているから、「相手が上だった」時は
これまでも素直に認めてきていることは
当欄が証明しているわけだが、

今回はここまで露骨なホームタウン・ディシジョンに遭遇したことがない
という意味で、ブチ切れと共に
二度とこういう大会には出ないよう自ら注意しなければと
肝に命じることになったわけだ。

ビデオでもきっちり検証した。そこに冷静なニュートラルがある。
だが、ここまでの経験上、勝ったか負けたか怪しいかは、
現場で観ていれば分かることで、
現場で「普通に勝ったな。さあ次がヤマだぞ」と感じている中での
ホームタウン・ディシジョン判定に、
忌憚なく、ずっこけた。
はぁ?と。どこをどう見ればあちらの旗が挙がるのよ、と。
そういう世界である。

では、ビデオ検証の結果はどうか。

■パンチの有効打:(手数除く)
アントニオ38発vs.相手16発
(延長)
アントニオ38発vs.相手9発

合計で76発vs.25発。

■ロー、ミドル、ニーなどのキックの有効打:(手数除く)
アントニオ25発vs.相手5発
(延長)
アントニオ15発vs.相手5発

合計で40発vs.10発。

トータルで116発vs.35発。

では、これが仮に身びいきだとして、
あえてここから
アントニオの有効打だけ三割を割り引いてみよう。

それでも81発vs.35発。圧倒的な差である。

且つ、上記に含めていないものとして、
これまでの各種大会での経験値から
「技有り」になるハイキックは四発ヒットさせている。

それらすべて技有りの旗を挙げず、判定に持ち込ませ、
そこでも延長へさらに持ち込ませた上で、
相手に勝たせる所作は一体、なにごとか!

と。

延長へ持ち込ませる判定をされた本戦では、
副審Aは引き分け、副審Bはアントニオに挙げ、1-0。
ここで普通に主審がアントニオを挙げてしかるべきところ、
なぜか相手側に挙げている。

それによって延長になったのだが、延長での有効打と
本来であれば技有りになるハードヒットがあったにも関わらず、
判定に持ち込まれ、そこでは、
副審Aがアントニオを挙げたのだが、
なぜか副審Bが相手を挙げ、主審が本戦に続いて相手側をとった。

一体、何なのだ、これは、と。

ここから分かることは「主審」に何かしらの抱えている問題があった
ということである。

副審は、ホームタウン・ディシジョンなくフェアに裁定した可能性は
この旗の挙げ方を見れば分かってくる。
特に副審Aの方は。副審Bは経験不足と見なすことができる。

本戦でアントニオをとったのであれば、
延長でもアントニオをとらなければ説明がつかなくなるからだ。
技有りに値する打撃が一本あった上に、
有効打の数も延長に入っても差は詰まっていない。
差以外でも、その有効打の延長に入ってからの減少具合を見ても明らかだ。

アントニオは63発から53発への10発減。
延長の場合、時間が30秒少ないことを考えれば減少は当然だが、
その減少の割合が限りなく少ない。
90秒での63発、60秒での53発。
単純計算で有効打一発に労した時間は1.429秒の本戦、
同じく1.132秒の延長では、
有効打一発当たりに要した秒数の誤差は、たったの0.297秒であり、
延長に入ってもアントニオの攻撃が衰えていないことがこれで分かる。
そもそも延長に入ってスタミナが落ちるアントニオではない。

対する相手は、どうか。
本戦での有効打数は21発、延長のそれは14発。
有効打一発当たりに要した時間はいずれもぴったり4.286秒。
相手も延長に入っても衰えていないことが分かる。

アントニオが仮に延長に入って劇的に衰えたのであれば
数値的な面からの説得力は生まれ得るが、
それがほぼゼロである上、その数自体の差が圧倒的なのである。

ここでなぜ、副審Bが本戦でアントニオをとっていながらも、
延長で相手側をとったのかの説明がつかなくなるわけである。

要するに、<主観>なのである。

そして主審。これはもう完全に<主観>である。

その主観は且つ、己が仲間を勝たせるというハナからの意図がある上での、
偏った<主観>である。"こっちの勝ちだ"という。
技有りはとらないでおこう。
KO以外はこちらを勝たせることができる、という。

そうでなくては、説明がつかない。

それ以外で説明が成り立つとすれば、
それはもう<誤審>以外にはあり得ない。

ズルか、誤審か。それはまた表裏一体であると共に、
いずれにも誤摩化すことが可能である。
いずれにおいてもその根底には、
偏った意図が流れるホームタウン・ディシジョンである。

<ズルだろ、これ!>とダモシがブチ切れるのは言うまでもない。
アントニオもなぜ負けたのかまったく納得がいかない。
当然、泣いている。

技有りで勝っている。判定でも普通に勝っているべきだ。

こんなことをしていては、ダメだろうよ、と。

試合後、ダモシはアントニオに言った。

<スポーツにおいてはこういうことは、ままある。
 要するに、ズルをすることだ。ズルをしちゃあ、いかん。
 俺らはしないようにしよう。大人は、ズルをするんだよ>。

まさに、中東の笛ならぬ、なんとかの旗。
ゴッドハンドが泣くぞ? と。

まあ、もう二度とこういうことをする主催者の大会には出ない。
それで良い。
苦々しい想いは消え去らぬが、
こちらは常にフェアに堂々と闘うだけである。
ズルして勝って何が得られるのか,と。

そもそもだが、<オープン>にする大会か? と。大いに疑問を覚えた。
コンペティターの99.99%が同じ団体。
これは<クローズ>の大会で、内輪の大会にせえよ、と。

<内輪でやってろ!>とキラーと化したワイフは、どやした。

ほとほと、大人はアグリーである。

"どうりで"他の団体からの選手が皆無だと思ったのである。
こういうことだから
他の団体はもう参加しなくなっていたのだろう。


*****


今宵、
我々に対するこのホームタウン・ディシジョン
〜或いは説明が成り立つ唯一の事由=誤審〜を被って、
メジャーな近年のスポーツにおける類似ケースを想い出した。

一つはソウル五輪のボクシング。

後に階級を超えた最強の称号である
"パウンド・フォー・パウンド"の一人にまで上り詰めた
ロイ・ジョーンズJr.が、ソウル五輪決勝で地元・韓国の選手と闘い
ホームタウン・ディシジョンで敗れた試合。

有効打=ジョーンズ86-韓国選手32

という圧倒的な差。

且つジョーンズは、技有りに該当するダウンを二度奪っていた。

しかし判定は、2-1で韓国選手の勝利。金メダル獲得。

後の調査で、審判団が買収されていたことが発覚した
忌々しい事件である。

これは明らかなる、ズルである。


ズルか誤審か、いずれにも誤摩化すことができるケースが、
シドニー五輪/男子柔道における篠原信一vs.ドゥイエ戦。
記憶に新しいだろう。

例の"内股すかし"である。

この時の審判の構成は、アントニオのケースと同じだ。
判定の不可思議さもまた同様。

主審一名。副審二名。
篠原の内股すかしに対して、
副審Aは篠原の一本をとり、
もう一人の副審は相手のドゥイエの有効をとる。
そして主審もまたドゥイエの有効をとってしまった。
篠原の一本勝ちの判定は消え、
有効を得たドゥイエが結果、判定で勝って金メダル。

はぁ? という事件である。
山下泰裕(当時監督)も猛抗議したが、判定は覆らない。
後に、"誤審"は認められたが、ここでも当然判定は覆らない。

だが、この時は誤審という着地は見たが、
果たして誤審か?という疑問は残っているわけである。
それが表裏一体にあるズルであり、
ホームタウン・ディシジョンである。

ドゥイエに対する主審・副審に
何かしらのホームタウン・ディシジョン的な所作は
働かなかったのか?と。

実際、篠原vs.ドゥイエにおける、
ドゥイエの母国フランス開催の世界選手権でも
不可解な判定で篠原は涙を飲んでいるようだが、
その際の審判がこの時と同じだったということであるからして、
大きな疑惑が残っているのは否めないのである。

ヒトが行う判定である。

前述したように、<主観>が入る。
それは入って当たり前だが、知人友人己がコドモ、仲間に
対してアドバンテージになる主観が入るのは、間違いである。
それをなくしたところで本来は判定しなければならない。
それが審判として関わる場合の覚悟である。

ヒトとして考えた場合、
己がコドモや己が道場の選手が試合に臨み、
その審判を己がする場合、
互角なら相手側をとるのが常識だろう。
明らかにこちらが勝っている場合以外は、
少々の優位だけなら逆に相手側をとるくらいの気骨と厳しさ。
これがなければ、本来はダメなのである。

だが、もはやこうなってしまうと、
<互角なら負けと思う方が良い>し、
極論すれば
<KOしなければ相手側有利な判定になる>と思わなければ、
やっていられなくなる。

ところが、誰もが分かる通り、
そう簡単にKOというものは出来るものではないのだ。

だからこそ、いかようにも操作できるのが<判定>ということになる。


想い出すのは、明らかなるズル。

2006年のWBCでのアメリカ側の審判"ボブ"の暴挙。

当時のダモログでも
<米のズル>として大きく取り上げたと共に
ベースボールx米がズルという情けなさに嘆いたが、

当時<誤審>と捉えられた"ボブのアレ"は明らかにズルであり、
ホームタウン・ディシジョンの最も分かりやすい事例として
今もなお残っている。


都合の良い逃げのエクスキューズ。

それが<誤審>である。

審判という存在が下す判定は覆らないという大前提を
隠れ蓑にして、審判はやろうと思えば、いくらでもズルが出来る。

そこが判定競技/採点競技が常に孕んでいる大きな問題である
ということがいえる。


表題は、あえて<ズル>とした。

誤審とズル、ホームタウン・ディシジョンはそれぞれ独立した言葉で、
異なる意味を持ってはいるが、

しかしその実、それらは三位一体になっているのである。

応援云々などのアトモスフィア的な部分における
アウェイなんぞ、どうこうない。逆にこちらが支配する。
こちら色に、その時間だけでも染める。

だが、奇妙な地位性を持っている
<審判>という存在が"握っている"部分をも支配することはできない。

唯一の方法は、すべてにおいて圧倒的な有無を言わせぬKOだが、
事実上、それはあり得ないのである。

そもそも論だが、裁判官、裁判長しかり、こういう審判しかりだが、
彼らのような存在に、
あまりにも過度にその地位性を付与することは危険である

と、性悪説派のダモシは、具体的にこういうことに遭遇すると、
さらにその念に思いを強くするわけである。

公明正大、公正、清々しさなど
多くの清冽なるキーワードを抱えるスポーツを考える時、

三位一体となっている
ホームタウン・ディシジョン、誤審、ズルの存在をも、
もとより考察材料として踏み入れておかなければならない
ということである。


とにかく、ズルはいかんよ、ズルは。



posted by damoshi at 22:40| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

venture



まさにヴェンチャーである。
ベンチャー企業のベンチャーではない。

venture deep into enemy territoryである。
単騎、敵陣深く乗り込む。
そういった世界観が今回のアントニオと我々の闘いになる。

極真系の大会だから当然といえば当然だが、
組み合わせを見たら、揃いも揃って皆、その選手だ。
アントニオ以外、すべてそうなのだから思わず笑いが漏れた。

これぞ完璧な、ある意味で道場破りにして、単騎での完全アウェイ乗り込み。
ここまでキレイにパーフェクトにアウェイであれば
逆に気持ちが良いし、もうこれは開き直ることができる。

なにしろアウェイといっても"なでしこ"には
応援してくれる人が大勢、いた。
だが、この場合、皆無である。周りがすべて相手側なのだ。
"なでしこ"以上にタフなシチュエーションである。
逃げ帰ってもおかしくはない環境である。

応援してくれる者もいない、完璧な単騎である。

これは、逆に清々しい。逆に、楽しみだ。

今回はかつてないタフな闘いになるだろうが、
ダモシは今回はあえて今の流行に乗っかって
"なでしこ"の監督チックにいこうか、と。

試合前にオヤジギャグの一つでも言ってみやふ。

うまく勝ち進めば準決勝で極真系の全国王者と当たる。
身長差にして10cm以上。圧倒的な体格差だ。
だが、この対決に持ち込みたい。

弱点は掴んでいる。

むろん毎回ごとく一回戦からすべて紙一重だが、
当然、いつものように負けることは考えていない。
アウェイは慣れている。対米以上のアウェイは、ない。

また、闘いのウィークエンドがやってきた。

もう横になるとしやふ。



posted by damoshi at 00:36| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

主導権



闘いにおける重要エレメンツの中で、
ダモシが昔から常々、筆頭に挙げていること。

アトモスフィア支配とモメンタムである。

日本女子サッカー"なでしこジャパン"の
女子サッカーW杯優勝はまさにその二つが
見事に重なった結果だったといえるだろう。

先般、当欄に記載したのはドイツ戦の勝利後。

ドイツと闘うことが決まった
イングランド戦敗北後のインタビューで或る選手が
語ったコメントである
<ドイツに勝つチャンスが生まれた。勝ちます!>を
素晴しいと称讃したわけだ。

そしてドイツに勝ち、決勝戦では米に勝って制覇。

今朝、起きて一番、ワイフに聞く。

<どうした?>。

ワイフが言う。

<勝ったよ>。

ダモシは言う。

<おぉ、勝ったのか!>。

ドイツ戦を終えた朝、起きた際の会話と同じだ。

勝負ごとは常に紙一重。首の皮一枚。
物事すべてフィフティ・フィフティ論のダモシである。

驚きではなく、
それでも素直な称讃を持っての<おぉ、勝ったのか!>である。

振り返れば、今回、アトモスフィア、
はじめからニッポン女子が勝つようになっていた。

アトモスフィア。それは全体の空気感。
このアトモスフィアというものは、個人ではどうしようもない。
それは闘いという舞台を経験していれば分かるはずだ。
いい知れぬ気配。その場のモード、ムード。
そこに漂う音、風、匂い、温度、その他もろもろがもたらす空気感。

これを支配することと、そもそもはじめからそれが味方についていること。

これは勝敗に大きな影響を及ぼすものである。

アトモスフィアがはじめから"向いていない"場合や、
それをどう抗っても支配できない場合は、たいてい負ける。
勝つ力があっても、だ。

勝負とはそういうものである。決して実力だけが結果をもたらさない。

五感すべてを支配するアトモスフィアは、
それだけヒトに与える影響力をもっているということである。

今回、はじめからまず"なでしこジャパン"にアトモスフィアは、
"向いて"いた。メンバーもそれを支配した。

そしてモメンタム。
モチベーションなどというある意味でのエクスキューズや
甘っちょろい世界観からさらに数段上にある領域。

このモメンタムは絶対不可欠な要素となる。
まずフェイヴァリットであってもアンダードッグであっても
モメンタムなければ、勝負にならない。

特に後者の場合は、
モメンタムこそ、アップセットを起こす基本要素となる。

"なでしこジャパン"には今回、それがあった。

前述のイングランド戦後の或る選手のコメントが顕著だ。

そして根本的な部分だが、やはり気概である。
そもそも負けることは考えていないという気概。

試合内容含め、今回の"なでしこジャパン"は、
最初から最後までが一連の組み立てられたストーリーとして
成立しており、勝つべくして勝ったというイメージを受ける。

要するに、<勝つことになっていた>わけだ。

優勝や劇的な勝利。
これらは得てして振り返ってみれば、否、途中で既に、

<あ、優勝するな>というアトモスフィアが漂うものである。
そしてモメンタムがそれをさらに支配することで
確実なものとなり、そうなればどんなにタフな状況であっても、
結果、勝ち切ることになる。

それらを押さえておくことで、
試合内容で押されているように見えても、
実は全体的なアトモスフィアやモメンタム含めて
すべての主導権を握っていることになるのだ。

<試合を支配する>という見映えの部分の意味と、
目に見えない部分も含めた<主導権を握る>という意味は、
まったくの別物であることを忘れてはならない。

アントニオの空手においても同様である。

たいてい良い結果で終わる際は、
アトモスフィア自体が最初から違っていて、
それはすぐに察知できるものである。

<いけるな>と。

男子のサッカー日本代表の国際試合を、
生涯で未だかつて一度たりとも応援したことがないダモシ。
なぜかサッカー日本代表だけは素直に応援できないダモシ。

だが、"なでしこジャパン"は素直に最初から応援できた。

この違いは、分かる人なら分かるだろう。

そしてシンプルなことだが、
女子サッカーの方が観ていて面白いのである。
ハラハラドキドキがある。
そして予測不能のトキメキがある。

北京五輪での女子ソフトボールしかり、
今回の"なでしこジャパン"しかり、女子は実に清々しい。

男の、ややもすると屁理屈やエクスキューズばかりの世界観とは
比べるべくもないほどの清々しさである。

サッカー日本代表を筆頭に、
ニッポンの男子スポーツやニッポンの企業組織、永田町に霞ヶ関。
これらが大いに見習うべき点が
今回の”なでしこジャパン”にはある。

最近、ニュースで東北各地の自治体の長(知事や市長、町長)を
見るたびに感じることがある。

彼らは一様に永田町(特にスッカラ菅政権)へのコンプレインを
メディアから取材を受ける際に語っているが、

昨晩ダモシはたまらずワイフに言った。

<彼らの主張は分かるし怒りも分かる。
 だけどもういいかげん永田町批判や首相批判するなら、
 直接、菅に言えばいいだろうよ。
 なぜいつもマスコミの取材に応える形で言うのか?
 そもそもこれおかしいのではないか?>

と。

ワイフは言う。

<言えないのでしょ。直接は。結局、組織人だから>。

東北の知事や市長、町長は頑張っている。
政府はひどい。
それは分かる。
だがマスコミを介してコンプレインを間接的に言うのではなく、
文句があるならば直接、政府に言えばいいのではないか?

と。

そうシンプルに思うのである。

そこに清々しさが見られないのである。

彼らもノルかソルか、SINK or SWIMな状況にあるわけだ。
であるならば、もっとシュールに、徹底的に己が勝利へ向かうべきだ。
そのためには真摯に、直接的に、フルコンタクトでガチンコをやり、
ということが必要になってくる。

そこでは清々しさも必要になってくるのだが、それがない。

こういうことも含め、スポーツが持つ本来のシンプルさや
闘いにおける主導権(アトモスフィアとモメンタム)形成を
きちんと構築するという所作が皆、必要なのではないか,と。

そんなことも感じたりするわけである。

ダモシもまた"なでしこジャパン"から今回、教わることがあった。
それは己が闘い、そしてアントニオの闘いに活かしたい。


*****


アントニオの次戦が五日後に迫っている。

今宵もスポーツセンターを貸し切って特訓を行った。
フルコンタクトの組手と、型。ダブル出場である。
いつものごとく他流乗り込み。完全アウェイである。

型は、その主催団体(極真)指定で、
アントニオは初体験の型となるが、可能な限り練習を積んだ。

完全アウェイな上、相手は小学六年生まで一緒になる。
明らかにアンダードッグになるその条件で、
予選から上位まで突破できれば、
あとはベスト8から決勝まではフリーになるから、
ここでアントニオ十八番の型を出す。
それを出すことができるところまで乗り切れば、勝機は大いに見えてくる。

組手も毎回同様タフな闘いになるだろう。
だが、今宵の特訓では、ダモシ自身が<これまでで最高>と認める動きを
アントニオは見せた。

実際に毎回ダモシが直接肌を合わせているから分かる。

今回はまたフェーズを上げて、異なる動態を施している上、
スペース(リング)の活用法まで踏み込んで指導している。

それを高いレベルで理解して、
頭で考えずに感じて動くことができるようになっている。

あとはいつもの通り本番までの体調。精神状態。
この最も懸念する部分を乗り切るか。
そして最後はアトモスフィアとモメンタム。
紙一重とフィフティ・フィフティがどう転ぶか、である。

ぎりぎりまで手ほどきと共に戦略・戦術をしっかり組み立てたい。


スポーツは、良い。闘いは、面白いのである。


071811a.jpg

試合では初となる型の種類を最終調整する。

071811b.jpg

動態、スペース論、二つの動態の闘いにおける理屈などを
言葉と動きでミラー越しに説明するダモシ。

"こうしろああしろ"だけではなく、
感じさせる上では、
まずは言葉や理屈が成り立ったロジックが必要になる。

こう動く物体に対してこう動くことで
その物体の力をどのように用いて逆に仕掛けるか。
風車の理論とはどういうものか。
このスペース内の己が二歩あるいは一歩半分で
相手にもたらす心理的な影響はどういうものがあるか。
己が動きがもたらす相手の心理面を追い込む方法、
その他もろもろを事細かく説明する。

ロジック的に理解をした上でアクションすることで、
やがて頭で考えて覚えるのではなく
心で感じて自然に身体がその動きを出来るようになってゆく。

素直にすぐに吸収できる年齢の間に、どれだけそれを教えられるか。

ここが重要になってくるのである。

フェーズごと、すべての点は線になっている。
だから、<あの時に言っていたこの動きがこれなんだ!>と
本人も理解していきながら、次第に技量も上がっていく。


すべての根幹は、<主導権を握れ!>である。



posted by damoshi at 00:04| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月18日

AMツアー:16〜香椎


<ずいぶん寂しいところね…>。
お時はそう言った。

それが、香椎である。

香椎は、
<鹿児島本線で門司方面から行くと、
 博多につく三つ手前に香椎という小さな駅がある>
という香椎である。

松本清張、不朽の名作「点と線」の舞台である。

tensen25.jpg

(JR博多駅の路線図)。

博多から右へ見れば四つ目に香椎がある。
むかしはその手前の千早がなく、
国鉄と西鉄の乗り換えのための役割を香椎は担っていた。
その千早がJRと西鉄の駅を併設して生まれたことで香椎駅の
一つのロールが終わったという。

いずれにせよ、香椎である。

博多から列車に乗り、香椎を目指す。
地方の列車は何となく"国鉄"チックである。
東京や横浜などの私鉄での四駅とは趣も距離感も違う。
一つ一つ駅を経ることに価値観の高さを感じさせるのだ。

要するに田園都市線で移動する渋谷から桜新町までの移動と、
博多から香椎までの移動では、
そこに漂う重みが違う気がするわけだ。

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JR博多駅。
国内における大都市での巨大駅では、もっとも新しくなった駅だ。
文字通り、いま、博多は"ブランニュー博多"といって良い。

それだけ東日本大震災と
それに伴う種々のストレスとは無縁の世界観が全体的に漂っている。

ただ、九州にはリアル大雨、リアル豪雨がある。それは、れっきと、在る。

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だがホームへ出れば、そこには昭和アトモスフィアが広がっている。
列車と昭和。これは切っても切れない移動祝祭日のような世界観だ。
走る車輛が最新鋭になったとしても、だ。

空港同様、駅-ステーション-は、どこか切なさが伴う。
旅に必ず、ワクワクだけではない、切なさが漂うのと同じである。



*****


「点と線」。1957〜1958年に書かれた名作だ。

主に東京、香椎、札幌を舞台に、
東京駅、香椎駅、江ノ電、あさかぜ、青函連絡船、日航の飛行機、
時刻表、その他、旅情をクロスさせた多くのアイコンが登場する。

そもそもこの作品が、<旅>という雑誌で連載された小説だったからだろう。

旅というカテゴリーが持つ魅力をふんだんに鏤めている。

多くの日本人が読み、
近年もテレビ・ドラマ化されるなどメジャー中のメジャーであろう。
内容のみならず「点と線」という"コピー"も実に優れている。

「ゼロの焦点」「砂の器」と共に松本清張を代表する作品と言って良いだろう。

すべては香椎における情死体から物事が動き出す。
それに向かう過程(伏線)で東京駅13番線空白の四分間等、
一つ一つ静かに潜航する事象があってのことだが、
一気にダイナミズムが生み出されるのは香椎での情死体発見からだ。

その香椎におけるトリック。国鉄と西鉄の両方の駅が、
微妙な位置関係で離れて存在していた(している)ことが
大きなポイントになっているのだ。


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立派な、大きな香椎駅。

<ん?何だ…。しっかり街になっているではないか…>。

お時の台詞である
<ずいぶん、寂しいところね…>を期待していたが、
のっけからそれは裏切られた。

東京首都圏の京王線、小田急線、東急線などの、
世田谷エリアの駅前と何ら遜色はない賑わいである。

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<これでは永福町より賑わっているぞ?>と感じてしまう。

最新版の文庫「点と線」には文中、時折、
シーンごと挿絵がほどこされている。
だから読んでいてイメージをしやすくなっていて
全体的に読みやすくなっている。

「点と線」当時の香椎駅前は、挿絵ではこうなっている。

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寂しい町だ。街になっていない。
むろん当時は、銀座などを除けば
何処も同じく街にはなっていないだろう。

肩を並べて歩くのは安田&お時か、それとも亮子と佐山か。

いずれにせよこの二組の男女が、
国鉄と西鉄という異なる二つの香椎駅から降り、
香椎海岸へと歩を進めていった。

二組の男女がいた、ということは、当初は分からない。
刑事の地道な聞き込みと実地捜査によって分かってくる。

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西鉄香椎駅。
こちらもまた、"全然"寂しくはない。
東京首都圏の中途半端な私鉄駅よりよっぽど"開けて"いる。


当時と現在では、
国鉄香椎駅と西鉄香椎駅は、場所の大きな変更はない。

歩いてみる。ゆっくりと歩いてみる。

所要時間は、二分半。途中、信号待ちが三十秒。
それを差し引けば実質、二分で国鉄と西鉄の香椎駅間を
歩くことができる。

そんな距離感だ。

鳥飼刑事はここを六分〜八分で歩いている。
実際に鳥飼刑事は実地検証してみたことで、
<おかしい>と感じるのだ。

国鉄香椎駅下車、西鉄香椎駅下車。
その双方からの男女が目撃されている。
ただし、それが一組だけならば、国鉄で降りて
海岸へ向かう際には西鉄の駅を通るからおかしくはないが、
そこでの目撃談によって明かされる時間軸が合わなくなる。

一組の男女が国鉄香椎駅から海岸の方へ歩く途中、
西鉄香椎駅前を通過したとしたら、
その駅間を歩くのに要した時間が長過ぎるのである。

十一分。鳥飼刑事が歩いた場合とは三〜五分の誤差がある。
ダモシが歩けば二分だから誤差は九分となる。

どう考えても、そこまでの時間を要せずに、
国鉄〜西鉄間を歩くことは出来るのだ。

それが後々、「別の二組の男女」がいたという発見につながる。


*****


情死体が発見された香椎海岸。
西鉄香椎駅から徒歩約十分と、小説ではなっている。
実際に歩いてみると、ぴったり合っていた。

西鉄の香椎駅と海岸の位置が変わっていなければ、
当時も今も同じ十分で到達できる距離になるのは当然だ。

だが、香椎海岸は情死するに相応しい場所とは
到底思えない"ビーチ"へと姿を変えていた。


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このイメージは皆無な現在の香椎海岸。

その昔は万葉集にも詠われた香椎潟だったが、
今やトイザラスや大きなイオンが海岸近辺に建つ。
そして海岸は埋め立てられて近代的な湾岸地域となっている。

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開発されて高層アパートメントも立ち並ぶ。
品川や汐留、はたまたお台場か、といった世界か。

ここでお時と佐山の遺体は発見された。


*****


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海岸と香椎駅の間に交通量の多い道路が走る。
賑わっているエリアという印象である。

上北沢駅周りと甲州街道(国道20号線)というノリか。

香椎駅を見る。

ここで旅情が沸く。

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"国鉄"風情が名残を感じさせてくれる。

香椎宮があることと、都から太宰府へ至る動線上にあったことで、
香椎は古代においては多くの人が行き交ったという。


*****


今回は「点と線」の舞台の一つ、香椎を歩いてみた。

おまけに、小倉から松本清張記念館。

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松本清張といえば小倉、小倉といえば松本清張。
この二つを結ぶ一つのキーワードである。

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記念館には、松本清張が死ぬまで暮らした高井戸の家を
逝去した頃そのままの形で移築した家、部屋が見られる。

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記念館発行の冊子。

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AMツアー:15〜三たび白帝



それは、尾張と美濃の国境にある。

愛知県を北北西に進路をとり、北端へ。
木曽川を挟み、対岸は岐阜県。

水面から80数メートル上に立つのが、犬山城。

国宝。そして日本最古の木造天守であり、現存12天守の一つ。
松本城、彦根城、姫路城と共に
復元でも模擬でもない"ザ・城"としての<国宝四城>の一つ。

ここもまた松島や熊本城と同様に、特別な、エモーショナルな存在である。
己がライフサイクルの中にあるメモリーズと再び、
あるいは三たび対峙することで、甦る光景と心象。
または根底にあるすべての概念はやはりメビウスの輪。

猛暑の2011年、夏。

1988年、93年に続き,18年ぶり三度目の犬山城。

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*****


1988、夏。

復活への足がかりを模索していた頃。

例の、"7"絡みはバッド・イヤーという己が定説。
07年も97年も87年も77年もバッド・イヤーだったわけだが、
最後の07年がそうなったことでよりリアルに定説化した。

07年は北の某による拉致。
08年・夏の本妻復帰によって復活への足がかりを掴んだ。

97年はウルトラの父、死去。
98年、春に渡米が決まり、後半に渡米。
それによって復活の足がかりを掴んだ。

87年はその時点で経験した最大の失恋と、
それに端を発する何をやってもうまくいかないという
完全な失意の日々。

88年、夏。
ここで当時、ウルトラの父母が住んでいた名古屋以下、
熊本や清水(静岡)などをめぐることで復活への足がかりを掴んだ。

たいてい"7"絡みが最悪のイヤーで、
"8"絡みに復活の足がかりを掴み、
"9"絡みから勢いを増していくというディケードごとの構図だ。

以前も記載したが、だから次の"7"絡みである2017年が怖いのだ。

とは言っても、そもそもバッドなイベントが相対的に例年多く、
フルイヤー、<やることなすことすべてうまくいく>などという
世の中によく見られるヒト的傾向は、ダモシには、ない。

毎年、悪い出来事は普通に起こり、ハッピーな事象は、
まさに文字通り<瞬間>的なことである。

性善説と性悪説があれば、後者を得る。
ポジティヴorネガティヴでは、後者的な考え方。
恋の一時間は、孤独の千年。
そして良いことは悪いことの10回に一回。

そんな、そもそも論的考え方をもって生きているわけだ。

だからこそ、0.01%でも可能性があれば何とかなる
という妙な底力もあるわけだと、己自身で想う。

ある意味で、物事うまくいかなくて当たり前。
ヒトが一人から二人に、百人から二百人に増えれば増えるほど,
我欲の輪は広がるからして、
なにごとも思い通りにはいかないのが基本である。

だからといって、ギブアップしてはいけない。
面白くない。

数字上の見映えだけの問題での
0.01% vs. 99.99%であり、
結局は物事すべてフィフティ・フィフティなのである。

ゼロでない限りは、0.01% vs. 99.99%も、
70% vs. 30%も、すべてフィフティ・フィフティなのである。
うまくいく/勝つ可能性はゼロでない限りはすべて50vs.50。

そして、
なによりもゲームは、
そのゲーム自体が終わるまでは、終わることはないのである。

始まりはすべて、終わりの始まりであるというネガティヴな思考。
一方で、それは、
終わらない限りは終わらないという
究極的なポジティヴな思考でもあるという二律背反。

メビウスの輪と"セザンヌと蛙"的な二律背反の中で、
ヒトは日々の旅を歩いている気がせずにはいられない。


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さて、犬山城。

1988年、夏。
奇妙なほどウルトラの父と共に過ごす時間があった夏だ。
既に成人していたが、未だ大学生のヤングボーイ。
いま思えば、未だコドモもいいところである。
経験も少ない甘ちゃん。

良い意味で、様々な経験や視野を得た夏でもあった。

語れば長くなる。ここは犬山城だけにしやふ。

なぜ行ったのか。
それは想い出せないが、名古屋に滞在していた夏休みの或る日。
唐突にウルトラの父と二人だけで電車で犬山城へ行った。

名鉄犬山線で。電車で行ったのを記憶しているのは、
帰路の電車内で座って二人で珍しく長時間会話した記憶が
鮮明に残っているからだ。

要するに、己が将来のイメージについてを、
己が父親に具体的に話すのはこのとき限りだったのだ。
あの時の名鉄車内での会話が、
ある意味で、最も己が父親とシュールな話をした時間だったとも
今となっては思える。

また、その頃くらいから、ウルトラの父に対して、
ダモシの心も優しくなっていたのである。
それはもしかしたらウルトラの父が齢を重ね、
己は肉体的にもオトナへ近づくプライムタイムにあるという
身体的(腕力的)な逆転があった頃合いだったからかもしれない。

抗うマインドは皆無になっていた。あの頃。
優しくなっている、と己自身で感じてしまったわけだ。
己が父親に。

ウルトラの父が倒れたのは、92年である。
その四年前の夏だから、もしかしたら、無意識のうちに、
<そろそろ>的な、生命という部分での現役引退への
トワイライトに入っているという色合いを、
ダモシが察しとっていたのかもしれぬ。

それだけ、なぜか優しくなっていたのである。

生写真で残っているが、
犬山城でのウルトラの父もダモシも、妙なほど顔が穏やかで、
優しいのである。

むろんダモシ自身もその前年から暗かったということもあるだろう。

まず第一段階での刺がとれて、
柔和さが少しばかり生まれた頃合いかもしれない。

とにかく顔つきも、そして同様に心の色も、清冽で穏やかだったのだ。
犬山城に行ったときの、ダモシもウルトラの父も。


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名鉄犬山線。
今回乗ってはいないが、88年以来、23年ぶりに見た。


*****


二度目は、93年。

その前年92年にダモシはワイフと結婚。
同じ年の冬、ウルトラの父は倒れたわけだ。
それから97年に逝去するまで最後の五年を生きたのだが、
退院していた頃の93年・秋に、
米旅行から戻ってきたダモシ&ワイフが見舞を兼ねて
名古屋へ行き、そこでウルトラの父母とダモシ&ワイフの四人で
犬山へ出かけたのだった。

この時は、車だった。

未だこの時は、ウルトラの父が死ぬとは思っていない。
倒れて危険な状態から甦り、退院もして、
復活せんとしていた頃であり、復活すると信じていた頃だ。

だからセンチメンタルな旅ではなく、楽しい旅だった。

愛知県の犬山といえば、観光ランドマーク的に

・明治村
・モンキーセンター
・犬山城

という基本三本柱がある。

いずれも大いに堪能することができる。

特に、以前も記載したように明治村は素晴しい。

この時も、明治村〜モンキーセンターとめぐり、
最後に犬山城を訪れている。

ダモシもワイフも当然若いが、ウルトラの父母もまだ若い。

この時、88年の際に天守閣の上から眼下に広がる木曽川を見た
その逆を見ている。

すなわち木曽川沿いを歩いて、その上に屹立する犬山城を見たのだ。

そしてこの木曽川というものが、
犬山城にとって大きな大きなインパクトを持っているのである。

08年以降制定した<ディスカバー・ジャパン>に、
それ以前に訪れたものとして早々に犬山城を認定したが、
その大きなアドバンテージがこの木曽川との交錯にあるのだ。


松本城その他に等しく、恐怖の急勾配の階段を上がっていけば
頂上にたどり着く。

そして、そこからの景色を見る。

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木曽川の向こうは岐阜県。

天守に登れば何処も絶景的な世界観はある。
それは"小田原城でさえ"、そうである。

だが、ここは傾いている。なぜか斜めになっている。

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端的に言って、怖いのだ。

狭い空間。ダモシにとっては歩き回ることは厳しい。
そして手すりの位置が極端に低い。
普通にすぐに落ちるだろう。さらに、滑る。
ここが滑るのだ。

しかも眼下は木曽川だ。

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<落ちたら、イヤだな…>。

あの、東伏見プールや関門海峡などで感じた気分。
またそれらなら落ちても助かる可能性はあるが、
犬山城から落ちたら助かる可能性は、ある意味でゼロだ。

「高度の実感」カテゴリーで記載してあることが、当てはまる。
超高層ではない。
逆に木曽川ではない方を見下ろせば、
<落ちても、助かるかな…>と感じられるが、
同じ高さでも、己がいる位置が斜めになっていて
滑って、手すりも低く、眼下はこの世界となれば、
実際の高さ以上の恐怖感を覚えさせる。

高度の実感が、ハイレベル。犬山城の一つのポイントである。

88年・夏の際、ウルトラの父は一切、この空間に出なかった。
一瞬だけ出て、同じ一瞬だけ出てこわごわと手すりに
つかまっているダモシを、ウルトラの父はカメラで撮った。

この時に抱いた恐怖心は、まったく変わっていなかった。

危なくてしょうがない。己が息子たるアントニオのことを、
いま仮に犬山城へ連れていっても、
絶対にこの空間へ出させない。

危なくてしょうがない。

<国宝四城>という
城にとっての最上級の格上ながらも、
アトラクション的スリルを提供する犬山城の歪さ。

ここが犬山城の魅力の一つでもある。

木曽川がそこで大きな役目を果たしているのである。

景色としても景観としても、だ。


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<そうだった…。そうだ。怖がったのだ。あの時。
 そして今回も、足がもうダメだ。
 とても出られない>

今回は手すりに触れることさえ出来なかった。
あの時ウルトラの父が出ることさえせず、
足だけ出して身体は中に引っ込めたまま、
カメラでダモシを撮った心境が、すこし分かった。


93年・秋に、四人で歩いた際に見た光景。
木曽川から見上げる犬山城。

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四人でワイワイ喋りながら、これを見た。
今回、一人、ここを歩き、見上げた。

エモーショナル犬山城。

これもまたメビウスの輪だ。


*****


88年のあの時、天守から降りたダモシとウルトラの父。

観光客がウルトラの父に声がけした。
明るい社交的だったウルトラの父は、
その観光客からカメラを受け取って撮影した。

正面で。

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この時ダモシは、観光客の記念撮影をしてあげている
ウルトラの父の姿を写真に撮った。



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犬山城の別称は、白帝城。



posted by damoshi at 01:23| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

AMツアー:14〜ぬり絵の旅



先週の<アンガーマネージメント・ツアー>総論である。

それ以前のAMからして既に掲載できないほど
エリアと素材が溜まっている上、
先週のそれも個々に取り上げるには時間がまったく追いつかない。

ゆえに、まずは先週のAMの総論である。

それこそ
<なぜ俺は銚子に来ているのか>
<なぜ小倉に逗留しているのか>という
用事があるから来ている上、己自身でもそれを選びながらも、
納得不納得の問題ではなく
それでも"異形"という点でポジティヴな意味での<?>が生まれるのだ。

それは米でいえば、
<なぜ俺はミルウォーキーに来ているのか>にも等しい。

その流れはさらに先週は加速している。

逗留先は、順番に大垣(岐阜県)、長浜(滋賀県)、浜松(静岡県)。
最後の浜松はまだしも、
大垣と長浜にそれぞれ己が逗留することになるとは、
いつものごとく数年前までのニューヨーク時代には
到底イメージすることは不可能なのである。

そういう意味での、異形。

例えば、軽井沢や箱根はもとより、
松本や水戸"でさえ"、逗留する可能性へのイメージはできる。
なぜならば一般的にもそれらは観光地であり、
<水戸へ行きます>と言っても不思議がられることはないからだ。

<あぁ、偕楽園に行くのね?>だの、<松本城へ行くのね?>となるからだ。

軽井沢と箱根vs.松本と水戸で見れば
むろん一般ゼネラル・インタレスト度の高さは前者になるが、
それでも後者が低いもののそれがゼロではない。

だが小倉、大垣、長浜となれば、一般的には、
さほどゼネラル・インタレスト度は高くないだろう。

それらへ行く(泊まる=デスティネーションとして行く)と言ったならば、
銚子同様に<WHY?>という疑問符が湧き出る可能性が増える地
ということである。言いたいのは。

それは先般の上越しかり、である。

もちろん分かった上で言っている。

小倉は北九州の大きな都市であるし
松本清張記念館もあり小倉城もある。

大垣は、奥の細道のむすびの地である。大垣城もある。

長浜となれば今が旬。
龍馬ほどの話題性はないものの
NHK大河ドラマ<江>の舞台/関連地として
今や膨大な観光客が押し寄せているばかりではなく、
そもそも観光資源が豊富だ。現存するニッポン最古の駅舎もある。
長浜城もある。

浜松は言わずもがな家康の出世城たる浜松城があり砂丘もあり、
なによりも鰻が旨い。浜松で食す鰻はリアルに旨いのである。

先の上越も同様。上杉謙信のホームであり春日城、春日神社、
そして日本三大夜桜の高田城もある。

こうして振り向けば、気づけば、すべてに城がある。

何のかんのとスーパーローカルだローカルだと
辿っているのだが、
実はすべて城がある/あった地であるという偶然。

否、必然。

無意識のうちに<城>があった/ある地を選んでいる、
そしてその地に用がある、ということになるわけだ。

個々エリア・コンテンツ及びストーリーが膨大なため、
まだまだ書くことはできないが、
ここでは冒頭記載の通り先週の総論として
振り返りを記したい。


例の行程図だ。

http://www.246material.me/tam11.html


今回は、

・東海
・近畿
・北陸

という区分エリアを踏破している。

紫のラインが行程だ。
黄色円の横浜起点に、東海道&東名高速ラインで横断。

初日は、
エクスカージョンとしての地は愛知県の犬山。
愛知県の名古屋市は避けて市内を走りヨコへ折れて
岐阜羽島を抜けて逗留先の大垣へ。

二日目は大垣を出て名神高速を横断して
新幹線同様にハブ的世界観特殊エリア<米原>でタテに変化。
北陸道を北上して一気に福井県の日本海側へ出る。
東尋坊、三国を経て内陸へ山間部を走って永平寺。
そこから北陸道を一気に南下して琵琶湖周回へ戻り長浜に逗留。

三日目は長浜から、米原を過ぎて彦根まで南下してからヨコへ。
東へ横断して戻り、ふたたび愛知県へ。
ここで高速を下りて県内を走って、
かつての愛知県(尾張)の首都・清洲へ。
その清洲を経て東名で一気に往路へ入って浜松へ下り立って逗留。

最終日は、朝から一気に浜松から自宅まで戻る。

といった全体的な構成である。

総走行距離は、千キロを超えて1,143km。
前回の長野・新潟行の850kmを悠々と、否、過酷に超えた。

しかも一日を除いて猛暑も猛暑。
除かれた一日は日本海側と完全異形な永平寺という
<奇妙な世界観>福井をめぐった日で、
まさに文字通り<これぞリアルな豪雨>に遭遇。

<同じ日本海側でも、こうも違うのか>

<何だ一体、このリアルな豪雨は>

という非日常の中を、半ば、旅の途中、夢遊病者のようになる。

例のダモシ版<ぬり絵の旅>における空白エリア。
昨年末、"滋賀県"は塗られた。

北から

・新潟県

・富山県
・福井県

・三重県

・和歌山県

・鳥取県
・島根県

・香川県
・徳島県
・高知県

・大分県
・宮崎県

が空白として残っていた。

アンガーマネージメント・ツアーでは、
先般の新潟県、先週の福井県の2エリアが塗られたことになる。

富山県と三重県は今回チャンスだったが、
それでも行くことができなかった。
やはり立地的によほどぬり絵としては塗ることが
困難なエクスカージョンということが考えられるのだ。

静岡〜愛知〜岐阜〜滋賀〜福井というルートは、
これもこれで強行軍で気狂い的ではあるものの、
立地的には可能だ。動線上だからだ。

だが、三重にしても富山にしても、
前者は愛知から<三重を目指す>ことが前提になる。
後者も<富山を目指す>前提にしなければ
なかなか到達すること(エクスカージョンで立ち寄るに)は難しい。

要するにニューヨーク在住時代の最後の夏の旅先として
<ナイアガラの滝>を選んだ所以に等しい論理になる。

つまり、そこを目指さなければ(=デスティネーションにしない限り)、
お立ち寄り/動線上にあるから寄ってみる(=エクスカージョンに適している)
ような地ではないのである。

<日本に帰国して、もし数年後アメリカへの旅をするとなった時、
 日本からわざわざデスティネーションとしては
 ナイアガラの滝へは行かないだろう。
 だから今、ニューヨークにいる今こそチャンスなのだ>

というナイアガラの滝行きの最大モチベーションである。

シカゴやラスベガス、あるいは米でなくともパリやローマは、
はたまた同じ滝でもイグアスの滝ならば、
日本からわざわざデスティネーションとして覚悟して行く地
として相応しいということになる。

十数時間かけてメインのデスティネーションとして
ナイアガラの滝へは行かないだろう。
それならニューヨークへ行くだろう、ということである。

それと同じ構図が、三重、富山あるいは、言ってしまえば、
和歌山、鳥取、島根などに描かれるのである。心象として。

且つオフィシャル事案での旅なわけだから、
三重、富山にのっぴきならない行くべき理由がなくてはならない。
それが福井や滋賀に比べて希薄だということなのである。
強烈なそれがあれば福井や滋賀に行かずに
愛知から三重に行けば良い。愛知からならばすぐに行くことができるからだ。
だが愛知から岐阜へ行かなければならないとなった時点で、
"いちいち"三重まで行くためにまた愛知へ戻って
そこから南下してということは面倒になる。
そういうロケーションなのである、三重は。

それは富山も同様だ。

当初、福井→石川→富山ときて、往路へ向かうことも考えた。
だが、富山から往路に入ることは
あまりにも過酷で、それこそ気狂いである。

なにしろ車なのだ。

日程的に次第に終わりへ(往路へ)向かうのに、
わざわざ逆に遠ざかるようなロケーションは組めない。
となれば福井以北はあきらめて素直に南下して東へ戻る
ダイレクションを採ろう、ということになるわけだ。

となると、富山は無理、となる。

こうして阿刀田高の小説<ぬり絵の旅>でも
最後に和歌山県が残っていくわけだが、
シンパシィを覚えたのは
実際に自分もこうして常に旅をする中で、

どうしても三重や富山や鳥取、島根や和歌山は
辿り着きそうもないぞ?

という感慨を抱いてしまうからである。

極論だが、覚悟をもって
そこをデスティネーションとして旅しない限り
それらへ行くことがあるとは思えない。

且つ残念ながら三重県だの和歌山県だのを
覚悟を持ってデスティネーションとするだけの
決定的な理由も存在も、ない。

例えば鳥取県。鳥取砂丘という分かりやすいアイコンがある。
だが、
せっかく覚悟を決めてデスティネーションとしての鳥取まで
わざわざ行って鳥取砂丘を訪れても
そこにあるかもしれない<ディスアポイントメント=失望>への
大きな懸念と危惧、恐怖を抱いてしまうのである。

だから、そうなったらイヤだから、
わざわざ行くこともないでしょう、となってしまうのだ。

三重も和歌山もそれなりのコンテンツはある。
前者ならば伊勢神宮その他。後者ならば世界遺産絡み。
だが、いかんせん、<そこまで行く>ことへの面倒と、
<そこまでして>まで訪れて得られるであろう
予測不能のトキメキに対する不信感(期待はずれへの懸念)の
バランスが、噛み合わないのである。

だから、わざわざ行かない、となってしまうのではないか、と。

あくまでもこれは自分の感覚のことである。
他の人はどうかは知らないし、知ったことではない。

ただ、世界はもとより、ニッポン国内も各地に住んでいるダモシだ。
そしておそらくより多くの都道府県各地に行っている方だろう。
そんなダモシでさえも、ぬり絵の旅として、
未だに残ってしまっている県があり、
それらを見るにつけ、<行かないのでは?>と思えてしまう。

これは、感覚の問題だからしょうがないのである。善し悪しではない。

今回、特に三重、そして富山は少なくともチャンスはあった。
ぎりぎりまで、せめて"三重県は立ち寄れないか"と推敲した。
だが、推敲しても、無理だったのである。
よほど縁がないのか,と。

立地的に近畿になるのに、<なぜか東海>な三重。
日本地図で観た時、この三重県を中心として
三重以東&以北はほとんど塗りつぶされた。
唯一、白く残っているのが、富山県ということになる。


最新の<ダモシ版ぬり絵の旅>図を見れば、状況が分かる。
新潟県と福井県が塗られたことで
富山以外、三重以東&以北はすべて塗りつぶされた、ということが。

http://www.246material.me/nurietabi.html

2011年は、箱根や江ノ島などの神奈川県と東京都を除き、
千葉県、茨城県、栃木県(二回)、福島県、宮城県、
新潟県、長野県、山梨県、静岡県、愛知県、
岐阜県、滋賀県、福井県、山口県、福岡県(二回)の
16県に行き(通過除く)、7県に逗留している現況である。

その逗留を市にまでセグメントすれば、
那須塩原市、仙台市、上越市、浜松市、大垣市、長浜市、
福岡市(二回)、北九州市の8市となっている。

近二年、より多くのニッポン国内へ出ている。
むろん複数回行っているところも多々ある。

この二年で空白・未踏をかなり埋めてきている。

南から、
鹿児島県、佐賀県、福岡県(近二年で五度)。
中国地方は、山口県(近二年で二度)。
初四国で愛媛県も到達。
滋賀県も二度。福井県は今回が初。新潟県も同様。
福島県に山形県も複数回。
10県、近二年で未踏の空白を塗りつぶしたことになる。

残りは10県。いよいよマジック点灯と言って良いだろう。

だが、ここからの残りの10県が先述の通り、
かなり難儀になってくると想定される。

といったところだ。

<アンガーマネージメント・ツアー>個別の掲載は別途。

それをする前にまたぞろ金曜は、
<アンガーマネージメント・ツアー>足利&安中遠征へと出る。




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2011年07月11日

おこづかいシート


今年の東京首都圏の梅雨は、完全に空梅雨だった。

それでも全国的な梅雨の期間に
アンガーマネージメント・ツアーがかかることで、
県単位で言えば福岡と福井で豪雨に遭遇した。

首都圏では決して出逢うことのない類いの雨。

文字通りの豪雨はまた、それなりの地でこそ合う。
中途半端な雨が東京に似合うもので、
東京首都圏には豪雨もシャワーも似合わない。

その東京。梅雨と呼べるほど雨は降らなかったが、
他エリアと同様に一斉に梅雨明けした。
例年より早いだろう。

一昨年、昨年と、この梅雨明けと同時に富士登拝があったが、
今年はそれは中止。

今年は、アンガーマネージメント・ツアーはもとより、
ファミリー・マターを中心とする
各種プライベート事案での、猛暑の夏へ突入するといった具合である。


*****


その一斉に梅雨明けしたウィークエンドは、スポーツの特異日だった。

先週の或る夜。旅先の宿で見たニュースの中で、
イングランドに敗れた後の
日本女子サッカー(なでしこジャパン)のある選手のコメントを観た。

男子ではあり得ない、強い台詞だったため、
印象深く、そして嬉しく感じた。

予選リーグ最終戦でイングランドに完敗し、
決勝トーナメント一回戦で
出来れば闘いたくないと誰もが感じたドイツと当たることが
決まった直後の、選手のコメントである。

<ドイツに勝つチャンスが生まれた。勝ちます!>。

素晴しい台詞である。

前記の状況下で発せられるコメントとしては、
闘う者としての強い意思を感じさせる最高レベルの台詞である。
日本人アスリートがこのような台詞を吐けるとは、
正直、びっくりしたのである。

対ドイツ戦をめぐる背景環境は以下だ。

・ドイツには国際Aマッチで過去一度も勝っていない(7敗1分)。
・ドイツはW杯二連覇中。
・ドイツは開催国のホームアドバンテージがある。
・ドイツは世界ランク二位。

<厳しいかな…>と大衆が感じてもおかしくはない。

しかし同時に多くの人は<勝てる>とも思っていただろうし、
ダモシは少なくともあの台詞を聞いて<あぁ、勝てるかもな>と感じたし、
そもそも選手たち自身は当然<勝つ>と思っていただろう。

まさに<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>である。
ああいった選手の気概と台詞は大好きだ。

かくして勝った。

071111a.jpg

<おぉ…。勝ったのか!>と一報を聞いて賞讃した。

チームワークはもとより、なによりも気概である。
負けないぞ、勝つぞ、という。

男子サッカー、巨人軍、楽天イーグルス、
そして永田町に霞ヶ関…。

大いに見習うべきだろう。


そしてニューヨーク。
ダモシにとっては感無量は、デレク・ジーターの3,000本安打達成。

071111b.jpg

98年-07年の在ニューヨーク時代。
<ダモシxニューヨーク=愛人>という記号の象徴。
その一つが、デレク・ジーターだった。

まさにジーターのプライムタイムとそれは合致する。
ベースボール・プレイヤーとしてのジーターには当時、
何度も驚嘆させられた。

暗黒時代を経てめぐってきたヤンキース黄金時代。
それとジーターのプライムタイム、
ダモシのニューヨーク在住期がぴったり合致していた、
ダモシにとっての<三十路の青春>。

ジーターは37歳。
ダモシ在住期に比べれば数字的な部分では下降線だ。
プレイヤーとしは、トワイライトに入っている。
さらに渋みを加えて今後どこまで安打数を増やすか。

ニッポンのスポーツ紙では一面にならなかったが、
当然ニューヨークの新聞では一面だ。
数日前からほとんど毎日ジーターが一面or裏一面だ。

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jeter2.jpg

ニューヨーク・ポストにデイリー・ニュース。
いずれも愛読していた新聞で、
ビリー・ジョエルの
名曲"New York State On My Mind"の歌詞にも登場する。

デレク・ジーターとヤンキース。
ニューヨーク・タイムス、ポスト、デイリーニュース。
そして、9.11にブラックアウト…。

ダモシ在ニューヨーク時代のキーワードたち。

9.11は、今年でちょうど十年になる。

ジーターの3,000本安打達成のニュースを、
格別な心持ちで受け止めたこのウィークエンド。


*****


そしてスポーツの特異日としては、アントニオ。

次戦は来週末の7.23。

その他、続々と大会が決まりポスターも
ダモログ右窓に新たに掲載してあるが、

アンガーマネージメント・ツアー中の先週、吉報が届いた。

秋から年末にかけては、
今シーズンの総決算的な<全日本>大会が開催されるが、
昨秋、型と組手双方でダブル準優勝した
国際団体系の全日本大会への参戦は決まっていたが、

極真系の全日本選手権への出場権獲得のレターが届いた。

<ホテルにFAXで送ってくれ>と
逗留先でそれをワイフから聞いたダモシは色めき立った。

極真系の全国各地の公式大会での成績で
出場権利は得られるわけだが、それを得たわけだ。

所は、昨秋の全日本選手権同様に、国立代々木競技場第二体育館。
紅葉が始まる頃合いの十月の決戦となる。

シーズン総決算の全日本選手権の、三つのうちのもう一つの
代表権獲得の予選が八月から始まる。
それで得られるかどうか。
例の、圧倒しながらも"面つけ反則"で敗れるケースの多いアレだ。
不利だからといってチャレンジしない手はない。

すべての全日本選手権に出られれば、最高だろう。

一方、以前も記載したが、コドモたちは、
組手か型に偏る傾向が厳然とある。
組手(バトル)に強い選手は型では試合に出なかったりする。

アントニオの場合は、両方ハイレベルで対応している。
だからダブル準優勝(昨秋の全日本)や
組手金メダル&型銀メダル(今年初戦)
ダブル銅メダル(今年三月の大会)などの結果を出しているわけだが、

型は型で空手道においては、たいへん重要である。

そもそも論だが、強ければ良いというものではない。
あくまでも空手道である。
フルコンタクトのバチバチの組手も強いが、
型が全然出来ないでは、やはりよろしくないというのが
ダモシ国の思想である。

型も幼児期から入賞、銅、銀と多数得ているが、
実のところ型での優勝がない。
あくまでも判定競技ゆえに、演武する型の種類や流派の問題などで
どうしても主催者や審判の主観が介在する。

しかしながらアントニオの型のレベルが高いことは誰もが分かっている。

そんな中、各流派・各道場が一堂に会しての<演武会>が、
今月末に開催されるのだが、
それにアントニオが出場するのだという。

これもまたツアー中に逗留先で耳にした報だ。

しかも、単に出るのではなく、
所属道場の館長と組んで二人で型を披露するという光栄を得た、と。
小学二年で、である。

館長と二人で演武するなど、通常あり得ない。
しかも他流派も揃う演武会である。

さらに、それはすべての団体・選手の演武の中で、
最後の最後<大トリ>の大役だというから驚いた。

加えてさらに、しかも、アントニオはそれとは別に
自身初となる<試し割り>も披露するというのである。

<ほぅ。すばらしいぞ>とダモシはまた色めき立った。

演武するのはシアターで、ステージ上で行う。
アントニオが緊張するということはあり得ないが、
必死に練習している日々である。

試し割りに関しては、何でやるかはダモシが推敲中である。
その練習もダモシが相手になって行い、
失敗ないよう本番へ向けて備えていく形となる。


昨夏もそうだった。
例の<全盛期のオグリキャップのような連戦>の
今夏2011年ヴァージョンは、

7.23:組手・型ダブルエントリーでの大会出場

7/31:大トリ&試し割りでの演武会出演

8/6:11月の全日本選手権への予選ラウンド出場
  (9月の全日本は参戦決定済。10月の全日本へは出場権獲得済)。

と三週連続での、いずれも叩き台なしのタフな闘いとなる。

だがアントニオは、夏男だ。夏は絶好調になる。

ねでしこジャパンを見習って、大いに期待したい。
そもそも彼自身はスペシャルな負けん気の強さがあり、
誰よりも<自分が負けることは考えていない>性質なので、
その点はダモシもある意味で言うことはない。


*****


もうすぐ夏休みになる。

空手はもとより、タップにヒップホップに演技もある。
夏休みは宿題もある。普通に読書や家のお手伝いなど
やることは一杯ある。

目標をもって有意義に過ごすことができるよう、

<いいこと。おこづかいシート>を作成した。

空手の大会で優勝したら=5,000円
空手の練習でのスパーリングで上級生に技有りを決めたら=100円
猫のトイレの砂を夏休み中に10回以上掃除したら=10回で500円
食器の洗いもののお手伝いをしたら=1回10円

といった具合に、
そのパフォーマンスに応じておこづかいをあげるよ、
という表である。

その他、

「自分の部屋をきれいに片付けたら」
「夏休みの間、一度も風邪をひかず元気でいたら」
「毎回、タップやヒップホップ、演技のレッスンを
 楽しんで、頑張って、一生懸命やったら」
「夏休みの宿題を自分から率先して毎日やったら」
「プールで浮くことができるようになったら」

などなどの項目を一覧表にして、達成したら「〇」を付けていく。

そんなシートを作成し、壁に貼付した次第である。

目標を持って、自分で意識しながら過ごす。
昨年もそうだが、夏休みのタスクである。

本人は大喜びで金額を計算していたし、
ワイフも「高すぎるのでは?」と言っていたが、

ダモシは言った。

<なかなか、意識を高く持たないと、実際には実現できないぞ?>

と。

部屋の片付けや遊んだおもちゃの後片付け、
猫のトイレの掃除や洗い物のお手伝い、
さらには宿題…。

なかなかこれらは、簡単に出来るものではない。

究極はダモシとしては、何よりも

<この夏休み、風邪をひかずに元気で過ごすこと>。

これが己が直系遺伝子に対する最大の望みである。
パフォーマンスに関しての成果、結果は、
あくまでも結果に過ぎない。

同じ努力と意思をもってしても、
勝つ時もあれば負ける時も、ある。

むろん、負けることは考えていないが、
究極はやはり、いつも元気に笑顔で明るく過ごすことである。
コドモが元気なくて暗いことほどイヤなことはないのである。


ダモシもダモシで、昨年につづき、
この時期から某国家試験へのトライの勉強をスタートである。
昨年のそれは、三部門のうち
大きな苦手と思われた一部門をクリアした。

それが今年免除された中での再戦。勝算はさらに高まったが、
手抜きがあれば勝つことはないだろう。

初秋のその本番へ向けて、日々のオフィシャル事案同様に、
ダモシもダモシの目標を持って
この夏はまた過ごす所存を改めて確認した梅雨明け。

なでしこもジーターも、間もなく魁皇も。
皆、目標を持って努力してきた積み重ねである。



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2011年07月06日

また明日、旅に



"能面不倫不全院"西山だの、

"演技が下手すぎた大根役者"松本だの、

"カダフィや北朝鮮と理解し合える希代の気狂い"スッカラ菅だの、

"彼ら以上に酷い、何も手を打てない"すべての政治家だの、

まあ、相変わらずの失笑劇場ニッポン。
主要キャストは揃いも揃ってコメディアンときた。
バカにして嘲笑の素材にすれば、楽しむことができる。
下手な雛壇お笑いタレントよりマシだ。
なにせ、その「はぁ?」ぶりが度を超しているのだから。

被災者・避難者は自殺するまで追いつめられているのに、
震災とは無関係でも節電の影響か熱中症で人が死んでいるのに、
一方ではチャン・グンソクに大騒ぎする女性たちがいる…。

この国は、ここまでくればもう立派な<投げやり国家>だ。
リビアでさえ〇〇なのに、この国ときたら… と忌憚なく想う。

アンガーマネージメントの効果、か。
あるいはもう嘲笑の存在としてニッポンを見なしたか。
いずれにせよ輩に対する怒りはもう沸かない。
勝手にやっとれ、と。そういう状態である。

そんなだから、また明日、旅に出ます。
明朝から諸国行脚に出る。
アンガーマネージメント・ツアーである。

漫遊ではない。漫遊なんぞしている場合ではない。
そもそも根幹は<怒り>である。
輩には怒りを通り越して嘲笑になっているが、
その底辺ではあらゆることにブチ切れている。
それをどうマネージメントするか、である。

明日は500km近く走ることになるだろう。

今年の夏は暑い。消耗している日々だが、さらに消耗するだろう。
満員電車も疲れるが、車の運転は心底疲れる。
それでも車は飛行機や電車以上の便益を満たす。

特に地方の場合は圧倒的に車だ。

車と列車などの交通機関では、地方における利便性での差は歴然だ。

最近は、ドライビングにおいても
アンガーマネージメント効果で、必要以上に苛々しなくなった。
良いことだ。


しばし、アンガーマネージメントを続けたい。

セルフ・セラピーである。

また適宜、旅先から可能な限り掲載したい。


ちなみに、今年の富士登拝は中止した。
一つには、燃えてこない。
一つには、それをする時間が追いついてこない。

そしてもう一つ、大きな理由が、
今年トライしようと考えていた山梨口からの登山(一般的なルート)から
登っている人々の姿がニュースで流れたのだが、
彼らの姿と顔、ポスチャーから一様に
存在の耐えられない軽薄さを感じとったことが挙げられる。

忌憚なく言えば、虫酸が走ったのだ。
一般口から登る彼らのニヤけた顔やハシャいだ顔を見て。

<こんな輩と同じルートで登ることは、絶対にイヤだ>。

そう感じてしまったのだ。

対富士にでさえ、この国の人々は軽薄になっている。
そう思わずにいられない。

ニッポン人は、こんなに軽薄で、こんなにいいかげんで、
こんなに無礼で、こんなにも我欲に塗れていたのか…

と感じてしまうことが今年は例年以上に多い。
というか、それが露呈されてしまっている。

深刻に、この国、まずいと感じる。
そう率直に感じ入ってしまうのである。

ダモシは大きな七歳だから、
誰も信じないだろうが、ピュアなのである。

我欲、私利私欲、政治的思惑、組織の都合…。
こんなものばかりではないか、この国は、と。

もっと、コドモのようなピュアさで
ニュートラルに物事を見て感じて接して、ということは
絶対に必要である。


まあ、いい。



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2011年07月03日

AMツアー:13〜無人駅2



kashiwa2.jpg

この旅を象徴する絵の一つだ。

"国鉄"越後線石地駅もまた無人駅。来年で100周年を迎える。
出雲崎から柏崎寄りに進んだ二つ目の駅であり、
礼拝駅の一つ出雲崎寄りの駅だ。

左端にあるダモフィーロ以外の二台は、
おそらく朝から無料で普通に停車されているのだろう。
ここから最至近の"繁華街"(18.7km)の柏崎市街地(柏崎駅)へ
仕事に出かけたか。

夏の猛暑。青空に溢れる緑。人も家もほとんどがない世界観。
そして無人駅。

この構図が今回の旅の象徴の一つである。

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これもまた、季節感という重要なエレメンツがある。
真冬であれば様相はがらっと変わってくる。
旅する季節によって姿が変わるから、関わる者が抱く印象も異なってくる。

無人駅であっても、暗さを感じさせないのは、
猛暑の夏だからといえるのだ。


それは荒浜駅も刈羽駅も同様。

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中越地震で被害を受けた後、08年に駅舎が完成した荒浜駅。

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来年こちらも100周年を迎える刈羽駅。

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まさに悪い意味で今が旬の"原発"の最寄駅である。

むろん原発は海沿いにある。日本海側だ。
高速道路、駅、山間を抜けて日本海沿い。
この位置関係から、刈羽駅から原発へも山間を抜けていく。

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原発のある町。その風景。

山間を抜ければ車はほとんど姿を消し、
本来ならば日本海沿いに出るのだが
その前に立ちふさがる密林的なエリアをくぐり抜ける形になる。

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いかにも原発的といおうか、
ウルトラマンや仮面ライダー、戦隊ヒーロー系での初期
(60年代後半〜70年代)のストーリーで出てきそうな
悪の巣窟的な世界観が漂う。

明るい青の日本海に出られない歪な空間。
原発があるがゆえに、日本海へ出られない。
エアポケットあるいはブラックホール。

陽光が遮断されてしまう空間。

原発がもたらす一つのポスチャーである。


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密林越しに日本海沿いにある原発を視界に捉える。
<柏崎刈羽原子力発電所>である。
1997年、世界最大の原発になった。
これを仕切るのが、忌まわしき倒凶電力。

山梨県を経由して、ここから首都圏に電力が供給されている。

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今となってはものものしい実感を伴ってくる。

そして、格納容器。

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それぞれの私利私欲や政治的思惑を一切排除したところで、
ニュートラルな、ある意味で"コドモ"的ピュアさだけで
推進か脱かの議論をしなければならない。

まだまだすべてにおいて我欲、私利、私欲、政治的思惑などが
議論の中で大勢を占めて介在しているから
ニュートラルな議論が出来ないのだ。

とにかくこの国はこれまでナアナアと政治的思惑、我欲、
オトナの事情と都合だけで物事を決めてきて、
それゆえにすべての事柄の中で嘘や偽善が支配してきたことが
もはや完全に露呈されたのだ。

それは科学者と名乗る者や、霞ヶ関、永田町の連中など、
この国を動かしていると錯覚している
一流大学を出た者たちの"論"と"学"もすべてダメだった
ということが露呈されたことも等しい。

一流大学たる存在の教育が誤りだったことも白日のもとに晒されたのだ。

自民党55年体制が崩壊した頃やオウム事件の頃に
<これまでの膿みを>云々という議論がされたが、
まったくもってニッポンがこれまで溜めに溜めてきた膿みは
一切出されておらず、むしろ逆に溜まる一方だったわけだ。

今回こそ、それをすべて出し尽くし、チェンジしなければ、
もうあとはリアルに東京がスクラップされる以外に、
この国が変わるチャンスはないのは断言する。

今は最後のチャンスなのである。この国が"良くなる"ための。

しかしながらこの期に及んでもナアナアで物事が進もうとしている。

なぜそうなのかといえば、
"握っている"連中が、"握っている"ものにしがみついているからだ。

スクラップとは、そういう意味でも、
"握っている"連中を一掃することも含まれているのである。

たいてい"握る"時、その"握る"ものに対する個人的な思惑
すなわち我欲が働くのは常套である。

それがプライベートのことならいざ知らず、
国を左右することを"握ろう"とするのが権力者の悪癖なのだが、
それをこの国もやってきた。

実は北朝鮮や独裁国家と何ら変わらないどころか、
ある面ではそれ以下の低次元国家ということもいえるのだ。

原発が良いだの悪いだの、という以前の問題なのである。
根っこの部分、本質的な部分からの議論がまるで皆無だ。
それがこの国の世界最悪レベルな部分である。

根っこの部分、本質的な部分はすなわち、

それこそ<心>なのであり、<人間>なのであり、

とどのつまり<自己>以前に、<ヒトとして>どうなのか
という問題なのである。

どういう教育を、この国はしてきたのか。
この国の教育もすべて一度洗い直した方が良い。

世界と合わせるべく入学を秋にすることを
東大が検討しているようだが、
それ以前に<心>や<ヒトとして>の部分をこそ
ニッポンの教育機関は改めるべきなのである。

これまでの教育がダメだったことが分かったのだから、
それを変えるのは当たり前のことなのであるが、
それすら分からぬか、と。

ほとほと情けなく情けなく、西行や芭蕉、良寛になろうか、と。
そんな想いも出てきてしまうわけだ。


善し悪しは別として、

正直、気味が悪い。
原発を見た率直な感想である。



*****


気味が悪い原発から去る時が来た。

<ここで日本海に出られぬという側面だけで見れば
 この存在は悪だな…>

と感じながらダモフィーロのアクセルを踏んだ。


ようやく"ヒト"の姿やコドモたちの一団が
普通に歩く姿を目にしたのは、柏崎駅周辺だった。

柏崎を過ぎて再びようやく日本海へ出る。

鉄道は柏崎が越後線の始発/終着駅。
ここからは信越本線となる。

信越本線。

長野県の篠ノ井、川中島から新潟県の上越、新潟までを結ぶ。
ルート的には上越までは上信越自動車道と同じだ。
同線は群馬県の一部(高崎〜横川)間も走っている。

刑事ダモのこの日の行程は、最北が出雲崎で、
そこから西へ下がって上越直江津まで。
途中に柏崎がある。

だから柏崎を過ぎれば鉄道路線は信越本線となる。
柏崎から直江津間の信越本線は、10駅擁する。

鯨波〜青海川〜笠島〜米山〜柿崎〜
上下浜〜潟町〜土底浜〜犀潟〜黒井を経て直江津に辿り着く。

これらは越後線と異なり、ずっと日本海沿いを走る。
駅舎も日本海に面している。
中でも日本海に近い〜面している〜駅が米山駅だ。


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ホームからそのまま日本海へ入れそうな様相。
仮にこれが冬ならば、ほとんどやってこない列車を、
日本海の荒波を見ながら寒風に身を委ねて
煙草を吸いながら待つという構図が成り立とう。
もの哀しさは一層増すだろう。
また、そこにこそ侘び寂びが生まれるだろう。

演歌の世界になる。

夏の猛暑では、それは生まれ得ない。

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ダモフィーロもまた佇む。

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日本海側のこの夕刻。夕陽はさぞかし煌煌と照るのだろう。

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時に元巨人のレジー・スミスや
元ヤクルトのボブ・ホーナーの抱いた世界観を覚える。

そして、呟くことになる。

<俺は一体、こんなところで何をしているのだろうか>

と。

ポジティヴ/ネガティヴ両面併せ持つ感覚である。

<俺は一体、こんなところで何をしているのだろうか>。

この感覚は、
決してネガティヴなマインドだけではない。
ということもまた、齢を重ねると共に、
内外含めて様々なところに行って分かったことである。


日本海沿いの道路を走り、上越市の直江津へと戻った刑事ダモ。

長野を経て
夕刻過ぎに到着した前日に足を運んだ直江津駅を心に描いた。

<直江津くらいの中途半端な規模感が、
 "これではまるで俺は刑事のようだ…"と覚えてしまうのだろうな…>。

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無人駅ではさほど覚えなかった<まるで俺は刑事のようだ>感は、
こういった直江津的世界観では
異様なまでに覚えたのであった。

中途半端な規模感がもたらす"何となく暗い"ムードが
ダモシに<まるで俺は刑事のようだ>感を与え、
日本海沿いへの懸念を覚えさせたものの、

夏の猛暑と、完全に裏をかかれた日本海の透明感と青の意外性、
無人駅と青空と鮮やかな緑が支配したことで、

原発の"気味が悪い"ポスチャーをも凌駕して、

イメージを好転させた。

これが冬だったならば、これが雨だったならば…。

そう考えてイメージすることもまた旅の奥深さであろう。




posted by damoshi at 10:58| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月02日

AMツアー:12〜出雲崎



東京の北西・練馬から地図上で見て左斜め上に
北西へ高速道路を進む。

そのまま北上すれば群馬の温泉地・伊香保や水上を通過して
新潟県へ辿り着く。これが関越自動車道。

関越道は藤岡JCTで二つに分かれる。
藤岡で左へ折れて上信越自動車道を往けば
富岡製糸場の富岡や軽井沢などを通過して
長野県をメインストリームとして走り続けることになる。
東名高速の「長い静岡県内。静岡県内を超えればワケない」
に等しい世界観が、
上越道の「長い長野県内。長野県内を超えればワケない」
である長野市を超えれば、
新潟県の上越地方まではさほど苦にならない距離である。

辿り着く先は上越市。日本海側。
行き止まりにあたる上越で北陸道を右へ直角に折れて
北へ進めばやがて新潟市。
左へ折れて西へ進めば糸魚川、親不知を超えて魚津(富山県)、金沢(石川県)。
西方面の北陸道はやがて南へ下り福井、滋賀を経由して
新幹線のハブ的色合いを持つ米原まで延々と続いて
東名的世界観と合流するのである。行こうと思えば踏破できるか否か。
この道程はすなわち松尾芭蕉の<おくのほそ道>と合致してくる。

米原は不思議な地である。東京-大阪を新幹線で往く。
大阪もしくは京都逗留した翌日、金沢に用事があれば、
米原まで出て、そこでサンダーバード号に飛び乗れば、
一路、金沢を目指すことができる。
逗留せず東京-金沢を一気に電車で往く場合も、
北西の越後湯沢経由でなくとも、米原を目指せば、
あとはサンダーバード号利用という手も出てくる。
米原は不思議な地なのである。

さて、
先述のラインで上越まで来れば、あとは日本海側を、
右か左か、北か西か、になる。北陸道がすべて網羅する。

そこで西へフォーカスを合わせれば、
<おや?>という感覚を得る。
あくまでも車で走ってきた場合である。

<富山も石川も範疇だな…>と。

仮に金沢をデスティネーションとして東京から車で目指せば、
ため息が出るほどの距離である。
所要時間も刑事ダモが実現する最速タイムをもってしても
六時間レベルになる。

まさに東京-大阪間の五時間を超える。

"ある意味で五時間半"レベルの東京-上越に遠距離感を覚えなかったのは、
昨年末の東京-大阪の<遠いな…>感が直近で存在しているからだろう。
そう考えれば、<富山までは直行できるな…>となり、
<さすがに金沢まで車で一気に行くのは、
 その後のダメージを考えれば危険だな…>となる。

刑事ダモにとっては、
東京-名古屋、東京-京都、東京-滋賀はワケないのである。
東北に目を移せば、昨夏の
東京-山寺(山形)-平泉(岩手)を一気に走り切っているから
東京-平泉に遠距離感はないが、
さすがに東京-青森あるいは那須-青森は厳しい。

西は東京-大阪以西、北東は東京-平泉以北の車での一気は、
刑事ダモの経験上、選択しないだろうという素地が出来る。

目を北西へ転じれば、
関越を経て上信越自動車道を用いての
東京-上越は範疇内であるからして、
日本海側の果てまで一気に行くことは可能となる。

同じ日本海側の果てまで行こうと思えば
上述の通り関越道で一気にそのまま行く手もある。

その場合、上越新幹線とほぼ同じ軌道を描いて走る。
このあたりの地方整備はある意味でたいした功績である。

往ってみて、はじめて分かることである。
且つそれはいずれか一つの交通手段利用では分からない。

自らの足で歩く、あるいは苦労して自らの手でドライブして走る。
ただ単に座っていれば良い飛行機と電車では得られない。

このルートの場合の新潟の着地点は長岡になる。

東京-新潟で見ても、では上越ではなく、長岡を目指したらどうなるか。
ネットで出る所要時間は四時間となる。
となれば刑事ダモ時間で見れば三時間〜三時間半か。

新潟県の日本海側の、より北にある三条や新潟市へ行くのなら、
上越起点ルートよりも長岡起点ルートにする方が
断然近いということが分かる。



*****


西山町。

北陸道と国鉄越後線、日本海。
これらが、上越市から新潟市の日本海側北上ラインの
タテ中心線である。

ヨコで見れば概ね、
内陸部から順番に北陸道、駅、日本海沿いとなる。
むろん越後線の駅によってはまさに海沿いもあるが、
それ以外は駅と日本海の間は山間を抜ける。

北陸道・西山ICで降りれば、西山町。
海側へ少し進めば礼拝駅。
ここから日本海側へ出るには山間を抜けることになる。

西山町から日本海側へ北寄りに抜けていくと出雲崎に着く。

抜ける山間。日本海を望む高台で良寛と逢う。
当地は、新潟県全域の中で<景勝百選第一位>に輝く。


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<日本海は浅い。だから津波は来ない>。

地元の人はこう言った。
この透明感と浅さ。
沖縄の海のようと言っては言い過ぎか。

ここに良寛がいる。

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地元の子供と語らう良寛。
子供と良寛が指し示す方向が日本海。

良寛。

"一衣一鉢 欠くことなし"。

これだけで己が生きていく心理的便益を満たし、
書と詩をしたため、托鉢行脚した。

生まれ育った原点の地がこの出雲崎。

1100年代中盤から後半の西行。
1600年代中盤から後半の松尾芭蕉。
そして1700年代後半の良寛。

それぞれの旅があった。

そしてこの三人はまた、ニッポン人ならば、
触れるべき〜特に現代の腐ったニッポンにあって〜
存在でありアイコンである。

だからか、彼らの旅をたどる人々は老若男女を問わない。

ここ良寛記念館にも品川ナンバー以下、
驚くほど全国各地のナンバーの車がやってきている。

聞けば、
<老若男女、全国各地からいらっしゃいます>ということだ。

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良寛記念館の頭上にある山間が開かれた丘に出れば、
日本海のブルーが眼下に広がるのだ。
さらに空が澄み切っていれば佐渡もむろん見渡すことができる。

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黒い屋根の家々が見える。そこが出雲崎の町だ。
この山を抜けて下りればすぐ着く。

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日本海側。夕陽はおそらく尋常ではない輝きを示すだろう。

良寛にまつわる地は、奥のほそ道や西行の旅とも交錯する。
西は岡山の倉敷、南は奈良・吉野に和歌山・高野山、
主軸の北陸信越は生まれ故郷の新潟。

新潟の中でも出雲崎エリアでは、出雲崎、分水、
そして寺泊に和島とゆかりの地は点在し、

今もなお多くの観光客や旅人を迎え入れている。



*****


町へ下る。もうそこは日本海。

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良寛の生家も間もなく。

この道は、国道352号線。
新潟中部の日本海沿い〜刈羽・出雲崎〜を走り
長岡で内陸に折れる。
その後、福島・会津エリアを経て栃木・日光、下野へ抜ける
全長328kmの一般国道。

刑事ダモは、出雲崎へ出てから国道352号線を用いて
原発の刈羽まで進むことになる。

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むろんこれが冬ならば、様相は異なるだろう。
猛暑に豪雪。新潟の"ぶっ飛んだ"季節感は、風土を育む。

ここはまた、現代演歌、JERO<海雪>の舞台でもある。

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"あなた追って出雲崎 悲しみの日本海♪"
"愛を見失い 岸壁の上♪"

このLyricsと北陸を想えば、
松本清張の「ゼロの焦点」と石川県のイメージが浮かぶ。

あるいは舞台が特定できない
森昌子の「哀しみ本線日本海」や「越冬つばめ」はどうか。

仮にこのあたりを舞台としてもそぐわない。

"海雪の舞台"と初夏の猛暑の出雲崎は合致しない。

それだけ刑事ダモが訪れたこの猛暑の中での出雲崎と日本海は、
あまりにも明るく、青いのである。

"季節感"。

これは土地を語る上で大きな影響力を持つということである。


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ほどよく昼食時がやってきた。

<どこかこのあたりで旨い昼を食べさせてくれるところは?>
と刑事ダモが聞き込みをすれば、

地元の氏が応える。

<この裏に、旨いカツ丼を食べさせてくれる店があるよ。
 ほら、そこだよ>と。

行かぬ手はない。否、そこしかない。
足を向けてドアを開ければ、壁に貼られた写真に目が止まる。

この店でJEROがカツ丼を食べている写真だ。

テーブルに座っているのだが、調理場もレジも見当たらない。
アイソレートされた空間になっている。
奥に座敷や部屋があるのが見える。
敷居のドアを開けてその"家"にあがっていき
畳の座敷(というよりも居間)を超えて声がけする。

<あぁ、すみません。すみません>。

<はいはい、ごめんなさい>と言って
ミドルエイジの女性が駆けてくる。

このあたりではまず見かけることのない
黒ずくめのスーツ姿を見て刑事の聞き込みかと
身構える女性。

<食事がしたいのですが…。勧められまして>と
必要以上に刑事風情を消そうと必死のダモシ。

<そうですか>と安心したように笑う女性。
<どうぞどうぞ>とアイソレート部屋を指し示す。

<やはりこちらが客席ですか?>とダモシ。
<すいませんねぇ、誰もいなくて>と女性。

刑事ダモは<カツ丼ね。勧められたので>と、
あくまでもリコメンドされたことを強調する。
それは勧めてくれた人への礼儀でもある。

どのみち後でこの店の人は、勧めてくれた人と逢う。
そして会話するだろう。

<勧められたと言って刑事が来たわよ>と。

それを聞けば、勧めた人は悪い気はしないだろう。
社交儀礼で<どこか良い店は?>と
聞いてきたのではなかったのだな、と。
教えてあげた行為が無駄にならなくて良かった、と。
そう感じるだろう。

これが一期一会ということ、でもある。

かくして、刑事ダモは、心の中で

<なぜ出雲崎まで来て、カツ丼を?>という葛藤を
抱えながらも、

地域・社会・ヒトという部分での大切なエレメンツに
則った己が行動を良しとして、着地させた。

<まあ、いいだろう。旨ければ>と。

そして、700円のカツ丼は旨かった。文句なく旨かった。


*****


このエリアの人々は口々に、
良寛のことを語る際、<良寛さん>と"さん付け"にする。
親しみを込めて。敬意も込めて。

その様相を察した刑事ダモもまた、
当地の人とのコミュニケーションを円滑にはかるべく
<良寛さんのことで…>と"さん付け"で聞き込みをするのだ。

地元の休み処では、多くの婦人が集っていた。

旅人の刑事ダモを優しく迎え入れたミドルエイジの女性。
麦茶を差し出すが、それを入れたコップのみならずも、
一杯入った水筒も差し出す。

<一杯ありますから、一杯飲んでください。
 暑い中、ご苦労様です>と言った。

座って麦茶を喉越す間に、異形の男へ質問が飛ぶ。

どこから来たのか、なぜ来たのか、ここで何をしているのか、
ここからさらにどこへ行くのか…。

逆聞き込み。

麦茶の礼に、忌憚なく語れば、ダモシがやっている"或ること"を
婦人たちは知っていた。
そして、婦人たちは愛用している、と。
<それをやっている者です>と打ち明ければ、
話は弾み、逆聞き込みは増し、勧められる麦茶の量も増える。


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この町で、静かな会話が続くのだが、
ここにもやはり40度に迫る猛暑という季節感が
情緒を増幅させるのだ。

ウィークデイの昼過ぎ。猛暑。青い海沿いの古い街並。
その中の一角の休み処の軒先で麦茶を差し出され、会話する。
一期一会である。
あまりにもそぐわない出で立ちとポスチャーの刑事ダモをですら
暖かく迎え入れ、相対しても緊張しない人々。

ここに刑事ダモ=ダモシは、日常では感じられない嬉しさを覚えるのだ。

ここは、日本一の町。なにが日本一か。写真で感じられるように、
その街並にヒントがある。

ここは、日本最大の妻入りの街並。
その妻入り家屋
(二間や三間半といった間口が狭く奥行きの長い家屋)が並ぶ
1エリアの長さでは日本最長の4kmを誇る
異次元のポスチャーを披露している町でもある。

さらには紙風船の生産量も日本一。

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徳川幕府の直轄地だったことと
佐渡の金銀の荷揚げなどの寄港地としても、
また北国街道の宿場町としても大いに栄えたのが出雲崎である。

その名残どころか、ある意味で"そのまま"。
これがまた、地方の良さなのである。

地方の良さとはまた、
都会出身-都会暮らし、さらには、
世界一の大都会ニューヨークでも長年暮らしたほどの
ダモシをしてもなお、否、だからこそ余計に、
<安心感><既視感>を強烈に覚えさせるのだろう。

いつかどこかで見た景色。いつか歩いたことがあるような匂い。

そこに、本当の故郷というものを持ち得ないダモシのような
人種にとっては、ニッポンの原風景として心沁み入らせる
のかもしれない。

そして、どこでも"よそ者"なダモシにとって、
また、どこに行っても"異形な"ダモシにとって、

すこしでも"優しくされる"と実は弱いというダモシにとって、

己の本質の一端をあぶり出されてしまう地。

それが地方、ともいえまいか。

旅では己の本質が出る。己の本質と向き合うのが、旅。

そうも言えまいか。

と、そんなことを想うひととき。

ふと想うのだ。
現在よりさらに若い頃、ニッポンを嫌い、ニッポンをあきらめ、
夢のアメリカを目指して出ていった。
そして2-3年で尻尾をまいて逃げ帰ることなく
完全に異国にアジャストしたダモシ。

今、さらに劣化したニッポンにあって、
それでも地方にこそ可能性を見出している旅の中、
感じることはものものしい数量で存在する。
まさに定性データ、定量データ双方膨大に増えている。
己がデータベースとして脳内に肌感として培われている。

だからこその、<州制度実施>論なのである。
<東京こそスクラップ>論なのである。
ここには現場感が膨大にベースとしてある。
霞ヶ関の連中の机上の空論とは違う。

現場を見ろ。現場を感じろ。物事はすべて現場で動いているのだ。
ここに本質がある。

震災の中、いくら仮設住宅云々という機能を
永田町と霞ヶ関が満たそうと思っても
それはすべて机上の空論であり、

最も重要なことは、各人の心理的便益を
いかにして満たしてあげるかどうかであり、
完璧に満たすことは難しいとしても
いかにそれを優先的に考えて行動するか、
その姿勢を見せるかという<心の問題>が、

今のニッポン=東京には致命的に欠乏しているのである。

スッカラ菅だけの問題ではない。
仙石も岡田も自民党も皆、すべて、そうである。
原子力不全不安院など論外なのである。

<心の問題>の根幹をなす、<心>をきちんと持っているのは、
圧倒的に地方の人々である。

東京はクソと言えるほど、それがない。
東京とここで暮らす者すべてと言っても良いほど、
それぞれ気づいていないだろうが
<心>のある重要な部分を失っている。

善し悪しではない。これをもってして
すべて地方が良いのだと言っているのではない。

ニッポンがなぜこの体たらくなのか。
それは東京がなぜダメなのかと一体を成しているのである。

ここから考えなければ、何一つ物事は解決しない。

それは厳しく問いたい。
ほとほと刑事ダモが政治家ダモになれば、
これらは徹底的に追究していくだろう。


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*****


良寛に戻る。

こんな地で良寛は生まれた。その生家跡地を訪れる。


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生家跡に建つ良寛堂。

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水平線の向こうに佐渡を望む日本海を良寛が見つめる。

佐渡金銀の荷揚げもあり、隆盛を誇っていた出雲崎。
ここに名主の跡取りとして生を受けた良寛だが、
家を継ぐことを選択せずに一衣一鉢の世界へ向かう。

そしてこの近くにある光照寺へ入り四年間修行する。

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ここでの修行を終えた良寛は故郷・出雲崎から旅に出る。
岡山・倉敷で十数年、修行。
これを起点に諸国行脚の旅に出て三十九歳で帰郷。

分水嶺たる年齢の不惑のフォーティーズをもってして、
その名もまさに分水(新潟県)にある庵に入り、
いよいよ孤独の中での自由に親しみ創作活動へと入っていったのである。

良寛といえば、<天上大風>の書が有名だろう。

その意は、この世は"慈悲の心が満ち満ちている"。

今のニッポン。この世にあるのは、我欲。
一つ石原都知事の言で的を得ていることがあるとすれば、
<我欲>である。

震災に対する
一般人のボランティアもタレントや企業の活動も、
すべてはその背景に<我欲>がある。

哀しいかな、それが透けてしまう。

ほとほと、こんな国に誰が、した。

A級戦犯の筆頭格に、<東京>は確実にいる。
東京=霞ヶ関と永田町、である。
そして東京=メディア、である。
読売、朝日などの大新聞メディア、そして民放各社のテレビメディア。
彼らの罪は大きい。
悲劇的なのは、彼ら自身が、その罪に気づいていないことである。

だからこそ常に、今もってなお、したり顔で、
恣意的な情報を垂れ流すのである。

己が足で歩いてネタは稼げよ。
そして政治的思惑や企業的都合に左右されない
シュールな情報を正確に提供しろよ、と。

<メディアは教示がなければ、ならない>。

ニューヨーク時代、
インタビューしたジャーナリスト・内田忠男氏の言である。

今のメディアには教示がまるでない。
記者クラブなんてものがあるからダメなのだ。
だから垂れ流しの情報しか出せないのだ。

そして、今の政治家には角栄のようなパッションとパワーがまるでない。

致命的欠陥欠乏がこの国を支配している。

地方も、小泉&竹中タッグによって破壊されたと言われているが、
仮にそうだとしても、
そういったスクラップされた中でも
生き続けているものが厳然と存在し、
そんな中でも人々は生きている。笑顔がある。誇りがある。

東京に誇りは、ない。
ここで暮らす人々も疲れている。

なぜ地方に帰らないのだ。なぜ生まれ故郷に帰らないのだ。
帰って己が村、町を活性化させろよ。

救いは地方にあるのだということを、
地方出身者自身がきちんと理解して、
そのスクラップの中にこそチャンスがあることに
気づかなければならない。

今に見ていろ。分かるから,と。

東京こそ、実は、高齢者人口の増加率が著しい。
地方以上にそれが顕著になっていることに
既に気づいている人々は多いだろう。

いずれ、東京は破綻する。いずれ、東京は無理が過ぎて破裂する。

その時までに、地方出身者は地方に帰り、
地方を活性化させることに力を注ぐべきである。

その流れが加速されれば、必然的に東京から、
世界最悪レベルで無駄に高い人口密集度を軽減することができ、
やがて少しずつ、心の豊かさ〜Always三丁目の夕日の時代のような〜が
取り戻せていけることだろう。

グランドデザインとストーリーはダモシの中では出来ている。

<ニッポン再生〜スクラップ&ビルド>。

このあたりを政治家ダモのケースが生じた場合、主軸とするだろう。

いずれにせよスクラップ&ビルドは喫緊の課題である。
それを国が理解した上で、
国と人が主導権を握ってどんどん進めない場合、

自然の脅威は、自ら先んじてスクラップせんと、
必ずや襲いかかってくるだろう。

東京を東京自身がスクラップしなければ、
必ずや東海大地震か富士山噴火が起こり、
東京は真っ先にスクラップされることになるだろう。

東京こそ、自然のメインターゲットになっているのである。
東海と富士山、そして今回の東日本大震災に、長野。
これらに囲まれて身動きとれなくなるのが、

まさに東京である。

そうなる前に、率先して真摯に人間がその行為をすべし。

もう表参道だの六本木ヒルズだのという、
地方から東京へという憧憬の時代はとっくに終わっているのだ。

東京にはもう、羨望や憧憬の対象は何一つないのである。
一刻も早くそれに皆が気づかなければ
地方活性化もない上、同時に東京破滅を防ぐことは出来ないのである。



*****


<荒海や 佐渡によこたふ天の河>。

松尾芭蕉が<おくのほそ道>において出雲崎で詠んだ句だが、
実に美しい。

この真偽を探っても意味はない。


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日光路(主軸:日光、黒羽)、奥州路(主軸:松島、平泉)、
出羽路(主軸:山寺、出羽三山)を経て、

ルートは、後半の越後〜大垣間の北陸路へ向かう。

山形の酒田を出て金沢まで520kmに及ぶ北陸路。
新潟〜弥彦〜出雲崎〜柏崎〜直江津〜高田〜
能生〜糸魚川〜親不知〜市振を逗留先として
新潟県内の日本海側各地を歩いた。

今回は直江津に該当する上越市内に逗留し、
出雲崎、柏崎、直江津、高田を刑事ダモとして辿っている。

金沢、日光路、奥州路、出羽路の一部(山寺)に続いての踏破である。

先述の句で、真偽とは。

ここでは佐渡と荒海をかけているが、
芭蕉が旅した初夏の日本海は
当欄の写真でも分かるように<荒れない>。

だから、これは写生の句ではないとされている。

つまり、芭蕉独特の魅せる要素をちりばめた句である。

佐渡も見えない。だが心の風景として見ている。
海も荒れていない。
だがその流人の島である佐渡と荒海を交錯させ、
それに対する美しさ、嘆き、哀れみ、清涼感などを
織り交ぜるべく、これもまたこの時期かからない
<天の川(河)>で重ねたのであるとされる。

すべては、<心の問題>に行き着くのである。

実際に見えない、実際にはそうではない。
だが、実際にどう見えるかだけでは物事収まらない。
感性や感覚の研ぎ澄まされた中でこその美と文化。

<心の問題>に帰結する、<心の景色>として詠んだのだ。

だから芭蕉は、凄いのである。



*****



芭蕉さんに挨拶した刑事ダモは、出雲崎を後にする時が来たことを察した。

日本海沿いの北陸街道(国道352号線)を南下すべく
ダモフィーロのアクセルを踏んだ。

しばらく走れば、目に入ってきた看板が柏崎市を示していた。


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posted by damoshi at 22:58| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

AMツアー:11〜無人駅


猛暑の或る日、
刑事ダモが乗ったダモフィーロは、礼拝駅に辿り着いた。

ニューヨーク在住時代のことだから、
その事象は知っているものの実感がない二回の大地震、
<新潟県中越地震>(04年)と<新潟県中越沖地震>(07年)の
主たる被災地である中越エリア-日本海側を、今回めぐった。

それはまるで、刑事が地方出張して犯人の行動を追うかのごとく。

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ここは無人駅。国鉄越後線の駅だ。新潟県の日本海側。
JRではなく、まさに"国鉄"の香り濃い。

礼拝と書いて、「れいはい」ではなく「らいはい」と呼ぶ。

良い意味での地方色は、地方を歩いていると出逢う愉快な看板。

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<そうか。やるのか、森昌子。
 なるほどね、ふるさとコンサートか>と一人呟く刑事ダモだが、
心なしか嬉しそうだ。
こういった"地方的"な所作が微笑ましいのである。

ある意味で一般的に有名な人の、顔と名を、
人が歩いていない地方の中のさらにセグメントされた
エリアに己がいる瞬間に目にすると、
なぜか妙な安心感を覚えるのだ。

それは地元の人もそうだろう。

<どうせ>という観念がなきにしもあらずの中で、
それでも一般ゼネラルな中で著名な部類に入る人が
やってきて、ここで公演を行うということから得られる安心感。
"国"とつながっている感。

とりわけ好きなわけではないものの、行こう、と。
<来るぜ>と。<観に行かなきゃ>と。
そういう世界である。

逆にこの手の看板と首都圏で遭遇した場合、
途端に野暮ったくなる。
首都圏の街の空気感にそぐわないからだ。

東京や神奈川首都圏でこれを目にした途端、
そのエリアが妙に"田舎くさく"思えてくる。

同じ看板でも遭遇する場によって、大きく異なってくるのだ。


*****


このエリアは市でいえば、柏崎市になる。
柏崎市といえば、悪い意味で今が旬な"原発"が真っ先に思い浮かぶだろう。

しかし柏崎市といっても広い。
エリアによってはまったく異なるアトモスフィアになる。

西山町。

天下の田中角栄が生まれ育った地である。

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元は新潟県刈羽郡西山町(にしやままち)だった。
今は柏崎市に編入され西山町(にしやまちょう)となっている。

こういった地方の町や村には、<えっ?>と驚くような
不可思議なファシリティが存在したりする。
<なぜ、ここにこんなものが?>という世界である。

まさに、"ふるさと創生"的ポスチャー。

ふるさと創生事業。
バブルまっただ中の80年代末、竹下登元首相が実施した事業。
賛否両論あるが、基本的概念は決してネガティヴなマインドを持たない。
むしろ、交付された一億円を使う各地方自治体側の問題というか、
品格、マーケティング力によるところが大きい。

要するに、何に使うか。何に使ったか。
自由の女神像や純金こけしを造った自治体もあれば、
村営のキャバレーや、
出来上がった数日後にその地位を奪われてしまった
"日本一長い"滑り台を造ったところもある。

ただ、現代でこそ各地方は独自の観光PRを行い、
"ご当地"モードや
一般ゼネラルインタレストも高まっているが、
当時は<しょせん地方は田舎>に過ぎず、
「旅」カテゴリーでも無視されていた気がする。

そんな中で、現在の地方独自の観光PRや各種ツール
(今ではどんな田舎でも立派な観光ツールがある)や
インタレストに至るそもそもの出発点での実験だったと見れば、
賛否の否側に対する反証ロジックとしては成り立つ側面も出てくる。


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唐突に現れた西遊記の世界。西遊館と西遊園。
ふるさと創生事業ではないが、
これもいわゆる交付金で造られたもののようだ。

<なぜ、ここに西遊記が…>という疑問は、
西山町が中国の一つの市と姉妹関係を結んでいることと共に、
田中角栄の存在があることで着地させられるか。

1972年。

田中角栄が<日本列島改造論>を出す。91万部。
この年のベストセラー第四位。

ニッポンに衝撃を与えた。角栄らしいパワーとパッションが溢れ返った。

善くも悪くもあの時代、未だ夢と野望の息吹があったのだ。
言葉の持つ力もあった。歌が力も持っていた。

ダモシが提唱する
<各地方の州への移行と
 独自法律・独自税制含む絶対主権>
<それを補助するために国:東京がある>の根幹にある
イデオロギーと同じだ。

角栄は述べる。

:::
人口と産業の大都市集中は、
繁栄する今日の日本をつくりあげる原動力であった。
しかし、この巨大な流れは同時に、
大都会の2間のアパートだけを郷里とする人びとを輩出させ、
地方から若者の姿を消し、
田舎に年寄りと重労働に苦しむ主婦を取り残す結果となった。
このような社会から民族の100年を切りひらくエネルギーは生まれない。
かくて私は工業再配置と交通・情報通信の
全国的ネットワークの形成をテコにして、
人とカネとモノの流れを
巨大都市から地方に逆流させる“地方分散”を推進することにした。
:::

強烈である。エネルギーを感じる。


:::
失なわれ、破壊され、衰退しつつある
日本人の“郷里”を全国的に再建し、
私たちの社会に落ち着きと潤いを取り戻すことができる。
:::

さよう。

かくして角栄は、
己が首相につく遥か以前の1950年代に
議員立法として挙げた"道路法"を基軸とした
<高速道路網>の整備を進めると共に
もう一つの柱である
<新幹線網>の開発ロマンを抱いた。

:::
東京から新潟へ。まっ先に、赤い線が走った。
次は東北に抜けて札幌まで一本。
北陸へ、四国へ、赤エンピツは、地図の上を駆けた。
;;;

まるで松本清張のサスペンスのようであり、
一方では夢を感じさせる。

善し悪しではない。

かくして東北へ、上越へ、新幹線は敷かれていった。

今や新潟県の上越・中越エリアから東京(練馬)へは
高速道路があることで三、四時間という幅で結ばれている。
新幹線は言わずもがな。

その<日本列島改造論>が発表された72年7月から二ヶ月後、
角栄は日中国交正常化という大事業を成し遂げた。

善し悪しは別として、
今や中国からの観光客は地方を潤し、
未だに上野動物園にパンダが来れば
多くの人がレジャーへのアクションを起こす。

ロッキード事件という負。その他、
<日本列島改造論>における負の側面も当然ある。

虚実皮膜の世界観の中で強烈なるインパクトを与え、
アイコンとして成立し得る政治家は
近年では小泉純一郎しかいないだろうが、
その小泉がお子様に見えるほどレベルの高いアイコンであり、
ニッポンの昭和における最後の巨大宰相として田中角栄は在る。


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田中角栄記念館。

角栄の意外なる達筆が伺える貴重な品、執務デスク、
愛娘・眞紀子との写真、日中国交正常化の際の写真や資料など
展示がなされる。

映像コーナー。

昭和のあの時代の色と、角栄の熱を感じさせる。
地元の青年会とも思しき一団も
刑事ダモの座る後方に位置取り、映像を観れば、
シーンごとに歓声をあげる。

今観ても、角栄のパワフルさが滲み出る映像の数々。

美空ひばりと角栄が並んで座る中、イキな台詞が両者から発せられる。
昭和のニッポンの未だ文化レベルが欧米並みに高い部分もあった頃。

締めは角栄自らが語る故郷。

必見だ。唸る。
ここには今のニッポンが完全に失ってしまったものがある。


*****


角栄の熱に触れた刑事ダモは、ダモフィーロに乗り込み、
出雲崎へと向かった。



posted by damoshi at 09:38| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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