2012年07月18日

宿題 -2013-


フェイスブックに掲載したものを
そのまま転載。

2013年、来年の富士が早々に決まった。

よく見ると、
富士前日の寄稿のタイトルが
なぜか<富士登拝-2013>になっていた。
単に間違えた
(前夜も仕事が立て込んで遅くなっていて
 疲弊していたからだろう)だけなのだが、
思えば、暗示していたのかもしれない。

2012年の今年は、悪魔富士が本性を出して、
頂上踏破を阻むことを。

調べてみると皇太子浩宮徳仁親王も
初の富士登山の際に、
悪天候に阻まれて八合目で撤退したという。
そのリベンジを果たして登頂したのは
それから20年後の2008年だった、と。
その際の登山口は、ダモシ軍恒例の口と同じ。

もちろんダモシ自身は既に二度登頂しているが、
今回は特別な登山、登拝だったわけで、
アントニオとワイフにとっては
完全に富士との初邂逅で最悪のそれに遭遇し、
且つ阻まれたことになる。

既載のようにダモシ自身にとっても、
直系遺伝子との登頂は果たせなかったわけだ。

一昨日掲載のストーリーにあるような諸々が
存在しているからこそ、来年という世界観が生まれ、
もうこの段階で決定した、と。

以下、フェイスブックからの出張掲載。


*****

富士と三連休明けの仕事。
身体だるく、疲れ気味です。
まだアジャストできていない気が。

来年の富士登拝が決定。
既に仕事関係の人が、
父子での来年の初参戦を表明。
うれしいことです。

今回の富士。
仲間とのそれとは別の感情と感覚で
得るものがありました。

『宿題』というタイトルで、
今回の対富士も
スポーツノンフィクションで
ブログに長編を書きましたが、
そこでも触れた二つのポイント。

フィナーレでのアントニオ選手との会話。
<頂上はいつかな。
 宿題として残ったな>と言った
私に対して、
少しハニかみながら彼はこう答えました。
<来年ね>。

こう言われたら、
行かないわけにはいきませんね。

そしてもうひとつ。
富士は、
親子の、夫婦の、
それぞれの間にも日常では感じ得ない
新たなsomethingを与え賜うた。
そこで感じたのは、
太宰治は「富士は月見草」と言ったけれど、
今回は私は、
<富士は、崇高な時間>というものです。

この二つのワードを入れ、
今年阻んだ富士へのリベンジという意味も
含めたポスターを、
早くも作った次第。

来年は同行者はさらに増えそうです。
いいですね。
共に往くけれども、
それぞれ別の何かを感じれば。

"ウノ・マス" アゲイン!

*****

ということで、当欄にも既に
右バナーに掲載したが、
大きなサイズのそれをここに掲載したい。

2013fuji.jpg


posted by damoshi at 02:29| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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