2012年05月04日

あり得ない670KM/per day-2


高速ツアーバスの事故に関しての寄稿パート.2である。

続々と報道で明らかになってきているが、
こうなってみて初めて暴かれる実態は常である。
かつて同バス会社に所属していた人が出てきて
「起こるべくして起こった」と語っていたが、
それはこの会社に限らないはずだ。

世の中、起こるべくして起こるその候補は多々潜んでいよう。

さて、先般ダモシが呈した疑問部分。

1=なぜ上信越道ではなく関越道を用いたのか
2=なぜ上限距離が670KMだったのか

まずは、2。
霞ヶ関(国交省)が指針とした上限670km。
これに関しては同じく霞ヶ関(総務省)が、
既に一昨年見直しを勧告していたという。
にも関わらず国交省は手をつけずにいたらしい。
これは、いただけない。論外である。

ダモシの現場体感では、
先般記載の通り<400km強>がK点である。
自家用車でさえ、である。
430kmになると厳しい。だから400km強である。
バスに関しては"強"という曖昧さを消して
<400kmまで>というK点設定に見直した方が良い。
無理ですから670kmは。
このK点設定自体が事故を誘発したともいえるのだ。
さっさと見直せ。いちいち時間をかけるな。

会社側の杜撰な管理や人づかいの荒さは、
ドライバーの弱みにつけこんだ横暴。
これに関しては霞ヶ関はきっちりと行政指導をすれば良い。

疑問の1だ。

なぜ関越道を用いたのか。

先般ダモシが可能性として記載したのは以下だ。

***
距離と時間の短縮が理由ではない。
となれば、心理的な理由か。
ドライバーは上信越道を走ることに抵抗があった。
関越道の方が好きだった。
そういうことは成り立つだろう。
***

もう一つは、

***
機能的要因があるとすれば、
二つの高速道路が交わる藤岡JCTまでの関越道上のどこかで
休憩時間に誰かと逢い引きすることになっていた
ということも考えられる。越後湯沢や水上など、で。
だから、どうしても長岡JCTからの関越道を
利用しなければならなかった、と。
***

心理的要因と機能的要因。
物理的な要因(距離と所要時間)は既に消えている。
上信越道を用いた方が短距離で短時間だから、だ。

どうか。

後者が合っている場合、
ドライバーはそんなことを正直に言うわけがない。

となれば、残る理由は、前者しかない。
<心理的要因>すなわち、
上信越道より関越道の方が好き/走りたい/走りやすい
である。

ドライバーはどう供述したか。
報道によれば
『距離も変わらないし、走りやすかった』。

この報道と供述が本当かどうかは
確認のしようがないが、
もし本当だとすれば、答えは合致している。

だが、疑念は残る。
ドライバーは金沢〜東京間の運転は初めてだったという。
初めてでルートにも慣れておらず
終始ナビを見ていたという乗客の証言からも察すると、
<関越道の方が走りやすい>となぜ思ったのか
ということである。

関越道の長岡ICから東京・練馬ICまで
走ったことがあったのか?
だとすれば
<休憩は三回したが、場所は覚えていない>
というのは、おかしいではないか。

<走りやすい>と心理的に感じて、
そのルートを選ぶからには、
その背景に既視感と経験値がなければおかしい。
既視感と経験値が心理的安心となって
その道を選ぶことにつながるわけで、
その既視感と経験値はつまり
何度も走ることによって備わるものである。

ドライバーは、
何度も関越道を(長岡IC〜東京・練馬IC間)を
走っていて、既視感も経験値もあるから、
金沢〜東京間の運転が初めてであっても
かつて知ったる関越道の長岡ICから東京・練馬IC間だから
安心だ、だから遠回りでもこのルートを採ろう
と感じたのならば、良い。

そしてそう感じるに至るからには、
どのサービスエリアもしくはパーキングエリアで
休憩したか、覚えていないとおかしい。

何度も走っていて
<走りにくい/走りやすい>双方感じる
東名、東北道、中央フリーウェイなどが
ダモシの中にあるとすれば、
休憩する場所もたいていルーティンで決まっている。

東北道で那須へ行くなら、ほぼ蓮田SAで休憩をとる。
佐野SAはまず避ける。

仙台まで行くなら(那須からでも/横浜青葉からでも)、
安達太良SAと国見SAだ。

中央フリーウェイで甲府へ行くなら
たいてい談合坂SAだ。

東名で横浜青葉から静岡以西へ行く場合は、
絶対に海老名SAには入らない。
海老名SAはオールウェイズ大渋滞で忌々しすぎるからだ。
たいてい富士川SAで休憩し、絶景富士を望む。
上りの場合は必ずといって良いほど足柄SAに入る。

というふうに、ほぼ決まってくる。

それを三度休憩したSA or PAを覚えていない
というのは、スタートから始終、
半分寝ていたということにもつながる。
そして既視感や経験値がなかったのではないか、と。

だとするならば、
なぜ<関越道の方が走りやすい>と思ったのか。

以上の理由から、
供述はウソなのではないか?
という大きな疑念を覚えるわけである。

本当は、先般も(大前提として最初に存在する理由)として
記載した、例の

<実は最初から寝ていて、
 上越JCTから上信越道に入るのを逃したのではないか?>

が、真実である可能性が増えたと考えるところである。

警察もきちんと問いつめたのか?
その供述に潜む上記のような矛盾点を。

<ほぅ。関越道の方が上信越道よりも
 走りやすいと感じるのは、それぞれの主観だから良いけれど、
 では、そう感じられる根拠は?実績は?>

と警察はドライバーに問うたのだろうか?

上信越道の方が普通に考えれば採るべきルート
=所要時間も距離も大きく異なる
であるにも関わらず、
<距離も変わらないし、走りやすかった>
とするロジックが成り立たないのである。

ドライバーは、上信越道と比較して
関越道が走りやすいと言ったのか、
関越道しか走ったことがなくて言ったのか、
関越道も一部だけ走ったことがあるだけで言ったのか。
それによっても異なるが、
その点も問うたのか?

両方とも相当なドライビング実績を持ち、
その上で自分としては関越道の方が走りやすい
と感じたのなら、それは主観だから、それで良い。
だが、休憩した場所も覚えていないようでは
実績はなかっただろうと推測する方が強く、
相対評価(上信越道と関越道を)する資格もないだろう。

そもそも
<距離も変わらないし>は成り立たない。
全然違う。マラソン一回分違うのを
距離も変わらないとは言えない。
単に知らないだけではないのか。

以上のように
ロジックが成り立たないことから、
心理的要因の合致した回答は消しとする。

つまり
<関越道の方が走りやすい>から関越道を選んだ
というのは却下である。

大前提としての
<実は最初から寝ていて、
 上越JCTから上信越道に入るのを逃してしまった>
から関越道を走った
という理由と、

もうひとつ、やはり差し戻しで
<関越道の休憩場所のどこかで
 誰かと逢い引きや逢瀬をする約束があった>
(含=どうしても行きたい/行かねばならぬ場所が
 関越道上にあった)という理由が、
可能性として残らざるを得ない。

どうしても納得がいかないのだ。
妙なこだわりが、ある。

なぜ関越道を選んだのか。分からないのだ。
知りたいのだ。
現在のドライバーの供述は、
ロジック的に成り立たないから信用出来ない。
他に何か真実があるのではないか。

タラレバは意味をなさないが、
どうしても気になるのだ。
関越道ではなく上信越道を走っていれば
事故が起こっていないかもしれないし
起こっていても死者は出なかったかもしれない、と。

会社の杜撰な管理やドライバー自身の疲労等、
原因はあるが、
このルートにも原因があった気がしてならないのである。

報道する側もこういう部分をもっと追求するべきだ。
それでこそメディアではないのか。
警察ももとより
<走りやすかった>だけで済ませてはならない。
なぜ走りやすいと感じられたのかを
ロジック的に成り立つかどうかまで問わなければならない。

ダモシ論で残った理由の二つ。
このいずれも、
それが本当ならば、本当のことを言えない内容だ。
だからそれを隠して、
<走りやすかった>と誤摩化している可能性は
大いに感じられるのである。

どうしても納得がいかない。

どうしても腑に落ちないのだ。
上信越道を選ばずに関越道をわざわざ選んだ理由が。


posted by damoshi at 00:22| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

GW-2012-3


以下、
まずは今宵フェイスブックに掲載した文を出張転載。
フェイスブック用デスマス調にて。

*****

ひとまずGWのバトルは終わりました。
20日にまた大会ですが、数日は緊張から解かれます。
今日は結果的に負けてトロフィーをもらうのは、
いかがかと思いますね。
準優勝や三位ならまだしも、
三位決定戦も負けて一日に二敗。
レベル的に皆、素晴しい選手なのは当たり前で、
すべて紙一重ですが、負ける相手でもなく、
内容的には技の豊富さは群を抜き、
押しているだけにポカというかツメの甘さでしょう。
敗因というよりも、課題ですね。

一ついえるのは、
体力面でいえば
毎度毎度、最低身長・最軽量なので
相手の方がパワーがあります。
一発の重みの蓄積がダメージになって
後半響いてくる。
この点のディスアドバンテージを
このレベルでもどう凌駕するか。

精神面あるいは頭脳面でいえば、
前半で明らかなるリードを持った場合、
うまく交わして「勝ち」をとりにいく
というスマートさがまだ足りず、
パワーで上回る相手に対して
真っ向勝負をしてしまう点。

フルコンタクトで、
パワーの上回る相手に対して
真っ向から<やり合う>だけでは勝てません。
そのエキセントリックな性格を、
少しでも冷静に勝利をとりにいくふうに
変えていくことも必要ですね。

勝ってばかりでは課題は見えません。
負けてばかりでも勝ち癖がつきません。
時に勝ち、時に負け、時に雨が降る。
今日は三つのうち後者の悪い二つが
重なったといえましょう。

4.29はラックもあったけれど、
今日はラックもなかったですね。

負けは良いのです。
しかし、「頑張ったから良い」ではもう
レベル的には済みません。
頑張るのは、大人の仕事もそうですが、
当たり前のことです。

毎回、敗北は良薬になっていて、
都度、フェーズアップやマイナーチェンジを
施す促しをしてくれます。
幼児から始めた空手ですが、
現在フェーズ.4のマイナーチェンジ過程で、
毎回手探りながら闘っているのですが、
同時に今回さらに明確になった課題の
インプルーヴ含めて、5.20に間に合うか
分かりませんが、フェーズ5の
マイナーチェンジをスタートしよう、と。

(今日のトロフィーは右。青枠。
 「負けてもらったトロフィー」は、
 トロフィー&メダルを収めている
 殿堂には入れずに、"屈辱のトロフィー"
 としてアントニオ選手が毎日目にする
 位置に置いておくことにしましょう)。

050312a.jpg

*****

といったところ。

一昨年冬の<大阪ナイトメア>。
同じく一昨年夏の<郡山のフリーズ>。
種類は異なるが、今日の敗北は、
またさらにリアルにフェーズを上げなければならない、
マイナーチェンジが必要だ、と感じた。

これこそが、良薬である。
先人はよく言ったもので
良薬は口に苦し、は本当である。

苦い敗北。本人も、怒られたからだけではなく、
自身も悔しい敗北だったろう。
帰宅後、必死に明るさを装うが、
やはり元気がなかった。

それで良い。
自身で悔しさを感じなければ、
一切の進歩はない。

こちらは後押しすべく補助する。
マイナーチェンジとフェーズ.5へのアップを開始だ。
その一つとして、「体幹力」のトレーニングを
取り入れる。

早速、帰宅後書店へ行って買ってきた。

050312b.jpg

技術的な面は順調であり
明らかにスキルアップしている。
精神面も引く弱さはない。だから心理面になる。

肉体面と心理面。
この両面をさらにインプルーヴする必要がある。
技術面の継続的なアップと共に
その二つがさらにフェーズ.5のマイナーチェンジで
加わっていくことになる。

5.20にすべてが間に合うのは無理だろう。
段階的に一つでも間に合えばというところである。




posted by damoshi at 23:35| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

あり得ない670KM/per day


交通事故は毎日起こっているのだろうが、
このところ自動車とバスの事故で
一般ゼネラルな部分で大きく取り上げられる事故が
相次いでいる。

京都の二つに一昨日の高速ツアーバス。
いずれもキョトンとする疑問が大いに存在するが、
一つにはいずれもその周りの責任も大きいということだ。

京都の二つはいずれも家族に責任が大きい。
分かっていて止められなかった部分がある。
そもそも、運転に大きな支障をきたす持病を持っていたことや、
無免許で夜な夜な車を乗り回していたことは論外で、
それぞれ家族が(前者は雇い主側も)歯止めをきかせられなかった
ことは大きな罪だ。

夜な夜な無免許で車を乗り回すなど
世の中をナメ切っているとしか言いようがない。
ダモシなら、
己が息子がそんなことをしていようものなら、
その時点で鉄拳制裁を加えるだろう。

仮にその年頃にあって今より当然アントニオは
強くなっているだろうが、
己が直系遺伝子がどんなに強かろうが
鉄拳制裁とオーラの恐怖で黙らせられないようでは
父親として失格である。

ほとほと、ナメたガキが多くなったニッポンも。
オトナがだらしないからである。
怖いオトナがいないからダメなのだ。
ダモシにはナメた態度はとらないが、
仮に少しでもそういうクソガキがいたら容赦しない。

オトナや年長者が、世間の怖さを教えなければならない。
ナメたガキはキッス・マイ・アスさせなければならない。
されたかないが。


*****


さて、高速ツアーバスの事故である。

メディアでも取り上げられているが、
この場合、そのルートに疑問がある。

昨年、関越道と上信越道をメインに北陸道も含め、
多く走ったから、より実感として疑問に感じる点があるのだ。

むろんドライバーには、
飛行機のパイロットと同じように
乗客の命を預かっているという責任感が欠乏していたのは
言うまでもないが、これもまた周りの責任も重い。
この場合は、雇い主側の責任及びその業界全体の責任である。
その点はきっちりここは司法のもとで裁かれるべきだが、
ドライバーが採った<ルート>に対する疑問を中心に
ここでは取り上げたい。

ささっと書いた。

こうだ。

050112kan.jpg

黄色いラインが上信越道。
昨年、拙宅の横浜市青葉区から
緑のラインの関越道を通ってブルーの藤岡JCTで
上信越道へ入り、長野へ行った。長野市内で仕事を終えて、
その日のうちに上信越道の終着点「上越JCT」まで走った。

赤いラインの関越道。
これも昨年、高崎や前橋、伊香保へ行った。
おまけに高崎から右へ出ている点線を逆回りに
東北道の岩舟JCTから足利を経て横断もした。

上越へ行った際は、
田中角栄のホームや柏崎の原発、出雲崎など
日本海側の北陸道を走った。
黄色い円の上越JCTを起点に
そこから西の富山・石川両県へと向かう流れになる。

だからその逆、すなわち石川県の金沢を起点に
東京へ行くならば、通常、採るべきルートは一つだ。

北陸道を北上し、上越JCTで上信越道に入り、
上越高田を経て長野に入り軽井沢や富岡を通過して
藤岡JCTでいよいよ関越道へ入れば間もなく埼玉
という流れである。

実際に日本海側を昨年走っているが、
上越JCTから長岡JCTまでは相当距離がある。
その距離をわざわざ走ってまでして
長岡JCTから関越道を利用して東京へ向かう理由は
何だったのか、という疑問を真っ先に覚えたのである。

上信越道と関越道を比較すると、私見だが、
前者の方が走りやすい。
一気に上越JCTから東京・練馬ICまで走ったが、
うんざりするほどの距離感を覚えなかった。
むしろ練馬で下りてからの一般道の環八の方が
よっぽどうんざりした。

なぜ、長岡ICまで遠回りして関越道を利用したのか。

A:東京・練馬IC〜長岡JCT間=247.003km/186分
B:東京・練馬IC〜上越JCT間=282.97km/226分

一つ考えられる理由は、これか。
練馬がゴールではない高速バスツアーだが、
練馬はどのみちルート的には避けられない
共通の通過点であり「東京」という括りでは
ここを標準点と見なすことはできる。
そういう意味では
長岡JCTから関越で一気に練馬まで来た方が
距離も所要時間もかなり短縮される。

しかし、である。
上越JCTから上信越道を選ばずに、
北陸道を余分に長岡JCTまで走ることのムダを
無視することはできない。

<北陸道>
C:上越JCT〜長岡JCT間:76.294km/67分

この分を先の距離/所要時間に加算してみると、
こうなる。

A:東京・練馬IC〜長岡JCT間=247.003km/186分
+
C:上越JCT〜長岡JCT間=76.294km/67分

323.297km/253分
 
B:東京・練馬IC〜上越JCT間
=282.97km/226分

結果、Bパターンのルートである
"通常採るべき"はずの上越JCTから上信越道利用の方が
距離にして40.327km、時間にして27分の
それぞれ短縮になる。

距離は、ほぼマラソン一回分に相当する。

<なぜ長岡JCTまで走っていって関越道を利用したのか>。

距離と時間の短縮が理由ではない。

となれば、心理的な理由か。
ドライバーは上信越道を走ることに抵抗があった。
関越道の方が好きだった。
そういうことは成り立つだろう。

むろん、誰もが思い浮かべるのは、
既にスタート時点から疲れていて眠くて、
単に居眠りをしていて
上越JCTから上信越道に入るのを逃してしまった
という理由は大前提として真っ先に考えられる
ことであるから、それは除いて考えるわけである。

そうするともう、<心理的要因>しか考えられないのである。

機能的要因があるとすれば、
二つの高速道路が交わる藤岡JCTまでの関越道上のどこかで
休憩時間に誰かと逢い引きすることになっていた
ということも考えられる。越後湯沢や水上など、で。
だから、どうしても長岡JCTからの関越道を
利用しなければならなかった、と。

"タラレバは考えてもしょうがない"という常套句がある。
だが、人間は生き物である。考える葦である。
人間には心がある。
だからこそ、善くも悪くもifやタラレバを考える。
まったくタラレバを考えない場合は、
あまりにも非人間的である。

ここでタラレバを考えた場合、
"通常採るべきルート"である
上越JCTから上信越道というルートを採って走っていれば
もしかしたら事故は起こっていないかもしれない。
その可能性は否定出来ない。
仮にやはり居眠りで事故を起こしたとしても
上信越道を走っていれば構造が違う分、
死傷者を出さずに済んだかもしれない。
それも否定出来ない可能性である。


*****


もう一つの疑問。それは霞ヶ関に対する疑問だ。

霞ヶ関が、おそらくこれまた彼らお得意の
<机上の空論>で設定したであろう
高速ツアーバスが
『一日に一人で運転出来る距離の指針』=670km
に対する疑問である。

これを知った瞬間、仰天した。
一日で670kmも
大きなバスで高速道路を運転して良いのか?と。
率直な疑問である。

ヘヴィーなドライバーなら分かるだろう。
どれだけそれが、つらい距離か。

ダモシは、霞ヶ関と違い
己自身で運転しているからリアルなところでの
事例を示すことができる。

以下、事例だ。
よ〜く見て欲しい。

一昨年末、大阪へ走った際の事例。
起点は横浜市青葉区。
万博記念公園(大阪)を経て大阪中心部まで約480km。
東名高速の入口から包括的な位置での大阪までで、
かなり限界だな、と感じた。
その距離、繰り返すが、約480km。

ここ二年で、一日に断続的に運転した最長距離。
それが一昨年夏の東北遠征。
横浜市青葉区から山形県の山寺まで一気に走り、
その後、岩手県の平泉(中尊寺や厳美渓)を周り
逗留先の一関市内中心部までを走った。
その際の距離は、約600km。
かなりの時間をそれぞれのエクスカージョンでとったから、
連続したドライビング時間は
東名入口から大阪まで行ったときに心身とも覚えた疲労感は
軽減されたがしかし、<うんざり>した。
繰り返すが、その距離、約600km。

昨春の東日本大震災後に
同じく横浜市青葉区から那須(栃木)を経て
仙台市泉区(宮城県)まで行ったり、
先般の<宮城〜祈りの旅>での仙台まで深夜の一気走りなどは、
約415km。

先般、到着直前、車中でワイフに呟いた台詞が以下だ。

<東京〜仙台が、ぎりぎり我慢出来る長距離だな>。
<東京〜大阪はそれを超えるから厳しい>。

である。これがリアルな実感だ。

大阪遠征の帰路も厳しかった。
大阪市内中心部から滋賀県で下りて彦根城まで走り、
その後一気に横浜まで戻ってきた。
異様な疲労感を覚えたその走行距離は、約530km。

昨年の初夏の愛知〜岐阜〜滋賀〜福井遠征。

初日は、
犬山城(愛知)まで一気に走り、
逗留先の大垣市内中心部(岐阜)まで約380km。
翌日は、
岐阜から滋賀を経由して福井県の東尋坊まで。
永平寺その他を寄って戻り最後は滋賀県の長浜。
距離にして約305km。

この二つはまだ余力を残していた。
<まだ、もうちょっとは大丈夫かな>と。

その他、近5年での主な長距離で見れば
那須(栃木)→鹿角市内中心部(秋田):約450km
青森港(青森)→仙台市泉区(仙台):約350km
北の某国内の
函館市内中心部→札幌市内中心部:約310km
札幌市内中心部→襟裳岬の往復:約460km
札幌市内中心部→最北端の宗谷岬:約375km
が挙げられよう。

那須〜鹿角の450kmと札幌〜襟裳岬往復の460km。
これは這々の体になった。
心身ともに重たい世界観で疲労感が滲み出た。

東京〜大阪になれば、
赤ちゃんのように<イヤイヤ>したくなる世界。

以上を総合的に見た場合、
ダモシに関しては、<東京(&横浜市青葉区)〜仙台>の
400km強程度が、長距離を走る上で
やめておくべきK点と考えられるわけである。
数多い長距離ドライビング実績から実感出来る数値だ。

他の人はもっとタフかもしれないから一概にはいえない。
だが、一つの実体験をもとにした考え方として

<東名横浜青葉IC〜仙台泉IC>
=東京首都圏〜仙台中心部間の約400km強

が、ダモシが提示するとすれば「指針する」距離になる。

それに従えば、
<東名横浜青葉IC〜京都市街地>間(437km)は、
やや超過してしまう。実際、遠く感じ、疲労感を覚える。
東名を西へ行く場合は、距離は短くなるが(約330km)
名古屋までが腹八分で最適なK点となる。
なぜならば東名の場合は<静岡県>が異様に長く、
静岡県内を走っているだけで心理的抑圧と精神的疲労が
他の路線よりも過度に加わるから、
その分を70km分と換算して、東名の場合は<東京〜名古屋>
をK点とすることが賢明に思われるわけである。

よろしいでしょうか。

横浜市の中心部ではありませんよ?
横浜都民といわれるオールモースト東京の
横浜市の田園都市エリアの
横浜青葉ICを起点とするという意味での<東京首都圏>からで
考えた場合、

◆東北道なら仙台まで
◆東名なら名古屋まで

とし、

高速の入口までの環八や何やらが
たいへんストレスフルな中央フリーウェイや
上信越道の場合は、それより距離が短くなり、

◆中央フリーウェイなら松本城まで
◆上信越道なら上越市内まで

がK点と設定した方が賢明である。

霞ヶ関の一流大卒者たちが弾いたK点は、
繰り返すが、670km。
しかも大きなバスである。自家用車を運転するのではない。
670km。

これは、大きな指針ミスであると断罪する。
彼らは実際に自分で運転した上で
弾き出した数字なのか?
到底、そうは思えない。

仮に東名・横浜青葉ICから670kmといえば、
どこまで行くのか?

あぁ驚いた。
そのまま西へ進めば
広島県福山市がもうすぐの岡山県笠岡市まで到達してしまう。

神戸から西へ行かずに南へ進んで明石海峡大橋を渡れば
淡路島をも通過して、鳴門大橋まで渡れる距離で、
さらに進むことができて、鳴門市、徳島市、小松島市をも通過。
何とまぁ南はオールモースト高知の阿南市南部まで
行ってしまう。

愛知から南へ折れて三重県ルートを走れば、
驚くことに熊野古道まで行くことができてしまう。

どう考えてもこれはあり得ない。

そして最高の合致距離。
もしかしたら霞ヶ関の連中は、
この高速道路の距離を秤として指針=670kmを
弾き出したのではあるまいな?

日本で最も長い高速道路。
さふ。東北自動車道。
その全長距離は、679.5km。

ほぼぴったりである。指針の670kmと。

東北自動車道は周知の通り
川口JCT(埼玉)〜青森IC(青森)を走る道路だ。
ダモシはこれを完遂したが、
一日で長く走っても、以下だ。

青森IC〜仙台泉IC  約333km
川口JCT〜仙台泉IC   約350km
那須IC〜鹿角八幡平IC 約440km

前述した通り、
那須〜鹿角(秋田)は苦しかった。
K点である約400km強をわずかばかり超えているからだ。

これでも苦しいのに、
川口JCTから東北道に乗って
一気に青森ICまで走れ、と?
走っても良い、と?
しかも大事な乗客の命を預かりながら
大きなバスをこの距離、運転して良い、と?

忌憚なく、これは間違っている。

あり得ない670km。
アホか、と。

先般の、東松島の避難所の指定ではないが、
国や行政は、ほとほと何をしとるのか、と。

いいかげん<机上の空論>はやめて、
何か指針をするならば、
己の足で歩き、己の肉体を使って運転し、
現場感を身に染み込ませた上で、指針しろよ、と言いたい。

それが国民から税金を巻き上げて、
それを己が給料として手にしている者の
レスポンシビリティではないのか。


posted by damoshi at 01:00| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

GW-2012-2


昨日のオーディション、今日の大会。
もうリアルにヘトヘトである。
明日こそ<何もない>。だから本気で今夜は眠る覚悟である。
もう眠りたい。が、掲載したい。
でも眠い。
明日改めてブログだけの記事は書くとして、
まずはフェイスブックをご覧頂けない方のためにも
フェイスブックに掲載した内容を以下に出張掲載したい。

フェイスブックでは時々「ですます」調で、
ダモログとは異なるため、
違和感があるのはご容赦頂きたいところである。

あまりにも嬉しくて、
フェイスブックなのに長文になってしまった。
そもそもブログも長いが。
まあ長いのはしょうがないでしょう、
ここまで毎回であれば。
速筆なので、そうなる。

*****以下、フェイスブックより*****

so tiredですね。某霞ヶ関の誤訳の"秋田"ではありません。
今夜は心地よい疲れです。
7:20AMに出発し、10PM過ぎに帰宅。
実に長丁場の大会でした。

昨日のオーディションの後ですから
相当疲れているはずなのに、
アントニオ選手は目を見張る集中力を見せました。

二年ぶりの禁断のルール。

全試合で技有り・有効とも1ポイントも与えず、
ノーヒットノーラン。
逆に(防具をつけているのに)KOするなど
全試合異なる決め技での勝利。

今日のアントニオ選手に
何か技を決めるのは、おそらく無理だな、
と途中から感じたほどでした。

一回戦負けも覚悟していただけに
むろん相手も皆すばらしく
勝負は圧勝はなく、もちろんすべて紙一重ですが、
サドンデスにもつれ込んだ試合含め、
<この勝負、必ずとれ!>という局面で
今日の大会用に決めていた必殺技を確実に決めるなど、
今日は戦略と戦術がピタリとハマリ、
且つ朝一番からのアトモスフィア、
試合が始まってからのモメンタム、
そしてダメ押しのフローが三位一体となって、
もちろんそれにラックも加わっての、優勝。

今日は私も絶賛で、
優勝賞品に約束していたWiiのソフトを買ってあげました。
今回はいつも以上にこのルール対応で
練習で叱っていただけに、最高の結果が出て良かったね
と頭を撫でたところです。

練習ではかなり疑問符があったにも関わらず
大事な本番で
ほぼ完璧にこのルールの動きに対応した上に、
一発一発の蹴りのキレや強度はフルコンをやっている
こちらが上となれば、勝負はおのずと見えてきますが、
皆、いずれも本家の意地がありますので
全試合紙一重の痺れる試合でした。
客として観ていても面白い試合でした。

ある意味で一回戦が最も危なかったでしょう。
毎回そうですがスロースターターの
アントニオ選手は一回戦が案外と厄介で、
今日も<うわぁ・・・>的な感じでしたが、
その一回戦の試合終了直前に上段蹴りで、
防具の上からのそれでもKOしたことで、
一気に流れが変わったともいえます。
あとはフロー状態に入り込み、
本人も冷静に闘ったことが勝因でしょう。

準決勝で、
やはり例の極悪同盟的なレフェリングが出て
最低でも五発は技有りor有効が入っていて
とっくに試合が決しているところ、
やはりそれをとってくれない等、
一瞬操作があり、不穏なムードは漂いましたが、
今日は前回大会の轍
(=完全アウェイなのだから
 有無を言わせない一本をとる)を踏まえ、
きっちりと勝ちにいった姿勢が奏功しました。

これで伝統系防具付は初優勝。
基本のフルコンはもとより、
グローブ、そして伝統系防具付と
全種類、一定レベル以上の大会
(関東大会や全国大会)での優勝を
すべて得られました。
今後はさらにボクシング含めて、
全方位的にチャレンジをしていこうと考えています。

今日の空手はたいへん勉強になりました。
皆、取り組む姿勢や所作が特にすばらしく、
動きもムダがない。
今後に生かすことが多々ありました。

今日は関東大会。
このルールの全日本にチャレンジしましょう。
関東はレベルが高いですから、
全日本でも勝ち負けできる算段は
これでできたでしょう。

私自身も昨日、今日の緊張から解放されました。
今夜は本気でぐっすり眠りたいと思います。
が、3日はフルコンの全日本。
またこりゃ、ピリピリモードになるか。
早速、明日からフルコンに切り替えて練習です。

*****


といったところで、
めったに表彰式後一緒には撮らないのだが、
今宵はなぜか撮った。
おそらく相当ダモシ自身も嬉しかったのだろう。

実際、とっても嬉しい。たいへん嬉しい。
勝ったり負けたりで、
負ければ悔しいし、勝てば嬉しい。
シンプルなことである。

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posted by damoshi at 02:17| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

GW-2012-1


ゴールデンウィークを、5/1と5/2を中日とすれば、
4/28〜4/30が前半、5/3〜5/6を後半とすることができるだろう。
一般的には。

むろんその期間も変わらず仕事の人も多いだろうし、
5/1&5/2も休みで九連休の人も多いだろう。
後者を主体にぜひともどんどん首都圏から姿を消して欲しい。
それはGW、お盆、年末年始において
毎年ダモシが切望することである。

が、毎度記載しているように、
困ったことに年々、人々がその期間、
首都圏から姿を消さなくなっている上に、
おそらく地方から首都圏に遊びに来る人が増えることで、
首都圏から人の姿が減るどころか
逆に増えてしまっているという二律背反が起こっているのが
実情である。

<邪魔くさいな>が、本音である。

*****

今年のGW。その前半は、アントニオにとって
トライアルな期間となる。
否、後半もそれが入る。

既載の通り、空手の大会が明日の29日と、5/3に二つある。
しかも異なるルールで、前者の明日が異種格闘技ルールで
二年ぶりの当該ルール参戦というディスアドバンテージ。
後者としても前者ルールに対応した後、
中三日ですぐに戻さなければならない点でも
大きなディスアドバンテージなのは明白。

そんな中、今宵はみっちり前日の最終調整と決め込んでいたが、
想定していた範囲内の通り、
金曜日になって、アントニオのタレント活動における
あるオーディションの審査が通り、
最終オーディションに土曜日の今日、
臨むことになったわけで、

空手の2大会〜しかもその前日に〜
急遽、最終オーディションという
これまた大きな舞台が入ってきたというわけだ。

で、昨日、急遽、披露するプログラムを作り、
夜に急場で特訓して今日、AMから某湾岸部にある
某テレビ局へと馳せ参じてきたわけである。

約300名ほどの参戦者。当然タフな競争。
こどもは5名だけで、あとはすべておとな。
が、アントニオだけが道着をまとい、異形。
他は普通に私服。
まず間違いなく、空手のパフォーマンスをしたのは
アントニオのみ。

想定通り、及び、算段通りに、
<空手での戦績>も審査員たちは質問してくれたようで
それを語ると驚かれたらしい。

且つ、
<アクションのドラマや映画で悪い人を倒す場合、
 どんな技で倒すか>という
うってつけの質問には、

単に、<まわし蹴り>ではなく
<飛び後ろまわし蹴り>と答えた上に、
すぐにそれをやってみせたというから驚いた。

空手の大会にようにセコンドで入ることはできず、
心配だったが、
用意したプログラムも演じることができた上に
しっかりと己がポイントを
セルフプレゼンテーションできた点を褒めた。

素人は<まわし蹴り>と答える。
実際にバチバチのフルコンタクトの空手の
闘いを通して飛び後ろまわし蹴りや、
秘技ナイアガラの滝など華麗な技が出来るからこそ
そういう回答ができる。

ゴツゴツしたどつき合いだけではなく、
華麗なる技を駆使して勝つ。
それが取り組んでいることである上に、
ダモシズムとして
あらゆる事柄に対しても
<魅せる要素>を最重要視しているから、
それをアントニオも大いに理解していることを
今回証明した。

勝ち負けだけではなく、いかに勝つか。
負けるにしても何を見せるか。
すべては<魅せる要素>なくしてあり得ない。
ただ単にひとりよがりで強さだけを追いかけては
面白くも何ともない。
シンボリルドルフやディープインパクトよりも
ハイセイコーやオグリキャップ、ウオッカなどの方が
観る者にシンパシィや何かを残す。

そこに、矜持がなければならないのである。すべて。

<魅せる要素>と<矜持>。

これがだいぶ理解してきたな、と感じられたことが、
仮に結果として望むものでないにせよ
大いなる収穫だった。

本人にとっても良い経験になる。
今後もそういう機会が出てこよう。
大いに楽しんで頑張って欲しい。

一つのことを真摯に取り組み、
一定レベル以上の成績を残すことの価値。
それはこういった場でも他者から認められることになる。
それに本人も少し気づいただろう。

だからこそ、なにごとも中途半端はするな
ということなのである。

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*****


夕方過ぎに帰宅。

ダモシ軍一同疲れたが、
入浴前に明日の試合の最終調整を行った。

もちろん結果は、組み合わせや運も作用する。
ただ、勝ち負けするレベルで闘う準備は整った。
物理的にぎりぎりだったが、
今回のルールにキャッチアップできるくらいは
仕上がった。

明日の健闘を祈ると同時に、セコンドで後押しする。

<魅せる要素>も加味して頑張って欲しい。
言わなくても、彼は頑張るだろう。
だが、闘う場においては
その背中でかける"がんばれ!"は、率直な後押しである。
その言葉の裏には
<俺がついてるぞ><大丈夫だぞ><思いっきりやれよ>
などなど多くの言葉が内包されている。


posted by damoshi at 22:52| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

徒然サースデイ


ファイナリー、小沢一郎が無罪となった。
当たり前だが、これまでムダな裁判に税金を使いよってからに、と。
そう言いたくなるわけだ。
これで小沢は検察という悪魔に対して
師・田中角栄のリベンジを果たしたか。

<国>のお粗末さについては先般も記載した。
もうこの国は、国には頼れない、と。
すべてmyselfでなければもうダメだ、と。

それは<警察>と<検察>も同じ。
正義のはずのこれらが正義ではなくなっているという
そこまでこの国は落ちぶれたか状態。
どこぞの警察が、加害者側に被害者の個人情報を
教えるというあり得ない事態まで起こるに至っては、

とっくに90年代にはダメになって再生不能に
陥っていた国に等しく、
偽造や偽装のみならず、
もはやジェントルマンズ・アグリーメントや
コモンセンス自体すら持ち得ていないのか警察と検察は、と。

アグリー極まりない。
ここまでニッポンは非常識だったのか、と。
NY時代の<NYの笑体>ではないが、
米やNYの"良い意味"でのぶっ飛びぶりとは
レベルが違いすぎる、ニッポンはただの
〜使いたくない言葉だが、使わざるを得ない〜
<バカ>だったのか、と。

せめて『小沢無罪』がニッポンに未だ良心が
残っていることの微かな希望になったが、
いずれにせよ政権与党と宰相は<ただのウソつき>だから、
"ここはひとつ"小沢と小沢グループ並びに
鈴木宗男や石原慎太郎、橋下大阪市長などなどに
がんばってもらい、とっくに沈んでいるニッポンから
日本人伝統の美徳、モラル・センスを取り戻して欲しい。
むろん財務省の手先・どじょうの短絡的な消費税増税も
潰して頂き、やるならまず謝罪ありきと、
やるならその前に東北の復興ありきと、
やるなら米のような品目別課税等を考慮する
創意工夫を行うべし、と。

それらが欠乏しているのに、どじょうときたら
カッコつけて<己が政治生命を賭けて>云々と宣う。
まったくもって、完全にピントがズレているわけである。
なぜ気づかないのか、と。

かねがねダモシは
ニッポンの各都道府県は独立すべしと説いている。
そもそも北海道と沖縄はニッポンと認めていない。
それぞれダモシの中では
良い意味でも悪い意味でも北の某国、琉球王国となっている。

盛んに取り上げられる<道州制>も甘い。甘すぎる。
そんな仕組みはダメだ。
本格的に米のような州分けをして、
それぞれが独立した法と税制をもって
ニッポンを各州から成り立つ合衆国形式にすることが賢明である。
そうしないとおそらくもうダメだ、この国は。
こんなに狭い島国なのに成り立っていない。
否。狭い阿呆な島国だからこそ成り立たないのだ。
だからこそ、それぞれが個になるべきなのだ。
そもそも<まとまり>なんぞ、この国にないのだから。

例えば東京州は放置で良い。
こんな世界でも最悪クラスにバカげた州は
消費税20%でも良い。
高級車を買う輩からは高級車一台につき
やはり20%は徴収することだ。

だが群馬州などは例えば消費税3%にする。

消費動向の活発な東京州民は
煙草や酒が高い東京州内ではなく
群馬州まで行って煙草や酒を大量に買い込む。
すれば、群馬州は潤う。観光入込にもつながる。
群馬州は品目別に税率を決めておき、
通常消費税は3%だが、
他州からの買い物客に対する酒と煙草の税率は7%などにする。
群馬州は観光入込客数と税収が必然的に増える。
その税収によって、独立州でも成り立つ土壌が出来てゆく。

群馬州に限らず栃木州なども同様。
そして霞ヶ関の機能とすべての象徴を同一の土地に置かない。
すべて分散させる。防衛庁は佐渡島、経産省は埼玉州、
警察庁は静岡州の東海道の真ん中あたり等々。

これらの考え方が正しいか間違っているかは、
誰も決定を下すことはできない。
やってみなければ分からないからだ。
やったことがないスキームは、なんびとも
<そんなの成功しない>とは言えない。
for exampleで言っているわけで、
要するにこういった工夫や熱意が少しでも
どじょうや民主党にあれば
<消費税増税>も遡上にのせて良いのだ。
だが、そういった創意工夫やパッションが皆無。
だから許すことはできないのである。

だからこそ小沢の、
<国民生活が第一>を唯一といってよいくらい
あのときの選挙に臨んだ民主党の政治家の中で
今もなお堅守している一徹さを支持するのだ。
だからこそ嫌われて、
角栄同様に検察と米の陰謀で葬られようと
していたのである。

しかし裁判がフェアだった。ぎりぎり
ニッポンのモラル・センスを保った。

電車内、街中、学校・・・。
NY暮らしを経て接するニッポンと日本人。
忌憚なく、相対的にモラル・センスが、
渡米以前の98年までより破格に落ちている。

小沢グループには、いよいよ本気で攻勢を強めてほしい。
楽しみだ。

この国のことを論じると、イライラしてくるだけなので
話題を変えることが賢明か。
いや、しかし、なぜこの国はイライラするのか。
世界一ストレスフルな国ではないのか?

米やNYその他の海外都市のようなインスパイアや
刺激があれば・・・。
まるっきりそんなものがない国。
珍しい国である。ニッポンは。不感症国家と呼んで良いか。

石原慎太郎や橋下市長含めて、もっと言っていい。
どんどん言って欲しい。
神奈川県も独立云々が検討されているようだ。
どんどんやれば良い。
神奈川県や横浜市の考えていることは、ダモシ論に近い。
頑張って頂きたい。

とまれ、<東京>という阿呆を中心にした
ニッポンという国の構造がすべてをダメにしている。
これだけは譲れない。
だからこそ、この点を何とかしなければならないのである。
そもそも東京はもっとカルチュラルだった。

霞ヶ関と永田町の存在が、東京をダメにしているのだ。

・各都道府県の独立州制と合衆国形態の構築
・霞ヶ関と永田町の分散=力を削ぐ

のどちらがプライオリティかといえば、後者だ。
後者が東京に集まって村を成していることが
大きな問題なのである。
これらを各州に分散して離して配置すれば、
それぞれの力も弱まる。
本当に国民が必要なことを適確且つスピーディにこなす。
それこそが彼らがやるべき本来のミッションである。
それに集中してもらうためにも、
別の意味で使っている彼らの力を削ぐことが必要である。


*****


まあ、いい。

スマホである。
フェイスブックには書いたが、
ファイナリー、スマホになった。

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オンボロ携帯が遂に、ワイフの共々ダメになったため、
切り替えたわけだ。
おまけに割引の関係からアントニオのコドモケータイも。

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これは月々5円。
何かあれば、あると便利だ。
アントニオは大喜びで、
ともだちの家に遊びに行った際に何度も電話をかけてきた。
ダモシ&ワイフと彼の通話はもちろん無料であり、
その通話だけが機能となる。


*****


さっぱり<闘い>的な緊張感のない
永田町と霞ヶ関へのアンチテーゼではないが、
こちとらゴールデンウィークも空手の大会が二つでっせ、と。
かなりダモシも怒ってアントニオに厳しく接している。
既載した通り、二年ぶりの禁断のルールだから、だ。
あと三日。それが終わっても中三日でもう一つ。

<闘いなのだから、闘うときは集中しろ!>と
まだまだ異種格闘技ルールに対応し切れていない
アントニオを昨日も今宵も叱った。

相手がナイフを持っていると思え、と。
それくらいの集中力。
一撃必殺の集中力を持て、と。
5/3までは大会に集中して頑張れ、と。
それが終われば遊びに行こう、と。

負けるために大会に出るわけではないのだ。
相手はその道のスペシャリストたちだが、
異種格闘技ルールだからといって
簡単に負けるわけにはいかないし、
勝ち負けできるレベル(優勝争いのレベル)にまで
ぎりぎりまでキャッチアップして臨むぞ、と。

まだ50%を超えたレベル。
土曜日に自宅練習でそれを70%まで引き上げたい。

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ダモシも身体を張っている。
遊びに行くわけではない。闘いに行くのだ。
今宵は初めてアントニオのパンチが顔面に入り、
目に的中した(写真左上)。

痛いが、嬉しい痛みである。


posted by damoshi at 00:53| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

宮城〜祈りの旅〜3


間もなくGW。
旅ではなく"旅行"に今年は多くの人々が出かけるだろう。
またぞろダモシ軍の揶揄の対象となる
海外旅行組が大挙出現するだろう。
"GWの旅行者数は昨年比云々"とニュースで流れている昨今。
だがその多くは結局、東北には行かない。
福島を避ける。宮城まで行かない。
今こそ四寺廻廊してはいかがか?と思うが、
そういう繊細な感性を現代の日本人は失っている。
観光庁の「東北博」も霞ヶ関の手前味噌で、
地元はキョトンとしているのが実情だ。
霞ヶ関のひとりよがり。予算の無駄遣い甚だしい。
つまり、霞ヶ関の机上の論理でしか
物事を考えないからこうなるわけだ。
ほとほと連中は・・・と嘆かわしい。
なぜこんなにも感性が貧弱なのか、と。

ダモシ軍はGW、"旅行"に出かけない。
ウキウキ楽しい大型連休は、ない。
それがダモシ流儀でもある。常在戦場。
アントニオの空手大会参戦がGW中の四日間で
異なるルールで二つも、ある。
今はそれがメイン・フォーカスだ。

初戦は、二年ぶりの参戦となる禁断のルール。
空手は周知の通り
直接打撃制のフルコンタクト系と
寸止めの伝統系の二つに大別される。

もとより、
グローブを着用するキックボクシング・ルールや
伝統系に包含される防具付ルールなどもあるが、
大きく分ければ直接打撃のバチバチ系か
寸止めの伝統系か、ということになる。

伝統系(&防具付)ルールでは、
アントニオは優勝経験がない。

当欄でも詳しいが、
フルコンタクトとキックボクシング・ルールでは
優勝経験はある。

伝統系(&防具付)では昨年の東日本大震災後に
某主催者と感情的にして致命的な騒動があって以降、
参加していない。一昨年春の大会での決勝戦でも
誤審があって準優勝に終わった際もモメにモメた。

つまり、禁断のルールとなる。

今回の主催者はそことは別だが、
ルールはその禁断領域のものである。
且つ選手たちは皆、そのルール専門の選手である。
そのルールの選手はフルコンタクトには出てこない。
だがアントニオはフルコンタクトも、グローブも、
伝統系(&防具付)も出る。対応するように努める。
それが昔からの作法である。

異種格闘技戦になる。完全なるアウェイ。
前回の極悪同盟が支配する大会と同じか
それ以上と思って臨む方が良いだろう。
一回戦負けも覚悟しなければならないか。

宮城から戻ってからは、
毎回ダモシ自らが相手となって2R行うスパーリングでは
1Rをフルコン、1Rをこのルールと分けて行っている。
二年ぶりということもあり、
アントニオは戸惑っているが、
あと五日、ぎりぎりで当日までアジャストしたい。

spar.jpg

そして、それが終わってもその四日後には
フルコンの全日本がある。
小学三年生には無理難題ではあるが、
頭を切り替えて、臨機応変に、対応して欲しい。

ルールが違う上に、例えば細かい部分では、
前者はローキックが禁止。だがフルコンでは
アントニオはローキックを軸として攻める。
このあたりは対応力がなければ大混乱して
両方とも無様な結果に終わる。
だが、彼ならそれなりに対応するだろう。
という期待と信用があるから、出るのだ。
勝ち負けになるレベルにまでキャッチアップすることが
あと五日で求められよう。


*****


というように、時間は常に進んでいる。
自分たちもネクスト・ストップへと走り歩む。
だが、人生は時に、大切な人との別離などを軸に、
悲しい出来事に遭うことで
時間の動きが止まることがままある。

もはや国は、政治家は、与党は、期待出来ない。
かのジョン・F・ケネディの名言を思い出す。

Ask NOT what your country can do for you.
Ask what you can do for your country.

国が何かをしてくれるかではなく、
自分が国に何ができるかを考えよう。

もはやニッポンは、国に頼ることはできない。
それぞれが己の自己責任で危機管理を
しなければならない。

だが、一方で、国は我々からお金をとっている。
我々が稼いだお金をもってして
国を運営している。国として働く者も対価も
我々が稼いだお金から支払われている。
政治家どもが夜な夜なレストランや料亭で食す
ディナー代など。

となれば彼らは我々に何をもって返すのか。
ギブ・アンド・テイクこそが
ジェントルマンズ・アグリーメントの基本である。
テイクばかりではないか、と。ええ?民主党よ。
誰のおかげで飯が食えているのか、と。

己が食すことに払うお金は誰が出したお金なのか、と。
それをテイクばかりではなく、ギブしなければならない。

ところが連中は何もしない。
時間を無駄に浪費して、無意味な国会運営を続けている。
何が議論だ。何をもって議論云々と格好をつけているのか。
国に頼らない。それぞれが自己防衛する。
ならば税金を払う必要はなくなる。
それで良いのならばそうするが、
税金を搾取するのであれば、
それ相応のギブを国は国民にしなければならない。

苦しんでいる国民がいるのだから、
消費税云々の前に
その人々を助けなければならない。

Ask what you can do for your countryは、
一定レベルを満たされている国民こそ可能で、
震災でNothingになった場合は不可能である。
だからこそ、
Ask what your country can do for youになる。
そこにNOTは入り得ない。
国よ、我々に何をしてくれるのか、と。

JFKのこの名言は深い。

今回の、宮城〜祈りの旅〜においても、
この
Ask NOT what your country can do for you.
Ask what you can do for your country.
の意味を考えさせられた。

miyagi103.jpg

小学三年生のアントニオができること。
ちいさなコドモですら、
己ができることとして、
彼は被災地現場で鎮魂の型を演武した。

どじょうよ、お前は何ができるのか。何をギブするのか。
その前に「消費税」とは
ヒトとしてあまりにも想いや情がない。
そして、面白みがまったくない。深みもない。
こういう人間に税金を払っていると思うと、
ほとほと自分自身が人間失格と思えてくる。


*****


さて。
最近はダモログに書くケースが減っている。
理由は様々あるが、
フェイスブックが始まったことも要因の一つではある。

ここでは、
宮城〜祈りの旅〜の総集編として
フェイスブックのアカウントがない方でも見られるよう、
以下に写真アルバムを擁した。

一つは、ダモシ本名名義のフェイスブック内の
今回の宮城〜祈りの旅〜における
被災現場の写真を集めたアルバム
<東日本大震災から一年後<宮城県>:3.11 Tsunami Zone>。
ダモログ未公開の写真がいっぱい、ある。
是非ご覧頂きたい。

http://www.facebook.com/media/set/?set=a.170314823090399.34395.100003356468759&type=3&l=99dcf20cdb

アカウントがなくても
ここをクリックで見られるはず(?)

そして、もう一つ。
アントニオ選手のフェイスブック内に設置した
被災地現場での鎮魂の型の様子を集めた
<宮城〜祈りの旅〜鎮魂の型演武>。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.126210350836051.2620.105300459593707&type=3&l=6a7a856b41

アントニオ選手の演武に関しては、
米国流に
Commemorative Bookを制作することにして、
現在、作成中。12pageモノの冊子を印刷する予定である。
表紙は出来た。

miyagi105.jpg

フェイスブックにも記載したが、
宮城でのアントニオの鎮魂の型は
親という立場を超えて、ヒトとして感動した。
こんなに小さいコドモでも
そこで演武することの意義、気合、すべて理解していた。
それが驚きであるが、
一方で驚かない。
懇々と目的と意義を説明していたからであり、
彼なら分かる、彼なら応えるだろうという信頼があるからだ。

直系遺伝子ということがその信頼の礎にあることは
言うまでもないが、
一方で相手は小さいコドモである。

なぜこの国はオトナの男同士で信頼関係が
成り立たないのか不思議でならない。

極論すれば一国の宰相を国民が信頼出来ない国
というのは、発展途上国以下である。

あの選挙で民主党に投票した我々も悪いのだが、
平気で国民を騙す政治家、政党があるのも事実。
自分のところ(永田町と霞ヶ関)が破壊されて
はじめて彼らはヒトの痛みを理解出来るか、
あるいは
己が権益のために本気になって
その場所だけ一日で復興するか、だろう。

アントニオの今回の祈りの旅は、
我々ダモシ軍にとって
ニッポンという国と、
そこを運営していると勘違いしている
永田町と霞ヶ関の連中へのアンチテーゼでもある。

やれんのか!お前ら、と。
やれんだろう!お前らは、と。
毎日毎日お前らは何をしとるのか!と。

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ここに見せる<日本>の文字。
ダモシの中ではもう
東京(永田町と霞ヶ関)は<日本>に含めない。
もはや東京は悪の枢軸といって良かろう。

さあどうなるか、ある意味で見物だ。
東京が大震災に襲われた時、本性が必ず出る。
そして、一つ。
首都高は全壊するだろう。
それも後の祭りになるだろう。

その時、ダモシ自身が腐っていても、
腐っても東京なんぞには絶対にいたくない
と、強く思っているところである。

東京以外の地方よ、もっと頑張ろう。
世界一の"田舎モノ"たる東京を出し抜こう。


posted by damoshi at 01:04| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月19日

宮城〜祈りの旅〜2


小沢一郎は
<政治生命という割に官邸は怠慢ではないか>
<増税の前にやるべきことがある>と言う。

石原慎太郎は
<国がさっさとやらないから>だと
尖閣諸島の東京都での買取を発する。

橋下大阪市長は
<意思決定のプロセスがオープンになっていない>
と大飯原発の再稼働をめぐる政府の対応を批判。

いずれも、正しい。言っていることが真っ当だ。

好き嫌いは別として、
だから彼らに一度、やらせてみれば良い。
一国の宰相を。

特に小沢だ。
是非ともやって欲しい。
小沢首相の誕生は、今年がもうラストチャンスになるだろう。

自民党もアグリーだったが、
民主党もすっかりダメ与党になってしまった。
霞ヶ関はとっくにダメなのだが、
このダメダメなニッポンにあって
未だに石原都知事のように正論をズバッと臆せず言える存在は
たいへん貴重である。橋下しかり。

だからこそ、小沢には遠慮せずもっと暴れて欲しいのだ。
強面ゆえに中途半端に柔らかさを演出しているが、
本来の押しの強さを出して欲しい。
どうせ無罪になる無意味な時間と税金のスペンドである
裁判もさっさと終わるが良い。

民主党に関しては、小沢首相以外にもう救いはない。
それが無理ならば、やはり第三極での
ニッポン変革がラストチャンスだろう。

ダモシの中ではとっくに90年代にジ・エンドしている
ニッポンだが、
延長戦あるいは敗者復活戦に臨んでいる今が
リアルなラストチャンスである。


*****


<消費税の増税に生命を賭ける以前にやるべきこと>。

国がやるべきことのプライオリティは何かといえば、
東日本大震災からの復興に係る
考え得るすべての意思決定と行動である。
その迅速さ、である。

着々と確実に、グランドデザインのもとに
それが進んでいるのであれば良い。
しかしながら、進んでいない。
進んでいないのである。
なのに、消費税云々しているから腹が立つのである。

なにをしとるのか、と。あほんだら、と。
野田よ、お前、行けよ、と。被災地に。
行ったのか?と。
行ったとしても短時間だろう。説明だけ聞いて、
形式上、両手を合わせて。で、政府専用のヘリだので
さっさと永田町に帰って、夜は一流どころでディナーだろう。
どうせ。

どうせ、と思えてしまうから、悲しい。
そう思わせてしまうオーラと言葉しかないから、
どうしようもない。

消費税増税にしても、己自身の言葉で
まずは国民全員へ向けてNHKででも良いから
官邸からの生中継で演説するのがスジだろう。

アメリカの大統領のように。国民へ向けて。

そしてまず謝罪しなければならない。

選挙の際にマニフェストを支持して頂いて
票を投じて頂いたのに
それをほとんどの項目で反古にしてしまい
たいへん申し訳ない、と。頭を下げるべきだ。

まずはそのウソをついたことの謝罪ありき。

その次に、消費税に関しても上げないと
マニフェストで謳ったわけだから
それを反古にすることの謝罪も必要だ。

その上で、なぜ今、消費税を上げなければならないのか、
プライオリティは復興ということは分かっているけれど、
増税もまたどれだけ重要なのかを
子供でも分かるようにきちんと説明しなければならない。

さらに、プライオリティにあるべき復興に関しても、
<どこまで進んでいて>
<今後どういうグランドデザインで進めていくのか>
をきちんと分かりやすく説明しなければならない。

それらをやった上でのことである。
消費税云々を取り組むのは。

そしてその消費税に関しても単に上げるだけではなく、
方法論をきちんと議論しているのか。おおいに疑問だ。
なかなか良いTAXの方法を採っている
アメリカのような方法もある。
それを見習うのか、見習わずにめったやたら
何でもかんでも同一に消費税を上げてかけるのか。
そのあたりも無策に思えるのだ。説明もない。

これら、すべてにおいて共通しているのだが、
自分の言葉と真摯な謝罪、熱心な説明がまったくないのである。

これでは、ダメだ。これでは、支持できない。
次回の選挙では民主党には絶対に票を投じない。

ダモシなら、野田に逢う機会があれば、忠告する。

まずは誤りなさいよ、と。すべてを反古にしたことの罪を感じ、
国民に謝罪しなさい、と。

しっかりと国民に対して語りなさい、と。
キミは霞ヶ関と仲良しごっこして
国民置き去りで進めているじゃあないか、と。
謝罪した上で、きちんと自分の言葉で国民へ向けて説明をしなさい、と。
そのためには生中継、原稿なしで、テレビでやりなさい。

そういうことをアドヴァイスするだろう。

これをやるだけで、全然違ってくるはずだ。
野田の評価が。

北朝鮮の拉致問題も、そう。
喉元過ぎれば何とやら、である。
民主党は、なにをしているのか、ほとほと。

まあ、もう言ってもムダか。


*****


ishi1.jpg

ishi2.jpg

自動車と瓦礫の山が、
皮肉にも防波堤のように積み重ねられている石巻。

これは、どうするのか。一年経っているのに、どうするのか。


ishi3.jpg

Nothing.
そして、このままNothingにするのだろうか?

あのとき、広い意味で
<復興は無理ではないか>と感じ、記載したが、
その想いは変わらない。

復興するには、現地のパッションだけでは不可能。
国にそのパッションがない以上、
Nothingになってしまった地を復興するのは不可能。

そもそも復興のグランドデザインはどこにある。
そして、その内容は?


ishi4.jpg

ishi7.jpg

放置。
これでは済まない放置が多々あった。

そして問題の看板。

津波時の避難場所の案内である。

ishi8.jpg

海岸から遠い方の小学校も悲劇の舞台になった。

指定された避難所で亡くなった多くの人々が
今回、被災地各所でいる。

これは行政の問題である。人災だ。

そもそもこの看板を見た時に、奇異に思えた
実際に双方とも行ってみたが、
(犠牲者が多数出た場所のため、写真もあるが掲載は見送りたい)
海に近い方は、極論すれば近すぎる場所にある。

いくら津波の大きさが想定外だったとしても、
あまりにも避難所としては海に近すぎるだろう
と率直に感じた。目と鼻の先だ。
実際ここでは海岸にも下りた。
防波堤もいただけない高さと角度。
簡単に人間でも登ることができる。

<これでは小さい津波も乗り越えるだろうよ>と感じるほど。

しかも指定された避難所の一つは、至近距離。

これはマズい。
完全にミスであり、国、県、市町村など行政のフォールトである。

遠い方。
ここは実際に行ってみると
リアルに衝撃を受けたが、
<ここまで来たのか・・・>と思える距離。

ここまで津波が来て、威力が落ちず、
多くの人の命を奪ったのか、と。

この東松島。エリアでいうところの野蒜。
リアルタイムの映像が見当たらない。
石巻は、ある。

例えば石巻の場合、
先に掲載した学校の校舎の裏が高台の山になっている。
日和山公園がある。
これがあることで多くの命もまた救われた。
実際、その高台に行ってみたが、
そこからの画像がこれだ。

ishi20.jpg

ここまでもかなりの距離がある。
だが先の画像(学校校舎)が最後の砦となって
受け止め、且つ流されてきた自動車のガソリン等が
引火して大火災が発生し校舎を焼かれたために
難を逃れたといえる高台。
さほど高さはなく、
もしかするとこういう場所までも来たかもしれない
とさえ感じられる脅威。

要するにこういう高台と避難し得る場所があって
ライヴ映像は残された。

他県も同様にいずれも高台から一般人が撮った映像が
youtubeその他にアップされているわけだ。

だが、東松島のこのエリアは甚大な被害で、
宮城県内でも石巻に次いで気仙沼と並ぶ二番目に多い
犠牲者を出しながらもライヴ映像が見当たらない。

なぜか。

高台がないのだ。


<これでは、逃げる場所がなかったな・・・>
と思わず呟いたほどである。

どこを見ても海から遠い場所に高台がない。

相当な距離がある小学校が避難所に指定されたのは
まだ仕方ない部分がある
(前者の中学校は別=あまりにも至近距離)。


ここまでは来ないだろう


高台ないし、最も海から離れているところで
多くの人が集まることが可能な場所

ということで、小学校が避難所に指定されたのだろう。
そこには致し方ない部分はある。

が、それでも、かつても大津波があったわけだ。
先人の記録になかったのか、と。
このエリアで高台を生む土壌はなかったのか、と。
大きな疑問を覚えた。


*****


いずれの地も、あの日のあの時刻のまま、止まったままである。

これを、おかしいと思わないのか。
これで良いならこのまま放置すれば良かろう。
この国はその程度の国ということになるだけである。


ishi5.jpg



posted by damoshi at 00:07| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月16日

宮城〜祈りの旅〜1


<宮城〜祈りの旅>から戻ってきた。

金曜日の4AM頃出発する予定だったのだが、
アントニオのドラマ撮影が急遽入り、
しかもそれが8PMまで終わらず、
ロケ現場である新宿を出発したのが8PM過ぎ。

いきなり石巻を目指すはずが、仙台のウルトラの母宅へ変更。
紆余曲折を経て土曜日の1:30AM頃、到着。
そのままアントニオは眠り、ダモシ&ワイフは2AM過ぎに就寝。

翌朝6AM台に起きて8AM台に出発して一路、石巻へ。

石巻、東松島の二つのエリアを回った。

東日本大震災。
最も死者数(行方不明者数含む)が多かったのが石巻。
次いで岩手県の陸前高田。
この2エリアと共に死者数が千を超えたのが
宮城の気仙沼と東松島。

最も被害の多かった宮城県内の三つのうちの二つを
今回、祈りの旅で訪れたことになる。

フェイスブックにもさわりを書いたが、
アントニオの鎮魂の型に関しては別途ディープに書くとして、
まずはダモシは怒り心頭に発したのである。
特に、東松島において。

国。政府。行政。
永田町と霞ヶ関はもとより地元の行政も含む、
これはこの一年間、一体何をしとったのか!と。
それほど、酷かった。

震災直後には仙台市の沿岸部、
二ヶ月後には福島県の南相馬をそれぞれ訪れているが、
一年という時間軸の差がある今回の石巻と東松島にも
関わらず、一年前より酷いと感じるのは異常ではないか、と。

まさに放置。どうでもいいのか?と。
そう感じずにはいられない。

野田よ。消費税に命を賭けるその愚盲さを、恥じよ。
民主党も、己を恥じて下野せよ。
大臣の椅子と与党の甘い汁に執着し、
郵政法案なんぞに血眼になっている
偽国民新党どもよ、恥を知れ。

そして、現地で見聞きしてみると、
ディテールにおいて、
あれは<人災>だったのではないか、と思える事象。

地元での人とのふれあい。
アントニオ、感動の演武。
それら正の座標軸に位置するものがあれば
当然ながら負のそれにしっかり根ざす問題がある。

正と負。

その両面をきちんと伝えたい。
見たからには、聞いたからには、写真を撮ったからには、
現場の空気感を得たからには、
きちんと負の部分も伝えなければならない。

まあもうとっくに90年代からはイカれているこの国だが、
ほとほと、おかしいぞ?ニッポン、と。
その、ていたらく、を。

:::::

chinkon2.jpg

死者3,238名、行方不明者535名の石巻市街地にて。
アントニオは靴を一足、ダメにした。
地面はそんな世界である。

chinkon3.jpg

東松島の海岸で。
特に今回、東松島には驚いた。

chinkon1.jpg

某幼稚園跡にて鎮魂の演武をするアントニオ。


posted by damoshi at 01:49| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

面倒くさいんです


<もう、面倒くさいんですっ>の極地。

車検、確定申告、ゴキブリとの闘い、
コンビニや駅切符販売機前の行列での順番待ち・・・。

人生の中で、これはほとほと時間の無駄なスペンドだな
と思えるものや、
絶対に好んではやりたくない=イヤイヤやらざるを得ない
ことは山ほど、ある。

なぜなのか。

何のために生きているのか、と。

そうおおげさにいえば悲劇的で哲学的な問いかけを
自らにせざるを得なくなる。

さふ。運転免許の更新も、それだ。
赤ちゃんのようにイヤイヤしたくなる。
何度も<ふぅ・・・><はぁ・・・>というため息も漏れる。

不思議のいくつか。

・運転免許更新のための運転免許試験場は、
 なぜ「遠い」場所にあるのか。
 なぜふだんは行かないだろうよ的な場所にあるのか。
 行くだけで膨大な時間的スペンドを余儀なくされる。

・で、なぜあんなにも大勢の人が来るのか。
 なぜこんなに大勢もの人が更新に来ているのか。
 もっと分散できないのか。

・いくら違反者だからといって、
 二時間も講習を受ける必要性はどこにあるのか。

その他、諸々。

かくいうダモシは立派な違反者だ。
だから更新の際、
七面倒くさい諸々の事務処理行列を経て
視力検査を終えて写真撮影に臨めば終わり、
あるいはちょっとだけ講習受けて終わりとはならない。

せっかく長時間スペンドを余儀なくされた諸々の事務処理と
視力検査、写真撮影が終わったのに、
その後、しばしのムダな時間的空白を経て
さらに二時間の講習を受けることを余儀なくされる。

免許更新の日は(本妻復帰後二度目だが)、
絶望的で悲劇的且つ哲学的な心の憂鬱と共に
大いなるふさぎ込みをもって
ダモシはダメージを受ける。

なぜ、こんな目に遭わなければならないのか、と。
一体、今日という一日のうち
このくだらない非合理的な行為に
イヤイヤ関わらなければならないことで失われる
貴重な時間とムダな出費(更新の際の費用も実に理解不能だ)に
対して、どう心の折合いをつければ良いのか、と。

人間失格とさえ自分自身で思えてくるほど、
忌々しい作業。

それがこの免許更新である。

そりゃあ、そうだろう。誰もこんなもの望んでいない。
ほとんどがイヤイヤ来ている(はずだ)。
だって、皆、浮かない顔をしているし、
口には出さないが『ったく!』と顔に書いてある。

こんなに時間をスペンドしてまでやることなのか?と。
毎度、そう感じるのである。
郵送でいいだろうよ、郵送で、と。

それとも何かい?
彼ら受け入れる側のジョブとして
これが合理化されるとマズいことでもあるのか?と。
どうせ天下りか、そういう関係者だろう。

ニッポンの場合、「車検」という壊滅的なムダもある。
自身で定期的に点検に出していればそれで良かろうよ。
運転免許の更新とて、20年くらいに一度で良い。
それくらいのものである。

貴重な一日のうち半日以上を搾取された。
そんなふうに思えてしまうから、
どうしても哲学的になってしまい、
『オレ自身が人間失格だからこうなるのだ!』と
ヒステリーを起こしかねないわけである。

あぁ、イヤだ、イヤだ。

とにかく大きな八歳として成り立っているから、
特に近年はもう、
己自身が心地よくないことは回避し、
イヤイヤ何かに参加したり行ったりということは
絶対にしない方が自分のためでもあるし
周りのためでもある、と徹底的に理解しているわけだが、
一方ではワイフによればそれは単なるワガママとなるのだろうが、
言い換えればセルフィッシュといって欲しいぜ、と。

それはダモシに限らないだろう。
誰しも、自分が心地よくないことはしたくない。
それが究極である。

行為の選択は、それぞれがそれぞれの快適や心地よさ、
嬉しさ、楽しさを基準にしか成り立たない。
シンプルなことである。
それに可能な限り忠実に生きたい、と。

そうとばかりはいえないし、そうすることばかりは難しい。
そんなことは当たり前のことで、
そんな中でもいかに自分快適を目指すかという部分である。
己が快適であれば、どんなに苦しいことや疲れることも
やり通すことができるのだ。

やりたくないことをやり通すなんてことは、
子供のみならずオトナだって不可能である。
そんなことをしていたら病気になるだけだ。
精神が病む。精神が病めば、身体も病む。

まあ、いい。

ほんっとに、七面倒くさい免許更新。済んだ。
が、また三年後。
五輪よりもそのタイムスパンは短いときたもんだ。

men.jpg

忘れていたが、もう一つ言いたいことがあった。
この免許の写真だ。
なぜ、犯罪者のように映るのか。何か意図があるのか?
観たい。キレイな女優やタレントの免許証写真を。
彼女たちですら、このユニークな写真機にかかれば
やはり犯罪者のように映るのかどうか、を知りたい。


*****


宮城〜祈りの旅〜が秒読みだ。

金曜未明に発ち、宮城を目指す。
持参するオリジナルのポストカードが完成し
今日届いた。

040912b.jpg

行程を決める作業と、持参する品の準備、
さらには例の<ナビなし>ダモシゆえに
宮城県内各所の位置関係とルートを綿密に頭にイメージ
する作業も残っている。

ナビなしで新潟県の日本海側や
愛知〜岐阜〜滋賀〜福井県内をも縦横無尽に走るダモシ。
かつて知ったる宮城だからまだ良いだろうと思うが、
石巻その他は未踏である。

しっかり地理と位置関係を頭に植え込む必要がある。
最近パンチドランカー気味の、頭に。


posted by damoshi at 00:22| R-246 ダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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