2014年10月17日

ブログ引越のお知らせ


NY時代から代々続いてきた「ダモシ」ブログ。
12年にフェイスブック開始以降、
メインはフェイスブックになっていたが、
代々の「ダモシ」ブログとフェイスブックを統合し、
今月末もしくは年内にはフェイスブックも終了し、
既にスタートしているブログに移管となります。

代々の「ダモシ」ブログ閲覧を頂いていた方々におかれましても、
新たな統合ブログの方をどうぞよろしくお願い申し上げます。

☆新たな統合ブログ
http://r-o-u-246-t-e.seesaa.net/

☆アントニオの公式サイト(変更なし)
http://www.246material.me/antonio.html

それに伴い、アントニオ選手のフェイスブックも
アントニオ/アントンの統合ブログへ移管します。
こちらも移管後、アドレスをこちらでもお知らせ致します。

過去のコラム、記述はこちらの「ダモシ」ブログを
生かしたままで保存。閲覧は常時可能です。


posted by damoshi at 00:05| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月22日

アントンの露出情報


格闘技とスポーツ系はアントニオ。
芸能関係はアントン。
二刀流ですが、先般のリリースの件は残りあと約一週間。
その後のエクスポージャーに関する情報をお届けします。

ピンで登場の雑誌広告はその後、
現在発売中のものを含めて以下になります。

「週刊女性」(現在発売中の前の号)=表4
「saita 9月号」(現在発売中)=目次対向
「レタスクラブ 8/25号」(現在発売中)=表3

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obsz5.jpg

そして、現在放映中の映像CMが、
確認できたもので東京首都圏JR各線の車内映像画面広告と、
品川駅港南口通路のビジョンでの広告。

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obsz2.jpg

残り一週間となりました。
ぜひ投票(同一人物でもメールアドレスがあれば何度も出来るようです)を
よろしくお願い申し上げます。

posted by damoshi at 18:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月03日

プレスリリース


空手選手、ボクサー、タレント、ダンサーとして活躍する
下田深山君(小四)が「スゴワザ空手ボーイ」として出演する
オージー・ビーフのキャンペーンが8月1日から始まりました。

オージー・ビーフのサイトでの
「元気ポーズ選手権」にて全体映像視聴と投票を行うことができます。
ぜひ、No.3の「スゴワザ空手ボーイ」への投票を
よろしくお願い致します。

http://bit.ly/genki-mates-1

全体CM映像の他、youtubeでも単独映像を視聴できます。


◇オージー・ビーフのフェイスブック
https://www.facebook.com/AussieBeefJapan

また、昨日発売の各雑誌にて広告も掲載されています。
まずは「オレンジページ」「すてきな奥さん」「おはよう奥さん」
の表四、中面にフルページで広告掲載されています。

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posted by damoshi at 14:53| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

311


311から二年を迎えました。

今年も、今月下旬に宮城県へ
被災地慰問の旅〜鎮魂の空手型演武〜で向かいます。

当欄では、
昨春に石巻市や東松島市などを訪れた
鎮魂の空手型演武のエディトリアル映像を
掲載します。




posted by damoshi at 19:23| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

プレスリリース


<プレスリリース>

アントニオ選手が在校する小学校にて
学外の活動で県大会・全国大会レベルでの
顕著なパフォーマンスを挙げた児童に贈られる賞を受賞。
全校朝礼において授与式が行われた。

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syo2.jpg

ダモシ氏の談話:
たいへん名誉あることで学校には感謝です。
勝ち負けを超えたところで、ふだんの努力とそのパフォーマンスを
正しく評価し称える仕組みは、人のモチベーションを高めます。
「プレイヤーズ・ファースト」の意識がなにごとにおいても低い
ニッポンという国の中で、このようにプレイヤーを評価することは
たいへん素晴しいことで、そういう学校に行かせていて良かったと
感じています。これに恥じずに、闘いでの勝ち負けだけではなく、
空手のおいては型の追求含め、人間性を高めていくことを主眼とし
今後も共に取り組む所存です。所属道場、在籍学校を背負っている
という意識を本人も持っていますので、さらに精進できるでしょう。

:::::

昨年に続き、東日本大震災被災地慰問
<宮城〜祈りの旅〜鎮魂の型演武>が三月下旬に挙行される。
アントニオ選手は既に今週から
空手型最高位にして
空手道の型及びそのエッセンスの集大成である型に
取り組んでおり、十八番の絶品型・征遠鎮に加えて
その型を演武する方向だ。

以下、今年度のポスター&ポストカード、Aタイプ四種。
バックは宮城県の名所(伊達政宗像、松島、塩竈神社、石巻)が
施されている。

pfm2013.jpg

今月中に、Bタイプも完成する。
Bタイプは、最高位型でのアントニオ選手の写真が掲載される。

ダモシ氏の談話:
社会の中のヒトとして、人間性の構築にも大切な所作が
この祈りの旅だ。子供だが立派なひとりの人間であり、
既に彼はもう分かっている。
学校はもとより、多くのことを空手やタレント活動での
仕事、昨年の祈りの旅その他で理解し感じてきている。
彼自身がどのような心構えで被災地を関わるか。
そのヒントを与え、あとは本人が考えて行動することだ。
そして、もう彼はそれが出来る。
私は後押し、ヘルプする役であり、
すべては、プレイヤーズ・ファーストだ。


posted by damoshi at 01:00| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

一富士 二鷹 三茄子


帰国後の元日恒例は
縁起ものの<一富士 二鷹 三茄子>は
拙宅至近からの遥拝富士。

七月にはアントニオのリベンジで登拝富士へ。

富士は遥拝しているときに見える
大きな優しさと、登拝の際の悪魔性の両極がある。


010113fuji.jpg

今年はいよいよ富士は、世界遺産か。


posted by damoshi at 12:03| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

謹賀新年


新年あけまして、おめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

年明けから恒例の大晦日review。
毎年掲載している紅白である。

昨年につづきSMAPの大トリには辟易した。
いきものがかりの「風が吹いている」で
壮大に終わることがメインイベントの王道だろう。
あるいは石川さゆり「天城越え」で締めるのが良い。
それはNHKも分かっているはず。
本質的なエンターテインメントを考えれば
誰でも分かることだろう。
しらけたSMAPの、盛り上がりのない締めでは、
締めにならないことは分かり切っているだろう。
毎度ながらプロの歌手のくせに下手すぎる。

何よりもアフリカの砂漠からのMISIAの、
あるいは美輪明宏、和田アキ子などの
本物のパフォーマンスと歌唱が続いた後半。
最後だけが、まったく"なっていない"。
力関係で、且つNHK絡みで(朝ドラの主題歌)
SMAPを最後に持ってくるのは
(そうでない去年も最後だった)、
やめにしてほしい。SMAP自身もバカでない限り、
自分らのパフォーマンスが後半登場した誰よりも
劣っていて相応しくないことを知っているはず。

"一応"、ニッポンという国に連綿と受け継がれてきた
年末の王道コンテンツでありイベントである紅白。
SMAPが大トリをやってしまうことで
一気にそれが軽々しいものに劣化する。
ゴールデン何とかみたいなのを出すのも同様。
浜崎あゆみのトップバッターももうやめないか?

美輪明宏の後を和田アキ子に、
MISIAの後を矢沢永吉に、
それぞれ配置した演出だけが
エンターテインメントのモノの順番と構成を
きちんと考えて、力関係抜きにガチで出来た
部分ではなかったか。
それだけここが上手だったから。
間違っても美輪明宏やMISIAの後に
SMAPは持ってくることはできないだろう。
力関係でそれを依頼されても
そこだけは譲れないところだったろうし、
SMAPもそこまでバカではないだろう。
自分たちの力のなさ(前座レベルであること)を
痛烈に感じさせられる構成になってしまうからだ。

ある意味で第一試合とメインイベントが
非常に重要なのがエンターテインメントであるが、
紅白に関していえば
その二つが揃ってお茶を濁す展開になっている。

いきものがかりではダメだというのであれば、
石川さゆりを大トリで良いではないか。
それでこそ、ではないか。
なぜSMAPなのか、と。
今年はもういいかげんにそれはやめてほしい。
それはレコード大賞のAKB48しかり、である。

もっと、Do the right thing!
と叫びたい。


*****


アントニオ猪木率いるIGFの
藤田vs.小川戦はどうやら
しょっぱい内容に終わったようだが、
ボクシングの世界戦は非常にレベルが高く
素晴しい内容を見せてくれた。

特に井岡はやはり天才と言われるだけの
ものがあり、隙がまったくない。
相当、強いと感じる。
パウンド・フォー・パウンドでも相当に
上のレベルに位置されるだろう。

今後、よりタイトな試合になったとき、
どこかでの引き出しがあるか。
そこが楽しみである。
まだまだ相手関係から余力がある。


*****


さて、今年の年賀状。
アントニオのそれを二種類、
ワイフ用に一種類、自分用を一種類の
合計四種類を自ら作成して、
最も遅れて自分の分を大晦日に投函した。

当欄にアントニオのそれと自分のものを掲載したい。

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2013a.jpg

帰国後の年賀状では毎年、揮毫で筆で書いている。
今年の言葉は<常山蛇勢>。

やはり今年も「闘い」がダモシ軍の根本になるため、
それにまつわるものとなった。

格闘技に関しては
昨年アントニオは、
ボクシング、
空手のフルコンタクト、
空手の伝統系防具付、空手のグローブ空手と
異種格闘技含めて年間7回の優勝を飾った。
今年も各方面へチャレンジを引き続きであり、
再来年を目指して進めてきている米進出への
足がかりをつかみたいところである。

アントニオ自身の小学五年でのニューヨーク凱旋。
私とワイフにとってはニューヨークとの再会。

アントニオと共にニューヨークに行く。
これは私の大きな夢である。
少しでもそれに近づけるよう
今年も変わらず努力したい。

タレント活動も、
映画、テレビ(ドラマ)、テレビ(バラエティ)、
映像商品、教育紙媒体(某教科書)、テレビCMと
着々と仕事を増やしていっている。
これも引き続き奮闘したい。

春には、昨年に引き続き
東日本大震災復興応援〜鎮魂の空手型の旅を挙行予定。
ここではいよいよ私自身も演武を行う気持ちである。

そして常在富士。
昨年、暴風雨で八合目で撤退を余儀なくされた
アントニオ初の対富士。
今年はリベンジを賭けた再チャレンジである。
父子揃ってのニッポン最高峰への到達。
これは夢の一つである。
当然、安易なルートではなく、
今年もいつもの苦しいルートを往く。


posted by damoshi at 01:12| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

選挙日


AM、選挙の投票に
アントニオが通っている小学校まで行ってきた。

09年夏の選挙に比べると
同時間帯に行ったのだが、人が少ない気がした。
全体的に投票率は下がるのではないか。
東京都知事選挙にしても予定調和甚だしく、
投票に行かずとも猪瀬が勝つことが
既成事実化されている状況は、
このニッポン、かつて大相撲の八百長に対して
イジメともいえる攻撃をしたが、
大相撲のことを言えた体か、と。そう感じる。

プロレスなどの格闘競技に対する見方同様で、
ではブックがないガチンコをやっているのか?
といえば、選挙もやっていないではないか、と。

例えばダモシの選挙区は、
みんなの党の江田候補が勝つことで決まっている。
ほれ見ろ、となるから、見ていて欲しい。
そういうふうに九州の麻生にしてもそうだが、
やらなくてもいい選挙をやってもしょうがないだろう
というのが本音だ。

ダモシは昨晩の寄稿の通り、<白票>を投じた。

棄権や「行かない」という行為は選ばない。
コメンテーターや評論家のように
己は何もしないくせに
論評だけはご立派な輩にはなりたくない。

その場に立って闘い、己の意思を表明する。

<白票>及び比例に関しても
『相応しい政党なし』と記述した。
無効票になってもいい。投票所へ行き、意思は表明した。

事実、忌憚なく、投じるに値する、
そしてこの国を任せられる政党はないのだから
しょうがないではないか、と。
悔しいなら、それに値する政党や候補者になってみろよ、と。
そういうところである。

要するに<資格なし!>を突きつけたわけである。

お金と時間があれば選挙に出ることは簡単だ。
ダモシにそれがあれば出られる。
都知事選挙の顔ぶれや、
衆院選の泡沫候補どもを見れば一目瞭然だろう。
何だ一体、あの維新云々は。
この国をナメているとしか思えない。

from the beginning.

これこそが、今のニッポンでやるべきことである。

そして今宵はどのテレビ局も
〜東京12チャンネルを除き?〜
またぞろネタが出来たぜとばかりに
選挙特番でハシャぎ、
阿呆なコメンテーターや評論家が出てきて
好き勝手なことを言い合うのだろう。

民度が低いとは、ほとほと、このことである。

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posted by damoshi at 15:22| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

衆院選-見解


明日は選挙だ。
おそらくダモシは白票を投じるだろう。

理由はシンプルだ。
投じるに値する候補者がいないからだ。
仮に選挙区が違っても同様だ。
既存の政治家及び橋下をはじめとする維新云々らにも
今の既に終わっているニッポンを
変えたり立て直したりする器量はない。

猫も杓子も中傷合戦。
原発だの消費税だのTPPだのと
決まりきった争点を持ち出すのみ。

なぜ<被災地の復興>が真っ先に出てこないのか。
まず、その時点でアウトである。
認めるわけにはいかない。

とどのつまり、ある時代・時期から
ニッポンの政治家は
己自身の我欲だけが中心になってしまった。

国のため国民のため、
故郷のため地元の民のため、
というパッションはいつの間にか失われた。
大義名分すら、なくなった。

久しぶりにロマンの欠片を感じさせて
一躍、票を集めムーブメントをもたらした
09年選挙での民主党だったが、
単なるグリフターズだった。

どうして、シンプルに出来ないのか。
なぜ、ロマンがないのか。

田中角栄の日本列島改造論、
池田勇人の所得倍増計画はシンプルでロマンある
政治の原点ではないのか。

もはやまったくもって論点がズレている。
政治家たる人間は、
完全にロマンが失われている。

彼らは己がポジションと職を保持することに
汲々としているサラリーマンである。

田中角栄は鉛筆で白紙に道路や地図を描いて
ぱぱぱっとその場でロマンを語ったという。
道がなくリアル過疎である土地、
厳しい気候風土の中、
病院へ行くにも行けず生命の危機にある田舎に
道路を通した。

池田内閣は、GDPを倍増させ完全雇用を目指し、
国民の生活水準を引き上げるというゴールを設定し、
それに邁進した。

いずれもシンプルで分かりやすくロマンがある。

いわば<民の便益(得)>を行うこと。それが政治である。
今や政治家は<政治家自身の便益(得)>のためだけに
存在しているといっても良い。
それに自信をもって反論できる政治家がどれだけいるか。

国を背負って立つ政治家たるもの、
<国民・民衆の便益(得・利益)>をこそ
最優先に考えて活動すべきである。

結果、評価され崇められることで
己自身の便益にもつながるわけだ。名誉という。

大臣に任命される電話を待つ間
そわそわしている姿や、
電話を受けてニヤニヤして喜んでいる姿は、
あまりにもアグリー極まりない。
ポジションを得た己自身の便益に舞い上がっているだけだ。

ダモシは、近々
<MATERIAL - A Political Party ->という
名称(仮)で作るだろう。

その一丁目一番地ともいえる綱領草案も出来ている。
シンプルである。

ニッポンをもう一度組み直すのである。
キャッチコピーは、
<from the beginning>
サブコピーは、
<We can do it all over again.>。

もう一度はじめから。

そうしないと、既に終わっているのだから、
ニッポンは。
既に救いもないのだから。

以下、綱領と、今回のアホみたいな選挙争点になっている
消費税、原発、TPPに関する立ち位置も記した。

いずれにせよ、明日は白票だろう。間違いなく。
人生と国をナメ切っている政治家は
一度、職を失う方が良かろう。
松本龍のような輩は特にそうだ。


*****


MATERIAL - a political party -
主たる政策概略。

☆政策の一丁目一番地
『都道府県の分離独立自治・州制度の導入』

◆東京一極集中の解消とパワーの分散

A.首都機能(霞が関と永田町の機能)の移転
 栃木県那須塩原市に首都機能。
 栃木県は栃木州になり、その中に那須特別区を設置。
B.上野などにある国立系の美術館・博物館の
 栃木県那須塩原市への移転。
 =ナショナル・ミュージアム公園の設置

那須エリアの米国ワシントンDC化。

B.北海道と沖縄の事実上の独立。
 独立自治州制度にすることで事実上、可能。

元来、独自性の強い文化圏で
そもそも論としての日本からの独立への第一歩。

C.エンターテインメントの中心を東京州とし
 商業の中心地を大阪州として、
 それぞれのロールを分ける。

東西二大都市への役割の分担
=人の分散
=渋滞等の緩和
 →ビジネスデイ及び余暇のストレス緩和
 →豊かでゆとりある心の醸成
 →余暇の楽しみ方のレベルの上昇

D.北海道州内アイヌ居住区にカジノ特区設置。
アイヌの独立自治促進、雇用創出と
 区内の学校教育無償化。特別税制導入。

フォックスウッズ化

東日本大震災で分かることの一つが
地方に真の権限がないこと。
これが日本の致命傷である。
震災復興もそれぞれの地方が
もし決定権を持っていれば、
もっとスピーディに優先順位立てた復興策が
実現できているはず。
東京及び中央集権の解消は、言葉だけでは無理で、
仕組みそのものを変えなければならない。
また、地方も甘えを消すためにも、
独立自治州制度を実施し、日本という国は
47州の集合体という合衆国形式に移行する。

いずれにせよ
・エンターテインメント
・経済
・政治(永田町)
・国(霞が関)
これらのすべてが東京に集中していることが
最大の問題点。この解消と分散は、
MATERIALの一丁目一番地にもなる。


☆消費増税=基本的にはOK
7〜10%でOK。
独立自治州制度にすることで
当然ながら州税と市税が合算されることもあり
現行の国一体の5%ではそもそも成り立たない。
eachx3.5%で7%をスタンダードな消費税とし、
一方で独立自治のため消費税率は州ごとに異なり
都市部の市税は免除となれば3.5%の州(及び市)
も出てきてしかるべき。
また、10,000円までの衣服・靴には無税、
加工されていない食品、日用紙製品、薬なども
無税にする、高級外車等、高額嗜好品にはより
多くの消費税を課す。
そうなれば、東京州で1箱550円の煙草が、
地方の某州では320円ということも発生し、
地方へ出かけてそこで消費する動きも起こり、
地方活性化にもつながっていくことで、
消費もビジネスも東京州一極集中から地方へ
移行されることになる。

☆TPP=交渉参加は部分的にOK
それぞれの立場によって賛否が分かれるのは当然。
しかし机上につく前からの反対には疑問。
要は、まずは交渉のテーブルにつき、
自国にとって有利になるネゴシエーションをすべき。
その上で不利点の方が多いと判断すれば
(不利益を被る業界と国民が多いと判断すれば)
即座にNOを言えば良い。
まずは「交渉参加」だけであれば
参加してみれば良い。
有利な条件をネゴで引き出せば良い。
それが出来ないなら/不利が多いなら
その時点で参加をしなければ良いだけの話だ。

☆原発ゼロ=部分的にNO
原発ゼロとは言えない。
原発ゼロをゴールとした代替エネルギーの
超早期検証とその仕組みづくりを強化する。
結果、原発ゼロでは厳しいかもしれないし、
それが可能になるのであればそのゴールを
目指して進めば良い。
現時点で原発ゼロとはいえない。

☆北方領土の返還と各島の防衛
☆諸外国に御す強い外交
☆大企業の本社や工場の
 積極的な地方移転・誘致
☆地方から若者が消えない国づくり
☆国民皆健康保険制度の維持
☆文科省の関与を減らし
 形骸化した教育委員会を改革し、
 真の地方分権教育を実施する

*****

最後に。

東日本大震災の復興はどうしたのか。
もはや
「いったい政治家は何をしとるのか」
と問うこともない。
「何もしていない」からである。

同時に、「何もできない」のであろう。

何も出来ないのだから、
出来るような仕組みを組み直さなければ
ならないのである。

from the beginning.

である。

もう終わった国なのだから、
from the beginning.なのである。

原発も同様。
「ゼロ」だの「卒」だの「脱」だのと
口で言うのは簡単だ。
綱領に記載したように先にやるべきことがある。
それでメシを食べていた民もいる。
それらの代替の職はどうするのか等々含めて、
そういった議論をせずに
「ゼロ」だのというのは、間違いである。

そして国民。

顔が売れているからだの
テレビでよく見るからだの
人気があるからだの
好きだからだの

で、一票を投じるのはもういいかげん、やめましょう。

そんな民度の低い行為はあり得ないのだから。

posted by damoshi at 01:45| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月21日

新ブログ告知


自身のフェイスブックからの連動で、
新たなブログを開設したので告知するところである。

主題はスポーツ。

スポーツは周知の通り、勝った負けただけではない。
単なる勝ち負けを超越したところでの考察。
その勝敗の分水嶺に影響を及ぼす様々な事象。

当欄でも以前から書いている
自身が重視している
アトモスフィア、モメンタム、フロー。
それにフォーカスして
自身のスポーツ体験、アントニオ選手と関わる空手及び
格闘技、そして観てきた/観ている中での
様々なプロ・スポーツの事例などを交えて展開していく
ものである。

当欄共々ご愛顧頂ければ幸いに存じております。

題して
<Invisible Power in Competitive Sports>
〜競技スポーツにおける見えざる力〜

http://taroshimoda.seesaa.net/

また、当ブログの右バナー欄のリンクに
本名名義のフェイスブックその他を追加した。
合わせてご訪問頂ければ幸いである。
"ダモシ"からの告知である。

posted by damoshi at 01:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

Sep. In Review


レビュー、九月編。

今年の九月、最大のエポックは
やはりアントニオの
欲しかったタイトルの一つである
全日本選手権での優勝だ。

しかも組手(フルコン)の優勝だけではなく、
型でも準優勝。
金・銀のダブル・メダルを獲得した。

型に関しては、
これで都合6度目の準優勝。
どう見ても型最強者のひとりである
アントニオだが、型での優勝に見放されている。
今回も昨年同様、ダモシ軍怒り心頭になる
ホームタウン・ディシジョンによって銀に終わった。

<この怒りをフルコンにぶつけろ>という叱咤を
するまでもなく、本人が最も怒っている。
相変わらずヘビー級の多い闘いにあって、
今やそのヘビー級と真っ向勝負しても
力負けしなくなったアントニオがそこにいた。

七月の大一番でのナイアガラの滝炸裂に続き、
幼児時代から一貫して基本に忠実ゆえの
絶対的な武器であるローキックで、
遂に一本を獲るなど大きな進化が見られた。

もちろん勝負は紙一重。
Sink or Swimのぎりぎりの勝負を乗り切っての
見事、念願のタイトルの一つを獲得。

過去最高の報賞として、
一万五千円分のご褒美を試合後の夜、
買ってあげたのは言うまでもない。

身を削って彼の技を受けていることが
ここにひとつ結実した。
感無量のエポックとなった。

しかしまだまだ通過点。まだまだ小三。
ボクシング全国大会、
空手の全日本選手権と連続で制したことは
今後にとっても本人の大きな大きな自信となるだろう。

092312A.jpg

092312b.jpg

自らも共に闘う。
稽古も共に闘う。
身体を張って彼の蹴りを受けている。
<やれ>ではなく、<やろう>である。

その一環が、自信の
昨秋の某国家資格試験挑戦と合格に続き
今秋のチャレンジが
キッズ・ボクシングのレフェリー&ジェッジ資格。

自らそれを得た。
キッズ・ボクシングと
ヒットマス・ボクシングの公認レフェリー&ジャッジ
と相成ったわけである。
これも九月のことだ。

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ボクサー・ライセンス証を手にするアントニオと
レフェリー&ジャッジ証ワッペンを手にし
共に記念撮影の図。

*****

九月もday by day様々な動きがあったが、割愛。
上記二大エポックが強烈だった。
未だにアントニオの全日本選手権優勝の
余韻に浸っているのは確かだ。

バカ親ゆえ、
大会を撮影していたプロのカメラマンによる
写真販売があるが、
そのサイトで選んだ写真も多く購入。
7,000円分も買ってしまう有様。
まあ、それもしょうがない。

親であり指導者でありセコンドであると同時に、
アントニオのダイハードなファンなのであるから。

もう一つ、猫だ。
当ブログの右欄のトリビュートコーナーにも
新たにバナーを追加したが、
既載の通り新たな猫の兄妹ロンとミミが死去。
その直前に新たにやってきたプーという猫は、
悪夢の連鎖を断ち切った。

ジャックと二号そっくりのプー。
彼がしっかりとダモシ国の猫一族の系譜を
今後受け継いでいってくれるだろう。

もう彼も慣れた。一員になった。
ローソン前に捨てられていた猫。
ダモシ国に来て
幸せだと本人が感じられるよう
快適に過ごさせてやりたい。
プーには長く生きて欲しい。生きるだろう。

2012年、二号とケロ
そしてロン&ミミと
計四匹の猫が相次いで亡くなったが、
その負の連鎖はプーによって断ち切られた。
九月を乗り切ったことで
同じウィルスへの感染は回避出来た。
あとは快適に、長く生きられるような
環境を国内で用意してあげることが
我々の務めだ。

PHOO0901.JPG



posted by damoshi at 22:16| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月14日

Aug. In Review


二ヶ月ぶりの学び舎への帰還である。
完全にフェイスブック主体になっている。
偽らざるところ。

でも、ダモログは原点。
そしてアクセス解析を見ると、
日々変わらず多くの方が訪れてくれている
ことに気づけば、やはり無視出来ない。
フェイスブックに来ていない
ここだけの人が
フェイスブックの友だち数から換算すると
相当多いと見る。
まだまだフェイスブックは、
世界的には利用者が多いとは言っても
ダモシの周りでは少なく、
実際、かなり近い友人にしても
まだまったくやっていない人が大勢いる。
実際、やらなければ
こちらのページも見られないのだから、
そのあたりは出来るのであれば
可能であればやって欲しいとも思うところである。

不在の二ヶ月。
八月と九月をかいつまんでレヴュー形式で
掲載するところから始めたい。

まずは八月のレヴュー。Aug. In Review。

*****

最も好きな季節が夏。七月、八月は最高だ。
身体の調子も良く、
直系遺伝子も夏休みで成長の好機。
もろもろイベントも多くなる。

トピックスを重大ニュース的に一部まとめると
以下になる。

1. アントニオ、ボクシング全国大会金メダル
2. バカ尾根登山の苦闘を乗り切る
3. 新たな猫mimi&ron、死去
4. 新大技ヴィクトリアの開発
5. 読書感想文と夏休み絵画に取り組む
6. 新日&全日30周年興行につづくプロレス観戦
 米WWE日本公演を観戦
7. アントニオ、那須で雅子妃、愛子様と遭遇

いずれも上下つけられないが、
ハードルの高さと偉業の観点から
やはりボクシングが大きいだろう。
二年越しの秘匿の計画と戦略。
満を持して臨んだわけだ。

最後の当欄に掲載した<バカ尾根>と共に
たいへんハードルが高く苦しい闘いだが
それを乗り越えたところに
直系遺伝子の成長の糧がある。
親子共有という部分でも大きな大きなエポックだ。

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自分でいうのも何だが、
ボクシングは空手とまた異なり、
ある意味で<絵になる>。
B&Wのモノクロームの世界観がフィットする。
西洋的な格闘芸術がボクシングであり、
ダモシは大好きなのである。

空手においては
大技に頼らず、
基本のローキックと突きを重視した
スタイルをアントニオは通しているが、
ボクシングも同様。
それはまたダモシズムでもある。
<基本に忠実に>。
<基本をしっかりやってから>。

ボクシングの戦略も、
徹底したボディを軸とした組み立て。
空手で相手のボディと脚を攻めて
動きを止めてから後半で大技という構図と同じで、
ボディを攻めて、アッパーやショートフックを放つ。
大技(ストレート等)はその後の話。
その戦術を見事に遂行したのがアントニオであった。

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このボクシング参戦を機に、
これまで得意とはしていなかった
空手における突きも
ボクシングパンチへ移行。
同じタイミングで彼の空手のパンチが強度を増し、
それが一つの軸となり
9.23の全日本選手権での遂に優勝につながってゆく。

*****

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WWE日本公演の両国国技館にて。
アントニオも分かりやすく言っていたが
「日本のより断然面白かった」という米のプロレス。
さすがエンターテインメント大国。
ダモシも初めて生で見た米WWEに感嘆。
忌憚なく、日本のプロレスの数倍面白かった。

こういう生観戦が、
ダモシがふだんから解いている
<魅せる要素>をアントニオが理解する手助けになる。

また行くだろう。今後も行くだろう。
プロレスやボクシング観戦は。

*****

ポポ、ジャック、二号、ケロ、ローク(00年にNYで死去)
という98年に日本からNYに連れていった
猫軍団の最後の生き残りケロが逝去したのが七月。

ケロ最晩年期に新たにダモシ国にやってきた、
アントニオが選んだミミとロン。
この二匹が相次いで亡くなった。
幼児期の猫によく見られるウィルスで、だ。
共に兄妹の関係だったから同じウィルスだったのだ。
血のつながっていないもう一匹の新入り、プー。

これはそのウィルスに感染しておらず、
今も元気にダモシ国で暮らしている。
もう慣れたようで、すっかりダモシ国の一員になった。

*****

お盆明け、渋滞や乗車率150%新幹線を避けて
ワイフとアントニオは那須へ帰省した。
そこで、同時期に那須ご用邸に保養に来た
皇太子ファミリーに遭遇。

アントニオが沿道で迎えるところで
車を停めてくれ、
窓を開けた雅子妃と愛子様が
アントニオを見て手を振ってくれたそうだ。
アントニオ、夏休みの大きな想い出となっただろう。

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*****

夏休みのアントニオ。
今年はダモシが大きく関わり、
全国児童読書感想文コンクール用の
読書感想文と、夏休み自由課題の絵画に取り組んだ。

絵画は学年代表として学内に展示され、
読書感想文は学校代表に選出されて
区の代表戦へ進んだ
(結果はまだ分からない。
 区を勝ち抜いて、次は市の代表戦、
 市を勝ち抜けば県の代表戦となる)。

いずれにせよ神奈川県は不公平だ。
そもそも空手の大会もそうだが、
なぜか現在の小学三年生が多く、
どの大会でも参加人数がダントツに三年生が多い。
ということは必然的にハードルも高くなるのだ。
一回勝って優勝なのと、
五回勝たないと優勝出来ないのでは、
そのハードルの差は明らかだろう。

甲子園の高校野球もそうだが、
例えば神奈川県は、
米国の陸上の世界
(=五輪で勝つより全米選手権で勝つ方が難しい)で、
あまりにも学校数や生徒数が多すぎる。
忌憚なくいえば、
全国児童読書感想文コンクールにしても
当該階級(小学校中学年)で考えても、
例えば鳥取県と神奈川県では
圧倒的な数が違う。イコール、ハードルの高さが違う。

神奈川県の場合(且つ横浜18区の場合)、
最初に
<学校内予選>があり、学校代表になるだけでも
大変なのに(アントニオはこれになった)、
次に<区>での予選がある。
それを突破しても
日本の市町村で最大の人口を誇る
ものものしいハードルの高い<横浜市>予選がある。
スーパーハードなそれを乗り越えてもなお
最後に<県>予選がある。
どないなっとんねん!と言いたくなるわけだ。
鳥取県に恨みはないが、
鳥取県のハードルの低さと
県代表という部分では同じなわけだ。
これは納得出来ない。
きっと、高校球児もそう思っているだろう。
神奈川県と大阪府は。
東京と北海道は代表枠二つだから良い。
神奈川と大阪はキツいぜよ、と。正直感じるがいかがか。

まあ、とにかく学校代表になっただけでも凄いわけだ。
よく頑張った、と大いに褒めたパフォーマンスだった。

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****

かいつまんで、という形だが、
このようなところか。

ダモシ自身は、八月も
茨城や栃木、群馬その他各所へ出かけた。

残念ながら
デイリーな部分はフェイスブックに委ねたい。
エポック的なディープな部分や考察モノなどは
変わらずダモログに掲載したい。

posted by damoshi at 00:33| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

ザ・ショット


アントニオの空手:2012年シーズンも、
先のウィークエンドでの大会で前半戦を終えた。

全11大会で優勝は4回。
準優勝や三位はなく、
ベスト4(1回)、ベスト8(1回)、ベスト16(1回)
そして一回戦負け(4回)。

09年〜11年までの過去3シーズンで、
今年は前半戦だけで既に優勝回数はシーズン・ベスト。
その代わり11年までに多かった準優勝や入賞がなく、
ひとつには決勝に進めば勝率100%という
勝負強さを見せている。

その一方で一回戦負けも既に4回。
4回のうち1回は八百長最低での敗戦。
他の3回は本来の動きと調子がまったくない時。

『あぁ、こりゃ、かなわないな
 という完敗は、ない』とダモシは言う。

もちろん勝敗は時の運もある。
その時の体調、心理的な状態も左右する。

体調が良いからといって
すべて勝てるわけではなければ、
体調が悪いからといって
すべて負けているわけではない。

優勝している際も、
圧倒的に勝っているのではなく
すべて紙一重での闘いをモノにしている。

『常にギリギリだ』(ダモシ)と。

『タイプ的には、
 ディープインパクトとか
 シンボリルドルフ系ではない。
 やはりシンザンが相応しい。
 勝つ時はギリギリという。
 で、こんなところで?的に
 あっさり負けることもある、という。
 だから試合はどんな相手でも
 いつもスリリングになる。
 善くも悪くも相手に合わせられる。
 どんな相手とでもスイングさせられる』
(ダモシ)
という特性は、やはり魅せる要素を
常に意識しているからともいえる。


:::::


NFLのプレイオフ、サッカーW杯決勝T、
夏の甲子園など、一発勝負のトーナメントには
多くの魔物が潜んでいる。

総当たり制のリーグ戦や
レギュラーシーズン・ゲーム、
あるいはベスト・オブ・セブンなどのプレイオフ
とそれらは趣が異なる。

大会:トーナメント。
一定レベル以上のこれにおける最高峰は、
<優勝>:タイトルである。
負けずに最後まで勝ち上がることである。

だが、時に<優勝>:タイトル以上の
重みと価値がある勝利がある。
<優勝>しない場合でも、
その<勝利>が優勝以上の重みがある
というケースである。

前半戦最後の大会(7.8)での
"一回戦"における
アントニオの勝利がそれに該当する。

アントニオの今後にとっても、
このジュニア空手の
ひとつの潮流においても、
大きな影響を及ぼす勝利と、その内容。

残り二秒の伝説、あるいは残り二秒の奇跡。

『レジェンド・オブ・ラスト・トゥー・セコンズ
 という感じでは』(館長)

『奇跡ではないね。
 日本語で奇跡というとムードは違う。
 偶発的でもなければ、たまたまでもない。
 出会い頭でもなければ、
 そもそもジャイアント・キリングではない。
 勝てると踏んでいたわけだし、
 その技も狙っていたわけだから。
 伝説になるレベルだから、レジェンドが合ってる。
 ただ、英語だとミラクルで通りはいい。
 違うからね、意味合いが微妙に』
(ダモシ)

ダモシは逡巡した。
そして今回のタイトルを決めた。

『内容的に1989年NBAファイナルでの
 あのマイケル・ジョーダンの
 残り三秒からの逆転シュート、
 あるいは一連のプロセスも含めれば、
 1989年NFLスーパーボウルでの
 ジョー・モンタナのドライブにイメージが近い』
(ダモシ)

ことから、最終的に

"The Shot" with 2 seconds left.

シンプル表現版では、<The Shot>となる。

『過去最高のスーパー・バウト』とダモシが語り
一回戦を勝っただけで
Wiiのゲームソフトを賞品で出したほどの、
そして一回戦を勝っただけの時点で
ダモシ・ワイフが勝って号泣したほどのエポック
="The Shot"。

一体、何が起こったのか。なぜ、起こったのか。
どういう背景があり、どういう試合だったのか。
それは、何だったのか。

<The Shot>本編を以下に掲載する。

(登場人物・団体名はすべて仮名)。



2010年、夏:::::

ジュニア空手も多種多様な
道場、団体、グループがある。
プロボクシングやプロレス同様だ。

直接打撃制のフルコンタクトから、
伝統系防具付、キック(グローブ)系から
微妙にルールが異なるその他含めて。

団体やグループごとに大会は開催される。
格闘技界はプロ含めて離合集散が多い。
フルコンタクトの雄・極真も分裂した。

基本。
フルコンタクトをやる道場と団体は
それだけをやる。
伝統系もまたしかり。

中身も組手なら組手だけ、
型なら型だけ等々。
選手も組手だけ出て、
型の試合に出たことのない者は多い。
その逆もしかり。

アントニオの場合は、
すべての団体、グループに乗り込んでいる。
闘いに臨むのも
フルコンタクト、キック(グローブ)系、
伝統系防具付までオールマイティに
闘いに臨み、そのすべての種目で優勝経験がある。
加えて組手のトップクラスはほぼ取り組まない
「型」においてもトップレベルで、
型でも試合経験が多く、
各団体が集った演武会でも大トリを務めたばかりか、
東日本大震災の被災地(宮城県)へ遠征し
鎮魂の型を現場で演武した。

何をするにも井の中の蛙を嫌う
ダモシのイデオロギーを伝承している。

フルコンタクトだけの道場や団体が集った
ひとつのグループがある。
そのグループはフルコンタクトのジュニア空手の
"ひとつの"統合体を標榜している。

他の団体も全日本選手権は開催しているが、
そのグループJALNAも毎年、
全国で地区選抜大会を行い
その勝者による全日本選手権を年に一度開催している。
JALNAに加盟している道場・団体は
とりわけそれに価値を見出している。
そして、なぜかそれらはいずれも同じスタイルでの
空手をしている。

JALNAの選抜大会を勝ち上がれば、
勲章としてのワッペンを手にすることが出来る。
それを道着の袖に縫いつける。
あくまでも「ひとつ」の強者の証。
あくまでも、「one of them」。
トップレベルの「ひとつ」の証。

アントニオは2009年の幼児シーズンには、
JALNAとの絡みを持たなかった。
JALNA以外に団体やグループは数多くあり
同様に価値ある大会も多くあるからだ。

初めてJALNAに絡んだのは2010年。

所属していた団体の中の特殊部隊に
属していたアントニオは、
離合集散により
その特殊部隊の代表・藤澤が旗揚げした団体へ移籍。

6月。移籍後初の大会に出たアントニオは、
横浜文化体育館で行われたその闘いで
準優勝を遂げる。
その前の大会(3月/前所属団体時)で
生涯初の優勝を遂げていたアントニオは、
団体の離合集散という騒動と三ヶ月の
ブランクにめげず、自身初優勝後の大会でも
準優勝という卓越したパフォーマンスを見せた。

そして、準優勝という結果よりも
大きな分水嶺がこの大会であった。

決勝戦では、この大会特有の不思議なルール
(女子は一学年下げて出場出来る
 =当時アントニオは一年生。
  一年生の部に二年生のスーパーヘビー級女子が
  出てきて勝ち上がり決勝で当たった。
  善戦したがパワーで押されて準優勝に終わった)
で破れたが、周囲もダモシもいずれも
<事実上の決勝戦>として注目した準決勝戦が
重要な大一番となっていた。

準決勝の相手は、
同じ一年生に関わらずスーパーヘビー級。
そしてJALNAの加盟道場のエースで、
幼児から既にワッペンを得ている強豪・深野。
この大会でもほぼすべての試合を圧勝してきた。

一方のアントニオは、
一回戦からすべて薄氷の勝利。
延長を制するなど常にぎりぎりの闘いでベスト4。

深野の圧勝。誰もがそう思っていた。

だが、深野は
初めて遭遇するアントニオの
<早送り空手>に翻弄される。
バランスを崩す深野。
動き回るアントニオをまったく捉え切れず
何もできない。

アントニオの十八番のひとつ
<回ってロー>が徹底的に繰り出されて
脚にダメージを蓄積させた深野は動きを止めた。

本戦引き分け。
延長戦に入っても動きを止めず、
徹底的に回ってローを打ち込むアントニオ。

判定では副審四人が2-2。
最後に主審がアントニオをとって3-2で大勝利。
喝采が沸き起こった。

この勝利でアントニオは、
館長・藤澤からご褒美のハムスターを買ってもらった。

藤澤は試合後、ダモシに告げた。

<JALNAに出てみたら>。

JALNAの申し子のひとり・深野を破ったことから、
様々な他流に出ていっている中で
未踏のJALNAにも出ていくことになったのだった。

関東代表を決める最初の選抜大会。
2010年7月中旬の日曜日に行われた。
ダモシはその前々日の金曜日から
富士登拝へ向かい、土曜日に頂上到達。
肉体的に大ダメージを受けている中で、
日曜日の選抜大会を迎えていた。

だが、ダモシが富士山で苦闘している間、
アントニオが体調を崩した。
金曜夜、ワイフがタクシーを用いて
夜間救急病院へアントニオを連れていく。

<ヘルパンギーナ>と診察された。

ダモシはそれを頂上到達時に
携帯メールで知った。

<よりによってこんなときに・・・>。

唇を噛んだ。
絶不調。呼吸もまともにできない状態で
アントニオはその闘いに臨んだ。

それでも勝ち上がる。

あと一勝。
初参戦でワッペンに手が届こうかという
位置まで勝ち進んだ。

そこで目の前に立ちふさがったのが、
拳城団のエース・秋元だった。

拳城団という道場・団体も、JALNAに加盟していた。
加盟しているどころか役員にも名を連ねている。
いわばJALNAの家族、内輪だ。

ゆえにか
大量に所属選手を送り込み、
みな同じスタイル=JALNAで勝つためのスタイル
を徹底していた。
各学年でワッペン選手を輩出。

秋元も幼児時代から既にその地位に就いている。
当然この時(一年生)も狙っている。
とりわけ拳城団という団体の中でも
多くいる一年生の中で絶対エースとして君臨。

絶不調のアントニオはしかし奮闘。
絶好調時の動きに近いキレを見せるが、
試合途中でセコンドのダモシが
秋元を見て驚いた。

『アントニオの動きについてきていた。
 これには、たまげた。
 強いという感じよりも、動きに驚いた。
 アントニオの動きについてこられる選手は
 それまでいなかったからね』(ダモシ)
という動きで、秋元は手数でアントニオを上回った。

延長にもつれる接戦。
双方とも一本も技有りがとれない。
だが判定は5-0で秋元に挙がり、アントニオは敗北した。

試合後、ダモシは初めて相手を讃えた。
秋元とその父と言葉を交わし握手を交わした。

ダモシにとってもアントニオにとっても、
初めて出逢った
「あぁ、負けたな」と思える選手だった。

もちろんそれ以前も多くの敗北を喫したが、
レベル的にも打ち破る壁としても
値する選手はほとんどいなかった。

そして何よりも
『試合が噛み合っていた。
 スイングした素晴しい試合。
 双方レベルが高く、理想的な試合』
という点が、敗北の悔しさを超えて
どこか嬉しさをも感じるところとなった。

負けて、さばさば。
しょっぱい負け方で負けたのではなく、
やれることはやって
相手もまたすばらしいという理想型が
そこに存在していた。

この時点で、
ダモシとアントニオの中に、
秋元が強烈に刻み込まれたのだった。

8月。
アントニオは別のJALNA選抜大会で活躍した後、
東北旅行で平泉中尊寺を参拝中に
同じ道場の父兄からの連絡で
ワッペンを獲得したことを知る。

所属道場としては初の快挙となった。

その選抜大会で顔を合わせて
延長にもつれこむ激闘を繰り広げたのが大貫。
大貫もまた秋元と同じ拳城団の選手だった。
秋元が拳城団のエースで
大貫が二番手。三番手に伊豆がいる布陣は、
極真会館の各道場同様に層の厚さを示していた。

対するアントニオは常に一騎当千。
アントニオは対拳城団では
秋元、大貫双方に判定延長で破れたのだ。
いずれも皆、技有りを許していないから
紙一重の闘いだったことは分かる。
そしてアントニオは掴みと面がつくという
注意をとられている分だけ
最後の判定になると負けをとられるに過ぎず
紙一重はまさに薄い差だった。

9月。
別のグループISKFの全日本選手権。
だが拳城団はなぜかこのグループの
メンバーにもなっていて、強豪を送り込んできた。

アントニオはこの大会、組手と型の
ダブルエントリー。

まずは型。この一回戦で拳城団の「型」専門のエースと
アントニオの対決があった。
型専門のエースは何という因果か
組手でアントニオを判定で破った大貫の、兄。

学年はひとつ上。
一年生のアントニオと二年生の大貫兄が相見えるのは、
この大会の規定で「型」は一〜二年混合になるという
事情があったからだ。上級生、帯も格上の大貫兄が
出した技は平安五段。
対するアントニオが出した技は平安初段。
型の格的にも学年上であることからも
明らかに大貫兄に分がある。

しかし「型」のトップクラスでもあるアントニオは、
何と大貫兄を破ってしまった。
(その後、現在まで大貫兄はどの流派の大会でも
 「型」で優勝を繰り返しているトップ選手になっている)。

その大会でアントニオは結果的に準優勝。
(翌年2011年の同大会での型でも
 不可解な判定で準優勝に甘んじた。
 だが、「実質的には優勝。判定八百長だから」(ダモシ))。

その全日本でのアントニオ戦は、大貫兄に衝撃を与えた。
大貫兄は以降、
ほぼ唯一といってよい敗北を与えた
アントニオへのリベンジの機会を伺うが
2012年夏現在まで一度も訪れていない。

さらにアントニオは同大会のフルコン組手で準優勝。
準決勝では拳城団の三番手で
対アントニオへの刺客だった伊豆を撃破。

ダブル準優勝をもって、
11月のJALNAの全日本選手権へと向かった。


2010年、秋:::::::

JALNA全日本選手権。
アントニオは一回戦で中部地区王者と当たる。

絶好調のアントニオは終始圧倒。
しかし、この団体特有の「面」が少しでもつくと
反則をとられるというルールにより注意を受けた。
相手にまったく攻めさせなかった反面、
一本とることもできず、判定になってしまう。
判定になればどんなに攻めていても
注意x1を受けていたことで敗北になる。
アントニオはまさに空手で勝って、試合に負けた。

秋元はこの大会、ベスト8に進出して闘いを終えた。
優勝者は西日本の王者。
準優勝は、6月の別の大会で激闘の末
アントニオが勝った相手の深野だった。


2011年、春:::::

アントニオの11年は、
1月の大会でのフルコン組手優勝で幕を開けた。

東日本大震災から二週間後、
アントニオが生涯初の優勝を遂げた大会が
ふたたびやってきた。
大会連覇と二大会連続優勝がかかっていた。

その大会の準決勝で、ふたたび秋元と相見えた。

前年にも増してレベルの高い両者同士の
好ファイト。
一瞬の隙をついた秋元渾身の右上段を
アントニオはさばき切れずヒット。

技有りx1の判定5-0で秋元がアントニオを返り討ちにした。

この試合で
『アントニオは確実に強くなっているが、
 秋元もまたさらに強くなっている。
 そして上手くなっている』とダモシは認めている。

だが、この試合、開始前から相当、
秋元陣営にアントニオ・アレルギーがあると
ダモシは見抜いていた。

『こっちもイヤだけど、
 あっちの方がもっとイヤだぞ、きっと』。

試合前に
怯えた目で通りすがりにダモシのことを見る
秋元の姿が何度もあったからだ。

(準決勝で当たるのか・・・)と
密に感じながら闘いをしていた。秋元は。
それがプレッシャーとなって動き自体は悪かった。

ところがそれはアントニオも同様で、
最悪の部類に入るほど動きは悪く
辛うじて勝ち上がっていた状態だった。

それでも互いが相見えると、
見違えるような闘いぶりで
観ている者にハイレベルな攻防を見せた二人。

『う〜ん、スイングするねぇ』と
ダモシも唸ったほどだった。

だが、勝てない。二度までも。
これはやがて苦手意識につながる。
大会でもしまた逢ったら
それだけでプレッシャーになってしまう。

ダモシの中にはそんな危惧があった。


2011年、夏〜冬:::::

アントニオはその後も、
他流の様々な団体、グループの大会に乗り込み、
鍛えていった。
6月には前年同様に極真系の大会で
スーパーヘビー級の深谷と再び相見えた。
舞台は決勝戦。
延長にもつれ込んだぎりぎりの攻防は、
惜しくも深谷に軍配が上がり、
前年と合わせてこれで一勝一敗のタイとなった。

その間、秋元らはほぼJALNAに集中。
そのグループに属する大会のみに出ていた。

秋元も大貫も、そして他団体だが深野も。
いずれもまたワッペンを獲得した。

アントニオ、最後のトライ。
それを阻んだのが、これもまた因縁の大貫(弟)だった。
相見えた闘いで共にワッペンを獲得した前年。
だがこの時はしかし、大貫は既に獲得していた。
アントニオはその獲得最後の機会に臨んでいた。
ところが既取得者だった大貫が
あろうことかその大会に出てきていて
壁として立ちふさがった。

忌憚なくダモシは思った。

『既に取っている者が選抜大会に出てくるのは、
 おかしいのではないか?
 取っているのに、何のために出てくるのか。
 邪魔しに来ているのか?』と。

正直なところだろう。

五輪予選にしても最終予選まで何度か機会はある。
最終予選に、既に代表権を獲得している選手が
出てくるようなものなのだ。
明らかにこのシステムはおかしい。
疑問を覚えると同時に
ダモシは言う。

『自分らのグループだけで固めたい。
 そんな思惑が感じられる。
 スタイルが皆、同じだもの。
 ああいうスタイルの空手はまた
 俺らは嫌いなのだよ』

あと一歩。
そこで大貫戦を迎えたアントニオは、
やはり差のない闘いをするのだが、
「掴み」を二度とられて注意x2となり、
それが響いての、毎度のパターンでの反則負け
=判定負け。

無念の涙を飲んだ。

◆「面」が相手の面についてしまう
◆一瞬ではあるが相手の道着を掴んでしまう

この二点は
JALNAルールで闘う上で
大きな大きな課題として残っていた。

この年、アントニオはワッペン獲得は逃した。
だが、極真会館の全日本選手権や
その他に出場し、確実に場数と鍛錬を積んでいた。

秋。
前年につづきISKFの全日本がやってきた。
そこでまたもや秋元と遭遇した。
「三たび激突」と、
最初のトーナメント表ではなっていた。
ところがなぜか組み合わせ自体が変更された。
アントニオの"山"が操作されたのだ。
秋元と分かれるように変更された。
そして秋元の山は、強豪不在になった。

同グループの連盟に属する拳城団
もしくは主催者側による
明らかに意図的な操作だった。

前年同様に「型」にも出場したアントニオ。
だが、主催者側の不手際で
小二のフルコン組手試合と型試合が
被ってしまったのである。

「型」を不可解な判定で準優勝で終えたアントニオは、
慌ただしい中で急遽、すぐに組手を試合を迎えた。
二回戦ではラフな相手の顔面パンチに激怒して
エキセントリックなバトルを繰り広げたことと
型の激闘の疲れも重なって
激しい頭痛に見舞われていた。
頭が痛めば吐き気も沸いてくる。

苦しい中での準々決勝の相手は、
拳城団ナンバースリーの伊豆。
力量はアントニオだが、
頭痛の中では厳しく、
やはり掴みを犯したことで反則負け。

遂に拳城団のナンバースリーにも敗北を喫した。

大会は秋元と大貫の決勝となり、秋元が制した。

秋元に二戦二敗。大貫にも二戦二敗。
そして伊豆と一勝一敗。

だがこのトーナメント中、
対面側で
秋元は終始怯えた表情でアントニオの試合を観ていた。
伊豆がアントニオを葬ったことで、
忌憚なく安堵した。


JALNA全日本。

今度は大貫がベスト4に入る快挙。
秋元もベスト8。
深谷はまたも準優勝。

彼らとその他の関東勢が揃って
JALNAの世界においては
トップグループを形成していた。

アントニオも一方でこの年末、
別の団体WNKFの世界選手権出場権を賭けた
全日本選抜優勝大会に推薦出場し、
見事に優勝。
2012年末に行われる世界選手権の代表権を獲得。
さらには2012年初の
また別のグループの全国大会で
フルコン、グローブ空手の二部門で優勝するなど
着実にステップアップ。

また出場が被った3月の大会では、
アントニオは一回戦負けを喫したが、
秋元はコンシステンシーを見せて
ベスト4に進出していた。

そしてJALNAの今年度の関東代表選抜大会で、
秋元は優勝。
関東王者の地位を不動のものとした。

その間、アントニオも
4月に二年ぶりに伝統系防具付ルールに参戦。
その関東大会で優勝。

好調キープで、6月には靭帯損傷の中での
あの<ガッツ>で、
WNKFの2013年選抜優勝大会代表決定戦で
見事に優勝。

互いに路線は違えど、好調をキープしたところで
この夏に差し掛かっていた。

ダモシには自負がある。

『ワッペンはあくまで団体のひとつ。
 それだけがすべてではない。
 また伝統系の人も伝統系はあくまでひとつ。
 それだけがすべてではない。
 アントニオの場合は、縛りがないから、
 全方位型で各団体のそれに出ていく勇気がある。
 種目もフルコンのみならず、伝統系防具も強いし、
 キックルール(グローブ空手)も優勝している。
 そして何よりも原点的な<型>もトップレベル。
 これこそが最強と思っている。
 JALNAはJALNAでやはり井の中の蛙。
 一貫したひとつのスタイルがあって、
 最近それが見えてきた』

<最近それが見えていた>。

ここが重要だ。

JALNAで勝つための方法論が見えてきた
というのである。

ダモシ曰く、
手数多く見えるように前のめりで
右左と突きを連発し、
途中で膝蹴り入れて、
あとはポイントになる上段を
離れ際に放つというワンパターンのスタイル。

そこではひたすらワンパターンを
スタミナとパワー良く
機械的に打ち込むことで勝ちにつながる。

ダモシの目には、
彼らの闘い方とスタイルが
本来フルコンではあってはならない
「ポイント稼ぎ」に走っているように
見えたのである。
そこでは、"上手い選手"が勝ってしまう的な。

体重別になっていない分、
明らかにパワー派の優位は否めない。

そんな中、
『いっつも最低身長、最軽量だもの。
 イヤになるぜ』
とダモシが言うが、

ダモシや藤澤はもとより
キラー・ワイフ含めて総がかりで
身体の小ささを逆に生かす戦略をとってきた。

そして何よりも、
秋元にしても大貫にしても同様に軽量級だ。
それがJALNAにおいてはトップを張っている。

JALNAの世界では四年生からは体重別になる。
他団体もそうだが、
30kg以下か30kg以上と二つに分かれるが、
そうなれば花形なのは30kg以下級になるのだ。
プロのボクシングでいえば黄金のウエルター級の世界。

動きも俊敏で技もキレる。
そのハイレベルな攻防は
少年ヘビー級ではまず見られないからだ。

四年生以降を見据えた場合、
ダモシ陣営の視野は
ヘビー級のトップ選手らではなく
秋元や大貫らになってくる。

それは他団体やグループの大会も同様で、
次第に「身体が大きいだけ」では勝てなくなってくる。
それの分水嶺がちょうど三年生くらいになる。

四年生から六年生のジュニア高学年になると
どの団体、グループの大会においても
花形は各学年二つに分かれる階級のうち
軽量級の方になってくるのである。

その分、チャンスは増える一方で、
覇権争いも苛烈になってくる。

そしてダモシは言う。

『はっきりいって全方位的に
 あらゆる団体、グループ、ルールのもとに
 出ていって闘っているアントニオこそ
 最強の一角だ。その自負は強い。
 毎回、出ていくたびに
 その流派、団体、グループの強者と闘っているのだ。
 自然と対応力は身につく。
 修羅場くぐりというやつですよ。
 それを各団体の井の中の蛙にぶつける。
 仮にこちらがワッペンがなくとも、
 毎年ワッペンの選手や今年とっている選手を
 一発完全に破れば、実力ではこちらが上となる。
 ワッペンというひとつの井の中で
 鼻が高くなっている選手や陣営がいるとすれば、
 へし折られることになる。
 こちらからすれば、
 相手がいくらワッペンをとっていようが、
 でもアントニオにやられたじゃん?
 となるわけで、実力はこちらが上となれるからね』

視野は統一王者である、と。
そう言いたいわけだ。

実際、団体内だけの
クローズ大会しかやらないところもある。
他流大会といっても
そのグループに加盟しているところがメインで
組み合わせも操作したりしている。

そんな中、
アントニオはすべて完全アウェイで出ていっている。
どのグループにも道場自体が属していないからだ。
加盟もしていないからだ。

だからこそ
親が役員や審判をやっているような選手や
グループ内の選手は怖れるのだ。アントニオを。

「危険な相手だ」と。

「何をしてくるか分からないぞ」と。

空手のスタイルもまるっきり異なるからだ。


2012年、初夏:::::

そして舞台は、
アントニオにとって久しぶりのJALNA。
その選抜大会。

今年既に秋元も大貫もワッペンを取得している。
だから、本来であればいないはずだ。

ところが、だ。

会場入りして組み合わせを見ると、
何と一回戦で、
関東代表決定戦で優勝した秋元と、
アントニオが組まれていた。

『何じゃ、こりゃ!』
『何で、出てくるのよ』

藤澤を交えて、諸手を挙げる。
しかも大貫までエントリーしている。

ダモシは動いた。
旧知だ。
秋元と大貫陣営に歩み寄り
声がけする。

『もう(ワッペン)取ってますよね?』

意図することが分かったのか、
大貫父がざっくばらんに答える。

『今日はウチの伊豆君に取らせようと・・・』

なるほど、とダモシは思う。
包囲網だ、と。

ナンバースリーの伊豆に栄誉を取らせるべく、
トーナメントで邪魔な相手を
消していく。
そのために秋元と大貫が出てきているのだ、と。

事実、大貫父は言った。

『少しでも後方支援できれば、と・・・』。

キラーワイフが陰で怒った。

『性格悪いよね。
 アントニオが取ったら、
 同じことしてやるぞ。
 普通、取った者が出てきてたら、
 取っていない者は
 "何であいつら出てきてるのよ"と感じるわね』

前述した五輪代表決定戦と同じだ。
既に獲得している者が
最終予選に出てくるのは本来論外だろう。

このあたりにも
加盟団体以外から代表者を出さぬよう
JALNA側が仕込んだ策なのだろう。
加盟団体だけで代表者を揃えたい。
何かを主宰する団体としては
そう考えるのも妥当だろう。
なにしよ「仲間」なのだから。

『いずれにせよ勝ちゃあいいんだ』
とダモシは言った。

だが相手が相手だ。分かっている。

『勝ち負けを過剰に考えなくていいぞ。
 秋元戦、集中でいけ。
 すべてを秋元戦で出せ。
 練習したこと、秋元用の動き、
 出来る技、すべて出せばそれで良い。
 楽しく暴れ回れば、それで良い。
 周りを驚かせろ。
 そしてラスト10秒になったら、
 アレだぞ、アレ。土壇場はアレだ』

ダモシはそうアントニオに声がけした。

アントニオは、
ダモシらも意外なほど冷静で
一回戦の相手が秋元と知っても
特別な意識もなければ緊張も覚えていない。
むしろ「あぁ、勝つわな」という意識が
顔に表れていた。

ダモシもキラーワイフも藤澤も、
そして何よりも当のアントニオ自身も
肩の力が奇妙な感覚で抜けた。

一回戦で秋元戦と知ってから、
良い意味で肩の力が抜けたのだった。

これは単純な意味でのリラックスといって良かった。

アントニオvs.秋元。三度目の闘い。

朝9時からスタートした大会は、
三年生の部へのエントリーが異様に多いことから、
三年生のトーナメントはメインで
最後ということになり、
延々と午後三時まで待たされることになる。

そうなることを理解したダモシ陣営は
即座にアントニオに言った。

『ずっと後だから。午後だし。
 直前まで動かなくていい。
 リラックスして待とう』


一方の秋元、大貫、伊豆ら拳城団の面々は
アリーナ中に見せつけるかのように
皆でミット打ちなど
朝一番から汗をかいている。

リラックスして秋元のミット打ちでの動きを
これみよがしに見つめる
ダモシ、アントニオ、藤澤。

それを意識しながら既にモメンタムが
ピークになっているかのように動く秋元。

秋元の動きを見た後、喫煙所に出向いたダモシ。
そこで深谷父と再会。
情報交換をする。

関東代表の決定トーナメントで
秋元が優勝したが、
そこで深谷はベスト4敗退だったという。

『秋元君、強くなった。強いですよ、今。
 こないだの代表決定戦、全部楽勝でしたよ』
と深谷父は述べた。

『そうか。一回戦で秋元君と当たりますから。
 すべてそこにぶつけますよ』とダモシは返した。

自信はあった。

今のアントニオなら勝つぞ、という。

全日本、全国レベルの大会での優勝経験は
共にある。

JALNAにおいては秋元に分がある。
JALNAの全日本での優勝経験は秋元もないが、
今年の関東では王者に輝き、
来年頭に行われる全日本出場権を得ている。

だがアントニオは
WNKFの全日本で優勝し、
その世界選手権の代表権を獲得している。
伝統系防具付の関東も制している。

そして秋元は「型」はやっていないが、
アントニオは「型」もトップクラスであり
大きな演武会で大人をも抑えて
大トリを務めている。

東日本大震災の被災地へ出向き
鎮魂の型を演武した。

『誰がやる?やってる?
 言わせてもらえば、
 特にJALNA系の選手は、
 自分が勝つことにすべてになっている。
 本来、空手はそうではないはず。
 そのあたりも、こういうことをしていても
 君らより強いし、というのを見せしめたいね』

とダモシは熱くなる。

さらに。
いずれも所属する団体のエースだが、
その中身が異なる。
強豪揃う団体のエースの秋元。
少数精鋭で一本かぶりのエースのアントニオ。

同学年や上がいてガンガン稽古できる秋元。
すべて下で稽古では受けなくてはならないアントニオ。
「型」を教えたりするのもアントニオの役目だ。
既に教える側、面倒を見る側になっているアントニオと
ガンガン自分が強くなることに集中している秋元。
『試合』という意味でのエッジは断然、秋元にある。

だがアントニオには、ダモシがいる。

受けざるを得ないことで
稽古的に不足する点を
ダモシ自らが起つことで補うばかりか、
それを超越せんと必死になっている。

己の肉体と鍛えようのない脳を差し出し、
アントニオの全身全霊の打撃を受けている。

ダモシは言う。

『俺とやっているのだよ、スパーを。
 強くならないわけがないでしょ。
 一方で下相手とはいえ
 受けるのも苦しいわけで、彼も。
 でも受けることで相手の動きが見えてくる。
 受けから攻撃に転じる一連のストーリー等、
 組立を学ぶことが出来ている』

ただ同学年とガンガン稽古するより
濃密且つ合理的な稽古をしているという自負。
さらにIDも駆使し、
相手の弱点もあぶり出す。
ひとたび相見えれば
ビデオをもってして
その相手の弱点を割り出す。

『あとは、スタイル。
 アントニオのスタイルは旧来の空手と異なる。
 明らかに違う。華麗なる魅せる空手だから。
 JALNAの空手スタイルは認められない。
 JALNAで勝つためのスタイルが見え見えで、
 誰もがポイント稼ぎに入っている。
 あれでは伝統系の方が上だ。
 伝統系にもチャレンジしたことで、
 アントニオの打撃のポイントが決まってきた。
 ムダな突きと蹴りが減ってきた。
 一方でJALNA系の選手はいま見ると
 ムダなそれが多い。そこに穴がある。
 彼らと同じスタイルで闘ったらまず勝てない。
 彼らが出来ないスタイルで驚かせて動揺させる。
 華麗なる技の空手で勝負する』(ダモシ)。


拳城団陣営は情報戦を仕掛けた。

『ウチは秋元君に勝ったことないんですよ。
 エースの彼にはなかなか勝てなくて』
と大貫母がキラー・ワイフに話しかけてきた。

既に闘いは始まっていた。

藤澤も舐めるような視線で、
ミット打ちをする秋元の正面で
その動きを見る。

ダモシは秋元父、大貫父それぞれのもとに
順番に歩み寄っては声がけする。

『時間空き過ぎですね、試合まで』と
ダモシは秋元父の様子を探る。
すると秋元父はうんざりした様子で
『困りますね』と呟く。

その直前、秋元父が秋元に
『身体動かすか』と声がけすると
『無理』とうんざりした様子で答える
秋元の姿もしっかりとダモシは見ている。

『子供は調整しにくいでしょうね』と
あえて同じ当事者目線で優しく声がけする。

『まあ当たり前だけれど、心理戦だからね。
 そういうの全部、既に試合なわけで』
(ダモシ)。

ダモシは特に、そういった心理戦を仕掛ける。

そして戦術は決まった。

・受ける
・ラスト10秒でナイアガラ

ここ最近出場している伝統系防具付で学んだ
一撃必殺にかける、と。
そして、一発も入れさせない。
引き分けに持ち込むつもりで良い。
仕掛けるのはラスト10秒。


<受ける>。

これは精神的に相手を追い込むと共に、
一発も入れさせない動態をとる意味もある。

その<受ける>練習は、
他の選手がやっていない部分であり
さんざんやってきている。

オフェンスの基点は、インロー。
そして練習している技/出来る技は、
可能な限りすべて出す。

ブレない戦術が定まった。

いざ、勝負の時が来た。

プロ同様、路線が違う。団体も違う。

単純に、どちらが強いのか。
JALNAに価値を置けば秋元が上。
だが全方位的に視野を広げれば断然アントニオ。

ある意味で他団体のエース同士が相見える世界観。
ルール、土俵は、秋元のもの。
アントニオは慣れているアウェイ。

この闘いの構図であった。


7.8.2012:::::

一回戦でのゴールデンカード。
知っている者が多い分、
多くの視線が一斉に集まる。

赤、秋元。先に入場。
白、アントニオ。気合良く押忍と叫び入場。

秋元は、ファーストコンタクトで
ややスロー気味(相手の出方を見る感じ)で
右を使う癖がある。

一年前の春の対決の際、
ファーストコンタクトで
いきなりの左上段を狙いにいく戦術を採り、
それは間一髪で決まらなかったが、
ほとんど決まった感じで成功した。

もちろん覚えていれば
アントニオが左上段を狙ってくることを
警戒するだろう。

ファーストコンタクトで選んでいた戦術は二つ。

・左上段を見せてすぐに右飛び後ろ回し蹴り。
 それがヒットせず秋元が後退して避けた場合、
 すぐさまナイアガラ-II

OR

・(前回の対決の逆で)右上段

アントニオがどちらを採るか、
向かい合った際のアトモスフィアと
一瞬の秋元の動きを見て判断する。

ゴング。

秋元の左が甘い。ゆっくりと探るように、
右上段のような動態をとる。
それを見逃さないアントニオは、
右上段をハイスピードで蹴った。
つま先がヒットして秋元の顎が上がる。

セコンドのダモシは、
『ヘイッ!』と叫び、
それがヒットした(技有りだという)ことをアピールする。
副審はいずれも赤白旗を手前で派手に交差させて
技有りにはならない旨を表明する。

gg1.jpg

『これは入っていますよ。 
 ガードできてなかったし。
 急のことで審判もびっくりしたのでしょう。
 ときどき、アントニオの動きが速すぎて
 審判がついてこられないことがある。
 いくら何でも入ってるだろというケースが
 これまでにも山ほどありますよ』
(ダモシ談)

前回の対決ではファーストコンタクトで
機先を制された秋元はすぐに体勢を整えたが、
今回は立て直せず、のっけから焦る。
オフェンスの身体バランスが崩れる。

それでもトップ選手のレベルの高さで
やや遅れながらもアジャストして
自分のリズムを取り戻そうとした。

基点はワンツーからのロー。
だが、アントニオもワンツーからのロー、
そして得意の回ってローを繰り出し、
同じ手数で同じ攻防が展開される。

開始15秒、
秋元得意のキレ味鋭い右上段が飛ぶ。
多くの選手をこれで葬ってきた。
レベルが高い上段蹴りだ。
一年前の春、それで一本とられている。

だがアントニオには見えていた。
それをカット。
カットした直後すぐに左上段を放つ。
秋元負けじとカット。

21秒経過からアントニオがいよいよ
<受け>に入る。
脇を締めて両腕を肘で曲げて広げ
相手の突きを受け始めた。

秋元がワンツーを突き、
左右に動きながらローやミドルを放つが、
左右に秋元が動くたびに
アントニオは受けの態勢のまま
秋元の正面に立つ。
正面に常に立つことで相手の攻撃が見える上、
腹筋を入れて突きを受けられるようになる。
また、上段蹴りもカットしやすくなる。

29秒、苦し紛れに秋元は
やはり十八番の右上段を放つが、
その精度の高い上段をも
きちんと正面に立っていることで
肘を使って完璧なディフェンスで入れさせない
アントニオ。

受けて捌いてそして己がワンツーと
強烈な左インローを打ち込む。
左インローが次第に秋元の動きを止めていく。

gg4.jpg

そして上段蹴り、後ろまわし蹴り、上段蹴りの
まわし蹴り連続攻撃で
秋元を後退させる。

gg3.jpg

gg2000.jpg

さらに動揺する秋元に対し、
受けながら<圧>〜プレッシャー〜
をかけるアントニオ。

明らかに秋元陣営の顔色が変わる。
『自分らのエースの強烈な攻撃を
 受けられてしまっている・・・』
『しかもエースが圧をかけられてしまっている』
『(アントニオ)はヘビー級じゃないのに』
と。

gg2.jpg

『受けるという所作はオフェンスではないけれど、
 実質的にはオフェンスですよ。
 精神的に明らかに追い込まれる。相手は。
 心理的に追い込むオフェンスですよ。
 そしてこれぞ王道』(ダモシ)

ところが50秒、副審がアントニオの反則をとる。
面が相手にくっついているというのだ。
JALNA特有の不可思議なルール。

面(頭)をつけて押し込む攻撃は反則であり
それは頷くことはできる。
だが、意図的に面をつけて押しているわけではない。
闘いの中で意図せずとも
面が一瞬くっついてしますケースはあるのだ。
その微妙な加減を判断せずに、
すぐに笛を吹き、旗を振り、
さも嬉しそうに反則をとる副審団。
グループ内の意図的な所作か?と思えてくる。

これによって
以前からJALNAで負けるケースが多いのが
アントニオだ。

注意x1。

このまま終わって判定になれば、
いくら内容で勝っていても、負けになるのだ。

57秒。試合再開。
ここでもアントニオが先に仕掛ける。

飛び込んでの、蹴り上げ式中足。
いきなり相手のチンを
ジャンプして蹴り上げる技だ。
だが、これは見せ技で
優しいアントニオは当てにいかない。
シュートマッチになれば、
これをモロに入れることはできる。
闘う相手への尊敬として
これをあえて入れないことは、流儀だ。

gg7.jpg

実際、
ダモシとのスパーでは「入れて良いぞ」
としてあるため入れてくる。
昨日も入れられた。

age.jpg


戸惑う秋元。
ただただワンツーとローという定番の動きをする。
その後スキをついて得意の右上段がパターンだ。
ところが注意x1をとられて劣勢のアントニオは
横綱相撲でまたもや<受け>る。
受けられてワンツーにもローにも精度を欠いて
有効打を放てない秋元。
アントニオは受けから攻めに転じる際に
強烈な左インローを放ち、秋元の左脚を浮かせて
ダメージを蓄積させる。

幼児時代に得意だった
・右に回ってロー
・左インロー
これが今年は完全に甦っている。

ところが1分05秒。またもや副審の笛と旗が踊る。
赤・秋元の旗も挙げた副審もいたが、
最後に主審がとったのは白・アントニオの反則。
やはりまた面だ。

『これで、(反則)とるかよぉ!』

セコンドのダモシが呆れる。

注意x2。
内容と手数、有効打の数では圧倒的な
アントニオだが、このままでは判定0-5で敗北となる。

1分16秒、試合再開。

残りは14秒。
これが最後のコンタクトだろう。

サッカーやラグビーでいえば、
プレイが途切れたらそれで終わりの世界。

ここでアントニオは突如、
伝統系防具付で採用している左構えに切り替える。

フルコンタクトだけではなく、
ボクシングと伝統系防具付も練習している中で
ダモシとアントニオが編み出した
左右両利き腕方式だ。

『上段も左上段の方が得意だ。
 顔面パンチありのグローブの場合も
 パンチ力は左構えの方がスムーズ。
 ミドルもそう。伝統系の場合、一発を決めるのは
 たいてい左構え。フルコンでも右利きでも左上段を
 強烈に出来る者の方が相対的に上』
とダモシは語る。

『必ず試合途中で構えを一回切り替えろ』(ダモシ)
と指示も出していた。

土壇場でアントニオは切り替えた。残りは14秒。
時間がない。
ブースの外にいるキラー・ワイフが叫ぶ。

『いけ!狙っていけ!』

最後のチャンスだと悟っていた。
サッカーでいうところのロスタイムに相当する。
ここで一発決めて技有りをとらなければ勝ち目はない。

技有りをとっても、注意x2を受けているから、
JALNAにおいては
その技有りの技の強烈度によっては
引き分け延長になる可能性もある。

超大技を完璧な形で決める。

それしかもはや勝つ方法はない。
引き分けに持ち込むのではなく、
ここはもう勝ちにいくしかない。

ここからの14秒は、
まさにジョー・モンタナの
<モンタナ・ドライブ>に準えることができる
一連の動きの過程になる。



1989, NFL Super Bowl:::::

第23回NFLスーパーボウル。
土壇場でシンシナティ・ベンガルズが
FGによって16-13とリードを奪う。
残り試合時間は3分10秒。
サンフランシスコ・フォーティナイナーズのQB
ジョー・モンタナにとっては
大逆転への時間としては不足はなかった。

だが、サンフランシスコ最後のドライブと思われた
それは、自陣8ヤードからという
たいへんタフなシチュエーションだった。

クレイグへパス。
時計を止めないモンタナ。
リズム良くライスへパス成功。
またクレイグへパス成功。
時計は進みつづける。
残り二分で2ミニッツ・ウォーニングで
時計が止まるまで、モンタナはパスを
投じ続ける。

再開。
自陣30ヤードではじめてラン。
続けてライスへロングパス成功。
さらにノーハドルで
畳み込むようにクレイグへパス成功。
時計は止まらない。
パスを外に投げて時計を止める。
さらにその後もパス。成功するが、
反則があって10ヤード罰退。

敵陣35ヤード付近まで攻め込みながら、
ここで痛い10ヤード罰退で
敵陣45ヤード付近(フィールドほぼ中央)
まで後退してしまう。

これは致命的とも思えた。

残り1分15秒。
敵陣45ヤード付近から
2ダウン&20という厳しい状況。

しかしモンタナはここで
ライスへ起死回生のパスを
まさに針に糸を通すかの如く場所へ通す。
キャッチしたライスは駿足生かして走り
大きくゲイン(進軍)。
敵陣20ヤードまで一気に進んだ。

残り1分03秒になり
モンタナは大きなジェスチャーで
タイムアウトをコールするが
聞き入れられず。

だが、その瞬間、テレビ画面に映し出された
シンシナティのワイチ・ヘッドコーチの顔は
引きつっていた。おそらく怯えていただろう。

<モンタナ・マジックにしてやられるのではないか>
という恐怖の予兆。

その足音が忍び寄っているアトモスフィアが
フロリダはマイアミのフィールドに
漂い始めていた。

だが、モンタナが必死にタイムをアピールするが、
時計が止まらない。

異様に早い秒数の経過。
それでも焦らずに
モンタナはすぐさまドライブ。
またもやパスを投じ、クレイグがキャッチ。
ここでようやく時計が止まった。

残り39秒。
いよいよ残り10ヤードまで迫った。

パスか、ランか。
もう、ここまでくれば
モンタナ・マジックでパスだろう。
キャッチはライスか、クレイグか。

失敗に備え(FGに備え)、
キッカーのコファーがキックの練習をしていた。

右に走りながらレシーバーを目で追う。
なかなか投げない、投げられない。
迫りくる相手ディフェンス・ライン。
間もなくサックされ捕まるかと思われた
ぎりぎりの瞬間、

モンタナはボールを投げた。

そこしかないところへ、
今しかないというタイミングで。

勢いのあるボールは
そのまま放っておけば間違いなく
ラインを飛び越えていっただろう。

意外なキャッチは、テイラー。
大きくジャンプし両腕を伸ばして
ぎりぎりのラインで見事にパスをキャッチ。

ボールをフィールドにたたきつけると
そのままサイドを割って外に出て
歓喜のジャンプ。

その瞬間、モンタナは高々と両腕を掲げた。

<タッチダウン!ジョン・テイラー!>

米テレビ中継のアナウンサーは叫んだ。

81年のNFCチャンピオンシップにおける
"The Catch"を想起させるシーンが、
また起こった。

これぞ、まさにモンタナ・マジック。


::::::


スポーツは、
その試合、その瞬間だけの問題ではない。

エキセントリックな結末や
感動的な終幕はすべて
そこに至るストーリーがあって
はじめて成立する。

すべてのエモーショナルなシーンでの
感動は、その瞬間だけのことではなく
過程があって初めて成り立つのだ。

そういう意味でも、
フットボールの持っている
<ドライブ>という
分かりやすいゲイン/進捗のストーリーが
いかに最後の瞬間を構築したかを
指し示す。

ベースボールにおける
土壇場の大逆転劇も同様。
一回からの攻防とその過程があって
そこに辿り着く。
さよならホームランには、
そこに至る過程こそが潜んでいる。

サッカーのPK決着も、
はじめからPKがあるのではなく
前後半、延長というプロセスがあって
PK戦のドラマに至る。

ボールゲーム全般にも言えることだ。

バスケットボールの頂点、NBA。
その中でも頂点を極めた
マイケル・ジョーダンもまた
モンタナ同様に
何度も感動的で驚異的なシーンを創造した。

1989年のNBAプレイオフ。
二勝二敗で迎えた第五戦。

敵地クリーブランドで残り三秒の時点で
99-100で負けていたブルズを
大逆転勝利に導いた
ジョーダンのジャンプシュート。

これが終了を告げるブザーの音と同時に
ゴールに吸い込まれた。101-100。
ブルズの大逆転勝利が決まった瞬間。

ジョーダンとブルズは以降、
90〜93年シーズンのスリーピート(三連覇)、
メジャー入りでの引退と復活を挟んでの
95〜98年シーズンで二度目の
スリーピート達成と黄金時代を謳歌した。

その間、度々、"The Shot"を見せたジョーダン。

残り何秒という世界観での
モンタナとジョーダンは、
<何かをやってくれる>
<何かをやらかす>という
味方には頼もしい、敵には恐怖の存在だった。

観ている側としては
こんなに光彩を放つ選手はいなかったのである。

かつてモハメド・アリが、
ジョー・フレイジャーに言い放った
<I am somebody. You are nobody.>
〜俺は何者かだが、お前は何者でもない〜
ではないが、

日本的にいえば「持ってる」となるのだろうが、
そういう日本的な軽薄さではないところでの
somebody。

土壇場で魅せる天性。

これがアリ(「キンシャサの奇跡」が有名)、
モンタナ、ジョーダンという
希代のスーパースターの成せる業だったのだ。


7.8. 2012:::::


最後のドライブで
左構えに切り替えたアントニオ。

伝統系防具付で学んだ
一撃必殺の態勢と間合いを計るべく
フットワークをとる。

試合再開。

先に出ようとした秋元。
だが、左構えのアントニオを見て躊躇。
躊躇したその隙を見て
アントニオは伝統系防具付で一本決めた
横蹴り気味の中足を放つ。

gg9.jpg

しかしこれはヒットさせるというよりも、
相手を出てこさせなくして
己が間合いを計るためのものである。

秋元を前に出られなくしておいて
フットワークをとるアントニオ。

セコンドのダモシは、
ここで<ラスト10!>と声がけ
しなければならないところだったが
興奮していたのか、それを忘れていた。
手に持つタイマーの存在を忘れていた。
コートの本部席に置かれて表示されている
タイムを見る余裕もなかった。

それに気づいた藤澤が大声で叫ぶ。

<ラスト10!>

残り10秒。
本人がそれを自覚しなければ
何かを狙うにも狙えない。

ハッと気づいたダモシ。

その声が耳に届いたアントニオは、
土壇場での技をいかに出すか、
それが出せる態勢にどう持ち込めば良いか
を瞬時に感じた。

Don't Think, Feel! の世界である。

頭で考えていたら追いつかない。
動態と秒刻みの時間軸の中で、
自身の経験と稽古で培った無意識
〜狙っているのだが、無意識〜
=フィーリング
で、それを成すべく。

アントニオが動かなければ、
この間合いの取り合いのまま試合は終わる。

伝統系防具付での決め技のひとつである
左ミドルキックを放つアントニオ。
それに合わせて右ミドルキックを出す秋元。
二つのミドルが交錯した。

最後のドライブ=最後のコンタクトが、始まった。

このまま普通に突き合えば秋元の勝利。

アントニオが右ボディ、左ボディを突けば
秋元は前へ出ながらミドルキックを放つ。
至近距離で打ち合う中、
アントニオが右に大きく動いた。
前へ出る推進力がこの時強かった秋元は
突然、すかされた/いなされた感じで
前のめりになった。

やや距離が開いたその瞬間、
アントニオは右上段を放った。
スウェイして避ける秋元。

だがアントニオは
右脚が着地するや否や
飛び込み気味に左ミドルを蹴り込んだ。

反応力の高い秋元は
その飛び込み気味の左ミドルに
己が身体を前のめりに
アントニオに身体を合わせる感じで
瞬間的に「圧」をかけた。

そうすれば蹴りはヒットしない。

時間はもう、ない。残り3秒。

ダモシが叫んだ。

<アントニオ、ナイアガラだよ!
 ナイアガラ!>

ここでのナイアガラが、
I か IIか IIIかは、ダモシもアントニオも分かっている。
この局面ではひとつしか、ない。

I だ。

アントニオもそれしかない、と悟っていた。
それに賭けよう、と。
最後のドライブが残り14秒から
始まった段階でアントニオはそれを狙っていた。

『分からない。自然に出た』と
アントニオは語るが、
『狙っていないはずはない』と
ダモシは語る。

『土壇場で負けていたら、
 ラスト10でナイアガラというのは、
 決めていたのだから』(ダモシ)。

圧をかけてきた秋元の身体を引き離すべく
アントニオは右のストレートを
秋元の鎖骨に打ち込んだ。

動態としては、
これも何度も練習しているものだ。

最後の賭けだった。

これで身体を少しでも引き離さなければ
<ナイアガラ-I>は出すこともできない。

その右ストレートと同時に、
秋元は右インローをアントニオの右脚に放った。

クリーンヒットはしなかったが
皮肉にもこれが
アントニオの右脚を
やや後ろに引かせることになった。

鎖骨を打たれてやや下がった
秋元の身体位置は、
ナイアガラ-Iが完璧にヒットする
間合いになった。

そして
インローを蹴られて右脚が
左脚より後ろに下がった
アントニオの姿勢は、
ナイアガラ-Iへ移行するに
最適なポスチャーとなった。

その二つの<タイミング>が
パーフェクトに重なり合った。

今だ!

ダモシが叫んだ。

<ナイアガラ!>

残り2秒。

遂に、ここしかないという
絶好のタイミングと間合い、姿勢が整った。

gg1001.jpg

左脚を軸にして
回転するように上体を沈めると共に
その左足で地面を蹴り
遠心力を用いてやや浮遊。
同時に後ろ位置から蹴り上げられた右脚が
弧を描く。

その間、わずか0コンマ数秒。

自身の視界から突然アントニオが消えた
と理解した次の瞬間、
下から突き上がり、
その突き上がったピークから
一気に流れ落ちる瀑布のように
アントニオの右脚ふくらはぎとかかとが
脳天と顔面に襲いかかってきた。

ヒットするのは脳天か顔面か。

あまりの技の速さに
棒立ちになり
両腕のガードは垂れ下がった状態の
秋元の

その顔面に、

最後は垂直にナイアガラ-Iがまともに激突した。

gg1002.jpg


<バチーンッ!>。

ヒットしたと同時に、
赤いお手玉
(試合終了を知らせる玉)が投げ入れられて
マットに着地。

試合終了を告げるブザーが鳴った。

秋元は、
ヒットされた直後、
両手を顔面の横に上げて
ガード姿勢をとったが時既に遅し。

わずかに美徳のよろめきの後、
差し上げた両手をそのままにキープし
『ガードしてました』というポーズを
見せるので精一杯。


<完璧に決まった>と
瞬時に理解したアントニオは、
すぐさま立ち上がる。

決まった瞬間、
ダモシは<へいー!入ったー!>と叫び
左腕を突き出して人差し指で
その場を指し示す。

さらに副審らを睨みつけて
<入ったー!>を叫ぶ。

柵の外で声援を送りながら
ビデオを撮影していたキラー・ワイフは
<そーっ!入ってるっ!よーしっ!入ってるっ!>
と絶叫。

gg1003.jpg

gg1004.jpg

主審は、お手玉を本部席に投げ返した後、
副審二人の旗を見て
己の胸も腕で指し示しながら
<白、イチ・ニ・サン、
 回転まわし蹴り、技有り!>とコール。

gg1005.jpg

gg1006.jpg

"回転まわし蹴り"と主審がコールしていたのを
ビデオを検証して知ったダモシ陣営だが、
それだけ主審も困惑したのだろうと察した。

いわゆる通常、部類としては
<胴回し回転蹴り>に属するナイアガラ。
だが、JALNA勢や他の団体含めても
三年生レベルでそれを出来る選手がやっている
<胴回し回転蹴り>とは
まったく異なる。

角度も、スピードも、まったく異なる。
それを少しでも感じたのだろう。
だから主審は
<胴回し回転蹴り>と言わずに
<回転まわし蹴り>と言ったのだろう。

セコンドのダモシは、
禁止されているガッツポーズを高々と右手で掲げる。

試合終了と同時の大逆転、ナイアガラ-I、炸裂。

gg1007.jpg

判定をとるまでも、ない。

<はい判定!>

副審四人全員が白を挙げる。
主審自信の裁定も交えて
主審は決着をコールする。

<はい、白、
 イチ・ニ・サン・シー・ゴ!
 白の勝ちっ!>

主審が告げる間、
秋元はうなだれて号泣。

アントニオは堂々と十字を切って、
秋元へ歩み寄り握手。

瞬間、ダモシはセコンド席からすぐに
キラー・ワイフを振り向いて<やったぞっ!>と叫ぶと、
既にキラー・ワイフは号泣。

『その顔を見たらもらい泣きした』
(藤澤)

『込み上げた。震えた』
(ダモシ)

gg1009.jpg

gg1010.jpg

:::::

最強の一角。トップランナー。
且つ強豪軍団のエース。

その秋元の攻めを
<受けられてしまった>衝撃。

そして、
残り二秒からの動態と
試合終了と同時のヒットという
ダイナミズムと、
その技がナイアガラという
エキセントリック性。

拳城団の館長と秋元父は
「やられた」というショックを隠せなかった。

試合後の挨拶では

『彼らのあんな顔は見たことない』
(ダモシ)ほどショックを受けていた。

号泣する秋元の頭をダモシは撫でた。

そのショックは推してしかるべき。

なによりも微妙な判定での敗北ではない。

技をすべて
<受けられてしまった>のである。
<さばかれてしまった>のである。

しかも、土壇場で
彼らが出来ない超大技を出されて
それが完璧な形でヒットしての一本。

ダモシは語る。

『俺が逆の立場なら
 ワッペンを返上しろ!と怒るだろう。

 この勝ちと内容は大きい。

 いくら彼と彼らが、
 JALNAの申し子で
 いっぱいワッペン持っていても、
 アントニオに完敗した。

 仮にアントニオが今後
 ワッペンは取れなくても、
 JALNA系列の彼らは、
 JALNAの大会で優勝したとしても、
 アントニオには完敗した
 という事実が残っている。

 実力ナンバー1はどっちだ?
 となった時、
 胸を張ってアントニオだと言える。

 完敗は、
 いくらワッペンを自慢したとしても
 そのJALNAのスタイルで
 強いだけでしょかも?となり、
 アントニオには勝てなかった
 という、これはずっと残るわけ。

 双方にとって大きな勝負だった。

 俺は言うね。あっちがJALNAばっかりが
 最強と仮に言った場合。
 こう言うね。

 でもアントニオには完敗したじゃないか。
 しかも技、全部、受けられてたじゃないか
 とね』

JALNAのスタイル=点数稼ぎ的な
=JALNAで勝てる方法論的な

ものを、否定したダモシがいた。

良い部分は取り入れて
アジャストしてきたし、してもいる。
が、一方で、
様々な団体のそれに出ていっている
アントニオ陣営からすれば、
ひとつのスタイルでだけ強いことが
最強のように言われるのは認め難い。

ならば、JALNA関係の選手が出来ない
まったく異なる空手をして、
完勝しよう、と。

もちろんこの日の試合も紙一重であり、
最後のナイアガラが出なければ/
出せなければ、あるいは出しても
決められなければ
あのままいけば
注意x2があった分、
どう足掻いても判定5-0で秋元の勝利になっていた。

だが、
そういった勝ち方が認められないのである。

そして内容と勝ち方としてトータルに見たら、
紙一重だが、
完勝といって良い。

それだけ
<受ける/受けられた/さばいた/さばかれた>は
精神的に与えるダメージは大きい。

仮にあのままナイアガラなしで終わって
勝利していたとしても
秋元陣営には
頭がスマートならば
大きなダメージが残っただろう。

<受けられてたじゃないか!>と。


*****


帰路、まるで優勝したかのような、
あるいは
優勝したとき以上の歓喜。

アントニオ陣営はそれでも、

『驕らず、腐らず、あきらめず』
と語り合いながら、車中にいた。


キラー・ワイフは言う。

『試合後、秋元母、
 「次は勝てるよう鍛えてきます」
 と挨拶に来たよ』とダモシに告げた。

ダモシは、

『相当、マークして来るだろう。
 だが、こっちはさらに
 あっちが出来ないこと、
 想像もし得ないスタイルや技で
 先に進む』

と凄んだ。

『少なくとも
 今日はあのスタイルの限界を
 彼らは気づいたでしょう』

というダモシの台詞は、
エスタブリッシュメントや大組織に対する
反骨心が露骨に示されていた。

今後も

『独自のスタイル。 
 誰もやらないスタイルで先鋭的にいく。
 そして魅せる要素。
 これを意識しながら出来るのはウチだけだ』

と、さらに誓った。


それでもダモシは認めている。
最大級の賛辞を送っている。

『スイングする相手。
 ハイレベルの痺れるせめぎ合い。
 四年生になれば体重別にもなる。
 彼とは同じ階級だから、
 今後もライヴァルとして闘うことになるだろう。
 そして、勝ち負けは時の運。
 今回は始まりに過ぎない。
 ハイレベルなところでの
 真の紙一重の攻防が
 期待出来る相手なのは間違いない。
 せめぎあっていければ互いにプラスになる』

gg10114.jpg


:::::


闘いから九日後、
自宅で練習するダモシとアントニオの姿があった。

ナイアガラのI、II、IIIを上回る
誰もやらないさらなる超必殺技
<ヴィクトリア>の完成への萌芽を見た。


<どんどん先へ行くよ>とダモシは胸を張った。 



posted by damoshi at 13:38| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月04日

NY-ERAのひとつの終わり


今夜は二編。

猫とプロレス。
まずは一昨日のフェイスブックへの寄稿を転載。

猫ケロが逝去した。
これでNYで三歳で死去したローク以外、
東京-NY-現在とずっと共に過ごしてきた
ポポ、ジャック、二号、ケロの全員が
昨年三月以来、年齢順に天国へ旅立った。

早速、ダモログTOPページ右欄の
トリビュート・コーナーに
ケロのそれも掲示した。

以下、フェイスブックからの転載。

:::::

『ダメだったかぁ・・・』。
今朝、ワイフから猫ケロが死去
したことを聞かされた時の第一声。

先般のアントニオ選手の大会二日前、
急に容態が悪くなったケロ。
以降、奇跡を願い入院生活。
ぎりぎりの状態の中、大会終わって
帰京した後もまだ闘っていた。
以来、数日。毎日ワイフは見舞に。
連れて帰りたいと泣くが、
『連れて帰ってきても何も出来ない』と
ここはプロのドクターに任せるしかない、と。
『あとはケロの生命力が勝つか、
 ジャックたちが呼ぶ力が勝つかだよ』と。

昨日、久しぶりに私も見舞に行って逢った。
それが最後だった。
こういうとき人間は、
『来ない俺が来るまで待っていたのかな?』
などと勝手に解釈するが、それは分からない。

享年15。今夕、葬儀を執り行った。
ワイフの友人も来訪してメソメソ。
ワイフは終日メソメソ。

これで、アントニオが生まれる以前から
共に過ごし、NYでもずっと一緒だった
(NYで死去したローク含め)、
ポポ、ジャック、二号、そしてケロの
(ローク以外の)4匹は昨春から年齢順に
追うように逝ったわけだ。

"ペットロス"という言葉は
当てはまらない。
マインド的には、ハートブレイク。
悲しいのは当たり前。
しかしながら、
Heartbreak is life educating us.

猫5匹が皆、幸せだったかは
分かるわけがない。
だが、少なくともこちらは幸せだった。
共に、いて。それは間違いない。

Cats are not our whole life,
but they make our lives wholeである。

結婚後の東京での二十代のDINKS時代と
三十路の青春といえたニューヨーク時代。
この二つのディケード
〜アントニオが生まれるまで〜自分らの
コドモのような存在だった猫たちは、
これで全員、go to heaven.

ひとつの時代の終わりと共に、
我々からアントニオへの
The torch has been passed
to a new generationということで、
我が家には今、生後三ヶ月の猫が2匹いる。
アントニオが成人するまで生きれば、
その猫たちは11歳。

私とその猫たち、どちらが長く生きるか。

anyhow,
ひとつの時代(世代)が終わり、
new generationがいま、ここに在る。

同じようなその類いを実感したのは、
一昨日の私自身の衰えとダウンだけれど、
昨晩の国技館のプロレスにも多くの示唆があり、
それを強く感じた(後述)。

とまれ、Good-Bye, KERO.
天国でポポ、ジャック、二号
そしてロークと再会している頃だろうか。


posted by damoshi at 00:07| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月29日

三議案まとめ


しつこいようだが、
例の関越道バス事故を受けた後の
ダモシの寄稿と提言。

ポイントは以下。

◇◇◇
ダモシの現場体感では、
先般記載の通り<400km強>がK点である。
自家用車でさえ、である。
430kmになると厳しい。だから400km強である。
バスに関しては"強"という曖昧さを消して
<400kmまで>というK点設定に見直した方が良い。
◇◇◇

である。

<400km>という提言をしていた。何度も。

そして結論。
一昨日の報道だ。
以下。

◇◇◇
有識者による国土交通省の検討会は27日、
関越自動車道で7人が死亡したバス事故を受け、
高速ツアーバスの運転手が夜間に
1人で運転できる距離を原則400キロまでとし、
違反した場合は行政処分とする緊急対策を了承した。
◇◇◇

事故後からダモシは提言していた。
有識者が会議をする前から。

結果的に提言通りのぴったりの数値になったことを
評価する次第である。
阿呆な霞ヶ関もたまにはマトモな所作、か。

まあダモシ的には初めから言っているわけで、
そもそも670kmという数値自体が
霞ヶ関的おたんこなすなだけで、
今さら正当な数値をようやくか?といったところだが、
いずれにせよマトモな=ダモシの提言通りの
数値を導き出した"有識者たち"と霞ヶ関どもには
一定の評価を下したい。

これはこれで済み。


*****


タカハシの件。
これも当欄で推理をしていた。
その中の論のひとつに、「品川」と入れていた。
要するにホームである川崎への愛着を考えた場合、
近辺も考えられる、と。

結果は、蒲田。
論理的には合っていた。

だが、あの逮捕には拍子抜けした人も多かっただろう。
ひとつには、一千万円を狙っていたフシもあったからだ。
かくいうダモシもその一人。
空手の館長もその一人。
館長はその際の技も決めていた。
もちろん空手技だ。

ダモシも決めていた。

ダモシの場合は、すべて背後から。
ひとつは、
あの秘技100m助走つきジャンピング・ニーパット。
だが、確保を前提とするため
100mの助走はかえって獲物を逃す。
だからせいぜい5m助走つき。
5mであれば、疲れないできちんとジャンプもできるだろう、と。

もうひとつは背後から銅に両腕をまわして
そのまま投げっぱなしジャーマン。
先に起き上がり馬乗りになって
マウントパンチ連発か、
腕をとってアームロック。

考えた末、
最終的には組み付く方が逃げられにくいと判断。
胴に両腕をまわした上での
投げっぱなしジャーマン

素早く馬乗りになってマウントパンチ

精神的ダメージを負わせた上でアームロック。

このパターンを決めていた。
アームロックをかけたら動けない。逃げられない。
かけた瞬間に、誰かに携帯で110番させる。
警官が到着するまでアームロックは解かない。
写真も撮らせて確保したのはダモシだということの
プルーフを残しておく。

これらをやる余裕がない場合

タカハシが抵抗力ありそうだと感じられた場合

は、ただひとつ。

背後からスリーパー。
そのまま後ろに倒れて胴締めスリーパーに移行。
これだけに徹する。
もちろんスリーパーはチョークスリーパーである。

などと、イメージをしていたわけだ。
確保=一千万に向けて。
ところが、だ。

しょぼかった。しょっぱかった。タカハシは。
蒲田の、しかも漫画喫茶にいた。
あまりにも情けない。
苦々しいくらい芸がなかった。
そもそもこの人間の仕業に対する怒りはあるわけで、
このしょっぱさを知り、
さらに怒りが沸いた上に、
逮捕後のコヤツの言うことや所持品ときたら
呆れるのだが、未だにアサハラを信じていることも分かるに至り、
今度は、コヤツを長きに渡って逮捕できなかった
警察への怒りにも転嫁。
いったい、なにをしとるのか、と。

今回の逮捕とて、一般市民の情報なくして
あり得なかっただろう。
警察の捜査力がガタ落ちしていると
言わざるを得ないのではないか。

タカハシが仮に、
(もちろん行った仕業が言語道断だが)
既に「ふざけるなアサハラ!』ととっくに見切りをつけ、
己が行いも恥じた上で、
しかし「己が生への執着」と「逃避する己への倒錯」
の中でライフを進めていて、
その逃避・逃亡に並々ならぬ執念と、
逃亡することで得られるであろう自己肯定。
これを追求し、何が何でも逃げるのだという強い意思
のもとで、それこそ釧路湿原のジャングルのような
木々の中に潜んだり、否、青木ヶ原樹海でもいい、
そういうようなところに逃げていたり何なりとしていた
ならば、もっと違う世界観が漂ったはずだ。

あるいはそういう道のプロとして、
プロらしい所作で誰もが想像し得ない地に
逃げている等々。

悪い人間だからこその、破天荒。
それがあっても良いのだが、
まるっきりそれがなくて、
極悪非道なことをした悪人のくせに
逃げ方〜しかも逃亡の最終局面なのに〜が
あまりにも現実的で、且つ小さい。

だから、そういう意味では
仮に我々が一千万円を狙っていたとしても
逆に品川や横浜あたりで
タカハシと遭遇しても
かえって投げっぱなしジャーマンをやる気が失せた
かもしれないのだ。

こんなところに逃げやがって、この阿呆・・・

と。そう感じて、取り逃がしたかもしれないのだ。

これが例えば前述の通り、
(ダモシはもう行かないが)
釧路湿原で遭遇したりしたら、
それこそ遠慮なくシュートできるし、
しがいがあるというものだ。

何も釧路でなくとも、関東近県でも良い。
白糸の滝でも袋田の滝でも華厳の滝でも
吹割の滝でも良い。
いくらなんでも蒲田はないだろうよ、という
ことである。言いたいのは。

まあ、いい。
タカハシも死刑になるがいい。
死刑ですら刑は軽い。
タカハシに限らず、
人の命を故意に奪った人間は、
己の命をもってしか償うことはできない。
それでも本来は償ったことにはならない。
奪われた命は戻ってこないからだ。

死刑廃止は絶対に許されない。


*****

そして、民主党。小沢。

ぼんくらメディアは案の定、
小沢を悪者扱いだ。
そもそもなぜメディアは揃って
意図的に増税の正当性を表したい記事を
無理矢理書いているのか。
みな、グルだからだ。
経済界の妖怪ジジイどもや霞ヶ関、永田町、
低次元メディアども全員がグルだから、だ。

そして、小沢陣営のマイナス点を列挙するメディア。
離党して新党を旗揚げしても
助成金が得られない等々での資金不足や
そんなに多くの議員がついていかないだろう等、
根拠のない読み(という名の情報操作)をしている。

よほどメディアは小沢が嫌いなのだろう。

相変わらずへんてこりんなのが、どじょう野田。
"造反"というなら処分すれば良いではないか?
反対票を投じた者や棄権者を処分すれば
良いだけの話だ。

だが、それら全員を離党処分にしたら困るから
出来ないのだろう。見え見えだ。
で、輿石に小沢問題を一任するという逃げ。
いったい、何者だ、野田は。
ベビーフェイスの仮面をかぶった独裁者。
最初から野田のことはこう言っている。
その通りになった。

ああいうふうに庶民っぽくし、腰を低くし、
顔もそもそも冴えないから
己をどじょう呼ばわりして
ベビーフェイス、B級ぶっておいて
実際は違うのは、ハナからバレていた。
ダモシには。

ほれ見ろ、と。
こういうのが最も厄介なタイプなのだ。
男として絶対に信用してはいけないタイプ。
それが野田のようなタイプだ。

スッカラ菅もそうだったが、
こういう男を国のトップにしておいては
たいへん危険である。

まったく"顔"じゃないし、
二流、否、三流のくせに
舞い上がって
ポジションが麻薬となり
勘違いして、どんどん暴走する典型的なタイプ。
国民新党を乗っ取った下地も
人間の種類としては同類だから用心だ。

いずれにせよ民主党は、解党だ。
小沢一派が離党云々だけでは
絶対に済まない。

これも予測しておくが、
必ずや中長期的に見て民主党は分裂する。
そもそもからして自民党は自由民主党なのだ。
だから民主党が分裂した後は、
どじょうらを軸とする残留民主党の面々は、
同じく割れる自民党の残党と合流し、
最悪のニセ自由民主党になるだろう。

民主党、自民党それぞれから出た面々が
異なる党としてそれぞれ合流。

もちろん自見や下地は
残党班の自民党+民主党で作られる
ニセ自由民主党に入るだろう。
それしか甘い汁の呪縛で見境なくなった
自見&下地コンビには、道はない。

きっとこのニセ自由民主党が人数は多くなるだろうが、
選挙になれば議席に関しては分からない。
もうおそらく最大与党云々は消滅し、
各政党から数人ずつという世界観の議会になる
のではないか。かえってその方が良い。

政党のしがらみを超えて、法案ごとに
賛成したり反対したりあってしかるべき。
政権も今後は政党ではなく、「個」の集団になる。
大臣職も政党(政権与党)云々ではなく、
超党派で適材適所を配する。
こういうふうに移行せざるを得ないのではないか

と、思うわけである。



posted by damoshi at 22:53| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月27日

造反?悪?


民主党が遂に崩壊寸前だ。

消費増税。
小沢一郎、鳩山由紀夫ほか57人が
反対票を投じ、欠席・棄権を交えれば72人が
どじょうと執行部が血眼になっている
消費増税法案に賛成しなかった。

当たり前だ。

政治家として、ヒトとして、
最低の良心が残っていれば「賛成」しないだろう。

基本。
民主党は、消費税は上げないと吠えて票を得た。
そして政権を奪取した。

だが、これに限らず民主党、否、「執行部」及び「内閣」は
ことごとくマニフェストで吠えたことを
実現出来ないだけではなく、
その逆をやっている。

歴史上でも最悪の部類に入る政党及び政権だ。
あの東日本大震災への対応と
その後の復興に関しても、最低レベルのしょっぱさだ。

この政党と政権の人間は、
一体何のために日々生きているのか。

政治家=国民のために血眼になって働く。
これが根幹だ。
だが、彼らは悪しき自民党の面々と同じく、
己が保守に血眼になっている。

この国のメディアの多くもそれに加担。

ダメなものはダメと言わず
己が保守のために論調をコロコロ変える。
理にかなっているのはどちらなのかを
国民にフェアに伝えずに、
好き嫌いで、己がイデオロギー提示だけをしている。
そこにメディアとしての矜持は何一つない。

政治家にも矜持が何もない。

ヤワラはどうした?田村亮子よ、どうした?
一体、あなたは何のために政治家になったのか?
小沢に恩義はないのか?
武道家としての田村は
選挙に立候補した瞬間に死んだが、
武道家の魂すらも失ってしまった。
パッションなく、ただ国会に存在しているだけだ。

なぜ、どじょうが公約を破り、
ウソをついていることをメディアは問わないのか。
消費増税がメディアにとって都合良いからだ。
霞ヶ関もメディアも反対政党も、皆、談合。

小沢こそ、筋が通っていると
なぜメディアは誰一人として言わないのか。
不思議でならないのである。

おかしくないか?ほんとうに。

<造反>なのか?<悪>なのか?
賛成しなかった議員は皆、造反したのか?悪なのか?
正しくないか?こちらの方が。

国民新党のW亀井vs.下地の際もそうだが、
W亀井の方が正しいぞ?
筋が通っているぞ?
下地なんぞ、単に与党の甘い汁とポジション保守に
走っただけではないか。

鈴木宗男にしてもそうだが、筋が通っているぞ?

小沢の会見。

『増税だけが先行する。
 これは国民に対する背信行為であり、
 嘘つきといわれても仕方のない行為だ。
 われわれは国民との約束をまず全力で実行する。
 行政の無駄を省き、
 いろんな戦後の長い間のひずみを是正する。
 年金・医療についても改革案を掲げて政権交代を実現した。
 そういうことを一切棚上げにして、
 消費税増税だけ先行するのは国民が許さない行為だ。
 そういう信念の下で先ほどの(衆院)本会議で
 反対の意思表示をした。
 同じ思いで行動してきた多くの仲間とともに
 意思表示できたことは大変良かった。
(法案が)衆院で通過したので、
 参院での審議を通じても国民の気持ちを体して、
 なんとか消費税増税を阻止できるよう努力したい』

まったく筋が通っている。
おかしいことはひとつも言っていない。
なのに造反だの、小沢が悪いだの、何なのか一体。

別に小沢が好きで言っているのではない。
さすがの鳩山でさえ今回はブレなかった。
鳩山なら土壇場で賛成しかねないなと思っていたが、
さすがに「ヒトとして」認めるわけには
いかないほど、
本性を剥き出しにした悪魔のどじょう野田には
NOを突きつけるしかなかったのだろう。

野田。あなたは間違っているよ。
大飯原発の再稼働決定もそう。
YESかNOの判断について間違いと言っているのではない。

大飯原発の再稼働にしても消費増税にしても
それを決める過程とその方法論が
完全に誤っている。間違っている。

ダモシは以前、ここに書いたではないか。

一度でいいから、
アメリカの大統領の演説のように
ゴールデンタイムに全国ネットで
官邸から(目の前にいるマスコミにではなく)
国民に向けて国民ひとりひとりの目を見るつもりで
テレビカメラを見て、語れよ、と。
そう言ったはずだ。

・大飯原発の再稼働の必要性の説明
・消費増税の必要性の説明
・マニフェストの多くを反古にしたその理由と謝罪
・震災復興の進捗具合の報告
・福島原発事故対応の進捗具合の報告

などを、プレスルームでマスコミを見て喋る
のではなく、上記のような米大統領スタイルで
なぜ、やらない?
なぜ、できない?
なぜ、それが必要だと思わない?

まったく、この男から真摯さを感じない。

小沢はさらに言った。

『私は今まで、
 民主党があの総選挙のときに訴えた
 原点にかえることが最善の策と申し上げてきた。
 消費税増税が強行されたことにより
 最善の策をとる可能性は非常に小さくなってしまったが、
 最後の努力として
 本来の民主党にかえることを
 政府あるいは党執行部に主張していきたい』

おかしなことはひとつも言っていない。

だが、確実に明日のメディア朝刊では
偉そうな論説委員やヤングボーイ記者などが
反・小沢という好き嫌いだけで
小沢を批判する記事を書くだろう。

一紙くらい、メディアとしての矜持と誇りがあるならば、
主観や好き嫌いではなく、
<どちらの言っていることが筋が通っているか>
をフェアに書いたらいかがか。
それも出来ないなら、
そもそも認めていないが、
ニッポンのメディアと呼ばれる
偉そうなマスコミ組織は完璧に終焉への道を
今後さらに突き進むだろう。

政治家たる前に、ヒトとして。
マスコミたる前に、ヒトとして。
その部分で、個々の誇りはないのか、と。
情けない国だ、ほんとうに。

教育上も、まことによろしくない。

消費税だけをとっても、
<消費税は上げない>と公約をしたのだから、
せめて上げるならば、
先に謝罪しろよ、と。
これはウソをついて他人を騙した場合には、
ごめんなさいするというヒトとしての
基本的なことなのだが・・・。

どじょうよ。ひとことで言いから、
<ウソをついて、ごめんなさい>
<結果的に騙したことになりました。
 申しわけありません>と、言うべきですよ。
冗談抜きで。頼みますよ、というレベルだ。

そもそも野田は会見での言い方が偉そうだ。
何様だ、と。
これだけ賛成しない議員が同じ政党から出たのに
反省の欠片もない。これが異様だ。
賛成しない者が悪いと思っている。
なぜ賛成させることができなかったのか。
なぜ多くの人が自分を支持して信頼して
賛成票を入れてくれなかったのか。
ここの反省がない。
反省なく何でも決めていくのはただの暴走である。
こういう男こそ、悪い意味での独裁者という。
己の器を勘違いしてしまった男は
こういうふうに暴走してしまうという
ティピカルな症例をものの見事に見せてくれている。
だが、本人がまったくそれに気づいていない。
完全に病にかかっている。

ヒトとして、
幼児ですら分かる/出来る
基本的な行為が出来ない。

そんな人間がトップにいるこの国は一体・・・。
そしてそれを咎めず、
明らかに作為的な絶縁状を一斉に報じて
小沢を追い落とそうとするマスコミのていたらく・・・。

ヒトとしての民度と精神性において
ニッポンは
いつから発展途上国以下になったのか。

政治家、霞ヶ関、マスコミ。
この人種のていたらくを見ていると
とてもまともな教育を受けて育ってきたとは
到底思えない。異常だ、これは。

少なくとも、
東京タワーを天に伸ばしていた頃や
東海道新幹線を走らせた頃は夢に溢れ、
誰もが真摯に前を向いて必死に生きていた気がするのだ。

どうか田中角栄の二の舞にならずに
小沢には、がんばってほしい。

明日からまたマスコミはこぞって
小沢=ヒール
という構図を繰り返し垂れ流して
国民に対して情報操作をするだろう。

だが、もう時代は変わっているのだ。
多くの人がもはや
マスコミのことは信用していない。
一般大衆もバカではない。

マスコミが今のアグリーな底辺から
這い上がらない限り、
誰も新聞をとらなくなる日がいつか来るだろう。

少なくともダモシ国では新聞はとっていない。
新聞を時々買って読むが、
彼らの伝えることの多くは信用していない。
テレビも同様。単なる事故のレポートだけでも
信用出来ない。

明日の朝刊は買ってみよう。
注文通り、彼らは単純だから、
小沢批判に終始するだろう。
悪い意味で期待に応えてくれるニッポン・メディア。
ほとほと、愉快であり、
ゆえに、芸がまったくない、と言い切れるのである。

ひとつの新聞の中で、
記者それぞれのヒトとしての良心と
マスコミとしてのプライドがあるならば、
論調が異なっていてしかるべきなのに、
なぜ揃いも揃ってずっと小沢嫌いで一致するのか、と。
これ自体がもう、まずおかしいのである。

白と黒があれば、黒一色だけではなく、
白サイドの論もあって、そこでぶつかり合う。
双方を提示する。

さらに白と黒以外の、赤や青も提示する。

それこそが、
お金をとってお客様に買ってもらう
新聞等のメディアがやるべきことであり、
それでこそお客様/消費者は便益を感じるのだ。

ひとつの論調だけをこれでもかとキャンペーン的に
垂れ流すだけのアグリーな所作はもう
それは情報操作なのである。
国の方向性をいじるという権力的遊戯所作。
それこそ、お前ら何様だ、という世界である。

たかがマスコミが、
一国の方向性を操作するなんぞ許されることではない。


posted by damoshi at 01:55| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

latest news


5月もまあ、低調な掲載回数だった。
史上三番目に少ない月間掲載数「5」。
ここまでくると
<フェイスブックの影響はない>とは
言えなくなってきている気がする。

リアルタイム、そしてライヴ感としては、
デイリーな部分でフェイスブックに奪われている。
それは否めない。

だが、嘘偽りは書いていないにせよ、
言葉や取り上げる素材に自制というか
アンガーマネージメントをかけている点は
もちろん、ある。
そのあたりはうまく線引きというか、
実際には線引きが明確にはなっていない。まだ。
フェイスブックといえども、
そもそもダモシ流でいえば
ショートストーリー的なものも出てくるから、
一般的に多く見られるフェイスブックへの記載
(例:「どこそこナウ」的な)は、
ほとんどない。

フェイスブックなのに、フェイスブックにしては
「長文」も結構ある。しょうがないだろう。
長文はすぐに書けてしまうのだから。

同じものをこちらに書いても、罰は当たらない。
フェイスブックを見ていない人には、
ここでのそれが初めてになるからだ。

ただ、フェイスブックに書いているライヴ感の
デイリーネタやそれの進捗過程は
過ぎた後ではこちらに書けなくなる。
そのあたりのバランスが難しい。
こちらに唐突に書くと、「あれ?」となるだろう。
受け手が。

過程も常にフェイスブックに書いているから、
送り手は一連のストーリーを分かっていても、
起承転結が1〜10あれば、
7くらいからダモログに書いても、
さっぱり受け手に届かないだろう。
そのあたりを、今後どうするのか。
思案しなければならない。

久しぶりでもあり、長く書きたい。
いわゆる近況だ。

その前に、
今宵まずは、今朝のフェイスブックに書いた
ショートストーリーを。
昨日の出来事を書いた。
ダモログだけに関連写真も掲載したい。

まずは以下、転載。

:::::

都電荒川線とJRが重なる某駅。
チャージするため精算機にPASMOを入れて
千円札を差し込むが、戻ってくる。
一回、二回。
ポケットから別の札を取り出して
差し込むが、どうしても戻ってくる。
札は折れているわけではない。

右となり至近距離、まるで寄り添うように、
あるいは急かすように女性の姿が見える。
(待っている人がいる。もう一回だけやろう)。

戻ってくる千円札。

右手を上に広げ肩をすくめながら
左手でそれを引き出し、
女性をちらっと見て
「だめだね。お先にどうぞ」と言うと、
吉高由里子似を
さらに優しくしたような顔をした
痩身で背が高い色白の
二十代前半と思しき女性が、
絶妙の音量でクスクスと笑う。

まさにクスクスという感じで。
そして耳にした方が癒されるような、
何となく繭の中に
いるかのような気分になる。
耳障りではなく、かさばらず、
適度にか弱い声色で、
こちらに寄りそうかのように
『お札が
 ぐにょぐにょなのではないですか・・・』
と言いながら、
自分の財布から千円札を別に取り出した。

『千円札、つかいますか?』

顔と声だけではなく、
ミニスカートから覗く
ベージュのニーハイソックスに包まれた
長く細い脚とわずかに見える
白い肌の太腿に
目を奪われていたせいで、
余裕がなくなっていた。

だからその申し出に耳を貸すことができず、
『どうしてかな。先にいいですよ』
と促した。

奇妙な親近感というか、
甘えたくなるような女性だったからか、
彼女が精算機に通している間、
逆にこちらが服が触れ合うくらい近寄って、
『どうして戻って来るのかな』と呟くと、
精算機に目を向けながら
クスクス笑いながら言う。

『お札がぐにょぐにょ・・・』

『折れていないけれど・・・』

顔も笑いも声もすべて。
かさばっていない彼女は
財布からきれいな張りのある
千円札を取り出し、
今度は差し出しながら申し出た。

『千円札、つかいますか?』

躊躇したのか、どぎまぎしたのか、
いずれかは分からないけれど、
やや間があって、
今度はその申し出を受けることにした。
千円札のトレードだ。

その段になって初めて気づいた。
(あぁ、たしかにぐにょぐにょだ・・・)。

だから、トレードしにくい気分になった。
割に合わないトレードだな、と。
しかも相手は女性だ。

自分が手にする千円札を見て、
バリバリ現役で本塁打40発の
メジャーリーガーと
せいぜい3発くらい打てればいい
ロートルの、トレードに思えた。
(これでは割に合わない)。

私は財布を持たない。昔から。
財布を持つほどお金を持たないし、
持っていない。
米国時代は特にドル札の紙の質からも
ポケットに
無造作に入れる方が合っている。
1ドル札があるから、
「札の感覚」が鈍いのかもしれない。
バーでカウンターに
1ドル札を二枚投げるように差し出して
酒とトレードする。そんな感覚だ。

千円札もポケットに入れている。
しかも昨日は
いっぱい歩いたから汗をかいた。
スーツのパンツの右ポケットは汗ばんでいた。

その中に無造作に入れられていた千円札。

(ぐにょぐにょだ。恥ずかしい・・・)。

ためらいがちに差し出して、交換した。

千円札を受け取った彼女は言った。

『ぐにょぐにょですよ・・・』

そして、くすくす笑った。

:::::

というものである。

かつて記載したことがあると思うが、
米時代、NYの或る場所のフェデックス事務所で
受付の黒人女性がダモシに言い放った台詞を
想い出した。

「How are you?」
「Fine」
という社交儀礼のやりとりの後、
黒人女性がダモシの顔を覗き込みながら
「Really?」と言ったのだ。

ダモシがそこでso soだよ、でもwhy?
と聞くと、
顔を見れば分かるのよ、
いつも見ているからねと言った後で
<I Like Your Face>と臆面なくその女性が言った
という件である。

要するに、こちらを気分良くさせてくれる所作、言葉。

特にそれが日本人女性であり、
〜ややもすると昨今、横柄な女性が多いな〜
と批判的だったところで、
"しっかりした"、そして"しとやかな"
"わきまえた"
"かさばらない"女性で、しかもそれが
二十代前半と思える若さというところで、
率直にいえば<感激>したわけだ。

もう昨日はその一件があった夕方以降、
上機嫌であったわけである。

捨てたもんじゃないな、と。

やたら自己主張が激しく、他者への敬意もない
といった具合に
いわゆる<キィーッ系>が目立つ昨今。

久しぶりに、正調大和撫子を見た、と。
まったくもってそう言っても過言ではないわけである。

060212a.jpg

昔懐かしい、都電。いまも走っている。

上機嫌ダモシは昨晩、
オフィシャル事案からの帰宅途中下車して
Book-Offへ立ち寄って本を買った。
しめて315円。

060212c.jpg


*****


さて、正調大和撫子の次は、ザ・マミーである。
あるいはキラー・ワイフ。
こちらは<昭和>もしくは<ニューヨーク流>。

遂にワイフが、
アントニオ共々、空手の大会に参戦する。
6.24。あと一ヶ月を切った。
もちろん組手ではなく、型だが、
組手に同じくトーナメントでタフな闘いとなる
(やってみれば分かるが、型も相当体力的に厳しい)。
相手は、高校生をメインとする一般。
通常35歳以上あるいは40歳以上となれば
シニア階級があるが、
その大会はない。

<高校・一般>となる。
だから現役バリバリの高校生とそれ以上の若者。
ワイフが最年長かもしれない。

だが、出る以上、勝ちにいく。
それが経済小国&軍事大国のダモシ国の
イデオロギーである。

<やる前に 負けること考える バカいるかよ>
というエキセントリックな思想をもつ
ダモシ国の本質は、
至るところで各国民が発揮しているが、
いよいよザ・マミー参戦、と相成ったわけである。

その旨をワイフの両親に電話で告げた時のこと。
両親は電話の向こうで絶句し、
しばし沈黙が続いたという。
正直、リアルに理解していないかもしれない。
ワイフの姉もキョトンとしているという。

おそらく、リアルに理解していないだろう。

まあ、ある意味で、
これまでもそれぞれがエキセントリックな所作が
多くあるため、絶句は度々されているわけで
〜そもそも「渡米」することを告げたときは、
 おそらくワイフの実家とその世界においては
 超絶的な絶句だったであろう〜、
今さらの感はあるが、
いくつになるまでキョトンとさせるのか
という部分はあるだろう。

一般的に考えれば、<負け戦(まけいくさ)>である。
だが、昔も何かで書いたが、
<負け戦にあえて飛び込んでいく気骨>。
これが人間にとっては必要なのである、と。

そして、戦(いくさ)における勝敗の
パーセンテージは、すべて、常に、フィフティ・フィフティ
という米で学んだ訓示が根底に横たわる。

今週、道場に夜かけつけたダモシ。
大会へ向けた型の稽古に余念がないワイフ。
その型を見た瞬間、
<あ、これは勝ち負けになるぞ>と直感した。

アンダードッグ側にあるのは当たり前。
決して、<フェイヴァリット:本命>側でもないし
対抗(大いに優勝もあり得る)
単穴(優勝もあり得る:その可能性が高い)
連下、連穴(ベスト4やベスト8くらいは来るかも)
にすら入らない無印だろう。

だが、ダモシ国の流儀的にも、
ワイフの性格的にも、
何が何でも<勝ち負けするレベル>(優勝を争えるレベル)
にまで、ぎりぎりまで仕上げるだろう。
それを感じたのである。

当たり前だ。

ダモシと共にいる女性である。
しょっぱいことはしない。しょっぱい闘いはしない。

その大会、アントニオは逆に
本命◎あるいは対抗〇、悪くとも単穴▲
という印がつくだろう。
むしろ「へたに負けられないぞ」という世界だ。

そういう意味では、どうなるか。大いに楽しみである。
かくいうダモシは周知の通り傍観者ではない。
れっきとした指導者でありセコンドである。
共に闘っているのである。

いつも大会に臨むモチベーションへ、
アントニオの大会ポスターをオリジナルで作成し
当欄にもそれは右側に掲載しているが、
今回はワイフ単独のも作った。
こういうものでまた楽しみを増やし、
刺激を付与し、観ている人へのインタレスト喚起も促し、
それが<魅せる要素>につながり、
なにをやるにも、
今年の年賀状でしたためた標語である、

<何をするにも、自分がすることを愛せ>

ということにつながってゆくのである。

己が真摯に取り組むことを愛さないで、
何を愛するのよ、と。

大会のテーマを、
<The Battle Of The Ages>とした。
いわば世代の闘い、世代間の闘いに臨む、と。

これは、ジョージ・フォアマンが不惑で再起し、
現役バリバリのヘビー級王者
イベンダー・ホリフィールドに挑んだ試合の
キャッチである。

シンプルに捉えれば、
ワイフのチャレンジも何かしら
<魅せる要素>として
同世代に勇気や楽しさを与えられたら、それは良い。
既に、同じ道場で稽古する70歳代中盤の女性も
ワイフの参戦に刺激を受けて
<次は私も一緒に出たい>と申し出られた。
早速、効果が出ているわけだ。

可能な限り、そういう意味でも、この話題は
フォローしていきたい。
できれば当欄読者の方も是非フェイスブックに
登録して、フェイスブックも見て頂きたい。
フェイスブックのダモシページが分からなければ
メールを送って頂ければご案内したい。
メールは、以下へ。
materialtaro@yahoo.co.jp
そして、「友だち」になりましょう。

ポスターは、これだ。おおいに笑って頂きたい。

060212b.jpg

一昨日、ワイフはバースデイだった。
一緒に過ごす21回目のそれだったが、
そこはアントニオが加わっての9回目のこと。
夜、二子玉川でアメリカンなごはんでささやかにお祝い。
(アントニオはこの日、紙媒体のモデルの最終オーディション。
 終了後、オフィシャル事案から戻るダモシと
 二子玉川で待ち合わせした)。

060212g.jpg


*****

型は、アントニオがコーチしている。
館長はワイフに言った。

<アントニオと同じように出来れば優勝だ>。

アントニオの型は最上級だから、
もちろん、それが難しいのだが、
次第に彼女のそれにスピードとキレが出てきた。
「年の功」「昭和の意地」「NY流のプライド」
などなどを、気合良くぶつけて、
己が内面の投影を存分に見せつけてほしい。

アントニオは、その6.24の前に
今週6.10にまた大会である。
6.10はフルコンと伝統系防具付の二部門参戦。

最近は、毎日の筋力トレーニングと
体幹トレーニングも施し、
肉体バランスの調整や筋力アップ的なフェーズUPも
取り組んでいる。まだまだ実験段階だが、
闘い方における技、動きも各種マイナーチェンジ中。
そこで大会に出ることで、勝敗は別としたところに
おいても、長期的なつながりを図る、と。
だがむろん、勝ち負けするレベルで常に出るのは
変わりはない。

その上で、体調というものも重要になる。
4.29の優勝の後、2大会不調に終わったが、
明らかに体調不良があった。
風邪と、それによる喘息、鼻のアレルギー。
肉体不良となれば、さすがに闘いにおけるキレや
集中力は落ちる。

"近所の"いわゆる、町のドクターをどうこう
ということはないが、
効果が出ないとやはり信用出来なくなる。
そこで、NY時代からの友人に紹介してもらい、
(ボクシングライセンスのためのMRI検査を
 先般、宮内庁病院を紹介してもらい
 受診してきたが、それにつづき)、
秋葉原にある大きな病院を紹介してもらい、
今朝、受診してきた。

医療機関及び医療は、ニッポンにおいては
格差が激しいように思える。
最先端医療を行うそういった病院へ行ってみると
「へぇ」が満載である。まさに米的。

人間のライフにおける根幹をなす「肉体」に関する
メインである医療は、最先端が望ましい。
たっぷりと一時間近く診察をしてくれた。
あらためて血液検査をして、
アレルギーの原因を突き止め、治療方針を決める、と。

鼻がつまる、鼻水が出る。それにより呼吸が苦しくなる。
咳が止まらなくなる。
これらは闘いにおける致命的な部分であり、
それを抱えて闘ってきている中でさえも
好成績を残しているアントニオは尊敬するが、
<万全>で取り組ませてあげたいという願いは
ずっと最初からのことである。

<万全>で闘いに臨めるようにしてあげたいのである。
そのために出来る最善を尽くしたい。

060212d.jpg

(宮内庁病院に行った際の写真)。

そしてそのNY時代からの友人
〜細君同士はちょくちょく逢っているようだ〜の
厚情により、めったに経験出来ない宮内庁病院での受診。
それにより、二年前からの計画であった
ボクシングのライセンスをアントニオは得た。
そして同じく二年前からの狙いである
ボクシングの全国大会(二ヶ月後)への出場も決まった。

明日、その地区大会があるため、敵情視察に出かける。

空手選手が、ボクサーのリングでボクシングで闘う。
一月の空手大会で、
フルコンだけではなく、
グローブ・ルール
(K1のように顔面をグローブでパンチするのも有り
 =キックボクシング系)にも出場し、優勝したが、
そこでも隠密に対ボクシングの実験は既にしていたし、
密に二年前からボクシング練習もしているのである。
どこまでそれが"本家"に通用するか。
いずれにせよアントニオにとってはデビュー戦が
いきなり全国大会となる。

(密かな練習は、プロレスや総合も家でやっている。
 同学年であれば腕ひしぎ逆十字とアームロックは
 決められるくらいにはなっているし、
 受け身は6割方出来てきている)。

実に夢がある。
<異種格闘技戦>という
少年ダモシが憧れたアントニオ猪木の世界観を
直系遺伝子アントニオが体現している。
こんなにうれしいことはない。
だからこそ、出来る最善を尽くす。

いずれ対中国(カンフー)、対韓国(テコンドー)、
対ロシア(サンボ)などと異種格闘技戦というプランも
浮上してくるだろう。

空手でもフルコンからグローブ・ルール、
そして先般、初優勝した伝統系防具付など
あらゆるルールに対応出来るように過程を踏んできているのも
それらへの布石である。

まずはキッズのボクシング全国大会でも
当該体重階級で勝ちたい。
病院を紹介してくれた友人の厚意にも報いなければならない。

060212f.jpg

*****

その他もろもろ、である。書き切れない。

最後にダモシ近影。
アントニオの運動会における、
例の綱引きで、当然ながら勝った際の画像。

<子供の運動会の綱引き>だって、絶対に負けたくないのである。
勝って気分は最高である。

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posted by damoshi at 00:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

ゴールデンスランバー


久しぶりの学び舎への帰宅である。
GW以来。

その間、フェイスブックは毎日のように更新。
かといって、本家ダモログをないがしろに
しているわけではない。

ダモログだけを読んでくださる方がいる。
フェイスブックを登録していない方もいるだろう。
フェイスブックに登録さえすれば、
「友だち」にならなくても見られるようにはしてあるが。

久しぶりの間も当然、ネタは満載だけれど、
全部書いていたらキリがない。

まずは途中まで書いていた関越道のバス事故の件。
その後、どうなったのか。

5/16のニュースで以下を見た。

:::::
関越自動車道の高速ツアーバス事故を受け、
バス会社や旅行会社でつくる
高速ツアーバス連絡協議会は16日、
運転手1人が客を乗せ運転できる夜間の
上限距離を450キロとする自主的な指針を
前田武志国土交通相に報告した。
(中略)
協議会によると、
一般的にバスがワンマン運転する距離は
東京−名古屋間の400キロ程度といい、
実態に合わせた。
:::::

とある。

まさにこれはダモシが強く説いていた距離と
ほぼ合致する。

ダモシはこう書いた。

:::::
ダモシの現場体感では、
先般記載の通り<400km強>がK点である。
自家用車でさえ、である。
430kmになると厳しい。だから400km強である。
バスに関しては"強"という曖昧さを消して
<400kmまで>というK点設定に見直した方が良い。
:::::

さらに「東京-仙台」「東京-名古屋」がK点だ、と。

:::::
横浜都民といわれるオールモースト東京の
横浜市の田園都市エリアの
横浜青葉ICを起点とするという意味での
<東京首都圏>からで考えた場合、

◆東北道なら仙台まで
◆東名なら名古屋まで
:::::

と、はっきり書いている。
詳しくはその寄稿を再度読んで頂きたい。

http://damoshiny.seesaa.net/article/268030637.html

ダモシは、自身の論は正しいという自負を持っている。
他人は他の論を持てば良い。
自分自身が遂行する場合、
自分自身が経験から認識した秤を正しいとする。
他人は勝手に自身の論を持って遂行すれば良いが、
こと、それが他人の命を預かるという責任において
遂行する場合は、ダモシ論を採るべきだ。

協議会の考え方はズレていない。
だが、甘い。
せっかくダモシと同じく東京-名古屋というK点を
認識していながら、なぜか夜間450km上限としている。
おかしい。ロジックが成り立たない。
そもそも国交省の役人どもの指針=670kmなんぞ
あり得ないわけだが、協議会のそれもまだ甘い。

<400km強>とすべきだ。
そしてエリア的秤としては
東京-仙台、東京-名古屋と明確にすべきだ。
実際、これがK点だ。
体力のある運転慣れしているダモシですらこれだ。
ダモシが仮に大型バスを多くのお客さんを乗せて
運転すると想定したら東京-仙台でも
かなり疲弊する。その往復なんぞもってのほか。

曖昧にせず、はっきりとしたK点指針を設定すべし。
だらだらしとらんで、さっさとせいよ霞ヶ関よ。
また起こるぞ?これ。


*****


最近も本を読んでいる。当たり前だが。

boook1.jpg

左がダモシの本。右がワイフ。
先週アマゾンで半額で購入した。

が、すぐに読みたいけれど、読めない。
まだ最近買って併読中の本や待機中の本があるからだ。

boook2.jpg

併読中の本は、右端の二冊。
<三陸海岸大津波>と<ゴールデンスランバー>。
前者は、吉村昭氏の著作で、
同氏のそれは<関東大震災>を先月読んだ。
生々しい筆致。
だが、こういう大作記録が残っているのに、
誰も参考にしなかったのだろうか?国は。
忌憚なくそう思う。同じことの繰り返しの気がする。

最近も相変わらずどじょうは政治生命うんたらかんたら、
あるいは「待ったなし」だと得意げに財務省のロボット化し
消費増税に血眼だが、
「待ったなし」はどっちよ?と。
震災復興はどうなったの?と。
こちらの方が「待ったなし」をとっくぎ過ぎているけれど?
と頭をポカリとしたくなる。
あの、どじょうの話し方とその際の表情。
これがどうにも生理的に忌々しくて、いつもため息が出る。
典型的な"よゐこ"型なのだが、
厄介なのはそういったベビーフェイス面しておいて、
結局は自分がすべて正しいと思い込んでいる
悪い意味でのセルフィッシュ性が潜んでいる点だ。
困った男だ。否、男としては、しょっぱすぎて話にならない。

<ゴールデンスランバー>は、読むのが遅いかもしれないが、
リアルタイムでは日本にいない頃だからしょうがない。
この本はある意味で、そういう永田町や霞ヶ関の"えらい人"
へのアンチテーゼの部分もあり、登場する面々へ共感度が高い。

久しぶりに「あ、これは面白いな」と感じられる。

今夜、寝る前にちょうど読み終わるか、といった感じ。

今週これを読んでいる。電車内と眠る前。
オフィシャル事案でのミーティング先に向かう
地下鉄内でも読んでいた。
本のストーリーに入り込んでいた。
表参道で降りて、地上に出て数分歩く間も、
ストーリーから抜け出せないでいた。

ミーティング先に着いた。
受付で声がけする。
〇〇ですが、〇〇様をお願いします、というふうに。

後者の〇〇様のところで、無意識のうちに
<ヒグチさん、お願いします>と言うダモシ。

相手はキョトンとしている。

<え?ヒグチですか・・・?>

ダモシは訝しがる。
<え?ヒグチさん・・・だったと思うのですが・・・>

<ヒグチという者は・・・ここにはいませんが・・・>

<え?あれ?>

ダモシは想い出した。
あっ! と。
ヒグチは
<ゴールデンスランバー>の登場人物の女性だったことを。

逢う相手が女性だったことから、
つい小説の中の女性の名を言ってしまったのだろう。
で、吹き出しそうになるのを抑えながら、
必死に名前を想い出そうとするダモシ。

<あ、すいません。間違えました。ええと・・・>

名前が出てこない。
いったん"ヒグチさん"という名に心と頭が支配されると
そこから抜け出せない。

逡巡する。(落ち着け!)と。
(たしか、背が高かったな。イメージ的には・・・)
ダモシは名前を覚えるのが苦手で、
たいてい身体的特徴や仕草、
明るい人かうるさい人か暗い人か落ち着いた人か
というタイプと「そこから想起される名前」の
イメージで覚えるケースが多い。

(明るかったな。ヘビー級だったか。大きかったな)

(プロレスラーの・・・。
 イメージ的には「トウ」がついた名前だったな)

咄嗟に出た。

<あ、ええとムトウさん、いらっしゃいますか?>

受付が言う。
さらにキョトンとしている。

<えっ・・・。ムトウもおりませんが・・・>

(しまったぁ・・・。あれ?でもトウはついていたぞ?)
(トウがつく名前といえば、なんだろうな)
(カワトウ、ゴトウ、エトウ?)
(違うなぁイメージに合わないなぁ)

と瞬間的にあれこれ考えていたら、急に想い出した。

<あっ。クドウさんだぁっ!>

いやはや。危ない、危ない。

これが逆に逢う相手が男性だったならば、
ダモシは受付で
<アオヤギさん、いらっしゃいますか?>と
やはり<ゴールデンスランバー>の主人公の名を
告げていたかもしれない。

気をつけなければ。

そういえばこの<ゴールデンスランバー>。
いつも以上に共感を覚えるのは、
ケネディ暗殺がモチーフになっていることの他、
舞台が「仙台」であることが大きい気がする。

ダモシもゆかりの「泉区」なども出てくるし、
先般の<祈りの旅>で訪れた
東松島の野蒜もわずかながら登場する。

もとよりこの作家が仙台在住で、
ダモシが生まれた東北大病院の、その東北大出身だそう。
親近感が沸く。
映画もそうだし、現在公開中の「ポテチ」も仙台だ。

<ゴールデンスランバー>。
読み終えたらDVDを借りて映画も観たいところだ。


*****


さてさて、空手は相変わらずだ。

その間、NY時代からの友人の厚意もあり、
宮内庁病院へアントニオ選手を連れ立って
MRI検査を受けていた。

いよいよボクシングのライセンスをとり、
今夏のボクシング全国大会へエントリーするからだ。

先般の伝統系防具付の優勝を経て、
フルコンタクト、グローブ(キック系)、伝統系の
優勝をすべて得た今、今後も変わらずだが、
異種格闘技であるボクシングに挑戦となる。

今週末はフルコンタクトの大会参戦で
来月は上旬に一日に二種目挑戦で
フルコンタクトと防具付、
そして下旬には伝統系があり、
七月は国立代々木第一体育館初参戦で
フルコンタクトでの未踏の相手との決戦の後、
八月にボクシング全国大会と続く。

アントニオ自身のマイナーチェンジ&フェーズアップを
またさらに現在進行形で、
今週末の大会はその過程での実験となる。

そして受けているダモシは、
ここのところ脳が、顔の位置でいうと目の上あたりになるが、
脳内の「目の上あたりから上」までがポワ〜んとしていて
イメージ的には「白くなっている」感じがするのだ。
さらにちょっと言葉がもつれるときがあり、頭痛も続いた。

ノーガードで頭で受けていたことで脳がダメージを負った
ことが明らかに感じられるのだ。

ノーガードで頭で受けることをやめて
グローブで受けることに戻した。
それでも必殺技ナイアガラの滝3種類を受けると
たまらずダウン。

いくつまで、あと何年、持つか・・・。

051812bb.jpg

051812aa.jpg

明日は、運動三昧。

まずは来週末の運動会での徒競走の練習だ。
カーブのあるコース。
アントニオの枠順は、大外枠。
展開を左右しかねない。
その枠順からの闘い方とコーナーワーク。
これをAM練習。

午後は明後日の大会へ向けた最終追い切りだ。

ダモシの身体が、持つか・・・。

posted by damoshi at 00:38| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

あり得ない670KM/per day-2


高速ツアーバスの事故に関しての寄稿パート.2である。

続々と報道で明らかになってきているが、
こうなってみて初めて暴かれる実態は常である。
かつて同バス会社に所属していた人が出てきて
「起こるべくして起こった」と語っていたが、
それはこの会社に限らないはずだ。

世の中、起こるべくして起こるその候補は多々潜んでいよう。

さて、先般ダモシが呈した疑問部分。

1=なぜ上信越道ではなく関越道を用いたのか
2=なぜ上限距離が670KMだったのか

まずは、2。
霞ヶ関(国交省)が指針とした上限670km。
これに関しては同じく霞ヶ関(総務省)が、
既に一昨年見直しを勧告していたという。
にも関わらず国交省は手をつけずにいたらしい。
これは、いただけない。論外である。

ダモシの現場体感では、
先般記載の通り<400km強>がK点である。
自家用車でさえ、である。
430kmになると厳しい。だから400km強である。
バスに関しては"強"という曖昧さを消して
<400kmまで>というK点設定に見直した方が良い。
無理ですから670kmは。
このK点設定自体が事故を誘発したともいえるのだ。
さっさと見直せ。いちいち時間をかけるな。

会社側の杜撰な管理や人づかいの荒さは、
ドライバーの弱みにつけこんだ横暴。
これに関しては霞ヶ関はきっちりと行政指導をすれば良い。

疑問の1だ。

なぜ関越道を用いたのか。

先般ダモシが可能性として記載したのは以下だ。

***
距離と時間の短縮が理由ではない。
となれば、心理的な理由か。
ドライバーは上信越道を走ることに抵抗があった。
関越道の方が好きだった。
そういうことは成り立つだろう。
***

もう一つは、

***
機能的要因があるとすれば、
二つの高速道路が交わる藤岡JCTまでの関越道上のどこかで
休憩時間に誰かと逢い引きすることになっていた
ということも考えられる。越後湯沢や水上など、で。
だから、どうしても長岡JCTからの関越道を
利用しなければならなかった、と。
***

心理的要因と機能的要因。
物理的な要因(距離と所要時間)は既に消えている。
上信越道を用いた方が短距離で短時間だから、だ。

どうか。

後者が合っている場合、
ドライバーはそんなことを正直に言うわけがない。

となれば、残る理由は、前者しかない。
<心理的要因>すなわち、
上信越道より関越道の方が好き/走りたい/走りやすい
である。

ドライバーはどう供述したか。
報道によれば
『距離も変わらないし、走りやすかった』。

この報道と供述が本当かどうかは
確認のしようがないが、
もし本当だとすれば、答えは合致している。

だが、疑念は残る。
ドライバーは金沢〜東京間の運転は初めてだったという。
初めてでルートにも慣れておらず
終始ナビを見ていたという乗客の証言からも察すると、
<関越道の方が走りやすい>となぜ思ったのか
ということである。

関越道の長岡ICから東京・練馬ICまで
走ったことがあったのか?
だとすれば
<休憩は三回したが、場所は覚えていない>
というのは、おかしいではないか。

<走りやすい>と心理的に感じて、
そのルートを選ぶからには、
その背景に既視感と経験値がなければおかしい。
既視感と経験値が心理的安心となって
その道を選ぶことにつながるわけで、
その既視感と経験値はつまり
何度も走ることによって備わるものである。

ドライバーは、
何度も関越道を(長岡IC〜東京・練馬IC間)を
走っていて、既視感も経験値もあるから、
金沢〜東京間の運転が初めてであっても
かつて知ったる関越道の長岡ICから東京・練馬IC間だから
安心だ、だから遠回りでもこのルートを採ろう
と感じたのならば、良い。

そしてそう感じるに至るからには、
どのサービスエリアもしくはパーキングエリアで
休憩したか、覚えていないとおかしい。

何度も走っていて
<走りにくい/走りやすい>双方感じる
東名、東北道、中央フリーウェイなどが
ダモシの中にあるとすれば、
休憩する場所もたいていルーティンで決まっている。

東北道で那須へ行くなら、ほぼ蓮田SAで休憩をとる。
佐野SAはまず避ける。

仙台まで行くなら(那須からでも/横浜青葉からでも)、
安達太良SAと国見SAだ。

中央フリーウェイで甲府へ行くなら
たいてい談合坂SAだ。

東名で横浜青葉から静岡以西へ行く場合は、
絶対に海老名SAには入らない。
海老名SAはオールウェイズ大渋滞で忌々しすぎるからだ。
たいてい富士川SAで休憩し、絶景富士を望む。
上りの場合は必ずといって良いほど足柄SAに入る。

というふうに、ほぼ決まってくる。

それを三度休憩したSA or PAを覚えていない
というのは、スタートから始終、
半分寝ていたということにもつながる。
そして既視感や経験値がなかったのではないか、と。

だとするならば、
なぜ<関越道の方が走りやすい>と思ったのか。

以上の理由から、
供述はウソなのではないか?
という大きな疑念を覚えるわけである。

本当は、先般も(大前提として最初に存在する理由)として
記載した、例の

<実は最初から寝ていて、
 上越JCTから上信越道に入るのを逃したのではないか?>

が、真実である可能性が増えたと考えるところである。

警察もきちんと問いつめたのか?
その供述に潜む上記のような矛盾点を。

<ほぅ。関越道の方が上信越道よりも
 走りやすいと感じるのは、それぞれの主観だから良いけれど、
 では、そう感じられる根拠は?実績は?>

と警察はドライバーに問うたのだろうか?

上信越道の方が普通に考えれば採るべきルート
=所要時間も距離も大きく異なる
であるにも関わらず、
<距離も変わらないし、走りやすかった>
とするロジックが成り立たないのである。

ドライバーは、上信越道と比較して
関越道が走りやすいと言ったのか、
関越道しか走ったことがなくて言ったのか、
関越道も一部だけ走ったことがあるだけで言ったのか。
それによっても異なるが、
その点も問うたのか?

両方とも相当なドライビング実績を持ち、
その上で自分としては関越道の方が走りやすい
と感じたのなら、それは主観だから、それで良い。
だが、休憩した場所も覚えていないようでは
実績はなかっただろうと推測する方が強く、
相対評価(上信越道と関越道を)する資格もないだろう。

そもそも
<距離も変わらないし>は成り立たない。
全然違う。マラソン一回分違うのを
距離も変わらないとは言えない。
単に知らないだけではないのか。

以上のように
ロジックが成り立たないことから、
心理的要因の合致した回答は消しとする。

つまり
<関越道の方が走りやすい>から関越道を選んだ
というのは却下である。

大前提としての
<実は最初から寝ていて、
 上越JCTから上信越道に入るのを逃してしまった>
から関越道を走った
という理由と、

もうひとつ、やはり差し戻しで
<関越道の休憩場所のどこかで
 誰かと逢い引きや逢瀬をする約束があった>
(含=どうしても行きたい/行かねばならぬ場所が
 関越道上にあった)という理由が、
可能性として残らざるを得ない。

どうしても納得がいかないのだ。
妙なこだわりが、ある。

なぜ関越道を選んだのか。分からないのだ。
知りたいのだ。
現在のドライバーの供述は、
ロジック的に成り立たないから信用出来ない。
他に何か真実があるのではないか。

タラレバは意味をなさないが、
どうしても気になるのだ。
関越道ではなく上信越道を走っていれば
事故が起こっていないかもしれないし
起こっていても死者は出なかったかもしれない、と。

会社の杜撰な管理やドライバー自身の疲労等、
原因はあるが、
このルートにも原因があった気がしてならないのである。

報道する側もこういう部分をもっと追求するべきだ。
それでこそメディアではないのか。
警察ももとより
<走りやすかった>だけで済ませてはならない。
なぜ走りやすいと感じられたのかを
ロジック的に成り立つかどうかまで問わなければならない。

ダモシ論で残った理由の二つ。
このいずれも、
それが本当ならば、本当のことを言えない内容だ。
だからそれを隠して、
<走りやすかった>と誤摩化している可能性は
大いに感じられるのである。

どうしても納得がいかない。

どうしても腑に落ちないのだ。
上信越道を選ばずに関越道をわざわざ選んだ理由が。


posted by damoshi at 00:22| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

あり得ない670KM/per day


交通事故は毎日起こっているのだろうが、
このところ自動車とバスの事故で
一般ゼネラルな部分で大きく取り上げられる事故が
相次いでいる。

京都の二つに一昨日の高速ツアーバス。
いずれもキョトンとする疑問が大いに存在するが、
一つにはいずれもその周りの責任も大きいということだ。

京都の二つはいずれも家族に責任が大きい。
分かっていて止められなかった部分がある。
そもそも、運転に大きな支障をきたす持病を持っていたことや、
無免許で夜な夜な車を乗り回していたことは論外で、
それぞれ家族が(前者は雇い主側も)歯止めをきかせられなかった
ことは大きな罪だ。

夜な夜な無免許で車を乗り回すなど
世の中をナメ切っているとしか言いようがない。
ダモシなら、
己が息子がそんなことをしていようものなら、
その時点で鉄拳制裁を加えるだろう。

仮にその年頃にあって今より当然アントニオは
強くなっているだろうが、
己が直系遺伝子がどんなに強かろうが
鉄拳制裁とオーラの恐怖で黙らせられないようでは
父親として失格である。

ほとほと、ナメたガキが多くなったニッポンも。
オトナがだらしないからである。
怖いオトナがいないからダメなのだ。
ダモシにはナメた態度はとらないが、
仮に少しでもそういうクソガキがいたら容赦しない。

オトナや年長者が、世間の怖さを教えなければならない。
ナメたガキはキッス・マイ・アスさせなければならない。
されたかないが。


*****


さて、高速ツアーバスの事故である。

メディアでも取り上げられているが、
この場合、そのルートに疑問がある。

昨年、関越道と上信越道をメインに北陸道も含め、
多く走ったから、より実感として疑問に感じる点があるのだ。

むろんドライバーには、
飛行機のパイロットと同じように
乗客の命を預かっているという責任感が欠乏していたのは
言うまでもないが、これもまた周りの責任も重い。
この場合は、雇い主側の責任及びその業界全体の責任である。
その点はきっちりここは司法のもとで裁かれるべきだが、
ドライバーが採った<ルート>に対する疑問を中心に
ここでは取り上げたい。

ささっと書いた。

こうだ。

050112kan.jpg

黄色いラインが上信越道。
昨年、拙宅の横浜市青葉区から
緑のラインの関越道を通ってブルーの藤岡JCTで
上信越道へ入り、長野へ行った。長野市内で仕事を終えて、
その日のうちに上信越道の終着点「上越JCT」まで走った。

赤いラインの関越道。
これも昨年、高崎や前橋、伊香保へ行った。
おまけに高崎から右へ出ている点線を逆回りに
東北道の岩舟JCTから足利を経て横断もした。

上越へ行った際は、
田中角栄のホームや柏崎の原発、出雲崎など
日本海側の北陸道を走った。
黄色い円の上越JCTを起点に
そこから西の富山・石川両県へと向かう流れになる。

だからその逆、すなわち石川県の金沢を起点に
東京へ行くならば、通常、採るべきルートは一つだ。

北陸道を北上し、上越JCTで上信越道に入り、
上越高田を経て長野に入り軽井沢や富岡を通過して
藤岡JCTでいよいよ関越道へ入れば間もなく埼玉
という流れである。

実際に日本海側を昨年走っているが、
上越JCTから長岡JCTまでは相当距離がある。
その距離をわざわざ走ってまでして
長岡JCTから関越道を利用して東京へ向かう理由は
何だったのか、という疑問を真っ先に覚えたのである。

上信越道と関越道を比較すると、私見だが、
前者の方が走りやすい。
一気に上越JCTから東京・練馬ICまで走ったが、
うんざりするほどの距離感を覚えなかった。
むしろ練馬で下りてからの一般道の環八の方が
よっぽどうんざりした。

なぜ、長岡ICまで遠回りして関越道を利用したのか。

A:東京・練馬IC〜長岡JCT間=247.003km/186分
B:東京・練馬IC〜上越JCT間=282.97km/226分

一つ考えられる理由は、これか。
練馬がゴールではない高速バスツアーだが、
練馬はどのみちルート的には避けられない
共通の通過点であり「東京」という括りでは
ここを標準点と見なすことはできる。
そういう意味では
長岡JCTから関越で一気に練馬まで来た方が
距離も所要時間もかなり短縮される。

しかし、である。
上越JCTから上信越道を選ばずに、
北陸道を余分に長岡JCTまで走ることのムダを
無視することはできない。

<北陸道>
C:上越JCT〜長岡JCT間:76.294km/67分

この分を先の距離/所要時間に加算してみると、
こうなる。

A:東京・練馬IC〜長岡JCT間=247.003km/186分
+
C:上越JCT〜長岡JCT間=76.294km/67分

323.297km/253分
 
B:東京・練馬IC〜上越JCT間
=282.97km/226分

結果、Bパターンのルートである
"通常採るべき"はずの上越JCTから上信越道利用の方が
距離にして40.327km、時間にして27分の
それぞれ短縮になる。

距離は、ほぼマラソン一回分に相当する。

<なぜ長岡JCTまで走っていって関越道を利用したのか>。

距離と時間の短縮が理由ではない。

となれば、心理的な理由か。
ドライバーは上信越道を走ることに抵抗があった。
関越道の方が好きだった。
そういうことは成り立つだろう。

むろん、誰もが思い浮かべるのは、
既にスタート時点から疲れていて眠くて、
単に居眠りをしていて
上越JCTから上信越道に入るのを逃してしまった
という理由は大前提として真っ先に考えられる
ことであるから、それは除いて考えるわけである。

そうするともう、<心理的要因>しか考えられないのである。

機能的要因があるとすれば、
二つの高速道路が交わる藤岡JCTまでの関越道上のどこかで
休憩時間に誰かと逢い引きすることになっていた
ということも考えられる。越後湯沢や水上など、で。
だから、どうしても長岡JCTからの関越道を
利用しなければならなかった、と。

"タラレバは考えてもしょうがない"という常套句がある。
だが、人間は生き物である。考える葦である。
人間には心がある。
だからこそ、善くも悪くもifやタラレバを考える。
まったくタラレバを考えない場合は、
あまりにも非人間的である。

ここでタラレバを考えた場合、
"通常採るべきルート"である
上越JCTから上信越道というルートを採って走っていれば
もしかしたら事故は起こっていないかもしれない。
その可能性は否定出来ない。
仮にやはり居眠りで事故を起こしたとしても
上信越道を走っていれば構造が違う分、
死傷者を出さずに済んだかもしれない。
それも否定出来ない可能性である。


*****


もう一つの疑問。それは霞ヶ関に対する疑問だ。

霞ヶ関が、おそらくこれまた彼らお得意の
<机上の空論>で設定したであろう
高速ツアーバスが
『一日に一人で運転出来る距離の指針』=670km
に対する疑問である。

これを知った瞬間、仰天した。
一日で670kmも
大きなバスで高速道路を運転して良いのか?と。
率直な疑問である。

ヘヴィーなドライバーなら分かるだろう。
どれだけそれが、つらい距離か。

ダモシは、霞ヶ関と違い
己自身で運転しているからリアルなところでの
事例を示すことができる。

以下、事例だ。
よ〜く見て欲しい。

一昨年末、大阪へ走った際の事例。
起点は横浜市青葉区。
万博記念公園(大阪)を経て大阪中心部まで約480km。
東名高速の入口から包括的な位置での大阪までで、
かなり限界だな、と感じた。
その距離、繰り返すが、約480km。

ここ二年で、一日に断続的に運転した最長距離。
それが一昨年夏の東北遠征。
横浜市青葉区から山形県の山寺まで一気に走り、
その後、岩手県の平泉(中尊寺や厳美渓)を周り
逗留先の一関市内中心部までを走った。
その際の距離は、約600km。
かなりの時間をそれぞれのエクスカージョンでとったから、
連続したドライビング時間は
東名入口から大阪まで行ったときに心身とも覚えた疲労感は
軽減されたがしかし、<うんざり>した。
繰り返すが、その距離、約600km。

昨春の東日本大震災後に
同じく横浜市青葉区から那須(栃木)を経て
仙台市泉区(宮城県)まで行ったり、
先般の<宮城〜祈りの旅>での仙台まで深夜の一気走りなどは、
約415km。

先般、到着直前、車中でワイフに呟いた台詞が以下だ。

<東京〜仙台が、ぎりぎり我慢出来る長距離だな>。
<東京〜大阪はそれを超えるから厳しい>。

である。これがリアルな実感だ。

大阪遠征の帰路も厳しかった。
大阪市内中心部から滋賀県で下りて彦根城まで走り、
その後一気に横浜まで戻ってきた。
異様な疲労感を覚えたその走行距離は、約530km。

昨年の初夏の愛知〜岐阜〜滋賀〜福井遠征。

初日は、
犬山城(愛知)まで一気に走り、
逗留先の大垣市内中心部(岐阜)まで約380km。
翌日は、
岐阜から滋賀を経由して福井県の東尋坊まで。
永平寺その他を寄って戻り最後は滋賀県の長浜。
距離にして約305km。

この二つはまだ余力を残していた。
<まだ、もうちょっとは大丈夫かな>と。

その他、近5年での主な長距離で見れば
那須(栃木)→鹿角市内中心部(秋田):約450km
青森港(青森)→仙台市泉区(仙台):約350km
北の某国内の
函館市内中心部→札幌市内中心部:約310km
札幌市内中心部→襟裳岬の往復:約460km
札幌市内中心部→最北端の宗谷岬:約375km
が挙げられよう。

那須〜鹿角の450kmと札幌〜襟裳岬往復の460km。
これは這々の体になった。
心身ともに重たい世界観で疲労感が滲み出た。

東京〜大阪になれば、
赤ちゃんのように<イヤイヤ>したくなる世界。

以上を総合的に見た場合、
ダモシに関しては、<東京(&横浜市青葉区)〜仙台>の
400km強程度が、長距離を走る上で
やめておくべきK点と考えられるわけである。
数多い長距離ドライビング実績から実感出来る数値だ。

他の人はもっとタフかもしれないから一概にはいえない。
だが、一つの実体験をもとにした考え方として

<東名横浜青葉IC〜仙台泉IC>
=東京首都圏〜仙台中心部間の約400km強

が、ダモシが提示するとすれば「指針する」距離になる。

それに従えば、
<東名横浜青葉IC〜京都市街地>間(437km)は、
やや超過してしまう。実際、遠く感じ、疲労感を覚える。
東名を西へ行く場合は、距離は短くなるが(約330km)
名古屋までが腹八分で最適なK点となる。
なぜならば東名の場合は<静岡県>が異様に長く、
静岡県内を走っているだけで心理的抑圧と精神的疲労が
他の路線よりも過度に加わるから、
その分を70km分と換算して、東名の場合は<東京〜名古屋>
をK点とすることが賢明に思われるわけである。

よろしいでしょうか。

横浜市の中心部ではありませんよ?
横浜都民といわれるオールモースト東京の
横浜市の田園都市エリアの
横浜青葉ICを起点とするという意味での<東京首都圏>からで
考えた場合、

◆東北道なら仙台まで
◆東名なら名古屋まで

とし、

高速の入口までの環八や何やらが
たいへんストレスフルな中央フリーウェイや
上信越道の場合は、それより距離が短くなり、

◆中央フリーウェイなら松本城まで
◆上信越道なら上越市内まで

がK点と設定した方が賢明である。

霞ヶ関の一流大卒者たちが弾いたK点は、
繰り返すが、670km。
しかも大きなバスである。自家用車を運転するのではない。
670km。

これは、大きな指針ミスであると断罪する。
彼らは実際に自分で運転した上で
弾き出した数字なのか?
到底、そうは思えない。

仮に東名・横浜青葉ICから670kmといえば、
どこまで行くのか?

あぁ驚いた。
そのまま西へ進めば
広島県福山市がもうすぐの岡山県笠岡市まで到達してしまう。

神戸から西へ行かずに南へ進んで明石海峡大橋を渡れば
淡路島をも通過して、鳴門大橋まで渡れる距離で、
さらに進むことができて、鳴門市、徳島市、小松島市をも通過。
何とまぁ南はオールモースト高知の阿南市南部まで
行ってしまう。

愛知から南へ折れて三重県ルートを走れば、
驚くことに熊野古道まで行くことができてしまう。

どう考えてもこれはあり得ない。

そして最高の合致距離。
もしかしたら霞ヶ関の連中は、
この高速道路の距離を秤として指針=670kmを
弾き出したのではあるまいな?

日本で最も長い高速道路。
さふ。東北自動車道。
その全長距離は、679.5km。

ほぼぴったりである。指針の670kmと。

東北自動車道は周知の通り
川口JCT(埼玉)〜青森IC(青森)を走る道路だ。
ダモシはこれを完遂したが、
一日で長く走っても、以下だ。

青森IC〜仙台泉IC  約333km
川口JCT〜仙台泉IC   約350km
那須IC〜鹿角八幡平IC 約440km

前述した通り、
那須〜鹿角(秋田)は苦しかった。
K点である約400km強をわずかばかり超えているからだ。

これでも苦しいのに、
川口JCTから東北道に乗って
一気に青森ICまで走れ、と?
走っても良い、と?
しかも大事な乗客の命を預かりながら
大きなバスをこの距離、運転して良い、と?

忌憚なく、これは間違っている。

あり得ない670km。
アホか、と。

先般の、東松島の避難所の指定ではないが、
国や行政は、ほとほと何をしとるのか、と。

いいかげん<机上の空論>はやめて、
何か指針をするならば、
己の足で歩き、己の肉体を使って運転し、
現場感を身に染み込ませた上で、指針しろよ、と言いたい。

それが国民から税金を巻き上げて、
それを己が給料として手にしている者の
レスポンシビリティではないのか。


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