2012年03月28日

20th. Aniv.


今宵は結婚20周年。

調べてみると、それは<磁器婚式>あるいは<陶器式>というらしい。
なんと間の抜けた呼称か、と。

25周年の銀婚式、50周年の金婚式と比べるべくもない。

こんなことでは、わざわざ呼称は必要ないだろう。

それはさておき、意図しないところで
普通に忘れたまま過ぎていくのが、
結婚三年目くらいからの結婚記念日である。

さすがに互いの誕生日や大切な人の命日は忘れないが、
結婚記念日というのは、忘れがちではないか?
少なくともダモシ&ワイフは、そうだ。

途中までは覚えていたこともある。
ワイフだけが覚えていて
<今日何の日か覚えてる?>と途中で告げてきたこともある。

だがそのワイフも、アントニオが生まれてからは
フォーカスがダモシからアントニオに移り、
結婚記念日はすっかり忘却の彼方に追いやられた。

もとよりダモシもそうだから、いずれも忘れたまま
その日を過ぎることになり、<あっ>となる。

だが、さすがに20周年。
重みというか区切りでは25周年と50周年の方が
アニバーサリー度合いは高いだろうが、
それでも20周年というディケード的な部分でのキリの良さがある。

だから外でディナーしよう、と。
そして、ダモシからワイフへプレゼントを、と。

そういうことに相成ったわけである。


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ティファニーだシャネルだなんだは、
ニューヨーク時代はちょくちょくプレゼントしていたが、
どうも欧米ブランドをニッポンで買う気になれず
〜それはニッポンでメジャーリーグを観る気になれないのと
 似た感覚ともいえるが〜、

ニッポン国内で欧米ブランドを購入したのは、初めてのことになった。

あらかじめ選んでおいて、
実際に買いに行った時になくなっているとイヤだったため
数日前に電話して御取り置きしてもらっていた。

それを仲の良い夫婦、小さい子もいて、理想的な三人家族の風を装い、
店に行き、ワイフがそれを試してみながら
他のものも試してみる。

迷うが、最後はダモシが選んでいたものをワイフも選ぶ。

店の女性は、
<やっぱりご主人が選んでくれたものを>と持ち上げる。

そういう品の良い理想的な夫婦、家族像がここに成立するわけだ。

もちろん実際、仲は良いというか、
そんなことは当たり前のことだが、
20年も経てば改まって云々ということは日常の中ではないのだが、
たまにそういう時があれば、いずれのキャストもそれを演じきり、
十数分間の理想的なドラマが展開されるのである。

その裏では、
<あの審判、帰りに事故るぜ!>だの
<この、ズル審判っ!>だのと罵詈雑言乱れ飛んでいる日常だが、
たまには、よかろうよ、と。

実際、ダモシは本質的にジェントルマンであるし、と。

まあ、あとは、一つには、ワイフにも、
ワイフである前に、マミーである前に、<女性>である、と。
ダモシの標榜する
<元始、女性は太陽だった>は幼児期から変わらず、

常に<女性>であることを忘れるな、と。
きれいにしていて欲しいし、子供がいて疲れることがあっても、
そういう部分をきちんとキープして欲しいわけであるからして、
ファッションやオシャレは欠かして欲しくないのである。

プレゼントに喜び、久しぶりに機嫌の良い彼女を見ると、
やはりこちらも嬉しくなるし、
ふっふっふカワイイね、と思えてくるわけである。

で、チャイニーズをたらふく食し、
ビールとワインを頂戴したら、
ダモシも久しぶりに数時間だけご機嫌になったというわけである。
たまには、よかよ。


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2012年03月26日

阿部四郎にナイアガラを!


猫2号逝去を受けての、喪章をつけての大会。

アントニオは、
ここ最近取り組んでいるまた新たなフェーズでのアクションと技を
すべて出す素晴しいパフォーマンスをした。

まさにそれはアントニオの独演会。
技の博覧会、そして演武会、試技会の世界になった。

結果はベスト16。三回戦で闘いを終えたのだが、

結果に関しては、

今回は同じニッポン代表勢がすべて
一回戦、二回戦で、誰が見ても圧倒しているにも関わらず
たいへんミステリアス且つユニークな判定で姿を消したに等しく、
完全無欠のホームタウンディシジョンの仕業によって
<負けさせられた>ため、

どうこう、ない。

もちろんそういった所作に関してはブチ切れで、
今も激怒状態にあり、
今後のこの大会への出場をどうするかを考えなければならないが、

それはそれとして、
アントニオのパフォーマンスは破格だった。

周りの観客も唖然。相手になるサイドもビビリまくっていた。
それだけ二年生では誰もやらない/誰もできない技のオンパレード。

だからこそ、それは試技会、博覧会のノリになったのだ。


*****


試合前。

同じニッポン代表の他道場のライバル(過去一勝一敗)の親が
歩み寄ってきた。

<トーナメント表、見ましたか?>と。

まだダモシは見ていない。

現在の小学二年生が人口が多いのか、
空手人口が多いだけなのか分からぬが、
常にこの学年は参加者が多い。

今回もまた70名オーバー。タフなトーナメントである。
そしてトーナメントは毎度、組み合わせ次第でもある。

<アントニオ君とは別のブロックです。
 決勝まで当たりませんよ>と言う。

その子供が無敗だった頃の一昨年、
大会の準決勝で当たり、アントニオが勝っている。

そして昨夏の大会では決勝戦で当たり延長の末、
アントニオが破れている。

内容の濃い素晴しい空手の試合になる好選手。
それは何人か、いる。
様々な大会で時々、<また相見える>という世界にある。

ダモシ側もその子の側も<決勝で>という気持ちがある。
しかし他のニッポン代表も出てきている。

<しかし、ウチの側にはH君が出てきました。
 アントニオ君の方にはD君がいます。
 でもそれぞれも準決までは当たらないようになっています>

と説明してくれた。

これでまずこの四人がベスト4という想定が成立する。
もちろん他も皆、強豪だから、
どうなるかはやってみなくては分からない。

のっけからその子が一回戦第一試合で判定で破れた。
それを見ていたダモシもアントニオも
この時点で<判定がおかしい>ことを察する。

しかもその子には、一学年上から下りてきて出てきている
スーパーヘビー級女子を当ててきた主催者。
これは意図的と思える。
いくら強いヘビー級二年生でも
それよりさらにスーパーヘビーな一学年上
(女子とはいっても低学年時は
 女子の方が運動は上のケースが多々ある)をぶつけるのは
意図しなければできない所作だ。

実際、アントニオも一昨年の大会で、
<事実上の決勝戦>と言われた
王者のその子との準決勝で勝ったにも関わらず、
決勝戦で一学年上のスーパーヘビー級女子と当たり、
普通に互角に渡り合ったが一日の長で相手の分をとられて破れた。

こういうことは、もうやめんか!?とその際もブチ切れたものだ。

さらに他も二回戦で姿を消す。
圧倒的に攻めていて<あぁ、やっぱり楽勝か>と誰もが思って
いたのに、判定で相手に旗があがった。
勝ったサイドもキョトンとした後、大歓声というマヌケな状態。

そこまでして、意図的に消したいのか、と。

アントニオは一回戦、判定で3-0。普通に圧倒。

二回戦。開始十数秒で右上段蹴りを決めて技有り一本。
このまま終われば、判定もクソもなく勝ちだ。

さらに攻め続け、相手の攻撃は一発ももらっていない。
しかも終了直前、遂に実戦でナイアガラの滝を決めた。

が、判定で、副審の一人がなぜか<引き分け>を挙げた。

<はぁ?>

<ちゃんと試合見てたの?>

という嘲笑が漏れる。

だが、いくら八百長しようとしても、
一本をとっているわけだから操作出来ない。
アントニオの快勝。

迎えた三回戦。

これがもっともアントニオの技博覧会になった。

これでもかこれでもか、と攻め続ける。
痛めつけるというよりも
華麗な技のオンパレードと圧倒的な手数で攻め続ける。

副審二人のうち、一人はアントニオに旗を挙げるが、
なぜかもう一人の副審と、主審の二人が引き分けをとり
延長戦に。

ダモシは叫ぶ。

<決めちゃえ!>。

有無を言わせぬ一本はとれなかったものの、
延長も変わらず攻め続けたアントニオ。

<よし、楽勝だ>。

判定。

副審の一人が、あろうことか相手を挙げる。
しかも主審も相手をとる。

1-2で判定負け。

その瞬間、ダモシは昨秋の全日本選手権での型の決勝同様、
諸手を挙げる<ホワ〜イ!?>欧米スタイル抗議パフォーマンスで
周囲を見回すと、周りも皆、口をあんぐり、目を見開き、
中には<アントニオが負けた〜?・・・>と声を出す者まで出る。

まさに同じニッポン代表勢の今日の負けパターンと同じ。

こりゃあもう、完全にブックだな、と。八百長だな、と。

これが五輪競技ならば、ビデオ映像と共に
スポーツ仲裁裁判所に申し出て良いくらいの所作。

ヒドいな・・・と。


以前も記載したように、
ボクシングなどを含む格闘技での判定には
著しいホームタウンディシジョンが厳然と存在する。

主催者がいて、人間が判定する場合、
身内や仲間、協力者、関係者に属する選手に甘くなる。
必ず、これはある。実際、何度もそれに遭遇している。

そしてこれは強くなればなるほど、マークされればされるほど、
顕著になってくる。

今回は特にニッポン代表のワッペンをつけている選手に対する
それが顕著だった。
アントニオのこともニュートラルに見ているダモシは
当然彼以外の選手もニュートラルに見ている。

その視点で、「こっちの勝ちだな」というのは、
ほとんど外れないものだが、
おかしな大会になれば、「外れる」ケースが多くなる。

今宵のそれでは、ニッポン代表のワッペン選手の試合で
すべて「こっちが勝ったな」が外れた。

目の前で見ていれば素人でも分かる。
どちらが手数や有効打が多いか、は。
技も多彩で、攻めているのはどちら、は。
そして一本入ったか、さばいたか、は。

アントニオの試合も含め、意図が施された試合はすべて
3-0で皆、勝っているのに、相手に旗が挙がったのだ。

ほとほと、映像をノーカットで公開したいくらいだ。
これでは、勝った方の子供のためにもならんぞ、と。
もちろん、それはしないが、
画像を一枚掲載したい。

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ずっとこの状態が続いたのである。
ずっと相手は逃げ腰で逃げている。
技は一発もない。

それでも相手に旗を挙げられてしまうのだから
もうどうしようもないのである。

またこれアントニオも必死なのだが、
ある意味で余裕があるというか、
<技を試してみよう>的な部分もあるのだろう。

当然、上段蹴りも何度も入っているのだが、
それも技有りを審判がとらないのだから、
もうどうしようもないわけである。

今宵の審判団は、

昔の女子プロレスで、
クラッシュギャルズと闘う極悪同盟に寄り添い、
ダンプ松本ら悪役に有利なレフェリングをした阿部四郎か!

と。

そんな世界であった。

アントニオの決め技が決まりフォールする。
だが阿部四郎はゆっくりゆっくりとカウントをとる。

が、相手がアントニオをフォールした途端、
ワンツースリー!とものすごい速さでカウントする。

そんな世界である。

これでは勝ち目がない。


否。ある。

有無を言わせぬKOである。

アントニオには厳しいようだが、
館長ともどもダモシも

<俺たちはアウェイなのだよ。
 だからこういうことになるのだから、
 有無を言わせぬ勝ち方をするしかないのだ>

<判定になったら負けにされると思え!>

と、叱った。

もうリアルにその世界だ。

次回の大会(4.29)も完全なるアウェイ。
というよりも、毎回アウェイ。

さらにその大会は、アントニオ二年ぶりとなる
防具空手ルールでポイント制である。
これがまた、以前、決勝戦で大誤審をされて破れているルール
(後日、誤審を認めた)である。

やる前からこちらが不利なのは明白な中、
どのように闘うかがカギになる。

もう強いのは分かっているので、
阿部四郎や極悪同盟ともどう闘うかをも視野に入れて
幅広い視野でファイトすることを前提としなければならないのである。

クラッシュギャルズもそんな中でも勝ってきたのだ。


*****


ニュー・アントニオの、最新のフェーズUPも完成が近い。
それを今日感じられた。

新大技<ナイアガラの滝>。

これは、一種類ではなく、角度違いや速度違いなど
今や四種類ある。

一種類公開しても逆にもういいだろう。
これを警戒させる手もあるからだ。
これだけではないからだ。

初めて実戦で決まった。

<ナイアガラの滝>のAヴァージョン。


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空手の世界では「胴回し蹴り」という技があるが、
この技はそれではない。
<ナイアガラの滝>は胴回し蹴りに端を発しているが、
ヴァージョンA〜Dはすべてオリジナルである。

このAヴァージョンは伝統空手のサソリ蹴りにも似ているが、
それとも微妙に異なる。

かかとか脛を相手の顔面に的中させた(左から二枚目)あと、
それに留まらず
さらにサソリの如く首に瞬時に巻きつくと同時に
膝が折れて脛が相手の延髄を打ち抜く(右から二枚目)形式だ。

パチーン!→グニャッ!→ベシッ!という順序になる。

もちろんまだ未完成だが、不完全な形でも実際に決められたことが大きい。

既に上段蹴りで技有り一本をとっていてリードしている上に、
最後にこれを決める。
そして相手の技は何も受けていない。

それでも引き分けとする審判は、

どう考えても阿部四郎が化身したとしか思えないのである。

ならばどうするか?となれば、もう、
この技の場合は、これで相手が立てなくなるまで
厳しく打つしかないということになるわけである。

単に勝ち負けではないが、勝ち負けを意図的に操作して
こちらを負けとするならば、
こちらはそうするしかなくなる、ということだ。

そうしてやろう。

あるいは自分が主催して、公平な大会を運営するか、だ。

何日経てばこのブチ切れが収まるか、
ダモシは大きな八歳なのでどうにも分からないところである。


だが、ワイフは吐き捨てた。

<あの審判は今日の帰り、事故に遭うぜ>。


はぁ、怖い。大きな八歳より怖いかもしれない・・・。


posted by damoshi at 02:56| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

以心伝心


昨晩のフェイスブックに記載した内容。

:::::
ここ一週間、愛猫の容態が悪い。今日明日がヤマか。
昨年三月(妻猫/母猫)と十二月(夫猫/父猫)に相次いで死去。
それを追うように今度はその息子がコーマだ。
15-16歳だから老衰になるし、
生命の終焉は自然の摂理ではあるものの、
皆、98年以前の日本時代から共に暮らしている
〜NYでも共に暮らした〜結婚三年目から一緒にいる猫だけに
一つの時代の終わりを感じずにはいられない。

もう逝くのは避けられない。そのタイミングが、
アントニオの大会(日曜)の朝でないことは願いたい。
今夜の雨は実にイヤな雨だ。
:::::


今日、午前の空手の稽古を終えて帰宅すると、
二号は籠の中で逝去していた。

間に合わなかった、とワイフは泣いた。

が、その籠の中で、ケロが寄り添っていた。

ふだん、外出から帰宅すると
ケロは玄関まで走って迎えにくるのだが、来なかった。

その前から口には出さないが、
ダモシもワイフも、もしかしたらアントニオも、
<死んでいるのでは・・・>というイヤな予感はしていたが、
ケロが迎えに出てこないことで
その予感は強い懸念に変わり、
急いでワイフはリビングに置いた籠を覗くと
<わぁっ・・・>と泣き声をあげた。

享年15歳。

冷たいかもしれないが、
ダモシ言うところの自然の摂理。

そして、あえて言えば輝かしい旅立ちの大往生。
天に召された。

夕方、葬儀をし、ポポ、ジャック、ハムスターなどと同様に
遺骨となってまた帰ってきた。

そして、今後もまた共に生き続ける。


*****


大会前日の今日の稽古。

あえて厳しくスパーリングで負荷をかけた
〜ダモシも激しい攻撃をアントニオにした〜。

もちろん愛情がなければ、そんなことはできない。

以前のアントニオなら泣いていただろう。

だが、彼はナニクソ!と向かってきた。

<オレの首をへし折ってみろ!>

<来い来い来い!蹴れっ!>

ヒドい親だが、やっていることはお遊戯ではない。
闘いである。格闘技である。
やるなら、それくらいの気概がなくてどうする、と。

実際、頭はもうずっと目の上から頭部分(の中=脳?)は、
ぼうっとしている。ここのところ。

結果は、出ないかもしれない。出るかもしれない。
それはやってみなくては分からない。
だが、やる前に結果を気にする必要はなく、
やるからには、それなりに出来る最大限の準備をするぞ
ということである。

そして格闘における組手、スパーリング、一対一の闘いは、
<信頼関係>がなければ成り立たない。

互いの信頼関係があった上での激しいやりとりである。
それは子供同士でも同様である。
歳下や力量が下の相手とやる場合、
どこまで力を入れるかどうか、どこまで受けてやるかどうか、
それも信頼関係がなければ成り立たない。

また、それは同時に、仕事でも男女関係でも同様。

なにごとも<信頼関係>がそもそもなければ、
すべては成立しない。

ただの潰し合いになる。

だから嫌いな人間同士は酒を飲むこともないのだ。
嫌いな者同士で、信頼関係もクソもない者同士は、酒を一緒に飲まない。
当然だ。成り立たないからだ。

2号は、タイミングを自身で分かっていた。

なぜ今日だったのか。明日ではなく。
2号は、ちゃんと考えていたのだ。


:::::


2号の逝去が明朝だったならば、
アントニオの大会は欠場になっただろう。

ダモシなんぞは、
NY時代に五匹のうちに最初に亡くなったローク逝去の際は、
食事もノドを通らず、仕事もまったくやる気を失い、
体重が8kgも減ってしまったほど、脆弱だ。

ワイフもそのロークの際はもとより、
昨春のポポ、昨年末のジャック、そして今回と
メソメソが止まらない。

ましてや闘いという大会の前日のこと。

アントニオが抱いた悲しみと喪失感の中で、
どのように明日、彼が闘いに臨むのか。

たいへんシチュエーション的に厳しいが、
ここはもう彼のマインドがどう発露するかを見守るしかない。

また、彼はそれが出来るはずだ。
ダモシとワイフより比較にならないほど強い。

もちろんダモシ&ワイフとアントニオでは、
2号との関係性にはいささかの相違はあるが、
それでも愛する家族を失った悲しみは同じである。

だが、そんなシチュエーションでも彼は闘わなければならない。

しかも今や団体のエースだ。

今夜は彼は精神的にもダメージを負い、
具合が悪くなり、持病のヘディクを発症して早々に寝た。


買い被りではなく、彼はしかし、しっかり<理解>している。

かつてないシチュエーションで大会を迎えるアントニオに、
これまでと違った期待をしたい。

もう言わなくても、彼は分かるし、心は伝わる。

もちろん、最大限の後押しはする。

今夜、ワイフが、アントニオの道着にしっかりと喪章を縫いつけた。


Good Night, and Good Luck.


nigojack.jpg

左が2号。
今ごろ天国で父親ジャック(右)と再会し、
またこうして甘えていることだろう。


posted by damoshi at 22:35| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

オンボロ



<皆、もうオンボロになってきたか・・・。はぁ・・・>

と、ダモシは呟き、ため息をついた。

自身のみならず第三者からも、オンボロ扱いである。

まずは車検だ。何とまあ、総額で20万以上掛かってしまう。
嘆かわしい極みである。

そもそも、既載の通り、三月はエポック&イベント乱発で出費も多い。
ましてや四月には宮城遠征も控えている。

電話が掛かってくる。ダモフィーロを預けた自動車の町工場から。

<かなり悪いですね・・・。ものすごく悪いです>と係員。

あれやこれや患部を説明。
<で、すべて処置すると、あと15万は最低掛かります>と。

最初に諸経費分含めて6万円支払っているから、
それに15万ということは最低でも21万はトータルでかかるわけだ。

係員は言う。

<すべて消耗品です・・・。
 すべてが、消耗し切ったためタイミングが重なったのです>。

あぁ、嘆かわしい。


そして猫、だ。

想定通り、案の定、読み通り、懸念通り。
まさにその世界だ。

昨年三月にポポ(母親/妻)、その後を追うように
年末にジャック(父親/夫)が相次いで逝去。

残るは、ポポ&ジャックの長男の2号、
そしてポポ&ジャックの長女の息子ケロ。

ジャックが逝去してから
まったく元気がなくなった二匹。
年齢が一年進んでいる2号がここ一ヶ月でさらに悪化。
急激に体重が減り、土曜の深夜〜日曜の未明にかけて
口から出血。食事もしなくなった。

<マズいぞ、これは・・・>。

病院へ行くならこのタイミングしかない。
そう判断したダモシは、
日曜のアントニオのオフィシャル事案(空手など)を
すべてキャンセルして、開業と同時に病院へ行った。

今回、病院を代えた。
ポポ&ジャックを診てもらっていた病院から、
車で15分程度の位置にある大きな動物病院に代えたのだ。

手術や麻酔に耐えられる年齢ではない。
人間年齢で喩えれば既に90歳の2号。
ポポ&ジャック同様に自然の摂理で弱っていって
最期を迎えるという老衰の最良のパターンになるか、と。

だが一方で、ポポ&ジャックとの相違を感じとっていた
ダモシ&ワイフ。
だから連れていったということもある。

歯周病、口。ここにまず、目に見える不良がある、と。
そのせいで食事もできなくなってきた。
食事を摂れなければ衰弱して死を迎える。

<本人がまだ生への執着があれば、生きたければ、
 出来得る処置を施しただけでも食べるだろう>

と判断するしか、ない。

口を直接的に治療及び手術するにも全身麻酔となる。
それは耐え切れない。
実質、手を下せない。
となれば薬でどこまで可能か、というもうその次元だ。

2号自身の生命力。その世界にかかっている、と冷静に
割り切るしかもう術はない。

あと数日の命か、数週間か、はたまた復活して一年程度もつか。
それは神と2号本人しか分からない。
こちらは16年も共に過ごした〜異国でも共にいた〜同志として
出来得る最善をあとは尽くすしかないのだ。


車は生き物ではないが
ダモフィーロもかなり濃密な付き合いを短期間でしている分
たいへん大きな想いを持っている。

猫は、むろんである。

いずれも自然の摂理で、消耗していって弱ってきている。
あとは出来ることがあるなら
こちらはそれを行って、結果を待つしかないのだ。


口悪くいえば、皆、要するにもう<オンボロ>なのだ。

それはダモシ自身も同様だ。
もうダモシもトゥワイライトに入っていて、
40数年も消耗してきている分オンボロになっているのは
確かである。

オンボロになっているのを騙し騙し、
対アントニオという幼い直系遺伝子を前にして
まだ朽ちることは出来ないぞ、という部分で
空手に関しても身体を張っている。

だが、現実にはオンボロだ。

バリバリの全盛期はとっくに過ぎている。

こう言うと悪いが、ワイフも同様だ。
消耗はしているのだ。それは普通のことである。
30年生きれば30年分、40年生きれば40年分、消耗するのは
誰の身にも公平にあることだ。

しかしそれは、衰えや老いとは異なる。

消耗である。あくまでも。

消耗を補うのは、パッションしかない。気持ちだ。心だ。

そしてこれらを失う時、衰えをカバーできず、
年老いてゆくのであろう。

消耗を消耗として認識し、受け入れて、
それでもなお、何が出来るのか、何をすべきなのか、
どこまで出来るのか、行けるのか、もつのか。

それを常に、問いかけるだけではなく、
実際に何かと対峙して闘うことでこそ
現実としての秤も生まれるのである。

対富士にしても、空手にしても、その他にしても。

これらは逆にこの現在の不惑の代で改めて対峙することでこそ、
まだまだ消耗していない十代や二十代の頃<以上の>
何かを得られることが多い。


ダモシ国では、アントニオはもとより、
まだ猫ケロはオンボロではない。

だが、それ以外は皆、忌憚なくオンボロである。

オンボロにしか提示し得ない<矜持>があるだろう。
そこも一つのポイントになろう。


今宵、動物病院にて。

<2号(にごう)>の診察をしてもらいながら
ドクターの説明を聞き、諸々カンバセーションしていた途中、

突然ドクターが、

<タロウちゃんの場合は・・・>と
ダモシの本名を誤って猫の名前として呼んでしまった。

本来は<2号ちゃんの場合は・・・>と言うべきところを、
飼い主名の欄に見えた名前が
いかにも犬猫にいそうなものだったからなのかは分からぬが、

つい<タロウちゃんの場合は・・・>と言ってしまったのである。

暗いムードの中、そもそも、もうオンボロの2号の話をしている中で、
『自然の摂理だ』という前提を持っているから
真っ暗ではないマインドをその発言は刺激した。

ワイフとアントニオが<えっ?>という感じで、
静かに吹き出せば、ダモシも<うふふふ>と微笑む。
ドクターも、当然、暗い状況だから爆笑はできないから
<あっ>的に静かにほんの少し笑う程度だったが、
そういう場における奇妙に静かな、でも、
そこに作られたものではない『つい・・・』的な、本質的な笑いが
発生したのは、逆に救いか、と。

ダモシに関しても、動物病院のドクターに言われるまでもなく、

<タロウちゃんの場合は、もうオンボロですから
 (あとは自然の摂理で、どこまでやれるかでしょうね)>

という世界である。


最後に。

オンボロといえば、昨年も憂き目を浴びたのを記載しただろう。
デスクトップのMac。
これも昨年オンボロで最期を迎えているし、
ダモフィーロに関しても昨年とっくにマフラーは消失するわ何だわで
消耗し切っていた。
テレビもイカれたし、次は何だ?と。

と、今年のっけから、猫の2号だ。

いまこれを書いているMacのノートブックも、
08年3月から使用しているが、もうそう長くはない気がしているのだ。
既に結構オンボロだ。
イカれる前に貴重なファイル群だらけなので
これらを何とかしておいた方が良いだろう。

想定では、今年このMacはイカれるだろう。
既にCDRドライブにCDRを入れても保存出来なくなった。
保存出来ないから大切な画像やファイルを
そのままにしてあるのだが、この本体自体も既に容量オーバーに
なってきている状態なため、案外、一刻を争うところにあるのかもしれない。

まったくもって困ったものである。



posted by damoshi at 01:16| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

聞くまでもなく言うまでもない



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ヘッドギアだ。御年<大きな八歳>になってなお、
こんな代物を買っているダモシ。

そして早速今夜から頭部でアントニオの蹴りを受けた。

クサいが、愛がなければ出きんぜよ!
誰が好きこのんで頭部で強烈な打撃を受けるかいな!

ダモシは向かい合ったアントニオに言った。

<俺には120%で来い。俺の脚を叩き割ってみろ。
 俺の首をかっ切ってみろ!それくらいで来い!>。

団体内ではアントニオがエースだ。
スパーリングをやってもアントニオは受ける側。
受け身の強さは大いについてくるが、
エースになる以前の時代の<上に向かっていく>という
タフなシチュエーションがなくなったのは事実だ。

蹴りを出すにも、力を抜かなければならない。

それでは、彼のためにはならない。

そこでダモシが出るわけだ。
ダモシ自身が起ってスパーリング相手を務める。
全身で彼の全身全霊の打撃を受ける。
彼も必死にやらないといけなくなる。

だが、これまではグローブをハメた手で上段蹴りや飛び後ろ回し、
さらにはナイアガラを受けていたのだが、
その場合、実際の対決における距離感が図りにくい。

<実際に俺の頭に打たせなきゃダメだな>と感じたダモシは、
早速、ヘッドギアを買ったわけだ。

そして今宵、2R。

昨日は終日、例のクソアホ面倒くさい確定申告。
恒例の締切前夜のバタバタ。
今朝眠ったのが4時半。

朝起きてオフィシャル事案へ。

既に這々の体で夜の道場へ。

そして、2Rだ。

120%の打撃と動きを出来ることで、気合の入ったアントニオの打撃を、
アントニオよりも10cm〜15cm身長が高い相手を想定した
位置に頭がいくように、中腰の態勢をダモシはとりながら
格闘しなければならないのだ。

やってみてください。それだけで、ふだん鍛えていなければ
脚がガクガクして動けなくなりますから。
腰も、痛くてたまらなくなりますから。

且つ、ディフェンスは最小限にして、
確実にして強烈な、KOもしくは技有り認定に至るレベルの
撓りのある蹴りを<頭部>で受ける。

2Rの間、都合30発は頭部で蹴りを受けた。

通常の上段蹴り、裏回し蹴り、かかと落とし、飛び後ろ回し蹴り、
そして秘技大技ナイアガラ・・・。

頭ガンガン、腰重く、肩、腕、肘などは打撲・・・。

<なんちゅうバースデイや・・・>と思うが、
これが幸せな、そしてレスポンシビリティとしてやらねばならぬことであり、
できることを、必要としている人がいて、その人に対して
全力で対峙できることでの喜びが包み込む。

稽古後、アントニオはただの甘えん坊の一人っ子にかえって
ファミレスで<大きな八歳>の誕生祝いで食事をすれば
『ダディの隣に座る!』とカワイく言う。

帰宅後はベタな"イタトマ"のケーキでお祝い。
一緒にお風呂に入って、おやすみ、という世界であり、
その後、いま、ダモシはもう這々の体である。

アホ、あるいはもう完全なバカ親である。

どこに、誰がいようか、と。

頭で受けるなど。
ある意味で、自身バースデイだが、どうなってもいい、と。
頭を使うことならダモシの駆使できる範囲の頭脳はすべて。
肉体を使うことならこの肉体のすべて。
知恵も、感覚も、すべて。

すべてを駆使して、教えたい。ヘルプしたい、と。

己のバースデイだが、己はどうでもいい、と。

そういう世界である。
ここまで己が直系遺伝子にのめりこむとは
ほとほと2003年時点まではまったく考えられないし、
そういう人間ではなかったダモシである。

そんなダモシが、自分自身へささやかなバースデイプレゼント。

031512e.jpg

好きな者にはたまらない本(ムック)だ。
こんな表紙を目にするだけで胸躍り、涙腺は緩む。
たっぷり寝床でこの後、読みたい。

031512f.jpg

アントニオ&ダモシ御用達の格闘技用品プロショップISAMIの
最新カタログ。これもたまらない。
ダモシ宅が団体事務局のため毎号送られてくる。
中を見ているだけでワクワクする。

四月には、一年半ぶり以上にアントニオがフルコンではない
防具付空手の大会に参戦する。もちろんルールも違う。
完全な異種格闘技になるが、どうなるか。
その際、それ用の道具を買わなければならない。
それもこのISAMIか、もう一つあるマーシャルワールドで買うわけだ。


*****


それらはさておき、本題。

031512g.jpg

いま流行のタニタの社員食堂である。

同食堂は丸の内に店舗も出来て連日大盛況のようだ。
流行もの好きニッポン人。

かなり昔の、ビストロSMAPを想い出す。

ダモシがオフィシャル事案で出入りしている
クライアント先オフィスには社員食堂がある。

その写真食堂では毎週木曜日にタニタの社員食堂メニューを提供している。
先週はじめて食したところ
<ん?美味しいぞ?しかもこの量にも関わらず満腹になるぞ?>
と気に入り、今日も迷わずそれをチョイスした。

正直、旨かった。そして満腹感を得た。
食における消費者便益を満たしていたことで機嫌が良くなる。

食が望み通りの味や品数でないと異様に機嫌が悪くなる。
それだけ食は大切だ。

今宵などは誕生祝いのファミリーで稽古帰りに寄った
サイゼリアでは、ピザに普通のハンバーグステーキ、ライスと
普通はどちらか一品なのに結局二品食しているくらい
大食漢だが、タニタのそれの場合は、あの量で足りてしまう。

不思議なものだ。

その大食漢ぶりはその食堂のスタッフ(おばさんやお姉さんたち)にも
よく知られるところになっているダモシ。

たいてい定食の場合、<ご飯、大盛ね>と言う。
カレーライスと蕎麦の場合は、
<カレーの大盛ね!>と言ってそれを受け取ったそばから
隣の蕎麦コーナーのおばさんに
<あったかい蕎麦ね!>ともう一品頼む。

こんな所作を彼らは知っている。

レジのおばさんも当然、知っている。

<あの人は食べるわ>と。

おそらくその社員食堂で、最も食べる人間だろう。
おそらくどころではなく、間違いないだろう。

二十代の頃に所属していた広告代理店で
社内大食い選手権があり、決勝で引き分け両者優勝で
大食い王に輝いたダモシだが、

二十年経った不惑の代の今も尚、別のリングでも同様であるのは
異様なことか、それとも奇跡か。

先週のタニタの社員食堂メニューを注文する際、

<タニタね。ご飯は・・・>と口ごもるダモシに、
お姉さんは言った。
<これはご飯少なめか普通しかなくて、大盛はありませんよ?
 少なめか普通のどちらにしますか?>と。

ダモシが<え・・・?>とモジモジしていると、
お姉さんが快哉をあげて大笑いして言った。

<聞くまでもありませんねっ!>。

別のスタッフたちも大笑い、列に並んでいた人々も大笑い。

お姉さんは普通盛という名の特大盛にご飯を盛ってくれたのだった。

そして、そのまま受け取って素通りしようとすると
蕎麦コーナーのおばさんが呼びかけた。

<あら?今日は?お蕎麦はいらないの?>

また沸き起こる笑い。
もう勘弁してよ、という気持ちになった。

今宵もレジにて、
<毎度ありがとうございます!>と
大量食い&高額支払の上客であるダモシを
笑顔で迎えるレジ・レディ。

<あらまあ、今日はヘルシーね、珍しく!>。

またまた沸き起こる笑いの渦。

天ぷら蕎麦だ、ハンバーグだ、揚げ物だ、
カレーライスだのばかりを大量に食すダモシに対する
タニタメニューの当てつけか。

<ヘルシー、ヘルシー、うっふっふ>と笑う。

<たまにはね。たまにはヘルシーにしないとね>とダモシ。

<でも後でまた何か食べるのでしょ?>とレジ・レディ。

<うん、まあ>とハニかむダモシ。

かくしてダモシは出先でのMtg前、コンビニに駆け込み、
ホットドッグを頬張ったとさ。

分かる。

何となく。

レディたちは物足りないのだ。
男のくせに小食だったり、なんだりの人々がほとんどだから。
どてらい奴はおらんのかっ!と。
そのくらいじゃないとアタシのとと抱けんよっ!と。

いちいち細かいことを気にせず、
健康に無関心な、
不惑の代にあってもなおカレーライス大盛&天ぷら蕎麦を
平気で食すような男を待望していたのではないかっ!

と自身に対して好意的に思うのだ。

そもそもダモシは、女性はほぼ間違いなく
〜よほどイカれた女性でなければ〜
ダモシには好意を持つ、と思っているところがある。

昔から。

実際、その社員食堂でも、おねえさんたちが声がけするのは
ダモシに、だ。
イジリがいがあるのかどうかは分からないが、
先日も子供みたいにお味噌汁をこぼした時は、
大食堂なのに、すぐさまお姉さんが飛んできてくれて
タオル等を渡してくれた。

その際も、ちょっとハニかみながらダモシに言ってきた。

<もぅ、ドジっ・・・>。

男はダモシに対して、何となくかしこまってしまったり
するのだが、
女性は結構、こんな感じで接してくる。
そこがダモシ的には嬉しくて、まあ根源的に
ものすごく女性が好きなのだが
〜今は直系遺伝子に夢中なので、女性関係は音無しだが〜、
そういったちょっとしたやりとりは
とても気分が良くなるのである。

なにしろ<大きな八歳>だから、
女性に優しくされたいし、
女性にそうやってイジられたいし、という部分が
とても強いわけだ。この人格の根源的部分では。

まあ、いいだろう。

明日も彼女たちの期待に応えて、
いっぱいいっぱい食べたいところである。

はぁ、疲れたぁ・・・。

でも気分の、まあ悪くないバースデイではあった。

明日はアントニオはまたドラマの撮影だ。
ここのところ続いてオファーが来ている。

ダモシの計算では、今年と来年中盤までにブレイクの足がかりをつかみ、
来年後半〜再来年にかけてブレイクといったところである。
キャリア一年に満たない中ではなかなか良い流れではないか。

空手もキャリアが満たない時期から大会で常に上位争いしている。

そういう意味でも、リアル八歳のアントニオは、
<大きな八歳>ダモシのリアル八歳時なんぞとっくに
上回っているだけではなく、
現在の<大きな八歳>をも超えている部分が多々ある。

負けないようにしなければ。

十七歳で人間は成長のピークを迎えるという。
成長一途のアントニオ。
大欅の向こうにいてこれからトゥワイライトに入りつつある
退化の一途のダモシ。

この二人が対峙したら、アントニオのアドバンテージは明らかだ。

だが、空手に関しては
アントニオが黒帯をとるまでは
ダモシは何が何でも肉体を死守して受け続けなければならない。

さふ想っているし、それも聞くまでもなく、言うまでもない。





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2012年03月14日

祈静深



今宵、フェイスブックに記載した文章を、
本家ダモログに出張掲載。

一昨日当欄に記載した宮城への祈りの旅の件である。

以下、フェイスブックから転載。

:::::

アントニオが自分のフェイスブックに書いたが、
私は自分のキャラクターの方のブログに昨日書いたが、
アントニオを伴って宮城へ今春行こうと思う。
そこで祈りの空手型演武をアントニオがする。
三陸、気仙沼・・・。今回は宮城に特化して。

勝った負けたのだけではなく、武道、そして武道精神。
そんなことを子供に教えることが大切であると思う。
征遠鎮(セイエンチン)、岩鶴(チントウ)その他など
空手の型は奥深く示唆に富んでいる。

今回はオリジナルのものを創作する。名前も決めた。
<祈静深(キーセイシン)>。
心の深いところで静かに祈る。

二年生の彼がそれを理解し感じ、どう深く静かに、
そして気合満点で型を被災地で見せるか。
彼自身、そこで何を伝えるか。

ロゴもオリジナルで作った。今回は宮城特化なので、
伊達政宗の前立の下弦に、日の丸と月をかけた。

:::::

として、ロゴを写真で掲載した。

当欄ではそのロゴを配したポスターを掲載したい。

pfmmiddle.jpg

仙台はもとより、
グランマを散骨した松島から東松島、石巻、女川、南三陸、
そして気仙沼。

これら候補地からいくつか、物理的な面も考えて行程を決める。
時期、演武する地はもとより"場所"など詳細は計画書の作成を始め、
早々に現地各所と調整したい。

昨年の三月の仙台、そして五月の南相馬〜飯館村、
遡ればニューヨーク時代の911の三日後等々、
直感である。

今回も直感で、行かねばならぬという世界であり、
理屈ではないのだ。

行かねばならぬ、行こう、行くのだと想えば/感じれば、
行くしかないのである。

今後早急に詰めていきたい。


*****


むろん、その前に<忙しない三月>は否応なく、
追いついてこない時間として目の前にある。

明日は朝早くからリアルに集中して確定申告作業
〜締切一日前の〜を行わなければならず
デスクにへばりつかなければならない。

夜は空手の稽古だ。闘いはオールウェイズ、待ったなし。

車の〜日本国のムダの極み&税金泥棒行為な〜車検は来週だ。

免許の更新はいつ行くのか。これも待ったなしで、
行けば行ったで無意味な講習二時間を受けなければならない。
そもそも輩どもは本気でドライバーの安全を案じているのか
大いに疑問であるし、なぜあんなに偉そうなのか、と。
ほとほと不愉快な"国"関係の連中である。

ダモシのグランマ、ワイフのグランパ、姪、猫のポポ・・・。
三月は命日つづきである。

一方で、
ダモシのバースデイ、ウルトラの母のバースデイ、
ダモシ&ワイフの結婚20周年というイベントもある。

アントニオの大会も25日だ。

とにかく先般記載したように<師走より忙しない三月>だ。

その間も、ヒトが複数絡む社会的活動&外交活動においては、
なんでやろなぁ・・・
なんだかなぁ・・・
と、多々、他人&日本人に相変わらず感じてしまうことでの
オールウェイズ・フラストレーション、
オールウェイズ・苛々、
オールウェイズ・ヘディク
も相も変わらず続いているから厄介である。

もはや
〜アントニオ絡み以外では〜
唯一の視聴テレビ・プログラムである「NHKニュース」も、
どじょうが出てくるだけで異様な苛立ちを覚えるため
観てはいけないという世界にまで陥っている。

まあ、いい。

怒っているのは、今に始まったことではなく、
若い頃のある時期からいつも怒っているので
放置マイセルフということで良いだろう。

年齢的にも今更こんなことで、どうこうない。

今宵も長渕を聴きながら早めに横にならふ。



posted by damoshi at 00:31| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

エンドレス



:::::
今宵、311から一年。
昨年震災後、仙台、南相馬、飯館村に行った。
そのときに最初に感じたのは、ただただ「NOTHING」。
そして、311に限らず、人間が背負う
「愛する者を失った悲しみ」は、心のNOTHING。
絶対に元には戻らない。当事者にとってはエンドレス。
周年の日だけのことではない。911も311も、過去にはならない。
:::::

今宵、フェイスブックに掲載した文。

311から一年が経った。

ダメな"国"(=永田町&霞ヶ関)にはもう
何を言ってもダメなのだ、というレベルにまで来た。
否、そのダメさがリアルに露呈した。
そんな一年だったような気がする。

何一つ、前に進んでいない。

何が復興だ、何が絆だ、と。率直な感想だ。

あの日、都内で帰宅難民になった者で、
破顔一笑してテレビに映っていた東京在住者のボンクラ共の
何人がこの一年、東北を想ったか。
おそらく想わなかっただろう。

所詮、そんなもの。

その前提に立って物事を考えなければならないのである。

一体、"ものすごい"額の義援金はどこへ行ったのか。
瓦礫がそのままで、何が<絆>だよ、と。

当時から変わらないスタンスだ。

"がんばろう"だの、"前を向いて"だの、"復興"云々だのは、
絶対に言わない。

NOTHINGなのだから、そういう次元ではない。

前へ進むかどうか、がんばるかどうかは本人以外に
選択する権限はない。

復興に関しては、いくら個々人ががんばったところで、
ダメな"国"がどうしようもない上に
NOTHINGなのだから
当時書いたように<復興は無理だと思う>に変わりはない。

それが可能なところもあるかもしれないが、
無理なところも厳然とあるだろう。
無理な上に、仮に0.01%の可能性があったとしても
それを牽引しなければならない"国"に
パッションが皆無なのだから、どうにもならない。

ダモシ自身のその感覚と想いは、一年経って変わらない。

それだけ"国"自体が、チェンジする機会を生かさなかったのだ。

本気でこれはもうチェンジする最後の機会は、
東京をこそ徹底的に破壊する自然現象が
起こった時。

という考え方にも一年経っても変わりはない。

個々人は皆、出来ることがあり、それを実際にやる人に関しては、
可能な限り出来ることを行ってきたし、
今も行っているだろう。

本来、"国"だからこそ出来ることがあり、
且つ、それを何はさておいても実行しなければならないし
それを行うことこそ最大のミッションであるはずなのに
忌憚なくいえば<何もしない>で、ここまで来た。

震災への対応こそ最大ミッションであるべきにも関わらず、
消費税増税だの、政局だのにまたぞろ
輩はイシューをシフトしているから、救いようがない。

徹底的に"国"を見限って、個々人それぞれがやるしかないのである。

それだけこの"国"は、チェンジどころではなく、
国ごと取っ替えなければもうダメなところまで地に墜ちた。

個々人が出来ることをやる。

そういう意味では、今春は
アントニオを伴って宮城県へ行って、出来ることをしたい。
アントニオが出来ることをやり、
ダモシも出来ることをやる、と。

明日からそのプランを練るところである。

フェイスブックに書いた冒頭の通り、

311に限らず、
人間が背負う「愛する者を失った悲しみ」は、心のNOTHING。

絶対に元には戻らない。当事者にとってはエンドレス。

周年の日だけのことではない。
911も311も、過去にはならないのである。


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posted by damoshi at 00:44| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月08日

真正面から


年末より確実に忙しないのが、三月だ。

そもそもダモシ国は三月は良い月だったのだが、
昨年はとても悪かった。

今年はどうか。

三月。
ダモシのバースデイ。
ウルトラの母のバースデイもある。
ワイフのグランパの命日。
そしてダモシ&ワイフの結婚記念日・・・。
ライフサイクルだけで見てもこれだけ重なる。

さらに、確定申告。これがほとほと面倒くさいんです!の極地。
来週が締切となれば、どうせまた前日に泡喰ってやる段階にならないと
本腰を入れないダモシ。

且つ今年はダモフィーロの車検に、車の運転免許の書き換え・・・。

さらにさらにアントニオの空手大会が二つ。

一体、何だ、と。いい加減にしてくれ、という世界である。

梅もじっくり愛でることも出来なかったのである。結局。
この分では桜も無理か?と。

しかもまだまだフルーは怖い。
25日のアントニオの大会まで、またまたピリピリの日々。


*****


プライベートのリラクゼーション的イベントではなく、
コンペティションや、
ほとほと面倒くさい公的な手続き関係イベントが続く三月。

まずは一発目はアントニオの空手大会。

昨年二月、今年の一月と2大会連続三度の優勝と勢いに乗って
臨んだアントニオ。

縁のない/相性の悪い大会。

今年は無事に大会に臨むことができた。
そもそもこの二月末〜三月頭という
フルーやノロ系蔓延し体調管理が難しい時期に
大会やるなよ、と言いたくなるが、
昨年のフルー発症での欠場のリベンジはまず果たした。

だが、<結果>としては優勝も入賞もならず、
望むべくものとはならなかった。

しかし。しかし、である。

負けた試合の最中、ダモシはニヤリとした。
試合終了直後、手を一度叩いて笑った。

相変わらず最低身長/最低体重のアントニオ。
ヘビー級と闘う際に打撃の重みの蓄積から
後半動きが止まるケースが多かったのだが、
今回はガチンコで行っても動きが止まらなかった。攻め続けた。

<あぁ、本当に強くなったな・・・>と認められたのである。

もちろん結果は負けだが、
やはり本戦では勝っていて(旗はアントニオ側に上がったが、
迷いの迷った主審が引き分けをとってしまったため延長になった)、
そのあたりは紙一重であることから、
勝ち負けはもうどうでも良い。

内容としては、負けた中でも過去最高のものだったわけだ。

明らかに手数も多く、動きも多い。
技の多彩さも群を抜いている。

そして、捌いて一発決めれば勝てるのだ。
だが、アントニオはそれをやらない。
ダモシと館長が<勝ちに行け(勝つための試合を)>と指示しても
意に介さず、相手がヘビー級でも真正面から堂々とガチンコする。

このあたりはもう、言ってもきかない彼の勝負根性、負けん気であり、
ここを評価せんでどないすんねん!
という世界が厳然と示されたのである。

こんなに体格差あるのに、何しとんねん!
それじゃあやられちゃうぜ?
とヒヤヒヤし、

得意のアレをやればこの相手なら決められるのに、
とヤキモキしつつも、

内実、ダモシは喜んでいる自分に気づく。

<凄いな>と。

しかも、まったくもって打たれ強くなっていたアントニオ。
勝負に勝って、試合に負けた世界と、忌憚なく言えよう。

72名の選手を見てみる。
概ね、同じ二年生の彼らの身長/体重は以下の通りだ。
125cm〜138cm/25kg〜51.4kg。
身長が130cmを超えているのはザラ。
体重も普通に30kg台に乗っていて最重量で51.4kg。

小学二年生で体重51.4kgって、どないなってんねん!
とリアルに抗議したくなる。

対するアントニオ。身長122cmで体重24kg。
とほほのフライ級あるいはミニマム級である。

ボクシングでフライ級とヘビー級が闘うようなものだ。

負けた試合の相手は、身長で12cm/体重で10kgの
アドバンテージを、アントニオより持っていた。

これって、どうなの?と言いたくなりますよ、そりゃあ。
ましてや自分のコドモですよ?

これに勝っても上はもうさらなる体格差。

正直、これってそもそもからして反則では?
と思えてしまう。毎回、毎回。

ただ、それでも優勝してきている。
そして同様に小さい選手も結構、頑張っている。

一月の大会の決勝戦の相手も同様の差はあったが、
ここがアントニオの不思議なところで、
開会式や普通に立っていると
顔もベビーフェイスゆえに情けなさそうで弱そうに
見えて、身体も小さくて小さくてなのだが、
リングに上がると、ヘビー級相手でもまったく小ささを感じさせない。

これは、本来的な格闘本能が備わっていることを示している。

闘いに入ったら大きく見える。
この部分は非常に重要なエレメンツである。

かの大山総裁はこう言った。

<ポイント稼ぎで勝ちを拾うよりも、
 全力を尽くした惜敗の方が男らしい>

言い換えれば、
不利が分かっていても真正面からガチンコやって
惜敗した方がカッコいい。

まさに今回のアントニオがその世界だった。

勝敗を超えて、アントニオを讃えた。

<強くなったな、本当に。
 あとは勝ちを獲りにいくことの方法論だ>。

もちろんアントニオは勝ちを獲りにいっている。
ダモシは中途半端にオトナで大きな八歳だから
<勝ちを獲りにいく>の"方法論"で
相手と違う戦法はもとより、捌いたり、交わしたりも
入れている。

だが、アントニオは得意のスピードとそれらを用いずとも、
真正面からガチンコのパワー勝負をしても負けない
と思っている。

そして、これは本質的な習性、性質である。

それはそれで大いに活かさせつつ、
勝ち負けの部分で努力の結果を良い形で出させられるよう
<まだまだ教えることは一杯ある。教えてやるから>と
ダモシが言えば、
<100くらい?>とアントニオは素直だ。

<否。100じゃあ済まないよ。
 三年生になったら四の字固めも教えてあげるよ>とダモシは笑った。

しっかしビデオを共に観ながら、反省会も行った。
それもまた踏まえ、インプルーヴさせつつ
次回の大会へ臨みたいところである。

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*****


今日のランチは某社の社員食堂で。

030712dd.jpg

通常ならこれでライスをお代わりなダモシだが、
お代わりはこの食堂にはない。
当然、15時くらいにはお腹ぐーぐーである。

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東京スカイツリーもほぼ完成。今宵は浅草から眺めた。
これぞヘビー級の象徴だろう。
今ではダモシは東京タワー派。


*****


一月からずっと忙しない中でも、今年は例年以上に本を多く読んでいる。

二月は同時に三作読んでいる/読んでいた。
いずれも続きもので、
Aは上下巻、あとのB-Cは上中下の三巻。どれも長丁場。

三つの作品それぞれまず上巻を交互に読んだ。
A上→B上→C上を読んで、次にBの中を読んだ。長いからだ。
そして次にAの下巻を読むことで
Aが真っ先に読み終えられることになった。

そのAは、津本陽の本。

030712aa.jpg

そもそも田中角栄は好きで、
物心ついてから知っている/記憶に残っている/同時代を生きた
政治家の中では、ダモシが最も好きな人だ。

政治家としての田中角栄は、プロ中のプロだった。

現在の小沢裁判にも等しい検察と米の陰謀で
ロッキード事件で散った角栄。
現代だったら無罪だっただろうとも思われる。
当時は相当、捏造が施されたのではないか?と
今のテイタラクを見れば見るほど検察に疑いを持たざるを得ない。
そんな側面は、後半部分で登場するが、
栄枯盛衰で見れば、衰退していく過程が実に寂しい。

絶頂期の角栄は、政治家として魅力溢れる反面、
いささか黒い影がちらつく点でマイナスになる。

この本で見られるところの角栄の、本の、
ハイライトは、少年時代から東京で上り詰めていく過程の
角栄のパッションだろう。

それは<新潟><豪雪地帯>が大いに絡んでいる。

東日本大震災に対する現在の政治家のテイタラクを
見るにつけ、角栄が背負っていた覚悟とは比較にならないほど
弱々しく、己のことしか頭にないことが如実に分かる。

なにが、どじょうだよ、と。野田にも言いたくなる。
世の中をナメくさっている政治家があまりにも多すぎる現代。

それが皆、分かってしまったから、
昨年来、田中角栄が改めてフィーチャーされているケースが
多く見られるのだろう。

いま田中角栄がいたら・・・と。

道路もない。道路があっても雪が凄くて走れない。
病院にも行けず死んでしまう。
まさにSINK or SWIMの過疎だった新潟。

甘ったれた、生温い東京。

地方vs.東京の構図が厳然と存在し、
そこに生きるか死ぬかが懸かっていた。

そんな土地で生まれ育った有権者たち、
そして同じく田中角栄。
角栄がなぜあれだけ多くの票を選挙で毎回得たのか。

その実力や魅力溢れる個性だけではなく、
そこには新潟の人々の、豪雪地帯の人々の
〜中央/東京に対する怨念〜が溢れていたという世界。

さらには角栄の気遣いの上手さ。
霞ヶ関の官僚を使いこなす巧みさ・・・。

<あぁ角栄、すごいな>と実感できる。

そんな本の、一つだ。

相前後して一月には
<自民党総裁選 暗躍の歴史 by大下英治>と
<私の田中角栄日記 by佐藤昭子>を続けて読んでいた。

ダモシがちょうど今のアントニオくらいの頃に
総理大臣だった田中角栄。

鮮明に記憶に残っている。

<この国の総理大臣は凄いなぁ。怖いなぁ。迫力あるなぁ>
と感じていたことを覚えている。

一方で、いまアントニオは、
ニュースで「どじょう」が出てくるたびに揶揄する。

<あ、どじょうだ。泥の中に帰れ>と。

ニッポンの総理大臣も、変わるたびに劣化し、
変わるたびに尊敬されなくなっている気がする。

ダモシは、ほとほと言いたいのだ。

もう小沢しかいないのに、と。
前から、昔から言っているのだが、
騙されたと思って一度、小沢に総理大臣をやらせてみてはどうか、と。


さっさと意味のない裁判、無罪で終わらんかい、と思うこの頃である。

もうやめないか?ニッポンよ、霞ヶ関よ。

陰謀で邪魔者を消そうとするのは。
既得権にしがみつくのは。

霞ヶ関にいるコドモの頃から勉強ばかりしてきた
頭デッカチのヒ弱な
汚い手を使って勝つことしか考えていないオトナたちは、

真正面からぶつかって敗れ去る気持ち良さ・格好良さ・潔さを
一度だけでもいいから、コドモから学んだ方が良いだろう。



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2012年03月04日

はじめての野球盤


フェイスブックは、あくまでも短文というか、
ニュースフラッシュ的なものである。

ダモシにとっては、本道はこちらのダモログだ。

たっぷり、ディテール込みで、書くことができる。


*****


ダモシ
013 000 304 - 11
011 103 08x - 14   
アントニオ

アントニオが八回、2本塁打を含む連打で8得点し
一気に逆転。

ダモシも九回、4点を返したが及ばず。

アントニオにとって<はじめての野球盤>でのゲームは、
アントニオの勝利に終わった。

030312a.jpg

今年初戦の1.9で二冠制覇したご褒美に
館長から<野球盤>が約束されていた。

今年の二戦目となる明日の闘いを前にした今日。
通常全体稽古は休みだが、
ダモシxアントニオの個別練習に館長は駆けつけてくれて
前日調整を施してくれた。

そこで約束の<野球盤>が本人に渡されたわけだ。

<気持ちよく明日に向かって欲しい>という館長の計らいだ。

しっかりと、たっぷりと、午前中に二時間汗を流す。
練習後、明日の大会の主催者事務局へ出かけて
駐車場の関係者駐車券を受け取る。

大会場で駐車場も大きいが700名を超える選手が参加する上、
その関係者も入れたら、観客席4,000人分とアリーナ内で合計5,000人を超える。

それらがバスや車を主に用いてやってくるから、
出場選手と関係者が全員駐車場に入ることはできない。
駐車場の入場整理券がなければ車での来場は不可となる。
それを受取に行ったわけだ。

ランチをしたら早速、<野球盤やろう>と言うアントニオ。

今の三十代以上の男なら誰もが通ってきた道。
その一つが、父親とのキャッチボールと野球盤だ。

今やPCはもはや、もとより、
スマホだ何だと、ゲームもDSだWiiだという世界だが、
アナログのこういった野球盤が未だコドモの胸をときめかせる。
そこに忌憚なく嬉しさを感じる。
また、それに大喜びする己が直系遺伝子を誇らしく思うわけだ。

だがその<野球盤>。時代によって変化を遂げてきたのだろう。
従来の、ダモシが知っているものではない。

<盤>なのだが、<盤>ではなく、紙製のシートのようなものだった。

全体像。

030312b.jpg

投げる、打つは変わらないのだが、<打つ>が変化が見られる。
投げると同様に、己が指で操作するのではなく、
バットが付属品である。

そのバットがコードで盤と結ばれることで、
そのバットを実際に振ると、盤のバットが振られるようになっている。

それでも野球の投打でいえば、
魅力の一つである緩急をつけた投球に対して
タイミングをうまくとってどうバットを振るか
という駆け引きの部分を再現できるから面白い。

盤につけられるバットも二種類あって、
長打狙い用と単打狙い用で替えられる。

もちろん今も普通の、昔ながらの野球盤はある。
これは逆に野球盤とは正確には言わずに
野球ゲームということになるのだろうが、
それはそれで構わないだろう。基本構図は同じだ。

眠る前にもアントニオは、
寝室にしまったこれを運んできて
<やろう?>と甘えてきたから
『じゃあ三回までな』と言って、就寝時刻ぎりぎりまで遊んだ。

それもまた、彼に気分良く今日という日を終えてもらい、
明日気分良く闘いに向かうことができるように
という親心である。

コドモはいい。そして、コドモらしいコドモは最高だ。

アントニオを見ていると、
ダモシはあまりコドモらしいコドモではなかった
ような気がするのである。

父親に対して、
アントニオがダモシにするようなレベルでは
甘えなかった/甘えていなかった気がする。

父親側からコドモへの愛情の度合いは
ウルトラの父もダモシも同じだろうが、

忌憚なくストレートに甘える
というコドモ側からの部分では、
ダモシの二年生時とアントニオの今では後者に濃さを感じる。

<そうか。俺もこういうふうに素直に
 自分の父親にもっと甘えれば良かったかもしれんな>

と思うのである。

違いが一つ、あるとすれば、
共に携わっている/共に向かい闘っているものがあるかないか。
そこの濃さが一つ、違う気がする。

ダモシが小学生時代は、
コンペティション(勝敗を競う正式な大会競技)に
一生懸命頑張ったという経験がない。

習い事レベルか、遊び、趣味のレベルである。

仮にダモシが
小学二年時(幼児時代からそこそこキャリアを積んでいて)に、
野球やサッカーなどのボールゲーム、
空手、レスリング、柔道、剣道などの武道・格闘技
水泳教室の水泳ではなく"競泳"などなどに
一生懸命携わっていて、それも優勝を争うレベルにいたならば、
ほぼ間違いなくウルトラの父もそれを共有しただろう。
ウルトラの父もスポーツ万能だったから
少年ダモシに指導しただろう。

なぜならば、コンペティションとしてではなく
遊びや趣味レベルでの野球においても
度々、キャッチボールやバッティングなど
ウルトラの父は教えてくれたからだ。

いま振り返れば、ダモシが選手/コンペティターで
試合を控えていた身ならば、
ウルトラの父は毎日のように指導してくれたはずだ。

自分で言うのも何だが、
"教える"ことが上手いダモシの本質は、
当然ながらウルトラの父の遺伝子であるはずで、
そういう意味でも、共に闘うものがあったならば、
かなりその面での濃い関係も生まれたはずだ
と感じられるのである。

今となっては夢の世界だが。

ダモシとしては、"父親"として
同じ男だからこそ、教えられることはすべて教えるスタンスでいる。
空手に関してもすべて。
その領域は、対女性、そしてあるレベルまでの勉強。
かけっこ、野球、すべて、だ。

まだ難しいかもしれない野球も、野球盤から教えられることはある。

<緩急をつける>という
一つの部分を今日、アントニオは学んだ。

<な?>と。

何でも通じることである。
空手にもそれは通じる。男女関係でも同様。



*****


年末、そして年始。
連続して三回優勝している現在。
昨年10月から大会では負けていない。

明日は過去二年、縁のない大会。
先に記載したように三度目の正直である。

当然、完璧はあり得ないが、
今回も現状出来得るすべてを行い調整した。

昨年の当日朝インフルエンザ発症があるから、
まだ明朝起きてみなければ分からないが、
現時点では絶好調といえるだろう。

自信をもって臨むことができるだろう。

大会前夜は毎回、恍惚と不安の二つが我にあるが、
本人はいたって冷静で、リラックスしている。
これも厳しい稽古を積んできたという自信だろう。

スパーリングでは今回は初めて三分を導入。
試合は一分半。

過去、幼児時代から現在までの80試合近くに及ぶキャリア史上、
アントニオはKO負け(一本負け)を喫したのはただの一度のみ。
あの大阪ナイトメアだけである。

技ありを一本とられての判定負けも二度しかない。

ある意味で鉄壁のディフェンスである。

アントニオから技ありをとるのは、至難の業である。

負ける場合はだから、
双方技ありなしで旗での判定か、反則負けが、ほとんどである。
特に反則負けは多いが、それはもう改善された。

スタミナで負けないこともまたキャリアから見た場合の
課題の一つである。

それを改善すべく、試合の倍の時間をスパーリングしてきたわけだ。
三分休まず動くことができる。
よほど強烈な一撃を出会い頭あるいはたまたま食らって
脚が止まらない限り、スタミナ勝負では負けないだろう
くらいまでの自信はついてきた。

そして逆にこちらが一本とる技の多彩さや
動きのヴァリエーションもフェーズを上げて練習を積んできた。

それらを本番で出せるか、否か。
新必殺技<ナイアガラの滝>もまだまだ100%には至らないが、
本番でぜひ試してみると良いだろう。
決まらずともトライすることが大切だ。

今回は、あとは強く言っているのが

<焦るな>
<エキサイトするな>

ということである。

ややもするとダモシ遺伝子で、
瞬間的にエキセントリックになって
キラー性を露出してしまうケースが多い。

あるいは、力量が接近してきた相手になると、
思うようには己の技はかからない。
そこで焦って大技に頼ると墓穴を掘る。

この点を、特に今回は伝えた。

ボディも腹筋など特に鋼鉄性を増してきた今、
多少相手の技を受けて冷静にその動きを見極め
捌くと同時に仕掛けるという
攻防の隙間での一発決めも狙えるレベルに近づいてきている。

<多少受けても大丈夫だから、
 相手の技をあえて受けて冷静に動きを見るんだ。
 相手が息を吸う瞬間に入れろ>

と。

で、行けると感じたら一気に行く。
容易に行けないと感じたら冷静になって
相手の動きを見極める。

このあたりは、そろそろフェーズ的に出来ても良いから、
あえて今回はその試行も込めて
トライを求めた。

勝ち負けはもう、ここまでくれば、時の運だ。
出てくる選手は皆、チャンピオンで優勝経験者。

本人も硬くなることはもう、ない。

あとはフロー。

こちらも静かに、クールに臨みたい。

明日も早い。横にならふ。そして書を読もう。


Good Night, and Good Luck.


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posted by damoshi at 00:08| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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