2012年05月20日

三つ巴の妙


今宵はアントニオ選手の空手の大会。
が、何とオークスをテレビ観戦できる時間には
帰ってきていたという、最悪の結果。

今回はまったくモメンタムがなく、
根本的に心理面が「乗って」いなかった。
これが敗因の最たるもの。
他の出場選手と比べて覇気で劣っていた。
試合が続くことでの切り替えが出来ていない可能性がある。
だからといって、いいよいいよとはならない。
今後さらにメンタル面を強化しなければならない。

マミーマミーという部分の解消も含め、
ダモシと二人だけで山ごもり特訓を視野に入れねばならない。

スポーツ、武道含め、勝負ごとは常に紙一重で、
どちらに転ぶかは、一つのちょっとしたことで分からない。
分水嶺も存在する。
球技のように時間をかけるもの以上に、
格闘技など瞬間的な要素が高いものはなおさらだ。

大相撲。
実に魅せる要素満載の今場所千秋楽となった。

三敗で並ぶ稀勢の里、旭天鵬、栃煌山。
この優勝争いになった千秋楽。

まず琴欧州の千秋楽休場という失態が起こった。
ただの休場ではない。
もちろん怪我をしたことは責められない。
が、大関である。
そして、自身の取り組みが優勝争いに大きく直結している中での
突然の休場である。
これは自覚が足らない。
せめて前日すぐにそれを表明すべきではないのか。

too lateな休場発表。
ゆえに優勝争いしている栃煌山が
不戦勝で真っ先に、少なくとも優勝決定戦進出、
あるいはそのまま優勝ということになった。
同時に四敗でまだチャンスの残っていた
横綱・白鵬と隠岐の海のそれを消滅させた。

闘う前から自然に消滅させられたのだ。
琴欧州の罪は大きい。

まず栃煌山が抜け出した。
本割で稀勢の里と旭天鵬が共に破れれば、
その時点で優勝となる。

*****

ここまでの過程。

アトモスフィア的には今場所は、
<稀勢の里が優勝する>という世界観になっていた。
それだけ稀勢の里が支配していたのだ。
だが十二日目、栃煌山に破れて二敗目。
さらに十三日目も横綱・白鵬に破れ連敗。
これで三敗になって優勝マジックは消えた。
同時にアトモスフィア支配も失った。

栃煌山に破れたのが大きな痛手となった。

ある意味で上位とさほど当たらず
粛々と相撲をとっていた旭天鵬と栃煌山は
その間、知らずのうちにフロー状態に入っていた。

前者は前半で既に三敗していたせいで、
完璧に無意識の中、勝ちを積み重ねてきていた。
十四日目、琴欧州に勝ったが、
そこはまだモメンタム付加ではなく、
まだまだフロー状態のキープがあった
(自身の内部では色気が出て
 プレッシャーにはなっていたようだが、
 実際の土俵上ではまだフロー状態にある)。

後者も同様だが、後者は稀勢の里に勝ったことで
わずかばかりのモメンタムが付加され、
それに乗り安美錦、鶴竜に連勝し千秋楽を迎えた。
フロー状態だけではなくなっていた。
良い意味でモメンタムが付加されていた。

稀勢の里はいったん途切れたアトモスフィアを
取り戻すのはもう難しい中で、
辛うじて十四日目に日馬富士に勝つことで
モメンタムを甦らせた。

千秋楽を前にしたところでの状態としては、

旭天鵬:色気は出ていたがまだフロー状態。
    勝っても巴戦があり得る。
    あわよくばだな、という世界観。

栃煌山:フローに対してモメンタムも
    わずかばかり加わった。
    大いに優勝を意識する。

稀勢の里:はじめから優勝を狙っている。
     モメンタムが甦ったところの好状態。
     本割を勝てばいけるだろう。

だった、と読んでいる。

そこに「琴欧州の休場」が来た。
これが三者の心理状態にどう変化をもたらしたか。

まったく影響を受けなかったと
最も考えられるのは、旭天鵬だ。
影響を受けたとすれば栃煌山と稀勢の里。

前者は、既に優勝を意識していた。
そしてモメンタムも付加された。
さらにフローもキープしている。
が、琴欧州の休場=自身が不戦勝で
闘わずして少なくとも優勝決定戦進出が決まった
ことで、<モメンタムが薄れた>。
平たく言えば、勢いが削がれたのである。
一度、楽をしてしまうと、
心中で、
<三巴戦は避けたいな>
<出来れば旭天鵬と稀勢の里、両方負けないかな>
と感じてしまった。

さらに自身が闘うかもしれない優勝決定戦まで
延々と待たされることになった。

後者はどうか。
<絶対に負けられない>という
プレッシャーがかかってしまった。
ただでさえ難敵の把瑠都が相手だ。
"負けたら終わり"がリアルに迫ってきたのだ。
フロー状態は最初からないし、
今の後者はその状態に入り込むのは立場的に
ほぼ困難だ。せめてアトモスフィア消失後、
モメンタムを甦らせた中、それをキープして
いきたいところだったが、逆にプレッシャーが付加された。


*****


本割。

まずはトップで出てきたのは、旭天鵬。
硬い。実に硬い。表情が。
立ち合いもガチガチで不利な体勢になる。
一気に押し込まれるが、徳俵で執念を見せた。
20年のキャリア最大の大勝負と思ったか、
異常な粘りを見せ、執念で勝ち切った。

これにより稀勢の里のプレッシャーは強まった。
モメンタムが既に削がれている栃煌山は、
これによりモメンタムを自力で甦らせることが
不可能になったばかりか、
「ちっ」と舌打ちしたくなるような
<楽をしたい>願望が崩れたことへの焦りが
わずかながらでも生じた。

稀勢の里は、完全に焦っていた。
焦って中途半端な形で押し出そうとしたせいで、
一気に押し出さなければならない
ワンチャンスの局面で押し切れず、破れた。

この時点で、
旭天鵬と栃煌山の一発勝負が決まった。

優勝決定戦が一発勝負に決まった瞬間の
両者の心中は。

旭天鵬:
遂に最も重要な勝負を前にしてモメンタムが付加された。
あとはもうやるだけだ!という開き直りも。
イコール、まだまだフロー状態もキープしている。
そしてここにきてアトモスフィアも寄ってきた。

栃煌山:
二転三転する中、待たされていた。
その間、密かな願望が入り混じり、
失望と喜びが交互にやってきていた。
つまり<覚悟>を決められなかった。
とっくにフロー状態は解除されている上に、
モメンタムも削がれている。
且つアトモスフィアはまったく向かってきていない。


そして、決定的な違い。
今場所中の本割で、旭天鵬が勝っている。
さらには、旭天鵬が一番本割をとっていることで
身体が暖まり、動ける状態にあるが、
栃煌山は動いていない。

心理的な違いと、勝負ごとにまつわる各要素、
そして身体的な違い。
これらをもってして、既に勝負は決していた。

リラックスした、ゆとりのある表情で仕切る旭天鵬。
努めて冷静さを装いながら仕切る栃煌山。
が、常に先に手をついて仕切るのは旭天鵬。
栃煌山は目を合わせない。

栃煌山には取組への戦略に迷いがあったか、
あるいは何も考える余裕がなかったか。
旭天鵬は、
やることはあの一つだけ、と決めていた。

今場所中で当たった際に決めた
左を張ってからのはたき込み。
迷わず、これに勝負をかけようと決していた。
これで決まらず押し出されたら、
それはそのときで終わり。
そういう割切りがあった。

<もしかしたら同じ手を・・・>と
栃煌山には迷いと恐怖心があった。
その迷いを払拭出来ず、
さらに自分からの攻めのイメージを抱けないまま
立ち合った。

左を素早く張った旭天鵬。
<あっ、またアレだ>と栃煌山は
今場所中の取組のプレイバックを阻止せんと
怒濤の勢いで前へ出た。
ぎりぎりのタイミングではたき込む旭天鵬。
0コンマ1秒遅れていたらアウト。
そのタイミングだ。

ものの見事に決まった。

<しまったぁ・・・>。
栃煌山の心境だろう。

ダモシは仕切りの最中、
ブラウン管を観ながらワイフに言っていた。

<同じ手を使うぞ、きっと。
 アレに勝負をかけるだろう>と。

常に先に手をついて仕切っていたのは、
そのタイミング=先手の左の張り
を図っているように見えたからだ。
栃煌山は仕切りの際に下を向かず、
きちんと旭天鵬を見たり、
ときに先に手をついたり変化をつけるべきだった。


*****

以上は、あくまでもダモシの主観である。
感じたことを
その心中を読んで書いたまでだ。
真実は本人にしか分からない。
だが、得てして本人の分からないところで
勝負ごとというものは進む。
第三者やセコンドの方がよく見えていることもある。

それはアントニオの空手の勝負も同様。
ちょっとした一つ一つの所作、周辺の空気感などが
紙一重の勝負に大きな影響を及ぼす。

その意味では、今回、三力士それぞれに
アドバンテージ、ディスアドバンテージとも
公平に訪れた。

結果的に、
琴欧州の休場が大きなアドバンテージ
になった栃煌山が、
逆にいい知れぬディスアドバンテージを背負った。

それぞれ期するものはある。
ただ、公平にモメンタムが付加された三人の中で
立ち位置的に
もう一つの重要な要素であるフロー状態を
ぎりぎりまでキープ出来た上に、
モメンタム付加のタイミングも最後の局面で
やってきた旭天鵬に
勝利の女神が微笑んだのは、
やはり理にかなっているのだ。

勝負における最高の結果。

これは毎回説いているように、
モメンタム、アトモスフィア、フローが
三位一体となって折り重なったとき、
生まれるものである、と。

結末としては、実にエモーショナル。
旭天鵬の苦節二十年での優勝。
おめでとう、である。


posted by damoshi at 22:36| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

ゴールデンスランバー


久しぶりの学び舎への帰宅である。
GW以来。

その間、フェイスブックは毎日のように更新。
かといって、本家ダモログをないがしろに
しているわけではない。

ダモログだけを読んでくださる方がいる。
フェイスブックを登録していない方もいるだろう。
フェイスブックに登録さえすれば、
「友だち」にならなくても見られるようにはしてあるが。

久しぶりの間も当然、ネタは満載だけれど、
全部書いていたらキリがない。

まずは途中まで書いていた関越道のバス事故の件。
その後、どうなったのか。

5/16のニュースで以下を見た。

:::::
関越自動車道の高速ツアーバス事故を受け、
バス会社や旅行会社でつくる
高速ツアーバス連絡協議会は16日、
運転手1人が客を乗せ運転できる夜間の
上限距離を450キロとする自主的な指針を
前田武志国土交通相に報告した。
(中略)
協議会によると、
一般的にバスがワンマン運転する距離は
東京−名古屋間の400キロ程度といい、
実態に合わせた。
:::::

とある。

まさにこれはダモシが強く説いていた距離と
ほぼ合致する。

ダモシはこう書いた。

:::::
ダモシの現場体感では、
先般記載の通り<400km強>がK点である。
自家用車でさえ、である。
430kmになると厳しい。だから400km強である。
バスに関しては"強"という曖昧さを消して
<400kmまで>というK点設定に見直した方が良い。
:::::

さらに「東京-仙台」「東京-名古屋」がK点だ、と。

:::::
横浜都民といわれるオールモースト東京の
横浜市の田園都市エリアの
横浜青葉ICを起点とするという意味での
<東京首都圏>からで考えた場合、

◆東北道なら仙台まで
◆東名なら名古屋まで
:::::

と、はっきり書いている。
詳しくはその寄稿を再度読んで頂きたい。

http://damoshiny.seesaa.net/article/268030637.html

ダモシは、自身の論は正しいという自負を持っている。
他人は他の論を持てば良い。
自分自身が遂行する場合、
自分自身が経験から認識した秤を正しいとする。
他人は勝手に自身の論を持って遂行すれば良いが、
こと、それが他人の命を預かるという責任において
遂行する場合は、ダモシ論を採るべきだ。

協議会の考え方はズレていない。
だが、甘い。
せっかくダモシと同じく東京-名古屋というK点を
認識していながら、なぜか夜間450km上限としている。
おかしい。ロジックが成り立たない。
そもそも国交省の役人どもの指針=670kmなんぞ
あり得ないわけだが、協議会のそれもまだ甘い。

<400km強>とすべきだ。
そしてエリア的秤としては
東京-仙台、東京-名古屋と明確にすべきだ。
実際、これがK点だ。
体力のある運転慣れしているダモシですらこれだ。
ダモシが仮に大型バスを多くのお客さんを乗せて
運転すると想定したら東京-仙台でも
かなり疲弊する。その往復なんぞもってのほか。

曖昧にせず、はっきりとしたK点指針を設定すべし。
だらだらしとらんで、さっさとせいよ霞ヶ関よ。
また起こるぞ?これ。


*****


最近も本を読んでいる。当たり前だが。

boook1.jpg

左がダモシの本。右がワイフ。
先週アマゾンで半額で購入した。

が、すぐに読みたいけれど、読めない。
まだ最近買って併読中の本や待機中の本があるからだ。

boook2.jpg

併読中の本は、右端の二冊。
<三陸海岸大津波>と<ゴールデンスランバー>。
前者は、吉村昭氏の著作で、
同氏のそれは<関東大震災>を先月読んだ。
生々しい筆致。
だが、こういう大作記録が残っているのに、
誰も参考にしなかったのだろうか?国は。
忌憚なくそう思う。同じことの繰り返しの気がする。

最近も相変わらずどじょうは政治生命うんたらかんたら、
あるいは「待ったなし」だと得意げに財務省のロボット化し
消費増税に血眼だが、
「待ったなし」はどっちよ?と。
震災復興はどうなったの?と。
こちらの方が「待ったなし」をとっくぎ過ぎているけれど?
と頭をポカリとしたくなる。
あの、どじょうの話し方とその際の表情。
これがどうにも生理的に忌々しくて、いつもため息が出る。
典型的な"よゐこ"型なのだが、
厄介なのはそういったベビーフェイス面しておいて、
結局は自分がすべて正しいと思い込んでいる
悪い意味でのセルフィッシュ性が潜んでいる点だ。
困った男だ。否、男としては、しょっぱすぎて話にならない。

<ゴールデンスランバー>は、読むのが遅いかもしれないが、
リアルタイムでは日本にいない頃だからしょうがない。
この本はある意味で、そういう永田町や霞ヶ関の"えらい人"
へのアンチテーゼの部分もあり、登場する面々へ共感度が高い。

久しぶりに「あ、これは面白いな」と感じられる。

今夜、寝る前にちょうど読み終わるか、といった感じ。

今週これを読んでいる。電車内と眠る前。
オフィシャル事案でのミーティング先に向かう
地下鉄内でも読んでいた。
本のストーリーに入り込んでいた。
表参道で降りて、地上に出て数分歩く間も、
ストーリーから抜け出せないでいた。

ミーティング先に着いた。
受付で声がけする。
〇〇ですが、〇〇様をお願いします、というふうに。

後者の〇〇様のところで、無意識のうちに
<ヒグチさん、お願いします>と言うダモシ。

相手はキョトンとしている。

<え?ヒグチですか・・・?>

ダモシは訝しがる。
<え?ヒグチさん・・・だったと思うのですが・・・>

<ヒグチという者は・・・ここにはいませんが・・・>

<え?あれ?>

ダモシは想い出した。
あっ! と。
ヒグチは
<ゴールデンスランバー>の登場人物の女性だったことを。

逢う相手が女性だったことから、
つい小説の中の女性の名を言ってしまったのだろう。
で、吹き出しそうになるのを抑えながら、
必死に名前を想い出そうとするダモシ。

<あ、すいません。間違えました。ええと・・・>

名前が出てこない。
いったん"ヒグチさん"という名に心と頭が支配されると
そこから抜け出せない。

逡巡する。(落ち着け!)と。
(たしか、背が高かったな。イメージ的には・・・)
ダモシは名前を覚えるのが苦手で、
たいてい身体的特徴や仕草、
明るい人かうるさい人か暗い人か落ち着いた人か
というタイプと「そこから想起される名前」の
イメージで覚えるケースが多い。

(明るかったな。ヘビー級だったか。大きかったな)

(プロレスラーの・・・。
 イメージ的には「トウ」がついた名前だったな)

咄嗟に出た。

<あ、ええとムトウさん、いらっしゃいますか?>

受付が言う。
さらにキョトンとしている。

<えっ・・・。ムトウもおりませんが・・・>

(しまったぁ・・・。あれ?でもトウはついていたぞ?)
(トウがつく名前といえば、なんだろうな)
(カワトウ、ゴトウ、エトウ?)
(違うなぁイメージに合わないなぁ)

と瞬間的にあれこれ考えていたら、急に想い出した。

<あっ。クドウさんだぁっ!>

いやはや。危ない、危ない。

これが逆に逢う相手が男性だったならば、
ダモシは受付で
<アオヤギさん、いらっしゃいますか?>と
やはり<ゴールデンスランバー>の主人公の名を
告げていたかもしれない。

気をつけなければ。

そういえばこの<ゴールデンスランバー>。
いつも以上に共感を覚えるのは、
ケネディ暗殺がモチーフになっていることの他、
舞台が「仙台」であることが大きい気がする。

ダモシもゆかりの「泉区」なども出てくるし、
先般の<祈りの旅>で訪れた
東松島の野蒜もわずかながら登場する。

もとよりこの作家が仙台在住で、
ダモシが生まれた東北大病院の、その東北大出身だそう。
親近感が沸く。
映画もそうだし、現在公開中の「ポテチ」も仙台だ。

<ゴールデンスランバー>。
読み終えたらDVDを借りて映画も観たいところだ。


*****


さてさて、空手は相変わらずだ。

その間、NY時代からの友人の厚意もあり、
宮内庁病院へアントニオ選手を連れ立って
MRI検査を受けていた。

いよいよボクシングのライセンスをとり、
今夏のボクシング全国大会へエントリーするからだ。

先般の伝統系防具付の優勝を経て、
フルコンタクト、グローブ(キック系)、伝統系の
優勝をすべて得た今、今後も変わらずだが、
異種格闘技であるボクシングに挑戦となる。

今週末はフルコンタクトの大会参戦で
来月は上旬に一日に二種目挑戦で
フルコンタクトと防具付、
そして下旬には伝統系があり、
七月は国立代々木第一体育館初参戦で
フルコンタクトでの未踏の相手との決戦の後、
八月にボクシング全国大会と続く。

アントニオ自身のマイナーチェンジ&フェーズアップを
またさらに現在進行形で、
今週末の大会はその過程での実験となる。

そして受けているダモシは、
ここのところ脳が、顔の位置でいうと目の上あたりになるが、
脳内の「目の上あたりから上」までがポワ〜んとしていて
イメージ的には「白くなっている」感じがするのだ。
さらにちょっと言葉がもつれるときがあり、頭痛も続いた。

ノーガードで頭で受けていたことで脳がダメージを負った
ことが明らかに感じられるのだ。

ノーガードで頭で受けることをやめて
グローブで受けることに戻した。
それでも必殺技ナイアガラの滝3種類を受けると
たまらずダウン。

いくつまで、あと何年、持つか・・・。

051812bb.jpg

051812aa.jpg

明日は、運動三昧。

まずは来週末の運動会での徒競走の練習だ。
カーブのあるコース。
アントニオの枠順は、大外枠。
展開を左右しかねない。
その枠順からの闘い方とコーナーワーク。
これをAM練習。

午後は明後日の大会へ向けた最終追い切りだ。

ダモシの身体が、持つか・・・。

posted by damoshi at 00:38| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

あり得ない670KM/per day-2


高速ツアーバスの事故に関しての寄稿パート.2である。

続々と報道で明らかになってきているが、
こうなってみて初めて暴かれる実態は常である。
かつて同バス会社に所属していた人が出てきて
「起こるべくして起こった」と語っていたが、
それはこの会社に限らないはずだ。

世の中、起こるべくして起こるその候補は多々潜んでいよう。

さて、先般ダモシが呈した疑問部分。

1=なぜ上信越道ではなく関越道を用いたのか
2=なぜ上限距離が670KMだったのか

まずは、2。
霞ヶ関(国交省)が指針とした上限670km。
これに関しては同じく霞ヶ関(総務省)が、
既に一昨年見直しを勧告していたという。
にも関わらず国交省は手をつけずにいたらしい。
これは、いただけない。論外である。

ダモシの現場体感では、
先般記載の通り<400km強>がK点である。
自家用車でさえ、である。
430kmになると厳しい。だから400km強である。
バスに関しては"強"という曖昧さを消して
<400kmまで>というK点設定に見直した方が良い。
無理ですから670kmは。
このK点設定自体が事故を誘発したともいえるのだ。
さっさと見直せ。いちいち時間をかけるな。

会社側の杜撰な管理や人づかいの荒さは、
ドライバーの弱みにつけこんだ横暴。
これに関しては霞ヶ関はきっちりと行政指導をすれば良い。

疑問の1だ。

なぜ関越道を用いたのか。

先般ダモシが可能性として記載したのは以下だ。

***
距離と時間の短縮が理由ではない。
となれば、心理的な理由か。
ドライバーは上信越道を走ることに抵抗があった。
関越道の方が好きだった。
そういうことは成り立つだろう。
***

もう一つは、

***
機能的要因があるとすれば、
二つの高速道路が交わる藤岡JCTまでの関越道上のどこかで
休憩時間に誰かと逢い引きすることになっていた
ということも考えられる。越後湯沢や水上など、で。
だから、どうしても長岡JCTからの関越道を
利用しなければならなかった、と。
***

心理的要因と機能的要因。
物理的な要因(距離と所要時間)は既に消えている。
上信越道を用いた方が短距離で短時間だから、だ。

どうか。

後者が合っている場合、
ドライバーはそんなことを正直に言うわけがない。

となれば、残る理由は、前者しかない。
<心理的要因>すなわち、
上信越道より関越道の方が好き/走りたい/走りやすい
である。

ドライバーはどう供述したか。
報道によれば
『距離も変わらないし、走りやすかった』。

この報道と供述が本当かどうかは
確認のしようがないが、
もし本当だとすれば、答えは合致している。

だが、疑念は残る。
ドライバーは金沢〜東京間の運転は初めてだったという。
初めてでルートにも慣れておらず
終始ナビを見ていたという乗客の証言からも察すると、
<関越道の方が走りやすい>となぜ思ったのか
ということである。

関越道の長岡ICから東京・練馬ICまで
走ったことがあったのか?
だとすれば
<休憩は三回したが、場所は覚えていない>
というのは、おかしいではないか。

<走りやすい>と心理的に感じて、
そのルートを選ぶからには、
その背景に既視感と経験値がなければおかしい。
既視感と経験値が心理的安心となって
その道を選ぶことにつながるわけで、
その既視感と経験値はつまり
何度も走ることによって備わるものである。

ドライバーは、
何度も関越道を(長岡IC〜東京・練馬IC間)を
走っていて、既視感も経験値もあるから、
金沢〜東京間の運転が初めてであっても
かつて知ったる関越道の長岡ICから東京・練馬IC間だから
安心だ、だから遠回りでもこのルートを採ろう
と感じたのならば、良い。

そしてそう感じるに至るからには、
どのサービスエリアもしくはパーキングエリアで
休憩したか、覚えていないとおかしい。

何度も走っていて
<走りにくい/走りやすい>双方感じる
東名、東北道、中央フリーウェイなどが
ダモシの中にあるとすれば、
休憩する場所もたいていルーティンで決まっている。

東北道で那須へ行くなら、ほぼ蓮田SAで休憩をとる。
佐野SAはまず避ける。

仙台まで行くなら(那須からでも/横浜青葉からでも)、
安達太良SAと国見SAだ。

中央フリーウェイで甲府へ行くなら
たいてい談合坂SAだ。

東名で横浜青葉から静岡以西へ行く場合は、
絶対に海老名SAには入らない。
海老名SAはオールウェイズ大渋滞で忌々しすぎるからだ。
たいてい富士川SAで休憩し、絶景富士を望む。
上りの場合は必ずといって良いほど足柄SAに入る。

というふうに、ほぼ決まってくる。

それを三度休憩したSA or PAを覚えていない
というのは、スタートから始終、
半分寝ていたということにもつながる。
そして既視感や経験値がなかったのではないか、と。

だとするならば、
なぜ<関越道の方が走りやすい>と思ったのか。

以上の理由から、
供述はウソなのではないか?
という大きな疑念を覚えるわけである。

本当は、先般も(大前提として最初に存在する理由)として
記載した、例の

<実は最初から寝ていて、
 上越JCTから上信越道に入るのを逃したのではないか?>

が、真実である可能性が増えたと考えるところである。

警察もきちんと問いつめたのか?
その供述に潜む上記のような矛盾点を。

<ほぅ。関越道の方が上信越道よりも
 走りやすいと感じるのは、それぞれの主観だから良いけれど、
 では、そう感じられる根拠は?実績は?>

と警察はドライバーに問うたのだろうか?

上信越道の方が普通に考えれば採るべきルート
=所要時間も距離も大きく異なる
であるにも関わらず、
<距離も変わらないし、走りやすかった>
とするロジックが成り立たないのである。

ドライバーは、上信越道と比較して
関越道が走りやすいと言ったのか、
関越道しか走ったことがなくて言ったのか、
関越道も一部だけ走ったことがあるだけで言ったのか。
それによっても異なるが、
その点も問うたのか?

両方とも相当なドライビング実績を持ち、
その上で自分としては関越道の方が走りやすい
と感じたのなら、それは主観だから、それで良い。
だが、休憩した場所も覚えていないようでは
実績はなかっただろうと推測する方が強く、
相対評価(上信越道と関越道を)する資格もないだろう。

そもそも
<距離も変わらないし>は成り立たない。
全然違う。マラソン一回分違うのを
距離も変わらないとは言えない。
単に知らないだけではないのか。

以上のように
ロジックが成り立たないことから、
心理的要因の合致した回答は消しとする。

つまり
<関越道の方が走りやすい>から関越道を選んだ
というのは却下である。

大前提としての
<実は最初から寝ていて、
 上越JCTから上信越道に入るのを逃してしまった>
から関越道を走った
という理由と、

もうひとつ、やはり差し戻しで
<関越道の休憩場所のどこかで
 誰かと逢い引きや逢瀬をする約束があった>
(含=どうしても行きたい/行かねばならぬ場所が
 関越道上にあった)という理由が、
可能性として残らざるを得ない。

どうしても納得がいかないのだ。
妙なこだわりが、ある。

なぜ関越道を選んだのか。分からないのだ。
知りたいのだ。
現在のドライバーの供述は、
ロジック的に成り立たないから信用出来ない。
他に何か真実があるのではないか。

タラレバは意味をなさないが、
どうしても気になるのだ。
関越道ではなく上信越道を走っていれば
事故が起こっていないかもしれないし
起こっていても死者は出なかったかもしれない、と。

会社の杜撰な管理やドライバー自身の疲労等、
原因はあるが、
このルートにも原因があった気がしてならないのである。

報道する側もこういう部分をもっと追求するべきだ。
それでこそメディアではないのか。
警察ももとより
<走りやすかった>だけで済ませてはならない。
なぜ走りやすいと感じられたのかを
ロジック的に成り立つかどうかまで問わなければならない。

ダモシ論で残った理由の二つ。
このいずれも、
それが本当ならば、本当のことを言えない内容だ。
だからそれを隠して、
<走りやすかった>と誤摩化している可能性は
大いに感じられるのである。

どうしても納得がいかない。

どうしても腑に落ちないのだ。
上信越道を選ばずに関越道をわざわざ選んだ理由が。


posted by damoshi at 00:22| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

GW-2012-3


以下、
まずは今宵フェイスブックに掲載した文を出張転載。
フェイスブック用デスマス調にて。

*****

ひとまずGWのバトルは終わりました。
20日にまた大会ですが、数日は緊張から解かれます。
今日は結果的に負けてトロフィーをもらうのは、
いかがかと思いますね。
準優勝や三位ならまだしも、
三位決定戦も負けて一日に二敗。
レベル的に皆、素晴しい選手なのは当たり前で、
すべて紙一重ですが、負ける相手でもなく、
内容的には技の豊富さは群を抜き、
押しているだけにポカというかツメの甘さでしょう。
敗因というよりも、課題ですね。

一ついえるのは、
体力面でいえば
毎度毎度、最低身長・最軽量なので
相手の方がパワーがあります。
一発の重みの蓄積がダメージになって
後半響いてくる。
この点のディスアドバンテージを
このレベルでもどう凌駕するか。

精神面あるいは頭脳面でいえば、
前半で明らかなるリードを持った場合、
うまく交わして「勝ち」をとりにいく
というスマートさがまだ足りず、
パワーで上回る相手に対して
真っ向勝負をしてしまう点。

フルコンタクトで、
パワーの上回る相手に対して
真っ向から<やり合う>だけでは勝てません。
そのエキセントリックな性格を、
少しでも冷静に勝利をとりにいくふうに
変えていくことも必要ですね。

勝ってばかりでは課題は見えません。
負けてばかりでも勝ち癖がつきません。
時に勝ち、時に負け、時に雨が降る。
今日は三つのうち後者の悪い二つが
重なったといえましょう。

4.29はラックもあったけれど、
今日はラックもなかったですね。

負けは良いのです。
しかし、「頑張ったから良い」ではもう
レベル的には済みません。
頑張るのは、大人の仕事もそうですが、
当たり前のことです。

毎回、敗北は良薬になっていて、
都度、フェーズアップやマイナーチェンジを
施す促しをしてくれます。
幼児から始めた空手ですが、
現在フェーズ.4のマイナーチェンジ過程で、
毎回手探りながら闘っているのですが、
同時に今回さらに明確になった課題の
インプルーヴ含めて、5.20に間に合うか
分かりませんが、フェーズ5の
マイナーチェンジをスタートしよう、と。

(今日のトロフィーは右。青枠。
 「負けてもらったトロフィー」は、
 トロフィー&メダルを収めている
 殿堂には入れずに、"屈辱のトロフィー"
 としてアントニオ選手が毎日目にする
 位置に置いておくことにしましょう)。

050312a.jpg

*****

といったところ。

一昨年冬の<大阪ナイトメア>。
同じく一昨年夏の<郡山のフリーズ>。
種類は異なるが、今日の敗北は、
またさらにリアルにフェーズを上げなければならない、
マイナーチェンジが必要だ、と感じた。

これこそが、良薬である。
先人はよく言ったもので
良薬は口に苦し、は本当である。

苦い敗北。本人も、怒られたからだけではなく、
自身も悔しい敗北だったろう。
帰宅後、必死に明るさを装うが、
やはり元気がなかった。

それで良い。
自身で悔しさを感じなければ、
一切の進歩はない。

こちらは後押しすべく補助する。
マイナーチェンジとフェーズ.5へのアップを開始だ。
その一つとして、「体幹力」のトレーニングを
取り入れる。

早速、帰宅後書店へ行って買ってきた。

050312b.jpg

技術的な面は順調であり
明らかにスキルアップしている。
精神面も引く弱さはない。だから心理面になる。

肉体面と心理面。
この両面をさらにインプルーヴする必要がある。
技術面の継続的なアップと共に
その二つがさらにフェーズ.5のマイナーチェンジで
加わっていくことになる。

5.20にすべてが間に合うのは無理だろう。
段階的に一つでも間に合えばというところである。




posted by damoshi at 23:35| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

あり得ない670KM/per day


交通事故は毎日起こっているのだろうが、
このところ自動車とバスの事故で
一般ゼネラルな部分で大きく取り上げられる事故が
相次いでいる。

京都の二つに一昨日の高速ツアーバス。
いずれもキョトンとする疑問が大いに存在するが、
一つにはいずれもその周りの責任も大きいということだ。

京都の二つはいずれも家族に責任が大きい。
分かっていて止められなかった部分がある。
そもそも、運転に大きな支障をきたす持病を持っていたことや、
無免許で夜な夜な車を乗り回していたことは論外で、
それぞれ家族が(前者は雇い主側も)歯止めをきかせられなかった
ことは大きな罪だ。

夜な夜な無免許で車を乗り回すなど
世の中をナメ切っているとしか言いようがない。
ダモシなら、
己が息子がそんなことをしていようものなら、
その時点で鉄拳制裁を加えるだろう。

仮にその年頃にあって今より当然アントニオは
強くなっているだろうが、
己が直系遺伝子がどんなに強かろうが
鉄拳制裁とオーラの恐怖で黙らせられないようでは
父親として失格である。

ほとほと、ナメたガキが多くなったニッポンも。
オトナがだらしないからである。
怖いオトナがいないからダメなのだ。
ダモシにはナメた態度はとらないが、
仮に少しでもそういうクソガキがいたら容赦しない。

オトナや年長者が、世間の怖さを教えなければならない。
ナメたガキはキッス・マイ・アスさせなければならない。
されたかないが。


*****


さて、高速ツアーバスの事故である。

メディアでも取り上げられているが、
この場合、そのルートに疑問がある。

昨年、関越道と上信越道をメインに北陸道も含め、
多く走ったから、より実感として疑問に感じる点があるのだ。

むろんドライバーには、
飛行機のパイロットと同じように
乗客の命を預かっているという責任感が欠乏していたのは
言うまでもないが、これもまた周りの責任も重い。
この場合は、雇い主側の責任及びその業界全体の責任である。
その点はきっちりここは司法のもとで裁かれるべきだが、
ドライバーが採った<ルート>に対する疑問を中心に
ここでは取り上げたい。

ささっと書いた。

こうだ。

050112kan.jpg

黄色いラインが上信越道。
昨年、拙宅の横浜市青葉区から
緑のラインの関越道を通ってブルーの藤岡JCTで
上信越道へ入り、長野へ行った。長野市内で仕事を終えて、
その日のうちに上信越道の終着点「上越JCT」まで走った。

赤いラインの関越道。
これも昨年、高崎や前橋、伊香保へ行った。
おまけに高崎から右へ出ている点線を逆回りに
東北道の岩舟JCTから足利を経て横断もした。

上越へ行った際は、
田中角栄のホームや柏崎の原発、出雲崎など
日本海側の北陸道を走った。
黄色い円の上越JCTを起点に
そこから西の富山・石川両県へと向かう流れになる。

だからその逆、すなわち石川県の金沢を起点に
東京へ行くならば、通常、採るべきルートは一つだ。

北陸道を北上し、上越JCTで上信越道に入り、
上越高田を経て長野に入り軽井沢や富岡を通過して
藤岡JCTでいよいよ関越道へ入れば間もなく埼玉
という流れである。

実際に日本海側を昨年走っているが、
上越JCTから長岡JCTまでは相当距離がある。
その距離をわざわざ走ってまでして
長岡JCTから関越道を利用して東京へ向かう理由は
何だったのか、という疑問を真っ先に覚えたのである。

上信越道と関越道を比較すると、私見だが、
前者の方が走りやすい。
一気に上越JCTから東京・練馬ICまで走ったが、
うんざりするほどの距離感を覚えなかった。
むしろ練馬で下りてからの一般道の環八の方が
よっぽどうんざりした。

なぜ、長岡ICまで遠回りして関越道を利用したのか。

A:東京・練馬IC〜長岡JCT間=247.003km/186分
B:東京・練馬IC〜上越JCT間=282.97km/226分

一つ考えられる理由は、これか。
練馬がゴールではない高速バスツアーだが、
練馬はどのみちルート的には避けられない
共通の通過点であり「東京」という括りでは
ここを標準点と見なすことはできる。
そういう意味では
長岡JCTから関越で一気に練馬まで来た方が
距離も所要時間もかなり短縮される。

しかし、である。
上越JCTから上信越道を選ばずに、
北陸道を余分に長岡JCTまで走ることのムダを
無視することはできない。

<北陸道>
C:上越JCT〜長岡JCT間:76.294km/67分

この分を先の距離/所要時間に加算してみると、
こうなる。

A:東京・練馬IC〜長岡JCT間=247.003km/186分
+
C:上越JCT〜長岡JCT間=76.294km/67分

323.297km/253分
 
B:東京・練馬IC〜上越JCT間
=282.97km/226分

結果、Bパターンのルートである
"通常採るべき"はずの上越JCTから上信越道利用の方が
距離にして40.327km、時間にして27分の
それぞれ短縮になる。

距離は、ほぼマラソン一回分に相当する。

<なぜ長岡JCTまで走っていって関越道を利用したのか>。

距離と時間の短縮が理由ではない。

となれば、心理的な理由か。
ドライバーは上信越道を走ることに抵抗があった。
関越道の方が好きだった。
そういうことは成り立つだろう。

むろん、誰もが思い浮かべるのは、
既にスタート時点から疲れていて眠くて、
単に居眠りをしていて
上越JCTから上信越道に入るのを逃してしまった
という理由は大前提として真っ先に考えられる
ことであるから、それは除いて考えるわけである。

そうするともう、<心理的要因>しか考えられないのである。

機能的要因があるとすれば、
二つの高速道路が交わる藤岡JCTまでの関越道上のどこかで
休憩時間に誰かと逢い引きすることになっていた
ということも考えられる。越後湯沢や水上など、で。
だから、どうしても長岡JCTからの関越道を
利用しなければならなかった、と。

"タラレバは考えてもしょうがない"という常套句がある。
だが、人間は生き物である。考える葦である。
人間には心がある。
だからこそ、善くも悪くもifやタラレバを考える。
まったくタラレバを考えない場合は、
あまりにも非人間的である。

ここでタラレバを考えた場合、
"通常採るべきルート"である
上越JCTから上信越道というルートを採って走っていれば
もしかしたら事故は起こっていないかもしれない。
その可能性は否定出来ない。
仮にやはり居眠りで事故を起こしたとしても
上信越道を走っていれば構造が違う分、
死傷者を出さずに済んだかもしれない。
それも否定出来ない可能性である。


*****


もう一つの疑問。それは霞ヶ関に対する疑問だ。

霞ヶ関が、おそらくこれまた彼らお得意の
<机上の空論>で設定したであろう
高速ツアーバスが
『一日に一人で運転出来る距離の指針』=670km
に対する疑問である。

これを知った瞬間、仰天した。
一日で670kmも
大きなバスで高速道路を運転して良いのか?と。
率直な疑問である。

ヘヴィーなドライバーなら分かるだろう。
どれだけそれが、つらい距離か。

ダモシは、霞ヶ関と違い
己自身で運転しているからリアルなところでの
事例を示すことができる。

以下、事例だ。
よ〜く見て欲しい。

一昨年末、大阪へ走った際の事例。
起点は横浜市青葉区。
万博記念公園(大阪)を経て大阪中心部まで約480km。
東名高速の入口から包括的な位置での大阪までで、
かなり限界だな、と感じた。
その距離、繰り返すが、約480km。

ここ二年で、一日に断続的に運転した最長距離。
それが一昨年夏の東北遠征。
横浜市青葉区から山形県の山寺まで一気に走り、
その後、岩手県の平泉(中尊寺や厳美渓)を周り
逗留先の一関市内中心部までを走った。
その際の距離は、約600km。
かなりの時間をそれぞれのエクスカージョンでとったから、
連続したドライビング時間は
東名入口から大阪まで行ったときに心身とも覚えた疲労感は
軽減されたがしかし、<うんざり>した。
繰り返すが、その距離、約600km。

昨春の東日本大震災後に
同じく横浜市青葉区から那須(栃木)を経て
仙台市泉区(宮城県)まで行ったり、
先般の<宮城〜祈りの旅>での仙台まで深夜の一気走りなどは、
約415km。

先般、到着直前、車中でワイフに呟いた台詞が以下だ。

<東京〜仙台が、ぎりぎり我慢出来る長距離だな>。
<東京〜大阪はそれを超えるから厳しい>。

である。これがリアルな実感だ。

大阪遠征の帰路も厳しかった。
大阪市内中心部から滋賀県で下りて彦根城まで走り、
その後一気に横浜まで戻ってきた。
異様な疲労感を覚えたその走行距離は、約530km。

昨年の初夏の愛知〜岐阜〜滋賀〜福井遠征。

初日は、
犬山城(愛知)まで一気に走り、
逗留先の大垣市内中心部(岐阜)まで約380km。
翌日は、
岐阜から滋賀を経由して福井県の東尋坊まで。
永平寺その他を寄って戻り最後は滋賀県の長浜。
距離にして約305km。

この二つはまだ余力を残していた。
<まだ、もうちょっとは大丈夫かな>と。

その他、近5年での主な長距離で見れば
那須(栃木)→鹿角市内中心部(秋田):約450km
青森港(青森)→仙台市泉区(仙台):約350km
北の某国内の
函館市内中心部→札幌市内中心部:約310km
札幌市内中心部→襟裳岬の往復:約460km
札幌市内中心部→最北端の宗谷岬:約375km
が挙げられよう。

那須〜鹿角の450kmと札幌〜襟裳岬往復の460km。
これは這々の体になった。
心身ともに重たい世界観で疲労感が滲み出た。

東京〜大阪になれば、
赤ちゃんのように<イヤイヤ>したくなる世界。

以上を総合的に見た場合、
ダモシに関しては、<東京(&横浜市青葉区)〜仙台>の
400km強程度が、長距離を走る上で
やめておくべきK点と考えられるわけである。
数多い長距離ドライビング実績から実感出来る数値だ。

他の人はもっとタフかもしれないから一概にはいえない。
だが、一つの実体験をもとにした考え方として

<東名横浜青葉IC〜仙台泉IC>
=東京首都圏〜仙台中心部間の約400km強

が、ダモシが提示するとすれば「指針する」距離になる。

それに従えば、
<東名横浜青葉IC〜京都市街地>間(437km)は、
やや超過してしまう。実際、遠く感じ、疲労感を覚える。
東名を西へ行く場合は、距離は短くなるが(約330km)
名古屋までが腹八分で最適なK点となる。
なぜならば東名の場合は<静岡県>が異様に長く、
静岡県内を走っているだけで心理的抑圧と精神的疲労が
他の路線よりも過度に加わるから、
その分を70km分と換算して、東名の場合は<東京〜名古屋>
をK点とすることが賢明に思われるわけである。

よろしいでしょうか。

横浜市の中心部ではありませんよ?
横浜都民といわれるオールモースト東京の
横浜市の田園都市エリアの
横浜青葉ICを起点とするという意味での<東京首都圏>からで
考えた場合、

◆東北道なら仙台まで
◆東名なら名古屋まで

とし、

高速の入口までの環八や何やらが
たいへんストレスフルな中央フリーウェイや
上信越道の場合は、それより距離が短くなり、

◆中央フリーウェイなら松本城まで
◆上信越道なら上越市内まで

がK点と設定した方が賢明である。

霞ヶ関の一流大卒者たちが弾いたK点は、
繰り返すが、670km。
しかも大きなバスである。自家用車を運転するのではない。
670km。

これは、大きな指針ミスであると断罪する。
彼らは実際に自分で運転した上で
弾き出した数字なのか?
到底、そうは思えない。

仮に東名・横浜青葉ICから670kmといえば、
どこまで行くのか?

あぁ驚いた。
そのまま西へ進めば
広島県福山市がもうすぐの岡山県笠岡市まで到達してしまう。

神戸から西へ行かずに南へ進んで明石海峡大橋を渡れば
淡路島をも通過して、鳴門大橋まで渡れる距離で、
さらに進むことができて、鳴門市、徳島市、小松島市をも通過。
何とまぁ南はオールモースト高知の阿南市南部まで
行ってしまう。

愛知から南へ折れて三重県ルートを走れば、
驚くことに熊野古道まで行くことができてしまう。

どう考えてもこれはあり得ない。

そして最高の合致距離。
もしかしたら霞ヶ関の連中は、
この高速道路の距離を秤として指針=670kmを
弾き出したのではあるまいな?

日本で最も長い高速道路。
さふ。東北自動車道。
その全長距離は、679.5km。

ほぼぴったりである。指針の670kmと。

東北自動車道は周知の通り
川口JCT(埼玉)〜青森IC(青森)を走る道路だ。
ダモシはこれを完遂したが、
一日で長く走っても、以下だ。

青森IC〜仙台泉IC  約333km
川口JCT〜仙台泉IC   約350km
那須IC〜鹿角八幡平IC 約440km

前述した通り、
那須〜鹿角(秋田)は苦しかった。
K点である約400km強をわずかばかり超えているからだ。

これでも苦しいのに、
川口JCTから東北道に乗って
一気に青森ICまで走れ、と?
走っても良い、と?
しかも大事な乗客の命を預かりながら
大きなバスをこの距離、運転して良い、と?

忌憚なく、これは間違っている。

あり得ない670km。
アホか、と。

先般の、東松島の避難所の指定ではないが、
国や行政は、ほとほと何をしとるのか、と。

いいかげん<机上の空論>はやめて、
何か指針をするならば、
己の足で歩き、己の肉体を使って運転し、
現場感を身に染み込ませた上で、指針しろよ、と言いたい。

それが国民から税金を巻き上げて、
それを己が給料として手にしている者の
レスポンシビリティではないのか。


posted by damoshi at 01:00| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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