2011年11月27日

多すぎる人



なぜこのエリアのこのホテルに、
こんなにも多くの宿泊客がいるのか。

昨晩、そういった違和感を刑事ダモは抱えていた。

ほとんど、というか、すべてが男性客。20代から50代。

その疑問は早朝、解決した。

6時台に早起きし、早速、食堂へ。
ちょっとこの金額ではなかなかない廉価な宿泊代に
朝食までついていて、しかもご飯お代わり自由という高待遇のホテル。

むろんエリアがエリアだから、
リッツ・カールトンなんぞあるわけもない。

だが、ある意味で離島以外、すべてのエリアにあるのでは?
と思える東急インやルートインはここにもあった。
逗留したホテルはそれらチェーンではなく、
たいていローカルに逗留する際に選ぶのは
地元系のホテルだ。

既に早朝から食堂は超満員。
賑わっている。
皆様、朝からテンションが高い。

見れば、すべてが工事の作業服を着ていた。

分かった。

このホテルは、飯場だったのだ。

飯場で朝食を食べながら、
この後すぐに始まる工事作業の前に
英気を養っている人々の中に

スーツ姿の怖面刑事ダモが現れたものだから、
一堂、一瞬にして静まり返り、
視線を集める。

その視線は、どこか、なにか警戒したものだった。

ゼネコンの人間が、孫請けの現場まで密偵で来たのか、と。
あるいは工事現場に刑事が捜査に来たのか、と。
そんな眼差しをもって、一気に静まり返ってしまった。

そんな中、しっかりご飯をお代わりして
早朝捜査へ町を歩き回るべく
さっさと食べ終わり、食堂を後にした。

言ってしまえば申し訳ないが、
だから"こんな土地のこんなホテルが"
客がいっぱい、いたのだな、と合点したわけである。

ダモシの場合、
<こんなところに人は多くいないだろう>という
期待を常に抱く。ローカルに出ると。

が、ほとんどその期待は裏切られる。

<なぜ、こんなに人が多いのか>と。

<なぜ、いるのだ>と。

だが、よくよく考えればここはニッポンだ。
アメリカではない。
狭い狭いニッポンだ。

狭い国。どこにでも人はいるということだ。


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午前七時、中津。
東から昇った陽が建物を濃く照らし始める頃合い。

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ローカルチックな
期待通りのポスチャーを見せてくれた映画館。

その前に屹立するのは、天下の福沢諭吉である。

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ここは諭吉のリアル・ホーム。中津駅を毎日、見ている。


*****


市内を一時間ほど散策すれば、主な史跡をめぐることができる。

ここは生の感覚として、己が脚で歩くこと。
すべての旅、捜査の基本。
これを行うことで、どのローカルでも<なるほど>という部分を
掘り出すことができる。


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諭吉は生まれ落ちたのは大阪だが、
三つ子の魂を育んだのは地元の中津である。
一歳数ヶ月で中津藩に帰ったからだ。

諭吉の旧居は中津に燦然と輝く。

慶應ボーイ諸兄も是非来るべきでは?
と、大きなお世話だが、思う。

まあ、せっかくローカルから三田に出てきたのだ。
都内での遊びに忙しく、わざわざ中津まで来るヒマもないだろう。

諭吉旧居から中津川方面へ歩けば、中津城。
日本三大水城である。

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東陽を浴びる。

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中津城。これは、なかなかである。

諭吉旧居と中津城。
中津の観光コンテンツのエースと四番。

今年は桜も紫陽花も紅葉もまともに見る機会を
持つことができなかった。

捜査がたてこんでいるからだ。

住んでいる土地では見ることはできなかったが、
捜査先のローカルで一瞬、愛でる機会を持つ。
それが今年だ。

きっと東京ではもう紅葉は見ないだろう。

今年の紅葉は、銀杏ももみじも九州は大分の中津で見た。

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*****


刑事ダモは張り込んでいるつもりだったが、
相手にしっかり撮られていた。

常に単独捜査だ。いつ狙われてもおかしくはない。

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今や神父もヘッドバットをして逮捕される時代だ。
教会とて決して油断はならない。

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地道に脚で稼ぐ捜査が基本だ。
ローカルには、事件解決のヒントとなるVOWが多々ある。

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ギャル、だ。有無を言わせぬ、"ギャル"だ。

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財政破綻のギリシャのアテネは、
"確かな技術"と"豊かな感覚"がウリだ。

なるほど。

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そして最も賑わうはずの商店街は、
昨晩同様に
刑事ダモの捜査協力を拒むかのようにシャッターを閉め切っていた。

まさに真冬。横浜の1.5倍寒い中津。
白い息を吐き、手はかじかんだ刑事ダモは、
今回の捜査を打ち止めて、本部に戻る時間が来たことを悟った。


*****


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中津からソニックに乗り、小倉へ。

このソニックが、実は当初乗る予定だった便が満席で
チケットがとれなかった。

それは7時台。ワイフに購入を頼んでいたのだが、
その後もまったく満席という人気。
10時のそれにようやく空きがあったほどだ。

そもそも論だが、
ほとほとなぜこんなに人が多いのかという疑問がある。

なぜこんなに、ただの列車が満席になるのか、と。

前日の九州内の新幹線も同様。

一つには、皆、<博多へ出る>のだ。

九州の長崎、佐賀、熊本、そして大分。
この県民は博多へ出るのだ。遊びに出るのだ。

土曜日だ。朝一番から特急列車に乗って博多へ出る。

おそらく共通言語として
<博多に行ってくるけん>という世界だろう。

それはおそらく北海道の札幌以外の人々が、
<札幌に行くべ>というのに近いだろう。

東京首都圏の人は、
<東京に行ってくる>とは言わない。

埼玉の人も千葉の人も神奈川の人も
<東京に行ってくる>とは言わない。

この違いは、一つには首都・東京とその周辺における
世界観と、ローカルの相違なのだろう。

で、とてつもなくヴァリューがあるのだ。

"博多へ行ってくるけん"と"札幌へ行くべ"は
とてつもなくヴァリューがあるのだ。

きっと。

そんな熱気が充満しているのだ。車内が。

(はぁ・・・。隣、いたかぁ・・・)とため息をつく。

中津で乗り込んだら、
いかにも九州女な、きっと大分や柳ケ浦、宇佐あたりから
乗り込んできて博多へ遊びに出かけるのだろう女子が座っていた。

もちろんその女子もイヤだったことだろう。
隣にこんな刑事ダモのような男が来たのだから。

微妙な、互いに、心の中で
<(隣に)来やがった>
<(隣に)いやがった>と文句を言いつつ、
互いの存在を無視することに決めるのだ。

即座に。

その背景には、一人で静かに過ごしたい
この車中の時間を阻害されることに対する抵抗がある。

だからこそ、
<隣はいないこと>にしてやり過ごすのだ。

隣に他人がいることを認めない。一切、認めない。
いるのに、いないことにする。
一つの、方法論だ。

(心配すんな。俺は小倉で降りるから。
 その後、博多まで一人でのんびりすればいいだろ?)

と。

が、性格の悪い刑事ダモは続けて思う。

(が、小倉で俺の代わりに誰かが
 この席に乗ってくるぜ、いっひっひ)と。


で、小倉に着くわけだが、
前回の大阪乗り換えできなかった事件同様、
何だかこう、JRの切符窓口の罠なのか知らぬが、
あまりにも乗り換え時間がギリギリすぎるのだ。

もともと小倉で新幹線に乗り換えるための時間が
9分しかなかったのだが、
このソニックが中津に到着した時点で3分遅延していた。

だから6分の乗り換え時間しかない。

ため息が、また出る。

苦行かよ、と。ワザと、か? と。

刑事ダモは走る。
そして、<急いでくれ>と声がけして、
スポーツ新聞と駅弁を買う。

それも新たに抱えて、新幹線に乗り込むのだった。

だが、これがまた最悪レベルの大盛況。
自由席なんぞ、もはやお盆か年末年始と思えるほど
大興奮状態の皆々様で超満員である。

<一体、この人の多さは何なのだ!>と。

<皆々様、どこへ往くのだ!>と。

己が指定席へ歩を進めると、
最悪なことに
昨晩記載した、例の、

<意味不明&年齢不詳なアベック>が三人掛けの
通路側と真ん中に鎮座ましましていた。

(げっ・・・。よりによってからにぃ・・・)。

致し方なく

<すみません>と述べて、己が窓際に着席。

あちらもこちらも、やはり微妙な違和感と空気感が漂い、
普通に気まずいアトモスフィアが
形成されたことは言うまでもない。

スタートの博多から乗っていただろう
このアベックはきっと、おそらく、
否、間違いなく、

<窓際、誰も来ないといいね♡>

<来ないようお祈りしようよ☆>

などと言い合いながら、
密に手を握り合ったり、
気持ち悪い眼差しで見つめ合ったりしていたはずだ。

だがその祈りは虚しく最初の停車駅である小倉で、
いきなり崩れた。

しかも乗ってきたのが、最も招かざるタイプの
刑事ダモであった。

(俺もイヤだが、ざまあみろ。そんなにうまくはいかないよ?)

と刑事ダモは世界一レベルの性格の悪さを見せる。

で、彼らは新横浜でも降りなかったから、
品川か最後の東京まで行ったのだろうが、
それこそ何者だよ、という世界である。

<意味不明&年齢不詳(でも若くはない)なアベック>は
博多から新幹線に乗ってなぜ東京まで行くのか。
何の用なのか。
往路なのか、復路なのか。

お土産をたくさん持っていなかったから、往路だろう。
博多から東京に遊びに行ったのか、
あるいは何か冠婚葬祭か。

いずれにせよ、
<飛行機で行けよ、飛行機で!>と、
刑事ダモは自分のことはタナにあげて
思うのだった。

このアベック。気味悪いのだが、
刑事ダモが乗り込んでからの五時間強、
ほとんど会話をしなかった。

否、刑事ダモが目を覚ましている間は、
まったく会話がなかった。

おそらく、巨大なイビキをかいて眠っていただろう刑事ダモ。

眠っている間だけ
彼らは自分らの時間をおおいに満喫したか、
あるいは
暴言を吐いていたかもしれぬ。

<まったくうるさいイビキだね♡>

<ほんと、邪魔。せっかくの二人だけの時間が・・・>

などと言い合いながら。


旅は一期一会などというが、一期一会もくそもない。

これらのキャストは、特に出逢う必要もない面々だ。

それは彼らも同様にそう思っているはずだ。

今や新幹線も飛行機も、
隣がいるかいないかは、これも運となる。



*****



いつものごとく単独捜査のローカルの旅。

おおいなる孤独に包まれていたが、
帰宅すると
アントニオがカワイイ顔で飛びついてきた。

そして

<ダディ、あそぼぅ!>と。

家族はいいな、といつも改めて実感する瞬間である。

毎度、ホテルで朝目覚めずに客死するのではないか。
そんな恐怖を覚える齢になった。

戦場ではないが、
そういった意味では今回もまた
生きて帰ってこられたのは何よりである。

が、毎度そうなのだが、

新幹線での東京首都圏から九州圏への一気移動は、
かなり肉体的ダメージを受けるものである。

遊びなら、別だが。

隣がいないなら、それも軽減されるが。

隣がキム・ノヴァクだったら、どうだろうか・・・。


しかし、それにしても、
ニッポンがやはり狭すぎるのか、
あるいは人が多すぎるのか。

どちらなのかといえば、やはり狭すぎるのだろう。

もっと実働面積を増やすかして、

他人が邪魔に感じないレベルに広げる方が良い。

米の列車のように<広大に>するべきではないか?

あまりにも、
すべての面積が狭すぎるのだ、ニッポンは。




posted by damoshi at 01:44| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

1979年の西本幸雄


中津から帰ってきた。

通常寄稿はするが、その前にケイバタイムスからの出張掲載。
カテゴリー<時代>と併合して
<1979年の西本幸雄>を。


:::::


<1979年の西本幸雄>

"悲運の闘将"と呼ばれた西本幸雄さんが逝去された。
御年91歳。大往生ではなかろうか。

観ていた者の立場として、
西本さんのハイライトと認識するほど
インパクトを残したのは、1979年の日本シリーズ。

あの江夏の21球で名高い広島カープvs.近鉄バファローズ。
日本シリーズ、雌雄を決する第七戦である。

1960年、大毎を率いて初の日本シリーズ。
大洋にストレート負けを喫した監督・西本幸雄。

以降67年から五度、阪急の監督として
日本シリーズに挑み続けた。
そのすべてで、最大二勝しかできず
巨人の軍門に下ってきた。

都合六度、日本シリーズで破れ続けた西本幸雄。

七度目の正直として広島と対峙した
79年の日本シリーズだった。

下馬評優位の近鉄は注文通り二連勝するが、
敵地・広島に乗り込んだ第三戦も優位に進めるが
七回に逆転されて、
広島に日本シリーズ初勝利を献上する。

これで歯車は広島に噛み合ってゆく。
第四戦も広島が逆転勝ち。
第五戦は1-0でまたもや広島。

近鉄は敵地で三連敗を喫した。

第五戦以外、常に押し気味に試合をコントロールしながら
ツメが甘い面が見られた近鉄。

あとがなくなった近鉄は大阪に戻り、
第六戦を本来の力通りに6-2で完勝。
星を五分に戻しつつ、逆に近鉄は流れを己自身に引き寄せた。

ここまで完璧なまでの内弁慶シリーズ。

戦前から近鉄を応援していて、
近鉄が勝つだろうと思っていた中学生ダモシ。

当時の日本シリーズは、平日であろうがすべてデーゲーム。
授業を終えて一目散に帰ってきてテレビにかじりついた。

第七戦の大阪球場は
「近鉄が勝つだろう」モード全開で、
異様に盛り上がっていた記憶がある。
旧シェイ・スタジアムのような
急勾配のスタンドを持つ大阪球場の様子が、
東京在住の中学生ダモシにとっては
異様なアトモスフィアを感じさせた。

<このムードなら、やはり近鉄だよな>と。

平野が五回に同点2ランを放ち、2-2。
ここから近鉄の世界だなと思ったら
広島もしぶとくすぐさま六回に伏兵・水沼の2ランが飛び出し
4-2とリードを広げる。
近鉄もその裏すぐに一点を返す。4-3。

全試合を通した印象として、
近鉄に拙攻のイメージを持っていたダモシ。
攻めているのに攻め切れない。
勝てる試合を落としてきた。

この六回裏も、1アウト2,3塁で、ただのゴロで一点しかとれなかった。

振り返れば敗因は、近鉄の拙攻だったと一つには言えるのだが、
もう一つ、この時代のシリーズはDH制が認められていなかった点が
明らかに近鉄に不利に働いた。

前年の首位打者で、この年のシーズンも
打率.320で18本塁打を放っていた右翼手・佐々木が、
出られなかった。

レギュラー・シーズンでDHを務めていたマニエルが、
DH制のないこのシリーズで右翼に入って出場していたからだ。
マニエルはシーズンで37本塁打でホームラン王。打率も.327。
打点は94を挙げていた。

いわば攻撃の主軸二人のうち、一人を欠いたのだ。
ちなみに成績面で見れば二人ともこの年とその前後が
現役としてのプライムタイムだった。

このマニエルの右翼手起用はある意味で、致命的だった。

シリーズの趨勢を左右しかねない第四戦、第五戦の
大事な場面でマニエルのミス(あるいは佐々木でも
そうなったかもしれないが)のような本塁悪送球と
被頭上超えによる共に試合を決定づける点を広島に与えた。

この部分も79年のシリーズにおけるポイントとして
残っている。

DH制が採用されていなかった時代と現代。
仮にあの頃既に現代のようになっていたら、
マニエルと佐々木の主軸双方をフルに起用できた。
そしてマニエルに右翼を守らせる必要もなかったから、
あの致命的な失点に至っていない可能性は当然、
否定できない。

ここにも西本幸雄の悲運のパートがある。

少年ダモシも、勿論、近鉄に歯痒さを感じながら
シリーズ全体を視聴していた。

だが、第七戦だ。最後だ。勝つしかない。
最後には近鉄打線が爆発するだろう、と思っていた。

近鉄の拙攻が支配していたシリーズ。

いよいよ問題の九回裏に入る。
広島が4-3で一点リード。
マウンド上には守護神・江夏豊。

少年ダモシの目には、当時まだ31歳だった江夏が、
とてつもなく歳上のおじさんに見えた。
今のダモシからすれば31歳なんぞ、
それこそハナたれ小僧である。

腹の出た太々しい恐怖のオヤジ。

中学生ダモシは江夏が大嫌いだった。

いいかげんに打ったれや近鉄!
江夏を泣かさんかい!

と、ブラウン管に向かって声を荒げた。

先頭打者の羽田が初球をセンター前ヒット。
ノーアウト、ランナー一塁。

西本はベンチから小躍りして飛び出し、
脚の速い代走・藤瀬を告げる。
ベンチに座っていても腰が浮いている西本。

次打者アーノルドの勝負中も、
落ち着きなくベンチから出てくる西本。

この時点で、冷静さを欠いている。

江夏は藤瀬の盗塁を警戒して、
ストライクが入らない。

四球目。藤瀬、盗塁。
捕手からの送球をショート高橋が後逸。
藤瀬は三塁へ。アーノルド、四球。

ノーアウト、一塁三塁。
もう笑顔の西本。
勝った、と思ったか。

次の平野も四球。途中、ハーフスイングの判定にも、
西本はベンチを飛び出して一塁線審に抗議。
小走りで出ていく際、西本の顔はどこか
笑みを堪え切れない様子が見える。

一塁ランナー、盗塁。ノーアウト、二塁三塁。
いけいけになってきた近鉄。
一塁が空いたことで、江夏は平野を敬遠。一塁を埋める。

ノーアウト満塁になる。

西本は笑いを堪え切れなくなる。
またもベンチを飛び出し、何やら指示。
完全に落ち着きがない。

江夏は想っていた。マウンド上で。

<落ち着けよ。お前らの勝ちだよ>と。


ここでポイントだ。

近鉄は一塁ランナーに盗塁させるべきではなかった。

ノーアウト一、三塁のまま攻めた方が良かったのだ。
ヘタに二、三塁になってしまったことで
平野が敬遠された。
そして満塁になった。

守る側はもうこの局面では満塁の方がイージーだった。

ノーアウト満塁で、出てきたのが代打・佐々木。
主軸ながら、このシリーズでは一打数無安打。
ほとんど出ていなかった。

四球目。佐々木が打った打球は弾み、
三塁手の頭上を越えた。
近鉄のサヨナラ勝ちか、と思われたが
打球は白線の左側を通過してファール。

西本はまたしてもベンチを飛び出し、呆然とする。
なかなか諦められずにベンチに戻れない。

佐々木は結局、三振。
これで1アウト満塁になる。

こうなるともう満塁になっていること自体が、
近鉄側に手かせ足かせになってしまった。
江夏、優位に立った。

ゴロを打たせれば良い。ゴロで併殺をとれば終わりだ、と。

西本は焦っただろう。

二球目。何とここでスクイズのサインを出した。

江夏の21球のハイライトがやってくる。

浮き足立ってイスに腰掛けていた西本。

打者・石渡のスクイズ失敗と
一気に2アウト二、三塁になってしまったショックで、
急に脚を組んだ。

そして、うつむいてしまった。

この時点で、近鉄の負けだった。

注文通り、石渡、三振。ゲームセット。

近鉄と西本は千載一遇の日本一のチャンスを失った。


*****


石渡がスクイズの構えをした瞬間、
少年ダモシは
<あっ!>と声をあげた。

なぜ、声をあげたのか。

ダモシの頭の中には
この局面でスクイズをやるなどという発想自体
皆無だったからだ。

同時に、激しい怒りが込み上げてきた。

なにをしとるのか!

と。

なにをどう考えたら、ここでスクイズやるかいな!

と。

少年ダモシが、メジャー志向を強める結果的な起点となったのが、
この時の、石渡のスクイズだったのである。

<プロ野球はダメだな>と中学生ダモシはこの時、
強烈に感じたのだった。

もちろん江夏も凄いが、
あの場面でスクイズをやってしまった近鉄サイドに
大きな怒りを覚えたのである。


そして中学生でさえ分かった西本の落ち着きのなさ。

あれが最大の敗因だったと思っている。

空手でアントニオに言っている。

<赤ちゃんと対決する時ですら、絶対に油断するな>

<自分より弱いと思える相手とやる時も、
 絶対にガードは甘くしてはならない>

と。

勝負ごとに、絶対的にしてはいけないこと。

それは<油断>である。
そして、<勝ったなと思ってしまう>ことである。

あの時、西本が<勝ったな>と思ってしまったように
見えたのだ。

それが堪えても堪えても漏れてくる笑み。
嬉しくてしょうがない、勝利が間近な笑み。
落ち着きなくうろうろして、
ベンチを飛び出してきてしまい、
采配に焦りが生じたのではないか、と。

それは本人しか分からないし、
戦術の選択は本人以外、
同じ局面を同じその場、その立場にいない第三者が
言うべきことでもない。

ダモシもあの時、本人だったら
スクイズのサインを出していたかもしれない。

だが、当時の観戦者ダモシとしては、どうしても許せなかった。
あの場面、あの局面でのスクイズ選択は許せなかった。

そして長い年月、プロ野球から去り、
在米時代ももとよりメジャー志向になったのである。

今はオトナ的所作でニッポンのプロ野球も観ているが、
わだかまりは消えていない。
胸を開いて気持ち良くプロ野球というものを
どこかで未だに許していない部分がある。

今年の日本シリーズも評価していない。

正直やはり
今年のワールドシリーズの方が<面白かった>のは否めない。

むろん、それは好き嫌いであり、
個々人の生きてきたヒストリーやストーリーによっても
異なってくる。

ダモシの場合は、そうである、ということだ。

西本・近鉄は翌年もまた日本シリーズに進みながら、
同じ相手の広島に第七戦で破れている。


*****


しかし、だからといって
当然ながら西本幸雄がダメな監督だったとは思っていない。

日本シリーズに都合八回挑んで、すべて破れたが、
監督としてダメかといえば、
ダメではなく、名将の部類に入るだろう。

山際淳司氏の『江夏の21球』は、江夏が主役だ。
だが、破れざる者の美学として西本幸雄は厳然と在る。

<スクイズを選択した采配は今でも間違いではなかった
 と思っている>という西本の談話は、それで良い。

その戦術を選ぶか。
その決定権は、あの時、西本以外には持っていない。
西本はそれを決断し、失敗した。
それだけである。

すべて頂点に届いた者だけが素晴しいのではない。

常にトップで闘いながらも、なかなか勝てない。
そんな敗れざる者の美は、勝者には持ち得ない徳である。

あの時、中学生だったダモシには、
まだまだそういったことは理解することは出来なかった。


*****


あと一歩で勝てない。

ブエナビスタが重なる。
もちろんブエナビスタはそれなりにGIを勝っている。

だが、昨年のジャパンカップがケチのつきはじめ。
GIでは上がり最速を出しながらも
ことごとく二位。

先の天皇賞・秋では、(海外でのレースを除いて)
遂にキャリア最悪の四位に沈んだ。

だが、内容は悪くなかった。
前が塞がった。

あのレースは勝ったトーセンジョーダンに
すべてがハマった。

得意の府中はもとより、ブエナビスタにとって適距離か。
そして叩き二戦目。

ジャパンカップと有馬記念。
キャリアで残すはこの二戦だろう。

心情的な部分も含めてブエナビスタを本命◎とする。


53kgという負担重量のものものしい恩恵を、
凱旋門賞馬が得ることのアドバンテージは脅威だ。

凱旋門賞馬デインドリームを素直に対抗〇。
同二着馬のシャレータを▲。
特に『痛い目に遭う』率の可能性が高いのは
ノーマークのシャレータを無視していた場合だ。
リスクヘッジで押さえておく。


天皇賞・秋で
レコード激走とフローがすべてハマった
トーセンジョーダンは、
<やることなすことうまくいく>が二度も続いてはいけない。
その想いを込めて消させて頂く。
勝ったら、<ふぅ〜ん>で終わる世界だ。

毎度毎度<勝つならここ>と言われ続けている
ペルーサは"一応"注。
ここもダメなら次はもう<勝つならここ>とは言われないだろう。

△二頭を
やはりローテーションとモメンタムから選ぶとすれば、
トゥザグローリー。

残るはエイシンフラッシュかウインバリアシオンだが、
<やることなすことうまくいっている>人は嫌いなので、
池添のエイシンフラッシュは外れてもらう。

ここも勝って、有馬もオルフェーヴルで勝ってしまっては、
それこそ<侘び寂び皆無>な"何でもあり"の世の中になってしまう。
世の中そんなに甘くないという平易な訓示は、
死守すべき世界観であり、それは避けるべし。

女子サッカーの川澄も、MVP受賞で一段落した方が
彼女自身のためだ。

今の池添には、当然、<負けろ>と思っている周囲の人は
多くいるはずだ。今の池添こそ、勝ったら、ダモシは言う。
毎度毎度同じ人の喜びの笑顔ばかり観るのはイヤなのだ。

<勝者には何もやるな>と。

ある意味、ウインバリアシオンは、
ペルーサよりマシな実績は示している。
<勝つならここ>はこの馬にも当てはまろう。

ドバイWCで世界制覇したヴィクトワールピサは
強いのは分かっているが、
さすがに八ヶ月ぶり(ドバイWC以来)という点は
割り引かざるを得ず、この馬をピックアップしては、
ここを目指してローテーションも適している
上がり馬に失礼と思い、消しとする。

これもまた、そうそう物事すべてうまくいかないよ?

と。

十分苦汁をなめた。辛酸をなめた。

そろそろブエナビスタが勝って良いだろう。

スクイズなどせず(内をついて進路を塞がれるのではなく)、
王道的所作で、堂々と外から上がり勝負に持ち込めば大丈夫。

ブエナビスタには、自信をもって走って欲しい。
四度目だよ? そろそろ頼むよ? 岩田よ。


◎ブエナビスタ
〇デインドリーム
▲シャレータ
△トゥザグローリー
△ウインバリアシオン
注ペルーサ


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大分県の中津。

今日、中津から小倉を経由して
新幹線で出張から帰ってきた。

今回は、
昨日:新横浜〜博多〜熊本〜小倉〜中津(泊)
今日:中津〜小倉〜新横浜
という行程の、すべて列車での移動だった。
乗車時間はトータル11時間。

中津といえば、中津競馬。在米中に廃止された。
当時は大騒動に発展したそうだ。

昨晩、市内にぽつんとあった小料理屋に入った。
カウンターで一人、今や著名な中津からあげを肴に舌鼓を打っていると
いかにも九州男児な初老のマスターが言った。

<あと、ウチはおでんがよく出ますよ>。

ダモシはメニュー表で目をつけていた。

<そうそう。さっきメニューで見て・・・>。

メニューには、
「中津競馬場のおでん」と書かれていた。

旨いと知られていたという中津競馬場のおでん。
その味をたまたまこの店で味わうことができると知って
注文しない手はなかった。

一つ一つおおぶりで、
ダモシ好みの濃いめの味で実に旨かった。



posted by damoshi at 23:31| 時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

諭吉のホーム



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中津だ。やはり、寂しい。

新幹線で新横浜〜熊本。
新横浜はオールモースト品川、東京。始発点と変わりない。
九州路線はあともう少し走れば鹿児島で完遂。

まずその路線。新横浜の時点で既に大混雑。
朝もはよから皆々様どこへ行くのか、じゃまくさいぞ、と。
大渋滞、大混雑、大行列ヘイターのダモシのこと。
駅のホームに指定席に乗るくせに
律儀に並ぶ日本人を見て虫酸が走るのは致し方ない。

そして、<なぜ、こんなに人が多いのか>と。

自分だけでいいよ、と。

だが、チケット購入をしておいてくれた
ワイフの好意か、
ダモシの隣だけずっと空いている。
名古屋でも京都でも、
<さすがに新大阪からは誰か乗ってくるだろう>
と思っていても誰も乗ってこない。

その間、ダモシも密に願っている。

名古屋、京都、新大阪に停車する度に、
<さあ、皆、降りてくれ。一人にしてくれ>と。

が、何なのか分からぬが、降りないのだ。皆々様。

<まさか、俺と一緒に博多まで行くのか?>と。

そんな不遜な態度で乗り続けていると、分かった。

九州まで一気に行く新幹線で、
多くの人が降りるのは、岡山と広島なのか、と。

一気に岡山と広島で降りたのだ。

客はサラリーマンだけではなく、
<一体、何者よ、この二人は>と感じてしまう
意味不明&年齢不詳なアベック
(最近コレが多いのです、実は)も、
今や世界一元気なニッポンのシニア軍団らも、
一気に降りた。

なぜ岡山で?なぜ広島で? と、これもまた不思議。

新大阪まで出張のサラリーマンは、
新大阪行きの東海道新幹線に乗るのだろう。きっと。

◆意味不明&年齢不詳(決して若くはない)なアベック

は近年各所で見られる趨勢だが、
コレがこういった列車に乗っていたりすると
年齢相応のポスチャー的落ち着きは装うものの
ウキウキを隠せず、妙にオンナは甘えたり、
オトコもオトコで妙にへなちょこだったりして、
〜共にクリエイター気取り的な〜

ドツキきたくなるのだ。

<気持ち悪いぞ、お前ら>と。

<ヘナヘナするな>と。

逆に近年、
通常のシティ内の電車の駅構内や電車内で昔よく見られた
若いブス&ブ男のアベックのいちゃいちゃが消えた。

同時に近年は、昔のいわゆるDINKS若夫婦が
朝っぱらから手をつないで出勤のため
最寄駅へスキップ的に歩いていくアホンダラな所作も減った。

これらが減少したのには何か理由があるのだろう。

お前ら今のこのご時世でそんなことしてるヒマないだろ、と。
そういうアトモスフィアが
アグリーなバカップル&不規則なアベックを消滅へと
追いやったとも一つには考えられるのだが、

一方で、厳然と最近の趨勢として、
意味不明&年齢不詳(若くはない)のアベックの
気持ち悪いポスチャーが、特に列車内で見られる。

たいてい、そういうアベックのオトコの方は、
自動車の運転が出来ない(免許を持っていない)世界だ。
当然、運動も出来ない。

オンナもふだんはオトコの上に積極的にまたがって
リードしているのだが、
旅を装った旅行に出かけて列車内で二人並んで座れば
カワイイオンナをたまには演じたくなるのか、
気持ち悪い猫なで声を出したりする。

で、二人でガイドブックを見て、ハシャぐのだ。

で、前にダモシのようなのが座っていて、
喫煙を終えて戻ってきて
己が座席に座る寸前に、ギラッと一瞥すると、
ビクッとして、二人とも会話を止めるのだ。

一瞥して二人の顔と肉体ポスチャーを確認したダモシは、
ひとり心の中で呟くのだ。

<やはりブ〇とブオトコだったか・・・。
 あぁ、気持ち悪い。喋るな、黙ってろ>

と。

で、そういうのに限って、いつまでも乗り続けている。

博多まで行く。
定番だ。
九州新幹線が出来た。
関東圏から新幹線で博多まで二人で公共的疑似個室空間で
非日常を感じよう、と目論んだバカップル。

ダモシがいなければ完璧だったことだろう。
もっと、ハシャげただろう。
あわよくばセックスもできたやもしれぬ。

まあ待て、と。ホテルまで我慢しろよ、と。
すまんが、こちとら仕事だからさ。
ちょっとピリピリしてるし、怒らせるなよ?と。

いずれにせよ最近は、そういった
何をして食っているのか、日銭は何で稼いでいるのかが
まったく不明な、存在自体も意味不明な、年齢不詳の
アベックが多いのは、実情であるが、
そんな者は放っておいて、
今年も複数回上陸している博多で乗り換えた。

その直前、見回りにきた車掌に聞いた。

<これ、博多で、さくらに乗り換えるのですが、
 乗り換え時間が五分しかないですね。
 ホームはどこですか?十分間に合うのか、
 急がなければならないのか>

と。

今年の新大阪乗り換えトラブルの悪夢を想定し、
事前に聞いたのだ。

すると
<時間があまりないですね>と車掌。

<いやいや。前回もそうでしたが、なら売らないで欲しいのですよ>
とやや怒るダモシ。

<しかしながら、乗り換えぎりぎり許容範囲です。
 ホームは15番に着きます。さくらは11番です。
 少々急いで頂けると助かります>と車掌。

急ぐレベルは、えべっさんの福男選び競走レベルなのか
あるいは点滅している青信号を渡るレベルかを再び問う。

意味不明な問いと思ったのか
車掌はそれに答えず、ただ、言った。

<あまり急がれて怪我をされるといけませんので>。

ダモシのQも意味不明だが、車掌のAも意味不明だ。

そもそも会話が成り立っていない気がする。

そして、
そもそもやはりこの
新横浜〜九州間を新幹線で移動するのは
心身ともダメージを与えるのか。

気づけばダモシの耳は、国際線のエアラインに乗って
成田に戻ってきた際のような
耳塞がり状態になっていた。

あれ?耳が聞こえにくいぞ? と。

こんなことでは、リニア新幹線なんぞ、
一般の民衆は耐えられるのか?
エコノミー症候群では済まない世界のダメージを
負うのではないか?

などと考えつつも、

<そうか、急ぐのね?とにかく>と言うと、

車掌は

<ええ。で、乗り換えるために移動する階段は、
 12号車の出口から降りられるとすぐです>

と、16号車にいるダモシに、
今のうちから12号車に移動しておけと指示した。

<はい、分かりました>と
ダモシは荷物を抱えて12号車に移動すると
客は三人しかいなかった。



*****


そして、"案外"乗り心地が良くない<さくら>に乗り換え、
熊本へ。

これも超満員だが、不思議なことに
なぜかダモシの隣だけ不在。

よっぽどダモシは"子供"以外には嫌われているようだ。

トータル5時間半の往路パート.1は終わった。

熊本駅も新しくなっていた・・・。


112511a.jpg

112511b.jpg

熊本城周辺で捜査と捜査会議を終えたダモシは、
タクシーで熊本駅にとんぼ返り。

すぐさま
また<さくら>に乗って今度は小倉へ。

今年、逗留した小倉だ。

112511c.jpg

ここまでの道のりも超満員。
ここでようやく隣が現れた。

(くそっ。隣、来やがった・・・)と舌打ちする。

(どうせなら、エバ・マリー・セイントのような美女なら・・・。
 ジジイかよぉ・・・)と嘆く。

いよいよ今日のファイナル・デスティネーションの大分県中津市へ、
特急ソニックに乗り込めば、
これもほとほと皆々様どこへ往くのか?と
不思議でしょうがないほどの超満員。

想像はしていたが、寂しい町・中津に着いた。


112511e.jpg

もの凄い駅舎にかかる駅名看板だ。
なにもここまで駅名を掲げることはないのでは?と思うが、
それもそれでどうこう、ない。

すぐにホテルへ行って荷物を置いて
捜査へ。

捜査会議を終えて、ひとり中津名物の唐揚げの聞き込み。

カウンターだけの寿司屋のような佇まいの店の前に
一人のエプロンをかけたシニア女性。

<こちらは、唐揚げを食べさせてくれますか?>と聞けば
<はい>と答える婦人。

<そうですか。では唐揚げを食べさせてください>と言い
刑事ダモは暖簾をくぐり、
地元民の怪訝そうな顔に包まれながら
カウンターの最奥に進んで着席し、

<中ナマね。あと、唐揚げね>と
いかにも九州男児なスポーツ刈りのシニア店主に言った。

店のテレビからは不毛なニュースが流れてきた。

<神父が店主に頭突きして逮捕>。

九州男児らしくスポーツ刈りに強面で
ダモシの注文に都度
<はいよ>と渋く答えて、口数少ない店主だったが、

このニュースが流れた瞬間、吹き出して笑った。
その吹き出し方が愉快で、
ダモシも「ぷっ」と吹き出した。

吹き出したといえば、その店主、
調理をまったくしない。
ダモシがオーダーするごとに
<おでんね!>
<厚焼玉子ね!>と
ダモシが店先で逢った女性(おそらく妻)に言うだけで
自分は何もしない。

これもまた不思議な光景だった。

刑事ダモは毎回、ローカルに行く度、
それぞれのローカルが提示する不思議に笑わされ、
捜査どころではなくなってしまい

一向に事件解決しないのでは?

と思えなくもないが、やるべきことはやっているから、
あとはフローで、結果は任せようといったところだろう。


疲れましたよ、今宵も。

刑事ダモは、もう横になります。

明日は10時の列車だ。
市内をまだ多く歩いていない。

明朝早起きして、

ここ福沢諭吉のホームを、早朝歩いてみたい。




posted by damoshi at 23:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肥後・豊後



眠くて眠くて疲れたので、もう寝ますよ。
今朝は4AMに就寝。
"普通に"デイタイムはオフィシャル事案を済ませ、夜は道場。

空手も、三週間後の今シーズン最終戦へ余念がない。
ひとつ言えることは、確実に今、アントニオは強くなっている。
昨年末の大阪ナイトメアを受けて改造。
さらに今シーズンの不遇を受けて怒りの改造中。

その進化を今シーズン最終戦でぶつけるべく、である。

ダモシもダモシで自身が企画して産み落とした商品の
シリーズ最新作の制作中。

そもそも冬と寒さが苦手なダモシは本来であれば
冬眠に入る頃ゆえ、忌憚なく、ヘトヘト。

だが、早朝から肥後・豊後の旅である。

novtabi.jpg

見てくれ、この膨大な列車の切符を。

今年度々訪れている、これも流行をきちんと追っている
〜九州新幹線開業イヤーに頻繁にそれに乗る〜を継続遂行。

春以来の度々の九州上陸の一連のストーリーの、
捜査が最終局面に入っているということで
また飛ぶ、否、乗っていくわけである。

<九州行き>はもはや飛行機は選ばない。
そうなった。今年から。
九州に飛行機で行きたくない。

だが新幹線での新横浜〜博多はかなり疲弊すると
以前も書いた通り、相当な疲弊を見る。

それでもやめられない。九州へ行くなら新幹線だ。

明日のデスティネーションは、肥後<熊本>。
ニッポン復帰後、ここもまた複数回行っている
ウルトラの父のホームである。

熊本でオフィシャル事案のミーティングを終えたら、
休む間もなく、博多方面へ戻り、博多を通過して
小倉まで戻る。

そのまま戻れば早いが、そこからまた九州内へ逆戻り。

ファイナル・デスティネーションは、何と大分県。

ぬり絵の旅の未踏の地である豊後の国・大分に遂に初上陸。
しかも、だ。

新潟の直江津、北九州の小倉その他、
今年は<なぜ自分はこんなところの逗留しているのか>
とホテルの一室で疑問を覚えるケース=エリアが多いが、

今回も極めつけ、大分県の中津市が
ファイナル・デスティネーションで逗留地である。

夜、当地でまた打合せ。
そのまま逗留して翌土曜日に中津〜小倉〜新横浜という
行程でまた新幹線で戻ってくる、と。

"普通"、プライベートはもとより
ビジネストリップでさえ、なかなか行かないだろう中津。
誤解しないで頂きたい。博多の中洲ではない。大分の中津である。

そんな、なかなか行かないだろう地へ行くことの楽しみはある。

むろんオフィシャル事案ゆえ楽なことはないが、
それでもやはり未踏の地に行くことと、
良い意味での"そんなところに"行くことができることは、
喜んでしかるべきだろう。

6時半前に自宅を出て最初のデスティネーション熊本着は13時。
何とまあ、七時間半の旅である。

まあしかしこんなもの、あなた。

アメリカでは当たり前ですよ。
"別に"なんてことない。

飛行機で時間短縮なんぞ、楽しちゃあ、いかん。

列車で辛抱して行くことで得るものがあり、
また逆にこれが合理的な面もあるのだ。


NY時代に始まったダモログにおいては、
そもそもニッポン復帰後、当時では想像もできなかった
土地から寄稿をしているが、

今回もまたそうなる。

三年前までは当然、このダモログに
大分県の中津市から寄稿することになるとは

想像することは不可能だったのである。




posted by damoshi at 00:11| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

日本シリーズゥ・・・



今宵、名古屋が差し替えし3-3のタイ。
日本シリーズは明日の最終戦へもつれこんだ。

今宵、ケイバタイムスから出張掲載。


:::::


今年のプロ野球日本シリーズは、
どうにもこうにも<粛々と>行われている感が強い。

一応、ゲームを通してずっとではないが、
全試合目を向けている。

ウィークデイ。
仕事から戻って「どうなっているかな?」とテレビを付ける。

1-0だの、2-1だのが毎試合。

都度、いささかネガティヴな意味での『またか・・・』
というため息が漏れる。

昨年、史上最も地味といわれた日本シリーズの
千葉vs.名古屋は面白かった。
痺れるダイナミズムがあった。

投手戦やロースコアが悪いというわけではない。

一つには、名古屋のファンには申し訳ないが、
名古屋ドラゴンズが絡む試合は端的に言ってしまえば
<面白くない>。

昨年は千葉が面白かったためスリリングな試合になったが、
本来面白い野球をするはずの福岡が
妙に名古屋にお付き合いしている感が拭えない。

名古屋のゲームスタイルに付き合ってもなおタイ。
そこが逆に福岡の強さと見ても良いのだが。

まだ福留やウッズがいた頃の名古屋は面白い野球をしていた。
たとえ一番〜二番に、どうしても「暗い」「陰鬱な」ヒト
に見えてしょうがない荒木&井端がいようとも、
まだダイナミズムはあったのだ。あの頃は。
今の名古屋は、本来的には天然系であるはずの
森野や和田までもが「暗〜い陰鬱なヒト」に映るほど。
おまけに岩瀬などは「真っ暗」だし。
さらには谷繁の声はジャイアント馬場やチェ・ホンマン系の
身長2m以上ある人みたいだし・・・。
そんな谷繁ですら「くら〜い、インウツなヒト」に見えるもの。

そもそも「1-0」野球は嫌いだ。
かつて北海道ハムを散々ケナしたのは
そのスタイルだったからで、
北海道に関しては言ってしまえば
ダルビッシュがいなければ優勝争いは難しいだろう。

北海道嫌いとしては、
<さっさとメジャー行けよ、ダルビッシュ>と邪魔者扱いをしている。

本来、名古屋に対しては、阪神あたりがイケイケ野球で
ギャフンと言わせなければならないのに
監督があの紳士面の真弓ではいかんともしがたく、
いいかげん大阪及びタイガースらしいトンチンカンな監督が
来ないかな?と思っていたら、和田だもの。
こりゃ、ダメだわ、と。常勝を目指しているのか?
おとなしいスマートな野球を目指しているのか?
もっと阪神にはハチャメチャをやってもらい
名古屋のような「1-0」野球を粉砕して欲しいのである。

福岡ならそれが出来るはずなのに、
妙に福岡も福岡でエスタブリッシュされてしまっているというか、
ヨソ行きの野球をお行儀良くしてしまっている。
これ、福岡を観ていて今回思ったのだが、
彼らはやはりプレイオフやシリーズのプレッシャーがかかる試合は
苦手なのだろう。

今年の福岡は相当強いはず。
実際、完璧に名古屋が支配しているこのシリーズで
タイなのだから。
要するに、自分たちの本領を発揮できていない
ヨソ行きの野球をしているのに、
それでもタイであるという。そこが逆に福岡の強さであり、
弱さでもあるのだろう。

福岡は明るくていい。福岡ベンチが名古屋の「暗さ」に支配され、
秋山監督のあの余裕綽々の、常に笑みをたたえた様子が
「暗い顔」に劣化した瞬間、シリーズは完全に名古屋のモノになるだろう。
果たして明日の最終戦。福岡が「くら〜いヒト」にされてしまうか否か。

局面局面では、さすがプロというシリーズだが、
極論で言ってしまえば
どんなスポーツも、<魅せる要素>なくしてはダメなのだ。

誰もがひと目見て分かる。ぱっと見て分かりやすい。
これがお金をとって見せている興行においては
絶対に欠かすことはできない要素なのである。

そこのところ、どうも落合監督は、野球人、監督としては
優秀なのは認めるが、<魅せる要素>が欠けている。
ヒト的には嫌いではないのだが、
どうもあのヒトが野球の監督をやっているときの姿は
好きになれないのである。

もともと名古屋大嫌いなので、そもそも応援していないが。
<福岡よ、めっちゃくちゃに打ちまくって4-0で勝たんかい!>
くらいに思っていたクチであるから、

まったく何をしとるのかぁ・・・と、
相も変わらずの松中には特に呟いてしまうわけである。


久しぶりに夜のゴールデンタイムでニッポン全国老若男女の目に
触れる機会を得たプロ野球なのに、

正直、こんな毎晩毎晩「1-0」野球ではソッポを向かれるだろう。
そして例の阿呆読売の騒動。

いったい野球界は何をしとるのか、と。

野球をまともに観る機会が激減している
現代の幼児や小児が<面白い!>と
就寝時間を延長してほしいと訴えでてまで観るほどの試合ではない。

厳しいようだが。はっきり言って、そうだもの。

逆に"ウチの子"は
バレーボールの女子Wカップに就寝時間延長依頼を申し出てまで視聴した。

親もまた同様で、残念ながら、

プロ野球日本シリーズより、女子バレーWカップの方が、
観ていて分かりやすくシンプルでエキサイティングで
ダイナミズムがあった。

大の野球好きであるダモシですら
外でのオフィシャル事案から帰宅して
リビングへと入ってきて第一声を出す前に、

(どうせまた1-0だろう)と日本シリーズには感じてしまい、

その次に出る家族への第一声が今週はずっと

<バレーはどうだ?>

<ニッポン、勝ってるか?>

だったのは、紛れもない事実である。

<女子、これは正真正銘、強くなってるな>と。

対して名古屋には
<まったく、つまらん野球しよってからに、このボケェッ!>と。



*****


明日のマイルCSは、つまらんレースをしないで欲しい。

先週のスノーフェアリーのような豪快な強さや
やはり三味線を弾いていたアパパネの
一瞬、勝つか?と思わせる見せ場など、要素をちりばめていただきたい。

すべてのプロ興行は、
<魅せる要素>をこそ最重要課題として真剣に取り組んで欲しい。

勝ちゃあいいってもんじゃないんだぜっ!と。
すばらしいものを見せてくれよ、と。

明日の勝ち負けに対して、
きちんとした臨戦過程を踏んできて
且つその過程でのパフォーマンスが良い馬を筆頭にせざるを得ない。

リディルとリアルインパクト、エイシンアポロンの三頭だ。

この三頭の◎か〇かの差は鞍上のみ。

さすがに鞍上・福永のお坊ちゃん、
乗り替わりでの醜聞禍の池添では推せず、

鞍上一貫して小牧太で、いよいよGI制覇か、リディルを筆頭◎とする。
お坊ちゃん割引でリアルインパクトを〇。

状態の良さとモメンタムの継続性から
夏から引き続き使われていて
ここが限度かピークかと思われるミッキードリームを▲

海外遠征のダメージが解消されていることと
前走惨敗からの叩き二戦目での本領発揮を条件として
グランプリボスを△。

エイシンアポロンは鞍上のアトモスフィア悪く醜聞割引きで△。

最後の注は、やはり外国馬は怖い。
イモータルヴァースを。名前も怖い女っぽくてイヤな感じがする。
逆にこれが勝ち切っても、まったく驚かないだろう。


◎リディル
〇リアルインパクト
▲ミッキードリーム
△グランプリボス
△エイシンアポロン
注イモータルヴァース


posted by damoshi at 22:27| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

87.1


エイティワン・ポイント・スリー♪ は、J-WAVE。

エイティ・ポイント・ラヴが、TOKYO FM。

エッフエム・ヨッコハ〜マ〜が、FMヨコハマ。

それぞれ周波数は、81.3、80.0、84.7。

ニッポン復帰後のこの三年はFMヨコハマを耳にする機会が多い。
居住エリアが横浜市であることと
東名高速を走る機会が多く静岡県まで聴取可能でもあるからだ。

表題の87.1。
これはラジオの周波数ではない。

ダモシのウェイトである。

ダモシ国はヘルスメーターをハニームーン期に
独身時代のワイフが使っていたそれを
そのまま持ってきて以来、買っていない。

だから旧態依然とした針が動くスタイルのそれを
長年使っていたわけだ。いわゆる体重計。

体重計に興味のないダモシ国。
年齢的にはとっくに体脂肪だの何だのと
よゐこの家庭であれば気にするところだが、
ダモシはそもそも無頓着な上、
ワイフも大雑把だから、
"そういうこと"には興味がない。

だから体重計から"ヘルスメーター"に買い替える
という選択肢すらなかったのだ。

食事にしても、健康に気を配って云々ということもない。

だがアントニオの空手で大会出場を書類や
当日のパンフレットなどに身長/体重が掲載されることから
特にアントニオのそれにおける意識が高くなってきた。

<いいかげん、数値が表示されるヘルスメーターが欲しい>
ということで、買ったわけだ。

ダモシ自身は己がお金で体重計を買うのは、生まれて初めてだ。

<安いのでいい>と、
体脂肪率云々まで『本当かよ?』と思うが、表示される代物ではなく、
ただのヘルスメーターを千円台で買ったわけだ。

で、昨晩、計った。

アントニオは24.3kg。小学二年生男児では少ない方だ。
身長も小さい方だ。
毎度記載しているように
学校でも小さいのだから、空手の大会になれば
最低身長/最軽量はいつものことである。

それでも彼なりに増えてはきている。
そして"やっていない男児"より明らかに肉体が鍛え上げられている。
筋肉が最近とみに発達してきている。
ガッチリしているわけだ。まるでボクサー。

そしてアントニオの友だち曰く
<ゴリラ>のダモシが新たなヘルスメーターに乗った。

示された体重は、87.1kg。

生涯最高体重記録となった。


871.jpg


NY時代、86kgに乗り、
<体重が90kgになったらヒクソンに挑戦する>と表明して以来。

以降も適宜計っていたが、86kg台がやはり最高だった。
87kg以上にはならない。
通常は78kg〜85kgの間を常に上下動している。

78kgになれば、少々身軽さを感じ、
83kgを超えると重さを感じているルーティンだ。

流行の先端をいき風邪をひいていたこともあり、
少々体重は減ったかなと感じていた。
食べる量は二十代から一貫して変わっていない。

脚にかかる負担で感覚体重を心得ているのだが、
重さは最近感じていなかった。
鏡で見ても目立って太った云々は見られない。

逆に胸板はさらに厚くなり、全身の厚みは増している。

自分では決してメタボとは思っていない。
そもそも「太っている」類いの人間ではない。
身体ポスター的にも。

"ガタイがいい"だの"すごい身体ですね"だのとは言われることはあっても、
"太ってますね"、"デブ"とは言われたことは
生まれてこのかた一度もない。

まあ、太っていても"太ってますね"とは言わないだろうし、
デブに本当に"デブ"とは言わないだろう。
よほど腹に据えかねて怒りをぶつける他人ではない限り。

オフィシャル事案先で告白したが、相手は好意的だ。

<いやぁ、体重が過去最高を記録してしまいましたよ>

<何kgですか?>

<87.1ですよ>

<でもダモシさんの場合、筋肉がいっぱいあるから。
 運動不足で酒浸りとか脂肪ばかりというわけではない。
 だから心配ないですよ>

と。

内心は(『そういえば最近いちだんと太ってきたな』)
と思っているかもしれぬが、それはそうだとしても、
お世辞を言ったり慰める必要がない局面で
そのように言うということは
見映え的にはきちんとそう見えているのだろう。

ただのデブではない、と。

一般的には178cmの身長で、87.1kgの体重と聞けば、
<メタボでは?>と思われるかもしれぬが。

ワイフは、

<いいかげん
 食べたいものを食べたいだけ食べる
 そのスタイルをあらためた方が良い>

と言いつつ、しっかり大量の食事をテーブルに出す。
で、お代わりが少ないと

<もう食べないの?>と来る。

<何か足りないなぁ>とたっぷり食べた後に
<お餅でも食べるか。いそべ焼きね。二個ね>と
リクエストすれば、焼いてくれる。

にも関わらず、数値で示された体重の87.1を見たら
大騒ぎして、

<ダメだね。いいかげん>
<90kgになったら追い出す>宣言が飛び出た。

そして
<やっぱりもう夜は食事少なくして出すわ。減らす>
と言い放った。

<ちょ、ちょっと待ってくれよ。
 90kgはいくらなんでもいかんでしょ。
 食べたいのを食べられないと逆にストレスになるよ>

とダモシは哀願した。

最近、深夜や未明の夜食は摂らなくなったし、
なぜ体重が過去最高になったのか。

体重計のせいかもしれない。
そして何より昨晩は、食後に計ったものだ。

と、思い直し、今晩も計ってみた。
なにしろ廉価でシャビーなヘルスメーターとはいえ新品だ。
せっかくだからと乗ってみたくなる。

アントニオは、24.5kg。昨晩より少々増えている。

そして、ダモシ。


873.jpg

あっさりと生涯最高を一日で塗り替えてしまった。

87.3kg。

当時のプランでは
<体重がいったん90kgまで増えて自身のパワーもついた上で、
 そこから80kgくらいまで落としていって対ヒクソン>
であった。

いま万が一、90kgに至ったらそうするか?

筋肉はあの頃より良化しているのは分かる。
パワーも付いている。
だが、全体的な軟らかさやキレは落ちている。
年齢的な経年劣化だ。

まだまだ空手にしても、良化というか、軟らかさとキレを
取り戻し始めているレベルだ。

しかし不思議だ。軟らかさとキレは落ちているが、
フットワークや全身の総合的な運動レベルは
現在の方が上だ。

それでも体重が増えているのは、これはどう考えても
筋肉である。

一つには、打撃を受けていることで
肉体の強靭さが復活していると共に良化している。
受ける強さは強靭で良質な筋肉。
劣化していたそれが受けるたびに、受けることで強引に
鍛え直されていると考えられるわけだ。

特にここのところの強化で、
アントニオの蹴りとパンチの強度が増していて、
直接受けていることで肌でそれが分かる。

<ちょっとこれ、受け切れなくなってきているぞ・・・>
と最近、感じ始めているのだ。

それは昨晩、館長も同様だったらしく、
今や館長がアントニオのスパーリング相手を
してくれているのだが、
<一発イイのが入った。明らかに強くなっている>と言う。

<あれっ?>と。

肉体で直接受けることほど、
その相手の打撃が強くなったかどうかが分かることはない。

今宵も
<左ミドルをやれ>とそのポイントのズレを確認しながら
ダモシが受けるのだが、
アントニオの脛が右肋骨部分にモロに打撃された後、
十数分、痺れが止まらなかった。
肋骨をキックされたダメージが右腕の痺れとなって
ダモシを襲ったわけだ。

館長も、ダモシも、異口同音にして、
<もっと鍛えなきゃダメだな・・・>と言った。

館長やダモシだからまだ受け切れる。
もうこれはリアルに危険なレベルに入りつつある。
ただのオトナなら一発まともに入ればKOになる。

そんな蹴りやパンチを受けている。
そして己自身もキック&パンチをやっている。
闘いの動きでフットワークその他も実践している。

その影響が、体重増加と見られるわけだ。

けっして、暴飲暴食を重ね、
夜な夜な酒をあおって運動不足ゆえ
腕や脚は細くなるがお腹だけでて体重が増えるという

典型的なニッポンのおじさん

では絶対にないぞ、と。

そんなふうに思うわけです。

が、体重が多いということは
当然ながら
脳梗塞や心筋梗塞などの危険性も高まるわけで
油断はできない、と。


エイティセブン・ポイント・ワンから
エイティセブン・ポイント・スリーへ。

次回、ヘルスメーターに乗ると何kgになっているか。
寝起きに計れば当然、これより少ないだろう。

おそらくJ-WAVEの周波数
エイティワン・ポイント・スリーくらいが
ちょうど程よいのだとは思うが。





posted by damoshi at 23:30| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

1979年の江川


ケイバタイムスとの連動企画<時代>。
今週も以下、ケイバタイムスからの出張掲載。


:::::


『1979年の江川』

今から34年前の1977年11月某日。

東京都下に住んでいたダモシは
通っていた小学校の6年1組の教室にいた。
授業中にも関わらず、担任教師が教室にあったテレビを点けた。
教師も思わず観たかったのだろう。ダモシたちも観たかった。
現代なら「けしからん!」と保護者からのお叱りを受けるだろう。

観たかったのは、プロ野球ドラフト会議だ。

怪物・江川卓を巨人が獲ることができるか否か。
注目はそれのみだった。

現在のように指名が重複したらクジ引きになるわけではなく、
指名する順番をクジで決めてその順番で指名していく。
先に指名する権利を得た球団が
江川を指名したら、その時点で巨人が獲得するチャンスはなくなる。

クジ引きによる指名順。巨人は二番目になった。
一番目に指名する権利を得たのは
当時お荷物球団で散々な不人気球団、お笑い球団だった
クラウンライター・ライオンズ。

この球団は後に西武鉄道に売却され、
現在の埼玉西武ライオンズに至っている。
西武になってから常勝人気チームになったが、
当時はもうどうしようもないチームだった。

教室内に失笑が漏れる。
ダモシもまた<クラウンはないだろうよ>と嘲笑していた。
教師もしかり。
誰一人、クラウンが江川を指名するとは思っていなかった。

好き嫌いは別として教室内を取り巻くムードは、
<江川、巨人決定>を拍手をもって迎えるというものだった。

だが、

レベルは違うものの
今年の菅野をめぐる巨人入り確定の中での
北海道ハムによる掟破りの指名強行に似たケースがここで起こる。

あろうことか、クラウンが江川を指名したのだ。

その瞬間、今想えば巨人ファンだったのだろう教師は

〜というよりもあの頃の東京の人たちは、
 ほとんどが巨人ファンだっただろう〜

苦虫を噛み潰した表情をして言葉を失い、

我々小学校6年生は<ええーっ!>と不満の意を表明した。

好き嫌いでもなく、エモーショナルでもなく。
ただ"なんとなく"そういう全体ムードだったのである。
空気感=アトモスフィアが、<江川=巨人>になっていたのである。


*****


翌1978年・秋。
巨人と江川は当時の野球協約の盲点をついて契約を締結。
騒動の発端となる。

紆余曲折を経て、
阪神・小林との間でトレードという形で
最終的には江川は巨人に入団する。

最終決着は1979年・春のことである。

ダモシは中学生になっていた。
未だコドモながら、「江川と巨人はヒドいなぁ」と理解した。
世の中はたいへんな江川バッシングの嵐となった。

住んでいた家の向かいに怖いおじさんが住んでいた。
その家の主だ。

読売新聞の販売店・店員が読売新聞を定期購読して欲しい
(このまま続けてほしい)と訪れた時、
近所中に響き渡る声で怒鳴りつけた。

思わずダモシも自宅を出てそのシーンを見ていた。

<もう二度とお前らの新聞は読まん!とらん!拒否だ!
 卑怯者!帰れ!>

と怒鳴っていたおじさん。

感情としては正しい。

コンプライアンスではなく、倫理であり道徳である。
野球道に悖る、といった方が通りは良いかもしれない。

目を抉る、腕を折るなど散々キラー性を自ら見せながらも、
前田日明による長州力の顔面蹴撃事件を指して
アントニオ猪木はこう言った。

<プロレス道に悖る>。

上手い言い回しだと思った。

アントニオの空手団体の、格闘技にありがちな
離合集散騒動の際、館長側頭目のダモシが言い、
館長自身も同じことを言ったが、
それもまた

<空手道に悖る>だった。

ひるがえって清武氏。
<コンプライアンス>を持ち出してしまった。
残念だった。

<野球道に悖る>と言うべきではなかったか。

それはさておき、30数年前に戻る。

ダモシ家も読売新聞をとっていたが、やめなかった。
ウルトラの父は生粋の巨人ファンだった。

江川事件についてどう思っていたのか。
二人でそれについて語り合う機会は一度もなかった。
いま存命していたらきっと聞いている。

<あの時、どう感じていた?>と。

とまれ、ダモシ家は読売新聞をやめなかった。

だが、世間はものすごかった。当時。


*****


梅雨に入る直前。蒸し暑い日だったと記憶している。

夜、友だちと遊んでいて
近所の商店街を自転車で走っていた。
中学二年だ。

クラスの女の子は、ツイストの下敷きを持っていた。
水谷豊は、ジグザグ気取っていた。
そんな時代だ。1979年。

電気店の軒先。カラーテレビが並んでいる。
どれも日本テレビの巨人vs.阪神戦が流れている。

<今日は江川のデビュー戦だったな>

<お。勝ってる>

少し見て自転車を走らせた。

しばらく時間が経った。
未だ自転車で走っていた。

ラジオを聞きながら走っていた友人が後ろから叫んだ。

<おいダモシ!ラインバックがホームラン打ったぞ。逆転だ!>

<まじ?>

<ざまあみろだな、江川>

<そうだな。ざまあみろだ。甘くない>

共に巨人ファンながらもそんな会話をしながら、
判官びいきで前日、阪神・小林の勝利と照らし合わせ、
江川の敗北を喜んだものだった。

(そう、うまくいくかいな!)
というエモーション、抗いの心は
中学生であれば生まれていてもおかしくない頃合いだ。


まさに、"えがわる"の真骨頂が、この70年代末だった。

以降、巨人を好きであり続けることはあったにせよ、
江川を応援したことは引退まで一度もなかった。
両エースであれば西本聖の方を応援していた。

エモーショナルな性質のない江川を観て
何もシンパシィを得ることはなかった。

江川が日本ハムとの日本シリーズで胴上げ投手になっても、
喜べなかった。

江川がウィニングボールとなるピッチャーフライを獲って
バンザイして喜んでいる姿を見ても
<江川のことだから本気で喜んでいないだろ>
くらいに感じていた。


*****


あれから32年経った今年の秋。

またも巨人を襲った激震の渦中に<江川>の名前が出た。

ある意味で江川は疫病神か。

ナベツネ&江川タッグは裏で結ばれていたのではないか。
話は聞いていないとする江川だが、
実は裏では進んでいた気がする。

<江川のことだから・・・>という不信感は、
32年経っても拭いされない。

江川のことだから、周りのこと考えずに、
きっとナベツネと二人でヘッドコーチ就任へ向けての話を
着々としていただろう

と。

急遽、夜になって記者の質問に答える江川のポスチャーがまた、
33年前の彼の顔にそっくりで
飄々としていたのが気になる。というか、そういう人なのだ。

飄々と、社会人らしくまっとうなコメントを残した江川だが、
その<よゐこ>的発言は、
どうしても三味線を爪弾いているとしか思えない。

江川のことだから
<痛い>と言うのも三味線で、
<話は来ていない>というのも三味線。

そんなふうに思えてくるわけだ。

もとより、生き馬の目を盗む勝負の世界。

それを咎めるつもりはない。

勝負には三味線を弾くことも時に必要である。



*****


明日の女王決定戦・エリザベス女王杯。

三味線を弾いていると思えるとすれば
メンバー的にはそもそも力が抜け出していると思われる
ダンシングレインだろう。

普通、本命か対抗になってしかるべき実力馬だろう。

だが発熱や不調を表明。
当然、馬券人気は下がる。

だが、そこは外国勢。
ハナから信用するのはリスクがある。

三味線を弾いていると見てダンシングレインに重い印を付ける。

もちろん普通に考えれば圧勝の可能性もある
スノーフェアリーも重い印。

本来的にはこの二頭で◎-〇でいい。
シンプルだ。

だが、この二頭に実力で勝てる馬がいる。
アパパネだ。

そしてこのアパパネこそ三味線を弾いているとすれば、
もっとも巧妙に仕掛けていると見ることができる。

前走14着という、もう限界説を流布させる。
身体が重い、と流布させる。
もう終わった、もうダメだ、早熟だった、と。

だがアパパネはブエナビスタとタメを張って破っている。
タフなレースを勝ってきたそのキャリアは
三歳勢の比ではない。

そして叩き二戦目は無敗。
狙ったピンポイントのレースは必勝してきた。

ここは思いきって、ダメもとでアパパネを本命◎とする。

二番手でダンシングレイン。
単穴、三番手にスノーフェアリー。

あとはもう△二頭と注一頭は時の運。
どんぐりの背比べ。

しまい勝負になった場合、
外からスノーフェアリーと共に駆け上がってくる
イメージが沸くフミノイマージンを△一番手。

フィギュアスケート女子の鈴木明子がごとく
最大の上がり馬イタリアンレッドを二番手の△。

最後の注意はどの馬も横一線で捨て難いが、
地道な努力は無視できないホエールキャプチャ。


◎アパパネ
〇ダンシングレイン
▲スノーフェアリー
△フミノイマージン
△イタリアンレッド
注ホエールキャプチャ



posted by damoshi at 21:25| 時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

苦行か修行か


流行の風邪が治っていない。
流行の先端を進んでいるダモシ。
一週間ちょっと経ったが、咳が未だ治まらない。
一度出ると喘息のようにつづきリバースに至る。
ハナも水っぱなではなく詰まり気味になってから
数日が経っている。
今回はあまり黄色っぱなが出ない。

そして咳をしていることで身体が痛いというか
消耗しているのである。

流行の今回の風邪に関する傾向としては
<10日〜二週間>という期間がヒアリングにおいて
示されているから、あと数日は完治までかかるだろう。

土曜参観の今日も、教室内には風邪っぴきのコドモが多くいた。

眠いし怠いし不調な中、ウィークエンドで
ケイバタイムス含めてゆっくりじぶんじかんを
と想っていたが、午後、学校が終わったアントニオに捕獲された。

<〇〇君と公園でサッカーをやる約束をしてきたから。
 ダディも一緒だから>

と勝手にストーリーを決められていた。

三時前。
しょうがないな、と一緒に公園へ出かけて
A君交えてサッカーに興じはじめるとすぐ
大勢のコドモたちが公園にやってきた。

偶然それが同じクラスの男の子と女の子も大勢いたから
さあ大変。

大きな八歳ダモシを先頭に全員でサッカーということに相成った。

それから一時間強。
ダモシはもう這々の体だ。
大きな八歳だから手加減せず
一生懸命走り、一生懸命遊ぶから、
心は八歳でも肉体は不惑ゆえ
コドモ以上に心臓や腰への負担は高まる。

空手とサッカーの動きも異なる上、
そもそも風邪で体調不良だから
身体のダメージが多くなる。

ボールを追って走っていて
<苦行か、修行か・・・>と嘆くダモシを
お母さんたちが微笑みながら見ていた。


と、別の女の子の上級生(5年か6年)のグループが泣いている。

公園の真ん中にある大きな木の枝に
バドミントンの羽が引っかかってしまった、と。

ここはダモシの出番だ、と
<サッカーボールを貸せ>と男児たちに言うと
<見てろよ、これでとってやるぞ>と
ボールを空中に投げる。

二度、失敗。

それでだいたいのスローの強さを角度を測ったダモシは、
<よし。次に落とすぞ>と言い
本気で投げた。

ストライクで枝の影に隠れている羽を直撃。

枝が揺れ枝葉が散り宙を舞う中を、羽がゆらゆらと落ちてきた。

<きゃぁ♡>
<すご〜い♤>
<ありがとうございまぁ〜すハート(トランプ)

という嬌声が沸き起こり、

すっかりこれで<いいヒト>になったダモシ。

小学生とはいえ上級生ともなれば
美形もいたりして、ドキッとしたりするわけだが、
以降、ちびっこ二年生たちとサッカーに興じている
大きな八歳に熱視線を注ぎちらちら見る女子もいて、
大きな八歳もドキマギしつつも気分良くなった次第である。

コドモはいいなぁ、と忌憚なく想う。

コドモと遊んでいるときは、リアルに素だな、と。

コドモたちもダモシのことを<オトナ>と思わない。
それがまず良いのだろう。
彼らはダモシを同じレベルの男と思っている。

だから彼らもスポーツで毎度遊ぶたび、
本気でかかってくるし、
相手はオトナだからという態度がない。
ダモシも同様で、
コドモだからといって変な意味での手抜きをしない。
それは空手でも同様だが、
手抜きと手加減は違う。


手抜きと手加減の微妙な匙加減をうまくやらなければ、
コドモは対オトナに冷めてしまう。

空手においても

<俺の蹴りを受けていれば、
 同じ二年生との試合なんぞ、
 なんてことないだろ>というのがダモシ・イズムである。

せっかく一緒にやるのに、"手抜き"はダメなのである。

語りも同様だ。

<〜なのぉ?>とコドモ扱いするか、
<〜だろ>と同級生として扱うかでまったく違う。

コドモは面白い。

それぞれ個性があって、それをどうか長いスパンで生かして欲しい。
ニッポン社会は個性の芽を摘むのが世界一得意だ。
それにほだされることなく、伸び伸びと成長して欲しい。

アントニオもまた、
他のコドモたちと共に遊ぶダモシを見て
喜んでいる。

それもまた父親として大事な所作だろう。


はぁ、疲れた・・・。





posted by damoshi at 16:55| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

忘れました



<父親参観>ではなく、今は<土曜参観>というようだ。

母親もビジネスをしていてウィークエンドしか
休みがないケースへの配慮だろう。
むろん父親がいないケースへのそれも含んでいるだろう。

一番に登場しなければ気が済まない質だ。
ダモシだ。

今朝も真っ先に教室に登場。
まだ他のボンクラ父親たちは来ていない。
アントニオは勿論寄ってくるが、
他のコドモたちも集まってくる。
唯一、ダモシに抵抗感なく好意を持つ存在がコドモだ。

<アントニオ君のパパ〜>
<アタシはヒップホップでアントニオ君と一緒なのよ>
<こないだおうちに遊びに行ったよ>
<猫の名前は何だっけ。ケロに二号に、ええとあとはジャックでしょ?>
<あ、ゴリラが来た〜>

など、共に遊んだことがあり知っているコドモや
逢ったことがないコドモも寄ってくる。
都度、一人一人応対する
<コドモにとっては、よゐこ>なダモシ。

要するに他の父親との違いは、
<疲れたオトナぶったお父さん>ではないところだろう。

自分でも言うが、"お父さん"の中で
一番カッコいいのは明らかだ。

初めて逢った女のコは抱きついてくるほどだ。

既に先生もいる。
<アントニオのお父さん>であることを
これで真っ先に知るわけだ。

一番最初に現れて、コドモたちとワイワイし、
授業が始まる頃に遅ればせながら
のそのそと<オトナの世界でのよゐこ>風情で
『低姿勢』で入ってくるお父さんの存在は目立たない。

ダモシは父兄が参観する教室最後尾のど真ん中に屹立した。
幼稚園時代からずっとそうである。性格だ。

"別に"かしこまる必要もなければ低姿勢になる必要もない。
まったく、ない。
オトナぶって偽の微笑みを顔にたたえる必要もない。
煙たいことは煙たいと感じて顔に出し、
笑えることは普通に笑い、
おかしいぞ?と思う場合は、首を傾げれば良い。

オトナ社会の忌々しいよゐこを演じる必要は、
ここではまったく、ない。

わざわざウィークエンドの貴重な時間を、
コドモと関わる貴重な時間を、
そんなふうに不遜なよゐこぶりで偽善者ぶるのは
バカバカしい。


*****


己自身の小学生低学年時代を想い出した。

大阪、否、兵庫県だ。尼崎の時代だ。二年生。
ウルトラの父が父親参観に来た日のことを
鮮明に覚えている。

ふだん、挙手しないダモシは
己が父親が来ているから張り切って挙手。
先生も指してくれて、起立して答えた。

父親に褒められたくて、そうしたのだ。

アントニオ。授業開始最初。
国語の授業で、先生が
<今日は何ページでしたか?>と問うと、挙手。

先生もさすがに空気を読んでいる。

アントニオの父親がど真ん中にいるという
そのアトモスフィアからして
他にも挙手しているコドモがいても
アントニオを指名することで、物事がスイングする。

<はい、アントニオ君>

アントニオは起立して、<21ページです>と答えて着席した。

授業中、都合三度挙手して答えたアントニオ。
的外れな回答もあったが、
帰宅してきたら褒めてやろう。

己が父親もそんなふうにダモシのことを見ていたのかな?
と、これはやはり己自身が父親になってみなければ
分からないことだろう。

だからこそ、つくづく己が父親、
あの日あの時のことを聞いてみたいのだ。
昭和のあの頃のことを。

夢の中ででも逢えたら、
札幌の真駒内アイスアリーナで観た
アイスホッケーの世界選手権の日のことや、
ダモシが欲しがっていたのに
なかなか当時のスポーツ店では取扱いがなかった
ラグビーボールを探し出すまで何軒も何軒も
車で店を回ってくれた時のことなどをヒアリングしたいものである。



*****


さて、その挙手だ。

授業中、目立ったのが
挙手をして指名されて立ち上がったコドモが
立ち上がりざまにすぐに

<忘れました>と言うことだ。

朧げに、ダモシ時代もそういうふうに言う子もいたな
という記憶はあるが、
改めてそれに接すると不思議な感覚を得る。

基本、なぜ忘れるのか、ということだ。

ワイフによれば
<とりあえず手を挙げる>という意見だ。

<あとは、指された瞬間に、本当に忘れるのよ>。

何人も、否、最も多い回答が
<忘れました>だったのが今日だ。

全員ではないものの
ふだんと異なり父親の姿も多くいる参観日。

張り切って挙手する自分を見せたい。
そんな気持ちにもなるだろう。
他にも挙手しているコがいるから
自分は指されないかもしれない、と。

回答が分からないけれど挙手する。
で、たまたま指されてしまう。

即座に<忘れました>。

これはこれでコドモ心理としては
けっしてネガティヴに捉えるべきではないことだろう。

だが一方で、
もしかしてこの<忘れました>は、

その昔、ロッキード裁判で被告人質問に立った者たちが
挙手してマイクに向かったものの
<記憶にございません>と回答したのに似ているのではないか、と。

そうも思えてきたのである。

おそらくアントニオは<忘れました>はしないタイプだ。

するから悪くてしないから良いということではなく、
性質である。
彼の場合、ならば挙手しない。
相対的に挙手回数は圧倒的に少ないアントニオである。

ムダな挙手はしない。ピンポイントでするタイプだろう。
観ていると、すべての問いに挙手しているコも当然いる。
タイプが如実に出るから面白い。

そして特に不思議に思ったのは
<忘れました>と回答するコのすべてが
即座にそれを言っていたことである。

指名されて起立した流れの中で頭の中から
回答が消えてしまった場合、
起立した後、0コンマ何秒だけでも<あれ?>となったり
<ええっとぉ・・・>と考えるはずなのだ。
想い出そうとするはずだ。

逆にいえば潔いというか、
<忘れました>と言うために挙手して指されて起立している
のではないか?と思えるほど、即座に<忘れました>と言う。

これが実に不思議だった。

だから、本当に忘れたのか?と穿った見方をしてしまうのだ。

そんなことを考えていたら
ダモシ自らの少年時代を想い出した。
一回、<忘れました>をやっていることを想い出したのだ。
それもやはり授業参観だった。

挙手していた時、実は回答は分かっていなかった。
でもここで挙手しないとその機会がもうなくなると焦った。
指されなくても<手を挙げたよ>という事実は残る。
だから挙手した。
心の中で<指さないでくれ>と想っていた。

が、先生はダモシを指した。

起立したダモシはここで"想い出すフリ"をした。
ハナから回答を分かっていなかったのに
分かっていたのだが指されて忘れてしまったのだ
ということをアピールしようとしたのだ。

0コンマ何秒か、あるいは1秒。
"想い出すフリをした"後、ダモシは言った。


<忘れました>。



posted by damoshi at 11:18| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アブノーマル


ある意味で、
<プロ・スポーツ>
(一部、アマも=興行が絡むものや見せる要素の高いもの)は
アブノーマルである必要性も求める。

ダモシは。

プロレスラーや力士、空手家から
プロサッカー選手、プロ野球選手、
果てはアマでもフィギュア・スケーターなどなど。

ある意味で、ノーマルであっては、いけない。

近年、大相撲に対するニッポン国民総がかりのイジメではないが、
<お前がそんなこと言えた義理か>と
ダモシは想っている。

なにをもってして、「けしからん!」と目くじらを立てているのか、と。

では、"そのへんの"<よゐこ>だけが土俵上にいれば良いのか?
と。

かつて長嶋茂雄や力道山は
<オレは長嶋茂雄>
<オレは力道山>と言って、踏切すら開けさせた、と。

かつて漫画の世界そのもので
極真空手は暴れまくり、プロ野球選手も二日酔いでも先発完投した。

ナメられんぞ、と極真空手は、
ナメられたら乗り込んででもやり返した。

そんな破天荒で良い、とダモシ・イズムである。

猫も杓子も<よゐこ>化しているニッポン。
破天荒がいなくなって久しい。

<よゐこ>を演じていれば何か得があるのだろうか?
面白いか? と。

一般第三者や傍観者であればそれで良い。
しょせん<よゐこ>になる以外に"その他大勢"に属する彼らは
生きていく術がない。

だが、それを他人に求めるのは論外である。

自分と他人は違うのであり、
自分と<何者か>である競技者/闘っている者は違うのである。

プロ野球巨人軍の清武代表が、ナベツネを告発した。
ナベツネが妖怪であり、巨悪の根源であることは
誰もが周知のことであろう。

ナベツネ、さっさと死ねと思っている面々も少なくないだろう。
だが、"ああいうの"に限って今もそうだが長寿だ。
たいてい、それが世の常だ。
独裁者で自分の思い通りにすべて物事を運ぶことができて
楽しい毎日だからストレスなんぞ辞書にないからだ。

そんな輩を告発するのは、よほど腹に据えかねてのことであることも
容易に想像がつく。

一方で、<今さら>感もある。

そして<コンプライアンス>云々だ。

プロのスポーツ・エンターテインメントに
<コンプライアンス>などという陳腐なサラリーマン&企業文化用語を
持ち出してはいけない。

この単語を用いてしまったことで清武氏のポスチャーは劣化した。

バスを引っ張るのがプロレスラーだった時代がある。
異人、変人、普通ではない人。
それで良いのだ。

プロレスラーや力士、野球選手にコンプライアンスもクソもない。

彼らは一匹狼であるし、そうあるべきだ。

論理的にそれを社会人としてだの、社員としてだのという
くだらないレベルで籠に入れてはいけない。

プロのスポーツ・エンターテインナーがサラリーマンに劣化する。
これこそ、避けなければならない筆頭事項である。
これこそ、文化レベルの低下をさらに加速させる。

<一般人の数十倍酒を飲み、数十倍体力腕力がある>

そうこなくっちゃ、である。

社会の縮図である。
だから、コドモ社会も、過保護な親がしゃしゃり出てきて
<けしからん!>と何事にもネガティヴに捉える傾向がある。

擦り傷、切り傷、
そのくらいどうってことねえよ的な逞しさが
コドモ全体からも失われる所以である。

一方で、"やっちゃいけない"ばかりが先立つと、
不遜な者が調子に乗ったりする。
そういう者は痛い目に遭ったことがないから
自分が相手に何かをする場合程度をわきまえずに
ケガをさせる。でも、自分はやられないという不遜が、
さらに助長させる。

<やっちゃっていいぞ>はダモシならでは、となるわけだ。

痛い目に遭わなければ、恐怖を味わなければ、逆に危険。

そういう論理も分からない<よゐこ>ばかりのニッポンは、
このプロ・スポーツに対する接し方、論じ方でも如実に
表れているし、

また、一国の宰相の曖昧な言葉遣いと態度にも露呈されている。

野田はTPPに関して一日意味不明な先送りをしたと思ったら、
もはや言葉遊び/言葉パズルに過ぎない台詞をもってして
説明ゼロのまま無味乾燥とした記者会見をした。

輩はまた<よゐこ>の典型である。
痛い目に一度遭わなければ、男の本質、リーダーシップとは何かを
さっぱり理解できないタイプといえよう。

なにをもってして
<交渉参加に向けて関係国との協議に入る>という台詞が出るのか。

なぜ、はっきりと自信をもって

<TPP参加は日本経済復活のラストチャンスであると
 自分は確信している。その己の信念に基づいて、
 参加を表明し、関係国と参加を前提とした協議に入る。
 皆さんの中には反対の人もいるでしょう。
 今は納得いただけないかもしれないが、
 必ずやこれがプラスになり、後になって良かった
 と思えるようにする!>

と言えないのか。

ほとほと、バカか、と。
知恵を絞って、八方すべての配慮したように見せかけているが、
その実、まわりをバカにしていることに気づかないか野田。

好きでもない女を引っ張り続けるのと同じだ。
嫌いなら嫌いとはっきり言えない男は、
優しいフリをした悪魔に過ぎない。

それと野田は同じである。


なぜに、皆、ニッポン人は<よゐこ>でいたいのか。

どうして、皆、ニッポン人は<よゐこ>を演じるのか。

もう理解不能であるが、
言ってしまえば、結局、<嫌われたくない>のである。

嫌われ役すら演じられない。
その時点で、野田は失格である。
1議員でお茶を濁していてほしいレベルである。


善し悪し、好き嫌いは別として、
そして絶対にダモシは仕えないが、
ナベツネは嫌われ者を確信犯的に演じているフシも見える。

嫌われたってかまわんよ的な、強さを持っているのは確かだ。

その高いレベルの悪人(ドン・キングのような)に対して、

<コンプライアンス>かよ・・・と、あまりにも情けない清武氏の手法。

お粗末といえよう。

こういう事柄は、善し悪しではない。正否でもない。
そもそも悪いのはナベツネであることは
分かり切っている。

そんなシチュエーションにあって、その巨悪に対峙する手法としては、
もっともっと<世界一性格の悪い男>くらいに化身して
イヤがることやイヤらしいことをやらなければならないのだ。

清武氏は<よゐこ>なのだろう。<いいヒト>なのだろう。
それも分かる。

だから、性格の悪いローキックなどが出来ないのだ。

<相手のイヤがることをしろ>
<精神的に追い込むのだ>

は、ダモシがアントニオに教えている一つである。

技に対するネーミングも
<性格ロー>(=性格の悪いローキック)などと付けている。

奏功するか否かは別として、
それなりの相手にはそれなりに臨まないとダメ
ということである。

米がサポートしてくれるわけでもなければ、
アラブの春でもないのだ。

文科省で記者会見を行ったという所作。
そして用いてしまった
「コンプライアンス」というバカげた単語。

これは失敗ではないか。

少なくともダモシは、

スポーツという闘いの要素や見せる要素を持つものには、
コンプライアンスよりも破天荒を求める。

二人とも嫌いだが、
<ナベツネ&江川>というタッグ(名詞の響き)には、
えも言われぬ魅力を感じる。
レベルは違うが<ドン・キング&マイク・タイソン>に感じた
"ぷんぷん"する刺激にも近い。

それが、プロなのであり、魅せる要素なのである。


例えばこれでナベツネが
ワッハッハと破顔一笑で
<どうってことねえよ>とかわして、
清武氏を現職にとどめたとしたら、
ナベツネの圧勝=格の違いを満天下に示した
ということになるだろう。

ナベツネの応対が楽しみである。

小物ばかりが、ノーマルばかりがほとんどのこの国において、
最後の大物ぶり=アブノーマルぶりを見せて欲しいものである。


同様に、"アブノーマル"小沢一郎にも再登場を願っている日々である。



posted by damoshi at 00:56| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

炒飯セット


だから言わんこっちゃない、と。
もうこういった感慨は、ニッポンの政治家に何度、何年
感じれば済むのか、と。

TPPなんぞ、どちらか一方をとれば、逆サイドは怒る。
万人一致なんぞ、あり得ない。
その典型例である。

要するに、日本人の推進力不足である。

物事、何でも民主主義民主主義、みんなの意見を云々する方がおかしい。
決定権のある者が、己が信念と意思で決定を下せば良いのだ。

もちろん周りは意見を言うことはできる。
<これこれこうした方が良いと(思う)>という私見だ。

しかし賛成意見も反対意見も
どちらが絶対的に正しいというという回答は
どのようなジャンルでも1プラス1でない限り、あり得ない。

何でもそうだが、
周りの反対意見やネガティヴな意見が多いものほど
ゴリ押ししたら成功だったというケースも往々にしてある。

米メジャーの先駆者・野茂英雄にも、渡米するダモシにも、
周りは相対的にネガティヴな意見が多かった。

<ダメだろう>
<通用しないさ>
<尻尾巻いて逃げ帰ってくるだろう>

結果、逆転の論理で、ざまあ見ろ、になった。

仕事でもそう。
携わっているある事案は、ダモシが開発したものであり
誰よりも想いも信念も持っている。
そして誰よりもそれに時間をスペンドしている。
眠れないほど悩んだりする。

で、<何にするか>選択するのはダモシにある。

周りは第三者的な者がほとんどで、
稀に真にそれを理解している者もいるが、
たいてい<意見>を好き勝手述べるのは第三者的立場に
己を置いている者である。

その意見もたいして中身はなく、概ね、居酒屋で
酒を飲んでいる間の戯言やジャスト・アイディアのレベルを出ない。

受ける側のスタンスは、こうでなくてはならない。

<意見は意見として耳に入れておく>である。

決して聞かないわけでもなければ、
受け付けないわけでもない。
"意見として"耳には入れておくレベルで良いのだ。

仮に全国民のでは意見を聞きますか?ということである。

いちいち一人一人に意見を聞いて
すべての意見を尊重して誰もが喜ぶような結論を出したいのか、野田!

もう、リーダーシップのなさには辟易だ。

<よゐこ>を超えて、ただの<ノンポリ>に過ぎない。野田は。

スッカラ菅もマウンテン鳩もまあ酷いものだったが、
どじょう野田の場合はある意味で最もタチが悪い。

<よゐこ>ぶって、誰にでも笑顔で、ハイハイハイと意見を聞いて、
みんなが納得する決着をもたらそうという偽善。
己自身のパッションや信念がない。
己の想いや考え方、イズム、イデオロギーを決して語らないことで
責められることから逃れている。

卑怯者であり、一国のリーダーの資質はゼロである。

野田が自分の信念でどう考えても自分は<TPP参加>が
国にとって有益だと思うのであれば
突っ走れば良いではないか!

なにをしとるのか。仕事をナメとるのではないか?野田。

へらへらと万人に対してよゐこぶって笑顔を見せているヒマがあったら、
国のために強権発動せえよ、と。

大学のちゃらちゃらサークルの部長とは違うのだぞ?野田よ。

今や小学二年生のアントニオでさえ
一つの道場のエースとして
エースのレスポンシビリティで遂行している。

ダモシとて若年時のクラブ活動や学生時代のアルバイト、
社会人時代の草野球チーム、オフィシャル事案でのプロデューサー業務など
強権発動でリーダーシップを発揮して
決定権不在という曖昧で最も避けるべきシチュエーションを回避している。

決定が間違っているのか正しいのかは、歴史の判断でしかない。
最もリーダーとしてやってはいけないのは
<己が自信をもって決断を下さない>ことである。

なにをもって、一日先送りにするのか。

そもそも、ダモシ国の国民の
『大嫌いなタイプ』の筆頭が
<よゐこ>であり、<誰にでも笑顔を振りまく八方美人>。

まさに野田なのである。
だから、野田が総理大臣になった直後から批判しているが、
ほれ見ろ、いつまでもよゐこじゃいられんぞ?の局面が
早々にやってきた。

この後は、増税論議も待っている。

<俺がこう決めたんだから黙っとれ!>くらいで良いのだ。

それから民主党。
ここはむ政党の体を成していない。
TPPに反対を強硬に訴えるならば離党せえよ。
トップのデシジョン・メイカーが「参加」を決めて
それに対して不満があるならば、辞めれば良いだけの話だ。
さっさと離党すれば良い。

とにもかくにも野田よ。

参加するならするで、
懇々とクリアにTPP参加のメリットを語るべきだ。
そして反対していた不利益を被る農家等の補償も
具体的に示してあげるべきだ。

そういったことがまるでない。

何年生きているのか、野田は。ヒトの心を何だと思っているのか。

TPP参加が間違いで、不参加が正しいということはあり得ない。
その逆も同じ。
どちらをとってもどちらかのサイドからは不満が出るのだ。

返す返すも、全員が全員納得というものが最高なのではないのだ。

そこのところを、
日本人大好きな口だけの「議論」やエクスキューズ的な「意見」に
振り回されてはいけない。

誰が何と言おうが、己の考え方に自信をもって判断を下す。
これがリーダーなのである。

野田のニヤニヤしたあの笑顔を見ると、気分が悪くなる。
まるで彼は大震災があったことなど忘れているかのようだ。
結局は永田町の論理の阿呆なパワーゲームに没頭するだけが能なようである。


もう、ほとほとダメだ、こりゃ。



*****


ほんっとに、ダメだ、こりゃ。

ダモシの日常にもあった。<炒飯>だ。

昨日、横須賀。
オフィシャル事案で出かけた米軍基地の街。

街を歩けば普通に米兵のみならず外国人がそこかしこにいる。
聞こえてくるのは、英語だ。

懐かしい気分がする。

だが、横須賀。
残念ながら街がシャビーだ。
せっかく米軍基地があるのに、米国的ポスチャーが多く見られない。

パチンコ屋だの飲食店だのが
「こんなにあっても・・・」レベルでひしめき合い、
地方都市の場末感が漂っている。

期待はずれ。横須賀への印象だ。

ひしめき合っている、
あまりにもある過ぎる飲食店。特に中華が多い。
ダモシは昼時、チャイニーズがやっている中華に入った。

刑事ダモの、またもや捜査。聞き込み。

<〇〇ストリートの〇〇という店は閉まっているけど、
 あのストリートの店はオープン時間は遅くなの?>

<いえ、今日は水曜日だからほとんどが休みよ>

<へぇ、そうなんだ。ところで、〇〇の件で来たのだけど>

<どこから来たの>

<東京>

東京から来た刑事ダモを警戒する風でもないのは、
ここが首都圏に近い横須賀だからだろう。

<〇〇は、見かけない?>

<今は、ほとんど見かけないね>

<でも本家でしょ?>

<う〜ん。アタシも横浜から流れてきたけど、
 最近は見ないわね。店も二軒だけになってしまったしね>

<え?二軒だけ?駅までとかでない?>

<ないね>

<で、その二軒とも〇〇ストリートで今日は休み?>

<そう。残念ね>

注文した『炒飯セット』がサーブされるまでの間、話し込む。

<おまちどさまぁ〜>

その女性が炒飯セットを差し出す。

この日は、ラーメン&炒飯セットではなく、
炒飯が主役のセットだ。

炒飯は一人前。それに大ぶりのワンタンスープがついている。
杏仁豆腐にお新香もセットになっている。
見映えは、良い。

<どれどれ?>と炒飯に口をつける。
一口で分かる。
作り置きしていたな、ということが。

味は有楽町よりは炒飯らしさがあったが、
ご飯の一部が餅のように固まっていたパートもあり
大いに不満足なものだった。

しかし、ダモシがそれを食している間、
一番乗りだったダモシの後に
やはりわんさか客が入ってきていた。

たいていダモシが入店すると、その後に客が一気に増える。
その理由は未だ分からない。

まずダモシの向かい側のテーブルに座った
初老の紳士とその娘と思しきミドルエイジの女性二人組。

明らかにダモシが食べているものを見た。
食べているところも見た。
初老の紳士が。
そして女性に言った。

<俺もアレにしようかな>。

振り向いてダモシを見る娘と思しき女性。

<そうね>。

<炒飯セットふたつ>。注文が述べられた。

スーツ姿の単独一名が二名つづけて入店。
いずれも入口最至近のテーブルに座り
店内全体を俯瞰するようにして食べているダモシから
丸見えのテーブルに座る。
むろんあちらからもダモシが丸見えだ。

食べながら彼らの挙動を見た。

するとやはりダモシを一瞥した。

そして両者とも言った。

<炒飯ね。セットね>。

<炒飯セットください>。

有楽町と同じパターンになってきた。

この時点でダモシは
(やめとけ、炒飯セットは。マズいぞ?)と心の中で言っている。

太ったスーツ姿が入ってきた。

やはりテーブル席に座りダモシ側を向いた。

ダモシは今度はその者の目を見た。
ダモシが食べているテーブルを見るスーツ男。
ダモシの視線はその男の目。離さない。

店員が近寄り、<何にしますか?>と問うた瞬間、
その男の目がダモシの目を見た。
目と目が合う。

ダモシは目で語りかけた。

<やめておけ。これはやめておけ>。

男は一瞬、躊躇したが、

<ええと・・・。あんかけ五目そば!>と注文した。


それを見届けて、ダモシはその男から視線をそらした。




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2011年11月09日

Wrong Choice



選択ミスだった。

ランチのことだ。

有楽町。
今年、昼時に有楽町にいると何度か入っている店がある。
雑居ビルの地下にあるチャイニーズだ。

メニューは豊富。
毎回異なる定食を注文していた。
ライスがお代わり自由だから、定食がお得だ。
麻婆豆腐、ホイコーロ、青椒肉絲などなど。
週ごとか月ごと代わる"サービス定食"がよりお得だ。
850円。

店頭。入る前に貼り紙のメニュー群を眺めてしまった。
最も目につく位置に貼ってあったのが
<当店自慢、ラーメン・炒飯セット>。

その段階で、
本意ではなかったのに(無性にそれが食べたかったわけではないのに)、
目についたそれを選んでしまった。

着席。

<何にしますか?>

<ラーメン炒飯セットね>

<小でいいですか?>

<あ?ん、小で・・・>

ダモシには考えるまでもなく
いわゆる"半チャンセット"たる
ラーメン炒飯セット(小)では足りない。

だが、それを選んでしまった。

ラーメン炒飯セット(小)は850円。
ラーメン炒飯セット(大)は1,100円。

炒飯単品は、700円。
ラーメン単品は、750円。
本来的にはそれぞれ単品で頼んでも足りない。
だが両方頼むと1,450円。
いくらなんでも、いわゆる街の中華屋で
ウィークデイのランチで1,450円は出せない。

"我慢して"(それでも高い)850円の
ラーメン炒飯セット(小)を頼んだのだが、
モノが出てくる以前に後悔していた。

<お待ちどう様>。

ラーメン。普通の醤油ラーメンだ。
ラーメン専門店のそれより明らかに量は少ない。
炒飯。完全無欠の"半チャン"だ。

(うぅ・・・。少な過ぎる)。

そして、味。
その炒飯が、マズかった・・・。
とてもラーメン屋or中華屋の炒飯の味ではない。
バーミヤンの炒飯の味だ。
要するに、味が薄いのだ。

(こりゃ、大失敗だ)と即座に感じる。

(これで850円か。リアルに大失敗だ。
 定食にすべきだった・・・)と後悔しながら
しょうがなく食す。

一方で感じる。

(大にしなくて良かったぞ?1,100円も出して、
 炒飯がこの味だったら、もっと最悪だったぞ?)。

ダモシがこのランチ時、一番乗りの客。

ダモシ入店後続々と入ってくる客。

基本、定食は旨いから人気はあるだろう。

カウンター。
ダモシの並びに三人、スーツ姿が入店。

テーブル席に祖父母と孫の三人と、
別グループでシニア女性二人組が2組入店。

何と、スーツ姿三人入店のうち二人と、
祖父母と孫の三人と
シニア女性二人組の1組が全員揃いも揃って

<ラーメン炒飯セットください>と注文した。

都度、チャイニーズ店員は、
<小ね?>と聞き返す。

ラーメンをすすりながら
ダモシは
<なぜだ・・・。なぜ皆、ラーメン炒飯を・・・。マズいのに>
と感じ続けている。

ダモシは入口に最も近い位置に座り、
入口側を向いて食事をしていた。

だから入店する客はダモシが食べているモノを見ている。

<中華でも食べるか>と入ってきて、
真っ先に目に飛び込んできたのが
ラーメンと炒飯だったのだ。

それにつられて彼らの大半が同じものを注文した
とも考えられる。

実際、ダモシは食べながらそう分析した。

<俺が食べているのを見て、つい注文したな?>と。

得てして他人が食べているもの、
他人が注文したものが良く見える。
他人の庭は良く見えるものだから、だ。

もう一組のシニア女性二人組は<サービス定食>
(この日は唐揚げ)を、スーツ姿のもう一人は<ホイコーロ>を
注文した。

その瞬間、ダモシはやはり
<あ〜ぁあ。失敗だったなぁ、やっぱり>と後悔を新たにした。

不納得のランチは気分が悪い。
腹一杯、食べたいものを食べることで満たされる。

不満な気分はストマックにも連鎖して、夕刻、早々にハングリー状態。

帰宅後、そのタイミングと同時に
ヒレカツ定食のヒレカツを揚げ始めてくれて
揚げ立てのヒレカツ定食を自宅で食すことが出来た際は、

学生のようにガツガツと"かっこんだ"。

さらに食後、デイタイムに今宵ワイフが作ったという
バナナブレッドを頬張りアメリカン気分が甦り、
気分もストマックもご満悦の夜と相成り、
ランチの不満を解消した次第である。


半チャンセット。
いわゆるラーメン・メインで半分の炒飯。
この組み合わせの効能は、炒飯がいかに旨いかである。

NY時代も、チャイニーズ・レストランに出かけて
その店の味を計るべく、
一つの秤として注文したのがフライドライス(炒飯)だった。

炒飯が旨い中華店は信用できる。
これがチャイニーズ料理大好きダモシの定義である。

有楽町のその店。
今後も行く機会は仮にあったとしても
二度と炒飯は注文しないであろう。
もちろんラーメン炒飯セットも。

せっかく定食の味は悪くなかったのに、
炒飯の味がひどかったせいで、
ダモシの中ではこの店の格付けはA+からAに下がった。

ニッポンにおいては、
大学時代に住んでいた初台のアパートメント近くにあった
ラーメン屋<ラーメン大王>(今はない)の炒飯が
今もなお最高格のAAAであり、
未だそれを超える炒飯はない。

スタンダードな炒飯で、唸る旨さの炒飯に出逢いたい。



*****


既報の通り、
ボクシングの元世界ヘビー級王者、ジョー・フレイジャーが死去した。
未だ60代だったのだな、と改めて想った。

ダモシが小学生の低学年から高学年にかけて全盛期だったフレイジャー。
アリ、ジョージ・フォアマン、ケン・ノートンなど
ヘビー級黄金時代の、アイコンの一人だ。

間違いなく、One of the biggest iconだ。

70年代。
未だ衛星放送の凄みがあった。

"今みたいに"異国からの衛星放送感覚がまるでない
クリアな音声と映像ではなく、
ノイジーなサウンドにラフな映像、
そしてカラーなのにモノクロチックな、
どこか暗さと想像すら未だし得ないくらいの"世界レベル"感が、
いい知れぬ緊張感を観る者にもたらした。

まさに小僧っ子ダモシはウルトラの父と共に深夜、
衛星放送で流れてくる黒人の強者たちの壮大なバトルに
痺れていたのだ。

今となっては、
なぜ衛星放送が「深夜」なのか不思議だが
(米が夜ならニッポンは朝のはず)、

「録画だった」のだろう。

深く掘り下げるのは意味がない。
いずれにせよ真夜中の衛星放送には、
<オトナ>感が充満し、ぶるぶる震えながら観たのだった。

天下のアリをノックダウンさせたフレイジャーの
機関車ぶりにまず震え、
しかしそのフレイジャーを宙に浮かせてKOした
ジョージ・フォアマンにまた震え、
さらにそのフォアマンを
ロープ・ア・ドープで仕留めたアリに驚愕し、

だがしかし、そのアリを己がリングに引き上げて
闘ったアントニオ猪木に心奪われ・・・

さらに一方で極真空手が席巻していて、
やがてその極真のウィリー・ウィリアムスと
アントニオ猪木が相見える等々、

それはそれはもう、70年代〜80年代初頭は
たいへんなものだったのである。

特にアリとの三試合は痺れた。

ニューヨークのMSGでアリをノックダウンさせて
フレイジャーが勝利した初戦。

最後の闘い"スリラー・イン・マニラ"では逆に
14ラウンド終了後に「いやいや」をしてKO負け。

最も語られることが少ない第二戦は
一方では最もスイングした闘いとも言われているが、

三度の対決いずれもがスイングした。
アリとフレイジャーは、スイングした闘いになった。
二人は噛み合っていた。

逆にアリとフォアマンは噛み合わなかった。
フォアマンはフレイジャーとも噛み合わなかった。


スタイルの似たマイク・タイソンが全盛期に、
同じく全盛期のジョー・フレイジャーと対決したら・・・。
ダモシはフレイジャーに一票を投じる。

もとより、
全盛期のタイソンでも、
全盛期のアリ、フォアマンにはかなわない。
たぶんケン・ノートンにもかなわないと思う。

それだけあの時代〜70年代〜の
アリ、フォアマン、フレイジャー、ノートンら
ヘビー級は黄金時代だったのである。

引退後は不遇だったかもしれない。
あまり良い話は聞かなかった。

だが、短くとも世界一の頂点に立って、
黄金時代を席巻した"スモーキン"ジョーは偉大だ。


Rest in peace, 'Smokin' Joe.

スモーキン・ジョーに敬意を表して作った。

joe2.jpg



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2011年11月08日

徒然エモーション



上田桃子の優勝はエモーショナルだった。
泣いて良い結末。
二年勝てずに、異国でも苦しんだ末の優勝。
だからこそ、エモーショナル。
観る者のシンパシィを得る。

氷上では、ダモシの「そろそろハッピーハッピーは崩れるぞ」標的の
カナー村上が案の定、喘いだ。惨敗。

笑顔笑顔ハッピーハッピーは、シンパシィを得られない。
そこでの勝利にエモーショナルな要素は何もない。

苦渋があって、そこから這い上がってこそである。

ダモシの積年の標的・浅田マオーは、そうなった。
そしてそこから這い上がってきての笑顔こそが、
認められるし、祝福できるものとなる。

サッカーの長友も怪我を経た。
その昔、ハッピーハッピーだった本田も落ち着いた

体操の田中理恵もチヤホヤされたと思ったら
世界選手権で弱さを露呈した。
地に脚をつけなければ本道を見失う。

いま、ハッピーハッピーの最大の渦中は、
なでしこの川澄だろう。
リーグ得点王にMVPも見えてきた中で
CM出まくりの上、女性紙のカバーまで飾ってしまう始末。
調子に乗ると怪我をするぞ?
と他人事ながら心配になってくる。

要するに、特にスポーツが分かりやすいのだが、
<あまりにも順調に勝ち続けている者は、実は弱い>
というモハメド・アリの至言にすべて結びつく。

山あり谷あり、でこそ。
苦渋の敗北や長いトンネルを経験してこそ
次のフェーズに進むことができる。より強くなる。

アントニオの空手は、想定より早く今シーズン、
それを迎えた。

度重なるズルに、徹底的なクジ運の悪さ。
そして、モメンタムにアトモスフィアとフローが
まったく噛み合わない「流れ」。

一応、そんな中でも優勝も準優勝もあるわけだが、
総合的に見て、結果としては<良くなかった>。

多くの辛酸をなめた。
そして試合云々だけではなく、
離合集散も相まって道場のエースになった。
その責任で大会での勝った負けた以外のふだんの稽古での
負担も当然増えた。そんな中での奮闘だった。

三つある全日本の残り一つの出場権を逃したアントニオ。
その大会の組み合わせを見てみると、
今シーズン通して
<やることなすことうまくいっている>選手は
ここでもクジ運が良いことが分かった。

得てして、物事、そういうものである。

平たくいえば「運気」ともいえよう。

だが、それらの選手は組手だけだ。

空手。
それは型をないがしろにしていては
絶対に後で差が出る。
アントニオは組手/型双方トップレベルだ。

さらにアントニオの場合は、
既に二年生でエースとして道場を背負っている。
彼らはそのレスポンシビリティがない。

自分だけ強くなれば良い。
組手で勝つことだけ専念すれば良い。

そういう選手と、

組手/型双方強くなければならない。
型をないがしろにしてはいけない。
道場で後輩やちびっこの指導もする。
彼らの見本であるよう頑張る。

などのアントニオでは、

贔屓目抜きで、どちらが<人間形成>にプラスか。
一目瞭然である。

そういう負荷もある中であっても互角にやる。
他流のそれらに乗り込んでも勝ち負けする。
そこに大きなヴァリューがあるのだ。

この違いは、必ず後で出る。
否、必ず出してやる。出させてやる。


前述の、今年やることなすことうまくいっている選手が
果たして来年も、あるいは四年後も、同様に良いとは限らない。
未だアントニオが勝っていない選手でも
来年、再来年は逆転しているかもしれない。
その逆もまた、しかり。

実力差が紙一重のレベルになればなるほど、
様々な背景環境や要素は大きな影響を及ぼす。

上田桃子も実力は折り紙付き。賞金女王にもなったことがある。
なによりもタフな米女子ツアーメンバーだ。
異国で言葉にも苦しみ、技術的な微妙なポイントのズレにも苦しんだろう。
でも、努力し続けていれば、必ず結果は出る。

競技に臨み続ける限り、その信念は、プロアマ問わず、
失ってはいけないだろう。

ニッポンのビジネス社会におけるそれとは違うのだ。

努力や正しい戦略がまったく理解されないケースが多いのが
ニッポンの不可思議なビジネス社会。
だが、スポーツは違う。努力は嘘をつかない。
結果、最大の願望に届かずとも、スポーツはトライしただけ
得るものは大きい。勝ち負けだけでその人間性を断じることはできない。

ただ、「優勝」という頂点を成し遂げた際の、
その人間が抱えているストーリー、背景環境によっては
大いに他人にシンパシィや矜持を与えることができるのだ。

上田桃子の昨日の優勝はその典型例といえるだろう。

だから上田のウィニングショットが放たれた直後に
ギャラリーから<入れ!>という多くの掛け声の後押しと
入った後の大歓声に至ったのである。
観ている人は皆、状況を分かっていたのだ。

<十分苦しんだ。勝たせてあげたい>と。

もちろんテニスの錦織の準優勝も同様。
世界でモマれてよく頑張った、と認めて良いだろう。

石川遼は、石川遼ですら勝てないシーズンもある、苦しむときもある
という具体例を万人に見せているという意味で
今年はたいへん大きな価値があると思われる。
石川遼ですら、今年の不納得な結果は糧になるはずだ。

<やることなすことうまくいく>ヒトよりも、

<なかなか思うようにいかない苦しみを経た上での
 至福の瞬間を得た>ヒトを見る方が、

こちらも心が豊かになる。

前者の勝利を見ても、気分爽快にはならない。

中日が勝っても何のエモーショナルな感情は沸かないが、
打たれた館山の呆然とした顔を見ると
多くの示唆を得る。

ダモシも、昨年の対国家試験での敗北が糧となり、
マスト・ウィン・シチュエーションで
リベンジを賭けて、幸運にも結果が出た。

昨年の敗北での悔しさが、連敗は許さんぞという
己自身へのパッションになった。

二度の対富士も、しかり。
結果は、難儀な静岡側からの登頂を果たしたものの
惨敗者のような体たらく。富士め!という対抗心はメラメラと燃える。
来年はいよいよアントニオと登る。

そしてアントニオ。
彼自身も悔しいシーズンを今年は過ごしている。
共に闘うダモシも同様、館長も同様。
ワイフはさらにそうだろう。

<勝者には何もやるな>。

ヘミングウェイの名言。
この場合の勝者は、上田桃子や
次に勝つ時の浅田マオーや石川遼、アントニオの勝利にではなく、

<やることなすことうまくいっている>者が
また勝った時のこと、である。

敗者の中にこそ、美学がある。

ひるがえって、それは、

敗北を経た上での勝者に中にこそ、美学がある

である。


アントニオ。

来月の、今シーズン最終戦で、臨むべき結果に至るのか否か。
もちろん毎度のごとく一回戦負けも優勝も
フィフティ・フィフティ。

かわいくてかわいくてどうしようもないアントニオの
努力が報われない今年、

悔しくて悔しくてどうしようもないダモシは、

経済小国ダモシ家にとっては
イタリアやギリシャのようになってしまいかねない
大金の二万円以上をはたいて大型練習具を購入した。


bicmitt.jpg

ダモシですらすっぽり肩まで入る
ビッグミットである。

これが我が家に到着してから
さらにアントニオのやる気が増した。

超大技にして新秘技<信玄堤>も、6割程度まで出来るようになった。
二学年上の選手とのスパーリングで
ものの見事に決まったらしい。
その日はダモシは道場に行っていなかったため
観ることはできなかったが、
後日訪れた道場で、館長とスパーリングしている際に
アントニオが臆面なく館長に放ったそれを初めて観た。

<何だよぉ、いつの間にか出来るようになっているじゃないか・・・>

これは絶対に、これまで対戦したことがある選手からすれば
度肝を抜く。
来月もしくは来年、相見える際に度肝を抜かして差し上げ、
精神的にも追い込む技である。

必死に教え、彼も必死に練習し、
ひとつひとつ確実にできるようになってくるのが
実に面白いのだ。

特に男の子で、格闘技が好きという共通項もあれば、
ダモシ・イズムがそのまま素直に入っていくから、
ワイフ曰く
<かわいくて、しょうがないでしょ?>という世界になるわけだ。

だからこそ、何としても結果を出させてあげたいのである。

勝ち負けがすべてではないが、
コンペティションである限り、
勝者がいて敗者がいる。勝つ方を目指すのは当たり前なのだ。



*****



そんなアントニオ。

今宵は久しぶりに同級生の女の子を自宅に呼んで
二人で遊んだという。
男友だちそれぞれが皆用事があってダメだったらしい。

今週は、月、火、水と
アントニオにとっては放課後の
レッスンと稽古がOFFな、子供にとっては嬉しい三日間。

だから友だちと存分、放課後に遊べる、と。

その初日、先般の全日本選手権に応援に来た彼女とは別の女の子を
自宅に呼んだというわけだ。

<〇〇ちゃんが知ったらマズいのでは?>と
バカ親ダモシはいらぬ心配をする。

これがまた面白いのだが、
自宅に招いてすぐ
アントニオは
<メダルと賞状を見たいっていうからさ、見せてあげてよマミー>
とすっとぼけた顔で格好つけて言ったという。

壁にあるそれらと殿堂(リビングボード)にあるそれらを見せるワイフ。

壁を指して
<賞状はそれだけ?>と女の子が問うと、
ワイフが<こっちにもあるよ>と
展示していないファイルケースに入れてあるそれを見せる。

その後、
トロフィーとメダルを見た女の子は
<メダルはこれだけ?>と問うと、

メダルとトロフィーは全部その殿堂に展示してあるにも関わらず
澄ました顔でアントニオは

<もっと、あるよ>と言ったという。

ワイフは爆笑したらしいが、何も言わずにいた、という。

そして
<牛乳がいい?それとも野菜ジュース?>
<氷は何個入れる?>
とまるでホストのように
いたれりつくせりを女の子に披露するアントニオ。

しばらくレゴで遊んでいたらしいが、
何だかんだいって女を前にした男だ。

アントニオはおもむろにビッグミットを運び出そうとした。
彼ひとりでは到底運べない。

ビッグミットを自室から、常に練習している和室へ
ワイフと共に運ぶアントニオ。

<なに、やるの?>と問うワイフに
<見せるんだよ>と言うアントニオ。

女の子に、ビッグミットにパンチやキックをする己自身を見せたい、と。

で、もの凄い動きで蹴りとパンチを
ビッグミットに打ち込んで見せたようだ。

女の子も女の子で
<私もやりたい>と言ってキックを繰り出したという。

帰りは上機嫌で女の子を自宅の途中まで
送り届けてあげたというアントニオ。

帰宅後、ワイフからそんな話を聞いて
ダモシも心が和むと共に、アントニオを愛しく思い、
眠っている彼に近寄って頬にちゅっとした次第である。


<これが全日本で型と組手ダブル準優勝のメダルで、
 これが今年の組手の金メダルで・・・>

とこと細かく説明して聞かせたという。

<まあ型っていっても分からないだろうけどね。
 型はいろいろ演武するので、組手っていうのは、
 闘うものだよ>と偉そうに語っていたという。

まあ、笑えるわけだ。

今宵は朝も夜も逢えなかった。
明日は逢いたいなぁ、と想う
未だ風邪が治らず体調60%のダモシである。

まだマンデーか・・・。既に濃く、長いなぁ・・・、と。





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2011年11月03日

倦怠


昨日の朝方、寝ていて、くしゃみで目が覚めた。
記憶に残るくしゃみは四発。

まだ半分以上眠っているものの、
「あれ?風邪ひいたかな?」と意識した。
そしてまた眠りに入った。

昨日はデイタイムのオフィシャル事案中、
のっぴきならない〆切があったため
その間はくしゃみを堪えていた。

一発くしゃみをすれば最後、ハナはズルズル、
くしゃみ連発で風邪の発症を本格的に受け入れなければならない。
そう感じていたからだ。

帰宅して0.5秒後、くしゃみは爆発。
一気に風邪発症と相成った。

風邪薬を飲んで0時過ぎには眠る。

<真剣に眠るぞ>と心に決めて。
今宵で治すぞ、と。

想定では、十分眠って目覚めたら、
ハナは詰まっていて、それを出せば黄色っパナが出る。
固まった鼻水=治りかけの黄色い痰のような鼻水
が出ることになっていた。

だが、まだ水っパナ。おまけに咳も出る。

こりゃ、いかん。

9AMに起きて、地域のお祭りに出かけるアントニオを見送る。
お友達と一緒に行くらしいが、
お友達は父母も同行。
アントニオも<ダディと一緒に行く>と言っていたが
ダモシはこんな状況だ。

そろそろお友達とだけで親抜きで行っても良い二年生だが、
そこはまだ甘えん坊のかわいい一人っ子。
お友達も父母が来るのであれば
自分もダディと一緒に行きたいというわけだ。

しかしダモシは行けず。
アントニオは一人で出かけていった。
他のご父兄にもかわいがられる、
そもそも人見知りしないから彼は得だ。

ランチ時に戻ってきたアントニオと、ワイフと三人でランチ。
午後はワイフがアントニオとお祭りに出かけるという。

その二人を尻目に、倦怠感150%のダモシは、
<午後は寝るぜ、ダメだ、こりゃ>と自室へ。
布団を敷いてくるまった。

<眠るぜ、この野郎!>。

慢性的な寝不足。
こういう事由がなければ、おおっぴらに眠れない。
こういう時こそカウチや布団の中で
じっくりゆっくり読書をいきたいところだが、
それどころではない倦怠感だ。

熱があるかどうかは問題ではない。
あれば汗をかいて下げれば良い。
なくても気怠い。

1PMに毛布にくるまり目を閉じる。
目覚めた時、バスルームからワイフとアントニオの嬌声が
聞こえてきた。

<ん?もうそんな時間か?>と携帯電話を開くと、
6:40PM。

0AMから9AMの九時間、1PMから6:40PMの五時間四十分。
都合、十四時間四十分の大爆睡と相成った次第の
文化の日。

文化の日が、睡眠の日になったわけだ。

明日はオフィシャル事案で外出のため、
身体をクリーンにしなければならない。
もう寒いから朝のシャワーは出来ない。

むくっと起きあがり、未だ倦怠感が充満するものの
<風呂に入るぞ>と
ワイフとアントニオにお湯を捨てないように依頼。

彼らがあがった後すぐに入浴。

ディナーは軽めに、
うどん、まい泉のカツサンド、肉まん、オレンジジュースで済ませた。

まだハナは水っパナだ。まだ固まらないし黄色くならない。
だからまだ治りの方向へは向かっていない。
熱はなさそうだが、寒い。いささか身体が痛い。
咳がどんどん出る。

しかし、倦怠感がちょっぴり消えた。
さすがにあれだけ眠れば・・・といったところか。
でも、まだ眠い。まだまだ倦怠感はある。
いま横になれば眠ることができるだろう。

アントニオの大会間近でなくて良かった。

今年最初の本格的な風邪か。
三月のフルー発症は、発症してはいたが、公式には発症は認めていない。
なにしろあの時は、大掛かりな制作物の入稿ピークだったから、
フルーどころではなかったのだ。

元来、虚弱体質で風邪に弱く、年に何度も風邪をひいていた
ことを鑑みれば、今年は風邪に強くなっていたのだが、
ひいてしまった。

それもこれも、うつされたのである。

オフィシャル事案先に風邪っぴきが異様に多く、
こちとら寝不足で体力も落ちている状況も相まって
そりゃあうつるさ、という世界であった。

くそぅ、といったところである。

誰かにうつせば早々に治るか。
電車で誰かにうつそう。


posted by damoshi at 21:32| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

展開



議題は競馬で、今週日曜日に行われた
<天皇賞・秋>について振り返ってみたい。

わざわざ振り返るのは、
このレースが実に興味深い内容だったことと、
走破時計が日本レコードという
〜しかも2,000mで1分56秒台〜
超速決着になったからだ。

ダモシの事前予想は、以下。

まずは巷の本命ブエナビスタを無印とした。
<着外もあり得る>と。
1990年のオグリキャップのように
目に見えない衰えが忍び寄り
生涯オール三着以上の成績に
今回は陰りが見えるのではないか、と。

ブエナビスタと同じく春以来となる
休み明けの人気馬エイシンフラッシュもカットした。

最もモメンタム高い上がり馬ダークシャドウを本命◎にした。
今回こそ唯一の勝機かもしれないとペルーサを対抗〇。
まともに走れば最も強いだろうアーネストリーに▲。
内を使ってうまく走れば勝機も見えるダノンヨーヨーと、
状態が良いと伝わってきていたローズキングダムに△。
最後に、モメンタム上位のトーセンジョーダンに要注意。


*****


スタート。
案の定、シルポートが逃げをうつ。
鞍上・蝦名にしてはうまいスタートで逆にハマり過ぎた。
ハイペースを先導したシルポート。

大外アーネストリーはスタートに躓いた。
出遅れとまではいかないが、
焦りを誘発させるわずかな出遅れ。

それを取り返そうと焦ったか、
大外から必死にシルポートへついていこうとした。
ここで脚を使ってしまったアーネストリー。

ある意味で、この時点でアーネストリーのレースは終わった。

真ん中からビックウィークもシルポートを追いかけて二番手に。
この菊花賞馬もこの時点で早々にレースを終えた。

エイシンフラッシュも好スタートから
シルポートを追走。
四コーナー回った時点ではポスチャーはとても良く
突き抜けるのではないか?とさえ思わせた。


*****


向こう正面大欅の向こうに差し掛かる頃合いの
先頭シルポートからの走破順を見てみる。

二番手にビックウィーク、その外にアーネストリー。
その内側にエイシンフラッシュ。
そのお尻にくっつかんばかりにローズキングダムも先行。
その隣にアクシオン、外にミッキードリーム。

ここまでが七番手まで。

そしてこの後ろに、内側にブエナビスタ、外側にダークシャドウ。

ブエナビスタ、八番手。ダークシャドウ、九番手。

ここまでは大きな差はない。
前を行く馬のお尻に続いて追走している感じだ。

この後が少し間隔が開く。

二馬身置いて十番手、外側にトゥザグローリー。
その内側に十一番手でトーセンジョーダン。
この時点でトーセンジョーダンの鞍上は、
行きたがる馬をやや抑え気味にしている。

この二頭はブエナビスタとダークシャドウをマークしているのか。

さらにこの二頭の後ろ一馬身半くらいの差で
ナリタクリスタルが気分良く追っている。

そこから後はさらに六馬身くらい後方にペルーサとシンゲン。

残りはどん尻集団四頭。
この中にダノンヨーヨーがいた。
既にこの時点でダノンヨーヨーはレースを終えていた。

スタート後、他馬に邪魔されラチにぶつかってしまい、
すっかり馬はやる気をなくしてしまっていた。
最後方を走っていたメイショウベルーガは四コーナーを
回った後、故障発生の憂き目を浴びる。



*****


四コーナーを回る。
早々にシルポートに脚色は鈍る。
あぁ、ダメだなとすぐに分かる。

それをいとも簡単に交わして加速態勢にあったのが
エイシンフラッシュ。昨年のダービー馬。地力はある。
ポスチャー的にも良かった。

アーネストリーは四コーナーに入ってすぐ消えた。
シルポート追走にハイペースで付き合ってしまったがため
直線での脚は残っていなかった。
完全に大外枠の不利がこたえたか。

エイシンフラッシュが鞍上の追い出しタイミングも絶好に、
シルポートを交わして直線を駆け上がってくる。

シルポートを筆頭に、
エイシンフラッシュを除く先行勢の脚が止まる中、
中位、後方の馬たちが一斉にスパート。

ブエナビスタは内側に入る。前が開かない。進路がない。
並走していたダークシャドウも馬群に塞がれながらも
真ん中へ持ち出して前が開く位置に移動。

両者、なかなか前へ出られず焦りが出てくる。

その間隙を縫って内ではエイシンフラッシュが先頭に立っている。

だが、真ん中、完全に前が開いている位置から
すすーっと抜け出したのがトゥザグローリー。
勝つのか?とさえ思われる勢いでエイシンフラッシュを
交わしにかかる。

内でもがくブエナビスタ。
ようやく前が少し開いて強引に追い出しにかかるダークシャドウ。

大外からは、
前がフリーな状態で豪快に追い込んでくるペルーサ。

大外ペルーサが追い出して
猛然と迫ってくる勢いが加速するより早く、
真ん中で完全に進路が開いた位置から
やはり後方からダッシュ力を利かせて猛烈に追い込んできたのが
トーセンジョーダン。

エイシンフラッシュとトゥザグローリーを
トーセンジョーダンが抜くのは目に見えていた。
勢いの差は歴然だった。

今まさに
トーセンジョーダンがその二頭を捉えようとしている頃、
内側で馬体と進路を捻りながら
ようやくブエナビスタがエイシンフラッシュのお尻に迫っていた。

まさにあのウオッカ&武豊の進路変更乱発の末の
大逆転勝利を想い出させる度重なる進路変更とこじ開けでの
大逆転狙い。脚色はまだ鈍っていないブエナビスタ。

同じく真ん中より内側で進路を塞がれていた
ダークシャドウも何とかわずかな隙間を縫って出てくる。

トーセンジョーダンが
内にいるトゥザグローリーに馬体を合わせて抜きにかかる寸前、
0コンマ何秒のラストチャンスで
ダークシャドウはその二頭の間へ割って入り、
いよいよ最後の脚を発揮してトップに立つべく進路をとった。

さらに内では、トゥザグローリーと最内エイシンフラッシュの
これまた二頭の馬体が触れてしまうと
今度こそ進路を失うブエナビスタが、
その二頭をドケドケとばかりにわずかな隙間を縫って抜け出す。

大外フリー走行のペルーサは
誰にも進路を塞がれることなく自由気ままに
自分の追い込み脚を使い続けている。

無邪気なペルーサ。毎度のことである。
これはいいかげん勝たないとサクラホクトオーを想起させる
お笑い馬に成り下がる。

ダークシャドウより遅く進路を得たブエナビスタは
残り少ないゴールまでの道に賭けたが
自身が進路を得たと同時に
フリーランスのペルーサの勢いに抜かれ、
さらにゴール寸前でダークシャドウにまた進路を塞がれた。

持っている能力の脚を使えず、四着に破れた。

ペルーサは自分らしさは発揮した。
位置取りもハマった。追い込んで末脚はメンバー最速。
それでも勝てなかった。

八番手ブエナビスタ、九番手ダークシャドウ、
十番手トゥザグローリー、十一番手トーセンジョーダン。

大欅の向こうでの位置取り。

結局、粘ったエイシンフラッシュと
自由馬ペルーサは別物として、
勝ち負けに絡んできたのは八〜十一番手にいた馬たちだった。

これらの馬は
ハイペースで逃げたシルポートが構成したレースにおいて、
位置取りとしては理想的な構図を描いた。

最後の直線で
めいっぱい後方にいたペルーサはもとより、
十番手、十一番手で入っていた
トゥザグローリーとトーセンジョーダンが
前が塞がることなく一気に加速できたのは
大きなアドバンテージになった。

少々前にいたブエナビスタとダークシャドウが
思いのほか先行勢の衰え
〜ここでは「トロさ」と言う。
 要するに先行して疲れて後退する面々の
 後退ぶりがトロかった〜
のせいで、それらが邪魔になり、
自身が突き抜ける絶好のタイミングを逃したのだ。

ダークシャドウもブエナビスタも位置取り一つで十分勝てた。
前者二着、後者四着。
それでも上がりは両者とも34.7。
この二頭の着順も、直線での位置取りの結果だ。

トゥザグローリーは、
あまりにも前が開いたことで仕掛けがいささか早過ぎた。

道中の位置取り、直線を向いた際の前のフリーさ、
追い出しのタイミング。
どれをとってもトーセンジョーダンに最もハマったのだ。

それはシルポート&蝦名の逃げがハイペースだったことが
起因している。

簡単にいえば展開が向いたのである。トーセンジョーダンに。
もちろん、とは言っても強くなければ勝てない。
そもそも素質はあり、弱い馬ではない。
だが、実績的には少々落ちる。
上がり馬度でもダークシャドウに分があった。

一つには、これがいわゆる"フロー"なのである、と。

トーセンジョーダンに舞い降りてきて、
ブエナビスタとダークシャドウには降り注がなかったもの。
それがフローであり、その差が着順の差になったと
ひとつには、言える。

無欲だった。

関係者自らが<三着くらいはあり得るかな>という世界。
オーナーも応援に来ていなかった。

ブエナビスタは連覇のかかる本命。
ダークシャドウは最大の上がり馬で勝つ可能性を大いに予想されていた。
ペルーサも「勝つならここでは?」的なアトモスフィアもあった。
当然、我欲で狙ってもいただろう。
エイシンフラッシュも同様。

フローが向いたのは、トーセンジョーダンとトゥザグローリー。
厩舎サイドも前週の菊花賞を本命で勝ち三冠を獲ったため、
ここではガツガツしたマインドがなかった。

この二頭である。
前者は勝利し、後者は見せ場を作っての驚きの五着。

この二頭の最後の直線を見ていると、
まさに<無欲>の結晶のような世界観だった。
しかも最高レベルで前が開いた。進路がフリーだった。

事後で振り返るとすれば
トゥザグローリー側は「仕掛けが早かったかな・・・」
という悔いも残るだろうが、
それはもう贅沢な欲というものだ。
そこで欲を出すと次は逆にまた厳しくなる。


アーネストリーにしても
仮にシルポートの逃げがスローペースならば
十分に脚を残して直線に入ったはずだ。
勝負の、ひとつのアヤ。

それでも踏ん張ったエイシンフラッシュは相当タフな馬だ。

勝負のアヤ。すべてはどんな闘いにもそれが当てはまる。

不可思議なのはローズキングダムだけ、か。



*****


今回もっともフローが向いた
トーセンジョーダンとトゥザグローリー。

彼らは揃ってジャパンカップへ向かう。
日本レコードの今回走った負担が気にかかる。
ジャパンカップでは揃って大惨敗という目もある。

トゥザグローリーの方がジャパンカップはエッジか。

馬のみならず厩舎も波に乗っている池江厩舎だ。
厩舎のモメンタム、アトモスフィアも完全にハマった勝利だが、
それがジャパンカップ、有馬記念と続くかといえば
そんなに甘いものではないはずだ。

自由馬ペルーサもジャパンカップへ。
ここもまたペルーサには衆目の期待が集まるだろう。
毎度毎度、「勝つならここ」となってきそうだ。

十五着に惨敗したダノンヨーヨーは、
天皇賞で邪魔されてぶつけられたショックは、
そのレースを投げ出した精神面のみならず
身体面でも大きく、狙っていたマイルCSも回避になる見込みだ。

この馬もまた勝負のアヤだった。
問題なく走っていれば好勝負はしたはずだけに残念だ。

原因不明のストップ、ローズキングダムは
ジャパンカップに向かったとすれば連覇がかかってしまう。
ここは回避か、あるいはディフェンディング・チャンピオン
として出てくるか。有馬一本に復権を賭けた方が良い気がする。

最後方を走っていたメイショウベルーガは引退。
故障発生したが、命は救われたことが何よりのラックだ。

結局、十四着に沈んだアーネストリー。
関係者も「大外枠がすべて」と口にする。
あのハイペースを焦って三番手で追走したことが敗因だろう。
復権の機会は有馬記念。
ジャパンカップは回避して有馬に絞る。それは正解だ。


ブエナビスタ。
思ったより衰えはなさそうだ。
今回はいささか騎手にミスがあるともいえる。
あんな内側の狭いところではどうしようもなく、
馬にかわいそうだ。

ジャパンカップ、そして有馬記念。残り二戦でキャリアを終えるか。
勝って有終の美を飾るとすれば有馬記念だが・・・。
それとも昨年降着でタイトルを逃したジャパンカップを
何が何でも獲りに来るか。

ダークシャドウ。
どうするのか。ジャパンカップか有馬記念か、両方出るか。

最大の上がり馬。今回は必勝で勝ちたかっただろう。
ここで無敗の東京競馬場で負けたことで
ケチが付く可能性もある。

早々に同じ東京のジャパンカップで盛り返すか。
しかしながら激烈ペースの天皇賞・秋で勝ち負け
してしまったことで負っているダメージはあるだろう。

ウオッカ、ダイワスカーレット、ディープスカイ三強の
08年天皇賞・秋での衝撃のレース。レコード決着。

それをも上回り、56秒台という奇跡的なタイムでの今回の天皇賞・秋。

さすがに近代ニッポン競馬最高峰レースといえるだろう。

と同時に、<展開>というものが勝負を左右するのは、
競馬はもとより多くのスポーツに共通する概念であることを
改めて感じさせたレースだった。



posted by damoshi at 12:18| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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