2008年08月06日

牧水と小枝子が泊まったのはどこなのか:百草園









ダモシが
奇妙なシンパシィを覚える存在。

そのひとりに、若山牧水がいる。


行動形態に
共通する何かを感じるのである。







*****







まずは
宮崎県東臼杵郡の坪谷という地で
生まれた牧水の、

<旅>と<転居ムーヴィング>、
そのレジメを紐解いてみたい。


1904年、

牧水十九歳で
早稲田大学に入学して以降をその対象とした。



1904年:
早稲田大学へ入学。
ここで東京にムーヴィング。生涯通算五度目の転居。

1905年と1906年は
それぞれ現代の大学生に等しく
実家(坪谷)へ帰省の旅に留まる。

牧水のムーヴィングと旅が
本格化するのは1907年からである。

その傾向は
下記にまとめてみるが、顕著である。



その背景のひとつには
或る女との出逢いが存在している。

それが当欄の主題でもあるが、
牧水が熱烈な恋路を走り
やがて破局する<園田小枝子>とのロマンスである
(後述)。







*****







1907年:
問題の<園田小枝子>と邂逅。

この年も実家に帰省した牧水だが
例年と異なるのは
その前後に旅を付け加えていることである。

坪谷への帰省旅行の往路で
岡山・広島などをメインとする
<中国地方への旅>を行う。

そして復路ともいえる坪谷到着後は
同じ宮崎県内だが
<サウス宮崎の旅〜油井その他>へ出かけた。

再び上京した牧水。
小枝子も上京。
東京家政大学に通っていたとされている。

東京で再び逢瀬の牧水と小枝子は
武蔵野エリアを散策デート等をする。

年末には千葉白浜・根本海岸へ宿泊旅行を敢行。
いわゆる"しっぽり旅行"である。

まさに牧水と小枝子の恋の炎は、燃え滾っていた。



1908年:
小枝子との恋路の炎はさらに燃える。
牧水は、東京に居続ける小枝子と逢瀬を重ねる。

前年末の千葉につづき
この年の春には"或る場所"を二人で訪れて
宿泊旅行を楽しんでいる。

その後、
牧水は<軽井沢旅行>を楽しみ
復路で<碓井峠越え>を果たして東京に戻ってきた。

いわゆるこの旅は
その夏に早稲田を出ていることから、
現代でいうところの"卒業旅行"と考えられる。

年の瀬迫る頃合い、
牧水は新宿区若松町に転居ムーヴィング。
この家での小枝子との結婚生活を夢見た。



1909年:

自身のメディア創刊という夢を抱いていたが、
資金不足に喘ぎ実現へままならずにいたと同時に
小枝子との結婚を考えていた牧水は、
柄にもなく"就職"を決意。
大卒後はじめて社会人になる。

だが根本的にサラリーマンは合わなかったか牧水、
就職した新聞社をわずか五ヶ月で退社。

苦悶の牧水は、千葉・布良海岸へ旅をする。

さらには
なかなか願望通りに事が進まない
小枝子との恋路を思慕して

かつてふたりで訪れた"或る場所"へひとりで訪れる。




1910年:

小枝子との関係がドラマティックに動き出す。

苦悩の中で牧水は
<さすらいの旅〜長野・山梨>へ向かう。

途中、体調を崩して長野・小諸市で
ドクターにかかる。

そこへ<女児を出産した小枝子>が現れ、
翌朝にはまた消える。

ここで何があったのか。

また旅先でひとりになった牧水だが
気丈にその後、鹿沢温泉へ出かけた。




1911年:

ついにこの年、
牧水と小枝子の五年に及ぶ
ハニームーン期が終わりを迎える。

小枝子、東京を去り国へ帰る。
小枝子は人妻だった。


牧水は書簡で
<頭がぐらぐらする…>と
そのショックのほどを滲ませる。


しかしながらその一方で牧水はこの年、
デスティニーたる女性と出逢う。

失恋の痛手が半年も経たぬうちに、
太田喜志子と恋に落ちる。

以降、牧水の熱烈なプロポーズ大作戦。



この年は
女性との別離と出逢いが重なり
忙しかったのか、旅に出た様子はない。




1912年:

この年も牧水にとってエポックであり、忙しい。

喜志子へのプロポーズと結婚。
友人・石川啄木の死に水をとり、
さらには
実父が病に倒れて死去。

それだけではない。

自身のメディア(雑誌)を創刊して
事業を開始するが
創刊第一号だけで資金が底をついて廃刊。


・結婚
・父の死
・友人の死
・事業立ち上げと失敗

と大きなエポックが重なりも重なった。

さぞかし旅行どころではなかったろう
と想像するがしかし、
しっかり旅をしていた牧水。

・長野旅行
・三浦半島旅行

の他、実家と東京の行き来をした。


しかし
事業を立ち上げたは良いが、
メディアが一号だけで廃刊したとはなにごとか。

よほど事業計画が杜撰だったのであろうか。





1913年:
運気が盛り返した牧水。

年初、<九州地方の旅>に出る。

春にはまた九州にやってきて
宮崎・美々海岸で友達と戯れる。

四月、長野へ。ここで長男が誕生。
名を"旅人"と付ける。

梅雨の頃合い、
東京に戻って一家揃っての生活がはじまる。

勢いに乗る牧水は
前年破綻したメディアを再創刊。
どこにそんな資金があったのか。



1914年:
しかしながら、やはり失敗。

経営は行き詰まり
メディアは年末に他誌に吸収される。


1915-1916年:
神奈川県三浦に転居ムーヴィング。
長女、誕生。

<東北地方の旅>を経て
また東京に転居カムバック。
今度は小石川に居を構える。

通算七度目の転居ムーヴィング。



1917年:

懲りもせず牧水は、
吸収されたメディアを単発で復活刊行させる。
ものすごいヴァイタリティである。


1918年:

この頃から牧水は旅を活発化させていく。

・鎌倉
・沼津
・土肥温泉

と旅を連発。

さらには次女誕生直後から
<関西地方の旅>に出た牧水。

既に長男と長女がいて未だ小さい上に
今度はベイビーである。

喜志子の育児の大変さを考えたら
そうそう旅に出られるものでもないと考えるが、
牧水は出かけている。

寅さん、か。




1919年:

米国では
シカゴ・ホワイトソックスのメンバーによる
ワールド・シリーズでの八百長事件
<ブラックソックス事件>が勃発。

その頃の牧水は温泉が趣味になったのか
温泉旅行を連発している。

・浅間温泉の旅
・軽井沢/星野温泉の旅

で湯につかった牧水。

しかも紀行文<比叡と熊野>を発行している。
やはり、ただ者ではない。




1920年:
牧水の温泉フィーバーは加速。

今度は
<天城越えの旅>を経て
湯が島温泉で湯に浸かる。

たっぷり英気を養ったのか、
また転居ムーヴィングで
今度は静岡県沼津市へ通算八度目の転居。



1921年:
次男"富士人"、誕生。
それでもまた育児を喜志子に任せて旅に出る牧水。

・長野の白骨温泉
・上高地
・<飛騨〜高山〜木曽の旅>
を実行した。

またも紀行文<静かなる旅をゆきつつ>を発行。
ここまでくると、恐れ入る。




1922年:
二度目の<伊豆・湯が島温泉への旅>。

さらに<利根川上流地帯の旅>で
群馬・栃木・長野などをめぐる。


1923年:
衰えない牧水。

・<千曲川上流地帯の旅>
・<秩父行>

を遂行。



1924年:
牧水、不惑の年齢に入る。

いよいよ初めて長男・旅人を同行して
<九州めぐりの旅>へ出る。
そのゴールは実家だった。

そして
夢よふたたびとばかりに
メディア発行のための事業立ち上げと
オフィス兼住宅となる家を建てるべく奔走。

その間、
同じ沼津市内で転居ムーヴィング。
通算九度目。

飽くなき野望。




1925年:
大阪で資金集めの旅を経て
秋に新居兼オフィスが完成。
記念すべき十度目の転居。

新居完成の祝いと事業開始の前祝いか
また旅に出る牧水。
すこしは節約したらどうかと思えてくる。

しかもまた温泉だ。

<別府温泉、湯煙の旅>の他、
九州各地をめぐった牧水。




1926年:

新事業での新雑誌を創刊。
夢溢れる牧水。

しかし
またもや資金繰りが悪化して
あえなく廃刊。

一年も持たなかった。
無念の牧水。

それでも資金を得ようと全国各地へ旅に出る。

ここからの牧水の旅は
いわゆる揮毫の旅となっていく。

初の海外遠征で北海道国。
そしてニッポン国内各地を回る。

ちなみに北海道国では
美瑛エリアにほど近い上砂川で句を詠んでいる。



牧水は揮毫をしながらも
大酒を食らっていた。

そして
次第に肝臓を病んでいく。





1927年:

二度目の海外遠征で朝鮮へ。

帰路で
さらに九州各地の旅をして
実家へも立ち寄ってから、
沼津の自宅へ帰還。

しかし既に体調は悪化していた。



1928年:
肝硬変により死去。
享年、43。








*****









分かっただけで
生涯で通算十度、転居している牧水。

43年間で十回。

ダモシは現在生涯42年。
その間の転居は十八回。

43分の10の牧水を、42分の18で上回る。
しかもダモシの場合は
海外転居も含まれている。


だが
これはダモシが希有に多いわけで、
一般的に見れば
牧水の転居レジメは明らかに多い。

牧水は立派な<引越魔>だったと考えられよう。






旅に関しては

下手をすれば牧水は
ダモシの上を行くかとも思われるが、

それでも07年2月-12月の

・ニューヨーク〜東京〜札幌〜東京〜ニューヨーク
・ニューヨーク〜東京
・東京〜那須
・那須〜秋田〜青森〜函館〜洞爺湖〜札幌
・札幌〜仙台
・仙台〜青森〜函館〜札幌
・複数回の東京遠征
・北海道国内各地



今年八月現在までの

・美瑛富良野(北海道)
・流氷への旅(北海道・紋別)
・札幌〜仙台〜札幌
・日本三景(宮城・松島)
・最北端の旅(北海道・稚内&宗谷岬)
・美瑛富良野〜層雲峡(北海道)
・三度の東京遠征と都内各所
・東京〜札幌
・札幌〜函館〜青森
・逆おくのほそ道(松島〜仙台〜那須)
・本妻復帰の旅

があるダモシの方が、

過去の北米大陸その他世界と
日本全国通算で考えても
上を行くと判断できるが、

それでも一般的に見れば
牧水の旅レジメは相当なものである
と考えられよう。





牧水は東京と沼津で
ダモシはニューヨークで
それぞれ雑誌メディアを立ち上げた点でも類似している。


むろん
子だくさんの牧水に対して
子は一人のダモシでは相違はあるが、


総合的に見て

ダモシが
「対象」としてシンパシィを感じ得るに
値するような類似項の多い存在
の一人が、

若山牧水といえるわけである。










*****









その牧水が
結婚する前の熱愛として
夢中になった相手が、園田小枝子。

だが小枝子は人妻だったという
悲しいオチ。

当時は未だに姦通は大きな罪で、
いわゆる不貞は
ノーダウトでギルティになっただろう。

それでも
不貞を働きつづけた小枝子とは
いったい何者だったのか。
実に興味深い。






当寄稿の主題。

それは
東京で早稲田大学生として
日々を送る牧水と
小枝子の逢瀬の舞台たる<百草園>。




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*****









正式名称は<京王百草園>。

京王線・百草園駅下車。


住所エリア表記では
土方歳三のホームである
東京都日野市に該当する
(京王沿線には土方歳三縁の地が多々ある)。





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早稲田大学生だった牧水は、

当時居住していた新宿から
どうやってここまで来たのか。
なぜ来たのか。

そのあたりは分からない。



江戸時代の1716年に

小田原城主・大久保候の室が
徳川家康の長男追悼のために
松連寺を再建した後に造園された庭園
というヒストリーを持つ百草園は、

牧水の頃にも既に名所だったようであり、

牧水が
江戸時代の名園という由緒と風情と
静かで都心部から遠いというエルミタージュ性
を重んじて

逢瀬の舞台としてこの地を選んだ
と推測することができるか。







山になっているこの地は

たしかに隠れ家としての
エルミタージュ性を有している。

頂から遠望すれば、

現在では西新宿摩天楼や
府中と調布のビルヂング群が視界に入るが、

牧水が住んでいた時代の新宿には
未だ高層ビルヂングは
存在していないだろうからして、

遠望しても
俗世感に取り戻されることなく
浮世離れの時間を享受し得たのであろう。




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*****








この百草園には
牧水の歌碑が立っている。


いわば牧水にとっての
かなり濃い想い出が詰まった場所といえようか。



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この歌碑を設計したのは、
誰あろう
牧水の長男たる"旅人"氏であった。


写真右から

<山の雨しばしば軒の椎の樹に
 ふり来てながき夜の灯かな>

<摘みてはすて摘みてはすてし野の
 はなの我等があとにとほく続きぬ>

<拾ひつるうす赤らみし梅の実に
 木の間ゆきつつ歯をあてにけり>





たしかにここ百草園には、
大きな大きな椎の樹がある。
摘む多くの草花がある。
大きな梅の木がある。

頭上から梅が落ちてきた。




mogusaume.jpg



百草園名物のひとつである梅の木、<寿昌梅>。







mogusa4.jpg


これが百草園に入って
いきなり最初に出てくるメインの歌碑。

<小鳥より さらに身かろく うつくしく
 かなしく春の 木の間ゆく君>


愛おしい小枝子への想いと、
優しい眼差しで溢れた歌と感じられる。







牧水は小枝子と共に
デートでこの百草園にやってきた。

そして
その歌を詠み、ここに"泊まった"。

この
<百草園に泊まった>という部分に
ダモシは引っかかりを覚えた。

百草園内の説明板にもはっきりと
<百草園に泊まった>と書かれてある。

これはどういうことか、と。

当時の百草園には
宿泊施設があったのだろうか、と。




考えられる施設は以下の二つ。

まずは<三擽庵(さんれきあん)>から二枚。



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しかしながら
この茶室は1957年に建築されたというから、
時代は合わない。



もう一カ所。

百草園のメイン部分に
前述の寿昌梅とともにある<松連庵>。



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この風情と茅葺屋根の家屋は時代を感じさせ
<ここか?>と思わせた。

家屋部分ではない、
現在の入り口側は
蕎麦を食すことができる休憩所になっている。



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ざるそばオンリーの
この風情もまた時代を感じさせる。

しかしこの家屋の説明がない。
受け取ったリーフレットにも記載がない。









*****








またぞろ取材癖が出るダモシ。



<ちょっとお聞きしたいことがあります>
と切り出し、取材を開始する。





<若山牧水が
 恋人の小枝子と来たのが、この百草園ですよね?
 で、園内の記載にも"百草園に泊まった"とあります。
 二人が泊まった場所は上にある松連庵ですか?>

と。




係員は言う。

<違いますね。
 そもそも百草園は宿泊できる
 場所はありませんでしたからね>


<なるほど?
 では"泊まった"のはどこですかね?>

<それは分かりません。
 ただ、ここには泊まる場所はありません>

と答えながら係員は
百草園自体のヒストリーを語り始めた。





もともと豪農の私有地だったという百草園。

豪農氏は
無料で市民に自然鑑賞の場を提供していたらしい。

その当時の百草園は、荒れ放題だったという。
後に、この地を京王電鉄が買収した。

京王電鉄は
百草園を<京王百草園>として整備した。

有料化して
都民や市民に提供しはじめたのは
2000年代に入ってからのことだという。


しかも
当初は名物である梅と紅葉、
この二つの季節のみ
入園料を徴収して提供していた、と。
(現在は通年、300円の入園料)


係員はアルバムを取り出して
<梅の時期はこうなりますよ>
<ほら。紅葉はこんなにキレイですよ>と披露した。



肝心の、牧水と小枝子の宿泊はどうなったのか。

<ところで、牧水と小枝子の宿泊場所は
 一体どこだったのでしょうかね>

<そもそも"百草園に泊まった"
 という台詞の意味はどういうことでしょう>

と問う。

しかし困った表情の係員。

(<仕方ないな…>)と割り切ったダモシは

<まあこのエリア全体を百草園としますかね?
 だとすれば、現在の駅前や
 いずれにせよ山の下に当時は宿があった
 のかもしれませんよね>

と話を妥結しようとした。


係員も
<そうかもしれませんね>
と合わせてくれたら良いのだが、

それでも
<いや。当時も宿はないでしょう>と言う。


(<そう言ってしまったら、
 "百草園に泊まった"という
 意味が消滅するではないか…>)

と心の中で呟きながら、ダモシは退散した。



そして同行者に語った。

<どうですかね、泊まった場所は…>



同行者は言った。
<当時なら、山の下に民宿があったでしょう>





かくして
<若山牧水と園田小枝子は百草園に泊まった>
の回答は、

この京王百草園の園内宿泊施設ではなく、

現・京王線百草園駅周辺
並びに百草園の山の下エリア一帯のどこかに
存在した(かもしれない)宿に泊まった
という結論になった次第である。







人生という大きな旅においては
どうでも良いことかもしれぬが、気になったのである。






それにしても

<百草園に泊まった>という記載は、

<百草園に泊まった>という解釈しか
できないのだが、


実際には、
百草園には今も当時も宿泊施設はない。




ならば、
なぜ<百草園に泊まった>という
記録が残されているのだろうか…。


もしかしたら
京王電鉄が買い取る前の百草園は
豪農の私有地だったというから、

牧水と小枝子は
その豪農の家に泊めてもらったのではないか?

とも考えられようか…。




とまれ牧水は
小枝子との逢瀬で百草園に来た。

そして、この園内で至福のときを過ごしたのだろう。


一年後、牧水は
ふたたび百草園を訪れている。
ひとりで。

そして詠んだ句が
先に写真掲載した
三つ並んだ歌碑のうちの一つ
であるらしい(が、真偽のほどは分からない)。




最後に雑感と花を。




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そして、松尾芭蕉。



mogusazakkan5.jpg










:::::





<京王百草園>

京王線利用。
新宿→府中(特急or準特急)
府中→百草園(ローカル)
合計約30分。

百草園駅下車、徒歩約8分。
9AM-5PM/入園料:300円。

園内散策所要時間の目安:30-50分。

















posted by damoshi at 17:00| 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする