2010年09月20日

ベイビー・ブーム(2)



分娩室入室後は、盛んに陣痛促進剤が投与された。
それによりワイフ史上過去最大の痛みが襲いかかり、
壮絶な状況になった。

白人ナースがやってくる。

<こんなに痛がっているのに、
 まだ麻酔してあげないつもり!
 内診してベイビーの位置を手で確認しないと!ナウ!>

叫ぶナース。

頑に麻酔を拒むダモシを戒める。

ダモシはそれでも
<ノーノー!内診もダメ!アイ・アム・ダモシ!俺が決める。
 且つ最終判断は信頼するドクターだ!>とやり返す。

呻くワイフを見て<Oh, my...>と呟いたナースは険しい表情で
<彼女の問題だから。あなたは何も出来ないのよ!>と言うが、
そういう台詞がさらにダモシを怒らせる。

<そうだよ、だが、アイ・アム・ダモシ。
 俺が関わる以上は俺の問題でもあるし、俺は何か出来るのだ>と言う。

ドクターは状況を鑑みながら数時間置きにやってくる。
マンハッタンにある自身の産婦人科と行き来するわけだ。

この押し問答の最中に、再びやってきたドクター。
様子を見て言う。
<これはちょっと…。麻酔しなければちょっと…>。

ダモシはワイフの希望及びドクターの教示を踏まえて
麻酔を打つことを決めた。
ダモシの両腕はワイフが痛みに耐えかねて引っ掻いた傷で
腫れ上がっていた。それほどまでのペインだったのだ。

チャイニーズ系の麻酔が登場。
だが麻酔事故も多い。現場責任者ダモシは微細にそれを
セコンドについて見る。

手際よく施された麻酔はすぐに効果を発揮し、
ワイフは痛みから解放された。
ようやく静かな時間がやってきた。
あとは出産を控えるのみとなる。

<何とか18時くらいまでには出したいな。
 そうすれば当日帰りも実現するだろう>と相談する二人。


*****


夕刻から夜の帳が降りてくる分水嶺の頃合い、
三たびドクターがやって来た。

<もう、そろそろですかね>。

待つ間、ドクターと会話していた。
那須の牧場で壮絶なる牛の出産を己が手で取り出した経験も
あることなどを語るダモシは、
自らがセコンドにつくことを宣言した。

ドクターも<そういう経験があれば平気でしょう>と
ダモシのセコンド及び直接取り出しを認めた。
一緒にやろう、と。

ここにドクター&ダモシのタッグが結成され、
ナース軍団は忌々しい面持ちを持った。

それは<立ち会い>などという、しょっぱい所作や”ぬるま湯"
ではなく、己が手で出産作業につくことを意味する。
俺が出すぞ、と。
着ていたTシャツを脱いだダモシは、
闘いのワンショルダー姿に化身した。

さあ来い、と。

白人ナースと、新たに参画したインド系ナースを脇に追いやり、
左手にドクター、右手にダモシがそれぞれついて
臨戦態勢を整えた。

助手に昇格したダモシは、
ベイビーの位置確認とそのモノずばりを見ながら
ワイフの脚を持ち上げ、前方へ引き込んだ。

そしてベイビー自身の伸縮状態を逐一把握しながら
ワイフへ呼吸と踏ん張るタイミングを
格闘におけるセコンドとしてアドヴァイスと声がけをした。

<酸素マスクを、ナウ!>。

同時にダモシはナースへ、
酸欠に備えて酸素マスクを用意することを指示。

(当時は)スポーツに疎かったワイフに
身体活動及びスポーツにも通じた呼吸法、そのタイミング、
踏ん張る際の呼吸の要領と酸素マスクの有効活用を
随時耳元で伝授した。

もはやこうなると、既存の、一般常識的な
出産における呼吸等の所作の定義は存在意義を持たない。

"オレ流"が土壇場ではすべてとなる。

土壇場と本気で闘う際は、徹底的なオレ流になる。

定義や常識なんぞ、そんなもん知らんよ、と。

ダモシは興奮していたのだろう。
気づけば持っているワイフの脚にヒールホールドを決めていた。
完全に決まったヒールホールド。
それは足首が折れるのではないかと思えるほど
パーフェクトに決まっていた。

30分経過。激闘は続く。

白人ナースは唐突に言う。
米らしい所作がここで発露される。

<私の今日の勤務時間は終わりだから>と述べて
分娩室を立ち去った。

これこそが米らしさ全開の所作。

<ほらな。だから俺がやるんだよ。
 あいつらに任してはいられんよ>とダモシは呆れる。

インド系ナースは夜勤グループだ。未だ分娩室に残る。
インド系ナースは不遜な物言いでダモシに指示する。

<向こうへ行きな。アタイがやるから>。

ダモシはまた怒る。

<ノー。これは俺のジョブだ。ゴー・ザ・ディスタンス!>。

ダモシがこうなってしまうと
もう手に負えない。さすがの米も引き下がるしかなくなる。

激闘は、ダモシ・ペースで展開された。



*****



大きなベイビーの髪の毛数十本が
奥にわずかに見えてから40分後、

米東部時間2003年9月28日の午後7時15分。

ベイビーは遂にその姿を現した。

ベイビーは生まれて初めて目を開いて見たのが、
ダモシであった。

ベイビーはカメラを構えたダモシを見て、
そのファインダーをしっかりとカメラ目線で見た。


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ワイフはもとより、
40数分に及ぶ激闘を終えたダモシも疲れ果てた。
時間を鑑みて、この日の入院なしでの強行日帰り退院は
この時点で断念した。


夜。

入院室にあるソファでダモシも泊まった。
既にベイビーも一緒だ。
ワイフのベッド、その隣にベイビーのベッド。


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(初めて抱いた瞬間)


それを眺めながら広い入院個室にあるソファに
横になったダモシは、ほどなく眠りに落ちた。

が、二時間おきにやってくる夜勤の白人ナースは
まずダモシを起こして、説明や声がけをする。
体力消耗しているワイフではなく
ダモシに診察の説明などをするのは賢明だろう。

だが英語で、しかも専門用語オンパレードだ。
それを羅列されるのはかなり苦しい。
おまけに二時間おきだから、ダモシも眠れない。
途中、二人がかりのナースの手による
ワイフのレストルーム行きや各種妊婦の産後の処置。

二時間おきにやってくるナースのそれが、
一回当たり20-30分かかるから、
結局眠っても一時間弱眠っては起こされの繰り返しとなる。


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もう眠ることをあきらめた。
夜が明けた。

空腹感が襲いかかってきた。

そういえばまともな食事を摂っていなかった。

病院の食堂がオープンするのを待って、
<ご飯を食べてくるよ>と言い残して
ダモシは朝の外に出た。そして食堂で朝食を摂った。

ようやく静寂の、一瞬の、ほんの一週だけの心の静寂が訪れた。


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早朝の病院前を散歩した。
だが既にこの時点で、次なる闘い〜退院までの激闘〜を
視野に入れていたダモシは、身を引き締めた。


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生まれた日も翌日も晴れていた。
9月の空特有のきれいなサニースカイだったことを覚えている。


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ガツガツと食事を摂った。



*****



入院室に戻る。

と、夜勤ナースと入れ替わった白人ナースが来ている。
なにやらワイフに説明している。
不穏な空気だ。

<どうしました>と問うダモシ。

するとナースは言う。

<PKUテストはミッドナイト(深夜)ですよ。
 どうしても今日退院したいのですか?>。

なにをぬかしとるのか、と。

<いやいや。昨日、PKUは22時にやると言われた。
 その後、ミッドナイトまでにはここを出ますから。
 だから一泊ですよ>と述べるダモシ。

ころころ変わる米。
そもそも引き継ぎがまともに行われていない。

言ってしまえば担当のナースというものが存在せず、
パートごとに異なるそれが応対するからこうなるのだ。
それでも伝達がきちんとなされていれば、
こうならない。

そこまでバカとは思えないから、
ここで彼らがそういうことをするには
一泊ではなく二泊にさせよう(フィーをもっと得よう)
という魂胆であることが考えられるわけだ。

ナース以外にも血圧担当、食事担当、母乳の仕方を教授する担当等々。
ナースでも細分化されている上、
それぞれのパートで異なる人が入れ替わり立ち替わりやってくる。

そういった係員、職員、ナースが混在してやってくる。
そもそもほとんど一睡もしていないダモシとしては
<頼むから、しばらくそっとしておいてくれないか?>
という気分になる。

怒濤の勢いで入れ替わり立ち替わり部屋に乱入しては
早口で英語をまくしたてる彼ら。

疲弊させて自白させる手法に等しく、
彼らは意図的にそれを施すことで
一泊ではなく二泊にさせようとしているのだった。

ワイフと善後策を練った。
幸い、ワイフは元気だ。そもそもタフだ。

ダモシが部屋を離れた隙にやってきたのが
コリアン系の小児科医。

まったくもってさすがニューヨーク。
様々な国からの人々が関係者として登場する。

<ふぅ。今度はコリアンか…>。

ダモシ不在時にやってきたコリアンは
ワイフに一方的にまくしたてたという。

<今日退院するのなら、明日、私のニュージャージーの
 小児科のオフィスに来るように>。

なにをぬかしとるのか、である。
アホか、と。

一泊で退院する上、居住地はニューヨークのクイーンズである。
生まれた翌日のベイビーを連れて
わざわざ遠方のニュージャージーまで来い、と?

全体アトモスフィアが、病院側が擁するキャストたちの
一丸となったオフェンスに押されて、
ダモシ軍に不利な様相を呈してきていた。

<流れを変えないとダメだな、こりゃ>。

ダモシは次にやって来た白人ナースを捕獲した。
入院室で軟禁した。そして懇々とオフェンスを施した。


<まずは小児科。知っての通り、我々はニューヨークの
 クイーンズに帰るわけです。今日、一泊で退院するわけです。
 それだけでも身体的に辛いのに、
 明日いきなりニュージャージーの小児科オフィスまで
 ベイビーを連れてくるようにとは、なにごとか!
 そもそもそんなことは100%不可能。
 明日そこで診察を絶対に受けなければならない理由は何か。
 それが不明確な状況では従うことはできない。
 且つ黄疸が出ているとその小児科医は言ったそうだが、
 アジア系は黄疸は出るのだ。そもそも小児検診や血液検査なら
 本来はここでぱぱぱっとやるべきではないのか。
 小児科検診なんぞ、生後一週間でしょうよ!なぜ明日なのか!>。

白人ナースは軟禁から解放されたかったのだろう。

<分かりました。私から小児科医に電話して聞いてみます>
と言って部屋を出ようとした。

キレているダモシはそれを制してなおも攻撃した。

<それと、アディショナリー。我々は一泊退院という
 スペシャル・パッケージなのだ。分かるかい。
 特別価格で来ているのだよ。
 ね?PKUだかPKOだか知らんが、なぜベイビーに負担のかかる
 テストが深夜なのか。あり得ないでしょ。
 そもそも昨日はそれを22時にやるという話であって、
 我々はそれに向けてスケジューリングしているわけだ。
 変更は受け入れることはできない。
 だいたい深夜ミッドナイトに検査したら
 ここを出るのは午前1時になってしまうではないか。
 それだと二泊になるわけでしょ?>

ナースは応える。

<二泊ね>。

悪びれる様子がまるでない。

<ノー、ノー!だいたい、そんな時間に検査して、
 それでその日のうちにここを出られないから二泊です
 なんてことは通用しないよ、ユー!。
 ああ、いいや。何ならもう支払をしましょう。
 チェックを持ってきているから一泊料金を支払ってしまいますよ>

とダモシが言うと、ナースは拒絶した。

<ノー!支払いは後日、請求書を送りますから>。

ダモシも応戦する。

<ノー!チェックで払うよ、ナウ!
 そもそも決まっているのだから金額は>。

ナースは<もう勤務時間が終わりだから帰らなければ>と
お得意の米流技を披露して軟禁から逃れた。

決着がつかないまま時間が過ぎるが、
ダモシはここでコネティナット州の友人夫妻に電話した。
予定通り一泊で帰るので、迎えに来て欲しいとお願いした。

車を深夜、病院前につけてもらう。
到着した段階で携帯に電話をもらう。
そしてささっと脱出する。

そういう算段を立てた。

強行退院を実行することを、押し問答の果て、決めた。
ラチが開かないと踏んだからだ。


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*****


ドクターがやって来た。

部屋にダモシ、ワイフ、ドクター、ベイビーがいる中、
今度はアフリカン・アメリカン系のヘビー級ナースが現れた。
見るからに性格が悪そうだ。
見るからに日本人を嫌いそうだ。

<ヘイ、ドクター。PKUはミッドナイトよ。
 退院はそれからだからAMになるわよ>とのっけから好戦的に
台詞を述べた。

これにはドクターも怒った。

<昨日は22時だと言っていた。彼らは家が遠いのだ。
 ミッドナイトにPKUはあり得ないだろ。当初の通り、
 22時のテストに戻しなさい>。

しかしアフリカン・アメリカン系ヘビー級女性は、
その特有の症例である
<怒られて抗議され己の間違いを指摘されると逆ギレする>病を発症。

狂ったように滑らかな舌づかいで、でも、よく分からない英語で怒鳴った。

<二泊よ!PKUはベイビーが最初にフィーディング(授乳)してから
 24時間後と決まっているのよ!
 昨日の午前0時に最初のフィーディングをしているから、
 PKUは0時、ミッドナイトになるのよ!>。

ドクターも応戦する。

<そういうことではなくて、だいいち最初のフィーディングは
 22時だったよ、昨日。それにどれだけフィーディングを
 生まれたばかりのベイビーが得られたかを誰が証明できるのか。
 もっと融通をきかせてそんな時間に帰る彼らのことを考えて
 小児科医の言うなりにならずに、何とかしたらどうなのか!>。

ダモシも加勢した。

<昨日は22時だと言っていた。それだけのことだ。
 そもそも我々はスペシャル・パッケージだ!
 一泊だ,一泊、今日出るよ!>。


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騒動を尻目に部屋で爆睡するジュニア。



*****


応酬は続いたが、ダモシは既に出る覚悟を決めていたから
もうどうでも良かった。

既に、軟禁事件の後、会計室へ乱入し、
<ええと、今日もう少ししたら退院するダモシですが、
 例のパッケージね。もうね、チェックでお支払いしてしまいますからね>
と会計女性を口車に乗せて、支払いを済ませてしまっていたのだ。

うしし、という気分で、
そのヘビー級のアフリカン・アメリカン系女性ナースを
一瞥していたわけである。

アホか、と。

ナース軍団の勤務体系も調べ上げていた。

デイタイムの勤務は7時から15時、15時から23時の2グループ。
夜勤グループが23時から翌朝7時まで。
この3ローテーションで五人一組で回していた。
それを調べていたのである。

よし、と。

特に敵意むき出しのアフリカン・アメリカン系は23時で勤務を終える。
彼女が消えれば、また夜勤グループの人種構成も異なってくる。

ナースが変われば話は簡単だ。どのみちまともな伝達は行われていない。

いくらアフリカン・アメリカン系ナースが
PKUテストをミッドナイトだと言い張っても、
23時の段階でこちらが強行に<ナウ!>と主張すれば勝てる可能性も高い。

23時を少し過ぎてからナース・ステーションへ出向いたダモシ。
アフリカン・アメリカン系ナースがもう帰ったことを確認してから
白人ナースへ告げた。

<テイクオーバーされてご存知のことと思いますが、
 今夜中に一泊で帰るパッケージのダモシです。
 PKUテストを前倒ししてやって頂くよう依頼してありましたので
 もうそろそろやって頂けると思っていますが、いかがでしょうか。
 小児科医にも尋ねてみてください。かれこれ一時間以上も、
 待っているのですがね>。

ナース軍は急いで確認する。
そして、ミッドナイトから45分も早い
23時15分、ベイビーは部屋から連れ出されて
PKUテストへと向かったのだった。

その間、迎えに来てくれた友人夫妻が到着。
車を正面玄関へつけてもらい、携帯を鳴らしてもらった。

あくまでも最低二泊にさせようと目論む病院側と
一泊退院を主張するダモシ側の攻防はまさに最終局面を迎えていた。

その一泊の差で生まれる金銭的スペンドの差額は、
$1,200(当時のレートで約132,000円)。
この攻防に負けた場合、国家財政を破綻させ得る大きな大きな出費となる。


天下分け目の、まさに天王山。

マスト・ウィン・シチュエーション。
なんとしても闘いを制さねばならない状況だった。



*****


友人夫妻を正面玄関の横にある夜間特別入口から
中に招き入れた。警備員は不在だ。
深夜だから廊下には誰もいない。外も真っ暗だ。

部屋までそっと同行してもらい、荷物一式を先に運び出す。
その際、ベイビー・シート
(車にベイビーを乗せる際のシート)も抱えて運ぶ。

そっと廊下を歩いてゆく。

が、ナース・ステーションのナースたちが、気づく。

<エクスキューズ・ミー!勝手に連れ出してはいけません!ユー!
 待ちなさい!>

ダモシは振り向かず、
<シートと荷物だけだよ、ベイビーはいないから!>と言うが、
<待ちなさい!>という強大な叫びに
歩を止めざるを得なかった。

シートを覗き込むナースたち。

ダモシは静かに言う。

<一泊で退院ですからね。友人がわざわざコネティカットから
 迎えに来てくれていますよ。すぐに帰らないと。
 こんな夜中になっちゃってね。だから先に荷物だけ車に
 運ぶわけですよ>。

その説明をしている間に、ベイビーが戻ってきた。
あらかじめ別のナースに頼んでおいた
ワイフ用の車椅子も到着した。
同時に車椅子を押してくれる係員もあらかじめ要請しておいた。

滞りなく、合理的且つ迅速に退院劇を演出するには
それなりの準備が必要だったのだ。

すべての準備が整った。

病院を出る時が,来た。
間もなく時計の針はミッドナイトに差し掛かる。

<急ごう>。

歩みを速めた。

夜間特別入口から外に出る。
車がぴたっとそこについている。

ベイビーとワイフが後部座席に乗り込み、
ダモシもその隣に座り、
友人の駆る車はアクセルを踏まれて発車した。

深夜の退院劇、残り三分を切った時点で成功した。



*****


午前2時、クイーンズの拙宅に到着。

友人夫妻に謝辞を述べて別れる。

ベイビーは、リビングのソファに寝かされた後、
ベッドルームに用意しておいた
ベイビー用ベッドに寝かされた。

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猫も興味津々にジュニアを覗き込む。

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ベイビー・ベッドに寝かされたジュニア。

その向かい側には
ダモシのデスクがあった。

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ダモシ軍はその後、午前3時に、
友人夫妻が用意してくれていたご飯を食してから
4時頃、眠りにつくために横になった。


こうして長い長い日曜早朝から火曜未明までの試合が終了した。

それは、

妊娠発覚、保険詐欺事件、自腹での致命的な出費での出産、
そしてこの一連の騒動など含め、
異国における己の経済を破綻させるような出来事を通して
それでも糸口を見出し、出来得ることを駆使して闘い、
米の本性丸出しと真っ向勝負して、
見事なる勝利を得た

瞬間だった。


やったな、と。勝ったぞ、と。

素直にそう感じて眠りについたのだった。



あと八日で、あの日からちょうど七年が経つ。
ジュニアも大きくなるわけだ。





posted by damoshi at 15:19| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

ベイビー・ブーム(1)



ダモシの最近衛ともいえる後輩の中の一人は
昨年、年貢を納めて結婚。

そしてダモシ軍と近い
田園都市エリアにムーヴィングしてきたが、
先週、めでたく第一子となる長女が誕生。

道場の帰路、面会時間ぎりぎりの夜に立ち寄って
本人と細君とベイビーに逢ってきたが、
ダモシとしても感慨深いものがある。

子を持って初めて驚愕する己自身の心理的な変化。
彼は今、これに包まれているだろう。

同時にまた、一昨日あたりに退院〜帰宅して
ベイビーと三人の生活になっている今からはもう
しばらく夜もおちおち眠れない生活が始まっているだろう。

<うっしっし>と好意的に思うのだ。

そうそう飲みにも行けんぞ? と。
夜も眠れんで寝不足の日々が続くぞ? と。
おむつも手洗いで洗えよ? と。
タフな日々が数年続くぞ? と。

だが、カワイイぞ、と。

そして
<フォーカスを子供に向けろ>と。

己が子供に払うアテンションには制限はない。
アテンション・プリーズである。

まあ、思う存分寝不足やら
子育ての大変さやらを味わって欲しい。
その分、至福はある。

いま覚えば、ジュニアの場合、男の子でもあるし
そもそもが活発だからか、
ほとほと深夜、何度も何度も夜泣きして起きていたものだ。

こちらは眠れず毎日睡眠不足。

時に、あまりに寝ないと
カワイイ、ベイビーが悪魔にまで思えてくるもので、
親の中にはノイローゼになるケースもあるのが
理解できなくもないほどだ。

一方でその寝顔は天使そのもの。
起きている時の笑顔もまた極上。

その二律背反、表裏一体をどう耐えるか。どう楽しむか。
誰もが経験するこれもまたオトナの一歩である。

なにごとも、経験しないより、経験する方が良い。

まあ、頑張って欲しい。
こちらとしては、あの〇〇が親になったのか…
という、いささか面映い部分もある。

ダモシ家は男の子、その後輩は女の子。
子供も男と女ではまるっきり違うし、
そもそもベイビーとはいえ人それぞれだから、
彼は彼なりに彼のベイビーとどう向き合うかで
奮闘していただきたいところである。

直系後輩の一人が親になり
ベイビーを持ったことを記念すると同時に、
間もなく我がジュニア、"アントニオ"も七歳の
誕生日を迎えるということで、

ダモシ軍の米での出産時の大騒動を振り返りたい。

当時、本の中にも短く入れた
<ベイビー・ブーム>を短くして、
さらに一部加筆修正の上、
写真と共に掲載したいところである。

対米における闘いはオールウェイズで日々是戦場であったが、
その中でも大きなタフな闘いは、
9.11やブラックアウト、東京裁判その他これも多くあるが、
<ベイビー・ブーム>もまた苛烈なる対米戦線の筆頭格であり

爽快な勝利を得たものとして、ダモシ自身も大きな財産となった。



*****


まずはニッポンと異なる米の出産事情。
その背景環境をご紹介したい。
(いずれも2003年当時であり、今は分からないが、
 基本的にチェンジしていないだろう)。

A.
出産する病院と産婦人科は別である。

B.
米で出産する場合、保険がなければ高額な出産費用を
全額払わなければならない。
しかも産婦人科での検診、検査、出産、
病院での各種処置、入院費などは細分化されており、
それぞれから別々に請求が発生する。

C.
米の健康保険には国民健康保険はなく、
すべて民間の保険会社との契約となる。
しかも分野ごとに細分化されており、
例えば歯科治療は対象外等になる。

D.
米の健康保険の月々の支払額は異様に高額である。
日本人が入る場合、駐在員という高嶺のポジション
にある人で会社がやってくれるケース以外で、
ダモシのような多くの独立者では厳しい。
しかも詐欺が多く、保険料の支払が行われないケースが
頻発する上、そもそも保険会社がすべて得をするように
形成されている。


Bに関してはニッポンも出産に健康保険は適用されないが、
都道府県市町村からの祝い金その他を含めると
自費(持ち出し)は、ほぼゼロになる。
この違いは異国での出産にとっては致命的ともいえるほど大きい。

そして米は州によって法律が異なるに等しく、
かかる持ち出し費用も異なってくる。

次に当時、ダモシ軍がニューヨークでの出産において
かかる費用をまとめてみる。ごく平均的なコスト・スペンドである。

A.
普通分娩で二泊入院したとして、
出産する病院の<入院費用>だけで$8,000〜$10,000。
ドル:円は今のような狂乱円高とは違い、1ドル110〜118円台。
帝王切開になった場合は入院も四日に長引くため$10,000。

あくまでも<入院費>だけで既に100万円を超える。
ここには産婦人科における妊娠発覚から出産直前までの間の
診察費、検査費等すべての費用は含まれていない。

B.
且つ出産後に病院で行われる乳児の検診にかかる小児科医療費、
出産の際に麻酔をした場合の麻酔医療費等々の<専門処置>にかかる
費用総額がやはり$8,000〜$10,000。
<麻酔医>に個別にかかる費用が$1,000〜$3,000。

これらに

C.
産婦人科での診察、検査費用、羊水検査費用等を入れると
総額で、普通分娩において$20,000になる。


総額で、当時の日本円で200万円を優に超えるわけである。


実際問題、
妊娠から出産までにおいて、
200万円を自腹でスペンドすることを普通に受け入れられますか?
想像してみてください。あり得ない宇宙的なことであると思います。


しかも、だ。

妊婦さんへのタフな環境もニッポンと異なる。
これも想像を絶する。

普通分娩の場合で48時間後(約二泊)、
帝王切開だとしても4日間という短い入院期間で
"退院させられる"。

想像できますか?

ニッポンのように一週間体調が落ち着くまでの
平均的な<六泊七日コース>で
母子ともにゆっくり病院滞在〜退院ができるわけではない。

且つ入院日数に応じて金銭的負担が増えるわけだから、
そもそも短い入院日数で(退院させられるのだから)、
できればそれよりもさらに最高に短い<日帰り>=<入院なし>
を視野に入れなければならなくなってくる。


こういった差異と背景環境がある中で、
米といかにして出産闘争という闘いに臨み、そして勝ち得たか。



*****



<プロデューサーとして
 自分が仕切らなければならないだろう>。

ダモシはそう友人に語り、己も覚悟していた。

ダモシが直前で保持していた戦略は以下だ。
それら戦略にマーケティングの基本であるSWOT分析を加えてみる。

A.
「保険なし」のため
出産する病院を当初の高額のマンハッタンのそれから
「保険なしの人のための廉価なパッケージ」を擁している
ニュージャージー州の病院に変えた。

・T(脅威)
この場合のリスクは、自宅から遠距離になるということだ。
マンハッタンであれば車を飛ばせば20〜40分程度だが、
ニュージャージーのその病院の場合、ハイウェイを用いても
90分〜120分は時間的スペンドを要する。
急を要する場合、危険も感じられる。

B.
ニュージャージー州のその病院(イングルウッド・ホスピタル)
のパッケージを利用すれば「一泊二日」で$3,500という廉価で
出産の諸々を行うことができる。

・S(強み)
最少価格である。且つここで<早朝入院〜午後出産〜
深夜0時までに退院>というパターンを目指せば、
入院ゼロで済むというアドバンテージも生まれた。

C.
麻酔だけで多額の費用がかかる。できればそれは抑えたい。
麻酔を打った上での無痛分娩を選択せず、通常分娩を行うことにする。

・W(弱み)
妊婦に大きな負担がかかる。痛みに耐えられない危険性がある。
・S(強み)
さらにコストを減らすことができる可能性がある。

D.
さらには別途費用のかかる帝王切開にならぬよう奮闘する。

・W(弱み)とS(強み)はCと同様

E.
監視するため、ダモシ自らがプロデューサーとなり
現場に立ち会う。場合によってはダモシ自らが
ベイビーを取り出す。

・S(強み)とO(機会)
ダモシ強権発動ということになれば最強だ。
その機会は好機であり、妊婦であるワイフの安心も得られ、
同時にコスト・スペンドの削減へ拍車もかかる。
・W(弱み)とT(脅威)
ダモシ強権発動及びリングインとなれば、
米黒人及び白人の看護婦軍団との軋轢が生じて
トラブルが発生する脅威となる。
それはまた同時に弱みでもある。


これらSWOT分析をクロスさせて、
SWOTクロスが描かれる。

それらを事前に描き、戦略を立て、
あとはその場での登場人物たちが発揮する
米特有の異次元殺法に臨機応変に対応し得る技を秘匿しておくか。

そこが重要になってくる。

既にこの時点で米生活も98年から数えて五年。

そういう術は心得ている頃合い。

なによりも、最終的には
すべては己の判断でゴリ押しこそが最強の対米技
であることは先刻ご承知済である。

いざ鎌倉どころではない、のだ。



*****


拙宅で共にメディアの仕事に関わっている友人と
仕事の打合せをした後の談笑時に
その戦略を語った翌日、日曜日の早朝。

眠っていると突然、バスルームからダモシを呼ぶ
ワイフの声が聞こえてきた。

<破水した>と。

陣痛が来る前に破水してしまったのである。

予定日より早い。
直前の産婦人科での診察で
<だいたい〇〇日くらいで病院を予約しておきましょう>
として、パッケージでの予約は済ませていたから幸いであった。

時は、予定より早く、来てしまったのだ。

事前にコネティカット州に住む夫妻に、
<もし可能な日時であった場合、車で病院まで
 乗せて行って欲しい>と依頼していた。

コネティカット州から
ダモシ軍が住むニューヨーク州のクイーンズ地区まで約1時間。
そこからニュージャージー州の病院まで、また1時間半から2時間。
壮大なタイム・スペンドになる点が、一つの弱点でもあったが、
車で送り届けてもらえるだけでも大きな救いである。

当然、夫妻はそれぞれ仕事をしているから、
<可能な日時>というのは、
深夜時間帯を除く「週末のデイタイム」がベストとなる。

<産気づく場合は、週末の朝がベストだな>と考えていた通りの
展開となったのである。

時に日曜の早朝。道路も空いている。絶好の展開である。

破水したワイフとセコンドのダモシを乗せた友人夫妻の車は、
爆走してニューヨークをハイウェイで越えて
ニュージャージー州のイングルウッド・ホスポタルへと到着した。
ドロップ・オフである。


eg1.jpg



病院前で待ち構えていた病院スタッフが即座に車イスを差し出し、
ワイフを処置室へと連行した。

ダモシは夫妻に礼を述べて別れ、院内へと歩を進めた。
即刻、受付をすっ飛ばしてワイフが連行された処置室へ入るダモシ。

そこで、追いかけてきた係員が
のっけから病院側は米特有の質問を投げかけてきた。

<健康保険はありますか?>

失笑するダモシは応答する。

<ないよ。我々はパッケージだ>
<パッケージって?>

<通常の価格ではないよ。通常の価格にはしないでよ。
 我々はパッケージ価格だ>
<パッケージって何ですか>

<知らないのか?パッケージだよ、パッケージ>
<受付はしましたか?>

<しないよ。急いで来たわけで、すぐにこの処置室に来たのだから>
<では、受付をしてください>

押し問答の最中、
妊娠発覚からずっと産婦人科でワイフを診察してきてくれて、
実際にこの病院でもベイビー取り出しをしてくれることになっていた
ドクターが登場した。

連絡を受けてニュージャージまで駆けつけて来たのだ。

それを見てワイフは安心を覚えてドクターに手を振る。

ドクターはダモシに示唆する。
<至急、受付へ行って、パッケージだと伝えた方が良い>。
ダモシは受付へ急行する。
ちょっとでも手を抜くと米は何をしてくるか分からない。
常に自分らの都合の良い方に流れを持ち込むのが米だ。

のっけから闘いである。

<先ほど入院して処置室に入ったダモシですが、
 我々はパッケージで来ている。それを確認して欲しい。
 価格もパッケージ価格だから通常のになっていないかを
 大至急、ナウ、確認して欲しい。
 それを明確にクリアにしたいのだ>と告げると、

各種書類を眺めた後、係員が述べる。

<一泊で帰るのね? ならパッケージでこの価格よ>と
ペーパーを指し示す。合っている。ではOK。

<OK。サンキュー>とダモシはまずは安心を一つ得た。

否、安心というよりも、
闘いにおける壁が一つここで取り払われたという感じである。
一難去ってまた五難。これが米でありニューヨークだから
一つの壁を振り払っても安心など出来るわけが、ない。

そんな安心は、ここではあり得ないのである。

その後、割礼するのか否か、宗教の問題等々、
一通り事務員との質疑応答を経て、
出産準備へと書類関係はすべて済んだわけである。


いよいよ具体的に出産への闘いが始まる。

身体の小さいワイフのお腹の中には、
3,054gのジュニアがいる。




(つづく)


posted by damoshi at 14:40| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

フクロウの住む池-<恋の西武線>事件現場・再訪







今年の日本シリーズでの
巨人vs.西武-Game.7観戦を受けて、


当欄で

<恋の西武線>シリーズを掲載した。



その中でも特に
"事件簿シリーズ"として取り上げた
ストーリーの主舞台だったのが、


水が湧く池があり
そこにフクロウが住んでいたことから

名づけられた地である

<池袋>だった。






<恐怖の、しもぶくれオンナ事件>
http://damoshiny.seesaa.net/article/109534909.html


<"4時間待ち"から始まった愛憎の離合集散>
前編
http://damoshiny.seesaa.net/article/109684157.html
後編
http://damoshiny.seesaa.net/article/109729731.html

が、メイン・ストーリーとなっていた。






今宵はスペシャルとして、


先般

それこそ
久しぶりに訪れた池袋から、


それらのストーリーの現場再訪として

掲載したく存じている次第である。










*****









bukuro4.jpg



池袋駅東口。


立教大学のある西口とは別の、
サンシャイン60側。


ダモシにとっては
この東口が池袋のメインである。



<しもぶくれオンナ>たる
"薬師丸ひろ子"が待っていた場所も
見えている。



この写真は、

長い横断歩道の中間地点にある
ミニ広場から撮影している。



あのとき

ダモシ扮する"フッくん"と
柔道家の"ヤッくん"は、

このミニ広場から

西武百貨店前に現れるはずの

"薬師丸ひろ子"を偵察していた。






"薬師丸ひろ子"が現れて

待っていた現場は以下。




bukuro8.jpg




西武百貨店の
最上部に掲げられているロゴの

<SEIBU>の"B"の位置から真下へ
一直線に目線を移せば、

そこに
一階フロア外側にブルーの庇が見えるでしょう
(前に黄色いタクシーが停車している)。


その庇の前に
(つまりこれが"西武百貨店の前")


"薬師丸ひろ子"が待っていたのであった。





bukuro7.jpg




(この写真でも同じく、黄色いタクシーが
 停車している=黄色の信号の辺り)。




その待ち合わせ場所から

左に歩いていって
西武百貨店の中(池袋駅の中)へ
入り、

さらに左へ歩いていけば
西武池袋線の改札となる。




ダモシと柔道家は、

"薬師丸ひろ子"の追撃を
振り切るべく、


その方向へ歩速ペースを上げた。






bukuro3.jpg




西武池袋線の改札が見えている。



この写真の背後は
西武百貨店への入り口、

右斜め後ろは
JR、東京メトロ、東武東上線などへ
向かう大きなアンダー・グラウンド。



この写真の改札方面から左を見ると

そこにも
西武百貨店の
エレベーターが並ぶと同時に、


秘めたる

目立たない

(西武百貨店の)"階段"がある。






ちなみに
写真の西武池袋線の改札では


ダモシは二度ほどキセルで確保された。

二度目は、逃げた。

この構内を走ったが、確保された。








bukuro2.jpg




この方面が
西武百貨店の階段がある側。


今回は残念ながら

・階段を上がる
・屋上再訪問


は、いずれも実現しなかった。










*****









この

同じ駅構内=西武百貨店へのエントランス

といえば、




<"4時間待ち">した

実際の場所がある。



これもまた西武百貨店入り口。





bukuro1.jpg






マスクをした歩行者の向こうに
ヤングボーイが二人見えるであろう。


その右側のヤングボーイがいる位置。


そこで
学ラン姿のダモシはあの日、

"彼女"を4時間、待っていた。





土曜日だったこともあり、

写真に見えるよりも
もっともっと多くの人で
ごった返していた。





今は待っていた位置の
(写真でいうところの)右側(外側)が

壁になっている
(白地に黒い広告)。


記憶では

当時はここは
西武百貨店への入口に
なっていた気がするが

定かではない。


現在も写真でいうところの
壁際の左側には入口はある。









*****







ダモシが行きつけだった


<マイルドセブンがわんさか入った
 クッキーの缶>


をいつも差し出してくれる

黒ストッキングの女マスターがいる

ダモシにとっての
伝説の喫茶店"コーピアス"が

あったビル。



コーピアスは二階にあった。






bukuro5.jpg





なんだかまあ、

この現場を訪れて

目にした瞬間、

込み上げるものがあった。



変わらないのである。

残念ながら
コーピアスはなくなっていたが、


外観ポスチャーも

ボーリング、バッティングセンターも

20年以上経っても変わっていないのである。





ローカルならいざ知らず、

ここは東京。



ニューヨークほどではないにせよ、
常に変化する大都市である。




まして、ダモシはいなかった。

常に同じ場所にいたわけではない。


当然そうなれば、

ノスタルジーが高まる。





<あぁ、ここだ…>と。






時間と空と土地を

遠く遠く

変化の中で生きてくると、




人や場所との

<再会>に

ただならぬノスタルジーと

二律背反の"NOW"を感じ得る。




人も場所も、


いずれも


<また逢えて良かった>


そして

忌憚なく

<生きてて良かった>


さらには


<生きてニッポンに帰ってきて

 良かった>





思えるのである。







実はそういった

"生きてて良かった"

"また逢えて良かった"

という


スーパー・リアルに
ぴったり、ジャスト10年ぶり
(98年11月下旬以来の再会)

となる

"人との再会"



昨晩あったのだが、


それに関しては

もうすこし
心の中で解釈してから

当欄に記載したいと考えている。





これらの感情は、

以前も記載したような


<9.11テロ>を

同じ時間に共に
"ニューヨークで"過ごし、


その数週間後に

"東京で"再会した人々との

時間で感じた




<また逢えて良かった>

とはまた、


意味合いがやや異なるものである。




しかし
いずれも、

そこには

<この感情は何なのだろうか…>

という

解釈にやや時間を要する素が流れている。


心理学的にも

こういう感情とは
どういうものなのか。



それは知りたいところである。











*****









bukuro9.jpg



こちらも変わらぬ

サンシャイン・シティ。




コーピアス近隣、

そして
サンシャイン・シティへ続く道には

今もケンタッキー・フライドチキンがあった。



あの彼女が
アルバイトしていたケンタッキー。



ストリートから店を覗けば
真正面にカウンターがあるから、


あのとき、


働く彼女の姿と顔を
真正面に見ることができた。




同じように見てみると、

現在の店員が
あのときの彼女と同じように

真正面にいた。






ダモシ以外の
キャストは変われど、


その視線と映像は

25年前と同じである。



バックに流れる音楽は

<愛と青春の旅立ち>の
ジョー・コッカーの絶叫か。





既載の通り、


ナンパに、

正義のファイトでの乱闘

等々、


まさに高校時代の主舞台が
サンシャイン・シティ。






サンシャイン・シティ=

あの
<サンシャイン60>に連結する。




これがまた見事な構図なのである。


これも変わっていなかった。




サンシャイン60は、

実際にはここにはないのである。


もっと遠いのである。



だが、

誰の心にも
サンシャイン60=サンシャイン・シティ
として、


そのエントランスである
この写真部分を理解しているだろう。


要するに、

<東急ハンズ>があるエントランスだ。




しかし実際はここがサンシャイン60ではない。




サンシャイン60は、

この
サンシャイン・シティから

左にある

首都高速(上)と
川越街道へ通ずる道路(下)を挟んだ


その向こう側にある。





いわずもがな、

サンシャイン60は
巣鴨プリズン跡地である。





サンシャイン・シティと
サンシャイン60の距離関係/位置関係。




これが妙となっているわけである。


サンシャイン60の
ヒストリカル要素
(巣鴨プリズン跡地)、


そのロケーション
(池袋であり、且つ首都高真上)、


ポスチャー


などが絡み合って

サンシャイン60は眺望含めて

また異種の<高度の実感>を
伴うのである。








bukuro6.jpg




長らく

ニッポン最高峰を誇った
高層ビルヂング



<サンシャイン60>。





高さランキングでいえば、

<浅草>で触れた浅草十二階が
初代日本王者。



次代が、
これも近々で触れている霞ヶ関ビルヂング。


その後
浜松町の
世界貿易センタービルや

西新宿摩天楼群を経て、



78年にサンシャイン60が王者になり、


その王位は
東京都庁が登場する90年代まで


13年間も守られた。


(現在でも六本木ヒルズや
 初台の東京オペラ・シティの上をいく
 ニッポン第八位の座にいる)。





skybukuro2.jpg



サンシャイン60は、

意外に"見えない"。



要するに
池袋中心部を歩いている間、


ほとんど
その姿を現さない。


姿が見えたとき、

それは
すぐ近くにあるように感じる。


そこにある、と。



だが、

サンシャイン・シティからも
実は離れた位置にある。








<サンシャイン60>に関する

スカイスクレイパーと

西新宿摩天楼や東京タワーその他を
望む眺望の

最新画像は、



<高度の実感>シリーズで
早ければ明日にも掲載する予定である。





一枚だけ

あの
<しもぶくれオンナ>"薬師丸ひろ子"が

待っていた

池袋駅/西武百貨店を望む光景をもって


まずは締めたい。







skybukuro.jpg





































posted by damoshi at 22:22| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

<恋の西武線シリーズ>池袋/"4時間待ち"から始まった愛憎の離合集散-後編









サンデー・モーニング、10AM。



柔道家の彼女から
約束通り電話がきた。


ダモシは
己が彼女の担任の
自宅電話番号を入手した。




ダモシと
柔道家の彼女は

お互い、

<何も言わなかった>
<何も聞かなかった>

という
ジェントルマンズ・アグリーメントを結んだ。








*****








サンデー・ナイト、8PM。



ダモシは
その担任を電話で急襲した。



<ダモシと申しますが、
 先生の教え子の●●さんのことで
 話がありまして>

と切り出すと、

その教師は横柄な態度で


<お前は何者だ>

<●●のような奴と
 どういう関係だ>

<何の用だ>

と無礼な台詞を並べた。




それでも怒りを抑制する
おとなしい人間・ダモシは

穏やかに丁寧に
且つ
忌憚なくクリアに、ひとつひとつ回答した。



<ダモシです。高校生です>

<●●さんとは
 おつきあいさせて頂いています>

<本人からではなく、
 人づてに
 ●●さんが問題を起こして
 退学になりそうだと聞きまして、
 それを何とか考え直していただけないかと
 思いまして、お電話致しました>


と。


完全に相手の出方を窺うための
丁寧な戦略であった。



その教師も
未だ若かったのであろう。

今のダモシよりも
明らかに若かったであろう。


真摯に話を聞くより早く
ブチ切れはじめた。



<偉そうに、恋人きどりか?>

<自宅にまで電話してきて
 どういうつもりだ!>

<もうあいつはダメだ!退学だ!>

<あいつはもう、どうしようもない!>


その他もろもろ罵詈雑言。



一通り
その教師のエキサイティングな
演説を聞き終えたダモシは、


当時流行っていた
藤波辰巳の
"掟破りの逆サソリ"がごとく、


(最初からそのつもりだった)
逆ブチ切れを敢行した。



<黙らんかい、コラ!>

<この、クソ先公っ!>

プラスαのFワード乱発。


そして
怒濤の勢いで核心的な台詞を述べた。




<どうしようもない、どうにもならん、
 そういう生徒を何とかしてこそ、
 教師だろうがぁっ!>


<このまま退学にしたら、
 しょうちせんぞぉっ!>


<取り消せ、コノヤロウッ!>









*****









ダモシの自宅も、

受話器の向こうの教師も、

ダモシも、

沈黙が訪れた。




その静寂の中で
聞こえてくるのは、


ダモシの息づかいと
鼓動のみ。



しばしの後、
教師は受話器の向こうで
ため息を漏らした。


それを合図に
ダモシは穏やかに言った。




<ダメかもしれんけど、
 彼女にはたくさん
 良いところがあるんです。

 僕はそれを知っている。

 もう三年ですよ。僕ももうすぐ三年です。

 あと一年で卒業じゃないっすか。

 明日、最後の最後で
 何とか退学にだけはしないよう
 担任のあなたの力でお願いします!>



教師は何も言えないようであった。


オトナはイヤだな、と

ダモシは感じた。


ここまで真剣に訴えているのに、
届かないのか?

と。


なぜ
<分かった。ベストは尽くす。
 俺もあいつの担任だ!>

くらい

熱いマインドを見せられないのか。



何も言えないのだろう。

そう察したダモシは
ダモシからこの電話を終えようと考えた。



<失礼しました。
 僕の言いたいことは、以上です>

<先生の心に期待して待ってます!>


と締めの台詞を述べて、


<失礼します>と言って
そっと電話を切った。








*****









月曜日の夜、
柔道家の彼女から電話が来た。



●●ちゃんは、
無期限停学処分に決まった、と。



柔道家の彼女は
それだけダモシに伝え、

それ以上は何も言わず、何も問わなかった。

ダモシも
<そっか。良かった!>以外、
何も言わなかった。



喜んだダモシは、

夜のレイク多摩へ出かけて
湖面に叫んだ。



<ありがとぉーぅっ!>











*****








数日後、
彼女から電話が来た。


彼女は激高していた。



<何をした?>とダモシを責めた。

ダモシは
<何もしていない。何のことだ>と
突っぱねた。


だが彼女は
なぜかダモシを許そうとしなかった。

ダモシは悲しかった。


春休み中のこと。

彼女から手紙が届いた。
便せん何枚も記された
長いレターには、


<発展的な、
 一時的だが無期限カップリング関係停止>

を通告する旨が書かれていた。



己が無期限停学処分に
ひっかけたのか。


レターに記されていた範囲での
核心的な理由は、ただ一つ。



<ダモシ君の優しさに甘えそうな自分>

が嫌いだ、と。


このまま
関係を続けていけば
甘えてしまい、

良いことにはならない、と。




<仕方ねえ>。

ダモシはそう観念して、
一切の電話連絡を絶った。


苦渋の選択ではあったが、

何も聞かない
何も問わない

ことが必要なときもある

ということを、

このとき
初めて学んだような気がする。




<分かった。
 ただ、ひとつ。
 
 待ってるよ>。


それだけを記したレターを返送し、
二人の関係はひとまず終わりを迎えた。










*****









ダモシはちゃんと、待っていた。


高校生活も最後の一年。

500人中
下から五番目だったダモシの成績。



<もういいかげん落ち着くか>

と考えていた
三年生の最初の春、

新しい担任教師が
ダモシのことを

<犬>呼ばわりする事件があった。



その教師は
<お前は犬だ。犬以下だ。動物以下だ>
と、


これはこれは
現代であれば大問題になる台詞を
皆の前で吐いた。



怒りのダモシは、
全員に宣言した。


三年生として最初の試験で
ベスト100に入り

その担任に謝罪させることを。



試験前の数週間、
ほんのすこし勉強した。

その学校は、
試験の順位を
ベスト100まで張り出すことになっていた。



総合ランキングが張り出される
当日の朝、

軍団やその他、同学年の生徒たちと

その掲示板へ駆けた。



ダモシの名は、
<66>の数字の位置にあった。


495

66。



これ以上
リベンジとして分かりやすい数量データはない。


ダモシは
意気揚々と教室へ入り、

担任の登場を待った。



朝礼。

驚くことに担任は、
朝一番の挨拶でまず
いきなりダモシに絡んだ。


ダモシの結果を
<皆も知っている通り>と前置き
した上で語り、


<ダモシ君! 悪かった!>

<ああいうことを言って、
 申し訳なかった!>


<素直に、今回は、見直した!>




クリアな謝罪とともに
リスペクトを表した。



次の試験でもベスト100をキープした
ダモシは、

もとより
進学希望だったため、


もはや
運動部も引退間際、
遊びも悪戯も引退し、

大学受験へと歩を進めた。



その間、調子に乗った担任は、

皆の前で

<ダモシ君が出たら面白いんだが、どうだ?>

<皆でダモシ君を推薦しよう!>

と、

ダモシを生徒会長選挙に
名乗りを上げるように促し、

その後
数日に及ぶ
アプローチ活動を仕掛けてきたが、


そんなものには興味のない
ダモシは、


<それ以上言うと、
 またキラーに戻るぞっ!>

と捨て台詞を履いて、

噂された選挙戦立候補を
正式に辞退した。






そういう日々の中で、

当時
元野球部の友人の実家が
危機に陥っていた。


彼の実家は
都心部で文具店を営んで
いたのであるが、

経営が傾いたばかりか
良からぬ機関から
マネーを借りていたことも相まって、


連日、

当時の
強硬な輩による
いわゆる取り立てが続いていた。


高校三年生の彼に、兄貴、
そして未だ小学生の弟。


ダモシは
その友人と実家に
お世話になっていた恩義もあった。


できることはする。


ダモシは
その友人の実家に乗り込んで、

乱入してくる輩と対峙した。



輩は
もはやクローズ間際の
在庫少ない店内を荒らし
恫喝する。


手は出さないが、
ダモシは
手を出させようと
口で対抗する。


両親は不在だということにして
レストルームに隠れている。

弟は怯えている。

そもそも
ダモシや軍団と異なり、

リアルにまじめな学生だった
友人。



ただただ防戦一方の中では
好転しないから、

そこで
未だグリーンボーイだが
血気盛んな戦闘派ダモシがいて

防波堤になるのは
すこしはプラスになるであろう、と。








運動部は
間もなく引退間際。

残す大会も
春季大会と夏季大会のみ。



春季の大きな大会目前、
ダモシは肩を負傷し
まったく右腕が動かない状態に陥った。


試合当日は
彼も応援にくるということで、

ダモシは
試合会場に近かった
彼の家に、

試合前夜(土曜日の夜)、
泊めてもらうことになった。




彼の両親が

<今夜はダモシ君が来てくれたから>
<ごちそうしよう>

と、


ホカホカ弁当の
ノリ弁当を買ってくれた。


それを食したのはダモシのみ。

ダモシは
唖然としたのだが、

その夜、
一家五人が食したものは

インスタントのラーメン二杯。
それを五人で分けて食し
ダモシだけ
ノリ弁当。



込み上げるものを
必死に抑えた。



眠る前。



友人が

<ダモシさん、裸になって寝てください>

と言った。


<なんだい? ○○さん>
と問うダモシだが、

なかば無理矢理
裸にされた。



すると彼は
店を調べて買ってきたという
マッサージクリームを
ダモシの肩に塗り、


ダモシのショルダーを
丹念にマッサージしはじめた。



<明日、少しでも良くなりますように>

と言いながら。



ダモシは
うつぶせになった状態で
腕で顔を隠して、


(<一体、これは何なのだ…>)

と、

忌憚なく泣いた。









*****








彼女から
<ダモシのもとに戻りたい>
というレターが届いたのは、

その数日前のことだった。



それを受けて、

既にこの日より前には
電話で
カップリング復活を確認し合っていた。



正式な復活と再会を、

その
試合会場としていた。



その矢先の負傷だった。


彼女が初めて観戦に来る
大事な試合を前に負傷。



これは参った。

だが、言えない、と。




試合会場の最寄り駅で
再会の待ち合わせをしていた。







日曜日の朝。

友人宅で目覚めたダモシは
そっと
己がショルダーをいじり
確認してみた。


良化していなかった。




(<あぁ、ダメだぁ…>)。


未だ若い頃合いだ。

それをカバーする
強い精神力は持ち得ていなかった
しょっぱいダモシは、


完全に意気消沈した。



・友人とその家族の暖かさに応える
 ための勝利

・復活の日として 
 再会する彼女へ見せるべき
 カッコいい姿


は、

もはや無理だ、と。



(<俺はもう、ダメだ>)

(<どうすれば良いのか>)

と。




だが、
当然ながら笑顔でダモシは
友人に



<治った! よし、勝てるぞ!>

と言い、

友人宅を出発しようとした。




と、
彼が呼び止めた。


<ダモシさん、ゴメンね>

<役に立てなかったね>

<治ったなんてウソでしょ>

と彼は言った。




<ゴメン。僕のせいだ>と

応援同行を辞退した。




ダモシは怒った。


<ん?いや、治ったよ!
 大丈夫だ。勝つから!>

と言い残して

さっさと立ち去った。







電車内、ダモシは真っ暗だった。




到着した
試合会場最寄り駅で彼女と再会した。


だが
影のある
浮かない表情のダモシを見て、

なぜか彼女はすぐに察して言った。


<具合、悪いんでしょ>と。



なぜかは分からぬが、
それは女のカンなのか。


ダモシは素直に詫びて状況を語った。
友人のことも語った。


とんだ、復活の日だった。





試合直前、彼女は言った。


<勝ち負けじゃないよ>
<全部、ダモシだけを見てるよ>


と。




ダモシは
良いところなく、

まったくなく、

良いところゼロで、

惨敗した。





池袋へ出て

復活の日を

ただただ喫茶店で何時間も
語り合うだけに費やした。




彼女は言った。

<思うようにいかないことばかりだけど、
 妥協しないで過激にいこうよ>

と。





そして

<プレゼントだ>と言って
細長いボックスを差し出した。




開いて中身を出すと、タオルだった。



それはまさに
ダモシが好きだった、

当時人気絶頂だった
アントニオ猪木が

試合前に
ガウンの下に肩からかけていたタオルと
同じ形のもので、

それに等しい場所に

Antonio Inokiではなく、

ダモシの本名が
英語で縫われているものだった。






単純ダモシは、

高校生活最後の試合前

それを
肩からぶら下げて

猪木ばりに
それをゴシゴシした。




だが、最後も負けた。





<努力したからといって、
 必ずしも報われるわけではない>


ということを知るわけだ。





最後の大会が終わって
帰宅した家で、



ダモシは泣いた。


思うようにいかない悔しさと、

三年間
やり通したことの充足感。


その他もろもろが
綯い交ぜになって、


終わった途端に
湧き出た感情であった。










*****










高校生活ラストイヤーは、
平穏に流れていった。



夏が過ぎ、秋を迎える。

そして
彼女と過ごす二度目の冬。


彼女がアルバイトしていた
池袋の
ケンタッキー・フライドチキンを
度々訪れては、

アルバイト終了後に
二人で池袋の街を歩いた。


ダモシも
同じく池袋の西武百貨店で
たな卸しの短期アルバイトをした。




彼女の進路は
不思議なのだが、

一度も耳にしなかった。


ただ、
大学へは事情があって進まない
ということだった。



年が明けて、
ダモシの受験が近づいていた。





進路が異なることは、

高校生時分では
致命的なことなのか。


次第に
逢瀬の回数が減っていく。


ダモシも
まずは受験に対して
リアルに真剣になっていた。



そもそも
三年生になってからしか
勉強というものはしていない。


<大学受験>
<現役合格>

を考えた場合、

一般的に見れば、

ダモシは間に合わない。



案の定、全敗した。









*****









疎遠になったのには、
受験以外にもワケがあった。


ある意味で
そのワケが致命的になって、

ダモシを
受験に集中させたともいえる。



いま考えると、
意図的に彼女は身を引いたとも
受け取れるが、

当時はむろん
そんなことは考えない。



彼女には常に男の影があった。

しかも
年上だ。



ダモシよりも
一つも二つも上のような

余裕が

彼女に常にあったのは、

そのせいかもしれない

とも感じていた。




<おにいちゃんのような人だから>

という

ありがちな
エクスキューズをもってして、

度々
彼女は
その
<おにいちゃんのような人>と
逢っていた。



例によって
口数の少ない彼女は、

それ以上何も語らなかった。


ダモシも
必要以上には聞かなかった。



ある日、

ダモシとのデート約束と
<おにいちゃんのような人>との逢瀬が
重なった。



問うダモシに対して彼女は、
後者を選択した。


それでも彼女は

<おにいちゃんのような人だから>
<心配しなくていいよ>

の一言だった。








受験が全敗に終わった春。


卒業式まで数日という
ある日、


彼女からまた例の、
突然レターが届き、


今度は

<完全なる別離>

を求めてきた。



そして、
<ありがとう>と。





ダモシも
なんとなくは感じてはいたが、


以前のように
一方的な通告だけでは

<終わり良ければすべて良し>

とはならない。




割り切れない想いを抱えて、

ダモシは
<別れるにしても、最後に逢って別れよう>
と打診した。




だが、

彼女の性格なのであろう。


逢うことなく、

<もう電話しないで>
<もう手紙も送らないで>

と割り切られて終わった。










*****









卒業式の日。

セレモニーが終わり、
柔道家と

たまり場だった
池袋の喫茶店コーピアスへ
行った。




例の
イヤらしい女性マスターが、

いつにもない笑顔で接してくれた。



<今日で高校卒業なんです>

<これまでお世話になりました>


と挨拶するダモシに、

黒ストッキング姿の
女性マスターは、



<進路は?>

と問うた。



ダモシが
<浪人です>とハニカミながら応えると、



<まあ。ずいぶんいいご身分ね>

と皮肉たっぷりに揶揄した。




それでも最後、

<まあ、これ持っていきなさい>


マイルドセブンが
わんさか入ったクッキーの缶を
贈呈してくれた女性マスター。







その頃、

甲子園では

清原と桑田が

席巻していた。












*****













新しい生活に入っていた。


そんな夏前。

ダモシが
彼女と高校時代に一緒に
コンサートに出かけた

エア・サプライ

というバンドがまた来日
することになった。




吹っ切れてはいたが、

未だ
心のどこかに
彼女の存在が引っかかっていた
ダモシは、


<一夜限りの再会>

として

中野サンプラザでの
エア・サプライのLIVE同伴を

彼女に提案した。





久しぶりの電話ということもあり、

彼女には
抵抗感はなかった。




二人は中野サンプラザで再会した。


コンサート後、

彼女は言った。



<今は、
 高校時代ずっと私を見守って
 くれていた年上の人と付き合っているの>。



ダモシは分かっていたが、
はっきりと
それを彼女の口から告げられて
うれしかった。




別れ際、

彼女得意のレターが差し出された。




寮に帰って封を切った。


いつものように
真摯な内容で便せん数枚に及ぶ
レターだった。




彼女のレターにはいつも、

それ単体で
己の心を
可能な限りすべて伝えよう/伝えたい

という

真摯な情熱が宿っていた。



記されていたのは、


ダモシという男の分析。
ポジティヴ面もネガティヴ面も
すべて記されていた。

忌憚なく
女性からすれば
あなたの
男としてのこういう部分は
プラスで、

こういう部分はマイナスだ

と。




そして、
<ありがとう>の言葉。



最後に、

<あなたの現在倒すべき敵=受験。
 それをどうか、
 いつものあなたらしく
 過激に闘ってください>



書かれていた。







ダモシは泣いた。


当時はまあ、よく泣いている。








これでもう、

二度と逢うことはない。


少なくとも
お互い同士から
積極的に逢おうと試みることは

ない。




それでダモシは
割り切ることができ、



新たなステージへと

リアルに向かうことになった。










*****









恋の西武線。そして池袋の時代。


それは
高校卒業の日の
喫茶店コーピアスで終わっている。



親も
ダモシが高校卒業と同時に
転勤で東京を離れた。


ダモシは一人
東京に残り、

浪人生専用の寮へ入った。


その寮は、荻窪。
予備校は、原宿。



その一年は、

JR中央線を
メインストリームとした

荻窪、新宿

そして代々木に

原宿という

時代に入っていった。








彼女との
一夜限りの再会と
完全別離割り切りの


エア・サプライLIVEから


数週間後、


予備校で

ダモシは激しく、


フォーリン・ラヴ。




浜省の<19のままさ>の世界観へと

突入していったのであった。




その主舞台は、原宿。









*****









これにて、

短期集中連載として
<恋の西武線>シリーズの一部を




終了する次第である。






最後に。

彼女の好きだった
タレントは松田聖子だった。


松田聖子の
<赤いスイートピー>を

何度も一緒に聴いた。




I will follow you
あなたについていきたい

I will follow you
ちょっぴり
気が弱いけど素敵な人だから



という歌詞に、

きっと彼女は
己を準えていたはずだ。


レターにもそのことは書かれていたからだ。



あの頃のダモシは

しょっぱく
若過ぎて
青二才で
自分勝手で

女心を理解できない

甘ちゃん

だった。




<赤いスイートピー>の中の

"あなた"

には、

ダモシはなれなかったのである。






高校生当時で
あのレベルだったから、

齢を重ねた今は

さらに
オトナの女として
すばらしい人になっているであろう。




彼女が今も元気で、

そして
幸せでいることを



願う。


















posted by damoshi at 01:36| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

<恋の西武線シリーズ>池袋/"4時間待ち"から始まった愛憎の離合集散-前編









異性とのデートで
最大、何時間待ったことがあるだろうか。



こんなサブジェクト自体、
もはや
現代では議題になり得ないだろう。



待人来らず。

そんな出来事は、
90年代中盤以降では
あり得ないと考えられる。

なぜなら携帯電話も
それを用いたメールもあれば、

手持ちのモバイルPCもあるからだ。


よほど
待ち合わせした二人とも

あるいは一方が
携帯電話を持っていない場合のみ、

発生し得るサブジェクト。







いま考えれば
よくもまあそんなに待ったものだ
と思うが、

そこは
ある意味で"純情きらり"な未だ高校生。


ダモシは、4時間待った。

彼女は来なかった。


そして
その日の出来事が別離へとつながっていった。








*****








西武ライオンズが初優勝した
1982年のことは
既載した。




既載した
82年の
大枠での異種格闘技を復習してみると
以下のようになる。



<失恋の痛手は、新たな恋で解消>。


"春なのに"的な
春の失恋を経て確立されたダモシの
そんなフィロソフィーのもと、

懲りずに、突き進んでいた頃合い。



梅雨の頃合い。

"北の某"への初海外修学旅行で
或る女との再会の希望が
潰えたダモシだったが、

その旅の途中で出逢った
他のクラスの女子に恋をする。


二度目の停学
(初回は10日程度の出校停止)となる
<無期限出校停止処分>に
甘んじながらも、

ちょこちょこと
隠れて姿を現したり
運動部の試合には強硬参戦するなど
血気盛んなダモシは、

学校参戦が
条件付き("ちょっとでも何かやらかしたら退学")
ながらも認定された途端に

息せき切ってアプローチ。
そして成就した初秋。


だが、

ウルトラ・スーパーC級映画
<殺人魚フライング・キラー>の劇中で

"引っ張る糸"が見えてしまったことが
背景要因となって、

別離。



哀愁のダモシは、

レイク多摩で
ネックレスとカセットテープを
"バカヤロウッ!"と叫びながら投じた
紅葉手前。



それと相前後して
例の
ナンパ電話<117>と、


池袋・恐怖のしもぶくれ女事件
その他数々の事件に塗れながらも、


柔道家の彼女の紹介で
見合いした女子高の女子と交際開始

と相成ったわけである。




高校二年の秋から冬にかかる目前。


その女性とは

互いに
ストロング・スタイルを標榜した結果か、

何だかんだと

正式且つ決定的な別離となる
浪人時代の梅雨まで

愛憎入り混じる離合集散を重ねながらも
一年七か月の交錯が続いた。





もとより
ダモシがこれまで
交際した女性は、

ワイフは別格として、

いずれも皆
すばらしい女性であったことは
言うまでもないが、

まあまだ
正真正銘の青二才の
ヤングボーイだったダモシにとって、


女性から多くのことを教わった
最大事例と教示が
この彼女だった。







*****





大晦日から元日にかけての
明治神宮その他、

出かけた先は数多い。



交際がスタートして
次第に親しくなる。

年を越して1983年になる。

放課後、休日。
異なる学校。

池袋を中心に逢瀬を重ねる。

映画<愛と青春の旅立ち>も
二人で観た。


だが
デート云々よりも、

且つ
楽しく甘い交錯よりも、

この女性とは
トラブルが多かった気がする。



ダモシ同様に、
否、

それ以上に<よゐこ>だった彼女は、

ダモシ同様に
体制側である学校から
既に一度停学処分を享受していた
ことがあると

知るのは、



ダモシが4時間待った日の夜のことである。






高校二年から三年に上がる前の
三学期だった。

未だ春には遠く、
東京の寒い冬だった。


その日は、土曜日。

彼女は
バスケットボール部のエースだった。


互いにもう最上級生手前の冬。

部活動も
サボろうと思えば
ある意味で自由だ。



土曜日。

AMだけで授業は終わる。

1PMジャストに
巨大な池袋駅とそのビル構内の
一般ゼネラルな意味でのメインたる

西武百貨店入口

で待ち合わせしていた。



いつも通り、
意図的に5分遅れでダモシ到着。


いつもは先にきている彼女の
姿はない。


30分経過。


<そろそろ来るかな>。


遅れているのだとしても
30分〜45分が
<そろそろ来るかな>の、

ダモシが待っている場合の
スタンダードだった。



だが、来ない。


60分経過。

120分経過。

もうとっくに
来ないことへの
苛立ちは消えている。


ダモシは

・何かあったか

・だとすれば、
 遅れに遅れて
 彼女の友人が伝令に来るかもしれない

・もしかして、
 もう別れたいとか?

等々、考えながら待ち続ける。


180分経過。

ここまでくればもう、
意地である。



なにがなんでも待ってやる、と。

来るまで待とうホトトギス
の心境でもある。


その一方で、

ダモシは
その彼女の友人を
己が彼女としている柔道家の
自宅へ

公衆電話から連絡。


事情を告げる。

柔道家は幸い、
自宅にいて
ダモシからの事情を聞くと


<分かった。
 ○○ちゃんに連絡してみる!>

と請け負ってくれた。




240分経過と同時に、

ダモシはその場を離れて

悶々とした
心持ちで西武池袋線に乗り込み
帰路についた。









*****








自宅に戻ったダモシは、
早速
彼女の自宅に電話をした。



すると

驚くべきことに
彼女が受話器をとった。



<あ…。俺だけど…>
<う、うん…>


<ずっと待ってたけど、どうした?>
<うん…>


明らかに異様なやりとりが続き、
ブチ切れたダモシが
声を荒げるに至り、


彼女は


<ごめん。何があったか言えない。
 でも、何かがあって今日は行けなかった>


<もう、しばらく逢えない>


<ちょっと、電話しないで。ごめん>


と一方的に告げて電話を切った。





(<いったい、何なのだ!>)と
大混乱のダモシ。


すぐさま折り返すが、
案の定、もう彼女は出ない。





その直後、

柔道家から電話がかかってきた。



<ダモさん、大丈夫か?>

<ああ○○さん。すまんな>


と挨拶。


互いに
サン付けで呼んでいた。




ダモシは
彼女のただならぬ様子と
電話会談の内容を伝えた。


柔道家は

<うん…。まあ、そうだろうか、と。
 ちょっと話を聞いてくれ、ダモさん>

と落ち着いた口調で言った。





柔道家の口から
驚愕の情報が寄せられた。


・彼女は今日(この土曜日)
 学校で荒れ狂い、粗相をおかした

・それにより彼女は即刻、
 無期限停学に処され
 自宅へ強制退去させられた

・二度目であることと、
 悪質な犯行だったことから
 ほぼ間違いなく退学処分になるだろう

・その最終判決は、
 週明け月曜日の職員会議で下される

・彼女は相当、狂乱し、
 たいへんなことをやらかしたようだ


ということに加え、


・その前の週末のバスケットの試合で、
 ファイヴファールを犯してしまい
 大事な局面で退場を余儀なくされていた

・ゲームは敗北

・彼女は
 エースである自分の軽率なプレイのせいだ、
 と悲嘆に暮れていた


という周辺情報が


彼女の友人(柔道家の彼女)

柔道家

ダモシ


という連絡網で伝えられた。



まず後者。

これは
ダモシも直接、
江古田の公園で語り合っていた
放課後に、

耳にしていたことである。



だが、
ダメ男ダモシは

たいしたことだとは
思ってもいなかったのである。


己の運動部活動で
大会や試合に負けることの
悔しさは知ってはいたが、

未だ
バスケットボールの部活動経験も
なかった上に、

そういったファールの連鎖による
退場

ということの意味合いも

彼女が
それにどれだけ
賭けていたかも、


マジメに考えてあげなかったのである。



柔道家からの連絡でそれを聞き、



<しまった…>と感じたダモシ。




そして汗ばみ、動揺する。

大好きな彼女が傷心のままに
何か行き違いがあって
やらかしてしまったにちがいない、と。



しかも
既に一度、停学経験があったとは…。

俺と同じではないか、と。


だが

その
"やらかした"内容が分からない。

レベルも分からない。


しかも

<ほぼ退学だろう>という危機。






ダモシは

<彼女はいったい、何をやらかしたのだ!>

と柔道家を問いつめた。




<ダモさん、俺も聞いたよ、○○ちゃんに。
 でも、教えてくれなかった>

と柔道家。



<何でだ!>

<何でだって…。
 ●●ちゃんが、○○ちゃんに
 口止めしたんだろう>

<なぜ口止めするんだ!>

<俺たちには知られたくない
 ほどのことをしたのだろう>



柔道家と
意味のない押し問答が続いた。


ダモシは
柔道家に詫びを入れた上で、

<柔道家の彼女と話をさせてくれ>
と頼んだ。



<分かった。彼女から電話させる>

と柔道家が言って電話を切ってからすぐ、
その彼女から電話が来た。


この彼女は実に冷静な女性だった。
いま考えると高校生とは思えない。



<●●のことですよね>と言って、

静かに、

柔道家がした説明と
完璧に同じそれをダモシに
諭すように施した。



<どうなるの?退学なの?>

と問うダモシにも、


<そうね。ほぼ、ね>

と妙にクール。



<いやいや、それはマズいでしょ>
とダモシ。


<でも、しょうがないわね>
と彼女。


<しょうがないって…>と
折れないダモシに
彼女は言い放った。


<それだけヒドいことを、したのよ>

と。


奇妙なほど冷たい声だった
ことを記憶している。



後で考えれば、
この彼女の冷たさと冷静さが、

ダモシに火をつけたのであろう。




<しょうがないじゃないっ!
 しょうがないからしょうがない
 っていうことは、世の中にはないっ!>


<だからっ!
 何をやらかしたと聞いているんだっ!>


とエキサイト。


もはや燃える闘魂。



今も昔も変わらぬ
ダモシズムだが、

<何か/何が/何を>が
明確に分かれば、

"しょうがない"を打破する
戦略を立てることができる

その可能性が広がる、と。



そして

"しょうがない"という言葉は
たいへん嫌いなもので、


なにごとも
"しょうがない"で
割り切りたくはない、と。



しかもこのときは、
17歳の頃合いでは
かなりウェイトの高いトラブル

退学

が絡んでいる。




ダモシは
己が4時間も待ったことを
ムダにしたくないと
感じていたことと、

己が
彼女の心の痛みを
感じ取ってあげられなかった
悔いと、


そして純粋に

彼女にとっての
ネガティヴな事象があるとすれば

それを逆転させよう


という

マインドに至っていたのである。





だが、
クールな(柔道家の)彼女は

頑に
その真実を語らない。



押し問答が数十分、続いた。




そこでダモシは考えた。

二者択一を突きつけた。




<分かった。じゃあ、いい
 その代わり、俺の頼みも一つだけ
 聞いてくれ>


<なに?>


<俺に
 ●●ちゃんの担任の自宅電話番号を
 教えるか、

 ●●ちゃんが
 何をやらかしたのかを語るか。

 どちらか一つだけで良いから、
 頼みを聞いてくれ>


<なに、する気?>

<電話する>

<担任に?>

<そう>

<電話してどうするの?>

<教えないね>

<ズルい>

<自分だって教えないじゃん>

<…>

<早く>

<ダメだね>

<ダメだと?>

<危険だから>

<危険じゃない。ただ挨拶するだけだよ>

<ウソだね>

<ウソついてもしょうがない>

<あれ?さっき、
 しょうがないっていうのは
 世の中にはないって言ってなかった?>

(<しまった>)




会話は途切れた。



沈黙の後、

彼女は
深刻な声で言った。




<ひと晩、考えさせて。
 ね。
 それくらい待てるでしょ>。



ダモシはため息をついた。


(<女はコレだからな…>)


だが、

それに従うしかなかった。


それにイエスと答えて
"余裕"を見せたかったわけである。




<オーケイ。ひと晩は待つよ。
 でも明日、朝10時に電話してね。
 まあそのときは
 担任の電話番号を耳にする時だけど>



彼女は<分かりました>と言い、

最後に
厳しくも暖かい口調で
付け加えた。


<いい?●●は電話に出られないし、
 話ができる状況じゃないからね?
 絶対に自宅に電話するなんて、
 しちゃダメだよ?>



ダモシは
素直な幼児に赤ちゃん帰りして

<うん。分かってる。
 とにかく、ありがとう>

と言い、

電話を切った。








彼女の退学処分を決する
職員会議は週明けの月曜日だ。


明日の日曜朝に、

何とかして
柔道家の彼女から

担任の自宅電話番号を聞き出すことは


この時点でのダモシの
マスト・イシューだった。





■何をやらかしたのかを
 知ることはできない

■語ることも憚れるほどのことを
 やらかしたことは
 間違いない

■ほぼ退学という趨勢の状況で、
 その決定が月曜日下される

■彼女と直接話をすることはできない


という
これらの四つが重なっている
シチュエーションが

目の前にある。




そこでダモシは
電話中に考えたのである。


<俺にできることは、一つだな>

<イチかバチか、それしかない>


と。





その

"一つ"



"イチかバチか"

を遂行するには、


<担任教師の自宅電話番号>
の入手

が、

マスト・イシューとなったのであった。







興奮と昂りで
寝つけないベッド、暗闇の中で
ダモシは、



悲しみに暮れているであろう彼女と、

その友人からの
明朝10AMの電話を

それぞれ想いながら、


天井を見つめていた。








(つづく)















posted by damoshi at 02:23| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月13日

<恋の西武線シリーズ>西武池袋線/キルティングの巾着袋








二枚の布の間に
綿などを薄く入れ、

飾り縫いで模様を浮き立たせた
キルティングを使った

巾着袋。



いわゆる
<キルティングの巾着袋>。





イエロー&グリーン
あるいはブルー&ホワイトなどを
基調としたチェック柄のそれが、

通学途中の電車内で
闊歩していたのが

1982年。


時にダモシ、
高校二年生の頃合いだった。









*****








単純に
キルティングの巾着袋が
流行ったといっても、



それが爆発的に売れた
というメーカー製造のプレタポルテ
あるいはオートクチュールといった
<商品>で
誰もが持っていた


ということではない。



<アイコン>である。



流行の中でも
時代の"かわいらしさ"が
滲み出ている所以は、


それが
前述した通り"商品"でもなければ
"購入するモノ"でもなく、



女子から男子への
プレゼントとして流行した


女子個々の
パーソナリティと生き様が
投影された


<手作り>


であったということだ。









*****








当時の男子にとっては、

それを持っていることで

<オレは彼女いるぜ>
あるいは
<モテてるオレ>


対外的に証明することになり、


そういう意味でもそれは
まさに格好のツールであった。




駅構内や電車内はもとより
学校内でも大きな自慢となったのだ。


ただ単に
モノを入れて運ぶための巾着袋が、


ポルシェのような
ステイタスをもったピリオド。








所有物における自慢
あるいは
優越感とは、

たとえば高価なモノ
〜高級外車や
 ブランド・バッグなど〜の場合、

その商品の
エクスポージャーだけで終わってしまう。

ある意味で
他者からすれば
"So What?"の世界に埋没しかねない。



しかしあの頃の
キルティングのチェック柄巾着袋は、

何といっても
<手作り>のプレゼントであり、

しかもそれが
"ハイティーン・ブギな若者"にとっての
最重要サブジェクトの一つでもある


<異性との恋愛>における
優越感へつながるという意味で、



たいへん大きな素材だったのである。




要するに、

■高価さ
ブランド>巾着
■世界的ヴァリュー
ブランド>巾着
■持つことでのセレブ性自慢
ブランド>巾着

というマップが成り立つ中で、

■真心と愛情
巾着>ブランド
■満員電車内での耐久性
巾着>ブランド
■手作りをもらったことの充足感
巾着>ブランド

でイーブンになり、

総合力でいえば
当時の状況においては

■持つことでの
 見せる要素や
 己の心の満足感

巾着=ブランド

に至るほど、

高価なブランドモノと御す
存在でもあったわけだ。





いわば
90年代のルーズソックス
2000年代の紺のハイソックス
という

己が
フット・アクセサリーの
女子高校生の
趨勢よりも前も、

白のふくらはぎまでで
ピタッと止めるソックス
(そのために"ソックタッチ")

冬は黒のストッキング、

さらにそれ以前は
三つ折り等々、

流行がある中で、


女子高校生自身のみならず

それを
男子と共有できる

流行と趨勢の
ムーヴメントとしても成立
していたのであった。




少なくとも、東京。

エリア的には
江戸城(皇居)を
センター・ステージとする
城西・城北エリアでは


その
ムーヴメントはあったわけであり、

もしかしたら
ニッポンの他都市や
東京の城東・城南でも
見られた傾向かもしれぬが
それは分からない。



鉄道路線でいえば
当時その趨勢を見かけた
ところでは、

西武沿線を筆頭に
東武、JR赤羽線、
JR山手線渋谷〜新宿〜
高田馬場〜目白〜池袋と
それより上野方面。











*****









"So What?"では
済まない世界観として、


17歳にとっての
<のっぴきならない切望>が、


キルティングの
チェック柄巾着袋には

様々な要素が
投影されていたのである。







day by day、
電車内や駅構内、学校内、
クラス内で

それを持つ男子が増えてくる。



むろん
もともと顔と
身体ポスチャーのカッコイイ男子は、

色々な柄のそれを複数持っている。
毎日違うそれを持ってくる者もいた。



<ボクはモテていまして>



その背中は語っていた。





既にAORや
ホール&オーツを聴いている
ような、



ヤサ男系である。







(<しゃらくせえ!>)

と内心、ジェラシーを強化した

"ジェラス・ダモシ"。





そこそこモテたが、

顔と身体ポスチャーを
エントランスとする意味での

"モテモテ"
だったわけではないので、



ジェラス・ダモシは出遅れた。





全体アトモスフィアを察知
するのは早かったが、


そのとき彼女がいなかった。

だから
未だ初動段階ではあったが、
"出遅れた焦り"は

次第に高まってきた。





それならそれで、
そんな趨勢は放っておけば良いものを、


隣の庭は良く見えるものである。




<やはり何としても、
 オレも持たないと示しがつかないだろ>

となる。



<自分も欲しい>

ではなく

<MUST>になってしまう。




それが10代の
異性絡みの対抗心というものなのか。

<あいつよりもオレの方がカッコいいぜ>
<オレの方がモテるぜ>などと
心では思っていても、


それを証明する秤は、
表だっては
ヴァレンタイン・デイくらいであった。


そこに
明らかな提示物

モテるを証明する
プレゼンテーション・ツール


が、

目の前に
出てきてしまったわけである。



このキルティングの
チェック柄巾着袋が登場するまでは、

そんな秤が
ヴァレンタイン・デイを除き
オールシーズンでは何一つなかったから、


いくらでも口で作為できたのである。

いくらでも
嘘で
<モテる>を演出できたのである。




しかし今や
その秤が登場してしまった。


巾着袋を持っていないだけで敗北者であった。


<モテない男>
<彼女のいない男>

というレッテルが貼られてしまう。





このまま黙って
指をくわえて隣の庭を見て、
敗北に甘んじるのか。



多感な17歳、

<関係ねえよ、あんなもん>と
突っ張ってはみせても

周りは手厳しい。

本音を見透かされてしまう。

何とかしなくてはならない。



遂に
あろうことかダモシは、
ウルトラの母に依頼した。



<ちょっと、巾着袋、作ってよ>と。


それは急場しのぎの
苦渋の選択だった。



ウルトラの母に依頼して
制作してもらったそれを
誇らしげに持っていった。




最初は
面映い気分がして
西武線車内で赤面した。




念願叶って
自慢のツールを手にした喜びと
<嘘>をつく面映さ。



<これ、彼女にもらってな>と
背中で語る自分に赤面したのである。



しかし
そこは返す返すも17歳。

それでもご満悦だった。




潰した黒の学生鞄のサブとして
巾着袋は活躍した。

時には学生鞄抜きで
巾着袋単独行動ということもあった。










*****










女子や彼女から
それをプレゼントされるのは、

それから間もないことだった。



こういうことは
不思議なもので、


物事なにごともそうだが、

マイナスのときは
なにをやってもマイナスで、

プラスになるときは
なにをやっても
黙っていてもプラスが
舞い込んでくるものである。


それを象徴する出来事の
ひとつなわけだが、



巾着袋を持ち出した後から、

それこそ
雨後のタケノコのように
各方面から
それが舞い込んできたのである。




当時の正妻からはもとより、


<毎朝、西武池袋線で見ていた>
という女子から、

はたまた
運動部の試合で出かけた高校の
試合の合間に
休憩している際には、

その校舎内の上の階から
声をかけられて
それがキッカケで
アポイントメント成立に至り、

その"お茶だけ"デートの際に
巾着を手渡されたり

といった具合に、


いつしか
<巾着袋をいっぱい持っている方>
の男子になったジェラス・ダモシ。







しかし
これもまた
人間のサーガというべきか

不思議なことに、


いざ
<持てる者>になると、


それ(巾着袋)は

さしたる
自慢のツールではないことに気がついた。





それを持っていることが
当たり前になってしまったのである。




欲が出てきて
デザインやら大きさなどに
注文をつけるようになる。



<このチェック柄はダメだぜ>等。





本来の
<手作り>の、真心のこもったプレゼント
という意味でのそれの


有難みを感じなくなってしまうのだ。






そしてさらに

彼女と別れてからも
それを持ち続けていることで弊害も出てきた。


持っていることで
<この人は彼女がいるのだ>という
誤解が生まれてしまうわけだ。




それはマズい。



そうなると今度は

<ただいま、彼女募集中>

<いま、フリーです>

ということを
アピールするために、巾着袋は姿を消す。






いつの間にか巾着袋は一人歩きし
その功罪ともに発露して、


気づかぬ間にフェイドアウトしていった。











*****









むろん現代も
流行とは無縁でも

普通にキルティングの巾着袋は
存在しているだろう。


それこそユザワヤなどでは
当たり前の世界観であろうし、

子供のお弁当箱入れだったり
体操服入れだったり、
普通に存在している。


ジュニアも
ワイフ手作りの
ウルトラマンのそれを持っている。



柄だって
洗練されたシックなものや
子供向けにキャラクターのイラスト入り
であったり。







あの頃のそれは
まさに派手派手だった。


いま考えると
よくもまあ
恥ずかしくもなく
あんな派手なものを持っていたな

とも思うが、


それでも
関西系やチャイニーズ系のような
ギラギラではなく、

やはりどこかに
東京的なセンスは見られた。




まず第一義に男子的には
<彼女がいる>
<モテるのだ>と、

女子的には
<アタイが作ったものよ>
<目立つでしょ。彼はアタイのもの>
と、


互いに
ゼネラル・パブリックに
アピールするものであり、


且つ

それらの集合体として
電車内や学校内での<巾着袋博覧会>の
様相を呈していたものであるからして、


派手なイエローと
スカイブルーのチェックなど、



その後に登場する
チェッカーズ的風情を


早々に醸し出していたわけである。







"学ラン"

先端の尖った"ヨーロピアン・シューズ"
(そのカカトには
 上野の職人に打ってもらった鉄
 =
 乱闘時のストンピング用)、

ペチャンコに潰した学生鞄

という
オール・ブラックスの出で立ちの中で


強烈なる異彩を放った
派手派手なチェック柄の巾着袋。





前述の通り
いま考えると、
<大阪じゃあ、あるまいし>
と思うと同時に


それはそれは
おそろしいコーディネートだった
と言えるのだが、




当然ながらあの頃は

そんなこと
これっぽっちも意識しなかったのである。






ただただ

それが

<己の手中にある>

ということだけでご満悦だったのである。











*****










ちなみにこの一件は
東京だけの事象だったのであろうか?


同世代の知人は何人もいるが、
このキルティングのチェック柄巾着袋
の話題で盛り上がったのは


ニューヨーク時代の
たったの一回だけである。




その女性は
ダモシよりも少し歳下だが
同世代の範疇に入る東京出身者だった。



ワイフは
その趨勢を経験したことはない
というから、

少なくとも
那須エリアではこれはなかったと
考えられる。





もしかしたらこの事象は
<1981年途中から、メインは1982年>の
たった一年半だけの、

且つ
東京限定のものだったのかもしれない。




先般掲載した
ナンパ電話<117>
(これも1982年。練摩地区限定の可能性あり)
のように。










西武ライオンズが

所沢を本拠とする
新球団創設以来


はじめて

日本シリーズに勝って優勝したのが


この1982年であり、






ダモシが

西武球場でアルバイトしていたのも
1982-1983年の


西武ライオンズ、最初の二連覇


時代であった。












:::::




<キルティングの
 チェック柄巾着袋>時代の事象

■1982年(昭和57年)



飛行機が
ワシントンDCのポトマック川に墜落

新日鉄釜石、ラグビー日本選手権四連覇

少年、父親をバットで殴り殺す

赤坂のホテル・ニュージャパン、火災

日航機、羽田沖で逆噴射し墜落

岡本綾子、米女子ゴルフ・ツアーで優勝

三越事件で竹下みち、岡田茂、逮捕

落合博満、パ・リーグ三冠王

中曽根内閣、発足

戸塚ヨット・スクール、家宅捜索

過激なプロレスを標榜する猪木と
近未来型タイガーマスク人気で
新日本プロレス隆盛

東北上越新幹線、開通

細川たかし「北酒場」
あみん「待つわ」

ネアカ、ネクラ
ルンルン

中森明菜、デビュー
テレホンカード使用開始-テレカ・ブーム
積木くずし













posted by damoshi at 11:54| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

<恋の西武線シリーズ>所沢/ジャイアント馬場、ダモシ殴打事件








中学生ダモシは、
プロレスでは完全に
アントニオ猪木&新日本プロレスに傾倒。

対するジャイアント馬場率いる
全日本プロレスを「ぬるま湯」と
見下していた。

時代背景もそんな頃合いだった。

もはや60年代的な熱は
消え失せていたニッポン。

あの時代の
良き解釈のひとつの
その名残を

<過激>猪木 vs.<ぬるま湯>馬場に
準えていたのかもしれない。


猪木は率先して
<プロレスこそ最強>を旗印に、

今でいうところの
ダモシが嫌う"総合格闘技"の礎となる
格闘技世界一決定戦に邁進中。

世界のボクサー、柔道家、空手家などと
激闘を繰り広げていた。

ダモシもそんな猪木に影響され、
路上やイトーヨーカドー屋上などで
格闘技戦に勤しんでいた。


一方の全日本プロレスでは、
御大馬場は
"動けない巨体"を持て余し、

ジャンボ鶴田も下手な演技で
相手の技を受けては
全身をぶるぶるさせて痛がっていた。

馬場のヴァリューが
一段と高まり
もはやカルチュラル・アイコンへ
昇華したり、

ジャンボ鶴田がその怪物性を
露出しはじめたりするのは、

ずっと後のことで、

それも
新日本出身の長州力が
持ち込んだイデオロギーによるところが
大きく、

天龍源一郎などの
全日本のレスラーに大きな
影響を与えた。



"ぬるま湯"時代の全日本の
スターと言えば、

これまた
もはやこの頃には
過剰演技になっていた
ドリー&テリーのザ・ファンクスや、

セルフィッシュ男で
相手の技を受けない
仮面貴族ミル・マスカラス、

世界最凶コンビの
ブッチャー&シーク組など。


彼らガイジンの影で馬場は、
その
明らかなるポスチャーの異形ぶりを
際立たせていた。




少年ダモシにとって、
そんな馬場は
リスペクトに値しない
お笑いものに過ぎなかったのである。


真剣に声を枯らして
応援する場は新日本の蔵前国技館。

全日本の興行は
ローカルの所沢あたりの市場で行われる
「見せ物小屋」的プロレスで十分

と考えていたとしても無理もない。









*****









<所沢青果市場>という
牧歌的な、

まさしく見せ物小屋的会場で行われた
夏休みの全日本プロレス興行へは、

あの"仮面貴族"ミル・マスカラスが
登場するということで観戦に出向いた。

もとより
未だ女子プロレスが
"ちゃんと"在った頃は、

そういったローカルでの興行が多く、

東村山の
イトーヨーカドー駐車場特設リング
で開催された
全日本女子プロレスの興行等にも
足を運んだりもしていた。



所沢や東村山などの
ロケーション的にも距離的にも
ローカルと呼んではかわいそうだが、

いずれにせよ
そういった"東京首都圏のローカル"での、

スーパーマーケットや市場などの
駐車場を用いての
特設リングでの興行は
(今もあるのかもしれないが)

当時は頻繁だった。



ひとつのプロレスという
イベントをとっても、

<地方>が重視されていた時代である。



たいてい
東京首都圏ローカルの
大宮や千葉もしくは、

水道橋の後楽園ホールで

一つの一か月あまりの
<シリーズ>が開幕する。


一年を、各シリーズを通して
ストーリーを構築していくのだが、

シリーズごとで
投入するガイジンを変えることで、
シリーズごとの対立構図を組み立てていた。


シリーズ開幕戦のテレビ中継で、
まずはそのシリーズのテーマが提示される。
対立構図である。

当時は猪木が主役だから、

シリーズ最終戦の蔵前国技館での
猪木vs.ガイジンの
直接対決へ、

いかに一か月かけて

ファンの興味を煽っていくか

ということになる。


週一回の
テレビ放送に合わせて
ニッポン各地の大きなファシリティの
興行を持ってきて、

好カードもそこへ組み込む。


開幕戦:
東京(後楽園ホール)
大宮(大宮スケートセンター)
その他

名古屋(愛知県体育館)
福岡(九電記念体育館)
広島(広島県立体育館)
仙台(宮城県スポーツセンター)

などを経て、

最終戦の
東京・蔵前国技館で

"決戦"となるわけだ。



その合間の
ノー・テレビ放送の日も
毎日、

ニッポン全国を巡業していて、

そこで
いわゆるローカルの体育館や
屋外特設リングが用いられていた。



いわば
そういったローカルこそが重要で、

それは
<訴求活動>。


ローカルから
蔵前国技館へ
足を運ぶことは難しい。

蔵前など
東京、その他大都市圏は

猪木という
大スターがいたことで
普通に満員になった時代である。



ローカルでの訴求活動が
重要な理由は、


テレビ視聴率の
さらなる上昇に他ならない。


テレビ視聴率が上がれば
放映権料も高くなる。
新日本プロレスは潤う。


しかも
<金曜午後八時の論理>
といわれるほど、

その放送は当時
毎回20%を超えていた。


それは地方の力によるところも
大きかったのである。




だから、

新日本に限らず
全日本にとっても

ローカルであっても

"ちゃんとした"興行を
する必要があったのである。









*****







ちょうど生意気盛りの
ダモシら仲間は、

おとなしく自分のイスに
座っているはずもなく、

屋外会場ならではの
テントづくりの選手控え室近辺を
うろついて
レスラーに話し掛けたり、

最前列の観客の席を
横取りしては
ちょこちょこ座っていたりしていた。





いわゆる
地方興行であっても
"しょっぱい"試合の連続の中で、

いよいよマスカラス登場で沸き上がる会場。

マスカラスが
選手紹介の際に投げ入れるマスクを
奪わんと、

またしても最前列を占拠する
ダモシ軍団だったが、

虚しくマスクは
反対方向へと投げ込まれてしまった。







そしてメインになり、
いよいよ御大ジャイアント馬場の登場。


マスクを獲得できなかったダモシらは
テント控え室前に陣取り、

馬場の登場を待った。





その時、

人間とは思えない
馬場の巨体が目の前に現れた。



少年ダモシにとっては
それこそがエレファントマンの世界だった。



漏れる笑い。

ストレートに
驚嘆し、興奮する観客たち。


ダモシらは
あまりのその異形さに
<笑い>を禁じ得ず、


ゲラゲラと笑い出してしまった。





そして
笑いながら馬場を
四方から取り囲み、


入場の花道を
共に歩き出したのだった。




不穏なムードがあたりを支配した。









*****









不機嫌そうな馬場。




周りを囲んだダモシらは

馬場の身体を
パンパン叩きながら、

叫び続けた。





<ババッ!>



<ババババババババァ〜ッ>



<ババッたら、ババ〜ッ!>






その間、1分程度か。


ムードはますます悪くなる。


しかし
当のダモシ軍はそれにまったく気づかない。
まさに今でいうところのKYである。



馬場のセコンドが発する

<君たち、やめなさいよ>という声に
耳もくれず、


その無礼な攻撃を続けた。




そして時は来た。


ついに馬場が怒った。







<うるさい!>と怒鳴ると、

左手を大きく振りかざし

水平チョップを
ダモシの胸へ一閃!




ドスッ...!。




屋外会場の喧噪の中で一瞬、
鈍いサウンドがこだました。


前のめりにうずくまるダモシ。



<ウェッ…>。



呼吸困難に陥ったダモシは、
リバースし、嗚咽した。
もはや涙目だ。



唖然とし、

瞬時に
馬場の周りから離れるダモシ軍は、



悶絶するダモシを囲み

<大丈夫か !?>と叫び続けた。




馬場は
うずくまるダモシを一瞥し、

リングに向かっていった。







これが馬場によるダモシ殴打事件である。




悶絶と
一瞬の記憶喪失の後、

立ち上がり
すぐに復活したダモシは、

馬場の暴挙に報復するべく

軍団と
またしてもリングサイドを占拠した。



もう
とんでもないガキである。

知らぬが仏とはこのことで、

これを
当時の新日本でやっていたら

逆に囲まれて
外に放り投げられていた
ことであろう。





しかし、勢いは止まらないダモシ。


試合中の馬場に向かって
リングサイドから



<ババは犯罪者だっ!>

<わたしは水平チョップを食らいましたっ!>

<ぬるま湯っ!さっさと負けろっ!>


などと

散々悪態をついて、

ついに堪忍袋の緒が切れた
全日本の若手陣に
どやされた。






翌朝、
ダモシの胸は赤く染まっていた。




今でも

あの時の
水平チョップの味は忘れていない。





ジャイアント馬場が急死したのは、

ダモシが渡米して
初めて年を越した99年に入って


すぐのことだった。






後輩からの
その報を耳にした瞬間、



真っ先に思い出したのが、



あの
水平チョップの味だった。







アレはダモシが悪かった。


馬場に非はない。











posted by damoshi at 11:40| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<恋の西武線シリーズ>-池袋・恐怖の、しもぶくれオンナ事件









修学旅行での悪行による

最後通告の、
二度目の停学処分


(教師による
 「あともう一回、何かやらかしたら
  お引き取り願います(退学示唆)」発言)

と、


同時期の


<恋愛〜失恋>。



17歳の、まさに心の痛み。






それに端を発し、

<もうこれ以上
 くだらない悪行は
 そろそろ終わりにしよう>

と考えたダモシは、

新たなフィロソフィーを打ち出した。






それは、




<失恋の痛手を、

 新たな恋愛で解消しよう>


だった。











*****









つるんでいた柔道家と共に
池袋でナンパ活動に励んだ。


拠点は

サンシャイン60至近の
ボーリング場ファシリティ内にあった

<コーピアス>という喫茶店で、

30歳くらいの
妖しい女性が一人で切り盛りしていた。



いつ行っても客はダモシと柔道家のみ。


<おいおい。
 こんなんじゃ、やっていけないだろ。
 大丈夫?>と

幼心にもその店主の女性をいたわって、
コーヒーはいつも二杯頼んでいた。

かなり影のある女性で、
全身から
いやらしいオーラも発していたものの、

高校生のダモシや柔道家からすれば
"おばさん"に過ぎず、
ちょっかい出すなどということはなかった。




つかず離れず。


そんな微妙な関係が
唯一の客(と思われたダモシと柔道家)と、
女性マスターの間で繰り広げられた。

その女性マスターは
何も言わずにいつもダモシと柔道家へ、
大きいクッキーの缶を差し出してくれた。


中には
<マイルドセブン>が100本以上入っていて、

ある意味で
タバコ吸い放題&喫茶ともいえる
洒落たサービスを施していた。


時にエリアの中学・高校が協力して、
喫茶店やゲームセンターと
連携していた頃合い。

喫茶店などが
喫煙する学生を発見すれば、学校側に連絡。

学生は確保され
停学もしくは
退学処分に課せられた時代にあって、
コーピアスの女性マスターが施す
"どうってことねえよ"風情は、

ダモシと柔道家の心を捉えて
離さなかったわけだ。











*****









そのコーピアスを拠点に
サンシャイン60などで
ナンパに励んでいた二人は、

ある日から
屋外でのナンパをやめて、

柔道家の自宅における
ナンパに切り替えたのだった。



その手法は、
<伝説の117>。



電話における117。
それは時報である。

当時、俗称で「イチイチナナ」
と呼ばれたナンパ回線。

しかもそれは現代の
ダイヤルQ2などとは異なり、
正規の117時報サービスを利用するだけだから、
通話料など一切別途かからない。


誰が始めたのか、
どこから流布したのかは定かではないが
ダモシと柔道家はそれを知り、活用した。


「何時何分何秒をお知らせします、
 プッ、プッ、プッ、プー」という
アナウンスの中の、

プッとプッの間の
わずか1秒間だけ、

回線の故障か何かで一般の会話が
可能となるシステムだった。


そのわずか1秒間に発する
単語や言葉の繰り返しを束ねていって、
ひとつの会話を成立させるという

実に高尚な遊びだった。


当然ながら、
同時に何人もの利用者がいる。
男もいれば女もいる。

数いる男の中から
己のレジメを1秒間ごとに微妙に絡めていく。

そして逢う約束まで
取り付けることができるのは
かなり高等な話術と
セルフ・プレゼンテーション術が求められる。


ダモシと柔道家は概ね、
そこに入り込んで来る男との
罵詈雑言の罵り合いに終始し、

なかなかアポイントメントを
獲得出来ない日々が続いた。




だがある日、
一つの手法を身につけた。

それは
うだうだ話さないこと。

そして
女性が登場したら一本釣りではなく、
その女性の友人も引き寄せよう、と。


すなわち
ダモシか柔道家のいずれかが電話で喋り、

<俺はヤッくん、友だちはフッくん。
 二人いるから、君も友だち連れておいで>
という感じで興味を引き寄せる。


いま考えると
持ち出したタレントがものすごいが、

当時の人気タレントといえば、

男性ではたのきんトリオは過ぎて
<シブがき隊>、

女性ではアイドル宝庫の時代だから
中森明菜に始まり、小泉今日子、早見優、
河合奈保子、
「ねらわれた学園」で薬師丸ひろこ、
あるいは三田寛子などなど

錚々たるタレントが豊富だった。



男でいえば
<モッくん、ヤッくん、フッくん>と言えば、
食いつきが良かったのだ。


いま考えると恥ずかしいが、

まぎれもない
当時の事実だから致し方ない。


ダモシと柔道家はそれぞれ
フッくん、ヤッくんになりすました。
むろんダモシがフッくん。


モッくんにしなかったのは
せめてもの二人の良心だった。

モッくんの場合は
今でもそうだが、
当時も格好良すぎたからだ。


そんなこんなのある日、
ヤッくんこと柔道家が117で
女性をゲットした。


その女性は自称

<薬師丸ひろこ>。





まずは一対一で逢おう、
というアポイントをとった。





勇む柔道家。



相手が本当に
薬師丸ひろこに似ているならば、
それはそれで素晴しい

という、

未だ東京にあっても

ピュアな時代だ。




待ち合わせ場所は当然の、


<池袋>。







柔道家は
ダモシにセコンド同行を依頼。

快諾したダモシと共に
遠巻きに待ち合わせ場所を望む位置に
待機することになった。







<薬師丸ひろこ>を必死に探す二人。





この時
ダモシは内心、


<本当に薬師丸ひろこに似ていたとしたら、
 これは、やられたな>



半ばジェラシーを感じていた。



ある意味で
<全然似ていなくて、
 ブ◯が来たらおもしろいぞ、こりゃ>



ほくそ笑んでもいた。




祈るような顔つきで
<薬師丸ひろこ>を探す柔道家。






時は来た。









*****










しかし、薬師丸ひろこは現われない。

一体、どうしたのか…。




そこにいる女子高生といえば、
"おデブちゃん"のみ。


しかもその"おデブちゃん"は
ずっと誰かを探しているかのように
キョロキョロと
辺りを見渡している。


待つこと10数分。


待ち合わせで分かるようにと
<特徴は?>と問うていた
柔道家だったが、


<すぐ分かるから>とだけ
言われていたという。






"すぐ分かる"。

それほどに
薬師丸ひろこに
似ているということなのだろう。


しかし、いない。

薬師丸ひろこは、
どこを探して見当たらない。




待っている女子高生は

遂にその
"おデブちゃん"だけになった。











*****











<やられたな>

とダモシは
ニヤニヤしながら言った。



だが
柔道家の顔面は
怒りで紅潮していた。




<ナメとるな。
 ひとこと言わねえと、
気がすまねえ!>



どうやら
リアルに怒っているようである。




さすがのダモシも
制して
<おいおい、やめとけ。帰るぞ>
と言うが、



<帰らねえ。俺は一人で行って、
 ちょっとひとこと言ってくるからよ>
と歩き出す。



マズいぞ、これはと
ダモシは身体で制止するが、
相手は柔道家である。

振払われる。

ダモシも声を荒げる。

<やめとけ!コラ。意味ないぞ>。




だが完全にキレていた
柔道家の耳には入らない。

待ち合わせ場所にいる
"おデブちゃん"の方へ向かっていく。


ダモシは後ろから

(<そもそも
  お前のヤッくんだって、おかしいだろ>)

と思いながら、


<しょうがねえな>と追随した。












*****










間近で見る

<ニセ薬師丸ひろこ>は、

規格外だった。





女子柔道重量級か

重量挙げの選手と見紛う巨体。


そして

強烈なアングルで見上げた

しもぶくれの顔!





怒りで震え
顔面を紅潮させながら
勇んで近づいていった
さすがの柔道家も


恐怖におののいた。






動揺のあまり、

ひとこと言うどころか

あろうことか柔道家は、


この局面では
言ってはいけない禁句を


ぶつけてしまった。







<あなたは、薬師丸ひろこさんですか?>。








すると女は、

まさにもう
牛ガエルの世界観サウンドで



<グゥハッハッハッハッ>と笑い、



そして

屈託なく言い放った。





<そうよっ! 似てるでしょっ!?>。









<あちゃぁ…>と

ダモシのため息が漏れた。




思わず手で顔を覆い
目をそらすダモシ。


脅えて身動きできない柔道家。



117をやったことを悔やんだ。





共に

正義の喧嘩の際に見せるキラー性が、

その
しもぶくれ女の厚顔の前では

面目まる潰れだった。











*****











しもぶくれ女は言葉を続けた。



<ヤッくん、ですね!?
あっ、あとフッくんもいる!>。



柔道家は
117での会話中に、

<俺のダチで、フッくんがいる>と
言ってしまっていたようだ。



柔道家とダモシの

<いえいえ、違います!違います!>

という、

なぜか敬語の台詞が即座に重なった。


ダモシは早速、逃げの態勢に入った。

<じゃあ、ちょっと、忙しいんで。
 このへんで俺は行きますんで>と

柔道家を売る卑劣な行為に出た。


しかし柔道家も柔道家で
<実はヤッくんは、こっちで…>と
反対にダモシを売る行為に出た。


まあ、ひどい状況だ。



しもぶくれ女は意気揚々と

<いいのよ、二人とも。
 さあ、どこか行きましょう>

と意に介さない。




(<誰が行くないな。
  一緒に歩きたくもないぜ>)と、


こうなると

逃げるしかないとばかりに、



ダモシと柔道家は
どちらからともなく

西武池袋線池袋駅方面へと
歩を進めた。




この逃亡劇が、
壮絶を極めることになる。




お互い無言だが歩き出した。

方向も一つ。

お互いの自宅へ帰るために
西武池袋線池袋駅改札方向へまっしぐら。






<えっ、そっちに行くの?>

と追ってくる、しもぶくれ。





<いやぁ…。そうじゃなくてさぁ>

と言いながら、



どんどん歩幅と速度を上げる

ダモシと柔道家。




これはもう、

お漏らし寸前の早歩き状態である。






<待ってよ、待って!>と

必死の形相で追ってくる、しもぶくれ。




地響きが池袋駅構内にこだました。



ドーン、ドンドン。








ここで

ダモシと柔道家は仲直りして
早歩きのまま協議。





<このままじゃ、
 電車に乗ったら乗ったで、
 逆に密室でヤバいだろ>


<よし、じゃあ、
 西武の屋上まで階段で上がるか?
 そしたら、
 あのデブじゃ追いつけないだろ>





戦略は決まった。



西武百貨店の屋上まで

階段を歩く

というストラテジー。






ダモシと柔道家は

西武池袋線池袋駅構内から

西武百貨店へと続く
階段を上がった。




追ってくる、しもぶくれ。





逃げるダモシと柔道家。





迫りくる恐怖。





まるでホラー映画だった。



ダモシと柔道家の風情はさながら
ホラー映画における"人間"であった。

そんな悲劇的な役回りが重なっていた。



ダモシと柔道家は
映画開始数分で"殺られてしまう"
その他大勢のやられ役なのか。


絶望的なムードが二人を支配した…。













*****











階段を上がる速度はますます速まる。

遅ればせながら
しつこく追ってくる、しもぶくれ。

その激しい息づかいが聞こえてきていた。

その息づかいからは
疲労の色濃く感じられた。



遂にダモシと柔道家は屋上に辿り着いた。







そして


<もう、ここしか逃げ場はないだろ!>




子供用電動乗り物の影に身を潜めた。






<これで見つかったら、
 ここから飛び下りるしかないだろ>。






映画<ジョーズ>のテーマ曲が

高らかに流れてきた。




水面下を静かに潜行してきて

一気に獲物に襲い掛かる人食い鮫。





テーマ曲に合わせて

遂に屋上に姿を現わした

スーパー・しもぶくれ。






まるで
ジョーズがその姿を現わした時のような、


ゾッとする恐怖が
あたり一面を支配した。










<うぎゃぁっ、来た!>





ダモシと柔道家は身を屈め

息を潜め、






そして祈った。








<どうか見つかりませんように…>。







激しい息遣いで

胸部を揺らすしもぶくれは、

怒った顔であたりを捜索。




呼吸するたびに

その
しもぶくれの頬を


だらんだらんと

リズミカルに揺らしている。





もはや
サルバトール・ダリの世界観か、


人間顔面クッションか。




そのポスチャーがまた

さらに恐怖を増幅させた。











<す、すごい…>




<おぅっ…>




<あ、あの、ホッペを見よ!>





ダモシと柔道家の声も震えた。



獲物を襲わんとする

その嬉々とした表情が怖かった。





だが確実に

10何階もの階段を
上がってきたことで



心臓にも
相当の負担がかかったようだ。






徐々に気色を失っていった

しもぶくれは5分後、



とうとう
あきらめて階下へと降りていった。




その後ろ姿には哀愁が漂っていた。




まるでジョーズが獲物を捕らえ切れず、
去っていく時のように。






だがそれでもダモシと柔道家は、

しばらくその場に潜んでいた。




なぜならホラー映画ではたいてい、

その恐怖のキャラクターは生き返ったり、
安心した頃に
突如甦って襲いかかってきたりする
ことを知っていたからだ…。












*****











柔道家は

こんな恐怖の体験をしながらも
<117>をやめようとはせず、


その一ヶ月後、

遂に<117>を通じて"彼女"を見つけた。





そして

その彼女を通して紹介された女性と

ダモシも交際することになった。









高校二年の秋の

わずか十数日間だけ

且つ

練馬地区エリア限定で存在した


幻のナンパ回線<117>。









今や知る人は少ないだろう。








一体あの頃、




何人の


<薬師丸ひろこ>や<シブがき隊>が




街に溢れていたことであろうか…。




















posted by damoshi at 02:40| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月24日

立川の悪夢。<ダモシ、"エゴイスト">事件







野球ニッポン代表への
アンチテーゼと揶揄を込めて、

自ら実証を示すものとして、


ダモシと仲間の野球という
スポーツにおける実例を挙げるべく、

カテゴリー<事件簿>へ


<立川の悪夢。
 ダモシ、"エゴイスト"事件>

を掲載する所存である。


スポーツの根本、
野球の根本とは何か。

その一端と
基本中の基本を

星野監督とスタッフ
そして野球ニッポン代表の面々に

"イヤミ"として贈りたい。






*****






98年春、渡米を控えていたダモシは
自ら2チーム目となる草野球チーム
<ストロウ・ドッグ>を旗揚げした。
 
 
ウルトラの父死去による
絶不調の97年からの
大逆転と乾坤一擲を賭けた
己がこの時点での最大の夢たる
<ニューヨーク移住>を
力づくで決定させたことで
心身共に充実していたダモシは、

もう一つのチームである
<マテリアル>においてとは異なり、
ここでは打撃に専念。

監督、主砲としてチームを牽引した。
 
 
旗揚げ戦を
12安打2本塁打で20-7と快勝して
迎えた旗揚げ第二戦。

強豪チームのホームである
立川に乗り込んだ。

ストロウドッグにとっては
初の観客席つきのスタジアム、
初のナイト・ゲーム
ということが

相手の罠だった。
 
 



<アウェイでの初モノづくし。
 苦しい闘いになるだろう>

そう見越していたダモシ監督の不安は、
試合開始前に的中する。
 
 
草野球恒例の
試合前のホーム・ベースを挟んでの
両チームの挨拶。

そこでジャンケンによる
先攻後攻を決めるセレモニーの時だった。
 
 
キャプテンのNABEに引率され
ベンチを飛び出した全選手だったが、

いつもと異なる
本格的な観客席つきのスタジアムは
ベンチからホーム・ベースの距離が遠く、

且つ
ホーム・ベースから
バックネットまでの距離も遠かった。

NABEはホーム・ベースを目指さずに、
いつのも距離感で
歩を進めてしまい、

ストロウ・ドッグの面々は
相手が待つホーム・ベースではなく、
バックネットの方向へ進んでいってしまう
という緊張感のなさを露呈。
 
何の疑問も持たずに
漫然とゾロゾロ
NABEについていったダモシ以下
選手たちは、

途中でそれに気づいて、恥辱にまみれた。

 

<方向が違うぞ、NABE。あっちだぞ>

ダモシ監督の指令も遅かった。
 
スタジアムの
そこらじゅうから漏れる失笑。
選手たちもテレ笑いを浮かべていた。
 
 
相手チームは
そんな我々に冷笑を浴びせながら
<何だ、こいつら>的表情で
試合前に既に
勝ち誇った様子を見せた。
 
 
ハニカミながら
ジャンケンをしたNABEだったが、
のっけから勢いを削がれて破れ、
相手にエッジな後攻めを選択された。
 
 
雲行きは
さように最初から怪しかった。
 
 
危機感を察したダモシの
<よし、最初、シメてくぞ>という号令も
効力がなかった。

ダモシには
選手たちが
雲の上に浮かんでいるように見えた。

まるで
慣れない、キレイなスタジアムに
見とれているように映ったのだ。
 
 
しかも
目も身体も対応できない
ナイト・ゲームの照明も気になる。


否、

そのカクテル光線に照らされた
大きなスタジアムの美しさに

ダモシ自身も
ふわふわと酔っていた。



全員の、集中力が遮断されていた。








*****


 
 




初回ストロウ・ドッグは
1〜2番が四球でチャンスを作るも
4番のジャンボ島田は三振、
5番のダモシもサード・ゴロに倒れ
無得点に終わった。


この時、
ダモシは
<今日は打つのは厳しいかもしれない>


相手投手の出来の良さを懸念した。
 
 




問題の一回裏がやってきた。

ここでダモシ以下、
ストロウ・ドッグの面々は
少年時代から行ってきた
スポーツという闘いの中で
経験したことのない
恥辱にまみれることになる。
 
 
たかが野球。されど野球。

その中で人格、人生までをも
否定されているような
絶望の60分が襲いかかってきたのである。 
 




その昔、
早稲田実業のエースとして
優勝を狙っていた荒木大輔が、

強打の池田高校打線に
メッタ打ちを食らった時、

真夏の太陽の下、
マウンド上でほんの一瞬
笑みを漏らしたことがある。
 
 
ダモシはサードを守りながら、
この夜、荒木の気持ちが何となく分かった。
 
 
"笑いが出る瞬間"が、
敗北と恥辱の中には一瞬だけ存在する。


その笑いはしかし、
ハニカミでもテレでも
喜びのそれでも
楽しいそれでも
おかしいそれでも
失笑でも嘲笑でも、ない。


不意に出る本質的な、笑いである。 
 
相手チームの猛攻というよりも
ストロウ・ドッグの自滅だった。

慣れない照明に戸惑い、

本来捕手のKENが
レギュラーのショートストップ不在
のために任された
不馴れなポジションで暴投、

外野の名手NABE
サードのダモシらも
ぽろぽろとフライを落球するなど
エラー連発。

 
 
落球するどころか
ダモシを筆頭に数人の野手が
身体バランスを崩して
落球した後に転倒。


エラーと
お粗末プレイの連鎖は
先発のベテラン、ジュリーをも飲み込み、
まったくストライクが入らない。

投げれば投げるほどに
四球、死球、暴投へ悪循環。
 
 
さらには相手打者の
ファール・ボールが
捕手の村松地鶏の指を直撃。

村松地鶏は指を脱きゅう。

<うぅぅぅ...>という
呻き声を発しながらも守備を続けたが、

遂にジュリーが
セット・ポジションに入った瞬間、
突然無言で立ち上がり
自らベンチに引き上げた。
 
 
ベンチ内にうずくまり指を抱える村松地鶏。

マネジャーである
ダモシ夫人のマグネコ女史は、
ストロウ・ドッグの
草野球初心者のような醜態に呆れながらも、
具合を気づかっている。
 
 
見兼ねたダモシがタイムを要請。
野手がベンチに引き上げ、村松地鶏を気づかう。
 
 
しかし年長のベテランは
<触るな! 自分で治すから>と譲らない。
己が醜態に腹が立っているのであろう。
エキサイトしている。

指は無惨にも腫れ上がり、
骨が第二関節で完全にずれていた。
 
 

<折れてるんじゃないですか、それ!>
という選手たちの声に耳を貸さず、

村松地鶏は
<いや、大丈夫。ハメれば大丈夫>と
必死にズレた骨を修正しようと試みた。

しかし脂汗が尋常ではない。

ダモシは
監督裁量で
そのまま村松地鶏の退場とリタイアを告げた。
 
 
不馴れなショートを守っていた
正捕手KENを代わりに捕手に指名。

クワガタが代わりにショートに。
しかし交代した守備位置で早速エラーの両名。
 
 
泥沼は60分に渡った。

トータル、14失点。
 
一回裏だけで
負傷やミーティング等での中断はあれど
60分攻撃を許し、14失点。
 
 
ダモシはサード・ベースの守備位置で
星の煌めく夜空を見上げながら、

<この攻撃は
 永遠に続くのかもしれないな。

 こういう経験もいいだろう。

 綺麗な夜空だ>

と思った。
 
 

そして
ここまで相手にやられている
己に対して、不意に笑いが起こった。
 
 
<フッ…>

 
(<あの時の荒木大輔も
  こんな気持ちになったのだろうか…>)

と考えていた。







*****







試合は二回、三回にも
それぞれ6、7失点を重ねて0-27。

スタジアムの使用時間を考えれば、
五回表のストロウドッグの攻撃が
最後になる見通しだった。





<一点でもいいから、何とかしよう!>


ダモシの意地が
最後の攻撃を前にメラメラと燃えた。

それは男のプライドだった。
 
 


最後の攻撃。

ここで本来は
ラインナップされたいたが、

退場して一度も打席に立っていなかった
村松地鶏が
<俺に打たせろ!>と
周囲の心配をよそに再登場。

ダモシもその意気を買い
打席に送り出した。

しかし
片手ではいかんともしがたく、
あえなくサード・ゴロ。


一死。
 
 


迎えるは
ラスト・バッターの大魔王。

巨体の大魔王は
意地のレフト前ヒットで出塁。

この試合、
チーム二本目のヒットだった。


ダモシはこのヒットで
相手投手の疲労を見て取った。
疲労の影が明らかに忍び寄っていた。
 
 
相手は完封を狙っているだろう。
しかもこのままでは二安打完封だ。

欲も出る。

蓄積された疲労の上に
発露してしまう欲は
決して良い結果を導かない。
 
 
ダモシはここをチャンスを見た。
 
 

<かく乱しろ。とにかくランナーためていこう!> 

<とるぞ、点!>
 


一番に抜てきされた
近江八幡宮はこの日、
三振にピッチャー・ゴロと全く当たっていない。

しかし
燃える近江八幡宮は
ここでしぶとく食らいつき
三遊間へゴロを転がした。
 
 
エラー。
 
 
さらに
この日、先発し恥辱にまみれながらも
判定に抗議する際に
語気を荒げるなど

ふだんとは異なる覇気を見せていた
ジュリーに打順が回る。

怒れるベテラン、ジュリーもひと泡吹かせた。

ライト前ヒット!
 
 



やっとストロウ・ドッグに
開幕戦で見られたような、

そして
ダモシ野球らしい
怒濤のオフェンスが蘇った。
 
 

一死満塁。
 
 


もうダモシの頭の中には、
この試合が0-27であることは
消し去られていた。

そんなことは、どうでもよかった。



完全に自分たちの世界に入っていた。
点差など関係ない。

今、ここをどう攻めて、
いかに相手を恐れさせるか。

それだけがダモシの頭にはあった。



且つ
エゴイスト・ダモシには

<いずれにせよ満塁で俺が打てば、
 俺が最後に主役だ。

 そして、俺たちの勝ちだ>

という思惑もあった。
 
 



一死満塁で

打順は
三番NABE、四番ジャンボ島田

そして五番ダモシというクリーンナップにつながった。
 
 
一人出ればダモシまで回る。








*****






アウト・カウントは一つ。
 
 
ダモシは
<俺まで回してくれ。頼むぞ、ナベ>
とNABEの尻を叩いた。

しかし、
NABEもNABEで
"主役獲り"を狙っていた。

明らかに打席での構えには
too muchな力が入っていた。
 
 
甘い球を強振してしまう。
打球はフラフラとセンターへ上がってしまった。
 
 
<ああ…>

ベンチで漏れるため息。
 
 

しかし相手センターは、その飛球を落球。

三塁走者の大魔王がホームに帰る。
ストロウドッグ、最終回に初得点。
相手投手の完封の夢は潰えた。

しかし打ったNABEは
相手の落球に動揺して、走塁ミス。

一〜二塁間に挟まれて憤死。

近江八幡宮は三塁に、
ジュリーが二塁にそれぞれ進塁。


これで二死二、三塁となった。
アウトはあと一つ。
打者は四番のジャンボ島田。


ジャンボ島田も
いつになく真剣な表情で打席に向かう。

しかしジャンボ島田の
バットから放たれた打球は
またしても、フラフラと力なくセンターへ。


万事休す。


と思われた次の一瞬、
相手センターはまたしてもエラー。
 
 
しかし、

本来なら二死であり
打球が放たれた瞬間に
塁上の走者は進塁しなければならないが、

三塁走者の近江八幡宮は
まったく動こうとしない。

アウト・カウントを
一つ間違えていたのだった。
 
 
ベンチから怒声が飛んだ。
 
 
<何やってんだ! 走れ!> 
 
<早く! おいっ!>
 
 
相手チーム野手たちも
センターに<早く!>
<バックホーム!>
<いや、二塁ランナーを刺せ!>と怒声を張り上げた。
 
 


夜の立川に激しい声が響き渡った。
 
その声に
我に帰った近江八幡宮はホームへダッシュ。
 
 
ジュリーはその動きを見て、
自らも三塁へ走り出す。








*****






しかし次の瞬間、
もう既にバッター・ボックスに
入っていた次打者ダモシは、

ひと際大きな怒鳴り声を挙げた。
 
 



<戻れっ! ホームに来るなぁ〜!>


<三塁に戻らんかいっ!>
 
 



......。
 
 
???。



 
ベンチ、相手野手、

すべてが沈黙に包まれた。
 
 

<え…?>


<はぁ…?>


スタジアム全体が"キョトン"としていた。
なぜ、戻れ、と? 




その中で
ダモシだけが顔面を紅潮させて

<戻らんかいっ!>と叫び、

バットを抱えながら、

相手捕手を押し退けて
ホーム・ベース上に仁王立ちしていた。
 
 



近江八幡宮は悲しい被害者だった。
 
全員から
<何やってんだ!走れ!>と言われて
我に返って急いで走り出したのに、

なぜか
ホーム・ベースに仁王立ちするダモシに
<戻らんかいっ!>と
ホームには来るなと怒鳴られる。 
 


<いったい、俺はどうしたらいいんだ…> 
 
近江八幡宮は

行ったり来たり、

まるで
反復横跳びを強制された
部活の下級生の世界に埋没していた。
 
 


それは二塁走者のジュリーも同じだった。
 
塁上で大のオトナが
二人揃って反復横跳びでカニに変身し、

さらには
その歪なアクションに戸惑った相手野手陣も
どうしたら良いのか
まったく事態を把握できず、


ただただ
ボールを握って
あたふたと右往左往するだけだった。
 
 



野球という競技が持ち得る
規則性から逸脱したポスチャーに、

ダモシ以外の誰もが狼狽し、
どのようなプレイをすれば良いのか
理解できずにいた。
 
 



結局、

それぞれの走者が塁に戻り、
打った年長のジャンボ島田は


<ふぅ、ダモシはぁ…。
 ったく、しょうがねえ野郎だなぁ>と
ダモシを見つめながら、


一塁塁上で静かに佇んでいた。
 
 





*****






ダモシは
敵味方が抱いた一切の感情なんぞ
意に介さず、


本来なら
守備妨害になる
ホームベース仁王立ちの後、

そのまま打席に入って足場を固めた。
 
 


もはや
ダモシの眼中には
相手投手しかいなかった。


100%、
己が世界観に入り込んでいた。
 
 



<走者一掃してやる! 
 それで相手にショックを与えてやるぞ>


<そうすれば、俺たちの勝ちだ>




過剰なる
セルフィッシュな論理で打席に入り、
相手投手を睨んだ。
 
 
相手投手と野手は
マウンド上に集まり
<落ち着こうぜ。ラッキー、ラッキー!
 ヘッヘッへ>
と不遜な態度でニヤけていた。
 
 
このニヤニヤが
さらに憤怒ダモシの炎に油を注いだ。
 
 
<コシャクな野郎だぜ>
 
 
これほど怒りと集中力を抱えて
野球の打席に立ったことは
未だかつてなかった。
 
 
スタジアム全体が静まり返った。
 
 
ダモシは
相手投手の明らかなる疲弊を見抜いていた。

クリアに叩けば必ず長打になる
と確信していた。




チームの皆にも示しがつかない。

ここは絶対に打たなければならなかった。



<何が何でも打つぞ>

<一発か、走者一掃あるのみ!> 
 




そんなダモシに
相手投手は

安易にストレートで勝負してきた。





*****





外角低めに
ストレート勝負してきた。



ダモシは軌道を見極めた。




<なめるな、コラッ!>
 


ダモシのバットは
外角ストレートを激しく叩いた。


打球は一直線にレフト後方へ飛んでいった。
 
 
打った瞬間に
ダモシは走りながら


<よしっ!走れ! みんなホームへ帰るんだ!>

と叫んだ。
 
 


近江八幡宮は
やっとホームに生還。

二塁からジュリーも生還。


三点目!
沸き立つベンチ。
 
 
しかし一塁走者の
ジャンボ島田は足が遅い。
 
 
相手レフトが打球を処理して
中継のサードへ返球する頃には
まだ三塁にたどり着こうか
というところだった。



ダモシは走りながら
ジャンボ島田の状況と
ベンチから飛び出した誰かが
<止まれ>と言っている光景を目にした。
 
 
ジャンボ島田も
その指示に走力をゆるめようとしていた。
 
 
それを見たダモシは、再び絶叫した。
 
 



<行け! ホームに突っ込まんかいっ!> 
 



ジャンボ島田は
その声を背に必死に三塁を回った。


相手サードが
レフトからの送球を受けて
ホームを振り向いた。



その瞬間、

<このままではホームで刺される>
と思ったダモシは、

あえて相手サードに分かるように
二塁を回って自ら三塁を狙った。

ダモシの頭の中には
一点でも多く返すこと、

そして己が打って
絶対に走者一掃すること、


それしかなかった。
 
それ以外は不要だった。 




相手サードは
ダモシのその動きに、
ホームへ送球することをためらった。
 
 
捕手が叫ぶ。
<早く投げろ!バックホームだよ!>
 
 
しかしダモシは
幻惑するように三遊間で
<ほらよ!来いよ!>と挑発台詞を発して
イヤミ行為の反復横跳びをした。
 
 
これでサードは完全に動揺した。

ホームへ送球せずに、ダモシを追いかけてしまった。
 
 


ジャンボ島田、生還!
 
その直後に、
ダモシは三遊間で挟まれ憤死。
 
 


最後に4点を挙げて
ストロウ・ドッグの攻撃は終わった。
 
 


ベンチへ引き上げる相手チームは
明らかに不機嫌だった。

<何やってんだよ!>と罵り合っていた。
 
 
ダモシもベンチへ引き上げるが、
その途中、
三塁線上で拳を突き上げて絶叫した。
 
 


<意地を見せたぞ、コラッ!

 一矢、報いたぞっ、オラ!>
 




カクテル光線と
鮮やかな緑の反射の芝生の中に、


ダモシとストロウドッグの面々の

ソウルの叫びが響き渡った。







*****






使用時間にわずかな残りがあったため、
相手の希望を受け入れて
その裏の相手の攻撃を認めた。


さらに一点を献上し
28失点となったが、

ダモシとストロウ・ドッグにとっては
そんなことはもう
どうでも良いことだった。
 
 



スコアは4-28。
 
惨敗。
これが数字上の事実だ。
 
 
しかし試合後、

駐車場でビールを口にしながらの
即席反省会に暗さは微塵もなく、
誰もがいい汗かいた充実感に満たされていた。
 
 
ダモシは言った。

<大丈夫だ。
 来週、マテリアルであそことやるから、
 ちゃんと仇はとってくる!> 
 


ダモシはその前に、
試合後相手ベンチを訪れて
<来週はマテリアルが借りを返すぞ>
と挨拶をしていた。
 
 



相手チームから

<事情によって
 選手が集まらないので、
 試合を中止してほしい>

と連絡が入ったのは、


マテリアルの選手たちが
この試合のレポートを見て
リベンジへの臨戦態勢を整えていた
試合の前日、

金曜日の夜のことだった…。 








*****







スポーツでは

試合に勝つよりも、
負けることから何かを得ることが多々ある。
 
そして数字やスコアでは表せない
勝敗もある。
 
勝敗がすべてでは、ない。 



あの日、
ストロウドッグは
完膚なきまで恥辱にまみれて惨敗したが、

ふだんクールな選手が
怒りの抗議をしたり、

脱臼をおしてプレイしたり、

いいオトナ全員が
"ムキになって"闘った姿があった。



男の意地、

そんなものが
屈辱の中から自然に沸き立った夜だった。
 
 





最後の反撃での4点と
試合後の盛り上がり方、意識高揚度の差、
エンターテイメント要素の違い、

相手による
翌週の試合放棄なども含め、




<事実上は、俺たちの勝ちだ>

とダモシは今でも思っている。
 
 


ある意味でダモシは
ストロウドッグという
チームにおいては、

このゲームが
ベスト・ゲームであると感じている。







:::::



もう一つのチーム、マテリアル。

ここでの
ベスト・ゲームは、

昨日の寄稿での
後輩とのやりとりで触れていた

0-8からの逆転ゲームである。


それに関しては
また別途、折に触れて掲載する
所存である。





















posted by damoshi at 10:05| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

<ジャイアン巨大大便・そのまんま放置>事件-2




ようきちに続いて、

みっちゃんも起きてきた。


ふたりとも既に鼻をつまんでいる。


その前で
ニヤリとして仁王立ちするダモシ。



<いったい、何ですか。この匂いは!>

と怒る二人。



ジャイアンは
ダモシの背後で
バツの悪そうな顔をして佇んでいる。


(<まさかダモシ。俺がした、とは言わんだろうな>)



おそらく心の中で心配していたはずだ。





ダモシは
ようきちとみっちゃんに告げた。




<水が止められている>


<で、俺とジャイアンが大便をした>


<水を止められているから、
 大便は流れない>


<どうせなら、記念だから、
 全員の大便をここに残そうと考えた>



と言って、

ひと呼吸あけてから
ダモシは続けた。




<だから。二人も、してくれ>




なにをぬかしとるのか、と

ようきちとみっちゃんは
キョトンとした顔で
ダモシを見た。



そして二人は言った。



<朝っぱらから、勘弁してくださいよ>








*****







しかし

ダモシがそれを勘弁するわけはなく、



<ダメだ。しろ>

と強制排泄を命じた。



未だ牧歌的な時代である。

体育会的強制も
ノリと悪ふざけのレベルである。



<わっかりましたよ。どうせ朝一番でするし>

と二人は快諾。



みっちゃん
ようきち

の順番で大便の上塗りを施した。





そして、四人で最後にそれを眺めて

悦に入った。



ジャイアンもこれでご満悦。


ダモシも
<仕方ねえな>と割り切り、


四人は
初台ダモシ拙宅アパートメントを出て、


赤坂のアルバイト先へと向かった。






レストルームの引き戸は

ぴちゃりと密閉された。










*****









その晩は、

酒を飲まずに終電で
ひとり帰宅したダモシ。


睡眠不足と
朝の騒動の影響もあり
疲れていたことで、


帰宅早々にとにかく眠りについた。


明日はアルバイトはない。

大学は
ほとんど行っていない頃合い

(だから留年したわけだが)。




昼くらいまで爆睡するか

と眠りについたが、


密閉しているはずの
レストルームから、


異臭がこぼれてくる。



それにつられて朝早くに目が覚めてしまった
ダモシ。




<永遠にこうしておくわけにも、いかんな…>

と覚悟を決めた。




そして

<めんどくさいなぁ。でも、しょうがないなぁ>



中野にある水道局へ出向き
たまっていた水道料金を支払う。

支払いの際、

局員のオトナに叱られた。




<しっかりした生活を送り、
 水道料金も通常通りに支払わないとね>


と。



(<うるさい輩だ。お前も匂い、嗅ぐか?>)

と心の中で悪態をつきながらも


<はい、はい、はい>とイヤミの返事をした上で、



<払ったのだから、今からすぐに水道出ますよね?>

と注文を忘れないダモシ。





そして帰宅。

真夏の夕方。

異臭と悪臭は沸点に到達していた。




まずは帰宅して真っ先に
台所の流しへ向かい蛇口をひねる。


水が出た。



<よし、出た>と

ダモシは水道が復旧したことを確認。



そして
着ていたのはTシャツではあるが、

"腕まくり"したダモシは


<よし。あの忌まわしい大便を流し去ってやる!>

と一人で声を出す。




<待ってろよ、巨大大便の集合体!>


おりゃっ!

と引き戸を開ける。


ブツを見る。

丸一日以上経過した
四人の大便と
ダモシの牛丼は、

もはや
それとは分からぬほど
原型を留めてはいなかった。



ただただ、

この世のものとは思えない

ブラウン色の気色の悪い物体化して

未だ鎮座ましましていたのである。




しかもその匂いは、

悪臭・異臭といったレベルを超越して

かつての会社内の他社員が
身体から発していた
史上最悪級の香りたる


地獄のフレグランス<YAMANOSHITAオリジナルNo.5>
を凌ぎ、


香港カイタック国際空港へ
タラップで降りた瞬間に
ダモシが享受して
呼吸困難に陥った


地上最悪級の
テリブル&ホリブル・フレグランス
をも超える、


宇宙最悪級のフレグランス
に至っていたのである。





ダモシ、あえなくリバース。

ストマックの内容物こそ
嘔吐せずに済んだが、


ダモシ持病の
リバース症候群発症で、



<ウェェェェーッ!>とリバース連発。

涙目になったダモシは
そそくさと引き戸を閉めて

アパートメント屋外へ出て

空気注入を施した。






呼吸を整えながらダモシは、

この勝負は
<一気勝負>でこそ勝算を見いだす
ことができると判断した。



戸惑ったり

もたもたしたり

しては、

今度は嘔吐に至るか窒息死に至るだろう、と。





大きく深呼吸してから
呼吸を止めて
鼻から匂いも嗅がずに

ブツを見ないようにして

一気に

蛇口をひねって放水して

それを流しこむ


というストラテジーを描いた。






<それしか、ないだろうよ>と。









*****








そして数分後、


ダモシの呼吸は整った。



レストルームの引き戸の前で
大きく深呼吸。


そして止めて、口いっぱい膨らませる。

エアは満タン。

準備オーケー。

さあ、いくぜ。




怒濤の勢いで引き戸を開けた。


そして

ブツを見ないで

一気に蛇口をひねった。






<ジャジャジャジャジャーッ!>



流れ出る水。





(<よしっ、行けっ!>)

(<一気に流さんかい!>)





勢い良く流れ出る水。

怒濤の水流が

例の塊へ全速力でぶつかっていった。






が、


次の瞬間、

ダモシは己の目を疑った。



そして

不覚にも
口内のエアをすべて噴出してしまう。


口を開けてしまい

叫んでしまったのである。





<なぜだーっ! なんで、流れないんだーっ!>











*****







怒濤の放水をもってしても、


まったく微動だにしない
ブラウンの塊。


且つ

放流の勢いが
ブツを局所的に攪拌させてしまい、

あのフレグランスを

地上へ
吐き出させてしまったのである。



不気味な顔で微動だにしないブラウンの塊の
異形のポスチャーと、

そのフレグランスが

合体し、



ダモシに襲いかかった。



ダモシ、大惨敗。


またもや嘔吐の憂き目。


しかも
またもやその便器内の
悪魔の頭上に嘔吐物を上塗り。




まさに地獄の黙示録。


その光景は、
形而上学的な悪魔的な記号
の様相を呈してきた。



よせばいいのにダモシは
冷静さを失い

狂ったように
何度も何度も蛇口をひねる。


当然、水の放流はストップする。





<カチャッ カチャッ…>

という

乾いた

金属が
空振りするサウンドだけが

そこに残り、



あとは

沸き立つフレグランスに

放水の残音としての



<ピチャピチャピチャ…>

だけが交錯して

そこに名残をもたらしていた。







<いったい、なんなんだーっ!>




ダモシは恥辱の叫び声をあげた。




まさにそれは
<真夏の深夜初台路上大便おもらし事件>
でのエンディングと同様であった。










*****








その後も

数分おきに

ダモシは水を流した。


しかし
もはやそれは何の効力も発揮しなかった。


それでもダモシは
夢遊病者のように数分おきに
蛇口をひねりつづけた。


虚しい時間が流れていった。



もう手はないのか、と。

永遠にこのブラウンの塊は
ここに在り続けるつもりなのか、と。






しかしそのとき、ダモシは想った。


あの大便お漏らし事件の際は
己が身体への
大便直撃に甘んじた。


そのときの絶望を思い起こしたのだ。


だが今回は、己が身体は無傷である。

あくまでも便器が被害者であり、
便器にしたそれらが在り続けていることと
異次元のフレグランスを放ちながらも
流れていかないという事態である。



心は傷つき、絶望に包まれたことは
大便お漏らし事件と同じだが、

今回は
己の身体は傷ついていない。



そこに

ダモシは希望を見いだした。





<そうだ。まだ闘いは終わってはいない>


と。



希望を見いだしたダモシは

ふたたび
闘う意思を甦らせて

立ち上がった。






<もう、何が何でもアイツを消し去るのだ!>


と決意した。



水で流れぬならば、突いてやれ、と。


いわば

塊は、塊であることでこそ
その強さを発揮しているわけだ。

集団の力である。



ならば、

集団を個々に分散させれば良い、と。



それが再び立ち上がったダモシの
ストラテジーだった。



つまり、

小刻みに分解して
集団のパワーを消滅させて
個々ごとに

少しずつ

それらを流しさっていく

という戦略である。





そこでダモシは考えた。


こういう闘いにおいて

当時のダモシが
用いていた武器は何か、を。


原点に戻ろう、と。




そして、思いついた。




<そうだ。アレだ>


と。



対ゴキブリ戦線での主武器として

ダモシの危機を
度々救った存在。



そう。





<東スポ>




である。










*****









<よし、東スポだ!>。




そう描いたダモシは
コンビニエンス・ストアへひとっ走り。


ちょうど発売時刻となっていた
東スポを購入。


せっかく買ったのだから
もったいない

とばかりに、

とにかくプロレス面だけを
煙草をふかしながら
チェックして


休憩終了。





いよいよその東スポを、

対ゴキブリ戦線時同様に
棒状(バット状)に改造。


そして

それを手に



<さあ、やるぜっ!>




レストルームへ向かった。



今度は当然、鼻もディフェンス。

雑巾を鼻と口に巻いて被り
万全の態勢を整えると同時に、


さらに

Just in caseで

念入りにとばかりに、


目にはサングラスをかけた。





そのポスチャーは、まるで内ゲバである。

もしくは全共闘。






だが、

コスチュームを
そうすることで

例のブツを見ても
色や形状をストレートに見ないで済むわけだ。


実に合理的な戦闘ファッションといえよう。






前者の雑巾が

■嗅覚的ダメージの軽減

を実現し、


後者のサングラスが

■視覚的ダメージの軽減

を実現すると考えた。



戦略的防衛ストラテジー、である。



しかも、手には最強の<東スポ・バット>。




もはやそのスタイルは

ここは安田講堂か、

まさに"大学闘争"であった。





橋本真也は未だ当時
メジャーではなかったが、


ダモシは



<時が来た! それだけだっ!>


と一人でまた叫び、


引き戸を開けた。






そして水を流しながら

東スポ・バットで
ブツを突く。


蛇口を過度にひねらない。

その冷静さも今回は得ている。


放水と東スポ・バット突き



何十回と丁寧に繰り返すダモシ。







序盤は
その突きが奏功せずに

ブラウン塊は一向に分解されなかったが、


ダモシの地道且つ冷静な突きに

次第に

動きを見せてきた。






次第に分解されて
個々に分散することで
全体ウェイトが軽くなっていく巨大大便たち。


それにつられて

わずかながらも

少しずつ

確実に

流れて去っていく。






(よしっ!よしっ!いけるぞ、これは!)



心の叫びは高まるダモシ。







闘いは一時間に及んだ。












*****










ほとんどが流されていった。




そして

ダモシは意図的に最後の塊を残した。


水を止めた。


休憩した。



それまでの積もった恨みを

最後のこの一つの塊に
ぶつけるべく

態勢を整えると同時に、



この闘いをあえて振り返った。



すべての恨みを込めて、

既に
先端はグニョグニョになっている
東スポ・バットの火が噴く

瞬間が来た。









ダモシは、右手で蛇口をひねった。


左半身の態勢で
ダモシは
左手の力を強めて、


東スポ・バットで


一気に

最後のブラウン塊を突いた。





<おりゃーっ!去らんかいっ!>









*****










だが、


またまた<しかし>である。



ここで
ダモシ想定外の
最悪の事態が起こった。






既に
先端がグニョグニョになっていた
東スポ・バットは、


その能力を失していたのである。



にも関わらず

無邪気なダモシは

全力を込めて突いた。



しかも

その時の態勢は左半身である
(左側が、体育座りする便器側)。







グニョグニョ東スポ・バットは

虚しく

ブラウン最後の塊の上で、スリップ。



それと同時に

左半身だったダモシも

つられて横転。





<おぅっ! あぁっ!?>


と叫ぶと



ダモシは

モノの見事に
便器内のブラウン塊の上に


左肘から下を落下



させてしまったのである。







<ドドドーンッ!バタバタバタ〜〜〜ッ!>



しかも

水が流れている。



ブラウンと透明の水が混じり合い
ハイブリットと化した
液体と塊に


ダモシの左腕肘から下は


塗れてしまったのだった。












*****









そこで再び絶望に至ったダモシだったが、


ここではもはや
荒れ狂うのみ。


まさに怒り狂ったダモシは、





<なんじゃ〜〜〜〜っ! ぐぅぁぁぁあ〜〜〜っ!>


と叫び、立ち上がり、

やみくもに東スポ・バットで
塊を突きまくった。




<バチャン! バチャンッ!>


と跳ね上がるブラウン。



修羅場、である。


ダモシは赤鬼になっていた。











*****










すべては終わった。


闘いは終わった。



あの忌まわしいブツは消え去った。

もう
姿形もなかった。



あのフレグランスもまた
同時に消え去っていた。





ダモシは、台所で左腕を洗った。


呆然としていた。

勝者であったが、完璧なる敗者だった。





そして、銭湯へ出かけた。






熱い湯に浸かりながら、

ダモシはなおも呆然としていた。






<まったく俺は何をしとるのか…>



と。






翌日、
赤坂で彼らが問うてきた。


<どうなりましたか?>

と。




だがダモシは
あまり多くを語らなかった。



<まあ、処理したよ>とだけ語った。





このショックから覚めるまで

ダモシは一週間を要した。


その同じ週末、
当時の彼女が遊びに来た際も




<外に行こう>と

すぐに部屋を飛び出した。









*****








この事件は、


ダモシ・サイドからすれば

元を正せば
悪いのはジャイアン


ということになる。



あんなにも巨大で異臭を放つ大便を
したからである。



まだあれが

"普通の"大便であったならば

上塗りをせずに
済んだかもしれない。






しかし

冷静に分析すると

この事件の本質的な問題は、


<上塗り>にあることが分かるだろう。








水道が止められてしまうほど、
料金不払い期間が多かった
=上塗りした



ジャイアンの羞恥を消そうと
大便の上塗りをした



さらに嘔吐などの上塗りがあった



等々。








<上塗り>。

世間で起こる不祥事や事件。役人の非常識。

それらの中でも

<上塗り>が

よりそのイメージを悪いものとしている。




外務省の人間による
ホテルの宿泊費不払いや

度重なるフード関係の偽装も、


結局は


小さな悪事の積み重ね

つまりは


<上塗り>




事を大きくしているわけである。







ネガティブな意味合いでの言葉としての
<上塗り>。

その反義語としては、

<鉄は熱いうちに打て>。




なにごともそうだが、

ニッポンは

得てして
ナアナア社会であるからして

後者を実現するという

"普通の"ことが
困難になったり、

シンプルなことが
わざわざ複雑化してしまう


わけであり、



それに<夢の皆無さ>も伴って、



国自体が

あの時の
ジャイアンその他の上塗り大便と
フレグランス以上に


もはや


異臭・悪臭

を放ち続けている



といえるわけである。






そこで被害に遭うのは

オールウェイズ、


あのときのダモシのように
地道に努力して
闘いを挑む者


である


と。












fin.











posted by damoshi at 20:38| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月31日

<ジャイアン巨大大便・そのまんま放置>事件-1







いずれ
<大人ダモシお漏らし事件>三部作は、

二部の復刻掲載と共に
未公開の第三部も、

その他のダモシ事件簿と共に
掲載する所存であるが、



カテゴリー<事件シリーズ>第一弾として、

多くの事件の核心現場となった
初台において
<真夏の初台路上大便お漏らし事件>
と共に

自身のヒストリーの中で
後世に笑い継がれる事件の一つである


<ジャイアン巨大大便・そのまんま放置事件>


を初掲載するところである。









*****







大学生ダモシ。

初台では二カ所のアパートメントに居住した。

一カ所目のそこは
四畳半の
いわゆるオンボロ・アパートであり、


ダモシの天敵・カエルが
住み着いていたことや

同じく天敵・ゴキブリとの
最も多くのバトルが繰り広げられた
舞台でもある。




1986年、夏。

ダモシは
赤坂のアンナミラーズにおける
アルバイトに熱心だった。


大学へは行かず、

■自身が旗揚げしたサークルでの活動
■アルバイト
■異性との交遊

の三本柱に邁進していた。



完璧なるヤングボーイの、ならず者。

お金もない。



そんな中で、

電話や電気、ガス、水道などの
料金を支払わず(支払えず)

個別に停止されることが頻繁であった。



水道などが
停止の憂き目を浴びるなどということは、

その支払いスパンを考えれば

異常である。





その夏、

過去最悪の事態に陥った。


生活の根幹を成す

電気・ガス・水道・電話がすべて
停止されたのである。


タイミングの妙。

その四つすべてが停止状態になって
三日目のこと。





毎晩のように
赤坂での仕事を終えてから

新宿東口の居酒屋
"いろはにほへと"
で仲間と酒を煽り、

閉店の4AMに店を出て、

一路

甲州街道を皆でぶらぶら歩く。



甲州街道と山手通りの交差点にある
吉野家で牛丼を食してから


初台のアパートメントへまた歩く。



一連のルーティン動作を経て
5AM頃には
その部屋へご帰還となったダモシ軍団。



当時ダモシは
男女大学生総勢50名に上る
アルバイトの男子側リーダーであった。



軍団メンバーは多々いたが、

ご帰還のレギュラー・メンバーは

後輩の

みっちゃん(仮名)



ようきち(仮名)

そして
当時でダモシよりも10近く年長だった
巨人・ジャイアン。




その朝も

四人でご帰還して、

狭い四畳半に
一気の雑魚寝をした。







*****






2-3時間眠ったか。

世の中は"普通の"朝を迎えていた頃合い。



ジャイアンの

押し殺したような声が

ダモシの耳元に届いた。



その声は
何かにすがるような、懇願するような、

そして
明らかにヘルプ・ミーの声であった。


うとうとしながらも
その声は耳に入ってきた。


ジャイアンの囁き声はこう言っていた。




<ダモシさん、ダモシさん、起きてくださいよ…>

<お願いだから、起きてくださいよ…>




ダモシはそれに気づき、目を開ける。

そして問う。


<どうしたのですか…。まだ早いでしょう>


頭が割れそうに痛い。
胃も牛丼のせいで、もたれている。
吐き気もする。

まだ眠っていたい。



しかしジャイアンの顔を見ると、

今にも泣きそうになっている。




<え…。どうしました? ジャイアンさん>

とダモシは半身を起こして問いかける。



しかしその瞬間、

これはもう尋常ではない悪臭が
鼻をついてきた。




(<何だ、この匂いっ…>)

と心の中で感じるが、

実際には半分眠っている状態である。




するとジャイアンが
ダモシの肩をゆすり、顔を覗き込むようにして
語りかけた。




<ダモシさん…>


<大便したのですが、流れないのですよ…>


<何度ひねっても、流れなくて…>








*****








朝っぱらから、なにごとかぁ…。



ダモシは、

ジャイアンの台詞で悪臭の正体を理解した。



そして

これはただごとではないぞ、


しかも

匂いは異次元だぞ、


と身体を起こした。




<分かりました。どれどれ?>

と言いながら、

ジャイアンの案内のもと

レストルームへ向かった。



引き戸を開けるダモシとジャイアン。



ダモシがそこで目にしたものは、

生涯最大、
そして現在に至っても過去最大の

巨大なる大便の塊が

旧和式便器内に
鎮座ましましている


異様な光景であった。





ダモシは思わず悲鳴をあげる。

その異形なるポスチャーと
あまりにも巨大な茶色の塊に
怯えたのである。




<うぎゃぁっ!なんじゃ、こりゃっ!>。




ジャイアンは
一瞬ムカッとした顔を見せたがしかし、

己のそれの凄まじさに
羞恥心発症か、

顔を赤らめ、口をとがらせて


<なんとかしてくださいよぉっ…>

と懇願した。





しかし次の瞬間ダモシは、

そのポスチャーに留まらず

生涯最悪、過去最悪の<悪臭>を
目前で嗅いでしまったことで

呼吸困難に陥ったと共に、


そもそも二日酔いで吐き気を催していたことと
牛丼のせいで胃もたれしていたことが
重なり、


不覚にも

嘔吐を回避できなくなった。




そして、あろうことかダモシは

その
ウルトラ・スーパー巨大大便が
鎮座している便器に顔を向けて


その上から

リバースをした。



<ウゲーーーーッ!>



ものの見事に

巨大大便の上に降り注がれた

牛丼。




朝っぱらから

まさに
この世の果ての修羅場が展開されたのである。



それを見たジャイアンも

困ったことに

ダモシにつられてリバース。


彼はダモシが便器と対峙していたせいで
流し台にダッシュして

そこでリバースした。






それから数十分経過。

よふやく
リバースは落ち着いたダモシとジャイアン。



ジャイアンは落ち着くと

ダモシに
強硬な態度で
巨大大便がなぜ流れないのか

を問うてきた。



ダモシも落ち着いたことで

冷静に
現状を再確認。



(<あ。そういえば水道、止められていたのだった…>)

と思い出す。



そして忌憚なく、説明責任をすべく

ジャイアンに向き合った。





<すいません。実は…>

<水道が止められていたのでした…>




ジャイアンは
その回答に呆れ果て


<それならそうと先に言ってくださいよ>

と述べた。



しかしダモシは

<言っておいたら、どこか他で大便したとでも?>

と反論した。



しばしの押し問答の後、
ジャイアンは

<とにかくこれを何とかしてください>

<自分のこんなものを、
 このまま放置しておくわけにはいきません>




これまた強硬に

ダモシに対策を求めた。





ダモシは諸手を叩いた。

(<そうだ。あの手があったぞ>)と。



ダモシはニヒルな笑顔を見せて
ジャイアンに述べた。


<まあ任せてください>

<水道止まるの慣れていますから>

<奥の手があるのでね、ヘヘヘ>


と。





ダモシの奥の手。

対<水道停止>策とは、何か。




当時、未だ現在のように
コンビニエンス・ストアは
便利ではなかった。


ある意味で

出来立ての頃である。


そして

未だあの当時、
ペットボトルというものは
ほとんどなかった。


且つ
ミネラル・ウォーターやお茶なんぞ
まだまだ生産も販売も
されていない時代である。




水道停止中、

風呂に関しては
風呂なしアパートメントだったから

そもそも銭湯を利用していたわけだが、


朝や昼の寝起きに
水道が使用できないことは

イクオール

・歯を磨くことができない

・髪を整えるための前段階で
 髪を濡らすことができない

・ひげを剃ることができない

とどのつまり


<顔を洗うことができない>

という

致命的なダメージとなる。




その際に大きな武器として

当時
存在感の重さを示していたのが


<ポカリスエット>である。



しかも
未だミネラル・ウォーターの
ペットボトルがない時代に、


既にそれのペットボトルは
存在していたのである。





ポカリスエットを買ってきて

それで顔を洗い、歯を磨き、ひげを剃る。


その奥の手を用いて
常に急場を凌いでいたのである。



サイズは500mlだったと
記憶している
(未だ1l、2lはなかったと記憶している)。





それを2-3本買ってきて、

怒濤の放流を試みることで
巨大大便プラス牛丼を
一気に流してしまおうという算段を、


ダモシは描いたのである。





<待っていてください>


<今、あるものを買ってきますから>



そう言ってダモシは
オンボロ・アパートメントを出た。








*****








ダモシは

ポカリスエットを買って

意気揚々と引き上げてきた。




<これですよ、これ>

<いつもこれで顔を洗うのです>

<これを一気に放流して
 流し込んでやりましょう>


と解説するダモシ。



ジャイアンは、心なしか安堵の表情。

ようやく
己の羞恥の象徴たる
巨大大便が始末される時が来た

とばかりに

身を乗り出して

ダモシの作法を見学する態勢をとった。





<さあ、一気に行きますよっ>

というかけ声もろとも、


ダモシは
ポカリスエットを

便器内の
巨大大便の後部側頭上から


放流を開始した。





<行けっ! 消えろ、大便!>


と叫び、笑顔を見せながら放流するダモシ。


それを見守りながらも
共に

<よし、行けっ!>と叫ぶジャイアン。






<ドドドドドーッ! バァァーッ!>




そんな
ポカリスエットの大量放流。




だが、

一向に流れていかない巨大大便。

その上の牛丼の一部が
ちらちら動くのみ。


一本消化。

二本目に入る。


しかし流れない。

流れないどころか、
微動だにしない巨大大便。



次第に焦りの色を濃くするダモシ。




<流れんかい!>と叫ぶ。

ジャイアンは無言で見ている。
ある意味で
半ば絶望的な表情である。



さらに怒りが込み上げてきたダモシは、

その怒りの矛先を

巨大大便そのものにぶつけはじめた。




<デカすぎるんだよ、これがっ!>


<重すぎるんだって!>




その発言に
ジャイアンの羞恥がさらに増幅されたことは
言うまでもないが、


その時のダモシにとっては、


そんなことはどうでもよかった。


ただただ、

己の奥の手として披露した技が
まったく効き目を発揮しないことでの
焦りと苛立ちがあって、

その矛先が

巨大大便に向けられていたのである。





二本目も、惨敗。


最後の三本目も尽き果てる頃には、

ダモシもジャイアンも
ため息すら漏れないほどに

スピーチレス状態に陥っていた。





<ポトッ…。 ピチャッ…>



ポカリスエット三本目の

最後の一滴が注がれた。



巨大大便は

我々の攻撃をあざ笑うかのように
微動だにせず


未だ鎮座ましましていた。






<ふぅ…>




ようやく
ため息を漏らしたダモシとジャイアン。



ダモシは敗北宣言。

<ダメだわ。もう手はありませんね、こりゃ>


ジャイアンはそれでも未だ納得できない。


<恥ずかしすぎるでしょ、これじゃあ>

<僕の身にもなってくださいよ…>

と述べる。





万策尽き果てた。

ダモシはそう観念した。









*****









しかしジャイアンの羞恥心を考えると、

このままでは
済ませることはできなかった。



ダモシは考えた。

そして

あるアイディアを思い浮かべて、

それをジャイアンに提案した。





<恥ずかしさを消せば良いのですよ>


ジャイアンは頷く。

<ええ、まあ、そういうことです>


ダモシは重ねる。

<結局、これがこのまま残ること自体は、
 僕が悪臭に苦しむだけで済むわけで、
 ジャイアンにとっては
 今ここにある恥ずかしさを解消できれば
 良いわけですよね?>


と。


ジャイアンは快活に、頷いた。





ならば、手は一つだ。

ダモシはそう直感した。




ジャイアンの巨大大便の痕跡を消せば良い、と。


流して消せぬなら、

その上に、

上塗りすれば良いのだ、と。





<では、上塗りしましょう>


ジャイアンにそう提案した。



ジャイアンは怪訝そうに
ダモシを見つめた。


<上塗り? この上にもう一回しろ、と?>



<それじゃあ解決にならないでしょう>

<まずは僕がしますよ。
 ジャイアンの大便の上に
 僕がすれば良い>

<そうすれば、これがジャイアンの巨大大便だ
 という認定は消えますよ>




ダモシは
アイディアのディテールを語った。


なるほど、と

頷くジャイアン。




そしてダモシは、した。

その上に、した。




しかし

ダモシのダモシたる所以は

これで留まらないところである。




<さらに、この上に、彼らにさせましょう>。




彼らとは、

この騒動の最中にも
イビキをかいて爆睡していた

後輩の

みっちゃん



ようきち

である。







ダモシは寝床の四畳半へ歩を進めた。



そして

大きな声で

二人を起こした。





<おーい。みっちゃん、ようきちっ!>


<起きろよーっ!>





先に

ようきちが目を覚ました。



しかし
半身すら起こさぬ段階で、



ようきちは絶叫した。







<うわっ! なんだ、この匂いっ!?>







ダモシは

ようきちの顔を見て、




ニヤリと笑った。












(つづく)







posted by damoshi at 01:12| 事件シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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