2012年07月22日

ザ・ショット


アントニオの空手:2012年シーズンも、
先のウィークエンドでの大会で前半戦を終えた。

全11大会で優勝は4回。
準優勝や三位はなく、
ベスト4(1回)、ベスト8(1回)、ベスト16(1回)
そして一回戦負け(4回)。

09年〜11年までの過去3シーズンで、
今年は前半戦だけで既に優勝回数はシーズン・ベスト。
その代わり11年までに多かった準優勝や入賞がなく、
ひとつには決勝に進めば勝率100%という
勝負強さを見せている。

その一方で一回戦負けも既に4回。
4回のうち1回は八百長最低での敗戦。
他の3回は本来の動きと調子がまったくない時。

『あぁ、こりゃ、かなわないな
 という完敗は、ない』とダモシは言う。

もちろん勝敗は時の運もある。
その時の体調、心理的な状態も左右する。

体調が良いからといって
すべて勝てるわけではなければ、
体調が悪いからといって
すべて負けているわけではない。

優勝している際も、
圧倒的に勝っているのではなく
すべて紙一重での闘いをモノにしている。

『常にギリギリだ』(ダモシ)と。

『タイプ的には、
 ディープインパクトとか
 シンボリルドルフ系ではない。
 やはりシンザンが相応しい。
 勝つ時はギリギリという。
 で、こんなところで?的に
 あっさり負けることもある、という。
 だから試合はどんな相手でも
 いつもスリリングになる。
 善くも悪くも相手に合わせられる。
 どんな相手とでもスイングさせられる』
(ダモシ)
という特性は、やはり魅せる要素を
常に意識しているからともいえる。


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NFLのプレイオフ、サッカーW杯決勝T、
夏の甲子園など、一発勝負のトーナメントには
多くの魔物が潜んでいる。

総当たり制のリーグ戦や
レギュラーシーズン・ゲーム、
あるいはベスト・オブ・セブンなどのプレイオフ
とそれらは趣が異なる。

大会:トーナメント。
一定レベル以上のこれにおける最高峰は、
<優勝>:タイトルである。
負けずに最後まで勝ち上がることである。

だが、時に<優勝>:タイトル以上の
重みと価値がある勝利がある。
<優勝>しない場合でも、
その<勝利>が優勝以上の重みがある
というケースである。

前半戦最後の大会(7.8)での
"一回戦"における
アントニオの勝利がそれに該当する。

アントニオの今後にとっても、
このジュニア空手の
ひとつの潮流においても、
大きな影響を及ぼす勝利と、その内容。

残り二秒の伝説、あるいは残り二秒の奇跡。

『レジェンド・オブ・ラスト・トゥー・セコンズ
 という感じでは』(館長)

『奇跡ではないね。
 日本語で奇跡というとムードは違う。
 偶発的でもなければ、たまたまでもない。
 出会い頭でもなければ、
 そもそもジャイアント・キリングではない。
 勝てると踏んでいたわけだし、
 その技も狙っていたわけだから。
 伝説になるレベルだから、レジェンドが合ってる。
 ただ、英語だとミラクルで通りはいい。
 違うからね、意味合いが微妙に』
(ダモシ)

ダモシは逡巡した。
そして今回のタイトルを決めた。

『内容的に1989年NBAファイナルでの
 あのマイケル・ジョーダンの
 残り三秒からの逆転シュート、
 あるいは一連のプロセスも含めれば、
 1989年NFLスーパーボウルでの
 ジョー・モンタナのドライブにイメージが近い』
(ダモシ)

ことから、最終的に

"The Shot" with 2 seconds left.

シンプル表現版では、<The Shot>となる。

『過去最高のスーパー・バウト』とダモシが語り
一回戦を勝っただけで
Wiiのゲームソフトを賞品で出したほどの、
そして一回戦を勝っただけの時点で
ダモシ・ワイフが勝って号泣したほどのエポック
="The Shot"。

一体、何が起こったのか。なぜ、起こったのか。
どういう背景があり、どういう試合だったのか。
それは、何だったのか。

<The Shot>本編を以下に掲載する。

(登場人物・団体名はすべて仮名)。



2010年、夏:::::

ジュニア空手も多種多様な
道場、団体、グループがある。
プロボクシングやプロレス同様だ。

直接打撃制のフルコンタクトから、
伝統系防具付、キック(グローブ)系から
微妙にルールが異なるその他含めて。

団体やグループごとに大会は開催される。
格闘技界はプロ含めて離合集散が多い。
フルコンタクトの雄・極真も分裂した。

基本。
フルコンタクトをやる道場と団体は
それだけをやる。
伝統系もまたしかり。

中身も組手なら組手だけ、
型なら型だけ等々。
選手も組手だけ出て、
型の試合に出たことのない者は多い。
その逆もしかり。

アントニオの場合は、
すべての団体、グループに乗り込んでいる。
闘いに臨むのも
フルコンタクト、キック(グローブ)系、
伝統系防具付までオールマイティに
闘いに臨み、そのすべての種目で優勝経験がある。
加えて組手のトップクラスはほぼ取り組まない
「型」においてもトップレベルで、
型でも試合経験が多く、
各団体が集った演武会でも大トリを務めたばかりか、
東日本大震災の被災地(宮城県)へ遠征し
鎮魂の型を現場で演武した。

何をするにも井の中の蛙を嫌う
ダモシのイデオロギーを伝承している。

フルコンタクトだけの道場や団体が集った
ひとつのグループがある。
そのグループはフルコンタクトのジュニア空手の
"ひとつの"統合体を標榜している。

他の団体も全日本選手権は開催しているが、
そのグループJALNAも毎年、
全国で地区選抜大会を行い
その勝者による全日本選手権を年に一度開催している。
JALNAに加盟している道場・団体は
とりわけそれに価値を見出している。
そして、なぜかそれらはいずれも同じスタイルでの
空手をしている。

JALNAの選抜大会を勝ち上がれば、
勲章としてのワッペンを手にすることが出来る。
それを道着の袖に縫いつける。
あくまでも「ひとつ」の強者の証。
あくまでも、「one of them」。
トップレベルの「ひとつ」の証。

アントニオは2009年の幼児シーズンには、
JALNAとの絡みを持たなかった。
JALNA以外に団体やグループは数多くあり
同様に価値ある大会も多くあるからだ。

初めてJALNAに絡んだのは2010年。

所属していた団体の中の特殊部隊に
属していたアントニオは、
離合集散により
その特殊部隊の代表・藤澤が旗揚げした団体へ移籍。

6月。移籍後初の大会に出たアントニオは、
横浜文化体育館で行われたその闘いで
準優勝を遂げる。
その前の大会(3月/前所属団体時)で
生涯初の優勝を遂げていたアントニオは、
団体の離合集散という騒動と三ヶ月の
ブランクにめげず、自身初優勝後の大会でも
準優勝という卓越したパフォーマンスを見せた。

そして、準優勝という結果よりも
大きな分水嶺がこの大会であった。

決勝戦では、この大会特有の不思議なルール
(女子は一学年下げて出場出来る
 =当時アントニオは一年生。
  一年生の部に二年生のスーパーヘビー級女子が
  出てきて勝ち上がり決勝で当たった。
  善戦したがパワーで押されて準優勝に終わった)
で破れたが、周囲もダモシもいずれも
<事実上の決勝戦>として注目した準決勝戦が
重要な大一番となっていた。

準決勝の相手は、
同じ一年生に関わらずスーパーヘビー級。
そしてJALNAの加盟道場のエースで、
幼児から既にワッペンを得ている強豪・深野。
この大会でもほぼすべての試合を圧勝してきた。

一方のアントニオは、
一回戦からすべて薄氷の勝利。
延長を制するなど常にぎりぎりの闘いでベスト4。

深野の圧勝。誰もがそう思っていた。

だが、深野は
初めて遭遇するアントニオの
<早送り空手>に翻弄される。
バランスを崩す深野。
動き回るアントニオをまったく捉え切れず
何もできない。

アントニオの十八番のひとつ
<回ってロー>が徹底的に繰り出されて
脚にダメージを蓄積させた深野は動きを止めた。

本戦引き分け。
延長戦に入っても動きを止めず、
徹底的に回ってローを打ち込むアントニオ。

判定では副審四人が2-2。
最後に主審がアントニオをとって3-2で大勝利。
喝采が沸き起こった。

この勝利でアントニオは、
館長・藤澤からご褒美のハムスターを買ってもらった。

藤澤は試合後、ダモシに告げた。

<JALNAに出てみたら>。

JALNAの申し子のひとり・深野を破ったことから、
様々な他流に出ていっている中で
未踏のJALNAにも出ていくことになったのだった。

関東代表を決める最初の選抜大会。
2010年7月中旬の日曜日に行われた。
ダモシはその前々日の金曜日から
富士登拝へ向かい、土曜日に頂上到達。
肉体的に大ダメージを受けている中で、
日曜日の選抜大会を迎えていた。

だが、ダモシが富士山で苦闘している間、
アントニオが体調を崩した。
金曜夜、ワイフがタクシーを用いて
夜間救急病院へアントニオを連れていく。

<ヘルパンギーナ>と診察された。

ダモシはそれを頂上到達時に
携帯メールで知った。

<よりによってこんなときに・・・>。

唇を噛んだ。
絶不調。呼吸もまともにできない状態で
アントニオはその闘いに臨んだ。

それでも勝ち上がる。

あと一勝。
初参戦でワッペンに手が届こうかという
位置まで勝ち進んだ。

そこで目の前に立ちふさがったのが、
拳城団のエース・秋元だった。

拳城団という道場・団体も、JALNAに加盟していた。
加盟しているどころか役員にも名を連ねている。
いわばJALNAの家族、内輪だ。

ゆえにか
大量に所属選手を送り込み、
みな同じスタイル=JALNAで勝つためのスタイル
を徹底していた。
各学年でワッペン選手を輩出。

秋元も幼児時代から既にその地位に就いている。
当然この時(一年生)も狙っている。
とりわけ拳城団という団体の中でも
多くいる一年生の中で絶対エースとして君臨。

絶不調のアントニオはしかし奮闘。
絶好調時の動きに近いキレを見せるが、
試合途中でセコンドのダモシが
秋元を見て驚いた。

『アントニオの動きについてきていた。
 これには、たまげた。
 強いという感じよりも、動きに驚いた。
 アントニオの動きについてこられる選手は
 それまでいなかったからね』(ダモシ)
という動きで、秋元は手数でアントニオを上回った。

延長にもつれる接戦。
双方とも一本も技有りがとれない。
だが判定は5-0で秋元に挙がり、アントニオは敗北した。

試合後、ダモシは初めて相手を讃えた。
秋元とその父と言葉を交わし握手を交わした。

ダモシにとってもアントニオにとっても、
初めて出逢った
「あぁ、負けたな」と思える選手だった。

もちろんそれ以前も多くの敗北を喫したが、
レベル的にも打ち破る壁としても
値する選手はほとんどいなかった。

そして何よりも
『試合が噛み合っていた。
 スイングした素晴しい試合。
 双方レベルが高く、理想的な試合』
という点が、敗北の悔しさを超えて
どこか嬉しさをも感じるところとなった。

負けて、さばさば。
しょっぱい負け方で負けたのではなく、
やれることはやって
相手もまたすばらしいという理想型が
そこに存在していた。

この時点で、
ダモシとアントニオの中に、
秋元が強烈に刻み込まれたのだった。

8月。
アントニオは別のJALNA選抜大会で活躍した後、
東北旅行で平泉中尊寺を参拝中に
同じ道場の父兄からの連絡で
ワッペンを獲得したことを知る。

所属道場としては初の快挙となった。

その選抜大会で顔を合わせて
延長にもつれこむ激闘を繰り広げたのが大貫。
大貫もまた秋元と同じ拳城団の選手だった。
秋元が拳城団のエースで
大貫が二番手。三番手に伊豆がいる布陣は、
極真会館の各道場同様に層の厚さを示していた。

対するアントニオは常に一騎当千。
アントニオは対拳城団では
秋元、大貫双方に判定延長で破れたのだ。
いずれも皆、技有りを許していないから
紙一重の闘いだったことは分かる。
そしてアントニオは掴みと面がつくという
注意をとられている分だけ
最後の判定になると負けをとられるに過ぎず
紙一重はまさに薄い差だった。

9月。
別のグループISKFの全日本選手権。
だが拳城団はなぜかこのグループの
メンバーにもなっていて、強豪を送り込んできた。

アントニオはこの大会、組手と型の
ダブルエントリー。

まずは型。この一回戦で拳城団の「型」専門のエースと
アントニオの対決があった。
型専門のエースは何という因果か
組手でアントニオを判定で破った大貫の、兄。

学年はひとつ上。
一年生のアントニオと二年生の大貫兄が相見えるのは、
この大会の規定で「型」は一〜二年混合になるという
事情があったからだ。上級生、帯も格上の大貫兄が
出した技は平安五段。
対するアントニオが出した技は平安初段。
型の格的にも学年上であることからも
明らかに大貫兄に分がある。

しかし「型」のトップクラスでもあるアントニオは、
何と大貫兄を破ってしまった。
(その後、現在まで大貫兄はどの流派の大会でも
 「型」で優勝を繰り返しているトップ選手になっている)。

その大会でアントニオは結果的に準優勝。
(翌年2011年の同大会での型でも
 不可解な判定で準優勝に甘んじた。
 だが、「実質的には優勝。判定八百長だから」(ダモシ))。

その全日本でのアントニオ戦は、大貫兄に衝撃を与えた。
大貫兄は以降、
ほぼ唯一といってよい敗北を与えた
アントニオへのリベンジの機会を伺うが
2012年夏現在まで一度も訪れていない。

さらにアントニオは同大会のフルコン組手で準優勝。
準決勝では拳城団の三番手で
対アントニオへの刺客だった伊豆を撃破。

ダブル準優勝をもって、
11月のJALNAの全日本選手権へと向かった。


2010年、秋:::::::

JALNA全日本選手権。
アントニオは一回戦で中部地区王者と当たる。

絶好調のアントニオは終始圧倒。
しかし、この団体特有の「面」が少しでもつくと
反則をとられるというルールにより注意を受けた。
相手にまったく攻めさせなかった反面、
一本とることもできず、判定になってしまう。
判定になればどんなに攻めていても
注意x1を受けていたことで敗北になる。
アントニオはまさに空手で勝って、試合に負けた。

秋元はこの大会、ベスト8に進出して闘いを終えた。
優勝者は西日本の王者。
準優勝は、6月の別の大会で激闘の末
アントニオが勝った相手の深野だった。


2011年、春:::::

アントニオの11年は、
1月の大会でのフルコン組手優勝で幕を開けた。

東日本大震災から二週間後、
アントニオが生涯初の優勝を遂げた大会が
ふたたびやってきた。
大会連覇と二大会連続優勝がかかっていた。

その大会の準決勝で、ふたたび秋元と相見えた。

前年にも増してレベルの高い両者同士の
好ファイト。
一瞬の隙をついた秋元渾身の右上段を
アントニオはさばき切れずヒット。

技有りx1の判定5-0で秋元がアントニオを返り討ちにした。

この試合で
『アントニオは確実に強くなっているが、
 秋元もまたさらに強くなっている。
 そして上手くなっている』とダモシは認めている。

だが、この試合、開始前から相当、
秋元陣営にアントニオ・アレルギーがあると
ダモシは見抜いていた。

『こっちもイヤだけど、
 あっちの方がもっとイヤだぞ、きっと』。

試合前に
怯えた目で通りすがりにダモシのことを見る
秋元の姿が何度もあったからだ。

(準決勝で当たるのか・・・)と
密に感じながら闘いをしていた。秋元は。
それがプレッシャーとなって動き自体は悪かった。

ところがそれはアントニオも同様で、
最悪の部類に入るほど動きは悪く
辛うじて勝ち上がっていた状態だった。

それでも互いが相見えると、
見違えるような闘いぶりで
観ている者にハイレベルな攻防を見せた二人。

『う〜ん、スイングするねぇ』と
ダモシも唸ったほどだった。

だが、勝てない。二度までも。
これはやがて苦手意識につながる。
大会でもしまた逢ったら
それだけでプレッシャーになってしまう。

ダモシの中にはそんな危惧があった。


2011年、夏〜冬:::::

アントニオはその後も、
他流の様々な団体、グループの大会に乗り込み、
鍛えていった。
6月には前年同様に極真系の大会で
スーパーヘビー級の深谷と再び相見えた。
舞台は決勝戦。
延長にもつれ込んだぎりぎりの攻防は、
惜しくも深谷に軍配が上がり、
前年と合わせてこれで一勝一敗のタイとなった。

その間、秋元らはほぼJALNAに集中。
そのグループに属する大会のみに出ていた。

秋元も大貫も、そして他団体だが深野も。
いずれもまたワッペンを獲得した。

アントニオ、最後のトライ。
それを阻んだのが、これもまた因縁の大貫(弟)だった。
相見えた闘いで共にワッペンを獲得した前年。
だがこの時はしかし、大貫は既に獲得していた。
アントニオはその獲得最後の機会に臨んでいた。
ところが既取得者だった大貫が
あろうことかその大会に出てきていて
壁として立ちふさがった。

忌憚なくダモシは思った。

『既に取っている者が選抜大会に出てくるのは、
 おかしいのではないか?
 取っているのに、何のために出てくるのか。
 邪魔しに来ているのか?』と。

正直なところだろう。

五輪予選にしても最終予選まで何度か機会はある。
最終予選に、既に代表権を獲得している選手が
出てくるようなものなのだ。
明らかにこのシステムはおかしい。
疑問を覚えると同時に
ダモシは言う。

『自分らのグループだけで固めたい。
 そんな思惑が感じられる。
 スタイルが皆、同じだもの。
 ああいうスタイルの空手はまた
 俺らは嫌いなのだよ』

あと一歩。
そこで大貫戦を迎えたアントニオは、
やはり差のない闘いをするのだが、
「掴み」を二度とられて注意x2となり、
それが響いての、毎度のパターンでの反則負け
=判定負け。

無念の涙を飲んだ。

◆「面」が相手の面についてしまう
◆一瞬ではあるが相手の道着を掴んでしまう

この二点は
JALNAルールで闘う上で
大きな大きな課題として残っていた。

この年、アントニオはワッペン獲得は逃した。
だが、極真会館の全日本選手権や
その他に出場し、確実に場数と鍛錬を積んでいた。

秋。
前年につづきISKFの全日本がやってきた。
そこでまたもや秋元と遭遇した。
「三たび激突」と、
最初のトーナメント表ではなっていた。
ところがなぜか組み合わせ自体が変更された。
アントニオの"山"が操作されたのだ。
秋元と分かれるように変更された。
そして秋元の山は、強豪不在になった。

同グループの連盟に属する拳城団
もしくは主催者側による
明らかに意図的な操作だった。

前年同様に「型」にも出場したアントニオ。
だが、主催者側の不手際で
小二のフルコン組手試合と型試合が
被ってしまったのである。

「型」を不可解な判定で準優勝で終えたアントニオは、
慌ただしい中で急遽、すぐに組手を試合を迎えた。
二回戦ではラフな相手の顔面パンチに激怒して
エキセントリックなバトルを繰り広げたことと
型の激闘の疲れも重なって
激しい頭痛に見舞われていた。
頭が痛めば吐き気も沸いてくる。

苦しい中での準々決勝の相手は、
拳城団ナンバースリーの伊豆。
力量はアントニオだが、
頭痛の中では厳しく、
やはり掴みを犯したことで反則負け。

遂に拳城団のナンバースリーにも敗北を喫した。

大会は秋元と大貫の決勝となり、秋元が制した。

秋元に二戦二敗。大貫にも二戦二敗。
そして伊豆と一勝一敗。

だがこのトーナメント中、
対面側で
秋元は終始怯えた表情でアントニオの試合を観ていた。
伊豆がアントニオを葬ったことで、
忌憚なく安堵した。


JALNA全日本。

今度は大貫がベスト4に入る快挙。
秋元もベスト8。
深谷はまたも準優勝。

彼らとその他の関東勢が揃って
JALNAの世界においては
トップグループを形成していた。

アントニオも一方でこの年末、
別の団体WNKFの世界選手権出場権を賭けた
全日本選抜優勝大会に推薦出場し、
見事に優勝。
2012年末に行われる世界選手権の代表権を獲得。
さらには2012年初の
また別のグループの全国大会で
フルコン、グローブ空手の二部門で優勝するなど
着実にステップアップ。

また出場が被った3月の大会では、
アントニオは一回戦負けを喫したが、
秋元はコンシステンシーを見せて
ベスト4に進出していた。

そしてJALNAの今年度の関東代表選抜大会で、
秋元は優勝。
関東王者の地位を不動のものとした。

その間、アントニオも
4月に二年ぶりに伝統系防具付ルールに参戦。
その関東大会で優勝。

好調キープで、6月には靭帯損傷の中での
あの<ガッツ>で、
WNKFの2013年選抜優勝大会代表決定戦で
見事に優勝。

互いに路線は違えど、好調をキープしたところで
この夏に差し掛かっていた。

ダモシには自負がある。

『ワッペンはあくまで団体のひとつ。
 それだけがすべてではない。
 また伝統系の人も伝統系はあくまでひとつ。
 それだけがすべてではない。
 アントニオの場合は、縛りがないから、
 全方位型で各団体のそれに出ていく勇気がある。
 種目もフルコンのみならず、伝統系防具も強いし、
 キックルール(グローブ空手)も優勝している。
 そして何よりも原点的な<型>もトップレベル。
 これこそが最強と思っている。
 JALNAはJALNAでやはり井の中の蛙。
 一貫したひとつのスタイルがあって、
 最近それが見えてきた』

<最近それが見えていた>。

ここが重要だ。

JALNAで勝つための方法論が見えてきた
というのである。

ダモシ曰く、
手数多く見えるように前のめりで
右左と突きを連発し、
途中で膝蹴り入れて、
あとはポイントになる上段を
離れ際に放つというワンパターンのスタイル。

そこではひたすらワンパターンを
スタミナとパワー良く
機械的に打ち込むことで勝ちにつながる。

ダモシの目には、
彼らの闘い方とスタイルが
本来フルコンではあってはならない
「ポイント稼ぎ」に走っているように
見えたのである。
そこでは、"上手い選手"が勝ってしまう的な。

体重別になっていない分、
明らかにパワー派の優位は否めない。

そんな中、
『いっつも最低身長、最軽量だもの。
 イヤになるぜ』
とダモシが言うが、

ダモシや藤澤はもとより
キラー・ワイフ含めて総がかりで
身体の小ささを逆に生かす戦略をとってきた。

そして何よりも、
秋元にしても大貫にしても同様に軽量級だ。
それがJALNAにおいてはトップを張っている。

JALNAの世界では四年生からは体重別になる。
他団体もそうだが、
30kg以下か30kg以上と二つに分かれるが、
そうなれば花形なのは30kg以下級になるのだ。
プロのボクシングでいえば黄金のウエルター級の世界。

動きも俊敏で技もキレる。
そのハイレベルな攻防は
少年ヘビー級ではまず見られないからだ。

四年生以降を見据えた場合、
ダモシ陣営の視野は
ヘビー級のトップ選手らではなく
秋元や大貫らになってくる。

それは他団体やグループの大会も同様で、
次第に「身体が大きいだけ」では勝てなくなってくる。
それの分水嶺がちょうど三年生くらいになる。

四年生から六年生のジュニア高学年になると
どの団体、グループの大会においても
花形は各学年二つに分かれる階級のうち
軽量級の方になってくるのである。

その分、チャンスは増える一方で、
覇権争いも苛烈になってくる。

そしてダモシは言う。

『はっきりいって全方位的に
 あらゆる団体、グループ、ルールのもとに
 出ていって闘っているアントニオこそ
 最強の一角だ。その自負は強い。
 毎回、出ていくたびに
 その流派、団体、グループの強者と闘っているのだ。
 自然と対応力は身につく。
 修羅場くぐりというやつですよ。
 それを各団体の井の中の蛙にぶつける。
 仮にこちらがワッペンがなくとも、
 毎年ワッペンの選手や今年とっている選手を
 一発完全に破れば、実力ではこちらが上となる。
 ワッペンというひとつの井の中で
 鼻が高くなっている選手や陣営がいるとすれば、
 へし折られることになる。
 こちらからすれば、
 相手がいくらワッペンをとっていようが、
 でもアントニオにやられたじゃん?
 となるわけで、実力はこちらが上となれるからね』

視野は統一王者である、と。
そう言いたいわけだ。

実際、団体内だけの
クローズ大会しかやらないところもある。
他流大会といっても
そのグループに加盟しているところがメインで
組み合わせも操作したりしている。

そんな中、
アントニオはすべて完全アウェイで出ていっている。
どのグループにも道場自体が属していないからだ。
加盟もしていないからだ。

だからこそ
親が役員や審判をやっているような選手や
グループ内の選手は怖れるのだ。アントニオを。

「危険な相手だ」と。

「何をしてくるか分からないぞ」と。

空手のスタイルもまるっきり異なるからだ。


2012年、初夏:::::

そして舞台は、
アントニオにとって久しぶりのJALNA。
その選抜大会。

今年既に秋元も大貫もワッペンを取得している。
だから、本来であればいないはずだ。

ところが、だ。

会場入りして組み合わせを見ると、
何と一回戦で、
関東代表決定戦で優勝した秋元と、
アントニオが組まれていた。

『何じゃ、こりゃ!』
『何で、出てくるのよ』

藤澤を交えて、諸手を挙げる。
しかも大貫までエントリーしている。

ダモシは動いた。
旧知だ。
秋元と大貫陣営に歩み寄り
声がけする。

『もう(ワッペン)取ってますよね?』

意図することが分かったのか、
大貫父がざっくばらんに答える。

『今日はウチの伊豆君に取らせようと・・・』

なるほど、とダモシは思う。
包囲網だ、と。

ナンバースリーの伊豆に栄誉を取らせるべく、
トーナメントで邪魔な相手を
消していく。
そのために秋元と大貫が出てきているのだ、と。

事実、大貫父は言った。

『少しでも後方支援できれば、と・・・』。

キラーワイフが陰で怒った。

『性格悪いよね。
 アントニオが取ったら、
 同じことしてやるぞ。
 普通、取った者が出てきてたら、
 取っていない者は
 "何であいつら出てきてるのよ"と感じるわね』

前述した五輪代表決定戦と同じだ。
既に獲得している者が
最終予選に出てくるのは本来論外だろう。

このあたりにも
加盟団体以外から代表者を出さぬよう
JALNA側が仕込んだ策なのだろう。
加盟団体だけで代表者を揃えたい。
何かを主宰する団体としては
そう考えるのも妥当だろう。
なにしよ「仲間」なのだから。

『いずれにせよ勝ちゃあいいんだ』
とダモシは言った。

だが相手が相手だ。分かっている。

『勝ち負けを過剰に考えなくていいぞ。
 秋元戦、集中でいけ。
 すべてを秋元戦で出せ。
 練習したこと、秋元用の動き、
 出来る技、すべて出せばそれで良い。
 楽しく暴れ回れば、それで良い。
 周りを驚かせろ。
 そしてラスト10秒になったら、
 アレだぞ、アレ。土壇場はアレだ』

ダモシはそうアントニオに声がけした。

アントニオは、
ダモシらも意外なほど冷静で
一回戦の相手が秋元と知っても
特別な意識もなければ緊張も覚えていない。
むしろ「あぁ、勝つわな」という意識が
顔に表れていた。

ダモシもキラーワイフも藤澤も、
そして何よりも当のアントニオ自身も
肩の力が奇妙な感覚で抜けた。

一回戦で秋元戦と知ってから、
良い意味で肩の力が抜けたのだった。

これは単純な意味でのリラックスといって良かった。

アントニオvs.秋元。三度目の闘い。

朝9時からスタートした大会は、
三年生の部へのエントリーが異様に多いことから、
三年生のトーナメントはメインで
最後ということになり、
延々と午後三時まで待たされることになる。

そうなることを理解したダモシ陣営は
即座にアントニオに言った。

『ずっと後だから。午後だし。
 直前まで動かなくていい。
 リラックスして待とう』


一方の秋元、大貫、伊豆ら拳城団の面々は
アリーナ中に見せつけるかのように
皆でミット打ちなど
朝一番から汗をかいている。

リラックスして秋元のミット打ちでの動きを
これみよがしに見つめる
ダモシ、アントニオ、藤澤。

それを意識しながら既にモメンタムが
ピークになっているかのように動く秋元。

秋元の動きを見た後、喫煙所に出向いたダモシ。
そこで深谷父と再会。
情報交換をする。

関東代表の決定トーナメントで
秋元が優勝したが、
そこで深谷はベスト4敗退だったという。

『秋元君、強くなった。強いですよ、今。
 こないだの代表決定戦、全部楽勝でしたよ』
と深谷父は述べた。

『そうか。一回戦で秋元君と当たりますから。
 すべてそこにぶつけますよ』とダモシは返した。

自信はあった。

今のアントニオなら勝つぞ、という。

全日本、全国レベルの大会での優勝経験は
共にある。

JALNAにおいては秋元に分がある。
JALNAの全日本での優勝経験は秋元もないが、
今年の関東では王者に輝き、
来年頭に行われる全日本出場権を得ている。

だがアントニオは
WNKFの全日本で優勝し、
その世界選手権の代表権を獲得している。
伝統系防具付の関東も制している。

そして秋元は「型」はやっていないが、
アントニオは「型」もトップクラスであり
大きな演武会で大人をも抑えて
大トリを務めている。

東日本大震災の被災地へ出向き
鎮魂の型を演武した。

『誰がやる?やってる?
 言わせてもらえば、
 特にJALNA系の選手は、
 自分が勝つことにすべてになっている。
 本来、空手はそうではないはず。
 そのあたりも、こういうことをしていても
 君らより強いし、というのを見せしめたいね』

とダモシは熱くなる。

さらに。
いずれも所属する団体のエースだが、
その中身が異なる。
強豪揃う団体のエースの秋元。
少数精鋭で一本かぶりのエースのアントニオ。

同学年や上がいてガンガン稽古できる秋元。
すべて下で稽古では受けなくてはならないアントニオ。
「型」を教えたりするのもアントニオの役目だ。
既に教える側、面倒を見る側になっているアントニオと
ガンガン自分が強くなることに集中している秋元。
『試合』という意味でのエッジは断然、秋元にある。

だがアントニオには、ダモシがいる。

受けざるを得ないことで
稽古的に不足する点を
ダモシ自らが起つことで補うばかりか、
それを超越せんと必死になっている。

己の肉体と鍛えようのない脳を差し出し、
アントニオの全身全霊の打撃を受けている。

ダモシは言う。

『俺とやっているのだよ、スパーを。
 強くならないわけがないでしょ。
 一方で下相手とはいえ
 受けるのも苦しいわけで、彼も。
 でも受けることで相手の動きが見えてくる。
 受けから攻撃に転じる一連のストーリー等、
 組立を学ぶことが出来ている』

ただ同学年とガンガン稽古するより
濃密且つ合理的な稽古をしているという自負。
さらにIDも駆使し、
相手の弱点もあぶり出す。
ひとたび相見えれば
ビデオをもってして
その相手の弱点を割り出す。

『あとは、スタイル。
 アントニオのスタイルは旧来の空手と異なる。
 明らかに違う。華麗なる魅せる空手だから。
 JALNAの空手スタイルは認められない。
 JALNAで勝つためのスタイルが見え見えで、
 誰もがポイント稼ぎに入っている。
 あれでは伝統系の方が上だ。
 伝統系にもチャレンジしたことで、
 アントニオの打撃のポイントが決まってきた。
 ムダな突きと蹴りが減ってきた。
 一方でJALNA系の選手はいま見ると
 ムダなそれが多い。そこに穴がある。
 彼らと同じスタイルで闘ったらまず勝てない。
 彼らが出来ないスタイルで驚かせて動揺させる。
 華麗なる技の空手で勝負する』(ダモシ)。


拳城団陣営は情報戦を仕掛けた。

『ウチは秋元君に勝ったことないんですよ。
 エースの彼にはなかなか勝てなくて』
と大貫母がキラー・ワイフに話しかけてきた。

既に闘いは始まっていた。

藤澤も舐めるような視線で、
ミット打ちをする秋元の正面で
その動きを見る。

ダモシは秋元父、大貫父それぞれのもとに
順番に歩み寄っては声がけする。

『時間空き過ぎですね、試合まで』と
ダモシは秋元父の様子を探る。
すると秋元父はうんざりした様子で
『困りますね』と呟く。

その直前、秋元父が秋元に
『身体動かすか』と声がけすると
『無理』とうんざりした様子で答える
秋元の姿もしっかりとダモシは見ている。

『子供は調整しにくいでしょうね』と
あえて同じ当事者目線で優しく声がけする。

『まあ当たり前だけれど、心理戦だからね。
 そういうの全部、既に試合なわけで』
(ダモシ)。

ダモシは特に、そういった心理戦を仕掛ける。

そして戦術は決まった。

・受ける
・ラスト10秒でナイアガラ

ここ最近出場している伝統系防具付で学んだ
一撃必殺にかける、と。
そして、一発も入れさせない。
引き分けに持ち込むつもりで良い。
仕掛けるのはラスト10秒。


<受ける>。

これは精神的に相手を追い込むと共に、
一発も入れさせない動態をとる意味もある。

その<受ける>練習は、
他の選手がやっていない部分であり
さんざんやってきている。

オフェンスの基点は、インロー。
そして練習している技/出来る技は、
可能な限りすべて出す。

ブレない戦術が定まった。

いざ、勝負の時が来た。

プロ同様、路線が違う。団体も違う。

単純に、どちらが強いのか。
JALNAに価値を置けば秋元が上。
だが全方位的に視野を広げれば断然アントニオ。

ある意味で他団体のエース同士が相見える世界観。
ルール、土俵は、秋元のもの。
アントニオは慣れているアウェイ。

この闘いの構図であった。


7.8.2012:::::

一回戦でのゴールデンカード。
知っている者が多い分、
多くの視線が一斉に集まる。

赤、秋元。先に入場。
白、アントニオ。気合良く押忍と叫び入場。

秋元は、ファーストコンタクトで
ややスロー気味(相手の出方を見る感じ)で
右を使う癖がある。

一年前の春の対決の際、
ファーストコンタクトで
いきなりの左上段を狙いにいく戦術を採り、
それは間一髪で決まらなかったが、
ほとんど決まった感じで成功した。

もちろん覚えていれば
アントニオが左上段を狙ってくることを
警戒するだろう。

ファーストコンタクトで選んでいた戦術は二つ。

・左上段を見せてすぐに右飛び後ろ回し蹴り。
 それがヒットせず秋元が後退して避けた場合、
 すぐさまナイアガラ-II

OR

・(前回の対決の逆で)右上段

アントニオがどちらを採るか、
向かい合った際のアトモスフィアと
一瞬の秋元の動きを見て判断する。

ゴング。

秋元の左が甘い。ゆっくりと探るように、
右上段のような動態をとる。
それを見逃さないアントニオは、
右上段をハイスピードで蹴った。
つま先がヒットして秋元の顎が上がる。

セコンドのダモシは、
『ヘイッ!』と叫び、
それがヒットした(技有りだという)ことをアピールする。
副審はいずれも赤白旗を手前で派手に交差させて
技有りにはならない旨を表明する。

gg1.jpg

『これは入っていますよ。 
 ガードできてなかったし。
 急のことで審判もびっくりしたのでしょう。
 ときどき、アントニオの動きが速すぎて
 審判がついてこられないことがある。
 いくら何でも入ってるだろというケースが
 これまでにも山ほどありますよ』
(ダモシ談)

前回の対決ではファーストコンタクトで
機先を制された秋元はすぐに体勢を整えたが、
今回は立て直せず、のっけから焦る。
オフェンスの身体バランスが崩れる。

それでもトップ選手のレベルの高さで
やや遅れながらもアジャストして
自分のリズムを取り戻そうとした。

基点はワンツーからのロー。
だが、アントニオもワンツーからのロー、
そして得意の回ってローを繰り出し、
同じ手数で同じ攻防が展開される。

開始15秒、
秋元得意のキレ味鋭い右上段が飛ぶ。
多くの選手をこれで葬ってきた。
レベルが高い上段蹴りだ。
一年前の春、それで一本とられている。

だがアントニオには見えていた。
それをカット。
カットした直後すぐに左上段を放つ。
秋元負けじとカット。

21秒経過からアントニオがいよいよ
<受け>に入る。
脇を締めて両腕を肘で曲げて広げ
相手の突きを受け始めた。

秋元がワンツーを突き、
左右に動きながらローやミドルを放つが、
左右に秋元が動くたびに
アントニオは受けの態勢のまま
秋元の正面に立つ。
正面に常に立つことで相手の攻撃が見える上、
腹筋を入れて突きを受けられるようになる。
また、上段蹴りもカットしやすくなる。

29秒、苦し紛れに秋元は
やはり十八番の右上段を放つが、
その精度の高い上段をも
きちんと正面に立っていることで
肘を使って完璧なディフェンスで入れさせない
アントニオ。

受けて捌いてそして己がワンツーと
強烈な左インローを打ち込む。
左インローが次第に秋元の動きを止めていく。

gg4.jpg

そして上段蹴り、後ろまわし蹴り、上段蹴りの
まわし蹴り連続攻撃で
秋元を後退させる。

gg3.jpg

gg2000.jpg

さらに動揺する秋元に対し、
受けながら<圧>〜プレッシャー〜
をかけるアントニオ。

明らかに秋元陣営の顔色が変わる。
『自分らのエースの強烈な攻撃を
 受けられてしまっている・・・』
『しかもエースが圧をかけられてしまっている』
『(アントニオ)はヘビー級じゃないのに』
と。

gg2.jpg

『受けるという所作はオフェンスではないけれど、
 実質的にはオフェンスですよ。
 精神的に明らかに追い込まれる。相手は。
 心理的に追い込むオフェンスですよ。
 そしてこれぞ王道』(ダモシ)

ところが50秒、副審がアントニオの反則をとる。
面が相手にくっついているというのだ。
JALNA特有の不可思議なルール。

面(頭)をつけて押し込む攻撃は反則であり
それは頷くことはできる。
だが、意図的に面をつけて押しているわけではない。
闘いの中で意図せずとも
面が一瞬くっついてしますケースはあるのだ。
その微妙な加減を判断せずに、
すぐに笛を吹き、旗を振り、
さも嬉しそうに反則をとる副審団。
グループ内の意図的な所作か?と思えてくる。

これによって
以前からJALNAで負けるケースが多いのが
アントニオだ。

注意x1。

このまま終わって判定になれば、
いくら内容で勝っていても、負けになるのだ。

57秒。試合再開。
ここでもアントニオが先に仕掛ける。

飛び込んでの、蹴り上げ式中足。
いきなり相手のチンを
ジャンプして蹴り上げる技だ。
だが、これは見せ技で
優しいアントニオは当てにいかない。
シュートマッチになれば、
これをモロに入れることはできる。
闘う相手への尊敬として
これをあえて入れないことは、流儀だ。

gg7.jpg

実際、
ダモシとのスパーでは「入れて良いぞ」
としてあるため入れてくる。
昨日も入れられた。

age.jpg


戸惑う秋元。
ただただワンツーとローという定番の動きをする。
その後スキをついて得意の右上段がパターンだ。
ところが注意x1をとられて劣勢のアントニオは
横綱相撲でまたもや<受け>る。
受けられてワンツーにもローにも精度を欠いて
有効打を放てない秋元。
アントニオは受けから攻めに転じる際に
強烈な左インローを放ち、秋元の左脚を浮かせて
ダメージを蓄積させる。

幼児時代に得意だった
・右に回ってロー
・左インロー
これが今年は完全に甦っている。

ところが1分05秒。またもや副審の笛と旗が踊る。
赤・秋元の旗も挙げた副審もいたが、
最後に主審がとったのは白・アントニオの反則。
やはりまた面だ。

『これで、(反則)とるかよぉ!』

セコンドのダモシが呆れる。

注意x2。
内容と手数、有効打の数では圧倒的な
アントニオだが、このままでは判定0-5で敗北となる。

1分16秒、試合再開。

残りは14秒。
これが最後のコンタクトだろう。

サッカーやラグビーでいえば、
プレイが途切れたらそれで終わりの世界。

ここでアントニオは突如、
伝統系防具付で採用している左構えに切り替える。

フルコンタクトだけではなく、
ボクシングと伝統系防具付も練習している中で
ダモシとアントニオが編み出した
左右両利き腕方式だ。

『上段も左上段の方が得意だ。
 顔面パンチありのグローブの場合も
 パンチ力は左構えの方がスムーズ。
 ミドルもそう。伝統系の場合、一発を決めるのは
 たいてい左構え。フルコンでも右利きでも左上段を
 強烈に出来る者の方が相対的に上』
とダモシは語る。

『必ず試合途中で構えを一回切り替えろ』(ダモシ)
と指示も出していた。

土壇場でアントニオは切り替えた。残りは14秒。
時間がない。
ブースの外にいるキラー・ワイフが叫ぶ。

『いけ!狙っていけ!』

最後のチャンスだと悟っていた。
サッカーでいうところのロスタイムに相当する。
ここで一発決めて技有りをとらなければ勝ち目はない。

技有りをとっても、注意x2を受けているから、
JALNAにおいては
その技有りの技の強烈度によっては
引き分け延長になる可能性もある。

超大技を完璧な形で決める。

それしかもはや勝つ方法はない。
引き分けに持ち込むのではなく、
ここはもう勝ちにいくしかない。

ここからの14秒は、
まさにジョー・モンタナの
<モンタナ・ドライブ>に準えることができる
一連の動きの過程になる。



1989, NFL Super Bowl:::::

第23回NFLスーパーボウル。
土壇場でシンシナティ・ベンガルズが
FGによって16-13とリードを奪う。
残り試合時間は3分10秒。
サンフランシスコ・フォーティナイナーズのQB
ジョー・モンタナにとっては
大逆転への時間としては不足はなかった。

だが、サンフランシスコ最後のドライブと思われた
それは、自陣8ヤードからという
たいへんタフなシチュエーションだった。

クレイグへパス。
時計を止めないモンタナ。
リズム良くライスへパス成功。
またクレイグへパス成功。
時計は進みつづける。
残り二分で2ミニッツ・ウォーニングで
時計が止まるまで、モンタナはパスを
投じ続ける。

再開。
自陣30ヤードではじめてラン。
続けてライスへロングパス成功。
さらにノーハドルで
畳み込むようにクレイグへパス成功。
時計は止まらない。
パスを外に投げて時計を止める。
さらにその後もパス。成功するが、
反則があって10ヤード罰退。

敵陣35ヤード付近まで攻め込みながら、
ここで痛い10ヤード罰退で
敵陣45ヤード付近(フィールドほぼ中央)
まで後退してしまう。

これは致命的とも思えた。

残り1分15秒。
敵陣45ヤード付近から
2ダウン&20という厳しい状況。

しかしモンタナはここで
ライスへ起死回生のパスを
まさに針に糸を通すかの如く場所へ通す。
キャッチしたライスは駿足生かして走り
大きくゲイン(進軍)。
敵陣20ヤードまで一気に進んだ。

残り1分03秒になり
モンタナは大きなジェスチャーで
タイムアウトをコールするが
聞き入れられず。

だが、その瞬間、テレビ画面に映し出された
シンシナティのワイチ・ヘッドコーチの顔は
引きつっていた。おそらく怯えていただろう。

<モンタナ・マジックにしてやられるのではないか>
という恐怖の予兆。

その足音が忍び寄っているアトモスフィアが
フロリダはマイアミのフィールドに
漂い始めていた。

だが、モンタナが必死にタイムをアピールするが、
時計が止まらない。

異様に早い秒数の経過。
それでも焦らずに
モンタナはすぐさまドライブ。
またもやパスを投じ、クレイグがキャッチ。
ここでようやく時計が止まった。

残り39秒。
いよいよ残り10ヤードまで迫った。

パスか、ランか。
もう、ここまでくれば
モンタナ・マジックでパスだろう。
キャッチはライスか、クレイグか。

失敗に備え(FGに備え)、
キッカーのコファーがキックの練習をしていた。

右に走りながらレシーバーを目で追う。
なかなか投げない、投げられない。
迫りくる相手ディフェンス・ライン。
間もなくサックされ捕まるかと思われた
ぎりぎりの瞬間、

モンタナはボールを投げた。

そこしかないところへ、
今しかないというタイミングで。

勢いのあるボールは
そのまま放っておけば間違いなく
ラインを飛び越えていっただろう。

意外なキャッチは、テイラー。
大きくジャンプし両腕を伸ばして
ぎりぎりのラインで見事にパスをキャッチ。

ボールをフィールドにたたきつけると
そのままサイドを割って外に出て
歓喜のジャンプ。

その瞬間、モンタナは高々と両腕を掲げた。

<タッチダウン!ジョン・テイラー!>

米テレビ中継のアナウンサーは叫んだ。

81年のNFCチャンピオンシップにおける
"The Catch"を想起させるシーンが、
また起こった。

これぞ、まさにモンタナ・マジック。


::::::


スポーツは、
その試合、その瞬間だけの問題ではない。

エキセントリックな結末や
感動的な終幕はすべて
そこに至るストーリーがあって
はじめて成立する。

すべてのエモーショナルなシーンでの
感動は、その瞬間だけのことではなく
過程があって初めて成り立つのだ。

そういう意味でも、
フットボールの持っている
<ドライブ>という
分かりやすいゲイン/進捗のストーリーが
いかに最後の瞬間を構築したかを
指し示す。

ベースボールにおける
土壇場の大逆転劇も同様。
一回からの攻防とその過程があって
そこに辿り着く。
さよならホームランには、
そこに至る過程こそが潜んでいる。

サッカーのPK決着も、
はじめからPKがあるのではなく
前後半、延長というプロセスがあって
PK戦のドラマに至る。

ボールゲーム全般にも言えることだ。

バスケットボールの頂点、NBA。
その中でも頂点を極めた
マイケル・ジョーダンもまた
モンタナ同様に
何度も感動的で驚異的なシーンを創造した。

1989年のNBAプレイオフ。
二勝二敗で迎えた第五戦。

敵地クリーブランドで残り三秒の時点で
99-100で負けていたブルズを
大逆転勝利に導いた
ジョーダンのジャンプシュート。

これが終了を告げるブザーの音と同時に
ゴールに吸い込まれた。101-100。
ブルズの大逆転勝利が決まった瞬間。

ジョーダンとブルズは以降、
90〜93年シーズンのスリーピート(三連覇)、
メジャー入りでの引退と復活を挟んでの
95〜98年シーズンで二度目の
スリーピート達成と黄金時代を謳歌した。

その間、度々、"The Shot"を見せたジョーダン。

残り何秒という世界観での
モンタナとジョーダンは、
<何かをやってくれる>
<何かをやらかす>という
味方には頼もしい、敵には恐怖の存在だった。

観ている側としては
こんなに光彩を放つ選手はいなかったのである。

かつてモハメド・アリが、
ジョー・フレイジャーに言い放った
<I am somebody. You are nobody.>
〜俺は何者かだが、お前は何者でもない〜
ではないが、

日本的にいえば「持ってる」となるのだろうが、
そういう日本的な軽薄さではないところでの
somebody。

土壇場で魅せる天性。

これがアリ(「キンシャサの奇跡」が有名)、
モンタナ、ジョーダンという
希代のスーパースターの成せる業だったのだ。


7.8. 2012:::::


最後のドライブで
左構えに切り替えたアントニオ。

伝統系防具付で学んだ
一撃必殺の態勢と間合いを計るべく
フットワークをとる。

試合再開。

先に出ようとした秋元。
だが、左構えのアントニオを見て躊躇。
躊躇したその隙を見て
アントニオは伝統系防具付で一本決めた
横蹴り気味の中足を放つ。

gg9.jpg

しかしこれはヒットさせるというよりも、
相手を出てこさせなくして
己が間合いを計るためのものである。

秋元を前に出られなくしておいて
フットワークをとるアントニオ。

セコンドのダモシは、
ここで<ラスト10!>と声がけ
しなければならないところだったが
興奮していたのか、それを忘れていた。
手に持つタイマーの存在を忘れていた。
コートの本部席に置かれて表示されている
タイムを見る余裕もなかった。

それに気づいた藤澤が大声で叫ぶ。

<ラスト10!>

残り10秒。
本人がそれを自覚しなければ
何かを狙うにも狙えない。

ハッと気づいたダモシ。

その声が耳に届いたアントニオは、
土壇場での技をいかに出すか、
それが出せる態勢にどう持ち込めば良いか
を瞬時に感じた。

Don't Think, Feel! の世界である。

頭で考えていたら追いつかない。
動態と秒刻みの時間軸の中で、
自身の経験と稽古で培った無意識
〜狙っているのだが、無意識〜
=フィーリング
で、それを成すべく。

アントニオが動かなければ、
この間合いの取り合いのまま試合は終わる。

伝統系防具付での決め技のひとつである
左ミドルキックを放つアントニオ。
それに合わせて右ミドルキックを出す秋元。
二つのミドルが交錯した。

最後のドライブ=最後のコンタクトが、始まった。

このまま普通に突き合えば秋元の勝利。

アントニオが右ボディ、左ボディを突けば
秋元は前へ出ながらミドルキックを放つ。
至近距離で打ち合う中、
アントニオが右に大きく動いた。
前へ出る推進力がこの時強かった秋元は
突然、すかされた/いなされた感じで
前のめりになった。

やや距離が開いたその瞬間、
アントニオは右上段を放った。
スウェイして避ける秋元。

だがアントニオは
右脚が着地するや否や
飛び込み気味に左ミドルを蹴り込んだ。

反応力の高い秋元は
その飛び込み気味の左ミドルに
己が身体を前のめりに
アントニオに身体を合わせる感じで
瞬間的に「圧」をかけた。

そうすれば蹴りはヒットしない。

時間はもう、ない。残り3秒。

ダモシが叫んだ。

<アントニオ、ナイアガラだよ!
 ナイアガラ!>

ここでのナイアガラが、
I か IIか IIIかは、ダモシもアントニオも分かっている。
この局面ではひとつしか、ない。

I だ。

アントニオもそれしかない、と悟っていた。
それに賭けよう、と。
最後のドライブが残り14秒から
始まった段階でアントニオはそれを狙っていた。

『分からない。自然に出た』と
アントニオは語るが、
『狙っていないはずはない』と
ダモシは語る。

『土壇場で負けていたら、
 ラスト10でナイアガラというのは、
 決めていたのだから』(ダモシ)。

圧をかけてきた秋元の身体を引き離すべく
アントニオは右のストレートを
秋元の鎖骨に打ち込んだ。

動態としては、
これも何度も練習しているものだ。

最後の賭けだった。

これで身体を少しでも引き離さなければ
<ナイアガラ-I>は出すこともできない。

その右ストレートと同時に、
秋元は右インローをアントニオの右脚に放った。

クリーンヒットはしなかったが
皮肉にもこれが
アントニオの右脚を
やや後ろに引かせることになった。

鎖骨を打たれてやや下がった
秋元の身体位置は、
ナイアガラ-Iが完璧にヒットする
間合いになった。

そして
インローを蹴られて右脚が
左脚より後ろに下がった
アントニオの姿勢は、
ナイアガラ-Iへ移行するに
最適なポスチャーとなった。

その二つの<タイミング>が
パーフェクトに重なり合った。

今だ!

ダモシが叫んだ。

<ナイアガラ!>

残り2秒。

遂に、ここしかないという
絶好のタイミングと間合い、姿勢が整った。

gg1001.jpg

左脚を軸にして
回転するように上体を沈めると共に
その左足で地面を蹴り
遠心力を用いてやや浮遊。
同時に後ろ位置から蹴り上げられた右脚が
弧を描く。

その間、わずか0コンマ数秒。

自身の視界から突然アントニオが消えた
と理解した次の瞬間、
下から突き上がり、
その突き上がったピークから
一気に流れ落ちる瀑布のように
アントニオの右脚ふくらはぎとかかとが
脳天と顔面に襲いかかってきた。

ヒットするのは脳天か顔面か。

あまりの技の速さに
棒立ちになり
両腕のガードは垂れ下がった状態の
秋元の

その顔面に、

最後は垂直にナイアガラ-Iがまともに激突した。

gg1002.jpg


<バチーンッ!>。

ヒットしたと同時に、
赤いお手玉
(試合終了を知らせる玉)が投げ入れられて
マットに着地。

試合終了を告げるブザーが鳴った。

秋元は、
ヒットされた直後、
両手を顔面の横に上げて
ガード姿勢をとったが時既に遅し。

わずかに美徳のよろめきの後、
差し上げた両手をそのままにキープし
『ガードしてました』というポーズを
見せるので精一杯。


<完璧に決まった>と
瞬時に理解したアントニオは、
すぐさま立ち上がる。

決まった瞬間、
ダモシは<へいー!入ったー!>と叫び
左腕を突き出して人差し指で
その場を指し示す。

さらに副審らを睨みつけて
<入ったー!>を叫ぶ。

柵の外で声援を送りながら
ビデオを撮影していたキラー・ワイフは
<そーっ!入ってるっ!よーしっ!入ってるっ!>
と絶叫。

gg1003.jpg

gg1004.jpg

主審は、お手玉を本部席に投げ返した後、
副審二人の旗を見て
己の胸も腕で指し示しながら
<白、イチ・ニ・サン、
 回転まわし蹴り、技有り!>とコール。

gg1005.jpg

gg1006.jpg

"回転まわし蹴り"と主審がコールしていたのを
ビデオを検証して知ったダモシ陣営だが、
それだけ主審も困惑したのだろうと察した。

いわゆる通常、部類としては
<胴回し回転蹴り>に属するナイアガラ。
だが、JALNA勢や他の団体含めても
三年生レベルでそれを出来る選手がやっている
<胴回し回転蹴り>とは
まったく異なる。

角度も、スピードも、まったく異なる。
それを少しでも感じたのだろう。
だから主審は
<胴回し回転蹴り>と言わずに
<回転まわし蹴り>と言ったのだろう。

セコンドのダモシは、
禁止されているガッツポーズを高々と右手で掲げる。

試合終了と同時の大逆転、ナイアガラ-I、炸裂。

gg1007.jpg

判定をとるまでも、ない。

<はい判定!>

副審四人全員が白を挙げる。
主審自信の裁定も交えて
主審は決着をコールする。

<はい、白、
 イチ・ニ・サン・シー・ゴ!
 白の勝ちっ!>

主審が告げる間、
秋元はうなだれて号泣。

アントニオは堂々と十字を切って、
秋元へ歩み寄り握手。

瞬間、ダモシはセコンド席からすぐに
キラー・ワイフを振り向いて<やったぞっ!>と叫ぶと、
既にキラー・ワイフは号泣。

『その顔を見たらもらい泣きした』
(藤澤)

『込み上げた。震えた』
(ダモシ)

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最強の一角。トップランナー。
且つ強豪軍団のエース。

その秋元の攻めを
<受けられてしまった>衝撃。

そして、
残り二秒からの動態と
試合終了と同時のヒットという
ダイナミズムと、
その技がナイアガラという
エキセントリック性。

拳城団の館長と秋元父は
「やられた」というショックを隠せなかった。

試合後の挨拶では

『彼らのあんな顔は見たことない』
(ダモシ)ほどショックを受けていた。

号泣する秋元の頭をダモシは撫でた。

そのショックは推してしかるべき。

なによりも微妙な判定での敗北ではない。

技をすべて
<受けられてしまった>のである。
<さばかれてしまった>のである。

しかも、土壇場で
彼らが出来ない超大技を出されて
それが完璧な形でヒットしての一本。

ダモシは語る。

『俺が逆の立場なら
 ワッペンを返上しろ!と怒るだろう。

 この勝ちと内容は大きい。

 いくら彼と彼らが、
 JALNAの申し子で
 いっぱいワッペン持っていても、
 アントニオに完敗した。

 仮にアントニオが今後
 ワッペンは取れなくても、
 JALNA系列の彼らは、
 JALNAの大会で優勝したとしても、
 アントニオには完敗した
 という事実が残っている。

 実力ナンバー1はどっちだ?
 となった時、
 胸を張ってアントニオだと言える。

 完敗は、
 いくらワッペンを自慢したとしても
 そのJALNAのスタイルで
 強いだけでしょかも?となり、
 アントニオには勝てなかった
 という、これはずっと残るわけ。

 双方にとって大きな勝負だった。

 俺は言うね。あっちがJALNAばっかりが
 最強と仮に言った場合。
 こう言うね。

 でもアントニオには完敗したじゃないか。
 しかも技、全部、受けられてたじゃないか
 とね』

JALNAのスタイル=点数稼ぎ的な
=JALNAで勝てる方法論的な

ものを、否定したダモシがいた。

良い部分は取り入れて
アジャストしてきたし、してもいる。
が、一方で、
様々な団体のそれに出ていっている
アントニオ陣営からすれば、
ひとつのスタイルでだけ強いことが
最強のように言われるのは認め難い。

ならば、JALNA関係の選手が出来ない
まったく異なる空手をして、
完勝しよう、と。

もちろんこの日の試合も紙一重であり、
最後のナイアガラが出なければ/
出せなければ、あるいは出しても
決められなければ
あのままいけば
注意x2があった分、
どう足掻いても判定5-0で秋元の勝利になっていた。

だが、
そういった勝ち方が認められないのである。

そして内容と勝ち方としてトータルに見たら、
紙一重だが、
完勝といって良い。

それだけ
<受ける/受けられた/さばいた/さばかれた>は
精神的に与えるダメージは大きい。

仮にあのままナイアガラなしで終わって
勝利していたとしても
秋元陣営には
頭がスマートならば
大きなダメージが残っただろう。

<受けられてたじゃないか!>と。


*****


帰路、まるで優勝したかのような、
あるいは
優勝したとき以上の歓喜。

アントニオ陣営はそれでも、

『驕らず、腐らず、あきらめず』
と語り合いながら、車中にいた。


キラー・ワイフは言う。

『試合後、秋元母、
 「次は勝てるよう鍛えてきます」
 と挨拶に来たよ』とダモシに告げた。

ダモシは、

『相当、マークして来るだろう。
 だが、こっちはさらに
 あっちが出来ないこと、
 想像もし得ないスタイルや技で
 先に進む』

と凄んだ。

『少なくとも
 今日はあのスタイルの限界を
 彼らは気づいたでしょう』

というダモシの台詞は、
エスタブリッシュメントや大組織に対する
反骨心が露骨に示されていた。

今後も

『独自のスタイル。 
 誰もやらないスタイルで先鋭的にいく。
 そして魅せる要素。
 これを意識しながら出来るのはウチだけだ』

と、さらに誓った。


それでもダモシは認めている。
最大級の賛辞を送っている。

『スイングする相手。
 ハイレベルの痺れるせめぎ合い。
 四年生になれば体重別にもなる。
 彼とは同じ階級だから、
 今後もライヴァルとして闘うことになるだろう。
 そして、勝ち負けは時の運。
 今回は始まりに過ぎない。
 ハイレベルなところでの
 真の紙一重の攻防が
 期待出来る相手なのは間違いない。
 せめぎあっていければ互いにプラスになる』

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:::::


闘いから九日後、
自宅で練習するダモシとアントニオの姿があった。

ナイアガラのI、II、IIIを上回る
誰もやらないさらなる超必殺技
<ヴィクトリア>の完成への萌芽を見た。


<どんどん先へ行くよ>とダモシは胸を張った。 



posted by damoshi at 13:38| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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