2009年09月21日

ヴィヨンの妻






メモリアル・イヤーということで
今年また脚光を浴びている太宰治。


個人的にシンパシィを持てない存在だ。

単に男として、イケスカナイ。


<富士には月見草>
などに代表される氏のワードにも
反目する。


この台詞には

<キミ、富士に登ったことないでしょ>

と問いたくなる。





そんな好き嫌いは別として、

短編として一気に流れるように
読ませる名品として

<ヴィヨンの妻>はある。





villon.jpg




これまた主人公の男(本人がモデルか)が

何とも酷い男だ。


飲んだくれ。

飲み屋に代金は払わない。

妻がありながら
愛人といちゃいちゃする。

喜怒哀楽が激しい。

芸術家(作家)だからという
エクスキューズが
自堕落な生活を過ごさせる。




すべてが、甘えである。


芸術家だからだの
クリエイターだからだの

という隠れ蓑が
ダモシは嫌いなのである。


本当の狂人、あるいは
気狂い人であればいざ知らず。



太宰治=主人公は、

とどのつまり
"煮え切らない男"である。

今でいうところの
草食系男子にも似通う部分があるのか。


草食系のくせに

自堕落で
酒を浴びては乱暴な態度をとるという
似非肉食系でもあるという

ややこしさ。



でも女は皆、

その太宰=主人公に
なぜか惹かれるという二律背反。



女はこの手に弱いのか?

と。


ダメな男の方が得なのか?

と。


そういったジレンマを
同じ男に対して
ややもすれば覚えさせてしまうのがまた

太宰=主人公

のイヤらしさである。





太宰にしても
この主人公にしても

当然どこかで演じているわけだが、

当然どこかニュートラルに
自然児的に
本質的な<ダメな男>でもあるのだろう。



根本的に<ダメな男>でありながらも

質が悪いのは

己自身が己のダメぶりを知っていてなお
それを利用/活用している点である。



そもそも複数回自殺を図っていながらも

己だけがのうのうと助かっている時点で
イケスカナイ奴なのではあるが、

それでも

世の女は太宰を見捨てない。



太宰が乱暴になるのも弱虫になり
赤ちゃん帰りするのも

すべて天然である一方で

その天然部分と同ボリュームの
したたかな計算もある

と感じられるわけで、


そこがまた

深く関わるとイライラするから
距離を置きたくなる。


そんな存在といえようか。




太宰は結局、

自分で狩猟することは出来ないタイプだから、

最終的には草食系ということになるのだが、

草食系/誰かに寄りかかり系
でありながらも

相手が深入りしそうになると
粗暴になったり
乱暴になったりする

という典型的なイケスカナイ奴の素養を
持っているわけである。




よくもまあ、ヴィヨンの妻。


この妻は
あんな男(主人公=太宰)と
一緒にいられるわな

と。


家を飛び出さないよな、と。



しかしこのヴィヨンの妻。

この妻こそ、
太宰=主人公が
あの手この手を用いて
天然部分と計算部分を織り交ぜて


虚実皮膜で
何が何だか分からないぶりを
訴求しても

動揺せずに、


逆にそれを利用して

己が境地を切り開く強さを持っている

という点で見れば、

最終的には女はやはり強く

さすがの太宰=主人公とても

男は皆
女の掌の上で踊らされているだけ


ということが

帰着点として認められようか。







10月10日から映画<ヴィヨンの妻>が

公開される。


観に行くつもりだが、

映画では
妻役を松たか子が演じている。


キャスティング的に
まさにぴったりと思われる。



愛人役が広末涼子というのもまた
ニヤリとさせられる。




映画では出てくるか分からぬが、

<ヴィヨンの妻>の結論は
すべて

妻が吐く

あの名台詞



<生きていさえいればいいのよ>

に集約されよう。




ネガティヴな局面においてでさえ出る

<生きていさえすればいいのよ>

という台詞は、

未だアベックの頃合いは別として

"夫婦"という領域に入った男女でいえば

ほぼ間違いなく
女にしか言えない台詞であろう。




いくら太宰とて、いくら主人公とて

彼ら得意の手練手管を駆使してもなお

女は

<生きていさえすればいいのよ>

と言えるわけである。






太宰の負けだ。



<女には勝てない>。

己が手練手管が通用しないと
分かった時点で

太宰は三鷹で入水したのではなかろうか。




<ヴィヨンの妻>が
その台詞を吐いた翌年、


太宰は愛人と入水し、

今度こそ
己だけ助かるという
ダサダサを回避したことで

リベンジを果たしたのではないか、と。






作品は別として、

忌憚なく

太宰治的男は、嫌いである。




現代において
太宰治的男子がモテはやされるのは、


これまた


おいおい…


と感じずにはいられない。




もはや、今や、既に、
<架空のキャラクター>に過ぎない
戦国武将がモテはやされたり、



今の女も、これはこれでボキャが貧相で



困ったものである。





そんなことでは、

到底<ヴィヨンの妻>レベルにはなれない。





最後に言うとすれば

種類は異なれど、

結婚して長らく夫婦をやっている女は

ある意味で皆

<ヴィヨンの妻>である。





草食系男子が好きだの

戦国武将が好きだのと言っている

"OL"だのは、

まだまだそのレベルにはない。














posted by damoshi at 01:04| ダモシの本棚から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

八甲田山〜死の彷徨





本棚から
前回につづき新田次郎作。


<八甲田山〜死の彷徨>。





hakkoudasan.jpg






映画は公開当時ではなく後から観た。

公開当時は未だ小学生。

それでも
当時のテレビCMその他を記憶している。

なにしろ
映画<八甲田山>を象徴する
キャッチーな台詞である


<天は我々を見放した>の
インパクトは強かったからだ。



三島由紀夫が、

靖国神社にある遊就館に展示されている
戦争で若くして散った
或る人の遺書を指して


その文章を絶賛したが、


人間は

恋愛している真っ最中であったり
生死に関わるシチュエーションを眼前にする
というシュールな中で

ソウルのこもった言葉や文を
発露させたりする。


そこまでいかずとも

例えば
富士登山中の過酷な心身状態の中で
自然と沸き出る言葉に

その人間の、人となりが隠されていたりする。



要するに
現代ではほとんど消滅したであろうが、

求愛のラブレターなどは

ふだんの自分では出てこないような
言葉や文章が生まれ得る

ということである。




災害や恐怖、危機を共に過ごした男女は

恋におちやすい

のも

同じ部類に入るだろう。




平時とは異なるシチュエーションだからこそ

発せられる魂の声。



だからこそ
良い意味でキャッチーであり
シンボリックなのである。


そして

心に残る言葉となる。



作り物の広告コピーとは

ワケも重みも異なるわけである。






そして、

そういうケースでの言葉は

至極

シンプルなものである、と。









*****








新田次郎の

<劔岳>にしても
この<八甲田山〜死の彷徨>にしても

文章はすべてシンプルである。


言葉遊び云々ではなく

展開と
シュールレアリズムが

山岳小説の根本ともいえるだけに、


主人公その他登場人物のヒロイズムに
走ることなく

淡々と人物描写していく点でも
共通している。




その淡々とした人物描写は、

ヒロイズムを助長しない
抑制力を持つと同時に、


一方では

・ダメな奴
・イヤな奴

のダメさ加減やイヤな奴ぶりが

際立ってくる。




通常、善と悪がいて

その善悪の構図を
特に強調することで

読む者への射幸心を煽ったりする
ケースがある。


ヒロイズムが際立てば

対極に位置する
ダメな奴/イヤな奴の
悪さぶりも際立ってきて


対立構図を明らかなものとする。



だが、

<八甲田山〜死の彷徨>においては

そういった運び方/描写手法
(ヒロイズムの設定と過度な描写)を採らずとも

自然に

対極にいる方を

"こいつ、イヤな奴だな…"

"あぁ、こうなるともう組織はダメだな。
あいつのせいだわ…"

と読者に感じさせ、

その嫌悪を助長させる効果を
発揮させている。





悪は悪。ダメな奴はダメな奴。


それを
相対的に見せずして
(善を過度に見せずに)、

露骨に分からせるわけである。





<八甲田山〜死の彷徨>における

悪役は、

壊滅した隊を率いるべきはずだった
リーダーから

組織における格では"上"にある
(ただ単に同行するというだけの
 はずだった)

というだけで

指揮権を奪い

間違った方向へ組織を導いた

男である。




単純にいえば

会社で
<お前に任せた>と言われた課長が
ある事案を部下数名率いて指揮しているのだが、

常に部長が目を光らせていて

本来
その事案においては
任されたわけだから
指揮権とデシジョン・メイキングを行うべき
その課長の

意思決定に対して

いちいち口を出し、

反対意見を述べ、

挙げ句の果てには
己自身が勝手に指揮をしはじめてしまう

ようなものである。





あるいは、
サッカーのジーコ監督ではないが

ロシアのその倶楽部チームの
フロント側が
いちいちジーコに口出しして

挙げ句の果てには
フィールドでのサッカーの戦術まで
フロントが選手に指揮をとりはじめるケース。


さらには
プロ野球の監督が決めるべき
ラインナップや先発投手を

球団オーナーが口出しして

代打を出せだの
先発は誰それを使えだのと

指揮するケース。





こうなると、どうなるか。


組織としての体はなさなくなる。




この事案は誰が任されて遂行しているのか。

それを
肝に銘じずに
その任された者以外の上役が
ああだこうだと口出ししたり

挙げ句の果てには

異なる方向性を指示したりすると

もうそのチーム、組織は
普通には機能しなくなるわけである。




監督が

<ここはお前の一発に賭けるぞ>

と指示したのに、


オーナーがしゃしゃり出てきて

<ここはバントだろ。バントしろ>

と指示するとどうなるか?

ということである。





八甲田山の雪中行軍に就いた部隊は

二つ。


一つの部隊は生き残った。

もう一方の部隊はほぼ全滅。


この差は何か。


<リーダーの差>である。



むろん
ほぼ全滅した部隊のリーダーも

口出ししてきた上役に
指揮権を奪われたことで

本来の己の戦略を遂行できなかったわけで

同情の余地はあるが、


本来的に強いリーダーたるもの

いくらそうはいっても
ああだこうだ言ってくる外野の声を
封印もしくは力で凌駕するくらいの

ダイナミズムを持たなければならない。


ほぼ全滅した部隊の

リーダーの弱さ



リーダーから指揮権を奪った上役の
センスのなさ



大失敗の要因の中でも
最大に位置するものである。




ということが、


淡々と描かれる小説の中で
露骨に表されているのである。




<八甲田山〜死の彷徨>は、

ある意味で
へたなビジネス書よりも
まともなビジネス書であり、


日常的には

ややもすると
忘れてしまいがちで

何でも口出しして
ああだこうだ言ってしまう上役にとっては

戒めの意味でも

読書することが賢明である
作品といえよう。






荒れ狂った白い悪魔・八甲田山の様子。

死に往く隊員たちの様子。



それらの描写は山岳小説の権威、新田次郎の
面目躍如ともいえる
迫力と、

あまりにも淡々とし過ぎてるがゆえの
恐怖のエクスポージャー。




長いが、長さを感じさせない作品となっている。




映画も
<劔岳>に等しく

展開や台詞含めて
かなり原作に忠実に作られたのだな



感じさせる。







それこそ

"そもそも"

今の時代で考えれば、

わざわざ
真冬の八甲田山の
雪中を行軍するなどという
アイディア自体が

阿呆

と言わざるを得ない。



リーダーから指揮権を奪った
おたんこなす上役の、

八甲田に精通している
地元の案内人すら拒否して強行するという
選択眼と見識の欠乏

などなど

嘲笑と失笑を禁じ得ない。




現代の
真夏の富士登山でさえjust in caseで
様々なリスクヘッジをした上で登るわけである。


真冬の、零下40度に猛吹雪の八甲田を
それなりの装備もなく
案内人もなく
やみくもに精神論だけで行軍するという
行為は、

ハレンチ

と言わざるを得ない。




だが、それが昔の
(戦前戦中などの時代の)ニッポン

だったのであろう。





おかしいと思っても
おかしいと言えない。

間違っていると感じても
それを己の中で飲み込んで
消化してしまう。



これは一部には美徳とされるが、

一方では
意気地なしであるといえる。



ましてや生死がかかった状況においてなお

自身から
指揮権を奪い
へんてこりんな指示を出し続ける上役に対して


強行に


<俺がリーダーだ>と言えなかった
神田大尉の

意気地なしぶりは

反面教師として

この小説で感じることができるだろう。





シビアだが、忌憚なくいえば、


この神田大尉
(映画では北大路欣也)の



<天は我々を見放した…>は、

心の叫びであることには違いないが

結果論としてではなく

もう途中で
指揮権を奪われることに甘んじた時点で
こうなることは予期されていたことも
鑑みれば、


神田大尉自身の弱さがすべてであり、


ゆえに

<天は我に罰を下したのか…>

と言っても良かったのではないか

とも考えられるわけである。





天が見放した云々以前に、

神田大尉自らが

己がリーダーシップによって
必ず全員無事で
この雪中行軍を遂行するのだ

という

強い意志と決意をもって

臨んでいたならば、



結果は異なったであろう。

















posted by damoshi at 20:53| ダモシの本棚から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

劔岳 <点の記>






久しぶりの
<ダモシの本棚から>カテゴリー掲載は、

先般
<映画>カテゴリーで取り上げた
この夏の映画<劔岳 -点の記->の原作小説。


山岳小説の雄・新田次郎の長編だ。



文庫本で362頁、

本編の後の
作家本人が取材のために
劔岳に登頂したことを記した部分が

42頁もある。



だが、長さは感じない。

そして飽きさせない。


映画も同様だが
こういったチャレンジングな所作を
取り上げたにしては

淡々と進行する。

劇的なパートが度々登場するわけでもなく、

読者を感激させようという
下心がない。




映画も小説も、

大人の作法が現れている。


ひとつにはそれは
主人公と
それをサポートする案内人の

明治の男の武骨さと無口さ

淡々と
己のミッションを遂行する
というスタイルがあり、


それを表現したからであろうか。





nittatsurugi.jpg





新田次郎と山岳小説。


多くのクライマーにも
影響を与えている作品が多いようだ。


ある雑誌の読者アンケートで

その新田次郎の山岳小説の中で
好きな作品を問うものがあった。


一位から四位まで順に、

<孤高の人>(舞台は槍ヶ岳ほか)
<劔岳 <点の記>>(舞台は劔岳)
<強力伝>(舞台は白馬岳)
<八甲田山 死の彷徨>(八甲田山)

となっている。



劔岳 <点の記>は二位に入っているが、

これは
アンケート時期と映画公開予定が
重なっていたという
時期的な関係性はあろうが、

それでも人気の高い作品であることには
違いない。


この中では

<八甲田山 死の彷徨>は映画は観た。

本も持っているが、
未だ読んではいない。




一位の<孤高の人>は、

新田次郎に限らず
すべての山岳小説の中でも

井上靖の<氷壁>などを抑えて
読者投票で第一位になるなど

圧倒的な支持を受けている。



いずれ読んでみたい。





映画の後に小説を読んでみたわけだが、

原作となっている小説を
映画化した場合、

古くは

<優駿>のように

いささか深みのない作品に陥るケースが
往々にしてある。


小説の奥深さを

約二時間という
時間軸の映画に集約するのは

難しいであろう。



この劔岳に関しては、

映画の後で小説を読んでも

映画に対する
深みのなさは微塵も感じなかった。


なぜなのか。



一つには、

映画が小説の進行に沿って
製作されているからとも考えられる。


すべてではないが、

台詞にしても

展開にしても

登場する人々も

アクシデントも

映画で見た流れと
小説が

ほぼ同じなのである。




これは、

映画が

小説の流れと進行を重視して
作られたことを示しているといえる。



キーとなる台詞も、同じ。


しかし微細な部分に
映画が見事な味付けをしていることにも

気づくのだ。




<ああなるほど。ここを、
 映画では、あのようにしたのだな。

 たしかに映画になれば、
 あのようにした方が良いな>


と感じられるのである。




小説としての<劔岳>も
もちろん面白いが、


小説を読めば、

より

映画<劔岳>の作り方の上手さが

感じられるという

レアなケースともいえようか。








本編終了後に延々と続く

作者自らの
劔岳登頂記ともいえる

<越中劔岳を眺めながら>

では、


本編で見られる
新田次郎の淡々とした描写と
変わりなく描かれているのだが、


それでもやはり

どこかで

己自身が登ったという
意識の高揚感は

文章の端々から滲み出ていて、

子供っぽさも垣間見せられる。



なにせ、

本編の後だけに
この登頂記がやたら長く感じられるのである。



それでも、

これだけの長編を仕上げたご褒美として
本人の登頂記を
長々と掲載するのもまた

良いだろうと思う一方で、


自身の登頂記に関しては

どちらかといえば
文字のみではなく、

ヴィジュアルも伴っている方が
ベターではないか

〜よりリアリティをもって伝えられる〜

とも感じるところであり、


ダモシは正直

この登頂記は飛ばし飛ばし読み

重要と感じられた箇所
(実在した登場人物のその後や
 子孫に聞いたその人物の実像など)



より注読したわけである。






:::::



<劔山 <点の記>>

新田次郎/1977年。



この年は、
王貞治が世界記録の756本塁打を達成した。








posted by damoshi at 02:45| ダモシの本棚から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

<本棚から>-2:なんとなく、クリスタル









高校時代に
好んで読んでいた雑誌。



POPEYE
Hot-Dog PRESS



週刊プロレス
NUMBER


が主だったところだった。



前二者は
70年代後半から80年代

(ダモシの中学〜高校〜大学時代)


雑誌自体としての
全盛期であったと思われ、


上は大学生から
下はダモシのような中学生、高校生の
男子に影響を与えるに値する
存在だった。



後二者は、

週刊プロレスは

いわゆる
一般層も含めた
プロレス人気
(猪木、タイガーマスク、長州力らが牽引した
 視聴率20%overの80年代中期〜後期)

に乗り
ダモシが高校三年生の時に
創刊されて人気を博した。



NUMBERは
未だMLBやサッカーに
陽が当たるかなり前の時代で、

中学時代の創刊時から

その切り口に工夫が見られた頃
(一般的にメジャーなMLBやサッカーに
 偏重するまで)


よく読んでいた。






そういった

いわゆる愛読誌は、


小学生の頃からの
愛読紙のひとつである"東スポ"
とは異なり、


年代を経て変化した。




POPEYEとHot-Dog PRESSは
高校を出るともう
読まなくなり、


大学になると

ESQUIREやSWITCHに矛先は向かった。


週刊プロレスは辛うじて
渡米まで(アントニオ猪木引退まで)
コンスタントに読んでいたが、


NUMBERは
サッカー特集が増えるにしたがって
遠ざかっていき、

自ら
米で実際にスポーツを取材したり
書いたりするに至り、

ほとんど読むことはなくなった。



それは

渡米前の最後の98年と
十年後の今年の
スポーツ新聞を購入する頻度
(激減)を鑑みても、


クリアな傾向だ。











*****









冒頭で記載した

二つの雑誌、

"POPEYE"と"Hot-Dog PRESS"を

読んでいた中・高校時代。





この、どこかで


<なんとなく、クリスタル>

を購入して、読んだ。





本棚にある現物は、初版。


1981年の、ものである。








この小説の冒頭で登場する
アイコンの一つが、


<FEN>。





主人公の女子大生は

目覚めたばかりの
アンニュイな状態で

ベッドから手を伸ばして、

FENにプリセットしたチューナーの
ボタンを押す。





ここから

このストーリーは始まる。






既にビリー・ジョエルを好み
ニューヨークに憧憬を抱いていた
中学生である。


一方で
ボズ・スキャッグスなどの
AORへ

高校時代は趣向が向かい、


クリストファー・クロスなどが来れば

武道館へ飛んでいった子供である。




<FEN>も、"普通に"聴いていた。


"普通に"知っていた。



それは
オトナになっても

当たり前のこととして

理解していた。








"北の某"で驚いたことは

様々あるが、



一つには

同世代と同時代性を
まったく共有できなかった点である。



まったく

カルチュラル
エデュケーショナル
エンターテイメント

等の要素で、



ニッポンや世界のアイコンや事象、

その他において

話が弾まないといふか、


話にならなかったのである。






そういったこともまた

一つには

<ああ、あそこは日本ではないから>

という論理になる所以でも
あるわけだが、


話の辻褄が合わない国
というのもまた希有で、



通常は、


世界の話題も
ニッポンの話題も

ある意味で酒の肴としてもそうだが、

カルチュラルな共有はあろう。




<ああ、そういえばあの時代は>等々。




なにも囲碁や将棋、卓球のような

限定的なジャンルでの
話ではないわけだから。





とりわけ驚いたのが、


"北の某"で
ほとんど同世代の男であるにも関わらず、



<FENを知らない>


という事実に突き当たったときだ。





繰り返すが、

何も囲碁やギターや卓球など
限定的なジャンルの話ではない。



<FEN>である。





いくらその聴取エリアが限定

されていたものとはいえ、


いくらなんでも
テレビやラジオ、あるいは小説や雑誌での

当時の
エクスポージャーの多さを考えれば、


イヤでも<FEN>の存在感は

感性の中に入ってきたはずだ。






すくなくとも

<なんとなく、クリスタル>という

小説に関しては、

好き嫌いは別として、

東京限定ではなく
ニッポン全国に流通したわけで

且つ
ハシにもボウにもかからなかった
作品ではなく、


一時の流行にもなった存在だ。




その中に出てくるわけで、

それまで知らなくても

雑誌やなにやらで
目にしていた<FEN>と重なり、



<聴いてみたいな>等々の


いわゆる
ゼネラル・インタレストを喚起するに
値する



一つのカルチュラル・アイコン

だったわけで、



ある程度
感度が高ければ、

どこにいようが


at least 30代後半以上の人なら
"普通に"知っていて然るべき
ものである

という感覚なのである。






だから

<FEN>という言葉から
話題は

通常、

様々な方向へ波及して

一つのカルチュラルな談義が
展開されるはずなのだが、



まったくもって

それができなかった。





これには
ホトホト、

旭山ズー同様に


ダモシは驚いたのである。





知っていることもあれば

知らないこともある

というレベルを超えていて、


それこそ
"地元"のことすら

ダモシの方が詳しいという惨状は
その他膨大にあったことがまた、




<こりゃ、話にならんわ>

<じゃあ、何の話なら弾むのよ>

となるのは、当然である。





よりゼネラル・インタレスト度の
高いものや

レベルが高いものを

見ずに
知らずに、


例えば、

バスケットならNBAを観ることなく

"北の某"の
プロチームのそれだけを観て

<すばらいしい!最高だ!>

と言われると、




たいへん、心が痛くなるのである。



いたたまれなくなり、

その場から離れざるを得なくなるのである。




まあこういう事例は
あくまでも"北の某"の
イノセント症例の氷山の一角だが、


"笑体"にはなり得ない

シャレにもならず

突出したパワーをもったバカにもなれず

といった、




やはりもう

ひとことこれはイノセント以外には
言い様がない

に至るわけである。





逆に

そういった意味では、


確信犯的イノセントな

<なんとなく、クリスタル>は

フィットするかもしれぬ。




だがこの小説、

ヘタ打てば、


<ん?>と思っている間に終わってしまうから

注意が必要か。











*****











この本のユニークな点は、

巻末の注釈だ。







nanto1.jpg




文中に登場したアイコンに、

田中康夫
自らの感覚で注釈を付記した。




要するに

<FEN>が知らない人のための
<FEN>とは何ぞや

といったものだ。





舞台は東京だから、

三軒茶屋や自由が丘といった
エリアから

田園都市線などの路線、

ボズ・スキャッグスや
クリストファー・クロスなどの
欧米アーティスト

その他、



なんとまあ<442>ものアイコンに

注釈が付記されている。




本編のストーリーはもとより、

この注釈を見て
自分が感じている
それらのアイコンへの

WHAT?



田中氏のそれとの差異を量るのは

楽しみ方の一計だ。








文中に登場する、ある<店>。

注釈では
こう記載されている。






<肉まん、あんまんの井村屋が
 出世しました。

 ミニ・スカートのウェイトレスに注目!!>




ビックリマークが二つも付いている。





この店は、アンナミラーズである。




さふ。
当欄でも何度か記載したことがある

ダモシの
大学時代のメインの
アルバイト先だった店だ。




渋谷や自由が丘、吉祥寺その他に

店舗をもつ。


ダモシは赤坂店へ
大学一年生の春から入った。




今はもうまったく分からぬが、


<なんとなく、クリスタル>で
田中氏が注釈記載した通り、


当時のコスチュームはすごかった。




むろんヤングボーイ・ダモシである。


<なんとなく、クリスタル>で知った
アンナミラーズで


大学に入りアルバイトしようと
思った

最大のモチベーションは、




それ以外に、


ない。






それこそ

<ノルウェイの森>で記載した通り、

女子大生ブームの頃である。



女子大生ブームxアンナミラーズ

という構図は、


忌憚なく

<なんとなく、クリスタル>に
登場してくるような大学や女子大の
カワイイ学生が


大挙応募にきたから、

毎度毎度

厳選されたカワイイ女子大生が
入店し、


我々男子学生アルバイトたちも



<ウチにとびきりカワイイ女子大生が
 いるのは、当然のこと>


という認識のもと、


大いに"親睦"を深めた、と。













*****









著者の田中康夫は、


<なんとなく、クリスタル>

の内容

(舞台が東京であることのみならず、
 東京の中でもニッチな世界観)

を鑑みると、



東京ネイティヴなのか

ローカル出身で
東京に詳しい人なのか


判別がつきかねる。





田中氏のオフィシャルサイトを

見てみると、


生まれは東京の武蔵野とのこと。


だが
いわゆる思春期の第一期を
過ごしたのは

主に長野のようだ。


だから
長野県知事になったのか。





高校を出て再度、上京。

浪人時代からは
東京生活になったようで、


<なんとなく、クリスタル>は

そのオフィシャルサイトによれば

大学在学中の図書館で書き上げた
ということのようだ。






そのオフィシャルサイトでの

公式なプロフィールを見ると、

この人は面白い人だなと
思えるくだりがある。




日本興業銀行(当時)に
内定していたのに
卒業間際でなぜか停学になっている。

どうしたのか?

で、図書館で
<なんとなく、クリスタル>を書いて、

同年にいきなり文学賞を得て、


翌年頭には出版。

春に卒業して
石油会社に就職するが、

社会人デビュー一か月後には
いきなり結婚し、


さらには結婚の翌月に
あっさりと会社を辞めて
著述業に入っている。


さらに翌年の春には離婚。




この

<なんとなく、クリスタル>を

分水嶺とする二年間は

凄まじい勢いで
この人の物事が動いていた

ことを窺わせる。






しかもこの
オフィシャルサイトの
公式プロフィール(年表)も
ユニークで、


大学停学から

<なんとなく、クリスタル>を
分水嶺として

離婚までの


<1980年〜82年4月>に

他とは比較にならないほどの
スペースが割かれている。






よほど

善し悪し

酸いも甘いも

清濁併せ飲むも

いずれも

氏にとって大きなエポックの
一つが、

この時代だったのであろうと

推測されるわけである。











不思議な存在、田中康夫。


それは

不思議な小説
<なんとなく、クリスタル>と


合致すると

言えるであろうか。







両者の共通点は

"不思議"だが、






小説の方は、

読書した当時の感覚では

<無味乾燥としたもの>

だった。






好き嫌いでいえば、

<ノルウェイの森>も

<なんとなく、クリスタル>も

ダモシにはフィットしなかった
ネガティヴな方に属するものである。





だが、


好き嫌いを超越して


いずれも

時代に足跡を残したのは間違いなく、




フィットしなかったと言いつつも

しっかり

当時リアルタイムで読んでいたわけで、




その存在感を消すことはできない。





内容は別として、

時代の空気感を残した作品としては

こういうものは
必要だと思っているし、




カルチュラル・アイコンの一つに

属していることは

認めるべきである。











:::::






nanto2.jpg




本自体がもはや

セピア色になっている

<なんとなく、クリスタル> by 田中康夫


1981年。




























posted by damoshi at 02:15| ダモシの本棚から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

<本棚から>-1:ノルウェイの森









今年の
西武ライオンズ優勝で
取り上げられた渡辺Q監督。

数値年齢的には不惑前半。
属性的にはアラフォー。

そして
世代的には<新人類>。

生きていれば
尾崎豊もその世代で、
学年が同じのダモシも同様。


誕生年でいえば
1960年代を前半後半に分ければ、
後半の生まれに属するものが
そのジェネレーションになる。

つまり、
65-66-67-68-69年生まれまでだ。




大学というキャンパスライフで見れば、

それより前の世代たる
60年代前半生まれの人たちが大学生の頃
(80年代前半)から、

「サークルやクラブ活動が活発化し
 サークルのロゴ入りスタジャンは
 大学生のファッションに欠かせないアイテムとなり、
 女子には聖子ちゃんカットが大流行だった」
(某大学史調査による)

ということだ。


彼らより少し下の世代である
ダモシたちが高校生の頃に
聖子ちゃんカットが女子の間で
大ブームだったから、辻褄が合う。



ダモシ世代の大学時代は、
その趨勢が確立された後の
80年代中期から後期である。

だから
そういったファッション趨勢に加えて、

さらに前世代の70年代後期大学生的な
IVY(アイビー)も取り入れた
ハイブリッドなファッションが流行っていた。


その二つに加えて
"おれたちの時代"には、

<DCブランド>ファッションと
<ハマトラ>、<オカサーファー>も
要素として内包し、

さらに
80年代末期(卒業の頃合い)に
<ボディコン>が登場するといった世界観だ。


むろん、
人それぞれ、その他ファッションはあった。



ダモシの場合は、
シンプルに白いTシャツにジーンズ。
冬は上にそのまま革ジャンを羽織るという
世界観で、

アイビーは高校時代末期〜浪人時代に
ダモシ自身のトレンドになっただけで終わった。


DCブランドは興味なかったが、
たしかに周りには多かった。

己が一人暮らしの部屋のベッドを
レノマで揃えた者もいた。

そんな時代である。





当時のある時期の彼女も、

サークルのロゴ入りスタジャンに
チェックのミニスカート、

ハイソックスにローファーといった
ティピカルなファッションをしていた。

これがまた、かわいかった。
こんな格好で
一緒に
秩父宮へ大学ラグビー
国立へ米のフットボール(サッカーではない)
青山へNCAAバスケットボール
に観戦に出かけ、

観戦後はやはり外苑前や青山で
ビールを飲むという流れ。

むろん外苑のテニス壁打ちも定番。

今では
チェックのミニスカートにハイソックスは
女子高生の定番になっているから

時代の変遷を感じるところだ。








いわゆるそんな
80年代中盤から後半にかけての時代は、

世にいう<女子大生ブーム>だった。


ファッションは
前述の範囲で
人それぞれなるも、


女子大生の手持ちアイテムが
これまたティピカルだった。


たとえば
スタジャンに
チェックのミニスカート、
ハイソックスにローファーという格好で、

手にはテニスラケットとバインダー。



これが
ティピカル風情だったのである。

バインダーは、

大学の教科書(分厚い学術書)とノート、
ペンケースなどを、

ピンクやパープル、イエローなどの
ベルトのようなバインダーで束ねたアレだ。


すべて裸になっている。
だからある意味で、
「心理学概論」等々というタイトルを
ちら見せするのが、

そのバインダーだった。



"見せる要素"を過剰に意識した
ストラテジー。


アタシは<英文学科>
ボクは<法学部>

をアピールする。




そして

1987年秋頃から翌年にかけて
その定番アイテムに加わり、

バインダーの中に束ねられるか

あるいは

それだけ束ねずに

・テニスラケット
・バインダー

と共に三種の神器的に
独立したアイテムとして
街を闊歩していたのが、


<ノルウェイの森>だった。










*****








87年の秋に第一刷。

翌春には既に12刷を数える
ヒット単行本小説。


作者や内容に関して、説明は不要だろう。




<ノルウェイの森>の

ジャスト世代は、つまりダモシ世代である。



それを証明する事象が、
ニューヨーク在住時代にあった。




ニューヨーク時代は
日本の後輩が度々、

日本の最新ドラマを録画したビデオを
郵送してくれた。


その中に
<恋を何年休んでますか?>(2001年)
というドラマがあった。

小泉今日子や飯島直子、黒木瞳
未だ若く真っ白だった頃の矢田亜希子
などなどが登場。


劇中、主役の小泉今日子と
その夫役の仲村トオルの
設定年齢が30代中盤。


小泉今日子も仲村トオルも、
実際年齢が
ダモシは同学年で同じ年齢に当たる。
当然、ワイフも同じだ。

現在のアラフォー世代の
数年前のことである。

だから
よりシンパシィをもって視聴した。






劇中、

小泉今日子は
夫を会社へ送り出し
子供を学校へ送り出した後の


AMの束の間のじぶん時間に

ノートブックでメールを送ったり
掃除をしながら
部屋のコンポのスイッチを押す。


と、流れてくるのは
ユーミンや、
我々世代が大学、高校時代に耳にした歌が
流れる。




まさに世代ドラマだ。



世代の共感を生むためには
同時代性を小道具として使用するのは
これまた定番だが、


それらの小道具のダメ押しとして

用いられたのが
<ノルウェイの森>だった。



小泉の夫・仲村は、

小泉の友達である黒木瞳の、
娘である矢田亜希子と

不倫関係にあった。




仲村と矢田の二人は
<ノルウェイの森>を基軸に
keep in touchしている。


仲村は夜、
ベッドの中でなぜか<ノルウェイの森>を
読んでいる。


小泉がその姿を見ると
隠す仲村。


小泉はその本を拾い、
タイトルを見て不思議に思う。

といったシチュエーションだ。






これに限らず、
ある意味であの時代の
男女のツールとしても

存在していたのがこの
<ノルウェイの森>ともいえる。



大学時代のその頃、
アルバイト先の赤坂の店には
ウェイトレスとして
出勤してくる女子大生の
何人かがやはり、


<ノルウェイの森>を抱えてきた。



従業員出入口付近にあった
休憩室で
先に出勤していたダモシが
ブレイクしていると、

そういったポスチャーで
出勤してきた女子大生。




<あ。ノルウェイの森。
 読んでるんだ?>とダモシが問うと、


決まって彼女たちは
<うふふ…>と

ちょっとハニカんだ様子で答えた。



好き嫌いや
その中身を読書する真剣度は問わず、


<小説として>云々でも
<文学少女>云々でもなく、



<流行のツール>として

より多くの女子大生に
用いられた"本"の

ティピカル症例が
<ノルウェイの森>だったのではないか、と。




<僕も読んでるよ>
<僕も持ってるよ>
<僕も読んだよ>

とダモシが言えば、



<うふふ…>は消えて、


即座に
"ノルウェイの森・談義"にはならず、


男女の話題になったことも
それを証明しているであろう。






そりゃあ、

吉村昭の<破獄>より
<ノルウェイの森>を手に持って

キャンパス&アルバイト等の
大学生ライフと恋愛ライフを演出する方が


心理的にも機能的にも


"うまくいく"ための初歩的ツールとしては

最適だったのは間違いない。





その観点では、

本の装丁も
上下巻での色合い(緑と赤)



見事なまでにフィットしていたのである。










:::::




nrw.jpg



<ノルウェイの森>by 村上春樹
1987年。

















posted by damoshi at 13:03| ダモシの本棚から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月23日

<ダモシの本棚から>告知









今宵、

個室兼仕事部屋を掃除した。



本棚もすこし掃除した。






本を読み、


and then 書を捨て街に出よう。





そういった根本的な
フィロソフィーがある中で、



やはり

どう好意的に解釈しても

本を読まない男が
一国の宰相たることは

認めるわけにはいかぬ、と。





今の宰相は、

本を読まないばかりか

街にも出ない。




外に出るといっても、


一定の永田町エリアと
高額マネー・スペンドの舞台に

"関係枠内"の海外のみでは、


それこそお粗末だ。






というわけでもないが、



当欄ダモログに

18番目のコンテンツとして



<ダモシの本棚>がオープンする次第である。







書籍や小説、ノンフィクション、

写真集、海外雑誌、パンフレット類まで

多岐に渡る

あらゆる要素を加味した上での<本>。




ダモシの本棚にあるそれが

対象となる。





むろん<評論>ではない。


ダモシは
評論はしない。


評論は
面白くないし、

おこがましくて
嫌いだからである。







その<本>と共に


その時代にまつわるストーリーや

ダモシの関係性等々、



他のカテゴリー同様に

時代考証や文化人類学的且つ心理的

などなどの

カルチュラル
or
エデュケーショナル
and
エンターテイメント


の切り口で取り上げていく次第である。







一回目はおそらく


村上春樹の<ノルウェイの森>

になるだろう。











:::::







以下、ダモシの本棚から

one of themの景を。






hon1.jpg




hon2.jpg




hon3.jpg



hon4.jpg



こちらはダモシご愛用の

世界最大の古書街である
神田・神保町の景。





hon5.jpg















posted by damoshi at 16:21| ダモシの本棚から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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