2008年11月03日

<横浜アリーナ>の想ひ出:<突然グロリア・エステファン事件>その他を振り返る










横浜アリーナが出来たのは、1989年。



ダモシが社会人になる前年、
大学五年生の時である。



だからか、

まさに出来立てホヤホヤ

旬の

最新アリーナへ

足しげく通ったのは、



1990-1995年の五年間が

メインとなる。






主要なところを挙げてみる。




■LIVEコンサート


松任谷由実

チャゲ&飛鳥

杏里

ホイットニー・ヒューストン

グロリア・エステファン&
ザ・マイアミ・サウンドマシーン




■スポーツ


アントニオ猪木35周年イベント:
アントニオ猪木&
タイガー・ジェット・シン
VS.
ビッグバン・ベイダー&
アニマル浜口



NBAバスケット日本公式戦:

ヒューストン・ロケッツ
VS.
シアトル・スーパーソニックス





その他、となる。



記載したものすべて

1990-1995の間のものである。







横浜メイン・エリアにおける

三大
スポーツ&LIVEファシリティは、



横浜文化体育館

横浜スタジアム



この
横浜アリーナ


が加わったわけであり、


1989年以前は、

当欄にも既載したように


横浜スタジアムでの
安全地帯LIVEや

横浜文体での
鶴龍対決


などを観戦するなど

その二つのファシリティが
メインになっていたが、



横浜アリーナ登場以降の

とりわけ
初動の90年代前半は


ダモシもまた

世の趨勢と時流に従い

横浜アリーナで乱発された
イベントに出かけていたのであった。







yokoare3.jpg









*****









まず、このアリーナ。



これはもう

スポーツには適していない



当時感じたものである。




アリーナでありながらも

どちらかといえば、

LIVEコンサートにこそ適した
見事な音響と

観客席ポスチャー

を機能的に満たした
ファシリティである


というのが、


ダモシの認識である。





それは日本武道館の数倍良く、

ホール系での
大宮ソニック・シティ


アリーナ系での
横浜アリーナ


という認識を持つほど、


良かった記憶がある。




収容人員は最大で17,000人と

大きい。



だが

ニューヨークの

例えば
マディソン・スクエア・ガーデンと
比べると、


同じNBAバスケットを観戦した際の

相対評価でいえば

横浜アリーナは
格段に劣る。



比べる相手が悪すぎるが、


ホッケーやバスケットを
観戦する上で、


米のアリーナは
いずれも

その良さを存分に感じられる

造りをしているが、


残念ながら
その点では横浜アリーナは

厳しいものがあり、



日本での公式戦開催の

二年目となった

そのNBAバスケット観戦時には、


ダモシは試合中

大いに機嫌を損ねたのであった。




当時既に

米にも足を運んでいたダモシからすれば、

NBAを観戦する
日本人の態度や佇まい、

そして

良さを引き出すべき
アリーナの内部造型の不具合


すべてに怒り、




<やっぱりメジャーやNBAは、

 本場で観てこそナンボ>


の想いを絶対化したわけであり、


その後一切、

ニッポン開催の
メジャーリーグやNBA、NHLを


徹底的に否定している。





<そんなもん見て、

 見たぜ!

 なんぞ、言うなよ?>



と。




<米で見ろ、米で>


と。






その端緒が、

横浜アリーナだったわけである。










*****








ネガティヴな面を記載した。



その一方で、

白眉ともいえる
横浜アリーナのポジティヴが、


LIVEコンサートである。




これにおいてこそ
横浜アリーナは真価を発揮する。


それは真価ではなく、


深化といっても良いほどだ。





時に

歌舞伎町の広告代理店マン時代。


スポーツや
LIVEコンサートのチケットが

今より

ラクに

関係各所から入手できた。







<101回目のプロポーズ>

というドラマの主題歌の
ヒットに伴い


当時
再ブレイクしていた
チャゲ&飛鳥のLIVEも


アリーナ席前から5列目で観た。


世は未だバブル。


ワイフの分と共に

ワイフの親友に
ダモシのダチの分も入れて


合計四枚で出かけた。






そして、

そのような流れで

チケットが


不意に"回ってくる'ケースも

多々あった。



その

"不意に回ってきたチケット"が、


予期せぬ様相を

平凡な一日にもたらすことになる。







一つは、杏里。


未だ人気上位だった頃だ。



当時の
杏里のLIVEといえば、

女性同士か

アベックか。

もしくは2-2のグループか。


それが相場だった。





ところが、

他部署の同僚が

その日の朝

不意にそのチケットを
どこかから、もらった。



<せっかくもらったのだから>




<ムダにするにも何だから>






彼は

<ダモシ? 行かない?>

と誘ってきた。




ダモシは、即座にYESと回答。


さっさとオフィスを出て
横浜アリーナへと出かけたのである。




杏里は嫌いではなかった上に、

場所が
横浜アリーナということで

行こうと思ったわけである。





ところが、

案の定、

アリーナ客席内は

アベックと女性同士ばかり。



女子運動部の部室的な

フレグランスが漂う世界観の中で、


ダモシと同僚は

"小さくなって"座っていた。



<男同士>でいることが
悪いことではないのだが、


場によっては

つい
エクスキューズを表明したくなる

ケースがあろうというものだ。




この時であれば


<たまたまクライアントから
 もらったから、

 マーケティングを兼ねて
 来ただけさ>


ということであるが、


未だ二十代の頃合いであり、

エクスキューズなしで
平然としているなどという

逞しさは

希薄な頃合いだからして、



結局はLIVE中、

なんとも居心地の悪い

思いをしたものである。








そして、

不意にもらったチケットに
関することで、


周りの人に驚愕された件が

横浜アリーナ絡みで

一つ、ある。





それは

以前もちらっと記載したことがある


<突然、グロリア・エステファン事件>

である。







ある朝のこと。


出勤すると、

セクションの長が
なにやらチケットを二枚手にして


我々に語りかけている。




どうやら

その日の夜の
グロリア・エステファン&
ザ・マイアミ・サウンドマシーンの

横浜アリーナ公演の
チケットが手に入った、と。



誰か行かないか?


という呼びかけであった。





この

グロリア・エステファン

というのがミソで、



<不意にもらったから>とか

<たまたま、もらったから>

という理由で

行くには、


微妙な存在だったのである。





むろん

熱狂的ファンもしくはファン

にとっては涙モノであろうが、




<まあ、知っているけど…>


<曲もいくつかは聴いたことあるけどね…>


という存在で、

積極的には

LIVEに足を運ぼうとは
なかなか思わない存在であった。



それが

当時でいうところの
ホイットニー・ヒューストンや

その後出てきた当初の
マライア・キャリー


であればいざ知らず、




<え? グ、グロリア・エステファン?>


という世界だったことは

否めない。






案の定、誰も反応しない。

スルーしている者もいる。

関わりたくない、と。

そんなもん行くかいな、と。

私には聞こえません、と。






オフェンシヴ&アグレッシヴな

ダモシが

1.5秒後、立ち上がった。






<あ。俺、行きますわ>。




これで決まりである。



ダモシの最近衛である
後輩たちは


一様にキョトンとしている。





<ダ、ダ、ダモシさん…。

 グ、グ、グロリア・エステファンでっせ?>



と。




しかも


<今日の今日で、
 だ、だ、だれと行くのですか?>


<ボクらは、イヤですからね>


と。





後に聞くところによれば

この日、

彼ら及び他の同僚らは

仕事中のブレイク時の
"喫茶店"で、



<ダモシ、また不可解な行動>


<ダモシ、狂ったか>


<なぜ、グロリア・エステファンに
 あんなに反応したのか?>


<ファンだったのか?>






噂をし合ったという。



それほど不可解なことだったようだ。



それもそのはず。

当のダモシも、

チケットを受け取った直後

その上司からの


<ファンだったのか?>


というクエスチョンに




<いえ、別に>と回答した時、



(<お、おれはなぜ…>)


(<グ、グ、グロリア・エステファンだぜ?>)





自問自答が始まってしまった

わけである。





その日は、ずっとそうだった。



悩めるダモシは
仕事どころではない。


ぼんやりと

"喫茶店"で、





<俺はなぜ、手を挙げたのか>



<そもそも、なぜ、
 ここで、
 グロリア・エステファンが
 出てくるのか…>



<そもそも、一曲しか、

 知らないのだがどうすれば…>




と苦悩した。





そしてフト、気付いた。


最も重大なことに。






<ん? そもそも誰と?>


と。




ワイフを誘うつもりは、

なぜか、なかった。



いま考えれば

それがなぜなのかは分からぬが、



<ワイフ以外>の誰かと

行くことしか頭になかった。






<マズいぞ、これは>


<相手を探さねば>


と。






そして

これもまた何故か、


考えてすぐに

ある人の存在が浮かんだ。





ダモシが新卒ルーキー時代の
青山での同期で、


当時は既に

お互い次の組織へ移籍していて、



日頃は

何の音沙汰もなかった

A氏である。





なぜか分からぬが、

A氏に白羽の矢を立てたのである。





A氏とは

嫌い合ってはいなかったが、

特別親しかったわけでもない。




ただ、


新卒ルーキーの中で

ダモシもそのA氏と
もう一人K氏の


三人だけが最年長


(一浪+一留 or 二浪)


ということで、


奇妙なシンパシィは

互いに持っていた。






(後に、A氏とは
 ダモシ主宰の競馬同人誌や
 野球チームで
 仲間として共に過ごすことになるが)


この当時は、

それほど
親しくはなかったのである。






ところがダモシは、

何を思ったか

直感で彼を誘った。




<行こう!>


と。





しかも、

その<行こう!>の対象が、


グロリア・エステファン。





ファン属性も

そのLIVEにおける作法も

一切分からない状況で、



いずれも


<なぜ行くのか>という

明確なフィロソフィーを持たない


男同士二人が、


キョトンとして

横浜アリーナの、

アリーナ席ど真ん中に放り込まれた

のだった。







会場は、正直なところでは

7割の入り。


とても満員とも超満員とも
いえない世界観。



アリーナ席のど真ん中に

座った瞬間、

ダモシは安堵した。



おそらくA氏も安堵したであろう。





なぜならば


客席の観客の多くが、


なんとなく





<キョトン>としていたからである。





ダモシは想った。



<もしかしたら、

 今夜ココにいる皆々様は、

 いずれも

 突然グロリア・エステファン状態

 なのではないか>



と。





ダモシもしくはA氏と

同じような境遇を

抱えている人々。



それらが多かったと思われる。




実は

それが奏功した。




ある意味で、

<コアなファンではない人々>

<突然グロリア・エステファンな人々>




大勢を占めていたことが、



かえって

<予定調和の感動>を

一切排除したところでの

極限のニュートラル状態を

演出したのである、と。






振り返れば

このときのグロリア・エステファンは

交通事故での大負傷からの
リハビリを経ての



己が復活を賭けていた頃合いで、



ある意味で


パッションも絶好調

といえる時期である。





それはそれは

そのLIVEは、


実に

驚くほどに



<パワー>が溢れていたのである。






それに対して

最初はキョトンとしていた

我々
アリーナの観客たち




<突然グロリア・エステファンな人々>


も、




<おや?>

<いいじゃないか?>

<なんか知らんが、
 ちょっとすごいんじゃない?>





ニュートラルなそれに

ギアが入ったのである。






さらに、

超満員ではないことが幸いしたのだが、


客席とイスが

空いていることで、


たいへん

アクションと移動の
自由が利いたことが


大きく作用した。





次第にノッてきた我々。


その際に

ギュウギュウのイス、
ギュウギュウのアリーナでは

ダメである。




空間が空いている



イスも空いている


という

身体面のみならず
精神面も


開放されたことで、




ノリノリになってきたのである。



イスに上がって
ジャンプする者、

踊る者、


空いている通路で踊る者。




ある意味で

無法地帯なのではあるが、



欧米のLIVEハウスもしくはクラブ

のようなノリが

構築されたのである。





まさに

ニューヨークで訪れた

CBGBのような

<本格的なノリ>が

自然発生したのである。





おそらく

キューバ的サウンド



フロリダ/マイアミ世界観の

それに


遭遇した機会が少なかった
であろう


当時の


我々にとっては、


衝撃だったのである。







まさにそれは


70年代の中学生時代に

叔父に連れられて出かけた
日本武道館での

甲斐バンドLIVEにおいて

初めて見た
ミラーボールの投下

での衝撃に等しいものであった。






いま振り返れば、

このグロリア・エステファンの
存在が、


キューバン・コネクション
マイアミ・ヴァイス
あるいは

ラテン系の端緒として

プエルト・リコや
コロンビアなどからの

欧米進出への足がかりともなり、


その後、

リッキー・マーティンや
マーク・アンソニー、
シャキーラ、
ジェニファー・ロペスなどへ

つながっていく

ということなるわけで、





そういう意味では

ラテン系の女王

と呼んでも差し支えはない

だろうと思うが、



当時はそんなことは

思いもせず

ただただ漠然と、

茫洋と

キョトンと



<突然グロリア・エステファンな人々>

の中で、


ニュートラルに接した

ところ、




思いのほか


<なんだか、すごいな、これ>


ということになり、




最後はダモシも

イスに上がっていた



という次第である。







結局、

同行したA氏とは

最初から最後まで
ほとんど口をきかなかった。



横浜アリーナから

新横浜駅までの

徒歩10分程度の間に、



お互いに

ひとこと




<意外に… 良かったな…>



と言い合っただけであった。






A氏とは

その数年後、

競馬のジャパン・カップでの

東京競馬場でも、


<共に行こう>

ということで行ったのに、



ハグれてしまい

結局

何だったのかという




<ジャパン・カップ、行方不明事件>

も起こっている。








とまれ

不思議なグロリア・エステファンLIVEが

横浜アリーナの
想ひ出としては、


筆頭格に残っているわけである。











*****










首都圏の主要スタジアム、アリーナ系

においては、


ワイフ以外の女性とも
複数訪れている。


それは当然であろう。



だが、

横浜アリーナだけは

ワイフ以外の
女性とは


なぜか訪れていない。





松任谷由実のLIVEは、

98年まで毎年必ず
出かけていた

ダモシxワイフ恒例のイベントだった。




国立代々木第一競技場



この
横浜アリーナがメインだ。



ユーミンのそれだけは
チケットをもらうことが
なかったから、


常に

"並んで"それを入手した。





一度、

どうしようもないくらい
チケットが入手できない
年があり、


最悪のケースとして



<立ち見チケット>を

余儀なく入手して臨んだ。






場所は横浜アリーナ。


最大収容17,000人フルハウスで、

1,000人程度
立ち見席チケットを出していたはずだから、


18,000人の観客となる。




その立ち見チケットホルダーは、

あの日

大きな差別を受けた。





我々

立ち見チケットホルダーは、


"普通の"入場口から
中へ入れてもらうことができず


外の

別の場所に隔離された。



数十分。


中に入ると
今度はまた別のスペースに隔離された。



そこでまた数十分。






<おいおい。もう始まるぞ?>


という段階になり、


通常の
チケットホルダーが全員

着席して

場内が暗転するに至り、


まるで軍隊の整列行進のように


<お静かに!>


<(さっさと!)迅速に!>


という指示のもと、



指定されたエリアへ

順番に



"立たされた"のだった。





むろん、

ダモシは怒り心頭で不機嫌。



しかしそこは
カワイイ、ワイフのためだと割り切り、



己は

流しながら、


ワイフがLIVEを楽しむ姿を

見ていた、と。






そのとき、観念した。





<もう二度と、

 何があっても

 "立ち見"はしないぞ>


と。









まあ、


そんなこんな


想ひ出がある横浜アリーナ。



その場内に

足を踏み入れるときが

ふたたび来るだろうか。





それはなんともいえない。





よほどのことがない限り、

ニッポンで

何か
(スポーツやLIVEイベント)に

足を運ぶこと自体が


もうほとんどないだろうから、だ。





それはむろん、

ニューヨークを筆頭に

米で様々なものを見てしまった

から、である。





お金をスペンドするヴァリューを


まずは
第一義に考えるようになった

からである。




クラシックやバレエ、オペラ、

そして野球にバスケットにホッケー。


少なくとも

これらは

ニューヨークで最高のそれを
何度も観てしまったからして、

ニッポンで観ることに

もはや

お金をスペンドすることは

よほどの
必要性やモチベーションや

<不意>がない限り、


不能であろう。







それは


横浜アリーナに頻繁に
足を運んでいた時代からは、


既に

13-18年経過していて、


その間の10年は

ほとんどニューヨーク

にいたわけであるからして、




齢を重ねたことも加わって、



<変化>するのは

当たり前であろう、と。







現時点では

ダモシがお金をスペンドして

足を運ぶ
スポーツ&LIVEで考えられるものとしては、


せいぜい


・来春のWBC予選ラウンドの<日韓戦>

・ウオッカがジャパンカップに出ずに
 必勝体制で臨んできた場合の
 今年の年末の<有馬記念>。

 且つその際にはまた
 <ダモシxウオッカの関係性>が
 あり得ると察知した場合のみ。



そして


・オトナとしての音楽性で
 アンプラグドで
 少人数LIVEを万が一やる場合の、
 SPEED。

 しかも会場は、
 府中の森芸術劇場(府中)や
 東京オペラシティ(初台)限定。



くらいか。



後者二者はいずれも


<厳しい条件付き>になる。




そうなると、

やはり

横浜アリーナ再訪問の
可能性は、


限りなく低くなると


考えられよう。






ダモシにとっての
横浜アリーナは、



<1990-1995>が

プライム・タイムだった

といって


良いのであろう。











:::::






今朝、

約18年ぶりに
横浜アリーナと再会し、


say hello。






yokoare1.jpg



yokoare2.jpg





<横浜アリーナ>


東海道新幹線
横浜市営地下鉄ブルーライン
JR



新横浜駅下車、徒歩約10分。



田園都市エリアからは
車で約30分。


田園都市線<あざみ野>から
横浜市営地下鉄ブルーラインで
約15分。

渋谷からの場合、
東急東横線<菊名>で
JR横浜線に乗り換え。
東横線急行利用で約30分。





































posted by damoshi at 00:44| オトナの遠足│お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする