2011年10月30日

90年の天皇賞・秋


新たなカテゴリー<時代>を設定した。

『19〇〇年の〇〇』というタイトルで、
その時代時代の空気感やトレンド、ダモシを絡めていく
時代考察モノである。

例えば、
『1998年の宇多田ヒカル』
例えば、
『2001年のニューヨーク・ヤンキース』のように。

その年代と対象に、時代の空気感やその時のダモシを絡めるわけだ。

第一回目は、<1990年の天皇賞・秋>。

明日は日本競馬最高峰レースの天皇賞・秋。
ケイバタイムスにも掲載した文だが、
本家のダモログにも一部加筆修正の上、掲載する所存である。


以下、<1990年の天皇賞・秋>。


*****


1990(平成2)年。

史実的には終わりに向かっていたものの
感覚的には未だ世はバブルだった。

ダモシはいわばバブル世代である。

否。ケイバタイムス予想家の大半がそうだ。

一浪一留ゆえ、同学年よりは遅くプロ入り(社会人生活開始)。
1990年はダモシがルーキー・イヤーを迎えていたのである。
要するにバブル期にプロ入りしている世代が、バブル世代である。

下っ端ゆえに接待途中で店を抜け出して
クライアントのためのタクシーを拾うのだが、
そのタクシーを<拾えない夜>を、
ルーキー時代に経験している組/世代である。

すわっ二留か。
単位を落とすという致命的的状況で迎えた
大学側温情の<卒業のための追々試>の日の東京は、
朝から大雪だった。

当時乗っていた中型二輪で臆せず雪の中を
中野新橋から生田へ向かう。
多摩川を越えて川崎市へ入った世田谷通りで
脇道から急に通り本線に入ってきた自動車がいた。
大雪。アイスバーンの世田谷通り。
即座にブレーキを踏み、ハンドル操作するも間に合わず、
斜め向きに滑りながら自動車側面に激突。
その衝撃で宙に浮くと着地したままアイスバーンを滑り
対向車線へ投げ出された。

幸い対向車線を走っている自動車がいないタイミングだった
ことで生死に関わる事故にならなかったものの、
ぼろぼろに破れたジーンズの中の脚からは大流血。

だが、ある意味でそれどころではない。
なにがなんでも追々試をとにかく受けなければならない。
<受けさえすれば>卒業できるだろうという
暗黙の温情も存在していた。
にもかかわらず<受けない>場合は、見放される。
もう一年、留年してください、と。

青ざめて謝罪する背広を着た運転手に
<もういいから、大学まで送ってください>と申し出る。
<大事な追々試があるのです。
 受けなければならないのですよ>と事情を話すと、
<身体は本当に大丈夫?>と問いかける運転手。
ダモシが
<大丈夫だから、とにかく急いで!>と告げると
<分かりました!>と、
背広姿の運転手は己が自動車の助手席に
血だらけのダモシを乗せて、
ダモシを大学まで運んだ。

走行中、運転手に
<申し訳ないですが、現場へ戻って、
 バイクを脇に置いておいてください>と頼んでおいた。

既に試験開始から10分以上が過ぎていた。
同じく追々試の憂き目を浴びていた面々が多くいた。
静まり返っている教室に、
がらがらがらーっと音を立ててドアを開けて
大流血のダモシが登場した。

教壇に座る教授に事情を話して試験用紙を受け取り、
座席についた。

そして、ぱぱぱっと終わらせて、一番で会場を後にした。

だが、その席を立ち上がり教壇へ答案用紙を出しに行く際に
また騒ぎを起こした。

流血と負傷激しかった右脚を庇い、
試験中ずっとその右脚を左脚に乗せる形で脚を組んでいたのだ。
負傷している上に、ずっと脚を組んでいたことで、
右脚の感覚はなくなっていた。

だが、
<さっさと終わらして現場へ戻らなきゃ>
という理解と、
<途中退場可な試験はたいてい一番に退場する>
という己が意味不明なポリシーに則るべく
意識が向かっていたため、
右脚の感覚についての意識がまるでなかったのである。

組んでいる脚を解いて
右脚を床につけて立ち上がった瞬間、
まったく右脚の感覚が麻痺していたのである。

右脚を軸に一歩踏み出して歩き出そうという
条件反射的脳指令と、
神経的世界観で麻痺してしまっていた右脚の動きが
まったく噛み合わず、

絶対に意図しては出来ない身体アクションが起こってしまったのである。

派手な轟音が教室内に轟いたと同時に、
転倒を阻止せんと左脚や左右両腕を駆使して
〜だが咄嗟のことゆえに、駆使する所作も歪〜
あっちこっち、ところかまわず
左脚、左右両腕を運動させた。

利かない右脚。不規則な動きをする左脚と左右両腕。
当然、左手に持っていた荷物は散乱。
方々の机や誰かの筆記具類、試験用紙、手、指を
どんどん弾き、叩きながら、
左脚で床をドーン!次に右脚がカクン!、また左脚が変な方向でドンッ!、
左右に身体が派手にカックンカックンしながら、
左右両腕は都度、
新幹線車内通路をトイレへ行く為に歩いている途中の
揺れに対応するために各座席最上部を
手で支えるがごときアクションの対比「五倍」レベルの激しさで方々乱打。

バンッ!ドンッ!ドスッ!バッバーンッ!

現場はモノが散乱し、歪で不規則なサウンドが入り混じった
阿鼻叫喚の渦に陥ったのであった。

当のダモシはそんなポスチャーと身体運動ながらも
遂に転倒を免れ、
歪なアクションの進捗のゴールが教授が座っている教壇
という、ある意味でのミラクルを披露。

最後、決して手放さなかった答案用紙
〜だがグチャグチャになっていた〜を
カックンカックンの勢いでバーンッ!と教壇に叩きつけてゴールイン。

息を荒げながら
<受けましたよ!とにかく私は試験を受けましたよ。
 確かに受けましたからね。とにかく帰らねば!>
と述べて、皆に謝罪の言葉もなく去っていった。

まさに嵐だった。

公衆電話から友人に電話。
町工場を営んでいた友人が工場の軽トラで現場まで
迎えにきてくれて、壊れたバイクとダモシを初台まで
送り届けてくれた。


卒業の通知が
中野新橋のアパートメントに届いたのは、三月の或る日。
金曜午後8時にバイトから帰宅したらポストに入っていた。
部屋に入って急いでテレビをつけてチャンネルを10に合わせると、
この日が引退試合だった坂口征二がジャンピングニーパットを
披露していた。


*****


春。紀子さんブームが訪れた。
世は未だバブル。お祝いムードに溢れていた。
新卒の中では女性の方が多かった。
まだまだ若いダモシは女性好き。
同期の女性と代わる代わるデート。

ある女性とのデートでは、
完全に仕切られ、
半ドンの午後、銀座で映画を見る際も作品を勝手に決められた。
<ドゥ・ザ・ライト・シング>を一緒に観賞させられ、
映画鑑賞後の夜の飲み屋も勝手に決められた。
会話も映画や文学を一方的に語られ、
ちょっと間が空くと
<で、ダモシ君は?どういう映画が好きなの?>と聞かれたから
<ええと・・・スティングとか>と答えると
<そう>で話は打ち切られ、
またその女性は己が身の上話を始める始末であった。

別の同期女性からは、やはりなぜか<銀座で二人で飲もう>と誘われ、
<いいよ>と言って付いていくと、
やはり勝手に店も決められていて
<ここのアイス日本酒は美味しいのよ>と勝手にオーダーもされた。

で、<ね?美味しいでしょ?美味しいのよ>と
勝手に話を帰結させられた。

で、ほろ酔い気分で二人で深夜の銀座を歩いていると、
向こうから別の同期女性が一人で歩いてきて
ダモシとその女性を見ると
<そういうことだったんだ、へえ?>とねちっこく
品定めするように見られた。

その女性は、あだ名が"紀子さん"だった。

紀子さんこそ、最もクローズな関係になった同期女性だ。
"ほおづき市"にも一緒に行った。
というか、行かされた。
これも勝手に仕切られて、連れていかれたのである。

<ダモシ君と自分は付き合っている>と紀子さんは思っていた。

そう思われても致し方ない部分はあった。
同期=ほぼ同年齢/同年代では、
案外ダモシは奥手で学生時代からけっこう
女性に仕切られているケースが多いのである。
主体性がないというか、女性側が面倒見がいいケースが多いのだ。

でも紀子さんには
二子玉川でテニスに誘ったり、
例の日本競馬史上最高の日といえる
<90年アイネスフウジンx中野栄治のダービー>に誘ったり
とダモシが主体性を示したことがあったのだ。

要するに積極的にダモシが誘った事例。
そんなだから<付き合っている>と紀子さんが
思ったとしても致し方ないのだ。

ダモシは<付き合っていなかった>のだが。

でもダモシは明確に、或る夜、
<好きだよ>と言ってしまっていた。

ほとほと無責任な男である。

リアルな実態、本性としては
<結婚するまで>は実に無責任極まりない男で、
ある意味で、"ただの女性好き"だったのがダモシである。

本質的な性質に加えて、
世は仙道敦子が<職業選択の自由、アハハーン♪>と
CMで唄っていた女性上位が始まる端緒の時代である。
職場でも怖い怖い黒尽くめの
カラス・ファッションの先輩女性たちが闊歩していた。
そうなれば環境的にも女性上位は否めないわけだ。
女性上位になればなるほど、男は無責任になる。
無責任でいられるわけだ。

しかしそんな無責任男も、根は真面目で、
女性に対する幻想的ともいえるくらいピュアな考え方を
持っていた。コンサーバティヴなほど、に。

既に前年秋に出逢っていた今のワイフを、
未だこの春に至っても誘うことができずにいたわけだが、
心の中の本命はずっと現在のワイフだったのである。

これぞ、己が究極のタイプである、と。

あの19万人が集まった大興奮の日本ダービーという
異次元空間を身を接しながら共有したにも関わらず
〜普通、非日常的空間を共有すると恋愛感情は
 さらに高まるといわれるが〜

紀子さんに対して
<好きだよ>以上の熱烈なパッションは遂に燃え上がらなかった。

現在のワイフに、新宿高層ビル群の中の公衆電話から
酔った勢いで深夜に電話をして
<今日は俺の誕生日。で、デートしてきたよ>
とワザと言うところなどはコドモだが、
あまりにも慎重過ぎるといえるほど、
現在のワイフに対しては慎重を期していたのだ。

そんなこんなの春を過ごし、
実際の紀子さんが礼宮文仁親王と結婚した初夏には、
ダモシは"紀子さん"から離れていった。
宝塚記念でオグリキャップが沈んだウィークエンド。
正式にワイフと交際が始まった。

オフィスのラジオからは、
サザンオールスターズの<真夏の果実>が流れていた。
<稲村ジェーンを観てきたよ>と先輩が言っていた。
まだまだヒット連作していた渡辺美里の
<サマータイム・ブルース>をワイフと自室で一緒に聴いた。

真夏にバイクで二人で伊豆へ旅行をした後、
まさにトレンド的"土井たか子系"女性上司のいた会社を辞めた。

そして「渡る世間は鬼ばかり」が放送開始され、
「夜のヒットスタジオ」がその歴史に幕を閉じた秋、
新宿歌舞伎町にある広告代理店に移籍した。

移籍して初めてそのリングに上がる月曜日の前日の日曜。
1990年10月28日、東京競馬場で天皇賞・秋が行われた。

当時は馬連も馬単も三連複・単もない。
単勝か複勝もしくは枠連だけである。

ダモシが投じた馬券は一点だけ。枠連の4-4である。

大学生活最後の冬となった89年の有馬記念。
絶頂期だったオグリキャップが馬群に沈み、
ワイフとの交際の起点となったこの年の宝塚記念でも
オサイチジョージの後塵をはいしていたオグリキャップ。

<オグリはもう終わりだからね>が当時の口癖だった。

ダモシの中では、89年の毎日王冠、天皇賞・秋、マイルCS、
ジャパンカップでオグリキャップは燃え尽きていたのだ。

この秋の天皇賞もオグリキャップは見捨てていた。
本命を4枠8番メジロアルダン。
対抗を同じく4枠の7番ヤエノムテキ。
枠連は<4-4>。それに三千円。

好位で走ったオグリキャップは案の定、
最後の直線で脚色を鈍くして馬群に沈んでいく中、
最内を一気に抜けたヤエノムテキが
ゴールに突き進む中、真ん中からメジロアルダンが
もの凄い脚で追い込んできた。

青い帽子が二つ、ゴール板を駆け抜けた。
枠連配当3,530円。



*****



オグリキャップは六着惨敗。つづくジャパンカップでも十一着と
信じられない敗北を喫す。
劇的な復活を飾るのは、
辛島美登里の<サイレント・イヴ>が巷で流れていた年末の、有馬記念だ。

明らかに天皇賞・秋とジャパンカップの頃はもう衰えていた。

何となく、ブエナビスタが
このときのオグリキャップに被ってくる。

それまで惨敗はないが、衰えの影は忍び寄っていて、
それが天皇賞・秋の着外で露呈し、
つづくジャパンカップで白日の下に晒される。

ブエナビスタが今回の天皇賞・秋で
生涯初の着外に陥る可能性は否定できない。


当時のオグリほど衰えは顕著ではないが、
目に見えない(近走の着順以上の)状態の悪さがあるやもしれない。

むろん勝つ可能性も同時に高い。

ただ、流れ的には天皇賞・秋とジャパンカップで破れ、
最後の有馬記念で劇的勝利という方が
ドラマティックではある。

今回はブエナビスタに印を付けることを、やめよう。

枠連で見た場合の4-4に該当する二頭から。
最もモメンタム高い上がり馬ダークシャドウに◎。
今回のこここそ、もしかしたら唯一の勝機ペルーサに〇。

まともに勝負すれば最も強いだろうアーネストリーに▲。
シルポートとトゥザグローリーに余計な挑発をされないで
己の走りをすればこの馬が勝つのだろう。

内をうまく使って好位先行から飛び出せば
勝機は出て来ようダノンヨーヨーが、△。
状態が良いと伝わってくるローズキングダムに△。

最後の注は、やはりモメンタム上位のトーセンジョーダン。

休み明けのエイシンフラッシュ、ブエナビスタはカットした。

◎ダークシャドウ
〇ペルーサ
▲アーネストリー
△ダノンヨーヨー
△ローズキングダム
注トーセンジョーダン



posted by damoshi at 00:55| 時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月29日

面目躍如


ノーラン・ライアンも、すっかり勝ったと思っただろう。

ワールド・シリーズ。王手をかけて迎えた試合で、
己がチーム"テキサス・レンジャース"が延長10回表に
ジョシュ・ハミルトンのホームランで勝ち越した瞬間だ。

<これで遂に優勝だ>という興奮が、
スタンドで見守っていたライアンを包み込んでいた。

だが、逆転サヨナラ負け。
セントルイス・カーディナルスが逆王手。

MLBのワールド・シリーズは実にダイナミックなベースボールを
今年も展開している。

ぜひプロ野球もこれから始まるポストシーズン・ゲームで
ダイナミックなゲームを期待したい。

その前にドラフトが行われたが、北海道ハムには苦言を呈したい。
"べつに"巨人の肩を持つわけではないが、
菅野を突然指名した北海道ハムのやり方はマナー違反だ。
<ハムよ、なにをしとるのか・・・>と。

北海道ハムのやり方は、姑息で、小賢しい。
事前に指名の挨拶もなかった。
菅野にとっても巨人にとっても想定外のハムの指名。
そして、よりによって当たりくじを引いてしまう図々しさ。
これは、いただけない。

ハンカチ斎藤の時も同様。東京ヤクルトへの入団で良かったのに、
これまた北海道ハムは横やり。ダメだ、このやり方は。

<自分はとてもとても。勝てませんし、試合には出ませんし>
と言っておいて、いけしゃあしゃあと出てきて
クジ運の良さも手伝って、無欲のまま勝ってしまう。
北海道ハムのやり方を見ていると、そういう"背中から攻撃する"ような、
男らしくない所作が感じられる。

もともと大嫌いだが、こういうことをしているから、よけい嫌いなのだ。
ダルビッシュにしても格好つけていないで
さっさとメジャーに行けば良い。
思いきってぱっと渡米したダモシから言わせれば、
ダルビッシュは実は怖いのではないか?メジャーに行くのが、
とさえ思えてしまう。彼もまた物事をはっきりせず、
背中から刺すタイプやもしれぬ。
お山の大将になっていて気分は良いだろうが、
メジャーのダイナミズムの中でやってナンボという部分もある。
また、それだけの器のはず。若い年齢のうちにさっさと行くべきだ。
今でももう遅いくらいである。


*****


さて、今週の刑事ダモ。

また捜査のために地方へ出向いた。


102811e.jpg

小さな遊園地もどきの中にある観覧車。
青空とコカコーラの看板が米国情緒を装う。

群馬県某所。

102811d.jpg

ダモフィーロが佇む(右端)

102811c.jpg

美術館で聞き込み。

そして、世界遺産を目指している
ニッポンの近代化と絹産業の礎たる富岡製糸場。

国重要文化財。

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創業当時のまま姿を残している貴重な文化遺産である。

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今年は、関越道と上信越道を多く走っている。
いわゆる埼玉→群馬→長野→新潟の世界観である。
その終点・上越(新潟)まで今年は踏破した。
長野市(長野)へも行った。
同じくオフィシャル事案でこの富岡は二度、その先の下仁田、安中も。

プライベート事案でも軽井沢。

NY-era(ニューヨーク時代)の前は走ったことがなかった。
後に該当するニッポン復帰以降でもなかった。
今年が初めてである。
そして今年で一気に慣れた高速ルートである。

これで
東北道(終点の青森まで踏破=08年)
中央フリーウェイ(終点の小牧/富士吉田まで=NY-era以前)
東名高速(終点の小牧まで踏破=NY-era以前/今年も)
に加えて
上信越道(終点の上越まで踏破=今年)も<踏破>したことになる。

今年はその他、
北陸自動車道も初めて走り、常磐道も先般初めて走った。

オフィシャル事案での長距離ドライヴィング。
その復路。
たいてい強烈な睡魔に襲われる。
今年の前半まではそれに抵抗し、決して休憩をとらなかった。

だが、南相馬へ出かけた後の復路で、
完全な居眠りに陥り、危機一髪だった経緯を踏まえて
最近は、すぐにSAなどに車を停めて車内で休憩することにしている。

今週の捜査の復路でも強烈な睡魔に襲われて、
ある意味で、数秒あるいは一瞬もしくは数分、
ハンドルを握りながら眠った。

右側の追い越し車線を走っていて、急に他の車が
爆走して真ん中車線からダモフィーロを抜き去ったから気づいた。

おそらくこの時、右側車線を走っているにも関わらず、
眠っていたからスロードライヴィングになっていたのだろう。
それに業を煮やした後続車が怒りの追い抜きをしたのだろう。

<危ういな・・・>。

すぐにSAに入りダモフィーロを停めた。
そして<ふぅ・・・>と一息ついて目を閉じた。
気づけばいびきをかいている己の声で目覚めた。
ハッとなって、
ドライヴィング中に己が居眠りしていた錯覚に陥り、
慌てて停車しているダモフィーロ車内でハンドルを握り、
右に左に動かす始末。

誰かが外から見ていたら、奇異な光景がそこにはあったろう。

しかしながらブレイクして眠ったことで、
その後はシャキッとした状態で帰宅するまで
走ることができた。

もはやリアルに危険。だから、睡魔が襲ったらすぐに休憩するのだ。



*****


<ダモシ?
 そういうお前は大丈夫なのか?>というコピーで、

ダモシの国家試験チャレンジが初秋に行われたわけだが、

今宵が合格発表の日だということを忘れていた。

帰宅後、入浴。
リビングで呆然としてテレビを流し見していると
突然ワイフが起きてきて、
<不在票が入っていたけど、これ試験のじゃない?>
と教えてくれた。

<あ、そうだ。今日が発表なんだ。
 その知らせのハガキだろ、きっと。
 でもポストに投函するものではなく
 わざわざ郵便物になっているのだね?
 まさか合格したのかな?>

とダモシは色めきたった。

<よし、ウェブでも発表しているだろう。
 見てみよう>

とすぐにインターネットへ向かう。

合格者の受験番号が並んでいる。
目で追っていく。
自分の番号に近づいていく。

(ないかぁ・・・)

動悸が襲う。高まる鼓動。



*****



ウェブには正誤表も出ていた。
実際の試験用紙には己が回答したものも持ち帰っていたから、
照合してみた・・・。

その前に。

まず背景環境。前年の結果からのストーリーだ。

三種目ある。三種目すべて60点以上を正解して初めて合格。
二種目が100点満点でも、どれか一種目でも59点があれば
敗れ去る闘いである。

昨年は、最も難儀だった種目Cがなぜか通った。
問題数が50弱(他の種目AとBはそれぞれ25問ずつ)と最も多い難関。
さらにその種目Cの中には細分化された二種目あり、
そのうちの一つが特に苦手なものであり、
まず厳しいだろう、と察していた。

だが一方でもう一つの方が全種目の中で最も得意で
自信を持っていたものだった。

要するに種目Cを制するかどうかの鍵は、
Cの中の苦手なC-1の不正解を、最も得意なC-2の正解で
どれだけ補えるかということだった。

50問ある種目Cのうち、25-25ずつだとすれば、
得意なC-2を完璧に制すればそれだけで50%はゲットできる。
そうすれば、苦手なC-1の25問のうちから10%だけを
何とか正解させれば合計で60%は突破できる。

種目Cの2をパーフェクトにすることを目指した。
戦略上。

で、首尾よくその種目Cを制した。
が、種目AとB両方落とした。
惨敗といっても良いが、一方で苦手なそれを突破したことで
翌年またチャレンジする場合は<シード権>のような
特権を得たわけだ。

要するに、通った種目Cは翌年に限り受けなくて良い=免除する
というルールである。

そうなれば、仮にリベンジを期す場合、
種目AとBだけを徹底的に鍛錬すれば良いということになる。

昨年のダモシのように三種目すべてと闘うのと、
二種目と闘えば良いのとでは、闘いに臨む戦略も異なってくるし、
有利になってくる。

そういったシチュエーションで迎えたわけだ。


さて、正誤表での照合。

種目A。結果を見てみよう。
問題順に正解は〇、不正解は×として記載する。

問題1〜10=
〇〇〇〇〇〇×〇×〇

最初の10試合を開幕六連勝含めて8勝2敗で乗り切った。
俗にいうスタートダッシュだ。

問題11〜20=
〇〇〇〇〇〇×〇〇×

ここも六連勝(問題10から数えて七連勝)含めて
8勝2敗で乗り切った。

この時点で16勝4敗。一問4点だから既に64点で突破している。
問題18を正解した時点で突破しているわけだ。

残りの21〜25問は、××〇×〇〇と3勝3敗と苦戦。
いかにスタートダッシュで決めたかが分かる。

25戦19勝6敗。トータル76点。ある意味で余裕の突破といえよう。

が、仮に同じく一問4点の種目Bで56点に終われば水泡に帰す。


種目B。

問題1〜10=
×〇〇〇××〇〇〇〇
苦戦するも7勝3敗で乗り切っている。

問題11〜20=
〇×××××〇〇〇〇
五連敗という致命的な連敗を喫し、5勝5敗。

この時点で12勝8敗。獲得ポイントは、48点。
残り五問で12点獲らなければアウトになる。
12点ということは、三問正解。5分の3だ。

残り5試合を3勝2敗で乗り切らなければならない。
厳しいシチュエーションになっていた。

しかしその一方で、残り五問のうち、
あと二問は不正解できるのだ。

果たして。

問題21=〇
問題22=〇

マジック1。残り3試合で一つ勝てば良いという状況に
この時点で好転している。

問題23=×

残り2試合で一つ勝てば良い。焦るな。

問題24=×

おいおい・・・。詰めが甘いか? 何をしとるのか・・・。

これで敗れ去ったら、
アントニオに常々言っていることの潰しもきかなくなる。

それこそ、そういうお前は大丈夫なのか?
の世界である。

しかもこの流れで来て、最後で落としては、元も子もない。


そして迎えた、最後の問題。

問題25。

持ち帰った用紙を見ると、
この問題を解いている時のダモシは相当迷っていたことが窺えた。
四択のうち二つはささっと斜線で消去されている。
が、残りの二つのうち、どちらかが迷っていた形跡がある。


<どっちかなぁ・・・>と迷った問題は、
控えていたペーパーによれば、
種目Aで五問、種目Bで七問となっていた。

つまり25分の5、25分の7は迷っていたわけだ。
やはり種目Bの方が迷っていた問題は多かったのだ。

種目Aのトータル不正解数は6。
迷っていた五問すべて不正解として、+一問不正解だった
という算段になる。

種目Bのここまでの戦績は24戦14勝10敗。
迷っていたのが七問あったから、
やはりこういう結果になっていても仕方がない。

これでは迷った回答はすべて不正解になっていた
といっても過言ではない。
要するに<どっちかだな>のどっちかを選んだという所作
=ある意味で<運>。

これはダモシに味方していないということがいえる。

力で獲れや!と。
そういう世界だろう。たまたま、ということはあり得ないよ、と。

最後の迷った一問。

結果、


〇。

25戦15勝10敗。60ポイント獲得。

種目Aの19勝6敗:76ポイント
種目Bの15勝10敗:60ポイント

薄氷の勝利と相成ったわけである。
これぞ紙一重の勝利。
これだけギリギリであれば、種目Aの高得点なんぞは関係なくなる。


*****


さて、ウェブ上での合格発表を緊張しながら見ているダモシに戻る。

あった。ダモシの番号があった。
何度も確認する。
<これは今年のだな?>と。


<おぉっ!勝ったぞ!>と快哉を上げてワイフに報告。
ワイフにも
<間違いないよな?>と確認し、
<間違いない>となり、大団円と相成った。

正式には明日のその書面到着と確認をもってしての
結果となるから油断できないが、
正誤表での確認でも薄氷だが、勝利している。

レベルや種類は別として、
試験を受けて合格するのは
ニッポン帰国直後の運転免許証再発行特例措置における
<筆記をもう一度受験して一発合格だった場合のみ
 免許証を発行する。落ちた場合は、イチから教習所に通って
 免許証を獲れ!>というSink or Swimの試験で合格したとき以来。

実はこの時も、合格ラインを一問だけ超えていた薄氷の勝利だった。
<あと一つ/一問だけの不正解でアウトだった>
という結果は、同じだった。

今回はしかも国家試験で、昨年、敗れている。
そのリベンジである。
マスト・ウィン・シチュエーションだったこともあり、
望むべく結果になり、気持ちの良いものである。


<これでアントニオにも、胸を張って言えるな>。

ダモシは鼻を膨らませてワイフに自慢した。

明日は、空手練習用具の秘密兵器が拙宅に届く。
それにより練習のフェーズがさらに上がる。
12月の今シーズン最終戦へ向けた新兵器<信玄堤>も
だいぶ精度が上がってきている。

まずは、アントニオと共に闘っている上で、
<そういうお前は大丈夫なのか?>を突破したことは
大きなことである。

しかも全選手の中で勝利者率(合格率)は三割である。


なにより、注文通り/シナリオ通りのリベンジ勝利という
結果を残すことができたことは、たいへん意義深いことである。

久しぶりに、己自身のパフォーマンスに対して
<よぉしっ!>とガッツポーズをした今宵であった。
そして久しぶりに己を己自身で<褒めた>夜だった。

自分自身で、自分に対して<さすがだな>と言える
千年に一度は、気分がよろしいものだ。

まだ、明日、その知らせを受け取るまでは安心できないが・・・。

まずは朝、空手用具の巨大な秘密兵器が拙宅に届くのが先で、
ダモシの闘い勝利証明は午後の再配達を待つとするところである。


とまれ、面目躍如。このひとことだ。

ダモシにかかれば、
これもこれで<闘い>であり<勝負>であり、<スポーツ>であり、
<考察材料>である。


種類は異なれど、闘いの機微はなにごとも同じである。




posted by damoshi at 02:33| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

LIVEを我等に


カリズマティックにウォーエンブレム、
そしてファニーサイドとスマーティジョーンズ。
リアルタイム、しかもLIVEで。
在米中に四度、トリプルクラウンを目撃する好機があったが、
いずれも破れた。大雨の中においてさえ現場で観ていた興奮は
昨日のことのように肌感で覚えている。
あの日の体感気温や風の匂いまで覚えている。

なぜ異国の競馬におけるトリプルクラウン=三冠の
達成されるかもしれない好機に
現場にいることができたか。

それは米競馬三冠最後のレースである
ベルモント・ステークスの開催場が、
在住していたニューヨークだったからだ。

異国のそれを観られるかもしれない"稀に見る"好機。
大雨であろうが、行かぬ手はない。

結果的にはその希望〜現場で米競馬三冠達成を観る〜
は叶わなかったが、サラブレッドたちによる
<トリプルクラウン・チャレンジ>同様に
日本人であるダモシにとっては
異国におけるトリプルクラウン・チャレンジだったことには
違いない。

まだまだ生きていれば〜ニューヨーク復帰すれば〜、
その好機は必ず巡ってくるだろう。

日曜日。日本競馬三冠がオルフェーヴルによって達成された。

ディープインパクト以来六年ぶり、史上七頭目の三冠馬である。

米競馬は十一頭の三冠馬がいる。
だが、1978年以来、実にもう33年も三冠馬は現れていない。
だからこそ、あの在米時のトリプルクラウン・チャレンジ
(前二冠を勝った馬がベルモントに乗り込んできた)は
熱狂をもって迎えられていたのだ。

特にカリズマティックがチャレンジした99年は、
絶好のサニースカイに初夏の陽気と
昼はヤンキースvs.メッツのサブウェイ・シリーズ、
夕方は三冠かかったベルモント・ステークス、
夜はマディソン・スクエア・ガーデンで
NYニックスが進出していたNBAファイナルと
もう世界最高峰のプロスポーツ・イベントが
重なった<NYがモノ凄い一日>だった。

それは、渡米して最初の夏。
もう毎日が新鮮で刺激満載。
一日にそれだけのレベルのエンターテインメントが
普通に繰り広げられるニューヨークに、
<さすがだな・・・>と喜びを噛み締めたものだ。

では、ニッポンで三冠をナマで観たことがあるか?
となれば、<ない>。

セントライト(1941年)
シンザン(1964年)
ミスターシービー(1983年)
シンボリルドルフ(1984年)
ナリタブライアン(1994年)
ディープインパクト(2005年)
そして昨日の、
オルフェーヴル(2011年)

が歴代三冠馬だ。

セントライトは観る術はない。生まれていない。

シンザン。
これはダモシが生まれる前年の冬
(母胎にいた)、有馬記念も制して史上初の五冠馬になった。
ウルトラの父はダモシにつけた現在の名前ともう一つ
<シンザン>という名を筆頭候補にしていたという。
結局、現在の名前を選んだわけだが、
もしかしたらダモシの名前は<シンザン>になっていた
可能性があったのだ。

ミスターシービーとルドルフの頃のことは
ケイバタイムスに掲載したため
ここでは割愛する。
いずれもナマで観ていないし、テレビでもリアルタイムで観ていない。

ナリタブライアン。
この馬が三冠達成したときが、
初めてリアルタイムでテレビで観たときであり、
唯一である。

ディープインパクトのときは、在米中。
<ダモシxディープインパクト=まったく絡まない>方程式。

いわゆるダモシ在米中ゆえに
<完全に抜け落ちているアイコン>の一つであり、
イコール、ゆえに
<何のシンパシィも覚えないアイコン>が
ディープインパクトであり、小泉純一郎であり、
ホリエモンである。

昨日。観なかった。在宅ではなかったからだ。
帰宅後の深夜、youtubeで観ただけだ。


競走馬の記憶。シンパシィ。

これは己が馬券を買ったそれに絡んだか(的中したか)、
大いなるアイコンとなって
同時代を同じ空気感で生きていたかによって生まれる。

メジロマックイーンやオグリキャップ、
近年ではニッポン帰国と同時に現れて
鮮烈なレースを披露したウオッカなどがそれに該当し、
前述のディープインパクトはまったく該当しない。

オルフェーヴルに関しても、
馬券を買っていた人や
リアルタイムで観ていた人、現場でナマで観ていた人にとっては、
大いなるメモリーとして今後も残るだろう。

だが、ダモシにはオルフェーヴル三冠に何のシンパシィも沸かないのだ。
馬券も買っていなければ、
リアルタイムで観ていない。
そもそも開催場が京都というのがよろしくない。

とどのつまり、<LIVEを我等に>なのである。

LIVEに勝るものは、ないのだ。

ニッポンの競馬に関しては、
よほどの偶然〜そのときにたまたま京都にいた〜
がない限り、三冠達成の可能性があるからといって
わざわざ京都まで行くことはしないだろう。

だから、ニッポンでは三冠達成をナマで観ることは
ダモシに関しては、ほぼあり得ないと思われる。
よっぽど遠い米の方がその可能性を感じさせるから
不思議なものである。

競馬の三冠達成の瞬間を観る可能性として
日米でどちらが高いかと考えれば普通ニッポンだろうが、
ダモシの場合は、米となる。
ニッポンでは、その可能性は限りなくゼロである。



*****



LIVEを我等に。

中村誠vs.三瓶啓二が決勝戦で、熊殺しウィリーも出ていたから、
おそらく中学時代の1979年だったと思うが、
そのとき以来、32年ぶりに
極真の全世界空手道選手権を観戦。

ところは同じ東京体育館。

しかし体育館は当時は旧東京体育館だった。
旧東京体育館ではアントニオ猪木vs.タイガー・ジェット・シン戦など
プロレスでも多く出かけた。

現在の新東京体育館になってからは、
ワイフと山本寛斎のファッションショーに出かけたり、
後輩とやはりプロレス観戦に出かけたりはしている。

アントニオの空手の大会では、
横浜文体や国立代々木は経験済みだが、
東京体育館は未踏の羨望のメジャー・アリーナである。

なにせ、極真の全日本、全世界といえば東京体育館。
空手バカ一代の時代から聖地である。

かつて知ったるあのムードに、血湧き肉踊るLIVE感。
八歳アントニオと、大きな八歳ダモシは
七時間ぶっ通しで観戦した。

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超満員札止め。

いくらニュースで<大観衆が集まった>と言っても
オフフェーヴルの三冠で六万強しか競馬場に集まっていない。
<昔は>普通に十万人以上、競馬場には集まったのに、だ。

だが空手の全世界選手権。あの頃と変わらず、
キャパシティ一杯の超満員。
その人気の高さが窺える。
今やプロレスでも一万を超える動員は難しい。

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ダモシ&アントニオは自由席券で入場。
ゲートオープンから30分程度しか過ぎていないのに、
到着した頃には超満員。最上部の座席四つだけ空いていた。
二人で四席を占拠した。
ワイフ手製のお弁当持参で、じっくり観戦のスタイルである。

新極真会である。
極真はゴッドハンド亡き後、分裂。
極真会館、極真館、新極真会その他に分かれた。
格闘技における離合集散の典型例は、新日本プロレスに通じる。

極真会館の全日本に先日、アントニオが出たわけだ。
極真館の関東選手権で今年アントニオは優勝している。

そして、新極真会だ。ここはオープンで他流に出て来ない。
だからアントニオがいつも出ているオープンの他流大会で
当たることがない。

一度も対決したことがない。
だが、ここが強いのは分かっている。
ジュニア戦士も相当強いだろう。
少年部の演武がこの日も行われたが、
それを観ているだけで<相当やるだろうな・・・>
というのが分かる。

来年、実は、この最大大会に乗り込みチャレンジする予定である。
ところは、聖地の東京体育館。
ぜひ、新極真会の少年と闘ってみたいわけだ。
相当、こちらも心して臨まなくてはならないが、
こちらも相当、強くしていくし、
他流対決はアントニオの方が断然慣れている。

来年の大きな目標の一つである。

<ここで来年やるからな。空気感を察しておくんだぞ>

と語るダモシにアントニオは頷いた。


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相当強かったといわれる米俳優ドルフ・ラングレンが登場。
特別演武を披露したのだが、
その際に披露した型が、
アントニオ十八番これをやればまず負けないセイエンチンだった。

<あっ、セイエンチンだ!>とアントニオは大喜び。

その後、ラングレン氏は写真の通り、氷割を行い喝采を浴びた。
<ロッキー3>での演技とは到底思えないほどの強さと肉体は
大いに健在のようだ。

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この日は長渕剛も登場。
ラングレン氏の演武での音楽プロデュースを行ったが、
さすがと思える音楽制作だった。

野茂英雄も来ていた。

長渕をLIVEで観るのは、08年秋の清原引退試合以来(大阪)。
同じくLIVEで野茂を観るのは、
ニューヨーク時代にヤンキー・スタジアムでのゲームに
ボストンの先発投手として出てきた日以来だ。

来年は空手の主催大会プロデュースを目論んでいる。
その意味でも
緑健児氏
(現役時代、小さな身体で世界王者になった小さな巨人。
 好きな空手家の一人だ)率いる新極真の大会運営と演出は、
たいへん優れたもので、勉強になった。

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それにしてもこれだけの熱気が、
今のニッポンにあるとは・・・。

この空手の東京体育館だけは、昭和のあの時代と
何ら変わっていない気がした。

やはり、LIVEが良い。

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今度はアントニオをプロレスに連れていってあげよう。

ボクシングの聖地でもある後楽園ホールは、
アントニオにとって未踏だ。

そして日本武道館。ここも彼は未踏である。

主催大会をするならば、会場は、東京体育館か日本武道館がベストだ。

ところで来年2012年は、
武蔵と小次郎の巌流島の戦いから400周年である。

下関市では、巌流島400年記念で、島での決闘を受け付けている。
ユニークである。
既にレジェンド・ザ・プロレス(藤波・長州・初代タイガーマスク)が
興行を行うことも決まっている、という。

男子たるもの、単純だから、
これだけでゾクゾクするのである。


巌流島での試合。これぞ、究極のLIVEではなからふか。



posted by damoshi at 02:20| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

距離感


東名なら、西は大阪までイメージすることができる。
御殿場、清水、浜松、名古屋を通るごと、
戻るべき場所との距離感をイメージできるのだ。

<あと〇時間くらいだな>と。

東北道も最果ての青森までイメージできる。
上信越道も藤岡や軽井沢はもとより、長野、そして終着の新潟上越まで。
中央フリーウェイでいえばかつて知ったる甲府を手始めに、
諏訪湖、松本まで。途中で分離して名古屋までの距離感もイメージできる。

何度も走ることで、それは可能になる。

東海道新幹線で、<三河安城を定刻通りに過ぎました>アナウンスが
車内で流れる時に得られる安心感に近いものがある。

広島までだと遠いなぁ・・・と感じる東海道新幹線は、
東京〜名古屋間の、その<三河安城を定刻通りに過ぎました>が
既視感ならぬ安心感をもたらす。

むろん、今では既に新横浜〜博多という新幹線にしては長距離をも
乗っているが。

未踏エリアを走る時、安心感が得られないのは、
<距離感>をイメージすることができないからだ。

常磐自動車道。

東京を起点に、終点は仙台とする高速道路だが、
東京から仙台へ向かう際には"普通"、使わない。
"普通"は東北自動車道を使う。

だから<東京から仙台まで>という高速道路という概念はなく、
やはり"常磐"だから茨城をメインストリームとする。
土浦や水戸、東海に日立だ。
それらを過ぎれば福島県のいわき市、さらに進んで相馬。
そして宮城県の亘理へつながってゆく。
大震災でダメージを受けたエリアが多い。

南相馬へ向かった際、常磐道は通行止めになっていたから、
東北道で二本松まで進んでから延々と山間を縫っていった。
仮に通行止めになっていなかったら常磐道を用いていた可能性はある。

だが、常磐道を用いる相対的に最大理由として存在している中での
メインのデスティネーションは<茨城県>だろう。

茨城県をメインストリームとしているのが常磐道といって
差し支えないだろう。

刑事ダモは、自身未踏の常磐道を走り、未踏エリアへ足を踏み入れた。

往路は下りるインターチェンジが分かっていて
そこまで<あと〇〇km>という表示が時々出るから
それをもってして距離感を計ることができるのだが、
問題は復路だ。

疲れている。睡魔が襲いかかっている。
空も一転、ダークスカイに装いをかえている。
早く帰りたいという気持ちもある。

だが、安心感につながる<距離感>がまったくイメージできないのだ。

常磐道。上りを走ってみる。

田野PA、水戸IC、友部JCT、岩間IC、石岡ICと次々に出てくる。

だが、それらがどこで何なのかがまったく分からない。
当然、<水戸>は誰もが知っているだろう。
だが具体的にどこにあって、水戸は東京や仙台とどれくらいの距離なのかは、
茨城県民であったり水戸市民、あるいは恒常的に常磐道を利用している人々
以外には分からないのではないか。

刑事ダモには、分からないのだ。

だからそれらのPAやICを経ても
<いま自分が東京との距離感で
 どのくらいの位置関係にいるのか>がまったくイメージできないのである。

それをイメージできないということは、

<あと五時間もあるのか・・・>や
<よし、もうすぐだ>という心の中の秤が作動しないことになり、

安心感や励みが一切ないということになり、
漫然とドライビングするという危険な様相を呈してくるのである。

それが睡魔が襲っている場合、よけいに厄介である。

<千代田石岡?だから、それ、どこよ>と。

つくばJCT、谷和原IC、守谷SA・・・。

いやいや、だから「つくば」の地名は知っているけれど、
距離感が分かりませんから!

と。

千葉に入って柏ICが登場した時点で、
何となく
<ん?近いかな?>と感じるものの、<流山IC>でまた、

ええ、ですから流山は地名は知っているし、
大学時代に仲の良かった女子が流山にキャンパスがある
大学に通っていたけれど、どこよ?距離感が分かりませんからね

ということになる。

ようやく東京外環と連動する三郷JCTに到達して、
<なんとなく・・・>的に、近いのかな?とは思うが、
ここからが長い。いよいよ延々と渋滞が始まり、
<魔の首都高あっち側>につかまってしまえば、
遠距離感しか、そこには生まれない。

<魔の首都高あっち側>とは、

六本木や渋谷、池尻、東京など東名と連動する
<山の手側>ではない<あっち側>である。

東北道で戻ってくる際も、一刻も早く抜け出して
さっさと中央環状線に入りたいと切望する
途中の<あっち側>である。

東京とは認められない側、だ。要するに。
ここがまあ酷い。事故渋滞も多ければ、
JCTが多いから、トラックはもとより不慣れな
地方からのドライバーが多く、車線変更等だけでも
渋滞を引き起こす劣悪構造である。

最新の中央環状線は、とりわけ、
<首都高のこっち側>の人々が
各地方へつらなる高速道路へ向かう際の救世主的存在で、
劇的に所要時間の合理化が果たされている点で
一定の評価をしているがしかし、

ここにも大きな問題がある。

意図的か?とさえ思える劣悪極まりない構造。

茨城からの帰路。ようやく中央環状線への分離まで辿り着くと、
数少ない中央環状線利用車たちが
これまでの鬱憤を晴らすかのように
<ダイアナ妃が事故死したトンネルのような>
中央環状線のカーチェイスに参画する。
ダモシも怒りの猛爆走。
そのうちここでダイアナ妃事故死のような事故を起こすだろう。
これは時間の問題だ。そういう構造に意図的になっている。

しかしながら<あっち側>から<山の手側>へ一気に走り抜ける
中央環状線のメリットは大きい。

一気に、新宿あたりも抜けて、さあ池尻で首都高本線に合流して
一気に東名まで行くぞ、と誰もが感じる最終局面で、
<ほぼ99.99%、止まる>。

大渋滞になる。

これが国の意図的とも思える稚拙な構造である。

毎度毎度、怒りに震え、<一体どういう頭で考えたのか!>と感じ、
車内で罵詈雑言を国に浴びせることになる。
<役人の阿呆が!あいつらは現場を知らんで頭だけで考えとるから、
 こうなるのじゃボケ!>と。

ボケカスクソとまあ酷い。

<ここの区間分の料金を払い戻さんかい!>と。

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片側二車線ある中央環状線。
当然、カーチェイスで右側車線を猛スピードで駆け抜けてゆく車たち。
バランス調整のために左車線はある。
時によけて、時に抜く。その繰り返しだが、皆、猛スピードだ。

で、たいてい<5km先渋滞注意>から警告がスタートし、
1kmごと、それは掲示される。

<またかよ>と。

最後のカーブに差し掛かる直前も直前、
まったくもって<突然>といっても良いレベルで一車線になる。
もともとの左車線側がイキて、カーブしていく。
だから右側車線(オレンジ)を猛スピードで走っていた車たちが
急停車して左車線(黄色)に入らなければならないのである。
そもそもその先も大渋滞しているから、
左側の黄色車線は塞がっている。
塞がって満員電車の中に右のオレンジ車線から一台一台入らなければならない。

しかしながら、この空間。
右車線の右側も、左車線の左側も、車が二台くらい余裕で入ることができる
不思議なスペースがある。

空間の無駄使い極まりない!

この黄色車線はやがて途中で右にもカーブして<渋谷方面>へ
流れていくのだが、
言っては何だがこの路線、渋谷方面へ行く為に利用している者は
皆無だ。

この中央環状線のルート構造において、
ここを利用して<渋谷>へ行く輩はまず考えられないのである。
なにをもってこういう構造にしているのか、と。
ほとほと役人どもには頭が下がる想いだ。
まずこの<渋谷方面>がムダ。

さあ、そしていよいよ首都高本線だ。
ここに入るまでにどれだけの無駄な時間をスペンドしているのか、と。
まさに牛歩の世界で
ようやく見えてきた首都高本線。

だが、ここがまた忌々しいのである。

東名へつながるこの首都高。
東京ICの頃には車線も米国並みになり分散するが、
東急田園都市線の世田谷ラインの頭上を走るため
ビル群の合間を縫って片側二車線のここは常に渋滞だ。

渋谷以東の霞ヶ関、飯倉、高樹町から渋谷、
そしてこの大橋JCT、池尻、三軒茶屋、用賀。
狭い狭い片側二車線を渋滞の中で走っている最中、
これまた狭い、そして助走区間がほとんどない
<入口から入ってくる車>でまたペースが落ちる。

最悪と言って良い。

もうこれ上りなんぞ、ウィークデイもウィークエンドも、
日曜の朝を除いて常に大渋滞であるぞ?
東京ICから延々と渋滞なのだから失笑を禁じ得ない路線である。

先週の空手の大会で代々木へ向かう際、
サタデーモーニングゆえ、早朝に関わらず大渋滞のサイン。
ダモシ軍は即座に判断してR-246で(高速を使わずに下で)
行くことを決めて実行。スイスイ気分良く45分で代々木競技場へ
到着したが、首都高を使っていたら開会式に間に合わなかったほど。

目的地が同じで、下(R-246)と上(首都高)で
どちらが速いかとなって、下の方が速いとなればもうそれは
<高速道路の意味>をまったく成していないことになる。

あまりにも酷いではないか、と。

とまれ大橋JCT。ここで首都高本線に合流するのだが、
とにかく中央環状線からのこの合流地点に
端を発する劣悪な構造には、毎度毎度、怒りが込み上げるところである。

<渋滞大混乱になるの、目に見えているだろうがぁ・・・>

と。

なぜこれが最初から分からないのか、と。

そんなこんなで、この日も刑事ダモは、
朝6時過ぎから夕方6時過ぎまで、
打合せ45分、取材60分、昼食20分、SAでの休憩30分以外は
トータル7時間強、ドライビングしていたわけであり、
這々の体でまたウィークエンドを迎えた今宵は、
先週同様"いっぱい"寝た。

何と23時には横になり、4時にいったん目が覚めたがすぐに眠り、
起床は9時。だからトータルで10時間睡眠と相成った。

明日は一日中、東京体育館で
全世界空手道選手権をアントニオと観戦であるから、
今宵はゆっくりと過ごしたいところである。

ケイバ・タイムスもまた、まとめなければならないが・・・。



*****


未踏の地、初上陸から。


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NHK朝の連続テレビ小説の
<おひさま><純情きらり>のロケ舞台になった学校。
あぁ・・・と、あのシーンが甦る。

特に<純情きらり>は格別に想い出がある。
ニューヨーク在住のラストイヤー。
最後だし、子供も喜ぶし、ということで
テレビ・ジャパンという現地の日本語チャンネルを申し込んだ。
多くがNHKの番組を終日流してくれていたのだが、
その年にやっていたのが<純情きらり>で、
生涯で最も熱心に観たNHK朝の連続テレビ小説だから、だ。

<おひさま>は時々ダイジェストでちらっと観た程度だが、
学校のシーンは覚えている。

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実際にこの学校は10年前まで使われていたという。
少子化の影響で全校児童が30数名に減ってしまったことで、
エリアごと二つの小学校に分散。
一時は取り壊しの動きもあったが、ドラマ等のロケ地としても
名高くなった今、もはや取り壊しはできないだろう。

こういった<昔の学校>は、行政も一体となって努力して残すべきだ。

日本人ならノスタルジーを覚える学び舎。

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山間へ往く。田圃の中の無料駐車場にダモフィーロを停め、
事件現場の検証へ向かった刑事ダモ。

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ひんやりとした空気が眠気を覚ます。
暗い長いトンネルを歩く。

山間部にある冷たい無機質なトンネルを進むと
やがてザァーザァーという音が遠くから聞こえてきた。
何かな?と思いながら歩を進めれば、
その音は爆音に化身し、なぜかトンネル内に霧状の水しぶきが。
霧吹きで水をかけられているように顔にそれが当たる。

向こうを見れば光が射している。出口か?
そう感じながらもさらに歩を進める。
右側に脱出口のような空間がある。
首を動かして、そこを見れば・・・


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日本三名瀑<袋田の滝>が姿を現した。

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<おぉ・・・>。
刑事ダモはしばし見入った。

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間もなく紅葉ピークを迎えることだろう。

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この滝はまだ、さらに下まで続いている。


滝はまた、距離感だ。

視覚、聴覚、嗅覚を夥しく刺激する要素と共に
<距離感>がその大きさの実感につながってくる。

吹割の滝、ナイアガラの滝も同様である。




posted by damoshi at 11:45| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

叱られてるの?


正真正銘、寝た。久しぶりだろう。

このサンデー、目覚めたら12PM。
眠ったのが2AMだから十時間睡眠だ。
これだけ眠ったのはいつ以来、か。


*****


ヒリヒリする緊張感の中での闘いが終わったサタデー。

アントニオに、旗一本。他の審判三人は引き分け。
延長に入ってしまう。

<辛勝だが、勝った>と思ったが、延長になってしまう。

延長。相手に二本、アントニオに一本。もう一人は引き分け。
延長ではどちらかに旗を挙げなければならない。
引き分けとした審判は促されて、
なぜか渋々、あるいは判然としない態度で相手の旗を挙げた。

残念ながら一回戦敗退。

二回戦で当たる本命との闘いは流れた。
本命サイドは、アントニオのサイドでずっと観ていた。
試合前、アップするダモシとアントニオを
じっと観ていた。

ダモシは意図的にその目前でアップ。
アントニオに、ダモシに対してやる技を指示した。
示威行為だ。

むろん、どの選手もハイレベルだ。
勝つ可能性もあれば負ける可能性もある。
一方で、負ける相手ではなかったが、
ポカというよりも、足元をすくわれたという感じか。

本命サイドは、対アントニオを警戒していた。
だが勝ち上がってきたのはオーソドックス・スタイル。
本命は注文通り、楽勝。
それを観ていたダモシ陣営は臍を噛んだ。

<アントニオだったら、楽に勝たせないし、こっちが勝つ>と。

<アントニオに、あの技(本命の決め技)は絶対に入らない>と。

幼児時代から追っている選手である。
徹底的に分析してある。
だが、当たる機会が巡ってこない。

今季二度あった。勝ち上がれば当たる機会が。
今回は最大の好機だったが、その前に自ら消えてしまった。

勝つ時の勝因は多くある。
同時に、負ける時の敗因も多くある。

その<因>が明確に見えていて、その解消が、常の課題であることと、
新たな課題として浮かび上がることが、
敗れることの収穫である。

今回もそれがはっきりとしている。

決して、全体的な彼の動きも精神面も悪くない。

優勝を目前にしながら巨人に連敗している名古屋の
落合監督が昨夜、
<(選手は)何も変わった動きはしていない。
 特別悪い動きでもない>と言ったが、
そういうものだ。

特別、動きが悪いわけでもない。
良い動きはしている。

突き詰めて求めるとすれば、
よりそれが効果的になるようにするには、
相手の動きを変えること。

そこがまた重要なポイントになる。

本命対策は、そこにあった。
自身の決まった戦法を常に崩さずにできる。
そういうところが強さなのだが、
逆にそこが確立されていればいるほど、
崩されたときモロさを見せる。

アントニオは、本命のそれを崩すことができるのだ。

相手のペースを崩す=自分のペースを守る。

これが勝利の方程式。
闘う者すべてにとって必要な作法。

一回戦の場合もむろん紙一重。
アントニオが勝つ時も負けるときも常に紙一重。

負ける場合の紙一重の突破は、
ペースの取り合いを完全に支配することがポイントになる。

むろん、それは技術的にも精神的にも
そのレベルにあってこそ、である。

そして、そのレベルには既にある。

クジ運はキリがない。
今年はどのみち悪い。はっきりと今年はそれが悪い。
フローもまったく向いていない。
アトモスフィアを切り崩して己が手中にしても、
風向きが変わるのが、今年のアントニオの空手を取り巻く環境だ。
今回も、
<他の山は楽だなぁ・・・。せめて一回戦はあのあたりとなぁ・・・>
と感じるのは、正直なところだ。

だが、それでも勝ち切るために、さらなる精進が必要であり、
それは当然、今後も続けていくわけだ。

悲観することは、何一つない。
前述の通り、課題はすべて見えている。
そして新たに、さらに、付加しなければならない点もクリアだ。

目標とする選手たちも複数、いる。それも明確。
やらなければならないことも、明確。

それで、良いのだ。

体格に恵まれていたり、道場主や団体長の息子等、
"そもそもから"の選手が多い中、
最低身長/最軽量でもあるアントニオは
よく頑張っていると、勝ち負けを超えて褒めてやりたい。

そして、勝利を得られるよう、
そのために何をすべきかはきちんと遂行していき、
勝たせてあげたいと願うからやるべきことは
今後もさらにやっていく、というだけだ。

モハメド・アリの珠玉の名言、
<あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い>。
これは真実だ。

優勝や準優勝もあり、一回戦負けもある。
そんなアントニオは、敗北を重ねるごとに着実に
ハイレベルな中でのステップアップをし続けている。

ここが最も重要なのである。勝つだけが重要ではないのだ。

石川遼。日本オープンも不本意な結果に終わってしまった。
今季、未勝利。

イチローもシーズン200本安打が途切れた。

宮里藍も今季は思うような結果が出なかった。

こういうスーパースターたちの苦しみは、
大きな励みになる。

アントニオもまた石川遼の言葉に等しく、
「勢い」で闘っていた頃からフェーズは変わっている。
その中で次へのステップアップへの道程での苦しみ

望むべく結果が出ない
という、アトモスフィアやフローが向いていない/噛み合わない
時期というものは、存在する。

逆に、それで良いのだ。

稽古(練習)、努力は、嘘をつかない。
必ず結果に出る時が来る。辛抱である。

救いは、本人が、敗北を引きずらないことである。
完全な力負け、完敗がないから
<負けた実感>も薄いのだろう。

だが、<そろそろ自分でなぜ勝てなかったのかを顧みろ>
とダモシは言ったが、
そろそろ段階としては、自分の頭で敗因は考えることが必要だ。

そしてダモシ側も昔のように
いつまでも「負けたこと」に対してぶつぶつ言わない。
否、言う必要がなくなったのだ。

まったくダメだった頃や、精神的に至っていなかった頃は
しつこく叱ったりしたものだが、
今はそうではない。

試合直後に厳しく叱責すると同時に、
分かりやすく敗因を語る。

そして、それ以降は言わない。気分を変える。
そういう段階に、同じく入っているわけだ。


試合直後、リングを下りたアントニオに、
ダモシと館長が厳しく叱ると同時に敗因を語り聞かせた。

その時、驚いた。

この日はアントニオの学校の"彼女"とその弟が応援に
来ていたのだが、
同じくアリーナに下りていた彼らは、
我々の近くにしっかりと寄ってきて、
ダモシと館長に囲まれて叱られて語られている
ところを観ていた。

彼女が言った。

<負けることから学ぶことが多いのよ。だから、いいの>。

そして未だ幼児年中の弟が言った。
これには、驚いた。

<負けることも、あるよ>。

実際に"やっていない"人が観れば、よく分からないから、
結果だけを捉えて評論するケースが
何においても往々にして、ある。

ダモシの後輩二名とダチ一名も応援に来てくれていたが、
彼らは当然オトナであるし
もはや酸いも甘いも噛み分けた齢だから
そういうことは分かっているが、

少女と幼児は、未だ二年生と幼児年中である。

得てして
<カッコわる〜い。負けちゃって恥ずかしい〜!>
とか言いそうだが、

一生懸命闘ったことを認めているのだ。
そして、内容も、負けていないことも、
勝ち負けは勝負のアヤだということも、
分かっているのだ。

正直、驚いた。

忌憚なく、<あぁ凄いな>と。
その子たちをリスペクトした。

どこに、幼児年中が、ふだんからお兄ちゃん的存在で
一緒に遊んでいるアントニオが空手の大会に出るからと
積極的に<応援に行きたい>と言うだろうか。

その少女も、同様だ。

そして臆面もなく、アリーナ最前列の座席まで下りてきて
応援する所作。

すばらしい子供である、と。
子供は凄いな、と。

そして、
<負けることも、あるよ>である。
その台詞を闘い終わって悔しがっている小学二年生に対して、
幼児年中が言う。

同級生の女のコが
<負けることから学ぶことが多いのよ。だから、いいの>
と言う。

これは親の教育に他ならない。親の教育が良いのだ。

帰宅後、夜はその家族と共に
皆で近所のファミリーレストランでディナーをとった。

ダモシもそこで忌憚なく
少女と幼児の前で母親にそのエピソードを語り、賞讃した。

そして正面からストレートに
その少女と幼児に
<今日は来てくれて、ありがとう>と礼を述べた。

二年生の少女はハニかみながら、
<また行きたい>と言うと、
<今度は優勝するところが観たい>と付け加えた。

後にワイフに聞いた話では、
少女と幼児は
<アントニオ君、叱られてるの?>と
その現場でワイフに聞いてきたという。

すごく頑張ったし内容も負けていないのに
結果だけで叱られているのかと思い、
直感的に条件反射的に庇ったのだろう。
庇ったからこそ、ダモシ&館長に囲まれている
アントニオもそばにすぐに来たのだろう。

ワイフは
<叱られているんじゃないよ?
 どうして負けたのかを言って聞かせているのよ>と
説明したという。

そういった経緯があった中で、あの台詞を吐いたのだ。

すごいな、子供は。忌憚なくそう感じた。

おい頑張れよ、アントニオ!
そんな気分である。
アントニオも幸せ者だ。

ダモシのことなんぞ、誰一人応援してくれんぞ? と。

今シーズンは十二月の最終戦で締めくくりだ。
また全国大会のチャンピオンシップである。
しかも異種格闘技ルールだ。

もう毎回ハードルが高いのは当たり前だが、
逃げずにチャレンジである。
勝てるレベルや勝てるルールだけに出ていたら
それこそ胃の中の蛙である。

それで毎回上位に進んでも意味はない。

舞台は武田信玄の甲斐国。
大会では初上陸だが、甲斐国はダモシかつて知ったる
近年の準ホーム。

<地図なしで悠々、行けるぜ。知ってるぜ、甲斐国内>
とダモシは自慢する。

いま目の前にある課題、新たに取り組むべき課題を
可能な限りクリアして臨みたい。

その一方で、新たに取り組むべき課題の一つに入っている
あるポイント。

ここに秘技<信玄堤>を用意する。

またいつものように、やるべきことをすべてやって、
その上で武田信玄が軍配を上げるか否か、のみだ。


*****


久しぶりに闘うアントニオの画像が今回はある。
ダモシのダチが撮ってくれたものだ。

101511aa.jpg

大会場。そしてセンター・ステージという舞台。
こういうこと、一つ一つが彼の大きな財産と経験になってゆく。
ダモシの八歳時を、
アントニオは比較にならないレベルで超えている。

これはダモシ撮影。
以降の写真は、ダモシのダチによる名撮影。
(C)KENである。


101511bb.jpg

101511cc.jpg

試合前、アリーナに下りてアップするダモシとアントニオ。
いつまで受けられるか。
既に厳しくなってきている。
今年の夏以降、一発の重みも確実に増している。
直接相対しているから、分かるのだ。

今宵、足は青あざ、ボディはぎしぎし痛むダモシである。

101511dd.jpg

舞台が舞台だけに、
試合写真の様相がこれまでと異なる。
まさに格闘技のイベントという感じである。

背後にはアントニオの応援団がいる。
スタンドから下りてきて最前列で応援だ。
有り難いことである。

アントニオは応援を背に、いつものようにアグレッシヴに攻めた。
彼が<攻めない>時は、ない。
彼はいつも攻める。試合になるとオフェンシヴな人間だ。

101511ee.jpg

こんな大舞台で、オフェンシヴになるだけでも、
凄いことだと認める。
ガチガチで動けない、ということがない。
大したものである。


101511ff.jpg

この左ハイも、まだまだポイントがずれている。
得意技のフェーズを上げていっている過程の現在、
それらの技のポイントが微妙にまだずれている。
それは角度、タイミングなど多岐に渡る。

技術的な部分のひとつには、その解消がなされれば、
さらに一つフェーズ・アップするのは明らかだ。


KEN、渾身の一枚は以下。

101511gg.jpg

<うまいっ!>。
思わず写真を見て唸った。


さあ、次だ、次。
オールウェイズ、NEXT STOP 〇〇、である。

がんばろう!
そして、応援してくれる人に良いものを見せよう!

勝ち負けはもとよりとして、
ただそれだけや我欲だけではなく、<魅せる要素>である。


101511zz.jpg

今度のウィークエンドは、
スタイル的に標榜する緑健児氏率いる
新極真会の全世界選手権をアントニオと観戦に出かける。

緑氏は極真時代、小さな身体で世界王者になっている。
小さな巨人。
柔よく剛を制す。

日本人選手が身体の大きな外国人選手をどう攻略するのか。
アントニオにとっても大いに勉強になるだろう。


*****


正真正銘、眠った今宵。

もう、昨晩の、あの緊張感から解放された心身。
ケイバタイムスを仕上げた深夜、
リアルに心に決めたのだ。

<ちくしょう、眠いぜ。疲れたぜ。
 そして、何だ、この緊張が解けた、脱力感。
 今日は悪いが、真剣に眠らせてもらうぜ!>

と一人、心に決めたのだ。

<この野郎!寝るぜ!>と言い、布団をかぶった。

そして目覚めたら、
十数年ぶりかそれ以上かの遅い起床時間=12PM
だったというわけだ。

起きてすぐ、のど自慢の鐘が鳴った。




posted by damoshi at 02:46| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月14日

予測不能


金木犀の香りもおさまった今週も、刑事ダモは各所を回った。

秋楡並ぶ森林。左手に池を見ながら歩を進める
異形のスーツ姿。

あたりは、写生をする老婦人の群れ、草葉で三時のおやつを頬張るBG、
ベンチに座り顔を近づけ憂いた瞳で見つめ合うアベックの姿に、
母親と幼児たちの嬌声が混じり合う。

ウィークデイ午後の井の頭公園は、静かだ。
<母親と幼児>という属性がいなければ
物音一つない。誰もが静かに佇んでいる。
遠くにある池の中の噴水の音が聞こえるくらいだ。

そんな静けさの中に響く幼児の嬌声が、
何かが起こりそうな気配を助長する。

次の瞬間、バーンと何かが弾けて爆発しそう、な。


101411c.jpg


<ここでも異形だな>。

刑事ダモはひとりごち、歩を進めた。
重要参考人が現れたと思われる動物園へ向かっていた。

<〇〇は、いますか?>。

切符売場でミドルエイジの女性係員に尋ねる。

スーツ姿の男を認めると、怪訝そうに答える。

<真っすぐ行って、右奥にいますが・・・>。

<そう・・・>とだけ答えて刑事ダモは即座に向かう。
現場を押さえた。
重要参考人の特徴をすべて捉えんとばかりに
何度もシャッターを押した。

<よし>。

裏づけ捜査は終わった。

エントランスへ向かう道すがら、しばし園内を見回る。
園内も大学生風のアベック、母親と幼児が支配している。
静けさの中に響く幼児の嬌声。
動物たちは奇妙なほど静かだ。

動物園という空間もまた、サイレント映画の世界だ。
その中で簡易遊園地的なメリーゴーランドの音楽が鳴り、
幼児の嬌声が響くことで、

何かが起こりそうな気配をもたらすのだ。

平和。

これをイメージさせるからだろう。
その空間とサウンドが。

だから、次の瞬間に何かが起こりそうだというムードになる。

爆発やら地震やら銃声やら・・・。

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刑事ダモはつい任務を忘れて、見入ってしまった。
サル山、サル園というものは、
<つい見入ってしまう>存在だ。

ここには、国内で飼育されている中で最高齢のゾウがいた。

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刑事ダモ家の猫ジャック同様、
既に長生きだから、<長生きしてね>という言葉は逆に似合わない。
分かり切っている通り、
ヒトも動物も必ずいつか死ぬ。

ここまでくればもう、後は、どこまで生きるか。
ファイナル・カウントダウンに入っているのには違いない。
猫ジャック同様に。

最期は、苦しみが限りなく少ないように。
そして、幸せだったと本人が少しでも感じられれば。

必ず死ぬのは間違いないことである上、
先が長くはないもの分かり切っている中では、
それを願うのみ、である。


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園内にいるヒト。園側の仕掛けた揶揄だ。

好奇心が強く、扱い方によってたいへん危険。
これが特徴のようだ。

鏡に映る刑事ダモをもよく表している。


と、そんなふうに相変わらず<刑事か?>と思えるような
異形の日々と捜査の日々である。

そうこうしているうちに、

ようやくラックが向かってきて
やっていることが正しく結果に出始めた澤村。
新人王確定の11勝目を挙げた。

海の向こうでは、パワー・ベースボール。
さすがメジャーと思わせるテキサス・レンジャーズ。

園遊会では、
馬子にも衣装にすらなり得ない澤の着物姿、登場。
長野五輪開会式での伊藤みどり以来の珍衣装か。

日本男子サッカーは弱過ぎるタジキスタンに
八点とったからといってハシャいではダメで、
空手で弱い相手に勝ち続けるのと同じレベル。

世田谷の住宅街では異様に高い放射線量が検出。
しかし床下にそんなものがあっても
そこで暮らしていて長寿まで立派に生きていた不思議。

どうしても、どうあがいても
<好きにはなれない>どじょうは、
相変わらず"よゐこ"を保っている。

どうしても、好きになれない。


*****


7:30AMには自宅を出発。ガスステーションで給油した後、
アントニオの"彼女"宅へ。
7:40AM、彼女とその弟を迎えてダモフィーロに乗せる。
7:55AM、館長をピックアップ。

一行揃い、東名高速・首都高を用いて一路、
国立代々木競技場第二体育館へ。

9AM、開場。
9:30AM、ダモシのダチ、会場に到着。
その頃、ダモシ&アントニオはアリーナでアップ運動。
10AM、開会式。
その頃、ダモシ後輩、会場に到着。
10:30AM、試合開始。
アントニオの出番は早ければ十試合目。

明日の、<読める>予定だ。

その先はまったく、<読めない>。

予測不能のトキメキ。

まさに
<選ばれし者の恍惚と不安、我あり>状態。

16人の選ばれし者による全日本選手権。
うち12人が極真。

アントニオの一回戦の相手も、
勝てば二回戦で当たる本命も同様。

今回が最もタフな大会なことは疑いようがない。
だからこそ、過去最高の報賞を提示している。

何とか一回戦を勝ち切って、二回戦で本命と闘いたい。
本命のクセは分かった。その対策はした。

既にトーナメントも、出場選手の身長体重も出ているが、
"もちろん"今回も最低身長/最軽量である。
二回戦の本命は同階級ではスーパーヘビー級。
毎度のこと、だ。

柔よく剛を制す。

本来、それこそ極真イズムだったはず。
それを体現できるのは、アントニオだ。

相手の土俵。相手の懐だが、
堂々とゴッドハンドの墓参へ出向いた。

例の、三点セットである。

年頭一月の優勝した大会で遂行した必勝祈願の<三点セット>。
それと同じ流れを今回行った。

今年、他にも一度それを遂行したが、
その際、最後の<芭蕉庵>が休園だったため
三点セット完遂とはならず、結果も良くなかった。

久しぶりに三点セット完遂。

101411a.jpg

SZ1.JPG

次は東京カテドラル聖マリア大聖堂。

101411b.jpg

SZ2.JPG

最後は、関口芭蕉庵。開いていた。

SZ3.JPG

三点セット完遂。

そして夜、動きのイメージで最終調整、終了。

アントニオは昇級し帯が紫になった。
紫帯として初めて臨む大会が大一番である。
残る帯は茶と黒。

今やれることは、すべてやった。
戦略も伝えた。

あとは、やるだけだ。

代々木国立競技場第二体育館という大舞台。
しかも今回はセンター・ステージ一つでの闘いだ。

むろんセコンドは、館長とダモシである。

いつものごとく体調、だ。とにかく体調、だ。
朝、起きた瞬間が今から怖い。
喘息よ、もうすこし待ってくれ。

まずはそこが第一関門である。


<予測不能のトキメキ>イコールそれは、恐怖心。

アントニオは強い。いま、さらに強い。
だが、皆、出てくる者は、強い。

ワクワクドキドキ、ハラハラ、楽しみはあるが、
最も強いのが、恐怖心。

本人は既に深い眠りに入ってくれた。

ダモシは今回もよく眠れないだろう。
だが、早く横になる。


<予期せぬ感動>に包まれたい。


ほんと、何が起こるか、どうなるか、
まったく予測不能である。

だから予測しない方が良いのだ。

でも、あれこれ色々なイメージをし、
予測してしまうのが、ダモシのまだまだ未熟なところだろう。

ほんと、ダモシはダメだなぁ・・・と毎度、感じる。



posted by damoshi at 23:28| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

ディスカバー・ジャパン


負の遺産であることは言うまでもない。
だがダークサイドから目を背けないこともまた、
必要な営みであり、文化醸成になる。

ここを訪れたスエーデンの当時のパルメ首相の
<この地球上に、
 ヒロシマの名に無感覚でいることのできる人はいないでしょう>
が、すべてを語ろう。

ダモシ<ディスカバー・ジャパン>新たな第27代認定は、
原爆ドームと平和記念資料館を軸とする広島平和記念公園。

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米ワシントンD.C.のスミソニアンを思わせる
整備と区画の行き届いた公園空間。

恥ずかしながら、初めて訪れた。

広島へは、米在住時代の1999年に
ニューヨークから東京への逆輸入ビジネストリップの際、
オフィシャル事案が広島であったことから
東京〜広島間を新幹線で移動して訪れて一泊したことがある。

だがその時はホテルに入るとすぐに外出。
関係者との打合せから夜は会食。
それは朝まで続いたことから、主な観光ランドマークを歩く機会はなかった。

往時の広島市民球場も訪れていない。
安芸の宮島も訪れていない。
市内の最も賑わっているエリアで夜の会食〜宴席で歩いたのみ。

初訪問から12年ぶりの広島。
オフィシャル事案も兼ねての一泊。
合間を縫って最も観るべき訪れるべき〜MUST SEE〜な
平和記念公園へまずは向かった。

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JR広島駅近くのホテルに荷物を預け、
そこから路面電車"広電"に乗ること十数分。
繁華街の大通りを走ったそれは原爆ドーム駅に着く。

大通りのど真ん中にある電停で下り、
赤信号を待って横断歩道を渡る。
目の前にはもう原爆ドームがある。
すぐ近くには相生橋がある。

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相生橋から原爆ドームを望む。
目の前の大通りを広電が走り去ってゆく。
広島景のティピカルな構図の一つ。

この、T字になっていて目立つ相生橋が、原爆投下の照準だった。

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相生橋から原爆ドームを見る。
川を挟んで右側向こうへと平和記念公園が広がっている。

平和記念公園のエントランスは、原爆ドーム。

要するに、のっけから原爆ドームが登場するのだ。

一つのランドマーク的ファシリティとして考えた場合、
主役・四番打者・メインイベンターはたいてい
後に出てくる。

そのエリアのエントランスでいきなり主役が出て来るのが、
平和記念公園の一つの形だ。

しかし、この構造の理由を後で知る。

まずは原爆ドーム。
忌憚なく、驚いた。

机上の空論すなわち本やインターネット上で
誰もが目にしている原爆ドーム。

自身も同様。そして写真や映像で見ていることから、
より視認性と親和性、既視感が高い存在。
実際に行って現場で見たことがなくても
既視感が高いことから勝手にイメージを創り上げてしまう世界。

その事例としては、
米国であれば自由の女神やエンパイア・ステートビル。
旧ワールドトレード・センター、
ヤンキー・スタジアム、ブロードウェイ、ナイアガラの滝、
シカゴのシアーズ・タワーその他、多数。
時計台や凱旋門など諸外国のそれらも多数ある。

国内では、東京タワーを筆頭として金閣寺、
そしてこの原爆ドームが挙げられるだろう。

だが、それらはやはり実際に見てナンボである。
実際にその現場の空気感の中で己が目で見てナンボである。

一般的に、時計台が<三大がっかり>に挙げられるように、
例えば福井県の東尋坊などは
ダモシにとっては相当高いレベルでの<がっかり>であったが、
その反対もある。

想像していたものより、善くも悪くも<凄い>と。

東日本大震災後の仙台若林区、福島の南相馬・・・。
あれだけの状況と
誰もがテレビで目にしている光景という既視感
=事前イメージ、がありながらも、

ダモシをして、驚愕とショックを受けたほど、
映像との劇的な差異が、生で見ることであったわけだ。

百聞は一見にしかず、というのは、
ほぼパーフェクトに正解な訓示である。

<何だこれ・・・>的なディスアポイントメントは、
福井県の東尋坊その他多くあるが、

その逆の、スポーツでダモシが昔から取り上げている
<予期せぬ感動><予測不能のトキメキ>に等しい、

<想像以上の凄さ>を目の前にした例も数多い。

簡単な例でも、
ニューヨークのエンパイア・ステートビル。
これは誰もが一度は映像や写真で見た親和性の高い建造物。
だが、実際に見てみることをお薦めしたい。

<うわっ・・・>
<えぇっ・・・>となるだろう。

それは実際に目前にすることでしか得られない感覚である。

ダイナミズムやスケール感。
これらは実際に目の前で見ることでしか得られない。

むろんアトモスフィアも、だ。
そこに漂う匂い、風、音、色、すべてが影響を及ぼす。

ダイナミズムやスケール感での驚愕が多いのが米。

一方で、ニッポンの場合は、そのアトモスフィアが主体になる。
大きさなどではないところでの驚き。

原爆ドームは、久しぶりに<えぇっ・・・>と感じた。
<はぁ・・・>となる。
<ふぅ・・・>となる。

<あぁ、やっぱり現場で見ると違うのだな>と
その場でひとりごちた。

このエントランスでいきなり登場する原爆ドームと
接することで、既に心身には重みが加わる。
ずっしりと、ディープにヘヴィに心身が包まれる。
目頭もまた重くなり、瞳がしみてくる。


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*****


既に心身は重い。

が、橋を渡り川を超える。
そこにある休憩所で一服。
しばし平和記念公園の爽やかな空間を歩けば、リラックス。

<原爆の子の像>がある。
原爆によって白血病で死去した女性をモデルとしたスタチュ。

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公園内でリラックスしたのか、ハナからこういう心持ちなのか分からぬが、
かようなおバカさんもいたりして空気は一瞬、弛緩する。
おバカさん"ぶれる"のも、それが許されるのも、
十代後半女性まで、か。


おバカさんを尻目に公園の向こう、広がりのある空間を遠望する。
そこは前述の通りワシントンD.Cのスミソニアンの世界。
初秋の清らかな風と午後の優しい陽射しが木々の間から漏れてくる。

最端のリンカーン記念堂がごとく、正面を向いて屹立する建物が目に入る。

平和記念公園の、これが横綱。平和記念資料館。

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ゆっくりと真正面の記念館を目指して歩く。

途中に丹下健三氏デザインの<原爆死没者慰霊碑>がある。
これを中心に、原爆ドームと平和記念資料館が
一直線に並ぶ構図もまた、
ワシントンD.Cスミソニアンの
ワシントン記念塔を真ん中に、米国会議事堂とリンカーン記念堂が
一直線に並ぶ構図と同じである。

<なるほど。そうか>とまた、ひとりごちた。

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慰霊碑から原爆ドームを見る構図。

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慰霊碑から記念館を望む構図。

慰霊碑もまたセンター・ステージである。
いわば平和記念公園は、
原爆ドーム、慰霊碑、記念館の三本柱で構成されているのだ。

センター・ステージである慰霊碑の前では多くの人が
入れ替わり立ち替わり祈りを捧げる。

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*****


メインは、平和記念資料館。

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詳細は不要だ。あまりにも長くなる。
そこに展示されている品々は、夥しい。
あまりにもリアルだ。

落涙した。

特に、投下された時間帯と当時の事情ゆえ、
多くの幼い命が犠牲になり、
母親が現場に駆けつけて看取ったケースが多く展示されている。
その際の衣服、靴等の現物の夥しい数。

子を持つ親たる者としては、特に身に迫る。

投下した米が悪いのは当たり前だが、
多くの命を犠牲どころか、このような悲惨な状況を経て
失わせたのは、紛れもなくこの国、ニッポンである。

あの戦争は、ニッポンがバカだったのは言うまでもない。
何てバカなことをしたのか、当時のニッポンの<上>は、と。
憤りを避けられない。

その、<上>がバカなのは、未だ変わっていない。
つくづくアグリーな国だと感じる。

とまれ、平和記念資料館。
靖国神社の就遊館同様、落涙と激しい心の動揺を抑え切れない。

是非、世界中の人々が足を運び、己が目で見るべきだ。

あまりにも重々しい心身状態になった。
記念館を出て、噴水前にある喫煙可能なベンチに座り、
煙草の煙をため息と共に吐き出した。

そして、元のコースを戻った。

戻って、原爆ドームに辿り着いた時、分かったのだ。
この構造が。
原爆ドームという主役がのっけから出てくる理由が。


*****


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<平和の鐘>。

ここでもへらへらしながら鐘を鳴らし、
記念撮影をする女子旅のおバカさんがいた。
困ったものである・・・。

そういう姿を目にするたび、
<女子旅と名づければファッション的になるのだろうが、
 ロクなもんじゃねえな・・・この阿呆>と思うのだ。

男はもともと軽薄なのが多いが、
年々、女が軽薄になっている気がする。
女子会だの女子旅だの、何でも"そうゆうふうに"カテゴライズ&
ファッション的にして正当化しているが、
ダモシから言わせればそんなものは、
恋愛下手な彼女らのエクスキューズに過ぎない。

そもそも女子旅は、ダモシからすれば、まがい物である。
傷の舐め合いに過ぎない。

男と、のるかそるかの旅をしてみよ。
話は、それからだ。

まあ、いい。
まさに存在の耐えられない軽さな女が多過ぎる昨今である。


*****


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原爆ドームだけを、
いきなりのエントランスで見てしまうと
人によっては、もしかしたら<ふぅん>で終わるだろう。

それを許さないのが、平和記念資料館であり、
この平和記念公園全体の世界観、構図である。

公園を歩き、平和記念資料館も見た上で、再び原爆ドームに戻る。
と、そこでは無視できない心持ちになる。

あの、おバカな女子旅の女性ですらそうなるはず、だ。

原爆ドームは、エントランスで出会い頭に見て、
最後にもう一度見る。接する。
これが流儀である。

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こうして平和にのんびりとボートに乗る
ファミリーと、原爆ドームの奇妙な交錯。
これもまた現実である。

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最後に、夕方間もなく陽が落ちる頃合いの原爆ドーム。

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靖国神社の就遊館、広島の平和記念資料館。

いずれも、途中、正視できなくなった。
これ以上、まともに見ていたら/読んでいたら
落涙を隠すことはできないと感じたからである。

負の遺産であることは言うまでもないが、世界文化遺産だ。

そして
ダモシ認定ディスカバー・ジャパン。

それに相応しい、後世につなげていく重要な文化財であり、
歴史の証人である。

広島は、ここだけ訪れるだけでも大きなヴァリューがある。



posted by damoshi at 15:57| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

Week In Review


ダイアリー・カテゴリーでは最近
デイリーでの寄稿は、ほとんどない。
まとめて一週間という世界観。

だから、Week In Reviewである。
一週間を振り返る的、な。

先週は前週ウィークエンドからの広島・博多遠征で始まり、
間に浦和遠征、静岡北西部遠征を挟んで
ウィークエンドの空手大会での福島遠征と続き
這々の体であった。

それを受けての今週。疲労が残る中、何とか凌ぐ。

まずは先週。

100811g.jpg

埼玉県庁舎。浦和にある。
てっきり、<さいたま新都心>にあるものとばかり思っていた。

大宮、浦和・・・。埼玉には良いイメージがない。
だが、それは致し方ない。

例えば、都道府県庁舎。
東京都庁舎、千葉県庁舎、そして埼玉県庁舎。
最近、行った庁舎。

これらの食堂だけでも一つの大きな秤になる。
やはり埼玉県庁舎のそれが忌憚なく最も劣っている。
アトモスフィアから味まで。

東京都庁舎のそれが最も優れている。
味、アトモスフィア、そして眺望。
<都庁弁当>はダモシも納得のクオリティ。

千葉県庁舎の食堂は、忌憚なく味は低レベルだが、
まだ眺望があるだけマシだ。

100811o.jpg

浦和に降り立ったのは、気づけば初めてのことだった。
<こんなに、みすぼらしかったか?>と思うほど。
もっと大きな駅だと思っていたのだ。
駅周りも、とても東京首都圏とは思えないレベル。

何より、駅を出てもコンビニエンスストアがない。
これには驚いた。
県庁へ歩く十数分。駅から十分程度歩いてようやく
一件だけコンビニエンスストアがあったくらい。

しかも、だ。
要するに灰皿が店頭に設置されている
コンビニエンスストアもなければ、
喫煙所/喫煙スペースすら皆無。

<ここは横浜市か?>とすら思えてくる。

博多もこれスモーカーにとっては劣悪な環境の街に
成り下がっているが、浦和も酷いものだ。
言っては何だが浦和程度でそこまで嫌煙=クリーンな街
に取り組むことはなかろうよ、と。

結局、県庁舎内まで喫煙できる場所はなかった。

やりすぎにも、ほどがある。

いずれにせよ、喫煙云々の環境のことだけではなく、
あぁ浦和はダメだわ、という結論に至った。
厳しく言えば、甲府以下だ、ということだ。
二度と行かないだろう。

街のアトモスフィアがダメだと、
<はぁ、まったくこんな浦和くんだりまで・・・。
 疲れるわなぁ・・・>となる。

その悪いアトモスフィアを振り払いたい。
陽光の静岡だ。
だが、今回の静岡のデスティネーションは、
海沿いではなく山間部。

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世界最長の人道木造橋は蓬莱橋。
先の台風で橋脚が流された。
現在は500m地点までで通行は止められる。

ここからさらに山を登り、下る。

"撮り鉄ではないダモシ"が鉄道を撮った。

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100811n.jpg

広島〜博多〜浦和(埼玉)〜島田・牧之原・金谷・川根温泉(静岡)
そして、猪苗代(福島)をロードムーヴィーな先週。

今週の主舞台は東京都内でおとなしく。Mtgもいつもより少なめ。
オフィシャル事案では、
永田町〜品川〜新橋〜渋谷〜駒沢〜用賀〜有楽町を歩いた。

100811f.jpg

JR新橋駅を下りると広がる汐留景。
"サラリーマンの聖地"口とは反対の方は
かように景色が異なっている。

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腹の出た酔っぱらったサラリーマンが
インタビューに応対する光景が広がる"側"の反対側だ。

そうこうしている間に
皇帝シンボリルドルフが死去し、
ニューヨーク・ヤンキースはディビジョン・シリーズで破れ、
東京ヤクルトは遂に首位を名古屋に明け渡し、
スティーブ・ジョブス氏が死去した。

政治は相変わらず低迷している。
むろん、野田どじょうも相変わらずだ。

相変わらずなのは、"K-Rod"こと"A-Rod"。
もとよりトゥワイライトに入っているものの
未だヤンキースの主砲格である。

ダモシ在米時のポストシーズンでのA-Rodは、
とりわけアグリーで
最大A級戦犯だったのだが、
未だにその趨勢に変化が見られない。

この秋、ディビジョン・シリーズで
ヤンキースは敗れ去ったが、
A-Rodはまた不振を極めたようだ。

大舞台でめっぽう弱い選手は、いる。
そのティピカルな事例がA-Rodといえるだろう。


*****


さて、また三連休。
巷のニッポン人の皆々様はいかように過ごしているか。
またぞろ高速道路は大渋滞か。
しっかし皆々様、お金持ちといふか、何といふか、
毎度連休あるいは週末のたびに高速道路は渋滞になるが、
毎回皆様おとなしくしておらず、お出かけされているのか、と。

逆に今年はプライベート事案での旅はもとより、
ウィークエンドのお出かけが激減しているダモシ国。

その最大理由は、
アントニオの空手の大会や稽古、青山のレッスンがあるからだ。
特に大会のレベルが最高格にあることで
毎回SINK or SWIMの闘いゆえに
大会があるだけではなく、大会に備えた重要な稽古などが続くからだ。

来週末もまた最大のメイン大会がある。
それに向けて稽古も引き続き行っているが、
今週のウィークエンド三連休は久しぶりに少々リラックスできる。

ダモシ自身の出張もない、アントニオの大会もない。
稽古は今宵あったし、明日もアントニオは青山にレッスンだが、
それ以外は"普通の小学二年生"を出来るし
ダモシも"普通の四十代"をちょっぴり出来る。

むろんここでもオフィシャル事案はありデスクに向かわざるを得ないが、
ON/OFF無関係なのはニューヨーク時代からずっと続いていることで
慣れっこだ。

一方でダモシも、アントニオの空手の大会がないだけで、
心の休息を得ることができる。

今宵、午前中の稽古を終えたアントニオと
昼から久しぶりに二人で出かけた。
久しぶりの父子のお散歩である。

行き先は、中野ブロードウェイ。

未だ誕生プレゼントを買ってあげていない
(欲しいものが売切れ続出で入手できないから)中で、
欲しいそれをサンタさん(クリスマス・プレゼント)に委ね、
今回の誕生日は中野ブロードウェイで5,000円分、
好きなものを買っていいよ、ということにしたのだ。

で、
<それでいいなら、中野に連れていってあげるよ。
 土曜日なら連れていけるよ>と言ってあったのだ。

そして二人で行った。今朝からアントニオは上機嫌。
稽古中も館長に<中野に行く>と告げたほど。

他のお母さんから
<アントニオ君も今日は久しぶりに
 普通の小学二年生に戻れるのですね>と言われた中、
二人で電車でてくてくと中野へ向かった。

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昔のソフビからガンバライド100枚セットで525円など
思い切り得で、入手しにくいモノも手に入る。
中野ブロードウェイは、サブカルの殿堂である。

アントニオご満悦の大きな釣果。

ダモシ時代のスーパーカー消しゴムも見つけたが
膨大な数のセットで値段も張ったため
泣く泣くあきらめた。

とにかくダモシ少年時代の玩具は、
ウルトラの母に全部捨てられたのが悔やまれる。
それらと再び出逢えるのは中野ブロードウェイの
大きなアドバンテージである。

ダモシも300円だけ使った。

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モスラの指人形。

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これが泣けた。少年時代、主要力士のそれはすべて持っていた
大相撲力士消しゴム。
北の湖と、右にあるのは現在の放駒理事長こと魁傑。
あぁ、懐かしい。己が少年時代が甦る。


ご満悦のお買い物。
久しぶりに二人でリラックスして過ごした午後。
東京メトロ東西線〜東急田園都市線でゆっくりと帰ってきた。


*****


今週、オフィシャル事案で映画の試写へ出かけた。

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来春公開映画。
次の大河主役、松山ケンイチの演技は初めてだが、
<なるほど>という理解を得た。

いかにも森田芳光的な演出の映画。

"鉄ちゃんではないダモシ"だが、昨年来、密に鉄道に絡んでいる。
プライベートではなくオフィシャル事案で、だ。
で、案外、結構、撮っている。
銚子電鉄や大井川鉄道以下、マニアックどころも出かけている。

九州でも撮った。先週は静岡を走る南海電車も撮った。

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こんな世界観の中で、スーツ姿の強面が
カメラを手に鉄道を撮っている構図は、異形だ。
自分自身でそう感じるのだから、見ている方はもっと感じるだろう。

先週と今週、二度、実際にさようなことがあった。

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ローカル線の踏切のところに停車するダモフィーロ。
周りは、田畑だ。
人はほとんど歩いていない。店は、ない。

ダモフィーロはすすっと滑り込み、停車する。

地元農家のおじいさんが鎌を手に歩いている。
歩きながら、異形を見る目つきで
不思議そうに、そして警戒しながら運転席に佇むダモシを見ている。

ダモシは腕時計を見る。煙草に火をつける。
エンジンを止めて、表に出る。
煙草の煙をふぅっと吐き出し周りを見回す。

おじいさんは振り返り、ダモシを一瞥する。
その目は<刑事か、地上げ屋か・・・>と語っている。

<あと何分くらい?>と助手席の相棒に声をかける。
<7,8分といったところでしょうか>と相棒。

<よし、出て待とう>。

まるで舞台設定と情景と気分は
松本清張のサスペンスにおける刑事である。

車内での張り込みから、犯人が乗った電車が通過する時間を確認し、
表に出て、それを確認して裏づけをとるべく踏切近くに歩を進める渋面。
ダーク・スーツは長時間ドライブと聞き込み、張り込みのせいで、
いささか皺が寄っている。

田畑に入った老人は鎌を振り下ろしながら、
ちらちらと様子をうかがう。

山の向こうから、蒸気を派手に発しながらSLが走ってくる。
次第に近づくそれを見たダモシと相棒は、踏切付近にしゃがみ込む。
そして、やおらカメラを手に、ファインダーを覗き込む。

老人はきっと安堵しただろう。

<何だ、撮り鉄か・・・>。

ダモシの背後には、
いつの間にか同じく車でやってきた
まさに撮り鉄と思しき二人組が、
ダモシより上等なカメラを抱え、撮っていた。

老人は思った。

<ほれ、こいつらと同じじゃ>と。

撮り終わったダモシが走り去る列車の臀部を
目で追っていると、そのフレーム内に、
撮り鉄二人組が去っていく様子が映し出された。

100811r.jpg


そして昨日。渋谷。渋谷駅からNHKへ向けて歩く道中。
井の頭通りの、信号のある東急ハンズ脇横断歩道へ
差し掛かる目前、そこにスーパーヘビー級黒人男性が立っているのが
視界に入った。

誰もがその黒人をドッヂして通っている。
彼は何かを配布しているようだ。

身体に比例した大きな態度で真ん中に立ち、
道往く人に声がけし無理矢理何かを配布している黒人が、
遠くにダモシを認めた瞬間、身構えた。

明らかに顔と身体アクションが<身構えた>。
その黒人に緊張が走ったのだ。

二人の間には未だ20m以上の距離があった。
既にダモシが真っすぐ歩いてくることを
その黒人は認識したからこその、緊張。

ダモシは己が歩いているコースを変えない。
変えずにそのまま進めば真正面に黒人と突き当たる。

10m、5m、目前の3m。

突然、黒人が直立し、
<おすっ!>とダモシに挨拶し、頭(こうべ)を垂れた。

ダモシは歩を変えずに、その目を見ずに、
強面表情を変えずに応答した。

<おしっ>。

次の瞬間、黒人特有の身のこなしで
彼はさっと斜めを向いてダモシの通行を譲った。
すれ違いざま、黒人は言った。

<ごくろうさまっす!>。

ダモシは小沢一郎バリに左手を挙げて、
<おうっ!>と応え、歩き去った。

静岡北西山間部の農家老人と
渋谷ストリート上の黒人。

いずれも共通する対ダモシへのイメージは、
二つだろう。

二者択一。

刑事か、それともヤクザか。

どちらであると思ったか。

むろんダモシ自身は<刑事>だ。
だが、彼らは二人とも<ヤクザ>と思ったかもしれない。
どちらともとれる。そんなイメージだ。

帰国後、渋谷や秋葉原などをスーツ姿で歩いていると、
<絶対にサラリーマンではないだろう>顔とポスチャーの
ダモシであるからして、

<捜査中の刑事>と思われているように、警戒される。

秋葉原のゲーム・ビル内を、
単純にオフィシャル事案の調査で
きょろきょろしながら歩けば、
<補導すべき若者を調べている刑事>の風情になる。

車や鉄道で全国の地方を歩けば、
当然、限界過疎や無人駅周辺も多いから、
そんなエリアでダークスーツ姿の強面でヘビー級となればもう、

それは<刑事>がメインになろう。

食事処/定食屋や地元のラーメン店に
ダモシがスーツ姿で出現するだけでもう異形である。

一斉に地元客の視線が集まるのみならず、
それまで騒がしく盛り上がっていただろう店内が
皆が急に緊張したせいで静まり返ったりする。

出来るだけ
<サラリーマン風>にしたり、
<普通のサラリーマン>的に"見せたり"
(意図的に突出しないように控えめにしたり)しているが、
そもそも日常の電車内でも異形であるからして、

地方やストリート系になれば、なおのこと。

そんなふうに"見られて"もしょうがなく、
それは空手の大会会場でも同様で
現場での関与の仕方や所作、態度からしても
到底<ただの父兄>には見えず、
<先生>呼ばわりされてしまうのも今年、だ。

世間をある程度知っている人は、特にそう感じて、
ダモシと接する。

その一方で世間知らずのヤングボーイなどは、
そういうふうに感じないか
感じても彼ら世代は不感症なのか世の中をナメているのか、
態度が良くないケースもままある。

あまりに態度が悪い場合はお仕置きするが、
ヤングボーイらも自分の態度には気をつけた方が良いだろう。
世間知らずなだけに痛い目に遭わせる必要もまた、ある。

話は飛ぶが、アントニオのクラスに粗暴なヘビー級男子がいる、という。
一部でその悪名が高く、
女の子にも暴力を奮っているという。
担任は<相手にするな><やられてもやり返すな>と
皆に言っているというが、それは一部間違っている。

<相手にするな>
<やられてもやり返すな>は、ダモシの辞書では誤りである。

そんな聖人君子はやっていられない。
ましてや女の子も被害者だ。
やられるだけにしておいて良いのか?ということになる。

ではその担任教師は、その粗暴な男子を諌めたのか。
その保護者を注意したのか。

一向に改善されないらしい。

アントニオにも背後から突然暴力を振るってきた、という。
以前、モメごとになった際、
ケンカを知っているアントニオは
相手が両腕で自分の肩を押さえつけてきた瞬間に
がら空きになっているボディにヘッドバットをぶち込んで
退散させたようだが、その後も、ちょこちょこやってくるという。

他の子はたいてい泣かされている、と。
アントニオはむろん、泣かないが、
でも<空手をやっているのだから、学校では使うなよ>という
指示を忠実に守っている。

ダモシがそれを知ればブチ切れるのを分かっているアントニオは、
己がマミーに
<ダディには言わないでよ>と言っているという。

が、ダモシは敏感だから分かる。
ワイフを問いただせば、上記のようなことがある、と。

ワイフも"普通の穏便な日本人"ではないから、
あまり続くようならば担任教師に言う、と。

モンスター・ペアレンツという意味ではなく、
言うべきことは言わなければならないからだ。
必ずしも学校教師が正しい選択をしている
ということはあり得ない。

特に暴力行為に絡むことは、ある程度、ケンカを知っていなければ
解決できないこともある。

ダモシは<俺は聞いていない前提で>、
アントニオに伝えておいてくれ、とワイフに言った。

<一度、KOしていいぞ>と。

<皆の前で一度、ブチのめしていい。
 我慢できなかったら、やれ>。

<その際、左のインローの後、まわって右のロー。
 そして一発で左の上段蹴りでKOして泣かせろ>

<否、それ以前に本気の左ミドル一発で終わりだな>

と。

<もしくは、道場に連れてこい。
 仕掛けてきたら、
 『僕は空手をやっているからケンカはできないよ。
  どうしてもやりたいなら道場においで。
  相手してあげるから』と言え>と。

そして道場で合法的に泣かせろ、と。

格闘技素人が、ただのデブのヘビー級男子が
アントニオに勝てるわけがない。

先月、新たな入門者でアントニオより二学年上の男子がいて、
とても勝ち気で元気にアントニオと早速スパーリングで
向かい合ったのだが、身体も学年も断然上の彼だったが、
アントニオにボコボコにされてしまった。

空手経験者であったことと身体も学年も上だった相手だったから
たまたまそこにいたダモシが
アントニオに<本気でやっていいぞ>と言ってしまい、
アントニオも七割の力でやってしまい
かなりエグい蹴りがボコボコ入ってしまったのだ。

その後、ダモシは懸念していた。
<辞めるのでは?>と。
<もう来ないかもしれないぞ>と。

その懸念通り、今週、「退部」を申し出てきた。

六割以上の力から本気までの間でやれば、
たいてい、そうなる。

教師もアントニオが何に取り組んでいるか分かっている。
だが、どのレベルなのかを分かっていない。
そこが教師の限界の一部でもある。

ただ単に「やっている」のと「全日本レベル」なのでは
雲泥の差なのである。
しかも同じ空手といっても防具付きや寸止めなどの
ダンス空手ではなく、バチバチのフルコンタクトである。
そこを理解した上で、日常的なモメごとに対処するのが教師だ。

それらを包含したところで、一度、ワイフから言ってもらおう、と。
ワイフもそのつもりらしい。

<手を打たんと、分からんよ?>と。

<他の子は、他の子がやられても知らんぷりかもしれないが、
 ウチの子は違うよ>と。

<やってしまって怒られたら、
 僕のお母さんが『やっていい』と言った、
 と先生に言っていいから>

とワイフはアントニオに言ったようだ。

<その時は、私が出ていく。先生と徹底的に話す>とワイフは言った。

<私がOKした、と>。

父親参観も秋にある、という。

ダモシは強面で行こう。
あまり調子に乗っているようだと
<どいつだ、コラ>となるだろう。

改善されないということは親がそうだから、だろう。
親が日常的に家庭内で暴力をふるっているか、
子に無頓着だから、であろう。
その子はもしかしたら寂しいのかもしれない。
それらを包含したところで教師は手を打たなければならない。

そういえば、館長も己が娘が学校時代、
<お父さん、怖くして来て>と言われて
学校参観に張り切って出かけたという。

粗暴な世間知らずの子供が必ずどの学級にもいる。
そういうガキへの見せしめで
オトナの怖さをちょっぴり見せることも
社会的営みとしては必要なことである。

ナメたら危ないよ? と。

アントニオのことも同様。
身体が小さく、顔もカワイイから<弱い>と
表層的に感じてしまってナメたら最後、
とても危険だよ?

と。

決して口は出さないが、
ダモシが色めき立ったのは、
そのくそガキが<背後から>暴力をふるうことを聞いたからだ。
女の子に対しても、だ。

男たるもの、背後から攻撃することほど卑劣なことはない。
ましてや女性に手をあげるとは、なんたる不届き者か、と。

そして、背後からの暴力ほど、危険なことはないのである。

そのあたりは親が教えるか、武道や格闘技を習うことでしか理解できない。
そういうことを含めて親は教えなければならないのである。

<いいか?ケンカも強くてスポーツできる。
 でも頭も良くて、顔も良くて、女性に優しい。
 これがモテるんだぞ?>

とヒマさえあればアントニオに説いているダモシ。

強くて優しい、か、優しくて強い、か。

その強さとは、ただ単に<やっている>だけではなく、
あるレベル以上の中でやっていることが条件になる。

あるレベル以上の中で勝負で勝ち負けを競っていれば、
それは必ず後々、アドバンテージになって返ってくる。

異国での日常。異国での生活。
特にこの領域で、それは大きなアドバンテージとなって
必ず後に跳ね返ってくる。


今年の中で最もタフな大会である来週10.15。

ダモシは言った。

<一回戦を勝ったら、中野に連れていく。
 普通ないぞ?一回戦勝っただけでは。
 そして二回戦。〇〇に勝ったら、
 念願のゲームを買ってやる>

と。

ゲーム禁止/ゲームは買ってあげない
というダモシ国のルールを破ってまで、

過去最高の破格の報賞を提示した。

さらに<優勝したら?>と問うアントニオに、
ダモシは迷いなく言った。

<祝勝旅行だ。ハワイだ!>と。

レベルの低い中で勝ち続けるよりも、
最高レベルの中でSINK or SWIMすることは苦しい。
だが、それも必ず彼のためになる。

そしてそれを成し遂げた時には、
尊敬をもって、報賞を出す。

ある意味、もうアントニオはプロだ。

勝利に賞金や賞品がかかっているのだから。

何かが懸かればさらに本人がパフォーマンスする。
それもまた重要なことである。
今からそういう所作に慣れることだ。

負けても自分のすべてを出せば、文句はない。

刑事ダモシは、<親>でもあり、<指導者>でもあるのだ。

ニッポンの甘ったれた世間知らずのヤングボーイの
数百倍、黒人や外国人は<怖いもの知り>である。

渋谷の黒人の所作は、
ダモシ的には、ダモシに対する
たいへん尊敬すべき社会的所作であると認められる。

それで良い、と。

ニューヨークでもマイアミでも、彼らはそうだった。
マイアミの空港セキュリティは
ダモシだけ<SIR>づけでチェックなしで通させた。

日本人以外は、実に<上手い>のである。所作、が。

"ちゃんとした"人は、ダモシに"ちゃんとした"態度をとる。
だからダモシも"ちゃんとした"態度をとる。

そこでこそ、
ジェントルマンズ・アグリーメントが生まれるのである。

コドモの世界でもそうだ。
"ちゃんとした"態度をとれない者は力でKOするか、無視するか。
二つに一つしかない。

八歳アントニオは
大きな八歳ダモシよりオトナで優しいから、
彼は後者を採るだろうが、

彼もキレたら大変なことは、大会でのケンカ・ファイトで、
特にこの晩夏、証明されているだけに、
一方で気が気ではないところである。

今後の展開が楽しみである。



*****



久しぶりである上、Week In Reviewである。

週刊ダモシ的に、ダモシ周辺時事ネタを一気に振り返れば、
普通にこのくらいの長さになるほど
毎日ネタや騒動がある。

これでもまだ書き切れないほど、である。

本は、どうか。

先に読んでいた<八日目の蝉>はとっくに読み終わり、
ワイフに貸している。
ワイフも読み終えたらDVDをレンタルして映画も観たい。

今週読みはじめたのは、新刊で買った文庫本。
これが大長編で上下巻。上巻だけ買って読んでいる。

100811h.jpg

ストーリーも興味深いが、
一方で、<東京オリンピック>の時代が舞台だけに
その時代のアイコンが多々登場し、
あの頃の息吹が感じられる点が面白い。

まだ上巻の七割まで読んでいるところだが、
しっかり丁寧に書かれている。面白い。

たいてい電車内か眠る前の十数分読んでいる。
相変わらずじっくりカウチで読むには
時間が追いついていない。

<時代考察>はダモシの好きなカテゴリーである。
本も雑誌もゆえに
昔の、その時代時代の息吹が感じられるものを好む。

"鉄ちゃんではないダモシ"が、鉄道の古本を博多で買った。
これが特集に惹かれて買ったのだが、面白い。

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(右)<旅と鉄道>誌/1977年春号。

<山手線百景>というディープな特集。
77年に発行されたものだから、
モロにあの時代の空気感が伝わってくる。

当時の値段でこの雑誌は500円。
相当高い雑誌だ。

左に映っているのは<大井川鉄道オフィシャルガイド>。

間違って欲しくないのは、ダモシは鉄ちゃんではない。
これもオフィシャル事案用で買ったものである。


そんなこんな、だ。

明日、明後日もゆっくりさせてもらうつもりだ。
その合間にオフィシャル事案もちょこちょこ片付けて。
ファミリーの会話時間もとりたいし、
読書もしたいし、新聞もじっくり読みたいし、と。

久しぶりに<休日っぽく>明日は競馬の馬券を買いに行こうか、と。
これまた久しぶりに東スポを買った。
明日はダモシが好きな毎日王冠である。

秋の天皇賞という
現代日本競馬最高峰レースへの前哨戦。
各馬、どのように臨んでくるか。
闘いのモメンタム、ローテーション等の意味でも勉強になるわけだ。

100811k.jpg


今宵早めに横になり、
東スポで競馬予想をし、
"とっている"毎日新聞を読み、
<オリンピックの身代金>をシメに読んで

ぐっすりと眠りたい。

今宵、クシャミ100発以上。

もしかしたら今年初めてのハナ風邪か?という中だ。
さっさと眠り八時間くらい睡眠した方が良さそうだ。



posted by damoshi at 23:18| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

点起円終線付



二時間弱睡眠で4AM台に出発し、10PMに戻ってきた昨日。
それ以前から疲労困憊のダモシはバタンキュー。
奇跡的に12AM前に横になり八時間睡眠を摂った。

八時間眠ると、さすがに衰えと消耗激しい身体でも回復。
デイタイムはここ最近になく"軽かった"。
が、夜になればまた一日のオフィシャル事案の疲れが出てきて
帰路の満員電車は這々の体。

そりゃあ、そうだ。

いくらなんでも、そうだ。
鉄人ではない。

そもそも広島、博多へのビジネストリップ。
博多-新横浜5時間新幹線だけでも疲労する。
おまけに静岡北西部へ往復8時間ドライヴィングで迎えた
ウィークエンドである。
しかも睡眠不足である。

競馬のケイバタイムスがあろうことか
このタイミングで秋GIシリーズも始まってしまい
<予想どころじゃないぜよ・・・>
<編集どころではないわよ・・・>も重なったウィークエンドだ。

そしてやってきた、アントニオ空手の福島遠征。


*****


結論としては、
結果はベスト8と望むべく最高ではなかった。
一方で、内容は過去最高ともいえるものだった。

館長が珍しく
<今日はまったく言うことがない>と評せば、
ダモシは結果として勝敗では負けたものの
その瞬間、ニヤリと笑った。

全体的に2011シーズンは
シンプルに言えば<クジ運>が悪い。
今シーズンはさらに度重なるズルや、
包囲網での意図的な組み合わせ変更などもあった。
今回もまた同様に<クジ運>が悪かった。

トータル的に<クジ運>:<めぐり合わせ>は、
たいへん悪いシーズンといえる。

アトモスフィアとフローの一部にそれは入り込む要素で、
その点で割り引かざるを得ない。

むろんそれをも超越していくことが大事ではあるが、
長い目で見た場合
<楽に勝つ>のと<タフな闘いで勝ったり負けたり>を経るのとでは
明らかに後者にこそ大きなエッジとなって
後々跳ね返ってくる。
要するに心身共に鍛えられるわけである。

そしてレベルの高い相手と闘うことでこちらも磨かれてゆく。

モハメド・アリの名言
<順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い>に帰結するのは
格闘技においては間違いないのである。

準々決勝。

相手は同じくニッポン代表A。
これに勝っても準決勝も決勝も同様に
B選手、C選手。

トーナメントの山が、よりによってそういうのが固まってしまう。
そのA-B-Cいずれの選手も既に今年もそれを得ている。

三つあるうちの一つの、それだ。
アントニオは昨年、それを得たが、
今年は未だ得ていない。
この大会で優勝すれば得られるのだが、
よりによって今年既に得ている選手が
アントニオの山に揃ってしまい大きな壁となって立ちふさがっている。
その他にも同じ山にそれらがいる。

これぞ、まさに<クジ運>。
もう一つの山には、C選手一人しかいない。

体調最悪の中、フェーズアップ中のそれも身につかない状態。
これはもう惨敗の目もあった中で、
アントニオは、ここが彼の<本番の強さ>で、
ダモシも館長も驚くパフォーマンス。
ひと目で<良い時>のアントニオに戻っていることが分かる。

いけるぞ、と。

準々決勝。準決勝、そして決勝。
<勝てる>と感じた。
実際、過去に闘ったこともあるが、好勝負を超えて、
差がない。勝ち負けは時の運、そして勝負のアヤというレベル。

<今日の出来ならイケる>。

そう感じさせた。

ゴング。

明らかに相手はやりにくそうだ。
アントニオは終始オフェンシヴに試合をコントロール。
が、相手も強い。
アントニオも思い通りにはいかない。
大技を繰り出すのもアントニオの方だ。
まったく差がないながらも、わずかにアントニオがリード。

が、<押し>で注意x1。

試合再開後、今度は微細な<掴み>で注意x1をとられる。

注意が2になり、警告。減点1をとられてしまう。

いつものことだ。
気にしない。
一発、技有りを決めればこちらの勝ちになる。

最後まで攻め続けるアントニオ。

一年前の福島が甦る。

あの日、ダモシはブチ切れた。
最後の三位決定戦での延長終盤、
一進一退の攻防の中で、アントニオは<止まった>。
その<止まった>ことによって微妙な判定で敗れた。

その時の相手と、一年後、準々決勝でまためぐり逢った。

昨年、その選手とアントニオが同時に福島で権利を獲得した。
まさに権利獲得の最後の機会で得たワイルドカードだった。

今年、既にその選手は他の大会で獲得済。
ならば福島に出て来なければ良いのに、と思う。
が、出てきた。そして当たってしまったのである。

要するに、
五輪代表を既に得ている選手が、
残りの代表枠を争う大会に出てきている
といえば分かりやすいか。

普通、<出てくるなよ>と思う。

だが、そこにいる以上、それを打ち破るしかない。

終始コントロールし、終盤でも動きは止まらず、
攻め続け、逆転の技有りを狙い続けたが無念。

時間切れ。

警告による反則減点がある以上、
いくら内容で勝っていても、旗は上がらない。

アントニオ得意の反則負けで、ジ・エンド。

この不得意なルール〜

*背が低いアントニオはどうしても
 少し面が相手についてしまうケースがあるが、
 それもすぐに減点をとられる。

*少しの押しや掴みが反則減点される。

というこの主催者独自のルール〜

では、ほとんどこのケースで負けている。

だがそれでもKOか大技を決めれば勝つのだが、
いつも書いているように紙一重のレベルだけに
互いに大技はなかなか決まらない。
出会い頭はあるものの、それすら少ない。

逆にそういうレベルの選手たちも、
アントニオに一発決められる事例はほとんどない。
それだけ鉄壁のディフェンスである。

一方で、多少ケンカ・ファイト的な大会では、
アントニオの本領はさらに発揮される。

ここのバランスの問題はあるが、
不得意なそれにも対応していかなければならない。

ダモシ軍は、ある特定のルールでだけ闘うのはヨシとしないからだ。

全日本が三つあるならば、全部出られるような、
そういうマルチ的な強さを求めているからである。

むろん、組手だけ強いのではなく、型も強いというふうに。

だから可能な限り<面がついてしまう>部分は
やんわりと治させるようにしている
その効果はこの主催者の大会の場合は
少しづつ改善されてきているが、まだまだ、反則をとられてしまう。

一方で、そういったケンカ・ファイト的な部分。
ここは、ダモシも館長も細かいことは言わない。
逆に、それでいい、と。
反則をとられたら気にせず一発決めれば勝つのだから
バチバチのそちらを選択しようという流儀である。

バチバチやらずにポイントだけとるようなものは、
ダモシ・イズムの本来の空手道とは異なる。
そもそも極真イズムもそのはずだ。

結果として残念なものとなったが、
そのファイト内容は過去においても最高クラス。

それをアントニオは見せた。

そして絶不調の体調の中で、
短期間でフェーズをアップして取り組んだ部分が
完全に本番で出すことができていた点で
セコンドとして入っていたダモシ&館長が試合中に唸ったほど。

<おぉー。いいよぉ・・・>
<そうだよぉ・・・それだよぉ・・・>
<本来のアントニオだなぁ、今日はぁ・・・>
と。

新たに取り組んでいたスタイルでの技が
ドスンドスンときれいに入っていた。

だからこその、ニヤリなのである。

帰路。

車中はまるで勝って凱旋のような状態だった。
まったく暗さはなく、
これで10.15や来シーズンへ確実につながってゆく、と。

そして本人も、今回は、敗戦後、泣かなかった。

これこそが、
自分自身で納得できたことの証明である。

ある意味で、
今年の優勝と準優勝した大会以上に
中身の濃い、本人も納得の闘いができたはずだ。

昨日の大会。

アントニオの出番直前。
その小さな背中を見て送り出す時、
ダモシは泣きそうになった。

(今回も出場選手中、最低身長/最軽量なのに・・・)
(体調も悪くて、かわいそう・・・)
(いつも努力して頑張っているのに・・・)

という親心が出てしまったのである。


その親心以上に、本人は強いということだ。

そして想った。

<あぁ、やっぱりアントニオは強いのだな>と。


おそらく今シーズン最終戦、10.15。
最大舞台の国立代々木決戦。
センター・ステージの1舞台での全日本選手権。
ダモシ軍のダチ&後輩も、アントニオの"彼女"も、
アントニオの"弟分"も応援に集結する。

舞台が舞台だけに既に組み合わせも出ている。
一回戦から決勝戦といえるタフな相手だ。
まずは一つ。まずは一回戦から確実に突破したい。

標的は二回戦の相手。

これが紙一重の中でも日本一レベルの選手である。
幼児階級時に一度当たって苦杯をなめている。
だが、既に以前からその選手対策は出来ていて、
その選手に一杯食わせたいと考えているが、
なかなかめぐり合わせで当たらない。
今回はそのチャンスがやってきた。

タフな闘いだが、何とか一回戦を突破して、
その選手へ挑みたい。
今のアントニオなら、勝つ。
組み合わせを知った館長も
<望むところだ。もう(破る)レベルにはある>と腕をぶす。

すべては、一回戦である。

大舞台と本番でこそ、本領発揮するアントニオ。
それに期待すると同時に、いずれにせよまた体調だ。

どんなに素晴しい選手でも、
同じ二年生階級では誰一人として出来ないスタイル。

それがアントニオが持っているスタイルである。

そして、最低身長/最軽量。

<最低身長/最軽量>という
闘う相手がイヤがる武器を生かしつつ、
彼にしか出来ない動きとスタイルをやれば負けないという
信念を持っている。

要は、反則減点をとられたとしても、勝ち切るためには
己がスタイルの徹底であり、
未だアントニオは相手に合わせてしまう点があるため
その徹底的な解消も課題になってくる。

さほどでもないレベルの相手と闘う場合も
相手に合わせてしまい接戦を演じてしまうアントニオ。
見ているこちらが<あれ?>というシーンが多々ある。

一方でニッポン代表との闘いになると
別人のようにハイレベルなパフォーマンスをする
アントニオ。

いずれも相手に合わせてしまう/相手に合わせることができる
<器量>を持っている、と好意的に言えるのだが、
ネガティヴに言えば、
未だ勝ちに対するこだわりが薄いとも言えるわけである。

<イヤな奴になれ>

<勝負においては鬼になれ>

と言っても、本質的な"一人っ子"気質=ふだんから競争がない
という部分と共に、
猫やぬいぐるみをかわいがる女のコのような"優しさ"があることで
その部分はネガティヴに見ればマイナスに作用している面は否めない。

且つ、どちらかといえばプロレス的なダモシ・イズムの
それは根幹を成しているから、
ダモシのせい、ともいえる。

どんな相手とでも

<相手の3の力を8にまで引き出した上で闘う>
<ロープに飛ばされたら返ってきて相手の技を受ける>
<闘いをスイングさせる>
<噛み合った闘いをする>

というダモシ・イズムである。

これをアントニオは善くも悪くも徹底しているのだ。

他の有力選手は、
一回戦、二回戦など最初の頃は流している。
さっさと勝負を決めて余力を残している。

が、アントニオの場合は、
どんな大会でもどんな相手でも
一回戦からフルスロットルで、
しかも相手を引き出すからエキサイティングな接戦になる。

<疲れちゃうだろうよぉ・・・>と、ほとほと呆れる。

ラフ・ファイトを仕掛けて来られれば応戦し、
ケンカ・ファイトで仕留める等、
スリリングな、スイングした痺れる試合が多い。

まさに<魅せる要素>を体現しているのだ。

それがまた1ファンから見れば、実に面白いのだが、
親としても指導者としても
<勝って欲しい>となるとまた、違ってくる。

そのあたりは、こちらもまた常に考えさせられるのだ。

だから、面白いのだが。

実のところ、
<押し><掴み>など裏技的/ケンカ・ファイト的作法は
ダモシ自身が教えてしまって、
しかもそういうワルな部分が男の子だからか
直系遺伝子だからか、奇妙なほど吸収されてしまったのであるから、
自業自得であり、
まさに米が育てたアルカイダという世界である。

先の全日本選手権での顔面殴打のケンカ・ファイトや、
先般道場で二学年上の四年生とのスパーリングで
エキサイトして柔道のように道着を掴んで投げ倒す等に
それらは顕著に出てしまっているわけで、

とどのつまり、昨日も反則負けなわけで、
一方で、だからこそ
<バチバチ・ルールで彼らとやりたいわな>と感じてしまったり
するわけであるが、

それもそれで許容しつつも、だが、いわゆる異種格闘技ルールでも
勝ち切れる万能型は目指しているところであるからして
内容はどうあれ敗北はまた許容して、
それらをすべて受け止めてさらにレベルアップすれば良いのである、と。


明るく楽しく元気に。
そして男なら細かいこと気にせず
めいっぱい暴れて、全然負けてないぞ、
反則くらいいいぜ別に、で

本人もさっぱり、ダモシもさっぱり、すっきり。
思う存分自分の力と持っている技を出せば、
そんなに良いことはないのである。

自分を出すことが出来ずに負けることを最も嫌うのであり、

本人が奔放に暴れて納得・満足・爽快であれば、
なにより嬉しいのである。

結果は、必ず後からついてくる。

毎度のことだが、
そこに勝負があり、山がある限りは、
勝利を、そして頂上を。
目指すのは当たり前の前提である。

が、勝ち負けがすべてではない。

着実にフェーズアップ、レベルアップが見える。
そして課題も常に見えている。

それで、良いのだ。

皆、大満足の中での遠征で終わり、気分良く、
ダモシも熟睡した10月最初のウィークエンドと相成ったわけである。


*****


最後に、
観る限り同階級ではアントニオだけが出来ているスタイル。

それこそが、ゴッドハンド・イズムの根幹の一つである
<点を起とし、円を終わりとす。線はこれに付随するものなり>
である。

これをさらに本番まで磨きたい。
このまずは追究である。
本人も少しづつだが確実に点と円と線の戦術を理解しつつある。

10.15の前には久しぶりに総裁の墓参へ行く。

ダモシ軍は極真ではないが、ほとんどが極真になる。
出場選手中、アントニオ含め他流からの乗り込みは、わずかに4人。
一回戦の相手も、二回戦のターゲットも、むろん極真からの代表選手。

我等は極真ではないが、イズムは同じだ。
ダモシは、総裁の墓参へ行き、久しぶりに語る。

<アントニオ君いいよぉ、きみぃ・・・>と言ってくれるか。

10.15前はまた"バカ親"になり

例の三点セットである

・総裁の墓参
・東京カテドラル聖マリア大聖堂
・関口芭蕉庵

へ、久しぶりに詣でる。

そして本番は、<ゴー・フォー・ブロック>である。



posted by damoshi at 23:17| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月02日

4AM


いやはや、当然ながら真っ暗である。
4AMに起きた。

間もなく福島へ向けて出発である。

12:30AMに床についたが眠れず。
半身になって携帯電話で時刻を確認したとき2:25AM。
それからしばらくして眠った気がする。
ほとんど眠っていないに等しく、
眠いとかそういう次元ではない感覚である。


posted by damoshi at 04:29| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

アンダードッグ



相変わらずダモシ、お疲れである。

昨日は都合8時間以上、ドライヴィング。
静岡の北西部への遠征である。

東名ラインの静岡=海沿いではなく、
そこから北へ山間へ入ってゆく。

這々の体のダモシを尻目に
近頃の<元気過ぎるシニア>たちが闊歩。

今や彼らは、
チャイニーズや女子高生以上の
旅先と電車内での弾けぶりである。

以前も触れた<元気過ぎるシニア>。

彼らの元気は、まっとうに"じぶんじかん"を
無理なく過ごしていることから来ていると見て良い。

選択肢の多い現代。
それは己がやることが増えることにも結びつく。

やることは増えれば、必然的に、
<やらなければならない>ことも増えてくる。

そうなると疲労と疲弊が忍び寄ってくる。

30-40代がニッポン人では最も疲れているかもしれない。
否、今やコドモも同様だ。

仕事がなければやることが激減する
ニッポンのオトナやサラリーマン。

コドモは仕事はないのに、
オトナと同等あるいはそれ以上に忙しい。

コドモこそ最も忙しく、疲弊しているともいえるかもしれない。

アントニオの風邪は結局治らず。
問答無用の絶不調。

今宵、"頑張って"道場での稽古で
最終追い切りをしたものの、
動きは悪く、テンションも低い。

<あぁ、ダメだ、こりゃ。全然ダメだわ・・・>。

ダモシは喝を入れた。

疲れている上に、風邪で体調最悪とくれば、
ましてや未だ小学二年生だ。
誕生日があったのに、
大会があるから、誕生日プレゼントもお預けの現状だ。
かわいそうだとは思うが、
闘いがそこにある限り、それをメインとする。

その中で、最悪の事態としての<絶不調>。
今回は、完全無欠のアンダードッグである。

この状況下でもうあと五時間後には出発して福島へ向かう。

<やる前に負けること考えるバカ、いるかよ>。

そのイズムに変わりはないが、
これまでの中でも最も悪い状態で臨まざるを得ないのは
否めない。

惨敗で猪苗代に散るか、
その一方があるとすれば
今回はもうジャイアント・キリングしかない。

ただ、一方で、
最悪の状態ゆえに
逆に本人もダモシ側も過度な力みが入らずに
リラックスして臨むことができる可能性がある。

フロー、である。

フォーカス(集中力)がありながらも、無欲。
それが重なった時に生まれるフロー。

いずれにせよ
かようなシチュエーションでどのような闘いになるか。

本人はもとより、
そこに関わるダモシ、ワイフ、館長等、考察に値しよう。


もう寝なくては。


100111c.jpg

コドモも40代も疲れ切っている現代、シニアこそ最強。
最も体力気力が充実していよう。彼らの元気が羨ましい。

100111b.jpg

静岡の高い空。
県別でいえば、神奈川と静岡の空は特に米に近い。
空がきれいなのは、神奈川と静岡だ。


Good Luckはやめよう。今回は。
ウルトラの父に祈りも捧げない。

自然体で臨む以外、
このアンダードッグのシチュエーションでは難しい。

もとより、一試合だけですら
アントニオの身体が持つかどうか、という世界である。



posted by damoshi at 23:29| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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