2008年08月31日

体験的ジャーナリズム:ボクシング(後編)








当たらない左ジャブ、
当たらない右ストレート。


ジャブはウェービングやパアリングで、
ストレートはダッキング、
スウェイバックで、
それぞれことごとくかわされる。


敵ながら、
そのディフェンスでの
動きの流麗さと躍動感に
美しさを感じてしまい、

つい見とれてしまう瞬間がある。


<当たるわけが、ないよな…>
という想像が現実になり、

その現実がショックを与え
それが疲弊につながる。

パッションが萎え落ちてゆく。

ベタ足になり
動きも止まれば、
王者の軽めのジャブが数発
ヘッドギア越しにヒットする。


<シュッ、シュッ>

<フュッ、フュッ>

という自然発生的なヴォイスと
ため息が混ざり合ったサウンド。


<キュッ、キュッ>

というシューズとリングが擦れ合うサウンド。


リング上のふたりが発する
意図せぬサウンドだけが、
響き渡る不気味な時間。


ダモシはその中で
ひたすら軽めのジャブを浴びつづけ、
素人丸出しに
それをグラブで直接ガードしてしまう
芸のなさ。


<俺だって、ダッキングくらい出来るぞ…>

悔しさが滲む。


ラッシュをかけたものの
ことごとくパンチをかわされたこと、
両腕を構えた状態で動きながら
それをキープすることなどが重なり、

三分が遠大な時間に感じられた。



すでに足は
フットワークを駆使できないほどに
疲弊している。


腕も痺れている。
が、両腕を下げて
息を抜く余裕がない。

下げれば王者のパンチが飛んでくる。


しかし間合いをとらなければならない
状態であった。

あまりにも接近戦がつづき
余裕が奪われ、
疲弊したところを
一気に連打されている。







*****






<マズいぞ、これは…。
 とにかく間を置かねば>


ステップバックし、
思いきって両腕を下げる。
腰のあたりでぶらぶらと振る。

足も肩幅の広さに組み直して、
身体のすべての緊張を
いったん抜き取った。

そしてふたたび向き合う。


山が来る。


山が動く。


そのとき、
たしかに山が動くとき、

なにかがはじまるぞ
という気配を感じた。


むろん、
それは己の意志にもよる。



<そろそろ、いかんとな。
 このままでは攻め手がゼロだ。
 すこし落ち着いて考えろ>

己に言った。

ラウンド中
王者が左ジャブをよける際、
ダッキングをたびたび使うことを
見抜いていた。


通常、
ジャブをよける方法としては
ダッキングはあまり有効とはされない。


単純にジャブを
グラブで払い抜けるパアリングや
ウェービングで良かろうが

たびたびダッキングで、
ジャブというよりは
ストレートに近いダモシの左を
ディフェンスしていた王者。

このときに王者の頭が空き、
上体をあげる際に
顔面も空くことに気づいていた。

そこをチャンスと見た。


ダッキングする王者の上から
軽めに左ジャブを二発放ち、
即座に右ストレートにつなぐ。


かすかに右ストレートは、
上体を起こし際の王者の左上頭部を
かする。

王者はすぐさま反撃。

左を打ち返し、
ダモシを下げ
さらに右を伸ばす。

距離をとるダモシ。


残り時間はどれくらいか。
分からない。


この段階で
吐き気をもよおした。
リバース症がふたたび顔をもたげてきた。


<くそっ。こんなときに…。
 忘れろ。リバース症は忘れろ。
 意識から消せ>


しかし
疲弊から乱れる呼吸。

もはやマウスピースを
口内におさめておくことが
厳しくなってきた。


さらに吐き気と重なり合うリバース症。
口からマウスピースは出た。


リバースしながらも
必死にそれを噛み、
マウスピースから
飛び出ないように抑える。

苦しい。目眩もする。




が、好機である。

己の意識が
目の前の王者に集約された。

ふたたび距離を詰める。
じわじわと前へ出る。
またも左ジャブで牽制する。


先ほどと同じ動きで、
ふたたび王者が
ダッキングしてくれるのを待った。


ダッキングさせれば
正面向き合っているときに
出せないパンチも、


覚悟をもって至近距離に入り込み、
放つことができる。

チャンスはこれしかなかった。


左ジャブにダッキングする王者。
しかし
その眼はこちらをしっかりと見ている。


頭を下げたが、眼は見ている。

今度はその状態のまま、
ダモシはあえてすぐさま右を出さずに
もう一度、左を出してフェイントを入れた。


そして
すぐさま右ストレート。
王者の空いている頭部にヒットする。


その後だ。


この後、
王者が上体をあげたかあげないか
の一瞬で、
次の手を放つべし。

さもなくば、反撃を食らう。


ダモシの右を頭部に受けて
それに反応して
王者は上体を起こし、顔を上げた。


その、
未だ王者の手が上がる
ぎりぎりの間、

ダモシの左ストレートが、
ついに王者の顔面を捉えた。


<パシンッ!>

乾いたサウンドが、
リング上の静寂を打ち破った。



ダモシの
左ストレートが、ついに王者をとらえた。


bx21.jpg


その瞬間を、カメラは捉えていた。







*****






しかし、これが怒らせたのか。

王者の眼がギラリと光った。
あきらかに光った。

その五秒後、
王者は左を伸ばしてきた。

左には左、か。


黒人特有と思われる
リズム感とバネが、
ダモシを蹂躙し翻弄した。

容易に出せないパンチ、空を切るパンチ。
そして覆い尽くす恐怖。
それを克服して、
ついにヒットさせた左ストレート。

ゴングが欲しかった。


王者は左を繰り出した。

その左はジャブであったが、
たしかにストレートであった。
 
繰り出される瞬間を目で捉えた。

しかし、
それはもう己には届かないだろう
と思われる地点で、忽然と姿を消した。


<ん? どこへ行った…?>


と思った次の瞬間、
王者の左はストレートとなって

異様なバネを利した
伸びをともなって、

顔面を直撃する寸前で姿を見せた。




<うっ、来た…>


スリー・ディメンションのように、
突如うき出て
目の前に迫りくる左ストレート。


それは目前でさらに伸び、
ヘッドギアで"守られていない"
唯一の箇所たる、

ダモシのこめかみを"意図的"に抉った。


それはまさしく、
ダモシがこの試合で初めてヒットさせた
左ストレートに対する報復であった。


脳髄が一瞬、ゆれた。
 
たしかに一瞬、意識が抜けた…。





bx22.jpg

王者の、異様な伸びを示す左。


bx23.jpg

写真のパンチは
右手グラブでガードし得たが
ついに王者はこの後、
きっちりとヘッドギアの隙間から
こめかみを抉ってきた。



bx24.jpg

かように王者の左は伸びてきて、
最後はストレートになって襲いかかる。







■ダモシの眼が泳いだ。
 だいじょうぶか? 崩れ落ちるのか…。

  


王者による
報復のこめかみ弾を浴びた直後の図は
これだ。

bx26.jpg


写真でも分かるように
ダモシの身体はフラつき
一瞬、力が抜けている。

両腕のガードも完全に下がっている。


王者は放った左を
自身の身体へ戻している最中である。
この後、右ストレートが飛んできた。


bx27.jpg

bx28.jpg

この二枚が、
そのときのダモシの
ヘッドギアの中に見える眼。


眼が泳いでいるのが、写真からも分かるであろう。


完全に
眼がイッてしまっている。

睨んでいたときの眼光は失われ、
構えたままその腕が下がり
やがて倒れ落ちてゆく。
そんなポスチャーになっている。

この間はわずかな一瞬だが、
カメラはそれを捉えていた。




*****





分からない。
その間、何秒だったのかは分からない。
0コンマ1秒かその世界であったろう。
一瞬、意識が飛んだ。


のちに写真を見て
眼が泳いでいることを発見したが、
それが如実に示していた。

たしかにあの一瞬、ヤラれたのである。





さらに
追撃の右ストレートが、
王者から放たれた。


が、
そのときダモシは
無意識のうちにダッキングして
それをかわした。



しかしもう限界であった。
まずい、このままではまずい。
そして、もう倒れたい。
いいパンチを入れてくれないだろうか。


逆にそんな想いまでもが
頭をもたげた。

それほどに三分は長く、
もういいかげん止めてほしかった。



<もう無理だ…>


そう感じた瞬間、ゴングが鳴った。



ゴングに救われたが、
それが鳴った瞬間は
泣きそうになった。

ふらふらになり、コーナーへ戻る。

<はぁ。終わった…>と
思ったのも束の間、トレイナーが言う。

<もう1ラウンド、いこう。
 いや、ハーフ・ラウンド、いこう>

苦行であった。

が、ここでギブアップはできない。
仕方なく頷いた。







*****






bx29.jpg
  
コーナーにもたれるダモシ。
身体はぼろぼろである。
その顔はもう苦しみに喘いでいた。


bx30.jpg


号泣し、
嗚咽しているように見えるが
いかがか。

だいじょうぶか!?


足はガクガク
腕は震え、呼吸は激しく乱れていた。
ロッククライミング以来の、苦悶である。






ダモシは挑戦者である。
第2ラウンドがはじまる。
もう恐怖はなかった。

疲弊はあれど、
幸いなことに
時間的な秤は己の中に得ていた。

リングの上での三分とは、
どのくらいの長さであるか。


それを1ラウンド闘ったことで
身体時計に刻み込んだ。


そして今度は
その半分の一分半
すなわち90秒である。

且つ、ダモシは挑戦者である。

この場合
ダモシに残された、やるべきこと。

それは<攻めるのみ>であった。
マスト・シチュエーションである。

オフェンスあるのみ。



<やれよ、お前>と。

<攻めろよ>と自身に喝を入れた。



そして、一気に前へ出た。

左、右、左、
試しに右アッパー。

フットワークを駆使し、
1ラウンドの最後で得た
ダッキングしてのディフェンス。

気持ちはあるがしかし、
身体がついてこない。

己が思う以上に、身体はすでに軋んでいた。
しかしここでやるしかない。
ここでやらなければ機会はない。
残り数秒で勝負をかけよう。


その前に、これをやらねば帰れない。

あの、
モハメド・アリの
"蝶のように舞い、蜂のように刺す"である。

Float like a butterfly, sting like a bee.

蝶のように舞えるかどうかは別として、
これだけはやらねばならなかった。

やった。

一瞬、間を空けて
距離をとり、やった。

瞬間、キョトンとする王者。

が、それに応えてさすが本家。


<アリか>と。

即座に応えて
ブラック・ナチュラル・ボディで
華麗に、蝶のように舞った。

二羽の蝶が舞い、
蜂となり花の蜜を探していた。

舞いながら、
蜂のように
刺さんばかりにパンチを繰り出す王者。

足をリングにおろすダモシ。




そして
ここからはまさに
至近距離で見合いながら、
フェイントをし合い
居合い抜きの世界に入った。

ふたたびやってきた、
己が懐に
相手を招き入れんとするせめぎ合い。

残り時間を考えると、
これが最後の攻防に思えた。



bx31.jpg

距離をとり
突如 "蝶のように舞い、
蜂のように刺す"を真似た
フットワークを試みたダモシ。

王者は一瞬キョトンとしたが、
ダモシが何をしようとしているのかを
即座に理解して対応。


それに合わせ、さらに華麗に舞った。
見事に相対する両者の闘いは、
スイングした。噛み合う闘い模様。


bx32.jpg

この時点ではリング下の
"ミルコ"はダモシを認め、
己が練習に没頭していた。


しかしその横顔とポスチャーは
もはや"ミルコ"ではなく、
ただのおじさんであった。






*****





時が来た。

挑戦者である
ダモシが先に動いた。もう時間はない。

左足を踏み出して、
右ストレートを放つと見せかけた。

王者は右にスウェイした。

右のガードが一瞬、下がった。


<チャンスだ!>



この瞬間、無意識のうちに左フックを繰り出した。

あの、
Just In Caseで
サンドバックに復習練習していた
左フックであった。


左肘を傷めていたため、
リングの上では使わないであろう
と思っていたそれが
無意識のうちに、最後のチャンスで出た。

しかしチャンス到来に慌てた
ダモシのそれに、
己の身体ポスチャーは追いつかなかった。


歪な姿勢から
体重の乗っていない
左を出したことで、左肘に激痛が走る。


重心がかかっていない、
ただ腕だけで振り回す
威力の乏しいパンチに
なってしまったのである。



が、
それはクリーンヒット
とはいえないものの、

この試合でもっともインパクトのある
一撃となった。



のけぞる王者。



追い討ちをかけるダモシは
最後の力を絞って、左ジャブ、右ストレートを出す。



王者はそれをかわして
左ジャブ、左フックを返す。




接近してパンチを交わし合ったその瞬間、

ゴングが鳴った。


四分三十秒の地獄は、終わった。






*****






bx33.jpg


問題の左フック。

王者の右ガードが下がった瞬間、
チャンスと焦り
本能的に傷めている左で
フックを放ったダモシ。


そのせいで
体勢は歪なものとなり、
体重がかかっていないことが分かるであろう。


bx34.jpg

まったく体重が乗っていない
腕だけのパンチであるから
威力はほとんどない上に、
ダモシが重視する美意識の上でも、
そのポスチャーはアグリーである。



が、
1ラウンドでの左ストレートより
ダモシにとってはこのフックこそ
確実に相手を捉えたものとして、
確かな手ごたえとして残っている。


bx35.jpg

体重が乗っておらず
腕だけのフックということで、
その左腕の上腕部
肩までのあたりが
細く見えるほどに画像がブレ、
腕を捻っていることが分かる。


さらにこれで左肘を傷めることになった。



bx36.jpg

しかし、
たしかにこの最後の一撃で、
楔を打つことができた。

ダモシは今でもそう想っている。







*****





コーナーへ行き、
ロープにもたれかかる。

トレイナーが差し出す水を飲み、
呼吸を整える。


終わったが
未だ眼は死んでいない。
近寄って来る王者を睨む。

王者は歩み寄り、右手を差し出した。




ノーサイド。

ダモシも
笑顔で手を差し出すと、やはり笑顔を返す王者。

これで、
エキシビションの
スパーリングでのボクシング対決は終わった。


しばし懇談。

<やったこと、あるでしょ? 
 ふつう素人はパンチを振り回すだけだけど、
 ちゃんとボクシングしてたから…>

と聞くトレイナーと王者。



<ないよ。
 ストリートを除いては、ね>

とジョークを放つと、笑いが起こった。



清清しいノーサイドである。スポーツはすばらしい。



bx37.jpg

試合が終わりグロッギーのダモシ。
ロープにもたれて
水の補給を受けるが、眼はうつろ


bx38.jpg

歩み寄る王者に、
眼力を蘇らせて睨みを利かせるダモシ。


bx39.jpg

が、大団円。
互いに手を差し出し、笑顔でノーサイド。



bx41.jpg

bx42.jpg


闘いは、終わる。
互いをリスペクトし、
語り合うひとときの図。

写真でダモシの左肘の腫れが見て取れる。


やはり黒人の圧力はすごい。
178cm、83kgのダモシが小さく見える。


大団円では、
全員の眼が優しいものに変化している。


やるのか、やったか、やったぜ
という世界の解答である。


その昔、
昭和のガキの原っぱでの喧嘩は
こうであったものであり、


みみっちいイジメなど抜きに
現代と異なり
それは厳然として、すばらしいことである。








*****






その後も
トレイナーによる
苦行のトレーニングはつづいた。

リング上での腹筋、
リング下での縄跳び。

このボクシング縄跳びがまた
容易ならざるものである。

<まだ、やるのかよぅ…>

もう、いい。

終わったのである。

苦行のご褒美は、
黄色いバンテージ。
これは記念に、永遠に持っていよう。








<ボクシングにおいて
 もっとも重要なことは、
 DisciplineとConsistencyである。
 要するに、規律正しいこと。
 秩序ともいえよう。

 素直に吸収する心をもつことでもある。
 そしてきちんと練習する。
 継続して練習すること>

トレイナーは言った。




ボクシングは喧嘩ではない。
スポーツであり、肉体のオペラでもある。

相手を憎み傷つけるものではない。

相手をリスペクトし
芸術としての業と技
美しい肉体を見せるものであり、

それをもって
リング上で技術力と精神力を基盤に、
目の前の相手と勝負して己と勝負して、
結果として勝敗は決せられる。

目の前の相手と
真摯に対峙することの重要性は、
仕事でも恋愛でも友人付き合いでも同様であろう。


他者に対するリスペクト。
その精神から生まれてくる真摯な姿勢。

それをまた、
ボクシングにも
見い出すことができるのである。






やれることは、すべてやった。
やろうとしていたことも、やった。
自分がやれることは、すべてやる。

自分がやれること
やろうとしていることを
いかにしてやるか。

工夫するか。努力するか。

負けるにせよ
格好悪いにせよ
それがまず男の基本であろう、と。






<やる前に
 負けること考えるバカいるかよ>



なにを眼前にしても、
永遠に言い続けたいものである。










:::::




bx43.jpg

まだやらせるか…。
M奴隷と化し吊るされるダモシ。
さらに試合後、地獄の腹筋トレ。
ちょっとこれは、本気で冗談ではなかった。



bx44.jpg

さらにリングを降りてからも、
パンチング・ボール打ち。

これも冗談じゃないぞ…と
思うほどに難しかった。



bx45.jpg

そしてボクシング縄跳び。

小学校時代、
校内縄跳び記録を作ったダモシでさえ
難儀した。


というよりも
こちらもno kiddingの世界で、
この時点ではもう足は動かないわけである。


が、
トレイナーは睨みを利かせて
背後から見ているから厄介である。






*****





最後に加筆として、

現在のダモシの部屋に
しっかり飾られている

あのときの
黄色のバンテージをもって


締めたい。



bxx.jpg
















posted by damoshi at 00:23| 体験的ジャーナリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

体験的ジャーナリズム:ボクシング(前編)








先般
カテゴリー<スポーツ>に
体験的ジャーナリズムの端緒として

米マイナーリーグでの始球式
を掲載した。

カテゴリー<スポーツ>ではなく
新たに<体験的ジャーナリズム>単独で
カテゴリーを設定し、

そこに
これまでの
<体験的ジャーナリズム>の
加筆修正、復刻掲載、初掲載を
行っていく次第である。


一回目は、ボクシング。

ニューヨーク州WCアマ・ミドル級の
黒人王者との対決。

基本的には復刻だが
一部加筆の上
構成を変えて
前後編に分けて掲載するところである。

長いのをご承知の上で
リラグゼーション・タイムに
御覧頂けると幸いに存じている次第である。






*****





その昔、
ノンフィクション・ライティング
あるいは
スポーツ・ライティングの名作として
若者に支持された
沢木耕太郎氏の「一瞬の夏」。


氏が
ボクサーのカシアス内藤に密着し
自らも関わってゆく物語だが、
ダモシも大学時代に読んだ。
文庫本でも上下巻ある長編である。

そこで描かれたボクサー
カシアス内藤の、
横浜にあるジムから
プロボクサーになるべく挑戦する
若者たちの、

その姿が06年5月14日、
ニューヨークでの
テレビ・ジャパン内のプログラム
NHK「サンデー・スポーツ」で
紹介されていた。


「一瞬の夏」を
ダモシが読んだのは、
大学時代の20〜22歳頃。

それ以来、
カシアス内藤という響きは
自身の中に存在していたものの
大きくはなかったが、
久しぶりに耳にしたその名と
ボクシング映像に見入ってしまった。

ハートが弱く
名ボクサーとはいえなかった
カシアス内藤が、名トレイナーになれるか。


弱点が顕著で、
それゆえに才能を持て余して
頂点に立てなかった者の、

逆にそれが強みとなり、
若者に不足しているものを
明確に理解し得て
名ボクサーを生み出すことができるのか。


若者たちの
プロ・テストでの様子が流れた。

リングで練習したことを出せない若者たち。
手が出ない。
パンチを出せない。
合格者はひとり。



<手を出せよ>

ボクシングを観る者が、
たびたびボクサーに思うことであろう。

亀田兄弟からボクシングを観はじめた人、
亀田兄弟のボクシングしか観ない人は、
そう感じないかもしれない。


が、通常は
そう容易にはいかない。

もしかしたら亀田とて
世界戦になり、王者となり、
そして防衛戦となれば、
いつかそういうときがくるやもしれぬ。


<手を出せよ>という
観る側の忸怩たる論理。

しかしそれは、容易ならざるものである。





*****





頭では分かっていても
それを具体的に身を以て
ダモシ自身が理解し得たのは、

ニューヨークは
チェルシー・ピアという
スポーツ・コンプレックスのリングに上がり、


ニューヨーク州
WCアマ・ミドル級チャンピオンと
エキシビジョンで
スパーリングをしたときのことである。


このときダモシには、
緊張はまったくなかった。

このときダモシには、
自信もあった。


手が出なかったとすれば、
それは緊張からではなかった。

ただダモシには、恐怖感があった。


その恐怖は
相手と向き合う前に、
グラブをはめてリングに上がった瞬間、
怒濤のように襲いかかってきた。

手を塞がれた状態で、
リングという戦場に上がる。

そして
キックや投げ、関節技はルールで封じられる。


こうなればもう
恐怖に打ち克つには
己がパンチひとつが、その手段。

という恐怖。




そのシチュエーションで、
恐怖に打ち克つために己がすること。

それは冷静になることである。
そして集中力を高めることである。

しかし集中力というものは
自ら意識して高めるものではなく、

いかに邪心なく
目の前にいる相手との闘いだけに
集中できるかが重要になってくる。



ボクシングで手を出せない場合、

その背後には、

A=相手への恐怖から、硬直する
B=相手のプレッシャーが強く、
  己のマインドが守りに入ってしまう
C=相手と己の鍔迫り合い。
  いわば、間合いの取り合い。
  己が手中に相手を入れるか、
己の間合いでペースを握るか。
その0コンマ何秒も気を抜けないせめぎ合い


などが、ある。

むろん、その他もあろう。
書ききれるものではない。


このいずれも、そのリングで感じた。



AとBを最初に感じ
やがてそれを克服し、
手を出し、
交わし交わされ、


最後に
Cに到達する瞬間の恍惚は、
恐怖の裏に隠れている快感が
恐怖の10倍の威力をもって発露させる。

リングの麻薬は、ひとつにはこれかもしれぬ、と。


Cは当然
慣れてきてからの話であり、
プロや
ふだんからボクシングに
関わっている者は、
それを何十倍も感じていることであろう。


そしてそれら以外に、
そのときダモシ自身は
まったく持ち得なかったが

パンチを出せない
背後にあるもののひとつとしては、


D=緊張


が、ある。
これが、厄介なものとなる。


プロ・テストに臨む若者の、
手を出せない映像を見て
このD状態にあると感じた。


つまり
リングに上がり
目の前の相手との闘い以外に、

<プロ・テストに受かりたい>
という心理的欲求があり、


そのために
精神状態が守りに入ってしまう。


練習してきた自分と自信を、
目の前に実存する相手にぶつければ良い
だけなのに、

心理的欲求がその邪魔をする。

ディフェンスをし、パンチを出せば良い。


が、
目に見えない
<プロ・テスト>という
イグザミネーションが
大いなるプレッシャーとなって襲いかかり、


彼らから、
目の前に実存する相手にのみ
向けられるべき集中力が
圧倒的に不足しているように見えたのである。



<パンチを出さなきゃ、ダメだよ>


思わず、ことばを発してしまった。

この場では
手を出さなければ話にならぬ、と。



ダモシの場合、
ふだんからボクシングを
やっているわけではないことと
それがプロ・テストではなかったという状況。


そして
相手が己よりも明らかに格上であり、

パンチを当てられさえすれば
ヨシとできるという状況であったことが
リラックス、


すなわち
"当たって砕けろゴーフォーブロック"的に
目の前に実存する相手だけに
全神経を集中させ得たのである

と、当然考えられる。


そこではむろん
相手はアマとはいえ、
ボクシングに生きるチャンピオンである。


手加減もあろうという
算段も介在している。

いわゆる、ニュートラル。





試合前に教えられたすべての動作を、
忠実にそのときダモシはリングで見せた。

そしてゆとりが出てきてからは、
モハメド・アリの
"蝶のように舞い蜂のように刺す"を模倣し、
これまでにない集中力で
相手の一挙一動に全神経を集中させ得た。

教えられていない本能的な動作、
あるいはセンスでのパンチも放つことで、
それをヒットさせ得た。


テレビ放送を観て

<やっぱり、やりたいよな。
 リングに立って、相手と向き合う。
 あの快感は、どこにもないな>と感じ、

共に観ていたワイフに
<これが、それだ>と
「一瞬の夏」を取り出すとともに、
語ってしまったところでもある。


あの快感と
その過程を振り返り、

体験的ジャーナリズムでの
ボクシングを

新版として加筆修正を施し書き下ろし、
ここに掲載するところである。

 



(以下、06年のダモシ公式サイト上掲載執筆分)

(all photos copyrights; Lindsey Kay)





*****


  

bx1.jpg


bx2.jpg



その数カ月前、リングを望む。

リング・インしようとしたが
リングに敬意を表して、
土足でそこへ入ることはしなかった。


闘いの実現の、時を待った。

リングは、
間違いなく麻薬的な要素を強くもっている。


グラブをはめてリングに上がり
相手と向かい合うだけで
ゾクゾクとする快感を得る。

それは己が恐怖を目の前にして
なおかつ
それを乗り越えんとする目前の、
快感ともいえるであろう。





*****





box3.jpg



アメリカらしい派手なリング。


ボクシングから
暗さを消し去るアメリカらしい佇まい。

チェルシー・ピアという
巨大複合スポーツ施設の中にある。
写真撮影位置には観客席がある。







当初の相手はチャイニーズであった。

軽量級のチャイニーズであれば、
相手としては遜色は"大いにある"。

つまり
それではよろしくはないわけである。

ダモシの体重(83〜85kg)からすれば
五輪競技としてのボクシングでは、
ヘビー級の下のライトヘビー級に相当する。

プロであれば、クルーザー級に相当する。

こちらもヘビー級の下にあるクラスであり、
プロの場合はクルーザーの下にライトヘビーがある。

ライトヘビーの下に
スーパー・ミドル級、ミドル級、
スーパー・ウェルター級
そしてウェルター級といった
黄金の中量級の世界があり、

さらにその下には
63.50kg以下の
スーパー・ライト級からくだって、
47.61kg以下の
ミニマム級までの軽量級が揃っている。

ライトヘビー級から上が
重量級の世界といえる。


クルーザー級のダモシの相手としては、
63.50kg以下の軽量級となると
見映え的に好ましくない。


ヘビー級か
それに相応しいクラスで、
且つ黒人が登場することを
どこかで願っていた。

なぜならば
ダモシの中では
"黒人ボクサーと中量級以上"に、

より一層の
ボクシングの魅力を感じていたからである。



幼年時代にテレビで観た、
モハメド・アリ、ジョージ・フォアマン、
ジョー・フレイジャー、
そしてケン・ノートン、チャック・ウェップナーら
ヘビー級黄金時代の黒人ボクサーたちと王者。


アントニオ猪木の異種格闘技戦に
憧憬を抱いた少年ダモシ。

猪木はリングで
アリ、ウェップナー
晩年はスピンクスといった
歴代ヘビー級王者と対峙した。


そして青年時代に観た
シュガー・レイ・レナード、
トマス・ハーンズ、マービン・ハグラー、
黒人ではなくラテン系であるが
"石の拳"ロベルト・デュラン。

彼らが華麗に舞った黄金の中量級。

さらにはマイク・タイソン。

ヘビー級、黄金の中量級の
主役のほとんどは、黒人であった。


黒人特有のリズム感と躍動感。
そしてノビのある、
獲物をとらえるかのような身体的な動き。


それを目の前で向かい合い感じたい。

そして
そのパンチやフットワーク、ディフェンス、
それらすべてを己が身に迫ることで得られる
同じ人間でありながらの超常体験をしたい。

さらにそれを目の前にして
己が何を出来るのか。

己の身体能力、
自信を持っている
ボクシング・センスが
どういう対応を示すのか。


ハナから相手にならぬ相手であっても、
楔を打つことはできるのか。

リングに上がり
黒人ボクサーを目の前にしたとき、
己はどういった精神状態に陥るのか。

なにがそこで見えるのか。

それを感じたい。
そういった願望が心を支配していた。


緊張。
それは、なにひとつなかった。

ただあるものは
<やる前に
 負けること考えるバカいるかよ>
といった猪木イズムであり、
過剰なる自己愛と自己信用。

そして
負け戦を
あえて闘うことを厭わない
性質からくる、

開き直りであった。







*****






広いスポーツ・コンプレックスを抜けて往く。


観客席から眼下にひと際、
色鮮やかなリングが目に入る。
ブルーのマット
レッドのロープが、ダモシを待っていた。

遠目からもすぐに分かる
大きな身体の男がふたり、
リングサイドでスタンバイしていた。


黒人であった。

あれほど黒人相手を望んでいながらも、
ダモシはこのとき一瞬、怯んだ。


体験的ジャーナリズムの根本は、
お遊びではない。


テレビのバラエティ番組で
わけのわからぬタレントがやるような、
ニヤニヤしながらお遊びでやるものではない。


つねに真剣である。
真摯に教えを乞い、まずはそれに従う。


そして
真摯に相手に向かい、真摯に攻める、守る。

それによって相手も、真摯な姿勢で向き合う。




必然的に
どの競技における体験においても
真剣度は高まり、
静けさの中での鍔迫り合いが展開される。


とくに格闘競技になれば、なおさらそうである。



命をかけるわけでもなければ、
お金や名誉のかかる
プロの試合や五輪の試合ではない。


しかしそれらがなくとも
互いに共有する時間の中で、
いかに真摯に対峙するか。

それは真剣度という
不明確な秤をもってして、
なにを真剣勝負と呼ぶのか
というレベルにも似て、

曖昧で伝達されにくい部分ではある。



ゆえに
心の部分で
関わる者が皆、
ダモシがいかに真摯であるか否かによって、
そこで繰り広げられるものが
語るに値しないバラエティに劣化するのか
あるいはどうなのか

という世界になってゆく。


すくなくとも
なにごとも真摯に向き合い対峙しなければ、
なにも生まれず
なにも見えてこない

という結果になることは
言うまでもないのである。


遊びでヘラヘラやるほど、
ダモシは暇ではない。

そして
だからこそ、負けても、
砕かれても、笑顔は出ない。


必然的要素から
負けることと分かっていて
負けたとしても、

「そもそも勝てるわけがないから」
などと簡単に割り切って
エクスキューズを並べることも、

あろうことか
敗者の笑顔を見せるなどということも
あってはならぬ。


ニヤけた笑顔やテレ笑いなどという
女々しさは見窄らしいからやめよ。
エクスキューズはハナから排除せよ。

尽き果て、悔しさ、
己の小ささや弱さという、
より明確に己に迫ってくる
それらの現実に打ちひしがれるが良い。

しかしそのかわりに
互いに関わった者同士の
リスペクトを得ることができるのである。







恐怖。

それは、恐怖である。

いざ
黒人ボクサーを
目の前にしたとき怯んだのは、

この場から逃げたくなったり、
危険だからニヤニヤヘラヘラの
お遊びバラエティにして誤魔化そう

と思ったからではない。



そんな思案は
ハナからダモシの中には
欠如しているからして、

このときに感じた恐怖というものは、
そういった類いのものではない。

快感というか、恍惚にも似た恐怖である。


人間はときに
快感や恍惚に至る予感を得たとき、
身震いするような恐怖を覚えるものである。


これまでも何度かそれを覚えた。
このときも、同様の恐怖が訪れた。

そして次の瞬間
<よし、やってやる>という、
それは単純なことであるが"気合"に昇華する。


Just Do It. の世界観である。


"必然的要素としては"
やる前からあきらかに負けるであろう
相手を前にしてもなお、


<やる前に
 負けること考えるバカいるかよ>

という究極の強がりが、
ふたたびダモシを支配した。






■トレイナーによる
 トレーニングと基礎教授


元プロの黒人トレイナーも
ダモシの真摯さと
"挑戦してきたからには
自信があるのだろう"という前提認識のもとで、


甘さを控えて厳しく対峙した。

"出来て当たり前"といった形で、
次から次へとダモシへ
パンチやフットワークのトレーニングを課す。


素人であろうが
<出来ないことを前提>にして臨むのと、

<出来るぜ。自信あるぜという前提>
を抱えて臨むのでは、


受ける側の対処は異なってくる。

当然である。

"出来るというのなら、やってみろ"と。
そんなトレイナーの、
道場破りに対する無言のプレッシャーがつづく。


このトレーニングの時点ですでに
ふだんまずそういう腕の動きはしない
左フックの練習で、


トレイナーの構える
重いミットに弾かれたダモシの左肘は、
ドス黒く腫れあがった。

左肘はかつて複雑骨折をし手術を行い
11針の縫い痕がある箇所であり、
スポーツにおいて
影響を受けると患部が痛む場合が多い。

息もすでに乱れ
吐き気を催すが、インターバルは与えられない。

リングでのトレーニングが終わると、
リング下にある
サンドバックにパンチを打ち込む
トレーニングである。


ここでビクともしない
サンドバックを前にして、
闘志が沸き上がる。

隣にいよいよ
相手となる王者が登場したこともまた、
さらにダモシの闘志に火をつけた。


何度もジャブ、ストレート、フックを
サンドバックに打ち込む。

サンドバックを揺らし、威嚇する。


<俺は本気でやるぜ>

それをもってして相手に意志を伝える。




最初の段階から
全開で飛ばしているトレーニング。

アッパー、そして痛み腫れる左で、
おそらくリング上では使わないであろうと
自分で判断していたフックも復習する。

<フックは、Just In Caseだ>

リングの上で不意にきたチャンスに
フックを放つかもしれない。


身体に覚えさせておくことで、
それが不意に出せるかもしれない。

ジャスト・イン・ケース。
念のため、一応やっておこう。という算段であった。

が、これがのちに奏功する。


この段階でさらに
身体は疲弊していた。水分を補給した。




bx4.jpg
    

バンテージを巻く。
これもまた明るい色である。

巻かれていくにつれて
徐々に恐怖がふくらむ。

手が塞がれてゆく恐怖である。



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bx6.jpg


トレイナーの指導を受けていく。
パンチング・ミットに向かう。



    

リング下におりてのトレーニング。
相手となる王者の姿を目にして、
勢いが増してくる。


bx7.jpg

bx8.jpg

bx9.jpg


パンチに体重も乗ってきた。
クルーザー級の
重いパンチを何発も放ち威嚇する。




■そして、リングへ。




bx10.jpg

<やるのか?>。

いよいよ王者と邂逅。
互いに、にじり寄る。笑顔は、ない。
リング下から闘いは始まる。
この時点ですでに左肘はドス黒く腫れている。



bx12.jpg

リングへ歩を進める。
ロープをくぐったら、戻ることはできない。

<やる前に
 負けること考えるバカ、いるかよ>
とあらためて刻み
リング・イン。


bx11.jpg

この時点で
緊張などはまるでない。自信は未だにある。




リングに上がるのは
レフェリー役のトレイナー、
ダモシ、そして相手となる王者。

ニューヨーク州の
WCミドル級アマ王者である。

アリなど
過去の世界王者よろしく
アマチュアのゴールデン・グローブを経て
のちにプロ入りする逸材であり、
同ジムの筆頭ボクサーである。

背丈はほぼダモシと同じ。
が、筋肉と身体のハリは雲泥の差である。
バリバリの二十代前半。


待ち構える余裕の王者。
ダモシはロープを跨ぎリング・イン。
マウスピースが装着される。


不馴れなマウスピースに動揺し、
嗚咽するダモシ。リバース病の発症である。
歯科医院での歯科治療による
トラウマに端を発するダモシのリバース症候群。


これは
口内に歯科治療器材が入ってくることで、
嘔吐物はないものの
「うぇっ…」と嗚咽してしまい、


酷い場合は
それの連鎖によって
呼吸が困難になり、

心臓の鼓動も乱れて
目眩などを併発する病である。

医学的には"反射"というらしい。


精神的な面が大きい病ではあるが、
トラウマはほぼ解消できない。

トラウマから起こる病というものは
ある意味で不治の病である。

リバース症候群に苛まれている日は、
口になにも入っていない
状態であってもリバースする。


だからガムなどをつねに
口内に入れておかなければならない。

味のあるものを常に
口の中に存在させておかなければ
大変な事態になるわけである。

その持病をもつダモシにとっては、
マウスピースは致命的である。


それがトレイナーの手によって
口に運ばれようとしたとき、
己が口をあけた途端にリバースした。

がしかしルールはルールである。
これを装着しなければ闘うことはできない。
必死にリバースを堪える。

リバースしながらも
必死にそれを噛み、口の中でバランスを整える。
呼吸ができなくなる精神状態に陥るのである。

このままではボクシングどころではない。

 



しかしリバースは
リングに上がった途端、恐怖に包含されて消えた。

手にグラブをはめる。
その行為は、手をグラブが塞ぐのと同義である。

人間がふだん
自由に操ることのできる手。
それを封鎖されるわけである。

グラブをはめられたときの恐怖は、
もうここからは逃げられない
という最後通告を
突きつけられているかのようであった。


ここから逃げるためには
迫り来る恐怖を
己の拳のみで淘汰しなければ術はない。


<オフェンスこそ、最大の防御なり>
の根本的マインド発生の所以のひとつが、
ここにある。





グラブで
手を塞がれているということは

相手を投げたり掴んだり
倒したりすることができない
ということであり、


プラス
ボクシングにおいては
キックすることは禁止である。

己の
グラブをした拳だけが、武器となる。


その状態で
ボクサー
しかも黒人でアマ王者相手に
同じ土俵に上がる。

これは恐怖である。

が、その恐怖の後ろはるか彼方には、
快感と恍惚がわずかに見えていた。


打ち勝て。
そして、快感と恍惚を得るのだ。

そういった指令が、脳から発せられた。







王者が歩み寄る。
左手を差し出す。

互いのグラブを合わせて、
フェアに闘う挨拶を交わす。

ゴングが鳴った。

果たして
三分間という1ラウンドは
観ているときに感じるそれと
実際にリングの上では、

いかように異なるのであろうか。

身構え、王者と向き合った。

リングの周りは静まり返っている。


リング下からは
ジム所属の白人ボクサーが、

道場破りに来た
外様ダモシの姿を
蔑むように見つめていた。


その顔はまさにミルコ・クロコップであった。

ミルコは
<やっちまえ>と言わんばかりに、

そして
<何かヘタなことしたら、
 俺が出ていくぜ>

的な目つきで睨みを利かせていた。



bx13.jpg



不測の事態が起こった
場合のダモシ側セコンドは、

クリエイターで身長190cm近い
日本人男性と写真家の二名。

とはいっても

ダモシ&クリエイター&写真家
vs.
元プロの黒人トレイナー&王者&ミルコ

の六人タッグになれば
明らかに分が悪い。

不測の事態が起こらぬように
しつつも、

当然
相手への仕掛けや挑発は
しなければならない。

闘いだから、だ。






*****






bx14.jpg


互いにリング中央に歩み寄る。


自然に無意識のうちにリングの
その中央に歩み出てしまう性は、
リングという存在がもたらす
アトモスフィアの為せる業か。


筋骨隆々の王者が岩のように見える。

リング下で見たときには、
身体的な厚みも身長も大差ないと思われた。

体重でもダモシが上回り、
したがってクラスも上になる。

チャンプはミドル級、
ダモシはクルーザー級である。


が、むろんその数値的な差は、紙一重。

問題は
リングで向かい合ったときの、
人間としてのインパクトである。


ビジネスのミーティングでも
恋愛関係でも、
人間同士が向き合う場合
その大小ではなく
滲み出るオーラによって美しくも見え、
大きくも見える。

格闘技の場合は
向き合ったときのオーラは、
己が強く見えることが重要になる。

大きさや
すべてを飲み込んでしまうようなプレッシャー。


 


そして、眼である。

<眼で殺せ>。

格闘技あるいは
スポーツにおいて
一対一で対峙する場合、
それは重要なことになる。


王者と向き合い、ただならぬ殺気を感じた。

身体的な威圧感のみならず、
やはりその眼である。


ヘッドギアの奥から、
黒い肌の点でギラリと光り睨む眼。


明らかに
<ヘタなことをすると、一発かますぜ>
と言っている。

が、こちらも負けてはいられない。

睨みを利かせる。


アントニオ猪木よろしく鋭い眼光で睨み返す。
顔面を強固に両手でディフェンスし、窺う。



bx15.jpg



なにもしないのに、
その睨みとフットワークだけで
こちらに
なにもさせないプレッシャーをかける王者。

どの距離に詰めるか。
どの距離ならパンチをかわせるのか。
どの距離なら己のパンチを放てるのか。

パンチをかわされて返しがくるとすれば
どこに来るのか。

瞬時にすべての事態を考えながら、
相手との距離感を計る。

互いの、
己が懐の空気感を発散し合う時間でもある。

同時に
眼でも闘いはつづく。

眼力の構図を支配するのは、いずれか。
その眼で、あるいはいかなる罠を仕掛けるのか。

ここからいよいよ
パンチをいずれが先に放つか。

そのせめぎ合い、探り合いが始まった。

じりじりする瞬間、
きりきりする時間が、
静かなリングを支配してゆく。






*****






パンチを軽く出すフリをして、
さらに睨みを利かせる。


いかん。
これでは、なにもできぬ。


<手を出せよ>

己が己に言い放つ。

<いいから、手を出せ>


トレーニングで教わった通りに
左ジャブ二発、右ストレート一発。
このルーティンを、三連発する。


必死にパンチを放つ。

すべて、かわされる。

それも弄ぶように、
ギリギリの時点で身をかわす王者。

これだけで疲弊する。

パンチを放ち、かわされる。
これだけで精神は疲弊し
脳がそれを察知すると、
それは身体的なダメージとして
のしかかってきた…。






*****





<眼で殺せ>


睨み合いで負けてはいけない。

はじめて向き合う
ファースト・コンタクトで
がっちりガードし、
そしてガンをつけるダモシと王者。

bx16.jpg



隙を見せてはいけない。
その眼の力で
<真摯に闘うぜ。本気だぜ>と相手に語る。
リング中央で距離を計り、円を描くふたり。





<異種格闘技戦ポスチャー>



bx17.jpg



異種格闘技戦における
アントニオ猪木のポスチャーよろしく
身構えるダモシ。


これはどう見ても
ボクシングの構えというよりは、
ボクサーを相手にした
レスラーのポスチャーともいえる。


しかし仮にこれが異種格闘技戦で
己がレスラーであれば、
この状態から
やはりまずは猪木のように
スライディング・ローキックを放つと
感じられた。

通常にローキックでは
上体が起きたままになるからして
ボクサーのパンチを食らいかねない。
大きな危険がある。

安全策としての
適確なオフェンスを考えれば、
やはり猪木がアリにやったような
スライディング・ローキックが
有効であると考えられた。



猪木vs.アリ戦における
猪木のローキックは、

がんちがらめのルールの中で
あれしかできる技がなかったこともあるが、


そうではなかったとしても
ボクサー相手に闘う場合、
序盤はやはりああいった
スライディング・ローキックで
臨むことが妥当に思えた。


"アリキック"の意味が、実感として
理解することができたのである。


特に一発のパンチで
致死を及ぼすボクサーのパンチを
前にしては、
それがもっとも安全である。

ボクシングをやってみて、
ボクシング側から感じた部分も交えた
上での
猪木vs.アリ戦に関する考察に対して
ダモシが新たに得た感覚は別途掲載する。



ヒットしなくても、
パンチを食うことはない
スライディング・ローキック。

これはいずれにせよ
安全且つ、有効な技である、と。

ただしこの写真の体勢の場合のそれは、
相手の左足に対してではなく
右足に内側から切り込むように
放つことが効果的であろう。




しかし、このリングはボクシングである。





*****





何度かパンチを放ったのち
ペースを掴んできたダモシ。

王者のガードが下がり
両足が揃った一瞬、囮的(オトリ)な
左ジャブを伸ばす。



<あ。これは当たるぞ>。

そう感じた。


が、
王者はそれをギリギリまで見切って
最後の瞬間にかわした。


以下の写真は、
上から下へ拡大画像である。



bx18.jpg

bx19.jpg

bx20.jpg


一番下の写真にあるように
顔面をとらえる最後の瞬間、
この状態から王者はパンチをかわした。


絶妙のタイミングで
放ったと思われたにもかかわらず
かわされたパンチに、

ダモシは大いに疲弊し
精神的なダメージを負った。

王者の眼は、
しっかりとダモシの左を見ている






(後編につづく)









posted by damoshi at 16:13| 体験的ジャーナリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

<緊張>と<上の空>│ノーゲイン、ノーペイン:米ボールパークでの始球式








今宵、
北京五輪が
女子サッカーを皮切りに開幕した。

オープニング・セレモニーは
ニッポン時間の土曜日。


そして来週、

今回の五輪で
ダモシが最も気に掛けている<ニッポン野球>の
闘いが、

キューバ戦から台湾、オランダ、韓国を相手に
連日展開される。




最も好きなスポーツは、何か。

そう問われたら
ダモシの回答は、<野球>となる。

五輪では最後の野球。

金メダル期待派とそうではない派に
分かれるところであろうが、

ダモシとしては
スリリングなゲームを期待すると同時に

むろんニッポンを応援する、と。



野球に関しては、

<プロ野球>には
何度も書いているように大きな興味はない。

ただしそれは
サッカーと比べれば
大きな興味はある。

あくまでも
<メジャー>と比べてしまうと、
メジャーを米で観てきただけに
<プロ野球>には大きな興味は持てない
という意味である。



だが、

野球における対世界
という意味になると、


<ニッポン>への多大なる興味と応援心が
自然と芽生える。


それは二代目ダモログ誌上における
WBCに関する寄稿や
昨秋の五輪予選でのそれを読んだ方なら

周知のことと思われる。



来週の北京五輪・野球。
ニッポンvs.キューバ戦以降の野球中継は、

ふだん
まったくといって良いほど
ニッポンのTVは観ないダモシとしても

TVに釘付けになることは
想像に容易く、

後輩とまた
恒例のLIVEやりとり掲載が行われるであろう
と想像するところである。









*****








その野球に限らず、

ダモシはヤングボーイ時代から
米を好んで、米の文化に触れてきた。


映画、音楽、文学
そしてスポーツ。


米の、いわゆるベースボールへの憧憬。



ヤンキー・スタジアムほど

自身が訪れたスポーツのスタジアム、アリーナ、
ボールパークの中でも

異次元の特殊なオーラを感じ得た場所はないが、


その
ヤンキー・スタジアムで
米国国歌斉唱することが

一つの夢だった。


米国国歌を唄ったデモテープを作成。
拙い英語でのレターを認めて
東京から海外郵便で郵送した若き日のダモシ。


その願いは叶うことなかったが、

米ニューヨーク在住時代には
数多くの夢の実現を果たした。



その中の一つで、筆頭格。


それが
マイナーリーグではあるものの

米のボールパーク

且つ
愛するニューヨーク・ヤンキース傘下、

さらには場所はニューヨーク、


という

今から遡ること五輪イヤーの四年前の夏の

スタッテンアイランド・ヤンキースの
ゲーム前の始球式


である。






米における
スポーツの一流選手との邂逅。


そして直接対決することでしか
得られない緊張感と発見をもとに
描いた雑誌掲載の連載シリーズ


<パーティシペート・ジャーナリズム
 〜体験ルポ>

シリーズの、


それは原点ともなった試み。



アテネ五輪開幕直前の、あの夏。

ダモシは夢を叶えて
米国のボールパークのマウンドに立った。




当ダモログでは今後、
カテゴリー<スポーツ>において

<体験ルポ>の数々を
復刻及び加筆修正並びに未公開写真を加えて
再構築しての

掲載をしていくが、


まずは
正式な<体験ルポ>ではないものの、

それにつながる原点ともいえる



<米国ボールパークでの始球式>


を掲載する所存である。



旧ダモシ公式サイトでも公開していたが
文章は新規、写真も未公開画像をもってして
構成する次第である。








*****








結論から書きたい。



当時、
雑誌にダモシのコメントとして掲載された
始球式遂行後の台詞である。





<アメリカのボールパークで
 始球式ができるなんて、夢の世界。

 あそこに立っていると、
 ふわふわと、
 まるで自分の身体が浮いている感覚だった>。




飾り気のない台詞である

と、いま振り返っても感じ得る。



それだけ、ピュアに喜んでいた
充実感を覚えていたということであろう。


むろん、今でもその感覚は覚えている。






事の発端は、
同ボールパークの取材であった。


プレス向けに開催されたイベント。

それでボールパークを訪れて
広報担当者と面識を持った。



SIヤンキース側は、PRする必要があった。

ダモシは、夢を叶える好機だったと同時に、

これも己が夢の実現として
立ち上げたメディアのアピールも必要だった。



双方の欲求が合致した。
<win-win situation>が、そこにあった。



ダモシの行動は早かった。


その翌日か、二〜三日後、
その前年秋に生まれて今だ一歳になっていない
ジュニアの、生まれた病院での検査へ向かう

友人女性がドライブする車中から
広報担当者へ携帯で電話をした。



そして<始球式>へのトライを求めた。


広報担当者の仕事も迅速だった。

双方のメリットが重なった。

<始球式>の舞台は整った。








*****









98年、秋。

渡米のため、

ダモシは
自身が主宰して
プレイング・マネジャーだった
2つの野球チームから引退した。



以来、6年間。

ダモシは野球をプレイしていなかった。



<やれんのか! お前>

そんな内なる声が聞こえてきた。



ゆえにダモシは前日、
自宅近所のプレイグラウンドで

100球の投げ込みを敢行した。





<よし、大丈夫だ!>

<あとは、往けば分かるさっ、だな>


と、


地下鉄を乗り継ぎ、

スタッテン・アイランドへ向かう
フェリーに乗り込んだ。





セコンドは
ワイフとジュニア。

当時のジュニアは生後十ヶ月。

現地のボールパーク前で待ち合わせた
セコンドは、

カナダ人写真家と
ダモシのビジネス上の右腕的存在だった
"NYの聖母"。


そして、広報担当者。




軽く打ち合わせ。

そして写真家はセッティング。
聖母とも打ち合わせ。


チームから提供された
SIヤンキースのユニフォームに袖を通して、
グラウンドで待機するダモシ。


グラウンド、スタンド各所では
試合前のエンターテイメントが行われていた。








人間には、緊張するタイプと
そうではないタイプの二通りがあるだろう。


ダモシは
比較的後者に属する。


だが、人並みに緊張はする。

しかし
同じ緊張であっても、

小さなことで緊張せざるを得ないニッポンとの
大きな差異だが、


米では
大きなことであっても
緊張することなく遂行することができる
不思議な環境とアトモスフィアがある。


ここがまた

ニッポンと米の
大きな違いの一つでもあるのだが、


簡単なことを難しく考え
物事を複雑化してしまうニッポンと

大変なことであっても
イージーに考え、物事楽しもうという
根本的なイズムの強い米。


分かりやすく喩えるとこうなるのだが、

これは
米で暮らしてみればすぐに分かる顕著な一例である。


それほど、違いがある。

これはハッキリと善し悪しである。

むろん米のアトモスフィアが良い。



そして
それにフィットする人は、

メジャーリーガーでもそうだが、

ニッポン時代よりも
イキイキとして甦るプレイヤーもいるのは

そのせいでもある。

ドジャースの斉藤しかり、である。


逆に
そういうものにフィットし得ないタイプ

〜それをダモシは、二年前から
 <ケイ・イガワ>であると断罪していた〜

もいて、


特に
そういった苛烈さの顕著なニューヨークでは


<合う or 合わない>は

端的に結果として表れてしまうのである。






むろんダモシは合っていた。

だから
あれだけ長期に渡り暮らし、

且つ
今でも移動祝祭日として
苛烈なる愛情を持っているわけである。





米の選手が五輪や世界選手権などで強いのは、

上述したような

リアルな意味で<楽しむ>術を心得ている
からでもある。


大舞台でこそ、力を発揮することができる
精神性。


これは間違いなく、米の風土で構築されるものである。

逆に、ニッポンでそれは育まれない。
まず不可能である。
その点はギブアップした方が良い。


ニッポンでそれを育む場合は
<個人>で鍛えることのみが、救いとなる。






さて、あのときのダモシ。

緊張はしてはいた。
そんなことは当たり前である。


米のボールパークのマウンドに立つのだ。
緊張しないわけがない。

だがしかし、
もっともっと小さな事柄であっても
ニッポンにいた頃は
緊張していたケースはあった。



それらと比較した場合、

あのときダモシは

忌憚なくいえば
まったく緊張していなかった
といえる。



緊張の種類が異なる。

そして、緊張よりもワクワクが勝る。

そういう意味での緊張である。





その一方で、


<緊張>と<上の空>は紙一重、

あるいは表裏一体である。

それを感じたのも確か、である。





それはどういった部分で感じたのか。









*****








■観客の声援やパーク内のマイク、係員の指示


これらに
ダモシの耳と意識はまったく向いていなかった
のである。


それは、後からビデオを観て
ダモシは理解したのである。



いかに、<上の空>だったか。



マウンドへ歩みを進めたダモシ。

それと同時に
機転を利かせた
ボールパークのアナウンサーが
マイクで語る。



<始球式は、
 ○○誌の編集長、ダモシィ〜!>

と。


しかし現場では
ダモシはそのアナウンスは聞いていない。
聞こえていない。


ビデオでは、はっきりと聞こえている。


律儀な観客は、
ガイジンのダモシにさえも快く
歓声と拍手で迎えている。


これも歩いているダモシの耳には
入っていなかった。



そして係員は、
アナウンスと歓声に対して
応えるようにと
ダモシに指示を出している。


手を挙げて、歓声に応えなさい、と。


だが、
係員のsuggestionも
現場のダモシには届いていない。

ビデオでは
ほとんどダモシの隣で
係員はその指示を出していた。





ダモシが、いかに<上の空>だったかを

如実に表すストーリーである。




そして
マウンドのダモシはニコニコ笑っている。

己自身は
あのとき、その意識はない。


ただただ、
思い切って最高のボールを
キャッチャーへ向けて投じるのだ!


という想いしかない。


だが、

実に楽しそうに
ニコニコ笑っている。






さらには、

想い描いた通りのピッチング・フォームと
ピッチングをすることができなかった

という結果。


力の入れ具合に、微妙な誤差が生じたという結果。


それは
ビデオを観て分かったのだが、


完全に

<投げ急いで>いた。




それは始球式を終えて
観客席にいる
ワイフとジュニア、
そして並んで座る他の日本人たちの元へ

近寄っていった際に

拍手で迎えられたと同時に、

ワイフが述べた一言が顕著に言い表していた。




<急いで投げていたね>。





ダモシのピッチング。

それは
完全に、ボールがすっぽ抜けた。

なぜ
すっぽ抜けたのか
その原因は分かっている上に、

仮にも野球をプレイしてきた者として
そうならない術は得ているにも関わらず
すっぽ抜けた。


その
<すっぽ抜けた>ということだけは、


現場のダモシもリアルタイムで感じたわけだが、



ワイフの
<急いで投げていた>発言と、

ビデオで観た己のポスチャーで証明された
<投げ急ぎ>の合致と、


それに現場のダモシは気づいていなかった

コントロールできなかった


という誤差は、


やはり


<上の空>だったことを如実に表しているわけである。








<緊張>していたから
<上の空>になった、という考えもある。


正解でもあろう。


だが、
ここでの<緊張>は
ニッポン的なそれではない。


意味は分かって頂けると想像するが、

完全に語意の異なる<緊張>が
あのときのダモシを支配していたわけである。










<夢の実現>。

それは
尋常ならざるワクワク・ドキドキが
目前にあり、

それゆえの
ニコニコ発露につながるわけだが、

そこに
<種類として最高の、緊張>があることで


<上の空>に至り、


良い意味での
コントロールが利かなくなる、と。




だが、

ときに、

そういう状態こそが
自身最高のパフォーマンスを演出することもある。

逆に
思い通りのパフォーマンスが
できなかったとしても、


最高の愉悦の時間を享受することが
できるということだけは、



間違いないのである。






それを得るために

オールウェイズ、トライする、と。


トライなくして、愉悦なし。


夢は描くものではなく、実現するものである、と。

実現するためには
失敗を恐れずにトライすることである、と。




ニッポンでも
ダモシはそれをしてきたが、


米は
そういう行為を後押しする

全体的なアトモスフィアが長けている。



これもまた、間違いないことである。




一度、味をしめたら
夢の実現やトライの難しいニッポンであっても
常にトライすることを怠らなくなる。




夢や自由を求めて旅をすることは、

必然的に何かを犠牲にし
且つ何かを失うことでもある。

厳しくいえば
それを承知の上で、リスクを回避せずに
やってみて、

うまくいった場合は
巨大なる心の財産を得ることはできるわけである。



犠牲と喪失と多大なるリスクと
夢は表裏一体である。


それを理解した上で、
オールウェイズ、チャレンジするか否か。




それは人、それぞれである。








得られる味は最高ではあるが、

その代償は
<死ぬぜ…><終わりだな…>レベルに至るほど
大きいことも間違いない。


反対でいえば、


失うものは最悪級に大きいが、

それによって
得られる味は
<人生はかくも素晴らしい>と思えるほど
絶大であることも間違いない。



どちらを主体に物事を考えるか。

これも人、それぞれである。





これらは

幼稚なダモシが
米で学んだことの一つである。







以下、写真群で追っていきたい。











:::::








<始球式>以前の時代。

すなわち
未だワールド・トレード・センターが在った時代

このボールパークからそれが見えた時代

から

ダモシはこのボールパークに
通っていた。


それこそ
猫も杓子もメジャー
になる、ずっと以前のことである。


誰もニッポン人は
マイナーには目も向けなかった時代である。


当時、既に某メディアに
<ニューヨークでマイナーリーグ!>
として記事を書いている。




si18.jpg

(マンハッタンを望む。WTCが見える)





ニューヨークは、
このスタッテン・アイランド以外にも、

大都市部でいえば
ブルックリンにもマイナーリーグがある。

ダモシ在住時に
ブルックリン・ドジャース以来となる
ブルックリンのチームとして
新たにブルックリン・サイクロンズが
誕生したのである。

そちらも取材やプライベートで出かけた他、

ニュージャージーの
独立リーグ等も観戦に足繁く通ったものである。







si16.jpg


いよいよフェリーで
スタッテン・アイランドへ渡るダモシ。

自ら記録ビデオを回す。






si17.jpg


ボールパークのエントランス。




si14.jpg

si15.jpg


ゲームのない日。ボールパークにて取材。
当時のオーナーにインタビューした。






以下、始球式関連写真の撮影とcopyrightは、

Mr. Chris BoyleとMs.Lindsey Kay。






si5.jpg


米国国歌斉唱。

政治的イデオロギーなんぞ、関係ない。

米の
プロ・スポーツのゲーム前の
国歌斉唱が

ダモシは大好きである。

メジャーの
オールスターや
ヤンキー・スタジアムでのプレイオフ等、

ビッグ・ゲームになれば
空軍の飛行機が飛来する。

それらへも現場へ出かけたが、
スタジアムやアリーナ、ボールパークでの米国国歌斉唱と
空軍機の飛来の
超次元のダイナミズムは、


今もって、興奮と驚嘆を覚える。

スペクタクル性とダイナミズム。
これはもう
どう足掻いても米には敵わない。


アレを体感してしまった以上、
不治の病にかかるのも致し方なく、


ダモシの後輩の一人も
毎年の米遠征であるが
(一昨年、メジャー全球場制覇に
 ダモシは同行して立ち会った=フロリダ)、


二日後には彼はまた米へ旅立つように、


彼もまた不治の病にかかっている。





そしてあのとき。

ダモシは
まさに夢叶い、

己がグラウンドに立ちながら、

米国国歌を聞いた。





si6.jpg


si2.jpg


(国歌斉唱を聞くダモシと観客)







そして、始球式。





si1.jpg



<さあ、いくぜ? 投げるぜ?>とダモシ。

既にニコニコ手前の、
どこか嬉し恥ずかしの笑顔か。





si4.jpg



見守るマイナーリーガーたち。


<やれんのか! お前>。







始球式のピッチングの一部を連写にて三枚。

この三枚の後の写真は
ダモシの顔が
本人の思惑と現場感覚と大きくズレているほど、


力が入り、顔が歪んでいて
<みっともない>ため割愛。



si7.jpg


si8.jpg


si9.jpg








ダモシの投球は<すっぽ抜け>、

ど真ん中の高めに投じられた。




膨大にある写真の中から
以上を掲載するところである。




プラスαで、以下を。





si22.jpg


あのときの、雑誌。



そして、
"北"では封印されていた

あのときの品々が今、甦り

R-246の部屋に展示された。




si21.jpg



si20.jpg



ユニフォームは一生の宝物、である。











:::::





以降、

カテゴリー<スポーツ>に

<体験的ジャーナリズム>シリーズが掲載されていく。



■NY州WC王者の黒人とのボクシング対決
■NCAA王者とのフェンシング対決
■米北東部室内最難関ロッククライミング
■世界王者とのアルゼンチン・タンゴ
■東大相撲部道場破りでの相撲対決(ニッポン特別編)
■那須の牧場での、乳牛体験(ニッポン特別編)
■ハーネスレースの競走馬早朝調教騎乗
■NYビッグアップル・サーカスでのクラウン体験
■NYシティ・センターでのバレエ体験
■アリーナ・プロ・フットボールでのフィールド・ゴール体験

その他、初公開モノも含めて、となる。










































































posted by damoshi at 22:32| 体験的ジャーナリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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